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「幕間その1」



過去編第003話のゲームのくだりより。

「フン。どうせ対戦して貴様が勝ったらいたぶるのだろう」
「あー。いえ。『光ちゃん強いね』って褒めるだけ……でした」
「どうだか」
「将棋をして……王将以外のコマを全部取って……それと私のコマを全部使ってジワジワ追い詰めたり……オセロで38回
連続……全部私の……白にしたり……お姉ちゃんのワンペアをロイヤルストレートフラッシュでねじふせたり……あ、それ
は23回……です……死に交代って約束したマリオを……私がノーミスでクリアしたり……お姉ちゃんが徹夜で作ったぷよ
ぷよのスコアを30分で追い越しても………………怒らなかった……です。笑いながら……泣いてました……」
「……お前、実はけっこう恨んでるだろ姉のコト」
 呆れたらしい。流石の金髪美丈夫も半眼になった。
『常識論だけをいおう! ゲームでそこまでいたぶられたら怒るのが普通だ!』
「ゲームだから……全力を出しただけ……です。……5周差つけてから……です。スーパーファミコンのマリオカートで私の
ドンキーがお姉ちゃんのピーチを……穴に135回落としたり……アカこうらを278回ぶつけて5周差つけてから……対戦を
拒むように……なりました」
「5周差? 不肖の記憶が確かなれば、マリオカートは1レース5周だったような気もするのですが」
 引き攣った笑みが漏れ始めた。小札は最初、それが馴染の連中の誰かの物だとばかり思っていた。だがやがてそれが
玉城の口から、虚ろにぼっかりと裂けた玉城の口から漏れているのに気づくとひたすらに慄然とした。
「3時間をすぎた辺りから……お姉ちゃんは放心状態……でした。コントローラー握ったまま……笑顔で硬直……してました。
……だから…………5周差で……勝てました……」
 ふふふ。ふふふふ。虚ろな瞳は前髪に隠れその全容は分からないが、玉城は確かに笑っていた。
 様子がおかしい。小札と同じ感想を抱いたのだろう。香美や無銘、総角さえじっとりと汗を浮かべ始めた。
「あの? 玉城どの? マリオカートは5分もあれば1レース終わるゲームでは?
「そもそも3ケタに及ぶ妨害行為をするゲームじゃないさ。普通に競えよ。車で」
「お姉ちゃんは好きです……よ?」
 風が吹き前髪をそよがせた。それで初めて明らかになった『いまの瞳』は総角が軽く震撼する程度に正気を失くしていた。
 うつろな瞳が、渦を巻いていた。先ほどのナルト渦な目とはまるで違う。「動いてないが回っているように見える」錯視図形
のように何重もの楕円を重ね、虚空をぼんやり眺めていた。
「お姉ちゃんは好きです……よ? でも……嫌いな部分もあるから……仕返し……です。ふふふ。ふふふふふ……。なんて
いうのはウソです……よ? ゲームだから全力を出しただけです……ゲームだから全力を出しただけです……ふふふふふ」
 一部音声を壊れた蓄音器のように繰り返す少女の体からは黒いオーラがどろどろと溢れ出ていた。触れたら呪われる。一
同はそんな錯覚と恐怖にこっそり3歩後ずさった。
「…………立派だな。嫌がらせ丸出しのプレイをされて怒らなかったお前の姉は……立派だな」
「というか貴様は病んでいる。絶対に病んでいる」」
「お姉ちゃんは……実は……好きでも嫌いでもない……感じです。好きな部分と嫌い部分……半分半分……です。だから
……ちょっとだけ…………仕返し……したりします……。お仕事で遅い時は……おいしいオムレツ作って……待ってます」
「なんつーかさ、あんたら2人、ぐるぐるまわりまくったせーで逆にフツーになっとらん?」
「はあ……。そう、でしょうか。5周差つけた次の日に対戦を頼むと……お姉ちゃんは…………泣きながらドーナツ作って…
…お店で買ったら1万円ぐらい行きそうなほど沢山作って……これあげるから許して……といいました……。おいしかった
……です」
「まあそうもなるだろう」
「食べた上で……対戦を強要……しました」
「オイ!!!」
 玉城を除く総ての人々の声がハモった。
「戦ってくれたらヤフオクで落としたcaugarさんのサイン色紙あげますっていったら……ガタガタ震えながら……対戦して
くれました……」
「いやいやいや!! ヤフオク使える環境にいるならまず助けを呼べ!!」
「は……! その発想は……なかった……です」
 玉城は驚いたようだった。こくりと息を呑んだ瞬間、錯視図形の縁の群れが中央に向かってぎゅっと収束した。やがて
虚ろな瞳は瞳孔丸出しの四白眼へと生まれ変わった。玉城はまさに「眼を点に」無銘を見た。
「というかチワワさんがヤフオク知ってる方が……意外……です」
「フ。忍法帖買う為にちょくちょく使ってるからな。で、ゲームの方はどうなった」
「選んだのは野球ゲーム……です。私は……1回表で99回連続ホームラン打って……あとはバントと盗塁で同じ点数を稼
ぎました……」
『カンストしそうな気もするんだが!』
「途中からスコアボードを持ってきて……点を、お姉ちゃんに、つけさせました……」
(Sですこの方! 絶対Sですーっ!)
 笑いながら泣く小札の腕が痛んだ。そこは先ほど玉城に切断された箇所である。どうやらこの虚ろな少女、ひとたびやる気
になるととことんしぶとくてしつこいらしい。総角は寒気とともにそう思った。
「それからわざと3アウトになって……お姉ちゃんのチームの人にボール……ぶつけ続けました。満塁になったら一気にト
リプルプレーでチェンジして……また99回連続ホームランとバントと盗塁をしました……」
「……」
「お姉ちゃんはボール狙いで何とか失点を防ごうとしていましたが……私は……敬遠されても……ホームランにできます……」
「…………」
「20時間後……といってもまだ4回裏を過ぎたころ、です。お姉ちゃんが本気で泣き出したので……勝ちを譲る代わり……
サッカーのゲームをするコトにしました」
「なぜそこで解放してやらなかった」
「私が選んだのは……一番控えの多いチーム……です。30人は……いました」
「…………」
「……まずは全員がハットトリックするのを目標に…………やりました」
「そういうコトはコンピュータ相手にやれ」
「そもそもサッカーには時間制限があったような気がするのだが」
「はい……お姉ちゃんがサッカーを選んだ理由も……それ……です」
『だろうな! 野球のような無茶は!!』
「あらかじめ改造して……時間制限なしにしておきました……」
「えーと」
「正確には……タイマーがゼロになった瞬間……試合が始まった時の時間に戻るよう……仕組んでおきました……その様
子を見たお姉ちゃんは……また笑顔で硬直していました……。
「誰でもそうなる」
「…………正に無限獄。何をやれば終わるゲームなのでしょうか」
「バグ? と聞いてきたので……バグですねと答えました……」
「よー分からんけど、そのばぐとかいうのあんたがやったんじゃん。ひどいじゃん!」
「人為的でも……バグはバグ……です。ついでに……ゴールキーパーさんで99点……取りました……。お姉ちゃんは……
部屋の隅で……藁のように細くなって……うつ伏せで……魂出してました」
「感想は」
「楽しかった、です。……とても。ふふ。ふふふふ」
 グルグル目の少女が肩を震わし虚ろな笑いを上げる。一同はまた3歩下がった。
「ええい! 貴様までもが魔道に堕ちてどうする! ぐるぐる目は今後いっさい禁止だ!」
「ぐるぐる目は禁止……ですか」
「そうだ! ぐるぐる目はやめろ!」
「はい……ぐるぐる目は……やめ、ます」
『すごいな! ハハッ! ぐるぐる目が連呼されているぞ香美!』
「まー仲良さそうだしいいじゃん」
(友達ができたご様子。良かった。無銘くん、良かったですね)
 にっこり口を綻ばせ、小札は思った。今度たっぷり唐揚げを作ってあげよう。無銘の好きな鶏肉の唐揚げを沢山。
 無銘と玉城の会話、続く。
「というか……それだけの度胸がありながらなぜ立ち向かわない」」
「あ……いえ……ゲーム以外で逆らうと…………本当に怖いから……です。だから……適当で安全な場面で……ほどよく
仕返し……します。でも……お姉ちゃん……あまり友達いないから……さびしくなると……無言で……笑顔で……ソフト……
持ってきます……遊びたいですか……って聞くと……あほ毛を……ちぎれんばかりに……振ります……」
「犬か。貴様の姉は」
「無銘くんも……です。だから……ゲーム……しますか……? 手加減……します……負けても……いいです。あ……お姉
ちゃんの気持ちが……少し……分かって…………きました」
「せんわ! ええい訳の分からぬ女どもだ。姉も妹も!」
「要するに伊予弁と大声と声真似をせず躾にさえ従っていれば怒らないという訳か」
「うーむ。理想像の範疇にいさえすればいいという考えもどうかと不肖は思うのです。光どのがゲームで勝つのを祝すとは
いえそれはあくまで青空どのの理想像というか望みでして、よくよく考えますればどうにも釈然とせぬ矛盾地獄」
 顎に手を当て片目をつぶる小札に無銘は全力で首肯した。
(あ…………)
 玉城は分かってしまった。無銘と小札の間にある強い繋がりを。絆、というべきか。先ほど彼が口にしていた母上というの
が小札だと……分かってしまった。
(私が……あんな風に……頷いてもらうのは…………無理かも……知れません)
 虚ろな瞳が暗色にけぶるのをひしひしと感じた。
「フ。何事も諦めていては始まらないと思うがな。だから仲間にならないか」
 ぴくりと体を震わせながら顔を上げる。自信をたっぷりと載せた美丈夫が総てを見透かしたような眼差しを注いでいる。
「なんだかんだで奴はお前を助けただろう? 嫌ってる訳じゃあないさ。好意を伝えていけば……案外、な」
「案外……ですか」
「そ。案外。だから仲間に」
「……でも…………私は意外と……男の子っぽい……です」
「うん。言われなくても分かるからね。小札の腕を躊躇なく切断して絶縁破壊の光を俺に投げたもんね。ロボ好きだし」
 引き攣った笑みを浮かべる総角に部下達が(怒ってる)(怒ってる)(ちょっと地が出ております)などと感想を抱くのをよそ
に玉城は。
 拳を天に向かってガバっと突き出した。
「じだいがっおれをー! 導く限り! むてきさあー! ……です」
「いや。いきなり何をいっているんだ」
「熱血ソング……です。戦闘中は……熱血ソングを……脳内再生して…………テンションを高めて……います」
「フ」
 金髪剣士は泣きそうな顔を小札に向けた。「頼む。代わりに説得してくれ。コイツもおかしい」。視線は如実にそう物語っていたが
「いやいやしかしここで逃げますればリーダーとしての沽券にかかわること必定であります!」なる眼力に断られた。
「えーと……えーと」
 一方玉城は自由な物で、姉から貰ったというバンダナとリボンを眺め回していた。これをつけたら可愛くなれるかも知れな
い。何といっても選んだのはお姫さまみたいな青空なのだ。すごく信頼がおける。そんな視線だった。


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