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第117話 「対『海王星』 其の零玖 ──夢等──」




 リバース=イングラムの会話への信頼が完全に破壊されたのは、盟主メルスティーンへの目通りが叶ったまさにその直後
である。悪の組織の盟主なのだ、当時萌芽しつつあった暴力への衝動は肯定してくれるに違いない……無意識にそう信じて
いた彼女に投げかけられたのは、しかし、予想だにしていなかった冷たい言葉。

「ふ。異常だよ君は。過剰防衛という言葉知らないのかい? 絡んできたチンピラどもといえどレンガ片でことごとく半殺しに
するのは許されないコトだよ? 身を守りたかった? ならある程度怯んだところで逃げればよかったじゃないか」

 それをしなかった理由はたった1つ。君が、異常だからだ。人を傷つけるコトが楽しくて仕方がないという闇の本性を抱えて
いるから、結局それをしたくてたまらないから、乱暴しようとしてきた男たちで得たりとばかり解消したのさ……。

 驚き、やがて反発に震え始めたリバースの地雷を鮮やかに踏み抜いたのは、

「だから、ふ、治したらどうだい、その性格」

 そんな言葉だった。それはかつて義母が吐いたのとほとんど変わらぬセリフだった。的外れなボイストレーニングを強い
てきた時の義母と同じ……投影をした瞬間リバースの眼前は真白になった。同時にそれがのちに錬金戦団へと甚大な
被害を振りまくコトになるサブマシンガンの武装錬金・マシーンの初めての発動だった。目通りの直前核鉄を渡していた
木星の幹部イオイソゴの真意とはつまりそれだったのだ。津村斗貴子がホムンクルス西山への恐怖によって初めてバル
キリースカートを発動したように、リバースは、盟主への逆上によって掌握と決意、咆哮を要する超常への扉を開いたのだ。

 気付いたとき、リバースは血だまりの中にいた。大刀の武装錬金・ワダチで斬られたのだ。ひどいありさまだった。肺が
裂け、小腸が飛び出し、右腕にいたっては遠い部屋の片隅でゴミのように転がっていた。このときマシーンの例の特性が
発動していたのかどうか今となってはわからない。

 ただ盟主は、弾痕だらけの顔をゆがめてこういった。

「ふ。治すというのもまた現状への破壊さ。損壊の部位が普通の、正しいおこないによって再び裂けるのは、壊れたという
事実のやる、抹消(ちゆ)へのせめてもの抵抗…………。壊れたものは壊れたものなりに自身を保全しようとする。だから
難色を示すのだよ治せという言葉に。理不尽に壊されてしまったばかりに、見捨てられ続けてきた可愛そうな自分……。
それをこの地上で唯一愛し、唯一慰め、共に懸命に生きてきたというのに……そんな自分さえ治せと、変えてしまえと、消して
しまえと言われるのは……ふ、我慢がならないのだろう君は。どうしようもなくどうしようもなく、否定されたようで、悔しいの
だろ?」

 ならまずぼくからでも壊してみたまえよ。嘲弄の盟主。腕を広げ、緇塵(しじん)にたっぷりと唇の端を歪めた盟主は、物腰
からリバースの好悪をだいたい察したのだろう、軽々と禁句を口にした。

「そんなちっぽけな声で訴えるだけじゃ、ふ、聞こえないよ、誰にも、永遠に」

 それは実母に声帯を潰されたせいで大きな声を出せなくなってしまった少女にとって最も許せない言葉だった。幼稚園や、
学校で、「なんていったの?」と聞き返されるたび募っていた怒り。当時はまだ引っ込み思案だったコトもあり、誰にもぶつけ
られずにいた怒り。盟主はその降り積もった怒りを驚くほどあっけなく爆発させたのだ。

「誰の声が小さいですってよく聞こうともしないそっちにこそ問題があるんでしょ許せない許せない許せない」

 五日六晩のブッ通しは火星(ディプレス)以来よん。診療所のベッドで目覚めたリバースを女医は楽しげに覗きこんだ。

「ちなみにワタクシは十七日十六晩♪」

 リバースにとって盟主とは敬愛すべき存在ではない。
 そうだろう。
 彼女の総てを理解した上でなお不快な言葉を投げかけてくるような上司などいったい誰が喜ぶのか。
 口の悪さではディプレスも相当だったが、彼の吐く暴言というのは、多弁だが明るくはない者の例に漏れずだいたいがブー
メラン、自分にも当てはまる言葉なのだ。
 だから彼であればリバースは存分に論破できる。
 結果、実力行使のぶつかり合いになるコトもしばしばだが、最低でも相打ち……つまり倒すコトはできるのだ。ストレスは、
溜まらない。

 だが盟主は違う。

 言っているコトは突き詰めれば、ひどく一般的な、誰でも考えつくようなコトなのだ。
 そう、驚くべきことに、どうしようもない破壊者である筈のメルスティーンこそが幹部の中で誰よりも、その発言に正義の様
相を帯びている。

 何が悪く、何が正しいか、彼は充分、知っているのだ。
 知った上でそれを、リバースが、他の幹部が、もっとも怒る角度で斬り込んでくる。
 もっとやわらかい物言いだってある筈なのに、まるでリバースが、発言した盟主のみならず、発信された正論にまで敵意
を向けるよう仕組んでいるような恐るべき舌鋒を振るうのだ。

 もちろんリバースの破壊衝動はその大部分、彼女自身の憤怒によるものだ。実父と養母を惨殺したのも、何の落ち度も
ない1000近い幸福な家庭を崩壊させてきたのも、総て、家庭で放置され続けてきたコトへの甚大な苛立ちから発したコト
だ。家庭を崩壊させるとき最も力の強い父親にマシーンの特性をかけ暴れさせる悪魔のような方策にしても、リバースが
自分自身で考えたコトだ、盟主は何のヒントも与えてはいない。

 だが、鐶から説得を受けたとき見せた、正論への反発は、間違いなく盟主が培ったものだ。
 彼は正論を投げかけ続けるコトで反骨と叛心を育てたのだ。
 それは他者がメルスティーンに抱く破壊者という認識をも織り込んだ最低の策だった。
 誰だって罪人に説教はされたくない。それと同じだ。破壊者に正しく生きろ、何も壊すなという調子で説法されれば、人はこ
う思うだろう。

「お前が言うな」と。

 どんな素晴らしい目標であっても、提言する者に人望がなければ浸透はしない。
 リバースが正論を嫌うのは盟主にさんざんと吐かれたからだ。本能的にアレルギーをきたすよう、変えられてしまってい
たからだ。

 そう、彼女は、知らず知らずのうちに、救いに繋がるはずの正論を容易には受けられない性質になってしまっていたのだ。

 にも関わらず、盟主への嫌悪をして抗弁しなかったのはなぜか? 
 それは逆上のたびワダチで斬り伏せられてなお付き従っている理由と一致する。

『破壊』。

 リバースが不服と不満を持ってやまないこの世界を破壊して変革しようとしている彼にはどこかで敬服してしまっているのだ。

 敬愛と敬服の違いはどうして夏に殺虫剤がよく売れるか考えればよく分かる。

 神経の機序をおかしくするピレスロイド系のフェノトリンは決してタバコのように愛好されたりはしない。
 だがこと不快な存在を一掃する効力においてだけは愛よりも友情よりも強く固く信仰されている。

『長』に位置するものが真に求められているのは経営資源の見事なる猿回しではない。

 保証と、保障だ。

 前者は、部下の求めているものは必ず獲得するという責任ある断言。
 後者は、部下の求めぬ不快は決して味あわせないという安全の誓訳。

 盟主にはそれがある。それら持たぬ尸位素餐の愚図どもを一掃できる力がある。

 だからリバースは旗頭を支え続けるし……彼の吐く正論そのものへの直接的反論はしない。。
 義母を始めとする憎き有象無象のみへの間接的反論のみ意図的に選択するのだ。

 歪んだレトリック。ゆえに代償は、ある。

──「わしはただ一言発するだけでヌシに勝てる」

 イオイソゴの言葉だ。リバースを鐶放逐の件で尋問したとき彼女は言った。勝てる、と。ミニガン並みの連射能力なサブ
マシンガンを二挺同時に精密動作可能で、【弾丸製作スキル】による総計実に29種もの攻撃方法を擁し、しかも特性に
到っては緩慢ながらも必中必殺で運用次第では敵部隊の連携すらズタズタにできるほど強力なリバースを、老獪な忍びは
ただ一言発するだけで勝てると言った。

 奇妙な文言。『声を発した者に必ず着弾し死をもたらす』特性持ちに、『一言発するだけで』勝てる、とは? 一言発した時点
で特性は勝つために一言発した当人へ着弾し敗北をもたらすのではないのか?



 否!!! いかなる能力にも、あるのだ!! 理法の通じぬ外界は!!! 



 内実は後段に譲る!!



 いまはただ盟主メルスティーン=ブレイド別件をば語りて曰くッ!!



「CFクローニングを成した者はその知識や精神に見合った新たなる力を1つだけ手に入れる。武装錬金でいう特性が宿る
のさ。鐶光の『博物具象』とでもいうべき知識の受肉もその1つ」

「あれは凄い力さ。ああそうそう、断っておくがリバースのCF恩恵は鐶ほど常軌は逸しちゃいない。ふ、なにせ世界にさんざ
心を鎖してきたからね。CF恩恵の優劣が対象者の優劣に比例する以上、リバースが、広く深いまっとうな力を新たに獲得する
コトなど絶対にない。ようやくの進化がもたらすのは、あくまで、狭く、浅く、マトモではない、実に単純で原始的な、ハズレとした
いいようのないつまらぬ新能力さ」

「もったいつけるな? いったいどんな能力だ? ふ、簡単さ」

「リバースが自身を改造(こわ)しに改造(こわ)してようやく得られたのは、戦団の下っ端にウジャウジャいる程度の能力。
並の輩なら即座にガス欠。燃費とみに悪し。そのくせ映画やら漫画やらではとっくに掘り尽くされ使い古された手垢まみれ。
どうしようもなく陳腐で……ちょっと運用を間違えるだけで極速連射マシーンの持ち味すら殺してしまう、そんなどうしようも
なくつまらぬ新技(ちから)だよ、CFクローニングしたリバースが振るまうのは、ね……」

 高き上空。リバースが進化直後作成した600m級のクレーターを見下ろしながら、鐶。

「のっけから核たぁあのバカつくづくキレてやがんな、です!!」
「違うわよぉ?」

 侵犯の5時から7時。背後にある致命的円錐(リーサルコーン)は韮緑(リークグリーン)の鬼炎が音もなく停車した瞬間、
完全に”とられた”。紺碧の炙りより出でる笑顔。そして銃口。鐶はロール。反転した世界に広がったのは無数の弾丸。

「はああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……っ!!」

 加速のための気合だろうか、迸る鐶の声は、でかくそして長い。途切れる気配がいっこう見えぬ。炎噴き追いすがるリバー
スですら笑顔をゆがめ思わず片耳に小指を突っ込んだ。ビリビリと大気を震わす音波は追いすがる弾丸すら振るわせた。

 しかし構わず空に輝き満ちる無数の弾。
 それらはミサイルではなくいわば機銃。鐶に追いすがるリバースの銃口から放たれた追尾性能なきエアとフラグメントのシ
ェイクである。従って追尾性能はないが代わりに凄まじい弾道予測によって鐶の行く手を塞ぎ続ける。弾痕で文字を描く精
密性ならではの芸当で充満するはパラベラム。『戦いに備えよ』。隙間は備えの布なのだ。縫う、鐶は。XYZあらゆる軸への絶
え間なき微動の裂(きれ)を俊敏に俊敏にツギハギして織り込み──…

 致命的円錐から義姉外すため必要なバレルロール機動の左肩上がりを織り込んだ。大声を出したまま。
 無銘、快哉。

(よし! 避け──…)

 つけ狙う弾丸のおよそ48%が、分裂。縦に裂けたのではない。いたるところで弾丸後部がするりと外れ、軌道した。キャッ
プの外れた鉛筆のようだった。キャップと同じ形に尖った後部の弾丸は無情にも迫る。とっくにギリギリのところで弾丸を避
けていた鐶へ迫る。

 無銘、呻く。

(やられた本来だ! 本来の複合弾!!)
(ふふ! モード『憑帖』の技能は掛け合わせだけじゃないってコトよ!! 単騎でももちろん運用可能!! ベトナム戦争
中アメリカ軍がジャングルの中の便衣兵をひとりでも多く殺したいからと生み出した分裂する弾丸は性格悪いのよ! 性
格悪い私が、芸能人の幸せいっぱい結婚会見を離婚したとき見る用に最高画質で録画する程度には性格悪い私が制式採
用しない訳ないじゃない!! 弾底部がわずかに傾斜した後部つまり2発目の弾丸は7.62mmNATO弾ベースかつ射程
100mのテストの場合、1発目の着弾地点の周囲半径約30cmの圏内のどこかに命中する!! この精度が高いかどう
かは意見わかれるトコだけど!! ギリギリの回避してる相手には結構さあ! 致命的、よねえええ!!?)

 飛行機雲の硝煙を曳きつつ鐶に迫る2発目の群れ!!

 弾丸は総て幻姿をすり抜けた。いよいよ未確認飛行物体じみたジグザグの機動と軌道を起動した鐶の残影をすり抜けた。
無表情に見下す目線を義妹から感じた義姉はしかしにこっと笑う。なおも続く妹の雄たけびの中、純白の笑みを浮かべる。

(1921年。英国。ウィリアム=W=グリーナー♪)

 2発目の頭がキャップになった。無銘、仰天。
(3発目ェ!!?) 
(+1がデフォなのよ!! 前の形態の! 今は!!)

 発売すらされなかった狩猟用複合弾の鉛筆が火を噴いて推進し、突如空間に勃興した無数の羽根と心中した。
 複合弾、全滅。

(はいい!!? 二乗じゃないとはいえ初見でそれェ?! きぃ!! 今の為とさっきの形態じゃ温存してた虎の子を!!)
(隠し手残してたのはそっちだけじゃねーってコト、です!! こちとら3発目まで予想済み、です。これの、おかげで…………)

 大声をここでようやく引っ込めた鐶に無銘、気付く。

(ラッパチョウとアナツバメのコンボ!! 前者はさきほどまでの巨大な声だ!! そして後者は反響定位(エコロケーション)!
コウモリのような超音波ではなく声の反響で地形を把握する能力!! つまり!! 番犬代わりも務まるラッパチョウの
大音声を、真暗な洞窟ですら障害物を把握できるアナツバメの反響定位と組み合わせ……無数の弾丸に応用!! 非破
壊の構造把握によって三連複合弾であることをいちはやく見抜き!)
(さすがに避けきれない最後の分裂迎撃用に『置き』……! カウンターシェイド散布(まい)てた、です……!!)
(のみならず非複合弾の軌道さえ未来予測し……避けきった!!)

 笑顔の少女は軽く奥歯を噛み合わせた。

(あれ……音羽なら2発目直後に死んでたぞ…………)

 直線距離で900m近い遠方の、しかも夕闇迫る景色をいまだ廃屋地帯にある泥木奉が目視できたのは、銃手らしく目が
いいからだ。視力6.0。空中戦だったのも大きい。ラッパチョウの馬鹿でかい声も。遠くなのにいまだ耳がジンジンする。

(同じ反響測定系回避能力の音羽でもなあ、……パっと見5000発近くの複合弾だったしなあ、無理だろ絶対、被弾する)

 喉元につけたイルカ型自動人形のエコロケーションによって迫り来る攻撃の回避軌道を読める『泥木の亡き親友』は戦団
でも指折りの回避能力の持ち主だったが、そんな彼ですら2発目時点ですでに死亡不可の悪魔軌道だったのだ複合弾は。

(それの3段構えつまり約15000発を無傷でいなせるってどんだけだよ今の鐶……。そしてそんな鐶でも回避一択を速攻
選ぶほかなかったリバースの弾丸の嵐もやべえ…………)

 泥木が見ている間にも、鐶が昇る間にも。

 追いすがる銃弾。抜ける抜ける抜け続ける。引き起こす機首。夕陽から月へ。上面(背部)の方角は夕陽から月へ。
地球なのだ。下降は速い。シャトルループ。背中を追いかけていた義姉を極めて極めて基本的な代表的な空戦術機動で
追越(オーバーシュート)させた鐶は操作に移る。
 右手を覆う籠手の光象。
 それをいったん前腕部から離れた位置に浮遊させるや……左手で、撫でる。さまたるや名人の飴細工。掌が無造作にな
めしただけの光象は覆われていた部分が再び日の目を見た瞬間、新たな色と新たな形を覗かせる。
 すなわち……変形。
 肘まではカバーできなかった中型の金色の籠手はいま、物干し竿より長い純白の砲身となってリバースを捉えた。
 古代の骨ばった巨大マンボウの化石のような独特な形状の基部の中にはコンソールもまた芽生えており、ヒレじみたフ
タのような骨をパカリと開けた鐶は、裏側にある取っ手をただ無表情に強く強く握り締め──…

 姉に、激突(ぶつ)ける。砲の尖端も、純粋な想いも。

「手え出しやがってエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエっ!!!」
(まだおっしゃる!!)

 突き刺さった槍、石火。先ほどダムを崩壊させたのとほぼ同量の凄まじい熱線がリバースを中心に展開した。ゴールドの
まばゆさときたら暮れなずむ風景の色素ひとつひとつが感光するほど恒星級だった。スペクトルの暈がギラギラと回りながら
輝いて広がって、そのあいだずっと灼熱の奔流はリバースを撫でていた。撫でていた、だけだった。彼女の2mほど前方に
て球状に展開していた『場』が破砕の光を拡散し障(ふせ)いでいた。

「ちっ! やろう無傷か! です!! いいかげん指の一本ぐらい詰めろやァ……、です!!」
(口悪っ! 原因の我が言うのもあれだが、口悪っ!!)
 なまじ筋道が通っているのが始末が悪い。いわゆるエンコ詰め、一説にはドスなどの武力を削ぐためとも言われている。
銃手リバースにとっては最高の詫びだろう。
「モ、モード『月蝕』……。ふ、ふふ? もちろん、掛け合わせ」
「アァ!!?」
「かか、掛け合わせなしなのよコレお願いだから光ちゃん話聞いて落ち着いて…………」
(あ、ちょっとたじろいでる。ビビってるぞビビってるぞ幹部がビビってるぞいいぞ鐶もっとや……待て! マキビシだったも
のがエネルギーを……? っ!! まさか!!)

 無銘の頭の中の鍵盤が重苦しい不協を鳴らす。譜面は例のクレーター。威力から核攻撃としか思えなかった曲目、なのに。
 リバースは笑いながら、言うのだ。

「あれは『無印』。通常基本よ」

『生体エネルギーを弾丸にできる』……だ」

 盟主メルスティーン、語りて曰く。

「ふ、言ったとおりだろ? 戦団なら特に珍しくもない特性だ。凡百に留まる限りはすぐ枯渇して撃てなくなるし、アニメー
ションの世界の中なら主役(ピン)から端役(キリ)まで存在する能力。単に”できる”というだけでは何ひとつ視聴者に爪痕
を残せない、今さらの、ありふれた【弾丸製作スキル】にして、リバースの持ち味にすら枷をつける能力」

「だってそうだろ? 平生ですら既にミニガン並みの連射能力といえば聞こえはいいが、しかし銃は、秒間発射可能な弾丸
が多ければ多いほど、、却って『撃ち方やめ』の回数が多くなる」

「……ふ、ご明察。そうさ。弾薬補給さ。短期間にたくさん撃てる銃ほどリロードの回数が多くなる。敵の攻勢のシビアなガン
シューティングのひとつでもやれば分かるがね、撃ち合いが生死の切所に差し掛かった瞬間での弾込めというのは……
ふ、実にやばい。そのやばさを避けるためリバースは空気圧搾なる無限の弾倉を選んだ。素晴らしい連射能力が一切制
限されぬようにと」

「なのに、だ」

「生体エネルギーという有限の資材……ふ、空気もまあ有限ではあるが、人ひとりの体積よりは確実に大きいからこの際
無視しようか、とにかく、生体エネルギーという一個人の資産を切り崩し弾丸へと分配するコトはだ、マシーン最大の持ち味
たる連射力への掣肘でしかない。そもリバースはすでに戦闘において生体エネルギーを使ってもいる。弾丸の嵐で絶え間
なく傷つき変形する銃身内部の修復へと回しているのだよ、限りある資産を。だのに今度は弾丸をってのは、ふ。不能率
だろ? 武装錬金特性との食い合わせは非常に悪い。そも人間でも道具でも、1つのリソースに複数のコトをやらせるのは
だね、アホさ。なんでもできるを目指して作られた兵器に当たりがないのはそのせいさ」

「ともかく、色々使い勝手の悪い能力がCF恩恵だと知ったときのリバースの落胆は……ふ、ひどかったよ。6時間……いや
7時間だったか。体育座りの膝に顔面を埋めたまま、ただひたすらずっとドヨーンとしていた」

「しかし…………だ」

「彼女最高の持ち味は病みでも暴力でもなく……精密動作性、でね…………!」

「銃弾の編成さえ変えてしまえばいいのよ。添付すべき火薬は標準量比約2パー。麦数粒でことたりる……。種火よ種火
なのよ。周囲の金属片を着弾の瞬間、その質量二乗のエネルギー弾に変化させるインプットの種火なのよ。無印の粒子も
紅蝶の金属ライナーも月蝕のカルトロップも、腔の内部で剥がれ落ちた金属片は変換よみんなみんな変換なのよ」

(いわば専用の炸裂弾!! CFクローニング形態専用炸裂弾、というわけか!!)

「幸い質量からエネルギーへの編纂は狎(な)れている……!! 核融合弾や月蝕二乗で狎(な)れている! そしてこれな
ら生体エネルギーは省エネよ!! だって一発あたり数粒ですもの麦にして!! だから根源たる精神力はその大部分を
従前かわらず銃身内部の修復に向けられる…………。ま、ふふ、火薬ケチったせいで攻撃力の方は、ほぉんのちょっとしか
強化できてない、けどねぇ…………!!」
(じょ、冗談ではないぞ!! どこがちょっとだ!!!)
 相変わらずポシェットの中にいる無銘は叫びたくなった。
(通常射撃ですら進化前の核融合クラスだというなら、狙撃も! 貫徹も! 今までとは比べ物にならぬ威力だというコト、
だろうが……!! 核だってまだある……! これまでの最大値『二乗したものを二挺同時に放つ』を今のこやつが、通常
射撃でクレーターを作れるよう成り果てた海王星が実行したら……どうなる!!? 問題はもはやここだけのものではない!
もしここで倒せなければ……街区への進出を許せば…………)

 無数の建物が密集する大都市を一瞬で滅ぼす火球を想像した少年忍者は、汗をかく。銀成にいる本体の話だ。脂汗な
ら必中必殺の幻影と苦痛でとっくにたっぷりで忍び装束もじとじとだが、冷汗はじとじとにこのとき初めて加わった。

「弾丸にやっと火薬が詰まっただけじゃないですか、要するに」
(オイ……!!)

 無銘はどっちに驚けばいいか分からなくなり、戸惑った。ひとつはいよいよ尋常ならざる最終形態の幹部相手に挑発的
な物言いをする鐶のまずさだが、いまひとつは、『その程度の強化』にしか過ぎないのに気付かされたせいである。

(た、確かに……誰でも知っているコトだが、銃弾は基本、弾頭、薬莢、雷管、火薬、の4つから出来ている。そして吹断
を見る限り、リバースの銃弾はここまで火薬以外の三要素を『銃身内部から剥落した金属』のみで構成していた。つまり
……ひどい言い方をすれば…………おもちゃだったのだ。エアガンだったのだ。弾丸を発射する圧力を火薬燃焼では
なく空気圧搾に依存していた以上、あれほどの威力だったにも関わらず…………兵器ではなく、エアガン程度の意味しか
なかった……のだ)

 そこに生体エネルギーという『火薬』を加えただけで、つまり銃弾としての本格的な体裁をちょっと整えただけで、あれほ
ど終末的な火力に到達してしまったリバースはやはり魔人といわざるを得ない、少年忍者は胴ぶるいした。

 同時に、気付く。鐶ともども、気付く。

(マズい!! 火薬賦課されし銃弾部位の最たる激変は弾頭、ではない!! ここまでずっと形骸だった部分……!)
「そ、雷管、よ」

 総ての事象は銃の裡。トリガーに連動するシアー。前進のボルト。そして。

「撃鉄を起こせ……!」

 機構の果て撃針(ファイアリング・ピン)に叩かれた雷管は、この長い戦闘のなか、初めて本来の役目を果たす。
 それは爆発成型侵徹体や核の球殻といった事象には到底およばぬ小規模な衝撃だ。きっとその刺激は単体である限り、
生まれたての赤ちゃんも、111歳のおじいちゃんも、殺すコトなどできないだろう。
 叩かれたケツにちょっとだけ火花を散らしただけなのだ雷管は。衝撃は、小さい。
 だが燃えさかるイカズチの芯。燃焼の伝播動態は弾丸の中へ。弾丸は生体エネルギーの坩堝。したがって燃えうつる。
創造者の荒々しさを反映したわずかな刺激でカっと燃える、パピヨンの黒色火薬を半気半液にしたような──武藤ソウヤの
『サーモバリック』と呼ぶ──純度の高い火薬に、雷管からの火打ちは燃えうつる。

 虹封じ破りのさい見せた狙撃をも上回る速度の『通常射撃』が放たれた。
 数千発が放たれた。海王星は笑いながら更に更にトリガーを引く。

「これぞ火薬燃焼ぉぉ!!! 火薬燃焼あらばこそ銃はその真価を発揮する!」
(今マシーンは成った! エアガンから、実銃に!!)

 無銘の動物の本能が電撃される恐るべき速度をしかし鐶は事もなげにマニューバで躱わす。

(あ、そういえばさっきの背後からの銃撃だって避けてた、か……)

 今の秋水の逆胴が相当の会心を得てようやく到れるレベルの速度を連射できるリバースもさることながら、それを回避でき
る鐶もまた恐ろしいと無銘は思う。

(……早坂秋水、か。進化前の吹断はともかく、いまのリバースの銃弾なら或いは吸収、できるのか……?」
「ふふふはは秋水さんなら通じるかもねえ前はともかく今の私の弾丸には天敵といって通じるかもねえ!! このCF恩恵
がハズレ技能だと思うのはそのせいよそのせいもあるのよ! エネルギーを得た攻撃は弱くもなる!! ソードサムライXの
ようなエネルギー対策特化の武装錬金には相対的に弱くなる!! オンオフも可能ではあるけれど気を抜くとすぐ自動で
生体エネルギーが弾丸になっちゃうから相手次第では相性次第ではむしろ私を弱体化させるのがこのCF恩恵よ!! 
だからさあ、だ・か・ら・さ・あ!!!」

 影も見せず着弾した爆発成型侵徹体が鐶の胴体を8ヶ所ブチ抜き、それと同時に爆発した。

「安心しなさい光ちゃん安堵なさい光ちゃん、お姉ちゃんは進化しても総合的にはさほど強くなってはいない!! だってハズレ
技能だもの私のCF恩恵は光ちゃんのような汎用性の高いものじゃないもの!! お姉ちゃんがインチキしてお姉ちゃんだけ
がやたらに強くなったというコトじゃないから!! ふふかかかきききっ!! 納得しましょうよぉ!! もともとお姉ちゃんのが
強かっただけって納得したらさあ! 諦めてさあ!! お姉ちゃんを優しく優しく優しく優しくやっさしく! くびり殺せるでしょお!!!!」

 フィンのついた発生器に変換した鐶の光象の防壁は、広がりきる前に到達を許した。防御行動を見てから放った後出しの
狙撃が、光の壁の展開より早く到達したのだ。

(火薬で増している!! 破壊も!! 速度も!! ちっ! どこがハズレ技能だ!!!)

 無銘が舌打ちするなか開花する無数の火球。しかしほとんどは同士討ちだ。射撃時反動(リコイル)によってどうしても生
じる一弾一弾の微妙な射角の違いが、距離重ねるうちやがてニアミスやすれ違いを生むのだが、そのさいの”密”で互い
が互いの熱量に反応(あぶ)られる形で着火。結果、早漏をきたした。標的に着弾(あた)るより早く爆ぜた。
 この点でもCF恩恵はリバースの精密動作性──サブマシンガンの全弾を一点に集中できるという馬鹿げた奇跡のよう
な長所──を殺すといえよう。

(けれど)

『誰に着弾するか分からない』特性の無作為、自分にすら誰がどうなるかわからぬ銀鱗病でさんざと戦士を攪拌したリバー
スだ。
 理合通じぬ領域の利用もまた心がけており、心得ている。弾丸は風と欠片の混合気。圧搾したエアーと輪郭のデブリで組
まれた吹断の弾の質量二乗光熱変換は規定された着弾の前の速発において不完全なものである。
 金属片総てがエネルギーにはならぬケースは何か……メカニズムを人間と怪物を用いた数千次に及ぶ多角的な検証に
よって解明し尽くしたリバースは速発時における完全燃焼の実現よりむしろ不完全燃焼の利用を推進した。
 標的が、せっかくの敵(リバース)のハズレ恩恵のポカを、チャンスではなくますますのピンチになるような無作為の悪意を
ハンドロードした。やったのは少しの工夫。ほんのちょっとだけ混合気の片割れを頑丈(かた)くした。ほんのちょっとだけ
対爆性能を強くした。

 散弾。それは友軍相手に自壊した情けない爆発が生き残った金属片どもを”けしかけ”生まれる。敵の至近で誤爆しあった
弾丸が即座に手榴弾と化し全周に破壊をもたらすのだ。


(…………!)


 爆発からいち速く退去した鐶光ですら、風穴は、多い。左腕や右大腿部、右脇腹が痛々しく抉られている。
 遅れて無銘に届く高音域の耳鳴り……。

(音楽隊最速の鐶が通常の反響定位をしてなお回避できぬとは……! 恐るべきは散弾! さすがの未来予知でも読め
るのは同士討ちまで……同じ銃弾内部の金属片でも、複合弾の境目のような明らかに一定列へ纏まっているものと、ただ
不規則に浮遊しているものとではまったく違う! 前者はおおまかゆえに見当がつくが、後者! これが手榴弾的殺傷を
惹起すると予測(みな)すのは不可能!)

 なにしろ弾丸は高速で飛んでくる。そもそも火薬を得てますます速くなった弾丸のおおまかな構造を把握して対処できるだ
けでも既に神業なのだ。複合弾を撃たれてから複合弾と気付き複合弾を避けられるだけでも凄まじい。なのにそれ以上をし
ろ? 無理だろう。風穴とはいえ初見で傷3つに抑えただけでも鐶は大健闘といわざるを得ない。

(音羽なら)

 泥木の分析以下省略。それが常人、マトモな世界。

(失敗時の追撃に思い至ったリバースこそ執拗(おか)しいのだ!! 銃弾の手榴弾殺傷……左様な非道は忍(われ)でも
浮かばぬ!! 奴め!! 火薬を得たがゆえの速発さえも攻撃に織り込むとは!! CF恩恵、確かに消耗と弱点はいく
らか増したようだが『エアガンから実銃へ』……マシーンは実質、進化している!! 武藤カズキの突撃槍がヴィクター化に
よって変貌した時にも匹敵するほど劇的な変化と強化を遂げている!!! 本当にただ『火薬を添付しただけ』なのに……
リバース本人の射撃力や発想力! なにより狂気が!! ただでさえ絶大だったあの銃を更なる暗黒の領域へと堕としている!)

 コスト相応の成果を得ているのだ。それも、すぐれた経営者が立地の思わぬ瑕疵に驚きながらも粘り強い営業努力と逆
転の発想でじわじわとピンチをチャンスに変えていく『棚ぼたの対義語』で。

(……間違いない! CF恩恵……だったか。リバースめならいかなるものが当たっていようが……昇華していた!! 己
に見合ったものへとチューンし、必ず! 進化前以上の脅威をはじき出していた!!)
「それほどの発想力と……思考力が…………ある、のに…………どうして正しいコトに、使わない……んです……!!」
 水色の羽衣で傷を癒しながら、恨みがましく抗議する鐶。リバースの声は、弾んだ。

「使っているわよぉ!!! リア充どもの楽しい生活とやらをブチ壊してブチ壊してブチ壊して台無しにして!! 私の痛み
分かるでしょって『伝えて』さあ! 人の痛みわかるように矯正する正しいコトをさあ! うふふこかかっ! 毎日よ!! 毎日
してきてあげたのよお!!! きっとみんなみんなみーんな!! 優しくなったわよ世界の優しさレベルあがったのよ!!!」

(外道……っ!!)

 龕灯の向こうで無銘は奥歯をきりりと噛む。牙さえ唇から覗いた。
 歌劇のように楽しげに身を振り手を振りさえずる少女はどこまでも笑顔で……美しい。

「いいじゃなァい!! リア充ってさあ!! 吹き溜まりの中でさあ!! 傷ついてなーにもできなくなった私のような人間は
さあ!! なにひとつ助けようとしないんだもん!!! 言葉で伝えても何いってんだったってカオしてさあ! 言ってもムダ
だからと対立避けてあげてやりゃあどうして話してくれないのってバカ言ってさあ!!!」

 薄緑の肩が光る。小手調べだと全方位に放たれた光線が地上に刺さるたび、竹藪が、山肌が、河原が、花畑が、突き刺
さった敵意の刃の爆撃で無惨な姿に成り果てる。

「よくさぁ、心開いてくれないとか唇尖らせるけどさあ!! ソレってあなたは私の承認欲求満たしてくれないよねえって文句
だよねぇ恫喝だよねェ!!!!」

 やっと先ほどのクレーターの抉れの下から這い出し始めた火渡や潜水服、総角の青銅巨人を包んだ虚無の閃光は海王星
胸部からだ。金牙くわえる透きとおった青い宝玉が吐露した大口径の奔流が大戦士長救出作戦の要たる人材を悉く焼いた。

(なっ!!? 師父と火渡はともかく……潜水服は味方、だろうに!!)
(あくまで今は……です!! 捨て置けば取り返される大戦士長なら別に……って訳、です!!)

 すんでで間に合わなかった鏡だろう。丸めた羽を苦々しく棄てた鐶。殴りかかるも障壁によって弾かれる。

「みんな本音言いましょうよお!! 他人に求めてるのがさあ!! 友人AだかBのポジだってさあ言いましょうよぉ!!? 
そこに収まってろってそれ以上の口出しはすんなって思ってるんでしょお本当は!! だってさあ!! 自分が? 傷つい
ているとき都合のいい言葉耳障りのいい言葉ささやいてくれなきゃあそれだけで『自分勝手』ってレッテル貼って縁切ってくで
しょお!!? じゃあみんな他人に友人AだかBだかして求めてないってコトでしょお!! ホントに欲しいのは友じゃなく供
なんでしょお!?! だからみんな付け上がるのよ!! D以降のお供がジャラジャラとアドレス帳を埋めた時点で人間関
係構築の競争に勝っていると愚かな誤解をし……満足し、付け上がる!!! ゆえにそれ以上は、しない! やらない!!
どうでもいいッ!!!」

 集中した一瞬、同時に伸びるワイヤーの腕。その前腕部は金爪付きの黒籠手だ。リバース背後に装着されていた異形の
器官はいま禍々しい三本の爪を大きく広げ鐶を襲う。衝撃。義妹の首を愛おしげに、義妹の腹を憎らしげに、それぞれに
強く握り絞る。呻く少女。丸く歪んだ三角の喀血。

(ふたつ互い違いの方へ撚(よ)れて……! 絞め殺すんじゃない! 捩じ切る気だ!!!)

「わざわざ私のような人間に関わって面倒しょいこまなくても、充分! ユカイなお供どもとの上ッ面の会話で盛り上がれるか
ら楽しいから!! それ以上は、しないやらないどうでもいい!! 手だってちっとも差し伸べない!!」

 カウンターシェイドの変形。『ハサミオヨタカ』。文字通りの形が一閃。はらり。斬れるワイヤー。背中からの有線伝達を失
くした爪がにわかに緩む。

「そんな風に気軽に他人を切る連中よ私が破滅させてきたのはそんな連中だけなのよ!!! 何が悪いってのよ正しいで
しょ絶対に正しいでしょ世界のためでしょ弱者のためよ!!」
「なにを勝手な……!!」
「じゃあお父さんのような無責任な父親を許せっていうの!!!」
「ッ……!!!」
「薄っぺらな表面だけの付き合いしかやれないような人間が遊び感覚で恋愛をするから!! 愛されない子供がやがて罪を
犯す人間が生まれて生まれて生まれ続ける!!! 子供さえも! 自分の人生のオプションパーツとしか見れないような奴
の家庭を!! 存続させるコトは!! 温床よ!! 私のような傷ついたまま何の救いも得られなかった人間に平気で追撃
するような連中の温床よ!! 供にならない者を排斥して見下し!! 植えつけた劣等感という名のいつどこで爆ぜるかも
わからぬ爆弾をして無関係を山ほど殺す遠隔殺人鬼の巣窟よ!!!」

 だからッ! 破壊(こわ)す!!! 通常射撃に自己鍛造破片弾をたっぷり加えたフルオート射撃が放たれたのと、先ほど
の一撃によって改めて敵性認定した量産型バスターバロンが鐶の背後に現れたのは同時である。影が消えるほどの速度で
上空高く回避(のが)れられる滅蒙鳥(めいもうちょう)と違い、ただ緩慢に殴りかかるだけしかできない巨人は「ぷつっ」とい
うあまりに呆気ない音とともに頭部を無数の散弾に打ち抜かれ…………粉々をスプリンクラーした。

「ふふはははえけけけっ!! 幸福な家庭生活ってのは慢心を産むもの!! くっそボケた当て推量が愛嬌だってチヤホヤ
されるから!! ヘラついた軽薄が親愛だって洗脳されるから!! だから大抵の連中は人の痛みをよく聞かない!!!!」

 カルトロップと掛け合わせた通常射撃が次の布石だと睨んだ鐶はマイクロミサイルを具現。発射。無数の些細同士の激突
が火球となって膨れ上がる。

「おうちがハッピーな連中はいいわよねえ!! 当て推量を押し付けて!! へらつきで混ぜッ返して!! 支配者側の規則
覚えこんで大多数の側に立って風上から押さえ込んで押さえつけて社会的に正しいのはこっちだってカオしてりゃあ済むんだ
から!! なにっひとつ解決せずとも優越感だきゃあ味わえるんだから!!! いざってときお父さんがお偉いさんがターボ・
タンブラーの中のクルミほどの役にも立たないのはそのせいよ!! 風上にもおけない分際で風上への立ち方だけ磨いてき
たからさあ!! ちょいと鶴の一声発するだけで下がおおわらわの死に物狂いで弾き出した成果ひとりじめ可能なぬるま湯に
浸りつづけてるからさあ!! 思考力ってのが壊滅してんのよどいつもこいつもあいつもそいつも!!!」

 重なる爆発。双方被弾ひとつせず飛び回る蝶人と土星の交錯は果てしない。

「でもさあ! たかがポっと出のモブに触れられたくもない痛い部分を泥だらけの手で穿り回された方はいい迷惑!! だ
から承認欲求満たす反応なんかするわきゃない!! ところが奴らはそーされるとすーぐ熱噴いて! ただ感情的に熱噴
いてる自分さえ熱血指導をしていると勝手に酔って!!!だから全ッ然、人の気持ちに沿ってないから! そっぽ向かれる
のが当然なのに!! なのにおかしいのは自分じゃなく相手の方だって決め付ける! ソレ人間模様でもすれ違いでもな
いから!! 駄々だから!! おうちのようにワガママを聞き入れられないのが悔しいってだけの駄々だから!! ふふく
あははははははかかかきゃきゃあーっはっはっはあ!!!」

 山に突き刺さった無数の火線によりとうとう山火事が発生。燃え盛る到るところで虫や獣が逃げまどう。

(これは……。想像しうる限り最大の激痛すら児戯の『痛み』でも呉れてやらねば…………止まらん、凪とっくに見失いしこ
の大海嘯…………止まらん!!)

 やっとリバースの小さな声に慣れてきた無銘だ。解読も翻訳も追いつきつつある。

(だがどうする…………!? どうすればこれ以上の魔道を止められる!? 止めない限りこやつは何度倒しても変わらない!
倒された痛みや怒りを糧にますます己を正当化する!! 懲役刑が改心促さぬのと理屈は同じ!! 『どうして充分傷つきなが
らも激さぬ限り他者に優しく生きてきた自分が、あれっぽっちに対しここまでヒドく!』だ!)

(人に罪はない。少なくても実行中の概念において罪はない。これだけの割を喰っているんだ少しぐらいは許される、いつも
のように許されるとその手うかつに伸ばした結果に対する罰の有無がそのまま罪の有無となるのだ)

(だから罰そのものは反省を促さない)

(どれほど厳しくようが心を良くしたりはしないのだ。『あの程度のコトでなんでここまで厳しくするんだよ』……囚人はみな思
っている。幹部もだ。リバースはきっとただ倒されるだけでは改心しない、絶対に。自分が被害者だという観念こそ大前提
だからだ)

(戦団の正義など、『自分がひどい被害受けている時は来なかったくせに、ちょっとした加害には目ざとく訪れ非難する』不
愉快なものでしかないのだろう。不快(それ)に倒されたところで改心……あろう筈がない! だが鐶はこやつを助けようと
している。助ける以上、改心は、要る。でなければまた……生まれてしまう。吹断の犠牲者が生まれてしまう」

(だが……どうすればいい……? これほどにまで歪んでしまった……誰に対するものかさえ不明な言葉にただただ狂乱
するだけの少女…………。救う手立ては本当にあるのか……?)

 忍びとしての合理的な判断は告げる。『抹殺こそ、手早い』。リバースを改心できたとしても幹部はまだ残り9人。空前の
大禍害を暴風してきたリバースと同等かそれ以上の存在(モノ)がまだ9人だ。改心のため莫大な労力を費やす戦力的余裕
は戦団にも音楽隊にもあるとは言いがたい。

(それでも……リバースを仲間にできるのなら……)

 恋人たるブレイクも芋蔓式に……といった画餅は無銘にはない。ならば幹部相手の捨て石に使う? 違う。

 ただ、夜半の雨が心をよぎる。救えなかった少女。自らの手でケジメをつけられなかった少女。元土星の幹部、ミッドナイト。
7年前、哀しき決着を迎えた縁ある少女はそれだけに無銘のオリジンとなって存在している。実は魂だけは剣に宿り生き続け
ていたとは先ほど知ったが、それでも、少女の命に対し傍観者でしかいられなかったという想いは今でも苦く残っている。

(我は……見捨てたくない。今がどれほど暴虐だったしても、その始まりが深い悲しみなら…………リバース=イングラムを
何もせぬまま終わらせたくはない。でなければ鐶だってまた目から光を失くす…………)

 幼き少年少女、家族への想いは共通なのだ。だからこそ、『勝ち筋』とは別の、心すくう籌策(ちゅうさく)がいる。

(……転機ぐらいにはなるやも知れぬものが1つ。だが、これをやると……これを、やると………………)

 鐶は量産型に包まれた。包囲を抜ける。狙撃。追撃で縺れあい合沓(ごうとう)する鉄肉厚き男爵8機を串で団子にするよう
軽く貫いてきたのは……狙撃と貫徹の鬼子。肉薄。至近。鐶はただ尖りきった瞳でどろりと見つめ──…

 逆風(さかかぜ)で両断。正中線から泣き別れたした鬼子は両側に回りこんでいた量産型の表面で人後に絶する爆発を
起こす。斬撃を通したのは逆手持ちの破断塵還剣。残心。息もつかず斬撃軌道基本の九箇所に配備した破邪の鏡の2つ
が核融狙撃をそれぞれ受け止め反射した。眼前にそびえていた8機の巨人は三度にも亙(わた)る狙撃貫通によって限界
に迎合。人体ならまず末期なほど増殖した嚢胞のような灰空色(アザーブルー)の爆火球の明滅に彩られ……崩れてゆく、
空という海を沈んでゆく…………。

 爆発成型の核で反射を撃砕した海王星はなおも笑う。笑いたくる。

「あの女の!! 光ちゃんの母親のおうちもきっとハッピーだったのよ!! だから私は許さない!! ロクでもない口先
だけの何もわかっちゃいない連中を続々と生み出す外来種の苗床のような家庭は許さないっ!! 子供に傷を与える親や!
子供に傷を与える同級生を!! 無責任にバカスカ作って鬱屈溜めて爆発させるよう仕向けている世界構造は許せない!」

 背後に像を結び回りこむ音楽隊副長。

「犯罪者のみが悪いんじゃないわよ!! なにひとつ他人を救えないくせにイラつくコト無意味なコト的外れなコト許せない
コトそういったコトだけはいっちょうまえにお喋りできるお父さんやお母さんのような連中もまた悪いのよ!! プラスの感情
一切引き出せないならせめて黙って!! マイナスにしかならない下らないゴチャゴチャばかり喋るからますます傷ついた
人間があなたの通りすぎたその道に石を投げるの!! 遠目の人影へ似ていたからと石を投げて誰かを殺すの!!!」

 裏拳で吹き飛ばされた細い肢体に上空(うえ)から通常と熱核をない交ぜにした光線の雨を降らす。被弾。連発する爆炎
の中、半実体の光象がいくつも割れて爆ぜ飛んだ。

「その場でのすぐの反撃を許容しないから!! 口先三寸の奴らが口先三寸で傷つけるのはいいが暴力で反撃するのは
野蛮だからと勝手な規則で締め付けるから!! 鬱屈ばかりが募ってある日まったく無縁のところでおかしな爆発する
のよ!! おかしな爆発でちゃんとしてる誰かが傷つけられるの!! ちょっと首が据わってないだけの赤ちゃんが……
傷つけられるの!!」

 軌道を修正し再び義姉の正面に鐶が翔んだ瞬間……。

 この戦闘の結末を決定づけた重大事象が遂に、発生(おこ)った。



 言い分はわかるッ! ポシェットから飛び出した龕灯が、いや、無銘は叫んだ。



 怒りに囚われている鐶ですら「ちょ、いいの、ですか……!!」と叫ぶほどの事態だった。熱弁していたリバースですらキョ
トリとした。眼下の落ち窪んだ髑髏の霊の群れにどろどろと呪われ、あちこちから紅いカケラをぱらぱら降らしている龕灯を
本当心底ふしぎそうに眺めた。

「なんで銀鱗病の最中しゃべ……あ、その龕灯が犬か人間、どっちか半分の精神だから? だから汚染されてるのは精神
半分だけで……だから、そっか。無銘くんだけは完全には錯乱しない、と。確かに……考えておくべきだったわねこの展開」
(ななな、なんてコトするんですか無銘くん! 作戦では、作戦では……!)
(ああそうだ。黙っていた方が利口だろう! 我こと龕灯が必中必殺で戦闘不能だと思わせておけば、この戦闘最後の土壇
場で不意をつけただろう、リバースの虚を突けただろう! いま喋るのはそういう有利を棄てるコトだ!! むざむざと我の
健在を教えたのはどうしようもない失態だ、わかっている!! 戦士たちの命を賭けた『勝ち筋』すら危うくする愚策……到
底許されるものではない!!)

 だが!! 少年忍者は声を張り上げる。『勝ち筋をうまくやるだけでは、倒すだけでは……勝利にならない、敵の心根の
羅針盤を正心に向けねば解決はない』。そんな気持ちが一度堰を切るともう、止まらない。

『……我はかつて鐶に貴様を魔道から救い出すよう提言した…………!! 今も気持ちに変改はない。だがッ!! 罰
は!! 罰だけは誰かが与えねばならないッ!!』
「なにを言うかと思えば……。ソレ結局許せないってコトじゃないの無銘くん? まあ無理はないけど。だって巻き添えだも
んね、自分が殺されかける破目になったの。精神半分の必中必殺だとしてもたぶんあと20分ぐらいの命だし……」
『違う!!』 龕灯は斜めにガクガク揺れる。『忍びが戦闘に身を置いた以上、生命を揺るがされるのは当然の理! 覚悟
だってできている!! 鐶と因縁ふかき貴様が相手ならなおのコト! 同輩の我が揺さぶりのために狙われるのもまた策
のひとつ!! 我とてイオイソゴやグレイズィングに親族がいるなら……したかも知れない!!!』
 リバースはきょとんとした。きょとんとしてから、ちょっと微笑(わら)った。
「ヘンな子ねえ」
『う、うるさい!! 貴様の方がそうとうヘンだ!!』
「だいたい……イソゴ老やグレイズィングの親族の件…………どっちかと戦ったら……きっとすごく、ビックリするわよ?」
(…………?)
 鐶は急速に平生の冷静さを取り戻した。
(きっとすごく……ビックリ? どう……して? 親族の件…………? なんであの人たちの……家族のコト……で、無銘くん
が……ビックリ……しなきゃ…………ならないん……です?)
 追求したくなったが、逆に一気に熱を帯びた無銘の気勢に押されできなかった。……嗚呼。もしこのとき鐶が踏み込んで
いれば鳩尾無銘、出生の因縁絡む大決戦においてあれほどの衝撃を受けずに済んだろうに…………。

 そうとは思いもよらぬ少年忍者、

『貴様の痛み苦しみ、概ね理解はできる!! 我とて長らく人の身になれず苦しんだ身上……!! 体と声という違いこそ
あれ、他者と違う己、他者はたやすくできるコトが叶わぬ己への気持ちは存分にわかる!!!』
 リバースはちょっと瞳を揺らめかせた。必中必殺をかけた少年が恨み言ひとついわずただ同意を示してくる状況に、罪悪
感を覚えたらしい。なのに彼女は無理に片意地を張る。一度あたたかな方向へ流され出したらそれこそもう償いの、激痛
しかない道に行くしかなくなるから…………心にもない反論をしてしまう。

「あ、あなたは……いいわよ。もう人間の姿に……なれたんだから。わ、私は……ちが」

『ならどうしてグレイズィングの能力でその声その咽喉、治していない!!!』

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 ま、これは新参……栴檀貴信が月の幹部に切った啖呵の使いまわしだがな。無銘は極力乾いた声を漏らす。

『我も鐶同様、貴様が弾痕で廃屋地帯に描いた文字を読んだ……。実母に咽喉を潰されたせいで小声しか出せなくなった
貴様の身上それじたいは救われるべきものだと思う!! 他者との真当な交流に欠かせぬ『声』を大きく毀損させられたの
だからな当然だ!!』
 だが!! だったらなおのコト貴様はグレイズィングの能力でその声その咽喉治されるべきだろうが! 無銘は吼える。
『実母に欠如を押し付けられた。周囲は助けてくれなかった。そこまでは被害者だ、貴様は確かに被害者だ!! だがな!!
グレイズィングに出逢ってからはもう違う!! そうだろうが!! 貴様は辿り着いていたんだろうが!! 奴の能力に少し
手を伸ばすだけで人生を狂わせた欠如をすぐさま治せる恵まれた環境に……漂着していた、だろうが!!!』
「……っ!!」
『貴様はさっき我に『人間の姿を得るコトで欠如を癒した者が自分の欠如を指摘するな』と言った。ならば我は問う!! す
ぐさま癒せる環境にいながら一切解決するコトなく周囲に害悪を撒いた貴様と! 何の手がかりも得られぬ長年の中それ
でも辛うじて正心を守り抜かんと足掻いていた我!! そのどちらに貴様は正当性を感じている!! 否! 感じている正
当性を本当に心から信じられているのか……問わせてもらうッ!!』
 海王星はだんだん震えてきた。怒りではない。動揺だ。色白な綺麗な肌を幻想的なまでに白くしていく。
『咽喉を癒さないのはつまり……傷に縋っているからだ!! 何かをやろうとするたび傷ついた記憶に縛られているのだ!!
二度と痛い思いをしたくないから、傷に縋って止まっている!! あいつにああ傷つけられたから、被害者だからと止まっ
ている! 治したくて仕方なかったはずの傷を、止まる理由にするようなってしまったから! だから貴様はその声その咽
喉、治していない!!」
 そこまで深くは考えてなかった、です。鐶は無銘の洞察に驚いた。(さすが忍者……) 人の心への”読み”が凄い。

「だのに止まる理由付けを抱える限りそれはどうしようもない停滞だから……縋っている頼りの傷にすら人は時おり憤る!!
新たな世界への切符を奪っているのは、動けなくしているのは傷のせいだ、この傷を与えた連中のせいだと激しく憤る!!』

 湯気をぷいぷいと吐く龕灯。言葉の真率さとは裏腹に、こんにゃくのように右に左にぷるぷるしているのがユーモラス。

『動かぬコトを選択したのは自分自身なのに!! 停滞と引き換えに新たな傷に出逢わず済む安心を自らに保障したのは
他ならぬ自分自身である筈なのに!! 息苦しい場所に追い込んだのがあたかも傷を与えた連中の如く錯覚するから!!!
だから人は! そいつらのみならずそいつらに少し共通するだけの者にさえ怯えながら牙を剥く!!』

 普通に目を丸くしたリバースは、一瞬、何かを後悔するように視線を逸らし、口元をもにゃもにゃの波線にした。

『本当は怒りを忘れたいのに……忘れれば残るのは成すべきコト少しも成せていない己という怖い現実だけだから……だ
から弱者は怒る! 対話を……放棄する!! 言葉を交せば己の無力が暴かれるから!! ただ痛みを避けたいだけの
本性を指摘され追い詰められるから!!! 交流を、絶つ!!』

 銃を動かしかけるリバースを怒号が遮る。『聞けッッ!!』 空中の龕灯、さらにジャンプ。
『貴様そういうのする限り腐敗以下だぞッ!! 耳痛い言葉に銃殺(それ)をやる限りはだな! 脊柱、腐敗以下だ!! 
痛みを与えた『さまざま』への届かなかった反論が降り積もり歪んだ存在の脊柱となる!! 救うべきだとは思うッ!! だ
が罰は、求める!! 真向唱えられなかった反論の本質は結局、罰でしか気付けないから……求める!!!』
「はぁ!! な、なんでよ!!! 私充分傷つけられてきたのよ!!? おかあさんのような人間に言いたいこと押し込め
られて!! なのになんで罰どうこうなのよ!!!」
『そこだ!! いいか!!』 無銘の熱は弾む。『人間が反論を飲み込むのは何も非ある人間が狂暴なときだけではない!!
自身にも非があると無意識に認めているときもまた……人は反論を飲み込む!!』
「!!!」
『だがそこまではいい!! いいか! 普通だ!! 自分にも非があるからと反論を飲み込むところまでは理性だ!!!
貴様のそこまでは普通だ!! 異常では、ないッ!』
 え? あ? とか軽く泣き笑いし始めたリバースが自分の方を向いてきたが、鐶はあえてツーンと視線を逸らす。無銘く
んに必中必殺かけておいてなに頼ってきてんですかと全身で示す。

 海王星の顔はいよいよ情けなくなった。
 だが無銘は容赦なく追撃する。

『悪いのは、いいか、悪いのは飲み込んだ反論を心の中で複雑化していくコトだ!! 人間はそういう状態に陥ったときい
つだって……己の! 非を! 改められていない自分に苦しんでいる!! 変える前から諦めているという罪悪感から目
を逸らしたいから……相手の言い分どおりやっていればあんな結果にはならなかったと薄々気付いているから…………
もっと根源的な傷に縋り!! ”それ”を与えた者の主義さえも引っ張り出し!! そやつの主義と反目するコトで正義を
取得し!! そやつの主義とわずかでも共通する者に反戦し!! そうするコトで主義でもなんでもない、ただ自分にとって
一番楽で痛みのない道を選ぶコトを……正当化しようとする。今のままで言いのだと複雑な反論を心の中で高め続ける!』

『そして反論のすえ煮詰まった怒りの源膿は…………罰で裂かれた傷からしか出ない!!』

『なぜなら我がそうだった!! 人の体になれず苛立っていた時期がそうだった!! イオイソゴが、グレイズィングが、斯
様な体にしたのが悪いと!! だから……悪いのは我ではないと、思っていた! 思っていたから……師父や……母上に
……当り散らした! どうして被害を受けた我を救ってくれないのだと甘えて! 甘えたからこそ……疎遠になった! 栴
檀どもにさえ自分が上だと片意地を張った!! そうやって何もしてこなかった結果の無力を……我はミッドナイトの顛末
で……突きつけられた!!!』

 ほとんど耳を塞ぎそうな勢いだったリバースが言葉の最中、急に妙な反応して聞き入り出したのを鐶は見た。不思議な
コトに、聞き入り出してからは奇妙な共感の光が、開いた薄目に灯っている。

(…………?)

『とにかく!! 貴様はまず!! その咽喉、治せ!! グレイズィングが拒むなら師父だ! 師父の方のハズオブラブに
一度施術されればいい!! 絡み合ってほぐせなくなった糸の一番最初の結縄を解くところかやり直せ!!』

 もっともな策だが、そこにはリバース、あまり関心を示していないようだった。ただただ急速な共感と、それに対する驚きだ
けが、豊穣なる胸を占めているようだった。

(……? さっきから……妙、です…………。あの人がその声と無銘くんの体に共通項を見出し反応した……だけなら……
最初からこういう状態…………。なのに途中までは聞きたくもないって様子だったのは……言い換えると……『直前の会話』
のどこかに…………、声と体……以上の……とても強い、『あの人と無銘くんの共通点』が出てきた……から……?)

 だがそれはどこか。実質8歳の鐶には見当もつかない。総角たちに当り散らした無銘に、かつて父と義母を惨殺した自分を
投影でもしたのかと考えたが、どうも遠い。2つの要素が符合をみない。貴信たちに自分が上と張った片意地が、鐶への一連
の態度と一致するのかとも推測したが、やはりしっくりとはこない。

(……なん、です? あの人、無銘くんの……どのあたりに…………強烈な共感…………覚えた……んです?)

 なにか……リバースだけが、自分の知らない無銘の秘密を握っているようで、だから鐶の心はむかむかする。

 だから冷静になっても義姉を「あの人」呼ばわりなのだ。想い人の命を奪いかけているコトへの怒りとはまた別の、少女
らしい独占欲を妨害された不快感だ。何でも知りたいと思っている無銘のコトを仇敵の分際で占有しているのが腹立たしい。

 本音をもっというと、義姉の説得に赴き始めた無銘にもちょっと怒っている。勝ち筋のアドバンテージを棄てたコト? それ
は割り切れる。不利を得てまでリバースへの説諭を始めた少年にはむしろ心臓がきゅうきゅうと締まるし、家族……いや、
いまの鐶の視点では親族か、とにかくどうしようもなく恥さらしなレベルに下がり尽くした身内を気にかけてくれるのは、血縁
者の呪縛、どうしても嬉しくなるコトだ。

(でも……他の女のコに…………カッコいいとこ見せるの……嫌です。とても、嫌、です……!)

 むくれる。むーと、むくれる。

(好きになられたら…………どうする……んですか……。もうすぐ私……あの悪い虫……目の前で…………ボコボコにす
る……んですよ……? それであの人が幻滅して悪い虫捨てたら……擦り寄ってくるかも……じゃないですか……。あの人
……依存心ひどくて…………根はどうしようもなく甘ったれで寂しんぼうで…………そのくせ顔とスタイルだけは……いい、
から……)

 嫉妬の炎がめらめらと上がる。もちろん恋愛面でそうなるのは『自分が負けるかも』と危惧した時だ。鐶は強いがそういう
方面への自信はない。五倍速の老化はコンプレックスなのだ。リバース曰く治るというが信用はならない。義妹の想い人を
必中必殺にかけるような輩の確約など当てにはならない。だから早老症で嫌われるのではないかという恐怖は相も変わら
ず拭えてない。怒りの姿を見せすぎてしまって幻滅されてるのではないかとも怯え始めた。

 しかもリバースは顔だけなら自分ですら憧れるお姫様なのだ。黙ってさえいればこの世で彼女より美しい存在はいないと
さえこの段になってなお思っている。津村斗貴子の凛々しさも武藤まひろの愛らしさも早坂桜花の華麗さも、栴檀香美の
溌剌さも小札零のよく分からぬがとにかくなんか凄い部分も、鐶は絶対及べぬと敬服し、凄いとは思っている。剣に映る
だけのミッドナイト=キブンマンリにだってリバースらの襲撃前のわずかな時間に逢っている。対面した瞬間、人ならざる天
上の美姫だと感得し、同時にそんな彼女が無銘の人格の柱石になっているところにどうしようもない敗北の心を抱いた。

 だがリバースはそれら【旅の経験値】でみたあらゆる女性より絶対的に美しいと鐶は思う。子どもは純粋なのだ。いかな
る分野のものであろうと、『初めて見た』ものが最高のものだと思ってしまう。いわばすりこみだ。鳥型になってからそれは
ますます強まった。あれほどの陵遅虐待を加えられてなおリバースがこの世で一番美しいという概念は変わらなかった。


 そんな少女が、想い人に説諭された。
 説諭によって無銘を思慕するようになった鐶の、その義姉が、無銘の説諭を受けたのだ。


(まずい、です。粉ぁかけられたら私……勝ち目、ないです……!! わ、悪い虫ボコるの……総合的にはマズい……かも、
です……!! もし加減誤って悪い虫殺っちまったら…………被害者ぶったあの人が無銘くんの懐にするりといくんじゃ
ないか……です……! まずいですまずいです……!! な、なんとか、あの人の心が無銘くんに向かないよう、しなくては
……! でもどうやって!! 欠点いいふらすのは……無理……です……! なぜなら私、無銘くんのいいとこしか…………
知らないから……! というか無銘くんに欠点なんてない、ですし…………!!)


 少々腹黒いのは間違いなく桜花の影響だろう。

 上から漂ってくる複雑な乙女心に怯えたり──怯えるだろう。あれほど怒りの暴力の権化だった少女が恋については普通
なのは、なんというか、女子こわい──愛おしさを覚えたりしながら──覚えるだろう。女子こわいが、それでも恋敵の抹殺
というすぐ考えつきそうな絶対の安全策にだけは全然気付けていないのだから──無銘は続ける。リバースへの、言葉。

『貴様が貴様を冷遇した者への怒りを抱え続けるのはいい!! だがッ!! 無念は結局!! 正々堂々と上回らなけれ
ば晴れないのだ!! まず罪を償い!! しかるのち冷遇した者たちには到底成せぬ偉業を真当なやり口で成し遂げ!!!
後ろ指を指されながらも傷つけた人間よりも多くの者を救い続け!! 幾星霜もの果てなき果てで罪より功が大きかった
と社会全体から認められなければ!! 貴様を冷遇した者たちは! どれほど撃たれようが絶対に!! 貴様にこうべは
垂れない!! 貴様の嫌う目線を変えない!!!』

 貴様は強く、何より賢いのだろう!! 錬金術が絶対の不可能とする再人間化の演算装置(リヴォルハイン)を作れる
ほどに優れているのだろう!! ならばそれは! 生きて! 正しく! 使い続けなくては……救われないのだ!!!

 そんな熱量のある言葉に──…



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 熱噴くコなんて、きらい…………。

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 でも──────────

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 私はきっと、なりたかったんだなあ……。むかし、ボランティアしたかったころ、こういう、コに………………

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 無銘は、リバースにとって。『歩めた筈の未来だった』。

 リバースにそれを強く感得させたのは、『レティクル陣営のみが知るリバースと無銘の共通点』だった。



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 ………………こういう動かされ方、桜花さんや秋水さん以外にされる、なんてね………………。

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 実の父母に見捨てられた双子以外に、親近感で揺らしうる者がいるとは思いもよらなかったリバースだ。


 なおも喋ろうとしていた龕灯がビクりと捩れぴょこぴょこ後退したのは銃撃が来たからだ。


『貴様ことばを遮るか!!』
「…………。無銘くん。なにを言われても私はもう幹部、なの。負けてもないのに仲間(みんな)を裏切って、1人だけ……楽
な道へいくなんてしたくない……から。あんな人たちでも、ね。わかってくれてるのよ。私の痛みを…………わかってくれて
るの…………。傷を見せ合える。雑談だってできる。冗談だって言い合える。ときどき壮絶に憎み合って殺しあうけど、そ
れをやっても次の日にはもう、月曜日の新刊についてああだこうだと数時間おしゃべりできるの。こんな私、なのによ? こ
んな私が、どうしようもない衝動を炸裂させても……決して壊れなかった唯一の場所なのレティクルは。だから……ね。おい
それと抜けたくはないのよ。いきなり掌返して壊す側に回るのはもっとまっぴら」

 夕闇に浮かぶ星のような笑顔だった。凶相は微塵もない。無銘は不覚にも見蕩れた。少女のまなじりで仄かに輝く透明な
三日月に見蕩れた。

『ば、ばかなっ!! 魔星に連なったところで真の救いなど──…』

「少なくても、私は……」

「光ちゃんと決着するまではレティクルに尽くせって……みんなから…………言われてる」

「第一…………、わかってよ。私が、光ちゃんに殺されるコトが一番……総合的に、光ちゃんのためだってのは…………
わかってよ…………。私、こんな、一生懸命なのよ? 少しぐらい、……譲歩してくれたっていいじゃない………………?」

 頬を赤らめ、瞳を尖らせ、上背があるのに覗き込むよう上目遣いする海王星に龕灯はどぎまぎしつつも、ハっとする。

『まだ鐶に殺させようとするのか、自分を!! つまり貴様は……結局なにひとつ顧みないというのか!?!! 転機など
選択肢など世界には幾らでもあるというのに!!!! 狭い領域への狭い魔道(こたえ)に自ら縛られようと言うのか!!』


 引き戻そうとしてくれている懸命の叫びなどまったく無視し、リバース=イングラム、決定的な所作に及ぶ。
 鳩尾無銘の生命と尊厳を弄ぶ、最悪の手段を選んでしまう。










「………………………………………………………………………………………………………………必中必殺、解除」













「なっ」

 銀成で無銘は目を剥いた。纏わりついていた怨霊が消えた。肉体の剥落も収まった。

 同様の事象は龕灯にも訪れる。鐶光ですら息を呑み……、「…………」、入り組んだ機微を瞳に宿す。



 彼女らに海王星はくるりと背を向けた。表情を見せたくないらしい。
 音楽隊副長は背中に問う。表情を見せられないまま。




「どういうつもり、ですか…………?」

 リバースは黙る。鐶は、怒る。

「無銘くんの命をエサに殺させたいんじゃなかったんですか!! 私に!! あなたを!!!」

 義姉はなおも話さない。「答えてください!!」 義妹はただ戸惑いを荒げた声に乗せる他なかった。

「手心だったとしても!! そんなコトされる方が、そういう心がまだあると示す方が!! 残酷なんです私には!!!!
だって! あなたは私が”それ”に期待するたび裏切った!! 無銘くんを、私の大切な人を面白半分で殺しかけ!!! 
それさえも自分の都合で気安く解除して!! なのにそれを思えっていうんですか優しさって!! 思えません!! 弄んで
るだけです!!」

「お父さんやお母さんの命のように!!」

「老化の速度のように!!」

「私の、私のあって当たり前だったコトを手軽に奪い去っては返せるからいいでしょうと無造作に投げてよこすのが、どれだ
け私を残酷に傷つけているのか……どれだけ自分が本当のお母さんにされたのと同じコト無関係な私にしているのか!! 
あなたは!! 全ッ然! 分かっていない!! それとも分かった上ですか!  私の大事にしているもの何もかも好きに
できるのだという誇示でもしてるつもりなんですか!!? だったらどこまで、どこまであなたは──…

私 が 憎 い ん で す か ! ! !」

 叫びは涙腺をも張り裂いた。虚ろなまなざしの端から熱いしずくを止め処もなく振りまいて、少女はただただ絶叫(さけ)んだ。



──────────────────────────────────────────────────

 そうよ。その通りよ光ちゃん。そうなんだから、本当なんだから…………。

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──────────────────────────────────────────────────

 半分近くは…………そうなんだから。どれだけ頑張っても拭えなかった、私の、本当の、心、なんだから…………。

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 ネプツニウムのなめらかな肌を銀の流星がひとつ伝って落ちていく。


(この……気配。我への必中必殺を解除した理由はやはり罪悪感、か。我へのかそれとも背中を向け続けていた世界への
かは不明だが、数々の証拠証明が言っている。『リバースは会話を求めている』。だから……真率に向き合うコトさえ続ければ
いずれは心を改める……! 生きて償う道を選べる……!! 鐶! 義妹の貴様なら分かる筈だ!! もう力尽くで特性解除
を求める必要もなくなった…………! 怒りで戦わずとも良くなったのだぞ、今度こそ説諭のためだけ戦えるのだぞ!!)

 だが虚ろな目の少女は、考える。ヒステリカルな叫びでますます感作した精神(こころ)の中で考える。

(あの人は無銘くんの命すら軽く扱った…………!! 自分のためだけ巻き込んだ……! 『巻き込む』……。斗貴子……
さん……。今なら銀成学園で戦った時の言葉……わかり……ます……! 私怨に……大事な人が巻き込まれて…………
しまったときの……辛さや憤り……わかり……ます。乱入してきたヴィクトリアさんを……自分のためだけに容赦なく斬った
私だから…………いま……報いを……受けた……! あんな人の……あんな仕打ちに……巻き込まれた…………!!
一番大事な人の命を……無銘くんを……弄んで……解除しておしまいという……報いを受けた……!!)

 だが心をよぎるのは反省ではない。報いと裁きは違う。被害と言い換えられるのは前者だけだ。愛する者への必中必殺を
要求どおり撤回できたのならそれでいいじゃないかというのは傍観者だけの言い草だ。当人は違う。当人の培ってきた根深い
感情が違わせる。撤回を求めたのは謝って欲しかったからだ。無関係な無銘を巻き込んだコトと、彼に寄せる、自分の命以上
の愛おしさを毀損しにかかったコトそのふたつを……謝って欲しかったのだ。だが謝罪はなかった。謝罪なき解放は気持ちを
満たさない。軽く脅かし、軽くやめる……誠意だろうか? 少なくても鐶光は『愛する者の命を嘲弄された』と、そう、受け止めた。

 嘲弄という、最悪の被害を、銀成での過失につけこんで与えてきたようにすら、錯覚したその瞬間から──…

 心ががらがら崩落(くず)れ始めた。

 数々の人道を外れた仕打ちを受けながらも義姉を殺すまいとしていたのは、どうしても消せない思慕ゆえだ。

 共にドーナツを作った日々。
 一緒にそれを食べた土曜日の昼下がり。
 どこで迷おうと必ず助けにきてくれた優しい笑顔。
 家に帰るとき夢うつつで揺られていたこの世の何よりあったかな背中。

 取り戻したいと思っていた。
 取り戻せると思っていた。

 だが義姉は嘲弄した。嘲弄したのだと誤解した。実年齢いまだ8歳な少女の、激怒でとっくに限界だった心はもう、愛する
少年への必中必殺解除すら素直に受け止められなくなっている。

 だからもっと、気付けない。義姉の隠し持つ複雑な心になんか……気付けない。

 鐶はただ、義姉が想い人に面白半分の嘲弄をしたと捉えてしまう。
 嘲弄したのはそれほどまでに自分を憎んでいるからだと結論付けてしまう。
 希望をくれた大事な存在さえ踏みにじられずにはいられぬほど決定的な憎悪を玉城青空が玉城光に抱いているのなら
もう……なにをやっても、遠きあの日々には戻れないのだと…………気付いてしまう。


 あったかだった背中。滲む世界のすぐ近く見えているのにもう遠い。


 決定的な視覚が誘う。決定的な禁句を。

「私がそんなのに憎いの……だったら……だったら…………」

 メタリックブルーのスカートの裾でふたつの握りこぶしが震える。

「私じゃなく……自分で、自分の持つその銃で、勝手に、勝手にっ………………!!」
『我はイオイソゴらに自害されようと気は晴れん!!!』

 龕灯が塞ぐ。鐶の口も。家族が、家族に決して言ってはならない言葉も。

『怒りも! 恨みも!! 自らの手で晴らすべきものなのだ!! 連中が突然改心して自害したとしても!! 我は!!!
納得しない!! 勝ち逃げ……だからな!! 降り積もった積年の鬱屈は!! 連中に!! 真向勝利し!!! 奴ら
に!! してきた悪意の所業の総て、悪事だったと認めさせ! 詫びさせるコトでしか晴らせない!! それがその場で
成せなかったしても!! 我は奴らの生命までは奪わない!! 忍術は畢竟、偸盗術……だからこそッ! 他者の生命(いのち)
かるがるしく奪ってなるものか!! 殺さず! 奴らが改心するまで何度だろうがその暴虐妨げ続けるコトこそ最大の復讐で
あり! 奴ら自身をいつか救う手段! 魔道を止めるとはつまりッ! そういうコトだ!! 少なくても我はそう!! 信じて
いるッ!!!』

 で、貴様はどういう道を信じる? 龕灯の筐体から響く声はからかうような笑みさえ含んでいる。

『思っていた筈だろう、貴様は。自分までもが義姉を見捨てたら、奴はもう本当に誰にでも信じられなくなると。なら、だ。
今一度の夢ぐらい見てもいいだろう。甘えさせてくれたと信じていいだろう。我への必中必殺を解除したのが、純然たる手心
であると、我のみならず貴様にもまだ人間らしい感情が残っているのだと……信じてやる。それだけでいいのではないのか?
家族というものは本来たったそれだけでいいのだと貴様は本当に、思えないのか?』

 特に暴言悪行を以って下手な勘繰りをさせたがっているような、それで本当に未練(きずな)を断とせようとしているような、
心迷う者相手なら尚更、な。無銘の言葉に鐶は息を呑み、リバースを見る。返事はこない。だが背中はしょげているように
見えた。まだ共に暮らしていたころ、好きなアイドルの曲を聴いている時はもっとウキウキした明るいものだったのに、今は
ひどく傷ついているようだった。そこに居るのは、義妹からの憎悪の有無を問う言葉に、完全な肯定も、完全な否定も、どっち
もできずにいるただの1人の、心弱い少女だった。
 親の愛を占有したコトを許したいのに、許せば楽になれるとわかっているのに、思春期の焦げ付く理性がすっかり消えなく
したシミのような残影ばかり後生大事に抱え続け、そして”いつものように、また”間違ったという背中。今日、この世で唯一
ずっと向かい合ってくれていた義妹にすら危うく『そんなに憎いんだったら自殺手伝わせるな、ひとりでやれ』と言われかけ
てしまっていたコトを、ひどく悔やんでいるのに、ひどく傷ついているのに、リカバーの仕方がわからないから、その労力を払
うのに必要な勇気がもう、ないから、捨て置いてただ破綻によって安らぎたいと願っているだけの……小さな背中。

(でも……あんなちっちゃな背中で、お姉ちゃんは、ずっと…………)

 居なくなって欲しいはずの義妹を探し出してはおぶって帰った。

(………………)

 すんと鼻を鳴らす。玉城光をおぶった玉城青空も、無銘の必中必殺を解除したリバース=イングラムも、根底は結局、
一緒なままではないのか…………。捨てたはずの期待が戻ってくるのを鐶は自らに禁じえない。

 今一度縋りたい。なのに……縋ってまた裏切られたら…………。愛情と疑念の板ばさみに陥りかける。


──「トリ。あんたのお姉さんはまだ、生きてる、なの」

──「ドラちゃんと違ってまだお姉さんは生きてる、なの。逢えるし、謝れるし、仲直りできる、なの」


(わかって……います。気象さんと……違って…………私は、まだ…………恵まれている……って…………)


──「何度ケンカしたお姉ちゃんでも…………いなくなっちゃったら……本当に、苦しくて、悲しい、なの」


(でも…………生き残ったあの人を…………私は…………本当に、心からもう一度……信じられる……でしょうか?)


『信じられない時は信じられないと叫べばいい。そんなカラっとした半分本気のジャブは銀成学園のお姉さんたち全員が
……してたコト。それもまた【旅の経験値】、女子同士の不服の解決だ。貴様はそれを奴に教えていけ』
「無銘くん……」

 それでもまだ迷いそうなときは信条ひとつ用意しろ、お前が掲げたいそれは何だ? 少年忍者は問う、悠然と。

『機械人形を御する熱血の輩ども跳梁跋扈せし活劇動画を愛好してやまぬ貴様が挙げる、己にもっとも相応しい信条……
一体にして如何なるものか……深呼吸は待ってやる。しかる後にて告げてみろ』

 泣いたままぽかりとしていた鐶は軽く俯くと、双眸を湯でぐしゃぐしゃにしながら「ずるい……です」としゃくりあげた。

(私の気持ちも……言ってしまいそうだったどうしようもない言葉も…………全部……わかっていたのに……………………
責めもせず……それ……とか……ひどい、ひどい…………です。理念を……人間形態になれぬ怒りと憎しみとずっと戦って
きた無銘くんの【旅の経験値】を…………あんな……あんな…………カッコよく見せられたら…………私のシュミまで…………
引き合いに出されたら…………ずるいとしか、言えない……です…………。ほんとう、忍者だから……卑怯、です)

 魔道を止める。原点の言葉だ。出逢った無銘が最初に提示した理念だ。

「私が……あの人に……してあげたいコトは……」
『おう』
「連れ戻して一発ブン殴る!! です……!!」
『佳(よ)し』


「………………」

 背中を向けたまま海王星は俯く。開いた目には自責の愁い。

(私は…………こんなに強くて優しい男のコすら…………光ちゃんから……奪いかけていた…………)

 背後からかかる声。戦闘継続の是非を問う声。呼びかけるコトはやめぬのだ、鐶も無銘も。奇襲だって可能なのに、正統
な決着を起こすためだとばかりリバースの意思を問うのだ。尊重するのだ。

 無視の、無言で、銃撃するコトもできた。だが黙りこくったままなのは耐えがたかった。最低限の矜持ぐらい発さなければ、
本当にただ、無銘に完敗したコトになる。想い人の心に距離を詰められ妬いているのは何も鐶だけではないのだ。リバース
だって大好きな義妹にすり寄られ、色を変えられ、だいぶ頭にキてるのだ。必中必殺の理由だって半分はそれだ。

「…………無銘くんの説得に心動かされた訳じゃないわ。ただこれで……貸し借りは、なしよ」
(貸し借り? あ)
「そ。黙ってさえいれば最後の最後で奇襲ができたかも知れないのに、銀鱗病で戦闘不能だと私に思わせておけば、終わりの
土壇場で出し抜けたかも知れないのに…………そんな有利を無銘くんは捨てた。こんな私への無意味な説得なんかでドブに、
ざぶりと捨てたのよ。だからそれは借り、返さなくてはならぬ物…………」
(敬意……。いや、少しだけ、違うな)
「実力で遥か勝る幹部(マレフィック)が、お姉ちゃんが、愚かにも自ら有利を捨てた格下相手に、なおも幻影を仕掛けその
戦力を削ぎ続けるのは…………醜いわ。私はゲスよ。腐りきっている。けど……銀鱗病に惑乱しながらなお、私に向き合お
うとした無銘くんは……そこらに転がっているグズどもとは違っていた。私が破滅させてきた有象無象にはできなかった『正心』
の対話を地獄苦痛の中で実行し、完遂した……!」

 拳を強く激しく握り締めるリバース。

「初めての人よ。マトモな人よ。それに有利を捨てさせたまま不利ばかり抱え続けさせるコトは…………腐りに腐りきった私
ですら唾棄すべき恥の行為!! 故のイーブン! 必中必殺を解除したのはあくまで私の……好みにすぎないっ!!」

『お姉ちゃんカッケー』
「騙されては……いけません……! あれは不良がたまにやるいいコト……です……。今までがヒドすぎたから相対的によく
見えてるだけで…………。必中必殺かけて解除する奴より、最初から必中必殺かけない奴のが偉い、です……!!」


「言って、くれるわね」


 緩やかに振り返るリバース。全身から立ち上る威圧感はどこか整合性を帯び始めている。


「……光ちゃんとの決着だけはつける。つけないと私は咽喉も家族も憤怒も……どうしていいか分からないまま、だから……」

 なめらかな秋風がゆるふわの髪を撫でた。左足の傍で待機する相方を残しゆっくりともたげられる右の銃。

「私だって同じ、です……! あなたと決着つけなきゃ、老化も家族も逆上も……どうしていいかわかんない……です!!」

 静かに塵還剣を振るい、正眼に構える鐶。荒ぶっていた光は激しく明滅しながらも剣の形へ成型し集っていく。

 木の葉のこすれる音が優しく響く。星はきらめく。
 ずっと少女らから漂っていたおぞましい気迫はいま、穏やかなものになりつつある。

「ふふっ。いいの喋って? 無銘くんの必中必殺を解除した理由は矜持だけじゃないわよ? 特にね、特に、ね、光ちゃん
への優しさなんて、全っ然ないんだから!」
「分かっています。解除によって再発動可能になった必中必殺は私にもかかりうる……!! そしてそれは! 私に!!
あなたを!! 殺させるため欠かせぬ手続きでも、ある……!!」
「ふふ。さすがご名答。そうよ。幻影に囚われ暴走した光ちゃんでなら、私の絵図は完遂できる!! 理性を失くした光ちゃ
んであってもその手にかかって死ねるのならば、私は! 光ちゃんに! 最大の安全をプレゼントできる…………!」

 なのに喋るなんて迂闊よ光ちゃん。からかうように笑われた鐶は真顔で返す。

「お礼いいたかったから……です。無銘くんの解除…………その…………あ、あれだけ暴れた後にいうのも……アレ……
なんですけど…………」

 もじもじしていた紅い三つ編みの少女は、スカートの前で親指同士をくりくりと断発しながら上目がちに義姉へ呟く。

「あ、ありがとう…………?」

(…………女子こわい)

 全開なシナに見惚れかけた無銘はひっしに首を振るった。バイオレンスとの落差がいい意味でひどすぎた。

(なんで私カメラ持ってこなかったんだろ)

 銀成学園の演劇部が練習してるころ新品買ってたのにナー。三本線できゃっきゃウフフしたリバースはただ真白の戯画である。

(ぽんこつが)

 戦闘の構えを露骨に見せる鐶。応諾のリバース。

(ただの沈黙突入前最後のお遊びよ! さ! こっからはいつ特性の札を切るかの真剣勝負!!)



──「わしはただ一言発するだけでヌシに勝てる」



 イオイソゴの言葉だ。リバースを鐶放逐の件で尋問したとき彼女は言った。勝てる、と。ミニガン並みの連射能力なサブ
マシンガンを二挺同時に精密動作可能で、【弾丸製作スキル】による総計実に29種もの攻撃方法を擁し、しかも特性に
到っては緩慢ながらも必中必殺で運用次第では敵部隊の連携すらズタズタにできるほど強力なリバースを、老獪な忍びは
ただ一言発するだけで勝てると言った。

 奇妙な文言。『声を発した者に必ず着弾し死をもたらす』特性持ちに、『一言発するだけで』勝てる、とは? 一言発した時点
で特性は勝つために一言発した当人へ着弾し敗北をもたらすのではないのか?

 ……。大部分はそうだ。特定の言葉以外ではそうだ。リバースは絶対に声を発した者へ特性をかける。かけて、理性をな
くしたところを鴨撃ちにして終了だ。

 だが。

 盟主が仕込んだのは反論への反発だけではない。特性ゆえの致命的な弱点もまた育てていた。或いは指摘や教導、
演習のつもりだったのかも知れない。リバースの性格上、絶対に突かれる『特性の弱点』……いや、操作ミスの誘発という
方が正確か、とにかく憤怒だからこそ起こりうる『欠如ゆえ生まれた能力は欠如ゆえ破られる』を浮き彫りにする”からかい”
は、そこへの厳なる注意力を確かに涵養したが、同時にやられた時の沸騰のひどさもまた助長した。

 だからリバースとブレイクは

──(とにかく反射能力の有無は早いコト暴くべき。俺っちのはともかく青っちの『特性』は跳ね返された)ら原理上、術者で
──すら解除不能……すから)

──(……私の特性を性質付与で返されると…………ね)

 ワイヤートラップや龕灯に警戒したのだ。そして特性が創造者に跳ね返るのは何も、反射能力や性質付与を受けた時
だけではない。


 戦士たちは、考える。


(声を発した者に着弾するっていうのがあのコの特性な訳だけど、じゃあ、自分の声はどうなのかしら? リバースの特性は
リバースの声に果たして着弾するのかしら? それともシークレットトレイルとは真逆? 自分にだけは作用しない……?)

 円山円。

(十中八九効くに決まってるでしょ! 弾痕で字ぃ描くほどだんまり決め込んでんのよ! なら用心じゃないあんなの!!
普段から喋らないよう、特性が自分に誤爆しないよう、喋らない習慣っての心がけてるのよバッカじゃない!!)

 財前美紅舞。

(『欠如ゆえ生まれた能力は欠如ゆえ破られる』……。今は亡き壁村さんの言葉ですが、リバースもきっとそうでしょうね。
鐶の話や弾痕話からするとあの特性、『声』への憧れと不満から生まれたもの……!)
(自分の意思は伝えたい、だけど言葉で捻じ伏せられるのは大嫌い……。そんな歪んだ精神が、喋った者をヒドい目に
合わせ……見せしめて他を黙らすあの特性になったのなら)

 月吠夜クロスと棠陰王源。

(喋り倒すてめえへの不満もどこかにあるってこった!! だったら!! 特性は当たる創造者(リバース)にも!! 根拠
はこれだけじゃねえ! 『声を出した者に必ず着弾する能力』をブレイクの『沈黙を禁ずる』とコンボさせねーのも根拠!! 
もちろん最初の方はリバースの特性が『声』に反応するものとバラさないための──『沈黙を禁ずる』とかいえば声がキー
だってすぐバレるからな──バラさないため斗貴子先輩封じまでギリギリ我慢し続けたんだろうがよ、音羽がいちはやくバ
ラしてからはそんな自重いらないだろ絶対!!)

 泥木奉。

(なのに禁止能力と必中必殺のコンボ一手で寄せてこなかったのは……恐れたからだ逆利用を!! リバースが必中必殺
を放つまさにその直前に、ブレイクの禁止能力を俺たちが何らかの手段でリバースに浴びせたら……掛かる! ふるふわ野
郎の特性がゆるふわ野郎自身に!! だから天王星も海王星も一見無敵のコンボをやめたんだ! 迂闊に多く続ければ
いつかはリバースが欠如ゆえ生まれた能力を欠如ゆえ破られると察していたから……コンボをやめた!)

 泥木奉。

(……問題は、どうやってリバースに声をあげさせるか、なの)

 竪琴シグレ(気象サップドーラー)。

(ブレイクと分断したいま、禁止能力を浴びせるのは不可能。もちろん先ほどのような不意の接近もあるが、そういう事態で
沈黙どうこうをやる男でもない……)

 鳩尾無銘。

 戦士様々の思惑を切って捨てる、

(にひ。てかもう沈黙を禁ずるはこの戦闘じゃやりませんし。へえ。たとえ青っちが地球の裏側に行ったとしてもね、やりませ
んぜ俺っちは絶対に。戦士は、強い。もはやどう逆利用されるか分かったもんじゃありませんよ。青っちが遠くにいるなら大
丈夫、でやったコトが青っちの敗因になったら目も当てられませんから、だから俺っちはもう沈黙禁止は使いません)

 ブレイク=ハルベルド。





 リバース=イングラム。



──『色々迷惑かけてゴメンね。ちょっと変なコトやっちゃってこのマンションの人らもたぶん全滅しちゃったけど……もし良かったら
──また一緒に暮らしてくれる?』
── 張りつめた空気の中、義母の首が縦に振られた。そしてずっといいたかった言葉を、伝えた。

──「もちろん。確かに声は小さいけれど、あなたはそれに負けないだけのいい部分も持っているのよ?」



(……光ちゃんはそこからの現場を見ている。だから気付く。『マシーンの逆利用』! 盟主さまが指摘しつつ悪化させた
それを、イソゴ老がただ一言発すだけで成せると言ったそれを……)



──「声が、小さい?」



(……そう。あのバカの大嫌いはそれ! です!! ブラボーさんの話じゃ演劇の後の銀成の養護施設で大あばれした
きっかけも、施設の、鼻水を垂らした女のコの、

──「おねーちゃん、声小さいけど……かわいーーー!」

でしたし……、何より、その、後……!!


──「声が……小さい?」

──「よくも人のコンプレックス刺激してくれたわね我慢ならないもう任務とかどうでもいい殺す殺す殺すあははははははは」


けたたましく喋った……!! 普段だまっているあのバカが、めちゃくちゃ喋った……!!)

 鐶光。



(つまり!! この機微さえうまく利用すれば必中必殺! あの人に、返せる!! 返して戦闘不能にできる! もちろん
剥落によって遠からず死ぬ状態にはなります、が……そんなのはあのサブマシンガン破壊すればいいだけのコト!!!
武装錬金が壊れれば特性はもう自動的に解除!! それで正気に戻ったとしても! 武器は消滅完全無力化!!)

(けどそんなのは先刻承知済みよ光ちゃん!! あの施設であんな失敗した以上は私だって警戒している!! 失敗って
のは思わぬ暴走でレティクルの作戦行動早めてしまったコトもだけど、私の特性破りのヒントをお父さんたち惨殺に続いて
また与えてしまったのもまた痛い! それを! 土壇場での!!特性発動の逆利用に使われるかもってのはここまでだっ
て充分警戒していた!!)

(…………私がここまで声どうこうを言わなかったのは…………警戒ゆえ効かないだろうという推測も……ありました……が
何より…………親族としての…………感傷が、良心が……妨げて……いました)

 理不尽に咽喉を破壊された義姉のコンプレックスを、勝利のためだけに利用し、刺激し、傷つけて激発させるコトが果たし
て正しいのかという葛藤はずっとあった。

(あった……けど)

 無銘に必中必殺を”かまされた”ときから、無くなった。漫符とはいえ太くドス黒い怒りの刻印がコメカミで荒々しく脈動する。
落ち着きはしたが、やっぱり簡単には忘却できないのだ。思い出すだけで温和な鐶すら瞬間で沸点に達すのだ。

(あんだけのコトしやがった以上! ぜってーに悪用してやる!! です!!)

 カートゥーンの中の元気なホオジロザメのように荒々しく瞳孔開き牙剥いて虚空(そら)を飛ぶ。

 人間が真に怒るのは仕打ちを数えた時ではない。自分がそれをどれほどガマンしてきたか数える時だ。

(そうですそうですそうなのです私は声の小ささにだって遠慮して譲歩してなるべく傷つけまいと配慮してきたのに手ぇ出し
やがってあのバカ手ぇ出しやがってェ……!!! 許せるかぼけっ!! です!! 警戒してんなら応用して悪用して土壇
場で出し抜いて致命的な隙作ってやるッ! です!)


 以前と違うのは、『あの野郎に痛い目みさせてやる』というワクワクした思いもまたある所だ。ブレイクを目の前でボコると
いう案はもう消えた。理由はなくなったし、リスクマネジメントでもある。ボコられたブレイクに幻滅した義姉が無銘に近づか
ぬようするリスクマネジメントだ。

 今はいかにして義姉の武装錬金特性を攻略するか裏をかくかだけが鐶の脳を占めている。


(どーせバチ食らわすなら…………楽しく景気よく…………やってやる、です……!!!)


 戦士たちが持つ、勝ち筋への条件その1。

『リバース=イングラムが特性を放つその直前、彼女に声を発出させろ』。

 鐶がそのため使う手札は…………『変身能力』。それも鳥になるものでは、なく…………。

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