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第125話 「対『月』 其の零壱 ──Nuclear Fusion──」



 2005年9月16日午後9時24分。銀成市某所。

 真赤な筒。レリーフの真芯をいま捉える。レリーフがあるのは六角形の僅かな窪みの底だ。つるりと広がる鈍色の底には
紋様が2つ、彫り込まれている。合接記号に水平な三本線を引いた表題ともいうべき巨大な符合と4ケタのローマ数字。ま
ぎれもない。核鉄の、血統書だ。
 XXXI(031)。
 殺している。鐶光の両親を。かつて『鉤爪の戦士』によってリバース=イングラムの戦団憎悪の一助を担った核鉄は、所
有者の死を担当したイオイソゴによって救出作戦開始直前、月の幹部デッド=クラスターへと支給された経緯を持つ。
 紅色の皮膚が拆裂(たくれつ)し流氷模様を描く。作動したのだ、信管が。たちまち皮膚は内部からの爆発によって砕け
散りその特性を満了する。
 今般の『媒介』は、核鉄。
 轟渇たる爆音が鳴り響いてすぐ止んだ。入れ替わりにデッドの周囲で同時多発したのは『渦』。目目連の百花斉放にも
似ておりそれらは眼窩に遠方を飼う。渦はワームホールであり、行き先は別々の空間だ。つい先ほど爆破されたXXXI(03
1)の核鉄の周囲28.2km圏内に存在する総ての核鉄またはその派生物たる武装錬金。その近辺空間と接続する渦の
数──…

 80超。

 流浪の総角主税らに敢えて核鉄を与え戦団献上を以って一斉爆破の増加とする月の幹部の目論みはいわば7年越しの
焼け太りであり、そのターゲット数は作戦行動中の幹部ら並びに要塞収監中の戦部厳至といった非攻撃対象への直結を
差し引いても全核鉄の65%を下回らぬ甚大の数値。
 満ち潮の、高波なのだ。
 戦団という地球に焼け太りの引力を7年間送り続けていた月はいま高波を、送る。銀成市上の核鉄数が新月村戦力合
流で満ち潮極めた唯一無二の瞬間に。

(能力は商品と同じやねんで。売りどき見極めた商品は実態以上の利益を出す!)

 デッド=クラスターは潮目を喰らう。自身の能力が最大限に活かされる”機会”を創出し、攻めるのだ。

 現状集まりうる核鉄のほぼ総てが銀成市に結集した瞬間を巧妙に狙い打った未曾有の奇襲は入尾騎士を始めとする有
望の者らを抜く手も抜かせず葬った。戦士らのうち迎撃を不得手とする者は抵抗の術を持たなかった。突如として傍に開い
た『渦』が吐き出す三十もの小型クラスター爆弾をどうにも出来ぬまま終わりを迎えた。

「筒を浴びて死んだ核鉄持ち26名のうち実に24人までが利き腕の手首から先ぃフッ飛ばされとった訳ですわ」

 軍腑八(25) 錬金戦団検死官。

「んまあ前例がないから一概には言えませんがね、あたしゃァこれを防御創の一種と解釈しとります。覚えありませんかね? 
蛾とかね。狭い廊下でもいいですわ。蛾とか外開きのドアが突然目の前にきたらですな、こう、首を竦めながら、及び腰で
目の前に手をやるじゃないですか。あれと一緒ですわ。手首フッ飛ばされとった戦士たちというのは全員、迎撃の訓練が苦
手な人でしてな、だから核鉄や武装錬金で弾くより先に反射的に、こう、利き腕の掌をクラスター爆弾の前に差し伸べてしま
って、そこをボン! とやられちゃった訳ですな。ええ。もちろん393例の目撃証言からワカってます。あの筒イッパツ辺り
の殺傷力はせいぜい爆竹程度なのは知っとります。でもねアナタ、爆竹だって10個20個一気に体表面で爆発させたらタ
イヘンですよ。ウソだって思うならじゃあやってみなさいよ? やれる気なります? 私は無理です。渦に襲われた戦士24
人の利き腕の手首は、なかったんですわ。防ごうとしてフっ飛ばされて、あとは素通りで、頭を、ねぇ」

 平均で9。最大で18。掌に着弾し爆裂したクラスター爆弾の数である。顔からの人定は困難だったと腑八氏は語る。

「29名ですわ。直接間接合計29名もの武装錬金使いが能力発揮する間もなく媒介狙撃でやられた勘定です。80超の渦
の数からすれば少ない数値でしょうな。実際、早坂秋水や音楽隊のイヌ型ロバ型のように自力で切り抜けた核鉄持ちの
方が多かった。多かったんですが」

 関連死は60人。優秀だがより優秀な武装錬金使いに核鉄を回された予備役や財前美紅舞の債権者、『師範』毛戦愛の
門下生といった後方の戦士が大半を占める。
 狙撃に遭遇した戦士からの誤射で直接・間接問わず落命した戦士は9名。そのうち核鉄持ちは3名。

「野戦までならここまでの巻き添えはありませんでした」。軍検死官はそう語る。
『新月村から戦士が到着した直後』。月の幹部がそのタイミングを狙った理由は核鉄飽和の他もう1つ理由がありました。
大規模な戦士の移動が終わりきっていなかったからです。戦士は武装錬金でしか幹部を殺せない。ですが幹部は違う。武
装錬金でなくても戦士は殺せる。この差です。この差が、戦士の、終わりきっていない大規模移動と重なった結果」

 関連死に占める割合は輸送手段または輸送手段型武装錬金内における巻き添えが最も多く78.33%。輸送手段別で
はヘリコプターが最多であり死亡者数は38名。

 午後9時24分、新月村方面から銀成市街地南西へと突入したCH−47JA輸送ヘリコプター後部で媒介狙撃が発生。夢
野れもん(18)、即死。腹部のすぐ前、両掌の間で浮遊するのは市外降下に備え夢野が展開していたM26手榴弾の武装
錬金『ヴェスティージ』。決定的だった。直撃の筒は3本だった。誘爆。膨れ上がる酸化の橙光。9時24分38秒。ヘリ後部、
大破。

「ヘリコプターなどの輸送手段が巻き込まれました。もちろん偶然ではありません。狙ってです。倫理さえ抜きにすれば合理
的といえるでしょう。なにせ核鉄不所持つまり狙撃対象外の戦士をも巻き込めるのですから」

 後部ローターを喪失したCH−47JAは住宅街への墜落軌道を取り始める。
 事故8秒後。操縦士が事態に気付く。実在兵器のため武装解除は不可。対処は現実の航空操縦に即したものが取られる。
 事故50秒後。ヘリコプターの舳先が住宅街を外れる。
 事故52秒後。再開発区域へ墜落。爆発。その3分18秒後、急行した戦士たちが救命活動を開始。
 9分44秒後。操縦士と夢野を含む乗組員13名全員の死亡を確認。

「空中にある”ハコ”もろとも落ちてしまえばいかなる屈強の戦士といえど……ひとたまりもない。彼らはあくまで人間。錬金術
以下の攻撃でも落命しうる体ですから」

「夢野れもん氏は典型例といえるでしょう。同行が巻き添えを生んだ。たった1つの武装錬金への攻撃がヘリの破壊へと繋
がり……13名もの命を奪った」

 銀成市の廃屋地帯で活躍した亀田三馬も関連死を遂げた1人である。

 9時24分、搭乗するUH−1Hの操縦席内で爆発事故が発生。市街戦に向け胸ポケットに核鉄を仕舞っていた更生武(4
2)は心臓に23発のクラスター爆弾を受け即死。ヘリコプターはコントロールを失う。
 乗組員のうち6名はパラシュートによる降下を果たすが着用介助のため残留していた亀田三馬たち5人の脱出は叶わな
かった。墜落後、彼を含む3名が焼死。2名が意識不明。

 同刻。斗貴子らも渦と遭う。電瞬する4本の可動肢は15ある第一波のうち12個を一瞬のうちに細切れとした。刹那遅れて
動く鐶。短剣による全弾撃墜が困難と判断し変形に縋る。全身を覆い始めた巨大な翼。肉厚はかつてブレイクが核を反射
された時の倍である。対する筒型爆弾の破壊力は常人ですら1発では殺せぬレベル。
 よって防ぎきる。
 筈、だった。
 第一波から第五波を翼で受け止めた鐶の背筋を悪寒が貫く。ヒビ、だった。確かに原潜の外装と見まごうまでに肥厚させ
た翼の表面に旱魃の模様、浮かぶ。罅(ひび)は鐶を包む正面の暗がりにも浮かぶ。細い裂け目。ヘリ内の薄暗い照明が
差し込んだ。
 鳥型ゆえに装甲より運動性が高い傾向にあった鐶。リバース戦で大疲弊し脆性を抱え込んだ体に最悪のタイミングで亀裂
生じる。22発目。多かった筒の爆発は遂に翼を砕き飛ばし鐶に迫る。
 直撃したとしても鐶には瀕死時限定の回復がある。
 だがその蓄えが枯渇に近い領域にまで低減しているのも揺るぎのない事実。リバースとの戦いに備え短剣に集めていた
年齢は458年(銀成市でイオイソゴから吸収した分269年を含む)。
 年齢は度重なる対海王星の攻撃や回復によって嘗てない速度で消費されており現在の残量は──廃屋地帯からレティ
クルアジトへの急行時目についた木々から駆けつつ浅く斬りつけつつ回収してなお──154年。12歳の鐶はあと12回し
か完全回復できず、それは街区犇く冥王星謹製の無限自動人形との交戦を考えた場合薄紙に等しい防具でしかない。
 疲弊は斗貴子をも襲う。リバース、ブレイクと立て続けに交戦を行い、銀鱗病罹患によってペース配分と真逆の暴走状態
に陥っていた戦乙女の困憊は極めて深刻なレベルに達していた。
 痛みと虚脱がバルキリースカートへの信号を途絶えさえた事例は今春ホムンクルス幼体に寄生されていたとき以来。
 防衛線を防衛線を掻い潜った赤筒は後衛も含め18個。
 10発纏めて当てればひ弱な戦士この世を去る……デッドがそう豪語する筒らは尻から火を噴き硬直する斗貴子に迫る。
 結局ヘリ内において自力で筒を全弾撃破してのけたのは師範・毛戦愛その人ただ1名きりだった。円山円は機内ゆえ
の無配備状態ゆえに、鈴木震洋は元来の戦闘経験不足ゆえに、財前美紅舞は新月村での払底ゆえに、竪琴時雨(サッ
プドーラー)は対リバース対ブレイクの連戦の疲労から、それぞれ対処を誤り被弾の黄泉路に就いていた。彼らを襲う筒
の数、平均、15。みなほぼ零距離である。

(く……!! ただでさえ消耗しているのに!!)

 獅子座の研ぎ澄まされた眼力は即座に見抜く。18発の着弾。許せば確実に重傷者になると。精神で以って肉体を凌駕
せしめたとしても継戦可能は90分にも満たなくなる。その90分の間に残り9人の幹部総て打倒される見込みは? ない。
リバース1人すら、あれほどかかった。

(っザケるな……! 銀成が! カズキが守った街が)

 ヘリの窓から見えた。襲われるテレビ局の者たちが。やっているのは自動人形で数はムーンフェイスの分身にも迫る。

(奴らの好き勝手を見ているのに! ここまで、か!? ここまで、なのか!? 現況の盟主の顔すら見れぬまま…………
私がここで、終わるのか!?)
「へへ」
 笑いが耳朶を撫でた瞬間、猶予は機内に訪れた。筒。その速度は目に見えて遅くなった。斗貴子を襲っていたものだけ
ではない。円山たち4人を狙撃していた筒たちもまたその動きを緩慢なものとした。

「さーさ離れるのだ後輩の介ら。あとは殺陣師サンに任せるがい〜い〜YO〜」

 機内の配置図は機首側に師範。機首側を正面に見た場合の左側に震洋と美紅舞、右側に斗貴子と鐶。そして後尾側
左寄りの地点に声の主……殺陣師盥。

 彼女が構えるモノに斗貴子は気付く。

(アレは騒擾鎮圧盾(ライオットシールド)の武装錬金! エポスグマル・シュロモー!)
(確かあの特性って!)

 場に残った者の中で唯一土星との戦いを間近で見ていた震洋は特性の知識から方策を割り出す。

「そうだよっ! シュロモーの特性は!」

 卵型の盾から輻射される電磁波! それを浴びた筒たちの動きはやりとりの間にも速度を落としている! 寄居(やどか
り)とウォーキングして負ける程にまで低落している! 殺陣師は特性を全員に放射可能な位置にあった。

(確かにいかな不意打ちといえど)
(速度さえ落としてしまえば……避けられる!)

 円山の優婉たる頷きとは逆に、(わーーーー! お父ちゃんお母ちゃんナントカどーにか助かったよーーー!)と美紅舞は
緊張半分喜び半分。むろん両名とも筒の軌道から抜けている。

(………………)

 機内に満ち始めた安堵の空気の中、ただひとり厳しい顔つきをしたのは師範・毛戦愛。

「ありがとう。助かった。あとはこの筒たちを破壊して──…」
「鐶で脱出」
 はい? 突き放した声音にらしくもなくたじろぐ斗貴子。依然盾を構える殺陣師盥の硬質の笑顔ばかりが網膜に焼きついた。
 彼女は目線を斗貴子から外す。

「ハマれば戦士ら手玉にとれる手腕! 死んで助ける価値はある!」

 視界(フレーム)に収まったのは鈴木震洋。即座には、頷けなかった。だからこそ、得る。苦しみと、起爆剤とを。

 電磁波を浴びせた物体の動きを遅延させるコトができる武装錬金、エポスグマル・シュロモー。
 遅延は一回の照射につき1.3秒間発生し、照射は3回までなら連続して行える。連続して行った場合はその時間だけ遅延
が生じる。
 そしてその遅延時間、この場合は3.9秒の間に(1)殺陣師盥 または (2) 殺陣師が能力を貸与している武装錬金 の
うちどちらかがスロー状態にある物体を『攻撃不能状態』に追い込めなかった場合──…

 殺陣師盥はその攻撃を浴びなくてはならない。

 それが強力な遅延のリスクだと斗貴子が知るのは総てが終わった後だった。

 照射対象となった筒は86発。それらは斗貴子の次なる質問を押しのけるようにしてサバゲ少女・殺陣師盥の全身にブ
チ当たり次々と爆発した。
 衝撃で仰け反った彼女はそのままバランスを崩れ倒れる。ヘリが強い勾配を得るほどの衝撃だった。焦げ臭い傷口から
大量の血が溢れ出した瞬間、師範・毛戦愛だけが静かに瞑目しここからの幸運を願う。

 殺陣師盥、死亡。

 立ち尽くす津村斗貴子。戦意で彼女に遥かに及ばぬ他の戦士らの驚愕はそれ以上である。

「さ、急ぐべ」

 鐶の肩を掴みハッチを顎でしゃくるのは師範。抗弁はなかった。みな、理解した。機内で狙撃の第二波を受ければ
回避の術はもうないと。高速機動の鐶ですら本来のスタイルではない”受け”に回らざるを得なかった。何より窓の外から
迫る機影が見えている。飛行型自動人形。殺すつもりなのだ、狙撃に動揺する戦士を輸送手段ごと墜落させて。

 そこからの景色を震洋はよく覚えていない。気付けば見慣れた銀成市街に居た。眼前に墜落しているヘリは自動人形
の仕業だろう。そしてヘリから飛び出している殺陣師の腕を前に斗貴子は雨中佇んでいた。

──「ハマれば戦士ら手玉にとれる手腕! 死んで助ける価値はある!」

(なんで、僕なんかを、そう……)

 誰にも期待されてこなかった青年。それゆえ他者への思いやりが欠けている青年。それゆえ桜花や秋水に見劣りする
と自他とも認める青年。

 殺陣師との付き合いは浅い。琴線にふれる問いかけをされた覚えはない。なのに彼女は最後に言った。震洋は死んででも
助ける価値のある青年だと。

 神の視点で見ればなるほど確かに震洋にだって素養はある。別の歴史では別の武装錬金で斗貴子や火渡たち有数の戦
士らを翻弄した。だが別の歴史の話だ。震洋本人ですら預かり知らない情報だ。だから殺陣師の、前ぶれもなく素養に妙
な期待を寄せてきたとしか思えない最後の言葉には当惑しか浮かばない。

(どうして、僕なんかの、ために)

 他者は自分のために命など使わない。それが震洋の認識だった。だから自分は自分の命を守れる者になりたかった。自分
を守るためには他者を殺せる自分でなければならなかった。優秀で狡猾だが気迫に欠けるがゆえの暴力への羨望はそのま
ま武装錬金とホムンクルス、2つの力への憧れとなっていた。

(ようやく得た核鉄(チカラ)で、戦士が、どうして信奉者の僕なんかを……。命を、かけて……)

 答えは出そうにない。自分が他人を殺すコトを当たり前と考えて生きて来た癖に、他人が自分のために犠牲になった事実
がただただ衝撃なのだ。どうせ殺す他人なのだから自ら犠牲になってラッキーと考えるのが震洋の中の普通である筈なのに
いくらそう振る舞おうとしてもまったくそういう気持ちにはなれなかった。まだ直接人を殺していないが故のファッション的な悪
辣は現在ただただ面食らい、動揺している………………。

「…………」

 雨夜の彼方を見透かす者1人。財前美紅舞。視線は火渡赤馬が飛び去った方面へ。

(向かった先は、火星(ディプレス)) 拳を握る。無念ばかりが心を衝く。(払底。払底さえしてなきゃ……)

 親友写楽旋輪が遺した生前最後の未練。晴らしたく思うは当然のコト……。




 軍腑八。

「媒介狙撃そのものはですな、一定以上の実力者なら対処できとりますます。病院における早坂秋水たち。いい例です。
殺陣師盥のような自ら犠牲になって多数を生かした者もいる。デッドもそこは読んでいたんでしょうな。だから」

 川に濃緑の腹が浮かぶ。小型艇の底だ。水中でひっくり返っているそれの側面は大きく大きく破れている。水に満ちた
艇内。苦悶に目を見開いたきりの男女が数人浮かんでいる。あぶくはもう、出ていない。

「デッドは二次被害三次被害を重視した。空中または水中にある移動手段の破壊。焼死。墜落死。溺死。武装錬金以外の
死因は実にまったく多かった」

 その女性は核鉄を落とす。虚ろな目で軽乗用車の右前輪に凭れかかる少年を一瞥すると雨注ぐ天を仰いで絶叫した。

「乗り物破壊の、関連死の引き金になりはしたが、自身は狙撃で死ななかった……そんな戦士16人は全員、媒介狙撃後
2時間以内に死亡または精神崩壊によって戦線を離れています。耐えられなかった訳です。なにせ巻き添えで同乗者が死
傷者になった訳ですから。負い目は精神具現たる武装錬金に無視不可能の後遺症を植えつけました」

 その少年は咆哮しながら群集する傀儡の群れへ突撃する。黄色が点灯する信号機の根元から発される仲間達の制止など
おかまいなしに。

「財前美紅舞と新人王を争った経緯のある少年の弱体化が著しかったコトは、たかが冥王星の一自動人形に正面切って討
ち取られた悲劇の結果を見れば分かるでしょう。媒介狙撃をいなせる程度には優秀だった戦士16人がそういう形での離
脱を余儀なくされたのは戦団にとって痛手でした。そういう生存者の心の傷すら月の幹部は見越していたようですね」

 核鉄を媒介とするデッド最初の狙撃。
 その総殺害数は86。
 新月村でリバース=イングラムが直接殺害した戦士は判明分だけで54(シズQ、音羽、いのせん、壁村、鳥目、裁判長、
月吠夜、泥木、輪を含む)。
 ブレイク=ハルベルドは10(藤甲を含む)
 どちらが手を降したか不明な戦士を含めた足止め組の総死者数は89人。2人の幹部が落日から宵口までの長期間稼働
して刈り取った命の実に約96.63%をデッド=クラスターは開幕のわずか一瞬で奪い去ったのだ。

 80超の渦(チャンネル)に散見す数々の惨劇。爆風が運んでくる色濃い血潮の匂いに瞳をうっとりと潤ませるデッド。
 華灯は、そこで来た。
 バキバキドルバッキーの禁止能力である。四虚ひしめく渦の一隅に突如現れたハルバードとその青光に、愉悦のとろけは
弾けて消える。白い頬をかつてない狼狽に引き攣らせつつも義手で目を覆わんとするデッド。思わぬ遭遇戦の軍配は、拾
われて以来義手の重さとぎこちなさを観察し尽くしていたブレイクに上がる。不意の硬直と義手ゆえの対応の遅さをも計算
に入れ打ち放たれた禁止能力の対象は……”核鉄の媒介使用”。
 新月村で数々の戦士を苛んだ禁遏(きんあつ)がいま月の幹部に炸裂した。

(警戒、しとったのに……!)

 疵の浮いた目を灼かれる痛みと”それ以上の痛み”に呻き、後ずさりつつ、デッド。
 銀のシャギーのある金色のツインテールを揺らし揺らし。

(やられた……! 核鉄媒介を禁じられた以上……聖サンジェルマンにおるディプ公の支援砲撃は……かなりやり辛い
ものとなる!)

 実現できない訳ではない。しかし時間はかかる。

(あの場所に通じる媒介を、早坂秋水たちを攻撃できる媒介を……今から一から探す羽目に……!!)

 ディプレスと遭遇した彼らを一足飛びに爆撃できたのは、核鉄を媒介としていたからだ。射程距離直径28.2km。中小
規模の市区町村であれば概ね全域をカバーできる媒介を用いたからこそディプレス到着と同時に──厳密に言うと合わせた
のは彼の方であるが。デッドの核鉄媒介発動と同時に病院の戦士と会敵できるよう、聖サンジェルマンへの突入を調整した
が、いずれにせよ──到着と同時に攻撃できた。
 そして予定では核鉄媒介によって支援砲撃を続ける算段だった。並みの相手であれば神火飛鴉とクラスター爆弾の同時
攻撃は対処不能。ディプレスの相手が秋水だと知ったデッドは半ば分解能力無効の彼をのっけから引き当ててしまった相
方の運の無さに苦笑したものだが、それでも肉体に物理的破壊力を宿す彼を、死角からの狙撃も可能なムーンライトイン
セクトで支援するのであればいかな秋水であろうと隙は必ず作れると確信していた。格闘戦にさえ持ち込めればディプレス
はその膂力で問題なく勝てるのだから。

 だが計画はブレイクの登場によって大幅な変更を余儀なくされた。聖サンジェルマン病院6階。相方と秋水たちが戦闘を
繰り広げている場所にワームホールを開けられる媒介を今から探しなおす必要が出てきた。ムーンライトは媒介選択さえ
確かならば実質無限の射程を誇るが、速効性については媒介の希少度に左右される傾向にある。核鉄のような100個
切りの物品であれば速攻だが、どこにでもある物品を使った場合の侵攻速度は……『歩いてカチ込みに行った方が速い』
ケースすらあるのが実情だ。その点においてはリバースに大きく遅れを取る。

(幸い”ココ”なら色んなモノがある。ある筈や……病院に通じるモノ! なるべく速く到達できるモノ! ある筈、なんや!
……でもな、その選定……『すぐできるかどうか』)

 暗い部屋のあちこちに積まれた様々な物を見定める。見定める間にも動揺はこびりついて離れない。

(80超の渦とはいえ、いや80超やからこそ標的の姿は総て確実に見とった! 大勢の中にブレイクまたはバキバキドル
バッキーの姿が混じっていないかと、念入りになぁ! だってそやろ、ブレイクが銀成におって渦の前で構えとったらそれは
禁止能力ブチかましてくる算段やから!)

 遠方と直結できるワームホール。狙撃に属しながら風向や湿度、コリオリの力ら煩雑な緒元を度外視できる規格外のムー
ンライトインセクトであるがそれゆえの短所もまた抱えている。『直通した標的からの短距離攻撃』。通常の狙撃であればま
ず反撃が届かない手持ち尺の武器はしかし媒介狙撃時においては有効打たりえる。直結とは向こうにとって『狙撃手自ら、
そばに来た』。つまり媒介狙撃の瞬間、標的はピンチと同時にチャンスをも抱えている。剣や槍といった手持ち尺の格闘武
器で遥か彼方の狙撃手に反撃しうる大チャンスを。

(故にウチは射出前、ブレイクの姿の有無を確認した! リバース戦からそこそこ経過した以上、あいつなら調整体なら
新月村から銀成市までの移動は容易い! したがって媒介狙撃に選定されているか否かは確認した! 直通ゆえの禁止
能力速攻は恐ろしい……からな!!)

 リバース=イングラム死亡を契機に離反した形のブレイク=ハルベルド。レティクルに勧誘したデッド=クラスターですら
以前のような共闘の歩調はもうないものと認識してはいた。

     ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・
(けど隠してまで妨害するか、ウチを!?)

 左膝が抜ける。浮遊感のさなか、ようやく右脇腹に手を当てる。熱さはとっくに認識していた。触らなかったのは意地を張
ったからだ。やられたというコトを認めたくなかった。だが傷口の開梱が根負けをもたらした。ピンク色のキャミソールを朱
色に染めながら、デッドはようやく雑貨でゴミゴミした部屋へと仰向けに倒れこんだ。先ほどの禁止能力の光。刺突が、紛
れていた。光量に網膜を焼かれ竦んだ瞬間ブレイクはハルバード尖端の穂先で一撃していた。りゅうりゅうたるものだ。傷
は背中にまで貫けている。臓器もいくつか爆ぜていた。

(血振りしとった以上、総角にウチの武装錬金複製させる意図はない……らしいな……。そりゃそうやわな、ソレ……やったら
コウモリですら…………)

 義手と義足だ。成人男性なら踏ん張れる程度の衝撃でもデッド=クラスターはすぐ倒れる。ましてブレイクの刺突だ。華奢
なデッドは耐えられない。床に全身をつける。脇腹から大腿部を伝い落ちてゆく血は暖かかった。冬に飲む煎茶のように暖
かかった。

(ウチにもCFクローニングはある。けど手足の修復を避けるため投薬で抑えとんねん。つまり他の部位の修復速度であっても
……遅い。リバースやディプ公に比べればだいぶ遅い。こりゃあ立ち上がれるよーになるまでちょっとかかるな…………)

 失血は睡魔を導く。霞む目であくびを噛む。臼歯の間で夢が砕けた。倒れているが義手は届く。山と詰まれた媒介に。

(誰が眠るか!! 戦士は殺す! ウチのおかんと使用人を理由も聞かず殺した戦士は殺す! 殺しつつ媒介狙撃で病院
までのルートを探る!)

 ムーンライトインセクト本体は幼稚園児がすっぽり入るほど大きな赤い筒。その内側はモニターである。渦の発生箇所と
地形図を閲覧できる。そして本体は待機モード解除によって任意の場所に具現可能。倒れ付すデッドは顔の右に筒を置く。
いうまでもなく横倒しだ。右を向くだけでマップが見える。

(同時に! 考える! どうして禁止能力が直撃したかを!)

 媒介狙撃で開いたワームホール。その正に文字通りの渦中にブレイクが捉えられていなかった理由はひどくシンプルだ。
 ハルバードが浮かんでいた渦。直前の最終確認時、そこに浮かんでいた者の姿を思い起こしたデッドは強く頷き断定する。

(いたのは『そこらの戦士』! そこらの戦士にブレイク! 手持ちの核鉄を『持たせた』!)

 爆破した媒介と同等の物総ての周囲にワームホールを開削するデッドの武装錬金『ムーンライトインセクト』。一括的で
あるが故に個々への自動識別能力は有さない。つまり核鉄の場合、媒介のシリアルナンバーは『わからない』。衣服の外
にあれば渦からの視認によって鑑別可能ではあるが、大抵の場合はポケットの中である。
 一方、渦が展開する場所は、服の外。理由は2つある。必殺の仰角をつけるため。そして何より敵味方の最終確認を図る
ため。
(いまかて盟主さまたち要塞組の幹部やディプ公たち市街組の幹部には砲撃せんよう識別したしな)
 核鉄のシリアルナンバー確認とフレンドリーファイア防止。どちらを重視すべきか言うまでもない。だがそれを知るブレイク
はいま付け入って掻い潜った。ムーンライトインセクトの慎重な習慣が裏目に出たのは否めない。

(ブレイクの愛用する核鉄はXVI(016)!! それが媒介の1つに選定されとったとしてもポケットの中にあったり別人によ
って発動されとったりしたら……渦から視認してもわからへん! ブレイクのやなっていう判別は不可能! その弱点をア
イツは突いた! そこらの戦士を捕まえ、威圧し、ポケットに己の核鉄を滑りこませ……渦からでは見えん距離を取りつつ
同行した! ちなみにブレイクがその戦士のものやのうて自分の核鉄を使とるという論拠は単純! 実力差や! いかに
ブレイクでも無手で救出作戦選抜級の核鉄持ちを脅して奪い取んのは困難や! もちろん平素やったら時間かければ達成
やけど、今回はそんな時間あらへんかったからな! ウチの媒介狙撃を察知→禁止能力炸裂の策を練る→戦士見繕う、
だけでも結構タイトやった筈! んな切迫しとる時にやで、無手による核鉄持ち相手の戦闘とかいう不確定要素ぎょうさんな
戦闘やるほどブレイクはアホやない! よってアイツが脅した戦士は『元々核鉄支給されとらへん』もしくは『無限人形相手
の乱戦で落とした』奴と推測される!! で、そいつにブレイクは自分の核鉄を持たせ!)

 広域爆破の渦が『標的確認の微妙な間』を置いて三十弾撃ち出した瞬間、ホムンクルス調整体の脚力で超加速! 囮
の戦士を筒の射程外に突き飛ばしつつそのポケットから自らの核鉄を取り戻し無音無動作発動! ワームホールにて直結
するデッドへと禁止能力の光を浴びせたのだ!

(念のためポケットの中に渦を出し全部の核鉄のナンバー1つ1つ確認しとけば……いや! ”あの”ブレイクやぞ!! シ
リアルナンバーからの身バレも対策しとったやろな! よって使ったのはXVI(016)ではなく──…)

 XXVII(27)。ブレイク=ハルベルドが武装解除し手にした核鉄である。

「副官くんの核鉄を使うとは……」

 時の最果てで呟いたのは羸砲ヌヌ行。
 副官くんこと高良雛那(ひなあれ)も思う。

(この場所にブレイクが持ってきた核鉄は3つ。1つはXVI(016)。あの幹部自前のメインウェポン。2つ目はXXIV(024)
こちらはダブル武装錬金用のサブ。そして最後となる3つ目はヒビまみれのXXXIV(34)。海王星の幹部二挺目かつ戦闘
証明破壊分。いずれもレティクルの支給品。だから『先ほど聞いた月の幹部の特性上』、ナンバーからの特定は実際あり
えた……! それを、ブレイクは……!!)

(にひっ。せっかく核鉄を持つ方々のもとに身を寄せたんです。えるっちの知らないナンバーの核鉄、借りとかなきゃあ損
でしょ? ふぃなっちのXXVII(027)なら万一番号見られても戦士の誰かのものだろうと済まされる……!)

 銀成市すこやか研修センター中庭。黒煙を上げる泥濘の穴に囲まれながら尻餅をついている『そこらの戦士』はフランシ
スコ=ザビエルと同じ髪型を持つ唇の厚い52歳の男性。銀色のGショックを右腕に二つも巻いている彼のポケットに、数分
前、核鉄をむりやり捻じ込んでいたブレイクは咽喉を鳴らしながら襟元を正す。

 雨に濡れながら、戦士。

(こいつは、突然来た)

 目の細いウルフカットの善男、あちこちに被爆の痘痕(あばた)をまぶした善男から漂ってくる得体しれぬ邪気に震えな
がら『そこらの戦士』は、思う。

(銀成に自動人形が溢れ始めて間もない頃だ。核鉄を落とし、仲間とはぐれた俺がここで途方にくれていると、どこからとも
なく来たコイツがこういった」

──「お仲間と合流したいんでしょ? でしたら交換条件です。俺っちのこの核鉄。しばらくの間持ってて貰えますか?」

 得体の知れない提案であり、かつ、ブレイク自身の風貌(火傷コミ)に伝え聞く天王星との類似点を感得し「まさか」と胴震
いした「そこらの戦士」であったが、「俺っちが誰かという推測が当たってたら、それはそれで助かる道、ないっすよねえ」と
涼しげに肩を組まれた瞬間、”流れ”は持っていかれた。”流れ”は意思を挫き、挽回までの間隙を作る。
 合羽を渡され中庭に佇むよう指示された。ブレイクは下駄箱のある昇降口のかまちに腰掛け頬杖しながら見守った。
核鉄を入れた右ポケットがこちらを向くようにと。左ポケットがこちらを向くようでは体越しに気付かれるとも注釈された。

(け、結果としては何やら凄まじい狙撃? から助けられた形ではあるが……!)

 そのさい見せられた異様な加速と『ハルバード』は完全なる人定をもたらした。

(こいつやはりホムンクルス! 幹部……ッ!!)

 ぬかるみから立ち上がり、睨みつける。聞いているのだ、足止め組の惨状は。知己は5人に留まらない。燃え盛る怒り
は時として流れ以上の流れを作る。怒り。憤怒。肌で感じた天王星はのどを鳴らす。

「おや、抵抗なさるので?」

 核鉄も無しに? キツネ目の笑みに陰を存分に湛えるブレイク。火傷の肌が醜く引き攣る。

「黙れ! 何を企んでいるかは知らないが!! あれだけ仲間を殺した幹部が俺だけを生かして帰す道理はないッ!!
見知らぬ戦士かと思い従ってはいたが!! 武器で正体が分かったからには仇(あだ)を討つ!! 我が身可愛さに怯え
て媚を売るなど……できるかああ!!!!」

 拾っていた石はブレイクがわずかに首を右に曲げるだけで、左頬の2センチ傍を通り過ぎた。すこやか研修センターの
事務室のガラスが1枚、割れた。攻撃の結果はそれと、善男の頬に僅かにかかった泥の痕。「ペイントされんの、二度目
ですねェ」。拭いながら笑う天王星。瘧(おこり)の如く震え上がりながらも目線を切らぬ戦士。敵意に支えられた集中力は
結局──…

 彼への斬撃に繋がった。切断はわずか二閃で役目を終えた。

 ややあって。

『手を出すな。我輩そう言った筈だが?』
「でしたっけ?」

 傍らに出現した光円錐からの極めて不機嫌そうな声にブレイクはへらりと笑い額を叩く。雨水と火傷の分泌液の混ざった
液が気味悪い音を立てた。

『…………』
「怖い沈黙やめてくださいよぉ。俺っちただ『お仲間のもとに』『合流』できるよう、お手伝いしてあげただけ……ですよ?」

 くっくっと目を細め笑う天王星。一斉爆破による死者数86名に、『そこらの戦士』の、同僚は──…

 午後9時25分。デッド=クラスター。

 XXXI(031)の周囲で立った黒煙は4つ。結べば台形になりそうな座標関係がいまだ寝そべるデッドの確信を促した。

(ちぃ。やっぱ核鉄媒介禁じられとるな。もしやと甘え狙ってはみたけどハズレや全部!)

 首をもたげ、頭の向こうの方の床の景色を見た彼女はキィと唸る。

 特殊な『場』が現れそれが着弾を妨げたというより、自分自身の無意識が着弾せぬよう命じている……月の幹部はそう
分析する。鳩尾無銘の敵対特性に近いとも思う。武装錬金は精神具現。それを狙い澄ます『禁止能力』はつまり精神の緊
縛なのだ。精神が緊縛されているから理性でどれほど正確に狙おうが無駄なのだ。当ててはならぬと無意識が最善を尽く
すから、筒は核鉄を逸れるのだ。爆破して媒介にするコト叶わぬのだ。

(他のモンならやれる。核鉄媒介だけが無理や。ざんないでェCFクローニング。仮に投薬で抑えてなかったとしても禁止能力
には対してはまったく無効! なにせ肉体破壊にのみ反応する機構、やからな)

 従って精神の緊縛には適応不能。

(くそう、きっと本家サイフェは何を禁止されようがソッコーで適応したろうに! コッチのはパチモン、サッパリやわ!! ま
あパチモンでもこの世に生まれた以上愛してあげなアカンけど! とにかくコレで)

 封殺された。そんな想いが牙を剥かせ、奥歯を鳴らす。いまだに、仰向けだ。

(く……そ……!! むっちゃ苦労して仕上げた核鉄媒介が……ブレイクの、ブレイクのせいで……!!)

 目を見開くと出血の寒さが襲ってきた。体温稼得も兼ねひくひくと痙笑する少女。柔らかな横髪の下で次々青筋が生まれ
行く。右脇腹からの血は生暖かくてなんだか気持ちいいが、傷口はまだ寒い。やっと止血の気配が見えたばかりだ、造血
はまだ遠い。

《大丈夫だよデッドちゃん!!》
《まだ僕たちは戦えるよ!!!》

 仰向けのデッド。その顔と天井の間に現れたのはクマのぬいぐるみだ。ピンク色で、赤ちゃんの胸に収まるほど小さい。
左耳と右腕は青鉛筆の肌のように強く明るい。2つ現れたそれが顔の周りを回遊し始めた瞬間、月の幹部の怒気は萎れ
た。

《僕たちだってまだいるよ!!》
《みんなデッドちゃんのために、かけつけたんだよ!》

 スイカ型のビーチボールと、3世代前の据え置き型ゲーム機(黒)も順々に囁く。ぬいぐるみたちと輪を構成しつつある。

《諦めちゃダメだよ!!》
《今までだって、もうダメだって状況、乗り越えてきたでしょ!!》

 フルーツセリアルの箱。500mlペプシコーラ。人間の目鼻をいっさい持たぬそれらは円を成して反時計回りにくるくる回る。
円からの言葉が心に響くたびデッドの頬は静粛への収縮を辿る。

 ショッキングピンクのキャミソールを来た少女。寝そべり真っ直ぐ投げ出す細い義足。見た目には生足と変わらぬ材質の
それの先には焼け焦げた物品が多数。ぬいぐるみ。ビーチボール。ゲーム機。箱。ペットボトル。

「せやな……。強欲(ウチ)にはまだこーんな沢山、助けてくれるコが、助けてくれるコが……」

 焦点の定まらぬ目で物言わぬ物を筒で撃つ。喜怒哀楽が極まったとき、或いは極度に衰弱したとき、デッド=クラスター
は夢遊に籠もる。ぶり返すのだ、『物が喋る』と信じていた幼少期の悪癖が。
 誘拐犯に四肢を切断され、母と使用人たちを戦士に殲滅された少女。失い続けた経験はいつしか裏返り『強欲』となる。
 禁止能力に憤り、大出血に見舞われたデッドはいま彼女以外に視聴不可能なクマたちとその声によって動揺を拭い去った。

「渦や。渦をいっぱい作るんや。みんなの仲間を探し出すんや。そして集めるんや。会わせてあげるんや。寂しないように。
悲しないように……」

 耳元が鳴る。ワイヤレスイヤホンから溢れ出したざらりとした”割れ”の音にツインテール少女はハッと我に返る。

(ああもう! またか! またアホな状態に……!!)

 顔を赤くけぶらせつつイヤホンに神経を集める。来る音は集中してなお不明瞭だった。寝そべったまま応答する。

「病院行ったディプ公からの援護要請らしいが……ち。ブレイクの光なに含んどんねん。イヤホンのチョーシまで悪いとか
なんやアレ。こっちの声ちゃんと届くんか? まあええわ。おう。悪いな。ディプ公。核鉄狙撃は──…」

 午後9時29分。県道沿いのラーメン屋『わんたん亭』。

 スパークと共に駐車場に放り出されたものは。
『そこらの戦士』。
 遠くで振り向く人影たちに跋扈する自動人形らを思い出し身を固くする彼であったが聞き慣れた声の群れ群れに緊張を解く。
人影ははぐれた仲間たちだった。「どっから来たんだよ!」「いやまあ無事でよかった!」「核鉄拾っといたぞ!」という声を
聞く彼はしかし応答どころではない。強く心を磁力する疑問を立ち尽くしつつ胸中さけぶ。

(あの電撃(スパーク)、根来の!? ブレイクと同行!? 何故ッ!?)

 同刻。時の最果て。

「送り届けた」。床から顔を出した忍びは鬱蒼と呟くと再び亜空間に没入した。

「便利っすねえ髪の網。『DNA含有物で覆えば誰しも亜空間に退避可能』……。昼間のイソゴ老戦でも斗貴っちたちの五
千百度回避に大いに貢献したソレが今度はあの戦士さんの合流に役立った。『説明』のあと全身に絡みつき、引き入れた」

 ブレイクの槍が斬り裂いたのは、Gショック、である。
『そこらの戦士』が右腕につけていた2本の時計はベルトを垂直に斬りおろされ、雨紋沸き立つぬかるみに落ちた。

(そしてそのあと俺はしばらく……『説明』を…………!)

 わんたん亭駐車場。愛用の時計を、研修センター中庭へと、断腸の思いで置き去りにしてきた戦士はいま仲間たちに何
事か喚く。するとみな血相を変えた。すかさず忙しく体を撫で回す。有名野球選手のサインが入った阪神タイガースの野球
帽。通販で買った髑髏の指輪。金色の鼻ピアスや銀色のネックレスといった貴重品が次々と持ち主の体を離れアスファル
トでしぶきを立てる。

 赤地に白字で達筆された『わんたん亭』という暖簾を見ながら『そこらの戦士』は思い出す。

──「えるっちこと月の幹部『デッド=クラスター』」

──「その狙撃の媒介は……市場流通品」

──「もっと厳密に言やあ、量産性すね」
──「にひ。クラスター爆弾ってえのは『親』の爆弾の中から『子』の爆弾が出てくるマトリョーシカ的武器なんですが」
──「媒介狙撃もそれなんすよ」
──「『親』……つまり設計図や商品仕様書のような根本の概念から」
──「『子』……つまり車やお菓子のような末端の概念が定期的に生み出されている」
──「……そんな物品のみが『媒介』たりえるんですよ」
──「市場において同種同質の兄弟的な存在を持つ物品のみが、クラスター爆弾との一致を見るんすよ」

(同種同質、とは)

──「爆破した物と同種の……つまり同じ商品名、同じ商品コード、同じバーコードの物品ですね」
──「『射程内』にある総てのそれの近辺に渦(ワームホール)を開け筒型爆弾を射出するものこそ」
──「『ムーンライトインセクト』。それが強欲えるっちの能力です」

(『強欲』。憤怒(リバース)の次は……強欲…………!)

──「射程は媒介の希少度に比例します」
──「100個きりの核鉄であればたぶんですが直径2〜30キロってトコでしょうね」
──「逆にユニクロの大量生産品であれば1mを越えるかどうか……」

 Gショックを切られた直後来たブレイクの言葉。『そこらの戦士』にどよもした。それは、そこからは、つい今しがた仲間
に伝えた情報でもある。

──「一足飛びに狙撃できるのは、希少な媒介だけです」
──「希少性は市場流通量と市場価格によって判定されます」
──「少なく、高いものであればあるほど射程は伸びます」

 戦士の1人が端末を立ち上げうへえと喚く。オークションサイト。三年前、バラエティ番組の企画で阪神タイガースの有名
選手が100名限定でサインした野球帽その出品数は19。開始価格は最低の物でも3万円。終了時刻まで10分の場所は
と覗けば19万円台でデッドヒート中。指を動かし過去の相場へ。背番号と同じナンバーのサイン帽の落札価格89万980
0円。

「これで一安──…」
「残念……だ。違うらしい」

 駐車場の戦士らはとっくに取り巻かれていた。駐車場。それが面する道路や塀に無言のまま集まってくるのは自動人形。
 女性的なラインを極めてシンプルに落とし込んだ量産型らしい造詣のそれらの群集具合を一言でいうと『火事を見に来た
野次馬の密度』。駐車場の三方にある石塀や生垣を乗り越えたり潜り抜けたりする新手は確実に包囲網を肥厚させつつある。

「っ! 冥王星の幹部クライマックス=アーマードの!」
「無限増援!!」
 まさかブレイクの奴が俺らの所在を……!? そこらの戦士が疑義するなか、人形らは甲高い叫びを合杳させ、飛び掛る。



──「えるっちと戦うコツは、『媒介狙撃』をいなすコツは3つ」

──「1つ。高価な装飾品は、捨てる」

 銀成市某所。色黒の戦士は頭部を吹き飛ばされ即死した。渦は爪先に出た。すぐ下にある物はスラムダンクとコラボし
た限定128個のスニーカー。

──「2つ。市場で供給過剰な安物を見につける」

『そこらの戦士たち』は見すぼらしい姿になったが命には替えられない。

──「3つ。商業施設には入らない、近づかない」

 ある戦士はコンビニのカップ麺売り場で立ち尽くす。一般市民避難のため入店したコンビニ。どこかで爆発音がしたと思
った瞬間、常温棚の前は渦だらけになった。
 カップヌードルの、UFOの、一平ちゃんの、ペヤングの、どん兵衛の、緑のたぬきの、赤いきつねの、さっぽろ一番の本
店の味の激辛タンメンの札幌ラーメンの味噌の豚骨の塩味の袋麺の味噌汁のクラムチャウダーの春雨の、悉く前に!! 
 渦が現れ筒を吐く!! 
 3mは跳躍する戦士! 下方で巻き上がる凄まじい爆発から火の粉や風を浴びつつも身を捻り出口への方向転換を試
みる戦士であったがその頬は俄かに引き攣るコトとなる。カップ麺売り場の向かいにある文房具の棚。ボールペン。三色ボ
ールペン。シャープペンシル。消しゴム。携帯充電器にセロテープ液体のりホッチキスその針ナツメ球ボタン電池カッター
ナイフ折り紙。総てに渦が湧いてしまった。排出された筒は総て戦士めがける軌道であり。

 外から見たコンビニの窓の中で閃光が瞬く。店舗は轟音に揺らされた。血まみれの腕が売り場のカップ麺を引っ掻きな
がら床へと落ちた。

──「なおこれは補則ですが」

 市外のあちこちから続発してくる爆発音に首を縮めながら、その新人少女戦士はひた走る。やっと連絡がついたのだ。
ミドガルドシュランゲの地上追放のどさくさではぐれたチームメイトらと連絡がついたのだ。
 合流地点まであと少し。長い黒髪をポニーテールに纏めているものは、世界に1つしかない金色の髪留め。アクセサリー
作りを趣味とする母が数年前自作してくれたのだ。

──「市場に流通していないワンオフの、手作りの物品でしたら特性の埒外……とは幹部共通の認識」

 髪ごと揺れる髪留め。少女は角を曲がる。一口餃子の店の角を曲がる。髪留めの後ろで樹状の光が瞬いた。レンガ舗
装された道の遥か向こうに、信用金庫の前に、見慣れた影らが立っている。

──「ですが」

 口元をほころばせ手を振る彼女の背後で渦が膨れた。

 街並みに轟渇が混じる。悲鳴も。

 爆発音を聞いたのだろう。走り出す戦士たち。切歯で奥歯を砕いた者もあれば牡丹餅大の涙を湛える者もある。

──「俺っちらに明かしていないルールがあるとすれば?」
──「媒介の条件たる『市場性』までは真実だったとしても、『商品』ではなく『原料』の方に掛かりうるものだとしたら?」
──「コアラのマーチではなく小麦粉が媒介になるとしたら?」
──「小麦粉もまた加工製造され出荷された『原料的な商品』」
──「『設計図から分化した細かなモノ』」
──「本当はそういう広汎な狙撃であるにもかかわらず」
──「コアラのマーチという『製品的な商品』のみにしか作用しない特性だと」
──「俺っちたち幹部に誕(いつわ)っていたとしたら?」

 純金製の髪留めが血しぶきのなか落ちてゆく。27年まえ祖母のブローチを溶かし直して製造した髪留めが。

──「ありえますよ。ワンオフが原料の希少性によって媒介なっちまうケースは」

 数分後。振り返っていた最後の人影が促される。旋踵。一口餃子の店の前から足音が遠ざかってゆく。
 薄い紅色に波紋が毛羽立つ。ブルーシートの周りの話だ。こんもりと盛り上がったシートは雨粒が当たるたび霰でも浴
びたような呻きをあげる。水色の覆いの下から千々乱るる黒髪を覗かせながら、いつまでも、いつまでも。

──「にひっ。信じすぎないコトですね。俺っちは知りうる情報総て提供しましたが」
──「えるっちが総て開示していたとは限らない…………」

 午後9時31分。わんたん亭駐車場。

(とにかく……雷の日に金属アクセサリーを放り捨てるが如く高い木の傍から離れるが如く『貴重品さえ見につけねば、商
品の群れにさえ近づかねば』逃れられるのが媒介狙撃……らしいが…………)
「けど……俺も従っといて今さら言うのもアレだけど! その情報ホントに信じられるのか! 幹部が、天王星が言ったコト
なんだよな!?」
「俺も疑ったが、でもだ、お前は浮かぶか? 示された条件を3つとも守ってしまったからこそ発動する特性(ハメ)」
「それは──…」
「俺だって天王星なぞのいうコトなど信じたくはない! 罠ではないか、月と結託しているのではないか、そういう思いは拭
えない! だが!! 残念ながら事実はあいつのもたらした情報とこそ合致する!」
「核鉄、か……!」
「ああ! アレを扱うマーケットなぞ聞いたコトもないが、もし存在するなら核鉄は正に高価で希少! はぐれて離れていた
俺やお前たちの場所で『渦』が同時に発動したという事実はブレイクのいう『月の幹部の武装錬金特性』と……悔しいが矛
盾しない!」
「あのー。いいすか」
「なんだ?」
「えっと。俺も理屈をなぞるだけなら同意見なんですけど、1つだけ、1つだけ疑わせてくださいね」
「…………成程。俺か。俺が天王星に操られている可能性、か」
「ええまあ。禁止能力……でしたっけ? それで例えば『ブレイクによって説明されたデッドの情報を疑うコトを禁じる』とかや
られていた場合、俺たちって結構、誤誘導されちゃう感じじゃないすか? それで全滅しちったらハハ、笑えるかなーなんて」
「馬鹿っ! 仲間割れしてる場合か!」
「へ? 仲間割れですかねコレ。考えられる可能性をちょっと軽く提示したつもりなんですけどー」
「だいたいお前さっき高そうな指輪捨ててたよな!?」
「そりゃあそんときは信じてましたけど、でも俺っていっつもああなんですよねー。素直に従ってからあれちょっとおかしくない?
とか思って、やばいと思って振り返る頃には確率半々でカネ騙し取られて逃げられてたりで」
「あるけれど! 俺にもそういうコトはあるけれど! 待て待て情報持ち帰ってきたコイツに失礼だし水掛け論!」
「だなあ。そもそも天王星の禁止能力の範疇ってまだ完全解明されてねえし。完全に解明されてない能力を過剰に見積もっ
て推測するってのはちょっと論理的じゃねえな。っと。俺はどっちの味方するって立場でもねえからな? 論理のミカタって
奴よ。カンペキに筋道通ってる意見を、感情のヒリヒリのない考えを採択したい。一同みんな一蓮托生だからな」
「そーいうアレならはいっ、はいっ! 私も意見! 『吹き込んだ情報を疑わせつつ最終的には渋々ながら擁護をさせる』み
たいなコトできるんならソレもう禁止能力じゃなくね? この街でいうノイズィハーメルンみたいな操作能力じゃね? そこまで
フクザツな命令できんなら大戦士長を土星に任せる必要なかったんじゃね?」
「何の話だ。どうして月や天王星の話で土星が」
「操作な域な禁止能力なら土星の細菌で大戦士長操る必要なかったんじゃない? って感じかな」
「うんうん。あとですな、禁止能力自体、実は万能じゃないんじゃない? 細かい仕草とか特定の狭い範囲の行動ぐらいしか
封じられないんじゃないかなあ?」
「?? どういう意味だ?」
「なんていうかな。ある程度の領域以上のざっくりした行動は封じられない? うあーそんな分かり辛いってカオしないでよぉ!」
「木でいうなら『枝』は封じられても、『幹』は無理とかそんな感じか?」
『ズバ! それそれ。だって何でも禁止できる能力でしたらですな、大戦士長の操作は『戦士を殺さないコトを禁じる』コレ1つで
充分! 私ならそうするよ! なんでも禁じられる能力と大戦士長のガラ手に入れたらそうするよ!」
「オマエ、実は戦団を……!?」
「わーんみんなヒかないでよお! 向こうの立場に立つならって話ですってばあ」
「確かに『戦士を殺さないコトを〜』の『戦士』はだいぶザックリとした概念で、だからやはり天王星は特定の動作しか禁じられ
ないのかもという話にもなるが、ズレてるな? もとは月の幹部の特性についてだった筈」
「ま、ブレイクの伝えた情報は参考資料程度の扱いで戦士(みんな)に広めるべきでしょう。一次情報はあくまで先ほどの核鉄。
実例は何より強い。それにまあ、嫌な話ですけど……遠距離狙撃能力なら第二波、第三波もあるでしょうからね。そこに喰
らい付いて泥臭く分析していく他ないといいますか」
「はいっ! はい! 問題はその第二波、第三波のやり口だと私思います!」
「あ、そか。俺気付いちゃいましたよ。ブレイクが月裏切ってようが裏で繋がってようが、結局は次の戦法、おんなじじゃないす
か?」
「っ。あーー。そっか。そうだわなあ。オマエ、時々鋭いよなあ」
「確かにな。月が本当に裏切られ核鉄媒介禁止の光を浴びたのなら考える。『今まで見せてきた特性の情報総て流されて
いるかも』と。だから流出した情報から想像し難い攻め口で攻めて来る」
「でもそれって裏で結託していたとしても同じだよな。だって『偽の特性情報を流してくれた頃だろ』と思ったら、その情報から
は推測不可な攻め口で攻めてくる」
「ブレイクの裏切りが本当かつ、それに備え本当の特性を見せていなかった場合は?」
「同じだ。俺らは結局、伝え聞いた情報への『備え』の、隙を突かれる」
「……もし俺がブレイクの禁止能力でブレイクの情報が正しいと吹聴するよう仕向けられてても」
「ブレイク結託のパターンと同じだな。つまりアイツの情報は役立たない。でもまあ、いいんじゃないか? アイツ怪しいし、
キモいし。戦士殺した侘びも入れねえ奴のもたらした情報をだ、対月の戦略構想の背骨にすんのヤバすぎるし」
「え? じゃあ結局、『突然渦が出てきても逃げれるよう気をつけましょう』ってレベル?」
「渦というか筒かな。実は渦ナシでも狙撃可能ってもさ、”ハメ”だろ?」
「筒の透明化は?」
「核鉄媒介時はそこまで多機能でなかったと思うが……報告のあったCFクローニング。リバースの銃に火薬を添付したよ
うな成長がデッドにも起これば、或いはこの短期間のうちに何かの事由で起こっていれば、透明化はありうる。よってミョー
な気配にゃ警戒な、みんな」

 てな訳で戦士全員に通信! はーい。連絡の準備に移り始めた『そこらの戦士』たち一同。
 彼らのいるラーメン屋『わんたん亭』駐車場のあちこちでは自動人形が山となって積もっていた。



(この上なく話しながらの片手間で殲滅するとは……!!)

 午後9時34分。クライマックス=アーマードは驚嘆した。
 自動人形が手間取る場合、その映像データは自動的にクライマックスへと送信される。対応を、練る為に。
 わんたん亭駐車場の戦士たちを取り巻いた自動人形のカタログスペックはホムンクルス鷲尾級。数は194体。それが会
話しながらの数分で殲滅された。

(この上なく手練れ……! でーすがですがぬぇぬぇぬぇっ! それはデッドさん対策を講じたからこそ! 対策なしでは、
この上なく対策なしで戦った場合はァ──…)

 同刻。大手書店チェーン『パスト堂』銀成西店。

 2万冊の蔵書を持つ広く明るい店内。そこに犇く自動人形と大立ち回りを演じていた戦士9人のうち1人が顔に筒を浴び
昏倒した。
(狙撃!? また!?) 
 推測は、あった。先般の狙撃と3名の犠牲によって渦が武装錬金または核鉄の近辺に作用しうるものだという仮説はあ
った。
 だが特殊警棒の武装錬金を眺めた一同に困惑走る。
 渦は、出ていない。何より創造者と昏倒者の間には4名の男女がいる。位置的に狙撃は不可能。
”なにが、渦を、呼んだ?” 困惑はわずかだが応対を鈍らせる。変わらず襲いくる自動人形への応対を。
 再び轟渇が響いた。みな、首をちぢめつつも辺りを見回す。
 ラックの雑誌。壁棚の児童書。平積みされたビジネス書。16の目は何一つ異常を認めなかった。
 だが這い登る予感。ひしひしと胸に迫る不穏の気配に誰からともなく意見が纏まる。
”本屋から、脱出を”。
 『パスト堂』銀成西店には自動人形に押し込まれた形の一行である。篭城の意思はない。何よりわざわざ本屋に追い詰め
た敵だ、仲間と連携しようとしているのではないか……そう疑うのは当然だ。よって最善は脱出。特殊警棒の特性を利した
一点突破が発動の気配を見せる。
 そこで、渦だった。
『糖尿病の人でも食べられるスイーツ』。平積みだ。血しぶきがかかる。薄いひまわり色の表紙も、白髪メガネの老年男性
のイラストも、ヘアーブラウンの髪をアップでお団子にしている主婦のイラストも、鮮血で汚損し価格を失う。床で弾んだ核
鉄の前身は……特殊警棒。持ち主はもう現世にはいない。口に入った筒が内部爆発を引き起こした。

 変な開け方をした袋入りのスナック。十本近い歯の飛び散り方はそれだった。視覚的衝撃は部隊の統制を喪失せしめた。

 金切り声で金切り声を抑え始めた集団の寿命は、短い。
 狙撃。どこから来るか分からぬ筒の攻撃。核鉄を持つ指揮官を欠いた者たちの見苦しい狼狽は残念ながら当然だった。
また1人、筒を喰らう。焦げ臭いのなか後頭部のクレバスから覗いていたのは桃色の小脳。
 狙撃は本来、恐ろしい。どこから来るのか。次は一体誰なのか。要人ではなく隊伍に向けられた場合のみ発揮される狙撃
の効果に居竦むは残り6名の戦士たち。どこかで何かが爆ぜた。音は心持ち小さかった。みな、見回す。見極めなくては
特性すらもわからない。
 だが自動人形の群れは来る。怒涛のように襲い来る。暴れまわる。書棚からばらばらと本を落とす。床はもう大地震後の
ありさまだ。
 8人の戦士らは『無銘の武器』を持っていた。
 錬金術製の武器にソードサムライXの切れ味を付与したホムンクルス撃破可能の武器たちだ。刀。槍。手甲剣。打った。
突いた。薙いだ。抵抗が吸い込まれるたび人形らは体積を減じた。倒れる者も少なくない。撃破数は地道にだが着実に
積み重なり殖えていく。
 店の入り口から入ってくる人形の数は、それ以上である。5減れば18増える。まるでゾンビ映画のパニック・シーンだ。
誰かが、がなる。苛立ちにべそを交えたものだった。子供じみたヒステリーが集団の精彩をまた奪う。

 対処せねばやがてはやられる。健気な抵抗の一角はしかし、死角からの狙撃によって崩れるコトになる。
 右前方の人形に気を取られている隙に、左後方の宗教画付近の渦から2ダース以上の筒が来た。鴨撃ちだ。花火大会
の事故のように繚乱する多数の小爆発に飲まれる戦士と人形。
 前者が倒れ、後者は数体分のパーツに埋葬される。
 混戦状態における狙撃は本来厳粛と禁じられるべきものである。敵は殺しましたが味方も殺しましたでは話にならない。
だが幾らでも産生できる自動人形が味方の場合、話は変わる。
 幾ら巻き添えになろうと、構わない。
 そういった思いを直観し呆然と立ち竦む戦士。跳ね飛ばされた。自動人形のタックルによって壁棚へと飛ばされ二段目
から四段目までの合金製底板3枚をヘシ折りつつ減り込んだ。運転免許やボイラー技師のテキストがばらばらと降り注ぐ
中、自動人形たちが戦士めがけ走りこみ、埋め尽くす。スズメバチを攻めるミツバチたちのドームが再現された。
 またどこかで何かが爆ぜる。身構える戦士たち。筒が来た。避ける。だがそれは避けるまでもない軌道だった。狙いは
『糖尿病の人でも食べられるスイーツ』の、上のラックの7種29冊の健康雑誌ら。30近い筒は総て別々の本に着弾、同数
の渦を作る。
 ひな祭りの人形達のように整然と等間隔で並ぶ渦。戦士らは氷結した。”どこから来るか分からない”狙撃の怖さの応用だ。
渦が1つであれば弾道は読める。筒時代の速度は遅い。リバースの吹断に比べれば天国のような遅さだ。奇襲されたなら
ともかく、「来る」と分かっているなら救出作戦選抜クラスの戦士たちは自前の身体能力でどうにかできる。何しろ発射口が
固定されているのだ。筒自体は直線軌道。仰角にだって限界はある。いざ尋常にのサシ勝負なら決して避けられぬもので
はない。

(だが発射口が30となれば話は別だ1発避けても次がある飛んだ先を狙われてたらオシマイだし全部一斉の面制圧がきた
らその時点で詰むだいたいどれがどの順番で撃ってくるかすら分からないどれだどれから来るんだなんなんだこれそもそも
渦は1つじゃなかったのかよこんな多かったらどう対処すりゃあいいんだよ)

 ぐにゃぐにゃとした焦燥の中。

 2人の戦士の爪先がせり出す。舳先はスズメバチ状態の仲間に向いている。賢明といえた。ラックの渦から距離を取りつ
つ救命をも望める。だが床に散乱した『わが演歌人生』『小学生にもわかる論語』の上に渦が浮き、筒を吐く。両名とも下顎
に開放性骨折を得ながらスズメバチ仲間と逆方向に吹き飛んで倒れる。爆発音なしでの渦発動。核鉄媒介時に得た「渦には
爆発音が伴う」前提とはまるで異なる展開に、ふたりは激痛の中、混乱し、絶望する。
 血の混じったあわ。口から散って床上合沓する本らの表紙へ。踏みにじって自動人形ら、走る。健康コーナーと実用書コ
ーナーの間の狭い通路をレジ方向に。逃げていたのだ、いま倒れた連中とは別の3人の戦士が、壁棚と、逆方向へ。彼らは
30の渦が開いた瞬間、平積み台に飛び乗っていた。そして仲間達が顎を痛撃されるなか文芸雑誌の平積みを踏み荒らし
ながら駆けていた。
 追う人形達。
 足元には顎を痛め痙攣する2人の戦士。足底は林(おお)い。ただ通り過ぎても馬車以上の輪禍である。骨が砕け内臓が
潰れる合唱の中、彼らは両手足を踊らせた。目を伏せ、懸命に逃げる他3名。悲しさはある。罪悪感も。だが掴まればあ
あなるという恐怖こそが速度を上げてゆく。生き延びて報告するためではなく、ただただ生き延びるためだけに。
 文庫コーナーに到達した人形は手近な場所から本を引き抜きそして投げた。
 中世に転生した少女の恋愛を描くピンク色の文庫小説『ストロガフ・アーモンド』の第2巻から7巻までが角ばった蝶の羽
根を空中でばたつかせた。3人は肩や背中に本を浴びる。ダメージはない。

 だが本が空中でハネッ返る中、渦は、出て。
 防犯カメラの白黒映像の端にフラッシュが走る。

 以降、録画映像に生きて動く9名はなかった。

(無尽蔵の自動人形を相手どりながら狙撃を捌くのは不可能!! 戦士さんらの数もたいがいこの上なく無尽蔵な印象あ
りますが(リバースさんブレイクさんに80人以上殺されたのになんでまだウジャウジャいるんでしょうね!)、並みの戦士さん
であれば私とデッドさんのコンボで、並み以上の戦士さんであればディプレスさんとデッドさんのコンボで! それぞれ狩れ
ちゃう訳ですよこの上なく!!! それこそこの3人が、市街襲撃任された理由!!)

 自動人形が戦士9名、書店に追い込んだのは偶然ではない。

 媒介によって『橋頭堡』を得たデッド=クラスターからの指示である。

(『ピンクダークの少年』! 待望のアニメ化によって笑点の黄色がネタかますほどの社会現象を起こした作品!! 劇場版
がジブリ抜いて歴代1位になったせーで今や最新巻は……『超希少』!)

 媒介の射程距離を左右するのは材質ではない。『現在の市場価値』だ。たとえ税込み500円足らずの漫画本であっても
「売り切れました。入荷は未定です」の手描きポップが立つほど盛況であれば射程は同価格帯の本をぶっちぎる。

(そして本屋には取り置きという概念がある。店長が懇意の客のために大ブームの商品を取り置きするのは商売上かなり
グレーではあるけれど、銀成市の書店数は個人商店チェーン店合計7件! 一軒ぐらいは情にほだされ最新巻を取り置き
しとるやろうというウチの読みは、大当たりやったでぇ。トレンドに鈍感なトコ含め)

 その媒介爆破によってデッドは大手書店チェーン『パスト堂』銀成西店に橋頭堡を得た。

 長距離射程の媒介は貴重さゆえに数が少ない! そして渦は媒介1つにつき1つ! よってレアものでは一ヶ所一方面
からの狙撃しかできない! 標的を全方位から取り巻いてトリカゴにするといった戦法は難しい!
 それをカバーするものこそ短距離射程の媒介である!! センチメートル単位の射程しか持たない媒介はしかし流通品
ゆえに『数が多い』。スーパーでよくみる棚を1つ想像してみるがいい。そこにある商品総てに爆弾はなつ渦が浮かぶと
すれば? そしてその渦から発射された筒が背後の商品棚をもワームホールのメッカとしたなら 回避は、難しい。
 むろん遠方のデッドが直接それを為すのは射程制約上、困難である。

(それを覆すモンこそ長距離媒介! これで書店やスーパーといった短距離媒介満載の場所に一足飛びで行き、そこから
放った筒で短距離媒介を爆破すれば! 遠方に居ながらにしてやっすい商品で狙撃ができる!)

 これぞ『橋頭保』!! デッドは数少ない希覯本によって数多い流通品抱える書店に飛び狙撃によって支配した!
 雑誌は多い。新刊も。それら総て攻撃の一助となった。

 当然ながら仕組み上、デッド→(A)短距離媒介の直通ではない! デッド→(B)長距離媒介→(A)短距離媒介の迂回は
経る! 筒のルートも同じくだ。Bの渦から吐いた物が無条件にAの渦から吐かれる訳ではない。Aの渦へと撃ち込む微妙
な手動を要する。

 どういうコトか? 長距離媒介Bが1個、短距離媒介Aが30個集まっているものとする。使用する筒は30。BとA群の距離
は20mとする。
 まずBから30を射出。うち1つでAのうち1個を爆破。爆破されたものを含む30個全てに渦が浮かぶ。
 このうち最初に開いた渦のみを『入力用』の物として使用した場合を考える。残り29個は『出力用』だ。
 一方、30あった筒は媒介Aの爆破に1つ使用されたため残り29本。
 これら29本総てを『入力用』の渦に入れた場合……『出力用』の渦29個から各1つずつの狙撃が可能だ。(等分の問題)

(そして渦は雌雄同体。総てが入力用であり出力用! 媒介の位置把握さえ完璧ならば避けられた筒を別の渦でキャッチ、
死角の渦から再利用して撃ち放つコトも可能!!)

 長距離媒介の渦の近辺に短距離媒介がない場合、デッドがワームホール越しに骨董大砲的な測距を強いられるという
欠点もまたあるが、それだけにひとたび短距離媒介爆破に成功すれば多角的空間的な狙撃が敵を襲う!

(そしてこっからあの本屋直接狙うために使た希覯本は!)

 編集長が大御所演歌歌手の許可無く内容を書き換えたばかりに本日回収騒ぎが持ち上がった『わが演歌人生』、この刷
りを以ってP159の愉快な誤植が訂正されたためコレクター人気が出た「小学生にもわかる論語第12刷」といった本好きの
間では名の知れた希覯本をデッドは市街戦に備え用意していた。

 なおデッド=クラスターはビブリオマニアではない!

 宇宙を舞台に6人の少年少女が別次元の宇宙からの侵略者と戦う笑いアリ涙アリのロボットアニメの設定資料集。再版
がなかなかかからぬため定価2200円(税込み)の3倍近い値で取り引きされているその本だってデッドは持っていた!

 だがデッド=クラスターはアニメオタクでもない!

(あくまで何でも商売道具! 大事なのは市場価格マニア価格!! ブレイクは戦士にウチの情報流したやろうけど、『ピン
クダークの少年』のような旬ゆえの希少性は……特性知っとっても鑑別困難!! ぎょうさんある本のどれが希少なのか実
戦の中で見抜くのはほぼ不可能!)

 それは食料品や衣料、日用品やペット用品、玩具、CDといった物品に於いても変わらぬ原則! デッドが辺鄙な新月村や
無機質な本拠要塞ではなくく店賑わう銀成市に出撃した理由!! バスターバロンが無人の荒野でこそフルスペックを発揮
するように! 月の幹部は文明社会でこそ全力の本領を発揮する!

(そーいったコトも、媒介の希少原則も、なーんも知らんかったあの2人の戦士は雑誌30の渦に目ぇ奪われた瞬間……)

 死角(した)からの狙撃で顎をやられた!

(ウチがクライマックスに落とさせた2つの本に! ココから一足飛びに出現させた渦に!)

 演歌と論語。2つの本の爆破はそれぞれ二度行われていた。一度目はデッド手元の媒介爆破による発見と捕捉。その
時点で撃つ選択もあったが奇襲のため一計を案ずる。インカムはディプレスだけでなくクライマックスとも通信可能。よって
連絡と連携。

(そして!!)

 媒介爆破時の”渦”の展開のタイミングは……任意!! 爆破した瞬間に渦が展開するのではなく、爆破後であればいつ
でも好きなタイミングで渦を出せる!!

(この事実をブレイクに教えへんかった事実はデカい!!)

 ブレイクら他の幹部との共闘を含む”ここ”までの間ずっと媒介爆破直後すぐ渦を出していたのは、爆破イコール渦の展
開と思わせるため! 僚友に対してすらそうなのだ、母らの仇たる戦士に同じ振る舞いをせぬ理由はない。
 事実、核鉄媒介時の経験から爆発音がすれば必ず渦が浮かぶと誤認していた本屋の戦士らは『渦が見えなければ特性
は未発動』と誤認した。しかし事実は爆発音の時点で特性は発動し、待機状態にあった。だから雑誌30の渦に目を奪われ
た瞬間、下からの砲撃で狩られてしまった。

(けけ。ウチの特性を知るブレイクは思っていた筈や。『爆破時の渦によって媒介がいまどこにあるか把握する』と。実際ウ
チはそういう風にゆうてはいた! けど! 事実は!)

 爆破によって把握した媒介の位置! それを真に把握しているのはクラスター爆弾本体……つまり巨大な筒である!
内部側面や底にあるモニターは『特徴』によってデッドの記憶した地図が浮かんでいる。所在把握はそれの仕事だ。爆破
時、射程距離内にある同一媒介の位置は筒内部の地図によって把握される。
 よって! 渦を展開して現地の情報を斥候する義務はない! 所在把握の瞬間、一瞬だが極小のワームホールが対象
となる媒介近辺で開くため、デッド近辺で残響する爆発音が漏れ聞こえてしまうという回避不能の欠点こそあるが──…

(たとえ知られたとしても文明社会においては処し辛い欠点! モノがぎょうさんな場所やったら音聴かれても何が媒介に
選定されたかは……判断し辛い! 的確に応対できんのは、めっちゃ耳エエやつとか聴覚特化の武装錬金持ち位!)

 ブレイクに対し爆破イコール渦の展開と偽り続けたのは裏切りを確信してのコトではない。些細な行き違いがすぐさま
絶対の殺意になりうる幹部(マレフィック)同士の交流において能力を伏せるのはごくごく当たり前の自衛のひとつ。実力
のみならず能力の悪用までもが伯仲している仲間(てき)にどうして総てを明かせよう。

(ま! 爆破と渦の関係は些細なコトではあるけどやな! でもこーゆーのやろ?  こーゆーのが意外とおっきいんやわぁ
勝負の中では!)

 本屋の戦士らは、なまじ核鉄媒介で前提を得ていたばかりに無音無動作の下からの狙撃にまんまとかかった。ネタさえ
割れていれば「何でそんなチャチい手に」と笑えるほど馬鹿らしい手ではある。だが巧者とは陳腐でのし上がれる者を指す。

(期待しとるでぇブレイク。下手に長ぁウチを見とったが故の先入観、ってヤツがウチへの攻撃ミスらせるコトを! ま! 
お前は虚飾、どーせ同じコトしとるやろうし、ウチ同様の隠し手だってあるやろうから、互いケンカせんのが一番やけどな!)

 予め媒介として用意していた本のタイトル数、実に118! 

(他の分野の物品も本並みの媒介準備済み! けっけ! これは流石のブレイクさんでも対処不可やでぇ! 渦と媒介の
カラクリにはいつか気付く! けどな! 『どう』が分かっとっても『何が』がわからなどーしようもあらへんのがムーンライトイン
セクト!! もう一度いうで! ぎょうさんあるモンのうちどれが長距離射程の媒介になるかゆうのは……! 『商才』!!!
それがなければ見抜くは不可能!!)

 いずれも射程距離3km前後の希少性である。

(ヨロズの価値に通じる! これぞムーンライトインセクト運用のため磨いたウチの【幹部の個人スキル】第一弾! リバー
スの特殊弾編纂同様、生き方が紡いだ攻撃法!! ゆえにウチ以外が処するは困難!)

 食料品や衣料、日用品やペット用品、玩具、CD。鉄火場において価値を知るのは難しい。
 だが何の分野にもマニアはいる。商材知識ゆたかな戦士をデッドは戦部以上に恐れている。捕捉した者を必殺しにかか
るのはそのせいだ。優位に酔って嬲れば思わぬ商材知識によって逆転される恐れがある。だから、殺せる時に、殺す。誰
が何に通暁しているか、分からないのだから。

(よし! 本屋のは全滅! 核鉄は……放置しとこか。核鉄媒介復活したらまたやれるし)

 常道をいうなら回収すべきだ。本を媒介狙撃すればワームホールで達成できる。だが最初の媒介狙撃で実に多数殺した
という負い目もあるにはある。

『レティクル侵攻の目的は戦士または銀成の壊滅ではなく、戦いの演出』

 戦場に登壇する者は多ければ多いほどいい……という組織の大方針に大きく悖っていたものこそ先の核鉄媒介狙撃。
あまりに好きにやりすぎると、後が怖い。盟主に破壊され蹂躙されるのはときめくが、イオイソゴ、彼女の静かな雷は実に
怖い。木星というだけあり雷は怖い。五行に照らせば納得だ。ゆえに核鉄は置く。戦う者を増やすために。

 レティクルは勝つために戦っているのではない。純度の高い戦闘を引き起こすために戦っているのだ。戦団を破壊したい
だけならリヴォルハインとリバースだけで済んでいた。出血熱で弱らせ核を乱打。照星の誘拐すら必要ない。

(さあて。立ち上がれるまではもうちょいかな。立ち上がったら病院へのルート開拓探りつつ景気よー、いくでー!)

 書店。血でグショグショのビジネス新書の傍に顔がある。そのすぐ傍には焼け焦げた足首。元は同一人物だ。


 希少品を手放し媒介狙撃を逃れた「そこらの戦士」たちはごく一部の幸運な事例でしかない。


 もっとも。
 わんたん亭から遠ざかっていく彼らを残骸のカメラアイで眺めながらクライマックスは思う。

(人間には体力がありその上限は──ブラボーさんとか真希士さんみたいな規格外もたまにはいますが──だいたいがホ
ムンクルス以下!!! どれほど強い戦士さんたちでもこの上なく無限の物量相手ではいつか崩れるのです必ずに!!!)

 彼らはホムンクルス鷲尾級の自動人形194体斃した。そう。鷲尾級を、194体も。

 ……。歓談しながら歩いていた戦士の1人が一瞬だけ鉛色の顔をし汗を拭う。誰かの息がどこかで上がった。


 同刻。時の最果て。

「……どうして戦士らを見捨てた?」
 厳粛に問い質し始めたヌヌにブレイクはへらりと頬をくつろげる。
「見捨てたなんてひどいっすねえ。したじゃないすか再発防止。だいたい核鉄が媒介になるなんて俺っちさっき初めて知った
んですよ? 起こさず防げなんてムチャ振りもいいとこっす。パワハラっす」
「? どういうコトです?」
 とは高良。家電風の白っぽい、四白眼の少女。手にしたXXVII(27)の核鉄を不織布でゴシゴシしている。
「……」。糸目で微笑しながらしばし間を置き、ブレイク。
「銀成に来てまず最初に違和感を覚えたのは、爆発音の無さっすね。媒介狙撃で遠方を攻撃できるえるっちが、憎き戦士
の充満する銀成に何も仕掛けていないのが気になりました」
「爆発音? 連発しているのが遠方なら、聞こえないんじゃ……」
「いいえ」 ブレイクは身を乗り出した。核で爛れた顔を高良の白皙の顔にぐぐいと近づけた。
「俺っちの知るえるっちは基本、広域を無差別爆破す。『手元の媒介爆破したらすぐ射程距離内にある媒介総てに渦が開く』
って『フレコミ』ですからね、強欲だからその全部を同時多発的に波状攻撃するのが、えるっちなんですよ。で、広域って無作
為とほぼ同義。つまり俺っちから遠い場所”だけ”攻撃され続けるというコトはない。希少な媒介なら一発で色んな場所が攻
撃される。希少ではない媒介なら射程距離を稼ぐため連続攻撃する。どっちにせよ獲物が居る場所に届くまで爆(や)っちま
いますからね、”鳴りやむ”ってのはないんです」
 食い気味に押し込んでくる天王星に高良は(仲間ならではの知悉、ですか)と言葉を失くす。ここでまだ核鉄を手にしている
のに気付いたのでスカートのポケットに滑り込ませる。ブレイクが触れた分の汚れはもう充分取れたと判断したのだ。
(……根来さんによる亜空間洗浄もしましたし。万一『触れる』コトで発動する無銘さんの敵対特性のような特性がブレイクの
真実の能力だったしても……『物質で作用するタイプ』なら緩和できた筈。精神とか霊的な作用だったとしたらむしろ好都合、
『クサモノノヒレ』で対応できる。いずれにせよさっきの禁止能力時の『核鉄貸して』が私の核鉄への細工を兼ねた策って可
能性はある。霧杳さんが別件で出払っている以上、私がちゃんと気をつけないと。ヌヌさん頭いいくせに根は結構ぬけてる
んだから、私がしっかりしなきゃ、だめだめです!)
 ふふ。ヌヌは笑う。
 まるで信頼されていないブレイクだ。当人は知っているのか知らないのか曖昧な笑みを浮かべる。面頬が焼き爛れている
せいで不気味さしかない。
「青っち程ではないですが、直情径行型なえるっちが爆破を控えているとなると、理由はただ1つ。一網打尽が目当て。つま
り過去最大級に広い範囲を同時に爆破する機会を待っている。ではその『媒介』とは? 空前絶後の射程距離を算出できる
媒介とは? えるっちが一網打尽にしたいのは戦士。一網打尽をするなら獲物を探すための爆破は避ける。爆音がすれば
戦士は警戒する。警戒されれば殺せる率は下がる。つまり攻撃は、『手元の媒介を爆破するだけで銀成にいる戦士総てを
捕捉できる』のが理想。言い換えれば戦士なら誰しもが持っているモノこそ媒介に選ぶべき。それは、何か? 戦士なら誰
でも持っていて、しかも希少性が高い物は何か? 戦団の制服? いえいえこちらはしょせん消耗品。消耗品である以上、
希少性は低くしたがって射程距離は短い。ならば媒介は──…」
「核鉄、か」
 ヌヌの口調は、静かだ。
 だからこそ高良は、軽く震える。
 感じているのだ、ブレイクに向けるまなざしが自分の理解を絶しつつあるのを。嫌悪の時季は過ぎている。どうすれば『処
理』できるかという品定め。乾いた執務室の思案……。
「そ。核鉄す。で、俺っちが銀成に着いたとき、核鉄を持った戦士さん方……つまり新月村ではアジト急行派だった人たち
が相当数、この街に現着して活動されていました。ですがそれにも関わらずえるっちは核鉄広域爆破を控えていた。ここで
ようやく俺っちは彼女の目論見に気付けました。えるっちのコレクター的な性格から、シリーズ物コンプしなきゃ気がすまない
可愛いトコからついちゃったんですよ、想像が。『ああこれは、斗貴っちたち足止め組の到着を待っている。現存する戦士の
大部分が銀成に集った瞬間の一大奇襲を目論んでいる』……とね。でしたらカウンターの、禁止能力の準備は簡単です。
彼女らが乗る新月村からのヘリがいよいよ銀成市の内側に到達というとき、核鉄を誰かに預ければいい。預けて俺っちは
渦の死角に隠れていればいいと」
(それがあの『そこらの戦士』への──…)
 XXVII(27)を借りての身バレ対策をも孕んだカウンターだったのかと高良は呻く。
(同僚として『月』の人格や能力に詳しいアドバンテージもありますが……そこからの応用と推察はまぎれもなく天王星個人
の素養。一般人ではなく戦士を核鉄の一時所有者に選んだのは……確実にするためですね。禁止能力の直撃を。同じそ
こらでも素人を槍で脅せば極まった恐慌で何をされるか分からない。極端な話、戦闘を知らないが故の無茶苦茶な暴れ方
が槍を渦の前から追放しあの光を掛け損なってしまう……というケースも。でも戦士なら『味方との合流』を餌にすれば……
戦士独自の救命への忍耐力半分、天王星への恐怖半分で不動となる)
 概ね同じ感想なのだろう。やれやれと眼鏡のノーズ・パッド部分を右手の人差し指で直しつつヌヌは息を吐く。
「だがそこまで鋭い君が今日まで『核鉄が媒介になると気付かなかった』というのは……」
「うっすらとは考えてはいましたよ。ですが市場性の実現性に阻まれ打ち消しちゃいました」
 打ち消しちゃいましたよじゃありませんよお蔭で私核鉄貸すハメに。高良は唇を尖らせたがブレイクは取り合わず、
「何しろ核鉄の大部分はレティクルか戦団か、音楽隊、すから」
(核鉄は全100個……。うち3個は現在、月に。残りのうち実に26個が鳩尾むめ、もとい、総角主税の組織に……)
 7年前以降占有されつつあったんだなあと家電風少女ははにかみ混じりに思う。ブレイクの笑みはニタニタとくぐもる。
「核鉄のほとんどは戦団所有。あとはL・X・Eのような古豪たちが所蔵。たまに銀成学園演劇部のような思わぬ場所にも
転がっていたりもしますが──…
「大部分は特定の管理団体のもとに、だね」
「ええ。てな訳ですから、埋蔵または弱小共同体所持といった理由で流動性を有す核鉄は現在恐らく20前後。それをアン
グラで売り捌くのは難しいかなと俺っち思ってまして」
「いまはネットあるじゃないですか」 高良は口を挟み、
「ネット関係は便利だからこそ戦団の監視は厳しい。そーいう電脳監視のせいじゃないすかね、この世界が言うほどホムン
クルスだらけになってないのは。ホムンクルス化の製法なんて、誰もなーんもしなきゃ、招待制SNSでハッパ譲るような気
安さで爆発増殖ですよ。でしょ? 違います?」
(……ぐ)
 言い負かされる。愛らしい無表情がひくついた。
「ホムンクルス増えまくってないのは戦団のネット監視が存外キチっとしてるからっす。核鉄も同じでしょ? この世の情報
網のだいたいに戦団が絡まってる以上、核鉄媒介の販路開拓なんて現実的じゃあありません」
「いやさっき、実際、媒介に」
 思わずツッコむ家電少女。そこなんですよねえと汗まじりに眉尻下げるブレイク。
「まったく何をどうやったのやら。これはたぶん、えるっちの商売人としての才覚あらばこその販路開拓、能力の発展じゃ
ないでしょうか? アホ毛で米粒に写経できる青っちの精密動作性が特殊弾編纂になったような【幹部の個人スキル】。
にひっ、第一弾か第二弾かわかったもんじゃあありませんがね、とにかく、ちかっち(総角)の認識票で複製された武装錬
金でもすぐには再現できない、えるっちならではの──…」
「そもそも『市場性うんぬんがウソ』って可能性もあるが、キミはそのへんどう思う?」
 小札譲りの長広舌になると見越したのだろう。ヌヌは事務的に切って落とす。(慣れてきてるなあ、ブレイクの扱い)。高良
は感心しつつも(あまり熟達したい技能じゃない……)と思う。自分も慣れつつあるのが嫌だし、悲しかった。
 天王星は目を開く。萱で切ったような眼差しが底光りを帯びる。少なくても彼はヌヌの根幹の形質が自分と同じものである
と認識したようだった。だが一瞬である。すぐさま爛れた瞼を閉じ、好々爺のように顎ふり顎ふり微笑する。
「人が他人に語る能力。その詳細は詰まる所『自己申告』でさァ。それこそ市場に溢れている銃やパソコンの商品説明なら、
可能不可能の立証はできます。再現性があるんですから。大量生産品ゆえに誰が使っても同じ結果が出るから、商品説
明が正しいかどうか客観的に証明できる」
(ああもう『虚飾』。いちいち長い)
「要するに武装錬金の特性はワンオフ……と言いたいんだね?」
「ええ。創造者以外のお方が手に取って、使って、『説明』の正しい正しくないを実体験するのはまずムリですから。ちかっち
やモノクルっち(月吠夜)のような複製能力者もいらっしゃるにはいらっしゃいますが、大多数の戦士さんは言われたままの
コトを信じる他ない。以上、能力が自己申告でしかないって理由」
「『敵』の語る能力が必ず正しいのは漫画だけです」
 時には味方ですら真実を語りませんから……半眼になりドヨリと猫背をする高良に「ん? ああ、そーいや『昔』……」と
ブレイクは何事か気付きかけたが、「やめたまえ、女のコの過去だよ。(なにあったか知らんけど、可愛い後輩を守るのは
先輩としての役目なのだ!!)」というヌヌの制止によって本筋への回帰を果たす。
「能力の詳細は政治家の行動歴に等しい。にひっ。明かし続けりゃあね、付け込まれますよいつか」
「確かに盗聴とか内通で敵に漏れたら危ないですからね、命。私たちもむかし木星の忍法でアジトの──…」
「んー。確かにそういった『抗争相手』への情報流出を懸念するのも処世の1つでしょうけど」
 他に何か? またもペースを遮られた高良がやや面白くなさそうに唇を尖らせると、天王星は陰の滲む笑顔で左手の人
差し指を立てる。
「組織立った大苦戦の渦中で最も怖いもの。それは盗聴でもなければ内通でもない」
「盗聴や内通より怖いもの、ですか? ありますそんなの?」
「『戦後の政治を考えられる、味方』」
「っ!?!」
「だってそうでしょ? 外患どうすんだって時すら椅子めぐって蹴落とし合うのが人間なんですからね。大苦戦のなか安全
な後方で戦後の構想ユメ見てる人らにしてみりゃ、出撃するたび勇壮な戦果で発言力を増していく能力者など迷惑でしか
ない」
「戦後利益産む施設であっても終戦妨げるなら壊すって人もだよ、ブレイク。”アレさえなけりゃ事態解決なのに何で保全し
てるんだ”と怒ってた現場の心は一気に全部掌握される。一気に人気持ってかれるから」
「やっちゃいますよー戦後第一の人は。未来(まぼろし)の権力守るためにね! タイミング? 能力ある人が外患手に負え
るレベルにしてくれた時点ですよ! そっからはすかさず、知った能力を、知った行動歴を、悪用して潰しにかかる」
(白起だっけかなー。似たコトされたの)
 右拳を口に当てたのはヌヌ。当てた部分を、開く。
「だから優秀な人になればなるほど人に能力を明かさないってのはブレイク、君、自分を指して言っとる訳かね?」
 いえいえとんでもない。ブレイクは緩やかに首を振る。芝居がかった様子に高良は軽くイラっときた。
「買い被りっすよ。ま、確かに? 青っちの仇を討つまでは、能力を攻略され始末されるのは防ぎたい。他の人たちもそうで
しょう。平和を勝ち得るまで死ぬ訳にはいかないと、そういう方面から、能力を、攻略の糸口を隠す人のが多いでしょう。でも、
のちの大人物はちょっと違うニュアンスでやる。『自分にしかできないコトを教えすぎると、いつかそれトリックにした冤罪作
られ処断されるのではないか』って警戒する」
「まあ確かに、敵が能力のほころびを突いてきた場合なら味方に庇って貰える目もありますが、味方がやってきた場合は
難儀でしょうね。椅子欲しいだけのイチャモンですら正論で理論武装すれば、組織機構と合同すれば、他の友好的な仲間
ですら庇いようが動きようが、なくなりますから。やるんじゃないか、やったんじゃないかの疑惑のスキャンダルひとつ浮かぶ
だけでヤバいのが組織ですし」
「この夏の再殺騒ぎなんかモロだしねえ。黒い核鉄目当ての陰謀などではなかったが、『臭いモノにはフタ』だったのは確か
だよ。(カズキさんは誰も傷つけへんゆうてたのに何で疑って追っかけまわしたんだよ戦団! むきーっ!)」
「その辺の機微からすね。能力が行動歴に等しいってのは。だから後年のぼりつめる優秀な人ほど差し支えない部分しか
言わないし明かさない。それは戦後の政治など到底考えられぬ狂人ばっかなレティクルでも変わらない。俺っち含め気に入
らなければ殺すで染まってんのが幹部ですから、にひっ、能力は一般的な文法の方で隠します。現に青っちだって吹断が
銃口内部の薄片によるものって以上の情報は、特殊弾編纂の詳しい仕組みは俺っち以外にゃ明かさなかった。実にまっ
たく、『雄弁は銀、沈黙は金』…………」
「例のデッドの……『手作りのワンオフ品も媒介足りうる』も、そういう疑念かい?」
「外れてれば良し。的中していたならなお良し。減るでしょ? 見捨てられて死ぬ戦士さんが」
 一瞬片目をつぶるブレイク。(冒頭の意趣返し、か) 論壇の口火を軽く蒸し返されたヌヌは薄く笑いつつ溜息。
 噛み付くのは、高良。
「おかしくないですか?」
「え?」
「あなた新月村では結構な数の戦士を殺したんですよね? それが銀成(コッチ)では核鉄一斉爆破の再発を防いだり、ワ
ンオフへの警戒を促したり……どうして救ける側に回ったんですか?」
 青っちのためですよ。歓呼に打ち震えるブレイクの声音は高良の背中を粟立たせるに充分だった。
 広がっている。仮面そのものの笑みが天王星に。
「新月村の時は青っちが喜ぶから殺した……。銀成市の時は青っちの蘇生に繋がるから見逃した……」
「後者。マレフィックアースですか」
「はい。闘争エネルギーを糧に降臨するそれは、死者蘇生をも軽々とこなす……とか。ですから降りてもらわねば困る。降り
て貰うためには戦士さんらの質と量を保つ必要がある。えるっちは何人か、強力な戦士を能力披露の間もなく葬ってるんで
すよ。確かにそれは最善手、一大戦乱では推奨でしょう。でも所詮はえるっちの、私情。戦士にお母さんや使用人さんたち
を殺された復讐に過ぎない。しかも当事者ら全員、事件直後きっちり殺されてもいる……」
 迷惑なんですよねえ。爽やかにブレイクは微笑する。
「たかが私情の残り火で、いいエネルギーの苗床壊されんのは迷惑なんすよ。減数の速度は適切でなくてはならない。戦
士さんらが無傷で勝つのは困る。しかし急速に絶滅されるのもまた困る…………」
「……調停者を気取る、か。(いやブレイクあんた新月村の時のリバースもそれ! 復讐鬼だったから! あんたその私情
に付き合ってたよね!?!)」
(ダブスタです。合理的ではありません。しかもブレイクは分かった上でやってるカオ。腹立ちます。殴りたいです)
「先ほどの核鉄媒介が何人殺したか分かります? 86人っす。わずか一波で青っちより32人も多く殺してんですよ」
(だから何でわかんだよ。ブレイクてめーホントはどんな能力してんだよ)
 ヌヌは笑顔のまま内心ガツガツツッコんだ。
「1回で90人近く斃せる攻撃。連発されちゃあ戦団も音楽隊も終わりすよ。どっちも呆気なく惨敗する。惨敗されると」
「先ほどのとおりマレフィックアースが降ろせなくなりますし」
「レティクルの消耗も減る。するってえとリヴォさんが他の方々と連携しちまう訳でして」
(すると仇討ちが難しくなるから……ですか)
(コイツ。食い合わせるつもりだな。核鉄媒介禁止で浮いた機会損失の逆ゆく戦士たちと、元は仲間の幹部らを……!)
 とにかく核鉄媒介に限っては俺っち、戦士さんらの味方です。ブレイクはくすくす笑う。
「ただ、えるっちそのものには恨みはありませんし? 戦士さんらへの復讐を果たさせてやりたい気分もまたある」
「だから『武装錬金そのものの使用』は禁じなかった、と? (私情が迷惑つった口でよくもまあヌケヌケと……)」
「えるっちにも戦ってもらわないと、青っち復活ありませんからねェ」
 絵に描いたようなドス黒い灰色!! 高良はつくづくと呆れた。
(私たちと彼との関係は共闘ですらないと思うべきです! 『同行しているが、互いへの妨害をやめているだけ』。きっと
ブレイクは私たちがリバース復活の邪魔になると分かったら……殺しにかかる! いまだ能力を明かしていないのもその
ため! しかも──…)

──「『自分にしかできないコトを教えすぎると、いつかそれトリックにした冤罪作られ処断されるのではないか』って警戒する」

(これは私たちと戦団をかち合わせるという宣告! かつ、布石! もしここで気付けていなければ詰られるところだった!
そう。裏切られよくもと喚く私たちに、どうしてここでのヒントに気付けなかったのかと言い放ち……洞察の不明を詰り! 
糾弾の気勢を削ぐための、つまりはその土壇場での知恵の捻出を妨げるための……剣道でいう『無形の攻め』!)
 やはり油断がならない。高良は再び認識する。
(核鉄媒介封じを見ても分かるように、ブレイク、幹部だけあって狡猾なのは確か! ですがその狡猾さが私の標的たる
金星の征伐においてプラスに作用するとは限らない! っ! そもそも! 私たちの作戦行動の基幹は水星の奇襲!!
彼が本領を発揮する前に能力の大部分を無効化するのが目的ですが、ブレイクがそれを黙認するとは限らない! 『瞬殺
またはそれに近しい打撃を与える=戦闘の激しさが減る=マレフィックアースの召喚が遠のく』。アースによってリバース
の蘇生を目論むブレイクが水星奇襲の際どう振る舞うかは不透明!)

(コイツは総角主税……さん、の能力だって封じているんですからね……! あの人じたいはどぉ〜〜でもいいんですけど、
無銘さんがお父さんお父さんって呼んでるんだから、封じられていたら迷惑なんです! デッド刺した様子なのに血は回収
してないし! ムーンライトインセクト複製用のサンプル採取してないし! だから!)

 理想は。高良の思考、続く。
(理想は、水星攻略戦前のブレイク退場! 念願のリヴォルハインと噛み合わせて敗北または満身創痍の勝利とすれば
討ち取るのは比較的容易かもです。謎めく武装錬金だって土星相手なら手の内総て晒さざるを得ない。対策が練れる)
 つまり。心がけていくべき物は。
(リヴォルハインvsブレイクのセッティング! そしてそれはヌヌさんも模索している筈! 霧杳さんを銀成市に放った理由の
幾つかはきっとそれ! あとはいかにこちらの目論見を悟られるコトなく、自然な形で誘導できるか……)
 ヌヌは左掌を額に当てやや前傾姿勢。軽い懊悩の気配がした。自分と同じ結論なのだろうと高良は思う。
(他の方策。他の方策はどうなんでしょう。ヌヌさんは頭がいいから、きっと何か有効な手立てを高じている筈!)
 期待の視線に、ヌヌは、ふっと笑い。
「ブレイク」


 午後9時35分。

(よーやく立てるよーになった。これでさっきの本屋みたいなヌルい攻めも終わりやな……)

 ヨロヨロと立ち上がったデッド。失血の余韻でいまだ晦冥状態の頭が蜻蛉を描くがそれでも意思を張り、考える。

 薄くだが念頭に置いていた。対立の話だ。リバース死亡を知った時点から「あるいは」とブレイクを見ていたのは前述の
通りである。
 だがその前提はリヴォルハイン絡みで交わった瞬間のみに限定されていた。読みとしては正しい。デッドとブレイクの関
係は良好。デッドがスカウトした縁から知人以上の先輩後輩。よってデッドがリヴォルハインとの共同戦線を張らない限り
は狙われる道理がなく、しかもデッドの相方はレティクルに加入してからのこの10年ずっとディプレスで固定されている。

(なのに『なぜリバース殺しと全く無縁なウチの脇腹傷つけたか?』)

 リヴォルハインが攻撃されたのなら分かる。仇だからだ。だがデッドはリバース死亡とまったく無関係だ。共謀を疑われる
行為もなく、何かを誤解されていたとしてもブレイクならば性格上真偽は問う。何せ……あるのだ。禁止能力が。虚偽を禁じ
問いさえすれば真実は容易に転がり込む。

(核鉄媒介禁止した理由(ほう)は分かる。ハイペースで戦士を始末されたらマレフィックアース召喚とそれに伴うリバース
蘇生がワヤになるからや。でもやで? じゃあウチの右脇腹を刺してきたのはなんでやって話やんか? ヘタな危害は敵
を増やす。怒ったウチが秘密にしとった能力解禁して反撃始めたらブレイクはリヴォどころやなくなるんやで。ソレわからん
アイツやない。だいたい殺すのが目的やったとしても幹部はCFクローニング持っとる、ちょっとやそっとの攻撃ならハイ修復
しましたで終わってまうわ)

 1つにはポーズがあるとデッドは思う。

(ブレイク……もしかしたら第三勢力的な連中とつるんどるんかもなあ。根来とか。イソゴばーさん狙て抜け忍なったし、新
月村付近じゃ戦士3人ウチから助けとった。でも標的が標的である以上、徒党は欲しい筈。で、復讐のためレティクルから
離反したブレイクは相手としてはうってつけ。よってもしつるんどったとしたら、ウチへの攻撃は必要や。自分の為でしかない
核鉄媒介禁止で一石二鳥できる。あの攻撃によってレティクルとは切れてますよーと言えるからな)

 だが引かれる槍に血がないのもデッドは見ている。

(たぶんコレもポーズや。ウチへのポーズ。『総角にムーンライトインセクトを複製させるつもりはない』いうメッセージ。つま
り完全に戦団側に着いた訳ではないという、宣言! つまり、つまりアイツは──…)

(コウモリ!!!)

 でよーんとデッドの想像世界にブレイクが浮かぶ。火傷のある(先ほどの渦から見えたのはハルバードだけであるが、
核の火傷が残っていたコトは最後に会った幹部(リヴォ)から聞いているので)、火傷のある顔で手をシュっとやりつつ三本
線の目で笑い六等星すら浮かべている。

(アイツ……クソやな!? これ、ウチらと戦士らが一定数喰い合ったあと有利な方就くつもりやぞ!? 就いてリヴォ殺しに
利用する気やぞ!?)

 らしいっちゃらしいが腹立つわぁ。饅頭顔で口を漢字の「皿」に歪めて汗掻くデッド。(ああもう7年前といい今日といい、
ウチは幹部に戦闘ジャマされる運命なんか……?) 養父ディプレスといいブレイクといいどうも月、内訌(ないこう)の星
の元にあるようだ。

(ま、まあエエわ。コウモリ気取っている限り、総角のワダチ以外使用禁止は継続する。これはブレイク最大の保険。総角
の剣術以上の怖さ『色んなモンの連携』封じとる間はブレイク、ウチらから殺されるコトはない。しかも禁止を続ける限り、
アイツは離反を別行動と言い張れる。仰せつかった任務継続しとんのは事実やからな。なんならウチの核鉄媒介禁止す
ら『マレフィックアース降臨のため、ブレーキ役を務めた』と良いように繕える。あのリバースですらちぢみ上がったおっそろ
しいイソゴばーさんの追及すら軽くいなせる文句なしの『行動歴』や)

 その上で、土星を狙う。私憤だが止められる幹部はない。回収すれば復帰できたのがリバースだ。復帰していれば例の黒い
錐で前以上に戦士を攪拌しえたのがリバースだ。
 殺したリヴォルハインへの目が暖かい訳もない。恋人との死別経験のあるウィルはブレイクに同情的。ディプレスはリバー
スのケンカ友達、デッドは狙撃の同好会。イオイソゴは「使える限り、使い潰す」合理主義者。グレイズィングは膜をオモチャで
破りたかった。
 結果、リバースが死んで快哉したのは盟主(誰が破壊されてもとりあえず喜ぶ)とクライマックス(むかし腕折られた恨み)。
 残りはブレイクの禁止能力への恐怖も手伝い、リヴォルハイン制裁には肯定的。(ただし木星だけは殺さず罰せよ派)

 では他の幹部はどうか? 少なくても現段階における自分は殺害対象外にあるとデッドは見る。根拠は──…

(『槍で”ウチ”を刺した』。これやな。もしアイツがウチの殺害を目指しとるんやったら……体は刺さん。『ウチではなく周囲
を壊す』)

 ムーンライトインセクトの特性は『媒介狙撃』。媒介の条件こそ難解で変則的だが、その本質はあくまで『狙撃』。狙撃者
の所在は隠し通さなくてはならない。

(ブレイクの槍やったらウチの所在を戦士にバラすぐらい、朝メシ前や。『ココ』の壁を盛大に吹っ飛ばすだけでエエねんや
からな!!)

 されば戦士らは来る。市民が何らかの爆発事故に巻き込まれた可能性を描き、やってくる。

(……。いずれコトは構える予定。そやけどそれはディプ公があのネコの飼い主(貴信)と遣り合うための戦士減らしをした
あとの話。ディプ公vs飼い主セッティングする前のヤサ割れはまずい)

 右脇腹をさする。キャミソールは血液でバリバリに固まっているが、傷は安らかに塞がっている。

(修復不能な義手や義足やのうて修復可能なココを攻撃したのは第三勢力側へのポーズもあるが『警告』や! 渦がどこ
に来るか分かり、渦からはウチの体のどこでも攻撃しうるという警告! だからこそ治る部分をわざわざ選んだ! もし義
手や義足を破壊されとったらヤバかった。ないからなスペア。作ろおもたら作れたけど、使い込んどらん義肢はどのみち
付けてもさほどは動けん。神経接続めんどいし、痛いし)

 身体上の特異性から来る弱点こそが義手であり義足である。害意があるなら脇腹ではなくそちらが攻撃されていた。CF
クローニングなど持たないただの装具だ、壊せばデッドの機動は削がれる。媒介選定にも支障が出る。

(何でそれをされへんかった→できた筈のコトをやらないのは威嚇射撃→じゃあ威嚇によってどういう行動をウチに取らせた
いのか、という思慮を導くのがブレイクが脇腹刺してきた理由やないか?)

 ではブレイクの望みは何か? 大綱はわかっているとデッドは考える。リヴォルハインへの復讐。リバースを殺した男に
鉄槌を下すためブレイクはレティクルを離れた。

(となると警告は『リヴォルハインに味方したら次はガサばらす』? ……いや、弱いな。まず第一にウチはリヴォルハイン
とさほど親しくはない)

 レティクルの派閥はディプレスラインとリバースラインに大別される。これは研究班の明暗と等しい。『ミッドナイト=キブンマン
リの後釜となる土星の開発』。これを達成できなかった副班長ディプレスと、達成できた班長リバースが、人間集団らしい”何
となく”で派閥の中心となっていた。
 ディプレスラインにはデッド(実質義理の娘)、クライマックス(いいカンジ)、盟主(落伍者好き)、ウィル(デッド悪友)。
 リバースラインにはブレイク(恋人)、リヴォルハイン(製造物)、グレイズィング(防疫顧問)、イオイソゴ(新人監視&調整)。

(ウチは派閥が違うよって、リヴォとはそんな仲良うない)

 派閥の違いはブレイクも同じだが、こちらには先述のとおりデッドがレティクルに引き入れた縁がある。よって超党派的な親
交があり、リバース死亡に対しても同情的。妨害受けてなお寛容なのはそのせいだ。

(だからブレイク、リヴォに味方すんなってウチに威嚇する必要性はない。これが第一。次に、第二に、ヤサばらすゆう脅迫
はネタとして弱い。だって光の槍で周り壊されへんかったとしてもいつかはバレるで? ディプ公支援したり市街狙撃したり
してく限り、いつかは頭のエエ誰かの戦士がウチの所在突き止める。こっちはそんなん折込み済みの予想済みや。よってヤサ
がバレても単独戦闘できるよういっつも備えとる。今回特にたっぷりと)

 もちろん早期での所在バレはディプレスvs貴信のお膳立ての不履行に繋がるためデッドとしては甚だ不本意ではある。
 が、それだけだ。即時の命の危機ではない。
 何故ならば──…

(ムーンライトインセクトは、迎撃でこそ真価を発揮する武装錬金!)

 朋友ブレイクが知らぬ道理はない。

(つまり右脇腹攻撃してまでしたかった脅迫は、ヤサどうこうやないな。もっと積極的な……そう、例えば『リヴォルハインの
弱点を教えろ』的な。脅迫ですらないんやないか?? 復讐の段取りを整えるに足る具体的な助力をウチから引き出した
がっとるんちゃうか?)
 ただ、弱点などの情報をデッドは持たない。派閥が違うのだ。そういった情報ならむしろリヴォルハイン開発者たるリバースの
恋人……つまりブレイク当人こそが詳しいのではないかとデッドは思う。

(うーん。でもブレイクがウチになにかせー持ちかけてきとるのは確かやしなあ。罷り間違えれば敵増えかねへんチョッカイを
わざわざ出してきた以上、あの攻撃には何らかの要請が含まれとったと考えるべきや。一体それは……いや、深さだけ増
してっても解決にはならへん。視点変えよ。ブレイクがウチにちょっかいかけてきたのは、かければ『そのなにかが』可能に
なるからや。言い換えればちょっかいかけな『できひん』かった。じゃあ何がある? ブレイクは出来へんくて、ウチは出来る、
リヴォルハイン攻略の手順。ブレイクにはあらへんけどウチにはある【幹部の個人スキル】、ソレってなんや?)

 商売人の才覚。
 媒介狙撃。

(このうちのどちらかか或いは……両方? じゃあこれを動員して掴めるリヴォルハイン攻略法って……なんや?)

 見当もつかない。相手は閾識下に超巨大な演算ネットワークを持つウィルス型ホムンクルスだ。民間軍事会社という
武装錬金のネットワークによって尋常ならざる処理能力を持ち、戦闘においては倒されても近辺の細菌への寄生を以って
復帰する土星の幹部の弱点を、媒介狙撃でどう探せというのか。デッドは軽く頭を抱えた。

(いやまあ厳密にいえば1つ、細菌殺しの手管はある。もしブレイクが根来と行動しとんのやったら原理上はできなくない
な。けど……実務上は無理やぞこれ。何より『殺した!』って感じが薄い。最愛リバースの復仇の決着としては映えんコト
甚だしい。ああもうじゃあなんなんや。コレが無理いうたらウチの媒介狙撃で見つけられそうな『リヴォルハイン』は皆無……)

 つるつるした金髪を義手で軽く掻き毟っていた月の幹部。その動きがぴたりと止まる。

──「あのー。デッドさんとウィルさん……スよね?」

 疵のある目の色が変わる。耳。ピアス。さまざまな形のそれが脳裏をよぎる。

(まさか……アレ、なのか? ブレイクの……目当て)

 有りうると思う。手中にして何を施すか見当もつかないが、

(ブレイクかて隠し手はある! ソレか、ソレをアレに使えば或いは、いう話か……?!)

 土星(なかま)を造反者に売る。最悪だが躊躇はない。
 デッドは奪うものをひどく嫌う。リヴォルハインは内裏(ブレイク)から雛(リバース)を『奪った』。揃っていたものが揃わなく
なってしまったという『強欲』ならではの特殊な感傷が燻っているところに吹いたものこそ、核鉄媒介禁止の大風。
 心の火の手は広がった。
 虎の子の策をダメにされたのだ。それも、とばっちりで。原因は2人だが直接組織に誘っており、かつ、奪われた被害者で
あるブレイクの方が可愛く思えたのは心理から言って当然だ。盟主に恋する少女としての同情もある。
 一方のリヴォは元戦士だ。自分の母と使用人を奪った戦士と元は同属だったという実感もまた裏切りを後押しした。ただ
邪魔されただけと、一度許したのに邪魔されたでは後者の方がケタクソ悪い。元戦士のリヴォを「奥さん亡くしたせいで退団
したから」と同情的に見ていたのに、前歴を許したのに、3月3日の右上を空座にしたあげく虎の子の頓挫のきっかけにすら
なられた。リバースほどではないが怒りっぽいデッドは、そこが不快だ。

(ぬぁーにが救いやリヴォ! オマエただ義妹に敗れて衰弱した女のコ不意打ちで謀殺して雲隠れしとるだけやないか! 
殺意を誰かに抱くのは勝手やけどなァ! 綺麗事ぬかす以上は正々堂々勝つべきやった! 真向からリバースと戦って
勝つべきやった! もしくはブレイクと決闘な!! ソレせえへんからコジれてウチまでメーワクしとんのやぞボケぇ!)

 ウチも奇襲はするが狙撃には直通ゆうリスクも負うとる……そうでない土星は勝ち気だけの輩だと断ずる。

(民間軍事会社とかいうネットワーク築いてわーい不死身やとイキりよってからに新入りがァ……! オマエ一番新参やろ
がい。ざけやがってェ……!! ここらでバチ喰らわせてやらなアイツに中から蚕食されるわ! 愛しの盟主さままでもが
危ないわ!!)

 土星は同胞(シリーズ)ものではなくなった。だから強欲は冷然と切る。

(核鉄媒介を封じられた挙句、情報供与に利用されるウチはまあ冷静に見れば損続きではあるけれど)

 相方を失くした後輩の駄々を聞き入れ『メシ』をも奢る。責務ではないか、先輩の。くっくと少女は笑う。

(でも覚悟はしとけよブレイク。こんだけ譲歩したったウチにまーた攻撃なんぞしよったら……)

(ちんちん潰すで♪)

 ディプレス党。リバース党。両党中イオイソゴに近いと評されるモノこそデッド=クラスターであり、

(ほなどこにアレ行ったかわからんが、やってみるで早速な!)

 物品さえ特定できれば捜索可能。それがムーンライトインセクト!

 午後9時39分。地下。移動に振動する『モヒカンの戦士の武装錬金の中』にて。

 大きな紙袋へ、だった。黄ばみが浮き、生地がダマになった水色のタオルが1枚、放り込まれた。ほぼ総ての面積が赤
黒い染みに占拠されている。落ちてゆくタオル。底に堆積するタオルたちの汚れはより濃密だ。重力に引かれ繊維から滲
出した『汚れ』は白い紙袋に敷かれた厚紙の底板をひどくふやけさせている。外側から見ても紙袋はもう、下の方が、赤い。
脆化もきたしているらしく、ところどころタオルの一部が突き出している。タオルがまた、放り込まれた。紙袋の内側に赤い
水玉がいくつかピっとつく。タオルは紙袋のすぐ傍にいる車座の男たちが放り込んでいた。綺麗な氷の床に置かれたガス
マスクを取り囲む男達は無言のまま忙しくタオルを動かしている。
 近くの座椅子ではカチューシャをつけた童顔の少女がうつむいたまま、ひっく、ひっくと激しくしゃくり上げていた。血の
臭いの染み付いた再殺部隊の制服のズボンの、太ももの辺りを、ぶるぶる震える手でつねっていた。
「守れ……なかった。守って…………あげられなかった…………!!」
 タオルがまた、紙袋に落ちる。ポケットティッシュと同じパッケージングをされたメガヌ拭き用アクリル系不織布を病院の職
員から受け取った男が洟を鳴らし、袖を目にやる。ガスマスクのゴーグルからぬめりを取る。ただそれだけの作業が男達
から静かな嗚咽を引き出した。
 不慮の死を遂げたお団子少女。彼女からガスマスクへと降りかかったものの処理は続く。

(よくも幼子を殺めてくれた)
(ディプレス=シンカヒア…………!!!)

 タオルや不織布を用いる戦士ら。眼光に輝映する哀痛の寒色は徐々にだが嚇怒の炎色へと変じていく。

 午後9時37分。

『そこらの戦士』からの情報、戦士らに届く。

 銀成市大通り。

「ワームホールで狙撃を行い、貴重な媒介(モン)ほど射程が延びるクラスター爆弾、か」
「あら厄介。でも信じるの剛太クン? 情報源はブレイクらしいけど」

 剛太は軽く言葉に詰まる。桜花はくすくすと笑った。

「恋人を殺されたんだ、裏切って情報流すのは当然だろ。そんな顔してる」

 人は自分を基準に人を見る。もし斗貴子が戦士に殺されれば剛太は戦団を売るだろう。ブレイクはリバースを殺された。
置換は生じる。恋愛という骨子に賭けて月情報を真実と信じる。

「一応、核鉄媒介って前例はあんだろ」。豊かな髪を掻きあげ弁明する垂れ目の青年。
「確かに一致する部分は多いわね。ただ念のために言っておくけど」
「わーってるよ。ブレイクが誤認してる場合もある。一部の特性しか教えられてないケースもな」
「で、どーすんだゴーチン? 誰と戦う? いま銀成を攻めてんのは

月。デッド=クラスター。
火星。ディプレス=シンカヒア。
冥王星。クライマックス=アーマート。

 の3人。あとは殆ど要塞に籠もってる。誰からだよ? まーお前だけツムリンと合流ってのもらしいっちゃらしいけど」
 茶化すエンゼル御前に「うるせえよ」剛太はむくれる。
「そりゃできれば加勢したいけど、先輩は恐らく冥王星討伐に向かうだろ」
「銀成市に蔓延する無数の自動人形の大元ね。『自動人形を倒すには自動人形使いを斃すのが手っ取り早い』。迅速に
処理するに越したコトはないわ」
「バルスカは一対多数に適した武器。同行している鐶も似たようなもんだ。俺ら6人がかりで辛勝だしな。そしてサップドー
ラーの気象操作も広域特化。よって生半可な加勢は却って足枷になる。最低でも気象操作を1時間以上ずっと回避できる
実力の持ち主でなきゃ、行っても足しにゃならねェよ」
「アレ? でも向こうには震洋もいなかったっけ?」
「ああ。だから多分アイツも別の戦線だな」
「病院のディプレスとか? 165分割は分解能力と同系統だし」
 そこまでは分からねェと掠れた声が遮り、
「火星も俺らの戦力では無理だろ。いくら分解能力が気の持ちようで防げるもんだと言っても限度がある。先輩のコトで
すーぐ動揺する俺、元信奉者で分身が子供丸出しの生徒会長……。解体(バラ)されるぜってー解体(バラ)される」
「あら私まで巻き添え? これでも怒ると怖いって秋水クンには評判だけど?」
 笑いつつも目だけはそうせずシナを作る桜花に、「モーターギアとエンゼル御前。シルバースキンすら分解した能力
相手に立ち回れる火力か?」とつれない返事で締めくくる。
「じゃあ月かゴーチン? それとも全員スルーして要塞突入まで戦力温存?」
 前者だよ。剛太は嘆息する。
「要塞突入する先輩を温存した俺が支えるってのも考えたけど、許しちゃくれないって、無限増援と媒介狙撃は。何もせず
無傷でやり過ごそうとした場合絶対ぇどっちかに引っ掛かって包まれる。何より」
「何より?」
「先輩は乱戦に挑む。そこへの媒介狙撃とか危険すぎだろ。絶対阻止だ!」
 でしょうね。何より相手は頭を使うタイプ、私たちとの相性はいいはずよ。悪女めいた笑みが雨の街にしっとりと花咲く。
「って、結論になったけど、お前たちはどーすんだ?」
 潰れたキューピッドのような人形がヒキガエルのような声を漏らすと、
『ディプレスもデッドも決着をつけるべき相手! しかしまず止めるべきは後者! 被害が広域、だからな!!』
「あたしはご主人がいいならなんでもじゃん!!」
 無理をしている大声と底抜けに明るい元気声がまず反響。

 次に陰鬱な、疲れきった声が響いた。

「僕たちチーム天辺星も、同じ結論、うん。同じ結論だよ」

 コンバットスーツの上に若手刑事風の茶色いコートを羽織った青年がどんよりと答えた。映画のポスターの主演の位置に
いても違和感ないほど端正な顔つきだが眉根の寄り方の切実さときたら、重度の胃痛でも抱えているようなありさまだった。
 小声でささやきあう剛太と桜花。

(チーム天辺星、の、副隊長だったよな。なんでコイツこんな暗ぇんだよ)
(色々あるのよ人生は。私は親近感。嫌いじゃないわ)

「ふふ、昔、僕が、手がけた事件の関係者が、何の関係もない人たちを惨殺しちゃってだね……」
「いい。そーいう話はいい」。引き攣った様子の剛太は手を振る。
「まずは自己紹介してくんない? 見た目先輩に不躾だけど、いつ媒介狙撃来るかわかんねえ」
「そうね。誰が誰だか分からないと連携の取りようもないし」

 剛太と桜花の目の前には影が7つ。一瞬どよもしたが堰を切った様に名乗りを上げ始める。

「天辺星ふくら!!」
「星超奏定……」
「突騎指弘」
「城田いくちゃんだよ、よろしくねっ!」
「音羽終です」
「弔影誰何だ」
「狩衣バモラと申します」

 貴信は指折りつつ、顔と名前を紐付ける。

 天辺星は金髪サイドポニーの美しい少女。
 奏定は先ほどの薄暗い青年。
 突騎と名乗った男はアサルトライフルを持った中年男性。
 城田は天辺星より2つは年下の少女だ。魔法少女とミニ和服折衷のアウターが目を引いた。
 音羽終も見た目同い年だがややオドオドしており頼りなく見えた。音羽? 貴信はどこかで聞いた気がした。
 弔影は左目を藍色の前髪で隠した不遜そうな少年だ。
 狩衣バモラは一発で覚えた。外見に孕んだ特異な事情が一団最強の印象を振りまく。

「えーと。狩衣サン」。剛太も呆れつつ気圧されている。
「バモラで充分と存じます」
「じゃあバモラクン。その見た目は武装錬金の特徴? それとも特性?」
「バーチャルチューバーでございます」
「なんだよバーチャルチューバーって」
 御前の呆れは尤もだと貴信は頷く。

 バモラは分類すれば人間の形だった。性別は男性。黒髪トゲトゲ頭の十代。そしてアニメ世界の人間だった。肉体は立
体感にあふれており、降りしきる雨にも濡れる実体を所持していたが、顔や衣服の色は現実世界とは隔絶した彩度の高い
ものだった。顔つきも簡素。縦棒の目と三角の鼻。口も半円と子供でも似顔絵できる見てくれだ。

「なあ」。剛太に説明を求められたチーム天辺星一同は一斉に顔を背けた。
「そもそも狩衣って狩りの衣服じゃないわよ? 古い時代の……貴族の礼服よ?」
「はい。既に728件、承っております」
「分かった上で名乗ってんのかよ。あーこれたぶん迷彩服か防弾チョッキか、衣服系の武装錬金だな……」
 桜花の指摘にも動じないバモラにエンゼル御前は呆れつつも理解を進める。
「その変な感じ、武装錬金の影響じゃね?」
 影響じゃなかったら困ると貴信は痙笑を浮かべる。だがバモラは無回答だった。行く手に不穏が立ち込めた。
「そもそも本体、ここに居んのか?」 剛太は縋るように言う。「正直、遠隔操作で自動人形って方がまだ分かりやすいぞ」
「…………」
「答えろよ。能力わからないと連携の取りようが」
 ピロン。音が鳴った。剛太の胸に星型の光が灯る。
「っ! また」
【トロフィー:初めてバモラくんの正体にツッコんだ】
 目のすぐ前に浮かんだ文字に当惑する彼に、
「あのぉ、Tips、バモラくんの正体については、Tips読んでもらった方がぁ」
 茶色い姫ヘアーの少女がおずおずと歩み出る。右こめかみの上にハイビスカスを挿した小麦色の肌の少女が。
「なに、Tipsって」
「ひぃ! あああそれはそれはそれは頭の中に出てくる単語説明みたいなもんですぅ!!」
「ギャルっぽい見た目の癖に臆病だよなオトワン」
「オトワン!? えええそれだと私、従兄弟の警くんとの区別つかなくなぁい!? ややこしない!?」
 あー、だからリトミックQ.T.Eの特性詳しかったのね……桜花は納得した。アジトへの急行中聞いた軍用イルカの武装
錬金。その情報源は音羽終だったようだ。
(性格は……僕寄りだなあ! でも武装錬金は僕より便利。形状は勲章。特性は……所定の条件を満たした者への援助)
 貴信が初めて目撃したのは核鉄媒介狙撃時だ。
(あの時は【トロフィー:7年仕込みの奇襲を受けた】が発動。僕たちの対応速度を極限まで上昇させた。剛太氏が2つしかない
戦輪で30近い筒を処理できたのはそのお蔭……!)
「ありがたく拝読したまへ。秘密主義のバモラの能力を知れるのは貴重な体験と知りたまへ」
 片目少年こと弔影は額に手を当てたり両手を大仰に突き出したりの妙なポーズをしながら呼びかける。
(妙に偉そうなんだよなこの人!! あと名字から推察するに武装錬金は弔砲! 弔う、がつく武器ほかにないだろうし……!)
「騒がしいな。夕暮れのオシドリどもじゃあるまいし」
(何かと動物に例えたがるのは突騎さん。コードネームはアサルト。武装錬金もアサルトライフルでどうやら特殊弾を作れるらしい)
「そんなコトよりいくちゃんの歌を聞いてくださいっ!!」
(今いう!? 物怖じしないなあこのコ! しかも城大工の武装錬金で道路に高台作ってるぞ!?)
 この2名は新月村近辺で名前と能力を開示されたため、貴信的には馴染み深い。
 高さ50cmのサークルの上でボックスステップを踏み始めた城田。他の面々は止めるどころか歓声をあげる始末。
「いやなんで出発しないのアンタたち!! 幹部! 誰を成敗するかイマイチよくわからなかったけどやると決めたら先延ば
しなんか大嫌い! やるのよいくのよブッ飛ばすのよ!!」
 はーい天辺星さまー。騒いでいたチームの面々は敬礼した。
「で、誰ぶっちめんのよ!?」
(話し聞いて欲しかったな天辺星さま! だが頭脳労働は不得手ながら人を引っ張る力に満ちているのはやはりリーダー!)
 バカだが強引を極めて婉曲的に表現した貴信は天辺星さまの腰にある武器へと極めて同情的な視線を送る。
『きぃ! あなた本当に耳ついてますの! デッドですわよ、デ・ッ・ド! 現在銀成市を攻めている幹部の中で一番あたくし
たちが対抗しようのある月の幹部を討ちに行くと! そういう話を!』
「リウシン! あんたチョーチョー血に飢えている!! なんで喋るかまだチョーチョーよくわかんないけどアタシとみんななら
やれると思う信じてるッ!!」
『ですからあたくしはリウシンではなくミッドナイトだと! ちょ、おやめ! 話! 話をおおおおおお!! やめ、振り回すの
危なっ、おやめーーー!!』
(ミッドナイシ=キブンマンリ氏。まだ肉体があった頃つまり7年前は僕らのリーダーもりもりさんすら圧倒した超絶の実力者
なのにその事件の影響でいまは天辺星さまの武器に…………!)
 中国剣に鏡映するのは桃色のツインテールの少女。人間を絶した神性の美貌も天辺星さまの暴挙の前では崩れに崩れる。
両目はいま、ナルト渦でぐるぐるだ。

 彼らに奏定を加えたものがチーム天辺星の全構成員。剛太と桜花もようやく誰が誰かわかったらしく言葉を交わす。

「全員コンバットスーツで統一されてんだよな」
「ええ。城田さんはわかり辛いけど、インナーがそうね」

 非三次元のバモラも衣服自体はコンバットスーツだ。
「……」。ボディラインの浮き出るそれを恥ずかしげに眺めているのは音羽終。

「で! よーわからんけどどーすんのさ垂れ目! てき、ちかくにおらんじゃん! おらんやつどーぎゃーすんのさ!」
「垂れ目いうなネコ。デッドの目星は……」
「媒介狙撃をする以上、月の幹部は商業施設またはレンタル可能な倉庫に引き篭もってる、だよねえ……」
 ぎょっ。剛太と桜花は振り向いた。香美もビクっとしたらしく戯画的なネコ目である。
「ん? なに? 僕ひょっとして、間違った、馬鹿な意見いっちゃってた?」
 どよーんとした半眼の、幸薄そうな青年にいやそうじゃないけどと剛太も桜花も口ごもりつつ意見を纏める。
「合ってるよそのどっちかだよ! 媒介の条件が市場性だって言うんなら籠もるのはそのどっちか!」
「そうね。変則的だけど狙撃は狙撃。やりやすい場所に潜むのは基本だし、万一見つかった際の迎撃だってこなせる」
「??? どーゆうコトさご主人!」
『商業施設なら媒介に使えるモノが元から常備されている! 貸し倉庫なら自前で調達した大量の商品を持ち込める!
いずれの場合でも潜伏場所がバレてからでも戦える! 媒介使い放題なんだ!!』
「だね。逆に廃ビルとか山の中とか、一般的なスナイパーの好む場所は敬遠するよデッド。媒介が使い辛いからね」
「問題はどこにいるか、だね」
 話に入ってきたのは弔影。
「僕サマたちチーム天辺星は銀成の店なんて知らない、よ! 倉庫も、ねっ!」
「いちいち溜めんな鬱陶しい」
「ででですので、場所のピックアップは銀成に詳しい剛太君たちに」
「いや俺もヨソ者だし」
「ひいい!?」
 些細な否定だったが、それだけで両目が黒いタンブルウィードな音羽終。(ビビリかコイツ)。剛太は人柄を理解した。
「あーじゃあピックアップ私ね。生まれも育ちも銀成(ココ)だから」
「L・X・Eが襲うために調べといた経験の、活きる時が来たぜ!」
 やな経験だな。桜花と御前に呆れ返るばかりの剛太。
「ところで核鉄以外が媒介になったデータはございますか? 先ほどのメールでは出し合うという話でございました。もうそ
ろそろ集まり始めている頃と推測いたしますが」
「……オマエが一番言動マトモなのな」
 バモラと、もう一点を見比べた剛太は軽くうなだれる。城田いくちゃんはマイク片手に笑顔で歌っていた。
「ぼちぼち来てるぞ。初秋の湖のハクチョウのようにな」
 端末を眺めているのは突騎。
「ふぃ? なんで他の話もあつめんのさ?」
『絞込みだな!! 媒介の希少性が射程を左右するというなら、使われた物から本体への所在、逆算できるかもだ!!』
「地球上に100個しかない核鉄は銀成市内の戦士全員を襲撃した。つまり射程は数十キロ級。だから絞り込みはし辛いが、
でも1つの指標にはなるだろ? 全100個で数十キロなら、全1000個は数キロ?……のような方向性は得られる。つっても」
「モノが全部で地球上に幾つあるか分かるのはレアなケース。しかも総数と流通量は違う。流通量が少なければレアという
訳でもない。売れなさすぎて市場から姿を消しつつあるといった場合もある。ここまではいい、香美さん」
「うん。わからん。さっぱよーわからん」
「必死に笑いこらえてんじゃねえよ早坂。お前ぜってーこの返しだってワカった上で振ったろ」
「とにかく媒介に使われたものを1つ1つピックアップして分析するのは大事だよ。総数と流通量が把握できる物品があれば
……例えば有名選手のサイン入りスポーツグッズとか、なんかの映画の周年祭でよくあるシリアルナンバー付きの完全受
注生産品とか、そんな感じのものがあれば法則が、媒介別の射程距離が掴めるかもだよ。そしたら狙撃地点からの逆算で
月の幹部の所在地がわかるかも知れない。あと……ブレイクが伝えてきた情報が正しいか否かの検証もできる」
「……言いたいコト全部言われたぞオイ」
「あら? 他の人の口を通して聞くのも大事よ? 同じ考えでも客観的に聞くとココどうなんだって気付く場合はあるわ」
 はいはい生徒会長らしい話し合いの機微。剛太はつれない。桜花はそんな彼が楽しいらしくニコリと笑う。
「奏定さん。大量生産品の分析はどうします?」
「近辺に高級な媒介が転がっていないか調査……するのが一番なんだけどねえ、無限増援が暴れている以上、現実的
じゃないよ。媒介狙撃の情報だって全部がずっと必ず入ってくるとは限らないし……」
「すぴー。すぴー」
「寝てんじゃねえよネコ。飼い主も飼い主で交代しろ」
 弔影は右脚をあげた。顔面と脛が平行だった。
「ちっともわからん、ねっ! 説明したま、へ!」
「えええ私ぃ! えと、えっと、要するに殺人鬼の目撃情報、なのかなぁ? 顔を見ても殺されちゃったら証言しようがなくて
媒介狙撃もそんな感じで、狙撃数イコール報告数じゃなくて、狙撃で死んだせいで媒介の情報を伝えられなかったってケース
もあって、だからデータは最初から全部出揃ってなくて、完全な検証にはなりようがなくて、だから、あの、あのっ……」
「……だいたい合ってんじゃねえか。そ。ついでにいうと幹部らをどうにかしない限り、戦士の疲労は時間と共に高まって
いく訳。疲れたら狙撃に殺られる率が高まる。そうじゃなくても報告する余裕はどんどんなくなる」
「フム。分析できるのは対月序盤だけという訳か、な! いい変えれば序盤で月の所在を掴めなければ僕たちとていつか
はジワジワと疲弊し、全滅、と」
「……あのさぁ。マジメにやりゃあ会話成立できるんなら、マジメにやれ」
「お断り、さ!」
「えーと!! 話を戻す! 大量生産品の近くに高級な媒介があるかどうか調べるというコトは、『橋頭堡』的な狙撃がある
と考えている、訳だな!!」
「ええ。貴重品は数の少なさゆえに狙撃の要たる渦は1個。熟練した戦士なら充分回避可能というのは月の幹部も熟知して
いるでしょうから、その手数の少なさを補うため貴重品で量販店へ飛び、大量生産品を爆破、手数を増やして……というの
が攻め口でしょうね」
「言い換えりゃありふれたモンは遠くから一足飛びに来た渦で使われた奴。つまり射程距離が短いからといって本体との
近さ照明する材料にはならない……ってのが基本的な考えだけど」
「月は頭がいいからね。逆手に取るケースがあるかも知れない。お膝元と知らず迷い込んだ戦士を攪乱コミの防衛で抹殺
……みたいな事例がね。これは見抜き辛いよ? 橋頭堡ありきの非希少媒介狙撃が頻発したあとじゃ、いつものアレかと
見逃してしまう。森の中の木だよ」
「貴重な媒介があったかどうか調べるのは大事ってのはその辺の考え。ま、できたら、だけどな。月以外にも色々居る時には
実務上難しいのもわかってる。あと考えられるのは──…」
「そろそろ公園のハトらのように飛び立つぞ」
 突騎が端末を見せた。
「月捜索のために5つの部隊が編成された。俺たちは6つ目だ」
「合同? 分散?」 城田が駆け寄ってきた。歌うのに飽きたらしい。
「合同はバカだろ。分散分散。手分けして銀成の商業施設とか貸し倉庫とか探す」
 えー。天辺星さまは唇を尖らせた。
「なんでチョーチョーそーなんの! あんたたち媒介から敵の位置逆算して突き止めるって話だったでしょ! 僅かな手がかり
で場所突き止める方がカッコいいのに何で手分けとか地味なコトを!! やだやだワタシ華麗な特定がいいチョーチョーいい!」
「今は勝利優先」。剛太はにべもない。
「そりゃあ敵が月1人なら俺だって頭脳労働重視で行くさ」
「津村さんにいいトコ見せるために?」
「るせェよ。とにかくいまは無限増援まで暴れてる! 媒介の射程はあくまで参考、予備知識! それを元に手勢の多さ活用して
月が籠もってそうな場所シラミ潰しにしてく方が確実!」
「……ま、それ自体いまの状況じゃ難しいんだけどね。ふふ、対象の施設隅から隅から調べぬいて月は居ませんって報告
するだけでも命がけだよ実は……。道中自動人形と遭遇するのは確実。媒介狙撃だって来る。施設がアタリなら迎撃のために
猛攻される。ハズレでもハズレへの到達ムキにさせるために程よくやる。第一、戦士は削いだ方が得。だから無作為の狙撃も
あってそれは迎撃よりも読み辛い突然の攻撃。あともしリヴォルハインが参戦してきたら大戦士長のように操られる恐れがね。
ふふ、ここには月居ませんという報告が、土星に操られた上でのニセ情報だったら……。ブレイクの禁止能力による偽装だって
ありうる。幹部が土星の首で手打ちにしたら消えるよ? あの人が僕たちに肩入れする理由がね……」
「嫌な推測ばっかすんなよ頼むから……」
 アロハシャツの青年の懇願は深刻である。
「確かに、たらればだけじゃ始まらないわね」。桜花は頬を引き締める。
「いまいったコトは戦士ならみんな承知の上。だからこそ月の捜索は何をおいても完遂する。大戦士長救出作戦に選抜された
人たちですもの。想いに賭けて必ず真実を突き止める……そう信じて動くべきよ、私たち」
 おー。天辺星さまよりリーダーっぽい。チームの面々から驚きの声があがる。
「魔道に堕ちかかってた元信奉者らしくもねェ意見だなオイ」
 剛太の口調は侮蔑より困惑が強い。
「堕ちかかっていたからこそよ」。桜花は煙り燻る大通りを見る。
「武藤クンが命を賭けて守った街よ。私が最初から挫ける訳にはいかない」
 秋水クンへの援護にだってなる。
 強い、清爽な口調に(……やっぱ生徒会長、だな)。剛太は桜花観を好転させる。そして奏定。
「なら、僕たちの目的地は──…」

 午後9時42分。中村剛太、早坂桜花、栴檀貴信、栴檀香美、チーム天辺星。
 以上11名の対デッド=クラスター、始動!!!
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