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第108話 「うばわれたバスターバロン」



 とにかく、分断である。急務といっていい。マレフィック2名と、バスターバロンの話である。戦士どもの立場になってみよ、
音楽隊の総角・鐶といった精強きわまるホムンクルスがタッグを組んでなお勝てぬと噂される幹部が、2名づれで現れた
時点ですでにもう大衝撃であるのに、何というコトであろう、戦団の護神であるべき鉄巨人までもが……寝返っている! 
誘拐され、戦士たちに救出されるべき坂口照星が、戦士たちに超質量の鉄拳を……向けている!!

(味方なら心強いけど)

 冷汗を頬いっぱいにまぶした剛太が呻く。

(身長57メートル、体重550トンのバスターバロンが敵に回るなんて……)

 最悪というほかない。

「ふはは……どうだ、真ゲッターを敵に回した気分は……的な…………」
「フザけてる場合か!!!」

 斗貴子が、爆散し木片を撒き散らす廃屋の前で飛びのきながら目を三角にし怒鳴るのも無理はない。鐶光。赤い三つ編
みのせいで一見清楚可憐な彼女だが中身はイイ性格で、しかも異星人めいた独特のマイペースをも孕んでいる。戦士たち
が怒号あるいは悲鳴を上げながら走り回っている中、藍鼠色の峯影よりも更に高くそびえる鉄の巨人にどこかエヘラエヘラ
した視線を向ける理由は(くそう、これだからロボットアニメ好きは……!)と歯噛みする斗貴子を見ればおおむね分かろう。

「……空が割れる……炎が舞う……巨大魔神見参…………?」

「マジメにやれ!」 さすがに斬りつけるよう叫ぶ。「今のままじゃお前だって……姉との決着どころじゃないんだぞ!」

 虚ろな瞳が揺らめき、繊婉たる眉も下がる。「わかって……います」。軽口はどうやら心機の平仄を合わせるためだった
らしい。音楽隊副長の口からまろびでるは搾り出すような、幽(かそ)けき声。

 会敵から1分足らずだが10名ばかりの戦士が面白いように討ち取られつつある。首を撃ち貫かれ息絶えた者、土煙の
向こうから伸びてきた斧槍に右側頭部を飯茶碗のように叩き割られ中身をこぼした者……。いずれも破壊は回避後おきた。
バスターバロンの足や拳を紙一重で避けたその硬直を狙われた。(土煙の向こうから、隠れて……!) 斗貴子がうすく血
が滲むほど拳を握るのも当然だ。卑劣というほかないし……だからこそ、向こうが負け筋を打っていないのも業腹だ。

(個々の力量では戦士(わたしたち)より幹部(マレフィック)が上……。にも関わらず奴らは理解している! 『長期戦になれ
ば結局は数の暴力で押し切られる』、と!)

 それは犬飼倫太郎に腐心していた頃の木星・イオイソゴ=キシャクの思惑と一致する。強さで劣る戦士といえど多様性で
立ち向かうコトはできる。1人くらいは、襲い来るリバースやブレイクといった者相手に相性で勝りうる……というのは決して
夢物語ではない。万が一そういったものがなかったとしても、複数人の能力の出し合いで、敵が特性を振るいづらい状況を
作り出すコトだって可能なのだ。

 だからこそ!

(奴らはまず着実に戦力を削ぐつもりだ! こちらの連携を……断つために!)

 あちこちで叫喚があがる。血しぶきも。戦士たちは土煙におぼろな影が零乱するたび味方勢力が確実に減じていくのを
直感するがどうしようもない。果敢にも単騎で助けに向かった者たちは数人に収まらなかったが……バスターバロンの着地
の巻き起こした砂塵にひとたび覆われたが最後である。耳を覆いたくなる絶叫に彩られた濛々たる膜ときたらまるで小鳥が
虫の甲殻や足でも吐きもどすように、耳や、目玉や、片腕をどしゃどしゃと透過させ大地に落とす。そうした光景が補助専門
の戦士たちの心機から攻勢をますます奪い……『狩られやすくする』悪循環。

 まったく鐶の義姉だと斗貴子は思う。銀成で、年齢操作という特性1つで、混雑という、奇襲に適した環境を作り出し真綿で
首を絞めるように戦士たちの年齢を削いでいった鐶のまさに義姉であると仮想上のリバースを睨む。

(それ単体でも最強クラスのバスターバロンを一見”たかが”の攪乱材料にするとはな……! 単に思考力が図抜けている
だけじゃない、自らの力量に絶対的な自信がなければまずできない発想! 同時に戦車と歩兵の関係でもある! 土煙と
地響きで戦士(わたしたち)を攪乱できる代わり小回りが効かないバスターバロンへの接近あるいは潜入を防ぐため、連射
力のあるサブマシンガンで牽制しているんだ)

 土煙から飛び出した死骸がひとつ、斗貴子の傍を通り過ぎた。若い男性だった。体の前面総てが蓮の目状にグズグズに
溶け裂けている。被弾で仰け反ったまま死後硬直を迎えたらしき手と足で「ヒ」の字を作りつつ後方へ流れていく彼に斗貴子
は見覚えがあった。親しくはなかったがこの7年の作戦行動の中で何度も顔を合わせた9歳上のバツイチで、酒にこそだら
しないが斗貴子の顔の傷をいい意味で気にしない親愛的な戦士だった。皮から中途半端に出たブドウのような右目と眼窩
の隙間から脳漿で割られた豚肉状の脳髄がとろとろと出ている社会死判定Aクラスのダメージを見損ねていたら、斗貴子は
彼めがけバルキリースカートを伸ばし救護していた。その程度には好感ある相手だ、摩擦で焼け焦げた無数の銃創から落
城の火の手のような黒血をたなびかせつつ手の届かぬ領域へ謝(さ)ってゆくありさまに斗貴子の面頬が哀惜に歪んだのは
ごくごく一瞬……すぐさま決然たる殺意へと塗り替えられた。

(桜花とは段違いの射撃系統だが……行くしかない! 私が!)

 因縁だけいえば鐶とブツけるのが得策ではある。何しろ鐶もホムンクルス、レティクルが片付いたあとの処理を考えれば
むしろここでリバースと食い合わせるほか無いとさえ言える。

 が、狙わないのだ、向こうはまったく。

 最も因縁深い鐶を放置しているのは「2人だけで、ゆっくり」という訳だろう。ベストだ。心情的にも、戦略的にも。水入らず
での決着は因縁かかえる者なら誰だって大望だし、銀成市で6人もの戦士を相手に大立ち回りを演じた音楽隊副長に加勢
する戦士(もの)あっては勝ち目も薄れる。最愛の義妹を倒れるまで愛でるには1人にするのがまずよろしい。

「先輩!」

 甲走った剛太の叫びが斗貴子を思慮から現実へ引き戻す。「最悪だ」、すくたれた犬飼の呟きも今ばかりは蔑(なみ)せ
ない。照星はもう戦士たちを捉えている。550トンの凶弾を放っている。山より巨大な巨人が組んだ拳を機首にして鋸刃め
いた加速の波濤を漂わせているのを見た斗貴子の想う「フザけるな」にらしからぬ恐怖が色濃く混じっていたのもむべなる
かな、ガンザックオープン、人間に使うは特急をブツけるに等しい。
 超質量を超速度で衝突させるその単純さをヒトが生身で直撃(うけ)たが最後、粉砕どころか血の霧になって消えうせる。
回避できても着弾点が地面の場合、破片の散弾が恐ろしい。砲弾の何十倍もの質量が軽機関銃による十字砲火数百ダ
ース分ふき荒れるのだ。とあるホムンクルスの集落に敢行された時は決して小規模ではない建物を29棟全壊させ、129体
の頑健なるホムンクルスの四肢のいずれかをバッタの足でももぐように吹き飛ばしたという。

 それが、バスターバロン最強の技が戦士たちを狙っている。軌道から察するに着弾点は恐らく偏在する戦士団のほぼ中心……
とまで読んだからこその「フザけるな」である、斗貴子は。

(冗談じゃない! ホムンクルスな鐶たち音楽隊と違って私たち戦士は人間……! 今すぐバスターバロンを撃墜できなけ
れば着弾だけで壊滅的な被害を蒙る……!!)

 そうなった場合、立て直しはもう効かぬ。誰が暴悪ふるうマレフィック2名を止められるというのか──…

 という、斗貴子と同様の思いを浮かべた無数の戦士たちがめいめいの武装錬金を構えた瞬間、それは来た。

「やはり下も下なら上も上、か」

 あっと息を呑めた者はごく少数。最高速に乗った破壊男爵の、十字に切り拓かれた兜(ヘルム)の前に突如として現れて
いた漆黒の影は比すれば雲霞の如き粒だろう。幻怪なる舵が切られた。指の骨節の高らかなる音が緑黄まだらな峡谷に
響いた瞬間バスターバロンの推進軸は爆光ふくれあがるバックパックの左ブースターに支配された。逆方向に巨体がかし
いだのは爆発の”押し上げ”がそれほど強烈だったのだろう。

「囚われるどころか洗脳とはねェ」

 乱気流に飲まれたように上下しながら行きすぎていく男爵の横顔を一顧だにせぬまま、ねばりついた冷笑を浮かべる影
はいよいよ石炭でも食んだようにドス黒くなったブースターの煙に飲まれ……まるで溶け混じったように姿を消した。

 直前かろうじてだが影を目撃した斗貴子、唸る。

(あの影……まさか!)

 戦士たちがこの奇怪ごとにただ呆然たちつくすだけの連中であったならバスターバロンは即座の転針を以って予定通り
の着弾を行えていただろう。だが阻止はただ反射的な便乗によって成された。100個しか存在しえぬ核鉄をして無尽蔵の
ホムンクルスを殲滅せねばならぬ構造的な忙しさはしばしばヴィクターの一件のような誤りも生むが、偶発的な勝機に対す
るほとんど芸術的と言っていい反応速度もまた生む。今回は、後者であった。バスターバロンが突如として推進部から火を
噴いた意外ごとに目を白黒とさせながらも投擲・射出に属する武装錬金の持ち主たちは突撃を決定的に妨げるべくほぼほ
ぼ脊椎反射的に機械巨人を攻撃した。

 モーターギアやエンゼル御前は言うに及ばず、ミサイルやHEAT、アサルトライフルといった実体弾その他の武器の小爆発
にバスターバロンはどんどんと軌道を逸らされた。決定打を催したのは熱疲労。火渡の炎にねぶられたバックパックはサップ
ドーラーの放つ雪嵐によって匙に叩かれたゆで卵の如く面白いように亀裂を広げ弾け割れた。

「……やる!」
「大戦士長救出に選抜される程度には全員強い。むしろこの程度の連携……できん方がおかしい」

 モニターの前で感嘆するイオイソゴに対し戦部は無感動に呟く。こともなげな瞑目だが、それだけに却ってこの大舞台の
キャストたちに対する絶大なる信頼が見てとれた。

「じゃが」

 すみれ色のポニテ少女は腕組みのまま指立て……きゅっと片頬を吊り上げる。

「こちらとてただ操っている訳ではないよ」

 怯みつつ、しかしなお前進せんとするバスターバロン! どよめく戦士! 悟った! 前進が単に巨大質量の慣性による
ものでないと! おお見よ、鉄巨人を見よ! 暗紫の陽炎を総身から噴き上げながら、無数の武装錬金の猛攻をものとも
せず戦士たちに殺到する御姿(みすがた)は慣性以上の凶念を纏っている!!

「強化、か。なるほど。読めてきたぞ。大戦士長を操っている武装錬金(カラクリ)が」

 呟く戦部に老嬢は「ひひっ」と幼き肩を揺する。

「そう! りぼ坊じゃよ。いまや照星めは我らが土星の忍奴……!」

 五指を天衝かんばかり広げた丸顔の童女はしかし黒々と八重歯をむきだし、笑う。

「民間軍事会社の武装錬金『りるかずふゅーねらる』の特性は特定条件下における完全支配!! 支配を享けたものは
代わりに能力を引き上げられる!!」
(……艦長どもがとある山で遭遇したという村人どものアレか。あちらは人の身のままホムンクルスの姿形と能力を得て
いたというが)
「ひひっ。そしてこちらも貴様は毒島から聞いているじゃろうが、銀成学園の連中めが演劇終盤武装錬金を発動した原因
もまた我らが土星の仕儀!! 持たざる者に与えることに比ぶれば既に存在する物を強化するなど……実に容易い!!」

 いかに戦士どもが強かろうと強化された破壊男爵が相手では鎧袖一触……! 高らかに笑うイオイソゴに戦部が野太い
唇をほころばせたのは、むろん迎合のためではない。

「それはどうかな?」

 猛進する鉄巨人の周囲にある物が吹き荒れた。イオイソゴは最初それが、火渡とほぼ互角の広範囲攻撃を持つサップ
ドーラーの、気象攻撃の一環かと思ったが、立ち込めるものが、金属的なギラつきを帯びているのを知ると軽く瞳を散大
させた。

「これは……」
「戦費の武装錬金!! ウォーエンドノーマネー!!」

 少女の言葉を継ぐような叫びがスピーカーから流れた刹那、ぐわんと凄まじい音たてバスターバロンが弾き返された。それ
も鈍器のスイングを受けたような調子ではない、生硬いゴムに衝突しバウンドする軟らかさだ。思わぬ抵抗に獰猛な唸りあげ
背部ブースターを炎(も)やす鉄巨人。彩度の高い青緑の噴炎で突っ切らんとした謎めいたギラつきはしかし奇怪、ふたたび
バスターバロンを押し戻す。

(硬貨……!!)

 重鎮イオイソゴが軽くだが瞠目したのもむべなるかな、一円玉もあれば五百円玉もある。原寸大だが微妙に錬金術的意匠
を施された硬貨群がそれ自身生命ある胞子のごとく漂っている。空中にある身長57mの前後左右をほぼほぼ隙間なく埋め
尽くしているといえばどれほどの量か知れるだろう。

「あの特性は条件を満たしたが最後、俺でも易々とは突破できん」

 現役戦士中最多のホムンクルス撃破数を誇る戦部が片目をつむりニンマリとする様にイオイソゴの目つきが変わる。驚く
少女らしさが一気になりを潜め、現れたのはただただ冷然と敵の能力を見極めせんとする一個のくノ一。

(ばすたーばろんを抑えられる以上、小札めの反射障壁とは恐らく原理からして違う筈……! そも忍びゆえ目ぼしい戦士
どもの能力はおおむね把握しておるわしが知らぬということ自体すでに強者の証……!!)

 真に強い能力とは知名度を得ぬものだ。そうではないか。ウワサされる数とは畢竟『仕留め損ねた回数』、使えば相手が
必ず死に、目撃者すら全員始末するほどの能力こそ、強い。でなければ研究される。特性を知られるイコール攻略法を練
られる。強さを保つのは秘匿。秘匿を保てる慎重さなき者かならず『百年目』……忍法という能力の世界に生きるイオイソゴ
ならではの持論だ。

 たすきがけに、一万円札が、生えた。さくりとめり込んだのはない。最大限の注視をしていたイオイソゴですら、突然巨大な
る紙幣が機械巨人の体表に生えたとしか見えなかった。

「最高額は、強い」

 戦部のしわがれた呟きと共にモニターから光が溢れ──…

 一拍遅れの爆発で反時計回りのタップ的な旋転を描いた激越の巨人はそのまま無数の山林をヘシ折りながら山肌に
雪崩れ込んだ。

(これで沈黙してくれたら楽なんだけど……)

 期待もむなしく立ち上がった破壊男爵の顔を見た犬飼は(……だろうね)と情けなく痙笑する。直立に戻った男爵は、
双眸に一瞬冷然たる毫光を灯し、ゆっくりと戦士たちを見渡した。見渡すたび顔面の圧威の煤が濃くなりつつあるよう
だった。

(…………)。一瞬たじろいだのは剛太。武装錬金の攻撃力の低さゆえ圧倒的巨体への畏怖は強いと見える。

(落ち着け。バックパックは確かにツブした。万が一レティクルの連中が再生能力とかつけてやがったとしても、しばらくは
突撃できない筈! ……つっても)

 7m級のスギやヒノキをマッチ棒で作った工作物よろしく薙ぎ倒して薙ぎ倒し前進する威容に新米戦士はもはや呆れぎみ
に蒼褪める。おばけブルドーザーでもこうも易々とはいかないだろう。

(歩き回られるだけで脅威なのは相変わらず! やっぱ部分破壊じゃ根本的な解決にならないって! バスターバロンの
恐ろしさは特性ではなくあの巨体!! 大戦士長の洗脳が解けないなら、完全破壊か武装解除しないとならねェってどうに
も!)

 回転する歯車(ギア)が導く『歩くコトすら阻止するにはどうすればいいか』……現状もっとも手っ取り早い手段には、早坂
桜花もまた……辿り着く。

(津村さん)
(ああ。分かっている)

 桜花の囁きに斗貴子がほとんど諦観の様子でやや苦々しく瞳を細めたのは結局決定権を有さぬからだ。幹部2人
とバスターバロンの分断を実行できるのはただ1人で、しかも”そいつ”は斗貴子の指示を受け付ける義務も義理も
有さない。

 機械的な咆哮を上げ、戦士たちめがけ歩き出す破壊男爵。どよりとした合唱をあげ後じさりかける戦士たち。

「フ」

 火花を散らしたのは踊りこんできた巨拳である。大ッぴらに首や胴体を揺らしながら倒れない程度に後退した『坂口
照星の』バスターバロンは無機質な眼差しを乱入者に向けた。

 居たのは──…

 身長57m、体重550トンの鉄巨人。いや厳密に言えばその全身は薄くそして輝かしいメタリックブルーに彩られているから
青銅巨人とでもいうべきか。ともかく2機目のバスターバロンがそこに居た。

「まさかダブル武装錬金!? 大戦士長が!?」
「いえ……あれは……」

 リーダーの……です。鐶が呟いたのとほぼ同時に、コックピット内の金髪剣士は片頬を自信たっぷりに吊りあげた。

「フ。巨体ゆえ観察に手間取ったが……こちらは俺が引き受けよう」

 マントをしていれば挙措と共に鳴っただろう。それほど典雅な動きだった。

 彼……音楽隊首魁・総角主税の武装錬金『ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ』は複製能力の認識票! 複製のため
満たすべき要項は以下のうちいずれか1つ!

(1) 対象の創造者のDNAを認識票に付着させる
(2) 対象の武装錬金を実際に目撃する。

「(2)を10年前の遠目で見た特性使用時の記憶と相まって満たした……ゆえに、5分なれど完全再現可能な(1)には劣る
複製ではあるが、サイズ的に抑えられるのは、フ、これしかないだろう」

「あー。総角のやつとうとうバスターバロンまでコピーしやがった……」

 ヒキガエルのような声でボヤいたのはエンゼル御前。ただでさえ先ほど、激戦やブレイズオブグローリーといった超強力な
物品を剽窃してのけた総角だ。このうえ戦団最大といっていい鉄巨人までもコレクションに加えられれば御前ならずとも腹が
立つだろう。

 果たして一見緩徐なる殴り合いを演じ始める巨人2体。

「気に入らないけどアイツじゃなきゃ押さえ込めないのは事実……」
 犬飼は苦慮の顔つきで唸ったが、ふと気付いた様子で一人ごちる。
「……サブコックピットのアレは再現できるのか? 乗せた奴の武装錬金を増幅して発動できるアレは……」
 可能ならば最悪だと犬飼が思った理由は次のとおりだ。

(アイツは……音楽隊のリーダーは複製能力者だからな。もう1個あるという認識票から発動したサテライト30の分身
をサブコクピットに乗せたら……あらゆる武装錬金を1人で増幅できるんじゃないのか……?)
「ってカオしてるけど」
 いやその推測違うわよと傍らに居た円山はジト目を犬飼に送る。
「総角のスロットは2つなんだから、バスターバロンとサテライト30で枠埋まっちゃったら他の武装錬金使えないわよ?
サテライト30で作った分身が使える武装錬金はあくまでサテライト30だけ。他のを発動したら、サブコックピットの分身
は消える。例えば私のバブルケイジを代わりに発動したのなら、総角は、メインのコックピットで風船爆弾を侍らすコト
になるから、そこの乗組員の武装錬金はブーストできないのがバスターバロンだから、だから結局、総角は、自分で
複製したバスターバロンについてはサブコックピットの特性を自分で使うコトはできない……筈」
 ムーンフェイスだって月牙は増えるけど分裂特性あるのは1つでしょ? 指たて呟く円山に、犬飼のメガネ、ズレる。
「……あ。…………。ん? 待て、じゃあ逆に考えると」

 四つ手を組んでいた2体の巨人の片方が、後頭部を殴られた。凄絶なる火花を散らしたのは背後からの鉄拳だ。

「フ」

 殴らせたのは、3体目のバスターバロンを生んだのは言わずと知れた総角主税。

「野郎! サブコクピットの自分で」
「増やしやがった……! バスターバロンをムーンフェイスの能力で増やしがった……!」

 まったくムチャクチャだとばかり目をむく剛太。続く呻きは犬飼のそれである。

《増やす、か。さすが盟主の移し身》

 エコーの掛かった涼やかな声はバスターバロン頭部から発せられた。

《考え方も似通ってくるものだな》
(『似通る』? ……まさか!)

 昂然と斗貴子が天空を仰ぐのを待っていたように蒼穹に開くは大小さまざまの黒丸。あざやかなまでの降下だった。黒丸
は足裏の影であり、地上との絶対距離を急速に削り取るにつれ戦士のはしばしから叱嗟のうめきが漏れ出でた。振り注い
でいるのは銀の柱。大気を削る圧倒的速度で甲冑の輪郭を溶けながしている柱。それらが大地に次々と着弾した。噴火の
予兆のように高々とした土煙が舞い上がり大玉の砂礫を湿り気味の小麦粉のように散らす。永劫かたり告がれる震災より
悪夢的な激しい揺れにもんどりうちそうになりつつも辛うじて直立を保った戦士たちは、見た。確かに……見た。

 20数体のバスターバロンを。
 それらは胸の前で交差していた両腕を解き、双眸に光やどしたのを合図に起動しつつある。動きつつ……ある。

(総角の複製……じゃない!!)

 斗貴子は気付く。いま降り注いできた男爵たちの、微妙なる形状の違いに。まず色が異なる。どこか錆びたような赤みを
真鍮色の体いっぱいに帯びている。形状も、本家の、マッシブながらヒロイックな輪郭線を刺々しく波打たせており全体的
に禍々しい。

「バロンシリーズ! 完成していたの……!!? ……です」

 登場に目を輝かせるのは鐶光ただ1人。戦士たちの頬はみな一様に暗褐色、絶望、である。

《そう!! 量産型である!! 乃公たちマレフィックは囚われの坂口照星を幾度も幾度も拷問していたがそれはなにも過
去の遺恨を晴らすためではない!!》
(っ!! そうか!! 血!!)
(血を採取するための拷問という訳ね! 何しろレティクルの盟主は……!)
 剛太と桜花の気付きに応答するようバスターバロンから声が透る。
《そう! 気付いた者もいるであろう!! 我らが盟主・メルスティーンさまは卓越したクローン技術者……! かのヴィクトリア
めにも伝授したその技法を以ってすれば坂口照星から採取せし血液からクローンを作るなど造作もない!!》

 ……。
 かつて坂口照星は拷問途中、気付いた。

 己の流した血と膿に塗れた床一面を見た瞬間、息を呑んで。
 俄かに思考が高速回転を始める。緊急事態。それへ戦闘部門最高責任者として対処する時のように、脳細胞があらゆ
る情報をひっつかみ、速読する。

(まさか)               (100年前の彼の専門の1つは──…)   (残った幹部の内の1人)
          
      (いえ、でも、そうです)      (『赤い筒の渦』)   (アレキサンドリア。女学院の地下のあなたの源流も、確か)

(マズいです) (実利的な理由) (筒はとても強欲) (タイムスケジュール。計画。より大きな流れ) (回収) (核鉄は幾つ?)

 一見まったく体系をなしていない単語が脳内を掛け巡る。いよいよ40度に迫る熱の中、照星はただ、自らの一部の腐れ果ての
成れの果てに顔を叩きつけた。むっとする異臭の中、いよいよ遠のいていく意識の中で考えた、

(大変、です)

               (この拷問は)

                            (私個人を狙ったものではなく)

                                                       (戦団全体への、害悪の……為)

 は──血液を、月の幹部の『媒介』特性応用で回収されたという点も含め──こんにちの量産型登場を予期したものである。

 斗貴子はそれを知らないが、流れる謎めいた声に呼応し、呻く。

「つまりいま現れたバスターバロンの創造者は総て大戦士長のクローンたち……? だったらそれだけの数の核鉄いった
いどうやって……いや、待て!!」
 斗貴子は気付く。演劇の最中、核鉄なしで武装錬金を発動していたまひろたち生徒の姿を。
「あの時の能力か!! あの時の能力を大戦士長のクローンどもに使わせて、量産型を……!!」
《御名答! さすがは名にしおう津村斗貴子! なれば乃公に勇気を示せ!! その、非力なる処刑鎌で乃公が配下20数機
に決然と挑む気概を……示せッ!!》

 動き出す男爵たち。たまぎるような声を上げつつも応戦すべく歩を進める戦士たち。

「フ」

 巨人を止めたのはまた巨人であった。20数機とほぼ同数の巨人が前から後ろから剛腕を回し動きを止めている。

「こっちも増殖!! 確かにサブコクピットにいる総角なら可能だけど……!」
「いよいよムチャクチャねえ……」

 60メートル近い巨人が合計40体以上……下手をすれば四捨五入で50体うごめいているさまに円山円は呆れるほか
ない。

(それに……)

 至極当然の考えが過ぎる。550トンもの質量を20数体も出してのけた総角は

(…………大丈夫なの、ガス欠。戦部のような補い方でもしない限りまず息が続かないと思うけど…………)

 心配もよそに彼は自らの機体のメインコックピットで綽々と笑う。

「フ。たかが20体、だろ? 未来(むかし)いた最強を見ろ。軽く1800体作っていた……」
「な、なんの話よ総角クン……」

 桜花は戸惑うがなんぞあらん、一見ホラかヨタかのコレが厳然たる事実とは!!

「というか増やすなら離れろ!! いま以上に混乱させてどうする!!」

 斗貴子の叫びは正論だ。1機でも足元への影響大なる機械巨人がさらに2機増えたのはマズかろう。事故現場で収容の
邪魔となる暴走トラックに怒りつつ逃げ回るしかない救急隊員に、自警団が『抑えにきた』とデコトラ2台で走り出したような
ものだ。戦士たちの表情(カオ)は救急隊員。

「そーよそーよ!! ばかもりもり!! そーゆうでっかいバチバチは街でやるじゃん!!」
『いや逆だからな香美!! テレビじゃないんだから!!』
「新ゲッターじゃない限り……主役機が……街の人……巻き添えとか……だめ、です…………! だめなの、です……!」

 わーわー騒ぐネコ少女とは逆に、虚ろな目の鐶は静かに囁くが、それは反対をゆるさぬ強い意思に満ちている。

「フ。しからば」

 照星とそのクローンのバスターバロンを、総角のそれが総て悉く両脇から押さえつけ……翔ぶ。彼方の山影めがけ。

 剛太の分析は、正しい。

(方や複製能力による模造品、方やクローン原産でしかも正規の核鉄(てじゅん)によらない発動方法な海賊版。総じてお
互いほぼ互角……ってコトか。唯一、総角が破られるとすれば)

 照星のバスターバロン。ひしめく男爵たちの純然たる始祖においてはまさに別格。果たして総角の勝敗や如何。

「これでこちらはマレフィックに専念──…」

 できると呟きかけた斗貴子が一瞬固まったのは斃すべき幹部たちが既に致命の間合いに居たから……ではない。視界
の上端の空を横切る影を見たからだ。

 それは、蝶、だった。蝶の覆面をつけ、蝶の翅を持つ……華奢かつ漆黒の青年だった。

(パピヨン!!? どうしてお前が!!?)

 斗貴子のおどろきはこういうコトだ。パピヨンは先刻、銀成市で土星の幹部に手痛い一敗を喫している。人間をやめてな
お免疫力喪失の死病がいまだ根底にある彼だから、細菌型という、病原を走狗とする土星の幹部に完膚なきまでやられて
しまったのは原理的にいってもはや仕方ない話であろう。それはともかく、パピヨンは敗北のち聖サンジェルマン病院に収
容されたというのが先ほどまでの斗貴子が彼に対し有していた最新情報だったから、いまだそちらで加療中と思っていたの
は当然だ。

(ダメージもあるが、そもそも……『ない』。戦団所属ではないアイツが大戦士長救出作戦に協力する義理はない)

 だからパピヨンの登場など予想もしていなかった斗貴子だが、同時に気付く。復讐。新月村一帯には照星と同じく、幹部
たちもまた居るのだ。だから復仇すべき土星の幹部を追ってきたとすれば動機の点では辻褄は合う。

 が、兵站面では齟齬。斗貴子の論理的な部分がパピヨン登場を排斡(はいあつ)していたのも次の齟齬ゆえ。

(伝え聞くところでは例のニアデスハピネス……使い切っていた筈。一度そうなれば補充までに数日かかる筈なのに)

 今しがた見たパピヨンは確かに蝶の翅を……黒色火薬の武装錬金を…………使っていた!

(どうやって補充したんだ…………!?)

「ま、奴なら自力で補えるさ」

 モニターで観戦中の戦部は愉快気に唇をくつろげた。(横浜での一件かい)。論拠に気付くイオイソゴ。カズキへの妄執
をして行った強制回復、それが今日も行われたのではないか……両名の見解は一致を見る。

「なあ桜花。さっきバスターバロンのバックパックを攻撃したのも……」
「パピヨンね」
「でもなんで攻撃したんだよ? アイツが大戦士長攻撃する必要ないし、助けるために無力するってのもキャラじゃないし……」

 エンゼル御前のぼやきに凛呼たる双眸を漆のように濡れ光らせながら桜花は答える。

「居るのよ」
「居るって何が?」
「土星の幹部が……たぶんコックピットの中に。さっきの声も、大戦士長を操っているのもきっとその幹部……」

 桜花の論拠はこうだ。まず彼女が銀成は養護施設で遭遇した幹部は、冥王星、天王星、海王星、金星、火星の5人。

 で、このうち『使われはしたが、直接は見れなかった』特性は天王星と金星の2つ。だが前者は弟の秋水とか、つかず離
れずの斗貴子とかが喰らったから談話の形で概ね知っている。金星については総角の複製品によって桜花自身、傷を治さ
れているからこれまた知悉しているといっていい。
 では残り5人の幹部の能力はどうか?
 太陽……盟主のものは先ほど木星の幹部の追撃から命からがら帰ってきた犬飼円山両名によって全戦士に通達済み。
 その情報に、追跡者たる木星のものが添えられていたのも経緯からしてまったく自然。
 月と水星の特性……は考えるまでもない。銀成で両方を喰らった総角が陣着しているのだから桜花はそこそこの親交に
かけて聞くとはなしだが聞いている。
 で、土星についてはどうかというと、パピヨンとの交戦記録オンリーでは細菌型であるというぐらいしか分からないから、桜
花が照星の洗脳と結びつけるのは突飛に思える。

「けど消去法よ。ホラ、演劇のとき、生徒たちが操られていたでしょ?」
「あー。書き割りとかヒョイヒョイ変えられててツジツマ合わせに苦労したアレか……」
「そ。で、陣内みたいなその能力がどの幹部のものか私ずっと考えていたんだけど、知っている他の9人の能力とはどうし
ても当てはまらない」
「分解とか無限増援とかじゃ無理っぽいもんなー。あれ? でも桜花、海王星の武装錬金特性ってまだ見てないよな?」
 先ほど『使われはしたが、直接は見れなかった特性』とまだるっこしい描き方をしたのはこのためだ。そう。そもそも海王
星……要するにいますぐ近くで暴れているリバース=イングラムの武装錬金特性は──…
「やり合ったとき結局だされずじまいだったから、厳密には不明だけど」
「だったらなんで大戦士長操っている犯人が土星って分かるんだよ?」
 それは簡単。桜花は照れ照れと人なつっこく笑った。
「海王星が足元でダブル武装錬金しているからよ。あれじゃ操作は無理でしょ?」
「あー。両手塞がっているならリモコン操作できないもんな……。脳波とかで、ってのも集中のいる銃撃で、大量の戦士捌
きながらじゃ無理だし」

 だから消去法で照星洗脳の黒幕は土星の幹部となる。そもそも予備情報として、貴信からの『村人たちがゾンビのような
有り様で操られていた』がある。桜花はそれを演劇の奇怪ごとと結びつけた。

 よって彼女は無意識的に、海王星は人を操れないと結論付けたのだが……ああ、なんたる運命の皮肉か。×ではないが
○でもない。完全操縦こそ不可能だが、使い方次第では対象はおろかその周囲(まわり)の人間さえも破滅めがけ誘導でき
る特性を実は海王星! 有している! それは特性じたいより海王星の幹部リバース=イングラムの悲運ゆえねじまがっ
た思考法に拠るところが大きいが……詳細は追って明かされるであろう!

「…………」

 遠ざかるバスターバロンを見つめる火渡の、凶猛きわまる瞳に彼らしからぬ感傷が一瞬うかぶ。そうであろう。照星は
──火渡自身は否定するだろうが──彼にとっては師匠にあたる。”せんせい”といってもいい。それを総角なる、何の
馴染みもない余所者に一任してどうして平気で居られるだろう。

「指揮権のコトでしたら、有事の特例もあります。師範たち副指揮官級の方々に任せるという手も……」
「……うるせェよ」

 毒島の取り澄ました進言に軽く舌打ちすると煙草の先で火花が上がる。有事の特例とは要するに大戦士長代行ゆえ
に救出作戦の総指揮を執らねばならぬ火渡が、死亡または人後不省によってその責の継続が困難になった場合の話だ。
世間的には非公式かつ秘密結社の戦団とて軍事組織、いざというとき、大戦士長の代行の代行、救出作戦総指揮の代行
を誰にするかという定めぐらい当然ある。……あるが、濫用ではないか。照星をただ自分の手で救いたいという一念だけで
指揮の責務を放り出すなど濫用もいいところ。もちろん火渡はむしろ規則など破る方だが、ただ破ればいいという訳ではな
い。火渡が規則を破るのは任務の迅速な達成の妨げになると判断した場合の話だ。要するに、チンタラ守っていれば無辜
の人命が、尊厳が、不条理によって永遠に失われるケースにおいて堂々と破ってこそ火渡の天才性は満たされる。再殺
部隊を率いて好き勝手やっていたのもその一端。
 今回は違う。指揮より照星の救出を優先せんとするのは、火渡の思う『力も才能もない弱いヤツら』を守るコトに……繋が
りがたい。どちらかといえば防人に覚えていた、私人としての、外面からは想像もつかないナイーブな面の発した衝動である
と火渡は思い……同時に制御する動きもまた起こしている。『感傷で物事をやれば碌なコトにならない』。もう以前のように
戦えぬ防人は、火渡の炎の犠牲者だ。やろうと思ってそうした訳ではない。友誼を覚える男に過去を切り捨てさせようと発
した業火が回りまわってその男を……焼いた、戦えなくした。だいいち先ほど暴れ狂うバスターバロンに対し

──(いっそ、俺の手で……)

 と思ったではないか。身勝手なようでいて認めた者には厚く、熱い情誼を覚える火渡だ。だからもう照星が人心を取り戻
せない状況にあるなら、彼が戦士を殺す以外できなくなっているのなら、引導を渡すのは自分であるべきだと思っているの
に、同時に火傷だらけの体を包帯で覆っている防人の姿が強烈なるブレーキをかける。
 火渡は暴悪ともいえる不条理を撒き散らす男だ。だが心苦しさを覚えぬ男ではない。むしろ7年前の赤銅島の惨劇にどう
しようもない雨音を抱え続けているからこそ、二度と味わいたくないとばかり常軌を外れた速攻の解決策を理も火もなく高速
で打ち続けてきた。だが……その総決算が防人の重傷。心の中の雨音はまた一段と強く激しくなったのに、それでなお……
照星を? ……運ばれていくバスターバロンを反射的に追えなかった理由の1つは雨音といっていい。

 だが同時に感傷とは独立した、指揮官としての打ち筋もまたあった。これは才覚より剛腹の域であろう。先ほどから、機械
巨人まきちらす壊乱と、それに乗じた幹部2人の奇襲を眺めていた火渡は──強者大駒ゆえブレイクとリバースの『弱い方か
ら削る』の埒外に置かれていた戦略的背景もあって──戦士たちが混乱するなかしかし冷然と気付いた。その気付きを戦団
全体への理想的な──軍略の文法でというより、火渡個人のアーティスティックな感性にそぐうものという意味での──理想的
な指揮に落とし込むまで場を離れたくないという思いもまた確かにあった。感傷とは乖離しているが、だが特異なコトでもない
だろう。人間なんてものは、他者との関係でドン底だと思っていても、落ち込んでいても、己だけが成せると自負する職掌に
ひとたび没頭するや全く何事もなかったようなまっさらな気持ちで専念できるのだから。

 そんな人間としての当然な職業への目が火渡を喋らせる。

「……なんで他の幹部は仕掛けてこねェ?」
 え、あっ。毒島がやや狼狽ぎみな感嘆をあげたのは、一見冷然としているようでガスマスクを取ったが最後小動物のような
少女だから、いつリバースらの標的にされるか戦々恐々するあまり余事を考えられなかったからであろう。
「た、確かにバスターバロンに乗っているであろう土星を加えてもこの場にいる幹部はたった3名……!」
 幹部は全員で10名。なら残り7名もまたこの混乱に乗じるべきではないか。乗じてしまえば確実に、勝てるではないか。

 ああ、だがどういう訳か! 少なくても木星の幹部イオイソゴ=キシャクは決戦場とは別の場所にいる! どこかは不明
だが戦部厳至と観戦に甘んじている! 先ほどまであれほど犬飼と円山を追い詰めていた彼女が! そして総角と根来の
思わぬ奇襲を受けてなお、傷に関してはさしたる物を受けなかった……否! 受けていたとしても金星の幹部・グレイズィン
グ=メディックの完全治癒によって再び万全の状態で出撃できるであろう彼女が! どういう訳か、いない! 決戦場に……
いないのだ!! 参戦すれば己が追撃の失敗に端を発す盟主急襲という、致命的な作戦行動を阻めるのに……そうせん
とするのが忍びとしての忠義上ただしい動きである筈なのに、なんたること、彼女は愚にもぐかぬ観戦行為に甘んじて、いる!

 何か動けぬ理由があるのか? いや、だとしても残り6名全員でかかれば……! いまの戦場において戦団をば覆滅する
のが目的であれば、最低でも、分解能力を有するディプレス=シンカヒアを投入すべきではないのか。

 といった趣旨の火渡の言葉を継ぐよう、イオイソゴは遠き地でごちる。

「ひひっ。ま、確かにそうじゃな。我らまれふぃっく、いずれもこの世のものならざる凄惨無比の魔人どもと誇負しておる。全
員投入すれば、ひひっ。ま、楽勝とはいかずとも結構な”だめえじ”を戦団に与えられる確証やある」

「なのにどいつも来ねえのはどういう訳だ?」

 ふつうに考えれば……足止めだろう。幹部3人と照星は、あくまで戦団の進軍を阻むため遣わされたと考えるのがごく
ごくふつうの推測だ。何しろ敵は犬飼決死の戦いによって盟主の位置を掴まれてしまっているのだ、安全圏に逃がすまで
首魁への電撃的奇襲を殿軍的単位で以って抑えんとしていると見なすのは決して荒唐無稽な思考ではない。参着してい
ない幹部総て盟主の護衛といえばだいたい誰もが納得しよう。

(だが本当にそうか?)

 火渡は狂暴だが決して愚鈍ではない。剛太に挑まれたときだって一見不可解な視界外からの攻撃の正体を即座に見抜
いた。ティーンエイジャーの頃からすでに才覚は頭角となっていたし、赤銅島で出し抜かれたが故の用心深さだって備わって
いるのだ。

 そういったものが火渡に考えさせる。『幹部3人の来襲、盟主を逃がすための足止めゆえか』と。

(……違うな)

 断定する。

(足止めなら冥王星の幹部の無限増援……自動人形の群れを使うだろ)

 現に先ほどまで火渡自身それで足止めを喰らっていた。幾ら焼いても無尽蔵に現れる自動人形たちはどうやらそのダメー
ジを創造者にフィードバックしない類のものらしいとも戦いの中で感得した。

(だったら使うだろ盟主の為にも。にも関わらずいま冥王星が洞ヶ峠を決め込んでんのは何故だ?)

 伏兵として潜んでいる? 否。最高のタイミングで伏兵を突っ込み戦団を総崩れにしたいのなら順番が逆、天王星たちの
あとでなく前に切るべき手札ではないか。まず自動人形の群れで『目減りしない足止め』という当然の手札を切っていると
そう戦士たちに納得させ、他の幹部は来ないと無意識に信じ込ませた上で、混線のなか他3名を投入して混乱させる方が
効果的だ。鐶が銀成市でやったような人混みに紛れての奇襲を、実力で遥か勝る幹部3名が混乱のなか密やかに密やか
に履行して1人ずつ確実に葬る……といった戦法なら、火渡という指揮系統の破壊さえ見込めるではないか。

(ガス欠だからできない……なんてのは無いさ)

 さすがに火渡は冥王星・クライマックスの原動力が『アニメや漫画への大ハシャギ』とは知らないが、「開戦早々あんだけ
の軍勢を繰り出しやがったんだ、何らかの補給技術ぐらいあんだろ。論拠は例の音楽隊ども動物型だ。本来人間型にしか
使えねえ武装錬金を音楽隊ども動物型に使わせるようにしたレティクルの技術力、そいつならクスリなり食い物なりで冥王星
を回復できるはず、無尽蔵の自動人形を継続して使えるよう細工しているはず」といった推論からエネルギー切れのセンは
完全否定の構えである。

(つまり冥王星は『コンディション的には足止め可能だが、他の役割が与えられているため今は来れない』……って見るべき)

 そもそも幹部3名の来襲が、盟主を逃がすまでの足止めという仮説自体あやしいだろと火渡は頬をゆがめる。

(向こうにゃトリ型の……火星が居るんだ。盟主なんざ速攻で連れて帰れるだろうがアジトによ。木星なら負け犬追いかける
ときそういう段取りも整えられた)

 それでなお『足止め』を唱えてすぐ出てくるものといえば、『残りの幹部たちは、アジトで何事かを成し遂げるまで邪魔され
たくないのでは』といった、この時点で模糊とした論拠しか並べられない。火渡は、論破する。

(ねえだろンなコト。アジトでなにかチマチマ作りたいんですつうならそもそも老頭児(ロートル)なんざ攫わねえ。何か作って
やがるとしてもだ、完成前にてめえらから俺らにケンカ売っといて……完成まで来られたくたい? 足止めをする? ねえよ)

 だが、と気付かせたのは先ほど目撃した量産型のバスターバロン。

(逆なんじゃねえのか? 老頭児を攫ったから足止めをする必要が出てきたんじゃなく……『足止めをしたいから老頭児を
攫った』……んじゃねえのかレティクルは)

 身長57メートル体重550トンゆえに、ただ歩くだけで戦略級の兵器となり、大戦士長搭乗の武装錬金ゆえ戦士たちが必殺
の気魄では打ちかかれないバスターバロン。敵から奪った強い駒を打つのは最高だ。取られようが、壊されようが、痛痒なしだ。

(そのうえ盟主のクローン技術なら……さっき見たように増やせる)

 その監視役兼補助に回ったのがリバース以下3名の襲撃者(かんぶ)……とすれば筋は通るがここで課題は振り出しに戻る。

(だったらだ。どうしてレティクルの連中は老頭児攫ってきてまで足止めをしたい?)
「……『器』」

 あン? 刺々しい眼差しで問い返す火渡に毒島はきょどきょどとしながらも、火渡相手にそれを続けると怒鳴られると経験上
熟知しているから、務めて迅速に……告げた。

「マレフィックアース。正体は不明ですが超絶のエネルギー体を降ろす器を、寄り代を、敵は銀成市で探していたようです。そし
て……」
「なんだよ? 勿体つけずにいえよ」
「私は無銘サンたち音楽隊を戦団日本支部から銀成に引率するとき彼らの身の上ばなしを聞きましたが、それによると幹部
たちはどこか『火種』を撒きたがっていたようです」

 それはわざと義妹たる鐶光を逃がしたリバース=イングラムだったり。
 或いは貴信と香美が何年かのち自分を熱くさせる敵となるのを期して解放したディプレス=シンカヒアだったり。
 自分を兄の仇と狙う総角と小札に十年間いっさいの刺客を差し向けずに終わったメルスティーン=ブレイドだったり。

             ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・       
「木星の幹部にしても7年前の『とある事件』で無銘サンとほぼニアミスしていたそうですが」
「エサと狙うくせに捕獲しなかった、か……」

 つまり……火渡の顔に関心が浮かぶ。

「毒島。てめぇはつまりこう言いたいのか? ”奴らは、より高純度の闘争心を求めている”。そういった存在(もの)との戦いが
マレフィックアースとやらの覚醒を促すための、『器』に降ろすための最低条件、だと」
「足止めが”ふるい”と考えればある程度の説明はつきます。戦うに値しない戦士を……さほどのエネルギーを発しない戦士を
敵(こちら)から取った駒(バスターバロン)と、恐らく加入してまだ数年な天王星と海王星、土星の『外様』で抑えれば、マレフィッ
クアースのための闘争エネルギーの純度は保たれる……と、盟主は考えているのではないでしょうか?」

 そうなると敵の主眼とする舞台が変わってきますが……遠慮がちに囁く毒島に火渡はわずかに顔の筋肉を動かす。

「やはり狙いは銀成か?」

 さほど表情が波打たないのは予想していたからである。同様のコトを危惧する防人のもとに、幾つかの戦力を残してきた
のは、火渡自身、銀成という、錬金術との悪縁を以って響く街に対し『もしや』という思いがあったからだ。

「そもそも負け犬たちがここを突き止められた理由は例の地下空洞。老頭児の攫われた場所からここまで延々と線路が敷
き詰められていたというが列車の類はなかった……つうしな」

 その路線に銀成への直通ルートがあれば? 照星を捜して徘徊していた頃の犬飼たちに見つからぬよう、巧妙に隠されて
いたのなら?

「……冥王星の武装錬金の本体が『列車』ならこの場に無限増援を差し向けていねえ説明もつくな。発射準備に専念してい
るか、或いは既に射程外まで行ってやがるのか」
「足止めを喰らったいま盟主への奇襲はほぼ不可能ですが」

 毒島は、いう。

「どちらにしろアジトの強行偵察は必須。アジトからレティクルが脱出している気配があれば襲撃でしょう、銀成は」

 だがブレイクとリバースに対応しなければならぬのもまた事実! だから銀成に全軍は派兵できない! かといってまず
はブレイクたちに傾注とばかり全軍をかからせるのも経験上マズいと火渡は断じる。

(奴らの能力はまだ完全に解明された訳じゃねえが、数だきゃ多い戦団の真っ只中にわずか3騎で乗り込んできた以上、
単騎対多数、或いは少数対多数に特化したものとみるべき。で、そのテの連中は必ずといっていいほど持ってるもんさ。

一 斉 攻 撃 に 対 す る 厄 介 な カ ウ ン タ ー って奴をな!!)

 何しろそう思う火渡自身そのタイプだ。共同体に乗り込みわざと見つかり全員一箇所に集めてからの『周囲500メートル
瞬間最大5100度の炎』……これほどラクな手段もない。

 だからブレイクたちへの一気呵成はマズい。最悪たかが足止めにほぼ全壊というセンもある。されば残りの幹部が銀成を
破壊する。

(絶対回避だ)

 拳から血が溢れるほど握る。火炎同化を持つ火渡らしからぬ青い挙措だ。それほどに彼は銀成を思っている……としたら
経緯的におかしい話だし、じっさい火渡自身さほど思い入れる街でもない。『ヴィクターVが大事に思ってやがる所だ、戦団
全部がかかずらあって守れませんでしたってんなら……笑えるかもな』とどこかで思っているのは事実。
 だが銀成には防人がいる。火渡のせいでもう以前のように戦えなくなっている僚友がいる。ブレイクたちたった3人に全滅
したらマズいというのはそこだ。全滅したら防人はわずかな手勢で7人もの幹部に挑まざるを得なくなる。勝てる訳がないの
に防人は……”やる”だろう。7年前の惨劇を再び繰り返したくないのは火渡だって同じなのだ。だから防人が、破壊されゆく
街に、一人でも多くの人命を救うため留まるのは予想できるし、理解できる。止めようがないし、止めるつもりにも、なれない。
 なのにそんな防人に怒りが沸くのは、かれの殉職的な銀成残留に、自分とは別の理念が混じっているのが嫌というほど
分かるから……であろう。

(ヴィクターV)

 防人が銀成を強き思いで守ろうとするのは、教え子がそうしようとした街だからだ。教え子と共に守った街だからだ。そんな
心機を天才性ゆえに分かってしまう火渡だから……防人に苛立って仕方ない。再殺さわぎの頃から続いている気持ちだ。
長年の付き合いゆえ元の道に引き戻そうとしている火渡を袖にしてまで、3〜4ヶ月の交流しかない元怪物の少年の存在を
心の軸にしている防人のありように……まさに烈火のごとき腹立たしさを覚えるのだ。だというのに防人を、どうしても見殺し
にはしたくない。もちろん剛太が斗貴子に抱く健気さとは違う。「あいつより俺のがイイだろ」と強引に頭を掴み向き直らせる
ようなそんな乱暴な友誼である。天才ゆえの完璧主義は、唯一無二の親友が、相手の方でもこちらを唯一無二のものと思っ
ていなければ我慢ならぬ独占欲をも産むから困る。
 だが火渡がどう思おうと防人はもう……変わってしまった。7年前への未練はカズキとの対決によって別の方向へ昇華さ
れた。彼らを命がけで救ったのが何よりの証拠だ。そして戦線を離れてなお防人はその身命を『子供たち』のために使おう
としている。ありていにいえば──防人が千歳に語ったコトなど火渡は知らないが事実その通り──未来へと再び歩きだ
そうとしている。そう変えたのは……カズキなのだ。そして火渡は朋輩さえも変えられぬままここまで来た。朋輩が変わり
つつあるなかいまだ変われずにいた。赤銅島以前の才気と自信に溢れていた自分に戻りたいと願っている癖に、赤銅島以
後の、言ってしまえば西山という怪物に歪められてしまった”よくない”状態にしかし留まっている。
 結局、取り残されているのが気にいらないだけではないのか? 変わりゆく防人を、面白がっていないのは。

(……ケッ)

 半ば拗ねたような後姿を戦士の何人かが見た。彼らの恐れる後姿だ。火渡がどこか哀愁を帯びた背中を見せている時は
話しかけるだけで凄絶な不機嫌が返ってくると、みな、知っている。感傷とか、ナイーブといった繊細な言葉で例えられぬほど
こわい、怪物がやわこい逆鱗を無意識に曝け出しているときのような背後だ。毒島だけは細い胸をかき抱く。見るたび鼓動は
甘く不整だ。男が、後悔や、かけ違ってしまっている自分へのどうしようもない思いに浸っているのを、少女だけは分かるのだ。

 が、火渡の指揮は感傷に彩られたものではない。状況から考えられうるもののうちもっとも迅速で実効性たかき最善手を
押し出していくものである。

(敵の目当てが銀成であれどこであれ、ここに総ての幹部が来てねえ以上するしかねえな。アジトの……強行偵察!)

 よって火渡は戦団を2つに分けなくてはならない。戦略の分散じたいは先ほども考えていたが、敵巣窟に乗り込み照星を救出
といった分派はバスターバロンが操られているいま意味を成さない。いま求められているのは、

1.この場で天王星と海王星の撃破を目指しつつ、照星救出を目指す部隊
2.アジトの様子を伺い、銀成強襲が真ならば追撃へ、偽ならば突入ないしはその前工作を行う部隊

 に戦団を分けるコトだ。

 だができるのか。いや、火渡ならば才覚ゆえに班割りは出来るだろうが、出来たとして、マレフィックと戦闘中混乱中の戦士
全員にそれを伝える手段があるのか? 伝達は全員同時でなければならぬのは言うまでもない。何故ならば(2)の部隊に
選ばれた者は戦略上、この場から離脱する形になるが、1人2人がバラバラにそうしてみよ、足止めこそ本懐のマレフィッ
ク2名に各個撃破されるのは想像に難くない。よって分断のことは全員同時に報せねばならない。できれば(2)の部隊全員
たちが電撃的に離脱を始めるなか、(1)の部隊がそれを支援する段取りを整えておくべきだが──…

 大声でタイミングを指示すれば、当然敵に気取られる! かといって端末への送信は無意味! 戦闘中どうして読めよう!
 ……。
 連絡伝達の段階ですでに恐るべき難事。火渡の獰悪なりし面頬がねじくれる。

「伝単のヤロウ……火星なんぞに殺られやがって」
「合流前、後方支援の戦士たちがかなりの数ディプレスに殺されましたからね」

 有事の際の連絡手段を戦団は開戦前いくつも用意していたが、トップクラスのものは殆ど創造者ごと永遠に失われている。
偶然ではない。天候を操るサップドーラーにしてやられたハシビロコウの幹部はそのあと合流地点に向かって進軍中の部隊
を幾つも幾つも襲撃し、『戦闘能力でこそ劣るが、後方支援においてはスペシャリスト』の戦士の命を刈り取り、弄んだ。めぼ
しい能力の持ち主は忍びであるところの木星、イオイソゴによってビンゴブック化されていたという訳である。

 ちなみに伝単とはビラである。伝単の武装錬金、ウォーリージャーナルは『心清い者だけが受け取れるビラ』を撒く能力! 
創造者が指示などを念じて発動した真赤なビラは一見無地なれど、清き者に当たればスウと溶け込み……30行のノート換算
5ページまでであれば記載内容総てを一瞬で長期の完全記憶とする! ビラ自体は一般人に見えるが、外形上は無地かつ
ホムンクルスや信奉者を特性の対象外とするため、戦士側にだけ通じる連絡手段として米ソ冷戦時から重宝されていた!

 それに類する能力を更に幾つも幾つも幾つも、幾つも!! 火星の幹部ディプレス=シンカヒアは奪っている!! 絡め手
といえば聞こえはいいが、要は憂さ晴らしなのだ。サップドーラーにやられるだけやられ、逃げられた恥辱を、自分より弱い
者をいたぶり殺すコトで晴らしたのだ。弱い者をいたぶり殺すコトでしか、悦を、味わえないのだ。馬鹿くさくもある通り魔的
な犯行であるが、これが有益なる補助能力者を20名以上葬っているのだから始末が悪い。このさき戦団はもはや醜態と
いって過言ではないほどの後手かつ泥沼的な戦局を対レティクルの局面においてしばしば晒していくが、策謀と軍略の不
在はつまるところ緒戦におけるディプレス=シンカヒアの文官殺戮に端を発すものである。つまずきは、長くひびいた。

(難渋させやがって! 殺す!)

 ディプレス=シンカヒアの破滅は或いはこの時の火渡の情報検索から始まったのかも知れない。大戦士長代行が咄嗟に
求められた、残存する戦士、ジャンク的な能力からの、戦団全域に対する『二面作戦通達』を如何にして早期に実現するか
という、苦慮のさなか芽生えたのは、銀成に居るころは防人に助勢する行きがかりだけで戦うだろうとその程度にしか思って
居なかった火星の幹部への、具体的かつ濃厚な実害をひっかけられたという純然たる殺意(おもい)。殺された戦士の仇を
取ろうという思いはさらさらない。ただただ凶悪な天才として、手を煩わされたという激越きわまる怒りだけが、あった。

 が、それも数秒の思案のコト

「毒島。『コネクトアラート』は生きてるか?」
「ここに」

 毒島が裾をつかんで差し出したのは中肉中背の少年である。肌ツヤからすると15をやや過ぎたあたりであろうか。肌ツヤ
で年齢を弁別したのは顔が崩れているからだ。外傷性の崩れ方ではない。両目がバッテンの、戯画的な崩れ方だ。先ほど
の騒動のさなか足が縺れ自分でスッ転んで頭打ったようですという毒島の淡々とした、しかしどこか呆れ気味な報告に、火
渡は煙草の鬆(す)ごしに「ケッ」と煙を形成。指先には火を灯す。「出た火渡戦士長の得意技、ツメ気つけ!」「火傷しねえ
が熱くはある絶妙な火加減で目覚めるまでツメの先を炙り続けるってアレか!!」。ふつうに活いれろよ的なツッコミまじる
どよめきのなか、苦悶に頬波うたせ目覚めつつある少年戦士ながめつつ毒島は問う、火渡に。

「『図形』はそれぞれどうします?」
「それは──…」

 毒島から北北西約200m。水を注がれ尽くした味噌のように茫と晴れた砂塵が明らかにしたのは……まばらに転がる戦
士の死体と、背中合わせの若き男女。それらを活動可能な戦士たちは遠巻きにだが取り巻いている。棒立ちでただ眺めて
いるのではない。半径22.1mの重囲は無数の慎重なる摺り足によってジリジリと狭まりつつ、ある。

『さすがにそろそろ堅くなってきたね』

 とは少女の言葉だが……『声』ではない。では何か? それは、発する瞬間包囲網から爆発しそうな緊張感が漂った理由
ともども後述されるであろう。
 ともかくじっさい、『堅くなりつつ』ある。
 包囲網の最前列で片目や脇腹から生々しい血を流しつつもいまだ昂然と武器を構える戦士たちはいうまでもなくつい先
ほど迎撃の憂き目にあった者どもだが……しかし、生きている。「……」。少女は微笑の吐息を漏らしながら決して小さくは
ない二挺のサブマシンガンを人差し指でくるくるっと回す。”困ったなぁ、さっきまで楽に殺せてたのに……”という笑顔に邪気
はない。主観型かつ銃器を使うシューティングゲームを、ノーマル・モードからベリーハードに変えた時ていどのカオだ。予想
外の手応えに面食らいつつも”じゃあどうすればキッチリ全滅させられるかな? どうやればSランクとれるかな?”を少女は
本気で考えている。そう……現実的な無数の殺意と、今しがた傷つけたばかりの相手の恐怖と恐慌の眼差しをハッキリと
認識し総ての意味合いを理解した上で! ……少女は彼らをにっこりと見渡す。霍閃の手つきが流れた。ぴしゅうという間の
抜けた声に一拍遅れて何人かの戦士が額から血しぶきを上げ、或いは前のめりに沈み、或いは蛇腹の貯金箱を畳んだよう
に垂直に縮みつつふしまろんだ。圧縮空気の余波だろうか、トランプの絵札のように上下も左右も逆にかみ合った銃口から
それぞれ一穂(いっすい)の白煙が蛇の汀(みぎわ)よろしく揺れた。電光の神業だがやった方は愛らしい笑顔で「ぷくー」と
頬を膨らます。

『もー! 撃墜数4つぽっちじゃ光ちゃんに自慢できないでしょ! ガードしないでよ他の人! 堅くならないでー!!』
「へへ。バスターバロンの土煙が無くなりやしたからね。ええ。ええ。さすがにもう虚はつけないかと」

 文句に染まってなお笑顔で、純白の雪の粒子を纏っているようなその短髪少女と背中合わせになっているのは──…
 糸目で、人好きのする笑みを浮かべる若い男性。
 20代後半ぐらいであろうか。顔立ち自体は無個性だが、灰色の瞳はいつもどこか人の良いところを捜しているようで、
見てて何となくホっとするタイプといえよう。じっさい戦士のうち何人かは遭遇の瞬間、『新月村から迷い込んできた一般人
ではないか』と保護を考えたほどだ。もちろん彼らとて乱戦直前この青年のカオは見ている。見ていたにも関わらず、雰囲気
があまりに軟らかいため、土煙のなかで不意に遭遇するや最後『人のいい一般人』と思ってしまい……そして殺到してくる
ハルバードの先端にギョっとする。何しろ、斧と、槍だ。すんでのところで回避したそれが乾いたブラウンの樫の木をコーン
スナックでも相手にしているかの如き気安さで粉砕しどこか鉛筆めいた香りを撒き散らしたりしてようやく戦士たちは相手
どっているのが紛れもない敵の、悪の、幹部であると痛感する。

 ブレイク=ハルベルド。全色盲の槍使いである。長身かつひょろりとした体よりも更に長いハルバードを振り回すところ
妖霧の薔薇が戦士たちに乱れ咲く。
 事実かれの周囲を見よ! 顔、首、胸、腹、膝……場所こそ異なれど凄惨きわまる傷を一様に追った死体が点々と
転がっている! かれもまた悪意なくして人を殺せるのだ。戦士が一般人とみまごうたのもそのためだ。
 灰色の目を糸かというぐらい細めて笑う彼の、傍で。

『虚をつけないならもう動き回る必要ないもんね』

 ふふっと、やや桃色がかった紅色の唇を童女のようなニュアンスで緩めるはゆるふわパーマの女のコ。山間のこの戦場
には不釣り合いの、たっぷりとドレープの乗った薄青のロングスカートは人を選ぶデザインだが、彼女は見事着こなしてい
る。恐るべき清純さだ。恐るべき可憐さだ。乳白色の髪というが、くすんで枯れた白髪などではない。若々しい、まさに甘い
ミルクの匂いさえしそうなきらめくシルバーのケラチンだ、半透明したパールホワイトのキューティクルだ。まさに霜華(そうか)
とすら呼ぶべき幻影的光沢! 『光の淡き反射』! あたかも夢魔か妖精かのごとき儚げな美しさだ。
 なのにどこか男の淫心を誘う肢体でもある。上はサマーセーターと、貞淑な若妻がごとき露出とは無縁の落ち着いたもの
であるのに、ほうと視線を集めずにはいられない質量のふくらみがある。「95」というが、なのに腹回りときたらむかし鎖の巻
きつく事故にでもあったのかというぐらい……病的に細い。「56」という数字は外見年齢7歳の小柄なイオイソゴですら牛一頭
たいらげた日はオーバーしてしまう領域だ。それが滲むような色気ただよう腰周りの上にある。ふとした拍子スカートに浮か
び上がる豊穣の化生のような2つの桃はもはや米国級の「91」。
 事実あらくれた戦士の中には良からぬ心構えを以って打倒せんとする者が居た! 10人近く居た! おとなしげな風采に
見合わぬ豊かすぎる肢体を力に任せて自由にせんと! だが彼らはこの少女を見くびっていた! リバース=イングラムを
見誤っていた! 一見たおやかなる深窓の令嬢でしかない彼女だから、悪の組織の幹部をやらされているのは何らかの脅し
があったからに相違ない……などといった考えは思考の筋道としては正しい! それを救済のため手を差し伸べる動機に
するのであればなお! だがあらくれた戦士どもは違う! 『脅されていようと悪に加担したのは事実、だからどう罰してもいい』
といった自分たちにのみ都合のいい解釈を以って挑んだ! ああ、大戦士長救出に選抜されるほどの卓越した連中にも関
わらず斯様なる低俗ともいえる下心をめぐらせてしまったのは親友や親族を殺された怒りもあるが、それ以上に魔性! 
清純にして豊穣なる異様の配合に惑わされてしまったとしかいいようがない!
 彼らは覚えておくべきだったのだ! リバースが義妹とその両親から訣別するに到った経緯を! そして彼女が『罪』を
標榜するレティクルエレメンツの幹部にあって『何』を司っているかさえ覚えておけば荒くれたちは死なずに済んだ!

 踊りかかる多数の影! 銃声!

 ……。ヘッドショットを決められたのは20をやや過ぎたバイの女戦士であったが、その『彼氏』が傍ら総身殺意の無言の
なか切った最高の手札は一瞬のうちに彼をリバースの眼前へと運んでいた。次元の膜を抜けるゲートルの武装錬金によっ
てサブマシンガンの銃口よりも更に内側の領域へ登場した戦士に対応すべく動きかけたリバースであったが、ほっそりとし
たその肢体は合気によって舞い飛んだ。ゲートル戦士の◎な体術に風くって舞い上がるリバース! 摺り上げた剣の円弧
に入道雲をデコしたような衝撃の噴煙の上(さき)で少女に迫っていたのはあろうコトかハルバード! 
 そう! 恋人(ブレイク)のハルバードの……恐るべき穂先!
 偶然であろう筈がない! 養護施設の桜花も冥王星に仕掛けた一対多の基本! 『敵に敵を投げる』! 穂先は背中か
ら章印を貫通できる軌道にある。ブレイクが我が武器を引かねばリバースが死に、ブレイクが我が武器を引けばその隙ま
いおこる戦士の一斉攻撃でブレイクが死ぬと……そう目論んで仕掛けたのは確かに正しい。

 だがゲートルの戦士も他の荒くれ同様、リバースを……見定めてはいなかった!!

「なに、してるの?」

 笑顔の少女が……目を開く。同時に白魚のような指がハルバードの、『槍』に当たる細長い穂先を掴んだ。

「ブレイク君の武装錬金で死んじゃったら光ちゃんに会えなくなるでしょどうして邪魔するの許さない許さない」

 淡々とした乾いた囁きに半ば呪縛されてしまったゲートルの戦士は見た。
 土煙をあげ大地を薙ぎ走ってくるブレイクを! 恋人の窮地を救うべく肉薄してきたのか? いや違う! 彼は自律の意思で
大地に轍を描きつつ突っ込んできたのではない! 他律! ハルバードの穂先を掴んだリバースの、強引きわまる手の動きに
よって地面を『薙がされて』いたのだ! 瞠目すべき反撃であり、膂力だった! 中空から振られたゴルフクラブの芝ギリギリの
フルスイング! 中空にある筈の華奢な体が、ただ穂先一点だけを掴み支え、ブレイクを遠大きわまる長柄武器ともども……
振りぬいた!  彼はけして出力でリバースに劣る訳ではない! 同じくホムンクルス調整体で、高出力で、しかも男性かつ
超重のハルバード使いだからむしろ純然たる力ではリバースより上! 
 なのに!
 そんな彼が中空の穂先から送られてくる軽やかなる恋人の膂力によって……やわやかな山の土にくるぶしまで埋まりながら! 
とろけた轍さえ引きつつ! 穂先からの動きに成す術なく……捕らえた! 全身(ヘッド)で戦士(ボールを)!  

 ギャグのような衝突だと笑える戦士はいなかった。金属質なホムンクルスの衝突はそのままゲートルの戦士を胸のラインで
上下に分けた。剥き出しの肋骨の下に臓器や血管らしき”ぶらぶら”が見えたのも一瞬のコト、戦士の双眸がぐろんと上向くや
起こった一過性の下痢のような瞬間的な大出血に検閲よろしく塗りつぶされた。
 そして飛行機事故の二次災害において内装破片と双璧を成すは乗客。
 濁った青緑の眼球を剥き出し絶息したゲートルの戦士は結果として更に3名の戦士(なかま)の命を奪う。胸奥で一拍遅
れの爆発を起こした衝撃は下顎まで駆け上がった。同時に下顎小臼歯から下顎第二小臼歯に到る少なくない本数の歯が
左右問わず歯槽骨より脱臼、すぐ傍にいた30代のヒゲ面の荒くれの顔面を撃ち貫いた。トランプのダイヤのように鋭い
カルシウムの散弾で顔面を蓮にされながらも彼が無表情を保っていたのは豪胆ゆえではない。とっくに後頭部を突き抜
け真紅の尾を引く無数の歯は、表情が代わるより速く脳のあらゆる部位をズタズタにしていた。要は、即死。
 おぞましい悲鳴はゲートルの戦士の”Bパーツ”の鋭く尖った背骨が腹腔に刺さったアラフィフのマダム戦士のものである。
彼女はこのあとの乱戦直前運よく後方に引き戻されたが、腹部大動脈が著しく損傷していたため4分24秒後に死亡。
 比較的健闘したのは3人目の荒くれであった。教鞭の武装錬金で飛来する骨片や血液を捌きコラテラルダメージまたはそれ
に準ずる体勢の崩れを防いでいたのはリーダー格ならではの反射であったが……

「にひっ」

 血いろの円弧が全身を行きすぎた瞬間かれはブレイクを睨み動きかけたが……血を吐き地面に倒れ付した。躯から溢れる
血は石榴がごとき斧傷より溢れる。ブレイクの仕業だ。敵がゲートルの戦士からの飛来物に気を取られているさなか、リバー
スによる強引なフルスイングからようやく我に返った彼は得たりとばかりハルバードを閃かせたのだ。

「俺っちが戦士さんの破片以下? よしてくださいよもー! こっちは好きで青っちにスイングされたんすから」

 くしゃっと笑い、目を細める。

 ここでやっと笑顔の少女は着地した。ブレイクは、背中合わせに。強制的に先行させられていた彼でこそあったが、攻撃
の余勢を長身のねじりによって後退へ転換し一足飛びに合流したと見える。

「一瞬で……5人を……!!」
「ヴィクター戦で弱っていたとはいえ……全員手練れなのに……!」

 どよめく戦士たちを前にリバースは笑顔を崩さない。ブレイクも。こちらは少女のように含羞をふくんだ笑みではない。歓声
など浴びなれているといった──殺戮のあとに浮かべるには異常すぎる──ヘラリとした笑みだ。

「へぇへぇ、ありがとうございます、ありがとうございます:

 後頭部に手をあて、へこへこと礼さえする若い男にしかし言葉ほどの恐縮はない。「気をつけたほうがいいッスよ」。辞儀を
45度まで下げきった瞬間放った声はにこやかだが斬りつけるようなものだった。うごきかけた何人かの戦士がビタリと肩ふ
るわせ止ったところを見ると、牽制か。

「青っち、戦士さんにご両親を殺されたと、そーゆーコトになってるんで」

 辞儀のまま、顔だけを上げ戦士に見せるブレイク。笑みの形相は崩れていないが糸目だけは開いている。覗き込んだ戦士
たちのうちそう強くないものたちはヒっと息を呑んだ。いわゆる白目であるところの強膜がドス黒く染まっていたのだ。そして
小さな瞳孔は血の色で爛々と濡れ光る。

(っ! この目の色!!)

 一団に紛れていた犬飼は気付く。

(イオイソゴと同じ! 総角曰くの『時よどみ』を使った時の目と同じ……! もしかすると全員……なのか? 出力を最大に
するときはコレになる……とか)

『そう』

 閃光と白煙がなみいる戦士の前で蛇行した。攻撃かと身構えた彼らであったが無言の笑みでそこを指差すリバースに
よって気付く。斗貴子たち銀成での交戦組からの前情報もあったから……気付く。

『私はお父さんとお義母さんを戦士に殺された。光ちゃんに返してあげる予定だった2人を戦士に殺された』

 その言葉は声ではない。弾痕だ。連射される弾丸が大地に刻みし文字なのだ。一般的なサブマシンガンは秒間26連射
で相当強力という。ああだが、見よ。1秒も経たぬうち生産された『私は』から『殺された』までの文字を見よ! 26連射程度
では到底えがけぬ! 一見ばかげた曲芸のようでいて恐るべき連射速射を示す行動だ。そう悟り、顔色を変える戦士をしか
しあやすように笑ったリバースは再び引き金を引く。

『あららビビらせちゃった感じー? じゃあちょっと柔らかい口調にするけどさ、でもお父さんお義母さんの殺害ってアレ、戦士
の誤爆なのよねー。イソゴちゃんの付き人してただけなのに事情も知らずに……ってソレひどくない? 似たような境遇の
デッドちゃんも激おこだったしさあ、じゃあ戦団って何のためにあんのって話よね? 会って話したコトないけどヴィクトリア
ちゃんもヒドいめ遭わされたっていうし、そのくせヴィクターとか私たちとか蜂起前に止める力ないし。被害増やしまくりだし』

 恐ろしく器用な芸当だった。彼女は二挺のサブマシンガンで文字を描くのだ。奇数番と偶数版の文字を交互に刻むだけで
はない。時には左の銃で上の行を、右の銃で下の行を、1文字目から、まったく同じ速度でタイプしていくという離れ業さえ
見せる。武装錬金の形状はイングラムM11だが、シカゴタイプライター顔負けだった。

 戦士たちがそんな大道芸を黙過しているのは飲まれたせいばかりでもない。一斉攻撃の隙を窺っているのもあるし、火渡
からの命を待っているのもある。全員内心では気付いているのだ。『たかが3人の幹部に全員かかりきりになるのはマズい』。
銀成どうこうを考えられている者は斗貴子たち以外ほぼいないにしても、いまだ姿見えぬほかの幹部たちの動向がハッキリ
しない限り局地(ココ)で勝っても戦略で敗北してしまうのではないかという現実的な不安は確かにあった。それが弾痕文字を
読むという、一見不毛な停止状態につながった。

『お父さんたち殺した鉤爪の戦士はイソゴちゃんに成敗されたけど、だからこそっていうのかしらね、私めの拳は振り下ろす
ところを失ったし、だいたいデッドちゃんヴィクトリアちゃんの前例から考えると戦団って誰得? ってのもあるし』

 本当に器用である。この2行、上は文頭……つまり左から左へと書かれ、下は文末……つまり右から右へと書かれた。
弾痕で文章を描けるというだけでも想像を絶した芸当である。筆記用具で文章を逆再生で描くのも。リバースはその両方を
同時に行うのだ。右から左からイリュージョンのように出来上がる文字列に見蕩れた戦士は決して1人や2人ではない。

「練習、しましたから」

 楽しんでもらうために……えへへと頬を桜色にして無邪気に笑うリバースは確かに己の声で喋っていた。幽(かそ)けし
声だった。線の細い、清純な昭和の正統派ヒロインの凛呼とした声だった。奥ゆかしい表情もまた文章とのギャップでひど
く魅惑的……と、弾痕芸当に魅了されつつあった戦士たちは心の臓を穿たれた。

(や、やっぱり、本当はいい子なんじゃ……)
(そりゃご両親殺されたら悪になるよな……)
(義理の妹を怪物にしたのだって実は誰かに脅されていたからとか、だよなっ!?)

『以上っ! 冥土の土産!!』

 ギンと目を見開いたリバースは発砲する。戦士たちめがけ、今しがた『楽しんでもらうため』といった戦士たちめがけ嵐
の如き銃弾をためらいもなく一斉射したのだ。

「なっ」

 同情的で良心的な、『どうすれば殺さず救えるのか』を考えていた何人もの戦士が血の花を咲かせバタバタと倒れた。
「野郎! なんてコト!!」 レイビーズの爪によってからくも無傷を勝ち取った犬飼の怒号が響く。「いや油断する方が悪い」。
犬飼とは逆の端、右翼やや前面にいた斗貴子を取り巻き林立するバルキリースカートはしかしはてな、銃撃を防いだはず
なのに銃弾1つ表面を滑っていない。剛太と桜花、呻く。周囲への周知も兼ねて。

「圧搾空気!!」
「あの銃は空気を取り込んで銃弾にしているのよね……! 養護施設で戦った時から分かっているコトだけど……!」

「ゆえにリロードがなくゆえに休みなく連射できる私めの『マシーン(機械)』はしかもダブル武装錬金なのよ強力なのよこれ
で戦士たちを殺すのお父さんお義母さんを殺されたこの怒りを戦士たちで晴らすの晴らすのやっと晴らせるのあははうふふ」

 蓮歩というべきたおやかな足取りをしかし言葉同様高速ペースで行いながら戦士たちとの距離を詰め始めるリバース。
ゾっと凍りついた雰囲気が一帯を支配したのはほぼ無限に高速連射できるサブマシンガンに恐慌をきたしたのもあるが、そ
れ以上に接近しつつある少女の面頬の持つ根源的なおぞましさにヤられたからでもある。
 奈落の闇色に染まる強膜。血の色で発光する瞳孔。燦爛たる両目を三日月形に見開きながらしかし口元だけは相変わらず
笑みに、獰悪きわまる笑みに染めたまま……足早に近寄ってくる、近づいてくる少女に対し平静を保てる者は、少ない。怨霊
がいざり寄ってくるようなものだ。なまじ先ほどまで美しさ愛らしさを振りまいていたから尚さら落差が恐ろしい。射手(シューター)
が接近戦を挑むなど愚の骨頂といった正論など誰の脳からも消し飛んでいた。

「う、撃てー!!!」

 号令は指揮系統を無視した、他力本願的な後退要請だったが、それがなかったとしても次の一斉迎撃は行われただろう。
恐怖による、反射的な攻撃の合唱に、ブーメランやダイナマイトといった投擲武器の類が多かったのは、その持ち主たちが
銃撃されたが最後身を守る術がないと危惧したからである。圧搾空気による無限連射は同時に不可視でもある……戦士たち
がそう悟っていたのは、刀剣型武装錬金の使い手のうち銃弾を捌けるコトで名高い者たちが先ほどの一斉射撃で何人も葬
られた事実ゆえ。いかな動態視力あろうとも、見えぬものは、捌けぬ。斗貴子が捌けたのは元々高速機動の武装錬金かつ、
空気弾を用いるという事実を一度間近で見たという行幸が重なったからに過ぎない。犬飼についてはイオイソゴとの交戦に
よる飛躍的な上昇あらばこそ。他の、並みの戦士ではまず……無理であろう。

(だから俺たち投擲武器組は!)
(先の先で仕留めるほか無い!!)

 決死の全力を以って攻撃する戦士たちであるが、ああ! 効かぬ!! ブーメランがやわやかな頬に直撃し、ダイナマイト
の爆発が章印あるであろう右胸と密着状態で発生したというのに……リバースはそれらをものともせず早足で、来る!!

(っ! この光景!)
(光ちゃんの時と同じ!! どれだけ攻撃を入れようとも怯まなかった光ちゃんと……同じ!!)

「光ちゃんをあの強度にしたのは私めなのよその研究データを自分に応用していない訳ないじゃないいいえむしろ更に強力
に発展改良しているのよだって私めは光ちゃんのお姉ちゃんなんだから光ちゃんより強いのは当然でしょふふふ、ふふふふ
あーっはっはっはっは!!!」

 笑いながらマズルフラッシュを炊く笑顔の少女はまさに魔神の様相だ。爆発で煙が上がるなか、散乱し始めた戦士を追って
歩き始める。死角から飛び掛るものたちもいたが肩や膝を打ちぬかれ羽虫のごとく落ちていく……。

 ダイナマイトの戦士──この前日、ゆきつけのコンビニの可愛い女店員さんから連絡先を貰って舞い上がりつつも、釣り
とか悪徳商法の勧誘とかだったらどうしよう、でも前から気になっていたコだから嬉しいし、返事したいしと悩んでいる──
が後退をしなかったのは、武器が逃散しながら使える類のものではなかったからだ。

(だったらせめて場に留まって掩護! あの幹部を攻撃する他の人のため何がしかの隙ぐらい……)

 5本のダイナマイトの爆発がリバースを包み隠した。更なる追撃をと投擲の構えに移った戦士の耳をなでたのは風切り音。
同時に濛々たる土煙が……『切り裂かれた』。晴れたあとにリバースはいない。消失。まさか背後にと振り返りかけた戦士
の揺れる視界のその下から、目口が鉤と裂かれた笑顔の少女が踊り込む。「あ……く……」。2つの銃口はもう喉元。掩護
から消す、理に叶った行動だ。笑うリバース。絶望に引き攣る顔をだらだらと冷汗で濡らす戦士。白魚のような指がトリガー
にふれかけた瞬間、しかしダイナマイトの戦士は笑う。その顔と、リバースの顔の中間点に現れたのは特大のダイナマイト。
総ての精神力をこめたと見て間違いないラストアタックの権化である。一瞬きょとりと、普段の顔になるリバースをよそに導
火線は1ミリ残して燃え尽きて──…

 無惨な衝撃が戦士を揺るがし……1つの戦力が戦場から消える。

 リバースは吹き飛んだ。20人を下回らない戦士たちの一斉迎撃でもついぞ感じたコトのない鈍い痛みを体の深奥から
つくづくと味わった。湿潤な喘鳴をか細い声帯の奥から振り絞りながら、わずかにとはいえ吐血しつつ旋転で吹き飛んだ。

「なっ」

 もっとも驚いたのは……ダイナマイトの戦士である。爆発させるつもりだった武装が解除されている。

「自爆は……ダメ、です。自爆に追い込むのも、ダメ、です……」

 スライスしたソーセージのようなダイナマイトの上の切れ端をパシりと投げてよこしてきたのは白いバンダナに赤い三つ編
みを持つ少女である。右脚は異形。何か猛禽類の爪をロボット風味で巨大化している……としか形容できぬ戦士は、叫んだ。

「音楽隊副長! 鐶光! 爆発寸前導火線ごと斬り飛ばした!?」
「いまのうち……逃げて…………ください」

 ダイナマイトの戦士という1つの戦力が『この』戦場から離脱したのは、消えたのは、鐶の勧奨に基づく。

「……ふ、ふふふ。ふははは。あはははは」

 いつの間にやらうつ伏せで地に付していたリバースの全身が揺れたのも一瞬、彼女はがばりと立ち上がるや大声で哄笑
した。

「光ちゃん悪い子ひどい子お姉ちゃんを不意打ちで殴って吹き飛ばすなんて痛いわよ痛かったわよ酷い子ヒドい子非道い子
迷子になったとき何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
捜して助けてあげたお姉ちゃんを物もいわずに殴り飛ばすなんてひどいわね光ちゃんひどいわ恩知らずおませさん」

 からかうような、怒気の低い早口だが、たったそれだけで鐶の面頬が明らかに恐怖に波打った。が、無数の死骸に目を
止めた瞬間、恐怖以上の憐憫、親族の情愛に虚ろな瞳をやや垂れ気味になるほどゆがめ、涙ぐんで……懇願する。

「止まって……くだ、さい。もうやめて……ください」
「手遅れよいまさっきちょうどもう戦士何人か殺したのよもう許されないし許されてやるつもりないのよこんな奴ら!」

 姉と妹が終局に向かって対峙する中。別の場所では。

「この場を、離れろ」

 ブーメランを頭に乗せて座り込んでいた20代ぐらいの女性戦士は逆光のなか、見た。2mほど上で太陽を遮っている天
蓋の骨組みを。それは処刑鎌とハルバードの噛みあった物……とはつい一瞬前の奇襲に対する庇護的な掩護の作りし意
味記憶。

「さすがに、読めますか」
「ああ。海王星が混乱させている隙に接近戦特化の天王星(キサマ)が仕掛けてこない筈がない。弱い戦力から削ぐ……
まだ徹底するつもりとは趣味の悪い」

 そう。ブレイクは正面切って戦士たちに近づくリバースを囮に、静か密やかに彼らの背後へ回り込み混乱に紛れ暗殺を
働いていた。突如として姿を消した彼に「まさか」と心さざめかせた斗貴子は周囲を見渡すコトしばし、2人目が犠牲になっ
たあたりで音もなく戦士の隙間を抜ける怪しげな影を発見し、3人目……つまりブーメランの女戦士のあわやという所で防
いだ……という訳である。

「へへ。演劇の稽古ん時から注目してましたが洞察力はなかなか見事。ですが!」

 女戦士が遠ざかっていくなか、グッと踏み込むブレイク。たったそれだけで斗貴子は大きく軋み撓む可動肢たちの下で
小さな体を仰け反り気味に沈めてしまう。

「バルキリースカート……でしたっけその武装錬金! 形状からして力押しの相手に弱いとみやした!! 高出力の調整体
である俺っちの操る超重武器(ハルバード)相手に組み合うのは……へへ、人命救助のためとはいえいささか無謀じゃあ
ありませんか!」

 まくし立てるブレイクはしかし見た。無表情に、しかし凛然たる輝きを失わぬ斗貴子の眼差しを。

 天王星の幹部たるウルフカットの青年は後天的な全色盲である。稀有な症例だからこそそうなるに到った経緯は省く。
重要なのは『色』が人生の途中から分からなくなったというその一点。簡単な例は信号機、上下または左右の”どれ”が
危険を報せる部位か時々直感的に分からなくなる──特に車用のものしかない交差点では咄嗟に迷う──ので、しぜん
注意深くなる。色という直感的なツールが分からぬが故の機微だ。

 その機微が斗貴子の眼差しに働きそれはじっさい正解だった。優勢だったにも関わらずパっと後方へ飛びのいた彼の
つま先が冷然たる円錐の1つに掠り些少だが血液を飛ばした。

(接触した温度的に……『つらら』……?)

 先ほどまで自分がいた場所を貫いている何本もの”それ”をブレイクは糸目のまま不思議そうに見た。

「厳密にいえばつららじゃないけど……説明めんどいから省く、なの。でも気象、なの」

 雲のようにもこもこしたロングヘアーと、台風の渦のような瞳孔を持つ少女が言葉を発したのは、ブレイクが大岩ほどある
雹を飛んで躱わした瞬間だ。少女の顔はその上部にちょこりんと生えていた。

(気象サップドーラー! ディプレスの旦那と交戦されたっていう天候同化型の戦士さん、すか!)

 隕石の表面のようにごわごわした雹の一面を乱れ狂った閃光はむろんハルバードによる攻撃の成果。果たして一拍の
静寂ののち青白く輝く巨大なる氷塊は粉々のダイヤモンド・ダストにまで砕けた。

「どこまでダメージ通せるかの検証、乙、なの」

 凍てついた砕片は赤茶けた風になる。舞い飛んでいたサップドーラーの生首もまた。(フェーン現象……!?)。58度の
熱風に取り巻かれたブレイクは足首からさき全体で地を蹴り距離を取る。直接的なダメージこそ低いが、しかし近くには斗
貴子が居る。小技に怯むだけでも致命的であろう。

「……。やはり同化中の攻撃は、火渡っちでいうところの『酸欠(じゃくてん)』突かぬ限り…………」
「いぇす。完全無効化なのー♪」
 ビブラートの掛かった返事を、しかし低い音程低い音程へと伸ばすサップドーラーに「あ、このセンス、演劇の人材に欲し
いかも」と軽く呟いたブレイクは、更に指摘。
「で、補助と火力に長けたあなたが、攻撃力の低い斗貴子っちを補うと」
「誰が斗貴子っちだ! 変な呼び方するな!!」
「そうなの。斗貴子っちさんはお姉ちゃんの話を知ってる人だから、男なんかに殺させない、なの」
「だからやめろその呼び方! キミはキミで馴れ馴れしいぞ! さっき初めて会話したのに!!」
 目を三角にして怒鳴る斗貴子をよそに、ブレイクは、笑う。
(確かに一筋縄ではいかない援軍ですが)
 彼が公称する武装錬金特性は『禁止能力』! 攻撃や回避、果ては武装錬金そのものの使用を禁止するコトができる!
斗貴子や秋水、毒島、防人といった面々の記憶を一時的にとはいえ抹消したのも『思い出すコトを禁じる』という特性あらば
こそ! そしてその条件はハルバードを以って相手に『まぶしさ』を感じさせるコト! この『まぶしさ』は生体エネルギーその
ものの輝きでも可だが、ネオンカラー効果……色のついた線分を交差させ黒い線で以て延長すると……光が滲み出てるよ
うに見えるといった『錯視』の仕掛けでも構わないというから恐ろしい! あらゆるエネルギーを吸収できるソードサムライX擁
する秋水ですら攻撃を封じられた!

(あのとき使った斧内部の米字型交差、色つきの線分! これをサップドーラーっちに使えば天候同化など)
「無駄なの」

 あたりに虹が咲き誇った。同時に小型の雷雲がハルバードの周囲で激しく光を散らす。

「銀成の養護施設でタネ明かしたのはまずかったなプギャー、なの。仕組みさえ分かればドラちゃんの力で封印、なの」
 あーという顔をブレイクはした。斗貴子は、

(なるほど。『かがやき』を感じさせる仕組み総て、それら以上の色と光量で塗りつぶすと)

 頷いた。

「そしてドラちゃんの力を使えば……」

 遠くで、鐶に撃たれたリバースの空気弾が強風によって潰された。

「…………………………………………………………………………………………………………ぐすん」

 鬼面血笑だった少女が平生のしとやかなる笑みに戻るほどの衝撃だった。まなじりにユーモラスな涙さえ浮かんだ。

「…………いや、そんな力あるなら、お姉ちゃんがあんなコトする前に…………とめろや、です」

 静かな声だが、届いた。というより、耳と口の浮いた雲が鐶の傍に浮いていて、応答、した。

「速度が頭入ってないと、逆にこっちがやられる、なの。こちとら身ぃ削る能力だから、使いどころ慎重にならせろ、なの」

 鐶は露骨にイラっとした表情をした。具体的にはただでさえ虚ろな双眸を戯画的な漆黒に染めて、眉間に苛立たしげな
水平線を何本もまぶした。
 一方、斗貴子の傍にあるサップドーラーも、ファンシーな面頬をスーパーデフォルメしつつも鐶のいる方角を台風の渦中心
ににょっきり生えた四白眼で睨みすえる。怒りの漫符が純白の髪に浮かび、漂う怒りのオーラときたら腐ったわかめをまぶ
したよう。

「ケンカしてる場合か!! 敵は幹部2人だぞ!!」
 ああコイツら若干キャラ被ってるからそれコミでソリ合わないんだなと直感した斗貴子、怒号。

「お姉ちゃんと仲良かった斗貴子っちさんがそういうなら、天気相手にゃぐう無能のトリなぞ、ガマンする、なの」
「確かに……カップリングシステム的に……斗貴子さんとは仲良くしたい、ので……この野郎ごときには、構わない、です……!」

 また両者の目と目の間に火花が散った。50m以上離れているが、確かに散った。

「んなコトしてる場合か! 特に鐶! お前をそんな体にした義姉(あね)がすぐ傍にいるんだぞ、油断するな!」
「ああ、イラついてる光ちゃんも可愛い……」

 斗貴子があやうくコケそうになったのは、うっとりと頬に手をあて呟いている海王星の幹部を見たからだ。ノーブレスな
おどろおどろしい喋りもどこへやら。ぱしゃぱしゃと携帯電話で妹を取っては確認し、古い少女マンガのキラキラ瞳孔で
恍惚なる溜息つく繰り返しだ。

(あ、あれだけ殺しておいて……いや、殺したからこそこの反応は異常だ!)

 だったら天王星(ブレイク)の方もリバースにこういう反応するのか……? 悄然としながら向き直った彼は斗貴子の眼差し
を、すっかりデフォになりつつある糸目で見返してきたが、すぐ「ああ」と右のグーで左のパーを叩いて頷いた。

「あっちに寄せた方がツッコミ役としては嬉しいすかね? それとも俺っちだけマジメに応対しやしょうか?」
「ああキミはマトモなんだな……じゃなくて! そもそも戦え!」
 っていわれましてもねえ。ブレイクは後頭部を掻いてから、何を思ったか両腰に手をあて得意気に微笑んだ。
「どうせお気づきでしょうけど、俺っちたち足止めすからね! グダついたやり取りでも膠着してくれるなら、構いやせん!!」
(こいつは……)
 パパーという効果音と共に大漁旗の日の出模様めいた紅白を糸張る幹部に斗貴子はゲンナリした。
(クソ。こっちはこっちで悪意を隠すのがうまいからやり辛い……)
 現に何名もの戦士を殺害しているのは目の当たりにしているが、斗貴子の機微を見抜いた上で返し辛い返しをしてくる
のが厄介だ。或いは『西洋の槍使い』という一点においてカズキを無意識に思い出してしまうせいかも知れない。
「ま、戦えというなら戦いますがね」
 キツネ面のような細面に、影が差した。同時に遠くのリバースも妖艶にニンマリ笑い……

 両者は飛び上がり、木立の中へと消えた。

(っ。奴らはどこへ……? まさか!)
『アジト強行偵察組の抹殺なら後回しよ』
(!!)
 無音で足元に刻まれた文字に斗貴子の危慄が掻きたてられたのは不意に銃撃されたせいではない。知られている!
火渡の戦略が、知られている!!!

『ちょっと考えれば分かるコトよ』

 斗貴子の周囲で次々に文字が穿たれる。地面に、木の幹に、戦士の死体に、続々と。

『ダイナマイトの戦士やブーメランの戦士』

『あの人たちを光ちゃんや斗貴子さんが逃がしたのって』

『私たちから遠ざけるためだけじゃないでしょ?』

『詳細は不明だけど、何らかの武装錬金で指示が下った筈』

『タイミングは私めへの恐慌に基づく迎撃が始まったころ』

(……見抜かれている…………! やはり鐶の義姉……!!)

『だけど離脱した人たちを個々にツブすのは後回し』

『バスターバロンの土煙に紛れてある程度戦士を間引いた上で』

『離脱されたら』

『邪魔者はだいぶ減ったってコト』

『だから私めはそろそろ光ちゃんとの決着に移れるし』

『光ちゃんがいる限り、アジト強行偵察組の各個撃破は目論むたびツブされるから』

『殺るのは光ちゃんを倒したあと』

 その頃なら強行偵察組もヒトカタマリになっていて、潰しやすいでしょ? ……という文字を最後に弾痕は途切れた。

「そ! こっちの通常攻撃なら完封できるドラっちが、にひっ、残られるというなら頃合でしょう。俺っちと青っちの真のコンビ
ネーション! そいつで光っちとの決着ジャマする方々封じさせていただきますので! なにとぞお覚悟を!!」

 からりとした声の何十分か後。


「どうしろって……言うんだ…………!」

 燃え盛る森の中で、斗貴子は膝をつき戦慄いていた。かつてない地獄だった。銀成の寄宿舎のとある夜あじわった恐怖
の何千何万倍の震えが止まらない。暴動、だった。撃ち合ってはならない者たち同士が互いの血を流しあう、狂乱の舞台
だった。

「そんな……。あらゆる天気が、通じない、なの…………!?」

 戦士たちを襲う幻影に着弾した雷轟は付近の樹齢300年ほどの太い木をロールケーキのように引き裂く威力だったが、
しかし攻撃すべき本命は揺らぎさえせず戦士を襲い……そしてまた混乱は大きくなった。

「奴が叫ぶ。大地が鳴る」

 火の発災を催しつつある山あいの、うすく紅蓮が滲んだ蒼穹に巨人が踊る。遠ざかった筈のバスターバロンが徐々にだが
確実に斗貴子たちの戦場に近づきつつある。

「巨大魔神激突」

 笑顔の少女は歌い、踊る。その背後の空に、彼女の真名どおりの場所に、殴りあう真鍮の巨人、2体。

「ここまで来たらもうどこにも 逃げ場所はないー♪」

 なみなみとドレープの寄った可愛らしいスカートを体ごと一回転させた清純な美少女は、茶目っ気たっぷりにその裾を銃把ごと
ちょいと摘みつつ、もう片方……右手のサブマシンガンの銃口を義妹の額に、鳥型の章印(きゅうしょ)ある額に、密着させた。

 膝と、息をつく義妹は、血まみれだった。

(クロムクレイドルトゥグレイブに蓄積した年齢が……瀕死時の自動回復が……)

 尽きている。代償をつくづくと払わされたらしきリバースもまた全身朱に染まっているが、直立するだけの体力は、ある。

 また地響きがした。バスターバロンの巨影が一段と大きくなった。戦士たちは暴動している。ブレイクの特性をリバースの
特性で強めるコンビネーションの前で成す術なく『互いに攻撃しあっている』。

 そんな状況で。

(バスターバロンが来たら……開戦当時の土煙やコラテラルダメージが再来したら…………!)

 終わりだと鐶は思う。

「その通りよ、光ちゃん」

 ふふふと笑いながらリバースはしゃがみ込む。視線を義妹より下げるのは、懐かしささえ覚える優しい挙措だ。血がべっとり
ついた頬さえ彼女は撫でる。撫でながら、なのにどこか威圧的で、性欲さえも孕んだ打ち震える笑みの声を漏らすのだ。

「使ってちょうだい。ね? 例の……鳳凰形態。バスターバロンが来たとしてもそのときお姉ちゃんが戦闘不能になっていたら
……問題ないでしょ? そうしたら大丈夫。だって戦士さんたちの混乱はお姉ちゃんの武装錬金特性のせいなんだから。ブレ
イク君も手ごわいけど、お姉ちゃんが居なくなればこの場を離れるから、だからね、鳳凰形態に賭けてくれたら……嬉しいよ?」

 義姉の目論見など鐶には分かっていた。鳳凰形態。通常時は『脚→脚』のように、鳥の、対応する部位にしか変形できぬ
鐶の特異体質を『手→脚』といったふうに、どこでも、どの部位にも変形可能とするリミッター解除こそ……鳳凰形態。出力
そのものも底上げされるため、斗貴子をして『ほか5名の助力がなければ絶対に勝てなかった』と言わしめる超絶の切り札
だ。
 が、それだけにリスクもある。一度つかえば以降24時間は『通常時の特異体質をも』使用不能となる。だが幹部はたとえ
リバースを倒せたとしても残り……9名! 鐶の武装錬金は、とみに応用力たかい年齢吸収の短剣だが、その利便性と形状
ゆえに物理破壊力そのものは低い。物理に長けた特異体質、変形を欠いて勝てる幹部では……ない!
 ああしかし、それでも、しかし! 眼前の義姉を倒さねば次の幹部も何もない! 現に鐶はいま敗北の寸前にある!!
そもそも鳳凰形態を義姉以外ほかのどの幹部に使えというのか! 因縁ぶかき義姉によって植えつけられた能力である
なら因縁ぶかき義姉を裁くため使うのが筋であり、その領域は自分たち以外だれも批難の権利を有さぬ筈!

 だが同時に鐶は分かる! 義妹だからこそ分かる! リバースが命と引き換えに『後』へ繋ごうとしているのが! 仲間
のために、やがて脅威となる鐶の鳳凰形態を、特異体質を、ここで封じておこうという目論見が分かってしまう!! だが
鳳凰形態をためらうのは姦計姦策の匂いを感じたからではない! 『お姉ちゃんは落とし前をつけようとしている』!
リバースは……鐶の手にかかって死にたい! だがただやられるだけでは仲間を裏切る形になる! だから1年と少し前
鐶を逃がしながらも自らはレティクルに留まり続けた! だがそのせいで直接間接問わず多くの命を……殺めた! 父親
と義母、無数の戦士! 女性にも関わらず、妊娠中の女性の腹部に蹴りが入るのを主導したコトさえ、ある! それら総て
の償いをリバースは鐶に殺められるコトで行おうとしている。極端な話、鐶に鳳凰形態を使わせた時点で生から離岸する!
音楽隊の副長、6人もの戦士を相手に五分の勝負を演じた鐶の戦力を、向こう24時間激減せしめられた時点で、リバー
スはレティクルへのケジメを……あらゆる命への償いを…………完了できる!

 だから鐶は鳳凰形態をためらう! だが使わなければ鐶自身が討たれる! されば戦士たちは内訌(ないこう)もたらす
リバースの特性を解除できぬままバスターバロンの混線に巻き込まれ……遠くないうちに壊乱、足止めを終えたリバース
たちがアジト強行偵察組の後背をつき、そちらも……という最悪のシナリオが分かっているのに……ためらう!!

(いったい、どうすれば…………)

 ……。

 始まりは。

 風の強い日だった。

 まだ活発だったころの鐶が……いや、『玉城光』が、マジンガーZのプラモを塗装し終えた後だった。

 だから運命の終局にふさわしい歌を義姉は、リバースは、『玉城青空』は……紡いだ。

【奴が叫ぶ。大地が鳴る】

【巨大魔神激突】

【ここまで来たらもうどこにも】

【逃げ場所はない】



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