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第121話 「対『海王星』 其の拾参 ──浪花──」



「……!!!」

 津村斗貴子の双眸に光が戻った瞬間、その全身から無数の稲光が剥離し遠ざかる。

「…………必中必殺! 解除されたよう、なの!!!」

 雷を結び実像を成した天気の少女はしっかと大地を踏みしめ敵を見る。

「…………」

 ブレイクはただ、のっぺりとした笑みに夜陰をまぶすのみだ。不可思議ではある。必中必殺解除すなわち恋人の異変
ではないか。なのにどうして平然としているのか。

「真意も状況も完全には分からないが……行くぞ!!」

 斬りつけるような咆哮と共に処刑鎌が突進を始める。霧雲もまた、取り巻く。



「量産型は全滅。北方のリバースは幼体となり南へ搬送。つまり……」

 廃屋地帯南方にもう守護は必要ない。師範チメジュディゲダールは餝太刀の鍔を鳴らす。

「ようやく参画できる! ブレイク戦!!」

 咆哮と雷鳴が入り乱れる北方の戦場にめがけ、駆ける。撃破数第2位の剣士が。

「我らは火渡の援護だ」

 艦長の声に水雷長と航海長が頷く。3つの影はいま南方へと駆け始める。

「援護!? ちょ、潜水艦! 廃屋地帯に置き去りなんだけど!?」
 右肩に血染めの白いタオルを当てる、南側の、数少ない生存者が呟く。
「ウス。大丈夫す。男爵たちのとこ着いたら解除す。核鉄手元に戻せるっす」
「ウス。その頃には師範が天王星の足止めに加わっているっす。そこでなら解除しても大丈夫っす」
「ウス。逆にいま解除したらブレイクがあの壁なくなったのいいコトにこっち来ます」
「ウス。幼体のリバースがどこにいるか視認されたが最後、なにやられるかわからないっす」
 ああなるほど。タオルの戦士は頷いた。

「この待機場所にゃもう鐶と円山以外、戦える奴がいないもんな」


 彼の遠目に映る麗人はいま、黙然と東に背を向けつつ北や南を右顧左眄。代わる代わる戦況を注視中。

 勝ち筋のため敢えてバブルケイジで必中弾を受け精神汚染された円山。その戦線離脱は術施す左のサブマシンガン
が泥木に破壊された時点で解除。そこから決着まで1分足らずだったため最後の加勢は叶わなかったが、暫定の司令塔
はめでたく復活。海王星打破後は死亡者の収容などの戦後の処置をてきぱきと指示しつつ、自身は防衛を引き受けた。

 以下、指示の内容。

「安全だけいえばいますぐ生き残り全員でこの場を離れるべきね。負傷者の多さからくる行軍速度の遅さは鐶の年齢操作
による暫定的完治で解消できなくもないけど、幹部にやられる追撃っていうのは万全でも怖いものよ。犬飼ちゃんともど
も木星に追っかけられた私にはよく分かる」

「天王星と土星。まだ健在な幹部の片方または両方が追撃戦を仕掛けてきたら私たちは絶対に振り切れない。さっき万全
といったけど、万全でも一薙ぎで死ぬ実力の人たちが大半なのよ。鐶と私だけじゃ守りながら逃げのびるのは困難」

「しかも向こうには異形と化したバスターバロンがまだいる。アレがガンザックオープンして突撃してくるだけで詰む」

「だから最善手はディープブレッシングの形態のどれかに全員収容し高速離脱、アジト急行組の手当てを受ける……なん
だけれど、それをやるためには最低でも大戦士長の奪還だけは成し遂げる必要がある。ディープブレッシングはそのため
に振り込むべき。大戦士長が敵の状態で逃げに使っても追いつかれて壊されるのは明らか。だからまずは総角の青銅巨
人の補佐に充てる。海王星天王星の分断という最優先課題が前者の失陥によってクリアされた今、繰り上がってきた最優
先課題たる大戦士長の奪還に……潜水艦を、使う」

「大戦士長さえ取り戻せれば火渡戦士長たちと総角が自由になる」

「土星? 因縁深げなパピヨンひとりに押し付ければいいわ。ああいう性格よ、どうせ加勢しても怨みを買うだけ、好きに戦
わせればいい。あのコに斃してもらえればよし、斃せてもらえなくても執念にかけて疲弊の1つぐらいは遺してもらえるから
またよしよ」

「その上で大戦士長と火渡戦士長、総角の3人を対ブレイクに投入。その間に予備役と負傷者はディープブレッシングで
高速離脱。のち、男爵で増幅した総角のヘルメスドライブで3人ともども離脱。それが一番安全で確実。だからしばらくは
待機。戦況が整うまで待機しつつ戦死者の遺体と核鉄を収容。前者を私を言うのはおかしな感じだけど、傍に核鉄が転
がっている以上、流れ的にするしかないでしょ。無事な核鉄があるなら敵に渡すな……戦団教本の鉄則よ。どころか月吠
夜と泥木がリバースに渡すまいと壊したモノだって……」

「鐶の年齢操作で元に戻せる」

「彼らは死後のコトさえ考えていた。托していた。核鉄を壊しても戦団の貴重な戦力が削がれないよう、残される戦士たちが
問題なく戦えるよう、鐶を信じ鐶に托していた。私が指示したコトじゃないわ。めいめいが独自に気付いた。月吠夜も泥木も
その洞察力で死後のリカバーを見抜いた。だから核鉄を壊すという無謀の振る舞いに及べた」

「ちなみに鐶が武装破壊のたびその核鉄を年齢操作できなかった理由はわかるわよね? そ。『年齢操作をすべき短剣そ
のものが』破壊されたからよ。もちろんポシェットに隠していた鳥目の核鉄ですかさず発動すれば直せたかもだけど、リバー
スは絶対に許さなかったでしょうね。それともアナタなら抜けれる? ”あの”集中した一瞬を前に。……壊れた核鉄に年齢
操作を用いるやり方は戦後でなければまず成立しない方策よ」

「だから核鉄は収容しなきゃならない。戦力的な意味もあるけど、何より士気への影響が大きい。月吠夜と泥木の思惑に
気付き打たれた戦士を前に、『置いていく』なんていったらモチベーションだだ下がりじゃない」

(第一、泥木には必中必殺を解除して貰った借りだって、あるし…………) トクン

「孫請けとはいえ指揮官を預かっちゃった以上、私個人はキョーミなくても、どうでもよくても、従えてる戦士たちが倫理に叛く
とむくれるコトなら絶対しない。だって大決戦でクソな指図する指揮官って胃袋の中から刃が飛び出すようなフレンドリーファ
イアを『なぜか、偶然、よく』あびちゃうから。で、私はまだ死にたくない。あとちょっとで難儀な指揮権津村斗貴子に返せるっ
てトコで死ぬなんて、ねェ? だから収容よ。核鉄。で、ま、流れ上かれらの遺体も傍にあるから? 欲しい人は引きずってく
ればいいわ勝手になさい。あとあと土星にゾンビにされでもしたら厄介だし? 持ってこられたら安全のため火葬にするしか
ないし」

 一見投げやりな指示にしかし亡き者と生前親交のあった者たちは、喜色を浮かべた。

 異状あらば即座にバブルケイジ弾幕で対応するつもりだ。あの天上の闘いの後ではいささか心もとなくもあるが、剣腕や
近代火力を欠き、武装錬金の形状上、単騎では『待ち』に徹した方が防衛率の高い──仲間の消し飛びを防ぐという意味
も込みだ──円山ならば北と南、どちらかの敵性勢力が急襲してきてもある程度までなら対応できる。ある程度とは急襲
する者追う戦士側の勢力が合流するまでを指す。「さすがに津村斗貴子も火渡戦士長も全滅させた上での急襲ならどう
にもできないけどね」とは本人の弁だが、そうでありさえしなければ空間に敷き詰められたバブルケイジ、特性を以って一定
以上の足止めができるだろう。救援の到着まで粘れるだろう。


 タオルの戦士は遠景の円山を見つつ、いう。

「事実上最後の頼りだなあ。鐶は強いが疲弊しきっているし、みくぶーはガス欠、何より…………心が、な」


「あんた本当にバカよ。大馬鹿」

 再編成に向け慌しく行き交う戦士たちの中で、財前美紅舞は親友の腕を取ったまま俯き、震える。
 とっくに冷たい輪はいま地べたに安置されている。顔にかかっている真白なタオルは、死に方を不憫に思った戦士がく
れたもののうち1枚だ。その下には丸めて大きな塊にした残り2枚が置いてある。そうでもしないと鼻のあたりで急勾配を
描く、嫌がおうにも損壊の様子が分かってしまう。丸めたタオルは急場凌ぎの顔面整復なのだ。
 それでも輪は下唇の辺りからうっすらとだが赤いシミをつけていく。死亡からまだ3分強、唇の血は乾いていない。

「そもそもなんであんた……核鉄を持ってたのよ。取り上げたでしょ私。ちゃんと」

──(『一刺し』。さっき成長した瞬間移動能力で、幹部たちが一番困るタイミングで乱入してかき回す! ドラちゃんさんのため
──(ていっ)
──「あう」

── 首筋の後ろに叩き込まれた衝撃によって、輪はあえなく気絶し、ぽふりと地面に倒れ付した。
── 同時に、手刀うちおえた姿勢から、カメラより戻る核鉄をば手早く横からひったくったのは誰でもない、財前美紅舞。

── (虹封じ破りのときしていたダブル武装錬金のうち片方は核鉄に戻し霧杳先輩に……っていうのは白い法廷で見て
── いるから、いまの残りひとつの没収で輪は無手、乱入に使える『予知の瞬間移動能力』使用不可よ)

「ボディチェックだって寝ている間何度もした。取り上げた核鉄がレプリカじゃないコトだって円山先輩に確認してもらった」

 結果、どう見ても所持の事実は確認できなかった。

(学窮(わたし)の目の前で霧杳先輩に渡した方こそレプリカだった? いえ、だったとしても五度に及ぶ入念なボディチェ
ックで見つけられない訳がない。全身すみずみまで調べた。麻薬の運び屋が使うありとあらゆる場所を調べつくして『ない』
ならそれは持っていなかったというコト)

 なにより輪に核鉄を渡された霧杳がずっとダブル武装錬金をしていた以上、白い法廷において供出された核鉄は本物
だったと考えるのが一般的だ。(いや渡されたのはレプリカだ、霧杳先輩がそれとは別に隠し持っていた核鉄でダブル武
装錬金していたのよ……という考えも美紅舞の中に浮かばなかった訳ではないが、だとしても輪が核鉄を所持していなか
った説明にはならぬため、素直に本物が渡されたと考えた)

 虹封じ破りまで輪が所持していた核鉄は2つ。
 うち1つは霧杳に渡され核と共にどこかへ消えた。
 もう1つは美紅舞が輪を気絶させがてら奪い取った。それはずっと持っていた。輪が死んだ時刻にも、ちゃんと。

 つまり輪を瞬間移動させ死をもたらした、犯人というべき核鉄は、彼女が虹封じ破り当時所持していた上記2つの物で
はない……という可能性が出てくる。ただこれはあくまで状況証拠だ。何せ霧杳の所持していた方はいまのところ見つかっ
ていない。最初の核が発生した廃屋地帯北側を比較的軽傷の戦士数名が探りにいったのだが、みな、無いという。

(……おかしいわね)

 美紅舞は思った。核は確かに強力だ。霧杳といえど直撃すれば死ぬ。そこまでは分かる。だが……妙ではないか? 見
つかっていないのは核鉄だけでなく死体もなのだ。更にいずれも核で蒸発したりはしない……というのは鳥目誕が証明して
いる。焼かれて死んでなお、遺品と遺体は確認できたとは鐶の弁。だから彼女は戦中鳥目の核鉄を使えたし、戦後亡骸
を収容できもした。
 なのに霧杳の所持していた核鉄は、彼女専用のもの1つと、輪から渡されたもの1つ、合計2つともがいまだ発見に到って
いない。これが爆破された建物の中の話なら、瓦礫の下だろうと思えもするが、核の爆心地は、更地だ。見つからぬのは
奇妙という他ない。威力で、吹き飛ばされた? 可能性はあるだろう。思わぬ敵の特性で葬られた戦士の核鉄は時々思
いも寄らぬ場所から出たりもする。事後処理班が11日かけようやく高い木の天辺の枝の間から……などという話は戦士
をやっていれば年に数件聞くものだ。

(でも今回はそうじゃない……気がする。だって霧杳先輩まで消えちゃってるのよ? そんなときに核鉄だけが都合よく、
事故、みたいな形で遠くいく? もろとも避難したか、掴まったかって考える方が自然よ)

 が、話は少しズレてきていると美紅舞は思う。大事なのは『なぜ輪は武装錬金を発動できたか?』。手っ取り早い結論は、
『消えたと思われている霧杳の核鉄が何らかの作用で戻ってきていた』だ。
 なにせ核鉄の、霧杳の持っていたものが不自然に消えている一方で、輪は不可解な所有を行っている。マイナスとプラス
を相殺しにいくのは、つまり霧杳の無くなった核鉄が輪に渡っていたと考えるのは思考の1つとしては、正しい。

 だが。

(けどそれは考えるより……見た方が早いわね)

 顔を上げると鐶が居た。
 きたのだ、幼体となったリバースを、復活した円山に預け。

「…………その」
「気にしなくていいわよ。あんたじゃなく、このバカが勝手にやったコトだから」

 自分はいま本当に笑えたのだろうかと美紅舞は思う。声はわざとらしく、しかも震えていた。だが鐶を責める気はない。
親友が命を賭けてでも助けたいと思い、事実そうした少女なのだ。

「命に責任とか負い目を感じんのは、自分が直接やっちゃった時だけでいいのよ」
「……です、が…………」
 鐶は泣きそうだった。虚ろな瞳が地底湖のように潤んでいた。いまだ家族と思っている義姉が最後の最後に行った殺人
への責任感が重く重く心にのしかかっている。止められなかったという罪悪ばかりが募っている。もちろんその気持ちは
泥木たち他の犠牲者にも抱いているが、輪については格段だ。土壇場であれほどの救援を受けた以上、その死に平然
としているコトなど不可能だ。
「だから」。優しいコだなあと美紅舞は思う。そんなコのために親友が死ねたのはむしろ誇らしく思えたが、いってしまう
ともう自分はきっとしばらく号泣して収拾つかなくなるんだなあとも思った。だから、ふふんと無駄に得意気に笑う。

「他の人ならともかく、輪には助けられたなんて思っちゃダメよ。いい。このコは基本、他人より自分のコトが大事だった
から。『コレなら他の人のためになる!』って一度考えちゃうともう周りの都合なんておかまいなし。巻き込んで慌てさせ
て、色んな人の色んな力を自分の都合に無理やり集めて…………そんで勝たせる。だから鐶。あんたは助けられたって
いうよりさ、巻き込まれただけよ。このコのおかげでリバースを年齢吸収できたんじゃないの。このコが、このコの都合を正
当化するために、あんたが年齢吸収するよう仕向けたっていう、利用みたいな形はさ、きっと半分ぐらいあるんじゃない?」

 分かる? というと鐶は難しいカオをした。

「ま、悩むのは幹部全員倒してからでいいじゃない。9人よ9人。リバース並みのがまだ9人もいるんだから」
 悩んでたら死ぬわよ? そうなる方が輪に悪いって思うでしょ? たしなめるとようやく鐶の顔に強さが戻った。
「ところで五倍速の老化治すっていう例のUSB手に入ったの?」
「……お蔭さまで…………」
 卵型のポシェットをごそごそまさぐった鐶は左手に黒く角の丸い長方形の記録媒体を立て、美紅舞に見せた。
『リバースの頭頂部の長い毛にずっと収まっていたが、最後の塵還剣で幼体にされたとき落ちたようだな』
 龕灯に、そ、といった新人王、本題へいく。鐶は仕舞う。
「そだ。輪が最後に渡した核鉄のさ、シリアルナンバーって覚えてる?」
「……武装解j」 右手の短剣が分解の兆しを見せた。ストオオオップ!! みくぶー渾身の水平チョップが鐶光の大腿部
に炸裂だ。岩石を包んだ雪見大福のような手応えに生身は痺れるが新人王は気丈に叫ぶ。
「ああああんた! なんてコトしようとしてんのよ!?」
「? なにが……ですか……? 番号……自信ないから…………短剣を解除して、見せようとしただけ……ですが……」
「バッカじゃないの!!」 やおら立ち上がったみくぶーは音楽隊副長の襟首を掴んで詰め寄った」
「リ・バ・ア・ス!!! 短剣解除したらアイツも元に戻るでしょーが!!」 ぐわっと眉を釣り上げしぶきを飛ばす彼女のコメ
カミには怒りを太く示す四つ辻の漫符。「ようやく幼体の出れない、寄生のための跳躍ができない専用のフラスコへと幽閉
できたアイツが! 円山さんの足元に置いてあるアイツが!! 年齢操作の原本たるクロムクレイドルトゥグレイヴ解除さ
れたら元に戻るってコトぐらい、ちょっと考えるだけで、わかるでしょーーーが!!!」。がっくんがっくん。相手を振る。

 あ……。息を呑む鐶の傍で龕灯が『……貴様さては姉との戦闘で燃え尽きたな。頭を使いすぎたせいで自慢のクレバー
がウミウシ並みにまで磨り減ったな』と呆れたように呟いた。

「すみ……ません……。……近未来の建物は短剣壊されても残っていたので……つい……」
「……! そ、そーいえばそうね。なんで二度も武器壊されたのに色々そのまんまなのよ……?」
 銃痕のような扱いで残存するのかとみくぶーは考えた。半分は当たりだが半分は外れだ。この矛盾は、『時系列上に存
在する、巨大な、重力の』、水星の幹部の要塞のせいでもある。これが時空操作関連の武装錬金の悉くに少なからぬ影
響を与えているせいで起きるいわば『バグ』。それが二度の武器破壊を得てなお年齢操作の建物を保持している。
「まあいいわ! ととっ、とにかく解除しないでよね短剣!! 個人的にはアイツといつか拳で決着つけたくはあるけど、
変なポカで元に戻すのだけはダメよ! アイツ素手でもそこらの巨魁は斃せるから! 死んじゃった人たちが犬死になる
から!」
 鐶の視線が輪に落ち、潤む。
「だからそれはあとあと」。さばっとみくぶーは話を変える。「まずはシリアルナンバーよ。カメラから戻ったとき、見た? 
見れなかった? 私が知りたいのはそこよ。覚えてるなら教えて欲しい。教えてくれればこのコがどこから核鉄持ってきた
か分かるかもだし」
「……なるほど」
 謎めいた提案だが鐶はようやく飲み込んだ。核鉄を2つとも手放したはずの輪が『どうやって』武装錬金を発動したか
は鐶もまた疑問に思っていたようだ。
 その結論はさすがに一足飛びでは到れないが、『誰のを』という部分から類推するコトはできる。
 シリアルナンバーを見さえすれば誰に渡したものか分かるのだ。
 リバース戦終盤でカメラから核鉄へと戻り、短剣の姿で鐶に渡った核鉄の通し番号が、白い法廷で霧杳に渡したものと
一致するのであれば、それはくノ一の手から何らかの作用で戻入したと考えられる。
 とまでは理解した鐶だが、そこは音楽隊、戦団がどの核鉄をどの戦士に配分したかという内部情報はまでは得ていない。
 第一。今じぶんが手にしている短剣が何番由来なのかさえ、
「すみ……ません。ハッキリとは覚えて……」
 でしょうね。みくぶーは腕組みしつつ微苦笑した。
「取るのに必死だった咄嗟の事態だもん。覚えている方が妙かもね」

 しょげる鐶。だがやり取りを聞いていた龕灯はふと気付く。

『……もしかすると分かるかも知れん』
「どういうコト?」
『この龕灯には記憶を投影する”特徴”がある。かつて早坂秋水相手に初発動した時、我自身ハッキリとは覚えていない記憶
を投影し上映した実績がある。ふだんは余り使わんが……』
「記憶の底に埋もれた記憶を発掘する……いわば絶対記憶の能力ね。……ん? そういえばアナタ、輪の自動人形に」
『そうだ。カメラが核鉄に戻る直前、その近くへと、空中へと、従軍記者によって投擲されていた。そして龕灯の画角は360度。
本体たる我の意識はリバースと鐶の動静にのみ奪われていたが、龕灯の表面のどれかは、もしかするとだが』
「輪さんの核鉄が核鉄に戻った瞬間を捉えて、いる……?」

 探ってみよう。龕灯が集中を始めるとみくぶーは鐶に告げる。

「ちなみにカメラから戻った核鉄がLXVII(67)なら白い法廷で輪が霧杳先輩に渡したのが巡り巡ってきたというコトになる。
LVII(57)なら輪専用に支給されたものだから、私が手刀で奪った方こそ巧妙なレプリカって話になる」

 鐶に随伴がてらその説明を聞いていた龕灯が(……っ!?)と息を呑む。「どしたの?」とは新人王。

『……場面は見つけた。番号も。だが……。いや、投影し見て貰った方が、早い』

 部外者の我には説明ができん……当惑に彩られた声と共に龕灯はA4大の立体映像を女子2人の前に出す。

 やがて画面の中で回転していた核鉄が停止し、シリアルナンバーを明らかにすると。

「え!?」

 みくぶーは、硬直した。
 同じ映像は鐶も見たが、なぜそういう反応になるか分からないといった様子だ。

「どうし……ました…………?」
「ちょ、ちょっと、待って。ごめん。ほんの少しだけ、思考に専念させて」。ピンと伸ばした右手で鐶を制した美紅舞は、落ち
着きなく垂直に立てた指でくるくると円を描いたりコメカミを抑えたりしつつ、ぶつぶつ。「何よこの番号。なんでよ輪。なんで
あんたがコレ持ってんのよ。あああ、あんときの言葉、なんだったのよ。あんた知らないって、確かに……!」
(……? なんでこんな反応……です?)
(いや鐶! 貴様財前美紅舞の話を! 何がどの番号か本当に聞いていたのか! 貴様有するこの核鉄のこの数字!! 
話と突き合せれば絶対におかしい、ありえぬものだ!!)

 沸騰する無銘くんの気持ちが知りたくて一時停止中の画面に目を落とした鐶は小首を傾げる。
 虚ろな瞳に飛び込んできたシリアルナンバーは──…

 XCIII(93)。

 LXVII(67)でもなければLVII(57)でもない。

 だがリバース戦の反動もありいつも以上にボケーっとしている鐶にはこの不一致のどこがおかしいのかよく分からない。
 IからIIIの黒い核鉄なら流石に面食らうが、XCIII(93)は他とかわらぬ核鉄だ。それでどうして美紅舞が混乱するのかま
ったく以ってわからない。

(……強いて言うならコレ…………。もともとは私たち音楽隊のもの……だったという……ぐらい、でしょうか……? リーダー
が戦団に献上した26の核鉄のうちのひとつ……という、ぐらいで…………)

 音楽隊時代にはさほどの逸話もない。戦団に渡ってからは日が浅い。ならばなぜ美紅舞は混乱するのか?
 不思議がる鐶にそろそろ悪いと思ったのか新人王、ぴしぴしとしているが優しい声音で伝え出す。

「えっと。順を追って話すわ。まずコレ、XCIII(93)の核鉄……藤甲さんのよ」
 と、虹封じ破り直後絶息した植物使いの、次期戦士長最有力候補の名を上げられた鐶だが、感情の温度はまだ美紅舞
との一致を見ない。戦団未登録のものが出てきたのなら騒ぐのはわかる。だが戦士に支給されたものなら別にさほどおか
しくはないのではないか。鐶はどこまでも率直にそう反問。
「亡くなった方の核鉄を再利用するのは…………月吠夜さん……たちも……していましたし……」
「そうよ。普通に考えればね」。美紅舞の顔がどんどんと痙攣していく。言葉を放つたび自分がどう出し抜かれたのか理解
しつつあるようだった。
「でも輪は白い法廷でね、学窮(わたし)に、こう、言ったの。霧杳先輩指差しつつ」

──「(藤甲さんの核鉄が)見当たらなかったって気にされてるんですけど、みくぶー、どこかで見なかった?」

 発言の意味するところを掴みかねキョトリとしていた鐶だが、しだいに持ち前の怜悧さが勝ってゆく。「そ、その発言って
相当…………エグい…………です……」。私でもやれるかどうかの騙しですと半ば唖然、半ば感嘆と囁いた。

「そうよ」。美紅舞の頬はいよいよ滑稽なほどねじくれる。

「十中八九このコは!! 学窮(わたし)に! 藤甲さんの核鉄の所在を尋ねたその時にはもう! 持ってたのよ!! 
コレを!! XCIII(93)を!!!」
「あの、ところで、輪さんが藤甲さんのだと知らずに拾ってた可能性は……?」
「その場合フツー、霧杳先輩が探した時点で『これでしょうか』と差し出すでしょ?」
「あ……」。鐶は気付いた。「つまり……ネコババ決め込むつもりだった……」。
「そ。決めてた訳ね。藤甲さんの核鉄をタネにいろいろ策打って、最後の最後、乱入するって」


 ここで美紅舞は鐶と無銘のいない場所で行われた輪との会話を幾つも挙げ、思い返すと怪しいものばかりと告げた。
 それで2人は輪の目論見の全容がなんとなく分かってきたが、同時に、


(えーと)


 話がフクザツになってきた。龕灯越しに話を聞いていた無銘は話を整理する。


(つまり……財前美紅舞の認識では……)


虹封じ破り直後時点で核鉄を2つ持っていた輪

シリアルナンバーは輪専用がLVII(57)、ダブル武装錬金用がLXVII(67)。両方武装展開。

輪、白い法廷に行く前にLXVII(67)の方を解除、核鉄に戻す。

それを白い法廷にて、美紅舞に見えるよう、霧杳に譲渡。残り1つ。

美紅舞、手刀で輪を気絶させ、自動人形を強制武装解除。LVII(57)を奪う。残り0。


(だったものが、本当は)


虹封じ破り直後時点で核鉄を2つ持っていた輪。

シリアルナンバーは輪専用がLVII(57)、ダブル武装錬金用がLXVII(67)。両方武装展開。

更にどこかで藤甲の核鉄、XCIII(93)を入手。それは発動せずそのまま携行。核鉄の数は、「3」。

輪、白い法廷に行く前にLXVII(67)の方を解除、核鉄に戻す。

同時に藤甲の核鉄、XCIII(93)にて再びダブル武装錬金。

発動場所は恐らく廃屋のどれか。そこに発動したての自動人形とカメラを置き、立ち去る。

輪、LXVII(67)を白い法廷にて、美紅舞に見えるよう、霧杳に譲渡。

これにより核鉄の残数は美紅舞視点ではLVII(57)のみの「1」だが

実際は藤甲のXCIII(93)由来の人形が待機中のため「2」。

美紅舞、手刀で輪を気絶させ、自動人形を強制武装解除。LVII(57)を奪う。

美紅舞視点では核鉄の残数は「0」。だが実際は藤甲のXCIII(93)の人形が廃屋で待機中のため「1」。

(だった、訳か……)
 なんたる策謀。忍びの無銘ですらあの血戦のさなか思いも寄らなかった発想だ。

「……?」。鐶はひとつ疑問を浮かべた。
「なんで手刀の気絶のとき、XCIII(93)の自動人形が武装解除されなかった……んですか?」
 普通はそうよ。さすがの犬飼先輩でも気絶すればレイビーズは核鉄に戻る、それが原則……と美紅舞は頷いたが、
「だけどXCIII(93)の自動人形の方に意識の何割かが乗っていたとすれば?」
「え?」
「に・ぶ・いわねェ〜あんた! そこにいる鳩尾無銘の武装錬金がまさにそういうタイプじゃない!! さっきの記憶投影の
話が記憶の堰切ったから思い出したけど、たしか龕灯の方は早坂秋水に破れ気絶した後でも変わらず彼に憑いてたんで
しょ!! それって龕灯に精神が乗ってたってコトじゃない! 大好きなお母さんな小札零を傷つけさせまいとする一心で!」
 大好きなお母さんという言葉に鐶はちょっと心がちくりと刺された表情をしたが、
「あ……。確かに……。もっというと年齢吸収で幼体にすらなって……ました……」
 小札へのコンプレックスゆえに納得する。大好きな少年が母親への想いひとつで武装錬金に乗せた実績から、『本体
の気絶は必ずしも武装錬金の消失ではない』というコトに納得する。
「龕灯で出来たならもう1つの兵馬俑に方でだって同じコトできるでしょ! 意識さえ乗せれば、本体が気絶しても武装解除
には到らず、自由に動ける……みたいなコト、できるでしょ!」
 なるほど。納得する鐶に「ただし輪については今まで見せたコトないわ。自動人形に精神乗せるなんて現象はね。今日初
めて土壇場で試したとみて間違いないわ、それこそ鳩尾無銘の兵馬俑を参考に」と美紅舞。

 更にXCIII(93)はけして意識の埒外に飛んだ核鉄ではないとも付け足す。
 そう。むしろ新人王はずっと気にしていた。

──(気になるのは……藤甲さんの核鉄ね)

 惨死を遂げた戦士たちのうち藤甲のものだけが失踪しているのはずっとずっと引っ掛かっていた。。殺害の犯人たる
ブレイクが奪ったのかとも思ったが、藤甲が死ぬより前にダブル武装錬金をしていた彼が、しかも超重武器使いが、片手
では扱い辛い武装の予備を増やそうとするのはどうもしっくりこなかった。単に戦士側の戦力を削ぐためかとも思ったが、
そこまで核鉄を奪った実績がないとなれば説得力は感じない。だから藤甲の核鉄の消失は、「おかしい」と思っていた。

「輪さんが持っていたのなら……納得、です」
「なのによ? その状態でこのコときたら学窮(わたし)に」

──「怖いのはブレイクじゃなく、みくぶーが遭ったっていう『土星の腕』が持ってる場合だよね」

 さらりと言い放った。振り返ってみればとんでもない発言だと鐶は汗を一筋ほほに流した。

「いやこれ……一種の…………心理誘導…………です。やべえペテン……です……」

 なにしろ輪の発言で美紅舞の思考は完全に縛られた。
 虹封じ破り直前翻弄してきた『腕』の記憶を呼び起こされた美紅舞は、藤甲の核鉄喪失問題を、思考力ゆえ、加速度
的にリヴォルハインの犯行だと思い込み始めた。際限なく感染する細菌型であるが故に、リバースによって剥落され
制御され冷遇されているのだろうと推測し、それゆえブレイクと違って核鉄は1つしか渡されておらず、それゆえ藤甲の
核鉄を密かに奪い戦力増強を目論んだのではないかと推理した。

 しかも。

 腕(それ)らしい影が付近にいたと輪は伝えた。彼女だけなら美紅舞とて一抹の疑念は残したろうが、霧杳までもがジャス
チャーで伝えてきた以上、信じるほかなかった。善良だが抜けたところのある親友はともかく、あれほど強く優秀な先輩が
見間違う訳はないと思った。以上の情況と状況によって美紅舞は藤甲核鉄窃盗の最たる容疑者をリヴォルハインに設定。

「っとにやられたわ!! 要するにこのコ! 私が手刀で気絶させたあげく、核鉄を奪うって行動読んでた訳! だから
そうされる前こっそりと藤甲さんの核鉄を発動し! しかもそれをやってるのを悟られないよう念入りに!」

──「(藤甲さんの核鉄が)見当たらなかったって気にされてるんですけど、みくぶー、どこかで見なかった?」

「自分はまったくノータッチってお芝居して!」

──「怖いのはブレイクじゃなく、みくぶーが遭ったっていう『土星の腕』が持ってる場合だよね」

「見つからないのは土星のせいかもって話に、すり替えた!!!」


(写楽旋輪……。恐るべき逆算をしたな)


 無銘は思う。

 輪は最後の最後乱入したかった。勝ち筋を破り油断したリバースの隙を突きたかった。だが親友たる美紅舞ならば
絶対にその動きを察知すると踏んだ。死に繋がる危なっかしい行為を防ぐため、所有する総ての核鉄を奪い、念入りに
気絶をさせると読んだ。

(そしてそれは新人王が相手のため、並みの手段では掻い潜るコト到底叶わぬ関門。手刀を読んでいた素振りひとつ見
せるだけで戦略は大破綻だ。『読めてたのにわざと喰らって気絶? まさか!』と財前は簿外の核鉄の存在を疑う)

 そして廃屋ひとつひとつ当たり、待機の従軍記者を発見、今度こそ確実に破壊し乱入を潰す。
 ならぬための肝は、『手刀を無防備に喰らい、本当に気絶する』。美紅舞に、輪の行動を完全に読み切れていると思わ
せるには、偽りなくサクリと奇襲され喪神せねばならなかった。変に耐え切り、わずかに意識を残せば、それはタヌキ寝入り
だから、いままで幾度とその状態から”してやられてきた”美紅舞は、経験にかけて見破るだろう。

(ゆえに『気絶』というプロセスは不可欠だが、ただ無策でやると)

 輪の気絶と同時にXCIII(93)までもが核鉄に戻る。それが創造者の傍に落ちるか廃屋の中に落ちるかは不明だが、
いずれにせよ自動人形が解除される以上、最後の乱入は不可となる。

(それを解消したものこそ『自動人形への意識の搭載』。練習なしの土壇場でよくやる……! 我でさえコツを掴むまで
2週間は要したものを発動一回で達成するとは……まさに一念、リバースに一矢報いたいという一念の為した離れ業とい
う他ない)

 斯様な苦労を経てまで配備する従軍記者の存在を悟られないために、輪は更に逆算した。自分が藤甲地力の核鉄を持
っているコトは絶対に知られてはならないと。XCIII(93)の話題に少しでも怪しい反応を見せればその時点で即座に美紅舞
は目論見に気付いただろう。『なぜ核鉄を隠し持っている』からの『最後無断で乱入するためか!』は隣接する特急の駅。

 だから気付かれぬよう輪は自分から『見なかった?』と話を振り……美紅舞が土星の腕を疑うよう誘導した。

「まんまと出し抜かれたわ」。呆れを極めた新人王はもう逆に感心しかない。」

──「(藤甲さんの核鉄が)見当たらなかったって気にされてるんですけど、みくぶー、どこかで見なかった?」

「この発言のヤバいところは、輪が、じゃなく、霧杳先輩が、藤甲さんの核鉄を見てないって形にしたトコよ」
「……自分は…………ないコトにすら気付かなかった、と……いう態を装った訳……ですね……」
「あげく、学窮(わたし)に『見なかった?』だもん。っとやられたわ。考えてみれば基本もいいとこじゃない。物パクった奴が
素知らぬ顔で『どこだろう』ゆうのは基本中の基本だってのに、霧杳先輩でワンクッション挟むコトで、『あの人が探してる
の見て初めて紛失に気付いた』みたいな話に摩り替えるから……物の見事に騙されたわ!」

──「怖いのはブレイクじゃなく、みくぶーが遭ったっていう『土星の腕』が持ってる場合だよね」

 これも巧妙といえるだろう。単純にブレイクのせいにするだけなら美紅舞は却って信じなかった。すでにダブル武装錬金を
披露した幹部が、他の戦士の核鉄を奪った事実のない天王星が、藤甲のものだけ奪うだろうかという疑念に賭けて信じな
かった。『なぜ輪はこんな執拗にブレイク犯人説を唱える?』と『むしろこのコが怪しい』は自動改札と券売機ほど近い。

(まさか輪、ブレイクへの疑念すら読んでた? いえ、違うわね。学窮(わたし)があの会話のあとアイツとやりあう可能性が
あるから警戒したのよ。なにも仕組まず進めた場合の『藤甲さんの核鉄返しなさい!』に対する天王星の『なに言ってんだ?』
って反応は、じゃあ誰がXCIII(93)持ってるって話を呼び、やがては輪の蔵匿に行き着いた)

 だから『輪の主観では』、『会話ができそうにない』、土星の『腕』を、容疑者にした。それならば会話からアシがつく可能性
は低い。しかも美紅舞は前述のとおり、”一度、してやられている”ため、腕に対する危惧はやや過敏。何か思いもよらぬ策
謀に藤甲の核鉄が動員されようとしているのではないかという方角へ導くのは……容易い。

(これまた典型的な詐欺やら揺すりやらの手口じゃない。初撃で大きな不安を与えて動揺させてから、いいようにコントロー
ルする……ああもう学窮(わたし)バッカじゃない! テレビで見た”なんでそんなもんに引っ掛かるのよ”に見事ハメられて
るじゃない!)


 いざ当事者の立場になると、わからぬものだ。


──(その辺、全ッ然かんがえてなかったわ。あんたホントときどき鋭いわよね……)
──(ふぇっ!? え、そ、そりゃあ、予知仲間、みたいな相手だし? 気になって考えちゃうっていうか……)

 土星を話に登場させた動機を、咄嗟に、『自分の能力と同系統の、未来予測めいた能力を披露したから』と、もっともら
しくでっちあげ、

──「そこ考えるとさ、ブレイクに、『よくも藤甲さんの核鉄でダブル武装錬金を』って言うのは有効かもねみくぶー」
──「アレが自前なら気付くってコトね。土星の暗躍。天王星、アタマだけはいいから」

 本来ならブレイクにされてはマズい質問を、幹部同士を仲違いさせるに有効な手段のように見せかけつつ、

──「うん。言われた瞬間『え、コレ俺っちの核鉄すけど』とか言っても」
──「あとで気付くか、もしくは返事じたいが土星に騙されているのを土星に悟らせないための演技なコトも……」

 藤甲の核鉄においてまったく無罪の天王星なら当然するであろう反応すら、『狡猾な敵ならまずやるであろう、仲間殺しの
ための演技』にすぎないという誤った認識を植え付け、

──「うまくいけばそっちへの対応に思考を裂く……? んー。幹部同士で牽制しあってくれればそりゃラクだけど……」
──「うん。だからあのダブル武装錬金が藤甲さん由来かどうか聞くのも戦略としてはアリじゃないかな……?」

 推奨した。勧奨した。やられてはマズいブレイクへの質問をむしろやれとけしかけた。

(……だけど一番始末が悪いのはここじゃないわ。次の)

──「いやいやいや! バッカじゃないの!?」
──「ほへ? どったん?」
──「どったんじゃないわよ! 特性!! 声だしたら罹る特性持ってるリバースがすぐ傍にいんのよブレイクの!」
──「あ」

 ここだ。ここだけ『素』だったのが本当に手に負えぬと美紅舞は思う。素で輪は『そもそも必中必殺がある以上、声を出し
てブレイクに問うコトができない』という大前提を忘れていた。藤甲の核鉄を巡る策謀に気を取られるあまり、根本的なコト
を見誤っていたのだが、しかしここが逆に功を奏した。『こんな簡単な思い違いをする親友が、策で自分を騙すなど不可能』
という元来からの信頼を、思い込みをいっそう強くした。それが手刀で気絶させた後の一連の確信に繋がった。

──「折角の策だけどノらないわ! 質問で声だして特性に罹るとか最悪よ!」
──「ごめん……」

 このときの親友の謝り方が、普段とは格別の、申し訳なさの色濃いものだった理由をこの時の美紅舞は気付けなかった。
単純に、危機的な戦況ゆえに、らしくもなく焦って、アレコレと余計なコトを考えているだけ程度にしか、思えなかった。

(けど、本当は)

 ごめんという一言の重さ。いまならばよくわかる。色濃さは自死のため親友を騙している罪悪感だったのだ。

 なのに彼女は、美紅舞の目の前で、霧杳に、ダブル武装錬金用の予備たるLXVII(67)を渡した。

「これも印象付けるための犯行よ。残りが『1つ』だと思い込ませるためのね」

 藤甲の核鉄は土星に奪われた可能性が高い……という前提をさんざ刷り込まれた以上、残るLVII(57)を取り上げた
時点で残りゼロだと思うのは当然だ。むしろ美紅舞はよく警戒した方だ。取り上げたものがレプリカでないか円山に確認
を取り、その上で五度も身体検査し核鉄を探した。彼女に落ち度はない。そうされるコトまで織り込み数々の隠蔽と誘導
を以って出し抜ききった輪こそ異常だ。それこそ『予知』しようもない。

『ところで我も1つ疑問があるが……いいか?』
「なに? 学窮(わたし)もまだ全部わかった訳じゃないけど、それでもいい?」
 あくまで推測なのだがと前置きして龕灯はこう告げた。

『よもやだが……久那井霧杳。共犯ではないか?』
 なんでそう……思うんですか? 鈴をころがすような声を漏らす鐶に『同じ忍びとして幾つか奴の行動に納得ができない』
と無銘は返す。
「……えーと。どういうコト? 学窮(わたし)なんかの目にはそんなに怪しく映ってないけど……」
『まず1つ。

──「(藤甲さんの核鉄が)見当たらなかったって気にされてるんですけど、みくぶー、どこかで見なかった?」

についてだが、この発言は我ならさせない』
「させない? それは……口止めって意味……ですか? 忍者の自分が見つけられなかった事実が恥だから、黙っておく
よう……頼む……とか?」
『いや違う。『見当たらなかった』で済まさない。隊伍を組んでいた3名のうちの1人が死んですぐその核鉄が行方不明に
なったのなら、普通だれでも残りの者に、この場合は写楽旋輪に聞くだろう。見なかったかと』
「まあ、そうね。学窮(わたし)だって霧杳先輩が見つけられなかったって切り口で来られなかったら直接輪に聞いてたし」
『そこだ』
「え?」
『忍びが、仲間に問うのだ。写楽旋輪に、問うのだ。ならば、だ。ああいう気質の少女が、厳粛きわまると聞いている久那井
霧杳に、忍びに、尋問されて隠し通せると思うか? 忍者(われわれ)の最大の武器は忍術ではなく人間の機微の……洞察
であり操作だ。それを有する久那井霧杳の詰問を、いかにも市井の少女然とした写楽旋輪が受け流せるか? 目論見を
知られるコトなく、やりすごせるか?』
「…………いわれてみれば確かにね」
 土星の腕の誘導の際、咄嗟の言い訳で声が上ずったり、肝心要の声の必中を忘れるポカをしたりしていた輪の姿は、
どうみても陰鬱なる白皙のくノ一まで煙に巻けるタイプではない。それが美紅舞を騙せたのは、藤甲の核鉄の件のあちこち
で霧杳という保証を得ていたからだ。霧杳抜きでは騙しきれなかった気配の濃い輪が、霧杳を騙せるかといえば、難しい。
「他の……疑問点は?」
『藤甲地力の核鉄によるダブル武装錬金発動の瞬間だ。もし核鉄の隠匿を隠せたとしても、ここでバレる筈なのだ』
 なんでと言いかけた鐶に聞かせるように美紅舞「あっそうか、霧杳先輩、護衛だったもんね輪の!」と叫ぶ。
『そうだ。護衛ならばずっと傍に居る筈だ。写楽旋輪が単独行動する余地など、久那井霧杳の目の届かぬ場所でXCIII(93)
を発動する時間などなかった筈なのだ』
「え……。トイレとか……着替え……あだ」
 龕灯が鐶を小突いた。『当時は幹部から逃げてる最中なのだぞ! 前者の余裕はない! 後者にしても……くノ一だ!!
同性である以上、虹封じ破りのため、ぬ、脱いでいた衣服を身に纏うとき……はばかる必要はない! 同室する!!』
「……あんたウブね」。美紅舞は半眼で呟いた。
『突っ込むな!! とにかく久那井霧杳が護衛を務める以上、写楽旋輪はXCIII(93)の核鉄によるダブル武装錬金発動を
見られず済む訳がない!』
「無音無動作で待機(ウェイト)モードを発動しても……ですか?」
『悪くはない手段だ。戦士の護衛なら間違いなく騙せる。だが忍び相手では……通じん』
「それは……なぜ?」
「カメラか小型状態の従軍記者をどっか人目のつかない場所に置かなきゃならないから……でしょ?」
 うむ。龕灯は頷いた。
「逃走中、ルートと外れた場所へ行こうとするのは不自然だし、何より危険だ。久那井霧杳はついてゆく。絶対に」
 鐶はだんだん焦ってきた。せっかくの大好きな無銘の話なのに、唯一ついていけていない自分が悲しくなってきた。
(ねーの、アホ)。ひどい闘いに頭を使いすぎたせいで、ふだんならすぐ気付けるコトがサッパリだ。
『ええとだ。鐶。要するに当時の久那井霧杳は、写楽旋輪の些細な動きにすら鋭敏……だったのだ』
 察して噛んで含んでくれた龕灯にパアアアア……。少女の顔は瞳以外輝いた。やさしい。うれしい。そんなきらきらした
笑顔だった。『パアアアア……ではない』。ぷいっと視線を外すように高度を下げた龕灯が自分の後ろに隠れたのを見た
美紅舞は、(やっぱりウブじゃないのよ)と思いつつ年下ふたりの睦言を補佐してやる。
「じゃあなんで霧杳先輩は輪の動きに鋭かったのかしら?」
『もう1人の護衛対象たる藤甲地力を殺されたからだ。我も忍びゆえ分かるが、任務を傷物にされたあとの忍びほど集中
力絶大なるものもない。のこる1名だけは必ず守ると張り詰めている。護衛対象の一挙手一投足に全神経を注ぐのだ。そ
んなときに護衛対象が物陰に待機モードの武装錬金を隠そうとすれば……必ず気付く』
 なるほど。鐶はやっと合点がいった。つまり輪は頑健極まる守護の加護を得ていたからこそ、密かにダブル武装錬金を
発動する機会がなかった。通常でも、無音でも、非常に気付かれやすい立場にあったという訳だ。
『3つ目はいまの話と少し重複するが、『なぜ武装解除したLXVII(67)を、写楽旋輪の護衛中ではなく白い法廷で渡した』
か、だ。藤甲地力を殺され汚名返上に燃える久那井霧杳なら、写楽旋輪の虹封じ破りの任を解かれたLXVII(67)は白い
法廷ではなく、幹部からの逃亡中でこそ得ておきたかった筈なのだ。話に聞く確率操作は武装錬金の数だけ増える類……。
あって損するコトはない』
 なのに輪は幹部襲撃が危ぶまれる道中ではなく、安全な法廷で渡した。それは美紅舞に譲渡を印象付けるため必要な
行動ではあったが、しかし共犯でなかった場合の霧杳にしてみれば、何ら旨味のない行為だ。合理主義者な忍びなら武力の
譲渡、護衛途中に求める。
「……あなたの言葉聞いてると、学窮(わたし)こそバッカじゃないと思えてくるわ」
『所詮は忍びのたらればだ。これでも物分りの良さに感謝している。身内のドラ猫ではこうもいかん』
(……)
 鐶はネコミミを生やした。

「なんでさ!! なんでそーなんのさ!!」

「わからん! むずかしーことは、わからん!!」

「きゅーびそんなことより遊ぶじゃん、あそぶ!!」

 顔と声はそのまま、しっぽと一緒にくねくねと元気よく動く音楽隊副長にふたりは黙る。

(ふふ……。いっそあの境地を……めざします……。あれは無知の知…………。煩悩を超越した空、総てを見た上で総て
を忘れた真の意味での…………賢さ……です…………!!)

 光のない目で力なくふふふと笑う鐶を心配そうに指差した美紅舞に龕灯が漏らすのは、『疲れているのだ。やさしくするの
だ』という哀れみに満ちた声。

「4つ目はある?」
『現状最後の疑問だな。写楽旋輪ともども久那井霧杳は『土星の腕を見た』と言ったそうだが、本当がどうか疑わしい。護衛
中新たな幹部らしき影を見たのならば我はその時点でLXVII(67)を奪って発動、ダブル武装錬金で警戒する』
「……。ああ。確かに。藤甲さんの核鉄がなくなった近辺に土星の幹部が居たって情況、裏付けるものは2人の証言しか
ないわよね…………。輪はともかく霧杳先輩が見間違う訳がないっていうのはあくまで信用。証拠能力じゃない、か」
『尤もそれを言うなら我が今おこなった話とて推理ではなく推測だがな』
 証拠はない。証人も既にいない。

──(っ! そうか!! 久那井先輩がリバースの自動人形を壊した理由、それは!!)

──(裏 切 る た め だ ! 俺らをッ!!)

 そう評した泥木奉も今となっては喋れない。

 彼は真意に気付いていた。
 従軍記者に意識を載せた写楽旋輪──『人間ならざる者』──と邂逅した次の瞬間にはもう、気付いていた。

 久那井霧杳が指二本犠牲にしてまでリバースの自動人形を破壊した理由、それは──…

 輪の従軍記者の動きを秘匿するためだと。

 もしリバースの自動人形が上空の健在を続けていればバレただろう
 最終局面のため動く従軍記者の存在も、その動きも何もかも。
 だから久那井霧杳は壊したのだ。指二本を犠牲にしてまで──…
 上空に居座る監視衛星的なリバースの自動人形を、完全に。
 最後の乱入を潰されずに済むのならば戦士側に勝利をもたらせるならば、指二本は……安い。

 護衛対象藤甲地力を殺害したリバースへの極めて忍者らしい狡猾な意趣返しの感もあるが、我が身を犠牲にし、かつ
戦団側の勝利も確約した以上、久那井霧杳、けしてレティクル側の者ではない。

 なお、余談になるがここで自動人形1つ潰したコトは意外な方面でも活きた。『輪』を浴びたあとのリバースの『目』。もし
自動人形がこの時点で2つとも健在であれば、従軍記者が龕灯を投擲してもリバースは残りの自動人形でゆうゆう視覚を
得られただろう。鐶はXCIII(93)を取るより早く吹断され無力化しただろう。

 それほどまでに戦団を利する行為であったにも関わらずなぜ泥木、『俺らを裏切るつもりだ』などと霧杳を評したのか?

 簡単だ。泥木を始めとする大多数の戦士の方針が『写楽旋輪を生かすべし、次の戦場へ行かすべし』だったからだ。
 だがリバースの自動人形を破壊し、従軍記者を自由に動けるようにするのは大方針に反している。輪が死への道を滑走
するのを黙認する行為だから、反している。だから『裏切る』。
 もちろん乱入のための予知を企てたのは輪自身だから霧杳は主犯格ではない。が、共犯だ。

 彼女は、輪がリバースにサップドーラーを侮辱された時の反応から『最後、乱入する』と読んだ。
 読んだからこそ、直後、藤甲地力のXCIII(93)の核鉄が消えているのを見ても、輪への尋問は控えた。
 どころかダブル武装錬金を解除した彼女が、極めて不自然な態度で覗かないでと言い残して廃屋に入るのさえ容認した。
 土星の腕を目の当たりにしたのは実のところ事実だったが──この辺りを無銘は疑っていたが、藤甲が死んだのは土星
の腕の幻影を熱帯的な、ツルリとした肉厚の細長い葉で防いだ直後、その傍に偶然有った腕をリバースの自動人形と誤認
したためだ。壊すため突撃したところに幻影を喰らい、混乱し、そこをブレイクに討たれたのだ──LXVII(67)については、
その場ではすぐに求めず、白い法廷まで引き、美紅舞の視線を得てからようやく、受領した。輪の都合に合わせ、受領した。

 一連の行動は、積極的な幇助ではないが、黙過であるコトは間違いない。仲間の命を勝利のため見捨てる非情を霧杳は
はたらいたのだ。戦士が生かそうとしていた輪を降魔の祭壇に平然と捧げたのだ。泥木でなくとも裏切りというだろう。

 尤も輪にしてみれば、「わかってくれた上で協力までしてくれるんだ。さすが霧杳せんぱい。わーい」でしかなかった。
 霧杳の数々の不自然な”見逃し”から真意に気付いた瞬間から、霧杳を『保証』として使うのを当たり前のように考えつい
た。藤甲の核鉄隠匿という犯行を、『え? 私? 隠してないよ本当だよ!』と反論で隠そうとすれば不自然だが、『霧杳せ
んぱいが気にしてたけど、知らない?』と、自分がさも霧杳の反応で知ったような物言いをすれば、美紅舞は、くノ一への
信頼ゆえに、『あれほどの人が見つけられないとなると……幹部が取った?』となる……んじゃないかと輪は思いついた。

 そして霧杳は『輪の言うとおりだ』という無表情だけただひたすら決め込んだ。もともと喋らぬのはこういう場合のためであ
るかも知れなかった。美紅舞が騙されたのも道理だ。物心ついた時から忍びの世界に生きている19歳のくノ一が、騙す
者と騙される者の心情を見抜ききった上で、通常あるべき反応を最低限の芝居でのみ演出したのだ。新人王とはいえま
だ13歳の少女が見抜ける方がおかしい。

 純真なる狂奔と理知なる冷徹。それをふたりきりにした時点で真当な終焉など消えていた。リバースは自ら破滅の引き
金を引いていた。地味だが極めて常人な藤甲地力が、どの戦士よりも当時必要だった貴重きわまるブレーキ役が、恋人
ブレイクによって面白半分で殺されるのを止めもせず笑っていた時点で、自ら破滅の引き金を引いていた。藤甲さえ生存
していればその核鉄は輪に取られなかった。霧杳のアシストすら、ただそこにいるだけで、防げた。

 更にいうと、藤甲という護衛対象を殺された誇りの傷が、逆上が、霧杳を輪に加担させたともいえる。

 いかな霧杳といえど輪は守りようはなかった。自ら死にたがる護衛対象などどうして助けられよう。
 当身で喪神させても気活すれば猪突する。核鉄を取り上げても核鉄のない身で特攻するだけだ。
 だったらせめて望みどおりにしてやるのが仲間だ、望みが必ず叶うよう力を貸し、英雄的な犠牲に祀り上げてやるのがせ
めてもの餞(はなむけ)だ……虚無的で乾いた想いを久那井霧杳は抱いたが、しかしそれは嫌悪ではない。好意だ。
 リバースらに任務を挫かれ激怒していた霧杳は、同等の感情色彩で報復を欲求する輪を感じ、強く強く共鳴した。
 突発的にできたこの愛すべき同志の『生』を充足させつつ海王星も破滅させるにはどうすれば良いか智嚢(ちのう)を尽
くして考えた。
 結果ゆきついたのが黙過であり、保証。
 津村斗貴子が暴走したこの時点における、戦団全体の勝利最後の関門は財前美紅舞だった。
 輪の親友たる彼女であれば輪のわずかな挙動から目論見を見抜くのは読めていた。
 だから自分は保証を保証できる存在としてただただ佇むべきだと考えた。
 輪が自分の真意を気付くよう、あけすけな見逃しを連発し、無言のうちに悟らせ、目的のため好きなよう、ダシにさせた。
 輪が何を言ようが、『何を言っているんだ』という顔さえしなければ美紅舞は霧杳を、かねてよりの信頼のまま信頼すると、
想定した。
 まさか味方が、二人がかりで、出し抜こうとしているなど想像もつかぬだろうと厳粛なる鉄面皮の裏でニンマリと北叟(ほ
くそ)笑んで悪相していた。

 憧憬も、あった。確率操作という特性を得てしまったが故に、『死』から逃れられるゆえに、いつしか生命一個の緊張感
が薄れてしまっている自分にとって、任務のためと一笑して従容死ねる忍びの極地と程遠くなっている現状にとって、『死』
そのものに感奮して迷いなく向かえる輪の異常性は、極めて好ましいものだった。
 無理に引きとめ、死から遠ざけ、凡庸な、ありふれた、生への執着に目覚めさせるぐらいなら、憧れた瞬間の、忍び以上
に忍びの精神を体現していたときの輪のまま死地に送り出すのが、もっとも美しいやり方だとさえ思った。
 そうする以上は、味方を犠牲にする以上は、殉じる。自分もこの緒戦のどこかで死ぬ……とすら決めたものの残念なが
ら核によって遮られた。皮肉にも霧杳の方が輪より先に対リバースから脱落したのだ。謀略の報いだったのかどうか……
今はまだ、わからない。



 生真面目な思考で読めるのは「こういう場合こうする」までだ。
「こういう場合なのにこうしない」は絶対に読めない。なぜか?
「こういう場合」を、過去からの1つの終着点として見るからだ。終着点だからどんづまりで、最善手1つ炸裂させるだけで終
わりに出来ると思うからだ。

 輪は違う。「こういう場合」を過去から未来への1つの通過点としてみる。数え切れないほど反復し強めた予知への思考力
が志向性になっていたのだ。どうとでも解釈できる予知の写真に対し、常にあらゆる可能性を想定してきたため、「こういう
場合こうする、の最善手をぶつけたが故に敵がますます強くなる場合もまた、ある」という考えをごくごく自然に持っていた。

 要約すると、予想する局面の1つ1つ総てに最善手をぶつけようとするのが美紅舞、それをやったがゆえにぬるりと包囲の
外へ抜けられるコトもあると考えていたのが輪。
『アタリアタリはヘボ碁の見本』という言葉がある。相手の一手一手の頭総て抑えようとするだけでは勝てないという意味だ。

 部分最適の集合は必ずしも全体最適の集合ではない。強い人材だけ集めたチームが敗北するコトはままある。策も組織も
1つ1つの要素が有機的に絡み合って初めて実力以上の成果を出す。

 そして全体最適を演算できる者はしばしば、定石を外れた手を打つ。常人が「なぜここでこんな悪手を」と首を傾げるよ
うな選択が、振り返ってみれば、演算の質を高めてみれば、これ以上はない最善手だったというコトも決して少なくはない。

 生きて次の戦場で活躍する。誰もが正しいと思う選択肢だ。危なっかしい親友が死地にゆかぬよう武力を奪い気絶させ
るのもまた人の道としては正しい。

 だが予知で磨かれた輪の勝負勘はいずれをも本能的に、部分最適の集合に過ぎないと判断した。なぜならリバースを突
破できねば次も何もない。勝ち筋が失敗したが最後、輪は、死ぬ。殺される。他の非力な戦士といっしょくたに、まとめて、始
末される。
 死は恐れない。だが幹部に一矢も報えず死ぬのは恐れる。
 ディプレスに壊滅させられたチームの者たちに顔向けができない。あの現場で、死したる彼らを悼むより先に命乞いをし
てしまった自分が、更に恩人を侮辱された上で、何もできぬまま死ぬのだけは我慢がならなかった。

 だからまだ存命していたころの輪は考えた。考えに、考え抜いた。

『二度目の撮影』の瞬間移動をどう使えば海王星を崩せるかを。

(まず一番大事なのは、いかにして人質にならないか、だよ)

 二度目の撮影の強制転移は、性質上、輪を一気に最前線へと運ぶ。

(使い方間違えたら『みんながあと一息で勝てたのに、乱入した私が人質に取られたせいで形勢逆転、全滅』みたいな最悪な
事態になっちゃう。ちなみに私は能力が能力だから、人質にされたらすぐ自殺みたいな最善手は打てない。舌を噛み切る
なんてコトは……うん、幹部たちなら防ぐよね。ちょっと強い力で私の口をこじ開けるだけで防げる。これはガラス片とかの
即死ツールを予めその辺から隠し持っていた場合でも一緒)

 よって人質にされたらその時点で戦士らの攻めは止まる。足かせになる。

(つまり乱入のタイミングは『今みんなが目指してる『勝ち筋』の、失敗が完全に確定した時期!! これならあと一息で勝てる
局面を私がダメにしちゃうってコトはない!)

 では、勝ち筋を突破し勢いづいたリバース、輪の能力をどうすれば封じられるか?

 まず一撃必殺は不可能と判断した。が、問題はない。代理は鐶の年齢吸収に求めた。彼女は義姉との決戦に立ち続け
ずにはいられない。実力もある。最後の最後まで戦場に居る可能性は高い、だから鐶の補佐を起点かつ基点に考えた。
 思考は総て逆算だ。
 鐶の年齢吸収ヒットのアシストのうち、自分ができそうなものは? フラッシュだ。集中した一瞬は脅威だが、並外れた視
力と集中力が”一瞬”に集中するのは弱点だと捉えた。暗視ゴーグルを装着している者が閃光手榴弾から実態以上の被害
を受けるように、集中した一瞬のさなかにあるリバースは零距離でフラッシュを焚かれた場合、まず怯む。

 短剣を回避するのに有用な術技をしばらく再使用不能になる。

 だが感光だけでは不安だったので、輪は自らの頭を撃たせるコトも事前に決めた。子供らしく、意表をつけると思ったの
だ。さすがの幹部でも、自分から頭を撃たせに来るのは想定外ではないかと考えた瞬間、輪は遠足前夜のように興奮した。
「こういう場合になぜそうする」が硬直を生み、飛び散ったものを的確に双眸へ入れてくれる光景を想像すると、とても晴れ
やかな気分になった。人質にされるコトすら防げる。なんと素晴らしい発想だろうと自分で自分を褒めたくなった。

 しかしすぐ問題に気付いた。
 そうすれば自分が死ぬ。
 ではなく、『勝ち筋を破り、勢いづいている瞬間』のリバースの前へタイミングよく飛ぶ手段がないと。

 楯山千歳ならレーダーの中の映像で機を測り瞬移できるが、輪は違う。ワープはあくまで二度目の撮影の時だけだ。さらに
いうと、一度目の撮影の対象になった武装錬金が、撮影後はじめてその特性を発動した瞬間に、予知で出力した写真を撮り
過去、つまり一度目の撮影時点の自分のカメラに送るのが従軍記者の武装錬金ゴットフューチャーだ。
 ワープはあくまでリスクに過ぎない。
 リスクを斗貴子のアドバイスである程度のリターンになるよう調整したに過ぎない。

 つまり、輪が撮影すべきだったのは、『リバースが勝ち筋を破った直後、初めて特性を使う』武装錬金。

 候補を幾つもあげた輪。まずクロムクレイドルトゥグレイヴは除外。勝ち筋のためリバースの銃を過熱させる役目を背負
った音楽隊副長が、勝ち筋まで特性を温存する筈もない。

 勝ち筋をいうならそれに大きく絡むバブルケイジやスノーアディザスター、無銘(龕灯の)とプラチナサクロスも予知すべきも
のではない。勝ち筋のため連携するものである以上、これらは勝ち筋の前に発動するものだ。
 もちろん『勝ち筋の最中』ひそかに撮影し、次の発動が間髪入れぬ再発動であるコトに賭ける手段も浮かべたが、勝ち筋
がしくじってすぐ、必ずのすぐで発動するものが果たしてあるのかと輪は唸った。

 円山は精神汚染されるため『勝ち筋を破り勝ち誇るリバース』にタイミングよく放てる保証がない。
 ブレイクを相手取るドラちゃんさんはそもそもリバースの傍で特性を使えない。
 無銘の龕灯は動きが遅い。勝ち筋敗北後さらに高速暴走をコピペしようとしても避けられる公算が高い。そして避けられた場合
特性発動の認定がされない。つまり輪はタイミングよく、翔べない。
 月吠夜は裁判長の後始末にこそ能力を使いそうな予感がしたので邪魔しては悪いと辞退。
(ちなみにバルキリースカートは斗貴子が暴走しているため、つまり無軌道に特性を使いまくっているため最初から選定外)。

 判断に悩んだのは裁判長のコネクトアラート。
 自分同様相手の眼前に行かねば能力を発揮できない彼が、『勝ち筋が破られたその瞬間』、ちょうどリバースの真ん前
にいるかどうかは半々だった。殺到する前に撃ち殺されればその分フラッシュは遠くなり、威力をなくす。
 ちなみに会合の場所として有用すぎるのは選定をためらわせた理由ではない。確かに勝ち筋敗れるの直後、善後策検討
のため戦士一同を集合させるのは考えられたが、しかしそれは『特徴』であって『特性』ではない。輪のカメラの予知の範疇は
あくまで『防御力低下』のため白い法廷の話し合いはどういうタイミングで行われようと写しようがなく、従って関係ない。

 美紅舞については債権者が払底しているため特性の発動じたいない。
 師範は銀鱗病対策でそもそも近寄らぬ。

 ならば発想を捻ってリバース自身を写してみる? 
”あの”特性を勝ち筋まで使わぬ理由があれば聞かせて欲しいよと輪は微苦笑し、却下。

 苦慮しているうち、不意に気付いた。

(私とおんなじコト考えてる人見つけた方が早いかも)

 つまり、勝ち筋を破った瞬間の、油断したリバースを一撃したがっている『誰か』。思い当たってからの特定は速かった。
泥木。親友たる音羽警を殺された銃使いの彼ならばきっと単騎での狙撃を考えている……。

 この考えは、当たりだった。しかも泥木は泥木で──…

──泥木が狙い撃ちたいリバースは、勝ち筋を破り、得意顔で、『相手』に銃口を向けるリバースだ。

──(俺はそのとき『相手』の後方の、離れた場所に隠れていなきゃならない。他の位置はダメだ。正面だ。銃口が俺(こっち)の
──方にも見えている座標じゃなきゃ、『戦闘証明』、壊せない)

 狙撃のポイントをどう割り出すか苦慮しており、しかも、

──(虹封じ破りんとき会場に戦士(おれ)らが集合できたのは写楽旋の予知あらばこそ……。いまはそれがない)

 と輪の存在が、予知が、もっとも適切なサポートだという結論を出しつつも、

──(再び予知させるのは、恐らく最後の激突が発生するであろう鉄火場への、瞬間移動リスクを背負わせる)

 輪自身と、その親友・財前美紅舞への倫理の面から一度は却下していた。

── 予知は、させたくない。
── だがリバースの戦闘証明を奪うに適したポジションは──…
── 予知なしでは、わからない。

 高速機動の鐶が終盤までリバースの相手をする以上、その移動はとみに激しい。
 だから泥木は『最後の狙撃ポイント』の算定に頭を悩ました。
 それさえ分かれば『勝ち筋が敗れた直後の奇襲』ができるのにと。

 一方。
 輪は『最後の狙撃ポイント』を特性によって割り出せるが、それは『勝ち筋が敗れた直後奇襲する』武装錬金を特定せね
ばできないコトでもあった。

 勘合、ではないか。

 それに気付いた写楽旋輪がその意識を従軍記者の自動人形に載せたまま泥木を探し、廃屋の角に沿って曲がると。

「なっ……!!」

 驚き、口を押さえる泥木が居た。探していた味方でも、不意に出逢えば少女は驚く。当時は『人ならざる物体』にその精神
を乗せてはいたが、それでも心は少女。びっくりして、焦った。焦ったが、

(声! 声を出すと必中必殺! だから黙ったまま、なるべく物音も立てず、急いで泥木先輩の傍に……!)

 早足になったら遠くで起こった破壊男爵のたたらが地面を揺らした。

(わーーーっ! こけたあああーー!)

 真正面から左腕で泥木の右腕をつかみながらも、(まあいいや!) 右手でカメラを構え、彼のペイントガンを撮影。

 能力をかけられたら能力の隷下にされたらどうなるか……身も弥立(よだ)つ予測に泥木が青ざめたのも道理だ。

 この時点で、写楽旋輪は、『泥木の”ベクリシファー”の特性発動直後、魔人リバースの眼前に翔ぶ運命』を背負った。
 更に厳密に言うと、『泥木が、勝ち筋を破ったと確信し奢り昂ぶった瞬間のリバースを狙撃したコトによって彩色の特性が
発動した瞬間』の写真を撮るべき運命を背負った。決して戦闘向きではない特性だからこそ、最後の最後の狙撃まで使わ
れるコトがなく、しかも一度ヒットすればたとえ創造者が死んでいても発動をやりおおすペイント弾だからこそ、輪は目当ての
瞬間を『二度目の撮影』に合わせるコトができた。慢心し隙のできたリバースの眼前に瞬間移動するという離れ業を演じる
コトができた。

 輪は満足したが泥木はそうではない。
 己のペイントガンを撮影した少女は、どれほど楽観的に見ても、ほぼ間違いなく射殺される運命を、背負った。

 血戦の影、泥木がしばしば懊悩したのも道理、期せずしてとはいえ親友音羽の復仇に無辜なる後輩の死が組み込まれ
てしまったのだ。しかも運命は確定している。確定していると予知の写真が告げている。どう行動しようと、戦闘力なき普通
の少女が魔人の眼前に自らゆくのだ。なんの殺傷力もないペイント弾の特性発動を決定的瞬間とばかり撮影しにゆくのだ。

 無駄だとはわかっていた。それでも泥木は、好ましい、野花のような輪へと懸命に目で訴えた。冷たい従軍記者の自動
人形に精神を映してなお匂やかな雰囲気を失わない真実の純朴さを死の輪廻の外にやりたくて、だから涙すら溜め、訴え
た。

(俺は狙撃をやめる。お前を死なせたくない。財前の親友であるお前を、俺が俺の親友のためやる敵討ちに巻き込んで殺
すのは……筋違いだろうが! 親友を奪われる怒りと痛みを知った俺が、財前に! 同じ想いを! させていい道理は……
ねえだろ!!)

──残された数少ない自由意志は犠牲にする者とその関係者への申し訳なさで寒く黒く塗りつぶされている。

 関係者とは財前美紅舞だ。しかし輪は、申し訳なさそうに瞳を潤ませはしたが、

(私が、決めたコトです。泥木先輩は悪くありません。私が目潰しを引き受けさえすれば、鐶さんが年齢吸収で勝てる確率が
高くなりますし……何より)

 泥木の手を取り従軍記者の輪、強く強く訴えた。

(私だって、音羽先輩の仇は取りたいんです。虹封じ破りのとき、嵐のような銃弾を前に生き延びられたのは、音羽先輩の
武装錬金のお蔭なんです。助けてくれた人を殺されたまま、安全にぬくぬく生きるのは……もう、嫌……なんです)

──自分が、倫理を総動員してまでやった抵抗が、相手の強すぎる意思によって挫け始めた瞬間から、倫理とは真逆のも
──のが戦略構想のそこかしこへ癒着

 したのは、財前への倫理的な問題を除きさえすれば輪の戦法が最も最善だったからだ。

(もう、予知の写真は……出ている。未来は確定しちまってるんだ。俺がどうこうやっても、輪は必ず、リバースの、前へ)

 理知ゆえの諦めから、思った。

(武藤カズキ。武藤カズキだったら……絶対に跳ね返すのに。俺の突きつけられた『犠牲ありきの解決』なんて…………
そうじゃないまったく別の選択肢で、塗りつぶせるのに…………)

 従い続ければ勝利は……『人ならざる物体』たる輪の陣営へと転がりこむ。
 戦士が、勝つ。泥木に逆らう切札は、ない。

 ただ、ひとつだけ希望があった。

 輪は、言った。目で言った。

(でもホラいま私の精神、従軍記者に載ってるじゃないですか。もしかしたら二度目の撮影はこの人形(からだ)でやるかも。
だったら壊されても本体の方は無事かなあって)

 ウソだと思った。ありえないと泥木は思った。従軍記者の幾何学的なまなざしから精神を読み取るのも奇妙な話だが、し
かし親友を騙してまで藤甲の核鉄で独断専行している──特に説明はなかったが、輪が動員可能な核鉄を消去法で
リストアップするとそういう結論になり、事実それは正しかった──輪が自分にだけ真実を語るとはとても思えなかった。そ
も彼女は泥木の了承なくベクシリファーを撮影したではないか。無理矢理に片棒を担がせてきた者が囁く甘く都合のよい
話がどうして真実だと思えるだろう。
 丸め込もうとする輪は異常だった。当人は本体の瞬移を確信し、己の死に躍っているのに、泥木に対しては巻き込んで
しまったごめんなさいと心から罪悪感に浸っているのだ。少しでも和らげたいから、壊されるのはこの自動人形の方だと見
え透いた優しい嘘をつき、気に病まぬよう計らっている。

 泥木は泣いた。喉を焼く重度の涙をじわりと浮かべた。それを輪の載った従軍記者は指先で拭おうとした。
 優しさが逆に、怒りを呼ぶ。優しくされる自分への怒りを呼ぶ。
 だが今は、何もせず、耐える。
 怒りをぶつけるタイミングは……決まっている。あとはそれを待つだけなのだ。
 待っていればやがて必ず来るとわかっているから……怒りは耐えられる。溜めるという形で、耐えられる。

 輪という少女が犠牲になると分かっているのに何もできない自分への怒りを、リバースへの狙撃への集中力に転嫁する
という形で、精神の均衡を、保てる。

『人ならざる物体』の想定さえ外れれば。
 つまり輪の本心たる『自分はきっと、飛ぶのだ』が外れれば。

 泥木は誰も犠牲にせず済むのだ。
 だから彼は己を隷下とした存在の当て込みが外れるコトだけ願い、黒いNBOXの近辺へと潜み続け──…

──(『頼んだ』、ぜ……)

 最期まで輪が死なぬ運命を求めたが、しかしそれは叶わなかった。


 生前のどこかで、輪は。


(私には、楽しみにしてる単行本とか、アニメ化とか、いっぱいある。きっとそれはよぎる。いざ死ぬってとき絶対よぎって、
見たかった、こんなコト選ばなきゃ良かったって後悔して、いっぱいいっぱい、泣きたくなるんだと思う。どんだけ言葉で
覚悟めいたコトつらねたって、仲間のため死ぬのは惜しくないって楽しげに思ってたって、歯医者さんなんかへっちゃらって
受診した子が、ドリルの、神経を削る感触を涙するほど痛がって、もうヤダ二度とはって思うみたいに、私はきっと、死んじゃ
う瞬間、すごくすごく、怯えるんだと……思う)


 死に酔っている自分の危うさは知っている。それでも。

(『また』命乞いするコトだけは……したくないから)

 火星に同僚を虐殺された時の、情けない自分の態度、初めて実感する死への惑乱だけは、どうしても許せない。

(私が何もしなかったせいで、諦めたせいで、戦線が崩壊して、で、我が物顔で殺す殺さないを選ぶリバースとブレイクが
ゆっくりと近づいてくるのなら……私はきっと『よぎる』。生きてさえいれば見れた色んなものが……絶対によぎる。生きて
さえいれば見れる、ここで生き延びれば見れる、だから必死に命乞いをして切り抜けようと『また』思う)

 人としては当然の感情だ。まして輪は武力なき13歳の少女だ。好悪こそ分かれるが、宥恕の余地は、まだある。

(でもそれじゃ、ダメだから)

 命の恩人をせせら笑った幹部ふたりの、うすぺっらい悪意の形相に、絶対の抵抗の意思が芽生える。正義とか信念で
すらない。もっともこの世の根幹的な、人間情緒あふれる

『きにいらねえ、ぶっつぶす!』だ。

 幹部ら。なまじ風貌が善男善女であるだけに、『勝てなかった何事かへの鬱屈を、八つ当たりで晴らしている』のが際立っ
ている……とまで輪は明文化できないが、感想としてはそうだ。ハシビロコウの姿を持つディプレスはまだ残酷な怪物として
割り切れる分だけマシだとさえ思う。人間的な嫌悪。怒り。くっそいけ好かない馬鹿に媚売って、ドヤ顔でつっぱねられ、殺さ
れて、よっしゃ勝ったと薄ら笑いされるのだけは我慢ならないと、はちきれんばかりの怒りに輪はどっぷり浸かっていた。ほ
わほわした性分では表現しきれないほど、浸かっていた。

(一刺しかます!! 大打撃与える!! もし私を殺せても、やらかされ切ってしまった、いらん挑発したせーでとてもマズい
爪痕残された、割にあわないぞくそうって、笑えなくして、負けさせる!!!)


 写楽旋輪は怒りの赴くまま戦地に戻り、


(もし、神サマと呼べる存在が本当にいるのなら)


 二度目の撮影でワープした直後、

『本当、どこをどう、転がってきたのか』。藤甲地力の死によって戻った核鉄が『誰かが目論んだよう、都合よく』、写楽旋輪の
足元に転がり込んできた記憶や

──「(霧杳せんぱいが)見当たらなかったって気にされてるんですけど、みくぶー、どこかで見なかった?」

 自ら発した際どい質問に背中がブワっと汗みずくになった記憶や、

──「怖いのはブレイクじゃなく、みくぶーが遭ったっていう『土星の腕』が持ってる場合だよね」

 バブルケイジの群れに突っ込まされた時の天王星から学んだ『冷静な者を崩しうるのは話術ではなく、危機感』を詐術
に応用した記憶が洪水のように駆け巡る中、遂にリバースの銃身を掴めた刹那の間……祈りを捧げた。

(もし、神サマと呼べる存在が本当にいるのなら)

(私が必ず銃口を頭に向けられますように。そして死んでからもこの手を離さずいられますように。死体でも、掴んでさえ
いればリバースの動きを封じられるから……みんなの役に立てるから…………だから幹部の高出力になるべく剥がされ
たりしませんように)

 笑ったあと衝撃が走り、輪の体は生を離れた。

 だから、気付けなかった。

 そのささやかな願いが叶ったのと、戦場のどこかでふっと笑う誰かが指を曲げたのがほぼ同時だった、とは。



「絶対避(さ)けられない死は確かにあると思うんです。それを無理に避けようとして、避けられる方の死を避けられなくす
るのはやっぱ良くないかなあって思うんです。あ、もちろん、ポカとか、ミスとかで死ぬのは嫌だし、皆さんのためにもならな
いから、そーいう点では極力注意しますけど、最善を尽くした上で『本当に、どうにもならない』場合なら、私のそれは無理
に避けようとしないで下さい。避けられる方の命を優先して貰った方が、絶対イイと思いますから。私はドラちゃんさんのお
かげで、もうとっくに避けられた側ですから、これ以上を要求するのは…………ディプレスに殺されてしまった人たちに、悪
いです。申し訳が立たないです。だからもしもの時は、お願いしますね」



 金と銀の咲き乱れる夜空を財前美紅舞は仰ぐ。きりりと痛む目の中で光の粒が溶けておぼれた。





(……) 円山円は考える。数多くの犠牲の果て、ようやく幼体に戻せたリバース=イングラム。引き出せる情報は、多い。
幹部の弱点。レティクルの真の目的。話ができる程度に年齢を与え、尋問に適した武装錬金を施せば、金科玉条のデー
タの数々が戦団へと転がり込むだろう。だから戦士の大多数にとって生存は絶対だ。内側から湧き起こる復仇のための
処断は大義を重んじるものたちによって押さえられる。円山自身、抑える側だ。方針はたとえ幹部ふたりのいずれかが奪
還または殺害に直接赴いたとしても貫かれるだろう。幼体と化したリバースを、円山円は守る。指揮官ならば当然だ。だか
だ傍に置いている。特性フラスコに閉じ込めて置いてある。縁者を誰ひとり殺されていない有能な指揮官の傍にこそ虜囚
は置かれるものだ。内外問わずの攻撃から守られると誰もが信じるコトだ。好都合だ。だから選んだし選ばれた。

 火渡赤馬は目処を得た。駆けつけてきた潜水艦組3人の個別展開した武装錬金が、総角の青銅巨人の各部に装着
された時から大戦士長救出作戦のフェーズは最終へと突入した。再び囚われた炎の壁の中で追加武装に砲撃され怯
んだ潜水服の手足を火渡は縛る。赤銅島の亡霊さえいなけりゃとっくにこうできてたんだよ、そう笑う。青銅巨人の右肩
のハッチをくぐり金色の奔流が夜空を辷(すべ)る。手にしている大刀は特性破壊の切り札・ワダチ。おらよ。潜水服の
胸を火渡は己でなでる。炎が装甲を剥ぎ取った。遂に自意識なき大戦士長は巨人の胸で裸出した。大刀は、迫り。

 師範チメジュディゲダールは目撃する。ようやく合流した斗貴子とサップドーラーがいよいよ天王星を追い詰めつつある
のを。決定打は核だったと思う。月吠夜からの又聞きだが、鳥目誕が反射した幹部の核ををモロに浴びた以上、幹部で
あっても軽傷とは済まない。加えて直後の相手の質。撃破数戦団3位の実力者が、津村斗貴子の身体能力すら借りて
相手どっていたのだ。消耗し、追い詰められるのは当然と言える。斗貴子の周囲で戦刃が乱れ狂った。ブレイクの全身
という全身からサメの背びれのような血しぶきがこぼれる。そこへ極太の雷が追撃し黒こげの男を作ったとき、ようやく。

 パピヨンは不快感に染まる。眼前の土星。その笑みは蝶人を透明化するもの。彼方の虚空を嘲るもの。

 亀田三馬! 師範チメジュディゲダールは息を呑む。斗貴子とサップドーラーの協力でようやく倒れたと思った天王星
が表面をぱらぱらと灰化させながら露にしたのは、虹封じ破り直前から消息の途絶えていた戦争映画屋。息はある。核鉄
も。だがブレイクは……いない。どこへ? 考えた師範が「よもや!」と視線を投げたのは。

 大刀による特性破壊は確かに決まった。大戦士長坂口照星の胴体に縫合必須の傷を残す結果にこそなってしまったが、
土星の幹部あやつる民間軍事会社の及ぼす支配効力は確かに破壊された。だが閃光は総角主税の堅牢な残心をも易々と
無視した。”それ”を切り替えるコトを禁じる。けして広くないコックピットの入り口にぬっと出てきたのはハルバード。壁に背を
預け月光の逆光にくろぐろと縁どられつつヘラリと笑っているのは確かにブレイク=ハルベルド。『いつ来た!?』 さしも
の総角も混乱するが答えはでない。確かなのは1つ。5分発動すれば彼の体細胞を使い切る『クローン元の能力』はいま、
他の武装錬金に切り替えるコトができなくなった。大元たる認識票の武装錬金を発動している限り、必ず、強制的に、発動
する。5分使えば総角主税そのものが滅びる特性破壊の剣が、必ず。

 暴走している間、腕に呼ばれたのだ。呼ばれた時から混濁しつつも従わねばならないと思っていた。

 だから風船爆弾を解除する。特性フラスコのフタも開ける。さかさに振って落ちた幼体めがけ核鉄を張り付けた足裏を
叩きつけるまで2秒とはかからなかった。鐶光の絶叫で我に返った円山円は、足元で、六角形の金属片の下で、取り壊さ
れた店舗のようにぐしゃぐしゃな幼体が、大きく痙攣したのを最後に無数の金属粒子となって散り始めたのをただただ信じ
られないという様子で眺めるほかなかった。

「情報を搾り取られたあげく償わされるのも辛かろう。”それ”は、救いだ」

 パピヨンの前で貴族服の大男は、耳元まで口を裂き、肩を揺すった。

 大戦士長よろしく支配されていた……円山円が辛うじてそれだけ気付く中。



 リバース=イングラム、死亡。

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