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第110話 「対『海王星』 其の弐 ──怒涛──」



「直接対決は、避ける」

 白い法廷だった。あらゆる調度品が純白に染め上げられた法廷の中央で津村斗貴子は呟いた。

「確かに……先ほどの戦いで狩られなかった者は、ここまで辿り着けた者は、比較的強い。だが幹部に比べれば──…」

「孱(よわ)い」

 傍聴席には……人影。身長も体型も年齢も性別もまちまちな人影がそれなりの数、居る。

「だから藤甲さんや財前たち『特性で防御力をあげられる』者以外は……仕掛けるな。生身で向かえば”また”だ。ハルバード
やサブマシンガンの餌食になる。強くても、人間である限りは……真向勝負はこちらが不利だ」

 人影の中には、音楽隊副長・鐶光の姿もある。台風の目と雲の髪を持つ少女も。

「なるべく籠もれ。影に隠れろ。盾にするんだ廃屋を。敵の攻撃力は確かに高い。運が悪ければもろともだ。だからこちらに
引き寄せる。運をこちらに引き寄せる。戦費を撒き鋼線を巡らし秤(はかり)をこちらに傾ける。疑心暗鬼で傾ける」

 桜餅色の髪を持つ少女はただ固唾を飲み鼓舞に聞き入る。

「……この夏、反逆者として追われていた私が非常措置とはいえ指揮を預かるコトに異議ある方も多いだろう。だがそれは
正しいコトだ。あなたたちが歩んできた道の正しさだ。私はその正しさが勝つコトを祈っている。信じている。力を以って人に
地獄を見せる怪物ども……滅ぼせるのは正しさだけだ。敵は強い。ヴィクターに迫るほどに強い。だが奴らは正しさを、真の
意味で挫くコトなど絶対にできない。どれほどのコトをはたらこうがそれは諦めの裏返しだ。正しさを貫くコトを人の身もろとも
諦めた弱さの証だ、遠吠えだ。きょうまで人々のため戦い抜いてきたあなた達は違う。強い。その強さを私は貸して欲しい。
これ以上の犠牲を食い止めるために……レティクルに勝利する為に、今だけは、私に、その強さを貸して欲しい」

 頭を下げる斗貴子に「なに言ってんだ」という声が刺さった。少女の肩が微かに震えた。

「ヴィクターIIIは自分で怪物になった訳じゃないでしょ」
「偶然だ、偶然なのだあ!」
「一般人に被害は出してないしな」
「………………」
「殿軍が、我が門下生が命と引き換えに稼いでくれた時間を有効活用してくれるならね、なんでも」
「犬飼じゃあるまいし、再殺とり下げられてなお粘着するのもねえ」

 最後の声は円山円。斗貴子に胃を裂かれた彼が好意的となると物言いたげだった他の人影は黙るほか無い。

(……あとは私が、未来視を持つ私が…………頑張らないと)

 そう思う少女、写楽旋輪。

 その生い立ちにさほど劇的な光彩はない。ただ両親が戦団の養護施設の職員だったというだけだ。父は事務員、母は調
理師。戦士ですらない2人が、何となく職場結婚をした、それだけの話。分かりやすい戯曲ならここでその両親が、戦団の
関係者ゆえホムンクルスの策謀の巻き添えで死んだというコトにし娘に戦う動機を与えるだろうが、面白味のないコトにな
んと両名ともいまだ健在なのである。
 なのに写楽旋輪が戦士を志したのは両親のせい……と書くとちょっと訳がわからないが、しかし、そうなのだ。養護施設の
職員のうちおよそ5分の4は職場を保育所代わりに使う。送迎がラクだし、何よりホムンクルスにさらわれ人質(カード)にさ
れるリスクも減る。代わりに戦団関係者の身内がどんどん社会に対し閉鎖的になる危険性も指摘されてはいるが、そこは
今回の本題ではない。
 輪は最初、5分の1だった。つまり戦団とは無関係の幼稚園に通っていた。錬金術とはなるべく無縁でいて欲しいという両親
の意向だった。だから年中組になるまでは両親の勤務先に行ったコトすらなかったのだが、あるとき通園途中だったか帰りの
会のあとだったか、とにかく送迎の最中、父が何がしかの急用で輪ともども養護施設に寄ったときから変わり始めた運命が。
 最初は言いつけどおり車の中で待っていたのだが、何がどうなったのか、気付けば輪は養護施設の庭で子どもたちと遊んで
いた。輪が車から出て混ざったのか、それとも車に近づいた子どもたちが輪の好奇心を刺激して誘い出したのか、このあたり
は今の彼らと話しても要領は得ないが、いずれにせよウマは合った。
 で、気がむいたら土日にちょくちょく両親に頼んで養護施設を訪ねるようになった。後はもう、門前の小僧うんぬんとか朱に
染まればうんぬんだ。

『わるいやつらがいる、たたかわなければならない』。

 新しい友人たちが被害者であると知った輪はごく自然にそう思うようになった。
 だから彼女はよく言われる。『正義に、体感がない』。知己をじっさい奪われた戦士たちからすれば輪の行動理念はひどく
ボヤっとした、得体の知れぬものであろう。蒸気吹くヤカンを触ろうとする乳児のような危なっかしささえ彼らは感じた。

 が、要するにただ素直すぎるだけなのだ、輪は。悪党がいる。被害者がいる。誰かが救わなければならない。そう思った
から自分でやる。やる以上、途中で投げ出すのはよくない。だから命を捨てる覚悟をする。恐ろしいまでの素直さでそう考え
それが当然だと思ったから、やる。むしろそれ以外なにがあります……と心底不思議そうに問うたのが救出作戦従事者選
抜第四次試験の面接会場、相手は火渡。「よほどの馬鹿だな」、言葉とは裏腹に彼は頬を釣り上げた。

(そんな私がさっき初めて本気で恐怖した。決意も何もかも忘れ泣きじゃくって命乞いした)

──「ゆゆゆゆるして下さい! わた、わたしはチームじゃなくて、ただっ、この人たちとたまたま合流していただけで……!」

 目の前で数多くの戦士を惨殺した火星の幹部に、歯の根打ち鳴らして哀願したのは、やっと初めて『奪われる恐怖』を
獲得したからだ。臆病というなかれ、13をやや過ぎたばかりの少女が初めて凄惨な現場に直面したのだ、むしろ正直に泣き
叫んで胸の内をさらけだす方が形質上自然だろう。

(でも……情けなかった。奇襲が始まったとき固まったりせず、ゴットフューチャーを使っていれば、あの撃破数暫定5位の
チームの誰かがディプレスの次の行動を予測できたかも知れない。助かったかも……知れない)

 だのに目の前で噴き上がった血煙に震え上がるばかりで何もできなかった。正義に体感がなかったから、恐怖に痺れ
打つべき手を……打てなかった。見殺しにしたと言われても……仕方ない。

(その償いだけは……する!)

 父母の顔が脳裏を掠め、再会がどれほどの幸福か泣きたいほどに痛感したが……押し込める。救えなかった暫定5位
の面々だって同じだった筈なのだ。強制的に追い込まれた終局のなかで同じ情動に見舞われていた筈なのだ。

 生き延びた先で挑むべきは止めるべきは2人の幹部。無数の戦士(いのち)を羽虫のごとくに千切って捨てた彼らを打破
しうる糸口は……『虹封じ』、その攻略。原理は不明だが戦士の動きを強制停止可能な謎の閃光発する天王星の武装錬
金(ハルバード)、一度は完封したかに見えた気象サップドーラーの虹をしかし無効化し返した『ゆがみの渦』こそ禁止能
力封じへのカウンターこと『虹封じ』! 
 正体をあばかぬ限り戦士たちに勝ち目は……ない! 敵の槍術と銃撃が人智を絶しているコトは積み重なる夥しい骸が
証明した。津村斗貴子が尋常な手合わせをしてなお降せぬ絶対の力量を、謎の閃光……禁止能力によって身体の自由
を奪われた状態で迎え撃つのは死と同義。実例も、既に出ている。急務であろう攻略は。

 そしてきっかけになりそうなのは従軍記者の武装錬金・ゴットフューチャーの未来視。次にいつどこでブレイクが虹封じを
使うか分かれば破壊または分析が格段にやりやすく、なる。

 よって『白い法廷』で輪は言う。

「津村先輩。ダブル武装錬金の件……可能でしょうか?」
「試すのか? さっき鐶が言っていた保険を?」

 いいえ。桜餅色の髪を振る。生存全振りは暫定5位のチームに申し訳ないし、何より守勢に回って打開できる戦局では
ないと考える。だから未来視を、ゴットフューチャーを、

「使うのは、撮影するのは──…」

..

 リバースともども再び入村したブレイク。密やかな戦意や殺意が漂ってくる方角を見ると笑みつつも嘆息した。遠巻きに
こじんまりとした廃屋の数々が見えた。遠い影が整然と重なっているところをみるとどうやら廃屋、碁盤の目に沿うがごとく
一定間隔で配されているらしい。

(……合流地点からやや北東の場所に陣を構えたってトコだね。それはともかく……なんか暑くなってきてるよね?)
(ドラっちの仕業……でしょうね)
 秋口の夕暮れに相応しくない、カラっとした熱気に幹部たちは目で話す。話しながらも歩いている。殺気の根源に近づいて
いる。
(体感気温36〜37度。人間の平均体温といっしょです)
(つまり私の指対策……)
 熱を察知し、光学迷彩すら回避した『ヘビの指』も、周囲が人肌ほどの温度となれば無力である。
 これで建物内の伏兵の有無が分からなくなった…………ごくごく微量の苛立ちを美しい顔に浮かべたリバースだがやにわに
「ん?」と可愛らしく首を傾げた。
「どしたんすか?」
「1人……かなあ? 人間らしい動き一切なしでじっとしてるから断言できないけど、『人間ぐらいの幅と高さ』の、周囲より
微妙に温度低い物体が…………あるね、建物から外れた場所に」
「それは……どっちすか?」
 あっち。リバースは北東を指差した。
「距離的に廃屋地帯の……エリア外だね。どうする? 大回りに外回りに……見に行く? それなら奇襲も察しやすいけど……」
「やめときましょう。例えば氷使いさんのような、『特性上、ドラっちの温度操作でもヘビ指察知から逃れられない』タイプが
いらっしゃるなら戦士さん方は必ず逆手に取る」
「あ、そか。エサにするんだね。エサにして引き付けて、地雷でどかーんと」
 どかーん、の部分で妙におちゃらけた口調になって笑顔で斜めバンザイするリバースはややはにかみながらブレイクの
反応を窺う。「どかーん」。青年はノリよく笑顔で真似し、少女を喜ばせた。掌の下側同士を打ち付けるあどけない拍手で
「わーー」と喜ばせるさまは恋人同士というより父と娘。
(って、フザけてる場合じゃ……なかったよね)
(ええまあ)
 顔を見合わせやれやれと微苦笑するリバースとブレイクの頬を生ぬるい微風が撫でた。
(こっちも天候操作の一環なのか……。それとも単純に普通の風、なのか)
(……風、か)
 始まりは風の強い日だったとリバースは思う。あの強風がなければ自分は今の道には居なかったと……何万回目かの
後悔じみた感傷に浸る。継母から、家庭から、決定的に心が切れてしまった出来事の中心は義妹だった、鐶だった。彼女
が強風のせいで期せずして犯してしまった過ちに憤怒し頬を張ったから、その母親に見咎められ……事情も聞かれぬまま
ただ報復処罰のみを執行された。大好きなアイドルからの返事を、当時は大嫌いだった義妹に結果として飛ばされ無くさ
れた出来事への、正当な怒りを、正当だとは認められず、慰められもせず、ただ、一方的に、頬を張られた瞬間から、リバー
スの人間全般に対する感情は急速に壊死を始めた。
(この風がもし強くなったら……あの日のようにごうごうと吹き荒れ始めたら…………)
 自分はきっと終わるのだろうな……ふと涌いた予感に少女は両目を薄く空け、じっと俯く。ああ、振り返ってみればなんたる
運命の符合であったか。やがて訪れる暴風が、『リバース=イングラム』へと引導渡すものであったとは!
(……………………だったら、最後かも知れない……この、ひとときぐらい)
 リバースは急に「えへへ」と笑いながらブレイクの背後に回りこみ、両手でグイグイ前にやりだす。
(いつもの、いつものやってブレイク君! 強そうな人の、数当て!)
(なんでいきなりテンション高くなったんすか青っち……。可愛いからいいですけど……)
 えーと。軽く目を閉じ念ずるように廃屋群へ意識を向けたウルフカットの青年は
(あ、『エリア外の妙にひんやりした何か』、だいぶ強そうす)
 とやや驚いてから、
(それ含め…………強そうな人は……5、あ、いや、……6? っかしいすねえ。1つだけ枠が膨れ上がりそうで違うような、
微妙な気配…………)
 6人とするとー、清純なショートボブの少女は銃口──赤黒く乾いた血がこびりついている──をぷるんとした唇に当てながら
ニコニコほんわか考える。
(光ちゃんと斗貴子さん、あと天気のコで3人埋まるから)
(更に2〜3人すね)
 あと。ブレイクは幸運不運半々の顔つきで明後日の方角を指差した。南東600mほどのそこは草の群生地であった。イネ
科の尖ったものも散見できるが、妖怪の差す傘のような”クルンと丸まった葉っぱ”が微風の中しなやかに揺らめいている自然
風景だった。
(あの辺りから……すごい剣気が漂ってるっす。かなり抑えてはいるんですが、それでもこの距離からでも肌がビリビリとなる
ほど……。しゅっち(秋水のコト)を更に強くしたような感じっす)
(バリバリの剣士ってコトね。1人だけ離れている狙いは……ふふ、『私たちじゃ、ない』。捨て置いても良さそうね)
 ぷいぷいとアホ毛を振りながら、当たり前のように恋人の傍に回る少女。すりすりと細い体をすりつけ甘える少女。(イチャ
イチャしたいっす)ブレイクは物凄くデレデレしたが粛然と顔を引き締め……目で注意を促した。
(……道中お話しましたけど、『警戒すべき戦士』は……『あのコ』すからね)
(うん。りょーかい)

 屈託のない、透き通るような笑みをリバースは浮かべ、こう続ける。

(見かけしだい撃ち殺すねー)

 いったい誰についての話なのか。
 それはさておき2人の幹部、全周を警戒しつつ建物群の、一番端のうち真ん中の前へと移動する。笑みに目を細めたまま、
しげしげと物珍しそうに観察していたリバースは目で訴える。以降しばらくカッコ内の文章、アイコンタクト。

(奇襲したトコからちょっと離れた場所な訳だけど……明治の廃村な割には新しいね。ガラスとか嵌め込んであるよ?)
(ほらこれが数日前ちょっとした話題になってた。戦時中、都市部から流れてきた人を住まわせたっていう)

 疎開者用家屋○−○○−○……と書かれたボロボロの表札を無言でしゃくるブレイク。ひょいと通りの奥を覗き込み、
なにやら口中ぶつぶつ数えると……告げた。

(建物は……25。ちょうどタテヨコ5軒ずつすね。さながら簡素版即席の集合住宅)

 建物同士の間は6mほど。総て道となって四方へ伸びている。

(隠れるには格好の場所。しかも道は四通八達……いざという時しやすいね、合流)

 銃を持ったまま腕組みするリバース。流麗な細身がウソのようなふくらみが胸部にて強調され少し相方をデレっとさせた
が彼女本人はそういう下世話な機微には疎いらしくマジメに考える。

(どうしたものかなぁ)

 廃屋は数こそ多いが強度は怪しい。玄関の戸が倒れていたり荒々しい木目の板が虫食いだらけになっていたりとボロボロ。
ただそれでも向こうの景色が丸見えというほど朽ちてはいない。

(つまり禁止能力を相手へ掛けるに必要な『輝き』は……遮れる)

 同時に物陰の、到るところから押し殺した気配が漂う。戦士たち、だろう。遮蔽物でブレイクの特性を避けつつ、隙を見て
攻撃する……そんな肚積もりがビンビンだ。同時にそれは遅滞的なヒットアンドアウェイでもある。足止めがため派兵された
リバースとブレイクにしてみればさほど悪い条件でもないが、

(ヘタに乗り気見せるのは得策じゃないっすよね。万一戦士(むこう)にクライマックス女史のような無数の自動人形を作れ
る的な能力があると……非常にマズい)
(だよね。物陰が多いのを幸いデコイ的な物体を大量に配備、戦士が私たちを狙っているように見せかけつつ、順次撤退、
アジトまたはバスターバロンの方に集中とかやられると……私たちの立つ瀬がない)

 鐶との一対一に拘る私人としてのリバースはそれでも構わないが、公人としては幹部としてはまったく真逆。出し抜かれ
しくじるなど避けたい。

(特に要注意は円山円……だね。ここまで追っかけてくる途中チラっと後姿見ただけだけど確かに居た)
(……そいつは厄介すね)
 ブレイクの軽い汗は奇妙だが、合理。確かに従前の円山なら身長吹き飛ばしにだけ気をつけていれば良かったが、
(先ほど一戦交えたイソゴ老の電話曰く今のまどっちは『風船爆弾の形状をある程度までだが変えられる』)
(ロケットスタートで見せた鋭角なスーツ。あの要領で戦士型のダミーボムを作るぐらい……思いつくよきっと)
 2人の幹部はイオイソゴを畏怖している。恐怖もあるがそれ以上に敬愛してやまぬ重鎮を、相手どって生き延びたという
だけでも円山は警戒対象だ。最初にスーツの変形を具申したのは恐らく犬飼だろうとも察しているが、知恵とは種火、異なる
思考法を吹き込まれた円山が独自の着想で仕掛けてくると考えて……損はない。

(死角物陰でダミー爆弾を揺らすだけで戦士が居ると錯覚させられるよね。撤退の時間が稼げる)
(だから廃屋などは壊すべき。禁止能力の通りを良くするという意味でも、物陰に紛れての逃走を防ぐという意味でも)
(どうしよっかブレイク君。とりあえず視認できる限り全周囲の廃屋にフルオート射撃ブチ込んどく? そうやって端っこから
順々に壊していけば戦士がどこにどう隠れていようとローラー作戦でいぶり出せるけど)
(にひっ。見たトコ総て木造建築すからね、ミニガン並の連射力かませばウェハースに爆竹ぶつけたように粉々……にはなりますね)

 目で会話する恋人たち。

(だよねだよねブレイク君。そしたら叫んで逃げる戦士に『マシーンの特性』……掛けられるよねっ!)

 二挺のサブマシンガンをぷいぷいと振りながら微笑むリバースの頬は桜色。さきほどブレイクと再会した際の感情の吐露
が上機嫌の原因の何割かだ。残りは……彼女が今から辿る戦いのなか垣間見せていくであろう真情に、拠る。

(ただまあ、一斉射撃はまずいでしょ?)
(えー、なんで! 撃ちたいのにぃ)
 くいくいっと人目がないのを確認したリバースは、妙に幼い感じで指を咥えた。可愛らしい仕草だが、無骨なサブマシンガン
を持ったままでもあるから……やや異常。
(ガマンすよ青っち。戦士さん方がここに逃げ込んでから俺っちたちが着くまでざっと6分……。その間にお師匠のホワイト
リフレクションのような『攻撃を反射する特性』が廃屋に仕掛けられていたらマズい)
 う……。リバースは純朴なる笑顔のまま硬直した。
(そ、そーだよね。私の特性ってディプレスさん以上に……『跳ね返されたらヤバい』もんね。怖すぎるから皮肉すら込めて
『リバース』って幹部名にして自戒してるぐらいだし……)
(にひっ。それでなくても幹部(おれっち)たち全員、盟主さまの特性合一には手も足も出ませんからねぇ)
 特性合一とは先ほど戦部たち先遣隊に用いられたメルスティーン=ブレイドの秘奥である。敵の特性を喰らうと同時に
合一(はつどう)し、その特性そのものと化すコトであらゆる攻撃をやり過ごし、しかるのち正に等価交換の原理よろしく……
『敵特性で受けるはずだったダメージ』を大刀ワダチの斬撃に換算し相手に返す。
 戦士にとっては絶望の奥義でしかないそれをブレイクたち幹部は箸が茶碗にうまく乗らず落ちるのと同じぐらいの頻度で
受けているから、カウンターへの警戒心、実に高い。
(……そういえばバスターバロンを止めた、あの)
(小銭が乱舞していた武装錬金も反射能力……でしょうね。あれきり見ないのはアジト直行組へ編入されたからか)
(もしくは創造者がさっきの乱戦の最中、私たちに)
(殺されていらっしゃればありがたいすけど……)
 にひっと青年は少女に笑いかける。やや情緒不安定な『彼女』を安堵させるに足る笑顔だった。
(ちゃあんと始末できたかどうか確認できない以上、廃屋にフルオートをブッパするのは危険すよね? ここはもう、コンセン
トレーション=ワンで後の先が取りやすい場所じゃなくなってますよね? さっきの山あいのような見通しが良い場所じゃな
くなって……ますよね? 何しろ廃屋が多いんすよ? 物陰から死角から高速連射を反射されたらさすがのコンセントレー
ション=ワンでも対応できなくなる。『集中した一瞬』だからこそ二手三手のわずかな遅れが致命的になるって……賢くて優
しい青っちなら……言ってるコト、…………わかってくれますよね? 余計な傷負ったらどうしようって、俺っちね、それだけが
心配なんすよ)
 わしゃわしゃと髪を撫でられたリバースはやや驚いたように『ちょ、人目があったらどうするの、恥ずかしいでしょ!!』と
地面に弾痕で刻むが、あやしつけるようなナデナデに段々と大人しくなり、
「……………………うん」
 と耳たぶまで桜色にして頷いた。俯き加減にすらなっているため表情は髪に隠れ見えないが、白い面頬一面カツカツとした
赤外の斜線に彩られているのは確かである。頭頂部から伸びる長大なアホ毛すら、ぷるぷると気恥ずかしげに震えた。

(えと、えと、さっきブレイク君が、さっち、した、強い人7人のうち1人が……あの貨幣バリアーみたいなのの……使い手って
センもあるよね)
 おー。糸目のブレイクは驚いたあと、リバースの手を握りブンブン振った。
(それっすよソレ。青っちの勘はよく当たりますから、それかも)
(……うん。だったら……うれしい……。ブレイク君の役に……立てたら……)
 もう少女は真赤になって何も訴えられない。青年も照れまくりで動けなくなったがココを戦士にたらマズイとばかり
(ととっ、とにかく反射能力の有無は早いコト暴くべき! 俺っちのはともかく青っちの特性はホントね、跳ね返されたら原理
上、術者ですら解除不能……すから!)

 よってここは俺っちが様子を見るべきでしょう……ウルフカットの青年が静寂の村へ歩み出す。

(もう1つ、怖いのは)

 ちょっと目を閉じた彼が思い浮かべたのは鳩尾無銘という音楽隊の少年だ。しかしはてな、銀成に残り、救出作戦には不
在の無銘をどうしてブレイクが想起したのか。……その論拠はしばし後に明かされるであろう。

(……『アレ』が『どっちにあるか』不明瞭な以上、まず打つべき最善手は)

 くっと槍の柄を強く握る。先ほど山林はおろか火炎同化状態の火渡すら両断してのけた槍腕だ、いまにも頽(くず)れそう
な廃屋など倒壊させられぬ方がむしろおかしい。

(ですがここは敢えて加減(セーブ)!! 弱めの攻撃なら廃屋(ココ)に反射が仕込まれていたとしても……なんとかできる!)

 斧部分を先遣とする横薙ぎが廃屋へと吸い込まれ──…

 白い法廷に、声が響く。

「『22号棟』、B列側を中心に大きく破損! 画像記録します!」

 建物が5掛ける5で配されているなら、付帯する道は両側コミなら6本だ。

 便宜上、タテのものは列と呼ぶ。番号は左から順にAからF。ヨコのものは、行。上から順に1から6。

 法廷特設のスクリーン上に疎開住宅全景が映された。ノイズやチラツキの多いレトロ映画風味の画質だった。
 25ある廃屋に割り振られた番号は、以下の通り。(東西南北は通常の地図と同じ)。

 A       B     C       D       E       F
││    ││    ││    ││    ││    ││
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─ 1
││ 01 ││ 02 ││ 03 ││ 04 ││ 05 ││
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─ 2
││ 06 ││ 07 ││ 08 ││ 09 ││ 10 ││
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─ 3
││ 11 ││ 12 ││ 13 ││ 14 ││ 15 ││
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─ 4
││ 16 ││ 17 ││ 18 ││ 19 ││ 20 ││
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─ 5
││ 21 ││ 22 ││ 23 ││ 24 ││ 25 ││
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─ 6
││    ││    ││    ││    ││    ││

 いまブレイクのハルバードの直撃を浴びたのは22号棟。壊された外壁はB列下端、6行目に出るか否かの辺りである。

「……!!」

 崩れ落ちる外壁のなかに天王星が認めたのはキラリと光る線分であった。(勢いのまま切断……はもう遅いすね)。明らか
に金属な硬度と張力を有するその線は既に斧を貫通している。辺縁から2cmほど上部に貫き通っているのだ。
(接触したなら斬れているし何より手応えがなかった! つまりこの謎こそが……特性の)一端と分析する青年の足元に何かが
落ちた。(…………?) いやにささくれだった物体だった。一瞬青年は威嚇するヤマアラシと錯覚したが共通しているのはシル
エットの大枠だけだった。言い表せる単語は『衝撃波のエフェクト』だった、そうとしかいえなかった。漫画などで斬撃や魔法の
傍に必ずある刺々しいそれだった。プラモのオマケのような樹脂性の、半透明した掌サイズのものが7〜8個ばかりころころと
ブレイクの足元に落ちていく。

(…………これ絶対離れた方がいいやつですよね?)
(破壊見越して建物に仕込まれてたワイヤー起因だもん。高いよ、反射能力の可能性)

 などと悟りながらも2人の幹部、即座に逃げ出さなかったのは決して油断ではない。
(接触即爆発でなかった以上!!)
(即効かつ直接火力の特性じゃ……ないよね!)
 危惧が的中するなら尚のコト全体像は仲間のため掴まねばならないというごくごく当たり前の使命感と……一握ほどの好奇心ゆえだ。
 謎めいた金属の線は決して脆弱ではなかったが、調整体のブレイクがやや力を込めハルバードを振るうとブツリと切れた。

(戦士さんたちの奇襲を警戒しつつ衝撃波っぽい奴をしばらく観さt)

 リバースとのアイコンタクトか元の位置に視線を戻したブレイクの笑みが僅かだが氷結した。いない。先ほど落ちた結構な
数の衝撃波が総て総て消えている。リバースも気付き、その周辺に目を凝らす。

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 少女の視界いちめんを鋭い牙の羅列が覆った。(……!?) 波若はらしくもなく慄然とした。身を竦め、固め、アホ毛すら
縦にピンと伸ばした。(ひにゃああ! なになにこれなんなのぉおお!?!!) 口をもにゃもにゃさせ両目がくしゃくしゃの毛
糸玉状態なリバースを救ったのはハルバード付帯の鎌であった。プリズムの細かなカケラが散る中、謎の牙の持ち主は
縫いとめられたまま地面に叩きつけられた。

「どうやらさっきの衝撃波らしいすね」
「ふぇえ……!?」

 心臓をバックバクさせながらやや虚脱した涙目──うわめっちゃエロい。記憶しよとブレイクは思った──で”それ”を見
たリバースは「あ」と口を開いた。確かに、衝撃波だった。ただし米粒なような細長い牙を、人間の口腔を異常に細く縦長に
したような歪な口にビッシリと生やしている異形だった。

 それが、ワイヤートラップの呪詛を受けた衝撃波が、リバース前後左右あらゆる方角から飛び掛る……。

(なんで攻撃したブレイク君じゃなく私を……! もう! こっちが言うのもアレだけど!! 性格悪すぎないこの特性!?!)
(攻撃した者以外”にも”反射できる変則的反射能力、すか……。対象の選定条件はなんなんすかねえ。必ず攻撃者(俺っち)
以外を狙うのか、それとも今回たまたま青っちの方が条件を満たしてしまったのか……。ともかく手動目視で選んでいない
のは確か。精度やタイミングが粗雑すぎるし、創造者らしき気配が近くにないから……自動(オート)! そして自動の条件
付けは必ず……分かってしまえば単純もいいトコな要項! それこそ『青っちの特性が着弾する』条件と同じ『単純なヤツ』!
だからこの衝撃波が狙う条件は…………心拍数が急激に跳ね上がった方を狙う……的な?)

 その、正体は!

(ワイヤートラップの武装錬金、シルバーイノセント!)

 ブレイクからは離れた、しかし疎開住宅街の一部『10号棟F列通路側』外壁に手をつく美しい少女がいた。黒いエプロ
ンドレスを来た、透けるように白い肌の少女だ。しかし顔の右半分は赤黒く焼け爛れている彼女はキラキラと笑い、想う。

(特性は攻撃エフェクト剥奪!! ワイヤーに触れたものは衝撃波やオーラまたはそれに類する『エフェクト』を奪われた
上でワイヤートラップに拘束されるノサ!! そして『エフェクト』は武器が動いた瞬間、つまり武器を貫通しているワイヤー
が揺らされた瞬間、反射を始める。さてさてその対象選定の条件、見抜けるかなーアイツら)

 射之線。通称いのせん。未来から飛ばされてきたアウトローの1人が仕掛けた最初の攻撃は総て撃砕され地面に落ちた。

『ああもう怖かった怖かったホントやめてエイリアンみたいな奴がガウガウ襲ってくるのやめてーー!』

 器用にも衝撃波と地面をワンセットのキャンパスにしている弾痕文字を見たブレイクは(自分だって怖いカオするくせに)
と極めて好意的にニヤけたが、軽く真顔になる。

「カウンターである以上、元となった敵(こっち)の攻撃力が低ければ衝撃波そのものの威力も低い……」
「加減してて正解だったね……」
 でもあの技こわいです、とてもこわいです……銀髪のアホ毛を一部銅色になるほどしおれさせながらガタガタ震えるリバー
ス。(戦いとなると狂暴なのに、かーわいい)。掌中の珠を愛でるような眼差しのまま天王星、依頼。
「青っち青っち。ちょっと5〜6発、左隣の建物撃ってくれますかね?」
『? あー、検証? 反射対象が必ず攻撃者以外の者になるのか、的な』

 銃声。

 07号棟、2行目通り側。

「っ!」

 飛び掛ってきた衝撃波を軽く散らした鐶はしばらくどんよりと黙っていたが「ねーの……あほ」とややムっとした様子で
頬を染めた。ねーとは伊予弁でいう「姉」である。鐶の地金は伊予弁である。

 22号棟前。足元に粉々の衝撃波を落としたブレイクは推理に移る。

「落ちた衝撃波は一発あたり7〜8個。俺っちの斬撃のときと数だけは一緒ですがサイズは遥かに小さい。これは斬撃
と銃弾それぞれの衝撃のサイズ比とほぼ一致……したんですが、俺っちに跳ね返ってきたのはうち半分ほど……。残り
がどっか飛んでいったのを考えると…………」
『なんか……ゴメンね。光ちゃんの匂いのする方へ飛んでいったのって……そういうコト……だよね……』
 最愛に同率の概念を有している非貞淑をもじもじと恥じるリバースに「そうすかね。むしろ光っちと同率っての確定して
嬉しいんですけど」と不思議そうに聞き返すブレイク。「……ばか」。少女は俯きながら軽く小突いた。

 ちっ。いのせんは舌打ちした。

(義妹と恋人への敬愛がきっちり等しいとは予想外。これで確実に見抜かれター!)

 そう。シルバーイノセントの反射対象は!

(攻撃者(そいつ)の『最も敬愛する』者! だからブレイクの攻撃はリバースに行った! その彼女は彼と義妹を等しく愛して
いるから衝撃波が半々に分かレタ! イレギュラーだけどある意味では本来の使い方! そう! これはどちらかというと索敵
用の特性! ワイヤートラップに引っ掛かった奴の仲間の所在を暴くノダ! だからリバースは期せずして捜したい標的(い
もうと)の所在に近づいたコトにナル!!)

「まぁ、移動……しますけど……。白い法廷で……ワイヤーの特性聞いたときから……こうなるって……予想してましたし……」
「ちょっと待て一人で動くな! 私と一緒に行動しろと言っただろ!!」

 方向音痴の移動にプンスカと、抑え目の大声上げてついていく斗貴子。

 なお銃弾のような『飛翔体』についてはワイヤーが接触した瞬間ノータイムで衝撃波を返す。

 白い法廷、映写機。

「敵はやはり反射能力から探りにきたな」
「彼らにしては小規模な破壊ですが」
「いわば加減の効力射。『次の手』の揺り戻しがどれほどか探る小手調べ……全力と思わず油断せずいきましょう」

『白い法廷』でカタカタと回る映写機の周りに艦長と侍従2人を含む何名かの戦士が現れ……また消えた。彼らはみな、見
たのだ。スクリーンを。

 そしてただ1人法廷に残ったのはドジョウヒゲを蓄えた30前後の男。カチンコを持った彼は神経質そうに呟いた。

「記録映画の武装錬金、シャイニングインザストーム」

 映写機と撮影用カメラの2パーツから構成される武装錬金だ。特性は一度『ロケ』をした場所に生じる『変化(生命体の登場
も含む)』の上映。なお『ロケ』の制限時間は3分。3分間の撮影で記録できなかった部分の『変化』については把握不可能
のため、カメラワークには相応のセンスが求められる。
 上映されるロケ対象には任意で番号や注記などの情報を、スクリーン上にポップアップで表記可能。

 長々と書きはしたが果たしてこの情景に意味はあるのか? ある。幹部二名が22号棟に到達する少し前、斗貴子と写楽
旋輪はこう語らった。

「番号を割り振る……ですか? 廃屋に」
「ああ。未来視用の符丁だ。写りこむ建物じたいはシャイニングインザストームが健在である限りはすぐ照会できるが、な
にぶん『法廷(ココ)』での話し合いは一度終わると次までが少し……長い。建物の符丁をしっかり決めておかないと、いざ
天王山というとき必要な戦力が別な場所へ行ってしまう……からな」
「え……。こんな大事なときに迷うような人……いるん……ですか?」
 お前だ鐶! 斗貴子の瞳と声が吊り上がった。
「この土壇場で迷いましたとかやられると本当全滅するしかないからな私たち! ホムンクルスに頼るのは正直癪で仕方な
いが火渡戦士長が法廷(ココ)にすら来られないとなると私たちは圧倒的に火力不足!」
「きっと何か罠にかけられたの。『こっちに気を取られたら死ぬ』って時は法廷(ココ)呼べない縛りがある……なの」
「…………私を天王星の幹部から救ってくれたあと…………いったい何が……」
 そう。彼が前述の『ダム1個分の水』に囚われていたのはまさにこの時期。幾度となく完全鎮火寸前になりつつ蒸発を続けて
いた。もしそうしなかった場合、洪水は山あいのみならず疎開住宅地にまで押し寄せていただろう。そうなっていればとっくに
崩壊寸前だった25棟など一瞬で全滅し、戦士は禁止能力遮光のアドバンテージを失っていただろう。
 が、そうとは知らぬ斗貴子は慎重な彼女らしく『死亡』さえも覚悟しており、
「火渡戦士長がこの場に来られないなると、自力で安定して幹部に立ち向かえるのはキミか師範かサップドーラーぐらいな
んだ! 私や『財前』は武装錬金の特性的に不安要素が多い、からな……!」
「って話……なの。方向音痴め、しっかりしろや、なの。斗貴子さんに苦労させるなバーヤバーヤ、なの」
 鐶は無言でドラちゃんの口周りの肉を掴んだ。ドラちゃんは雷になって逃れた。距離をとった2人はその四肢を、やってやん
よやってやんよとブラブラさせつつ睨みあった。
「だからケンカ」するなという斗貴子の声を遮ったのは木槌が打たれる堅い音。
「静粛に。それ以上裁判員同士で揉めたら退廷を命じる」
 厳格な言葉とは裏腹な、声変わりすらまだな少年の声音が響くと鐶たちは「むー」と視線を外した。
「おおお、オトコ、オトコがドラちゃんに指図っ、するなあっ、なの……!!」
 天気少女だけは……斗貴子の背中に隠れながら猛然と抗議し、わぁわぁ泣いた。
「…………キミ、男性恐怖症なのか?」
 昔なにがあった……セーラー服美少女戦士はつくづくと呆れる。

「とととっ、とにかく、廃屋に番号振っておいて損はないですよね!?」
 写楽旋輪は話を逸らした。
「亀田さんが未来視前に殺された場合の対策にもなるし、な」 斗貴子は映写機を見ながら呟いた。「照会をコレに頼りきっ
ていると……創造者死亡または武装解除時に困る。未来視に映りこんだ虹封じが”どこで”発動したものか分からなくなる」
「でも25棟全部の様子、幹部たちが追いついてくる前ゼンブ覚えるの無理ぽなの。四角い建物だから東西南北コミで考え
ると100の画像、なる早で覚えなきゃならない、なの。万全期すなら屋根までかよゴルァ、なの」
「何しろココ……集合住宅地な感じで基本デザイン同じ……ですから、見分け……つきづらい…………です。細かな破損の
違いこそ……あります…………けど、ほぼほぼ同じ……です」

 どうするんですか? 輪たち少女の愛らしく大きな瞳を幾つも受けた斗貴子、腕組みしながら粛然つぶやく。

「そこは村に着いたリバースたちの『二手目』と絡ませ解決する」

 03号棟北東、D列通路・1行目通り交差点。

「ちょっとちょっと幹部たち、とうとう上昇(のぼ)っちゃったじゃない! 何とかしなさいよねアナタたち!!」

 頭頂部やや後ろにデッカいお団子ヘアを持つ赤髪の少女がビシバシと指差すその彼方に打ち上げたモノとは!!

「自動人形?」

 白い法廷で輪は目をぱちくりさせた。

「そう……です。一年と少し前…………レティクルから出張してた私が……ブレミュに保護された時……見たから……」

 鐶が目算をつけた『義姉の二手目』はいま確実に履行された。

 すなわち。

(上空からの偵察!!)

 リバースを可愛らしくデフォルメした、標準的なポテトチップスの袋と同じぐらいの背丈の自動人形が疎開住宅地中央の
上空へ移動しぐるりと辺りを見渡した。

(反射能力が、先ほど見たもの”だけ”なら派手に建物壊しつつの進軍も可能だけど)
(そのドサクサに紛れて奇襲されると、ちょおっとヤバイすからね。慣れてきたあたりで他の反射能力を差し込まれると怖い)
(円山円の風船(デコイ)遺して撤退……なーんてセコい手使っているかどうかも見抜きたいし)

 まずは物陰にいる戦士から把握しにかかる。果たして、居た。いよいよギラギラとしてきた西日が輪郭をボカしているせいで
上空からはハッキリと見えなかったが、廃屋に吸い付くようにしている人影は確かにかなりの数、散見できた。

(首や微妙な胸のゆらぎ……どうやらゼンブ風船爆弾じゃなく……人間のようね)
「そして戦士さんたちの姿を……認識したお姉ちゃんが、あの自動人形が、するのは……」

 04号棟・1行目通り側。

 カツッ。男戦士AとBこと音羽警(おとわ・けい)と泥木奉(どろき・たてまつ)のすぐ後ろの地面に頭を打ちつけたトーチ型の
何かが黒煙を上げ大破した。爆音にギョっとそちらを見た03号棟の赤毛お団子少女であったが仲間の諫止の声とそれか
ら風切り音に09号棟方面の上空を見上げた。

「ポテトマッシャー!!? M24型柄付手榴弾で、爆撃ィ!!?」

 ラーメンに播くコショウのようにばらばらと振りまかれる全長約40cmの棒、棒、棒。空中たかく浮遊する自動人形は薬屋
の看板マスコットのような善意そのものの笑いを一切崩さぬまま烈火を孕んだ棒を十指に挟み投げつけるのだ。人影めが
け、人命めがけ事務的に機械的に投げつけるのだ。
 やがて各個平均170gのTNT火薬が廃村のあちこちで大きく炸(はじ)けた。

 ぷかぷかと浮かぶ自動人形は疎開団地北東部の『外郭』を見る。

(妙に冷たかった謎の物体は……移動済みのようね)

 ヘビの指にもかからなくなった(=温まった)『謎の物体』をリバースは捜す、自動人形越しの空撮で。

 過去。白い法廷。

「お姉ちゃんの自動人形はどこにしまっているのか、物騒な兵器を投げまくり……ます。1年前無銘くんたちともども遭遇した
時は……私たちの全方角がびっしりと埋め尽くされるほどの数を……一瞬で投げました。たぶん……350本は……超えて
……いました……」
「対策が、必要だな」

 なおも追撃に移らんとする自動人形の動きがはたと止まったのは、廃村ド真ん中、13号棟の屋根に昇ってくる人影を認め
たからだ。異常といえば異常だった。爆撃の嵐と悲鳴が轟くなかその人影は安全地帯の対義語のような場所に雨漏りでも
直しにきたような気軽さで登攀してきたのだ。
 自動人形がとりあえず殺すと軽く決議し投擲に移ったのと

「藤甲の武装錬金、キャッチアンドリリース7(セブン)!」

 人影が身を屈め屋根に手を突いたのは同時であった。

「キャッチアンドリリース7の特性は植物の……操作」。倒錯する時系列のなか、白い法廷で斗貴子は述べた。
「三国志のころ南蛮にあったという鎧、藤甲。その右手または左手部分が接触した『植物の死骸』は、吹き込まれる創造者
の生体エネルギーによって意のまま操られるようになる。植物の死骸は容積が大きければ大きいほどいいらしい。私が資
料で見たキャッチアンドリリース7はサイロの中の干し草ブロックをふんだんに使ったもので、大きさときたら銀成市で交戦
した花房のざっと3倍はあったんだが……本人曰く『全然だ、まだまだ大きく』。小技にも向いていて私が最後に共闘した去
年の秋は並木道いっぱいなイチョウの落ち葉をカッターよろしく使っていた」
「植物……?」

 鐶は唖然と両目を瞬かせた。何しろこの時は、いつリバースとブレイクが来るか分からぬ瀬戸際だった

「大量の植物……集める時間…………ないの……では?」

 ペンペン草1つ生えていない廃屋の屋根に手をついた藤甲の戦士に100近くのポテトマッシャーが降り注ぐ。

「? 鐶、キミが気付かないっていうのはどうなんだ?」

 廃屋から噴き出した無数の濃緑の蔦があっという間にジャックの豆の木サイズの太さとなり……枝分かれの数々がポテト
マッシャーを総て絡めとった。

 22号棟付近でリバースは「むー」と膨れた。

「木か何か操る能力……! うう! だからといって『木造建築』まで再生させるのどうなのよ!! 植物使いならフツー
に生きてる奴あやつってよ! 伐採されて建物に使われた木なんて『死んでる』でしょ、なのになんであんなに元気かなもう!」
「ご立腹なのは光っちの年齢のやり取りの……『若返り』『再生』と被りぎみだからすね、わかりやす」

 ぽかぽか。ブレイクは丸い拳で叩かれた。

 そうしている間にも廃屋から廃屋へと飛び移る藤甲の戦士が同様の処置を繰り返し……

 結果。

 A       B     C       D       E       F
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 黒い太線で囲まれた棟総てが、無数の植物の温床と化し!

 その触手じみた蔦が降り注ぐポテトマッシャーを悉くキャッチ! くるくると内側に巻き込んで爆発させた! 瑞々しくも青
臭い水気に満ちているため揉み消せる、という訳だ。

 白い法廷。

「大事なのは……だ」。組んだ右手の人差し指で左手の二の腕トントンと、斗貴子、囁く。

「この緑化の狙いがあくまで『自動人形の爆撃阻止』だけであると……思わせるコトだ」
「本当の目的は私の未来視用の……『マーキング』なんですよね。確かにこの9棟のどれかなら一発でワカっちゃいます。
一面植物だし、それぞれの建物の葉っぱの色を、黄緑とか、やや紅とか、紫のマダラ染みがあるとか、個体差に見せかけ
て塗り分けてもらえるって……話、ですから、色さえ見ればどの建物か即断できます。どれも四面それぞれ完全には覆わ
ず、元の特徴を露出してもらえ……ますから、これらの建物の前で天王星の幹部が虹封じを使う場合……分かります、一
目で」
 できればこういった目印は総ての建物に施したいんだが……斗貴子が難しいカオする理由をドラちゃんは継ぎ足した。
「そう、なの。総ての建物にキッカリとマーキングするのは……マズーなの」
「ですね……。ブレイクさんも……お姉ちゃんも……頭はいいので…………全部の建物に必ず共通した目印があると……
……おかしいな……と考えます。まさか未来視までは……予測できないにしても…………『建物の番号を把握していないと
できない作戦』を……私たち、が、企んでいると考えて…………」
「ああ。絶対逆手にとってくる。例えばマーキングされた壁をあのハルバードで四角くえぐり、寸分違わず同じ形にくりぬい
た隣の建物の壁と入れ替える……といった軽い小細工をされるだけでもかなりマズい」
「そのどちらか片方が未来視の現場になっちゃうと……最悪、ですね」
 特定できなくなりますと、輪。
「そう、なの。それさえなければドラちゃんのかまいたち一発で25棟全部に数字刻めた……なの」
「一番ラクなのは、植物廃屋のない廃村辺縁部の道合計8本総て(※)にバリケードを張りペイント弾で色分け……とかな
んだが、露骨に着色するのはマズいな流石に。不自然すぎて感づかれる」

 ※ CとD、3と4を除く総ての道。ちなみに下部は厳密にいうとこの話し合い直後の戦況図であるが、便宜上、予想図と
して扱う。

 A       B     C       D       E       F
││    ││    ││    ││    ││    ││
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─
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┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─ 6
││    ││    ││    ││    ││    ││

「一体どうすればいい?」

 爆撃こそ阻まれたが自動人形によって『屋外の戦士たち』は監視できるブレイクたちは屋内からの奇襲を警戒しつつB
列通路をまっすぐ北上。やがて植物の濃厚な匂い立ち込める5行目通りにさしかかった時、”それ”は来た。

「バリケードの武装錬金! ウォールサージ!!」
『んもーー!! 次から次と!! どんだけ能力あんのよぉ!!! 光ちゃん出してよぉ!!!』
 怒りの漫符も露骨にくしゃっと笑うリバースの発散(もじ)を見ながらブレイクは「にひ。そりゃまあ30人近い戦士さん相手
にしてますからねえ、むしろ登場ペース遅いくらいすよ」と余裕の表情。そのすぐ前で発現したのは十文字に組まれた柱で
ある。横顔角度で現出したそれは1つや2つであない。通りの、行進だった。一定間隔で並んでいる。のみならず三角に
落ちくぼんだ脊梁に丸太が乗る。神事に使われてもいいほど長大な丸太だった。そして組木も丸太も螺旋状の有刺鉄線
に覆わr『邪魔っ!!』

 ミニガン並みの連射力はあっけなくバリケードを吹き飛ばした。

「あー。迂闊に手ぇ出さない方が…………」

 清純で思慮深い癖にテンパってくると恐ろしく短気というか雑になる恋人をとても可愛らしく思いながらも冷や汗なブレイク。
先ほどの衝撃波エイリアンの例だってある。咄嗟にリバースを守るよう肩ごめに抱きすくめた彼は、おぞましい反撃が来や
しないかビクビクと目を開き周囲を見渡すが……これといって異変はない。

(……? ど、どーいう能力すか? 何も起こらないのが却って怖い! だってそうでしょ! 呆気なく破られて終わった……
ように見える能力ほど後ですっさまじい逆襲してくるんですから!!)
「ぶ、ぶれいく君……そ、その、イヤじゃないけど…………いま戦士が奇襲してきたら私ゼッタイ足手まといになるっていう
か、ここっ、こんな格好見られたら恥ずかしいから、光ちゃんに見られたら、あたっ、あたままっしろになっちゃう、から……!
は、放してくれると嬉しい、かなー、なんて……!!」
 蚊の鳴くような声でしどろもどろな恋人を己の胸の間に見たブレイクは「わわっ! すいません!」とこれまた初心な様子で
解き放った。そして合い向かうコト1秒。どきどきどき。どきどきどき。気まずい赤面のまま両名は硬直したが、『とおろお!』と
銃撃の音階が刻んだ文字を見た青年、「そそっ、そーっすね、この先へ、とおろお! っすね!」と……。

 破られたバリケードの内側へと、進入した。

 進入して、しまった。

 その姿を25号棟5行目通りに面する窓の中から遠巻きに見た黒髪短髪痩身矮躯の男、思う。

(ええい戦場でイチャつきおって! うらやま憎い小僧どもよ! しかしケケッ! ウォールサージの特性は進入を防ぐもの
などではないぃ!!!! むしろ逆ッ! あれの向こう側にどうしても行きたくなるのだ!! ウケケ! 阻まれれば入りたく
なるのが人間心理! それは調整体といえど例外ではないい!! 本来はガケや落とし穴など落下系武装錬金とのコンボ
で使うものであるが、今回は津村斗貴子の要請で別の、利用よぉぉ!!)

 人間であるのが信じられないほどヘビじみた舌をバックリ開いた口の間からひらひらさせながら壁村逆門(ぎゃもん)29
歳は思う。

(要するに貴様らは! あ! 余が武装錬金を目撃したとき既にぃ! 貴様ら打倒の大いなるゥ陰謀に引き込まれていたのだあ!)

 グルグルと渦を巻く目で汗と鼻息全開で思う壁村逆門(29)の恋人いない歴は年齢と、等しい。

 過去。白い法廷。

「いやいや、8本ある道ゼンブにまでいりませんよ。バリケード」
「そうですよ。お言葉ですが斗貴子先輩、バリケードはですね、道一本分でいいのでは?」

 未来視用のマーキング作業について論じていた斗貴子におずおずと具申したのは先ほど逃走中あれこれ喋っていた男の
後輩2人。音羽警と泥木奉である。

「一本で……? どういうコトだ? コレはちゃんと見た上で……言ってるんだな?」

 困惑気味の斗貴子が差し出したのは自分用に書いた予想図である。

 A       B     C       D       E       F
││    ││    ││    ││    ││    ││
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─
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││ 16 │┃ 17 ┃┃ 18 ┃┃ 19 ┃│ 20 ││
┘└──┘┗━━┛┗━━┛┗━━┛└──┘└─
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┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─ 6
││    ││    ││    ││    ││    ││

「廃村中央に近い、06号棟とか20号棟など6棟は、太枠で覆われた植物廃屋からのツタなどを密かに伸ばすとか、自動
人形の投げた爆薬を受け止め損ねたフリしてブツけて壊しておくとかでマークできるが、それ以外の01から05、更に
21から25の廃屋にまでそういった処置をすると怪しまれるし……何より区別のバリエーションがないぞ?」
「ついでにいうとこの10棟は東西南北あるから、把握すべきスチールは40、なの。だからその傍の道貫く目印が有った方が
分かりやすい、なの。端っこのAとかFとか、1とか6の道に面する面までキッチリ把握すべき、なの」
 なのに1本だけで大丈夫なの……という眼差しを台風の目で送ってくるドラちゃんに、モブな音羽と泥木は「いや大丈夫
でしょコレ」と事もなげにいった。余談だが前者は黒髪短髪しょうゆ顔、後者は茶髪長髪ソース顔。いずれも15〜16の街中
に1人はいそうな顔立ちだ。

「まず縦の道、Aですけどコレ、西じゃないですか。で、いまは夕暮れ」
「なら01、06、11、16、21のA列通路に面する側は夕陽を直に浴びてますからその色で分かるのでは?」
 ほー。鐶は虚ろな目をまろくした。斗貴子ですら意表を突かれたように息を呑んだ。
「で、映写機で北端の棟5つの1行目通りに面してる部分と、南端の棟5つの6行目通りに面する側みれますか? 端っこな
分、遮蔽物がないから、他の建物に比べてけっこう明るいと思いますが」
「……あ、確かに」
 輪は驚き「凄いです凄いです先輩たち凄いです!」と2人の手を取ってぴょこぴょこ跳ねた。
(ちょやめて)(女のコに免疫ない俺らにそういう期待しちゃうような仕草やめて)、男戦士2人は紅くなったり困りきったりしなが
らも、
「な、なので後は5行目通りにバリケード張るだけでいいのでは」
「そ! そうなんですよ、廃屋は北面が裏口で南面が玄関ですから、バリケードの夕陽の濃淡でどこか分かるんじゃないかなって」
 男2人の口から急に出てきた裏口だの玄関だのという単語に斗貴子はちょっとついていけない顔をしたが、
「……ああそうか。元が疎開用の建物だからな。裏口もあれば玄関もある。東西南北総て同じ造りする方がおかしい、か」
「で、北が裏口で南が玄関な建物を25個コピペしたのがここ……簡易集合住宅地……なの」
「だから……バリケードが見えて夕陽が物凄く濃い「玄関」が写真に写ってたらそこは16号棟……、「裏口」なら21号棟
……です、ね」
 ちょ、ちょっと待ってくれませんか皆さんの理解が早すぎて私ちょっとついてけないんですが!? 軽く泣き笑いしてみせ
る輪に斗貴子は優しい顔つきで説明……し始めた。
「私の予想図を眺めていればだいたい分かる。バリケードがあり、且つ、夕陽がほとんど写っていなければ20号棟の玄関
や25号棟裏口付近。植物の廃屋が健在なら……絶対に遮られるからな」
 えーと。コメカミから黒煙を噴いてまんまる白目になる桜餅色の髪の少女。
「……まあ、なんだ。キミはそこまで細かく把握してなくても大丈夫というか」
「そうなの。どうせ二回目の撮影の強制力で近くに行っちゃうから、完璧に把握してなくても大丈夫、なの」
 そういうもんなんですか……? カメラ少女、不承不承頷いた。
「え……? むしろ逆に、『二度目の撮影がどこか』分かっていた方が、ブレイクさんとかの居場所から……逆算……
できるのでは……。例えば写真に08号棟が映りこんでいたなら……それの、撮影前の段階で、隣の、03、07、09、13
号棟の……どこかにブレイクさんが差し掛かった時点で……もうすぐ強制移動だって…………身構えられるのでは……」
「だよな。そしたら俺の武装錬金用の心の準備もできるし」
「なので写楽旋も自分の写真がどこのものか分かるようしておいた方がいいのでは」
 鐶に音羽、泥木の囁きに、「ちょ、ちょっと映写機見てきます……地形覚えてきます」とゆらゆら立ち上がった輪。場を、離
れる。
(マジメだなあ。あれで家系は生粋の戦士じゃないんだよな、確か)
(見てて恥ずかしくなるよな……。俺ら両親ともに戦士なのにイマイチやる気ないから)
「ファイト……です。いつも……負けない気持ちで飛べないハードルをクリア……です……」
「なんの話ですか!?」
 フフフ、いつか参戦すると思ってましたよ…………戯画的半眼でドヤ顔する鐶、分かる人には、分かる。

「問題なのは」。斗貴子の人差し指が予想図上の2番目通りを左から右に撫で抜けた。
「ここに何も配置しないっていうのは……どういうコトだ?」
 あ、それはですね。男戦士2人はちょっとだけ才覚を誇る表情を、した。
「『何もない』ってのが逆に目印でしょコレ?」
「そそ。3番通りと4番通りみたく色で判別つく植物とか、5番通りよろしくバリケードとか、そーいったモンが一切無いって
いうのが逆に目印になるんじゃないですか?」
 斗貴子は今度こそ驚愕の表情だ。両目を見開き色を変える形相にはむしろ後輩2人の方がビビった。(え、”あの”斗貴子
先輩がこんな表情!?)(そこまでビビるコトだったのコレ!?)とうろたえる彼らを更に動揺させたのは、彼女がとろけるよう
に優しい笑みを投げかけてきたからだ。
「流石だな。剛太が成績で勝てないわけだ。私が戦団を離れている間、相当努力したんだな」
 偉いぞと言わんばかり凛々しく笑いかける先輩に(やべえ)(剛太の気持ちわかるわ、そりゃ入れ込むわ)と、2人。
(だから……なんでポっと出の人たちなのに、こんな頭いいんですか……?)(ドラちゃんもよく分からなかったから斗貴子さ
んに聞いた……なの。そしたら2人とも10年に1人の逸材って判明した、なの。研究班が何度も何度もスカウトしてるレベル
で……この戦い終わったら本気で転属の話し合いする予定らしい……なの)
 残るはF列通路に面する『5の倍数の棟』東側だが。

「よいしょ……です」

 これもリバースらの到来前。『2本目の倒木』を移し終えた鐶は男戦士2人を振り向いた。

「これでいい……ですか?」
 ああこのコも可愛いな、ああミニスカ生足で裸足なのがポイント高いなという顔で後姿を見ていた男衆は不意の問いかけに
ビクっと直立した──可愛く見えても怪物なのだ、彼らが畏怖する斗貴子が同格またはそれ以上の者5人と組んでやっと
勝てた悪夢のような強豪なのだとそう思い出し、怖くなり──直立した。
「は、はい! ありがとうございます! お蔭で道のちょい向こうで朽ちていた倒木が年齢操作で微妙に若返り、枝が張り!
ここが未来視の舞台になったらゼッタイ場所が分かるようになりまして!!」
「更に建物東側の傍に配置完了です! あざっす! さっきの「05」「10」付近同様あざっす!!」
「……誰への…………説明……ですか…………?」
 ぼーっとした瞳を半眼にするデフォルメ鐶。ここは20号棟と25号棟の右側面傍、F列通路の真っ只中であった。
「あああ、おおお、オトコ、オトコが実空間で傍に来てるの、来るな来るな近づくなーっ! なのーーーーっ!」
 甲高い叫びを上げたのはドラちゃんだ。唐突だが実のところまだ武装錬金名すら明らかになっていない彼女の容貌につ
いて詳しく触れると、雲のようにモコモコとした純白のロングヘアーの横髪いわゆる双鬢(そうびん)も天気をかたどっており、
右は竜巻のようなドリル縦巻きだが完全なドリルではなくキッチン用ペーパータオルの芯を筋目に沿って切った程度の”遊び”
にほつれつつ尖っており、その陰影はメタリックな水色のシャギーによってより一層際立っている。一方、左の鬢は無造作
に垂らしているが、やや水色を帯びた大中小の白色ポンポンを1つずつまぶしている。雪を模したものであろう。

 つくづくと髪に飾りの多い少女で、前髪やや左上にある髪留めは積乱雲のうち更に”かなとこ雲”。頭の右上にはいかにも
柔らかげな真赤な帽子。少しあとにリバースの自動人形が空撮するが、帽子の上部にはピンク色の線でナルト渦が引かれ
ている。そう。昭和のアニメでおなじみの『お日様』だ。そして更に帽子にはどう結わえ付けているのか……『色あせた紫色の
リボン』。だが少女を装飾するはずのそれはどういう訳か端が破れている。格闘家キャラのハチマキのように破れている。
それこそが彼女を過去(あね)と結びつける象徴であるが、詳細は追って語られるであろう。

 ところで雷はどこかという話になるが、それは後ろ髪で、ほどよい安産型にかかる辺りは純白の髪はもう墨を吸った筆の
ような色合いで、ビカビカとした20近い金色の稲妻型シャギーはそのまま髪となって鋭く下に飛び出ている。

 髪だけで結構な騒ぎだが、耳も、うるさい。イヤリングだ。右は雨粒を3つ縦に連ねただけのシンプルな奴だが、左ときた
ら上から順に、あられ、ひょう、みぞれと来ており最後の1つに至ってはシャバシャバと溶けた様子すら再現している始末。
 瞳は台風の渦だが戯画的で、カタツムリの渦よろしく一筆書き。色は南国の夏の空を思わせる『紺色』だ。
 服装は、シンプル。戦団支給の制服──再殺部隊のそれをより明るく、正規の兵の意匠に改めたものだ──を無造作に
ノースリーブにし、その上から薄緑のパーカーを羽織っておりD寄りのCは魅惑的な起伏を布地にもたらす。
 下が短パンなのは写楽旋輪と同じだが、こちらは裾がクルンと丸まっている。モブの男戦士AとBが(いいな)(ああ、いい
な……)と一瞬見とれていたのは短パンとハイソックスの間から覗く小麦色の太ももいわゆる絶対領域で、細くこそあるが
靴下に圧迫されているせいか妙にムッチリとして見えた。余談だがハイソックスはしましまで、『虹の七色がブロック別に、
グラデーションで並んでいる』ので見るもの全員、熱帯の毒蛇を見たような強烈な酩酊感を味わう。

 とまあ、アニメの世界から抜け出してきたような風貌なのが気象(きあがた)サップドーラーという少女である。奇人変人の
多い戦団の中でも「お前は世界観を無視している」となどとしばしば苦言を呈されるほど現実離れしている、そういう見た目
だ。やがて別の戦場で焦点が当たるであろうジト目ダウナー吸血鬼コス少女と並ぶと一気にコスプレ感が増す。とにかくド
ラちゃんは目が怖い。瞳孔が、呪法のマドラーを突っ込まれ攪拌されたのかという位みごと巻いているのだグルグル渦を。
実際にはよく見ると、三層ほどの、三重ほどのものだし、色合いとか光の反射とかはエメラルドとアメジストで作ったペロペ
ロキャンディーのような幻想的な造詣でもあるから、『これはこれで』とトキめく男戦士が皆無という訳でもないが、夜道で出
くわすとちょっとギョっとする異形の瞳なのは確かだ。ドラちゃんが鐶に何となく同族嫌悪を感じている理由の1つはそういっ
た”瞳が特徴的”カブりだからかも知れない。

 で、ヘアアクセの情報量の多さやら瞳のインパクトやらのせいで霞んでいる──天候使いで”霞む”など狙いすぎなきらい
もあるが、偶然である、あくまで──霞んでいるが、ドラちゃんの面頬は決して悪いものではない。小顔。すっきりと流れる
控えめな鼻、秋の夕暮れ時の蒼穹の際のようにほんのり赤らんだ、だが栄養不足の二枚貝のような儚げな唇……。それ
らが独自の感性に基づく行動と合わさって不可思議爛漫、まさに天気の妖精な魅惑を振りまく少女こそ気象サップドーラー。
 しかも……強い。7年間の戦士生活で撃破したホムンクルス……実に271体。戦部の記録こそ60体近く下回っているが
それでも現役戦士中3位の記録保持者である。
 そんな彼女が。

「ふわあああん!! オトコ、オトコはヤなのーーーーーー!!!」

 3mは離れていた音羽と泥木──配慮して離れようとしていた男たち──に突然恐慌をきたして……逃げ出した。

「お、おい!! もうすぐ幹部たちが村に着くんだぞ、単独行動は」

 やめろとギョっとする斗貴子をよそにドラちゃん、20号棟の東側を北に向かって爆走し……角を曲がって見えなくなった。

「ここは見知らぬ場所……迷ったらマズい……です……! 私が……連れ戻し、ます!」
「なんだその唐突で無駄な使命感!? というか迷うのはキミ!!」
「あー。大丈夫だと思いますよ」
 足音が曲がりました、20号棟を反時計回りで戻ってくる軌道ですねこれ。冷静に呟く輪を皮切りに「……キミ、耳いいの
か?」「職業病です。普段ビクビクしながら偵察やってますから」などと話している間にドラちゃんは最後の角を曲がり元の
通りへ帰ってきた。表情たるやポンコツ丸出しだった。両目を不等号にしてゴルフボール大の涙をひんひん飛ばしながらファ
サファサした竜巻の鬢と雪の鬢を揺らめかし、「オトコ、オトコから逃げるのーーーっ!!」と半狂乱で全力ダッシュ。

「…………。……雷とかと…………同化すれば一瞬で遠くへ……いける、のでは……」
「それを忘れるほどビビってるんですね、撃破数3位が……」
「どんだけ男性恐怖症なんだ……」

 えーと。音羽と泥木は困惑した。逃げた少女が廃屋外縁を一周して今度は突っ込んできた状況をどう捌いていいものか
判断を絶した。気配が伝わったのだろう。「っ!?」とぱちり目を開いたドラちゃんは行く手を塞ぐ「オトコ」の姿にキュウリの
ごとくカオを細くし──…

「ギャーーーー!!!」

「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 両目の渦をギャグ漫画にナイズドし……絶叫した。遠景の山林から無数のムクドリが飛び立つほどの声量だった。遠く
離れたアジト偵察組の戦士たちの何人かが「サップドーラーまたやってるよ」と眼窩の下に呆れの線を浮かべるほどの絶叫
だった。それをひとしきり上げたドラちゃんはやがて事切れたかの如く目を閉じその場に崩れ落ちた。

「自爆!?」
「どんだけ…………男性が…………怖いの……ですか……」

 5秒後。

「活により息を吹き返したのはいいんだが……。キミそろそろ離れてくれないか? 幹部への準備とか時間がだな……」

 作戦行動の遅延を危惧する斗貴子をものともせずその後ろに隠れたドラちゃんは、ぶるぶる震えながら黒髪少年と茶髪
少年を睨んでいた。天気図用の指示棒を右手でブン回して威嚇しながら、左手で斗貴子のセーラー服の脇腹部分を必死に
掴んで震えていた。
「…………キミほんとうに男性恐怖症なんだな…………」
「ああ当たり前なの、オトコは怖い、なの……! 7年前、目の前でお母さん殺したのがオトコで…………! ドラちゃんに
もハンマーで、ギガントマーチで……頭とか……みぞおちとか……殴って…………むむむっ、無理やりいう事きかせようと
してきたから……イヤ、イヤなの…………!!」
 あー。そこは何となく共感……です。鐶は淡々と呟いた。「私も……似たようなコトしてきた……お姉ちゃん……トラウマ
……ですし…………」。
「だから、だから!! ドドドドラちゃんは可愛い女のコが好き、好き、なの……! お姉ちゃんみたいな綺麗な人じゃな
きゃ…………話したくない、なの……!! 怖い、なの……。怖い、なの…………!!」
 じっとりと涙を溜め、小動物全開で男たちを睨むドラちゃん。
 な、なんか悪いな……。俺らすぐ遠ざかるから。威嚇された音羽と泥木、建物の影へと消えていった。
「あ……」
 こちらこそ悪いコトしたというカオを天気少女はした。ふわふわもこもこの雲型ヘアーの下で台風の目のような瞳孔がシュンとなった。
「ん? キミ……姉がいるのか?」
「……。その話は……すると絶対長くなるから、後で、なの。本当は今すぐお姉ちゃんのコト斗貴子さんに聞きたいけど…………
ドラちゃんは今、ヘンな失敗で尺とっちゃった……なの。だからもう幹部たちへの対策が……優先、なの」
「? 待て。キミの姉は私の知っている者……なのか?」
「……お姉ちゃんのコトまで記憶喪失なら……仕方ない、なの」
「…………」
 斗貴子の凛然とした瞳が困惑に縁取られた。戦士だから、経験則がある。”話を聞きたい”とせがむのは殉職者の遺族だと
……知っている。だが武藤カズキと出逢うまでずっと周囲と距離を置きがちだったのが斗貴子、語れるほどの交遊があった
戦士など…………いない。殺陣師盥のような向こうから話しかけてくるタイプの女戦士になら何人か心当たりがあるが、その
うち殉職者かつ気象サップドーラーと似ている者となると……まったく引っ掛からない。
 なのに。
「………………」
 斗貴子は。
 夢遊病者のような手つきでドラちゃんの、帽子に触れた。正確にはそこに巻きついている……リボンに。色あせた紫の、
端がボロボロになっているそれを手にした理由は斗貴子にすら分からない。ただ反射的に手が伸びた。魂が吸い付くよう
だった。
「初めて見る気が……しない…………。おかしいんだ。おかしい話なんだ。……いま初めて見た筈なんだコレは。記憶には
ない。思い……出せない。なのに………なぜだ。…………どうして…………このリボンに、私の心は…………こんなに……
……こんなにも…………締め付けられる…………?」
 気丈を任ずる斗貴子の双眸に軽くだが涙が溜まる。カズキが月に消えてから枯れ果てたと思っていた筈のものが、ひどい
懐かしさと、どうしようもない恐怖を織り交ぜ泌(にじ)むのだ。
 忘却の底の奇跡的な感応だった。驚き、くっと息を呑んだ天気の少女は俯き、打ち震えながら
「この帽子のリボンは……」
 お日様をあしらった装飾品に絡み付いている、紫色で長い、古びた布を人差し指で心持ち献上するように斗貴子の方へ。
「赤銅島で事後処理班が奇跡的に見つけた……形見、なの。お父さんと……お母さんが……別れちゃうずっとずっと前から
お気に入り……だったから…………いつも、いつも……身につけていた……から」
 共に過ごした時節の感じられる声だった。鐶が双眸を湿らせ鼻を鳴らすのは自身と義姉の投影ゆえか。されど締めくくられ
言葉は違う。袂別ではなく断絶。
「このリボンを……いつも身につけてたから…………現場に残ってて…………遺骨すら、ない、から……お姉ちゃんが生き
てた唯一の……証、で……」
(……どういうコt…………つっ!!)
 頭痛は、一瞬だったがひどく鋭い。立ちくらみがした。いつ幹部が来るとも知れぬのに、目まぐるしい記憶の奔流があらゆる
意思を褫奪(ちだつ)する。

── ある所に少女がいました。

──彼女の家は裕福でした。

(この文章は、この文章は、確か…………!)

──お母さんは女優で、2人いるお姉さんはそれぞれモデルやグラビアアイドルを務めるほど綺麗でした。
──しかし少女だけはお世辞にも美人といえない顔立ちだったため3人に苛められました。

── 家の澱んだ空気が、嫌いでした。

(毒島の……! 演劇の準備をしているとき、草稿にと若宮千里に献上した毒島の……過去……!)

 創作のカタチを借りて語られた火渡との出会いの話。斗貴子の故郷・赤銅島を壊滅させた男がいかにして囚われたかと
いう物語。

── ある雨の夜。ボロボロになった少年が、見慣れぬ少女を連れて現れました。

(そう、だ……! あのときの私が気に……していたのは……!)

──(”妹”と呼ばれる彼女は座敷牢に幽閉されました)

(『誰の』……妹かと……いうコト…………!)

 その夜、斗貴子は毒島の文章から推測していた。

──両親は離婚、姉妹を1人ずつ引き取ったそうです。
──父の仕事の都合でとある島に転校した姉は、突如起こった火山活動に巻き込まれ行方不明に……。

──死んだと信じたくない”妹”とお母さんは独自の調査の末、少女の邸宅に行き当たりました。
──しかし少年に見つかりお母さんは殺され、”妹”の方は能力が使えるとかで生かされたそうです。

『妹』の姉は……故郷と伝えられている赤銅島にいた少女のうち、都会からやってきた何者かではないかと。

 斗貴子の、失われていた過去の記憶はここしばらくの様々なきっかけから蘇りつつある。それはレティクルとの戦いを生
き延びるため過去を、日常を思い出して支えにして欲しいという防人の提言だったり、草稿提出にかこつけて、斗貴子に
とってのブラックボックスな『7年前』の断片を提示した毒島の配慮だったり、或いは防人の本名に強い関心を寄せるまひろ
の、「どうしてブラボーって名乗ってるんだろうね」といった何気ない問いかけだったりと、相手も角度もまちまちだが、それぞ
れが相乗効果でもきたしているように、急速に、忘却の彼方にあった過去を揺り戻しつつある。

「(…………)。そういえば……キミのその瞳の色…………見たコトが…………ある」

 右腕で頭を抑えながら凄絶なまでに瞳を細めドラちゃんを網膜に収める斗貴子。

「紺色……。渦巻きのせいで分かり辛くなっているが…………その、紺色の瞳は…………」

 刻むように流れ込んでくる鮮烈な風景。

──「でも、津村さんがウエディングドレスなんて、変よね。絶対白無垢って感じだもの」

 ひしゃげるロッカー。

──「私だったら何が映るのかな?」

 飛び出している白い腕。

──「パリかロンドンでお洋服のデザイナーをやりたいな」

 本能的な怖気を伴う叫断の映像に紛れて響く声。その、主は。

「アヤ……カ……?」

 意味も分からず口に上らせた言葉。天気少女は猛然と目を見開いた。衝撃だったらしい。口をパクパクと数度うごめかし、
「どこまで……思い出してる、なの…………?」と乾ききった動転の声をからくも漏らす。
「す、すまない」
 軋む頭を力なく振りながら斗貴子、搾り出すよう呟いた。
「私自身まだ……混乱している。整理が…………ついていない。7年前のコトはここ数日……思い出しつつあるようだが……」
 呼気が荒くなったのを認めたサップドーラーは「……無理させたくない、なの、今は幹部2人が大事、なの」と口を閉じた。

「……というか…………あなたにも…………お姉ちゃんが……居たん……ですね……」
 鐶の問いかけに天気少女はすぐには答えず、数秒じっと顔を伏せた。
「人間のまま死んじゃった姉(ひと)と……怪物になって生きている姉(ひと)……どっちの妹が幸せなのか、なの」

 ドラちゃんと呼ばれている彼女。いまいち掴み辛い彼女。その深い部分に斗貴子と鐶は触れた気がした。
 だからこそ、彼女が進んで話すまで……こじ開けないコトにしたところ。

「……でもドラちゃんのお姉さんの方が五億万倍美人さん、なの。キレると顔芸する悪の幹部と違って清らか、なの」
「私のお姉ちゃんは…………黙ってつっ立ってさえいればお姫様…………ですし……?」

「┓┓」な目でシレっとドヤ顔する天気少女に、虚ろな目の少女があくまで無表情を保ったまましかし「あぁん?」と軽く頬
に青筋立てながら詰め寄っている。

「争うな姉で!! いつ幹部が来るか分からないんだぞ!!」

 怒鳴る斗貴子。2人の少女は舌打ちしながら相手から目を逸らす。

「斗貴子さんがああいうなら引いてやるなの。お姉ちゃんの最期の話聞きたいし、何よりかわいいから、萌えなの」
「斗貴子さんは……私の……カップリングシステムの相手……です!! あげません……!!」

 また火花が交錯した。とみるや気付けば斗貴子、腕をそれぞれの少女にとられている。

(い゛っ!? あ、ああ、移動したのか。というか……速っ!!)

 片や撃破数3位、雷とも同化できる戦団のエース、片や音楽隊副長、超高速戦闘を旨とするトリ型。そんな彼女だから
さすがの斗貴子も影すら見えなかった。

 ほへー。輪はのん気なものである。白目のハニワのような表情でこう聞いた。

「……カップリングシステムって…………なんですか?」
「ああキミは銀成市での私と鐶の特訓を知らなかったか。連携を磨いていたんだがコイツはそれを好きなロボットアニメの
何事かによく例えてきて、だな」
「コネクティブ斗貴子さん!」 叫んだ鐶は落語家よろしく別方向を向き斗貴子の声でするどく叫ぶ、「アクセプション!」。
「だからいい加減にしろソレ!」
「ふふふ……。やっぱりキましたよねコレ…………。まさかの参戦……です」
「というか声真似うまっ! さすがトリ型まるでインコ」
 輪が驚いていると、ドラちゃんが鐶に何やら物言いを始め──…

 数秒後。

「だからフザけてる場合か!! このくだり続けてたら死ぬぞ冗談抜きで!!」

 拳を固める傷ありショートボブ少女の前で、タンコブを作った鐶とドラちゃんがしゃがみ込んでいた。赤毛を覆うバンダナや、
ふわふわもこもこした雲のような髪から、赤熱した、モチの瘤のようなのがプックリだ。

(メチャクチャ強い2人を躾けられるとか……さすが津村先輩…………)
 この点、年齢や性格の強みなんだろうなあと感心する輪の前で、強みある人は弱みを危惧した。
「だいたい木を動かした痕跡……気付かれたらマズいだろ! 元の場所が離れているとはいえ万一連中に見られたら……」
「問題ない、なの」
 ドラちゃんが指示棒を一振りするとつむじ風が地面を撫で……何事も無かったように均した。
「ついでに草……生えてたころ……にまで……若返り」
 さらっと地面を斬ってよく分からない植物でカバーする鐶。ナイフの傷じたいはいつぞやの銀成学園の夜の職員室外壁よろ
しく残るが、それさえもドラちゃんは風で埋めた。
「…………やります、ね。隠匿における年齢操作の弱点を即座に見抜く、とは…………」
「ま、まぁ、草ですっぽり覆う発想じたいは……褒めてやらん訳でもないし? なの。つむじ風の微妙なムラから細工見抜か
れるコト……あるある、なの」
「……そーいうところじゃ息ピッタリなんだな。そして能力が便利すぎる…………」
 私の立つ瀬がないな。ボヤく斗貴子に輪は(いやーあれだけ作戦考えられるだけでも私なんかにはスゴイです)と思った。

「……」

 斗貴子はちょっと考え込む仕草をした。どうしました? 2軒向こうの建物の影からひょっこり首出す後輩2人が呼びかけ
た瞬間、彼らは斗貴子たちの時間ともども氷結し──…

 意識だけが白い法廷に、飛んだ。奇妙な現象だが、全員とっくに慣れているらしく平然と会話を再開した。

「話の続きだが……今のと同じ細工をA列通路に面する建物の、ええと、西側だったな。西側に……桶とかでできないか?」
「あ! そういえば5棟べつべつの識別までは」
「してなかったですね。すみません。夕陽への気付きでつい……」
「ん? あ、ああそこは私も失念してたから謝らなくてもいい」
 あれ? 輪は首を傾げた。
「だったら何で桶でのマーキングを……?」
 事故が怖いからだ。斗貴子の訥々とした呟きは、鋭敏な男後輩2人ですら俄かには理解できぬ機微だった。
「ふと思ったんだがブレイクは例の禁止能力で光を発するだろ? もしその光が偶然夕陽と同じ色になって周囲を照らした
場合、A列通路以外の、EとかFとかだな、その西側をA(こっち)だと錯覚しかねない」
「あー。そこまでは……私…………考えつかなかった……です」
「ドラちゃんも然りなの」
(戦闘経験の差だなあ)
 輪に続いて(事故とか考えられる津村先輩アツいな)(確かにメチャクチャ修羅場ってる時にフクザツなコトすると……な)
 意思の集合ゆえに再び同席した男の後輩2人もうなずいた。
 当然起こりえる偶発事象への、リスクへの、マネジメントを出来るのは斗貴子ぐらいなものだろう。

 この提案を実行するついでに北端01〜05のうち無個性になりがちな東と西の面にホウキなどの日用品を配置し
マーキングを強化。同様の原理で無個性になりがちな南端21〜25については

(22号棟東側……B列に面する部分は先ほどブレイクが、同じくB側に面する21号棟西側はリバースが、先ほど自ら破壊
(マーク)した!!  23〜25も然り! 爆撃のどさくさに紛れてそれぞれ識別可能な爆痕を……つけた!! 6行目通り
に面する部分は朽ちた大八車や乾き果てた水瓶などの配置で対応!!)

 瞬く間にてきぱきと作業を指示し終わらせる斗貴子に輪はつくづくと感服した。

「さすが津村先輩。あとは幹部を待つばかりですねっ!」
「だといいが……」
 四本の処刑鎌の構えを小さくする斗貴子。指示フェイズでそれは些か物騒な気配もあるが、あちこち指し示すのに便利と
いう実務的利得は確かにあるし、何よりブレイク・リバース以外の幹部急襲への備えでもある。
「あ、また可動肢の動き見てる。強い人はそーいう細かいチェックも怠らないってヤツですねー」
「まあ、な。ブレイクのようなパワータイプと戦った後はどうも。他の武装錬金ならなんてコトない僅かなひび割れでもバル
キリースカートにはマズいんだ」
「高速機動ですもんね。同じヒビでも原付バイクと飛行機じゃ後者の方があとあとトンでもないコトになっちゃうように、びゅん
びゅんあちこち物凄い速度で動くバルスカには僅かヒビでも命取り。自分の速度で砕けて割れちゃいますから」
 ひょいっと慣れた様子で戦士一同、建物の影に隠れる。「?? ?」 部外者の鐶だけがよく分からないと目を白黒させて
いたが「トリ、物陰にすっこむの」とドラちゃんに首根っこ掴まれ引きずり込まれた。
 瞬っ。玲瓏の断線は居合いの速度さえ超えている。唐竹割りに振り下ろされたのだ、処刑鎌が、最高速度で。
「亀裂があれば拡がる速度……。だが何もなし、か。鎌、間接とも異常なしと見ていいか……?」
 慎重な不安さのもと角度を変えて軽く浅く処刑鎌を振る斗貴子。(ああもう実務的なカッコよさ。特性なしで撮りたいです
写真。本物の方はまぁまぁウマい程度ですけど、撮りたいですっ) 両目を太い罫線にしてうずうずする輪。
「…………っ」
 鎌の動きをチェックしていた斗貴子の顔色が変わったのはその時だ。
「先輩?」
 カメラ少女は斗貴子の様子に首を捻った。処刑鎌を前に一瞬思案にくれたと思うや、彼女は軽く目を見開きながら自分をじっ
と見つめ始めているではないか。
「どうしたんですか?」


「輪。1つだけ、いいか?」


「ほへ?」

 輪はまだ、知らなかった。この時の斗貴子の申し出が自分を『勇者』にしてしまう決定的なものだとは……この時はまだ、
知らなかった。

 そして一同は白い法廷へと戻り。

「えーと。そろそろ話し合いとか、映写機からの把握とか……終わりましたか……?」

 裁判長の席に腰掛けている中肉中背の少年が、どういう訳かバテた様子で問いかける。

 斗貴子は鐶やドラちゃん、輪に後輩2人といった面々を振り返り、これ以上の具申がないのを確認すると裁判長に向き直り

「ああ。そしてすまなかったな。『軍事法廷の武装錬金』。本来とは違う使わせ方を……ずいぶんさせた」
「火渡戦士長の命令ですからね。イヤでもするしか。イヤでも……するしか」
 えぐえぐと泣く裁判長に斗貴子を始めとする全員が同情的な目を投げた。

 戦団が、リバースらの足止め組とアジト強行偵察組に分かれる少し前。白い法廷での、会話。

「戦士たちを法廷(ココ)に!? 待ってください僕のコネクトアラートは敵の防御力を下げるのが本来の役割ですよね!?
戦団最強の業火を毒島さんとのコンボで更に強化しさえすればそれでいい、他の戦士さんには加勢しなくてもイイって話…
…でしたよね!?」
「知ってるよンなことぁ」。裁判長の胸倉を掴んだ火渡は炎を噴かんばかりの勢いで捲くし立てた。
「てめえの2つある義眼型武装錬金が雑念ゼロで直視した敵の精神を一瞬だが法廷型の亜空間へ幽閉! 降した量刑に
相手が憤れば憤るほど退廷後の防御力が下がる……ンなコトをテメエ選抜した俺が知らねえ訳ねえだろうが!」
「え、ええ。火渡戦士長がここに居るのはたぶん寝起きの僕が雑念ゼロで見ちゃったせいで、毒島さん来たのは『弁護士役』
だからでしょうけど……それはともかく防御力低下が本懐の軍事法廷を戦士たちの話し合いに使うって……おかしくないで
すかぁ!!?」
 イレギュラーですが、この場合仕方ないです。おとなしい毒島まで採択の方向で動き出した瞬間、裁判長はもう本当泣きたく
なった。
「連絡に向いた戦士がもうあなたしか居ないんですよ。他は火星の幹部に殺されましたから」
「だからてめえの特性の1つ、『裁判員招聘』を連絡用に使う!」
「確かに事前の裁判員の話し合いがしっかりしていれば居るほど、降す量刑が正確になって、結果敵の防御力低下が大き
くなるのが僕のコネクトアラートですけど、コネクトアラートですけれども!」」
 裁判長席で両手を広げ大きく叫んだ少年、続ける。
「提出する証拠とか、検事役の事実把握とかがしっかりしてるほど強力な弱体化ができますけど! でも戦士まだ60人以
上いますよね!? 津村先輩たち銀成組に全部で68人って伝わってから急遽、核鉄どころか『無銘の武器』すら持ってな
い人たちまでゾロゾロ集結し始めたせいで「あれ? コレ全部で何人か火渡戦士長ですら把握できてないんじゃないか」っ
て位すっごい大所帯ですよね!? ディプレスとかリバースとかブレイクにさんざん殺されてもなお60人以上残ってるぐらい
沢山動員してますよね!? なんなんですか急に増員された人たち! 見たトコ門下生さんとも別口みたいだし!」
「あん? それも知らず召喚状配ったのかよ。『債権者』だよ『債権者』」
「……うわあ。出たぁ。また出たぁ。戦団のみくぶーさん謎優遇また出たよ……。やめて欲しいなあ、人数さえ増やせば無敵
とか骨董だよ、帝国思想だよ。第一ソレこの夏破れたでしょ、ヴィクター相手じゃ手も足も出なかったでしょ……」
「知らねェよ。債権者になってんのはアイツらの勝手だろうが」
「あとヴィクターは完全上位互換ですから……。財前さんの……」
「だからって独断で来るコトまで黙認しないで下さいよ! ああもう結局シワ寄せは弱いところに来るんだ、僕みたいな法に
しか縋れない弱者に来るんだ。防御力低下が本懐の軍事法廷を用途とはまっっっっったく、ままま、まーーーっっったく、
違う使い方させられて……疲弊するんだ、死に掛けるんだ……」
 そこは本当にすみません。毒島は頭を下げた。
「13人が本来の上限な裁判員を50人近くオーバーするのは大変な負担ですが」
「速攻で話し合って指示下せるのはてめえの能力だけなんだよ」
 グダグダぬかさずさっさとやれ。凄む火渡に裁判長のようななよっとした15才の少年が勝てる訳もなく。

(白い法廷に呼ぶのに必要な召喚状自体は決戦前全員──音楽隊については戦団拘留中──に配ってたから、取りこぼ
しはなかったけど……ああ、約60人を招いて足止め組とアジト強行偵察組に分けたのはなー。普段使っている裁判員の
控え室と、それとは別に急増した控え室に、それぞれ火渡戦士長の提示した図形をペタペタ張って大まかにグループ分け
して、それで足止め組は説明者な毒島さんにそのまま引率されて出立したから僕はそんな頭脳使ってないけど、疲労が、
キャパが……)

 盛大な溜息をついていると──なお、写楽旋輪と遭逢した直後のブレイクが火渡に言った『アレ』とは足止め/アジト偵察
のグループ分けのコトである。ただ彼が想定していたのは軍事法廷を用いた奇想天外な通話ではなく、もっと普通の、アナロ
グな触れ回りだった──裁判長が溜息をついていると、斗貴子が誰かに目礼して退廷するのが見えた。軽く手をあげ応対
するその相手が誰か認識した裁判長は、つくづくと乾いた声をもらす。

「師範」
「んゅ?」
 間延びした反応を示す相手に、裁判長らしい厳粛さを込めて、言う。
「火渡戦士長不在時はあなたが足止め組の総指揮をって決定事項(はなし)なのに、津村先輩に判断丸投げしすぎでは」
「合理的判断というべきだよ少年そこは。撃破数2位の実力と天王星海王星の未知数部分を天秤にかけると最適解っしょ?
『あちしが総指揮官ではなく別働隊で動く』ってのは」
「……そりゃ禁止能力が『戦士一同への加担を禁ずる』とかも可能だったら戦団屈指の剣腕にコンフュかかってヤバいし、
それはリバースの方の特性が操作とか、幻覚とかだった場合でも同じですけど……」
 アレ? 少年裁判長は顔を引き攣らせた。
「みくぶーさんは大丈夫なんですか? みくぶーさんも敵に取られたら大概ヤバいですよね?」
「そっちはまあ、債権者連中の方が疎開住宅地外に逃げれば何とか、ね。供給速度が遅くなりゃナントカなるでしょ」
 何よりあちしは連携に向かんよ、建物壊しちゃダメなフィールドなら特に。手をひらひらし無責任に笑う師範。
(…………破壊力クッソやっばいもんなあ。剣一本で…………)
 戦部と共闘(コラボ)した時は彼の腕が巻き添えで飛びまくったらしいというウワサを思い出し裁判長、目の下をどんより
と黒くする。
「てか本当は指揮とか責任とか関係なしに」
「そ。好き勝手あばれたいだけなのだよ!!」
 腰に手を当て悪びれもしない女子高生。
(ああもう、戦部さんといいホント記録保持者は個人主義、指揮系統という概念がない……)
 目の下のクマ、ますます濃い。

「『ま、大戦士長を操っている土星の幹部の特性だけは絶対師範に効かないですけど』

 でもソレ自分限定だからなぁ。大戦士長助ける役には立たないからなあ……ボヤき、ズルズル続く。

「何よりあちしはね、若い才能に託すタイプなのだよ。指揮は津村斗貴子がいい絶対いい

 戦部に次ぎドラちゃんに勝るホムンクルス撃破数2位の師範・チメジュディゲダール=カサダチは女子高生風の黒髪
少女であった。裁判長席から5mほどの白い壁に寄りかかり、艶やかな髪をいじり、脇腹を抱く。華奢なる平均値(ぜっせい)
の美少女だ。どこかの制服とスカートに巻いたカーディガンと、ほどよい起伏がえも言われぬ色香を振りまいている。

「未来に、この先にいかんとする少女の拍動は何より強い。銀成で何があったかは知らんよ。でも目ぇ見れば分かる。
あれが死中、活路を開ける眼差しじゃないっていう奴ぁアホだね、アホ。だから牽引させちゃうよ? 息子に袖ぇされた
恨みもあるし」
 息子? 怪訝な顔する裁判長だが「こっちの話」と遮られたので本筋に戻る。
「彼女に任せて大丈夫ですかあ? 未知を見抜くという部分に関しては本人も認めてるように……」
「ま、足らんね。そーいう知恵は後輩連中に劣る。けどそんなもんは下っ端が補えばいい。トップに必要なのは」
「必要なのは?」
「華と決意さ。そんであちしにはそれがなーい」
 わーいと楽しそうに笑ってバンザイした無責任女さらに言う。
「こちとらヌヌのよーな苦渋に耐えて耐えて成長するタイプじゃない。戦士になったのは『トモダチ』の仇ただひとつのため。
飛ばされた時代の割と近くで盟主(カタキ)の野郎が決起するって気付いたから戦士になった、ってだけだし」
 チメジュディゲダールは300年先未来から飛ばされてきた少女である。縁をいうなら斗貴子たち現行の戦士よりむしろ
その次世代、武藤ソウヤと『深い』だろう。
「ま、『リウシンに宿るあのコの反応見る限り、どうやら敵討ちは真剣に思えば思うほど滑稽になる意外な状況になっちゃっ
てる』よーだけど?」
(まーたワケの分からない話を……)
 裁判長はそろそろ頭痛を覚え始めた。眼精疲労を伴う鈍いヤツを。
「むー? 少年? 疲れてるのかなあ? カワイイお姉さんに癒して欲しいのかなあ?」
 少年裁判長がギョっとしたのは、5mは離れた壁際にもたれかかっていた筈の師範が音も立てず背後に回っていたから
だ。どころかその細い手を椅子ごしにとはいえ少年の肩に回している。
 垂れ下がる、黄色いリボンを孕んだ漆の滝のように艶やかな髪から漂う甘ったるい匂いにウブな少年はドキっとしたが、
「ぶぶ、無礼ですよ! 裁判長への不敬は即刻退廷の対象に……!!」
「はは愛い奴め愛い奴め。本気で嫌だったら即刻そーすりゃいいのに、ちょっと嬉しいから拒めずにいるの丸分かりー」
「っ!!」
 ぼっと赤面する少年裁判長に
「ああもうかわいいやっちゃな君。あちしに無反応だった武藤ソウヤとは大違いー♪ うりゃりゃー」
 髪わしゃわしゃ攻撃を仕掛ける師範。
「ちょ、やめ、やめてくださいーー!!」
「本気で、そう思ってる?」
 耳元にかかる熱い吐息に第二次性徴がやっと終わるか終わらないかの少年はどぎまぎする。口紅なしでツヤツヤと
輝く薄桜の肉たぶが妖姫のようにゆらめいているのさえ視界の端に見え、目を伏せる。
「やめて、やめて……ください」
 怖いらしくうっすら涙目になる少年裁判長。
(え、そ、そんなガチな顔されると……え、これ、どうするん? ここっ、こーいうときってみんなどーすすめてるん!?)
 師範もドキドキして中断する。
「……」
「……」
 気まずい雰囲気が流れたが、師範は空咳を打ち、
「は、はは、どーですかなドキドキしたかな少年。じょ、冗談だからね、からかった……だけなのだから」
 と笑い話で進めようとする。少年はまだ混乱している。そんな混乱振りが可愛くてまた抱きつきたくなるが、(まてまて
まてい。戦闘中ではないか、こんなんしとる場合やない)と、やや自己弁護的に自制する。

「こほん。その、だ。『見切り』が終われば津村斗貴子に判断丸投げした分の埋め合わせはするからね。ではさらばだ!」

 退廷する師範。疎開住宅地南端に出た彼女はそこから更に南東600m地点の草深い場所に身を潜める。

(虹封じ破りとは無縁に思えるけど……違うんだよねー実は。むしろ一番重要ちゅーか)

 ズゴン。地平の彼方で重々しい地響きが立つ。軽く浮かび上がりながら師範は思い返す。
 斗貴子の依頼に端を発すやり取りを。

──24体分身は絶対アラが出ます。それでなくてもアイツは時々抜けてるんだ。
──ほぅほぅいい着眼点だねそいつは。なるほど……。確かに……『掻い潜って、こっちに』……。ありうるね。

 盤外からの一手をツブす、盤外からの一手、それが師範!!

 一方、裁判長は。

(惜しかったやらホっとしたやら……)

 泣いていた。裁判長席にガクリと横向きに首つきエグエグ泣いていた。黒髪ロング巨乳JKと先ほどいい雰囲気になりか
けながらも何もなかったのが『惜しかったやらホっとしたやら』らしい。

(彼には負担をかけたがこれで未来視の要件! 整った!)

 廃村についてからこっちの戦士の策動総て未来視ひとつの為である。廃屋にワイヤーを仕込んで見せたのは、室内から
密かにブレイク”たち”を撮影する輪の……保護のため。

(幹部たちが建物を破壊しながら進軍すると、隠れている輪が巻き添えで殺されるか、最良でも発見されるかで詰む)

 エイリアン衝撃波で彼らの破壊の度合いは低下した。爆撃を植物廃屋で防いだのはごく自然にマーキングを行うため。
建物により植物の色が微妙に、個体差レベルと認識されていいほど微妙に、『異ならせる』コトで未来視の舞台になった
場合ひつような『差異の判別』を容易にした。(なお建物の東西南北の判別にあっては、窓や扉の微妙な露出具合の違いを
基準とする)

(そしてバリケードの武装錬金で5行目通りに面する建物総てをマーク。夕陽の色合いでの判別はブレイクの槍の輝き
で誤認する恐れがあるから植物廃屋からの”ツル”の伸び具合で分かるよう調整した)

 他の場所については前述の通り。準備は、整った。

(……気になるのは…………鐶も言っていたコトだが)

 いまだ廃村中央上空から一帯を睥睨するリバースの、自動人形。

(アレは…………なんだ? いや自動人形なのは分かっているが……だったら『何の役目』を負っている? サブマシンガ
ンの武装錬金に……自動人形? なぜ? 御前も似たような存在だが、あちらはいちおう、矢を番えるという役割がある)

 ダブル武装錬金を使っているにも関わらず一体しか確認できない点も不穏だが、そちらは戦士一同に注意済みだ。人が
到底通れそうに無い隙間から、残り1体が例えばナイフ片手で暗殺しにくるといった使い方は充分想定できる。

(だが自動人形がそういった間接攻撃のため付帯するケースは稀! 多くは主武装の攻撃を強く補佐するため存在する! 
だがここまであの連射力を高めていた様子はない。……。と、なると)

 脳裏に蘇るのは、白い法廷に入ったころ行われた輪の申し出。

「津村先輩。ダブル武装錬金の件……可能でしょうか?」
「試すのか? さっき鐶が言っていた保険を?」

 いいえ。桜餅色の髪を振る。生存全振りは暫定5位のチームに申し訳ないし、何より守勢に回って打開できる戦局では
ないと考える。だから未来視を、ゴットフューチャーを、

「使うのは、撮影するのは──…」

「リバースです。海王星の、幹部です」
「……? っ! そうか! そういえば奴は、まだ!!」
「はい。既に禁止能力を使ったブレイクと違い、彼女だけはまだ武装錬金特性を使っていません。先ほどのコンセントレー
ション=ワンじたい既に特性並みの強さでしたが、あれはあくまで術技のひとつ……。彼女はサブマシンガンの『特性』
ではなく『特徴』……剛太先輩でいうならモーターギアを手で持って刃で直接刻んでいた程度の加減で」
「あれだけの虐殺しやがったなの」
「そしてお姉ちゃんの特性は……妹にすら……さんざんいじめた私にすら……使われたコト……ありません」
 いわばまったくの未知! 果たしていかなるものなのか。特性抜きで既に劣勢を強いられている戦士側としては何としても
予備情報が欲しい! そして! 写楽旋輪の武装錬金特性は……未来視! 撮影対象が次に特性を使う瞬間を激写できる!

「しかしそうなると特性上、”あの”2人の傍に行かざるを得なくなるぞ。分かっているのか? これは、同時ならまだいい方だ。
別々に……という公算の方が高い。よって普通に実行するなら4回もの撮影が必要となってくるが、しかし敵は馬鹿じゃない。
何の殺傷力もないカメラで何度も撮られれば……先ほどキミも指摘していたコトだが……絶対に気付く。『厄介な補助の特
性を持っている』……と。なのにキミは、気付かれたとしても、一度目の撮影を終えた時点で、強制的に、”あの”幹部たち
のどちらかに近づいてしまう”変えられない運命”を背負い込んでしまうんだぞ」
「え、ええ。分かってます。だから採択は津村先輩の判断にお任せします。片方だけでも相当リスキー……ですからね……」
 幼いノドがごくりとなる。下顎をぬぐうように触る輪の顔は緊張に引き攣り汗をまぶす。一見恐怖の表情でしかないが、ど
こか魅惑的な恐怖刺激に興奮している風もある。
「戦闘能力皆無な私が欲張ってもう1人撮影しようとしたら……絶対ロクなコトにならないというか、ブレイクの方すらしくじって
…………例の虹封じすら破れなくなってしまいますから…………」
 なので独断はしません。ご判断に従います…………マジメな様子でおずおずと聞く輪。

 斗貴子は、悩んだ。未来視用のマーキングが着々と進む中、悶々と悩み続けていた。

(どうする? ブレイクだけでも相当厳しいのに……リバースまで任せるのか? もちろんこのコの安全だけを考えるなら
撮影対象は1人に留めるべきだ。絶対1人だけに留めるべきだ。だがもしブレイクの虹封じが決まった瞬間、リバースが特
性を解放したら? いやそもそもその前段階で使われるコトだって有り得る)

 記憶が軽いザッピングをきたす。鷲尾。心の銀板に焼きついてやまぬ『カズキとの連携を思わぬ直感で見抜いた男』。

(敵は目論見に気付く物。素養において感づく物)

 空を見る。自動人形を、見る。

(私の推測が間違っていなければ……あれは特性発動のキーだ。あの人形が御前よろしくトリガーを引くコトで発動するのか、
或いはアレ自体が銃弾となるのかそこまでは分からないが、姿を現した以上、特性使用は近いとみるべき。もしかすると私
たちの所在を掴むため”だけ”上空へ浮かんでいると見せかけて、そのじつ特性を発動するのに必要な何らかの条件を
あの場所で満たしつつあるのかも知れない。だとすれば先ほどの山林で使われなかったツジツマは一応合う)

”見る”コトで特性発動要綱を満たす武装錬金だってある。アリス・イン・ワンダーランドやブレイクのハルバード、バキバキ
ドルバッキーなどがまさにそれだ。先ほど発動したウォールサージ……バリケードの武装錬金も含めていい。

(あの自動人形を目視するコトで『かかってしまう』類の武装錬金かも知れず、実際そうだったりすると……マズいな。遠目
とはいえほぼ総ての戦士が目撃してしまっている。ポテトマッシャーを投げられたんだ、反射的に仕方ない)

 つまり……ブレイクに専念している横腹をリバースに衝かれる恐れはある。むしろそのために禁止能力が開陳されたと
いう可能性すらある。

──「だからあの自動人形は積極的に攻撃しておくべきだ。破壊できればよし。迎撃のため特性を使われてもよし」

 去来する指示の赴くまま植物廃屋、時おりポテトマッシャーを投げ返す。だが地対空、重力に勢いの大半を削がれるM2
4型柄付手榴弾は避けられる。自動人形は笑顔のまま、放物線のやや先をフヨフヨ舞って避けるのだ。

(……まあ仕方ない。向こうもそれ位はするだろう。大事なのは……ブレイクが虹封じを放つ際みせた……『微妙な顔の歪み』)

 輪郭そのものがそうなったのではなく、『見え方』のみがそうなったらしいというのは山林からココ疎開住宅地へと退却する
さい行った何人もの戦士からの聴取の結果だが、だとしても「クサい」と疑わざるを得ない。

(普通ならあれが能力の一端だと読み解いて攻略するだろう。剛太がよくやるアレだ。お手本のような戦いだ。並みの相手
とそれが繰り広げられるなら私だって疑わない。だが!)

 ブレイクに、わずか一晩とはいえ早坂秋水ともども演技において師事した経験が警鐘を鳴らす。

(そうだ。アイツは演技においてズブの素人だった私たちを、たった一晩で『見れる』レベルに育て上げた男だ。そしてあの
刻限はあの日、六舛孝二が突然設定したもの! 言い換えればブレイクは『設定された時間内で指定どおりの仕上がりを』
生める男! 表稼業がそういう舞台系のプロデュース業だというからな、慣れているのは当然だ)

 なのに、である。そんな男が。

(『微妙な顔の歪み』で……シッポを出すか? 繰り返すが普通のホムンクルスなら、わずかな異変とか、奇妙さで、能力
の全貌を暴かれるコトは……大いにある。強い力を持ったが故の油断だ。暴かれるという概念を描けぬほど愚かというか、
暴かれても押し切れると信じられるほど高慢なのか、とにかく手軽な力のためだけ怪物と化すような連中が用心を欠いて
いるのは……納得できる)

 されどブレイクは『ほぼ最強に近い禁止能力が、破られるコト』すら想定しているようだった。その弱点を補うため様々な
動植物の能力を調整体たるその体に盛り込んでいるようだった。

(なのにシッポを出すか? たった一晩で演技の素人を、一点集中の特化突貫で『見れる』レベルに仕上げられたブレイクが、
それなりに長年使っているであろう今の体のその秘密を、『顔の歪み』のようなポカで悟られるような、質の低い状態のまま
……捨て置くか?)

 した筈だ、訓練を……と斗貴子は思う。ブレイクは、舞台畑だ。己への客観を繰り返し綻びを繕う術に長けている。ならば
生命線ともいえる虹封じを、かすかな異変(ヒント)ひとつなしで実行できるよう稽古するのが自然ではないか。

(つまりアイツは……コントロールしようとしている……? 敢えてあのわずかな『歪み』を、本当なら見せずとも済む綻びを、
わざと見せつけるコトで、戦士(わたし)たちの集中や、リソースの総てを自分にだけ向けようとしている……?)

『演技の神様』。敵の幹部でありながら、人間としてまんまと私と早坂秋水を騙しぬいたのがブレイクという男、自分の特性
をエサに相方の特性が通りやすくなる土壌を整えている可能性は……否定できない。現実主義者な斗貴子、警戒する。

(だが特性使用時のリバースを未来視できれば……奴がどの地点に立ったとき特性を使うか予め読めれば……)

 白い法廷。

「え!! また!! ちょ、やっと精神が回復し始めた刹那にゴッソリ削られるの辛いんですよお!!?」

 びいびいと泣いて抗議する裁判長に「悪い、本当に最後だ!」と片手で拝んだ斗貴子は輪に言う。

「リバースの件、頼む」

 と。同時に召喚されていた戦士たちもこれで作戦概要を理解した。

(厳しい条件だが万全を期せるのはコレしかない! 後は攻勢に転じ!)
(それに紛れて……『撮影』!)

 疑念。方策。抱いていたのはマレフィックも、然り。

(龕灯(がんどう)? 光ちゃんが片思い中な無銘くんの?)
(ええ。むめっちの。さっき戦士さんたち追ってるとき……見ましたか?)

 進軍の僅かな時間の中、思わぬ相方の目による質問にリバースは少し銃口を顎に当て考える仕草をしたが「そーいえば
見かけなかった……」と笑みをやや不審に染めた。

(……アレ? クラちゃんの話だと光ちゃんたちがヘリごと墜ちた時には、確か)
(ええ。随伴してたそうですね。あれは創造者から離れても活動できる類の武装錬金ですから、銀成に残留したむめっちの
龕灯がココ救出作戦の舞台に来ているのは不思議じゃないす)
(聞いた話だと戦団本部から銀成まで毒島ちゃんに護送されてる時も、幾つかは監視モニター代わりに瀬戸内海側に残して
おいたっていうし)
 更にその前、秋水vs音楽隊全員の戦いにおいても、小札に挑む秋水に侍らせていた実績がある。
 そういった機能をして銀成から遠いココ新月村へやってきた龕灯の武装錬金『無銘』は。
(光っちたちが何人かの戦士さんたちと合流地点に急行する時は)
(斗貴子さんたちの方に残ってたはずだよ。

だって私、見たもん)

──(来い幹部。奇襲しな。削りごろの雑魚戦力が別行動だぜ、仕掛けて来い)

── 高速で合流地点めがけ飛んでいく鐶。

── 梢の中でそれを見つめる双眸は、双子星の満月のごとく爛々と輝いており──…

(仕掛けたくて仕掛けたくて仕掛けたくて仕掛けたくてしょうがなかったけど作戦のためガマンしたから覚えてる合流地点へ
先行中な光ちゃんの傍に龕灯はなかった可愛い光ちゃんの全身を見るためにコンセントレーション=ワンで見たからハッ
キリ覚えてる龕灯なんて居なかった一緒に飛んではいなかった)

 ギラつく目をうっすらと開け、笑うリバース。声こそ出しては居ないが思考のギアは、速い。そんな狂ったノンブレーキな
思考回路のやや恐ろしい形相を見たブレイクは、(ああ……可愛い)と鼻の下を一瞬伸ばしたが、すぐ比較的まじめな、
しかしニヘラとした顔つきでこう瞳で、訴えた。

(龕灯の話に戻りますけど、ときっちたちに随伴してた筈のものを……青っちは見やしたか? 俺っちは全然ですけど)
 ブレイクは肩を竦め「見てない」とジェスチャアした。リバースは、考える。
(えぇと……。確か)

──(…………お姉ちゃん)

── 廃屋の屋根で、目を閉じ微笑する姉を音楽隊副長・鐶光は見上げる。

── 恐怖に震え、挫けそうになる体を支えているのは……1人の少年とのかけがえなき思い出。
── 付近に浮かぶ龕灯は

──(いよいよ……か)

── 聖サンジェルマン病院にいる「1人の少年」の心をざわつかせる。.

(バスターバロンと一緒に、合流地点の戦士たちを襲った頃はあったよ)
 問題はそこから『どこに』? ブレイクもリバースも分からない。破壊男爵の土煙は戦士たちのみならず幹部からもクリア
な視界を奪っていた。だから龕灯がどこへ行ったか……分からない。
(分からないのって………………メチャクチャ怖いよね)
(ですね。あれがアジト強行偵察組に合流していなかったら……つまりこっちに、俺っちたち対策としてどこかに隠れている
のなら)
(こわい)
 清純な笑顔がやや引き攣り、汗をまぶした。
(だって無銘くんの龕灯の特性……『性質付与』だよ!? むかしの懐中電灯な龕灯発するあの光で、あ、光っていっても
お菓子の妖精のような光ちゃんじゃなくて、光源って意味のね、その光って、スキャンした物体の『性質』を別の物体に
付与可能なんだよ!?)
 にひっ。まったく恐ろしい能力すよねえ。言葉とは裏腹にブレイクの笑みは軽い。
(端的にいうとあの龕灯は『俺っちや光っちの特性をも』限定的にとはいえコピーしうる。ま、実際どこまで再現できるかは
やってみるまで分からないすけど)
(私たちが『掛けた』戦士からスキャン可能かは分からないけど、万が一、可能なら)
(『武装錬金特性の使用を禁じる』だけは迂闊に使えません)
 どういうコトか? 簡単だ。例えば斗貴子にそれを使う。バルキリースカートを封じる。だがその状態の彼女を龕灯がス
キャンすると…………。そして龕灯本来の……『照らす』によって幹部たちに性質付与が及ぶと……。
(私たち最悪の場合無力化されちゃう! だってそうでしょ! 『武装錬金特性の使用を禁じる』を投影光で別な物体にコ
ピペできるのが無銘くんの龕灯……なんだから!)
(ですね。マシーンやバキバキドルバッキー、ゼッタイ安全とはいえませにょね。付与の照明、当てられたら)
 2人の幹部が特性を封じられる危険性が……戦士にとっては『可能性』が、ある。
(それでもまあ、槍や銃本来の力で戦える分だけマシすけど)
(……私の特性を性質付与で返されると…………ね)
 先ほどブレイク、ワイヤートラップに挑む前のブレイクは、確かに思った。

──(とにかく反射能力の有無は早いコト暴くべき。俺っちのはともかく青っちの『特性』は跳ね返されたら原理上、術者で
──すら解除不能……すから)

(『アレ』をむめっちたち敵側の方々に渡すのは非常にマズイ。他のマレフィック……たとえば分解能力のディプレスの旦那
に使われて暴走させられると『レティクル三強』以外総崩れ。他に青っちの特性掛けられるのが致命的なのは……えるっち
とか、イソゴ老みたいな頭脳派すね。お二方の生命線は武装錬金特性よりむしろ読み合い駆け引きの類にありますから、
『それがまったくできなくなる』青っちの特性との相性は最悪、掛けられる=死と言って過言ではないすね。ま、イソゴ老は磁
性流体化さえしっかりやれば相性の優位で大丈夫ですけど)

 そして救出作戦におけるリバースの武装錬金・マシーンの特性は先ほど殿軍5に使った一発のみ。おりよくそこに駆けつけ、
恋人をあやしていたブレイクは横目ながら龕灯の不在を確認している。

(だから私のは大丈夫なんだけど、ブレイク君の方が実は密かにスキャンされていたりしたら……)
(にひっ。決して有利じゃないのは確かすけど、まったくの不利でもありません。だって戦士さん方に使ったのは「攻撃」とか
「抵抗」の禁止すからね。最悪ふたりともがソレ掛けられたとしても、逃げればいいだけっす)
(あ、そっか。撤退が許されるケースなら、戻ってグレイズィングさんに治療してもらってもいい……って話だもんね)
 …………。2人はちょっと沈黙した。未練があるような、でも叶わない方が当然なのだろうなと覚悟しているような、微妙な表情を
浮かべた。沈痛だったのはリバースで、珍しく……開いていた。笑みをやめ寂しげに、目を。
(えーと。嫌ならやめてもイイんですよ? 誰が強制したもんでもないですし)
(ダメ。やらなきゃ……いけない。『一番、光ちゃんのためになる選択』……だから)
 やや哀愁に湿りつつも強い意思を込めた瞳にブレイクは「こればっかは俺っちでも禁じられないすねぇ」とだけ呟いた。
(ま、戦略上、撤退するほか無くなった場合は私情捨てて帰って来いってイソゴ老に言われてますけど……その場合、向か
う先はアジトじゃなく……)
 ブレイクはなぜか山影かなたを見た。霞み果てた、雲を衝かんばかりな白銀の巨人を、見た。不可思議な挙措だが、リバー
スは心得ているらしくニコリと頷いた。
(だね。今からじゃ『最初にして最後の一本』、ゼッタイ乗れないもん。だからアッチで代替輸送)
(っと。無言のやり取りはどうやらここまでみたいすね

 ザッ。灰色の道で砂利を弾き飛びのく。髪を巻き上げる風圧と共に深緑の鞭が振り下ろされた。地面が抉れ、特撮のコン
クリート爆発が起こる。残された30cmほどのクレーターに、(そんなにいきますか。道の地質、割と堅いんですけどねえ)
(調整体(わたしたち)の頭蓋骨にすらヒビ入れられるレベルね。脳震盪コミで)とBランクの脅威認定をする幹部たちは
悟る。

 周囲で次々に点火しゆく殺意を。戦士がいよいよ攻勢に転じるは──…

 12号棟東側。B側通路に面する地点!

 地面を鋭く叩いた植物廃屋のツタも遥か足元、中空で緑の鞭を薙ぎ、或いは吹断する幹部たちに電撃的知覚、奔る。

「そこっ!!」

 半円軌道を描くハルバード。もはや触手の茎が何本も何本もその断面から濁ったフォレストグリーンのスムージーを吹き
散らしながら舞い飛ぶ中、肉厚の斧鎌槍がその腹でがっきと噛みあっていたのは……羽根のついたミサイル。

「スターストリークミサイルの武装錬金・プラチナサクロス」

 10号棟F列通路側外壁そば。遠目に爆発を無感動に観察する創造者は月吠夜(げつぼうや)クロス。ワイヤートラップの
いのせん同様、未来からきたアウトローだ。

「……」

 爆風からブレイクを抱えて飛び出すリバースであったが

「コンセントレーション=ワンで咄嗟に逃げたようだけど」

 巨大な拳型オーラの接近を許す。

(っ! 終了後すぐ使えないのが『集中した一瞬』なのに!!)
「むしろソコ狙ったんだからねっ!!」

 ハイトーンな金切り声を上げる金髪お団子の少女は一瞬まえ、超速攻のスピンを打っていた。先ほどリバースに接近していた
「巨大な拳型オーラ」とはつまり、最終段階の超速を誇る直撃必死のものだった。

(通常射撃で対処!!)

 ドウッ、ドウ。銃口がけたたましい産声とともに弾き出した無数の吹断はこれまでの殺戮劇同様、金髪少女戦士の全身に
雨よ霰よと着弾した。着弾しながらも業火の如く吹き上がる黄金の紙幣状の陽炎によって散り飛ばされひどくリバースを驚
かせた。

(拳の威圧といい吹断を弾く防御力といい……なんなのこのオーラ。紙幣!? バスターバロンに炸裂した例のアレが遂に!?)
 だが瞬間記憶に秀でた海王星は微妙な不一致に気付く。別物。では金髪少女の能力は? 武器も持たず防具も着けて
おらぬ彼女に疑問はますます深まった。
(このコの武装錬金は何!? 『どんな武装錬金』……!?)
(分からぬときゃあ封じるに限りますよ青っち!)

 光る穂先! 発動するは最速の伝播──…

「攻撃を、禁ずる!」
「甘いですね」

 バリケードの映り込んだ鉄板ほどある破片が、輝くハルバードと赤毛の少女の中間点を遮蔽する。禁止能力は物理的に
シャットアウトされた。

(っ! この破片……さっきのミサイル!? 妨害は必然!? それとも偶然!?)
(必然ですよ)

 合沓(ごうとう)の甍の向こう、10号棟F列通路側外壁そばで燕尾服姿の青年が眼鏡を直した。

 ブレイクは見落としていたのだ! 舞い飛んでいたミサイルの破片の1つ! それがバリケードを鏡映するのを!

(『対象にダメージを与えられなかった場合、その破片のどれか1つに、周囲5m圏内に存在する総ての武装錬金のうち
いずれか1つの特性を付与できる』のが我がプラチナサクロスの弾丸でしてね)

 その付与を当てるため破片をある程度操作できる『特徴』の方で月吠夜は禁止能力を遮光したのだ。

(本当はいまだ謎な海王星の特性を当選させ暴きたかったのですが、まあいいでしょう)
(ハハ余裕ぶって。『あの場所』の5m圏内着弾だったら一定確率で写楽旋輪の能力と所在がバレてしまうってさっきまで
必死こいてタヨネー。必死こいて着地弾地点を『あの場所』から5m超えて離れた場所にしてタヨネー)
(……。そういう、何が選ばれるか創造者の私ですら読めぬタチの悪さ、たっぷりと味わってもらいますよ)

 端正だが、神経質そうな顔つきの彼は傍からガバリと走り出す人影に、仲間(いのせん)ともども嘆息した。

(賭けはあなたの勝ち、ですか。壁村氏のものが来ると見事いい当てたあなたの)
「そして越境を目論め! ウォールサージを見た者よ!!」

 錆々としわがれた吼号響く12号棟東側に視点は戻る。

(か、体が勝手に金髪の方へ……!)
(マズい! ミサイルの破片にバリケードが映り込んでいるのは鏡映ではなく……特性! むめっちの龕灯のような『性質
付与』系! そして借りたバリケードはたぶん誘引系統の何か!! 進軍途中越えたのがあまりに当然過ぎて気付かな
かった!!)

((だったら!!))

 ブレイクはリバースを中心に轟然と旋転。なおも向かい来る金髪少女戦士の拳にその豪宕なる穂先をブチ当て威力を減殺
する。吹き上がる衝撃。一瞬片目をつむり疼痛を示した金髪少女だがダメージはほぼ皆無。
(アポジモーター! サブマシンガンの逆噴射で天王星を加速、ね!!)
 だったらと拳と繋がる肩口からゴールドの噴炎を上げ前進。電磁の衝撃が拡がる一瞬の、しかし凄絶な鬩ぎあいの中、
天王星の物陰から二挺を構え跳びあがったリバースは、むろん彼の柄を足場にしたものである。(強い相手! だからこ
そ……一点集中!) ミニガン以上の連射力をただ一弾に集中した吹断は果たして金髪少女の眉間を光り輝く障壁ごと貫い
た。と認識できる筈だったのだ、野太い蔦どもさえ間(あいだ)に割って入ってこなければ。植物廃屋からの来援という訳で
ある。こちらは耐久度が低い代わり数が多い。吹断は立ちはだかる蔦の数々をブチブチと貫通しながらも運動エネルギー
を破壊の抵抗に奪われ見る見ると減衰、21本目の蔦の半ばほどで遂に停止。

 海王星はあやうく叩きつけそうになった。銃を、地面に。

(っとに、厄介な連携……!!)
「は、今から」

 投網よろしく扇形に放物される鉄色の細い線が震えたころ、ブレイクは80匹近い衝撃波エイリアンに襲われ始めた。

 リバースはそろそろ、キレ始めた。

(はぁ!!? あのワイヤーの術者らしき戦士が廃屋の植物に近づくの見てないわよ私イラつくイラつくそうよ空から監視し
てた自動人形はそれらしき人影全然見てなかったのにどうして仕込めてるのよイラつくわそしていつになったら光ちゃんを
出してくれるのよ出しなさいよ!)

 離れた場所で、術者は思う。

(できて当然当然とぉ〜ぜん♪ だってワイヤートラップ仕込んでた廃屋をフジコーさんがそのままツタの化身にしちゃった
んだヨ〜?だったらさあ、とぉ〜ぜん、あるヨネー!! ツタの中にも、わ・い・や・ぁ!)

(……仕組みはなんとなく分かったわ! そしてそれが! 貫通しゆく私の銃弾に作用し!)
(俺っちに攻撃を……! へ、へへっ、ちょっとブルっちゃいますねえこの連携力(コンボ)!)

 この場に居る連中総てラクに殺せていたさっきの雑兵どもとは違う……リバースとブレイクがほぼ同時に感得した瞬間、

 電撃的な直感が咄嗟に2人を背後へ運んだ。ブレイクは巨拳のオーラを弾いた反動で、リバースは蹴りで蔦を破裂させた
揺り返しで、それぞれ着地し更に飛びのく。

 至近距離特有の、音すらない轟雷が彼らが寸前まで居た場所を焼き尽くした。
                                               
「気象兵器(HAARP)の武装錬金、スノーアディザスター……なの。

 地上8mほどで渦巻いていた少女型の黒雲が渦巻いて四散した。

(ドラちゃんとかいうコの雷……!)
(接近戦に気を取られているところに撃破数3位の大火力、すか)

 ひゅうと口笛を吹くブレイク。彼はやや黙り……黙り……振り返りがてらハルバードを振り下ろす。熱した鉄を水につける
ような音も一瞬、B列通路北方面から放たれていた大口径の光線は槍圧衝撃波によって両断、爆発を遂げる。そしてどこ
からともなく、声。

    スノーア       
「……snoreは「いびき」って意味、です。勉強になるでしょ……です……」
 02号棟の影に隠れる赤い三つ編みにリバースの瞳が輝いた。
(光ちゃん! いつぞやブラボーさんにブっぱなした口からの破壊光線って訳ね今の!)」
「最大火力連発……! 雷からの間髪いれずは流石に危な……」

 かったと踏み出しかけたブレイクだったが、視界のずっと端に妙な閃光を感じたため振り返る。だが警戒に有った奇襲は
ない。代わりに見えたのは廃屋の窓の奥たたずむ……姿見。

(今の雷かビームの輝きを……反射した?)

 一方、その廃屋……11号棟の窓際すぐ下、姿見に映らぬ死角には──…

(あぶなかった! あぶなかったーー!! 危うく『最初の撮影』……気付かれるトコだったーー!!)

 2体の自動人形ともども小柄な体を限界まで縮めるよう座り込み息急く口おさえる……写楽旋輪。

(でも何とかできた! 報えた! 他の戦士さんたちの連携攻撃に紛れての撮影……できました!!)

 むろん斗貴子の絵図である。

──「2回目はともかく1回目は廃屋に紛れて撮影すべきだ。最初のが強制移動なしの任意で可能な以上そうすべきだ」
──「フラッシュはドラちゃんの雷に紛れて焚く、なの。『雷が、たまたまあったようにしか見えぬ鏡』に反射したよう偽装する、なの」
──「そう……ですね。ちょうど……この家に鏡……ありますし」
──「え!? コレ腐って水銀部分も剥落しまくりですよ!? これじゃ雷の反射の、説得力が……!」
──「ボロボロでも問題ない……です。ありさえすれば……私が…………」

 鐶が事もなげにキドニーダガーを取り出した時の驚きは今でも鼓動を早くしている。

──「ふたたび年齢操作!!」
──「はい……です。どれほど朽ちていようと……私の特性で……若返らせれば、いいだけ、です」

 そして『古びているが、ギリギリ雷を反射できる』程度の絶妙な保存状態に仕立て上げ……雷に紛れ撮影!

(あああ助かった!! 津村さんとドラちゃんさんと鐶さんのお蔭で助かったーー!)

 写楽旋輪! ブレイクならびにリバースの……『撮影一回目』成功!

(あとは念のためこの廃屋から脱出。偽装に偽装を重ねたとはいえ、あっけなく騙されてくれる天王星の幹部とはとても。
きっといぶかしんで寄ってくる。その前になんとか脱出しないと……!)

 しかし、である。よく考えてみてほしい。いま疎開住宅地上空にはリバースの分身たる自動人形が居る。戦士たちの動きは
つまりほぼ筒抜けといっていい。じゃあ11号棟への侵入自体マズイのではないかとなるが、そちらは自動人形が打ち上げ
られる以前の話だから問題ない。大事なのは今。『空中からの監視をどう掻い潜って脱出するか』だ。

(……ああほんとう、仲間って、いいなあ)

 振り返った輪は笑う。窓から見えぬ死角にまるまると浮遊(うか)んで居たのは……バブルケイジ。共に入居(シェア)した。

──「輪ちゃんの身長いま何cm……なの?」
──「149cmですけど」
──「……9発までか。しかし残り14cmは小動物としては不自然な大きさ、捉えられる恐れが。せめてあと2cmあれば……」
──「そうね。あと2cmあればもう1発加えて1cmに縮められるんだけど……」
──「この戦いが来年だったらと思います。去年おととしと2cmずつ伸びてはいるんですよ。なら、来年だったら……」
──「なにか……いい手段…………ない……でしょうか……」

 呟く鐶。頷いた一同はちょっと黙ってからギョっとした表情で……二度見した、彼女を。

──「「「「あっ!!!」」」」

──「ふぇ? どう……しました……?」

(年齢のやり取りで私を1歳加算。そしたら運よく151cmになったので…………うん、まあ、成長期なのに結局毎年2cm
ずつしか伸びんのかい私って気もするけど──ぜったいお父さん遺伝子のせいだ、おじいちゃんもひいおじいちゃんも150
cmなかったもん──とにかく151cmにはなったので)

 10発のバブルケイジで1cmになればまず、上空からは見えない。認識できない。むしろこれこそバブルケイジ本来の特性
を強く活かした戦略的措置なのだが……やんぬるかな、先ほどのイオイソゴとの戦いで開花した変幻と速度の戦い方こそ
警戒と評するリバースとブレイクは、あろうコトかこの基本、失念していた!! いや、仮にこちらも警戒していたとしても、
恐らく上空からの捕捉は叶わなかっただろう! 自動人形が監視すべきは25棟もの建物! その周囲で動くただ1つの、
1cmほどの物体をピンポイントで発見するなど……ほぼ不可能に近い! そもそも自動人形という第二の目で監視している
リバース自身、戦闘に集中力の大半……割いている!

(ま、だいたいそんなカンジだとは思うけど、念のため、なの)

 ドラちゃんは自然現象に見せかけ、村全体に微風を吹かせていた。そう、入村時の幹部たちの頬を撫でてきりずっと吹いて
いる生ぬるい風は作為のもの、スノーアディザスター起因の貿易風ならぬ錬金風。

 細かな草のカケラや、葉っぱ、よく分からないゴミなどが村の道路をカサカサと動き回っている状態で、『縮んだ少女』1人
を発見するのは難しい。

(これでも、ドラちゃんなら……建物から建物へと移動する、不自然な動きの小さな物体だけに狙いを絞って……監視する
……なの)

(だから、風にわざと煽られながら、さりげなく軒下に滑り込み……廃屋特有の割れ目から中に入れ……ですね)

──「あれ? でも風船10発でいいんですか? 私の自動人形2体を考えたら、30発は必要なんじゃ」
──「10発でいい。本体が縮めば武装錬金も縮む。私の時もそうだった」

 なお、身長を元に戻したい時は白い法廷にて依頼すればいい。
 構造的には何ら破綻のない作戦だが、しかし輪は1つだけ、泣きたくなるほどの不満点を抱いている。

──「……」
──「どうしたんですか津村先輩」
──「その……1つ、イヤなコトを……」
──「??}
──「えーとだ。例の再殺騒ぎで喰らったとき、私は…………」

(ううう。ですよねえ!? 奥多摩の件を考えると、こうするしかない、ですよねえ!!?)

 廃屋の中、今まさにバブルケイジに当たらんとする写楽旋輪。実をいうと一糸たりと纏っていない。ほんのりと色づいた、
青い肢体であった。やや丸みとふくらみを帯びてきているが、中学2〜3年の見た目相応の生硬い、少年のような体つき
だった。なお彼女の使命感に対する名誉を守るため特記するが、以下しばしば挟まれる葛藤は一瞬のものである。

(恥ずかしい、恥ずかしいですーー!! そりゃバブルケイジが服に作用しない以上、仕方ないといえば仕方ない、です
けど! もし服着たまま縮んだら服がココに残って、その痕跡から何か企みがあるって天王星たちにバレるから、ぬ、
脱ぐしか、下着まで脱ぐしかなかったんですけど…………恥ずかしい、恥ずかしいですーーー!! しゃ、写真撮る私が
ヌードモデルみたいな格好とかどうなん!! どうなんーー!! あああシャレにもならない、カメラ使う私がカメラ使われた
ら終わりって状態になってるの笑えないよね全然笑えないっ、はずかしいい!!)

 あああ、さっき幹部たち撮るとき、誰も、特に男の戦士さんの誰も、見て無いですよね、私、みてないですよねー!!?
心の中の輪は瞳ぐるぐる、溶けたハニワみたいに背を反って、頭を、抱えている。

(しかもこのカッコで別の廃屋に……『服』置いてあるところまで歩かなきゃいけない訳……なんだよね!?! その道中、
天王星の幹部が手違いでやってきて見られたら、死ぬ! 色んなイミで死んじゃうよおお!!! ヤダー!)

 もう顔は真赤。涙目。(で、でも写真! 写真はちゃんと分析しなきゃ! 従軍記者の武装錬金の1パーツなカメラから出
力された写真は、武装錬金扱いで縮むって検証したさっきの手間隙の元を取るためにも……分析しなきゃ!!)。

 体育座りでなるべく肌の露出を抑えながら、そして(てか1歳年取ってるのに全然おっきくなってないのどうなんよ……)
と特定部位に対して悲哀を覚えながらも、写真を、見た。

(? これは……)

 2つの自動人形からそれぞれ受け取った写真を見た輪のカオがやや曇る。恐怖というより、「……あー、読み解き必要
なタイプな奴だー」な、ニュアンス。若いとはいえ未来視一本でやってきた戦士なのだ、”一見こう見えるけど実はこう”な
タイプの、予知特有のよくある写真はなんとなく直感でわかる。

(その辺の気づきは白い法廷で津村先輩の実務的思考力とすり合わせるとして)

 冷感とは全く別次元な怖気が、ぶるっときた。細い体をきゅっと抱く。

(一度目の撮影を終えたいま……もう後戻りできないんだよね、私…………)

 成功は同時に死地への端緒でもある。次にブレイクやリバースがその能力を使ったとき、非力なる少女は既に幾度なく
大殺戮劇を繰り広げてきた恐るべき魔人たちへの……意思とは無関係な接近を強いられる! 強いられて、しまう!

(……)

 恐怖がよぎる。薄い胸のなか拳ををギュっと握り締める。リバース・ブレイク両名と同格の幹部(ディプレス)の殺戮現場で
覚えた震えに押しつぶされそうな心を辛うじて支えているのは犠牲者(あのとき)への想いだ。彼らの家族は彼らの死をま
だ知らない。不安に怯えながらも、自分の大事な人だけは必ず帰ってくると、自分との約束が支えになって帰ってくると当た
り前に信じているのだろう。

(それがもう……打ち砕かれている。私の友達の……養護施設の子達のような子が……生まれてしまっている)

 だからこそそれ以上の拡充は必ず防ぐ。

(私の、未来視で。絶対に)

 青い炎の使命感が灯ったとき、風船すら1つもない11号棟内部で、「桜餅色の小さな何か」が、片隅の、外へと続く割れ目
へと吸い込まれた。

 バブルケイジの破裂音は予定通り、破裂するような音で鳴くカマイタチの連撃によって掻き消されたが。

 天王星の幹部は先ほどの光への疑惑に染まり始めていた。

(あの光……本当にただ雷とかビームとかが鏡に照り返しただけ……ですかね? 何かの、武装錬金だったりは……)

『自分と同じタイプ! 光で何らかの搦め手・補助的な特性をかける相手!』と先ほど写楽旋輪が推測したような気付き方の
経路に天王星の幹部は入りつつある。ちなみに事前に彼が『未来視の能力と、それを操る少女の姿形』といった情報を入手
していないのは、先ほど輪に遭遇したときの反応からも明らかだ。よって彼は思いもよらない。未来をハッキリと予知しうる
能力が戦団にあり、それを『虹封じ』の破壊ないしは分析の柱石に据えているとは。

 …………。

 ブレイク=ハルベルドは『枠』(わく)に拘る幹部だ。司る虚飾の罪もそこから出ている。枠。飾り立てる、枠。銀成で斗貴子
と秋水を一晩で演技に熟達させたのも『飾り方』を知っていればこそだ。その原型は学生時代、カラーコーディネーターを
志していた部分に萌(きざ)す。そちらは不慮の事故で後天的な全色盲になってから失われたが、換骨奪胎、1つの技能
への熟達が別分野への転向をももたらすケースはかなりある。バイクメーカーの経営再建を手がけたサラリーマン社長が
ゴタゴタで追い出され行き着いた大手小売チェーンで空前の赤字をV字回復させる小説のような絵物語が実際あるのが
世の中だ。
 カラーコーディネーターを断念せざるを得なくなったブレイクは紆余曲折を得てアイドルとなり、自らのプロデュースへの
繰り返しを経て国民的な声望を一時期だが得ていた。それは当時の恋人とか親族とかの薄汚い裏切りで大破綻をきたし
たが、詳細は省く。
 重要なのは流れ着いた先で、レティクルエレメンツという組織で、イオイソゴ=キシャクという老人に巡り会ったという一点!
先の戦いで彼女のやり口を「かっ込んだ」犬飼倫太郎よろしくブレイクもまた影響を受けている。

(戦いとは大枠を整える……にひっ、イソゴ老の戦い方、実に参考になりやす)

 裏切りによって人間の暗部につくづくと嫌気が差しながらも、磨けばどこまでも輝かしくなれる可能性の部分だけは今もって
信じているのがブレイクだ。たとえ才覚や力量が足らなかったとしても『枠への規定』がしっかりしている人間は、戦士は、
絶対に強いと警戒(しんらい)している。し続けている。

 その感覚が訴える。さっきの光、本当に雷などの照り返しだったのかと。既に数々の連携を、組織力を、枠の美しき噛み
合せを、披露している戦士たちなら、偽装の1つや2つ行うのではないか……と。信頼しているといいながらこうやって疑う
のは結局過去、裏切られているからだ。手ひどい痛みから抜け切れずにいるから悪に身をやつし正義を殺す。

(……光。すぐ浮かぶのは、やっぱり龕灯すかねえ。むめっちの)

 性質付与に必要なスキャンがいま雷に紛れて行われたのかと考えたが首を振る。データにある龕灯の射程は、短い。せ
いぜい二〜三歩先のものしかスキャンできないだろう。一方、先ほどの雷か否か怪しい照り返しは八歩以上離れた場所で
起こった。射程距離でスキャンしてから鏡のある廃屋にヒットアンドアウェイで逃げ込んだ? ともブレイクは考えたが理に
合わぬと首を振る。

(ああいう超遠距離でも操作できる武装錬金のうち自動人形とか乗り物じゃないもんは遅いんすよ、移動速度。それが一瞬
で逃れ去るのはまず不可能。そりゃ光っちのような高速移動可能な方が持ってスキャンして離れるとかもやれなくはないで
すけど、そーいう気配なかったですし)

 そもそも幹部2人の『特性』に掛けられた戦士が先ほどの場に居なかったのが決定的事実となって龕灯の仕業を否定
する。

(……じゃあさっきの照り返しは…………なんなんすかねえ。考えすぎ? でも戦時中からある建物なのに鏡だけ曇ってい
ないとかちょっとヘンなような……。いやでもあの家保存状態良さそうだし、運よく風とか吹き込まないまま今まで……? 実
際それがギリ成立する感じな古い鏡なのが却って迷う! うーん。どっかの浮浪者が持ち込むのは……ないでしょうし。その
枠にかけて身だしなみを気にする訳がない。じゃああの光はいったい……。……。……。ひか……り……?)

 光、という言葉にブレイクは思いつく。

(……まさか光っち? ボロボロだった鏡をキドニーダガーで……若返らせた? いやでも……なんのために? 銀成で6
人相手どった時みたくここら一帯若返らせた? いやでもソレ、あのときみたいな混雑(メリット)ないっすよね? だいたい
それなら建物全部もっと若くなってなきゃおかしいし……。『じゃあ鏡だけを若返らせた』? 何のため? 他の戦士さんの
攻撃の媒介のため……? イソゴ老の忍法鏡地獄と同系統だけどやや違う……完璧な鏡を必要とする、何らかの特性の
……ため……? でもだったらそれ……屋外に置きませんか? 建物の密集をさいわい、こっちが追い込まれて曲がった
所に鏡を配置! そこからの特性をかける! ……みたいなのが最善手…………あー、だめですね、俺っちではそれ位
しか考えつかない。なんなんすかあの鏡……)

 やや腑に落ちないものを感じ、(できればあの廃屋確認したい! 青っちにあの鏡の匂い嗅がせれば光っちの特性が
効いてるかどうか、分かるし!!)と、輪のいた廃屋めがけ踏み出しかけたブレイクだが。

「はァ? ヨソ見してるとかバッカじゃないの!!!」

 飛び込みがてら地面を拳で割り砕く金髪少女に肩を竦めつつ困り気味に笑う。

(そうなんすよねえ、パッとあっち行けない理由はこのコ。連携してる戦士さん方の中で一番厄介かも)

 先ほど数々の戦士を一撃の下に両断してきた全力の一撃はもう何度目であろう。だがそれはまたしても防がれる。今回は
黄金の波濤に包まれた右拳によって呆気なく受け止められた。ばさりと紙幣用のオーラが散るなか、隙ありとばかり背後の
死角に回りこんだリバースが乱射をするが、

「しゃっ!!」

 左拳からの、これまた紙幣を横向きに並べた円錐型の衝撃波によって吹断の銃弾が消滅する。

(このメチャクチャな強さは……なに!? なんなの!!? 幹部(わたしたち)2人同時に相手どって……互角ぅ!!?)
(戦士長一覧にこんな人居なかったのに、俺っちが想定してる光っちの攻撃力より……だいぶ上…………)
 そういえばとブレイクは思い出す。
(『一世さん』。俺っちのお師匠……小札さんのお兄さんも10年前たしかディプレスの旦那とイソゴ老、火力知力の恐るべき
タッグを圧倒したといいますが…………そ、そんな冗談のようなレベルが一介の戦士にゴロゴロしてるなんて……ありえない!)
(さてはコレ……実力じゃないわね! インチキ! 武装錬金特性による何らかのインチキ!!)

 リバースが思うなか、金髪少女は、怒った。

「かーっ!! あったまくるわねえ!! 学窮(わたし)が掴んでんのにどーして砕けないのよっ!! ホント特性補助向
きは硬いの多くて大嫌いっ!!!」

 多くの命を弄んできた断頭の刃。それがなよなかな少女の手にむんずと掴まれている。
 ひどい、力だった。
 調整体の、化外の膂力を持つブレイクが、まったく押し切れなかった。
 誤って巨岩に斧をめり込ませてしまった木こりの気持ちを理解した。
 奥歯を噛み締め、丹田に力を入れる。
 押し込めない。
 美しい手だとすら思った。タコのない。つるりとした掌だった。
 それが、切断できない。
 ずるり、ずるり。柔らかい土の感触が足元から立ち上る。掘っている。掘りこむほどにかけている。何を? 力を。なのに、
進まない。
 ならばと反る。背筋の計測器など一瞬でガラクタに出来るバネがやっと解放された。全身を心地よさがつきぬけた。背骨
が鳴る。筋肉がほぐれる。不自然な体勢が終了を告げる。
 慟哭。
 瞠目。
 動いていない。ハルバードの穂先だけは動いていない。少女の掌に掴まれたまま動いていない。彼女ごと引きずったのだ
ろう……淡い期待を粉砕したのは小さな小さな2つの靴。何ら、掘っていない。引きずられてはいない。今度はプロレスラー
を理解した。四ツ手で惨敗寸前のプロレスラーを理解した。

 くしゃっ。ブレイクの口角が引きつった。枠に拘るこそ枠の見えぬ相手は、怖い。にへらとした貌(かお)はもう臆面もない困
惑で、痙笑だ。

(……やれやれ。こうなってくると)
「どう! 自分より強い力で押さえつけられる気分は!! 仲間(みんな)がされて怖かったコト、これからたっぷり仕返しして
やるんだからっ!!!
「ンー」
 放胆にも柄から左手を外したブレイクは、それで頬をかいた。枠(かいま)見える相手の軽躁さが恐怖を少し和らげたと
みえる。
「自分より強い力で押さえつけられる気分、すか」
 ぬっと彼の背後から現れたのは猫背のリバース。例の赤と黒の瞳で爛々と牙向いて笑っている表情だ。
「比較的毎日あじわってますけど?」
 金髪の少女戦士は両目から火花を飛ばし、丸まった。銃床が、振り抜かれている。グリップごと叩きつけるのではなく、銃
身を握り、遠心力に任せて振り下ろしたのだ。めきょっ。金色の脳天が嫌な音を立て陥没した。窪みに銃床が一瞬ひっかかり、
強引に、引き剥がされた。青ばんだ眼球をぐろんと上向けた少女は頭蓋のなか確かに聞いた。言語に絶する金属音と卵
の殻の割れる音を。同時に、生命力のエネルギーそのものなオーラに彩られていた金色の髪が……地毛なのだろう、赤毛
へとみるみる退色した。
「うそ……! 射手(シューター)がこの攻撃力……!? 近接特化の殿群ズにあれほど遅らされたのに……!?」
「青っちはむしろ格闘寄りっすよ? 精密射撃はあくまで副産物……。サブマシンガンで字ぃ書くっていう無茶を練習しまくっ
た結果、射撃もうまくなったってだけで。むしろ好きなのは拳と拳の勝負。伝軍さんら相手に遅れたのは『たっぷりと堪能し
た』からであって……圧されていた訳ではないっす」
「うふふあはは防御力を高めているなら一点集中で破ればいいだけよ終わり終わりこれで終わり手こずらせてくれたわね」
 崩れ始める少女の姿に勝利を確信し他の戦士に向き直るリバースは
「いっっったいわねもう!!!」
 膨れ上がる拳によって……手近な廃屋へ叩き込まれた。玄関やや上に着弾したリバースは上半身でホコリと色あせに
満ちた板を、足でドアの枠やガラスを、それぞれ破滅的な音と共に巻き込んでぐしゃぐしゃにしながら薄暗い室内へと吸い
込まれ……やがて崩落の中の人となった。

(……。さっき妙な反射? のあった廃屋すね。これで鏡の調査ができなくなったのは偶然?)
 建屋の崩れる凄まじい音のなか、いっそう疑念を高めるブレイクだが、謎はまだある。
「っつー!! 死なないからって痛いものは痛いんだから!! ホントもう、許さないんだから!!」
 戯画的な白目にちょちょぎれんばかりの涙をたたえクロス字の両掌で脳天を抑える少女は……そう、生存していた。うむ
と口中で気合を入れると再び金色の波濤が全身に溢れた。後頭部にお団子のある赤毛もまた鮮やかに脱色。
(戦闘不能に……ならない!? レティクルナンバー2腕力の本気をマトモに浴びて……すか……!?)
「なんなのあなた? 本当に、なんなの?」
 やや恐慌状態にあるブレイクをいよいよ直立させその輪郭を波打たせたのは、廃屋11号棟の瓦礫の下から暗鬱と響く
声である。怒りはない。ザラつきも。おぞましいノーブレスとは真逆の、人に聞かせるための、丁寧な喋り方だ。ただ静粛で、
凛然とした、絶対の使命感にあふれる美しい声だった。
 だからこそ天王星の幹部は、ビビる。
(……こ、これ、青っちが一番ブチ切れてる時の声っす………………!)
 しかしゴールドの波濤噴き上げる少女戦士は涼しい顔で首を一回右に曲げ、コキリと鳴らしただけだった。だのにそれが
加速装置のスイッチだったかの如くブレイクの傍を溶けて過ぎ去った彼女は耳を覆いたくなるほどの衝撃音のなか実像を
取り戻し……リバースと組み打つ。そちらは銃身で、金髪少女は前腕部の手の甲側で、それぞれ相手とせめぎ合い始めた。
「…………リバース=イングラム。コードネームは『波』。マレフィックネプチューン」
「財前・ミック・マイ。日本名の当て字は『美しき紅の舞』。ホムンクルス撃破数11位」

 互いを容易ならぬ好敵手と認めた少女たち、破顔(わら)う!

 戦時国債の武装錬金、デフォルト=デフォルト!!

 特性は生体エネルギーの借り入れ! 契約は書面ではなく握手によって行われる!! 財前美紅舞の右掌を変換して
発動する超小型輪転機タイプの武装錬金は握手した者の掌の皮を巻き込み、パスタの原型の如く”なめし”、表皮細胞総て
の塩基配列に『約款』を刻みつつ元の状態に張り直し……掌(それ)自体を遺伝子レベルで戦時国債へと造り替える!! 
そして掌を戦時国債化された『債権者』は、美紅舞の要請時、強制的に生体エネルギーを徴収される!!!! 
 徴収された生体エネルギーは、美紅舞の、攻撃力、防御力、回復力、瞬発力など様々な能力の強化に使用可能!! それ
こそがブレイクに競り勝ちリバースの猛攻を凌いだ秘密! 美紅舞は各場面に必要な力を瞬間ごと爆発的に高めるコトで凌い
だのだ、実力で遥か勝る二名の幹部を!

 先ほど白い法廷でデフォルト=デフォルトの概要を聞いた鐶は、呻いた。

「戦士からエネルギーを集め際限なく強くなる武装錬金……? だったらそれは……、一種の、簡易版の」

 斗貴子はやや難しげに答えた。

「ああ。そうだ。下位互換とはいえ要するに……」

「ヴィクター……だな」

 リバース=イングラムが殴り飛ばされ吹き飛んだ。
 財前美紅舞の轟然たる拳に頬を射抜かれたのだ。

(やった! 音楽隊の副長ですら有効打を与えられなかった幹部が!)
(飛んでいく! ここ12号棟東側からB列通路を北へ、01号棟方面へ……飛んでいく!!)


 A       B     C       D       E       F
││    ││    ││    ││    ││    ││
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─ 1
││ 01 ││ 02 ││ 03 ││ 04 ││ 05 ││
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─
┐┌──┐┏━━┓┏━━┓┏━━┓┌──┐┌─ 2
││ 06 │┃ 07 ┃┃ 08 ┃┃ 09 ┃│ 10 ││
┘└──┘┗━━┛┗━━┛┗━━┛└──┘└─
┐┌──┐┏━━┓┏━━┓┏━━┓┌──┐┌─ 3
││ 11 │┃ 12 ┃┃ 13 ┃┃ 14 ┃│ 15 ││
┘└──┘┗━━┛┗━━┛┗━━┛└──┘└─
┐┌──┐┏━━┓┏━━┓┏━━┓┌──┐┌─ 4
││ 16 │┃ 17 ┃┃ 18 ┃┃ 19 ┃│ 20 ││
┘└──┘┗━━┛┗━━┛┗━━┛└──┘└─
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─ 5
││ 21 ││ 22 ││ 23 ││ 24 ││ 25 ││
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─ 6
││    ││    ││    ││    ││    ││

 美紅舞、思う。

(本家(ヴィクター)のような『徴収したエネルギーごと吸い取る』タイプじゃなきゃ、これ位どうにか、なんだから!!!)

 鐶は……首を振る。

(…………血も髪も……落としてはいない……ですね、お姉ちゃん)

 DNA含有物質からでも武装錬金を複製できる上司(リーダー)からサンプル回収を依頼されている少女は義姉の用心深さ
に感服しつつも心胆寒いものを覚える。

 リバース=イングラムは飛ばされながら平然と……微笑む。

(コンセントレーション=ワン発動前に直撃するほど速く……光ちゃん以上に、強い……、かぁ)

 吹き飛ぶ幹部、『口の中の違和感』をぷっと吹き捨てる。過ぎ去る屋根の上でエナメルが白く跳ねた。びきり。沸騰する思
いに両目を見開く。赤と黒に彩られた2つのレモンに宿るはむろん絶対の殺意である。

「許せない許せない許せない許せない許せないポっと出の戦士ごときが光ちゃんより力強いなんて許せない殴られたコト
は別にいいのよ許してあげるアナタの気持ちとか正しい使命感とか伝わったからむしろ嬉しいし歓迎するあなたはきっとい
い人マジメな人好きよ好きよむしろ好きよでも光ちゃんより力強いのは許さない光ちゃんこそが一番強いんだから許さない」

 怒気に引き攣っている声……ではない。静虚で、空虚なトーン。自殺直前唱える『ぶつぶつ』だ。哀愁の不協和音だ。
(こええ、コイツこええ)(アドレナリンのオーバードーズ……!) 藤甲や美紅舞といった近くに居た者が悉く活力を奪われる
調べだった。声が天女の如く澄み渡っているからこそ余計陰惨だった。

 屋根より高いとはいえ姿勢自体は地面と水平だ。仰向けだ。二挺のサブマシンガンは左右それぞれの大腿部の上に伸
ばす。マズルフラッシュ。追撃に翔ぶ美紅舞の全身を夥しい弾丸が穿つ。想像を絶する速射だった。撃ち込まれた美紅舞
周辺の大気が弾き飛ばされ跳弾するほど速く鋭い連射だった。屋根や壁の跳弾を受けた部分はひどい音を奏で砕け散る。
漬け物石を力士に投げつけられたような有り様だった。

「!?」
「イッターイ!!!」

 破片は、10号棟傍に隠れ潜む月吠夜といのせんの肩や頬まで掠り傷とはいえ切り裂いた。

(めちゃくちゃ離れてるのに……巻き添え!?)
(3人家族なら広々住める建物3棟と、幅6mの道4本隔てたこの場所に!!? それも音からすれば直撃ではなく……財
前美紅舞への攻撃の余波の……更に余波、なのに……!)

 飛んできた木片はナイフの鋭い突き込みのような威力があった。クールな佇まいをやや蒼褪めさせる月吠夜はしかし更に
見た。角の向こう……リバースの射線の通る道・”2行目通り”の路面にある、決定的な恐怖をもたらす、『見てはならない
もの』を。

『そこに、いるのね』

 字、だった。それが先ほどまで見せていた弾痕ならまだコケ脅しだと笑って流せた。が、違う。木片だった。地面に折り重
なった木片が、確かに、ハッキリと、上記の文章を並べているのだ。

(ぎゃひいいいい!! こわいこわい月吠夜こわいよ逃げようヨーーー!!!!)

 もはや魔技としかいえない。跳弾で文字を作るだけでも人智を絶した行為なのに、リバースはその跳弾が巻き上げた木
片で、『建物3棟と幅6mの道4本隔て』た場所に、文字を、書いたのだ。
 惑乱し、建物の影から角の向こうへ飛び出そうとするいのせんの首ねっこを(わ!! こら!!!)、月吠夜は押し殺した
大声で引っつかみ引き戻す。
(お、落ち着きなさいいのせん! これほどの曲撃ちをできる者を相手に迂闊な動きを取るのは危険!! というか木片
で有効なダメージを与えられないと踏んだから、私たちを文字で揺さぶり建物の影からいぶりだそうとしてるんですよ彼女!
どころかヘタをすればブラフ!! 総ての道に同じ文言を書いている可能性だって! 空中の、自動人形の監視を以って
すら、戦士(われわれ)がどこに隠れているか分からない”からこそ”、そこにいるのねといった漠然とした、いかにも見つけ
ているような言葉で動揺させ、見える位置に飛び出させようとしてる可能性だって!)
 あ、なるほど。いのせんは、ピタリと止まった。
(だったらそれに気付かず出てく奴とか、バカだよねアハハ!!!)

 笑ういのせんは確かに見た。5号棟の屋根に一瞬浮かび上がった赤毛の三つ編み少女を。「あ……」。月吠夜がただ呆然
と見守った推移はこうだ。「ややや、やられる前に……やれ、です……!」「落ち着け! いつものキミなら簡単に見抜ける
ブラフだろ!! ビビりすぎだ姉に!!」と地上の斗貴子に三つ編みを引っ張られ強引に引き摺り下ろされていたのは言うま
でもなく鐶光。トラウマゆえ面白いよう釣られたらしい。余談だが彼女の本名は「ひかる」。しかしリバースは「ひかりちゃん」
と呼ぶ。通りがいいのだ。

 ともあれブラフの文字よ、動揺と諫止の気配がそこかしこでし、再び静寂が戻る。気配を察した海王星はやれやれと、笑う。

(……流石にかからない、か。1人ぐらいは期待したんだけどなぁ。そしておびえる光ちゃん……可愛い)
 笑顔のまま、やや変質的に息を荒げる憤怒の化身、

(こ、こいつ、舐めたマネを……!!)

 今度は美紅舞に怒られる。

「学窮(わたし)に吹き飛ばされているさなかにあって、道に、戦士が飛び出してこないか観察したあげく義妹に萌える……
ですって!!? 馬鹿にしてるの、リバース!?」
「邪魔者殺したかったのに、失敗しちゃった」

 てへへと笑う。目はとっくに閉じている。ノーブレスの呪詛と乱射、それから怯えすくむ義妹の姿でいくぶんスッキリしたよう
だ。笑うと、ゆるふわしたショートボブと相まって童話の中のお姫様のような雰囲気がある。それでいて殺人になんらの罪
悪感を抱いていないのは異常という他ない。サマーセーターにロングスカートという清純な新妻のような格好すらもはや獰
悪のアクセサリー。

(こいつ! ちょっとやそっとの追い込みじゃ引き離せない!! あーもう! エネルギー、温存したかったのにィ!)

 コオオオ……。息を大きく吸った財前美紅舞の双眸戛然一閃!!!

「粉砕!! ブラボラッシュ!!!」

 無数の拳打を叩き込まれる恋人を遠目で見たブレイクは「おや」と細目を開けた。

(あのコ、ブラボーさんの弟子か何か……らしいすね。確かに……拳で戦う以上、師事するのは当然といえば当然。ときっ
ちや、武藤カズキさん、かの剣持真希士さんらがブラボー技(アーツ)使わないのは武装錬金が武装錬金だから、ですし)

 となると。『枠』に拘る天王星の幹部は顎に手を当て考える。

(先ほど青っちを『集中した一瞬』に入るより速く殴り飛ばせたのも説明がつく。『直撃・ブラボー拳』。速度に特化したブラボー
技(アーツ)を使われたと見るべき)
 12棟東側の天王星に、13号棟屋根中央から……声が、かかる。
「随分……余裕だな。恋人が圧されているのに」
 瞬く間に綯(な)われた無数のツタが一本の、長老な屋久杉のような太さになり……背後からブレイクを襲撃する。
(先ほど切断された反省を生かしこの太さ! いかなハルバードといえど切断できまい!)
「だからね。殿軍さんらの件でもいいましたけど」
 ウルフカットの青年、振り向きさえしなかった。
「圧されてるってのは、違う」
 ギザギザした閃電が駆け抜けた次の瞬間、巨大なツタは……倒れていた。断面は、滑らかなものと、繊維質がブチブチに
ちぎれたものとに分かれている。どうやら3分の1ほど斬りこまれ、自重によって倒木したらしい。
(なっ!! 大人10数人のかごめかごめでようやく収まる太さを!!?)
「10日に一度」
「……!?」
 倒れたツタを確認するや、くるりと振り返り直したブレイク、相変わらず感情の読み取りづらいウッソリとした笑顔だ。
「10日に一度。青っちがディプレスの旦那と本気で殺しあう頻度す。分解能力を持つ旦那としょっちゅうやり合って腕とか足
とかフッ飛ばされて、勝った数と同じぐらい負けて、でも即死だきゃあ避けてんのが青っちですよ?」
 だから、ですね。ほほ笑むブレイク。夕映えの逆光が不敵と嘲弄を強くする。
「分解能力スピリットレスに成す術なくシルバースキン、”ほどかれちまった”ブラボーさんの、更にお弟子さんらしき人に青っ
ちが押されるなんてコト……ないですよ。ありえません。アレは様子見……難儀な中ボス倒すための……『喰らって覚える』」
 瞠目する植物使い……藤山地力(32)は更に見た。光刃によって更に長く、凶悪に増幅されたハルバードを。
「生体……エネルギー!? できたのか!? ヴィク……もとい! 武藤カズキのような強化が!?」
「ん? 禁止能力用の『輝き』が何かお考えにならなかったんで? あれ……俺っちの生体エネルギーですよ? 生体エネ
エルギーを武装錬金に流せるならそりゃ磨くでしょ、サンライトハートプラスみたいな使い方」
 そして。嘆息と共にブレイクは歩み出す。
「例のワイヤーを仕込んでいるツタが切断されたにも関わらず例の衝撃波が青っちに飛ばないのは偶然じゃないです。
原材料の廃屋の壁という壁にワイヤーが仕込まれていたしましょう。天板や床、屋根にもあったとしましょう。ですがそれ
らを幾ら合算してもね、合わなかったんですよ、先ほどのツタ全部補綴する量には」
 だから気付いた。ワイヤーのまったくない部分もある……と天王星が言えるのは枠への拘りゆえだろう。容量や容積と
いった物理的な『枠』の側面から気付いたのだ、彼は。
「あとはワイヤーの無い部分のうち、『斬れば自重で倒木する』部分をピンポイントで……攻撃。あ、それでも相当な肉厚
でしたからね、力任せだけでも大概のものを切断できる俺っちのハルバードですら、生体エネルギーの強化なしではとて
も切断できぬ強度でした。ここだけの話ですね、俺っちがこれ使わざるを得ない仲間は、にひっ、盟主さまだけすよ?」
 だからアナタはかなり強い戦士です、誇っていいす。元褒め屋の青年は涼やかに笑う。
(この口調……! 間違いない、先ほどの一撃は加減していたという吐露……! 海王星へのカウンターを警戒して敢え
て抑えていたという……開戦当初から変わらぬ意思表明……。そして、マズい……!!)
 4mほどの光の刃。それと共に飛んでくるブレイクを網膜に映した地力は焦慮する。ちらりと見たリバースはもう体勢を
立て直しつつある。つまり……エイリアン衝撃波が飛んできても対応できる。つまり……もはや加減不要。
(仕留められるなら……まず1人!!)
 中空で身を捻るブレイク。衝撃を通り越し沈痛の顔で防御のツタを展開する地力。
(マズい! これに藤甲(アーマー)側の防御力を加味しても……!
 勝負は、見えていた。咄嗟ゆえ、先ほどより遥かに細い、一般的な鉄柱ほどのツタが、先ほどの、屋久杉級のツタを事も
なげに切り裂いた光の槍を防ぎきれる道理はない。まして体のほうよ、武装錬金で強化しているとはいえ畢竟植物にすぎ
ぬ装甲がどうして生体エネルギーの刃を防げよう。
 閃電の果て、切り裂かれたツタと同じように……藤山地力ナマの右脇腹にハルバードの冷たい刃先が接触し──…
「うむっ」
 名状しがたい呻きともにブレイクが腕に力を込めると、血しぶきは、呆気なく彼の体と頬を濡らした。
「にひっ」
 頬をゆがめる天王星は満足げに戦果を見る。
 藤山地力の死体……にはほど遠い、深さ5cmほどの手傷から血をまきあげているだけの現状と、彼とハルバードの間
に浮遊している無数の、硬貨を。
「やっと……出してくれましたね。バスターバロンを跳ね返した武装錬金……!!」
 ハルバードに帯磁の如く吸い寄せられていくのは。
(……1円玉から10円玉までの……小銭、だけ。果たしてこれは咄嗟の加減と……割って入ってきたのを見た瞬間えらん
だこの手加減と関係あるのか)
 バスターバロンの時は高額の貨幣も漂っていた。のみならず破壊男爵の胴体を一万円札が裂きながら出てくるのさえ
ブレイクは見ている。『戦費の武装錬金』と叫ばれるのも聞いている。、
(ならば『攻撃に”戦費(コスト)”を強制賦課、排熱よろしく貨幣のカタチで攻撃力を外部に強制射出し……弱体化。且つ、
”戦費(コスト”が一定額に達するたび紙幣で創造者に何らかの特別な攻撃をかける』……といった系統の、筈!)
 検証には傷が伴うが。
(青っちの『特性』を跳ね返せるか否かわかるなら安いもの! 見極めさせていただきやすよ、全力で!!)

 そこから10数メートル北東東で、美紅舞の粉砕ブラボラッシュをしこたま全身に浴び終わったリバースは、

(……こういった異常な力を発揮する武装錬金は)

 サブマシンガンの空気噴射と、ライオンを素材の1つに持つ調整体特有のしなやかさでもんどり打って06号棟屋根に
舞い降りる。明滅と共に眼前へ現れた美紅舞をにっこり細い両目で見た。彼女の異常な力への推測、それは。

(生命力を強制変換しているか、或いは地脈とか太陽光とかの外付けなエネルギー源から供給を受けているか…………
2つに1つ)

 つまり回避主眼で持久戦に持ち込めば……勝てる。笑ってこそいるが試薬でも眺め回すような冷淡な眼差しに美紅舞
はやや表情を硬くする。

(急いでね津村先輩……! 学窮(わたし)のフルパワーは短い。海王星だってバカじゃないんだからそう遠くないうち
ゼッタイ気付く。『債権者』を捜し出し斃す方が早いって、ね……。そーなったらオシマイなんだから、急いでよ!!)

 ほんの少しの過去。白い法廷。戦士たち。

「虹封じ。その攻略はリバースを引き離した状態で行う」
「……まだ見ぬ特性が怖いですからね。特性(ソレ)が天王星攻略を妨げたら……最悪総崩れというセンも」
「けど輪ちゃんの能力で、海王星がどこで特性を使うか絞り込めた、なの」

 戦士たちの注目を浴びるのは、白い机上におわす一葉の写真。リバースは銃を構えている。自動人形が変形したとしか
見えないサイレンサーのついたサブマシンガンを……構えている。銃口からは何やら怨霊のようなものが出ており、さまざま
な推測を戦士から引きずり出す。
 大事なのは……背景。廃屋の、玄関前らしい。”らしい”というのは、壁一面が黄緑の植物に覆われているせいだ。バリケー
ドも、映っている。

「キャッチアンドリリース7が黄緑でなおかつウォールサージの夕映えが暗めとなると、なの?」
「19号棟南面……だな。シャイニングインザストームで上映中の『ポテトマッシャーの傷跡』も形・座標とも一致。それも5行目
通り中央から21〜25号棟寄りの部分」
 気になるのは、斗貴子が指でトントンと叩く写真のその部分は……リバースの、銃口。
「正面ではなく10時から11時の方角へ構えているのは……なぜだ? 眼前に敵がいないのか? 死角から狙撃するとでも
いうのか? この瞬間…………何が起こる? どこの誰に使うんだ……?」
 考えても分からないのでは。鐶光は務めて冷静に反応した。
「予知された未来が……演繹か帰納かなんて…………誰にも分からない…………です。確定する事象は結局……1つ、で
それはたとえ年齢操作を施したとしても…………別の選択肢をとった場合の未来を……見るコトは…………できない……
です。仮に『何か、超常的な武装錬金』で見れたとしても……別の選択肢が別の結果を生んだ未来を見れたとしても……
写真が……マルチエンディング的な演繹の代物だったと分かったとしても……ですね……写真撮った時点でどのエンディン
グいくかルート確定してたなら……それは運命が…………結局は変えようのない、帰納のものじゃないかっていう…………
ややこしい、議論の余地残したお話にも……なります、し」
 は、はい!? いきなり凄く難しいコト言いますね!? 輪はちょっとイミを考えたがすぐ分からなくなったらしく、「えうー」と
両目をグルグルさせた。不憫に思った斗貴子、咀嚼。
「『写真から立てた推測によって危機回避運動を取ったとしても、その行動ゆえ写真と同じ未来になってしまったか否かなど
結局だれにも分からない』……か。理屈の上ではそうなんだが……」
「ナルホド……。って! ソレ言われちゃいますと未来視(ゴットフューチャー)の存在意義が……存在意義がぁ……!!」
 あの怖い人たちに強制接近するリスク背負って撮影してなお役に立てない私っていったい…………輪はうううと銀竹のよ
うな涙を流す。
「トリ余計なコトいうなの、かわいい輪ちゃんショボーンさせるなの。未来は変えられると信じる……なの。19号棟南面より
10〜11時の方向にいる人たちに警戒するよう促せばきっと被害は減らせるの」
 それは……私も……言おうとしてました、よ? 力なく笑いながらも、軽く怒りマークをコメカミに張り付けサップドーラーを
凝視する鐶。どうも両人、姉やら瞳やら、近しい点が多すぎるせいで却って相容れないらしい。
「だいたい」。ドラちゃんは、言う。
「予知された場面に必ず収束するか否か論じている時点でそいつは未来を見てないの。未来を視てるのに、見てないの」
「……? どういうコトですかドラちゃんさん?」
「明日の降水確率は明後日にとっちゃ昨日の降水確率……なの」
「??」
「なんで予知能力者はみんな、自分の見た場面を『結果』と思うの、なの?」
「へ?」
「屁理屈いうなら、なの? 予知に映った場面が宇宙の終焉じゃない限りあらゆる場面は『過程』に過ぎないんじゃないか、
なの。台風の予想進路図のうち18時のものだけ見るようなものなの。垣間見た未来は戦ってるうちやがて過去のものにな
る、なの。21時0時の進路図を見れてないのに自分ンとこは完全回避できたって喜ぶようなもの、なの。でも台風には人智
およばぬ予想外の『流れ』があるの。流れとは有利不利を乱高下しながらトータルで黒字赤字をはじき出すもんなの。一時期
安全な場所へ逸れかけていた台風が突然最悪のルートで列島縦断ってなコトもあるし、史上最大の勢力だってマスコミを激震
させていたものが太平洋の誰もいない場所へ行っちゃうコトだってあるの。マレフィックは台風なの」
「えっと」
「写真という『点』だけでは前後の戦況は分からない……というコトだ。どちらかがどちらかをハメるためわざと選んだ戦況
の可能性も充分……あるからな」
「そうなの。予知の写真は、トリの言葉でいうならエンディングじゃなく、ルートを分岐しうる選択肢の場面、なの。伏在的な
流れがどう戦況を変えていくか不明だし、お互いが当の場面のなか、”今”起こったコトに対し、どう対処するとか、どう戦略
的勝利に利用しようとか、反射的に考えたコトまでは……読めない…………なの」
 彼方此方の『策謀のためわざと不利を演出する』といった思惑も……であろう。
 鐶はうんうんまったく同意だというカオをしていたが、ドラちゃんの『トリにはこーいう、天候予測的な流れの推測はムリだろう、
なの』という軽いドヤ顔にカチリときたらしく、弁じ始める。
「逆に……ガチな危機が予知されていたとしても…………そーいうときお約束のように浮かぶ…………『逆転の奇策』……は
…………本人以外…………分からない……ものです」
「心の中の声……だからですか?」
 それも……あります……が、虚ろな目の少女は呆けているようで知性的な、複合の味ある表情で呟いた。
「材料が……わかりませんから。こっちは……」
「はい?」
「だから……逆転の奇策っていうのは…………それまでの、戦いの中で気付いた…………ちょっとした違和感……みたい
なものから…………紡ぎ出されるコト……多い、じゃないですか……」
「キミが未来視検証で協力関係にあった根来もそれで破られているからな。剛太は思ったらしい。『根来以外すべてを排斥
する筈の亜空間が、『衣服』の出入りをなぜ許す、と」
 ほへー。ハニワのような表情で「私の理解がおいつくのは遅いです」と全力で誇示していた輪であったが、チーンと音を立てると
「撮影前に実はあったお互いへの細かな観察に基づく戦略の組み立て……みたいなものまでは、写真からは読み取れない
ってコトですねー」
 朗らかに笑う輪であったが、あれ? と小首を傾げると「はうあああ!!?」と目を剥いた。
「えッ、じゃあブレイクの虹封じの予知場面……役に立たないんじゃあ!!?」
「いやそれは大丈夫だ」
「はい……。私たち知りたいのはあくまで、虹封じが『どの座標』で発生するか……です」
「そしたら『アレ』で狙い撃てるの。狙い撃てるまで粘るだけなの。大事なのは粘る途中生じた『失敗』が、未来を知ってしまっ
たゆえの行動から生じた絶対的なものだって悲観しないコト……なの。予知を手にした奴ほど失敗の発生が、運命もたらす
絶対的な演繹だと思いがちだけどソレ、違うだろう、なの」
 斗貴子も続ける。
「お互い理念のため殺しあっている以上、目論見がスっと通らないコトの方が自然だ。未来を知っていなくても、自分の行動
を逆利用され窮地に追い込まれるコトはある」
「だったら予知に基づく行動から生じる不利にゃビビらない方が得、なの。自分は確定した未来を知っているというアドバン
テージに奮い、それを絶対、正義のために生かしてやるんだと気合を入れて臨む方がいい、なの」
 ドラちゃんの真情はただ1つ、なの。天気少女、無表情でダブルピース。
「戦いはピーカン天気な奴が勝つ、なの」
 よく分かりませんが、心意気は、分かりました! 輪は過剰なほど力強く頷いた。
「……ドラちゃん……さん、三行で……おk……です……が」
「ブレイクの思惑関係なく狙い撃てるの。能力のうち1つを撃墜するっていう物理的作業は、敵の漠然とした銃口の向きから
企みを暴こうとかいう無意味な『推理』より……ラク、なの。確実、なの」
 あのー、それは……。鐶はちょっと困ったようにドラちゃんを見た。
「推理しかけてたの……斗貴子さん…………です、よ……? 好意を寄せるなら……嫌われたくないなら……あまり……
無意味……とか言わない…………方が……」
 心配そうに言うな、なの。かかか却って腹が立つ、なの……! ドラちゃんは昂然と赤面した。(うう。親切で言ってやった
のに……)鐶は一瞬両目をタンブルウィードよろしくモシャモシャさせたが、すぐいつものクレバーな無表情で……告げる。
「ともかくまずは……お姉ちゃん……予知の写真に映り込んだ19号棟とは正反対の…………01号棟へ……殴り飛ばして
もらう……べき……です。瞬間的になら……ヴィクター並みの攻撃力を得られる財前美紅舞さんの……名前音読みで通称
みくぶーさんな美紅舞さん……に01棟方面へ……殴り飛ばしてもらえば」

 リバースは特性を使えない! 逆説的だが、『次』に特性を使うと予知された場所……ではない場所に居る限り、因果の
問題として……使えないのだ特性を!!

「いやいやいやちょっと待って待って。バッカじゃないの! え! バッカじゃないのクルァ!!」

 頼られた”みくぶー”、ちょっと満更でもない様子でニヤケた。

(やったバンザイ頼られたー!! この夏【完全上位互換(ヴィクター)】に成す術なくボコられて以来ああもうダメだ二度と誰
も学窮(わたし)なんか頼ってくれないんだーってショボショボしてたけど頼ってくれたアテにしてくれた嬉しいよーーー!!
それも憧れの津村先輩と目標にしてるドラちゃんさんからとかウレシーー!!! 頑張ってればいいコトあるって本当だー!
わーいやったー!! やったよお父ちゃんお母ちゃんーー!)

 照れ照れと両目を不等号にし、ほっぺに手を当てる彼女は首をやんややんや、横に振る。

(ああでも本音ダダ漏れにしちゃダメよポーカーフェイスなのよ、じゃないとまたチョロいとか馬鹿にされる。学窮(わたし)チョロ
くないもーん! 気難しいもーん!! 気高い孤高の新人王として売り出したいんだからねっ! そっちの方がなんか、カッコ
いいんだからねっ!! だからアレよ斗貴子先輩たちって、ええと、ええと、そうよあれよ、バッカじゃないの! ヴィクターで
ヘマやった学窮(わたし)に再びチャンスをくれるなんて感げk……じゃなくて! この瀬戸際で頼ってくるとか、バッカじゃな
いの見た目ないわね本当! バッカじゃないの、もうーー!! でも見捨てるのは哀れだしぃ? ちょぉっとなら力貸してや
らなくもないかな……なんてもったいぶったりしたりして! もったいぶったりしてーー! きゃーー!!)

 心の中でめちゃくちゃ喜んでいたが本人はいたって表に出さぬ鉄面皮のつもりだった。
 そんなみくぶーは、戦士着任11ヶ月目にして撃破数11位に昇りつめたいわゆる期待のルーキーである。だからキリっと
顔を切り替えた。(ちなみに7年前すでにエースだった火渡ですらいまだ12位であるといえば、みくぶー、どれほどの強さか
分かるだろう)。

 で、顔を切り替えてからニヘっと緩んでピンクのコスモスさえ背景から飛ばしたが、すぐ頑張ってツンツンと、怒鳴る。

「予知の写真で19号棟にリバース居るってコトは結局、学窮(わたし)がどうやろうと絶対ソコ行かれるってコトじゃないの!
あ!! ちちち、違うんだからねっ! 学窮(わたし)が殺されてそうなっちゃうのは全ッ然こわくないっていうか、ここで拒んだ
せいで他の人が死んじゃう運命になるよりはガマンできるっていうか……はあ!? だだだ誰が優しいっていうのよ!! 
バッカじゃないの! バッカじゃないの! ほほっ他の奴は弱すぎてお話にならない、そういってるだけなんだからねっ!!
虹封じ攻略完了前に殺されてリバースに特性使うの許したら本当に総崩れでアジト行った人たちまで危なくなr……じゃなくて!
学窮(わたし)が足引っ張られてメーワクするから、そそそそーよ! 仕方なくよ! 仕方なくリバースを引き付けてやるって、
そーいってるだけなんだからっ!!」
 フンと鼻を鳴らしツンとそっぽを向くみくぶーを。
 相ッ変わらずうるさいなキミ……斗貴子はゲンナリと視認した。(ん? 年下……ですか……?)(14歳です。私とほぼ同
期です。ちなみにお父さんお母さんが『みくぶーちゃんが新人王に輝いたのは人柄と武装錬金特性の1000万人に1人ぐ
らいの奇跡的な一致のお蔭だから、輪は焦らず自分のペースでやるべきコトをやっていけばいいんだよ、そうすればいつか
必ず結果が出るんだよ』って特に比べもせず励ましてくるのが逆に辛いというか情けないというかでして……)などとお互い
名前が丸っこい少女2人がヒソヒソ話している間にもみくぶーちゃんは甲高い声を発していて、要約すればこうだった。

「だから、いい! 19号棟から引き剥がそうと全力尽くせば尽くすほどね、敵は、リバースは!! そっちに戦士のアキレス
腱があるんじゃないかってね、疑うでしょ!! 本当は何もないけど向こうはそうは思わない!! 輪が何がしかの厄介な
特性持っててそろそろソレを使うって疑い始めてるなら尚更よ!! じゃあ19号棟辺りだって学窮(わたし)振り払ってそっち
へ向か……ああもうややこしい! バッカじゃない! バッカじゃないのコレ!! 卵とニワトリの順番ぐっちゃぐっちゃ!! 
予知で見た場面をなるべく後の出来事にしたいって挑む全力の戦いが、予知で見た場面への到達をねっっ!!!!!!
早めちゃうのよーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 ムキー。両目不等号で口はドーモ君で、ぶちきれる、みくぶー。(あ、この人……、うるさいけど……絶対アタマいい人……
です……)。鐶は人物評を改めた。

「かといって何もしなかったらあちこち動き回る戦闘時特有のカオスによって必然的に19号棟前へ到着しちゃう! 確率25分
の1だもん、すぐよ!! いやまあ斗貴子先輩なら分かってるでしょーけど、もし気付いてなかったら武藤カズキと再会する前
に死んじゃうんだからねっ!! だったら言うしかないんだからねっ!! 置き去りにしちゃった大事な人が戻ってきたら戦死
してたとか、許さないんだから!!」

 腰に手をあて、残る片手で指突き出してプンスカ怒鳴るみくぶーに(テンプレ丸出しなの。でもそこがイイ、なの。やっぱ女の
コのツンデレは最高なの。男のツンデレは……ちょっとしか認めない、なの)と頬に手を当て陶然とするドラちゃんであった。

「心配してくれるのか。ありがとう。だがリバースを押さえ込むのは、虹封じ完了まででいい」

 素直に笑われると、意地っ張りは、よわい。すごく、弱い。みくぶーは真赤になった。視線すら外し始めたが、それでもチラ
チラ気恥ずかしそうに窺う。

「……でででもでも、虹封じ攻略前に19号棟行かれたら…………みんなが……」
「大丈夫だ。向かわれるにしても、キミなら奴の後背から妨害できる。予知に出た以上、リバースが19号棟前に到達するのは
確実だが、しかしそれだけだろ? 『奴が虹封じ攻略中ドンピシャのタイミングで特性を使える』と確定した訳じゃない。むしろ
キミがリバースを後ろから執拗に攻撃し続けたお蔭で、向こうの特性発動が、こちらの虹封じ攻略よりすんでのところあと1歩
で間に合わない……といった未来だってありうる」
 そしてキミなら絶対にそれを導ける。信じている。凛然とした笑みでみくぶーの肩に手を置く斗貴子。(ひやああ! 憧れの
斗貴子先輩が肩っ、学窮(わたし)の肩に手をおおおお!!) みくぶー、ゆだる。ちぢみあがる。

「彼女は……女のコしか駄目な人……ですか?」
「それは、ドラちゃん、なの!」
 ででーん。そこそこある胸を張って自慢する天気少女に「自慢するような……コトじゃ……ないです」、虚ろな目が刺さった。
「みくぶーちゃんは誰にでもああなの。忌むべき不衛生のオトコにすらああなの。でもドラちゃんにもそーだから許すの」
「強気なようで照れ屋です。だからデフォルト=デフォルトが強力なんです」
(えーと。さっき…………”キミは音楽隊(ぶがいしゃ)だから説明しておく”とかで……教えてもらった知識は、確か……)

 握手をした者を債権者へと造り替え、その生体エネルギーを徴収する『みくぶーの戦時国債』!
 その戦時国債化には、握手の際、同時に満たすべき2つの条件がある!!

(1) 相手方の、握手への合意
(2) 美紅舞の、履行への合意

 輪は先ほど、説明した。以下のしばらくのやり取りはその「先ほど」の出来事。

「あ、(2)の履行っていうのは、生体エネルギー徴収後にみくぶーが行うべき『対価または用益の提供』の、実質的契約内容
ですね! 決定権は握手をされる方……債権者側にのみあります」
 そして対価または用益の提供は、財前美紅舞の羞恥を基準にSSSからFランクに細分化されており、ランクの高いものほど
より強大なエネルギーを徴収できる。
「要するに……恥ずかしいコトすればするほど……強くなる武装錬金…………?」
 私そういうのに興味あるお年頃ですけど……SSSランクの内容は怖くて聞けない……ですと呟く鐶であったが、言葉とは
裏腹に頬はどきどきと、知りたげに紅づいている。
「……SSSランクは『対価または用益の提供開始から24時間のあいだ、債権者がいかなる要請をしようと絶対服従』だ」
 斗貴子は、鼻柱の傷を掻いた。「色んなイミで、ヤバイ武装錬金、です、ね……」。鐶はいよいよ身を乗り出した。
「いや釣られすぎなの。そこは戦士だから良識で自重してるなの。メイド服とか着せて料理を作らせるぐらいで済ましてるなの」
「マジ……ですか。チャンスという概念が戦団には……ないの、ですか……!? ……あ、今のは……私じゃない、ですよ、
グレイズィングさんが聞いたら……キレ……ますねっていう……話で……」
 色欲の幹部を引き合いに出す鐶だがその慷慨どうやら鐶自身のものらしい。
「というか下世話な話だが、『羞恥心が無くなれば無くなるほど弱体化する武装錬金』でもあるからな。そのテの要請は絶対
にするなと上層部から特に強く厳命されている。財前美紅舞の、尊厳保護も兼ねて」
「…………? あ、慣れすぎてグレイズィングさんみたいなエロスの権化になると羞恥も何もなくなる……から、ですね」
「だから本人は、『あれこれ私を弱体化させるため敵の集団があんなコトやこんなコトをする展開になっちゃうんじゃないの!? 
なっ、なんなのこの武装錬金ホントなんなの、もー信じらんない!! バッカじゃないの! バッカじゃないの!!』とご立腹……
なの」
「『敵』じゃなく『敵の集団』な時点でだいぶ想像力豊かな人なのは……わかり……ました。だいいち武装錬金は……本人の
……願望が…………強く出ます、し」
 リバースの強引な改造手術によって五倍速で年老いる体になってしまった鐶だからこそ言える話だ。年齢操作は「老いたく
ない」という一心一念が生み出した能力であるのは想像に難くない。その論法でいくと、強くあり続けようが、弱くさせられよう
が、結局『恥ずかしいコト』が不可避になってしまう特性の持ち主の隠れ持つ願望は……言うまでも、ない。

 ほへー。

 写楽旋輪は楕(こばんがた)の両目を水平置きした腑抜けの表情である。

「なんだ、いきなりどうした?」とは斗貴子。
「なんで、みくぶー、そんげんほごとか……大袈裟な話になってるんですか……?」
 ほわほわした表情で、ケサランパサランを目の横あたりに一匹飛ばしながら問いかける輪に「え」と一同、硬直。
「あ、そうか。水着になるとかのキツすぎる罰ゲーム回避なんだ! スミマセン理解が足りなくて……」
 心底納得したように拳で掌をうちクシャっと笑う少女戦士。斗貴子たちはもうなんといっていいか分からない。
(……このコ、私たちがどういう話題を繰り広げていたかまったくわかってないな)
(でゅふふ、なの。穢れを知らぬ青い果実は最高、なの)
(………………うー。そう、でした…………。何も知らないよう振る舞った方が無銘くん的にポイント高かった……です……
わたしの……あほ…………。聞かれてるの忘れるとか…………)
 なぜか『スカートのポケット』に視線をやる鐶。誤魔化すよう「けほん」と咳払いし……質問。

「債務の履行の……タイミングは……どっち……ですか……? 徴収の前……? それとも後……?」
「後ですね。ちなみに徴収後24時間以内に履行完了しない場合、死にます」
「え」
「だから、ですね。国債のエネルギー使用から24時間以内に履行完了しない場合、問答無用で死ぬらしいです、みくぶー」
「……いやいや、え? ま、待ってください。なんで……死ぬって分かるんですか……? 戦団にはグレイズィングさんみた
いな蘇生能力持ち……いないのに……」
 長い話になるが。斗貴子は嘆息した。
「要するに『ヴィクターに類するほど強力な特性が、果たしてノーリスクで使えるか』という検証の結果だな。戦団はむしろ楽
観的観測をしていたが、財前本人は『昔、身重かつガンの身でレティクルに捕まり病死した戦士いるっていうでしょ! ほら
学窮(わたし)と似たようなあだなの……ミクスン? とかいう人よろしく囚われてしまったら履行できなくなるでしょ、そーいった
ときにタイムオーバーなどのリスクがあるかどうか調べておかないと……怖いのよーーー!!』とまあ、期せずして弁済不
能に陥ったとき何が起こるか理解しないまま強大な力を振るうのが怖いと自らそう志願し」
「わざと返さず放置する実験をした……なの。そしたらみくぶー曰く、他の戦士には視えない幻影が現れ始めたらしい、なの」
「2時間の放置で足元にボコボコ涌くようになった債権者さんの顔とか、8時間時点で出現した『金切り声でおっかけてくる
債権者さん』とかの幻覚とは違い、14時間目以降あらわれ始めた傷は傍の私にすらハッキリ見えるものでした。まず、爪
でひっかかれたようなミミズ腫れがみくぶーの体のあちこちに。20時間目、細身でスタイルのいいみくぶーが28キロほど
劇ヤセして糸トンボのようになった時はさすがに私も周囲ともども青ざめ実験の中止を勧めたんですが、本人の強い希望
で検証続行。……ただそれも、23時間59分12秒ごろまででしたね。左胸にボコリとおぞましい穴が開き心臓めがけ”なに
か”が猛然と穿孔し始めた23時間59分12秒ごろ流石のみくぶーも、”あ、コレ24時間以内に弁済しないと死ぬ能力だ”と
分かり、音をあげ…………そして債権者にチロルチョコひとつ上げてコト無きを得ました」
 聞き終えた鐶は虚ろな目を更に虚ろにし、口もつくづくと嫌そうにゆがめ、紫の金管楽器様のタテ線すらコメカミに付着さ
せ……乾いた声で吐き捨てた。
「……チロルチョコひとつ出し渋って死に掛ける状況を……誰か疑問に思えや…………です」
「キミ……ホントに最近ガラ悪いな……」
 桜花から悪い影響を受けている。斗貴子は呆れた。
 話は元に戻る。チロルチョコの件だ。
「違うなの。咄嗟のすぐで履行できる程度の小さな借りじゃないと制限時間中に履行しきれず死ぬ! みたいなコトありうる
から、敢えてチロルチョコにした、なの」
「ええ。私とみくぶーが「オジャパメンを歌い切る」に決めかけているとき通りかかったブラボーさんがドラちゃんさんみたいな
忠告してくれていなかったら……本当ヤバかったです。でもそのとき貰ったチロルチョコはおいしかったです」
「…………えーと……」
 色々なツッコミどころを鐶は感じたらしいがとりあえず一番普通な「あなたと彼女は……トモダチ……ですか?」に落ち着い
た。
「ええまあ。お互い、武装錬金特性使ったあと厄介な強制力に見舞われちゃう立場ですからねー」
 相談しあっている間に仲良くなりましたと輪はいう。
「なるほど。…………あれ? 徴収後24時間以内に履行完了しないと死ぬっていう条件…………SSSランクの

『対価または用益の提供開始から24時間のあいだ、債権者がいかなる要請をしようと絶対服従』

とちょっと矛盾……してませんか…………? コレ……戦闘中に履行開始しなかった場合…………『ずっと服従の、24時間』
の途中で、『履行のリミット24時間目』が来て……死ぬ……のでは……?」
「…………トリのいうコトは時々わからん、なの」
「あー。そういうコトか。私も気付いていなかったコトを……」
 さすが年齢操作の使い手、時間にうるさいな…………斗貴子のカオが引き攣った。
(あいかわらず、わかりません)
 輪はもう菩薩のような笑顔だ。斗貴子も心得ているらしく一顧だにせず説明開始。
「例えば徴収してから敵を斃すまで1時間かかったとしよう。その時点で債権者が来て履行開始できたとする。まあ実務上
は有り得ない話だが、例えばの話だから細かいコトは無視する」

 この時点でみくぶーは、『残り23時間で履行完了しなければならない』立場なのだが、

「SSSランクの履行内容は『履行開始から24時間、ずっと債権者に絶対服従』だからな」
「絶対服従ってトコが問題じゃない、なの。みくぶーちゃんが『24時間』の奉仕を提供しなきゃいけないのが重要なの」
「でも徴収して敵斃すまで……1時間掛かったら、特性上、みくぶーさんの命は『残り23時間』……です……」
「ありゃあ」。やっと輪は察した。
「24万円払わなきゃいけないのに、23万円しかサイフにない、みたいな状態ですねソレ」
 深く考えたらダメですよ。あっけらかんと輪は笑った。
「履行開始時点で履行完了までの命は保証されるとか、そんなカンジの規制緩和があるんですよきっと」
 なぜなら履行しないと死ぬって縛りはみくぶー自身の精神から出たものなんですから! みくぶーは強気なようで義理堅い
んですから! 目をつぶり得意気に指を立てる輪にさしもの鐶も「そう……ですか」と気圧された。

「だからみんな安心して戦時国債化する、なの。このコになら託せるってエネルギーを渡すの。オトコどもはみくぶーちゃんが
真赤になりながらネコミミやらスーツやらコスプレしてるのが見たいって下心もあるけど、一定の敬意もあるから、下品な
要請はしない……なの。そこだけはドラちゃんも買ってやらない訳でもない、なの」
「チーム天辺星のような集約型のチームと決定的に違うのはそこだな。あちらは首魁に撃破数を集めるが、財前はあくまで
個人の実績……借りたエネルギー総てかならず身を以って必ず返す以上、それは個人の戦績だ。もっとも……戦士就任11
ヶ月目にして撃破数11位になれたのは…………実力もあるが、人望を得られなければ絶対に不可能だったと私は思う」

「あ! あんたのお姉さんボコボコにはするけど!! ここっ、殺したりなんかしないんだからね!! え、決着は譲ってくれ
るんですか優しいですね……!? ちが、違うし!! 向こうが強すぎるから、ヘンに欲かいたら学窮(わたし)がワナに
かけられ死んじゃうから、程よいところで切り上げた方が得だってだけで……!! バッカじゃないの!! わわっ、私が
ホムンクルスになんか配慮する必要なんて、ないし!! 全ッ然ないし!! 望まずしてそんな体にされたコトへの同情な
んて、してな……え? ちーがーう! そんなのあんたの自意識過剰よ、えーと、こう、悲劇のヒロイン的な……!!?!」

(…………あー。こりゃみんな…………債権者になります……ね……)

 聞きもしないのに軽い自爆を繰り返しまくるみくぶーの姿に、「見てて面白い……です」、鐶は思った。

 とにかくリバースを19号棟方面にやらぬのがみくぶーの使命である。それを果たしている限り、『19号棟の前で戦士たち
に初めて披露される予知を得た』サブマシンガンの特性は、因果原理において発動しない。

「もちろん使えないのは『特性』だけだから、通常銃撃による妨害はあるだろう。だがそこは覚悟の上、マレフィック相手に
完全なる安全を求めるのは却って命取り。よって”特性だけは来ない”と断定できる状況になりしだい速やかに」

「虹封じ、その攻略作戦を……実行する!!!」

 ほんの少しの過去。疎開住宅地が遠望できる森の出口。リバースと、ブレイク。

「最優先ターゲット?」」

 笑顔の少女は小首を傾げた。ウルフカットの、へらっとした青年は「ええ。頼めますか」と指立て腰低く請願。

 かれのいう『戦士が勝負をかけてきた時の最優先ターゲット』とは誰なのか?
 副部長的な気質で戦士を纏められる津村斗貴子か? 
 それとも撃破数3位にして火力・応用力とも高水準の気象サップドーラーか?
 音楽隊副長・鐶光もリバースとの因縁さえなければ真先に始末すべき強者ではあるが……。

「火渡さんに救われた女のコですよ」

 にひっと笑うブレイクに(ホラやっぱり)ではなく、(やっぱり私とおんなじ結論だ。うれしい……)と思える”ところだけ”を
抜き出せばリバース、良妻賢母の素養があろう。艶かしい媚情すら、うっとり開き気味で普通状態な双眸から零れる。

「あ、私が廃村方向に逃げる戦士たち追っかけ始める直前、ブレイク君に始末されそうになってた」
 ええ。火渡戦士長のお蔭でからくも助かったあのコです。ブレイクはリバースの本心を見抜いているらしく、だから何だか
トロっとした甘い、蜜のような雰囲気が両者の間に立ち込めている。

 が、ブレイク、すぐさま仕事をする男の顔を取り戻し、やや視線を外し気味に……問う。

「……えっと。あのコの髪の色って……何色でした?」
「桜餅色だったよ」

 全色盲の青年にごくごく当たり前に色彩を教える……そんな心和ませる記憶に浸りながら、リバースは鬼面の笑いで美紅
舞とやりあう。

──「もし戦士さん方が勝負に出た時点で、さくらもっちがまだ能力を使っていないなら要注意です」

 さくらもっちとは無論、写楽旋輪の髪にちなんだあだ名である。正確な名を知らぬため幹部らは仮称を用いた。

──「だね。武闘派ってカンジじゃなかったのに、坂口照星救出作戦って大舞台には選抜されてる以上」
──「はい。相当厄介な補助能力を有しているかと」

 この辺りは疎開住宅地めがけ駆けている最中、当のさくらもっちこと写楽旋輪が挙げた『幹部たちが自分に警戒する根拠』
と一致する。15にも満たぬ年齢で敵の機微を言い当てるあたり輪もまた尤物と言わざるを得ない。

──「さくらもっちちゃんがアジト偵察組に行ったって可能性は……ないの?」
──「当初そっちだったとしても、逃げたタイミング的に、保護せざるを得ないっす、足止め組は」
──「あ、そっか。ブレイク君に遭遇したせいで離脱が遅れて、しかも逃げ始めた頃、私がうろついていたもんね」
──「ですから戦士さん方は危惧した筈。一歩遅れてアジトに向かわせれば──…」
──「私に、殺されちゃうと」
──「よって当初の予定がどうあれすね、さくらもっちは必ず……足止め組に居る」

 美紅舞の超絶の体術の数々を銃撃であしらいながらリバース=イングラムは考える。

(この村に入ってから使われた武装錬金のうち、創造者の姿が見えなかったのは──…

・ワイヤー
・バリケード

の2つね。天気は山林の時点ですでにドラちゃんってコが使うって認識済み。植物は本体が屋根の上に。ミサイルは右端
の北から2番目(10号棟)から、男のコが撃っているのを……見た)

 空中の自動人形に意識を向ける。偵察衛星的なオブジェクトが高速飛翔体を捉えられぬ道理なしだ。

(でもさくらもっちちゃんがワイヤーを使えるなら、ブレイク君に殺されかけたとき発動しなかったのはおかしい。束にして
ハルバードを受け止めればエイリアン衝撃波を私に返せた。バリケードだとしても……あの特性なら、見たら向こうに行き
たくなるヘンな特性だったら、ブレイク君の視線の先にポンポンと発動してけば……理論上は遠ざけられる。それまでに
ハルバード喰らったらアウトなのは確かだけど、でも生き死にが掛かっていたあの局面なら起死回生で発動を目論んだ
筈)

 なのに「さくらもっち」は武装錬金を発動する素振りさえ見せていなかった。そこはリバースも遠目だが目撃している。

──「さくらもっちの特性は恐らく……他者と組んで初めて効果を発揮するタイプ」
──「そうなの? 論拠は?」
──「俺っちに殺されかけてたときの『目』すね。あれは殺されるのが悔しいというより──…」

──「自分の能力を活かせないまま斃されるのが絶望! って目でしたし」

──「何よりその時お仲間さんの死体に、『生きてる人は、託せる人は』ってな眼差し向けておいででした」

(一番話が早いのは……)

 何度目かの拳と拳の衝突を感じながらリバースは黄金波濤の少女を見る。

(このコに力を与えているのがさくらもっちちゃん……みたいな展開だけど……そんな都合よくはいかないよねやっぱり)

 ブレイクほどリバースは、『雷の照り返し』に違和感を覚えていないが、彼があのあたりから何やら疑いを持ち始めていた
のはなんとはなしに察している。なお、あの11号棟の鏡についた鐶の匂いをリバースの鋭敏な鼻は一応キャッチしてはいた
が、同時に、村の西端からも漂ってくる、木材の年齢操作時の匂いも嗅ぎ取っていたため、結局どこから流れているのか
よく分からなかった。義妹の匂いに敏感すぎるのも考えモノだろう。

(んー。とにかく戦士が何か企んでいるのは事実だよね。で、ソレに、さくらもっちちゃんが絡んでいるかも……と?)

 決して頭は悪くないが、制動を欠きがちな気性ゆえ戦いとなると良くも悪くも熟慮を放り投げる傾向のリバースだ。ただその
単純さが皮肉にもブレイクより先に彼女を真実に迫らせた。
 そう。ブレイクはあの照り返しをアレコレといぶかしんでいたが、「さくらもっち」の仕業だとはついぞ考えられなかった。
これは迂闊ではなく、輝きを基点とする禁止能力を持つブレイクだからこその盲点だ。彼にとって『輝き』とは、浴びせれば
速攻で効果の出る能力なのだ。何しろ伝達が光の速度なのだ、即効性全振りと考えるのは仕方ない。
 だから無意識のうちに『さくらもっちが光によって発動する特性を有していたなら、俺っちに絡まれたとき迷わず浴びせて
きていた筈』と切り捨て、関連付けずにいた。
 ゴットフューチャーの特異性も判断を鈍らせた一因だろう。
 二度撮影してようやく発効などという、特殊で、遅延型な武装錬金を、バキバキドルバッキーという即効性に溢れたハル
バード有するブレイクが想定するのは難しい。しかも鐶光が知己であるがゆえに、11号棟からフラッシュを感知したとき、
鏡への年齢操作の可能性”だけ”は中途半端に想定しえたのがますます推測をズラしたのは否めない。

 リバースは、単純だ。

・ブレイク君が何かを怪しんでいる。もしかして戦士たちが謀略を練っている?



・ブレイク君がさくらもっちちゃんというコを警戒している。

 というシンプルきわまりない情報を直結させて頭頂部の長い癖っ毛をビコーン、直立。

(なるほど! 戦士たちの企みの中心がさくらもっちちゃんってコトだねブレイク君!)

 と誤解した。が、皮肉にもその誤解こそ正解だった。この一種の単純さ、憤怒ゆえにゴチャゴチャと考えるのを嫌い即断
したがる気質は、実践的な研究者に向いており、実際彼女はレティクルでそういう職を拝命してすぐ鐶という『傑作機』を
作り上げている。7年停滞していた『新しい、土星の幹部』の開発計画さえも成功に導いた。

 そういう、面倒をコンパクト化して処理できる素養が……戦士が命運賭ける『虹封じ破り』最大の要点……写楽旋輪に
向いた、向いてしまった! ブレイクの推測から二足も三足もスッ飛ばした着地点は、一種天才的な直感ですらあるが
戦士たちにとっては……悪魔の奇想でしかない。彼らは半ば事故のような『誤解』で見抜かれてしまったのだ。

(戦士が勝負を賭け狙うのは恐らくブレイク君。特性がまだ割れていない私に比べ、虹封じの秘密を、弱点を、『顔のゆが
み』で敢えて匂わせたブレイク君の方が与しやすいと挑んでくるのは当然の流れ)

 つまりリバースはブレイクの周囲を張ればいい。

(そしてさくらもっちちゃんが現れ、何らかの厄介な特性をブレイク君に使う素振りを見せしだい、すぐ)

 雲が西日にかかる。逢魔の闇が笑顔にかかる。

(『あの技』で……コンセントレーション=ワンより速いあの技で……殺そう)

(特性使用中の……さくらもっちちゃんを、ね)

 想定は、建物内部への潜伏。平素なら指のヘビでサーモグラフィーできるが一帯の温度は天候使いの麾下、ドラちゃん
に上げられた気温のせいで識別不可だ。

 もう。イタズラした妹を咎めるような優しい笑顔でリバースは考える。

(建物の外にさえ出てくれたら楽に撃ち殺せるのになー)

「これ絶対、屋外で撮影した……写真ですよね……?」

 過去。白い法廷で輪は恐々と溜息をついていた。「だな。間違いなく屋外で『撮られた』ものだ」。斗貴子も吟(うめ)きなが
ら写真を見る。

”それ”は虹封じを使用した瞬間のブレイクだった。ハルバードを振りかざしている彼の左脇腹から水平距離60cmほどの
地点で丸い虹が回転のぼかしを入れられたように崩れている。……のは、該当場面を予知するため従軍記者を使ったの
だから当然といえば当然だが、問題は明らかにそれが『道の、ど真ん中』という

 建物の外で、

 撮影されたものであり、しかも!!

「ブレイクより10m以上向こうですが……銃を構えたリバースが居ます、確かに居ます」

 輪にとっては死刑宣告にも等しき……一葉!!

 斗貴子は、考える。

(建物の様子的にここは12号棟南東の四つ辻……植物廃屋をメインに仕掛ける予定の場所からほとんど動いていない場
所だな。リバースは……07号棟北東の隅ギリギリの地点、か。特性を解禁してから来るかどうかも気になるが)

 重要なのは。斗貴子ならざる撮影者にとって、重要なのは。

(これ私、絶対リバースに気付かれる)

 絶望的な推測。なのに輪はどこか達観した笑いを浮かべる。

(そりゃそうだよね、二度目の撮影でフラッシュ焚くんだもん。しかも例の強制力で撮影全振りの実質硬直状態……。そんな
無防備状態を、重機関銃以上の連射力を超精密で操れるリバースに見つかったら)

 まず死ぬ。少女は冷静に受け止めた。あくまで、自棄とは違う。もちろん死をまだ完全には理解できていないが故の危なっ
かしさも混じっているが、大部分は純然たる使命感……徴兵ではなく志願によって戦士になった以上、仲間や、平和のために
命を捨てられるのなら本望という思いが死への恐怖をマヒさせている。『これで虹封じ破りの糸口が掴めるんだ、遺せるなら
最悪このシャッターを切る直前じつは被弾していて、最後の力でシャッターを切ったあと死ぬといった大どんでん返しがあった
としても……悔いはないです』、狂気とも言える満悦で左上を見て薄く微笑む写楽旋輪。これはむろん、戦団の教育で洗脳さ
れた成果……であったならまだ救いはある。戦団はむしろ己の命を大事にするよう説得してきた。矯正のため、名のある
精神科医すら何人も何人も宛がった。だが輪は変わらなかった。自前の、生まれつきの性分だけで『仲間や平和のため命
を捨てるのは絶対に正しい』と、苦境になればなるほど呆気なくボーダーラインを超えに向かい周囲を慌てさせた。
 が、豪胆な性分ではない。お化け屋敷などのアトラクションであれば、十代前半の少女らしく普通に驚き騒ぐ。戦闘でもそ
うだ。ディプレスの時しかりブレイクの時しかり突発的な修羅場には弱い。
 しかも、素直なのだ。今だって先ほどの斗貴子の命を捨てるな的な説諭を自分なりに反芻して……従おうとはしている。

(そうだよね、生き延び続けた方がたくさんの人を救えるんだよね。無闇に死ぬのは良くないよ)

 と、思ってるのに、

(……だけど、幹部たち相手だから、私が誰かの攻撃引き受けるだけで勝てるって時になったら…………そうすべきなんじゃ
ないかなあ)

 助けた人が、私が救えた筈の命より更に多くの命を救えるなら、プラス、だよねえ。照れ照れと頬を緩める。年若いから故
のヒロイックへの憧憬……と呼ぶには眼光はやや危険な光を帯びている。生命に不可欠な酸素とてその純度が100%なら
毒である。純真も然りだろう。本人ははにかんだ笑いのつもりだが、周囲には妖気ただよう微狂笑のエビス顔だ。

(やはり……このコは……)、斗貴子は容易に変えがたいものを感じ──…

 憎悪などの負の感情とは真逆の挺身、人を信じ人を愛するからこその自棄に、

 白い法廷から現空間に戻るや思わず月を探した。ここは夕暮れ時の平地……やや赤らんだ空の東に黄色く輝く星がある。

(……カズキ。キミと逢えば彼女は変わるだろうか…………? 危なげな感情の舵の取り方も……キミになら……学べる
だろうか……)

 金色の瞳は、潤され、

(あ、いや、逆に2人して暴走するか?)

 肩を組んであらぬ方角への宣告をするカズキと輪の想像によって情けない『直線と直線の間の点』となる。

 写楽戦輪。やがて勇者になる少女。

 狂気を帯びるのは特性の予知が絡んだ時だ。
『この写真(二枚目)の撮影直後に私は死ぬんだ、殺されるんだ』と思い込むと変に達観して命知らずになってしまう。コレは
武装錬金特性にアテられたというより、内在する奇妙な玉砕精神が未来予知というカタチに具象してしまったとみるべきだ。
人類史上たまにいる、『純真ゆえの狂奔』。だが多くの戦士は『コケてヒザやらミゾオチやら強打したコトないから油まみれの
廊下を走れる』程度の危なっかしさ程度にしか思っていない。虹封じ破りの参加者達も、然り。

(……何の策も立てず虹破り封じやっちゃうとマズい、なの。輪ちゃん、みんなの勝機のためなら平気で命捨てる、なの)

 気象サップドーラー。撃破数3位。

(下手……すると……自分から…………お姉ちゃんに声かけて…………囮になりそう……です)

 鐶光。音楽隊副長。

 そして、鐶の傍では。、

 思い出しつつある過去がある。防人やまひろ、秋水達との交流で心境が変化しつつある最近がある。論拠不明の憎悪で
死を選びがちだった精神はもう以前と違う。

 だから……命において他者を宥める。別離は月に向かう光だけで充分なのだ。

──「キミは日常を知らない。守るべき日常を」

──「キミだって誰かの目に映る日常なんだ。キミがいなくなって泣く者だっている。或いはキミを希望とする者も……」

(戦士長からの、受け売りだが)

 日常(あに)が消え悲しむ妹がいる。その姿に傷ついた。だから言う。輪を死に向かわせれば再び日常が消えるから、言う。

「鷲尾のとき私が似たようなコトを実行したのは既に体の自由が効かなくなっていたため……。幼体に寄生されている訳でも
ないキミが命を捨てるのを見逃すコトはどうしても出来ない」

 カメラ少女の肩を叩き、揺れがちな天秤を今は少しだけ正気の方へ向けるのは──…

「輪。私が……いや、私たちが必ずキミを守る。

 津村斗貴子。撃破数19位→50位(再殺逃避行に対する自主返納的措置。撃破数ガイドライン細則第8項”撃破検証困
難時のみなし加算ならびにその解除について”適用)

「それに写楽旋、俺の特性通りに意識を動かせば何発かは避けられるからな。ムリしないでね頼むから」

 男戦士Aこと音羽警(おとわ・けい)。青年。黒髪短髪しょうゆ顔。撃破数192位。

「てか俺が最後の大役とか……。胃が痛い。『アレ』本当にうまく当てられるのか……?」

 男戦士Bこと泥木奉(どろき・たてまつ)。茶髪長髪ソース顔。撃破数200位。あと1つ下なら圏外。

(だが我々の狙いはただ1つ……『アレ』の着弾)

 藤甲地力。撃破数32位。

(『アレ』さえ当たればたとえ虹封じのカラクリが分からなくても……視認が極めて楽にね、なルヨー)

 射之線こと”いのせん”。チーム『パサヴィアレンス(忍耐)』所属。撃破数なし。(リーダーに譲る集約型チームのため)

(敵も怖いですが……余計なコトして作戦ダメにしないで下さいよ、『シズQ』)

 月吠夜(げつぼうや)クロス。同じくパサヴィアレンス所属の撃破数なし。

(しねえよ。生き延びるためになあ! そうだぁ、水星の、アルビノのクソガキぶち殺すまで、死ねるかよぉ……!!)

 星超静久(しずく)。通称シズQ。パサヴィアレンス・リーダー。撃破数29位。

(仮にシズQが余計なコトして『アレ』がしくじったとしても)
(我々ならフォローできると戦士・斗貴子にそう任されていますからね)
(一見陸戦には不向きなディープブレッシングだが、だからこそできる使い方もあるという訳だ)

 水雷長。航海長。艦長。説明不要の潜水艦ズ。

(防御に秀でた殺陣師が鈴木ともども『アッチ』配属なのは痛いが)
(ここでなら非常時の連絡は可能)

 亀田映写技師と裁判長。白い法廷待機組。

(天王星相手にどこまでウォーエンドノーマネーが通じるかさー)

 鳥目誕(とりめ・いつわ)。戦費の使い手。甲殻類アレルギー。撃破数19位。(撃破補助のボーナス加点が6割)。

(私は海王星を引きつけておくだけよ。てかリバース、18号棟方面とか行き始めたら……許さないんだからねっ!!)

 財前美紅舞。撃破数11位。

(………………)

 久那井霧杳(くない・むよう)。撃破数圏外にて少なさを根来と競う。『自分がやったと忍びは言わぬ。記録さるるはむしろ恥』

 同刻。

 疎開住宅地南東800mの上空で、2体の鉄巨人が胴ごめに輪切りされていた。

「総角の撃ち漏らしごときなど……敵じゃないよ?

『師範』チメジュディゲダール=カサダチ。撃破数2位。毛抜型太刀の武装錬金『ノーブルマッドネスβ』を一振りすると背中の
後ろで2体の巨人は爆発し没する。光となって解放された彼らを彩るはココア状の赤茶黒い、煙。

──総角の分身版バスターバロンを掻い潜ってくる量産型の破壊、頼めますか?

「津村斗貴子の依頼。4体までなら”同時に”止められるけれども」

 かなたの山稜で乱戦する巨人達のうち何体かが疎開住宅地に向かって飛んでくる。土星の、指示だろう。天王星と海王星
を巨大なる偽男爵によってサポートせよと。で、総角は複製したバスターバロンを更にサテライト30で24体にまで殖やしてい
るが、『数が多くなればなるほど1体あたりの操作精度が落ちる』特性上、撃ちもらしていると、そういう訳だ。

「たださすがにあっちの戦線が向こう有利になった場合……つまり10体単位で飛んでくるようになった場合、停められないか
らね流石に。だって相手、デカいし。人間サイズよろしくサクサクーって処理とかムリだからね流石のあちしも」

 頼むぞ総角もちこたえろよと師範、祈る。

(ぁ、怖いのはあ、自白系の禁止能力よぉ! 我々のうち誰か1人にでも炸裂すれば総て総てバレるのだあ!!)

 壁村逆門。撃破数圏外。なお、撃破補佐人への撃破数加点のうち47件が故意または過失により本来より低い割合で算
定されていたとして、団体9つならびに個人38名在宅起訴中。

(にひ。そ、使うなら『黙秘権の行使を禁ずる』でしょうね)

 ブレイク=ハルベルド。レティクルエレメンツ・天王星の幹部。背後彼方で爆散する量産型男爵に花火の如く照らされな
がら……考える。

(自白系禁止能力の輝きを広域放射すれば乾坤一擲たる虹封じ破りの作戦概要どころか、”みっくまい”さんとかいう方の
能力のヒミツまで暴けるかも知れない。ま、理想は『足止め組全員の数とその能力ゼンブ』ですがソレは実務上困難!
よって俺っちがここから執るべき最善手は!!)
(動いた!!)
 ブレイクの動きをいち早く察知したのは藤甲地力。先ほどの攻防の都合上もっとも傍にいた彼が見たのは水平に掲げた
槍を両手にて頭上で旋回させるブレイクであった。
(大仰なタメで加速をつける……? 破壊力を高めるだけなら例のエネルギーの刃のほうが速いのに一体どうして)
 にへっ。涎が垂れそうなほどだらしなく口元を綻ばせた天王星の幹部。真意の、電撃感得。地力は叫ぶ。
「屋内にいる者は構えろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
 槍ぐるまから一転ハルバードがその破壊力を突き立てたのは地面であった。四つ辻ほぼ中央一点に衝撃が留まってい
たのも刹那のコト、ぴきぱきと四方八方に急報急進する亀裂が空からのアフリカ象を受け止めたような巨大な”あかぎれ”
と化すまでさほど時間はかからなかった。一帯が揺らぎ廃屋も戦士もゆらりときたが真に恐るべき現象は『次』にきた。
 衝撃波、であった。調整体の膂力に超重武器の回転遠心力を加えた一撃のうち大地がアブソーヴできなかったものが
圧壊を孕んだ刺々しい奔流がほとんど爆発事象のいきおいで全方位へと飛び掛る。

「12号棟南東ならびに13号棟南西、および17号棟北東と18号棟北西……大破!!」

┐┌──┐┏━━┓┏━━┓┏━━┓┌──┐┌─ 3
││ 11 │┃ 12 ┃┃ 13 ┃┃ 14 ┃│ 15 ││
┘└──┘┗━━┛┗━━┛┗━━┛└──┘└─
┐┌──┐┏━━┓┏━━┓┏━━┓┌──┐┌─ 4
││ 16 │┃ 17 ┃┃ 18 ┃┃ 19 ┃│ 20 ││
┘└──┘┗━━┛┗━━┛┗━━┛└──┘└─

「衝撃波は依然止まらず全方位へ進行中!!!」

 白い法廷に響く叫び声を遠くに聞きながら北叟(ほくそ)笑むのは”いのせん”。

(馬鹿ダネー!! いのせんちゃんのワイヤートラップを忘れたのっかなー♪ 建物ハカイされたのは痛いけどその分の
衝撃波は……リバースに返る! ぷくく焦ったね天王星! 自白系禁止能力の建物(ジャマ)の排除を優先するあまり、
禁止能力破りに脅威(ジャマ)なリバースがみくぶーに釘付けられる状況を作ったのだオマエはー!)

 さあいけエイリアン衝撃波……と物陰から様子を窺っていたいのせんだが……しかし自身の特性が一匹たりと跋扈せぬ
静けさに「およ?」と首を捻る。(……)。かわいい顔に浮かんだケロイドに汗が滲む。

(……まさか!!)
「建物外壁に仕込まれ、その破壊に応じたカウンターを攻撃者の想い人へと返すワイヤートラップ……」
 ふたたび地力を光刃から庇った無数の貨幣の乱舞のなか、ザっと前進したブレイクはただにこやかに笑う。
「返せるのはどうやら『武装錬金から直接出力された攻撃のみ』……ですね? 同じハルバードの衝撃波でも、地面などの
他の物体に一度ブツけられコラテラルダメージ化されたものは……『カウンターできない』」
(ほんのわずかな手合わせで仲間の私が2年8ヶ月気付けなかったコトを見抜くのは見事!! ですが!!)
 マッハ3.5の携帯式地対空ミサイルがブレイクの頭上はるか上を通過する。
(狙うはリバース!! 撃墜されねば2分の1! みくぶーさんと5m圏内でサシなら確率……2分の1!)
 破片の鏡映もて海王星の特性を暴かんとするプラチナサクロスはしかし吹断によって爆散する。
「確かに相当速いけど……発射音とか風切り音とか聞けば撃墜余裕。威力だけなら喰らっても問題ナシだけど、バリケード
のアレ的に『一定圏内の武装錬金特性をコピー可能』……とかっぽいから……マシーンのネタバレ防止に、ね」
 次弾、次々弾もノールックで花火にしながらもう片方の銃で絶え間なくみくぶーを圧するリバース。にこやかに目を細め、
鈴を転がすように問う。
「動きが鈍くなってきたよう思えるのは、目が慣れてきたからかな? それとも……?」
(マジで性格悪いわねぇ!! バッカじゃないの国債だから当たり前!)
 建物の影のそこかしこで息急く戦士たち。もたれているのもあれば座り込んで脂汗まみれの者もある。
(債権者ヘバってきたら学窮(わたし)もヘバる! エネルギー、転送してるから)
 両名は屋根を飛び回る。不規則に飛び回っているようだがやはり「19号棟の予知」ゆえ奇妙な力みが時おりかかる。そち
らにリバースが舵を切るとやや強い反撃が注ぐのだ。
 海王星もバカではない。みくぶーの懸念どおりの心境に少しずつ染まり始める…………。
(…………進路妨害が、ブレイク君方面に向かったとき発生するのなら分かる。ああ虹封じ破りのため合流させたくないん
だなって納得できる)
 だが彼の居る、その隣の隣の建物近辺への進入まで防ごうとするのは……『おかしい』。

(そう……。例えば何か、よほど守りたい秘密とかがない限り……)

 よほど守りたい秘密。自分で考えたワードでハっとする。

(もしかして……そっちなの? 例の…………さくらもっちちゃんが潜んでいるのは? 潜んで何か……企んでいるのは)

 リバース=イングラム。海王星の幹部。現在の最優先ターゲットは写楽旋輪。能力は知らないが、『疑わしきは罰する』。

(これ以上……圧される前に……仕掛け……ますか?)
(まだだ。準備がまだ、完全ではない)

 とある廃屋の内部。どういう訳か白い肩を剥き出しにしている斗貴子は鐶の囁きに首を振る。傍には同じく肩が露な輪。
タオルこそ巻いているが顔は(せめて下着、下着ぐらいは……)と羞恥に火照っている。

(落ち着くのトリ。予知に出たブレイクの写真は『ドラちゃんの虹が無効化されている場面』。つまりドラちゃんが虹を使わな
い限り勝負の瞬間にはならない、なの)
(でも……それは……使いさえしなければ永遠にあの場面にならないって保証ではない、です。虹を使わざるを得ない状
況に追い込まれたら…………強制的に動く輪さんを主軸にする以上……私たちもまた……強制的に動かなければ……
ならなく……なる、訳で…………)

 そわそわとする鐶に(やはり……”らしくない”な。普段は冷静なんだが、流石に、な)と心情を察し嘆息する斗貴子。何が
鐶から冷静さを奪っているか……銃声を聞けば明らかだ。

(落ち着け。『霧杳』と『シズQ』が所定の位置へ行けば立て直せる。準備までの時間が稼げる)
(でもそれだって……ある程度だろうって……見込み…………ですし……)
(今は何も考えなくていい。『目の前の作業』に集中しろ。焦らなくていい。速く作ろうとしなくてもいい)
(でも、急がないと……)
(ロボットが好きなんだろ?)
 はい? 斗貴子の、外観から察せられる趣向とは乖離した発言に鐶はちょっと面食らったが、不承不承、「ロボは、好き
です……」と頷く。
(なら好きなロボットのプラモデルでも作っているとそう考えろ。そうすれば自然と綺麗に仕上がり始めるし、速度も自ずと
上がっていく)
 再びの銃声に瞳を左右に泳がせる鐶。その主の殺戮や、落命を恐れる感情が露骨にあふれ、それは震える唇によって
反論の形を結びかけたが、斗貴子の「大丈夫だ、どちらも。キミが落ち着きさえすれば」といったニュアンスの感じられる笑
みによって打ち解けた。
「好きなロボの……プラモデルの…………ように」
 呟いた鐶は没頭に、戻る。
(むー。わずかとはいえ付き合いが長いせいか、妙な信頼関係芽生えてるのがムキー、なの)
 ドラちゃんも何かアドバイスして欲しい、なの。斗貴子さんの言葉が欲しいなの。自分を指差し甘える天気妖精な少女から
どうしたものかと視線を逸らした斗貴子は(ううう。下着ぃ。下着をくださいい)と楕(こばんがた)の瞳でうううと泣く輪を不憫そ
うに見たが、同時に、(託児所かココは……。ええい勝負前だというのに緊張感のない)とも思った。

(な、なんて破壊力さー!!)

 10号棟北西の物陰から東や南東の建物群を見た鳥目誕(とりめ・いつわ)はのん気な半月笑いのまま生唾を飲む。大型
で非常に強い台風が上陸したような後だった。戸板があちこち吹き飛ばされた建物は軽いほうで、その向こうには半壊が
結構な数、見えた。

(ものすごいさー! 12号棟付近の四つ辻を起点とする衝撃波が、ものすごいさー!)

 戦費の武装錬金ウォーエンドノーマネーは敵の攻撃力に相応のコストを掛け弱体化させる能力。発動要件はいたって
単純、『この武装錬金を認識する』。先ほどバスターバロンに通用したのは創造者が坂口照星……部下の能力を総て
把握していて当然の大戦士長だからである。で、それにかこつけブレイクやリバースに”認識させた”から、実効支配化に置
けるのは確かだがやんぬるかな攻撃の範疇、こちらもコラテラルダメージは例外だ。だから廃屋の破壊が防げなかった。

 緑サソリのヅラを被っているよう……と心ない男子からよくイジめられた特徴的な「ハサミのような横髪」と、「先の尖った
三つ編みポニーテール」を持つ太眉少女は食事の時ですら閉じぬ半月型のスマイル口から「これは、まずいさー」と言葉
を零し、おろおろと右往左往した。

(これじゃ、他の建物が、建物がーーー!!)
(さあ戦士さんたち、仕掛けてもらいましょうか『虹封じ破り』!)

 コラテラルダメージによるシルバーイノセント無効化をデモンストレーションしたブレイクは意気揚々とB列通路を北上し
始める。

(ま、体勢が整うまで勝負はお預けって結論でも構いませんがね)
 うっすら冷淡に目を開き、邪笑するブレイク。
(それならそれで俺っち、やりやすいように動くだけでさ)
 血の滲む肩を抑える地力だけが天王星の背中にドス黒い雰囲気を見た。
(二者択一……!! 戦士(われわれ)を準備不足で勝負に打って出させるか、禁止能力広域散布に邪魔な廃屋を壊す
か! マズいぞ見逃せばますますコイツが有利になる!!)
 何度目かのツタ。振り返りもしないブレイクの、更に後方で色とりどりの閃光が走る。たったそれだけで大木あるほど
ある強固なツタが何本も何十本も寸断されて地面に落ちる。それだけの実力差だった。手負いの地力を捨て置いて歩い
ていける理由だった。
 そしてブレイクの視界いっぱいに、恐ろしく水っぽい匂いな少女のヒザが広がり……銀光一閃、臓腑を撒き散らかしなが
ら落ちていく。
「どなたか知りませんが、後ろに気ぃ取られた瞬間なら逆に正面が死角だなんて」
 思うのは、甘いですねと静かに血振りをした彼は額をぐわあんと蹴られ軽くだが仰け反る。マジックで殴り書きされたよう
な『何か』が視界上端ギリギリから飛び去るのが見えたのも束の間、嫌な酩酊が追尾を阻む。額の内側にハンバーグのタ
ネが叩きつけられている幻覚さえ見えた。脳震盪の認識だった。製造工場並みの速度でタネがビッタンして鼻から出て行き
そうな、乗り物酔い寄りの吐き気だった。
 踏みとどまれたのはマレフィックなればこそ。陥没骨折をきたしみるみると赤紫色に腫れ上がってくる額にふれたブレイク
はようやく、「え、跳び膝蹴り!?」と面食らいながら……見た。前方、3mの、地点に!
 犯人を。
 背中を向け、綺麗に着地する少女を。
 忍び装束だった。これでもかというぐらいシックな忍び装束だった。(くノ一のプロ、重鎮イソゴ老ですら着たコトない時代劇
丸出しの)ノースリーブミニスカート生足の黒い忍び装束だった。
「…………」
 体ごと振り返ったのは17〜18歳のキリっとした顔立ちの少女。清純だが戯画ギリギリに鋭い三白眼が印象の総てを占
めている。後天的な猜疑心ゆえではなく”寄せるとか、笑顔とか、よく分からん”といった童女的な目つきの悪さだ。だがすら
りと高い鼻梁や発色のいい薄紅色の唇のせいで毅然沈思の色香が強い。
 漆を塗ったような見るだけで惚れ惚れする見事な、腰ほどまである黒髪を、等間隔で短冊形に分けておりそれは左右で2
房ずつ体の前にもかかっている。そして額には──ブレイクには灰色としか映らないが──ディープブルーのハチマキ。
(やや長身。青っちほどじゃないですけど……相当スタイルいいっすね)
 いまだくわんくわんと鳴らしたあとの梵鐘のように響く頭を抑えながら「グラビアアイドルでも、そうはいない」豊満かつ華奢
な肢体に男性らしく一瞬、目が止まる。
(気になるのは……なんでこのコ…………ズブ濡れ?)
 頭からつま先まで濡れ鼠であった。見事なストレートな髪の毛がところどころダマになりそうなほど細く固まり、いま現在も
景色が逆鏡映する銀色の珠を何顆も何顆もポタポタと垂らしている。動きやすさ優先で薄くできている忍び装束にいたって
は艶かしい雪肌が透けて見えるほどにベットリと張り付いており、ただでさえ見事な起伏はもう裸身スレスレに克明だ。相当
異常で、且つ、扇情的な姿だというのにうら若き少女の忍びは恥らう訳でもなければ一層の興奮を誘う訳でもなし、ただただ
無表情な三白眼でじっとブレイクを眺めている。
(妖怪じみて不気味……。そも全身濡れているのは何故? 発動した特性のせい? それとも特性を発動させるために必要
な……『何か』? どっちにしろ寒くないんですか濡れずくめd……ん? …………『寒……く』?)

──『人間ぐらいの幅と高さ』の、周囲より微妙に温度低い物体が…………あるね、建物から外れた場所に」

(青っちが掴んでたソレってもしかして……このコ…………? 確かに水かぶってれば気化熱で体温ひくくもなりますけど……。
あ、そうなってくるとあのとき掴んだ位置的に『5人または6人居る強豪の1人』ってコトにも……)

 いずれにせよ未知なる敵への小手調べと軽くハルバードで突き上げる。
 どふっ。
 恐ろしいほどの呆気なさでみぞおちを貫かれ瞠目する少女にむしろブレイクの方が面食らった。(え、ちょ、呆気なく!?
てかマズいんじゃ、『生命の消失』を条件に発動する特性ってのは得てして強力だからその条件達成のための犠牲だと
……かなりマズい!!)、血を吐きながらみるみると肌を青ざめさせ崩れていく少女からブレイクは決して目を離さなかった。
何が発動しても対応できるよう、構えていた。
 筈、だった。
 ぐわああん。
(は、はいい!!?)
 ヒザだった。またしても少女のヒザがブレイクの額に直撃していた。
(なになになんなんですかコレ、ループ!? いやでも植物の戦士の人の攻撃がさっきとは違う!)
 依然続く藤甲のツタはまさに片手間で迎撃しに向かうが……

「!!?」

 ギョっと目を剥く。先ほどすぐ正面に差し向けたはずのハルバードが右斜め前方3mにある! (吹き飛ばされた!?)なら
まだいい!! バキバキドルバッキーはしっかりと持たれていた! ブレイクの右腕に持たれており、つい今しがたインプット
した通りの軌道で惚れ惚れするほどの斬撃さえ繰り出している!!

(俺っちの腕が、移動!? ワームホール!? えるっちのような!)

 能力の麾下に右肩からさき置かれているのかと考えあぐねたのが悪かった。濃緑の鞭(ツタ)はもう直近の位置にある。

(けど調整体の身体能力なら回避可能!)

 跳躍はしかし嫌な感触に阻まれた。側溝を飛び越えるときマフラーを引かれたような不快きわまる抵抗だった。ブレイクは
跳躍なかばの中空で『何か』に前進運動を阻まれ、停められた。

(あのコが何か……)

 してはいた。異様な気配に目だけで振り返ると、『顔』があった。巨大な顔だった。廃屋よりも巨大な生首だった。クナイの
少女にどこか似た、しかし夜鷹で壊れたような不潔な美貌をたたえた女の生首が『噛んで、阻んで』はいた。

(っ! こ、これが俺っちの服なり左腕を引き止めているならまだッ、ハイハイ忍法すかと割り切れます、けど……!!)

 巨大なる女の生首が噛み付いているのは……『ハルバード』! そう! さきほど3m先で右腕ともども浮遊していたハル
バードに噛み付いている! ああなんとありえからぬコトか! それだ、その、動作だ! 右腕が離断し3mも離れてしまって
いるブレイクなのに……遠く離れたハルバードへの噛み付きが! 彼の跳躍を半ばで停めた、停めている!!

(わからないコトが、分からないコトが多すぎる、特性ッ……!!)

 停止と動揺が決め手になった。平時であれば軽くいなせる筈のツタをしこたまみぞおちに浴び、不覚にも吹き飛ぶ。そう、
吹き飛ぶ。ハルバードへの噛み付きはタイミングよく了している。

(ま、マズい!! 接合できるかどうかはともかく……右腕っ! 取りにいかないと!!)

 転がる地面から強引に飛び上がりハルバードめがけ走り出そうとする天王星の目はしかし点になる。消えていた。先ほど
浮遊していたハルバードが消えていた。

(生首もいない! 咥えて逃げた!? いやでもさほどの時間はなかった筈! 辺りを捜せばまだ──…)

 追いつけると確信し走り出しかけた彼を留めたのは突如右肩にかかった重圧。(…………!?) 常に飄然としているブレ
イクがいよいよ狼狽の域にいく。戻っていた、のだ。右腕とハルバードが、戻っていたのだ。

(ど、どういう現象……!? 腕を取れるならそのままにすればいいのに……なぜ戻すんすか!? それとも何か、毒でも!?)

「…………」。どこまでも無表情な忍びの少女は殴りつけるような勢いでクナイを薙ぐ。

(迫っていた……! 動揺してるわずかの間に……!!)

 動転で後手に回りつつある己を悔いる間にも、心臓、正中線、男性の急所……容赦ない連撃が降り注ぐ。身もだえしスウェー
で躱わすブレイク。衣服があちこちピシパシ裂けた。極めて機械な実戦特化の連撃だった。敵の『枠』よりたっぷりのマージ
ンを取って回避するというポリシーがとてもとても通じない、切迫の力量だった。一撃一撃が秋水にも劣らぬ逆手のクナイで
あった。
(コレは武装錬金!? 文字! 『久那井霧杳』……? 名前? このコの!? それとも呪言?!)
 ピッ、混乱と片手間のせいで鼻を薄皮一枚とはいえ切り裂かれるブレイク。(出血は!? ない、よかった! だがコレ
以上の白戦はマズい! 禁止能力を……) 短冊の黒髪が眼前で大きく跳ねた瞬間少女の姿は解け失せ……代わりにゾっ
とする転倒の酩酊がウルフカットの後頭部を占有した。
(足払い! 身を屈めて輝きから退避しつつこちらの体勢を……!)
 杖にするついでにハルバードの穂先を、左手で、少女の脳天に突き立てたのは検証程度の意味でしかなかった。ふだん
通りの、「ボグッ」とした瀬戸物が無理やり割れるような抵抗感のあと訪れる『豆腐に指を突っ込むようなまろやかな質感』が
槍を通して伝わってくるのを確認したブレイクであったが、

「!!!!!!!!!?」

 右目の視界の右のきわに音もなく転移してきた我が武器のシルエットに、たじろぐ。左腕を動かすと、右脇腹の内側に
熱い電流が走った。鎖骨を含む肩、だった。それがあばら骨から生えている。腕は右肘を貫き癒着しながら生えている。
肉や衣服を螺旋状に取り込みながら生えている。ブレイクは己が左肘の裏を右目傍で初めて見た。

(今度は……超近距離!?)

 先ほど同様遠くへ飛ばされるものだとばかり思っていた彼はそれでも辛うじて右手に得物を渡す。肘への癒着が負荷で
あったが今度のツタは喰らわず済んだ。だが少女はもう視界いっぱいに飛んでいる。

(……えーと、たぶん)とちょっと泣きの入った顔で額を左掌──右目の右から7時の方向へ傾いて入ってくるのが異様だっ
た、右前腕部は一切映っていないのが異様だった──で覆う。
 防御を無視する発展だった。今度はコメカミを掴んだ状態で勢いをつけた”ヒザ”だった。しかもヒザは

 指を透過し

 額に、ダメージを。

(……。俺っちホムンクルス。このコたぶん人間。だからヒザなんて何回喰らっても死にませんがね)

 痛いものは、痛い。少女はクナイを振りかぶり再び突っ込んできた。やや怒気を込めた唐竹割を敢行するブレイクは、
どうせまたやられた幻影? の後にヒザでしょと思っていたが、身を捻り跳躍した少女は、まさに振り下ろされている最中
のハルバードの随所をカカカっと足で蹴りながら中空でコマの如く周り……そしてブレイクの額にヒザを入れた。

 左腕が、元に戻る。

(……敢えて攻撃にこちらを使ったのはもちろん検証。先ほど3m先に飛ばされた右腕は転移の再発が怖かったし、何か
仕込まれているかという懸念もあった)

 だがまったく無関係だった左腕でも同様の現象が起きた!

(……厳密には遠距離と近距離の違いがありましたがね。この違いは? 右なら遠く、左なら近く? ……キッチリ区分され
る特性もあるにはありますが、『逆も可能』なら土壇場が怖い。どちらの腕もどの距離に飛ばせると見ましょう)

 務めて冷静に行う思考が雑味に阻まれると8割増しで腹立たしい……恋人のいう怒りあるあるをブレイクが初めて心から
実感したのは、思索なかば額に走ったズキリである。ヒザ蹴りの、死ぬほどとまではいかないが地味に痛い半端な刺激が
長く細い息とともに1つの言葉を吐き捨てさせた。

「キレて、いいすかね」

 パっと見温厚な天王星が怒りマークを……藤甲は驚いた。驚いたがツタでの攻撃──よく斬られているせいで印象は悪
いが、並みの動物型ホムンクルスの手足なら粉々にできるレベル──を差し向けて牽制するがやはり斬られる。

(強敵はこのツタじゃなく、やはりあのコ!)
「…………」

 いよいよ警戒を引き上げるブレイクとは裏腹に少女、ニコリともしない。ニコリともしないまま、猫背になりつつ、わざわざ
クナイを左手に押し付け、開いた右手で右膝をさすさすと撫でた。撫でてから右手にクナイを戻し、じっと身構えた。

「ヒザ痛いんならやめましょうよ!?」
「………………」
「いや答えましょうよ。ムリしてヒザ痛めたらイザってとき回避ができず死んじゃうんですよ?」
「………………」
「いやまあね、敵の俺っちがこんなんいってもね、蹴られたくないから上っ面の偽善で忠告面してるって思われるでしょうけど」
「………………」
 少女は跳躍し陽炎となって消えうせた。

「話!!」 清々しいほど無視され軽く涙目になるブレイクだが敵の実像を結ぶ気配が植物廃屋のツタ乱舞するド真ん中に
発生するのを聞き漏らさなかったのは流石だろう。
「…………」
 片ヒザ立ちであった。270度に勾配するツタに足裏を吸い付けたほぼ宙吊りな忍びらしい片ヒザ立ちであった。彼女は
仲間の能力を足場とし……鬱蒼たる殺意の目つきでクナイをば構えている。
(コンビネーション!)
 だがもろともに斬り捨てるべきだけだ、ソレやって何事もなかったように復活してくる秘密だって攻撃し続ければ分かると
解放した斬撃は確かに忍び少女を血しぶきの花に包んだ。ツタのカケラもろとも、彼女は手足をもがれたプラモのようにバ
ラ撒かれた。

(こっちの両腕!! 俺っちの方の両腕は!?)

 健在! 両足も然り! と、認識するブレイク自身の頭部が実は別の場所にといった安いオチさえ警戒したが……それ
さえも定常! 胴体共々五体は満足!

(なら確保! 今切断したあの子の足、必殺の右膝ごと確保!! 特性! どっか飛べば再生系、消えたら幻覚系!)

 右足は、爆発した。一方で少女の魅惑的な太ももがブレイクの眼前で踊り……衝撃。まったく不可解である。バラバラ
になったはずの少女が、つい今しがた爆発すら遂げた右足をちゃんと繋いだ状態で……得意の技を振る舞った。

「もうヤっす……」
「………………」

 さすりさすり。ブレイクは例の場所を。五体満足直立少女は、右膝を。

「いや絶対ヒザ蹴りは……嫌がらせですよね!?」
 涙混じりに声を張り上げるブレイクだが……少女は相変わらず「…………」。あれそういやこのコの声さっきから全然聞い
てないっすね喋れないんだろうかなどと思ったが、反射的に口を衝くは理不尽への抗議抗議抗議。
「体濡れ濡れだからヒザあたると額がベチャってなってね、地味にね、不快なんすけど!!? どうやら水のようだから劇薬
とかに比べたらマシですけど、生理的になんかやっす!! 青っちからのならイイけど!!」
「………………」
「てかなんなんすかアナタの武装錬金!? 何がどうなったら不死身? かつ切断部位爆発とかなるんすか!!」
「………………」
 当たり前のように舞い飛んだ少女のヒザ、所定位置へ!!!

 苦無(クナイ)の武装錬金! 一天地六(イッテンチロク)!!

 特性は『限定条件化における確率操作』! 創造者・久那井霧杳(くない・むよう)は己に降りかかる攻撃の『存在確率』を
完全操作可能! ただし操作できるのは特性発動1回につき1つだけ。(ダブル武装錬金や機関銃への弱さ)。なお一天
地六発動時に浮かぶ少女の被弾映像は時系列に対するブロッケン現象! 

特性発動前                 未発動時の未来
○━━━━━━━━━━━━━━━━□

 □部分の「特性未発動時の確定した未来」は、一天地六発動時発生する『確率の霧』の

特性発動前                 未発動時の未来
○━◇━━━━━━△━━━━━━━□
   発動時     確率の霧

 確率の霧の、『未発動時の未来を希釈する大胆な干渉』により◇部分、発動時点へとその映像がブロッケン現象にほぼ
近い作用によって投影されるのだ!! だがブロッケン現象と決定的に違うのは……映像以外も投影されるというコト!
石突で破壊(こわ)される頭蓋骨のその感触! 流れる血の鉄臭さ! 4DXどころか5DX6DXで上映しうる、しうるのだ!!

 一見無体な能力だが、操作できる攻撃はあくまで『視認できるもの』に限られる! 不可視のガスを調合する毒島華花の
エアリアルオペレーターは対策不可能の、筆頭! また火渡赤馬のブレイズオブグローリー最大出力のような『一瞬で、
広域範囲を殲滅する』武装錬金にも対応できない! 確率の霧が時系列に行き渡る前に殺されるからだ。

「そーいうイミで最悪だったのはこの夏のヴィクター戦じゃないかなあ」
「不可視かつ広域炸裂ですもんねぇ、エナジードレイン」

 とは師範と裁判長。

 また、特性発動1回につき1つの攻撃しか操作できぬため……多人数相手にも不向き。たとえダブル武装錬金を使ったと
しても捌けるのは2人まで! 

 よって密殺任務こそ最適解だが、『攻撃の認識』が霧杳自身の眼力や力量に依存する都合上、ターゲットが、キャプテン
ブラボーや早坂秋水といった武道に長けた者である場合……”目にも映らぬ一撃”は、取りこぼす!!

「……まあ、忍者……ですから……。奇襲とか暗殺じゃなくなった場合、強く思えないのは……当然、です。無銘くん然り」
「確率操作はあくまで相手を動揺させるためのハッタリ、なの。霧のように惑わせ液のように襲いかかり、相手が動揺し
動揺し、平常心を失った隙ついて、グサー! ってやっちまうのがスタイル、なの」
「私の未来視にも近い能力ですが、体術得意な霧杳ちゃんは一切無防備になりません。ガンガン……いけちゃいます!」
「問題は幹部相手にいつまで発動条件を満たせ続けられるか、だな」
 その辺の継戦能力だ、エナジードレインが収まっている最中のヴィクターへの奇襲を試みるも破れた理由は……斗貴子は
言う。

「確率操作は反則級の特性。だからこそ発動条件は、難易度が、高い」

(よもや俺っちの額にヒザぁ入れてるのがそれ?)

 ブレイクは思った。先ほどから霧杳にガンガンとヒザ蹴りを入れられている幹部は思った。 

(コレって……スポーツ選手の勝負前の特定所作のような『実力発揮に必要』な何か?)

 霧杳の能力の芽生えとあながち無関係でもない。後押しなしでは必ず失敗する趣味であるから、継続のため、特性が命
を補った。(『それへの執着をやめた彼女は俺に空手で勝ち越せる。防人衛:談』)
 なお指の透過や切断足爆発は確率の霧が時系列に干渉している最中特有の、一種のバグ。副産物にすぎないが創造
者本人すら予想だにしない現象が多発するため非常に珍重されている。

※ プラチナサクロスの特性ガチャで100%任意のものを引き当てるのは不可。一天地六が操作可能なのはあくまで、対
象となる攻撃の、『どこに、どう存在するか』という確率。『着弾地点から5m圏内にある武装錬金の内どれを選択するか』
といったランダム係数には干渉不可。ただし『敢えて自分がプラチナサクロスの破片の直撃(あた)る軌道に立つコトで、そ
れが敵方面へ行くよう』操作するといったコトは可能!

「…………今度は…………武器破壊…………!!」

 何らの攻撃も受けぬまま突如穂先が砕け散ったハルバードに笑み引き攣らす天王星。斧も槍も鎌も破片となって飛んでいる。

「…………」

 章印のある左胸へとクナイを突き立てた霧杳であったが、布地舞う中、極めて硬質な金属の質感に弾き返され瞳を細め
る。破れた青年の服から玉虫色の、いかにも堅牢そうな『甲虫の殻』が覗いている。光の加減で今は翠色の酒ビンのよう
な透明感を孕んでいるそれの向こうに微かだが章印があった。厚さは5cmほどであろうか。半透明とはいえ金属質……
クナイでは、厳しい。

(武器破壊からの急所狙い……慣れた様子からすると恐らくこれは必殺コンボ……! 俺っちが調整体でなきゃ)

 危なかった、と思いかけたブレイクだがふと疑問に行き当たり眉を顰める。

(あれ? バキバキドルバッキー破壊できるならそれで虹封じ完了ですよね? てかさっきの山林でやればよかったのに)

 刹那の疑問は後方へ飛びのく霧杳──ブレイクは名乗られた訳ではないが、先ほど見た『クナイの文字』から仮称的に
”むょっち”と呼ぶコトにした──霧杳によって更に加速。

(距離を取る? 武器破壊したのに? 章印をしつこく追撃すれば斃せるかも知れないのに?)

 武器破壊、という言葉に再び武器を見た瞬間、混乱は最高潮に達した。「え……?」 唖然とする青年。

 ハルバードは、復元していた。先ほど斧も槍も鎌も粉々になった筈の得物が……元通りになっていたのだ。


(幻覚? それとも何かの……『一時的にしか掛からない/掛けられない』なんらかの特性の実効支配化にあった……?)


 半信半疑ながらも安堵しかけるブレイクであったが、その動乱を引き戻し極限の拍車をかけたのは久那井の……表情。

「………………」

 彼女は、嗤っていた。きゅっとすぼめた瞳孔にゾっとするほどの風狂(おか)しみを込め眺めていた。章印とクナイを隔てる
甲虫の殻を。筋だけいえば忌々しく睨みつけるべき障害を、だのに満足げに見ているのだ。その乖離がブレイクの背筋を
粟立てた。

(……不気味。ひたすらに、不気味…………!)

 既に確定した未来を確率の霧で希釈し別なる運命を算定するクナイの武装錬金・一天地六。その存在は……暫定的。時
系列に対しては、『1つの瞬間につき1つの事象』の行く手を変えるといった小さな改竄しか行えない。存在確率操作によっ
て粉々にした筈のブレイクの武装錬金が数秒も立たぬうちに復元したのはその現れ。

特性発動前                 未発動時の未来
○━◇━━━━━━△━━━━━━━□
   発動時     確率の霧

『あばら骨一本しか抜けず』。◇の特性発動時においてとっくに確定していた未来『□』、その座標においてハルバードが
健在であったというなら、◇━△━□の間において彼の武装錬金が破壊されたとしても収束によって『治される』。これは
ブレイク自身の命についても同じだ。殺せない。『霧杳が己への被弾回避を優先する限り』は。攻撃への存在確率操作に
よって修整できるのはあくまで『1つの瞬間につき1つの事象』のみなのだ。ハルバード、ブレイク、霧杳。確定した未来の
うち変えられるのは1つだけ。

 ではなぜいま霧杳はブレイクの章印を狙ったか!? 皮肉にも特性そのものが生存を担保した敵への致命の一撃など
まったくのムダ、徒労ではないか! なのになぜ……やった!?

(奥多摩戦でも言ったケド、弱点って裏返すと利点に早変わりするの)

 円山は知っている! 霧杳の逆利用を知っている! 『己の攻撃回避を選択する限り絶対に、未来より速く敵は死なぬ』
一見弱点としか思えぬその特性を逆手に取った霧杳の目論見を知っている!!

(章印を狙っても絶対殺せないというのは言い換えればつまり、『章印を防御する何らかの切り札が必ず発動する』というコト!
これは武器破壊のケースでも同じ!! 要するに先打ちさせるのよ『隠し手』を!! 敵またはその武装錬金がイザって時
とってある回避または防御のための奥の手を、久那井霧杳は引き出せる! 確率操作の副次波及で引き出せる!!)

 それも、差し迫った局面ではなく……なんてコトのない局面で!
 現にブレイクは章印を加護せし甲虫の殻を実に呆気なく! 暴かれた!! 

(相変わらず見事な意図だな久那井……! これは偶然ではなく発想の転換! ともすれば保身になりがちな確率操作を
逃げ寄りの攻めに転嫁した独自のスタイル!! 敵の回避または防御の奥の手を早期に暴けるのは利点! 集団戦闘に
おいては勇猛以上の……勲功!!)

 防御系統の武装錬金を纏う藤甲だからこそ頷ける。守りの特性とは伏せ札だ。土壇場で開示してこそ逆転できるものが
序盤で透視されるのは恐ろしい。じっくりと、対策されるからだ。

(章印を守るあの殻……。堅牢だが津村と鐶、気象の同時攻撃なら破れるとみた!)

 もっともそれも虹封じ破りが成功したらの話、だがな。藤の鎧の戦士は呻く。

 写楽旋輪も語る。

「幹部級が相手じゃないかぎり『軽傷で済むようにわざと攻撃喰らって、運命より速く』敵かその武器破壊する強引な荒業や
れちゃいます。何より本人が強くなればなるほど認識可能な相手の体術が増える訳で。決して応用発展性のない武装錬金
じゃないですよ」

 斗貴子は、嘆息。

(火渡戦士長が霧杳と輪を同じ足止め組に入れたのは連携のため……だろうな。予知の写真に『霧杳が殺されている場面』
が映れば……輪の、『二度目の撮影』終了直後に、霧杳の『確率操作』でブレイクなりリバースの特性攻撃軌道を術者本人へ
返すコトが可能だ。……まあそんなものは、霧杳の『己の生存の放棄』が不可欠な……玉砕主義・非人道的なやり口、火渡
戦士長の威圧でも霧杳が応じる率は皆無に近い)

 輪とのコンボを抜きでもそれは成立する。一天地六単体でも攻防のさなかそれはできる。

(いかなる強敵相手だろうと、その本人か武装錬金、いずれかを違う未来へ突き落とせる。殺害または破壊ができる)

(……ま、本人の性格上、絶対ない……がな)

 輪よりは安心できる、なぜなら、霧杳は──…

「復活再動直感感応♪ 気合激励大激励! 加速突撃友情情熱♪、愛と絆の、う・ま・す・ぎ……です……!」
「ノってきましたね……『準備』……」
 何やらバババっと衝撃波状に手を動かす鐶に輪が呆れ半分感心半分というカオしているとある廃屋の中、
「シッ! 小声とはいえ歌うな! それで気付かれたらどうするんだ……!」
「追風、追風! 追風ッッ!!」
「知るか!」

 何の話だ! 低く押し殺した声で『上着』を監督しながら、斗貴子。だが斯様なやり取りができるのも前線への信頼あれ
ばこそ。

(霧杳は、ヒザさえ自重すれば……強い)

 扇形に持っているのがクナイと思ったブレイクは幻視の甘さを知る! キシャア。霧杳の手中にあったのは色とりどりの
エイリアン衝撃波12匹。
(ハルバードはツタ含有ワイヤーを避けている! つまりコレは……さっきこのコが、むょっちが、自ら!!)
 ツタ中のシルバーイノセントをクナイで斬るコトによって獲得されたエイリアン衝撃波が手裏剣の如く投げられた。咄嗟に
回避するブレイクだが忍び走りで六時方向から三時方向に回りこんでくる少女の姿に(マズい!)と振り返り後ろ殴りに斬り
付ける。一瞬、おそかった。背中の何箇所かに鋭い痛み。刺さっていた。エイリアン衝撃波が刺さっていた。
(やられた! これは『攻撃者がもっとも愛する者を狙う特性』! だからこのコは避けられたコレと自分の中間点に俺っち
が来るよう移動した!! そう! この子が一番大好きなのは……恐らく自分!!)
 ブレイクの後方に流れた衝撃波がブレイクを通る軌道で霧杳めがけ飛べば、それは──…

 ブーメランと、なる。

 呻く天王星の首がひしゃげる。ハイキックが左コメカミを捉えていた。霧杳。背中の被弾に気を取られた敵に容赦なく、影
も見せず接近したのだ。そしていかにもヒザをかましたいのを頑張ってガマンしたという様子で──幼児がおしっこを耐える
ような顔つきで──足を、振りぬいた。軽くだがぐろんと白目を剥いてハイキックから離れていくブレイク。右腕を取った霧杳
は、ざざりっ、と左足を軸に回転しながら投げへと移行。脳震盪ではなく利き腕の破壊を目論んだ非常に実戦的な…………
古武術(アプローチ)だ! ずっくりと水気を含んだ衣服に濡らされる腕はその向こうのやわやかな、とろけそうな胸や腹の
感触をたっぷりと伝えてくるが恋人(リバース)ひとすじのブレイクは……惑わされない。
(させませんよ!)
 投げが最高速に入る寸前からくも石突──マンセルの色立体。カラフルブロックで積み上げたパイナップルのような、
特殊な形の──石突を振り上げるブレイク。狙いはあやまたず霧杳は下顎から鼻腔までを貫かれた。
 鼻腔双方から血潮を流し目を見開く忍者少女の姿はすぐ消える。投げから抜け空中でもんどり打っている最中の、灰色の
瞳そばに転移したのは。ブレイクの眼差しに迫るは切先。クナイ。
(体ぁひねっての回避は)
 4m先で例の巨大生首に齧られているハルバードを見て諦める。くいくいっ。肩への指令がタコ糸を伝う正月の風物詩の
ような伝播で遠くかなたの左腕を動かす。手応えは、硬い。引き止められ動けない。
(決まってくれれば……ちっ、無理か!!)
 藤甲の察知ともに無数の銃弾が夕映えの道路に穴を開ける。「…………!」 小動物的な反射で右後方それから左後方
とぴょいぴょい飛びのき被弾回避の霧杳。(リバース……!!) からくも02号棟方面へ伸ばしたツタで銃撃の大部分を
防いでなお余りある弾痕に藤甲は切歯する。
 その視界の外郭で瞬き始めるは禁止能力。ブレイク。舞い飛ぶ不自由を復元した左腕で以って制したのだ。(避け……)
られないと固まる藤甲を救ったのは煙幕。煙玉か何かを投げたらしい霧杳の姿であったが「予想通り」。背後に飛んだブレ
イクが獲物の斧部分を振り下ろす。(輝きはフェイント! 回避で硬直した隙狙いか!) 藤甲が次なる対処に移る間にも
霧杳は迸る閃きによって全身の左右がズズリとズレていき……奇妙な人形と摩り替わった。高さ50cmほどの枝つき丸太
に忍び装束の上着を着せたそれを「変わり身」としか受け止めぬブレイクはあくまで冷静。
 そこから溢れ出した濃緑のツタに全身を絡めとられるまでは。
(っ!? 廃屋の!? なんでここに!?)
(建物を植物にするだけがキャッチアンドリリース7ではない! 蘇生できるのは『植物の死骸全般』! そして生命は特性
の対象となり破壊された死骸であっても吹き込める!
(やられた! さっき俺っちが破壊し木造建築物の部品に戻ったツタ! それを投げつけ発動したんすね、時間差で!!)
(7度まで再利用可能ッ! ゆえにキャッチアンドリリース7! そして!!!)
 瞑目の地力が掲げる小さな木の破片が青々とした木の芽に変じた瞬間、その双葉の片方に短剣が刺さる。キツツキの舌
に絡め取られどこか遠くからやってきて刺すや戻るそれは言うまでもなくクロムクレイドルトゥグレイヴであり!!
(我が手の生育も可能だが)
 得意気に瞑目し微笑む藤甲地力!
((年齢操作の方が、速い!)
 20cm苗木! 一瞬で4mサイズへ!
(輪ちゃんはとっくに屋内! よってスノーアディザスター、オトコもろとも吹き飛ばせーーっ!! なの!)
 猛烈な大風が撫でる! 一方木は……生育を通り越し枯死! よって万朶から吹き飛ぶ紅葉そして黄葉! 

──小技にも向いていて私が最後に共闘した去年の秋は並木道いっぱいなイチョウの落ち葉をカッターよろしく使っていた

 シュパパ! 操作された風によって魔術のように地力の両手をすり抜けていく無数の落ち葉! 彼の藤甲によって鋭利を
獲得したそれらは流星群のごとき軌道でブレイクを狙い打つ!!

(大技がそろそろ通じないと見るや小技連発?! くっ、特性の汎用性もさるコトながら創造者の判断が怖い!)
 調整体の膂力でツタを引きちぎるも、流麗なクナイ捌きが致命傷めざし何発も何発も放たれる。
(このコが前線に来る前に藤甲の人を始末できなかったのが痛いすね……! 今からじゃとても……!!)
 霧杳が機械的な「く」の字の閃電で超近接戦闘を仕掛けるのはブレイクのハルバードが長大だからだ。不得手とする懐へ
の敵介在を嫌うかれが有効射程距離を取るべく後方へ飛べばエイリアン衝撃波のブーメラン……。運よく攻撃が決まって
も特性で復活。禁止能力を目論んでも煙玉または葉っぱの盾で遮光。

(何より細かな落ち葉のカッターが怖い! いや致命傷にゃなりませんけど、なりませんけど!!)

──「よいかブレイク。リバース。貴様らは血の一滴、髪のひとすじすら落としてはならんぞ」

(落とせば総角さんに複製される! バキバキドルバッキーやマシーンが複製、されてしまう……!!)
(だからこそのカッターだ!! 貴様らのDNA物を落としておきさえすれば最悪こちらが全滅しても音楽隊首魁は強化でき
る……からな! 貴様らがいくら痕跡を消し去ろうが奴は必ず見つけ出す、螺旋をバーバリアンハウンドで見つけ出す! 
戦士がホムンクルスを頼るなど屈辱もいいところだが貴様らはレティクルは厄介すぎる! 少々の毒をねぶってでもいまこ
の時代に滅ぼさなければ……人々は泣く! 泣き続ける!!)

 藤甲地力の普遍的使命感は勝るのだ! 力量の、懸隔に!
 衝撃波でカッターを振り落とし無傷を獲得したブレイク、つくづくと畏怖する。

(ああもう。枠のコラボ、個々で劣るが故の連携ってのは美しいけど、厄介……!!)
(どっちがソレだ。音楽隊副長や撃破数3位コミの実質5人がかり相手に拮抗している貴様こそ異常……!!)

 藤甲地力が追い風の中にあってなお冷汗をまぶすころ、他方では。

「追風、追風! 追風ッッ!!」
「だから鐶、やめろ!」

 他方では。

「喜べや海王星。てめえにゃ2つも選択肢あんだぜぇ? ここで俺に犯されるか、それとも今すぐ水星のアルビノのクソガキ
連れて来るか、2つもなあ!」
 げひゃひゃと下卑た笑いを屋根の上で浮かべ手を叩くソバカスだらけの青年にリバースの笑顔が不思議そうに歪んだ。
(誰よ下品ね)
「あーっシズQ!! あんた弱いんだからこっち来ちゃダメでしょ! はあ!? 違うし! 心配なんてしてないし!!」
 みくぶーは叫んだ。つぶれ気味不等号の両目でキャンキャンと。Tシャツの裾を引くような仕草で足の付け根で両掌を蝶
の影絵状に広げているのは冗談のように模範的だ。
「弱い? はあ、誰がだよ」
 無言で放たれた無数の吹断はもう彼の命を刈り取れる距離にあり……衝撃音によってみくぶーは「あ、ああ……?」と
軽く涙を浮かべる。
「てめえもだぜぇ、海王星? 俺を見誤り手抜きするからこーなる」
 舞い飛ぶ無数の木の板、蜂の巣と化したそれがシズQと呼ばれる青年の命を守ったと気付いたリバースは……呻く。
(見た。踵を屋根に打ち付けるのを。力を加えたんだ。無数の板が私の銃撃の軌道上に浮かび上がるよう)
 ケケっ。品の悪い猫背でポケットに両手を突っ込み、くっちゃくっちゃとガムらしき物を噛むゴロツキ寸前の青年に
(幹部(わたしたち)寄りの強さ! 我意に溢れた破戒ゆえの淀んだ力量……!!)
「ふぇ、あ、無事だったんだシズQ。よかっ……」
 ほっとして半泣きで笑いかける金色の少女は、ハッ! として大あわてで首を振る。
「いや別に全然嬉しくなんかないし! バッカじゃないの! バッカじゃないの! そんな小細工幹部相手に何度も通じな
いんだからねっ!! だからあんたなんか、死、死……いや死んじゃえとか冗談でもダメだから、えと! そーよ! 死な
ない後遺症残らない程度の重傷でさっさと戦線離脱すればよかったのよ!!」
「水星のアルビノ連れてこねえってんなら……ヤっちまうか!!」
 シズQが口にし構えるは……吹き矢の武装錬金。
(この武装錬金は……? あ。そういえば思い出した。水星のウィル君から聞いたコトある。義理のお兄さんなんだこの人。
確かウィル君の恋人を襲おうとして返り討ちにあってどこかに飛ばされたんだよね? それが何で戦団に……あ、ウィル君
への逆恨みか。じゃなきゃまず戦士にならないタイプだよね見たカンジ)

 微笑しているがかなり好感度の低い眼差しで品定めした海王星の、思慮。

(まあいっか。ウィル君の話じゃ吹き矢の武装錬金は

刺さりさえすれば相手を操れる

けど、連発は効かないってハナシ。マシーンの敵じゃない)
 おおかた身の程知らずが仇敵憎しでしゃしゃり出てきた所だろう……リバースの推測を皮肉にも裏付けたのは先ほどの
みくぶーの「弱いからくんな」的な反応である。
(けど放っておくと思わぬところで邪魔されそうだし……全力連射でまず始末!!)
 木の板を何万枚浮かべたところで防ぎそうのないフルオート射撃がシズQ正面5m地点に到達した時点で、ああ、絶望的
な力量の差よ、ようやくシズQの吹き矢は切先を僅かに覗かせたレベルだった。遅い。遅すぎる。サブマシンガンと肺活量
の到底覆しようのない足の差だった。
(まず1人)
「って思う時点で甘ぇよなあ?」
 リバースがコンセントレーション=ワンの発動を知ったのは、透明な爆発にでも見舞われているように激しく炸(はじ)け
ている『一瞬前の立ち位置』を「え? え?」と半ば呆然自失で眺めている時だった。
(集中した一瞬へと反射的に入り……無我夢中で避けた……? この、私が…………?)
 いったい何が発生したのか。背後に回りこんだみくぶーの拳にゆるふわショートボブの右側をちりちりと焼かれながら
思い出すリバース。
(…………空気の弾丸が……弾き返された? ウォーエンドノーマネーの仕業? いえ、硬貨は見当たらなかった。思い出
してきた。そうよ。『大気が、鼓(こ)した』。半径3mぐらいの空気の膜が太鼓の膜のように震えた瞬間、私の銃弾が一斉
に……猛然と、反射されたんだ)
 明らかにシズQの武装錬金の仕業! だが結びつかない! 仲間(ウィル)からなまじ情報を得ているからこそ『刺した
相手を操れる』吹き矢と先ほどの情景が……結びつかない!!
(確かに成長によって特性がマイナーチェンジするコトはある! けど大きくは変動しない! 光ちゃんが大好きな無銘くん
は性質付与の龕灯と敵対特性の兵馬俑を併用できるっていうけど、それはイソゴ老たちのせいで通常有り得ない生まれ方
をしたが故の例外中の例外! 基盤(ベース)となったチワワと、胚児の”誰か”、2つの精神具現を『自分はどちらか分から
ない』不安定な育ち方をしたからこそ、両方! 使えるっていうだけで……だから成長は特性を大きく変えない、変えはしない!)
 思考を引き裂く下品な声。
「ばーーーか! マイナーチェンジ程度でも強力になったんだよ俺の『ブロンズカリキュラム』はよぉ〜〜〜〜〜!!!」
 吹き矢は……空中に刺さっていた。
『なるほど。空気に刺せば空気も操れる訳ね? でもそれってエアリアルオペレーターと被ってない?』
「おっ、あんな雑魚武装錬金と同一視か? 光栄だねえ」
 ウケケ。笑うシズQだがすぐさま真顔になる。同時に地響き。
「いいセン行ってたがハズレだ」
 鳴動が起こる。
(これは──…)
 リバースは見る。シズQの武装錬金、その特性を!!

「ひれ伏しな海王星!! 数多の地獄の果て覚醒(めざ)めたこの俺の……恐るべき能力になあ!!」



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