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第118話 「対『海王星』 其の拾零 ──突発──」




 とっぷりと紫おりはじめた夕と夜の境界の空、人10人ぶんほどの距離を挟み相対する姉妹。標高は互いとも20m弱。

 初手、鐶。肩の羽衣からクリアブルーの奔流を巻き上げながら急上昇。幾層もの雲にやわらかな風穴を開け月をバックに
……急降下。ハヤブサの滑降に乗った飛び蹴りは音速の壁を易々と越えた。海王星に迫る禍々しい爪。接触。霧散する幻姿。
コンセントレーション=ワンによって超高速の落下物の背後に回る絶技を軽く成した海王星の手元で砲火が瞬く。旋回。急降下
のエネルギーをシザーズ軌道に転化した鐶は敵後方へと大きく回りこむ軌道を取りそこを占位。仇敵が振り返るなか自身も
大きく振り返り──…



 互い、許せぬ頬を殴りぬく!!



 時すら止まる衝撃によって拳の余韻を脳内時間でたっぷり20秒は堪能した姉妹。

 ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ副長鐶光。

 対。

 レティクルエレメンツ幹部海王星・リバース=イングラム。

 最終激突、開始!!!




 拳を振りぬくや乱射に映るリバース。
 左右に回避しつつ離脱する鐶。
 最高速の蹴りでさえ集中した一瞬に敗れたのだ、一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を選択するのは大いに正しい。
 一方のリバースは銃手ゆえミドルレンジがもっとも強い。
 狙撃の手札もあるにはあるが、さすがの彼女でも遠方からでは当てられぬのが今の鐶の高速機動。
 つまりロングレンジから鳥の異能に基づく大技を見舞っては離れるつもりの義妹に対し、義姉はミドルレンジにしっかと張
り付きたい。でなければ核や爆発成型侵徹体といった地獄の火力をコンスタントに振る舞えない。

 以上の決してかみ合わぬ、しかし戦闘においては必ず生ずる彼我の図式が以下の流れを決定付けた。

 ツバメ型動物形態へと変じバーニアを噴く義妹。異形とはいえ人の姿で飛翔(おい)すがり発砲を続ける義姉。相もかわ
らぬ恐ろしき連射力を保っているがしかし空中戦闘機動の前では猛威も半減。所詮、機銃なのだ。ミサイルではない。地上
と空の大きな違いそれは上方下方への回避のたやすさ。上昇と下降に旋回をも織り交ぜた極めて三次元的な回避機動
の前ではさしもの銃腕も勝手が違う。先ほどあれほど簡単に当たったはずの手榴弾的炸裂すら5mは外れるようになりつ
つある。

 高度を、速度に。

 速度を、高度に。

 位置エネルギーと運動エネルギーの効率変換反復を以って経営するドッグファイトの基本理念を鳥型たる鐶光に叩き込ん
だのはむろん音楽隊首魁・総角主税。銀成においては戦士に飛行型が存在しなかったため披露を見なかった技能はいま
最高の活動を催しつつある。

 命中率のあまりの悪さに業を煮やしたリバース。追いつくべく全身各部のスラスターを120%推進。到達した未踏の速度が
鐶との距離をみるみる削る。ミドルレンジ到達。構えるリバース。迎え角、活用。機首を大きくあげた鐶がガゴガゴと震え姿勢
を崩したのは主翼上面からの急激な気流剥離によって一気に揚力を失ったためである。向かい風もまた悪化した。超高速の
風圧にそれまで「頭」という『点』だけを向けていた鐶が、「頭から足まで」という『線』を晒したからには、空気抵抗上、そうなる。
従って形状抗力も水平時とは段違いの危険度。増大する後ろ向きの誘導抗力もまた速度を下げる。

 失速(ストール)。航空力学の脱線だ。F1レースのスピンといってもいい。事実飛行機もまた錐もみをやって落ちるのだ。

 突然減速して螺旋状に墜落し始めた鐶は撃ちごろのカモだとリバースは北叟(ほくそ)笑んだ。何しろ送り込んだ銃弾の
ほとんどが着弾し鐶表面で火花を散らしたのだ。局面ありえからぬストールによって得意の間合いに入れたのは事実だった。

 だが、気付く。慣性というものに、気付く。先ほど更新されたリバースの最大運用速度は噴射の停止やリバース自身の
空気抵抗、銃撃の反動といった諸々の物理現象によって幾分緩和されてはいたが、それでも最新鋭戦闘機を余裕で抜ける
レベルの速度は依然として保持されていた。

 速いコトは、悪くない。悪くない場合の方が遥かに多い。そちらの方が便利だし時間だって活用できる。物理学者の論文
勝負のように相手より速いコトそのものが勝利条件なケースだってある。

 速さが問題とされる状況はせいぜい3つだ。制限する法律があるか、もしくは行く手に運転手の死傷に繋がる『何か』が
転がっている場合か、或いは──…

 いまリバースは鐶を追い抜いた。追い抜く。いい言葉だ。だが忘れてはならない。相手の前に出るコトは、それを命題と
するレースでさえも、”風よけにされる”リスクを孕んでいるコトを。極まった速度の世界においては、客観上の優位と実務
上の優位は必ずしも一致しない。速さが問題になる状況その3だ。

 ドッグファイトにおいて相手を追い抜かせる敵もまた、状況その3であり、『その2の何か』。

 ストールの事故的なスピンを曲技飛行のスピンへと滑らかに切り替えた鐶光はくるくると綺麗な独楽の回り方をしながら
落下を続けた。そしてカウントしていた旋転運動が予め定めた回数に達したのを合図に垂直降下姿勢を確立。機首を引き
起こしつつ前身を続け……水平から上昇軌道に乗った瞬間、全力推進。速度エネルギーを高度へと変換し──…

 リバースの背後を、占位。

 敵機の背後。取るは空中戦闘機動の、基本。だから鐶はリバースが最高速に達した瞬間あえてストールを演じたのだ。
戦闘機乗りが致命と断ずる、追い越し(オーバーシュート)をさせるために!

 肉食恐竜にも似たオオタカの爪がリバースの背中を切り裂いた。それはベニヤ板を任された糸鋸のような他愛なさで腹部
にまで貫通し、左肺や肝臓を内部ではといえ離断した。

 泥木奉が遠き夜空に認めたのは、機影そば、咲いて舞い散るラフレシア。

 何の痛みもない鼻が気管支からの避難民を事務的に吐く初めてのおぞましさに呻きつつも、怒り、背後を銃撃するリバー
スであったが、その頃にはもう鐶の姿は消えている。

 周辺地域にすら見当たらない。

 漂っているものといえば葛餅状のゲルだった。吹断に使う金属粒子を中へとたっぷり含んでいる、金箔入りの和菓子の
ような半個体の正体は唾液である。アマツバメ。反響定位するアナ(穴)ツバメと一文字違いのアマ(天)ツバメの、植物片
や羽毛をコーティングして固める特殊成分の唾液は、汗の原理で鐶の全身にあらかじめ塗布されており、それがストール
時のストールとして降り注ぐ銃撃を体表で吸着。被弾衝撃を極限まで押さえる付着装甲として作用したのだ。つまりはマネ
ジメント。減速時は撃たれざるを得ないリスクへのマネジメント。

 推進と銃撃のみで鐶に近づけると自負していたリバースは慢心を改める。敵はただ鳥型なのではない。空中戦闘機動理
論に熟達した恐るべき一個のエースパイロットなのだ。ただ追って撃つだけでは先ほどのように出し抜かれる。大空という
土俵に引きずり出し、得意の分野で立ち向かってくる知恵と工夫の弱者相手に、力押しでは……搦(から)まるだけだ。

 よって二乗の月蝕を空域に散布。微小粒子なれど接触したものを爆破する一種の空中版機雷は、CFクローニング到達
の恩恵によって更にその爆発力を増強(まし)ている。
 月光にきらきらと輝くラメのドームの中央で、徹するのは、待ち。
 同輩の分解能力ディプレス=シンカヒアは爆発成型侵徹体を操るリバースすら恐れ入る超超火力の持ち主──実体弾
はおろか、核融合すら無効化してのける分解能力持ち相手では、さすがのリバースでも7回に3回は殺される──だが、
その持ち味を殺せるものこそ遅発銃剣モードの月蝕(カルトロップ)なのだ。

 そして鐶は同じ鳥型のよしみもあり、戦闘においてはディプレスに師事していた。

 だから火力と速度の違いこそあれ、両者とも全体的な外交方針は、……『一直線の最短距離を突っ込む』。

 それを月蝕という障害物で削いだ所を、コンセントレーション=ワンで止め、フルオート射撃をブチ込む。
 単純だが火星の幹部の、常人ならば接触即死亡の分解能力相手で昇華に昇華を重ねた戦法だ、有名流派の奥義程度
には、強い。

 だが月蝕撒きの戦法は一度鐶に見せてしまってもいる。それで何の対処も練られていないと思うほどリバースは愚かで
はない。たとえばステルス迷彩をされていたら? 月蝕にだって抜け道はあるのだ。散布されている以上、いつまでも濃密
な弾幕とはいかないのだ。重力に引かれて落ちるし、風に流されもする。そうやって開いた包囲の穴を、ステルス迷彩で姿
を消した鐶がゆるゆると突破してきていたら?

 ディプレス相手ならそういった弱点に気付かれる前に挑発して激昂させて突っ込ませてハメれるが、鐶はもう、乗らないだろう。
無銘の件の逆上は解除によって終息した。通じない。

 ならばどうするか?

 空中戦闘の要はなにも砲座や推進ばかりではない。レーダーだって、大事だ。そしてリバースの指は総てが蛇……。森での
戦闘で鐶のステルス迷彩を見破った実績があるし、かの久那井霧杳の低体温症状態だって察知した。

 だから天空におわすリバースはじっと指に集中する。緩やかに接近する不可視の熱源を求め続ける。


 ……。


 ……。



 カッコウの托卵について一席。そもそもなぜそれが成立するのか? 明らかに種類の違う卵など不審物ではないか。なの
にどうして親鳥は孵すのか? 単純だ。彼らは大きな卵を好んで温める習性がある。だから孵してしまうのだ。
 そもなぜ巣という最終防衛ラインに敵の卵を許してしまうのか? カッコウは、狡猾だ。なんとタカの鳴き真似で親鳥を脅し
巣から避難をさせるのだ。そしていなくなった隙にまんまと卵を。

 カッコウの卵が縞模様なのはホオジロに托卵していたからだと、江戸時代の文献にある。縞模様は、ホオジロの卵と似た
ものを産めるものだけが托卵によって自然選択に打ち勝ち繁栄できたという名残なのだ。
 それほど昔から害を蒙っているためホオジロがカッコウの卵に抱く嫌悪感は凄まじく、ある実験では、似せて作った卵の
模型をなんとわずか30分ほどで巣の外へ捨てたという。

 近年あらたに托卵の被害に遭っているのはオナガである。平成が始まるか始まらないかぐらいの頃この鳥は平地から高原
へ進出したのだが、同時期不運にもカッコウの方も高原から平地へと分布を変え始めていたため……目を、つけられた。

 被害は、ひどかった。ある場所ではオナガ、5分の1にまで激減した。ひどいところでは10分の1にまで。

 だがオナガもやられっ放しという訳ではない。不思議なもので、托卵され始めて10年も経ったころ、種の多くが、カッコウの卵に
対する攻撃性と識別能力を獲得したという。どころか、巣に近づこうとするカッコウさえもヒステリックに追い払ったという話もある。

 理由は生物の常、完全には解明されていていない。

 卵を捨て卵を産む現場を見たが故の学習という説もあれば、カッコウへの攻撃性の高い一族のみが自然選択を生き残れた…
…要するに”たまたま”托卵という遺伝壊滅を回避し繁栄し……、逆説的に、『種の多く』を占められという説もある。

 そもオナガの自然環境化における寿命は長くても5年……。学習に拠るところは少ないとみていい。ホオジロもそうだろう。
一種の進化かも知れない。カッコウやその卵を排除しうる形質の持ち主のみが子孫を残していくうち、種族全体が、対托卵
の『才能』でもいうべき何かを獲得し発展したのなら、それはほぼ、進化といえるのではないか?

 ヒナの時分からしてカッコウはいやらしい。

 他のヒナより早く孵化する上に、背中にはご丁寧に卵を乗せて落とすためのくぼみまでついている。
 しかも口の中がやたら黄色い。親鳥の、黄色を見るとエサをあげたくなる衝動を存分に刺激するのだ。
 カッコウの仲間の「ジュウイチ」に到ってはヒナ版のキングギドラというべき怪物だ。両側の翼角までもが黄色いため、親鳥
視点ではジュウイチ1匹を3匹のヒナと誤認し……それを養えるだけのエサをせっせと運び、与えてしまう。ヒナを殺した別種
にそれをやるのは何の得もないのに、大量の虫を苦労し捕まえ、与えてしまう。

 以上は、殺人でいうトリックだ。動機ではない。
 カッコウがこれほどの策を弄するに到った動機はなんなのか?

 カッコウと違い種内にのみ托卵するムクドリやオシドリの場合は、巣穴に適した場所がない時やむなくやってしまうだけだ。
それは種全体からすればマイナスではない──鳥類には、ヘルパーという、親鳥ではない鳥がヒナを世話する存在もいる。
その観点からするとムクドリとオシドリはヘルパーを頼んでいるともいえなくもない。いや、孵ってからは世話しろよ!──
し、何より人間が巣箱を用意したらそちらで自分で抱卵しもする。

 そういう哀しい動機があるのだろうか、カッコウにも。

 ……。

 実は……。

 単にぐうたらな育児放棄の鳥、

 ではない。

 卵は、温めたくても温められないのだ。この鳥は恒温動物にも関わらず、体温の変動がやたら激しい。一般的な鳥では
40度から42度。カッコウのとある種類は平均29度から39度。上機嫌と不機嫌の移り変わりが激しい人間に人は暖かみ
などまず感じないが、卵だって、そうなのだ。だから体温変動幅が広い個体ほど托卵をする。

 どうして当人らが体温と孵化の関係に気付けたのか。そして何をどう見た結果、托卵という手段に思い至ったのか。この
へんつくづく謎である。そうではないか。卵にどれだけ体を乗せてもヒナに逢えない鳥がだ、どうして同じコトをしている他の
鳥がヒナに出逢えると気付けたのか。謎である。
 托卵のうまいものだけが自然選択によって繁栄できたからという答えはそれこそ卵が先か鳥が先かだ。
 自力で卵を孵せない鳥だったら、卵など、総排泄孔から出てきたなんだかよく分からないもの程度にしか思えないのでは
ないのか? なんとなく乗りはしただろう。抱卵しただろう。でも変化は起こらない。つまり……経験からでは『卵(コレ)は暖
めると孵る』と気付けなかった筈なのだ。
 つまり……他の鳥に押し付けるという発想の根幹からして得るコト困難だった筈だ。

 なのに、托卵を、始めた。

 なぜ? どうして『この卵は自分では孵せないが、他ならやれる』とわかったのか。
 鳥にとって、抱卵や孵化は非常にデリケートなプライベートだ。それを他の鳥が、異種族たるカッコウに延々観察させた
とはどうも考え辛い。
 だから、謎なのだ。
 体温変動激しき抱卵向かざるカッコウよ、どうしてお前は、他の鳥だったら孵せると、気付けたのか。
 謎といっているのはそこなのだ。

 そもカッコウに育てられないコトで初めて繁殖できる鳥が、親から習ってもいないカッコウの習性を保持できるのもまた不
思議といえば不思議である。

 これは突き詰めれば今かんがえられている記憶と遺伝子の関係を覆すかも知れぬ命題だ。
 もっとも……托卵され子供を殺された鳥にしてみれば本能レベルで腐りきっている害毒の種にすぎないが。

 そしてオシドリ。実はオシドリ夫婦でないのが知れ渡っている上に、困れば子供すら他人任せ……クズであろう。

 余談がすぎた。



 鐶光が月蝕突破に選んだ能力のうち最後から2つ目と3つ目はステルス迷彩と……カッコウ。
 ヘビの体温察知を抜けるため、カッコウの体温変動を利し……外気と違わぬ温度を保ったのだ。

 そして残り1つは『プアーウィルヨタカ』。

 冬眠する鳥だ。鳥と冬眠がにわかに結びつかないのは、渡り鳥がいるからだ。そう。鳥には、寒くなったお住まいの地域
に合わせて眠る必要など、ない。持ち前の翼で南の国にでもいってエンジョイすればいいだけだ。

 なのにプアーウィルヨタカはどういう訳かそれをしない。無印のヨタカもだ。有名どころではハチドリも。他にネズミドリやタ
イヨウチョウといった連中も冬眠をする。

 無印のヨタカは冬眠時、40〜41度の体温を18〜19度にまで下げる。
 
 本気のプアーウィルヨタカは10度以下だ。心拍数すら己の意思で下げられる。その状態で3ヶ月は固まっていられる。

 その調節能力を、鐶は更にカッコウの乱高下幅でブーストした。
 現在の体温は凍てつく上空の気温と一緒だ。0度。低体温のスペシャリスト久那井霧杳ですら見れば目を剥く体温だ。

 カルトロップの隙間を縫う。やがて鐶は直進できそうな軌道を見つけ……高速機動の構えに移る。

 総ての月蝕が爆発した。なんの接触もしていないのに爆発した。
 爆炎に飲み込まれながら鐶は見る。リバースがにっこりと笑いながら銃撃するのを。狙いはしかし鐶ではない。爆発の中
でも特に粘っこい黒煙だ。

『どーせ鳥のナンタラで裏かくんでしょ、だったら全部爆破しちゃう! どーせ光ちゃん近くには来てるんだし!』

 久々の弾痕文字に少女はとてもとても戯画的な半眼でムっとむくれた。ナンタラとはディスだ、芸の求道者の芸に用いて
はならぬ絶対の禁句だ。

 光学迷彩の弱点は環境の激変だ。全身の羽の細胞ひとつぶひとつぶに周りの景色と同じ構造色をインプットし出力する
モザイクタイル式である以上、突然の爆発は天敵でしかない。激しい爆風が直撃してなお剥落や崩壊をきたさなかった迷彩
の頑牢ぶりは特筆に価するが、だからこそ、『濛々たる黒煙の中に、刳り貫いたような人型の夜空』が出現し……露顕を
招いた。

 幾ら体温が完璧でも、見えてしまえば意味はない。

 見つけた獲物へ狂喜のリバースけたたましく迫る。トリガーはもう引きっぱなし。銃口は薄暗い橙を際限なく散らす。真夏
の夜の水たっぷりのポリバケツを照らすような激しくも、主体ではない輝きだ。千切れて飛んだ無数の吹断に照り返し尾を
引くさまはさながら天へと挑む死霊群。

 巨大ツバメに変じ離脱の鐶。追いすがる機銃。

 鳥のエキスパートだ、ずっと同じ型の翼というわけでもない。
 トップスピードになりたければ猛禽類の中腕裂翼。
 すばやい羽撃(はばた)きが入用ならばアオゲラでお馴染み短腕円翼。
 滑空(グライディング)や帆翔(ソアリング、はばたきなしの滑空)重視ならば長腕尖翼。

 切り換え切り換え進んでいく。今度は緩急、所望の戦況。ヒバリ。短腕扇翼。

 双方何合かの移動の末、鐶から見て6時の方向約30mの距離にリバースは到達。やはり最高速、こちらが上だ。ただ
しそれでも準人間形態……旋回性能に限っては空の本職たる鳥型が上、鐶が上。

 よってニワトリ少女、9時方向に急旋回。急勾配のカーブで遠ざかる。

 オーバーシュートは追い越しのみを指すのではない。鐶の旋回面の外側へ、リバースを、大きくはみ出させるのも含む。

 なぜ旋回面外側へのはみ出しを追い越しの如く扱うのか? 「八」の字の左側をなぞればいい。なぞったら今度は右側
への切り替えし軌道を描けばいい。すると右側の下端の後ろはあっけなく取れる。マニューバも一緒だ。旋回面外側に敵
を横溢させた鐶は急旋回を手早くUターンへ切り替えるだけでリバースの背後を占位できる。
 
 つまり鐶は最高速で劣るからこそ優位にある。
 やりよう次第で優位に持っていけるという知識がある。
 だからこそ急旋回(ブレイク・ターン)を打ち、義姉を旋回面外側へをやらんとした。

 ただリバース、ドッグファイトでの命中率こそ低いが手数は多い。連射速度もさることながら【弾丸製造スキル】で生産
される数々の特殊弾はじつに厄介だ。
 それらを用いた飛行妨害、ない筈が、ない。軌道上への月蝕散布を始めとする脅威をいくつも想像し頬を引き締める鐶
であったが。

 リバースの対応力は、警戒に警戒を重ねたクレバーな想像力すら呆気なく上回る最悪のものだった。

 海王星は──…

 上昇旋回。さらに背面機動。しばらく様子を窺ってから降下旋回。鐶が舌打ちしたのは降り立ったのが明らかに自身の旋
回面の内側だったからだ。最高速が優速だったばかりにオーバーシュートを仕出かした先の経験をリバースは活かした。た
だ直線で飛ぶだけでは速さゆえ追い越してしまい……背後を取られる。だから飛距離を紐のように”たわませて”、遊びを
作り、ちょうどいいミドルレンジの前方にのみずっと鐶が存在するようなそんな三次元機動がないものかと考えたのだ。

 結果、土壇場で気付いた。気付かれた。

 速度と高度のやりくりで彼我の距離を詰めるショート・カットの基本、ハイスピードヨーヨーのやり方に!!

 この土壇場で……! と義妹は冷や汗をかく。きっと相手は独学ではない。観察された。学習された。
 スズメが枝にぶら下げたピーナッツの効率的な食べ方をシジュウカラから学ぶように!
 リバースは空中戦闘機動のイロハを鐶のマニューバから……知ったのだ!
 そしてそれはここからの攻防が、智嚢ふり絞るたび難度を上げるコトを意味している。鐶がリバースからの危難を脱すべく
披露する数々のマニューバが、即座に解析され吸収され、より悪辣な応用となって跳ね返ってくるのだ。

 どうしようもない憤怒の化身なのに、どうしようもなく頭がよいのが却って不気味だった。

 しかも精密の徒だ。
 速度と高度のやりくりはこのさきずっと、米国会計士のような厳密さで行っていくのだろう。

 接近すれば機銃といえど威力は増す。翼があちこちでアナツバメのジェルを貫かれ火花を噴き始めたため鐶、後方に
フレアを散布。ほぼ閃光弾といっていい光量はむろん貴信の流星群の応用である。すでにそれでブーストを定常燃焼さ
せているのだ、目晦ましの弾丸ぐらいもはや容易い。それの作った一瞬の隙で鐶は建て直しを決意し──…

 左翼が爆発した。根元から吹き飛んだ。驚きに見開く虚ろな目。銃撃はリバースの占位する後方から来た……ものでは
ない。上方だ。煙を噴き、楕円軌道をぐわんぐわんと落ちる鳥。伸ばした右肩の羽衣でいそぎ左翼を整復する鐶は上を見
……あっと息を呑む。自動人形。廃屋地帯でポテトマッシャーを撒いた人形が上空高くにいる。いるだけではない。銃口か
ら煙たなびくサブマシンガンを一挺だけだが構えている。

 それは鐶が初手で舞い上がったとき見当たらなかった存在だ。だから打ち上げられたのは恐らく最初の、向かえ角を
上げた意図的な失速が追い越された後だろう。

 明かされてしまえば簡単なトリックだ。相互連携……ロッテ戦術の変形といっていい。この場合の編隊長機役は付属物に
過ぎない筈の自動人形。僚機役はリバース。人形に銃を片方渡し、打ち上げたのだ。

 僚機は多くの場合追い込みを担う。いわば脇役。脇役を本体が引き受けたのだ。
 そこにはさしもの鐶も心理的盲点を突かれた。

 まさか上空にいる自動人形に撃ちごろを見つけさせるコトこそ真なる狙いだったとは。

 思い返せば恐るべきハイスピードヨーヨーですら耳目を集める囮だったフシがある。
 そんな怖気をもよおす境地へとリバースはわずか数合の手合わせで登りつめたのだ。
 まるで専門外な航空分野において専門家をまんまと出し抜けるまでに急成長を遂げたのだ。

 そして旋回面内側に舵を切られ驚愕した鐶が次の手に移るまでのわずかな硬直の間に……自動人形が発砲。選択した
のは濡鴉×紅蝶。つまり狙撃と貫徹の鬼子である。しかも進化によって銃弾には火薬すらたっぷりと。それが、左翼を、
フッ飛ばした。

 いかなる航空機でも主翼片方が全損すれば……落ちる他ない。肩口から血と噴煙を巻き上げながら墜落していく鐶。緑
深き山野が目の中でどんどん拡大されていく。背後だった筈の義姉はとっくに上空だ。

 不幸中の幸いは。

 不幸中の幸いは狙撃直前フレアを発出していたコトだ。リバース本体の目を晦ませるために撒いたフレアは、上空の自動
人形の命中精度をわずかだが下落させていた。
 照準を設定される本当に直前あふれた輝きは、鐶をも包み、目指している方角をわからなくしたのだ。
 対象がどの方角に動いているか見極めるのは、スナイパーの未来予測にとって極めて大事な要素である。
 しかし自動人形はフレアの輝きによって鐶を見失った。正確な未来位置の予測ができなくなっていた。その状態ですら左翼を
根こそぎフっ飛ばせる狙撃能力だ、フレアがなければ或いは勝負、そこでもう決していたかも知れない。

 編隊もまた空中戦闘機動の基本、卑怯ではない。そんな顔で銃弾の中、再生した翼で飛行再開する鐶。急減速でオーバー
シュートする策はもう使えない。ちょっと立ち止まるだけで上空の自動人形、喜びのすかさずで狙撃してくるコトだろう。

 テールスライドの後半部の要領で落ちつつ思案する鐶。頭の後ろから倒れこんで回転し、逆上がりよろしく空を蹴って回
転する。どこかの山頂が視界の傍を流れた。天空からそこまで落(き)たのだ。速度は凄まじい。三つ編みも千切れそうな
ほど風に揺られている。
 そっちに目をやった鐶はちょっとうかない顔をした。
 天地だってぎゅんぎゅん旋転だ。掠ったり当たったりする火線の量も厖大。衛星軌道上で放り投げられた調理前のパス
タ1トン分ぐらいが身を立てて大気圏突入しているようなありさまだった。いよいよ顔なじみにありつつある山頂の部下たち
がズゴンズゴンと火球を頻発させつつある。

 それを放っている者が、義姉が、視界が天蓋になるたび、どんどんと距離を詰めてきているのがわかる。近づいて何をする
つもりなのか、それは現状ではわからない。だがヘドの出るような笑顔だ、いい結果をもたらさないのは明らかだ。

 地上はそろそろ近い。100mといったところだ。落下速度はだいぶ殺してなお時速400km超。このスケジュールに余裕を
感じる者は一度F1レース真最中のコースに飛び出てみればいい。
 鐶には心配があった。そしてまぐれなのか狙ったのか、二乗した自己鍛造破片弾が6発、胴体への直撃軌道を描いてきた。
どうしようもなく肝を冷やすコトがあった。だから自己鍛造破片弾はくつろげた右の掌で到達順に弾き飛ばした。ラーテルに
掘らせてまで食べたい好物(ハチ)の毒針に適して厚くなったミツオシエの皮を手袋にするコトさえできれば、戦車破壊剛弾
程度、鐶にはちっとも恐ろしくない。
 心配だったのは三つ編みに結わえたリボンが落下暴風に持っていかれはしないか、だ。
 無銘が珍しく頬を赤らめ悪くはないといってくれたお気に入りなのだ。良かった。あった。念のためちょいちょいイジった。
大丈夫そうだ。時速418km。地上までは41m。よしそろそろ上昇……と思いかけたがやっぱり気になったのでヒュラヒュ
ラ回りつつ三つ編みを手繰り寄せ、しっかり結びなおす。引っ張っても緩まない。なんとかなった、大丈夫そう。思い出ぶか
い小物の安堵してうっとり頬を緩ませた。

 核レーザーの狙撃が三つ編みの尖端をリボンごと消し飛ばした。

 状況を確認した鐶は、ふふっと肩を震わせた。姉妹なのだ、嫌がらせでないコトはわかった。そうだろう。だって義姉は
知りようがない。ずっと別々の生活を送っていたのだ、鐶の持つ無銘とのエピソードなど知りようがない。着弾はただの事
故だ。武力を振る舞いあうケンカにだって了承している。大抵の姉妹はどっちがどっちかに自己鍛造破片弾をぶっ放され
た時点で訣別だ。
 でも鐶はその件について別に何も怒っていない。
 大対決を望み、受け入れたのだ。体のどこがどうなろうと双方恨みっこなしという暗黙の了解はある。核放射狙撃だって
胴体を狙ったものが運悪く逸れただけだ。事故だ。嫌がらせないのは充分ワカっている。リボンだってスペアはある。髪に
つけるものなのだ、毎日同じものを使いまわすのは不衛生だ。無銘に褒められた翌日にさらに7個買っている。潤沢だ。
無銘に褒められたリボン本人は宝物として別所に保管している。だれが戦場にメモリーを持ち込むか。持ち込むのはデー
トの時ぐらいだ。無銘と一緒に銀成デパートで演劇の資材を買いに行ったときぐらいだ。
 いま消し飛ばされたのは7つあるスペアの内たかが1つだ。
 損傷による廃棄だってこれまで9件はある。
 初めてではない。
 今さらスペアの1つが消し飛ばされたとしても被害は小さい。

 小さいが。


【(前奏)】

 けたたましいBGMが鐶光の脳内を駆け抜けた。リボンはたくさんあるがそれに合わせて整えた三つ編みは一本だけ
なのだ。あの先っぽ、無銘くんに可愛く思ってもらうためどれだけ手入れしたかわかってんのかという感情が大地爆裂さ
せるセイタカシギの趾を現世に召喚した。
 ペンギンの趾が見た目より長いのは有名だ。そう、あれは胴体から直接ペタペタが生えているのではない。人間で言うと
体操服に足を入れた体育座りの格好なのだ。

 ただ、ペンギンは間接がすっかり癒合しているため体育座りをやめたくてもやめられない。

 セイタカシギはそんなペンギンのある意味理想像だ。この鳥類はとんでもなく足が長い。
 鐶が三つ編みの尖端を、乙女の命を、事故とはいえ”やられた”とき残り9mにまで迫っていた地面に加速衝撃を激おこ
と共に叩きつけたのもまたセイタカシギの脚部である。
 さすがにホムンクルスといえど時速400km台の速度で地面に接触すれば足は潰れる。潰れるが三つ編みの破片が目
に映った瞬間、鐶光は崩壊しつつある大腿骨膝蓋骨頚骨腓骨足根骨を変身能力によって強引に! バネへと整復し、衝
撃を溜め……跳んだ!! 

 同時に清純な口からでろりと吐き捨てた大きな鉱物は『底荷の石』、という。
 アリストテレスの動物誌では『ツルの、飛翔安定のための石』というから、船でいうバラストのような重しと考えていい。

 もちろん常に鐶の体内にある訳ではない。【旅の経験値】のひとつ、鳥類に対する博物学的造詣をCFクローニング
恩恵によって事象具現できるようになった鐶が次のため急遽こしらえた代物だ。鳳凰形態変身に用いるオオサンショウオ
の腸詰め同様の、自己催眠道具といってもいい。鐶は底荷の石を吐いた。つまり身を軽くした。軽くすれば……速くなれ
る。速くなれると信じ、速くなった。

 リバースよりさらに上空に存在する自動人形へ一瞬で肉薄できるほど、とても。

 ファンシーな絵本のような笑顔を浮かべる人形の頭を、カバオくんの小腹を満たしたアンパンマンぐらい割り飛ばした
のは龕灯であった。殴られてなお善意そのものの笑顔を浮かべる人形を鐶はさらに龕灯で殴る。壊す。まったくの無言か
つまったくの無表情で、柄を握った龕灯を、振り下ろす。鑿(ノミ)を入れられた氷のようだった。衝撃音が轟くたび金属製
の人形は面白いよう破片を飛ばす。
 この手の物体のお決まりどおり、外装が壊滅した人形はおぞましい内部の顔をどんどんと露にする。

 特性封じとしか考える術なきリバースは上空に向かって急行を始めるが降り注ぎ始めた無数の鐶によって進軍速度を
殺される。例のタイランチョウの分身だ。無数のそれらが覆面飛蝗よろしくの飛び蹴りで行きすぎていくのはもはや極極高
速のミサイルだった。
 リバースは銃を片方上空の自動人形に預けている。迫る分身は、多い。半減した射撃能力では、たとえ魔眼を使ったとし
ても捌き切れないスケールだ。早期に結論付けたリバースの選択は──…

 熱核×貫徹。

 紺青(ガーター)の彗(ほうき)引く弾頭が、進化して頑健になった体をさらに光象装甲で鎧(よろ)う分身たちを、ビラのよ
うに引き裂き引き裂き火球へ変える。
 むろん鐶への直撃軌道でもあったが例によって彼女は迫ってきたレーザー発振に掌を当て、吸収。

 デッド直伝の狙撃手心得がリバースを動かした。スナイプすれば居場所がバレる。だから離れる。
 鐶がレーザーを反射してくるよりも速く。打ち返されるよりも早く。
 カルトロップの狙撃衛星を元の位置と鐶の中間点に配すや離脱という名の進軍再開。
 鐶めがけ火薬化した金属片を無秩序に炸裂させる狙撃衛星は所詮、煙幕だ。爆裂の光と砂塵を空という名の両肩にそっ
と被せ、左の二の腕の方から昇るつもりだリバースは。鐶は首。肩から下は現状見えない。

 一級河川の幅もつ火線の残照を追いかけながら掃海に零れた分身たちを撃ち、砕き、時には後ろ殴りのアホ毛で斬首し
ながら突き進んだリバースは、煙幕と空の界面に辿り着くや、それまでにない行動を取った。
 天蓋する腐った羊毛のような質感の黒煙を今は1つの銃で軽く吸った。吸って、トリガーを、ムース缶の頭のような微妙な
力加減と感覚でくい、くいっと引き続け、ある物を作り──…

 煙幕を突き抜けた人影に対し鐶光が行使したのは全長40m超の光剣であった。斬都刃と名付けられたのは先ほど吸収
したレーザー発振の再出力結果であり、それは誘蛾灯で弾けている時の蚊を、煙幕から飛び出してきたリバースと思しき人
影で以って軽やかに再現した。

 その反対側で音もなく煙雲から這い出てきたリバース。手元の銃はもうチャージ済みだ。進化によって火薬を得た核を、
更に二乗したものがチャージ済みだ。

 斬都刃にやられた人影は煙幕の雲をムースしたデコイだ。それも金属片で組み上げたリバースそっくりの骨格にムース
した精度の高いデコイだった。もちろん昼間ならすぐバレたろうが、幸い今は暮れたての夜……。常人が遠目にする分には
まずわからない。

 まんまと海王星、トリガーに指をかける。次の瞬間その視界を未曾有の衝撃が駆け抜けた。
 目を剥き、半透明のスープを吐くリバース。くの字に折り曲げられた胴体に突き刺さっていたのは……龕灯。集中した一
瞬の起こりすら許さぬ超絶の速度で投げられたようだ。

 ハシボソガラスはクルミを見分けられる。大きさ、ではない。重さを、だ。人間の目ではシワクチャでどれも同じ大きさに見
える殻入りのクルミを円形に並べると、見回しパっと1つやるだけで、一番重いものを選んで取る。並べたクルミは1グラム
ずつしか違わないのに、必ず一番重いものを選ぶのだ。

 だから鐶に、デコイは効かない。

 そしてデコイを見た瞬間彼女は奇襲を想定し「ぐぜり」を発動。ぐぜりとはスズメが時おり漏らすゴニョゴニョした鳴き声だ。
アナツバメの反響定位と組み合わせたのは言うまでもない。またラッパチョウでは索敵しているというようなもの、密やかな
鳴き声の方が好ましい。どちらにせよ必中必殺が声に着弾するコトを考えるとリスキーな選択ではあるが、ぐぜりならば
聞こえ辛く、逆利用される率は低いと断定し索敵断行。三つ編みの仇が網にかかるや、めがけ龕灯、投げつけた。

 発射直前のカウンターは、効く。玄人ほど力みを抜くからだ。無防備を大衝撃された悶絶のさなかにあって自動人形に
手持ちの銃を投げさせ、人形じたいも手中にある方の銃の消音機に変換したのはさすが幹部の判断力と言わざるを得な
い。鐶の注意が人形に向いている間に近づき核を見舞うという方策が崩れた以上、”今は”引っ込めるのが得策だろう。

 振り下ろした鉤爪が人形の残影を抜けた瞬間、鐶は無言の舌打ちをした。龕灯が遥か下のリバースからバンジージャン
プのように戻ってきたのはサイホウチョウ能力の糸ゆえだ。柄に十重二十重に巻かれた白銀糸は爆導索の性能向上にも
使われている逸品ゆえ非常に頑丈。結わえたものを超高速で投げても切れず、したがって手繰り寄せるコトもまた容易い。

【Break Out!】

 両者の前奏は終わったv。

【みなぎるPassion】

 ふたり、白き残影となって縺れていく。ねばついた噴煙を吐くミサイルが50以上空間を乱舞しながら笑顔を狙う。
 ぎゅボん、ぎゅボん、ぎゅボん、レーザー核の弾幕が破片を煙を撒き散らす。
 ピンク色の煙幕を抜けたリバース。眼前には爆轟寸前の爆導索。接触。着火。

【炎の Showtime】

 大型旅客機全損級の大爆発はしかし僅かな足止めにしかならない。サーチライトが煙を引き裂く。四条の光はビームだっ
た。肩から発したそれらで瞬く間に煙を晴らしたリバースは爆発中ひらいた距離を取り戻すに充分な加速を得つつ、斉射、
斉射、斉射。鐶に掠るだけで光象型装甲の解像度を怪しくする大熱量の数々は雲を散らし山を爆ぜさす。標的への半数
必中界は徐々に狭まりつつあった。

 いよいよ直撃軌道が多くなってきたビームに対し、依然飛行形態の鐶、乾いた表情で旋転と左右動を繰り返す。繰り返して
避けていく。
 9時やや上方に怖い笑顔が張り付いた。鳥は90度近く急旋回。敵影は追い越しを警戒したのか旋回面内側の上空を保っ
たままやや減速し……集中した一瞬を発動。

 慎重の甲斐あって機銃掃射は全弾命中……とはならなかった。

 海王星は驚愕に目を見張る。射撃の瞬間、鐶は魔法のように視界から消えたのだ。そして後ろから迫る短剣と、しゃくれ
た刃物。しゃ、しゃくれ? 一度は流しかけた物体を思わず二度見するリバース。鐶は、二刀。光刃延伸状態のキドニーダ
ガーと、ハサミアジサシの嘴を、それぞれの手で握り締め、迫っている。

 年齢吸収(クロムクレイドルトゥグレイヴ)は深く刺されば一撃必殺。

 従って二挺ともそちらに火線を吹くがアジサシの嘴がキンキンと吹き飛ばし露を払う。両断が左右の銃を下から外側から
殴りつけた。サブマシンガンの難儀なところはフルオート中そういう刺激が来ると、連射力ゆえ、しばらくはまさに的外れな
箇所を撃ち続けてしまうところだ。

 弾幕が逸れた瞬間、一気に加速した鐶が、刺しに来た。腰だめの突撃は刺客や鉄砲玉が好んでやるだけあって無駄がない。
太刀は大上段に振りかぶった時より早くリバースに到達するだろう。深々と突き立ち背中から出るだろう。

 今度は、役立った。
 複合弾の話だ。銃を元の位置に戻す頃にはもう一撃必殺されていると察したリバースは三連複合弾を大量に発射。

『狙った位置から逸れた場所に着弾する』複合弾は、『跳弾でズラされてしまった照準から逸れた位置を』狙える。
 つまり……狙いから逸れる弾丸を、狙いから逸れてしまった銃口から放てば、ヒットするものは、出てくる。確率論だし、もっ
と明後日の方角へ行くものだって当然あるが、大量にバラまけば命中弾は比例して多くなる。

 それらは短剣で火花を散らしただけではなく鐶の随所から赤黒くも長いラビアを噴かせ……制動見事、成し遂げた。

 音楽隊副長の切り換えは判断も尾翼(ラダー)も等しく速い。再び、離脱。

 ちなみに先ほど機銃掃射直後おこった謎の消失についてだが。

 木の葉落とし。斜線から消えた機動の正体だ。鐶はほぼ90度の旋回中、尾翼に大掛かりな操作を施すコトによって、
下側への急激な横滑りを発生させ……自身を、急降下させた。そしてその重力エネルギーを運動エネルギーに転化し
リバースの背後へ……。以上は空中戦闘黎明期におけるレシプロ(プロペラ)機の戦法。
 防人衛がかつて秋水たちに教授した、踏み込み時の腰の落とし方……『抜重』にも通じるやり口だ。

 以降は背中の取り合いだ。鳥の弾道飛翔や高空螺旋状飛翔をも織り込んだぶつかり合いの中、衝突してはミサイルと機
銃を撃ち合い……。

 蹴り。
 殴り。
 斬り。
 撃ち。

 互いが互いを痛めつけながら空域を、流れた。

【Red Hot Soldier 吠えろ!】

 波線えがく飛行機雲ふたつがズレた軌道で重なるのはシザース軌道。爆炎やマズルフラッシュを絶え間なく奏でる2機は垂
直軌道へ。羽衣から変じた半透明の砲身2門から空対空ミサイルを連射し始める鐶。リバースは一時離脱。横方向への36
0度ロール、つまりエルロンロールを絶え間なく繰り返しながら旋回する。だが振り切ろうとするミサイルはアクティブレーダー
ホーミング! 熱源を感知するIRシーカーの拠り代たちは決して悪魔を逃さない。リバースは舵を切る。鐶めがけ急旋回だ。
交差角や方位角といった概念は知らないが、彼我の速度から付けられる見当はある。

 角ふたつを同時に解決しうる方法……つまり自分の3時−9時ラインを過ぎたあたりでバンク角──揚力の垂直成分に
対する揚力の角度──を水平に戻し機首を引き起こすという、教本から抜き出してきたようなバレルロール・アタックを義姉
がおっぱじめた瞬間鐶はつくづく小憎らしくなった。ポイズネスカウンターシェイド展開。墜落機しか見せないような異常なロー
ルを連続させるリバースはすいすいと抜けていく。そして鐶の眼前で、フォーク。野球の、フォーク。後に残ったのは……毒羽
で死に損ねたミサイルたち。熱源に向かうミサイルたち。

 なにをいまさら。顔で雄弁に語る鐶。カッコウとプアーウィルヨタカのコンボ発動。体温0度の鐶と平熱のリバースなら、ミ
サイルは当然、後者の方へ軌道を取る。

 空砲。弾丸なき銃が下から鐶に熱風を吹きかけた。

 あの久那井霧杳の戦略構想すらブチ壊した『撃つだけで一帯を砂漠化する銃』! 恐るべき連射力のせいで常に銃身が
人外魔境の熱を帯びているサブマシンガンの武装錬金・マシーン。放射に転じた内部熱は氷水で30度台前半になってい
た忍びすら平熱にするほど強烈だ。それの鐶への使用を思い立ったのはヘビにかからなかったからだ。鳥のナンタラで
周囲と同じ体温になっているのだと気付いたからだ。
 そしてCFの弾丸火薬添付によって以前より高まっていた銃身熱風は……カワセミとプアーウィルヨタカが合作した0度
への体温調節すら無効にする! 現在の鐶光の体温、58度!!

 歓呼の海王星。弾頭をくるむ羽衣。小細工にキレた鐶は肩から伸びる羽衣型光象の疑腕によって力任せに! アクティ
ブレーダーホーミングミサイルを投げ返した。戛然たる閃光へリバースはただ笑ったまま入滅する他ない。
 姉との戦いで行き詰まった妹の、感情任せの手管は本当に、こわい。

 膨らむ煙を割った針は二乗狙撃。伸びた先で口からの熱線と相打ち爆ぜて果てる。構えるリバース。側面を無数のレーザー
が通り過ぎた。もう後方へと回り込みつつある鳥形態の鐶は頭部からバルカンを絶え間なく放っている。細やかな火線、い
くつかは着弾。軽微な爆発をものともせず反転した海王星。音楽隊副長はロールを刻みながら糸引くミサイルを次々に
発射。茶色や桃色の爆発は爛漫と繚乱。

 そうして再び近接した両者は。

 垂直軌道でガリガリと、銃弾ないし羽根ないし蹴撃ないし剛腕ないしで目にも留まらぬ攻防をしばらく繰り返していたが。

 短剣と銃剣。延伸した光熱刃同士の大衝突をした結果、双方、双方の居ない方向へ吹っ飛んだ。

 もんどりうちながら各部アポジモーターの瞬くような噴射で姿勢制御し通常航空に戻った鐶光。
 
 量産型男爵の群れに飛び込んでいた。
 炎の壁のなか戦う潜水服も見えた。蝶のなか舞う土星の幹部も。

 戻ったのだ、元の、戦場に。例の廃屋地帯の南方800mほどの地点に。

 マニューバもまた高空から低空へと移りつつある…………。

【ギリギリ Dead line】

 殴りかかってくる無数の巨拳を造作もなく避ける鐶。のしのしと大股で追いすがる量産型ども。
 致命的(リーサル)と脆弱的(ヴァルネラビリティ)、2つの後方円錐を占められた形であるが最大の脅威に位置されるより
はいい。むしろ盾になる……そんな思惑は超絶の肉厚を誇る甲冑9体ごとザリンスキー砲によって打ち砕かれた。
 通常×狙撃。CF前はただ圧縮空気を吐くだけの何ともさえない能力だったが今は違う。火薬を、得たのだ。そしてザリン
スキー砲とはダイナマイトを詰めた砲弾を圧縮空気で発射する幻の兵器だ。なぜダイナマイトが普通の大砲で撃てないか
はニトログリンセリンの履歴書を読めばわかる。とにかくリバースは超圧縮の空気によって敏感な爆薬を「やわらかく」発射
した。

 悪魔のような爆発は、1機でも戦略級の破壊男爵をまとめて9機ブチぬいただけでは飽き足らず……鐶を、包んだ。

【下手をすりゃ No Surviver】

 一歩遅れて現着したリバースの目に入ったのは散らばる残骸だ。焼け焦げた真鍮の、大小さまざまな破片が散らばる
なか、胸部に風穴を開けた男爵が10機、膝をついたり倒れたりしている。

 ヘビの指に神経をやりつつ、月蝕を撒くリバース。その頭を丸太のような指でむんずと掴んだのは10番目の男爵だった。
第二頚椎の外れる音だけ場に残し、断崖へ突き刺さるリバース。男爵はガンザックオープン。轟然と飛翔し……機首方向で
拳をそろえる。

 鐶光の変身能力は羽根の変形の応用!!
 そして!!
 変形した羽根は総て!! パージして激突可能!!

 分身の応用で稼ぎ出した550トン分の質量を、男爵のガワを、それまでそれに化けていた鐶光は崖に刺さった義姉へ
容赦なく突っ込ませた。
 98mあった崖は斬首された。爆発のあと、平地になった。

【Steel heart Soldier】

 集中した一瞬によって弩級のグラウンド・ゼロからは辛くも逃れたリバースであったが、相手は550トンのいわば質量弾、
さすがの幹部でも無傷とはいかなかった。右肩や左大腿部の光象装甲はひどくひび割れ輝きを散らしつつある。

 鐶が迫る。あの速度と距離なら今から物陰に潜める。銃有利の射程を保てる。判断はただしい。出揃っているカードか
らする帰納としては、ただしい。
 しかし空中戦闘機動からこっち、自身の速度向上ついてあれこれ思案を巡らせている鐶は思いついた。遠く眺め見た廃
屋地帯の近未来の街並みという既存のカードから……新しいのを、作った。
 空中で人間形態に戻ると、羽衣のブーストで飛んだまま、短剣で、腕の先の、大気以外なにもない空間を、深く斬った。大
事なのは『座標』への認識だ。地球ではなく宇宙の所有物であると考えるコトだ。

 年齢は、退行した。キドニーダガーに傷つけられ裂けた空間が、いま大気のある『宇宙』が、むかしの姿に戻った。大気の
なかった頃に立ち返った。当然、真空だ。真空に空気がどういう作用をするかは、穴の開いた宇宙船を想像すれば分かる。
鐶も例に漏れず、吸われた。吸われながら、その分の加速で、短剣の傷を、すれ違いざまに斬った。今度は、与えたのだ。
宇宙に年齢を、現在の年齢を、与えたのだ。
 腕の先にあった空間にそうしたから、進んだ距離も、加速した距離も、腕の長さ程度しかない。それでも微分だ。青い空
に届く微分だ。ひと掬いでは青くない大気も、まとまれば泣きたくなるほど青い。重要なのは蓄積だ。蓄積の労を惜しまぬ
コトだ。だから鐶光はまた腕の先の座標を斬り! 真空で加速し! 傷を塞ぎ! また斬り加速し、塞ぐ! 青い空に、あの
日みた青い空の下に、また再び行くため空の微分を繰り返す!!

 微分とは加速だ。宇宙に吸われる大気の流れを利した加速だ! 腕の長さ分しか進めず速くなれない行為でも、度を
超えた反復さえ続ければ岩穿つ涓滴!! 速度不足おぎなうに足る空前の巡航となる!!
 文章にすれば長いがリバースの主観の中の鐶は、空間にガリガリと火花を散らしながらどんどんと速度を増していく名状
しがたき化生だった!

 結果、獲物が物陰へ逃れる何百瞬も前に炸裂する追撃の、拳。
 腕を交差し受け止めるリバース。火花が散る。重い一撃だった。背中側にずり下がり、足元には、轍。

 鐶の大気加速は上記の衝撃としてとっくに散っている。だから次の動きは静かだ。拳の反動でふわっ、とシャトルループ
した。
 その左腕は尺骨と橈骨の隙間から、裂ける。
 そして橈骨側、つまり胴体から見て外側の部分の腕が橈骨手根関節を起点に、体側へと、巻き込まれるよう可動した。
 そしてむき出しになった橈骨は幾何学的なトウモロコシのような独特の器官と化し……無数のマイクロミサイルを発射した。
 いくら海王星といえど”それ”を衝撃直後の零距離で完殺するのは実務上困難だ。一旦引かざるを得ないやむなきに到る。
 煙という尾を引く弾幕から飛びのき、後方推進だ。
 淡い麦藁帽子色した細長い爆発があちこちで起こる。細かな砂塵が飛ぶ。買い物カゴほどの岩盤がレジ袋より軽く舞い
踊る。閃光と轟音の戦場の中、補填補充された天文学的指数の飛行機雲が再び迫る。

 いまや1分間に1万発は撃てる連射力ですら仕留め損ねが出てくるほどミサイルの量は、多い。核と組み合わせた通常
弾を選択。阻まれた。光象の盾に弾かれた。どうやら元は羽根らしい。羽根の発する生体エネルギーが防御障壁を展開し
ているらしい。しかも1つではない。最低でも12個、あちこちで鐶への軌道を塞いでいるのが見て取れた。
 貫徹選択。半分まで行った。貫徹二乗。さすがに、いけた。障壁を砕いた爆発成型侵徹体は鐶覆う光象装甲すら獰猛に
噛み砕いた。荘厳な青と白の装束があちこちでジリジリ火花を散らす。そろそろ鐶の底も見えている。CFクローニングとい
えど無尽蔵ではない。回復不能が募ればどんな装甲もやがては壊れる。

【幾千万の】

 常人が社会生活で負えば間違いなく切断しかない傷を四肢に負った鐶は追い撃ちを定められた瞬間超低空飛行で義姉
に迫った。応射。流星群。つぶて同士の激突の軍配は強装弾に切り替えていたリバースに上がったが、勝負に勝って、試
合に負けた。全身を”だらけ”にした穴から煮詰めたトマトのようなどろどろを地面にこぼしている鐶のその前で、隆起した大
地がリバースの腹部を貫通し天に運んだ。年齢操作。平地を山だった頃に戻せば、変動は、ギミックとなる。流星群は短剣
で大地を斬る動作の隠蔽さえ務まれば、勝とうが負けようがどうでもよかった。

【Burning Hearts】

 先端で何かがチカっと光った瞬間、高かった山は裡から膨張する熱量によってばらばらに解けた。長距離射程から察する
に熱核と狙撃の掛け合わせだろう。

 傷を治し飛び立つまでのほんの一瞬、鐶光は彼方を漂う敵影に目を留めた。ギミックの勢いと発射の反動で慣性飛行す
る影は正にこの時いま禍々しい蝶が充満した戦域の片隅へ流れつつあった。

【暗闇の彼方】

 土星との戦闘へ、爛々と笑みながら割って入ってきたリバースにパピヨンが瞳を尖らせたのは6秒後だった。

 あれ? リヴォ君の感染平気になってる、なんで? あ、そか、もしかしてアジ化鉛の応用? 特殊核鉄にし損ねた分の
リヴォ君を医療用アジ化鉛の要領で爆破してたりする? 数ミリグラムって微量を電気発火で爆轟させるのは、火薬とピン
ハンマーとOリングと緩衝材を使わない場合の腎臓結石の砕き方なんだけど、それ真似た? というカオをした彼女は、
すぐ帰った。

 攻勢のため一帯に充満していたニアデスハピネスを予定されていた撤収のごとき舐めらかさで二挺の銃に吸収したのが
すぐには分からぬほどの早業でシュインと消えたのだ。

 黒色火薬の滓(かす)ほど銃を錆びさせるものもない。硫黄酸化物が含まれているからだ。発砲後の銃身はちょっと洗う
だけでバケツ1杯分の水をたちまち真黒にする。使う銃など骨董だ。20世紀後半に登場したイングラムM10が搭載してい
い道理はないが──…

 錬金術の超常性は総てを、覆す。

 だから義妹は警戒し、少し距離をとりかけたが。

【ヒカリを 追いかけろ】

 着想は円山円だ。銃口の先で巨大な球体状に膨らんだ黒色火薬を爆縮させて推進力にさせたきっかけは円山円だ。肥
満状態で口を離された風船のように、銃口と水平に吐かれた噴炎は進軍途中の鐶光の胸の中へとリバース=イングラムを
たやすく運んだ。星空に響く衝突音は頭突きのせい。水平になった義姉が義妹の腹部に頭から突き刺さっているのは嫌がら
せ……ではない。単に、思いつきの移動手段の、止まり方がそれ以外浮かばなかっただけだ。
 子宮のあたりを押さえかなり深刻にえづいている義妹が愛くるしいのでとりあえず微笑む。
 てへぺろ。
 なぜだろう。本日最大級にギトっとした眼差しが鉄拳と共に返ってきた。回避。輝点と放射状の風圧がしばらく戦場を乱れ
狂った。
 可視領域。落下しながら互いに纏わりつく姉妹は銃弾や羽根を相手に向かって撃ちまくる。遥か下の大地に対して45度
かしいでいるリバースは前方へ720度ジャイロ回転。横倒しになった二挺の銃から火花が吹き荒れ鐶を削る。

 横撃ちは歓迎されないが跳ね上がりを連撃に活かせるなら話は別だ。回転軌道は発砲の反動によって更に速まるよう
巧妙に仕組まれたものだった。フルオートの反動の凄まじさを横へ逃がすコトにより水平軌道上の敵多数の打倒を可能と
したモーゼルM712『馬賊撃ち』の応用がリバースを独特の砲台とする。
 常に全方位を射撃する銃嵐に近づきあぐねた鐶。意を決し、全身の羽根をギギュと緊(し)める。タカの一種ハチクマが
オオスズメバチに刺されても平気な理由は諸説ある。鱗状に密生した硬質かつ重厚の羽根の下に、やわらかな羽毛が丁
重なまでにどこまでもクッションしている……有力視されている事実の体構造こそ今回鐶が採択したものである。
 ハチクマの二重装甲で弾丸を弾き強引に突っ切る。その背中に刺さった肘もまたモーゼルミリタリーによって勢い増した
ものである。
 衝撃で後ろ向きのくの字になる義妹。隙ありと銃撃。思わぬ加速。硬直不可避の体勢から一転、背後に滑り込んできた
敵にリバースは軽くだが目を丸める。
 オオハシ。
 アフリカといえばコレの鳥だ。
 巣が狭いため就寝時は腹を底とするVの字に曲がって眠る。その関節機構を、背中からの一撃を”流す”のに使い、かつ、
ヒバリの偽傷でいかにも大打撃されたよう偽ったのだ。
 意表を突いて回り込んだ義姉の背中の両端に、回り込んできた銃口が覗く。背中からの年齢吸収を嫌い制限する銃火に
鐶はやむなく引きつつも、カマハシの嘴(シミター)を手中へ召喚。半ば嫌がらせで投げつけ、刺し、裂き──…

 泥仕合の性行為よりもキリなき落下攻防が3秒に渡って続いたのち。

 貫徹のカルトロップが鐶の左翼を、破断塵還剣がリバースの右肩のバインダーをそれぞれ爆発させ使えなくした。

【Max Speedで】

 その量産型は、悲惨だった。右肩に鐶が、左肩がリバースが、たまたま降り立ったばかりに、巻き込まれた。
 先の攻防によって飛行能力を大きく減じた双方はミドルレンジでの撃ち合いに移行したのだがその舞台というのが今回
話題となる量産型の体表だった。
 量産型は寝そべっているのではない。立っているのだ。立っているのに怒りの姉妹は、量産型の肩から足へと駆けていく。
大地を走っているかの如く振る舞うのだ。 

 白く長い砲身から光の槍を、黒く太い銃身から闇の石を放っていく鐶。
 数多くの命を奪った殺戮短機関銃をベーシックな持ち方の撃ちっ放しする横走りのリバース。
 曲がりくねった無数の煙が量産型の肌を撫でる。雷光が迸り爆発が起きるたび床を務める装甲が巻き添えを食い、砕ける。

 互い、飛ばした破壊を掻い潜っては反撃する。

 敢えて減速し集中砲火を誘った鐶はヒクイドリの脚力で前方へ跳躍。フィンチたちの適応放散を伸ばし、バズーカやミサイル、
ビームサーベルといった嵐を見舞う。
 そこは二挺の優性、それぞれを右に左に下に左にと展開し滑らかに迎撃するリバース。
 がらんがらん。重いが空洞感もある金属音が転がった。無数の貝が海王星の手前10mほどに散らばったのだ。貝? 
爆炎吹き荒れる戦場に似つかわしくない物体が登場しては短慮の憤怒といえど疑問の空隙を心に作る。
 貝がみな、鳥となった。バーナクルグースとホオジロガンの混群と化してリバースを襲撃した。絶滅したリョコウバトには専
用の銃すらあったというが、雁に対するGUNはいかにや。少なくてもいまだ続く適応放散を押し留めるのに精一杯の現時点
では有効打になりえぬだろう。
 伸ばした背部有線クローのビームによる邀撃を選んだリバース。追撃。ガンの群れを突っ切ってきたマイクロミサイルは
さすがに無理だ。捌ききれぬやかましい噴煙を足元に散らしながら、通常、貫徹、狙撃、散布、複合、あらゆる銃弾を手品
の如く撒きながら距離を詰めんと駆け寄る。
 銃声が響くたびオーロラのような黒煙が丸く穿たれる。かじられたクッキーのようにレーザーもミサイルもホオジロガンも
ばりばりバリバリ削られてそうして空間から退去するのだ。
 いよいよ周囲で甚大な被害を起こしつつある火炎と破片の中、クジャクの尾筒のベアリング弾で牽制する鐶。牽制が溶融
し蒸発した。義姉のみぞおちにあるカノン砲が最大出力されたのだ。笑うリバース。両手揃える鐶。銀成学園でも放ったペ
リカンの光波はメガカノンビームと熱い量子の飛沫を飛ばしあり、共に消える。

 それからしばらくの間。

 爆燃と爆轟。緩性火薬類と猛性火薬類。乱れ狂って吹き荒れる。

 まだなんの悪さもしていない量産型のあちこちで閃光と黒煙が生まれては消えていく。

 全空域カウンターシェイドvs全空域二乗月蝕。大爆発で引き分けた。

【銀河を抜けろ!】

 ガリガリと量産型の膚(はだえ)を削ったのは音楽隊副長の超新星。6倍はある黒色火薬由来の、淀んだ藍鉄色した大光
級が迎え撃って飲み干し大爆発。
 男爵のみぞおちから左脇腹にかけての肉は横から見て5分の4は削られた。
 傾ぐ胴体。たたらを踏んだリバースに得たりとばかりハーストイーグルの大爪を換装した鐶は地面を3mは抉り礫を飛ばす。
量産型が前に傾いたのは右脇腹の動力部損傷による爆発でまた質量が減ったからだ。
 礫を美しい頬に掠らせながら強弾装を乱射するリバース。だだだっ。弾痕が大地を蛇行した。飛びのいた鐶は鳥とも馬とも
つかぬ奇妙な生物が3羽融合したエネルギー波を撃ち放つ。集中した一瞬。回避。光波は男爵を貫いた。左大腿部の付け根
が噴煙を上げた。
 たたたたっ。近づいた拍子乾いた音と共に左半身を蓮コラにされる義妹。やられた。ハゲワシの胃液の発展だ。水素イオ
ン指数ゼロの尋常ならざる超酸が蓮傷から噴き出しリバースの光象装甲をいくつかダメにした。じゅっ、じゅっ。どろりとした
液体の塊が冠状にはじけるたび、白煙上げとろけていく男爵の肌であった。

 熱中の姉妹は周囲になど構わない。

 撃って放って斬って抉って。小札零ですら実況が怪しい常人離れした速度でやり合い続けた。
 巨人の右肩へ叩き込まれた鐶が八つ当たり気味に根っこから引き裂いた巨腕を持って殴りかかればリバースは兜(ヘル
ム)の後ろへ回り込み身代わりにし、腕だった破片の雨の中、お返しとばかり毟り取ったガンザックが義妹の直前にまで飛んだ
のを確認するとすかさず銃撃、油(エネルギー)たっぷりの身を大爆発させる。
 ブラウンの煙の中からグルングルン飛び出してきた鐶はハチクイモドキのラケット型の尾から変じた駐鋤(ちゅうじょ)を男爵
の鎧に当て空中で後退。背後でバキバキに砕き飛んだ”何か”のお蔭で衝撃を緩和したのち”もぎとるもの”ウルトゥル……
つまりコンドルの博物学的能力を発動。両腕で、巨人の胸部装甲全般を車のボンネット感覚で引きちぎって……にっくきへと
投げつける。
 腰が、爆発したのはリバースの蹴りで軌道を変えた胸部装甲の被弾ゆえ。巻き添えで両大腿裏から膝裏までの装甲が
大打撃を蒙り、火や雷を上げ始める。

 輝点と残影がまた激突し始めた。銃撃や砲弾があっちこっちに着弾し装甲を剥いで行く。露出している内部機構は爆発
する。

 エキサイティングな幸福の王子もあったものだ。だがやっと本格的に倒れだす。安らぎに向かって倒れだす。
 同時に、蹴った。
 諍いの場所を腰付近に移していたツバメ2羽のしわざだ。彼女らときたら憖(ギン)と傷強いる眼差しで同時に振り向くや、
まるで姉妹のような阿吽の呼吸で男爵の腰を両側から蹴り上げ姿勢を直した。直して、ふたり、共に閃光と化して上空へ流
れた。
 一瞬の静寂の中、ぎらりとした光条を量産型はその正中線上に灯した。灯して、左右ズレて、割れた。犯行グループがどれ
かは言うまでもない。

 左の男爵は巨大化した羽衣にくるまれ、掴まれた。
 右の男爵は野太い銃剣に、まだ残っている臀部の肉(み)を刺された。

 鐶もリバースも、イイ笑顔だった。イイ笑顔で男爵をそれぞれブン投げた。破壊で減じたとはいえそれぞれまだ220トン以
上はある男爵の半身同士が空中で激突し──…

 深刻な大爆発とは発生後なお内部で何段階かの炸裂が生じる大爆発だ。今回はそれだった。
 哀れな被害者はスクーターぐらいの破片の群れとなり、世界へ散る。救いを得る。

 煙の中で輝きが数度瞬いた。銃声も。いったい何ぞあったのか、煙から叩き出される鐶。暴風に血をなびかせながらグ
ングンと飛んでいき──…

 総角主税操る青銅巨人の足元の溶岩にぼちゃりと落ちた。
 洗脳坂口照星乗り込む潜水服いる炎壁の中へと追放されたのだ。

 溶鉱炉的地形から軽微の火傷ひとつせず這い出てくる部下を足元設営のカメラ越しに見た音楽隊首魁。
 露骨に、青ざめる。
 気持ちは震洋も同じだった。先の顛末は近場ゆえ見ているのだ。
 殺陣師もこのまま捨て置けばどうなるか察し、震えて笑う。

 だから青銅巨人は、偉容に見合わぬジャスチャアをした。あっち行って、あっち行ってとしきりに別方向を指差した。

 鐶光は、うなずいた。

 翼を広げ飛び立とうとする副長にホッとする総角。あと震洋。あと殺陣師。

 青銅巨人の頭は揺れた。ドロップキック。修羅の笑顔のリバースが横合いから叩き込んだのだ。
 両足揃えて飛んできた砲弾に、550トンの質量、頭から破片や基盤を飛ばしよろめく。
 老人よりも無様な崩れようだった。それだけの衝撃だった。

【Rock on!】

 キノボリ。冗談のような名前の、実在する、鳥。
 木を、登るのだ。垂直に、ではない。幹をくるくる螺旋状に登るのだ。

【Break Out 突き破れ そして 時を超え未来へ】

 炎の壁に炙られる世界の中で。

 青銅巨人の右脚を螺旋状に駆け上った鐶はロボットの腰部のあたりで迎撃のため降りてきていたリバースに遭遇するや
加速たっぷりの手刀を喰らわせた。出会い頭では銃撃も眼力もあったものではない。幹部は空へと跳ね飛ばされた。骨を
も砕くというペンギンの手刀を浴びたのだ、がらがらと血反吐やら光象装甲のカケラやら散らすのは当然だ。
 鐶は男爵の足から胴体へと飛び乗り螺旋登りを再開。速度はもう最高潮。足で鋼鉄をギャリギャリとささくれさせ螺旋に登
攀したのはまさに数瞬、巨人のヘソの辺りを舞っていたリバースがこちらに気づいた瞬間喜怒哀楽総て混ぜた微妙な表情
で何ごとか訴えようとしたので、分かった待ちます後でと頷き飛んで回し蹴りを叩き込む。海王星は頬骨をガードごとへし折
られた衝撃に一瞬留まり……血煙ひいて、更に上へと吹き飛んだ。ダチョウの脚は走ってよし蹴ってよし。巨塔を瞬く間に一
回転、幹部に、追いつく。さすがに伸び上がって青ざめる笑顔へと男爵の咽喉仏の前で炸裂した頭突きはただの頭突きで
はない。木をつつく衝撃に耐えうる非常に頑健な……キツツキの頭蓋骨を用いた殺人的ヘッドバットだ。
 また飛ぶ泣きの笑顔。辛うじての反撃だろう。らしくもない心細げな発砲がチュインと鉄肌で跳ねてすぐやんだ。
 そして茨が絡んだような轍まみれの男爵の頭の更に上で、登頂踏破のキノボリは高く高く蹴り上がり。

 人の拳を。

 スパン短き三連撃ですっかり手足が萎えている義姉のみぞおちの光線砲台が粉砕するほど容赦かまわず。

 叩き込み。

 内部で上に向け、気管支を、CFクローニング超々々々々々々高出の力任せに掴み。

 音訳不能のくぐもった絶叫をあげる義姉を持ったまま三度回ってスイング・バイ。

【激しく 強く 熱く】

 リバースは神の矢の如き速度で放たれた。一瞬の大攻勢にさしもの眼差しも震駭に喘ぐ。向かう先は男爵の頭だ。このまま
いけば確実に直撃し、大打撃を蒙るだろう。スラスターを噴かす。減速にすらならない。まして回避など。直撃はもう、確定なの
だ。
 だが、笑う。柔らかいショートボブを望まぬ風で梳りながら、うっとりと妖艶に笑う。
 超絶加速の肉体翻転によって全天周総ての方角を無作為にスイッチしていた混迷の視界に遠景の鐶がフレームインし
た瞬間海王星は集中した一瞬を発動!! 引かれるトリガー。スローになった世界の中、正面に構えた二挺の銃の口で光
が溢れる。出力されたのは異なる2つの銃弾だ。片方は爆発成型侵徹体を二乗した貫通力最強の凶弾。片方は溜めなし
で放てる悪夢のような狙撃。
 速度で勝る後者が速度で劣る前者を鐶めがけ猛然と押し出した瞬間、時は溶け、錐揉むリバースは定められた運命め
がけ轟然と弾き飛ばされ錐揉んだ。強風にバタバタとはためく衣服と髪。
 その左上で一気に膨らんだ銃火は刹那のあいだ戦場をホワイトアウトし──…

 霽(は)れた瞬間。同時に。

 義姉は青銅巨人の頭部を貫通する砲弾となり、飛び散った破片でズタズタに切り裂かれ。
 義妹は頭部総てを紅霧として散り飛ばされた。狙撃貫徹二乗弾斜線軸上はキツツキすら対特急のスイカ。

【(Hurry up Rock’n all night)】

 ルーフをなくしたコックピット。梨色の顔でへたり込む鈴木震洋にはもう、何が何やら、わからない。

【限界なんて Don’t know Why】

 ダメージによる硬直を気力で捻じ伏せた姉妹は光となって天空高く舞い上がる。
 何度かの交錯。そして爆発。煙から流れ出た鳥少女の頭部は、戻っている。

【愛があるんだ】

 距離を取る。リバースは二乗の核を二挺それぞれから発振、合神させ超距火力とする。

 人類を蝕む根源の閃光によって暴風し晦冥する世界の中……鐶は1つの光象を具現する。

 まず肩の羽衣から吹き上がった莫大なエネルギーを叩き合せた両手で圧縮。地面と並行だった掌を地面と垂直に立てる
と、上下へ大きく開く。ねばっこくなったエネルギーがピザ生地の如く伸び……棒となる。手を離す。浮遊したままの棒の傍
で2本の腕を時計周りに180度回す。グっと回転した輝く延べ棒はそのまま慣性を得てくるくると回り……

 神器へと変貌する。

 3つの銃が融合したそれは最強の、破界砲。
 博物学顕現によって曖昧になった物理と神話の境界線を更に揺らがせ虚空から星辰的質量を招聘するという切札だ。
 そういう思い込みで極限火力を引き出すための媒介だ。

【Alright】

 両者、放つ。破壊の本流は輪郭を歪めながら押し合い圧し合いを繰り返す。吹き荒れる暴走。べらべらと剥がれていく
直下の大地。喰われ尽くす核の励起。枯渇する次元の膂力。収縮。対消滅。終焉はしかし開闢。迸る黒き閃光から別な
る次元へと溢れた恒河沙(ごうがしゃ)の情報量は重力ホログラフィー現象となって現世に横溢、割り砕かれた空間が辺り
一帯へ次々と刺さり始め……因果を、理法を、砕く!!

 休火山ですらない山々が噴火を始めた。火砕流は一帯に広がる。幹部2人と戦士たちがやりあっていた森も、当初さだ
められていた錬金戦団の集合地も、犬飼倫太郎が総角主税によってイオイソゴ=キシャクから救われた森林への間道も、
みんなみんな、燃え盛る紅蓮の液体に浸食(おか)されていく。

【燃えるぜ!】

 そして天空にはまたも変貌した魔王が二柱。

 鐶光は新たに得た骨裂翼を墨色に染め上げるほどの威圧を放ち。
 リバースは腹に獅頭、肩に羊角、腰に蛇尾を禍々しく連ね、巷間の怒霊だろうか、青白い人魂すら侍らせている。

 魔王らの間で膨れ上がっていく敵愾心は大地すら鳴動させる。
 木々を燃やし獣を殺した火砕流は廃屋地帯にも迫る……。

【Just All Ready Let’s count Down】

 迫る溶岩に避難組たちは慄いた。逃げるには時がなく、防ぐには術がない。
 もはや国債切れでバリアなど張れぬ財前美紅舞は泣きながら瞳を尖らせ、涙溜めつつ、指差し、傍に問う。
 聞かれた方のチメジュディゲダール師範はいやこっちの武装錬金特性でも無理でしょアレとケタケタ笑う。
 じゃあどうすんだ。太平楽のにやけ面で寝こけている写楽旋輪以外の全員がもう10mを切った溶岩に恐怖する中。

 すっと前方に歩みいでたるは航海長と水雷長と艦長──…

 めいめいの意趣で

【スリー】 

 ただニヤリと笑い、

【ツー】 

 同時に正眼に構え、

【ワン】 

 同時に右脚を叩きつける。

【GO!】 

 衝撃は彼らとマグマの中間の大地を張り裂いた。

【Oh Oh Oh Oh……】

 地平線の彼方から彼方へと続くただ一本のまっすぐな火線が乗組員たちの正面で輝いたと思った次の瞬間にはもう細く
垂直なヴェールのような火柱と閃熱が地下深くから噴き上げていたのだ。
 つまり3人は平野に断崖を作った。

 迫っていたマグマを滝のように落とし避難組を守る底すら見えぬ断崖を。

【Super Robot Wars】

 常軌を逸した破壊力に唖然とする美紅舞に避難組のひとりがジェスチャーしたところによると、武装錬金なしの空手ルール
に則った試合でなら潜水艦トリオ、キャプテンブラボーにときどき勝てる、とのコト。




【(間奏)】

 変貌はしたが損壊部位の回復をみない鐶光はここで接近戦に切り替える。安牌としていたヒットアンドアウェイを捨てる
のはとても決定打を入れられそうにないからだ。ここまでずっと離脱を試みるたびミドルレンジに持ち込まれ、数々の攻撃
を無効化されてきた経緯を考えると、方針は、変えざるをえない。そも拮抗をもたらしているCFクローニングじたい、本日
初めて到達した領域、稼働時間は未知数だ。いつまでも続くという前提で戦うのは危険だ。現にわずかな戦闘で回復機構
は死んでいる。それとは別口の状態瀕死時限定の自動回復にだって有限性はある。『蓄積した年齢』という有限性が。

 勝つにせよ、負けるにせよ、鐶は戦闘不能に陥る前に『仕事』をせねばならない。やりきらねばならない。そしてそれは
ヒットアンドアウェイを主軸とする戦闘では到底なせぬとここまでの状況が示している。

 伯仲ゆえの膠着を打開しうる術はただ1つ、年齢操作! 赤子になる吸収、老衰をする贈与、いずれも決まれば…………
一撃必殺!! それで倒せればよし、倒せずとも相手から、『防止のための過度の抵抗』を引き出せればよし。義姉へのさ
まざまな激情に駆られている鐶ではあるが、戦団側全体の勝利は、『勝ち筋』は忘れていない。無銘が必中必殺にかけられ
ていた時ですら片隅には残っていた。

『勝ち筋』。
そのために。

 リバースの領域たるミドルレンジよりさらに近いショートレンジ、銃口より更に内側の懐に飛び込むのだ。鐶の得物はキド
ニーダガー、つまりナイフ。ナイフ使いに密接された銃使いはおどろくほど弱い。近接戦闘の速度は鳥型たる鐶の方が上
でもある。むろん近づくまでがリスキーだが、密着を継続できるのならばリターンは大きい。

 慎重な鐶だが、敢えて勝負に、打って出る。

 下ごしらえとしてヒゲワシを選択。無数の隕石を降らす。廃屋地帯を含む戦域全体に。

 飛行形態で迅速してきた義妹から目論み総て読み取ったリバースは【嘲笑(わら)】う。ショートレンジは確かに有効だ。
だが関門を忘れている。コンセントレーション=ワン。集中した一瞬でポーズすれば、不利領域、つまり懐に来られる前
に迎撃して追い払える。確かに鐶はここまで何度か網の目ぬけてはいるが、いずれも単発の奇策かつ短期的な接近、
ナイフ一方試合に繋げられた実績はない。

 それとも隕石に乗じた一か八かの接近? 

 確かめるため、魔眼発動。

 鐶光は、静止した。

 あとは撃つのみ……トリガーを引き切ったリバースは意外なものを見た。停まった筈の義妹がググリと身じろぎしたかと
思うと、従前の速度を取り戻し突っ込んできたのだ。

 予想外の肉薄に戸惑いながらも、気付く。鐶の目。その眼差しはいまの自分同様、瞳孔が、収縮している。

 駆け巡る情報。鐶は真似の徒。原点は義姉の声真似。声へのコンプレックスを大いに刺激したから覚えている。だが当人
は憧れと好意でやっていた。憧れと好意で始めたコトだから真似はうまい。
 だから無数の鳥に化けられる。人間にも。河井沙織に化けて早坂秋水を刺したという。57mの巨人にも先ほどなった。
 変身能力は部分変化の複製をも可能とした。流星群。超新星。声の大きさによってリバースから殺害欲求クラスの憎悪を
買っている栴檀貴信の、特殊な体構造ありきの熱量放出技ですら鐶は真似た。

 まさか。

 汗をかく義姉。
 静止した『一瞬』を自在に攻撃できる自分の、繰り出す攻撃に対応できている鐶は。
 明らかに、自分(こっち)の『一瞬』を切り取って、いる…………!!



 フクロウの夜間視力は人の約100倍。

 ヤマシギの目は他の鳥より『後頭部側』かつ『頭頂部側』ゆえ『ほぼ全周天のまなざし』。

 タカの動態視力は高速下において得物を仕留めるところから推して知るべし。

 ミサゴはアリストテレスの動物誌曰く、『鳥類中もっとも目が利く鳥』。
 2羽のヒナに太陽を凝視させ、先に涙を流した方を間引く選抜意識の持ち主……そんな言い伝えがある。

 ワシはプリニウスの博物誌曰く、その太陽をも直視できる眼力。フィジカルではなくメンタルの強さだろう。

 ノスリは網膜中心窩の錐体量が平方1mmあたり100万個でこれは人間の5倍。視力なら8倍。
 色覚・解像度とも段違いのレベルである。



 それら総ての能力を、『ライオンすら恐れる』といわれる基盤(ニワトリ)の瞳へと鐶は乗せた!!



 博物再現。【旅の経験値】の……自己暗示で能力を引き出す特質を、適応が題目のCFクローニングの図体で全開にした!!

 近接戦闘を成すために! その邪魔する能力(モノ)相対無効化しうる眼力を得るために!!

 つまり鐶光ッ!!!

 コンセントレーション=ワン──…

 模倣ッッ!!!



【Lights Out!】

 互いが互いを集中した一瞬に切り取ったのだ。循環参照。時間濃度は合わせ鏡のごとき無限に続く。

 これより起こるは実時間にては一秒の出来事!

 されど互い赦せぬ姉妹には刻(とき)の六徳(りっとく)一顆一顆に超大国の超対立を詰め込んだ秒間千京の千年戦争!!
 怒り任せに物理速度の制限事由を引きちぎった2人、超高速世界突入!! 
 降り注ぐ隕石は止まる。向かい来る量産型もまた凍る。

【轟くThunder 嵐の Final】

 銃口からトリガー方面へ粒子が集って伸びていき、7時の方角へ反り返って刃となる。
 それは遅発銃剣モード『月蝕』が名前どおり銃剣を象(かたど)った証だ。

 ナイフで行くと決めた鐶が懐へ飛び込んできた以上、ここからは銃剣こそが生命線だ。もちろん隙を見てミドルレンジに
移行するつもりだが、そのためにはまず銃剣だ、銃剣によって距離をとらなくてはならない。
 それは異常事態だった、どうしようもなく悪い状況だった。
 鐶が集中した一瞬を会得してしまった以上、停めて撃つ従前の策はもう使えない。懐へこられる前に鴨撃ちにして距離を
取る戦法は、眼力ひとしき者相手では廃案だ。
 同じ土俵にこられたからにはもう、両者の身体能力だけが問題であり、そして接近した鳥型の攻撃速度は、獅子と蛇と羊
の混合(キメラ)より確実に、速い。青銅巨人螺旋のぼり事件を見よ、鐶のやる超速近接戦闘にだけはリバース、手も足も
出なかったではないか。攻防いくつもやったが、あれだけはトラウマだ。
 ガンナーがよりにもよって……亜光速の短剣使い相手のインファイトを演じなければならないのだ。

 一撃必殺を狙ったナイフを銃剣で捌く。鐶が塵還剣をしていないのは、つまり光剣をのばしていないのは【銃の間合い(ミ
ドルレンジ)】を避けるためだ。捌きつつ有利の間合いを取らんと下がりかけたリバースを突きが襲う、弾いた。右の銃剣で。
同時に左の方を突き込む。マシーンの銃剣は鐶のものと違い一撃必殺など有していないが当てるコトは重要だ。怯めば下
がれる。ショートレンジをミドルレンジにできる。斬撃で吹き飛んでくれたりしたなら最高だ。

 願望は左の銃剣が火花とともにヨレた瞬間あっけなく散る。ナイフの二段突きで外側に逸らされたのだ。教えぬ筈がなかっ
た。数多の武装錬金を直列並列するより刀一本握る方が遥かに強いと内外から高く評されている総角主税が、剣術を、短
剣術を、ダガーの武装錬金有する鐶光に伝授していない訳がなかった。

 呻きながら右脚を左踵の後ろに送る。文化系のようでいて学年20位以内だった身体能力にこの時ほど感謝したコトはない。
横へと開いた体の傍を恐ろしい速度の銀閃が通り過ぎた。剣勝負がだらだら続けばやがて確実に当ててくる体捌きだった。
よって左手。銃口を定める。発砲で剥がせそうな時はジャンジャン撃つのだ。でなければ青銅巨人螺旋のぼり事件のような
悲劇がまた起きる。

 突きの勢いで胴体の真横をリバースに晒している鐶をマズルフラッシュが照らした。

【King of Soldier 決めろ!】

 手首、だった。発砲最中の銃口を逸らしたのは。防人衛直伝の受けの技術だ。
 扁平かつやわらかな手首で銃を弾けば反動の方向性は制御できる。受けと攻めを同時にできるのだ。刃を当てたい方角
へ加速できるのだ。

 ミニガン並みに跳ね上がる銃身のすさまじい動きすら加速の材料にしたナイフがびびびっと突きを見舞う。ふたたび半身
(はんみ)になりからくも躱わすリバースだったが、すかさず来た二段目が乳房の下をちくりと刺した。
 止まり続けたが最後、貫かれる。抵抗。さかしまにした右の銃剣でダガーを殴る。引かれた。チッと火花1つ散らしただけの
損害まぬがれたダガーがまたもせり出してきた。鐶はどこまでも果敢である。振り下ろされたきりの銃剣の傍へ放胆にも踏み込
んでいる。たまらず後ずさるリバース。踵が隕石に乗り上げた。集中した一瞬の世界のなか停止しているそれは、空中でイ
ンファイトを始めた2人にとって足場たりうるものだった。

 間隔が開いているから池の飛び石にも近い。違うのは踏み外しても、落ちない。双方ともに浮遊可能なのだから当然だ。
 ただそれでもつまずきはする。所在はある程度把握すべきだ。

 共に石火弾き攻防。リバースが2歩後退したあたりでようやく手首で逸らされていた左の銃が胸の前に来た。発砲……中に
左手で逸らされた。右の銃。短剣の下の右手首に巻き取られる。
 ぐらり。海王星の重心が魔法の如く崩れた。今度は総角直伝の柔(やわら)、力任せではどうにもできない。不整地や不恰
好でも命中精度を保てるよう修練した経験でどうにか喰らいつき発砲するが、いずれも鐶の装甲の端の方を細かく削るだ
け、致命打には至らない。むしろ銃身が逸らされるたび三半規管が右に左にシェイクされ悪阻を催す。照準設定はますま
す困難なものとなっていく。特殊弾製造など夢のまた夢。通常弾を捻出するのでリバースは精一杯だ。それが目当ての接
近かも知れなかった。

 いつしか正面に向かい直っている鐶の手元から刃先が一気に拡大した。目。つぶすつもりだ。確かにリバース側の集中
した一瞬が崩れれば今度は鐶の方が一方的にそれを使える。年齢吸収一撃必殺は外堀を埋めてからごゆるりと。
 白銀は笑顔の少女の視界いっぱいに広がり──…

【譲れぬ Top Gun】

 またやられた! 空中戦闘機動に続く剽窃に鐶は今の目も棚にあげ苛立った。リバース。銃を持ったまま手の甲でナイ
フを捌いた。そして勝る膂力の赴くまま鐶に右側方へのたたらを踏ませる。そこはぼっかりと開いた銃口の視線の先。発
砲。鬢(びん)の赤毛が舞い飛んだ。バンダナも少しちぎれたが顔を逸らし直撃を避けていた鳥少女はまだ煙噴く銃を手
首で捌きつつ踏み込む。今度は乳白のゆるふわが千切れ飛ぶ。避けられた! 歯噛みする間もなくいま一方の銃が火
を噴いた。予測済み。屈んで回避。そのまま一回転。鋭い足払いは跳躍で避けられた。

 牽制射撃で鐶の動きを抑えつつ、発砲それ自体の反動でミドルレンジに逃れようとするリバースであったがその動きは
不意に止まる。なにもない場所で足や肩が何かにぶつかったのだ。はらり。衝突地点から羽根が飛んだ。ステルス迷彩の
羽根が隕石から剥がれて落ちた。鐶本体以外にも設営可能とは虹封じ破りの斗貴子の合羽でも証明済み。それを障害物
たる隕石に施し見えなくし、敵を追い込み、当てて、止めた。いつ施したかも分からぬ鐶渾身、邪道の小細工。

【栄光のSuper Winner】

 牽制射撃などもう弾かれ尽くしている。飛び上がる勢いを利した鐶は開けられた距離を一気に削り肉薄。連撃。連撃。連
撃。銃を捌いた左手首を外にやった右手甲を発砲直前グイっと押し下げた右手首に左手が銃床を叩きつける。
 弾丸嵐に瞬影を置き土産して跳躍した鐶との相対距離がミドルレンジに近づいたのを得たりと後退しようとしたリバースの
懐にはもうナイフ。キツツキのおそろしく長い舌で絡めて伸ばされた凶器は脅威だが、だからこそバク宙回避の海王星。空
中で文字通り鯱鉾(シャチホコ)ばった格好へと移行(うつ)り、発砲。

 ナイフを隕石に刺した長い舌のウィンチを口の中でけたたましく巻き取った鐶は下からシャチホコを通過しその後ろで裏
拳をかます。
 手早く握られていたナイフはしかし軸を捩りながら落下した体の傍を流れるに留まる。
 現時点での姉妹の距離1m。
 トリガーガードごと隕石に左手をついた倒立姿勢で放つ右のスパンは短い。真空斬撃力を有する中段回し蹴りが来る頃
にはもう腕のスプリングで離れつつある。肉弾戦の趣も出てきた。宇宙のつぶてに直立したリバースの右頬めがけ後ろか
ら放たれた右膝がショルダー・バインダーをめちゃくちゃに削った。滑走路が墜落機にされたように半壊した。だが敢えての
それで減速させた膝をリバースは破片に洗われつつ手の甲でこともなげに受け止め……指だけで後ろに傾けた銃を撃つ。
あきれた速度だ。そんな状況から鳥は正面に回り込み下顎めがけムーンサルトキック。軽妙に流れていたつま先がぐにゃ
りと止まる。幹部の斜角筋群の膂力が蹴り抜かれるのを防いだのだ。

【電光石火!】

 バっとスピンし空中連撃に移る鐶。弾くリバース。土煙たて隕石に着地する鐶。その頭を銃剣が裂かんとする。

【イチかバチか カウンター】

 白羽取り。投げ。追撃。対処……。

 ふたりは点在する隕石を踏み越えては踏み戻る。中間点で相搏つ短剣と銃剣は火花を散らす。散らし続ける。いつ終わら
ぬとも知れないメタルの伴奏の中で互いを覆うあちこちの光象装甲は確実にガリガリとその体積を斬りとばされてゆく……。

 めらっと2つの銃剣が燃えた。
 ターコイズブルーに燐酸塩被膜処理(パーカライジング)された輝きは核の刃。
 短剣も呼応し……纏う。今こそ、黄金の、刃紋を。

 互い得物の長さは従前のまま。だが直撃したらば被害、比では、ない。

【伝説の中に】

 鐶の突きが捌かれた。段違いの衝撃がやわらかな手首に走る。銃剣の剣速が増したのだ。吹断採取用の空気孔から
逆に噴き始めたエアーは太刀ゆきを達人の域にまで高めている。だが一定値の気力で解除された実績は鐶にだって存在
する。弾かれた衝撃の赴くまま空中で反転。敵に剣速に回転遠心力をたっぷり乗せた剣軌を以って迫っていた銃剣2つ
見事弾き返した。猿廻。タイ捨流のわざだ。舞う無銘がカッコ良かったから覚えている。
 リバースの指は軋む。剣の衝撃を銃の把持で受けたのだから当然だ。
 怒りの突きを上からカツリと無造作に叩き反らす。もう片方の剣がきた。短剣は1本。だが小回りは効く。自分へと言い聞
かせる鐶。自分は達人級ふたりから剣術を教わった鳥型。敵は膂力過大なれど打突時手の内ひとつ締めるコトすら覚束ぬ
素人。
 遅れなど、とるものか。
 銃剣ではなく根元を掴む。つまり、手首を。そして、握る。猛禽類が哀れなネズミを絞め殺すときの力で、握る。橈骨の手
根関節面も近位列の手根骨も、殻だ。一般人の手の中のゆで卵の殻だ。内外の手根側副靭帯や三角繊維軟骨にいたっ
ては殻付属の白い膜にすぎない。
 破砕のひびき。憤怒の形相がまた一段と墨入れをきびしくしたが反撃を待ってやる義理はない。短剣を上へ投げる。さ
すがに視線をそちらに這わしかけるリバース。奇策への警戒感で”起こり”を緩めさせるのもまた総角直伝、無形の攻め。
剣を離した手で義姉の前腕部に手を伸ばし──…

 骨のくだける音がした。

 てこを施したのだから当然だ。肘が、鈎突窩のあたりで捩じ割れるよう外側へ強く捻ったのだから当然だ。
 装甲を消す優先回復が始まった。手首も肘も銃手にとっては生命線、当然だ。その隙に短剣を取り戻しつつ、開いて
いる手を指先そろえ……目潰しにやる。ちりっ。やわらかい毛を飛ばしつつ義姉は回避。回復終了。斬撃。切先に手を
当てられた短剣が山なりの軌道で斬撃を弾く。そして切先に当てていた手を水平に。水平の上を浮いて通り過ぎた短剣
の突き込みは左側の銃剣さえやってこなければ破れていた。リバースのノドを破れていた。

 以上はあくまで、攻防の、1つ。

【その名を 刻むんだ!】

 手首同士の捌き合いは、互い、親指の根元の角で経絡を痛打する攻撃的な所作も織り交ぜつつある。何十回目かのそ
れを実行しタックル軌道で潜り込んだ鐶が吹き飛ぶ。前蹴り。顔面に入った。準ミドルレンジ。発砲。リバースの視界の下
で首ごと全身を沈めてフレームアウトしては伸び上がってインする鐶は全回避。再び肉薄。前蹴り。跳躍で回避。一瞬の
あいだ短剣から打刀のリーチをとった輝く刃が袈裟ごめに義姉の脛を斬り飛ばすなか頭部めがけ降り注ぐ対空砲火はバ
インダー状に下ろした頭部光象装甲で減免。瞬く間に工事現場のミュージックで削り飛ばされ見る影もなくなったが、鼻っ
面に膝をブチ込む意趣返しには成功したため義妹は満足。更にトンボ返り。吹断の嵐のなか、通常尺に戻した短剣で二
十重三十重(はたえみそえ)の石火をちらしつつ着地。

 義姉は背部のクロー2つを消し脛へと融通。治す。ヤリクリせねば治せぬほどエネルギーはもう、少ない。

 脱臼その他の傷で腫れ上がる五指を見た鐶。思案顔をすると羽衣を短剣に這わせる。光象装甲の応用。武器は脇差ほ
どの長さになる。そして秋水直伝の剣道型で両手持ちすると、光刃を纏い、腰で斬り込む。
 ぶォん。生体エネルギーの刃と連鎖核反応の銃剣ががっきと絡み合った瞬間、反動で、右手人差し指の第二関節が外れ
た。緩む短剣。薄く笑い押し切ろうとするリバース。鐶は右足を斜め前に押し出しつつ……羽衣で前進ブースト。銃剣越し
に義姉を後ろへ突き放す。表崩し。からの引き面。両手持ちで実現した鮮やかな現代剣道によって顔面正中線から朱の墨
をぶわっと巻き上げたリバース、1歳だが、若返る。

 年齢吸収、初のヒット。

 敵は咄嗟に顔を引き薄皮一枚で済ませているが……『当たる、当てられる』。証明されたのは、大きい。

【Max Fightで】

 咆哮の海王星、あやうく一撃必殺されかけたのが逆鱗にふれたらしい。
 核の刃がサフランイエローに充血し2倍ほどに膨れ上がる。打撃。衝撃。破城槌クラスの超重が右から左から鐶を襲う。
 彼女だけが傷つくのではない。リバース自身の指も攻撃のたび青紫色の内出血を増やす。
「屈」「伸」「内転」「外転」「対立」「骨間」「虫様」……掌のあらゆる筋肉の眷属が挫滅し、骨すら罅割れる。掌中に関しては
CFクローニングの適応や融通でも完治不能の連続性破壊症候群。それは打たれる鐶側も同じだった。
 電磁が数段、爆ぜた。
 非実体剣同士なら剣戟も自ずと違ってくる。
 場や斥力といった新たな要素が更なる負荷を把持へとかける。
 双方へ、双方へ。

 いまや間合いは剣のもの、手首で捌く猶予はなくなった。鐶は槌と化した核剣を光刃ですり上げ、巻き、逸らし、弾く。
守勢の義妹に勢いづいた海王星が大振りで飛び込む。いまだ。虎乱(こらん)。全精力を篭めた逆袈裟が核融の刃を斜め
下へと叩き出す。軋む義姉の手、舞い散る量子の飛沫。隕石の飛び石の上で鐶は更に右から踏み込み再度の逆袈裟。
今度はリバースが守勢だった。崩れた体勢で辛うじて斬撃をいなした頃にはもう白い左の裸足が流れるよう滑り込んでおり
袈裟を繰り出す。
 マズルフラッシュは退行のため焚かれた。
 発砲反動で得意領分に逃れ存分に乱射して憂さを晴らす……憤怒の場当たりな方策のなか鐶光の右足は噴流を上げ跳
ね上がる。跳躍二斬を略式したタイ捨居合いの型・超飛だ。離脱しかけている義姉に疾風の如く駆け寄り。面撃ち。下段。
火花が散った。一挙手で繰り出された二斬への防備に総ての銃剣を動員せざるを得なかったリバースの踵が隕石に激突
し破片を飛ばす。浮遊離脱強制阻止。なおも駆け寄ってくる鐶に屈辱をがなり飛び込む。交差法を目論み繰り出した斬撃
の一撃目は、慣性を殺す急停止をした鐶の、大きく膝を上げた踏み込み半歩だけの唐竹割りによって足首よりも低い位置
へ追いやられた。刃瞬。にんしゅんではなく『にんしゃく』と呼ぶ動作の反動によって二撃目に応対した短剣は、しばらく敵の
刃の中ほどで鬩ぎ合っていたが、不意に鍔方面へと滑っていき──…

 刃を外すや放胆にも飛び込む。はじめ目論んだのは横殴りの柄による水月強打であったが、下方から死を孕んだ斬り上げ
がやってくるや即座に変更。体をひねり。跳躍しながら。足が頭より高くなるよう旋転し。敵の刃の、大外から。

 飛び後ろ回し蹴りでたっぷりと加速のついた右踵を義姉の左側頭部に叩き込んだ。

 鱗状縫合近辺で砕けた頭頂骨と側頭骨の厚く大きな破片が脳髄に突き刺さる激痛で塗りつぶされそうになる精神を奥
歯が砕けるほどの食い縛りで捻じ伏せたリバースの斬撃は、籠もる憤怒の甲斐あって着地しつつあった義妹の胴体をふか
ぶかと引き裂いた。
 正面から肩甲骨に達する袈裟が、二線だ。
 常人どころか大規模共同体の盟主ですら即死級の傷、さしもの鐶とて瀕死時限定の自動回復が発動し動きを止める。
 この隙にミドルレンジへ。動くリバース。その前腕部が掴まれた。
 執念。
 動けぬ筈の鐶が執念で義姉を腕ごと捻り正面に向け……宙でデングリを1つ、背中から叩きつける。さすがに回復中の
ため破壊力絶大とはいかなかったが、それでも最終形態の力、油断し弛緩していたリバースの肺腑から空気を搾り出す程
度の威力やある。
 自動回復終了と地面からの双剣の薙ぎは同時である。鐶は轟然と跳躍した。さまたるや武術の怪鳥であった。頭から
右のつま先までをピンと張りつつ、左膝はミニスカートから白い太ももがほとんど根元までこぼれるほど高々と掲げ、足首
もめいっぱい上方へ反り上げている。そんな状態で両拳は左脇腹に強く引きつけている。なんのため? 居合いのためだ。
キドニーダガーが本来有さぬはずの鞘を光象装甲の応用によって産生した鐶は地面と垂直だった姿勢を羽衣のぷしゅぷ
しゅ光るアポジモーター噴射にて平行へと制御。下段めがけ、逆手で、超速の一撃を抜きつれる。リバースは動物直感に
支配された。”起こり”を察した瞬間かんがえるより速く横に転がり立ち上がっていた。自分のそんな反応に唖然としながら
も、足場の隕石のみならず斬撃軌道空間までもが火球を膨張させている地獄絵図を見て、ようやく、何をくらわずに済ん
だか悟り、汗を流す。

 鞘が、消え。

 雷を帯びた剣同士がぶつかりあった。散る電磁。鐶は右胴を薙ぎにきた銃剣を膝を上げつつ柄で流し……跳躍。左胴
を狙っていた核の刃を落下と体重で撃砕する。そこへ迫る斬撃は顔への軌道。右胴をしとめ損ねた奴だ。死に損ないの
しつこさを裏鎬で擦り、合撃(がっし)撃ち、面を狙う。引いて避けるリバース。斬撃は止まらない。小手。もう二寸深ければ
切断できたが咄嗟に引かれ叶わない。白い脂の見える手の甲をかばうような仕草の海王星の右胴に血しぶきが舞う。タイ
捨の目にも止まらぬ三段打ちであった。

 また1つ、海王星の歳が減る。

 17歳の激情を引いて躱わした鐶は示現流特有の八相を外側へと傾けた『右甲段』の構えを取り、大ぶりなまでに左右へ
振る。衣紋振り。柳生心陰流では綾振りと呼ばれる独特の型は古来相手の着物の裾に軌道を隠す意味を有していたが、
剣が居付くのを防ぐ効能もあるという。時には左右のみならず、中段下段の二連撃をも織り交ぜ兇刃に処する。

 しばらく両名は剣を弾き合い、前へ後ろに足を運び──…

【勝利をつかめ!】

 鐶。
 脱臼や骨折を指に負いながらやった決死の反抗は、何発か、憤怒の魔人の姿勢を大きく崩したものの、その行為それ
じたいに怒り狂って外れるリミッターは更なる反撃しか呼ばない。刃筋と速度を考慮せぬ膂力だけの斬撃は使い手自身の
破壊力で使い手自身を破壊するのに、美しかった繊手が粉砕と挫滅で今以上に醜くパンパンに腫れあがったらもうトリガー
ガードに指が入らなくなり……銃が、撃てなくなるのに、憤怒の幹部はただただ目先の怒りで暴走する。義妹と生きるため
ではなく義妹に殺されるため戦っているから…………破滅への道しか、歩めない。
 
 横殴りの斬撃を受け止めた。だが殺しきれず飛ばされた。広げた間合いに歓喜し銃を構えるリバース。行く手で透明化
していた隕石を蹴り上げ急加速した鐶。文字伴う幻影を周遊させた海王星をいま、風が抜ける。同時九斬。点在する隕石
をいくつも砕きながらようやく止まった鐶は反動で息せく。三つ編みが掴まれた。まったく無傷の海王星に全身ごと持ち上
げられた。九方向の斬撃が来た瞬間彼女は難を逃れていた。外道にも核銃剣を肥大化させシールドとし、逃れていた。銃
使いなのよ私、剣術勝負なんてする訳ないじゃない、純朴な笑みの中ですうっと酷薄に瞳を細めながら義妹持つ腕を頭より
高く振り上げる義姉。隕石にしばらく叩きつけてから投げ、フルオート射撃を打ち込む。という目論みは、破断塵還剣によ
って衰微の核刃ごと粉砕された。銃剣の”ついで”のように薙がれた腕の弛緩反射で解放された少女、リーダーの十八番
を受け止めて無事でいられるのはブラボーさんの服ぐらいですといわんばかりの表情が潜り込む。銃剣をなくした銃手の
懐に潜り込む。

 不意に飛び出た二乗の長い銃剣が二度目の塵還剣を受け止めた瞬間である。

 両名の手からそれぞれの獲物がすっぽ抜けたのは。
 度重なる掌の損傷がとうとう把持を限界へと至らしめたのだ。

 果たして宙を舞うサブマシンガンと短剣……。

【Rock on!】

 同時。三つ編みとアホ毛がほぼ同時に1つずつ掴んだ刃ある武器を、互いへ、激突(ぶつ)ける。
 短剣の光の刃は手から離れているため、見る間に輝きを失くす。

【Break Out】】

 だが銃は2つ!! 片方が三つ編みと相殺している間、もう片方は持ち主の、右手へと! 戻っている!!
 貫徹と掛け合わされパイルバンカーと化した銃剣がガラ空きの鐶の胴を襲撃し──…

【解き放て】

 蹴り出された左足を貫通したきり動きを止める!! 
 アマツバメの唾液! ミツオシエの皮膚!! ハチクマの硬質!!! あらゆる装甲強化によって極限まで固くなった足
の甲は杭打ちに貫かれこそはしたが胴体への侵攻それ自体は完全に! 防いだ!!!

【胸の奥】

 髪に絡めた得物と得物を対決させている姉妹は刹那のあいだ互いを強く凝視した。

 いますぐ動員できる武器の数は、ひとつと、ひとつ。

 一対一。

 すなわち──…



 決斗。


 双方髪から投げる! ナイフや、銃を! 武力ある、我が手へと!!


【眠るパワーを】

 舞うナイフは目撃した! 髪操作一日の長を! 視界の下で自分より速くサブマシンガンが持ち主のもとへ帰るのを!
 鏡映されるのは、何らかの能力を期し構えられる銃剣! それを下から蹴り抜く白い右足!!
 ひゅらひゅらと旋転する短剣と鐶の距離はまだ遠い。
 誤射。蹴り上げられた拍子に、肥大していた指がトリガーに接触してしまい……吹断が、噴かれた。
 蹴りで銃口が上へと逸れているため正面おわす鐶には当たらなかったが……上空舞うナイフには当たり、弾き飛ばした。

【無限の愛を込めて】

 そしてキドニーダガーは確かに見た。自分をキャッチした瞬間一瞬確かに、信じられないと目を丸めた鐶が!!!!
 自分(ナイフ)を大外から轟然と振りぬくや、途中にある『リバースのものではない』右足の膝のすぐ下に刃を迷いなく入れ、
皮膚から筋肉、骨髄から筋肉、最後に皮膚と斬り裂かねば通れぬ最短軌道を疾走させたのち、左足に縫いとめられ進退
きわまっていた杭打ち機のサブマシンガンの横ッ面を力任せに『(しもべたる得物へ)ブッ叩かせ終わる』までの過程を、総
て! 見た!!

 ひしゃげる銃口。根元叩き折られるパイルバンカー。
 右足を捨ててまで優先した剣速と衝撃は魔人リバースを策もなく右方へとよろけさせたが鐶に躊躇と容赦はない。硬質三
羽の力を緩めて排出した杭打機の残骸を、退院直後、杖をなくした老婆のような足どりの義姉のみぞおちに叩きつけ決定
的に、崩した。

【(Hurry up Rock’n all night)】

 音楽隊副長は右足を復元しつつ、空中で血振りした剣に再び輝きを灯す。
 突撃。スペツナイズナイフが来た。右に回避。もう一本。左へ。過ぎ去る刃と入れ違い、必殺の間合いで振りかぶり。

 空気の刃で胴切りにされた。

 腹部光象装甲が散華する中、瞠目する音楽隊副長。薄ら笑う海王星。

 銃剣の、掛け合わせ。狙撃との飛びナイフは破れたが、通常とのエアカッターは存分な成果を出した。

 仕上げだ。生体火薬を纏わせた二本の二乗銃剣を碧色に輝かせる始めるリバース。

 下半身を失った鐶光はそこめがけ落ち始め──…

【傷ついたって No No Cry!】

 飛びあがった!!! 肩の羽衣の推力を頼りに、上半身だけで轟然と! カッ飛んだ!!

 思いもよらぬ機動に目を奪われたのが災いした! 神風特攻の下半身が海王星に直撃する!!
 ただ爆発しただけなら逃れられた! 銃で炎を吸い逃れられた!!
 だが突撃した下半身は既に化していた、サンダーバードと化していた!
 小札零の絶縁破壊を模した電流ながれる幻想鳥と化していた!!

【あきらめないぜ】

 幹部といえど神経被覆を破壊されれば問答無用で動きは止まる!! 

 最高速で最大出力の破断塵還剣を構え突撃してくる義妹を前に止まるほか、なくなる!!

 咆哮する鐶の目から鬼光が曳かれる!!

 超騰の気魄はいつしか顔面の主線総てを墨ばませていた。

【OK】

 怒りと屈辱にねじくれる海王星。
 度を越えた感情に呼応したのか。指が、赫(かがやく)く銃剣が、少しだけ、動く……。

 そうとも知らず距離を削りきってしまった鐶は! 因縁深い義姉の!

【超えるぜ!】

 顔面の右半分へと垂直に塵還剣をブッ刺し!! 頭の後ろまで刃を出し!!

 自身もまた最大出力生体光波シャルトルーズグリーンの大剣に右胸を貫(ぬ)かれた!!!



 爆発が続発し、包まれていく、ふたり。



【Oh Oh Oh Oh Oh】

 相搏つ斬撃によって集中した一瞬を解いた姉妹はようやく現世の時間と合流する。

 廃屋地帯の避難場所にいる戦士たちは観測した。空にあった無数の隕石が突然総て爆発するのを。

「?」「?」をフキダシで強気の疑問顔で連発する財前美紅舞の横、艦長と航海長と水雷長は揃って訳知り顔で頷いた。

 銃弾を主とする、撒きに撒かれた破壊の余波がいまようやく、コラテラルの結果を演算したのだと、そう。

 なんでわかるのだと呆れる戦士一同の中で、横に寝る写楽旋輪だけが鼻提灯を収縮させながら幸せそうに眠っていた。
 少女だというのに公衆の面前でいよいよヨダレすら垂らし始めている。



 その南南東700mの上空へと衝撃と残影が縺れながら飛んでいった。


【(間奏)】

 激しい衝突を繰り返していたそれらはやがて光る柱となって、山からの火砕流で覆われた大地へと緩やかに舞い降りて
いく。片方は赤色。もう片方は白色。およそ10mの距離を挟み下端を同高度で維持していた柱たちはやがてレンガ色の
しぶき立て、大地という、母たる舟へ着艦した。

 赤い柱は鐶光。
 白い柱はリバース=イングラム。

 溶岩に膝まで浸かったがどうという変化もない。ただ黙然と互いめがけザブザブと進むだけだ。両名その双眸を、忘れ得
ぬ情動の濃霧の底値で鬱蒼けぶらせているのは、打ちのめされた幽鬼のようでもあり、狩りにゆく餓鬼のようでもある。
 進む。進む。ふたりは、進む。
 可憐な全身に破損し焦げてスパークを迸らせる【光象装甲(ぼろくず)】を取り払うコトもせず互いめがけただ、進む。
 
 あと3m。進む。2m。進んだ。1m。止まらない。まるで姉妹は親族を認識していないかの如くだった。風に吹かれた塵同士
の遭遇だった。50cm。双方、相手が足元から巻き上げた溶岩が白い脛にかかったが反応せぬまま更に半歩。15cm。
 爆轟の衝撃波のなか、鉄拳が飛んだ。
 鐶の左目への着弾はぷちゅりという破裂音のあと、卵白のような粘りの赤い液体が拳の下染み出して、頬のオーバーハ
ング糸引いた地面に落ちた。数本あったそれらはみな、鼻水のような粘りだった。
 リバースの右側頭部への箝入はその反対側が剣戟のさい踵で受けたものより更に大きく、深い。大脳の4分の1が挫滅
した。昂揚で鮮やかに血行した赤朽葉色のねぎとろが、拳と、崩落した頭蓋骨の隙間からびちゃびちゃと落ちていき、溶岩
の界面で煙立てて炭になる。

 衝撃で瞳孔を五輪のようにブレさせた両名はよろけ、拳を外す。そして損傷部位を残り少ない光象装甲の一部を融通し
たエネルギーで修復すると、再び踏み込み、攻撃する。

 意外な事態が起きる。リバースは二撃目も拳だった。銃を握ったまま殴りつけたのである。かさばるサブマシンガンを
外側にするため親指を上に向け、みぞおちを、狙ったのだ。ちりっ。銃撃を警戒したのか右膝で銃身を蹴り大外へ逸らし
た鐶はそのまま膝を伸ばしハイキックに移行。リバース、これをガード。右腕を斜め上に伸ばす、体勢上やや不自然な防
御であり、背骨までもがぎりぎりと軋みはしたが、手首の裏で内くるぶしを受け止めるコトじたいには成功。が、体勢が、傾
ぐ。掴まれたのだ。リバースの頭頂部から伸びる長い長いアホ毛を、鐶の、足の指で。
 豪放磊落の上段回し蹴り。髪をつかまれた海王星はたっぷり900度近く回転し最高速に到る。髪から指が離れた。解放。
一直線に飛び始めたリバースはもうスピンしている。応用するのだ、空中戦闘機動で覚えた加速重力下での動き方を……
肉弾戦に。
 前から右肘で鐶の額を、後ろから左膝で鐶の後頭部をまったく同時に打撃した。傷から血をぶしゅりと噴き、瞳孔かすま
せる鐶。だが義姉は構わずそのまま万力の如く力を篭める。ハイキック、クリティカルヒット。鐶の右のつま先が、側頭部や
や上で横になっていたリバースの顔をしこたま蹴りつけ頭から剥がす。腿が腹に隙間なく付き、脛が耳の傍を通るバレリー
ナのような柔軟性だった。
 旋転し、距離を取ろうとする笑顔に張り付いたのはアイアンクローだった。絞めて砕こうとしなかったのはこの場合慈悲
ではない。叩きつけた。宙に横たわり曲がっていた図体を垂直にまっすぐにするため頭から叩きつけた。鐶は頭部への打
撃には興味がないようだった。伸ばされて脱力した義姉腹(サンドバッグ)を中段で切れ味するどく蹴り抜くのだけが目当て
のようだった。血反吐を吐くリバース。ようやく顔面が溶岩にばしゃりと落ち、溶融をちらした。
 このままではマズいと思ったのだろう。先の一撃でだいぶヨレたアホ毛に銃を預けたリバース、溶岩の底に片手をつきス
プリング。逃れようと試みる。
 ばしゃり。溶岩を王冠状に弾けさせ刺さったのは短剣だ。投擲で刺さっても作用するいまの年齢操作は煮え滾る熱いどろ
どろを昔の姿に変えた。つまり、岩盤へと。指呼の溶岩に手を突っ込んでいたリバースはたまらない。埋まった。ガチガチの
岩盤に石膏され逃げられなくなった。そこへサッカーボールキック。眉間を蹴り抜いた衝撃が海王星を吹き飛ばす。ぶちりと
いう音には特に何の感慨も示さず短剣を拾い駆け出す環。後に残っているのは肘辺りでちぎれたまま岩盤に埋まる、手。

 溶岩の薄い波を蹴立てながらブレーキした海王星は腕を修復する。それによって右肩のテールバインダーが消滅した。
首から腰までの間にあったもののうち最後の光象が失われた。
 鐶が距離を詰めてきた。迎撃。下方向から砲弾のように繰り出したアッパーは、交差する義妹の腕ごと胸骨を砕いた。
がふりと血を吐く鐶のやわらかな右頬をさらにフックがえぐり抜き吹き飛ばす。最終形態に達した音楽隊副長が受け身すら
ままならぬ速度と衝撃であった。
 彼女は水切り石の如く溶岩の水面を8度跳ねに跳ね、切り立つ断崖に当たりようやく止まる。追撃。とっくに追いついて
いた義姉が空中から放った正拳突きは鐶の子宮のあたりで深々とめり込んだ。背中から同心円状に広がる透明な衝撃波
を感じながら、少女はただ、体をくの字に大きく曲げるしかできない。目を白黒とさせ、唾液を吐く。痛烈の余韻。笑う義姉。
磔刑台が、崖が、いまの衝撃でがらがらと崩れる中、トイレットペーパー24ロール入りの袋ほどの大きさの破片が舞い注
ぐ中、ふふふあははと高く深く笑いながら右から左から鐶を殴る。速度ではなく攻撃力を重視した緩やかな手つきで。

 ぐったりとする鐶に気を良くしたのがいけなかった。大ぶりのベアナックルが、おもむろに振り上げられた拳の点接触
によって下へと逸れる。前腕部もろとも内屈する鐶の拳。ベアナックル坂を駆け上った肘打ちは義姉の顎を痛打し動き
を止める。たたたっ。無数の拳を軽快に叩き込んだ鐶の左肩に足刀が突き刺さり羽衣をワヤにする。構わず瞬移した
音楽隊副長は緩やかに残影を描く。エナガの能力で義姉の足にぶら下がっていた影が、ハチドリの高速飛翔で飛び立
つ影となり、敵の背後で通常形態の実像となって占位を果たす。振り返ろうとするリバース。その後ろ襟が義妹の右手で
むんずと掴まれる。同時に股を左手で跳ね上げられ……気付けばもう前へと投げ出されていた。
 そうして起きた派手な溶岩しぶきが収まったとき、横たわっていたのは鐶であった。表情に苦渋が満ちる。投げの瞬間
リバースは鐶の三つ編みを引ッつかみ力任せに背負い投げを実行した。空中にあってそれが成せる恐るべき高出力で
あった。
 溶岩のなか仰向けになる鐶を銃口が捕らえた瞬間である。事態がさらなる悪化を遂げたのは。
 量産型。残り29機総ての巨人達が群れを成して迫ってきているのが見えた。みな、ガンザックはオープン済みだ。ナックル
ガードを顔の前で揃えて水平になる特徴的なフォームに殺意を滲ませ急行中だ。
 指揮官機なのかワンオブサウザンドなのか、恐るべき加速をした量産型が1機、溶岩の津波を破りながら8mの距離に
巨大な顔を見せた瞬間さしもの鐶も敗北を受け入れる準備をした。男爵を避ければ義姉に、義姉を避ければ男爵に、それ
ぞれ討たれる。詰み、だった。それが鐶にとっての幕切れだった。

 失意の表情を得意気に見下ろした義姉は容赦なくトリガーを引く。

 後ろの、男爵に向かって。急に向けられた背中に鐶は混乱した。何か、自分にトドメを刺すため必要な特殊の技の媒介
にしようとしているのではないかとさえ思った。

 が、それは、爆発成型侵徹体やカルトロップ、核や銃剣といったツールが次々に男爵を撃滅してくのを見ていくうち、ある
疑念……いや、期待に変わっていく。

 義姉は自分を守ろうとしている。

 あれほど激しくやりあった癖に……などと鐶は思わない。むしろあれほど激しくやりあったからこそだ。全力を尽くし続けた
結果ようやく決着しうるところまで憎き義妹を追い詰められたと自負しているからこそ、仕上げを、雑兵に取られるのだけは
我慢がならなかったのだろう。

 異常者……と笑いながら振った腕は、上空で、リバースを狙っていた男爵を弾く大量の小型光盾となって花開いた。
 こっちも気持ち、同じなんで。小悪魔で小生意気な目線を這わす。
 向けられたままの背中からは喜びと不快の混じった微妙な気配が流れた。鐶は無視し立ち上がり、大きくも小さな背中に
自分のそこを預ける。憤怒とは程遠い微妙な気配がまたした。無視。鐶はただ得意気に目をつむり、逃げようとする背中に
逃げるつもりのない背中を押し付けてやる。決めた。一生こうやってやると。さんざ罵倒した家族に困ってるとき助けられて
しまう屈辱を毎回毎回押し付けてやると。悔しかったら同じ返し方してみたらどうです、この、バカ姉……と、甘えて、やる。
 すると肩から、ちょっと泣いているような振動が伝わってきたが、指摘はしない。
 彼女は言えば必死に反論するしょうもない、お姫さま……なのだから。
 だから騎士は口を閉じ主君の好物を作る。いつかの日曜日作ってもらったドーナツの返しだという顔で。

 咆哮する量産型は残りちょうど20機。姉妹を車座に取り巻くと、めいめい勝手に動き出す。

 第一次防衛線は半円ずつで広がる……ポイズネスカウンターシェイドと機雷性カルトロップ。毒溶と爆発の結界で小破し
ながらも抜けてきた連中をマイクロミサイルと強装弾が牽制。足の止まったところをバズーカのHEATと爆発成型侵徹体で
襲撃し……前衛壊滅。残り、16体。
 爆炎を突っ切ってきた前後各4体の量産型は、無数の剣閃が胴体を駆け巡った次の瞬間にはもう立体パズルの雨となっ
て注いでいる。破断塵還剣の居合いと生体爆薬全開二乗銃剣を抜く手もみせず操った両名は、無造作に同じ方角へ、天翔
鳥の波動と、溜めなしの狙撃を撃ち放つ。溶岩の下で爆発が起き、男爵のカケラが灼熱の飛沫とともに舞い散った。どうや
ら地下から奇襲を目論んでいたらしい。
 残り、7体。どうせやるんでしょと言いたげに青い光を銃口に集める義姉に、もちろんと虚ろな瞳の傍に一等星を浮かべて
みせる鐶。大事なのは一定範囲に集めるコトだ。彼女の『趣味』のものは、いつだって終盤、密集地帯に、応援と祝福と伝授
をされた者が必ず中(あた)る熱い血をブチかまし巨万の成果を獲得する。
 だから、飛ぶ。
 群がって追ってくる哀れな7匹の子羊めがけ、核の二乗と、最強破界砲を、合図なしで同時に、ぶっぱなす。

 合体し膨れ上がる奔流のなか、量産型、絶滅。

 しこたま殴られたあとに大放出したのが悪かった。
 着地した鐶は不覚にもよろめきマグマ溜まりの中へお尻からへたり込んだ。

 あざとい。不快そうに見下ろした義姉はしかし、視線逸らしつつ、ゆっくりと右手を差し出した。掴め、と言いたいらしい。

 と見せかけて撃つとみた。からかうように見上げると、い、いいからさっさと……取りなさいよ! とばかり義姉は瞳をツン
と尖らせ、赤面した。耳まで真赤だ。さんざ大嫌いと言い放ってきた妹に親切を施すのが照れくさくて仕方ないらしい。

 どっちが姉だかという顔で鐶は手を伸ばす。取り合った。銃を持ったままではあるがリバースはちゃんと引き起こした。

 わずかの間、ふたりは色々な感慨を瞳に込めながら双方を見つめ。

【暗闇の彼方】 

 夜に踊る鐶のシルエットが、説諭の身振り手振りを取る。帰りましょうよ、家に。たったそれだけを熱弁する。

【ヒカリを 追いかけろ】

 輝きと無縁な影はなおも言い募る義妹に一瞬面食らう様子を見せたが、すぐさま、ゆっくりと、横に、首を振る。

【Max Speedで銀河を抜けろ!】

 次の瞬間にはもう、姉妹、獣じみた溢喜の笑みで拳を繰り出した。

 現状最後の説諭が決裂した以上、互い、要求するはただ1つ。

 それはシンプルでとてもわかりやすい言葉だ。





『言うコト聞けや』。





 基本的存念だ。人間関係に満足している者は、これを満足させている。



【Rock on!】

 破片と血しぶきが舞い上がった。肉打つ音。輝く月かかる天空めがけて第二波第三波が吹きかかる。

 その円の内側へを龕灯と人形が抜け上へ上へとのぼってゆく。

 前者は表面にキドニーダガーを貼り付けている。
 後者は胸部に二挺の銃を抱えている。

 もはや不要。拳主体の真向勝負だ。

【Break Out 突き破れ そして 時を超え未来へ】

 殴られた拍子に大岩を砕きながら後ずさった鐶の弓なる正拳が義姉の頬にめりこみ形を変える。半歩下がり苦鳴に息つい
た彼女は追撃してきた逆手突きをスレッジハンマーで迎撃。脳天を剛爆した衝撃にたまらず揺らいだ鐶を更に左側から回し
蹴りが追撃。とうとう少女は右側方へ崩れ……溶岩の膜を派手に巻き上げ倒れ込む。
 両肩が持たれた。
 引きずり立たされた。
 虚脱状態の鐶の白く細い両腕を左手一本で高々と持ち上げたリバースが殴りつけたのは額の章印だ。
 鳥型の、動物型ホムンクルスの急所を1発、2発。容赦なく殴りつける。
 3発目。不意に両足を腹の前で畳んだ義妹がダブルスタンプを仕掛けてきた。回避。だが動きの拍子に、拘束していた左
手が外れる。よろっと着地した鐶。限界を近いと見、最高級の剛拳で決めにかかるリバース。その手首を諸手落ちが痛打
し軌道を逸らす。やった拳は独特の形だ。親指に他の指の尖端をつけている。柳生心眼流に由来するため、同じ手首の痛
打でも”受け”主体だったナイフ戦のものとは違い、『強力に受ければそこでもう敵がひっくり返る』といわれるほどには強力
な”攻め”である。
 そして左で振り当てたエネルギーを上半身・周転の工夫訣で左から中丹田、中丹田から右へと流し……外発。
 鼻の下に突き刺さる拳は、不陥不落の重厚を8mは吹き飛ばした。
 ばしゃばしゃと熱すぎる紅湯を足元で蹴立てながら着地したリバースが慣性でさらに2歩たたらを踏む中、一拍遅れの吐
血が来る。口周りの鮮烈な汚れを袖でぬぐった少女はすっかり体の芯が重くなっているのを実感。攣笑。

 もう一息だという思いは鐶にだってある。だからこそ戦況はしばし膠着した。拳が拳を阻む消耗戦の様相を呈してきた。
捌きだけではない。正面同士で激突する頻度がここ数秒増えてきている。ナイフ戦の損傷が治りきっていない指だ。どれ
か1つかが必ずひどい音を立て生活機能を喪失する。

 尖った骨が神経にさわる。削がれた肉が精神にさけぶ。トレーニングの反動にも似た、しかし再生の道筋はまるで感じら
れない不毛な激痛。そんなものが全身いたるところに巣食っているのに、姉妹は、壊し、壊されるたび、募っていく極限に
どうしようもなく心が躍る。

 憎んでいた者。
 恨んでいた者。

 誰にはばかるコトなく殴りつける……なんたる、楽しさか!!!

 2人は人間の根源を垣間見た。聖人降誕より約2000年……。発展しているようでそのじつ口先三寸の連中のみが安全に
美蜜にあやかれるよう秘密裏に秘密裏にコントロールされ続けてきたのは否めない窮屈な社会において、口うるさく縛る連中
に限って有事の際は何の役にも立たない世界において、『腹が立ったら殴る』それを大手で行えるコトのなんという幸福か!!

【激しく 強く 熱く】

 続く痛みに鐶もリバースも陶然とする。憎しみも恨みも熱気でしか溶けないのだ。

 相手を直視し、気が済むまで攻撃を加えるか。
 相手を無視し、ただ巨大な夢に心を燃やすか。

 いずれか選ばぬ限り、どういう倫理を説教されようが、どういう精神制御法をコンビニ売りの本から仕入れようが、鬱屈は、
絶対に、晴れない。

 前者を選択(えら)びとった両名は、とろけてゆく負の感情の下地を見、おどろいた。
 結局根源は愛らしい。
 考えてみればどちらも、相手に生きて欲しいから拳を振るっている。
 あなたの選択では私があなたを失うからそれはやめろと殴るのだ。

 下顎を。肩を。わき腹を。

 殴るのだ。

 瞳に映る傷だらけの顔に、また遊ぼうよの笑顔を灯したいから、今は徹底的に殴るのだ。

 もっと極論すれば……。

 虹封じ破りも。
 高度空中戦闘機動も。
 各所に甚大な巻き添えを出した低空軌道戦闘も。
 ナイフ戦も。
 タイ捨と銃剣の剣戟も。
 心眼流と暴力の殴り合いも。


 状況ここに到るまでの戦闘総て、結局。


 家に帰れ帰らないの言い争いだ。
 駅のホームで口論がこじれて引っつかみ合いになってしまったような、どこにでもある、姉妹の喧嘩だ。


【Hurry up Rock’n all night】

 衝突した拳から励起する爆発によって互い吹き飛ぶ。
 姉は高所ゆえ運よく火砕流を逃れていた木々の中で光象装甲絶滅の爆発をあげながら。
 妹はマグマに水を注ぎ続ける半岩半川の沢へ、最後の装備だった右肩の羽衣を散華させながら。

 長かったCFクローニングを、終了させる。

 衣服が、戻った。

 なみなみとドレープするロングスカートと、チュール付きカットフレアーのミニスカートに。

【限界なんて Don’t know Why】

 人間形態のふたり、戻ってきた。飛来してきた。

 どうしても守りたい大切な家族をブン殴るために。

 光点となり絡まりあうふたり。時おり実像を取り戻して吹き飛ぶ相手に追撃しては吹き飛ばされる繰りかえしを重ねていく
彼女らは、徐々に、溶岩のない地帯へ移っていく。

 なんという偶然だろう。それは虹封じ破りが起こった、鳥目たち戦士が死んだ、あの廃屋地帯の……東側。
 火渡やパピヨンのいる廃屋地帯南方800m地点から上空へ行きあちらこちらで空中戦闘機動していた姉妹は、そのあと
元の地点にいったん戻り、ナイフ戦後さらに廃屋地帯から南南東700m地点に到達。
 そこは艦長たちが割った溶岩落としの断崖より南、つまり廃屋地帯とは反対方向だったため、火砕流は野放しだった。そ
して姉妹は上空で殴り合ううち勢い余り、断崖を超え、戻ってきた。

 南方一帯に広がる断崖によって火砕流を免れている廃屋地帯の近くへと、戻ってきた。

 ふたりには、どうでもいい事実。そう。”今”は、まだ……。

【愛があるんだ】

 裏拳を喰らった鐶の瞳孔がブレる。血のまじった唾液が飛んだ。

【Alright】 

 水月から背中へ手刀を貫通されたリバースはぐろんと黒目を上に向け、くの字に曲がる。吐血、大量。

【燃えるぜ!】

 揺らめきながらふたり、同時に同じ技を繰り出した。
 ハイキック。
 しなやかな細さからは信じられない衝撃を側頭部に受けた姉妹はこれまた数瞬の差もなく脳震盪を起こし、崩れる。

【Just All Ready Let’s count Down】

”気つけ”は網膜に浮かぶ互いの姿。血と痣と傷と煤とにまみれたひどい顔が、虚脱の中で一抹の輝きを帯びた。

 愛と他の何もかも世界に放った箱の底にあったのは、希望ではなく獰猛だった。

 こいつにだけは、好きにさせない。

 好きにさせりゃ不幸になるから、ブン殴って、味あわせる。
 たいがい腹立ってるこっちがなお家族のよしみってので用意してやって幸福ってのを、たっぷりと味あわせてやる。

 そうやって引いてやったレールの果てで生活習慣病なり老衰なりでくたばらせるのが。

 色々喰わされた”ワリ”への最大の復讐だ。

 苦しんで、償え。
 苦しむためにお前は生きろ。
 縛る私の想いを疎みつつ疎みつつ──…
 救いは他にないのだと俯きながら……前へゆけ。

 そんな送辞しか、家族は家族に贈れない。

 だから難儀だし、誰もが揉める。

 自分たちのように……などと考えるたび込み上げてくるどうしようもない愛憎が、疲弊しきった姉妹の頬を緩ませる。

 あと一撃だ。あと一撃で憎い家族に報復ができる…………。
 そんな思いが、噴き出してかけていた両名に、正気とは程遠い苦みばしったダウナーの笑みを浮かべさせた。


 色素は光の反射。ゆえに反射より速く動けば……なくなる。


【スリー】

 色彩に造詣深き恋人を持つリバースが白と黒の線画へと寂滅したのは、最後の拳の速度が超群のものだったからだ。

【ツー】

 吼える鐶も構造色を失くす。工夫も何もないただの正拳に、鳥の能力ぬきの、ありったけの自前を込め……繰り出す。

【ワン】 

 レッドメタルとプラチナホワイトの焔を灯した拳2つが仇敵へ逼迫しあうのを遠くから見ている者、ひとり。

 泥木奉。廃屋地帯中央やや東に居る彼が、親友の仇を、この絶好のタイミングで撃たないのは、慈悲ではなく──…

【Go!】

 顔面のド真ん中を貫くあった姉妹を中心に衝撃波がいくつも放散。ちかちかとした閃光を挟んだのち赫奕(かくえき)たる
爆圧が世界を大規模に削った。その、天をも衝く破滅の柱は遠方にいる火渡やパピヨンからも見えるほど巨大なもので、
ほとんど終わりかけの黄昏刻すら真昼に変える光量だった。

 そんな輝きを以ってしても爆心地の視界は悪い。
 大爆轟の余波でじゃりじゃりと霾(つちふ)る土砂や小石ですっかり覆われている。
 だから周囲は誰も鐶たちがどうなったか視認できない。
 遠望モニターを向けた総角ですらもどかしげに嘆息するだけだ。


 しかしそれも僅かのコト。


【Oh Oh Oh Oh Super Robot Wars】

 晴れてゆく視界の中、やがて土埃だけになったヴェールに2つの影が映る。

 膝をついた者と……立ったままの者。

 ……どちらが、どちらだ? 総角主税が息を呑む中、風が吹き、状況を、晒す。

 立っていたのはリバース=イングラム。

 そして、ぐらりと、崩れる。

 海王星……の足元で、赤い三つ編みがバウンドし、動かなくなる。



 土壇場の爆発力の決め手になったのは怒りの絶対量。
 長く生きている者の方が多かった。
 時間的劣勢を覆すにはより多く怒り生きなくてはならなかったが……それには余りにも、優しすぎた。



 すなわち。



 鐶光、敗北。


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