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第109話 「対『海王星』 其の零壱 ──波若──」



【映画『波若(はにゃ)』のパンフレットより各所抜粋】

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 波若とは仏教で、『知恵』『最高の明智』。般若、とも。

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 大手証券会社に勤める野坂智也はある日帰宅途中、不注意から足の不自由な少女を撥ねてしまう。怖くなり、現場から
逃げた彼は翌日ニュースで少女が死んだことを知る。自首を考えた智也であったが、3歳になる息子・文也の心臓手術が
来月に控えており、更にさまざまな偶然から犯人として捕まった村松が過去猟奇殺人で三度訴えられながらも証拠不十
分で無罪になった男だったことから、結局名乗り出ないまま9ヶ月が過ぎ……2005年。
 スーパーにいた智也の目の前で文也が殺害された。憤る智也だったが逮捕された通り魔の供述が明らかになるたび、
徐々にだが追い詰められ始める。『足の不自由な妹が轢き逃げされた。足が不自由だったのは父親の暴力のせいだ。
あの子どもは父親と楽しそうに話していた。あの父親は子どもと楽しそうに話していた。許せない』。高校生……幸二の供述
によって一躍注目を浴びた轢き逃げ事件はやがて警察の自白強要が明らかになり……村松が釈放。『この手で必ず償わ
せる。真犯人に、償わせる』……彼がそう言い姿を消した直後から自白を強要した警察官が次々と変死を遂げ始める。
真犯人とは誰なのか……威信をかけ再捜査を始める警察。そんななか智也は信じられない報道を聞く。息子を殺した男・
幸二が脱獄したというのだ。『本当は父親も殺すつもりだった』。公開された手紙に戦慄しつつも父親としての復讐心から
逃走に踏み切れぬ智也。だが再捜査は確実に真実へと迫りつつあり……。

 大人気サスペンスホラー、衝撃の映画化! 三人の『波若』の復讐劇を巨匠・浦鬼ヒロシの暴力的な筆致が彩る!!

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 監督インタビュー。

──実際にあった事件ならではのご苦労などは?
浦鬼「そんなん原作の野洲川(やすかわ)先生に比べたら皆無ですよ(笑)。こっちは既にあるもん絵にしてるだけですから」
──智也視点で進むのは意外という評価が多いようですが、いかがお考えですか?
浦鬼「まあね。原作は群像劇で、幸二の生い立ちから始まってるけどね、ただあのままやっちゃうと俺の芸風には合わない
でしょ?」
──確かに。『ライオットパージ』や『猫⇔マグマ』といった前作前々作はいずれも主人公の追い詰められる描写が絶賛され
日本アカデミー賞に2作連続でノミネートされましたからね。
浦鬼「だから企画出したときプロデューサーが「またか」って嫌な顔したけど、でもしょうがないでしょ、俺こういうのしか撮れ
ないんだから」
──村松も幸二も、迫っていく、攻めていく側ですからね。
浦鬼「そうそう。アイツらどっちも復讐していい立場で、ちょっとヒーローしてるからね、だから気に入らない」
──こっちは実名になってしまいますが、玉城青空が出てくる案もあったとか。
浦鬼「そりゃまあ本当の黒幕っていうか元凶はレティ、レティ……なんだっけ? ほら20年ぐらい前あばれた」
──レティクルエレメンツ。
浦鬼「それそれ。それの幹部の青空が一番悪いだろってんで、そっちも倒そうってプロデューサーが言いやがったけど、
冗談じゃないよってね(笑) 3人の『波若』の、実際あったのが信じられんようなブッ飛んだ殺し合いだけで完結してんのが
原作なんだから、ヘタに余計なもん足したらこっちが客に怒られる」
──『波若』という、原作から大きく変わったタイトルも話題を呼びました。
浦鬼「これについちゃプロデューサーの野郎のワガママが通ったって感じだね。いや別にアイツに好き勝手やらす理由は
ないけどね、コッチが原作の『三叉の讐怨』まんまじゃおどろおどろしさに欠けるなァって愚痴ってたらあの野郎、これは
どうですっていまのタイトル持ってきやがって、おォ、お前にしちゃ上出来じゃねえかってんでコレにした」
──玉城青空の幹部としてのコードは『波』だそうですが
浦鬼「そ。あやかりやがったんだよプロデューサーの奴(笑) あの野郎おとなしそうな奴とボインにゃ目がねえから(笑)」
──彼女も波若、ですしね。どちらの意味でも。
浦鬼「いやァ怖い怖い。記録映像ちょぉっと残ってるけどね、人間時代と救出作戦当時じゃ本当別人。アタマいいらしくて
錬金術方面じゃかなりの研究残してて、一部はいまでも早老症とかの病気治療に役立ってるっていうけどね、やっちまった
ことといえば俺の映画なんて足元に及ばんね、あァ怖い怖い」
──前作で5万人の頭同時に爆発させたのに、ですか? (笑)
浦鬼「あんなのはシャレですよ。だいたい爆発したの全部悪党だし。そりゃ脳みその描写ねちっこくしちまったせいで、イカ
の塩辛喰えなくなったとかバカみてぇに抗議来て、オイ、2週間めだっけか、公開中止に追い込まれたの」
──1週間目です。
浦鬼「けっこうな賠償金払うハメにゃなったけど、こっちはそれぐらいの損害覚悟した上で撮りたいモン撮ったってだけでね、
リアルであんなんしろってね、言った覚えないからね一言も」
──実際、たった1週間の公開にも関わらず日本アカデミー賞にノミネート……ですからね。
浦鬼「受賞できた筈なんですよ(笑) でも相手がデッド=クラスターの映画だったから(笑) あんなギミックだらけのサスペ
ンス出されたら追い込まれ系しか取り柄ないコッチは負けるほかない(笑)」
──おととしの邦画部門興行収入3位、1月から11月までの超ロングランに、1週間で公開中止のライオットパージが対抗
できただけでもスゴい……という声もありますが。
浦鬼「支えてくれた人らには感謝ですよ、マジでね。俺の映画の本質がグロじゃなく勧善懲悪って分かって貰えるとホント助
かる。そうなんだよ。智也とかの小悪党追い詰めて苦しめてやんのはね、R15背伸びして見るようなオラつきどもに、ああ、
悪いことして償わずにいたら、あとでこれだけ苦しむんだなって、思わせるためのね、要するに、教育ですよ」
──現実の智也に当たる人物も、最後、とんでもない償い方をするハメになってましたしね。
浦鬼「ま、その頃にはレティクル壊滅してたからね。あ、奴らといえばいちおう連中の資料にも目を通してたけど」
──玉城青空は出さなかったのに?
浦鬼「あァた分かってないねえ。撮らない部分までちゃんと把握すんのが監督なの。レティクルもいちおうバックボーンの
1つなんだから研究しとくの当然でしょ」
──その割りには名前わすれていたような……。
浦鬼「ド忘れつうか舌が縺れたの。こっちゃ成人式前日に起こしちまった脳梗塞、5年後のいまなお軽く引きずってんだか
ら。で、月の幹部がドヤ顔で『ひき逃げの犯人わからない』とか言ってる記録見つけたんだけど、笑っちゃったよ。リアルの
方の村松が釈放後まだ行方をくらましてた頃の記述だねこりゃ。実際日付たしかめたら智也が償うのレティクルの決戦後だし
──あ。つまり、玉城青空の方も。
浦鬼「そ。予想もしてなかったろうね。自分のせいで家庭壊された奴が、妹ひき逃げした奴の子どもを殺したっての。まァ
子どもにゃ罪はないんだけど、手を出したとき幸一、さりげなく復讐遂げられていたっていうね、おっそろしい偶然を」
──知らないまま玉城青空、新月村でああいう『転機』を。
浦鬼「そんで智也と幸一と村松の三すくみの結末もね、良くも悪くも後に尾を引くやつだったんだってから、よくわからん
奴だね玉城青空。アイツに家庭壊されたからこそ、赤ん坊まもるために暴漢と刺し違えた高校生も居るし」
──本日はどうもありがとうございました。
 


 リバース=イングラム。本名玉城青空。彼女の声帯は生後11ヶ月目にしてその機能の大半を奪われた。実母の、せい
である。11ヶ月にしてなお首が据わらぬ我が子を悲観し……絞めたのだ。
 運よく帰宅した父親のおかげで一命こそ取り留めたが、ほとんど消え入りそうな声でしか離せなくなったリバースは……
いや『青空』は、子どもならば誰でも持ちえて当然の、同年代との交流を『聞こえない』という理由だけで拒まれるようになり
……長ずるにつれひどく内向的な少女へなっていった。

 父が再婚相手と授かった義妹の光は、活発な少女だった。青空が振り絞るなけなしの声を遮るほどの。

 ……。風の強い日だった。まだ小学校低学年だった光の、何の気のない挙措が、青空の運命を、希望を、粉々に打ち砕
いてしまったのは。
 始まりはアイドルの返事だった。青空が大好きなアイドルが、青空に向けて発した手紙だった。当時高校生だった青空は、
上記が如き身体的欠損によって将来を悲観し絶望に沈んでいた。そんななか家に来た返事は比喩なしで希望だった。その
文面を読みさえすれば自分は救われるのだと信じていた。到着時はあいにく所用で外出しており、だから配達の事実は、
憧れの義姉に少しでも速く……という、親切心に基づいた光によって携帯電話を介し伝えられた。
 その手紙が青空に読まれるより早く蒼穹の彼方に飛び去ってしまったのは不運な事故に過ぎない。当時部屋でマジンガー
Zのプラモに塗装を施していた光が、有機溶剤の匂いで雰囲気を台無しにしたら大好きな『お姉ちゃん』に申し訳ないと思って
窓を開けた瞬間……なだれこむ強風が悪霊のような手つきで手紙を掴み天空へ放り投げた。

 帰宅し、顛末を聞いた青空が初めて義妹をぶったコトをいったい誰が咎められよう。
 だが光の母は、青空にとっての継母は光景を目撃するなり青空をぶった。理由も、聞かずにだ。

 翌日より玉城青空は家から消える。1年後父親と継母を虐殺する血塗りの帰宅のその日まで。
 そして義妹を人ならざる者に変貌させたあげく凄絶な虐待を加え続けた。
 のみならず、見ず知らずの、幸福そうな家庭を何軒も何軒も、何人も何十人も……破滅させた。

 ただ銃殺したのではない。ただの銃殺であれば被害者またはその遺族は破壊前よりむしろ強固な絆でつながれただろう。
支えあい、励ましあい、正しいコトを成せただろう。理不尽な害悪を共有しうるという意識によって団結できただろう。

 だが青空が、リバース=イングラムが仕掛けた離間は斯様な修復を絶対かつ根源的に破壊する放射能だった。自分は
決して表に出るコトはなく、それでいて被害者の心身を両面から長期に渡ってじわじわと壊し、歪め、暴力を振るった方すら
理由が分からず、それでいて孤立を強要され、暴力を振るわれた方は青空が母親がされたような非常に重い後遺症を
終生ひきずり続けるような……およそ最悪といって差し支えない攻撃をリバースは無辜の家族たちにし続けてきた。

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《》内は津村斗貴子が『とある少年』に行った述懐。

《姿を消した海王星と天王星が見つかるまで……? 正確に計った訳じゃないが、30秒は超えてなかったと思う。このころ
最初廃村で起こった奴らとの戦闘はバスターバロンとのゴタゴタでいつの間にか山林方面に移っていたから、戦士たちの
大半は上を、ああそうだ、枝だ、折り重なるそれらの中に幹部どもが居ないか血眼になって捜していた。ん? 円山は地面
見ていたって? 初耳だが本人からか? 確かに直前コトを構えた木星の幹部は地下を逃げたからな、円山がそのセンを
疑ったのも仕方ないが、ともかく》

 よもやアジト強行偵察組を追撃しにいったのではないか。いやそう思わせて移動を始めた所を狙い打つつもりではないか。
 あれほど猛威を振るっていた2人の幹部の突如の喪失にさまざまな戦士のさまざまな疑惧が生まれ得体なき不安を高める。

(どこだ)
(奴らは……どこだ)

 音が凍りつきくぐもる静寂の索敵は、上方からの投下物によって粉々に打ち砕かれた。

《私は最初バスターバロンが着地したのかと思った。それだけ凄まじい轟音だった》

 余波だけで巨漢レスラーや、ヘビー級ボクサーに匹敵する頑健な体格の男たちが何人も受け身も何も無く後方へフッ飛
ばされるほどの衝撃はしかし人間サイズの物体によって行われたのだと戦士たちに知らしめたのは、活発な火口かとみま
ごうばかりにモクモクと脈打つ煙の膜にぼんやりとだが映る2つの……人影。よもやと凍りついた戦士はごくわずか、吹き
飛ばされていた重量系の男たちは、あるいは踵で踏ん張り、あるいは巨体に見合わぬ軽やかさでトと地面に手つき側転し
吹き飛ぶ力を前方への推進へと転化。

《8人がかりだった。全員生身の立会いならこの夏以前の戦士長にすら土を付けられる猛者だった》


   キュウリュウ
 八門穹窿斬姦陣!! 東西南北にその中間4つを加えた八方より飛び掛る必中必殺の陣である! まず通電可能なワ
イヤーネットの投擲により相手の身動きを封じる所からこの恐るべき武技地獄は始まるという! 何の武装錬金を使っ
ているのか、全身から硫酸の汗を噴き出す色黒スキンヘッドの男が居た! 右目の横から走る刀傷が上唇の中ほどと
端を大きくズラしているキュウリ顔のパンチパーマが不敵なる笑みと共に五指ツートップの輪にて左だけ”はだいた”縦縞の、
背広の内側にビッシリ固定されている注射器の1つが残る片手で引き抜かれた!! 瞳孔が真白で肌の色も恐ろしく白い
福耳の僧侶が数珠を一薙ぎするとショートケーキの添え物のブルーベリーぐらいしかなかったはずの一顆一顆の玉がオレ
ンジ色の光を帯びながらそれぞれスイカほどに拡大し、紐も伸び、土煙の影めがけ殺到。最もヒロイックだったのは三国志
の英傑そのままの長柄付きの大刀を颯爽たる笑みで横薙ぎした二十代半ばの苦みばしった男だろう。他にも3人、衣服も
はちきれんばかりの筋肉を持つ男どもが、そろえたつま先を先端にギュルギュルと旋転したり先端が高周波ブレードな関
節だらけの義手を荒れ狂う龍よろしく縦横無尽に伸ばしたり、口内から大砲の弾を吐いたり……いやはや総て命中すれば
確かに必殺であろう。

 土煙の中で瞬いた閃光が球体状に膨れ上がった!!

(禁止能力!!)
(馬鹿め!! 位置を変え、サップドーラーの虹から逃れたつもりだろうが!!)

 さすがは撃墜数3位! 虹は既に土煙を取り巻いている! 禁止能力をツブす虹が!!

「いかな海王星といえどこの間合い且つ八方同時の必殺攻撃はいなせまい!」
「終わりだ! 喰らえッ! 八門穹窿斬姦──…」
「『攻撃を、禁ずる』」

 声と共に起こった致命的事象は2つ! まず虹が土煙の向こうへ吸い込まれ柔らかなる緑1色になったコト! そしてそ
れと同時に8名の屈強な男どもの攻撃動作がにわかに止まり、全員ヘナヘナと地面に落ちたコト!!

「な!」
「馬鹿な! 禁止能力は封じたはz」呻く苦みばしった男の額にさくりとめり込んだのは斧の刃だ。周縁がカミソリのように鋭
いそれはナタ2枚分はある肉厚の内陸部を一気に戦士の脳内へと押し込んでそのまま離断をもたらした。更に反対方向で
は石突がキュウリ顔の堅そうな喉仏を、ふくらはぎをプニプニする指のような調子で押し込んでいる。淡々とした銃声の中で
盲目の僧侶と他4名は額から煙をあげ倒れ臥した。
 さきの光でワイヤーネットを取り落とし震えていた持ち主はそれでも再び動こうとするが……
 カチャ。スチャリ。
 後頭部は背後のブレイクの穂先に、下顎は眼前のリバースの銃口に、それぞれ押さえられ──…

 突かれ、撃たれる。

 土煙を完全に晴らしたのは凄まじい音を立て転がる死体だった。

《全貌を明らかにした2人の幹部から私は理解した。私たちは理解した。およそ30秒まえ奴らが姿を消したのは、決して
伊達や酔狂ではなかったと》

 彼らの姿は。

 僅かだが、決定的に。

 変わっていた。

 リバースにはツノが生えていた。羊のものだ。くるっとしたそれは耳の後ろから、いかにも柔らかげなゆるふわショート
ウェーブをかき分けニョッキりと生えていた。

《変形だ。奴らが約30秒姿を消していたのは……変形の時を稼ぐためだ》

 そしてリバースに随伴していたブレイクの形相は──…

 ぐ ろ ん

 笑ったまま膨張し、ひどく歪んだ。

「!?」

 斗貴子は我が目を疑った。しかし慌てて目をこすり再び見た彼は昆虫様の触覚を額やや上の髪の間から生やしている
以外、いつもどおりのエビス顔、身体に目立った変化はない。

(なんだ今のは……!? 邪気が顔つきを歪めて見せた? いやそれにしては余りにも……)

 傍らのサップドーラーが袖を引く。向いた彼女の双眸にも戸惑いがあり、それで斗貴子は先ほどの『歪み』が自分の見間違
いでなかったコトを知る。事実周囲の戦士からチラホラと『さっきのは一体……』といった周章があがっても、いた。

 ブレイク。触覚以外はさほど変化はない。強いて斗貴子の目を引いたのは髪や肌の『ツヤ』であろうか。栄養状態が改善
されたというレベルではない。どこか金属めいたキラめきが感じられた。そしてそういった敵がかつて居たという既視感に囚
われかけたが、咄嗟には『誰と類似するか』思い出せなかった。

《キミは鷲尾を……忘れられる訳もないか。ああ。ソレだ。キミも見たとおり鷲尾は腕の先だけ翼へと変えていただろう。
原理は同じだ、2人の幹部と。何しろアイツらはホムンクルス調整体……だからな。鷲尾よろしく基盤(ベース)となった生物
の体に、一部分だけ変形するコトも可能……ん? なんだ? …………調整体ってみんな三角頭のアレじゃないかって?
いやまあ確かに銀成学園でキミと私が斃したのはそうだが、あれはバラフライが真似ただけのいわば劣化品だ。ゴメン?
いや……説明してない私こそ悪いというか…………。コホン。いいか》

 さまざまな生物を複合させ作る調整体! それはDr.バタフライ独自の技法ではない! かれ曰くかれ独自の技法は、
ヴィクターを治した修復フラスコただ1つ! つまり! 調整体については『既存の、使いまわし』!

《その大元こそが、100年前の例の争乱のさいメルスティーンが持ち出した物だ。……ヴィクトリアのクローン技術はキミ
も見ただろう。ああ。女学院のな。記憶までもが継承されるあの卓越した技術はメルスティーンの伝授したものだ。言い換
えればそれほどのクローニングが可能な手腕でも無ければ、まったく異なる生物同士を1つの体に押し込め、共存させるの
は……高度な調整体を作るのは、不可能……というコトだ》

 だがブレイクとリバースを調整体にしたのは盟主メルスティーン=ブレイド!!

《奴らの真に恐ろしかったところは、生物の相互作用が二乗三乗にする身体能力そのものではない。『形質』だ。ただでさ
え強力な武装錬金特性を、生物の、さまざまな特徴でより強めようとする……特化させんとする……執念と思考……だった》

《カズキ。私もキミと一緒だ。『たかが調整体だろう』……どこかで2人の幹部を舐めていた》

《だがその考えは一変した。この戦いで……つくづくと、思い知らされた》

 瞬く間に斃された戦士8人の死骸に戦士一同の士気が沮喪したのもむべなるかな。悟ったのだ、全員。『迂闊に飛び込め
ば動きが封じられる』と。無抵抗の状態で、超重のハルバードや電瞬のサブマシンガンに食い破られる、と。

 機微を悟ったのだろう。愛らしく、そして何より満足げに微笑したリバースは右手のサブマシンガンを揚々と掲げ──…

「破断塵還剣!!!」

 横薙ぎの光輝く大剣の前に霞み果て……消失! 戦士の視界より、消失!!

(鐶!!?)

 目を剥く斗貴子は釘付けだ!! 半透明にくゆりながら色彩と形象を具現化しゆく鐶に!! 位置は先ほどまでリバースが
居た場所の……やや背後!! その場所で彼女は振りぬいたのだ、熱波が奔流する刃渡り3m強の電撃的聖剣を!!
 それはサイバーな虫の羽音も鍔鳴りに振りぬかれた! 怒涛! 小爆発を幾つもまぶした軌跡の跡に立つ者はいなかった!
そう、斬りかかられたリバースはまるで爆散したかの如く消えていた!

(演劇のとき鳩尾無銘と開発した大技を)
「透明化からの奇襲に使う……すか」

 いまだ中空にある鐶の更に2mほどの枝が揺れた。「天王星だ!」。戦士(だれか)が叫び指差した。リバースの傍らにあっ
たブレイク、からくも塵還剣を跳びよけたとみえる。

「イイ手段すけど……甘いすね」

 微かな反応と共に腕を翼に変じ飛び立つ鐶。羽撃(はばた)きの風に木の葉舞う『直前までの座標』! そいつを不可視
なる銃弾雨が穿つに穿つ! 天から垂直に降り注ぐ空気弾のスコールが踊り狂う木の葉の端々をクッキー早食いの超高速
再生の如く粉々に砕く! 圧倒的空気噴射の破壊痕、それは吹断(すいだん)! 
 逃れていた! リバースもまた塵還剣のなか、姿が『霞み果て』るほど早く万朶の枝の中へ跳んでいた!!

(馬鹿な!! どうやって察知した! 鐶の……光学迷彩だぞ!!? 私ですらいつ消えたか分からなかったのに)

 いったいどうやって察した……熱汗さえ頬にまぶし驚倒する斗貴子の細指を取ったのは天気少女。

「指が、ヘビなの」
「は?」
「塵還剣直撃の寸前、消された虹の断片を目にしてあいつら間近で……見てた、なの」

「そのときあの海王星の指ゼンブ……蛇だった……なの。透明化察知したのは……熱察知器官……なの」
(察知したリバースでブレイクも察した……のか?)

(お姉ちゃん……)

 リバースはまだ人間だった頃の鐶に凄まじい虐待を加えた張本人だ。ホムンクルスに改造すらしている。鐶光の双眸か
ら名前と同じきらめきが一切無いのはそのせいだ。無邪気な小学校2年生が眼前で両親を殺害されたあげく監禁され、
虐待され、人外に無理やりさせられたすえ実験と称しておぞましい怪物どもとの殺し合いを強制させられたから、だから彼女
は瞳から輝きを失った。

 果たして鐶、頭上から落ちてくる『見覚えある人影』に限りない恐怖を浮かべ細い肢体を熱病の如く振るわせたが

──「本当に姉を愛しているのならば止めて見せろ! これ以上の魔道に貶めてやるな!!!」

 去来する言葉になけなしの勇気を振り絞る。人影は旋転し、両手を伸ばす。ピンと張った肘の先で空気銃の性質上ありえ
ない筈のマズルフラッシュが2つダダダっと瞬いた頃にはもう発動していた高速機動(マニューバ)は射撃軌道に遺伝子構造
の形で纏わりつきながら遡行し──…

「カウンターシェイド……!!」

 生やした! あっという間に交差して後ろに流れた義姉の体から無数の鋭利なる羽を!

(早坂秋水を倒した技!!)

 瞠目する斗貴子の傍でサップドーラーも呻く。

「すれ違う瞬間、年齢を与えられた羽が一気に膨張するのが見えた……なの。羽根の元となる『羽芽』、ほんの
ツブ程度しかない大きさのそれを敵めがけ投げつつ『年齢のやり取り』の短剣で斬り……相手の零距離射程で
実に30近くの羽根を同時に巨大化させる技って感じだから……いかなる海王星でも『何もなければ』よけられない
筈……なの」
(タイミングは……完璧…………でした……! 以前なら10本前後が最高記録だったのを…………演劇前の、
特訓の日々で……30本近くまでに伸ばしたのは総て……お姉ちゃんたちマレフィックたちに備えての……コト……
ですから…………倒せてなかったとしても……それなりの手傷は幾つか……)

 息を呑み、姉の動静を窺う鐶の頬の傍を、

『無駄よ光ちゃん』

 そう書かれた羽根が通り過ぎた。同時に鳴り響いた空気の抜けるような音は、2挺あるサブマシンガンの銃身が発した
ものだ。推進、だった。アポジモーターといってもいい。中空にある翼なきリバースは、しかしサブマシンガンの、『空気を
取り込み銃弾とする』形質の、その経路と流れを逆にするコトで、サブマシンガンそのものを推進装置にできるようだった。
 宙をたおやかに旋転し自身に向き直る義姉に鐶はかつての憧憬を、お姫様のように綺麗で優しかった頃の最愛の家族
を思い出し、それだけで泣きそうになった。だが感傷をゆるされる状況では、なかった。全身を絶望の慟哭が貫いた。無傷、
だった。30もの羽根を確かに零距離で膨張延伸させた筈なのに、そのどれもが、1本たりともが……着弾していないのだ。
かすり傷すらない。どころか衣服の破れすら。

(……。いくらお姉ちゃんの射撃でも、『それだけ』では間近で膨張する30の羽の同時撃墜は不可能……! だって、背後
や……足裏といった死角にも配置していました……!)

 それらを純粋な射撃だけで、反射神経だけで視認し迎撃しえるか。答えはノーだ。いかに人外を極める調整体だとしても、
2つしかないサブマシンガンで15倍もの戦力の全包囲攻撃に一瞬で対応するのは根源物理的に……不可能!!

(でも……現に成している……! まさかこれがあのサブマシンガンの……)
『特性では……ないわよ?』

 目を横向きに覆うよう跳んできた羽根は速かったが回避できないレベルではない。だが顔をねじ曲げいなしたわずかな間に
……消えていた! 先ほどまで前方下ナナメ下9mほどの地点を浮遊していたはずのリバースが! 
 脅威を見失うほど恐ろしいものはない。燃えるような緋色の三つ編みを揺らめかしながら右顧左眄するバンダナ少女・鐶。

「下だッ!!」

 斬りつけるような斗貴子の叫びが、記憶の位置より遥か近いコトに驚くヒマもあらばこそ! 鐶は直下から噴き上げる熱烈
な衝撃波に我を取り戻した。斗貴子! その処刑鎌はサブマシンガンを横なぎに押さえている!! 切断を目論んだがむなしく
もいなされた……と音楽隊副長が気付いたのはしばらくあと、この当時はいつの間にやら足元に潜行していた義姉にただただ
ゾっとした。相変わらず目を閉じたままニコニコしている彼女だが、義妹の、ミニスカートから覗くなよなかな足に対しどこか
粘っこい視線を這わしている雰囲気があり、それが鐶を当惑させ、恐れさせた。ファーストキスの相手はリバースなのだ。浴室
で強引に押し倒され、奪われたのだ。それまで凄まじい暴力で屈服させ続けてきた彼女をいったいどうして拒めたか。

「臓物を……」

 空中でいったん処刑鎌を引き必殺の乱舞に移りかける斗貴子!! 発動前にツブすとばかり銃を構えるリバース!! 
だが!!

「ブリザード……なの!!」

 リバースだけをピンポイントに狙った非常に強い勢力の氷嵐が行動を阻む! 1つ! リバース自身の移動制限! 翼なき
彼女は風の監獄に囚われ逃げられない! 2つ! 空気弾製造の妨害! 銃口各所に設えられた吸気用のスリットは、大気
中であれば当然存在している水蒸気がブリザードによる急激な温度低下によってみるみる凍ったコトにより……塞がれた!!
3つ! 調整体ゆえの弱点!!

(光学迷彩を持つ鐶光対策にビット器官だかピット器官だかあるヘビを指にしたのが運のつき……なの! ドラちゃんのブリ
ザードを浴びた冷血動物の鈍化っぷりは”かじかむ”レベルですらない、なの! 精密射撃、やれるものならやってみろプギャー!)

──「根源は貴様の姉の命ではない!」

(無銘くん……)

 他方、鐶光の動揺と、目まぐるしい状況に流されそうな心を繋ぎとめたのは……少年の、言葉。

──根源は貴様の姉の命ではない! 歪みのもたらす憤怒だ!!」
──「まずはそれを滅ぼせ! 止めてやれ!」

(今のお姉ちゃんの憤怒の根源……それは……!)
 父と義母を戦士に殺されたと……『吹き込まれている』せいだ! 救出作戦前、鐶は聞いた。一大戦禍を繰り広げた木
星の幹部イオイソゴから聞いた! 

──「戦士に殺された。りばーすに伝えてあるのはそこまでじゃが実は蘇生済み」
──「生きておる。じゃがなあ、りばーすめはそれを知らん。知らんがゆえに戦士を憎み、戦団と敵対しておる」

 この言葉からリバースが体よく利用されているのはもはや明らか!! 同時に戦士・音楽隊を通算して五指に入る力量
の鐶を、超高速を有するトリ型を、愚にもつかぬ足止めに誘引する罠だとも鐶は気付いている! だが! そうだとしても!
誤解を意図的に吹き込まれた義姉が足止めに回っていると聞かされれば説得のため残らざるを得ない、それが人情! 
ああまったくイオイソゴよ、狡猾と言わざるを得ない! 彼女は姉妹の情を何の呵責もなく利用した!

(だとしても説得しなければ……!)

 玉城姉妹の両親の生存! ならびにその事実を隠匿し利用さえしたイオイソゴ! これら2点を伝えれば或いは止められ
るかも知れないのだリバースを! 

 だが義姉はいま一個の戦闘機構と化している! 移動と銃撃の流動的な状態にある限りそれらは必ず鐶の言葉を半ば
で遮る。だから数秒でいい。数秒うごきを止めれば鐶は真実を伝えられる。

(そう、です。30で……ダメなら…………!!)

──「何をされようと救ってやれ! そして罪を償わせろ! それが、それこそが……」

(私が助けられなかった)

──「父に! 母に!! そして姉にしてやれる──…」

(最大の、償い!!)

 鐶は決然と顔を上げ──…

 直前比約160%・50超のカウンターシェイドが猛吹雪の中で開花するなか斗貴子の”タメ”、遂に了す!!

「ブチ撒けろ!!」

 戛然! 無限にも等しい斬撃の線分が身動きと攻撃を封じられたリバースにそそぐ!!

 尖った氷が乱舞する嵐! 零距離で広がりゆく50超の鋭利な羽根! そして津村斗貴子必殺の剣風乱刃!

(これはちょっとムリかな……)

 さしもの幹部・リバースも、何かを諦めた表情で笑う他なかった! つまりはそれだけの攻撃だった! それほどの連携
だったのは確か……だった!!

 だがここでリバース=イングラム意外な行動に出る!! 開眼!! 笑みに細めていた瞳を開く!! だがその瞳は先ほど
までの獰悪を振りまいていた『反転』の瞳ではない! ころっとした、年相応の青い瞳!! それがきらっと潤みを反射したの
はしかし一瞬! あっという間に光を失くす!!

(鐶の瞳……!? いや似ているが違う! これは感情を殺された瞳じゃない! もっと何かこう、そう……!!)

『集中のあまり、瞬間的に瞳孔が収縮したような』……と認識しかけたまさにその瞬間である!! 幹部(マレフィック)と戦士、
その圧倒的な実力差を斗貴子たち3人が思い知らされたのは!!

「なっ!!」

 サップドーラーは暴走したとしか見えぬ処刑鎌に薄くだが胸を切られ

「ぐッ!」

 斗貴子は跳んできた鋭利な羽根を避けようとするも間に合わず、数針の縫合を要する傷を何ヶ所か負い、

「かはっ」

 鐶は一塊になった氷の群れにみぞおちを痛打され吐血した。

 ほぼ同時に墜落していく3人の少女に戦士たちはどよめいた。

「撃破数2位とあの津村斗貴子と、ブレミュの、音楽隊の副長が」
「3人がかりで1つの手傷も……だと!?」

 ロングスカートを軽く抑えながらゆるやかに降下していくリバースときたら、まるで休日のおでかけが始まったばかりの頃の
ように身奇麗だった。ここまで幾つもの命を刈り取り、今しがたは死闘を制したばかり……というのに、着衣に綻びの1つたり
とないのだ。

「いったい……アイツ何をしやがったのゴルァ……なの」
「コンセントレーション=ワン」

 はい? いち早く立ち上がった斗貴子の足元にいまだうずくまる天気少女、耳慣れぬ単語にきょとりとした。

「ウワサ程度だが聞いたコトがある。西部劇の時代、アメリカにあったという秘術。会得した者は一瞬のうち最大にまで高め
られた集中力によって、『動作』ではなくその前の『認識』の段階において常人離れした速度と精度を手にするという」
「つまり……瞬間の世界で……自由に動けるようになる……と……? それじゃまるで……ラーs」
 いやキミいつもの調子でいる場合じゃないからな本当……緊張にカタい斗貴子の声に鐶は何事か引っ込めた。

(そう!!)

 ブレイクは内心思う。

(さっきの一瞬。青っちはまず瞬間の世界の中で、迫りくる3つの攻撃をサブマシンガンの銃身で順々に弾きそれぞれの
相手へと返したのです)

 終止符の先の世界で斗貴子は告げる、少年に。

《ライオンだ。リバース調整体は手足がライオンの怪物だった。この時はまだ衣服に隠され明らかではなかったが、奴は
百獣の王の四肢を持つコトで力と速度を高めていた。サブマシンガンの銃身のたった一薙ぎで私たち3人の攻撃を捌けた
のはそのせいだ。生物的な高出力(ハイパワー)もあったがそれ以上に》

『与えるのよ。自分が生物界最高のヒエルラキーにあるという暗示が実態以上の力をね』

 羊の角! ライオンの手足! 蛇の指! キメラだった! リバースはキメラの調整体だった!! 生物的な配剤によって
実力以上の実力を獲得する、恐るべき魔人だった!!

『そしてさっきのコンセントレーション=ワンは……本調子ではなかった』

 ぱらぱらと氷が落ちていくサブマシンガンの武装錬金……マシーンに斗貴子は察し、絶句した。

(サップドーラーのブリザードに銃撃を塞がれた絶対不利の状態で……あれほど的確な反撃をした……だと!?)

「つまりアイツは……瞬間の世界の中で」
「自由に使えるっていうのかよ!? 重機関銃をも凌ぐ超高速精密連射を……!」

 戦闘力で傑出している少女たちが3人がかりで手傷1つ負わせられなかった事実に戦士たちの多くが縮みあがってそし
て竦んだ。さにあらん、斃すべき2人の幹部をば見よ。片や向かい来る敵の攻撃を封じ無力化する天王星、片や極限集中
力を以って瞬間の世界を闊歩する海王星。

「動きますか、ウス」
「もすこし後ね、後」

 春風に吹かれたようなやり取りをする者を見た戦士の1人は(師範とその門下生、なにやって)が最後の思考となった。
己が死んだコトにさえ気付かなかったろう。頭のてっぺんから首の付け根あたりまである豪宕な穂先が、前述の箇所を結ぶ
正中線を後ろから”なぞって”、進入していた。「よっ」、脳梁も露に頭蓋を左右に開くその戦士の背中に、小猿が飼い主に
飛び移ったような気軽さで着地したブレイクは、衝撃でいよいよススキのように前のめる戦士から飛び降りた。塵還剣の
避難先から舞い降りたのは言うまでもない。刺殺は落下を利したのだ。思わぬ奇襲に色めきたったほかの戦士の放つ
それぞれの攻撃をひょいひょいと小刻みに動きながら残影1つ瞬と振るって距離を取ったブレイクは

「へへ。足止めとしては硬直して頂けるのも大変ありがたいんですが」

 攻城兵器のように物々しいハルバードを軽やかにゆらり一振り歩み出る。足取りは瞬く間に小走りとなり──…

「青っちと光っちのジャマになるのは消しときたいんで」

 進軍ルートの前にあった何人かの戦士は各々の武器を構える! 「無駄でさァ!」 ハルバードの穂先が翠色に輝いた! 
「くっ!」咄嗟に雷鳴を浴びせるサップドーラー! 凄まじい光量は最初のうち確かに穂先の閃光に鬩ぎ勝った! だが!

 ぐ ろ ん

 ハルバードの鋭利の刃ごと景色が大きく歪んだ瞬間、ありえからぬコト!! 轟たる雷鳴が螺旋を描き……吸収された!!
黄金の雲耀が、ブレイク発するサファイアグリーンを倍加した!! 

(虹だけじゃなく、雷も……なの……!?)

 戦士の陣へ流れ込むは圧倒的ルクスの大海嘯! 遠巻きの戦士は辛うじて目を覆い実効支配を逃れたが、すぐ間近の
戦士は……ああ、襲いくるは全宇宙最速の騎虎! 逃れられない!
 破壊力の問題を超越した謎めいた邪悪の論理は、通す! 禁止能力を、通す!! 光を浴びた者ああ果たせるかな目
の色を失い立ち竦む戦士たち! 

 そこを銃撃が襲う!! 空気の圧搾によって無尽蔵のマガジンとミニガン以上の連射力を得た最悪の武装錬金が戦士と
いう戦士を容赦なく吹断し命を奪う!

(か、鴨撃ち…………!)
(こういう連携も可能という訳か! ブレイクが身動きを封じリバースが射殺……!!)
(最悪……なの!!)

「ひ、ひいいい!!」

 大柄な戦士の物陰にいたせいで光と弾を免れたらしき者たちが悲鳴をあげ踵を返す。

「後方ってコトは補助系……逃がしませんよ!!」

 通過! 逃げ始める子羊たちの隙間をジグザグが駆け抜けた! おぞましき残光を引くはハルバードの輝き禁止の源泉!
一瞬の静寂! 転瞬の動議! ずぐっという骨の断たれる鈍い音に引き続いて、右腕が、左腕が、生首が、宙を舞い飛び
鮮血のスプラッシュに彩られた! そしてその背後で減速しジグザグから実像へ戻るブレイク……。

「抵抗を、禁ずる」

 いつだって光においていかれる音は八つ当たりのように切った。生命をなくしてなお立っている戦士たちの……操り糸を。

「50mぐらいは一瞬で詰められる……のか!!」
「遠距離戦が得意なお姉ちゃんに対し近中距離特化のブレイクさん……止めなくては……です!」

 そうなのと立ち上がりかけたサップドーラーだが……微妙な反応と共に周囲を見渡す。

(……湿度低下。気温上昇。…………まさか!)

「ひいい!!」

 悲鳴をあげへたり込んだ少女の戦士。桜餅色のショートボブを持つ彼女は、開戦直前ディプレス=シンカヒアの魔手から
サップドーラーによって救い出された戦士である。間近で巻き起こった殺戮と濃厚な血の匂いは何度経験しても恐怖すると
見え、故に腰を抜かしたのだ。
 どうみても中学1〜2年ぐらいの少女戦士、青くひきつる。

(マズい!! 特性でみんなに貢献した後での死なら覚悟の上だけど……この状況じゃ……使っても貢献できない!!)

 きょろきょろするもすぐ近くに『生きている』戦士はいない……という事実に震えるところを見るとどうやら彼女の『特性』も
また補助系らしい。

「運よく軌道外にいらっしゃったせいで……仕留め損ねてしまいましたねぇ」

 ヘラっと笑いながらも面頬を薄く翳らすブレイク。再び点灯したハルバードの輝きは──…

「おっと」

 揺れ動く人魂の残影となって円弧の軌道を表した。ブレイクは避けていた。その場から飛びのいていた。同時に刹那の前まで
足首が鎮座していた部分が凄まじい熱量の火炎放射にねぶりつくされた。いや、のみならず炎は獰猛な王蛇のように飛び跳ね
噛み付かんとする。攻撃が攻撃だ。刀槍のように紙一重で回避……とはいかないからブレイクは大振りな回避を取らざるを得な
くなり、で、あるから、震えながら座り込む少女という絶好の獲物に手出しする余裕を失った。

「随分荒らしてくれたようだな……」

 炎から漏れ出でる底なしの殺意を込めた声に慄きつつも喜色を浮かべる少女戦士。

「火渡戦士長!!?」
「へへ。これまた厄介な。というかちょっとのあいだ姿消してませんでした? やっぱ『アレ』ですかねぇ?」
「るせえ!!」

 激昂するところを見ると場を離れていたのは図星らしい。実際『荒らしてくれたようだな』とは先ほどまでの殺戮をナマで見
ていたのなら絶対出ない言葉だ。では火渡はどこに行っていたのか……? 話の展開と共に明かされるであろう。

「やってみな、禁止能力とやらを」

 巨大な炎のカタマリの中からおぞましい生首だけをギョっと覗かせた火渡は、ブチ壊れた回路のような火花を煙草の先で
荒々しく”くゆらせる”。

「光だろうが何だろうが燃やしてやる。てめえごとてめえらごと……燃やしてやる」
「いやー、厳しいんじゃないっすかねえ」。やや冷や汗混じりに揉み手──ハルバードを握ったままでの──をするブレイク、
さすがにたじろいでいるのだろう、緩やかに後退しつつ微笑んだ。
「白状しましょう。『人間以外のなにかと完全一体化する』タイプはっすね、特性上ちょっとニガテな部分あるんすよ禁止能力。
火力応用力ともに厄介そうなドラっちいなしつつも、本格的に粉ぁかけてないのもそーゆー理由ですし」
 炎を避けながら、やや気圧された様子を丸出しにしながら、それでも人差し指立て立てにこやかに応対するブレイク。
(じゅ、銃弾より速い火渡戦士長の連撃を避ける……!?)
 瞠目する少女戦士。
「あと」
 ひらっと後方にもんどりを打ち着地したウルフカットの青年は、静かに、おごそかに告げる。

「厳しいんじゃないすかねってのは、火渡さんの言葉の後半にもかかってますんで」

 目を開く彼だが今度は邪笑ではない。

「言うにコト欠いて、俺っちたちを……燃やす?」

 完全なる無表情だ。臨界のため却って冷たい輝きに見える青白い怒りを孕んだ、絶対的な無表情だ。

「俺っちはともかく……青っちを燃やす? イソゴ老に……続いて?」

 抜く手も見せぬ一閃が炎を斬り飛ばした。その背後にあった無数の木々も。発生した真空波が長短様々な木を袈裟懸け
にしながら森の奥へと駆け抜けた。戦闘終了から3日後の話であるが、いまブレイクが居る地点から282m東南の位置で
体長推定2mのカモシカが腹部やや中央から真っ二つになって腐臭を放っているのを狩人が発見する。それほどの、槍圧
だった。

(うまい……!)

 少女戦士が舌を巻いたのはむろんブレイクの武技にではない。分断した炎の片方でえんらえんらと渦巻く凶相にこそ歓喜
した。

(たぶん挑発……! 火渡戦士長はひきつけるつもりなんだ。恐らく恋人同士であろう天王星と海王星の関係につけこんで、
煽って! 自分を攻撃させようとしてるんだ!)
 感謝したとき、おぞましい彼の眼光に射抜かれた。
「いつまでもヘタりこんでんじゃねえ! 殺すぞ!」
「は、はいいいい!!!」
 怒号にへろへろと立ち上がり場を離れる少女戦士。ブレイクは横目で「ふむ」と見た。
(気質的に戦闘向きではない……すね。だったらなんでそんなコが……足止め組に? アジト強行偵察に回した方が生存率
あがるでしょうに……)

 そのときである。少女戦士の動きに変化が生じたのは。何かにやっと気付いたような反応だった。そして彼女はおそるおそる
とブレイクやリバースに視線を留めながらも、村の方へと移動し始めた。

(……?)

 不審げなカオをしたブレイクは周囲を見渡す。戦士は……火渡と少女以外…………居なくなっていた。視界の片隅で、斗貴子
のものらしきセーラー服が生い茂る木の中へ消えていくのが認められた。首を捻りながらリバースを見るとクイックイっと斗貴子
の方を指差して、駆け始めた。

「させねえよ!」

 火渡の放った炎がリバースの行く手を塞ぐ。海王星のニコニコ顔が引き攣った。一瞬うすく目を開け火渡を眺め、銃を構
えたところをみると微量の殺意を覚えたようだ。

(やっちゃう? 特性と特性の……コンビネーション)
(『後の予定』との相乗効果を期待してる俺っちもいますが……自重しやしょう青っち。火炎同化ですからね)
(……確かに、定まった固有振動数の無いものに効かないのが『マシーンの特性』。怒りっぽい私めがイソゴちゃんを恐れて
いる理由の1つ……だし。ああいう『溶けちゃう』タイプだけは…………相性的に斃しようがないし)
(そ。だから青っちは戦士さん方、追っちゃって下さい)

 僅かな、しかも遠距離でのアイコンタクトで意思を疎通されたリバースは炎上を迂回し森へ飛び込んだ。これにより、火渡
の進路妨害により、リバースの追撃はかなり出遅れたものとなった。

(……問題は)

 なぜ戦士がいっせいに逃げ出したかだ。

(まあ確かに山林(ココ)じゃ、遮光が……俺っちのハルバードの輝きを防ぐものが…………足らないってのも事実すけど)

 だからこそバスターバロンの混乱に乗じて少しずつ戦士一同をここに誘導したブレイクだ。その目論見を見抜いた戦団が
真逆の運動を開始するのは当然だと思う。

(しかし一瞬で全員が転針した……転針できたのは不可解。そもそもちょっと前だって戦団、声1つ立てず足止め組とアジト
偵察組に分かれた訳で。……何の能力で連絡とってんすかね? うーーーむ。どなたのかが分かれば断てるんすけど……。
てかさっき逃げたあのコの? いや、違いますね。逃げた瞬間連絡とか、そんなの自分がやったと大声でいうようなもの、
無音無動作で戦士さんたちに連絡できる能力(アドバンテージ)がツブれる。だいいち『遅れて命令に気付いた』というカオ
すらしてた)

 命令系統的にもあの少女が連絡したとは思えない。

(火渡さんがいらっしゃる以上、この場の最高指揮官は当然かれ。だから村への後退を指示したのもまた……ってコトに
なりますけど、でも火渡さんあのコに作戦概要伝えた様子がない。あのコの能力が広範囲に双方向のテレパシーを伝え
られる的なものでさっきの戦闘中、密かに? いいえないすね。連絡と同時の逃走はやはり下策。だいいちそこまで便利な
能力持ちのあのコなら火渡さん、ずっと随伴させてた筈。戦団最強の業火で直接ガードする方が戦略的に安全なんですか
ら)

 だからあの少女の能力は『便利だが、火渡がずっと傍でガードしなければならぬほどの宝ではない』。

(いずれにせよ戦闘の部隊は村へと逆戻り。へへ。朽ちたりといえど建物は建物……禁止能力の光は確かに防げる。広
範囲にも広がりうると危惧し仮想敵にする禁止能力を……ある程度まで減殺できる)

 ブレイクが若干不利になるのは確かだ。だが建物の多い場所で戦う以上、戦団側も多人数による一斉攻撃を制限され
る。

(何より……火渡さんが能力を使いづらくなる。へへ。ま、延焼とか気になさる方じゃありませんが、俺っち相手にする以上、
建物の焼失はマズい。家やら小屋が燃えてなくなったら……そこはただの平地っすからねえ。こっちの禁止能力の輝きが
山林同様とおりやすくなってしまうと、ま、そういう話でさ)

 レティクル側の対火渡の構想は、「いかにして不活性化させるか」、その一点に尽きる。
 戦団最強の業火を恐れぬものなど盟主と土星ぐらい……他のものは特段の畏怖を抱いており、それはつい数時間前、分
身体とはいえ重鎮には変わらぬイオイソゴが一撃のもとに葬られた時ますますと強まった。

(瞬間最大破壊力だけに限って言えば総角主税と光っちのタッグを遥かに凌ぐのが火渡さん。1対1ならともかく他の戦士
さんの横槍が入る乱戦でやりあえば……いかな俺っちといえど負けるでしょうね、絶対。何も何も、残せぬまま)

 ゆえに不活性化。能力を十全に発揮できない状況に追い込んだ上で更に『勝負なし』で撤退するのがブレイクたち幹部
の対火渡の方策!!

(要するに……消耗させる!! 何しろこっちにゃ無制限に回復できるグレイズィング女史がいらっしゃいますからね!!)

 だったら仕掛けるだけ仕掛けておきながら『勝負なし』で撤退し、回復してのちまた『勝負なし』を仕掛けるゲリラ戦にて、
ちくちくと削るべきではないか、火渡を。

(にひっ、やや分が悪い相手すけど、しばしひきつけて……いや『ひきつけられて』おきやしょう。俺っちの任務は足止め
すからねえ。

…………『表向き』、は)

 纏わりつく炎を槍の風圧で薙ぎ払う。火炎同化中の火渡を完全殺害する術などブレイクは持たないが、その代わり完全
殺害されるほど弱くもない。持ち前の武技、持ち前の槍圧で炎上を防げればいいのだ。

(指揮官かつ最高火力を引きつけられるだけでもアドバンテージ! 火炎同化使用中は精神力だって減り続けてますから
ね、レティクル全体から見れば……ま、及第点の足止めかと!!)

 火渡側もブレイクと交戦する意味はある。村へと移動する戦士たちの後背をハルバードから守れるからだ。

(癪だが総崩れよりかはマシだろ。もっとも……)

 銃声と悲鳴が遠くから響く。村へ走る戦士たちがリバースに追撃されているのだろう。(こっちは片方ひきつけてやってんだ、
テメーの身ぐらいテメーで守れ)。火渡は、厳しい。

 そして。

 およそ1分。たった1分で、炎と槍の変則的な打ち合いは50合を超えた。ブレイクが、後方からの火炎放射を、旋転し、紗の
膜を作るハルバードで弾き返したときその変節は訪れた。

「…………?」

 不意に殺意と炎熱が消えた。訝しみかけたブレイクはハっとし空を見上げる。居た! 火渡は居た! 幾何学的かつ巨大
な焼夷弾の上で仁王立ちになり顔を片手で覆う凄まじい目つきの火渡がブレイクの、直上の空に居た。

(五千百度の炎っ……!! そろそろ戦士さんらが射程外ゆえ使えると……!!)

 放たれたが最後500m圏内総ての生命が蒸発する大技は発見から投下まであっという間だった。圏内中央に居たブレ
イクに逃げるヒマなどなかった。

「やれやれ」

 何かを諦めたように汗を垂らすブレイクは、だが堂々と炎を睨み続け──…

「申し訳ないすけど、ここで」

 炎となって咆哮していた火渡の面頬に異様なさざなみが奔ったのは、すぐ後ろで空間が穿たれたからだ。穴は1つばかり
ではない。どこからかの乾いた爆発音が輪唱を連ねるたび、前の穴はそのままにどんどんと数を増やしていき……わずか
1秒足らずの間に500以上のピンホールを蒼穹にもたらした。

(チッ!!)

 何が現れたか悟る火渡。

 穴は渦でもあり、ワームホールだった。月の幹部・デッドあやつる武装錬金、ムーンライトインセクトの一作用だった。通常
であれば渦は小型のクラスター爆弾を発射するがしかしこのとき射出されたものは、クラスター爆弾より遥かにマシで、それ
でいて火渡にとっては最悪の物質だった。

 白煙が火渡から上がる。それが強酸性の薬品であったならまだ良かった。だがしかし、ぽつ、ぽつ、ぽつと滴下されるそれは
薬品よりも遥かに効果的に戦団最強の火力を削ぐ逸品だった。雫はあっという間にそこかしこで細い流れとなり、細い流れは
やがてそれぞれとの合流によって大瀑布となった。

 もう分かるだろう。何がワームホールから現れたのか。

「水。えるっちの能力で移送できるのは爆弾だけないってコトです」
『だあもう本名で呼ぶなや! デッドいえデッド!! ったく。能力貸されるの渋っとったけど結局ウチに世話なっとるやない
かブレイク! これ貸しやで! 貸しやからな、お前いきて帰ってこんだらしばき倒すからな!!』

 同時刻。ここより北東570m地点にある決して中規模ではないダムがほとんど空になり、関係者を驚愕させた。デッド
の、仕業だろう。ダム1個を枯渇させるだけの水量はやがて洪水クラスの勢いで、火炎同化中の火渡を容赦なく攻撃した。

(……野郎!!!)

 完全なる不意打ちだった。火渡は先ほど『レティクルは、勝ちたいなら残り7人の幹部の一斉に投入すべき』といった分析
をしていたが、それら全員アジトで何がしかの策動をしていると結論づけていたから、ここにきての奇襲はまったく意表を
突かれたといわざるを得ない。いや、厳密に言えば音楽隊から知り得た情報の中にある、デッドの遠隔爆破が乱入する
可能性は常に頭のどこかにはあった! だがやんぬるかな! 射出できるのはせいぜいクラスター爆弾程度だと思って
いた! クラスター爆弾程度ならば火炎同化で完全に防げると確信していた! これは火渡の認識が甘かったという訳で
はない! 彼の立場では『ワームホールは爆弾以外も出し入れ可能』という決定的な情報を得られないからだ! そもこ
の事実をデッドは7年前、貴信との行き掛かりの中のさまざまで披露したが、何たる運命、貴信はその夜さいごに訪れた
ディプレスの暴走で、当夜の記憶をあちこち欠落する破目に陥った! だから当事者たる彼の証言からデッドのワーム
ホールの真価は聞き出せなかった。そして今日、銀成においてもワームホールはヴィクトリアの地下壕に開いたが、そ
こにいた彼女や、小札の証言からでは『渦越しにでも会話や目視が可能』程度としか分からない! 
 だがそれらは偶然ではなく……デッドの作戦勝ちなのだ!! 貴信が恐らく忘れているだろうと踏み、故に地下壕でも真
価を見せなかった! そして念のいった情報統制はいま! 火渡に大量の水を浴びせるという最高にして最悪の攻撃を
……成功せしめた!!

(ケッ!! 要するに水から出りゃいいだけだろうが!!)

 そう! 火渡は脱出できる! どんなに多かろうとたかが水、標的を永劫とじこめる液体操作系の武装錬金とは違う
から、だから火渡、高熱源体へ急速に水を注いだとき特有の水蒸気爆発で瞬間的に開いた空洞から炎の姿で脱出
するコト自体は可能だった! そしてデッドもブレイクも、脱出を阻む障害は、物理面では一切! 用意してはいなかった!
 にも関わらず、火渡が

(…………っ!)

 瞠目したのは抜け出しかけた水流が山肌で波濤としぶきを上げながら下り始めているのを見たからだ。

「にひっ」。ブレイクは笑う。「察していただけたようですね」。

「そう。抜け出せばここら一帯に広がるっす。ダムからワームホール直通で流されている大量の水がこの山肌を滑り落ち
……い ま 逃 走 中 の 戦 士 さ ん た ち 全 員 を 飲 み 干 す 洪 水 と な る」

 まあ、天気を操るとかいうドラっちに総ての命運を託すってのもテではありますが、どうします? にへらとしたエビス顔で
ブレイクは言う。

「だけどまあ、ムリですよね? だってドラっち、ディプレスの旦那を圧倒しながらも早々に切り上げて逃げたんですから。
つまり天候同化は強力ですが、だからこそノーリスクで使い放題では、ない! よって洪水が起こったが最後、青っちを相手
どりながら戦士さんたちも助けられる道理は……ない!! 必ず何か致命的な消耗を起こし! 戦士さんたちを助けられな
いまま……洪水程度では止まらぬ人外の青っちに……討たれる!!」

(クッソタレ!!!)

 火渡は水流に残った。残るほか無かった。洪水。ブレイクがデッドと示し合わせたのなら、リバースもまた周知であると
火渡は直感した。つまり起こったが最後、それが用意されていたと知らぬ戦士たちは浮き足立ち、知っていたリバースに
悠々狩られるほかなくなる。この場でそれを防げるのは……火渡だけだ。彼は水流のド真ん中に飛び込んだ。まんべん
なく蒸発させるため飛び込んだ。

 言うまでもないが火炎同化中の完全鎮火=死亡。分かっていながら命を奪う空間に身を置かざるを得ない怒りが凄まじい
水蒸気爆発を幾度も幾度も惹起した。轟然たる山彦と地響きが起こるなか火渡はそのまさに気炎を上げる。上げ続けた。
山の肌で急増した水量に(土石流……!)と危惧し歯噛みしたのは7年前ゆえか。

 中空から実にダム1個分もの水が注いでいる。留まるほかない火渡はやがて怒涛の大瀑布に飲み干された。

 その場所を、遥か背後にする場所で。

 待機モードの、脇差程度の長さしかないハルバードを片手にひた走るブレイクは思う。

(悪でも仲間と協力していい!)

 子どものころから不思議に思っていた。悪の組織の幹部たちが足を引っ張り合うのを。

(にひっ、悪に分類されるとはいえ組織は組織! お仲間の能力に頼った方が効率いいならすべきでしょう連携は!!!
そもそも俺っちをレティクルに誘ったの、えるっちですから。頼りやすいすよ)

 デッドの『媒介狙撃』の射程は、媒介となる物品の希少性が高ければ高いほど伸び、短ければ短いほど縮む。

(水なら半径せいぜい600m……ってトコや)

 まずデッドはダムにクラスター爆弾を打ち込み『媒介』を『水』に設定。同時に、爆破した『媒介』と同種同質のもののうち
『射程距離内』にある物の傍に渦が開くのがこの武装錬金であるから、クラスター爆弾本体たる大きな赤い筒内側のモニ
ターに表示される渦のうち、火渡のすぐ傍にあるものを、ダム内の無数の渦と直結し……水を流した。

(そこに関しては若干目視もあったなあ。火渡アイツ炎ばんばん上げとったから。映像と地図の照合で目分量やった)

 しかしはてな。半径600m内の『水』の傍に渦が開くというが、火渡のいた場所は山ではないか。水場では、ないではない
か。だが実際は違う。水場がなくても水気はある。水蒸気。漂っているではないか常温でも空気中に。

(村ん中ですと射程距離外になっちまうんで、ダムにより近い山林(ココ)に誘導した訳です。禁止能力の輝き届けるにも
都合は良かったですしね)

 要するにブレイクは最初から火渡との戦いを想定していた! 禁止能力を把握した彼ならば戦士たちを村に引き返させ
るというのが想像できたから、同時に、かれが足止めのため自分に挑んでくるのだろうと、そう、予期していた!!

(できれば単騎でどうにかしたかったですがね、自分なら何でもできるって抱え込んだ結果、失敗して周りに迷惑かけると
か……最悪じゃないすか)

 と、いささか悪の組織の幹部らしからぬコトを考えながら、

(えるっちが渦出したのに火渡っちが気付けなかったのはなぜか……なんてのはカンタンですよ。五千百度の大技出した
瞬間……つまり一番隙が出来るタイミングで、俺っちがインカムで媒介狙撃指示したんすからね)

(ほんで火ィの字は自分を取り巻いとる水蒸気媒介の渦にそのまま完全包囲や! しかも流れるのは水! まったく文字
どおり堰切ったように勢いよく水が流れたから……渦を目視していても……かねてよりの知識不足もあって対応できんかっ
たっちゅー訳や!!)

 えるっちことデッド=クラスターとの奇妙な符合を見せながら、彼は思考を締めくくる。

(水に苛まれている火渡さんに、俺っちと青っちの『特性コンビネーション』を浴びせたら勝ててたかもって欲目はありやす
が……難しいすねえ、いろいろと)

 まず火炎同化中の火渡にはまず効かないといっていい連携だ。いいかえれば、解除状態の彼にならば聞くが、しかし
ワームホールから溢れる大洪水を阻止すべく残った火渡が、蒸発を、火炎同化を、やめるというコトは理論上ありえない。

(何より)

 一番怖いのが味方(デッド)への誤爆! 

「『ワームホール越しに声が届いてる』ってえのがマズいすからねえ」

 嘆息しながらインカムに呼びかける。デッドとの通話はいまだ健在なのだ。

「まったくえるっち。作戦前なんども喋らない方がいいって言ったのに聞かないんすから。青っちの特性知ってる癖に……」
 怒鳴り声が鼓膜に響いた。
「アホ! ワームホールで得物ひっかけた一番楽しいときこそ喋りどきやろがい!! それを2コ後輩の能力にビビっておと
なしゅうするとかなんやねんボケ!! ええか! 勝負っちゅーのはリスク覚悟でやるからおもろい! むしろ味方からの
誤爆あびながらやる方がテンションあがるっちゅーねん! なのにブレイクお前はなんや! グレイズィングがすぐ傍におる
ウチへのいらん配慮で最善手打たんとか……なさすぎやわ!!」
「にひっ。かわいい女のコ傷つけてまで勝つってのは主義じゃないんすよ」
「かわっ、ウチが……!!?」
 動揺と絶句がインコムの向こうで響いた。顔からゆだる蒸気の音さえ聞こえるようだった。
「そ。特に『ウチに構わず敵を撃てーっ』とか言っちゃうタイプはね。もちろん一番は青っちですけど。えるっちはその次ぐらい」
「ああもう腹立つ! しばくからな!! 帰ってきたらしばくからな! だから戦士なんぞに殺されずにちゃんと帰ってこいよ
ボケえええ!」
 通話は、切られた。
「相変わらず優しい照れ屋すねぇ」

 シシっと笑いながら走り続ける。

「村についたらどうしましょうかねえ」

 火渡のせいで阻まれたリバースとのコンビネーションを夢見ながら、ブレイク=ハルベルドは村へと走る。

 ……。

 村へ移動する戦士たち。追いすがるリバース。『またマレフィックに追われてるし』と若干涙目で走っていたのは円山円、
よくよく運のない男である。いつもアヒアヒ言っている風船爆弾も涙目だ。
(なんで犬飼ちゃん、こっちじゃなくアジト強行偵察組なのよ!!)
 ただ救いもある。傍を見よ。イオイソゴの時と違い……数多くの戦士(みかた)がいた。

(狙いが分散するという点では気楽だし)
「殿軍4、全滅!」
「ん。じゃあ5! 頼むよー!!」

 膝の後ろほどまである黒髪の、平均(ぜっせい)の美少女が剣振りつつ下知すると、「ウス!」と精悍な男たちが後方めが
け、血笑する魔人の居る後方めがけ走り去っていく。

(戦部に次ぐホムンクルス撃破数2位ゆえこの場の指揮を任された『師範』! そしてその門下生たち……! 並み居る戦
士擁する足止め組の中でも群を抜いてこの任務に適した人ら……!)

 彼らは決して特殊な武装錬金を持っている訳ではない! そもそも武装錬金を持っているのはトップの師範のみ! あと
は錬金術の合金製の、レプリカ武装錬金が武器であり生命線! かの鳩尾無銘の龕灯の性質付与にてソードサムライX
並みの切れ味こそ有しているが特性はなく、故に彼らは肉体性能のみで恐るべきマレフィックと交戦しなくてはならないのだ!

 なのに彼らは嬉々として死地に向かう! 生からの逃避を孕んだ狂奔の笑いではなく、純然たる使命感の清爽さを以って
重機関銃並みの連射力を有する憤怒の魔人に挑みかかるのだ!!

(理由の1つは戦団規定第308条! 大規模作戦行動時における戦没者ならびにその遺族への保障について!)

 これは平たく言えば戦没者は顕彰され、その家族には100年に亘り遺族年金が支給されるという規則である。1ヶ月あた
りの支給額は戦没から遡って1年分の給与総支給額を12で除した数であるが、特筆すべきはこの『3項』だろう。戦没時
の功労如何では13万2千円から308万円の範囲内で年に一度だけ特別手当が付与されるというのだ。

(そしてその額は……武装錬金持ちじゃない方が、大きい)

 理由は、怪物への決定打を持たない身で怪物に挑む精神性への評価。一部の良識派からは、「弱い者を死地に追い
やろうとしている」「”エサ”で人命の尊厳を進んで失わせるのはどうか」といった意見も出ており、何度も改正が叫ばれ
ている308条第3項。だが何でもそうだが、現場組とは常に、「いや支持してもこっちがまったく得できない正論とか、いら
んからね、だいたいそもそもヒスっぽく正論いうやつ日常のあちこちで辟易してるからね。そーゆうのに限って旅行土産とか
くれんタイプだし!」といった目で泡沫政党を見がちなので、結局改正されぬままこんにちに到る。

(開戦前、財務部司法課っていう、ちょっとその成立がよく分かんない部署の次長が『武装錬金の特性で武装錬金の破壊力
を付与されたのであれば、それはレプリカではなく武装錬金ではないか、だからこの使用者については308条3項の対象外
とすべきではないか』と発言して物議をかもしたっけ)

 よくある、世知辛い話だ。要するに戦団はヴィクター征伐で財政的にも疲弊しているから、『武装錬金で性質を付与された』
という、これまでにない概念に、前例のない出来事に、『かこつけた』、上層部の、言外で悟れや、絞れるところは絞れや的
な内命をうけた次長が、口先三寸で安ぅく買い叩こうとしたという、その程度の話である。
 もちろんどれだけ理屈が見事だろうがそこに誠意がなければ猛反発するのが現場とか世俗だから、次長と、かれに内命
を与えた偉そうなお偉いさんは突き上げを食らったあげく、騒ぎを鬱陶しく思った火渡によって叩きのめされ、むりやり解任。

 とまれまあ、結果的には火渡という救出作戦の指揮官が直々に万一の保証を保証した形になるから──「あん? 核鉄
から発動してねえもんが何で武装錬金なんだよ? 特性もねえだろうがフザけんな」という論破のあと発せられた、「カネなん
ざレティクル滅ぼしゃ手に入るだろうが。連中の研究成果応用して儲けりゃいい。機械? 売っちまえ!」という盗賊まがい
の財源補正案によって戦士の士気は大いに上がった──から、だから門下生たちは嬉々としてシンガリを引き受けられる
のだろう。

 これでカネだけが目当ての連中なら円山の胸も痛むまいが。

「俺ら武装錬金弱いタイプすから、核鉄回ってきてもお役に立てませんから! ウス!」
「温存す! 武装錬金のエキスパートさんたちはもうこれ以上殺させたくないす! ウス!
「レティクルには軍靴さんを……親切にしてくれた先輩を殺されてますから、一矢報いたいんです、ウス!」

 とは彼らの言葉だからチクリとする。
 いずれも死を前提にシンガリを送り出すと言い出した師範が何名もの戦士に反対された時の言葉だ。

 で、本人達が希望するならやむなし、何としてもブレイクが追いついてくる前に、禁止能力の減殺が見込める廃墟の村
に引き返さなくてはならない、それが成せないなら門下生達を生かしておいても結局は共倒れ……といった事情から、戦士
たちは泣く泣く死兵を送り出した。

「笑って、死ね!」

 笑顔で言い放ち、部下からの快諾を得た師範が踵を返したその瞬間、暗澹たる眼差しをしていたのを円山は見た。

 殿軍1から4は恐るべき仕事をした。機知と熱量がイオイソゴに追いたてられていたころの犬飼にヒケを取らぬといえば
彼らがどれほど足掻きぬいたかお分かりだろう。しかも彼らは……武装錬金を持たない! 銃を乱射する犯人に模造刀で
挑むような愚に彩られた枠組みの中で最善を尽くし、確実に! リバース=イングラムの行軍速度を遅らせている!
 門下生たちは足止めにリソースの総てを裂いた。命も、知恵も、何もかも、『リバースの行軍速度を遅らせる』ただその一
点だけにつぎ込んだ。行軍速度が増し、追いつかれればその破壊力によって戦士が釘付けにされる。さればブレイクにす
ら捕捉される。それを防ぐため門下生たちが編み出したのが人間の、盾。

「無尽蔵で超速連射といえど!」
「銃身の口径がサブマシンガンのそれである以上、一発一発の破壊力は、低い! 多分!」

 ウス、という口調さえ忘れる熱気のなか。
 どこからか調達した防弾チョッキを着込んだ戦士を盾にして突っ込んでくる戦士には、さしものリバースも普段の清楚な
笑顔をだいぶ困った様子にゆがめた。4名2組ならまだいいが、6名3組となるといかな二挺銃身といえどさすがに対応で
きず、接近戦に持ち込まれてしまうのがほとんどだ。

(ヘッドショットで盾を即死させても体の方は残っているから無意味……! 盾にしてる方はしてる方で頭を盾の影に……!

 命を度外視した特攻戦術に呆れるやら、腹立たしいやらのリバースだ。接近戦に持ち込んでくる戦士は武装錬金方面で
はパっとしないからこそ刀術武術を研鑽しぬいた屈強な面々だから、喫緊にまで踏み込んでしまった彼ら相手の銃撃戦は
けして楽なものではない。距離を取るためとはいえ後ずさった時などは最大級の怒りが沸いた。

『許せない。許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない!
なんでお父さんたち殺した連中が笑って死ねるの私めがむごたらしくブチ殺してるってのに何で恨み1つ漏らさず楽しそうに
死ねるの!? リア充なの!? なにやったって社交性とやらの蓄積だけで何の努力もなしにぬくぬくと褒められてきた
馬鹿なリア充だから死んでも褒められるって何か勘違いしてるの!? あああ!! ああああーーーーーーーっ!!!!』

 狂ったように乱射して森を刻むだけでは飽き足らず、銃の1つを叩きつけ、くぐもった、他者には到底再現不能な呻き声を
あげながら、手近な木の幹をガリガリと毟りとる。ヒグマですらやらぬ蛮行だった。豪胆な獣をも凌ぐすさまじい怒りだった。

(もうぶちきれよ!! 『特性』! 『特性』で皆殺し! 戦術だのブレイク君とのコンビネーションとかもうどうでもいい!!
お父さんとお義母さん殺した戦士を殺して殺して殺しまくって血相かえて止めにきた光ちゃんと殴り合って愛し合う!!!
その隙にほかの戦士に討たれるかも? いいわよ別に!! 私めは怒りたいだけなの! この怒りを何かに叩きつけて、
伝えて!! スカっとした気分を徹底的に味わって暴れまくれるなら……死んだって別にいいでしょ私めなんて!!)

 人間だった頃は、大声を発するコトができないノドの欠陥ゆえ、さまざまな理不尽をガマンし続けてきたのがリバースだ。
だからその反動を躯幹とする今の性格はひどく暴悪的、義妹たる鐶を虐待したのも人間時代の反動だろう。
 彼女の罪は『憤怒』。おとなしい奴ほどデカいのを炸裂させる例のアレだ。突発的な凶行の「まさかあの○○ちゃんが」だ。
普通の人間ならば、そう、相手の機微などよくも悪くも深くは考えられない普通の、ありふれた人間ならば、日常の端々で
ほどよく発散させられる『抗議の感情』を、しかし伝えるべき時に伝えられない人種は確かにいる。配慮しすぎだったり、臆
病だったり、或いはかつての早坂姉弟よろしく外に投げかけても無駄と諦めきっていたりで、伝えられない者は確かにいて
リバースは……玉城青空まったく類型だった。
 内に籠もった『抗議の感情』は独自の変化を遂げる。最初は『あの時ああいえば良かった』だ。相手をやりこめる想像で
溜飲を下げようとする。が、実在の方の『相手』が二度三度と神経を逆なですると信号は黄色になる。自分が、めぐり合わ
せの悪さのせいで、思わぬ苦境に陥り、必死にそれを挽回しようとしているとき、『もしいまアイツがまた何か文句をいって
きたらどうしよう』といった益体もないコトを、半ば恐怖を以って考えるようなってしまう。そういったときの『抗議の感情』は、
自分が、外因のせいで苦境に陥っている憤りと相まって、ひどく鮮烈な憤激の色合いを帯びる。もしいま文句を言われたら、
今日という今日こそは徹底的に反撃してやる、決着をつけてやるといった凄まじい感情に染まってしまう。
 そういうコトが繰り返されていくうち、段々と相手への感情が殺意へと変貌する。相手が実際放った文句の量は数度分しか
ないのに、反復と、想像が、癌細胞のようにグングンと怒りを育てるのだ。
 玉城青空はそういうコトをたくさんやってきた人物だ。憎悪の対象は継母だった。父の再婚相手はひどく活発で、だから、
『大きな声で元気よく』が総ての人間に、何の工夫も配慮もなしで簡単に通じると思っている、ごくごくありふれた女性だった。
継母とはいえ青空をいじめたりはしなかった。だが、実母に絞殺されかけたせいで、声帯がつぶれ、物理的に大きな声が出
せなくなっている青空に、医療大学や音楽大学の出でてもない癖に、聞きかじりの発声トレーニングを薦めたのは失敗だ
ったというほかない。

「その性格直したらどう?」

「ファイト!」

 無責任な声援に青空は凄まじい精神的苦痛を蒙った。実母に生存を拒絶され声帯を破壊(こわ)された自分をつまり継母
は欠陥品だと追撃で、否定したのだとさえ思った。望んでなった訳でもない自分の形を、更に否定、したのだと、抗議の感
情を催した。
 だがそれでも継母なりの愛情ゆえの『助長』──苗を無理やり伸ばそうとし、ダメにするという意味においての──『助長』
であると分かってはいたから、泣き叫んで拒絶をわめきちらすといったコトだけはせず、ただ無言で、しかし態度において
はこれ以上ないほど強い調子で、発声練習を拒んだ。そのときの相手の幻滅の表情! ああ、ここで辛いコトを強いて悪
かったね、ゴメンねと、継母が泣いて『玉城青空』の肩を抱いていたなら運命はきっと変わっていただろう! 凶悪なる者が
かけ違ってしまった最初のきっかけなど往々にしてその程度!
 リバースが義妹を憎むのは、明るかったころの態度が継母そっくりだったからだ。伊予弁まで一緒だった。だからそれを
喋れなくなるまで徹底的に打ちのめしたのが継母殺害後。抗議の感情の厄介な点は、投影すらも行うところだ。許せぬ相手
と僅かに共通する相手すら許せなくなる。鐶光は純然たる被害者だ。『玉城青空』をただ心から、綺麗でおしとやかなお姉ちゃん
だと慕っていただけなのに……双眸の輝きを奪われ、五倍速で老いる人外の体へと変えられた。

 それに対する罪悪感と、いまだ燻る投影の余燼は自己嫌悪と自己弁護の凄まじい板ばさみを生んでリバースの狂的な
部分をますますと破綻させている。生後間もない義妹が原因不明の高熱で入院し、実父と継母がその看病にかかりきり
だった頃『玉城青空』はインフルエンザを患った。祖父母が4名とも死没していたため誰にも頼れず、クラスですら、大きな
声が出せないから、聞き返されるのが怖かったから、言い出せないまま無理を重ね登校を重ねた結果、凄まじい炎熱と幻
惑の世界に当時の青空は迷い込んでいた。忌々しい発声のお講義ばかりがぐるんぐるんと天地を回すひどい光景を味わっ
ていたとき、ひょっとすると脳細胞のどこかが”やられて”しまったのかも知れない。肺炎で入院するまでの3日間、青空のい
る家に電話1つよこさなかった継母は、青空の入院中、こう聞いた。

「どうして連絡してくれなかったの?」

 父が青空を忘却するほどにかかりきりになった義妹を産んだのは継母だ。青空が頼みもしないのに産んだのは継母だ。
家に入る是非を青空に聞きもせず転がり込んできたあげく、理にかなったやりようなど一切考えず自分の良かれのみ押し
付け傷つけたのも……。
 人を怒らせ、一生の恨みを残す言葉は不思議と平易なものが多い。
 インフルエンザで脳髄が壊れていようが、いまいが、上記の一言が青空の全般的な憤怒──人間への不信感、ともいう
──を決定付けたのは確かだろう。

(だから……暴れる!! 暴れたいの私めは!! 通りもしない会話なんて無意味!! 撃って! 壊して!! この怒り
をただただ伝えたいだけなの!! 口なんかでは……声、なんかでは、どうせいつものように伝えられないこの心を、誰
かに!! わかってほしい、だけなの!!)

 泣きたくすらある気持ちで、切に思う。歪な思考体系だとリバース自身わかっている。だからこそ、継母のようにそう観測
してくる奴らみなことごとく滅ぼすか、或いはかつてボランティアとして人々を支えたがっていた良心のカケラの赴くまま滅ぼ
されるか、そのどちらかでしか幸福になれないのだと確信している。

 だから次のシンガリは特性を発動した上で大暴走して殺し尽くしてやると、心のリミッターを外しかけた瞬間である。”それ”
が目に入ったのは。

【特性を使うときは暴走しちゃダメよ私】

【ソレやったら破滅って、何度も何度も考えて、決意したでしょ、自重……するって】

 サブマシンガンの銃身に刻まれた文字だった。弾痕ではない。ツメで引っ掻いて書いたものだ。

(私めの……文字)

 怒りが、また沸いた。現場が修羅場っている時、せっかく思いついた手っ取り早い解決策が、愚にもつかぬ社内規則に抵
触すると予見した時の怒りだった。頭のいいやつ固有のアレだ。合理的な段取りを一瞬で組めるのに、旧套きわまる相手の
ガラクタのような物言いのせいでゴミゴミした方策しか取れなくなるとそう予想してしまったときの、凄まじい憤りだ。

 それを、自分が事前に用意した文字によって催すのは異常としかいいようがないが、他方、それほど理性的な自分が
笑い話にもならぬ愚劣な怒りに支配されているのは、実母や、継母のような、リバースに言わせれば『ちゃんとしてない』
連中の無神経な言動のせいで、傷ついて、歪んだせいではないかと切実に思う。責任転嫁だ、被害者意識だ。薄々感づき
ながらも怒るのはやめられない。『私はあなたたちの仲間にお父さんとお義母さんを殺されたの。ひとりぐらい罪を償うため
謝罪して命差し出したらどう?』……なのに誰も彼も、しない。正義などその程度だと乾いた心でひたすら思う。世界は、リバー
スが実母に声帯を壊されきるのを黙過したのに、救いも、しなかったのに、酌量されるべき悪行をついはたらいてしまった
時に限って迅速な裁きを差し向けるのだ。アイドルの手紙を飛ばされたせいで発作的に義妹の頬をぶった『玉城青空』が、
事情もなにも聞かぬ継母の反射的なビンタを浴びせられた、忌まわしき時のように。
 戦士が、悪い。自分を怒らせた戦士が、悪い。だからブチ切れて暴れまわりたいのに、義妹との決着が控えているから
『暴走状態で特性を使えば破滅』と自分に釘を刺したのは……理知。だが他方、戦士さえ義妹の周りに居なければ、まわ
りくどい理知など動員しなくて済んだのだと熱く煮えくりかえるのは……憤怒。リバースの一番衝動的な部分は、適当に暴れ
て殺しまわっていれば愛しい義妹が止めにきてくれる、殺しにきてくれると即断しているのに、一番計画的な部分は、『もし
特性が自分に炸裂しちゃったらどうするの? 光ちゃんじゃない別の戦士に殺されたらどうするの?』などと唱える。
 ジレンマだ。女性的な不機嫌だ。本質はただ感情的なだけなのに、ヘタに理性でブレーキをかけるから、男性(そと)から
みればただただ迂遠で不合理で意味不明なだけな憤怒にリバース、染まっている。

(そりゃ暴走したら術者たる私めすら『マシーンの特性』の餌食になるかも、だけど、あああ! もうなんなの!! なんで
そんな不便なのよ私めの特性はああああああ!!! うがあああああああああ!!!)

 罰されるコトをどこかで望んでいる精神ゆえの『自分にも効く』がわかってしまうからますます苛立つ。そして憤怒は論理
によって押さえつけられた時、より陰性で鬱屈したエネルギーにと転化する。まさにリバースは『波若』であった。優れた理
知と激越なる怒り、一見相容れないものを共存せしめる不可思議な精神性を声帯破壊の先で有してしまったから、片方が
片方をより強める自家毒的な悪循環に常に常に……陥って、いる。

 戦士の一団から放たれた5番目のシンガリはまったく不運だったという他ない。リバースが開戦以来最悪の、ドス黒い
憤怒のピークに達したまさにその場面に駆けつけてしまったのだから。

「いくぞ人間の盾!!」
「先ほど同様三方から攻めろ!!」

 喚きたてる門下生たちの見たリバースは……背中を向けていた。そろそろ夕陽の色になりつつある太陽の漏れる木立
の中で2つの銃を腰の傍にだらんと垂らした直立不動の格好で、佇んでいた。

 彼らは、息を呑んだ。暗紫色のおぞましい触手状のオーロラがリバースの周囲をどんより漂っているのを幻視した。ホム
ンクルス撃破数2位の少女のもとで日々武術を練磨した門下生達だからこそ感得できる爆発の前兆だった、危険な雰囲気
だった。あともう指1つ触れるだけでヒステリックな金切り声立てつつ飛び掛ってくるのではないかと任務も忘れ汗ばんだ。

(こ、これは振り返ったらまたあの笑顔だな……! 黒く濁りきった白目に血光はなつ瞳孔の、狂笑……!)

 獰悪な心霊のような形相を思い出し身震いするが。

「け、けど、元より命は捨てている俺らだ!」
「詰めるぞ!!」
「近接に持ち込んだ方が時間が稼げると証明してくれた他のシンガリの……アイツらの犠牲を無駄にするな!」

 鼓舞の叫びが響き渡るなか、キキ……。軋んだ音を立て遂に振り返ったリバースは。

「むーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 むくれていた。童女のようにほっぺたを膨らませ、唇の片端をぷにぷにした肉の曲線で隠してた。コメカミには怒りの漫符。
元が清純かつ美麗な少女なだけに、こういうあどけない表情は恐ろしく可愛らしく映える。

「ど、どういう反応!?」
「やり辛いが『胆』では押せる!」
「いくぞ!! 少しでも時間を稼ぐ!!」

 ……。

 気勢からわずか1秒後。

 殿軍5を置き去りに、戦士たちめがけ駆け出すリバース。

 だが殿軍5は生きている。生きたまま、仲間に向かって何やら蠢いている。銃撃され、臥した地面でもがいているのでは
ない。立ったまま仲間に向かって活動するのだ。悲鳴のような怒号のような凄まじい声を上げるたび、仲間同士の間で
ビュ、ビュ、……と血しぶきが飛ぶ。ああ殿軍5の面々よ、お前たちは何をしているのか。追うべきリバースが逃げたのに
どうして追いもせず不可解な活動をしているのか……。

「ふーっ、ふーーーーっ!! ううーーーーっ!!」

 走るリバースはだいぶ興奮した様子である。獣的な、というよりは、クールなマジメキャラが、耐えたくもない理不尽かつ
滑稽な騒動をどうにか乗り越えた後の、『やり場のない怒り』を吐息に乗せているような調子だ。

「あー。暴走したいの耐えて特性使ったカンジすか、それ?」

 背後からの声に振り向くと、そこにはブレイクが居た。行軍速度低下により追いつかれたのは当然のコトだが、しかし間の
悪い登場でもあったから、リバースはちょっとビックリしたような微笑で固まった。だがそれも一瞬、笑みに細まった瞳の片
方の端っこにジンワリと白い珠を浮かべると、細っこい青年にどたたと駆け寄り

「うわーん!! ブレイク君ブレイク君ブレイク君ーー! 耐えたよ私、耐えたよぅ!! いっぱいいっぱい怒りたいのガマン
したよぉ、ちゃんとちゃんとガマンして特性使っ、使っ、わあああんん!! 寂しかったよーーー!! 傍にいてくんなきゃ私、
私、怒りをどうすればいいかわかんなくて、どうなっちゃうかわかんなくて、不安だったよう!!!!」

 ひしと想い人に抱きついた。二挺のサブマシンガンの把持など消し飛んでいたらしく、足元でカタリカタリと音立てて弾んだ。
そうまでして抱きつきたいほど心細かったらしい。服の掴みっぷりときたら半年もの出張から帰ってきたお父さんにすがりつ
く女児級だった。だがリバースの肢体は成熟を極めている。豊満なる2つのふくらみが密着し、泣き叫びに応じて熱くぬるん
と生地の向こうで動きさえする状態に、ブレイクは「///」と首筋を赤らめた。

「え、ええと。あ、青っち、頑張ったんすね、色んな感情を、一生懸命耐えたんすね」
 えらいえらい。慣れた手つきでリバースの頭を撫でると、「…………うん」。と鼻がスンと鳴る。

 いったい誰が分かろうか。これが先ほどまで戦士を残虐に殺戮していた幹部たちであると分かろうか。特にリバースの
有り様たるや義妹たる鐶光でさえ見たコトのない代物だった。目撃すれば面食らっただろう。しかし感情にフタをしがちなリ
バースが、唯一率直な本音をさらけだせるのがブレイクだった。少女相応の涙や不安を包み隠せずさらけだせる地上ただ
1人の相手がブレイク……かつて憧れたアイドルの、今の姿だった。

「だよね私、頑張ったよねえ!!」

「そんでブレイク君とのコンビネーションどうでもいいとか思っちゃってごめんなさい! ごーめーんなさーい!! やっぱ傍
に居てくれなきゃ寂しいよぉ、心細いよぉ!! わーーーん!!」

 うわああんと声張り上げて泣きじゃくるリバース。両目不等号で顆粒の水気を飛ばしたくる姿はもはや幼稚園児だ。その
時期に抑圧ゆえそうできなかったツケを返しているようだった。子どもらしい感情の炸裂を、親などによって無理に押さえつ
けられてしまった者は、早く大人になる分かえって根っこに幼稚な部分を残してしまう。該当だろう、リバースも。

「でもあしどめはしなきゃいけない」

 スーパーデフォルメされた、戯画的に丸っこい白目の表情で、彼女は腑抜けたように呟いた。

「ブレイクくんにずっとなでなでしてほしいけど、ついげきして、あしどめしなきゃいけない……」

 ぐすん。色々感情が堰を切ったせいか、いささか幼児退行のむきもある。おぼつかない手つきで銃を拾うと、「うう、戦士
のばか。早く全滅してよ」と愚痴りながら歩き出す。

(可愛いなあ、もう)

 ウルフカットの青年の頬は緩みっぱなしだ。凶悪きわまる幹部勢ですら「キレたら、恐ろしい」と畏怖しているリバースが、
自分にだけは女のコらしい一面をさらけだしてくれるのが、嬉しくて嬉しくて仕方ない。

 同時に。

 背後で得体の知れぬ仲間割れをしていた殿軍5のうち1人が仲間の攻撃で絶息した。リバースの特性によって絶命した。

 殿軍1が、出征したあたりに話は戻る。

「禁止能力封じの虹を突破したのは恐らく」 戦士の一団のなか、村めがけ走っていた天気少女が冷然と呟いた。
「構造色」
「構造色……? どこかで聞いたようn……あっ!!」
 斗貴子の目が鐶に留まったのは過去彼女がその応用たる光学迷彩を用いていたからだ。
「確かに……トリ型の私は…………カワセミの青色の……ような……ケラチンと空気の層による……光の、微妙な反射の
……応用で…………体色を変えたり……透明にでき……ますが」
 あくまでそれは自分の色彩限定だという訥々たる訴えにサップドーラーもまた腕を揉み捻る。
「そう。謎はそこ……なの。蛍光灯の200倍もの眩しさを持つドラちゃんの虹のスペクトルは、皮膚表面コーティング程度の
構造色程度では回折・分光いずれも不可……なの」
 トリは派手だし、それ以外に光を操る手段は……? そう問う天気少女に鐶は首を振った。
「そもそも、虹が無効化された地点は…………ブレイクさんから数m……離れていて…………そのあいだには……何も
……見えなかった…………です」
「お前のような光学迷彩というセンは?」
「それも……含めて……見えなかった……です。例えば……構造色で虹を無力化しうる『尾』のような器官があったとして
も……それを光学迷彩で消して伸ばしていたのなら……トリ型ゆえに同じ原理を使い、トリ型ゆえに四原色で世界を視覚
する私には……見えました」
「じゃあどうやって奴は虹を無効化したんだ……?」
 唸る斗貴子。「ただ……」。音楽隊副長は指摘する。
「どんな能力だとしても、ブレイクさんが、禁止能力封じへのカウンターとして肉体に、調整体の構成要素に選んだのであ
れば」
「! そうか! さっきのそれや、妙な顔の歪みは『1つの生物』だけの作用じゃない……というコトか!」
「調整体だから、複数の生物の能力を組み合わせている、なの。その組み合わせで、禁止能力封じのドラちゃんの虹を
更に無効化した……なの。ハルバードの輝きを妨害する『光』を回折・分光して無力化する……能力、なの」
 その1つに構造色があるのは確かだとサップドーラーは呟き、鐶もまた頷いた。
「です……ね。お姉ちゃんから聞いたけど、ブレイクさんは『色』に詳しい人……。というか私に……構造色を……教えたの
が他ならぬブレイクさん自身……ですから、ソレを使わぬ理由は……。ただ、カワセミの、『ケラチンと空気による作用』そ
のものかどうかは分かりませんが……。タマムシとかの甲虫にだって…………構造色はありましたよ……。カワセミのケラ
チンとは比較にならないほどの強大なキチン質がね……です」
 頷きかけたサップドーラーだったがすぐ微妙に不機嫌な表情をして鐶を睨んだ。睨まれたほうも同じような反応で、だから奇妙
なガン付け合いが発生した。
「だからケンカするな! なんで私コイツと仲良くしかけているんだ的な雰囲気は後にしろ!」
 斗貴子の怒鳴りに「まーたやってるよあの3人」という声が近くの戦士からあがった。
 とにかく。
「問題は調整体としてのブレイクを構成しているのが『何か』というコトだ」
 そこを突き止めねばサップドーラーの虹は禁止能力を封印できない。封印できなければ戦士は禁止能力によって身体の
自由を奪われ……全滅する。走りながらも軽く頭に当て呟く斗貴子の表情は深刻だ。
「クソ。こういうとき剛太や桜花がいればカラクリを見抜いてくれるんだが」
「貴信さん香美さん共々アジト強行偵察組に……なっちゃいましたから…………仕方ない、です」
「チーム天辺星も、なの。そもそも城田いくちゃんが居たら、山林でも遮光の壁作れたから……村いく必要なかった、なの」
 決して頭は悪くない3人だが、無数ある生物のうち、どれが、何種類ほど、ブレイクに組み込まれているか推測しろと言
われればお手上げという他ない。
「並の相手であれば戦いながら探っていくという手段がとれるが」
「条件次第では一撃必殺に等しくなる禁止能力を持つブレイクさんが、制止した世界の中でガトリングガン以上の速射をする
お姉ちゃんと組んでいる以上……」
「探り探りは最低限にすべき、なの。くらいながらカラクリを探る従来どおりの戦いは、難しい、なの」
 だったらバーっと本番勝負でよくないですか? とささやいてきたのは並走していた若い男たち。
「敵が何を使ってようが生物の、ホムンクルスの能力である以上、武装錬金で破壊できない道理はないですよ! だからみんな
でババーっと一斉攻撃したら、禁止能力封じ封じの謎トリック、案外カンタンに壊せるかも!」
「そそ。天王星のようなヘラリとした奴はこっちに考え込ませて動き鈍らせるいわばブラフを使いますし、単純でも」
 一理はあるんだが……斗貴子は難しいカオをした。
「だがサップドーラーの虹を封じたあの能力が、例えばサメの歯のように何度でも生産可能なものだったらどうする? キミ
らはこう、何らかの器官が、一点モノの器官が、虹を封じ禁止能力を通したと考えていて、だからそれを壊しさえすれば安
全と、そんなカオをしているが、だが相手は自分の武装錬金を封じる相手との戦いまで想定している……ひどく用心深い奴
なんだぞ? そんな男が……天王星が果たして一点モノの器官に頼るか? 一点モノの器官の移植で満足するか?」
 あー。何個か『替え』を用意している可能性も、ってコトですか。カオ見合わせた男たち「サメの歯、みたいな」とちょっと
酢を飲んだようなニュアンスで反復する中、斗貴子は更に粛然と呟いた。
「そもそも肉体の一部で無効化したという前提すら正解かどうか。不可視のカニのあぶくで光を屈折させていたとか、霧状に
した体液を虹に吹き付けていたとか、地下から密かに伸ばしていた『根』のような器官で以って噴き上げたごくごく僅かな土
の微粒子で虹のスペクトルを分散したとか、可能性は幾らでもある。調合したキノコの胞子で以って私たちを催眠状態に……
そう、本当は虹など発動していなかったのに、あたかもあるよう思い込ませ、かつそれが破られたと信じ込ませていたとか
いうフザけたオチだってなくはない」
 いや、それだけ考えられるなら天王星の幹部の能力あばけませんか先輩……と呻く男戦士たちを凛然たる顔が見返した。
「私がやっているのはあくまで過去の事例の引用だ。『思わぬものが』と警戒の範囲をただ広げているだけだ。まったく未知
の能力を、生物学の知識もなしで完璧に見抜くのは難しいと、そう言っているだけに過ぎない」
「この人たち斗貴子さんの知り合い……ですか?」「後輩……なの。でも中村剛太よりは3〜4年先輩……なの。男あっち
いけガクガクブルブル……なの」などという鐶とサップドーラーのヒソヒソ話をよそに、
「私は生物学に熟練してはいない。過去に戦った動植物型の能力を組み合わせた、推測らしきコトはできるが、そういった
ものはだいたい実態に当てはまらない。まして敵はレティクル……。幹部は必ずこちらの想像を超えてくる」
「私は……トリ以外……わからないです」
「ドラちゃんも天気しか知ーらないシラネーヨ、なの」
 つまりアタッカー3人がブレイクとの再戦前に能力を暴くのは、生物学の造詣欠如ゆえ……不可能に、近い。
「かといって剛太はいないし……」
「生物学に詳しい奴は研究班詰めで……前線にはいないしなあ」
 ボヤく男たちの傍に「あの!」と少女が駆け寄ってきたのはその時だ。
「えーと、キミは」。ゆれる桜餅色のショートボブに、斗貴子は思い出せるような思い出せないような微妙な表情をした。何度
か体術を指導した覚えこそあるが、咄嗟に名前が出てこない……それぐらいの間柄らしい。
 むしろ「おお」と双眸をきらめかせたのは意外や意外……気象サップドーラー。
「こっちに編入されてた……なの?」
「? 知り合いか?」
「は、はい! 写楽旋輪(しゃらくせん・りん)と言います! ドラちゃんさんにはさっき火星の幹部から助けてもらって……!」
 追いつくの遅れてすみません、ちょうどいま話題になってたブレイクに絡まれたせいでこっちへの初動が遅れて……と息
せき切る少女戦士・輪は「ひょっとしたらお力になれるかもです」と、斗貴子や「ドラちゃんさん」に告げた。
「……? 動物全般に……詳しいの……ですか?」
「そのっ! 天王星の幹部の虹無効の能力が『何』かは分からないんですが、『いつ、どこに』現れるかだったら、私の
能力で掴めます!」
(いつ、どこに……なら?)
 奇妙な物言いだ。斗貴子は眉を顰めた。
「私の能力……口でいうより実際に見せた方が早いので……その、20秒ぐらい止まって頂けますか?」
「20秒、か」
 斗貴子は軽く背後を振り返った。殿軍への義理がよぎったのだ。彼らが命なげうって戦っているのは斗貴子たちをリバース
に追いつかれるより早く村へ入れるためだ。だから無思慮な停止は彼らの命への侮辱……という葛藤が大きかった。が、20
秒のロスで禁止能力封じの策が紡げるのなら……という苦渋の思いで……
「……念のために聞くがえーと、写楽旋……だったか」
「輪でもいいですよ! 津村先輩は憧れの人なので!」
「じゃあ名前で呼ぶが……輪、キミ、ブレイクに操られていたりしないだろうな? 例の能力で『仲間の進軍を禁ずる』とか言っ
た暗示をかけられていて、それで足止めを持ちかけているんだったら……困るんだが……」
 かつて自分自身、彼と逢った記憶を封じられていた失点ゆえに疑いながらも、「わ、私もソレ不安なんですけど、もし止
まったせいで追いつかれたら……殺してその死体アイツらに投げてください。ちょっとぐらいの足止めにはなります」と怯え
つつも芯つよい様子で見返してくる少女戦士に
(まあ暗示をかけられていたならそもそもブレイクに逢ったコトじたい言わないか。敢えてそう思わせ油断させるため言わせ
た……みたいなフクザツな暗示をかけられていたらまず出来ない目だし)
 信義を返すため足を停める斗貴子。鐶やサップドーラー、更に2人の男戦士も倣ったのは単につられた訳ではない。万が
一ブレイクの暗示ゆえの申し出だった場合の備えだ。斗貴子を瞬間的にとはいえ孤立させるのがマズいと思い随伴したのだ。
「ご厚意感謝します。ではまず……」
 写楽旋輪は妙な動きをとった。なぜかコンバットナイフをポケットから取り出し、斗貴子の背後の木の幹に大きく「A」と刻
んだのだ。
「それが……そのナイフがキミの……?」
「いえただのナイフで……能力は今から! 武装錬金!」
 13〜14ぐらいの無個性だがキュートな顔立ちの輪が核鉄を手にし気勢をひねると、その傍らに光と共に人影が現れた。
「自動人形……?」
「カメラ持って……ます。あ、本体の輪さんの手元にも同じものが……出現して……ます」
 身長は165cmほど。小柄だ。パリっとした赤いスーツを模した外装を、女性的なフォルムに張り付けている。
「従軍記者の武装錬金・ゴットフューチャー! 特性は未来視!」
 言葉と同時にジャーナリスト姿の自動人形が手持ちのカメラから光を吐き、斗貴子を撮った。インスタントのものらしい。写
真はすぐに出てきた。
「で、これをドラちゃんさんに渡して……と」。渡された天気少女はどういう訳か息を呑み、写真(それ)と斗貴子を何度も何度も
見比べる。
「なんだ? なにかあったのか?」
「い、いや……こ、これは後で見せた方が……いい、なの」
「……?」
 斗貴子が小首を傾げるなか、少女戦士・輪は右に3歩ヨコ歩きし……今度はそこの木の幹に先ほどの文字に負けないぐ
らいのサイズで、「B」と刻んだ。生々しい肌色のそれに樹液が滲む。
(なんだ? サップドーラーは何に驚いている? そしてなぜ輪はナイフで、ただの武器で文字を……?)
 振り返った少女はやや先達への緊張を孕みながら、こういった。
「あの! 津村先輩! さっき写真を撮ったのは「A」の木の前ですよね!? ドラちゃんさんの手にあるのは、それ、です
よね!」
「まあそうだが」。振り返った斗貴子は頷いた。鐶はというと(小札さんが……新作マジック披露するとき……よくこんな念押し
……してます……)とヒマつぶしに考えた。
 少女戦士、語る。
「で、もしよろしければ今度はこの「B」の木の前に来て頂けますか? その上でバルキリースカートを一振りしていただけると
……高速機動の『特性』を発揮していただくと、ゴットフューチャーの特性がですね、分かりやすいです!」
「追われている最中だ、手間が省けるならそうする」
 言いながら果たして斗貴子は「B」の木の前で指示通りの動作を取った。その直前、輪はビクっと気をつけをしフラッシュ
を炊いた。
「あ、これ不可避のアレなんで……。で! 今度は先ほどドラちゃんさんに渡した写真を見てください! 重ねて確認しま
すが、最初に撮影したこっちはAの木の前で……バルキリースカートを振っていない状態で撮りましたよね?」
「ああ」
「ですが」
「ドラちゃんが驚いていた理由がコレなの」という顔のサップドーラーが被写体めがけ翻す写真に居たのは……『B』の木の
前で処刑鎌を振るう斗貴子だった。
「!?」
「二回目の撮影の瞬間すりかわった訳じゃないの。最初に渡された時から『Bの木の前』だった……なの」
「Aの木の前で撮影したのに、か…………?」
「そう。これこそがゴットフューチャーの特性です。撮影対象の(1)武装錬金特性 (2)ホムンクルスの、基盤となった動植物
の能力 のうち、指定したどちらかが『次に使われた時の状態』を写真として出力できます!」
 不可思議なる能力! だが実態を見せられた以上斗貴子は信じざるを得ない!
「……? というかこのアングル……2回目にキミが撮った写真……じゃないのか?」
「そうなんです。未来の本体(わたし)の撮ったものが、過去の自動人形に送られる仕組みでして」
 ゆえに少女戦士は、撮影対象が次に能力を使うまでに『撮影地点』へ強制移動させられ……強制的に撮影……させられる!
何に? 己の、能力に! これはどうあっても抗えぬ、『未来を知るがゆえのリスク』!
「……。特筆すべきは……攻撃の軌道まで写っている……コト……ですね」
 鐶の呟きに、ゴットフューチャーへの混乱いまだ冷めやらぬ斗貴子は一瞬処理がおいつかないというカオをしたが……
はっと目を見開き鋭く叫んだ。
「そうか虹封じ! 撮影対象(ブレイク)が『どんな軌道』の『どんな位置』で使っているかあらかじめ分かるなら!」
「一点モノの器官であれば破壊可能……です! 再生可能だったり体液系統だとしても……
「サンプルだけは……採取できる! なの!」
 採取できれば分析は容易い!! 対策が……立てられる!!

 喜びを掻き消すように背後かなたから絶叫が響いた。殿軍1のものだ。20秒は過ぎている。だが一同は一旦後ろに向
き直り……短くだが手を合わす。(キミたちの犠牲……ムダにしない)。再び走り出す一向。

「ともかく合点がいった。直接戦闘向きじゃない感じの写楽旋が大戦士長救出作戦に駆り出されたのは」
「こーいうコトのためか。ただ単に敵の能力を撮影するだけなら普通のカメラでもできるが、『Bの木の前』のような『次にど
こで使われるか』を予見できるのは……便利!!」
「ああ。恐らく本来はこっちが本分だろうな! 今回の、未来視から逆算的に敵能力あばく使い方はむしろイレギュラー!」
「補助特化の戦士がかなりの数ディプレスにやられている今、この能力は……貴重だ!!」
 男戦士2人も歓喜するが、斗貴子は何かに気付くとやや厳しい顔つきをした。
「待て。特性を考えると……輪。キミ……実は死ぬつもりなんじゃないのか?」
 はうっ。輪は露骨にドキリとした。隠していた何事かを暴かれたという様子である。汗をまぶした顔で斗貴子を見ると、
しどろもどろに呟いた。
「え、ええと、そそ、それは、そのう」
「どういうコト……ですか?」
 鐶の疑問はもっともだろう。未来視の能力がどうして死に直結するのか? 斗貴子は答える。
「『二度目の撮影のとき』、必ず対象の傍にいなければならないっていうその縛りが危険だからだ」
「う。ま、まあ、そうなのは確か、あはは、確か……ですよね」
 輪──人間時代のブレイクと同じ名前の彼女が彼の能力を暴かんとするのも因果だろう──は空笑いをうつと、コキリ
と一回うな垂れて、それから観念したよう面をあげた。
「直接攻撃力が皆無の撮影を熾烈な戦闘の中わざわざやればそりゃ天王星の幹部は感づきますよね。『自分と同じタイプ!
光で何らかの搦め手・補助的な特性をかける相手!』……と。しかも特性上最低でも2回は絶対撮らなきゃ……ですから」
 そのうえさっき遭遇したとき『武技で戦いそうにないタイプがどうして一大決戦に』てな目で見られてますし、絶対警戒され
てますし……と写楽旋輪は重くいう。
「そうだな。奴は絶対キミを狙う。殺そうとする。バスターバロンがいるころ散々弱い戦力から削っていたからな、当然だ」
「補助に向いた人を消しておけば……残った幹部が…………それだけ有利になれますから、ね……」
「一度目の自動人形の撮影だけなら新月村の建物にまぎれて隠し撮りできるかも……だけど、二度目の方は絶対にすぐ
傍で撮らないといけないから……ヤバイ……なの」
 向こうにしてみれば、正体不明の難儀そうな特性ふるう戦士がわざわざ近くに『来てくれる』のだ。それでどうして見逃せ
るか。ブレイクの得物は豪壮なるハルバード……武技に長けた戦士を幾人も半紙の如く斬り捨ててきた魔人なれば、写楽
旋輪なる無力な少女など通常攻撃で殺害できる。
(うぅ。さすが津村先輩……。賢くて優しいから、私が気付きながらも度外視してたコトを一瞬で呆気なく……)
 輪は別に自殺願望がある訳ではない。生きられるならそりゃ生きたいという、普通の感情の方が大きい。だが同時に、誰か
を犠牲にしてまで生き延びたくはないという、これまた普通の倫理観もある。で、彼女は開戦早々、何人もの戦士が火星の
幹部・ディプレスによって惨殺される光景を目の当たりにした。被害者たちと親交があった訳ではない。今日はじめて偶然合
流しただけの、顔と名前すら一致していない者たちだ。それでも普通の少女にしてみれば、仲間であり、人間だ。それを笑
いながら嬲り殺したディプレスには恐怖と共に怒りがある。怒りはブレイクやリバースが虐殺をするたびますます強まった。

(こんな異常な殺戮は止めなきゃいけないです。何としても尖兵のひとりブレイク、攻略しなくちゃ……!)

 そのために己がすべきコトは? ディプレスの毒牙を唯一運よく逃れた自分がすべきコトは? ……生存全振りではない
だろう。あの場で死んでいた筈の命だという割り切りもある。ならば身命は戦団全体の勝利のため使うべきだと、組織人と
して、普通に思った。

 と、いうコトを述べると斗貴子は「私もそうではあるが、キミのは純粋ゆえに無謀と勇気がごっちゃというか……」と難しい
カオをした。
「ディプレスの野郎が許せないならせめてアイツに一矢報いるまでは……生きるべき、なの。だいたいブレイクの能力が、
何度も未来視しなきゃ見ぬけないタイプだったら…………呆気なく死ぬ方が……被害ひろがる……なの」
「あー、それは確かに」
 輪はスイカ口でニコリとしながら平手をグーでポンと叩いた。
「え……。呆気なく肯定……ですか……? 普通こういう時……は、お姉ちゃんたち幹部への怒りを……泣きながら吐露して
……そんで諭されて……いかにもドラマな雰囲気を……醸し出すもの……では……」
「むずかしいトコですねー」
 ほへーと笑う輪。(このコ天然だな)(いや多分、素直すぎるだけ……なの)とアイコンタクトしたのは斗貴子&サップドーラー。
 あー、その打開策なんだけど、男戦士Aは見かねたらしい。率直な提案を、した。
「本体の方の、そのカメラだけ二度目の撮影地点に三脚ともども立てて、で、撮影スイッチは昔のカメラみたくとびりき長いヒモ
で……とかなら離れててもイケるんじゃ……?」
「いやそれはそれで却ってますます怪しいというか仕込む奴がやられるからなブレイクに」
 半眼でツッコむ斗貴子に「さすが斗貴子さん……なの」とサップドーラーは頬染めた。
「先輩の言うとおりなんすけど……俺らがなんか支えてやらにゃ危なっかしいでしょこのコ」
 Aに手持ちのカメラをしげしげと見られた輪は首を振った。
「だったらもっと気楽に使えるんですが……ダメなんです! そーゆーの何度も試しても! 必ず! 対象が次に能力使う
とき、必ず!! 近くに行っちゃうんです私!! カメラ持った状態で気付けば撮影してるんですーーー!!」
「……未来を知るためのリスクとはいえ…………難儀だな」
「訓練の話なんですけど、島原で根来さんに「次に電話したとき亜空間に潜ってください」と頼んで、本体のカメラは三脚と一緒に
置いてって、で、飛行機とか電車とかで札幌に着いてから根来さんに電話したときなんかは」
「…………えーと。まさか……ですが」
 ハイ。瞬間移動で島原に……。輪はえぐえぐと泣いた。
「もはや呪われた能力だな……」
 男戦士Bも気の毒そうな瞳。
「あれ? でも、なの」。サップドーラーは小首を傾げた。「これって逆に……強行偵察向きじゃないか、なの」
 さすがドラちゃんさんです!! 輪は走りながら彼女とブンブン握手した。ドラちゃんさんは赤らんだ。
「そうなんです! 撮影対象を『本陣に居る味方』にしておけば、電話一本で前線から本陣へ緊急避難のリスポーンが可能
でもある訳で、だから……ああ、だから厄介に思っていいかどうか、分からないんですよ……」
 弱点を逆手に取って強みにするとか……よくその年齢(トシ)で思いつくな……斗貴子は呻いた。
「というか何で島原で根来が協力したんだ? 根来だぞ……?」
「はあ。よく分からないんですが交通費と宿泊費こっちもちなんで協力してくださいって戦団の掲示板で募集かけたら『島原か。
聖地の1つだ』って例の怖いカオで笑いながら来て……。ビクっとなりましたけど頼みごと絶対遵守してくれるタイプでもありま
すから……あれでもなんで来てくれたんだろう島原遠いのに……」
「…………忍者仲間に……無銘くんに聞けば…………たぶん理由……わかります……」
 詳しくは外道忍法帖参照。
「というかリスポーンに使うのって因果律的になんだか矛盾を孕んでるような……」
「だな。二度目の撮影の写真が出力されるってコトは、少なくても二枚目を撮影時点までの生存は保証されてるって訳で、だっ
たら本陣の味方にはヤバイとき電話で『二度目』頼むより、出立前に『戻ってくるまで絶対能力使わないで』って念押ししときゃ
……どんな過酷な戦場からも生きて帰れ……アレこれ理論上は不死の能力だったりするんじゃ……?」
「えッ! わっ私の能力ってそんなにスゴいんですか!?」
「うんまあ」
「理論だけ……ならな」
 男戦士AとBの会話にサップドーラーはファンシーな表情を呆れ気味にゆがめた。
「さっきからちょいちょい、こいつらモブでしかも男のくせに意外に頭よくてインテル入ってる、なの……」
「座学だけならこの世代トップクラスだからな。彼らが剛太ぐらいの年に残した試験の点数は、剛太ですら抜けていない。……
まあブレイクの能力推測の甘さを見れば分かると思うが、実戦経験は……乏しい」
「写真……ですが、ダブル武装錬金して、片方はブレイクさん、片方は味方の誰かと撮影対象分ければ……リスポーン理
論で大丈夫……なのでは……?」
「いやー……どうでしょう。ちょっと考えたんですが、自動人形の方には『次の撮影までの生存補正』がない訳じゃないですか。
だって一度目の撮影もう終えちゃってますからね。だから流れ弾とかで呆気なく壊れるのでは。そして壊れたら、武装錬金
特性を維持するための何らかの……機構? みたいなのが破綻して、『次の撮影までの生存補正』も消えて、そして私は
殺されてしまうような気が……するんですよ、すごく」
「キミはキミで思考力ハンパないな……」
 普通その年代なら無敵に憧れハシャぐだろうに……斗貴子は感心半分、呆れ半分。
「そうですか? 戦団って、生物としては不老不死のホムンクルスを毎日殺してる組織じゃないですか。なら『絶対』がないって
考えるの……自然だと思いますけど……」
 混ぜっ返すわけでもなく心底ふしぎそうに一生懸命かんがえる輪。マジメな少女だ。斗貴子は若宮千里を重ね合わせた。
だからだろう。死なせたくないと思い始めた。
「二度目の撮影時、私がキミを守れればいいんだが……」
「あ! いえ! 津村先輩は幹部たちに集中してください!! 私なんかに構ったせいで機会を逃したら……きっと被害は
ますます大きくなりますから!!」
 白いもみじのような小さなパーをわたわたと振る輪。
(いいコだ)
(いいコだな)
 男戦士AとBは清涼な思いを味わった。少女であるが故のひたむきな使命感を、異性的な情欲抜きでただただ好もしく
思ったのだ。
(俺らとこのコ……どっちが次の戦場へ行くべきか言うまでもない、な)
(ゴットフューチャーの能力は必ず他の場所で人を救(たす)ける。足止めの幹部程度に……殺させはしない)

「絶対避(さ)けられない死は確かにあると思うんです。それを無理に避けようとして、避けられる方の死を避けられなくす
るのはやっぱ良くないかなあって思うんです。あ、もちろん、ポカとか、ミスとかで死ぬのは嫌だし、皆さんのためにもならな
いから、そーいう点では極力注意しますけど、最善を尽くした上で『本当に、どうにもならない』場合なら、私のそれは無理
に避けようとしないで下さい。避けられる方の命を優先して貰った方が、絶対イイと思いますから。私はドラちゃんさんのお
かげで、もうとっくに避けられた側ですから、これ以上を要求するのは…………ディプレスに殺されてしまった人たちに、悪
いです。申し訳が立たないです。だからもしもの時は、お願いしますね」

 先々の戦略のため生かそうとする戦士。眼前の目的のため死をも厭わぬ戦士。どちらが正しいのか、それは誰にも……
分からない。

 ……。

 やがて。

 殿軍が、2から5まで全滅するほどの時間が経ち。

(来たぞ……!)

 新月村の廃墟の影に隠れる戦士たちは遠方に連れ立って現れたブレイクとリバースを目視した。

(まずは禁止能力封じのカウンターを……)
(破る!! でなけりゃ全員硬直させられ銃の的!!)

 写楽旋輪を軸とした攻略作戦、なるか!?

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