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過去編第010話 「あふれ出す【涙なら】──急ぎすぎて壊してきたもの──」 (2)
ある日星超新が勢号始と唇を重ねてしまったのは、半ば事故のようなものである。
始まりは下らない騒動だった。
バイトが巡り巡っておかしな連中との騒動に繋がった。
新はひとまず首謀者を叩きのめしたが、事態は好転せず、始の蹂躙によって幕を閉じる──…
かれにとって全くいつも通りのパターンだったが、1つだけ常態ならざる出来事が混ざっていた。
この日の始は例の発作、マレフィックアースのエネルギーが流れ込んでくる日でひどく昂ぶりやすかった。
始は、発作の日や周期を、一般女性が、ブルートシックザールにだけ効く頭痛薬が本領発揮かと腕まくる現象にするよ
う熟知し、コントロールしていた。だからその日突然おこった発作には心底戸惑った。戸惑ったばかりに余計なコトをやり、
それが唇を奪われるきっかけになった。後に彼女は知るが、発作の数日前または数日後を境に、頤使者の肉体は急速な
機能低下に見舞われ始める。97年におよぶ稼働がついにもたらしたガタの兆候こそ……突然の発作。
キスの根本的な発端は、さかのぼるコト33日前。
武藤ソウヤと羸砲ヌヌ行がブルートシックザールに出逢う8日前である。
総ての始まりは、新の、奇妙な質問からだった。投げかけられた始は一瞬なにを聞かれているのかまったく分からなかっ
た。黒目がちな、子ギツネのような瞳をピコピコ瞬かせてから行う反問は、光子の言霊がウソのようなスローリィさで……。
「バイト先紹介しろってお前、なんでだよ?」
「キミは頤使者。ずっと無職の筈だ。1つぐらい、食いつなぐ手段知っているだろ」
星超新はニコリともせず顔を近づけた。声が若干小さいのは周囲を慮ってのコトか。いま2人がいるのは教室だ。新の
前に始の席がある。いきおい彼女はガニ股でイスを跨ぎ新を見ている。黒ジャージだががさつさは否めない。
「あたら最近オレへの評価ヒドくね? まあいいけどさ。でもお前、株とかいろいろやってんだろ? ネット使いさえすりゃ
サラリーマンの平均年収ぐらい1か月で稼げるとか前いってたじゃねえか」
「新だ。いい加減間違えるな。いまは1週間さ。だがそういうあぶく銭じゃダメなんだ」
と語気を強めた新はそこで黙りこむ。らしくもなく──と思ってるのは怜悧を自認したがる新だけで、始はむしろ「ああ、い
つもプリプリしてるあたららしい」と歓迎した──熱くなったと反省したのだろう。常人ならそこで配慮し次の言葉を待つもの
だが、
「あー。そういやおじさんたち、今年で結婚30周年だったな。あたらはつまり、祝いてぇ訳だなっ!」
勢号始に容赦はない。あっさり核心に切り込んだ。
おじさんたち、というのは星超新を引き取った老夫婦のコトである。
敬愛されるコトなかなか。以下、クライスメイトへのインタビュー。
「星超はすっげーあの人らのコト好きだからな」
「アハハ。本人は『別に誕生日ぐらい祝ってもいいだろ』とかなんとかいってるけどさ」
「うぅ。お小遣い3ヶ月分ぐらい貯めてプレゼントしてるんだよ。ガチすぎだよ」
本人こそ一線を引いているつもりだが、傍目から見るとなかなかの孝行息子。例えば昨年の敬老の日などは王の大乱ごろ
からある冷蔵庫──すっかり水漏れし床板を腐られるコトはなはだしい──を最新鋭のもの(34万9800円)に買い替えた。
クラスメイトたちは仲睦まじく買い物する新たちをよく見るし、そのとき彼は必ずと言っていいほど両手に中身満載の白いビ
ニール袋を持っている。
彼らには息子がいた。血のつながった、実の息子が。しかし新の見るところ彼はまったく働いている様子がなく、しかも
ときどき両親に暴力をふるっているようなのだ。現場こそ目撃したコトはないが、夜中すさまじい騒擾と叫び声があれば
必ず翌朝老夫婦の顔に殴られたような、生々しい痕が刻まれている。
(ボクは高校卒業までに家を買う。あの人たちが平穏に暮らせるよう)
そういう仲だからこそ、プレゼントは、電脳上という、一種虚構のにおいのする空間で稼得した金銭で、買う気にならない
のだろう。
家族のいない始はそういう機微が大好きだ。心がキューンとなって涙さえ自然に浮かんでくる。
助力しよう……と思ったのは上記の感覚が、上記の感覚をもたらす星超新という少年が、大好きだからだ。
「という訳でバイト先!」
「速っ!!?」
新はぎょっとした。気づけばそこは教室ではない。教室とはまったく対極の世界だった。
ぬいぐるみとお菓子とアイスクリームの自販機が飛び込んできた。何がなんだか分からないという顔で目をこすると、今度は
色とりどりであちこちピカピカ光る大きな箱が像を結ぶ。それにはぬいぐるみと、いかついツメのついたUFOが入っており、
それでいまどこにいるか理解した。堅そうな、半透明のプラスチックがドーム上に盛り上がる楽しげな筺体の中でお菓子が
周り、クレーンが浚渫作業でもするようにモガモガ蠢いている。その右手には車の運転席を切りだしたような装置が厳然と
聳え、うら若い男子がうをうを叫びながらハンドルを切っている。ワニが洞窟から出入りするやつ、向い合わせの格闘ゲーム、
プリクラにいかにも模倣品丸出しなパチンコの台。子供たちがそこかしこでメダルやら100円玉やら片手に騒いでいるのを
見るまでもなくココはまさしくゲームセンターだった。
「いやボクの性格的に合わな……て!! いつのまにか着替えまで終わってるし!!?」
何気なく衣装を見た新は仰天だ。学生服はどこへやら、いかにもカジノのディーラーという感じのシャツやズボンや蝶ネクタイ
にすり替わっている。始の姿はその女性版で、ミニスカートから覗く短い脚はいま網タイツに覆われている。
「さあレッツらゴーだぜ! 働くのだぜ!」
「待ちたまえよ。……ふふっ。なるほど服を知らぬ間にすりかえているのは見事だ。見事だと褒めておこう」
「そだろー。最強だからな」
「しかしキミは重大なミスを犯している!」
「マジか!?」
「そうだ。ボクはまだ雇主と就労に関わる協定を結んでいない!」
よって無効、ゲーセンでなど働かないよ。得意気に微笑む新の前で勢号始はドンと胸を叩きそしてえばる。
「面接とかはスッ飛ばした!! オレの武装錬金で『昨日決まった』コトにした!!」
いぇい! 片手おおきく突き上げる始に新は軽く頭痛を覚えた。それなりの付き合いがあるから分かる。彼女が決まった
といえばそれはもう絶対覆せないのだ。いかにも悪童たちが来そうな不快な場所だが、働き口には変わりない。気分を切
り替えると自分でも驚くほどあっさり諦めがついた。同時にクールダウンした脳細胞は、
(休憩室に机あるかなあ。勉強できるかなあ。うるさくても汚くてもいいから机あるかなあ)
”らしい”心配を経て紡ぎだす。
日頃持っている素朴な疑問を……紡ぎだす。
「……いつも思うんだがキミの武装錬金、どういう形状で、どういう特性なんだ?」
「考えるんじゃない。感じるんだ……だぜ」
「ブルース=リー。…………役者とかもありなんだ」
「正解っ! フィーリングの問題だぜ? ちょっと考えりゃ分かるけどあたらお前はアタマ堅いからわかんねーかも(ケラケラ」
いかにも馬鹿にしてますという笑い顔で指さしてくる始を一瞬本気で殴ってやろうかと思いつつ深呼吸、新はいかにも
大人しげな少年のように頭(かぶり)を振り……返答。
「見当もつかないよ。発動は確かだ。しかし『見えない』。一体どこからどうやって作用してるんだ?」
知恵が却って真実を見誤らせる。そんなケースは多々ある。新もまた正答後痛感する。歴史を紐解き続けてきたという自
負。単語帳3冊費やし覚えた数々の武装錬金。それらは『見えない』という形而上の問題から物事を考えさせた。例えばア
リス・イン・ワンダーランドのようなそれ自体が極小の、肉眼で見えない武装錬金の数々を記憶の彼方から引きずり出し、
照会をした。けれどそれを述べるたび始は胸の前で×を作る。暴君かというぐらい口を歪な三角にし、成績では遥か勝る
星超新を馬鹿にする。
「ほんとうアタマ堅いなー。言っただろ? ちょっと考えりゃ分かるって」
武装錬金を発動するものには1つだけ共通点がある。姓名のどこか1か所に必ず存在する『キーワード』。武器や戦い
に連なる一種物騒な単語が。名は体を表すというか、言霊的なマジックが作用しているのかまでは分からないが、そも言霊
といえば始はまったく”そのもの”ではないか。とすれば韜晦はない。選ぶ筈がない。答えは本当簡単で──…
「……気付かない方がどうかしてた。キミのその”勢号”とか、本名の”ゼーッ!”っていうのは『アレ』じゃないか」
「そ。だから見えなくても支障なしだぜ」
「いやでも確か『あの武器』は失敗──…」
新の言葉を途中でキャンセルしたのは、肩にポンと乗った大きな掌。
「やあちゃんと時間通り来てくれたね! 店長さんはうれしいよ!! さっそく仕事を覚えよう!!
振りかえればギャングの親分がいた。新はゴッドファーザーを見たコトないが、きっと主人公はこんなんだろうと勝手に
決め付けた。男で、年のころは50だろうか。白いものが混じった髪をオールバックにしている。新の肩がゴツゴツ痛むの
は、置かれた指の5本すべてに、銀色の指輪が納まっているからで、緑や赤の宝石が、悪趣味なまでに散りばめられた
それは装飾品というより凶器だった。新の本質は狂暴だが、勉強を邪魔されない限りは分別のある、大人びてさえいると
教師たちに褒められるタイプだから、肩の痛みには、内心早く手ェどけろとか荒っぽいコトを思いながらも、やや引き攣った
愛想笑いで済ました。「おゥごめん」。意思を汲んだのかただ不躾だと思ったのか。店長は手を離し代わりに葉巻を取り出
した。
「店長。ココは禁煙だぜ」
「堅ぇコトいうな始。俺の店だ」
(メインの客層、子供なのに無遠慮な。副流煙が成長に悪いって知らないのか?)
ジポッ。先端がオレンジに縮まる葉巻を見ながら──きっとキューバ産だろうな、などというそれっぽいがあまり的を射て
いない考えに浸りながら──新はおやと首をひねる。始に目くばせすると彼女は機微を察したのかトテトテ傍に駆け寄って
きた。頭から伸びるダブルの触覚を除けば頭2つは背が低い。小動物が寄ってきた、そんな錯覚を覚える新に向ける眼差
しは、稀釈した墨汁のように『澄みつつ黒い』。
「なんだ?」
「勢号。キミは店長さんと知り合いなのか?」
「何言ってんだよあたら」
いかにも心外という始だ。何でそんなコト聞くのかという表情で彼女は……こう答えた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「いま初めて逢ったに決まってるじゃねーか」
星超新は6秒ほど沈黙。店長の作ったドーナツ型の紫煙が駄菓子屋で売っている20円のものから世界のビックリドーナ
ツ博覧会限定販売のジャンボサイズ(定価1980円)に変わるまでずっと黙りこくりそして一言。
「やっぱり」
新は本当にヤバイと思ったとき却って無表情になる。その代わり襟足をずっくり濡らす。絹糸のような後ろ髪がうなじに張
り付いてしまうのは、幼少期、両親と母の従妹と『もし生き延びたら良き近所のおばさんとして成人までそこそこ長く交流し
たんだろうな』と時々思うよく肥えたベビーシッターが、クローゼットの向こうでレミントンの散弾に噛み破られる光景をひた
すら黙って見ていたからだ。『ボクは今年36だけどあんな場面を見ちゃあ叫ぶしかないね。スゴい自制心だよ君』。事件
後、新を診察した赤茶けた髪の男性医師は口笛を吹きたたえたがこうも言った。『けど耐えすぎた。君ぐらいの年にそうい
うコトをすると歪むんだ。感情がね。ちゃんと機能しなくなる。自制心がスゴいから壊れちゃいないが……』。
叫べば死ぬ。
そういう局面でただ沈黙しじっとしていたから。
さっさと叫ばずピーカーブーと的にされなかったから。
母の従妹やベビーシッター(4歳になった新をなお世話していた子供好きの、事件のなかもっとも死ぬべきではなかった
温厚な黒人の)の”引き換え券”になりそこねたから。
罪悪感を抱えて生きているから。
命の危機を感じると脳髄がマヒし動けなくなる。
死を望む静かな緊張感。時速120kmで疾駆するエアカーが突っ込んできたら、暗中光を浴びるネコより硬く留まり撥ね
られるだろう。
「ま、いつものコトだぜ」
奇妙な”それ”だが時々ある。以下その一例。
新の中学に転校してきて一年たたない始だが、なぜか茶道部では昔からいるコトになっている。最初こそ「武装錬金で記
憶イジッたんだろうな」程度にしか思っていなかった新を慄然とさせたのは写真である。彼女がやってくる前行われた親睦
旅行の写真。始は……当たり前のように映っていた。それでも「写真ぐらい後でなんなりと合成して誤魔化せる。証言者た
ちの記憶が改竄されているなら、なお」とムキになって調査した新をますます混迷のるつぼにハマり込ませたのは、茶道部
の親睦旅行と同じ日に、同じ旅館を利用した、会社や婦人会、若者グループたちである。彼らが何の気なしに取った写真
や動画の端々に始は居た。それで証言者たちが強烈に覚えているなら改竄を疑えるが、むしろ普通にうろ覚えだからこそ
ヘンなリアリティ──本当にその場に居たんじゃないかという──が湧いてきて新は困った。
で、頼み込んでコピーしてもらった映像記録、端末からさかさまに立ち上る光円錐のなか揺れ動く立体映像を、「絶対イカ
サマ見つけてやる」とばかり血眼で見ていると。
始が急にカメラ目線になり……こう囁いた。
「あ」
「た」
「ら」
新の襟足は濡れた。
床で端末が爆ぜる。叩きつけるほど怖かった。かつてクローゼットの隙間から見た光景は、およそ10年がたってもいまだ
悪夢として新を苛んでいる。見れば必ず叫び飛び起きるほど恐ろしい夢。声を聞き駆けつけてきた老夫婦にかわるがわる
慰められ、抱きしめられ背中をさすられてもなお、照明なしでは寝られない恐怖。「あ」「た」「ら」。匹敵。端末の向こうから話
しかけてくる始は悪夢第二弾だった。当人に話すのは負けたようで出来ないが、ベッドの上で新は頭までケットを被りガタガ
タ震えた。ぎゅっと目を瞑りただ震えた。
得体の知れないものに見られている、知られているという根源的なおぞましさ。
ふだんこそいってしまえばただのアホだがやはり怪物、王の大乱は約30億8917万人犠牲にしたが、その目的は始た
だ一人を生みだすためなのだ。出自で差別するなど馬鹿馬鹿しい、絶対やるものかと切歯しながら常に思うアルビノの少
年は、いってしまえば王どもが、始を生もうとしたばかりに巻き起こった惨禍、アメリカにおける陰惨な戦史が形づくった差
別の被害者で、筋からいえば始を責めていい、蔑(なみ)していい権利を有しているが、切りたくても切れない奇妙な関係
のなかそれを持ち出そうと思ったコトは一度もない。普通に人格を見ている。あまりの暴悪にときどき呆れもするが、それ
はたとえ始が人間だとしても変わらないと自負している。されど端末の映像記録、出逢いより1年前に撮られた風景のなか
新を見据え名前を呼ぶ始には、ゾッとせざるを得ない新なのだ。いかにふだん超常的な存在と関わっているかつくづく思い
知らされる。コレなんだろうと揺すった木箱の中身はダイナマイト、後でそう耳うちされるような──… 間一髪、
自分がどれほど危うい場所にいたかという冷や汗まじりの実感。
個人的な感情はともあれ。始。新と出逢うずっと前に撮られた映像の中、なぜかれを知っているのか。
名を呼ばうコトができたのか。
「人手が足りないんだ」
ハッと顔を上げる。目の前にはマフィアのボス。新は気づく、どうやら思考に浸っていたらしい。
「なぜかみんなスグやめちゃうからね。何でもココで働いてると警察とか近所の目が痛いとか言うんだ。
ゲームセンターだよ? 人に夢と安らぎを与える素晴らしい職場じゃないか。なんで気にするのかな?」
(…………あなたがマフィアっぽいから、なんてコトはいっちゃいけないよな失礼だ)
金色の前歯とムワリ漂う口臭にかるく思いながら従事開始。
2時間後。休憩室で。
「覚えた。基板の交換、カードの補充、お菓子詰まったときの対応……もう全部覚えた」
「はっはっは。さすが学年1位の新くんだ」
マニュアルを机上に放り捨てた新、こめかみの横で人差し指を立てる。キラリン、金の一等星が浮かびそして消える。声
音はドヤに満ちていた。さらに店長がいくつか放った質問にもことごとく正答、マフィアの親分を大いに満足させた。
そしてさっそく現場に出る。新と始、店長を除けば店員は3名で、まず紹介されたのは美容師を目指しているという19歳
の女性。茶色のパーマでそこそこ美人の彼女は透き通る肌の新を気に入ったようで半ば無理やりメールアドレスを交換
した。わいわいやっていると、UFOキャッチャーに人気漫画のプライズ品を補充し終えた若い男性がやってきて、「来月
23歳になる社員だ、俺不在のとき何か問題があったらコイツ呼べ」と店長が紹介。角刈りで語尾にやたら「ス」をつける
暑苦しい態度にやや気押されながらも自己紹介したところで両名上がる時間が到来。店長も去る。野暮用があるとかで
とりあえず非常用の連絡先──社員でさえ解決できない問題が起きたときのための──を残し。
「おばさん助かったわ〜〜 マジ助かったわ〜〜〜 あなたたち来なかったら終業までボッチだったわ〜〜〜」
「は、はあ」
入れ替わりにやってきたのは自称おばさんだが、どう見ても新より1つか2つ上の若い女性だ。美容師志望のパーマさん
よりも若い。聞けば26歳。童顔だが子供が2人いて上が来年小学校に入るからバイトしているのだと(聞きもしないのに)
まくし立てた。いわれてみればと新は彼女の髪を見た。白い光沢が溌剌としているが、どこか生活の疲れも見える。花柄の
薄汚れたヘアゴムで、長い黒髪を、後ろで無造作に括っているのはいかにも主婦らしい。それだけに肝が据わっているの
だろう、店のトイレでタバコを吸っている男子高校生を見つけてはふんぞり返りコラと怒鳴る。怒鳴り返されても胸倉を掴ま
れても切れ長の瞳がむしろ凛と輝きますます迫力を帯びるものだから、彼らは気押され必ず黙る。この人すげえと思いな
がら新が「で?」と見たのは勢号始。
「…………なんでキミまで働くコトになってるんだ?」
「細けぇコトはいいだろ! なんかタノシソーだし!」
立体的な台形に柱が刺さり飛行機を支えている。ひどくデフォルメされたそれはウィンウィンと上下左右に揺れ動いて
いた。勢号始はそれのパイロットで客室乗務員でファーストクラスのお得意さんで、つまり要するに乗っかって遊んでいた。
「デパートの屋上とかにある子供用の奴だろソレ。中学生が使うとかどうだよ。降りたまえ、今すぐ」
「ヤダ! だって楽しいもん!! なんだコイツ!! なんだよコイツすごいすごい! おもしれーーーーー!!!」
乗るのは初めてらしい。
輝くような笑み、そして「おっと」。飛行機が止まった。すかさず始は上着のポケットに手を入れまさぐる。着替えてからまだ
3時間も経っていないというのに、そこはもう処理能力に限界のきた硬貨と紙屑とお菓子のゴミの埋立地だった。100円玉
1枚取り出すまで零れたのは、くしゃくしゃに丸まったレシート、歪に四つ折りされたポテトチップスの袋、菓子パンの残骸
などなど枚挙に暇がない。そんなこんなでたっぷり40秒かけて取り出されたコインはしかし飛行機の硬貨投入口へ向う途中
みごと新に没収された。
「働け」
睨まれた始はすごく心外そうに唇を尖らせた。
「なんでだよ?」
「なんでときたか!! キミすごいなある意味尊敬する!! バイトしてる以上働くのが当然じゃないか!!」
「うん分かった。じゃあもうイッペン飛行機乗ったら本気だす。頑張って働くから100円返してチョーダイあたら」
「働かない奴の典型的な言い訳!? 先送りだぞソレは!! まずは働いてもらおうか!! つかちゃんと働けよな!!」
「うっさいうっさいうっさい!! 何でおまえそんな乗り気なんだよ!? 最初ブー垂れてた癖に!!!」
「紹介したのはキミだろうが!! 第一いまは頑張ろうと思ってる!!」
星超新はとうとう激高した。始の胸ぐらを掴み、鼻先に人差し指を押しつけた。指はシケモクかというぐらい縮み潰れた。童
顔の主婦はというと集団で乗り込んできた幼稚園児どもに色とりどりの風船を配り、頭など撫でていた。
「いいか! バイトというのはいわば時間を賃金に変える作業!! 時間が絡んでいる以上妥協しないぞボクは!!」
「えーーーーーーー。でもそれお前だけの問題じゃんよ」
頭の後ろで手を組みながら始。両者の温度差はひどく意見もまた平行線。
「そだよ。お前だけシッカリやってりゃいいだろ?」
「違うね!! ボクは、時給以下の仕事を許さない!! 時給に見合わない、手抜きの仕事など一切認めない!! 時間を、
下らないコトに費やしておきながら賃金を受け取るなど愚の骨頂!!!! 時間を浪費しておきながら結果だけは得る!!
不愉快だ!! とってもとっても不愉快だ!! だから誰だろうと許さない!! たとえキミがどういう存在であれ許さないよ
ボクは!!」
純粋な力量だけでいえば星超新は勢号始に遠く遠く及ばない。その差はホムンクルスとなり「ウィル」という水星の幹部になって
からも縮まなかった。奇襲とはいえ、バスターバロンさえ無効化できる武装錬金を持ってなお及ばぬ新が、それ以前の、核鉄さえ
持たぬ人間の状態で喰ってかかるのは、啖呵を切るのは、まったく匹夫の勇でしかない。まして例の映像記録、「あ」「た」「ら」
にひどく恐怖したではないか。もし始が本当にただの暴君ならあっという間にひねり殺されていただろう。彼女の武装錬金
は謎めいているが、「いなかった始」を「いたコトにできる」以上、その逆も可能、消し去られるかも知れない……。などと諸
条件を描く新がそれでなお噛みついたのは、信念ゆえだが、しかし、衝動的な、考えなしの激昂でもあり、弱さゆえの出来事
ともいえた。それは彼の、悠久の人生のなか、しばしばとんでもない大失敗の原因となり、いよいよ抜き差しならぬ事態の
なか襟足を濡らすがそれは余談。とにかく彼は言葉をはなったあと、「ああしまった殺されるかも」とさえ軽く後悔した。
しかし時間を侮辱されて黙っていられないのが新。怖れ戦き保身目当てで黙りこくり、それで長らえるのもまた冒涜ではない
か。安全だが無為な人生など全く求めていない、やってやってやり続け、大事な『何か』に殉じた短命の男たちこそ理想な
のだ。かれらの歴史を紐解いたとき、最期までを追体験したとき、新は感じるのだ。時間を使いきったという確かな充足を。
一方、詰め寄られた方は──…
(ああ)
とため息をついた。絵画は書ほど好きではないが、それでも素晴らしいものを見たとき感覚は満たされる。美しい色彩、
迫力の構図、年を経た油絵の具の凹凸感──… 何もかもに安心し嬉しくなる。名盤に収まっている交響曲も遥か昔の
名優の熱演もお気に入りの屋台で買うクレープも感覚に訴えてくるものは何もかもが大好きだ。
新の激昂は覚悟満ちる絵画だ。常に感覚を研ぎ澄ませている始だから、相手の、殺されるかもという恐怖さえ敏感にかぎ
とった。にもかかわらず意思を放つ新。殺されるというのはつまり感覚の喪失だ。肉体が生命活動を終えるとききっと感覚も
消えるのだろう、常にそう思い、いつ頤使者の体が機能停止するか怯えている始だから──と同時に前々から手を尽くし、
新たな肉体の器……ブルートシックザールを探している始だから──、死ありきで諫言しそれが信念の完成だと信じている
新があらゆる芸術作品よりまばゆく見えた。始はただ感覚を感受したい。長らくの虚無を経てやっと得られたものだから、
永続以外はありえないのだ。ずっとずっと、楽しく、感覚というものを満たしたい。だから死などはありえない。死んでまで得
たいものなどまったくない。もっとも、彼女の場合、肉体が死んだとしても、言霊だけは生き続けるから、本当の意味で死ぬ
コトはない。誰かに新しい肉体を作らせそこに宿れば存外簡単に復活する。人間とはそもそも存在の定義からして違うのだ。
PCで例える。始はそれに宿るデータそのものが”自分”なのだ。仮にHDDが大破したとしても、バックアップを新品に移し
さえすれば問題なく復活できる。レジストリの値が多少変わったとしても割り切れる。『生きてく以上ともなう変化』と……割
り切れる。
人間はHDDもひっくるめての”自分”だ。ありふれたクローンものでいう、「記憶だけあっても別人、まったく違う」だ。レジ
ストリ1つ書き変わるだけで別モノと騒ぎ受け入れない。
そのたった1度だけの自分を捨ててまで時間への矜持を貫かんとする新が始には眩い。彼女は肉体が滅んでもいつか
復活できると踏んでいるが、それでも蘇生まで突き落されるであろう光速の世界、何もかもがあっと言う間に過ぎ去る感覚
なき世界、唯一電波だけが頼りの抽象世界は何より恐ろしいものだ。感覚の素晴らしさを知ったからこそいまは余計に怯
えている。だから死を避けたい。ラスボスにならぬと声高らかに宣言するのは結局討伐されるのを恐れているからかも知れ
ない。
何度だって現世へ降誕できる権利を有しながら死を恐れる始。
死を踏み越えてまで貫きたい信念なき始。
たった1度きりの短い人生だからこそ逆にしりごまず貫ける新。
(やっぱ人間っていいなあ)
と浸る間にも星超新は容赦ない。
「てか勢号、お前なんの役に立つんだ?」
鋭く切り込む、改めて。
(ひでえなあもう。手加減なんか全然してくれねーんだもんあたら)
心中そう思うが怒りはない。むしろニヤけて仕方ない。始は自分が最強だと思っている。ヴィクターだろうとパピヨンだろう
と戦って負ける予感はまるでない。地球などその気になれば消しされるし、名うての時空改変者たる羸砲ヌヌ行の前世だっ
て呆気なく瀕死に追いこんだ。新だってその実力のほどは見ている。図書館の帰り討滅したヤマタノオロチ、いつだったか
再生召喚し殲滅したレティクルエレメンツやバスターバロン。騒動絶えぬ日常のなか雑魚を蹴散らすのは今や週1ペースだ。
いつも一等席で溜息まじりに観戦している新は大体のところで妥協する癖に、いつもいつも最後の一線だけは守り、抵抗
するのだ。戦えば、始がわずかな気まぐれを起こせば、ヤブ蚊のように死ぬと分かっていながら……刃向ってくれる。立場
だけは対等、媚びも誤魔化しもない率直な対応。正体を知りながらなおやってくれるそれが拭うのは『孤独』。それはそれは
得難い、一種必要な、されどできれば味わいたくない『感覚』を取り去ってくれるのが新なのだ。
だから言う。自分なりの……意見を。
「やりたいことをやれ、だぜ!」
「本田宗一郎。あまり引き合いに出さないでくれ。この人だけは例外だ。おかしな使い方されると本当自制がきかなくなる」
「正解。仕事っていうのはさあ、やっぱり自分が本当にやりてえコトを選ぶべきだよな。とても得意で、やってて手ごたえのあ
るコトをさ。時々遊んだりしてさ、それが豊かな土壌を作りみんなを笑顔にしてくんだ」
「あ、もしもし店長ですか。サボっている従業員見つけたのでクビにしてください。名前は──…」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
端末に囁く新。その背後で絞り出すような声を上げる始は浮かんでいた。数瞬前飛行機から飛びあがったばかりで──…
「おまえ!! おまえなあーーー!!! あたらおまっ!! おま!? え!?」
端末をひったくった始はただひたすらぜぇぜぇ息をつく。新はひどくムスっとしている。
「今のは感化されるべき場面だろ!? 普通、普通はああそうだねって影響受けて心やわらかくすべき場面だろ! マン
ガならそうだろ!」
柔らかい、子猫が溺れているような金切り声を浴びせかけるが新は不動。「にゃろう」。評して思う。まるで『要塞』。
まるで……要塞。
「知らないね。キミが仕事しないとボクの負担が増える。ただでさえバイト用に時間裂いてるんだ。そしてボクならではの緻密
な時間配分によって勉強時間の減少を4%で押さえているんだ」
目の横で平手を立てる新は誇っていた。自分の才覚をとてもとても誇っていた。
「このうえキミの不手際で残業とかさせられたらたまったもんじゃない。それっぽいだけでまるで中身のない戯言は終業後好
きなだけ吐きたまえ。ああもちろんボクのいないところでね」
「ヒドい……。あたらヒドい。おにちく!」
まったく取りつくしまもない少年だ。さっき覚えた温かさが急転直下、溶鉱炉がごとき殺人温度へ成り下がった! 始はそう
いいただ双眸を戯画的に白く剥いた。まっすぐな涙がドバドバあふれた。足元で波紋が巻き起こり500円玉大の水たまりが
いくつもできた。
「鬼畜で結構。で、キミは一体なにができるんだ?」
問われると急に彼女は泣きやみ、光の戻った、よく見ればチャイドルのように澄んだ魅惑の瞳をパチクリさせた。で、しばらく
考えていたけど結論は出ないよう。今度は口をM字に結び指を当て、地蔵のように眼を細めた。
「わからん。なにができる?」
「……いまわかった。キミは何も考えちゃあいない。保健所の前をうろつく野犬のように何も考えず生きているんだ」
「そんな褒めるなよあたら。照れるじゃねえか」
はにかみながら肘鉄をくいくい、軽く叩きこむ。新はとても何か言いたげで真赤な唇が微動したが発声には至らず沈黙続く。
「あ!」
「なんだよ今度は」
急に嬉しそうに柏手を叩き見上げてくる始に新は少々戸惑った。つい今しがた野犬と評した少女だが、考えなしだからこ
そ表情には毒気がない。窮鳥懐に何とやら、尾を振るもの、キュンキュン鼻を鳴らすもの、無防備にすり寄ってくる存在は
とても保健所に連れていけそうにない。その程度の憐憫の情らしきものは、乱暴で凶悪で屈折している新にだってある。あ
るからこそココにいる。老夫婦の結婚30年の祝いを地道な労働で稼がんとしているのだ。ゆえにたじろぐ新の前で始は
ポケットに手を入れ引き抜いた。握られていたのは緑色の意匠が目立つ紙切れで、それは拳の端々から、雑草よろしく
伸びていた。正体を判じかねた新は少し顔を近付かせる。判明。旧札だ。国語の便覧で見たコトがある。確か夏目漱石
の解説ページに乗っていた代物。「へえ300年前の1000円札は夏目だったんだ」と感心したから覚えている。ざっと20
枚はあろうか。いずれも所有者の不手際ですっかりくしゃくしゃだが、それでもあまり現存しない物品、売れば最低でも額面
価額の60倍が入ってくる……と新が知っているのは便覧閲覧後すぐさま市場価格を調べたからだ。彼はせどりも手掛け
ている。儲けられそうな手段があればとりあえず飛びつく。それこそ彼の心がけ。
もっとも猫に小判、始にとってそれはただの『古い1000円札』で、つまり結局1000円でしかないらしい。
両替すると言い出した。
「両替ってキミ、旧札に対応してるのかココの機械?」
「してよーがしていまいが関係ネーって奴だぜ。できねえっつーならできるよう振る舞うだけだ!」
また武装錬金を使おうとしている……。呆れる新だがすぐさまもっと根本的な問題に気付く。両替? なんのために?
まさか骨董的価値のある1000円札を店にやり儲けさそうという訳でもあるまい。彼女は価値を知らぬのだ。
「あはは。あたらのばーか!! ばかばーか!! 両替ったら100円玉にするに決まってんだろ。そんなかんたんなコトも
分からねえとか終わってるゥーーーーー! ぎゃははっ!!」
笑い涙をたたえながらビシビシ指さす始。女性らしさの欠片もない笑いだ。言葉もますます意味不明。
「オレはココでゲームする! たくさんたくさんゲームする!」
「おい」
また怠けようとしている。咎めようとした新の耳に届くのは意外な言葉。
「オレがいっぱいゲームしたらその分あたらにもたくさんお金いくだろ! そしたらプレゼント買うの早くなってべんきょの時間
も増える……。見つけた! オレにできるコト!! これでいいよなきっと!!」
「お前なあ」
新は呆れた。善意で言われているのは十分わかった。きっとこの少女はただ新と一緒にいたいだけなのだろう。97年稼働
しているとは思えないほど稚拙で単純な意見だが、彼女は彼女なりに新を助けたいのだろう。
(そこは分かるし尊ぶべきだ。そもそもバイト先きまったのは勢号のお陰だしな)
思い返せば具申してすぐさま速攻で決めてくれたではないか。時間を重んじる新にとって「決まるまで」とは、一種の不確
定要素を孕んだ、結果次第ではまるで掛かった秒数総てをドブに捨てるような期間だ。それを経ずに済ませてくれた、相談
後10分も立たぬうちにバイト先を見繕ってくれた勢号始とはつまりありがたい、なかなか得難い存在なのではないか?
(……あまり窘めないでおこう。強い言葉は使わない)
何かを期待するように見上げる始を前にかるく咳払い。理屈っぽい新は声がなめされるよう心掛けた。
「ええとだ。まず厚意には感謝する。資金の回転率は確かにその早い方がいいとは思う」
「そだろ」
「けどだな。キミがいくら使おうとボクの時給は上がらないし、締切日とか振込み日も変わらんのだが」
「マテ。あたらのいうコトがわからん。回転率とか締切日とか振込み日とかなんなんだぜ?」
ダメだ物を知らなさすぎる。軽い頭痛を覚えながら説明する。要するにお金もらえる日は変わらない……と。
「え、そうなの?」
「……キミ、バイトしたコトないだろ」
「うん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
無意味に力強くうなずく始に(相談する相手まちがえたーーーーーーーーー!!)とか何とか思いながら、新は戻る、平常
モード。
「とにかく仕事中なんだ。ゲームすんな」
「ふっふー。甘えぜあたら。そーいうジョーシキに囚われた考えからは何ひとつ生まれねー」
チッチッチと指立て格好つける始に1ヒット。
「仕事サボって遊ぶ従業員からもな」
「ぬぐっ!? ……うっさいうっさい! だだだだ黙れよあたらコラぼけ!! いいか、マンガなら、マンガだったらなあ、む
しろオレのよーなふだんサボってる不良社員のほーが、イザってとき頼りになんだ!! なんつーかお客の目線に立てる親
切なヤツ? みたいな。きっと子供にもバンバン好かれちまうぜ決まってる
薄い胸に偉そうに手を当て演説する始に2ヒット〜9ヒット目をもたらしたのは、童顔の主婦からちょうど風船を貰い終わった
幼稚園児たち。
「おねーちゃん。あのてんいんさんはたらいてないよ」
「わたしたちが、こころおきなく、あそべるよーに、いっしょけんめいやるのが、てんいんさんなのに、じぶんだけ、たのしんで
るー。わたしたちのこと、ほったらかしで、じぶんだけ、あそんでるー」
「けーきたべれるからって、けーきやさんめざすひとみたい。そーいうひとほど、すぐざせつするって、おかあさんいってた」
「じぶんのことしかかんがえてないひとは、だめだよね」
「わたしたちは、ほかのひとのこと、かんがえられるように、なろうね」
「そーいうひとほど、せいこうするって、おかあさんいってた」
「あのおねーちゃんは?」
「しっぱいするねー。きっとろくでもないおとこにひっかかるんだ。16さいでにんしんして、おとこにすてられて、なつになったら、
ぱちんこやさんの、ちゅうしゃじょうにとめたくるまのなかで、こどもを、ねっしゃびょうで、むしころして、つかまって、じんせい
ぼうにふるんだ」
口ぐちに言いながら通り過ぎていく少女たちに始はただ固まる。痛烈な10ヒット目がもたらされたのは正にその時。
「うごっ!?」
新は見た。メダルの入ったビニール袋が、始の後頭部に直撃するのを。
誰がやったのだろう。見れば小学校低学年ぐらいの少年が5〜6人、そこに突っ立っている。いかにも悪そうな顔つきで、
遠くで何やらクリップボードに書いてた童顔主婦が血相変えて走ってくるのも見えた。よくあるコトらしく、悪ガキどもは、ライ
オンからの安全圏を見切っているシマウマのごとく、捕まるまでの時間を熟知しているらしい。毒を食わば皿まで、捕まるま
でにやってやるとばかりコンボの締めくくり、口撃開始である。
「働けよ!!」
「そーだそーだ働けよダメ店員!!」
「無能無能ー!!」
「ばーかばーか!!」
「ちゅーがくせいなのにおっぱいちいせー!!」
「しょーがくせーおっぱいーー!!」
「やーいやーい! しょーがくせーおっぱいー!!」
「あっはっは。上記総ての悪口はまさに襟首が掴まれるその時瞬間まで言い尽くされた。見事だとは思わないか勢号。
素晴らしき時間配分、彼らはなかなか有望じゃないか。ボクは支持するよ、彼らを!!」
「……いやあたら? ウソでもいいからさ、その、まず殴られたオレを心配してくれねーかな本当」
頭抱えてうずくまる始のトーンは低い。ヘンなところに感心する新に裏切られた気分なのだろう。「ハイハイ」。とりあえず
殴られた辺りをさすってやる。普段の悪友関係からすればやや距離が近い、甘ったるさのある行為だが、コレはそもそも
始がやれと言い出したコトだ。同行しているとどうも鉄火場にブチ当たるコトが多く、始はよく攻撃を受ける。いつも軽傷で
打ち身程度だが、あるとき痛みに耐えかねた始が「やれ! なでろ! さすれ!!」としつこく要求したばかりに新が折れ、
折れたせいで前例を作ったせいで以降なし崩し的にやらされる羽目に……。ただ手を翳すだけでだいたい落ち着くので、
新にとってはコスパのいい。時間いらずの最良手段でいまでは特に疑問はない。
やがて落ち着いた始、よろよろと立ち上がる。頬には幾筋もの涙。
「やろう……。最強なオレに……最強なオレに……サップかますなんざ……。いたい……。スゴくいたい……」
(最強なら避けろ。運悪く食らっても表情乱すな)
つーんと澄ました顔で見る。童顔主婦に説教される悪ガキどもを。怒るべきところは怒り諭すべきところは諭す、見事な
説教だった。来年小学校に入る上の子とやらはさぞや正しく育つのだろう。
やがて悪ガキどもは不承不承ながら謝りに来たが始の怒りは収まらない。
「覚えたからな!! 顔は覚えたからなっ!!! 後で、後でほんとうマジ殴るから覚悟しろよな!! オ、オレが本気で殴ったら
地球崩壊するんだからなっ!!」
「はいはいスゴイスゴイ」
いまにも飛びかかっていきそうな始を右手で制しながら、悪ガキどもにフォローする。「このお姉さんちょっとおかしいんだ。あまり
関わらない方がいい」。半ば本心だが半ば親切心。始はともすれば自分が王の大乱から生まれた最悪の頤使者だといいかねない。
奇妙なコトを口走っても戯言で済むよう繕ったつもりだが、しかしアホには伝わらない。
「いや本当、殴った部分で古い真空が対消滅おこしてあたらしい銀河が生まれるんだって!!」
矛先が変わったのは喜ぶべきか。とにかく始のセーブスロットは1つしかない。なにかあれば上書き上書きまた上書き。
一度に一つのコトしか処理できない。
(未来有望な少年諸君! いまがチャンスだ! ボクはこいつを……引き離す!!)
(さっすが有能さん話の分かる!!)
無言のサムズアップ。芽生える友情。アルビノと悪ガキは無言で疎通。始は引きずられ始める。黒髪黒服だからまるで古代
のゴミ袋の牽引だった。
2mほど進んだだろうか。何でオレ引きずられているんだろとやっと気付いた始、さらにハッとしこう叫ぶ。
「ちょっと待て!! 誰が小学生おっぱいだ!!」
「気付くの遅っ!!」
まさかそこに触れられるとは予想してなかった新。驚愕の顔つきで踵を返し視線を下げる。胡坐かく始が目に入る。後姿
だから詳しい表情は見えなかったが、ひどく戦慄いていた。怒っているのか事実なのに。呆れたように眼を細める新の視界
内でしかし始はニヘラと笑う。
「そんな急に褒められても照れるぜ。そんなあるよう見えたのか……?」
「喜んでる!?」
「なに驚いてるんだよあたら! オレは幼稚園おっぱい……いや、赤ちゃんおっぱいなのだっ!!」
器用にも座ったままピョコリと体の向きを変えた──つまり前面を新に向けた──始は事もなげに手を伸ばす。
腰の辺りに。
そして上着の裾を軽くめくり──… 問う。
「見るかっ!?」
「見ねえよ!!」
新はただ叫ぶ。一瞬芽生えた悩ましい疼きをかき消すように。脳にすっかり形成された男性的サーキットを彼はまったく
恥じた。年ごろだから女性の柔肌に興味がないといえばウソになる。けれど始の、普段「バカだなあ」と思っている少女を
そういう目で見るのは、なんだか負けた様な気がして嫌なのだ。
もっとも彼はしばらく後、彼女の唇を奪うし、胸さえぎこちなく愛撫してしまう。衝動の出来事とはいえそれはしばらくヒドい
後悔のタネで──…
「なんだよケチケチしやがって。減るもんじゃあるまいし」
「お前それ男がいうセリフ。見せる方がいってどうする」
「だってもうこれ以上減りようがない赤ちゃんおっぱいだし!」
「自信満々にいうコトかソレ……?」
「血筋だからなー。オレの肉体を構成してんのは、アオフシュテーエンっていう、マジ強い奴の血なんだけど、そいつの妹って
のが……ヌルっていうお下げ髪のマジシャン野郎なんだけど、そいつも18ぐらいのトシんとき、赤ちゃんおっぱいだったっ
ていうぜ。ヌルのおかーさんもちいさいとき赤ちゃんおっぱいだろーな」
「はあ」
「あ、でもだな。ヌルって21歳のころから急成長始めたっていうぜ。24歳の頃にはもうブロンド美人かってぐらいバインバイン
でスゴかったらしい」
「言われても」
終止符の先、羸砲ヌヌ行・語りて曰く。
「じゃあ鐶の武装錬金、クロムクレイドルトゥグレイブを使えば幼児体型解決と相成るのか? 答えはノーだよソウヤ君。
小札氏の体の成長は、ホムンクルス化したとき完全に止まった。不老不死だからというのもあるが……それ以上に」
「彼女に埋め込まれた『幼体』が特殊だからというのもある」
「ライザウィンのいうグラマラスなヌル……小札零とは、正史における、人間として生き続けたいわばもう1人の彼女だ。
ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズの小札零とは別人なんだ。あの『幼体』を埋め込まれたときから別人なんだ」
「そして我輩たちは見た筈だ。あの『幼体』の真実を」
「(てか私がおっぱいの話すると『イヤミか!』ってよく言われる! 主にブルルちゃんに! うぅ、私だって好きでこんな
おっきくなったんじゃないやい!! 肩こるし男の人に粘っこい視線おくられるしでタイヘンだよっ!!)」
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「誰もいないな」
広間の中央。まず呟いたのは武藤ソウヤ。ライザウィン(勢号始)そしてウィル(星超新)の手がかり求め乗り込んだのは
山奥の屋敷。チメジュディゲダールなる由緒正しき錬金術師の邸宅である。
四隅に金糸の刺繍がほどこされた真赤な絨毯が広間いちめん、海のように広がっている。
屋敷につくなり彼らは、主を、さまざまな手段で呼んだが、返事はとんと来ない。呼び鈴を鳴らし大声をあげたが従者の
1人さえ出てこぬではないか。相談のすえ意を決し触れたドアの、やや白く曇った真鍮のドアは驚くほど軽く回り、そのお陰
でソウヤたちは邸内にいる。招き入れられたというか乗り込んだというか。小規模な舞踏会や立食パーティなら楽勝で開け
そうな玄関入ってすぐにある大広間の中央で、武藤ソウヤは難しい顔をした。
「……不法侵入じゃないかコレ?」
まったくだ。羸砲ヌヌ行は内心ぶんぶん頷いた。ソウヤがそのテの心配をするのは、ぶっきらぼうな、「ああパピヨンに
育てられたのもさりありなん」という、一種尊大な態度からすると少し意外だったが、
「(ああお母さんに似て常識人なんだにゃー。ギャップ萌えだにゃー)」
とだけ思い、ホワホワした。
むかし、まだ斗貴子の中にいるころの彼に希望を見出して以来、ずっとずっとぞっこんラブのヌヌ行だ。悪いたとえを
用いるなら、あらゆる拒絶の言葉を前向きに解釈するストーカーのごとくだ。あばたもえくぼ。何もかものあらゆる要素を
良く見ている。齟齬も矛盾も愛しく見えて仕方ない。
「意外と広いから出てくんまで時間あるんじゃあないの?」
「ん? ブルル君は来たコトあるのかい? ココに?」
「まさか。案内板見ただけよ」
呟いたのはブルートシックザール。ベールを被りコルセットをしている少女が指差したのは……壁。油絵や水彩画に交じ
って青銅の板が埋め込まれている。なになにと覗きこんだのは羸砲ヌヌ行。法衣の上で虹色の房をいじりつつ読み上げる。
「三階建てでしかも地下室まであるのか。各階200坪ほど……広いね」
「さっき外から見た時はもっとこじんまりした感じだったが」
答えるソウヤはぶっきらぼうだ。ブルートシックザールはカチンときた。
(スッとろいコトぬかしてんじゃあないわ。あんたの印象なんざどうでもいい。重要なのはとっととチメジュディゲダール見つ
けるコトよ)
彼を見る。ヌヌ行につられる形で案内板を見ている。背中はガラ空きだ。
(チャーーーーーンス!! このわたしブルートシックザールは無防備な背中見るとつい貫手かましたくなる人物ッ!! 急
がなきゃあならない時にスッとろいコトぬかされたんで尚更アタマにきてる!!! ケケッ! 覚悟しやがれ! 右脇腹に一
発キツいの……たたっ込んでやるぜーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!)
指をそろえ床を蹴り飛びかかる。ソウヤは振り返ろうともせず──…
ガキインッ!!
(なによ? 『ガキィン』? ガキィンって何よ? 確かにわたしはソウヤの脇腹を狙っていたはず。なのにこの指先を伝わる
感覚は『何』? 堅い。とても堅い。みごと貫手を決めてやったときに感じる大腸の蠕動はどこに行ったの? 本当ならいま
ごろ筋肉に押し戻される柔らかさを感じている筈なのに……。なに? わたしは一体『何』を攻撃したの?)
唖然としながら彼女は見る。まっすぐに突き出した平手がめり込んでいるのを。さきほどまで何もなかったソウヤとブルル
の中間に、薄手の刃が突如あらわれそして貫手を阻んでいる。
(うげえーーーーーーーーーーアババババババババババババババババババババババババババババババババババババババ
バババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババ)
驚きのぞける。鼻水が垂れた。情けない顔でただ思う。
(指ッ!!! 指ィィィィィィィィィィィがアアアアアアアアアアアアアアアアアア〜〜〜! 指! 指指指!! ああなんてコトよ
指がッ! わたしの指が!! あんなキレイに揃えて貫手かましたのに一つとして同じ先を指していないッ! 端的にい
えばボキボキ!! へし折れてやがるッ! めちゃくちゃに『へし折れて』やがるるううううううううううううううううううううううう!!)
ブルートシックザールの眼は吸いつく。手を阻む『鉾』に。突撃槍の柄より上を、六角の幾何学模様の目立つ、直線的な
ブレードに置き換えた──蕾のようにビタリと吸いつき合う4枚のそれの間からシアンの輝きがうっすらとだが溢れ始めて
いる──奇妙な鉾に。それだけを、ソウヤは、背を向けたまま、担ぐように構えている。
┌――――――――――――――――――┐
|ライトニングペイルライダー。強度は父譲り │
└―――――――――――――――――─┘
(なにこの武器! 薄いくせに……堅い!! ヴィクター化していないとはいえ、ホムンクルスで頤使者(ゴーレム)なわたしが
割とその気で繰り出したのに──そもそもそーいう攻撃喰らった場合ソウヤどうなるのさ? やっぱ重傷なって『イキナリ仲間
になにすんだこのヤロッ!』とか怒るんでしょーかね。まあでもヌヌいるしさ、時間改変でケガとかどうにかできるとは思う──
まったくコタえた様子がない。むしろ参ってるのはわたしの方よなんて事ッ!)
「ノオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」
たまらず指を離しへたり込み泣き始めるブルートシックザールに
「すまない。急に殺気がしたからつい」
武藤ソウヤはペコリ。45度の辞儀をした。一流ホテルのナンバーワンホテルマンのように柔らかくも洗練された見事な礼
……ヌヌ行はそう評し、萌えに萌えた。
「ライトニングッ! ペイルライダァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! 三叉鉾(トライデント)の武装錬金で
えええええええええええええええ! 防御ッ!! よくもよくも防御しやがったなあああああああああああ!! 舐めやがって
舐めやがってこの兄弟子がああああ!! よくもッ! よくもあああああああああああああああああああああああああ!!」
「兄弟子は罵り言葉じゃないと思うが」
「それにオレは弟子と言うより養子に近い。パピヨンのな」
「舐めやがってこのダボがあああああ!!」
「「言いなおした!?」」
無音無動作の防御。それは見事に炸裂した。もちろん筋からいえば突然うしろから危害を加えようとしたブルートシックザール
こそ悪く、ソウヤのやったコトは結局ただの正当防衛なのだが、彼はその辺りの理屈は持ち出さず、ただただ頭を下げた。
「ずいぶん丸くなったもんだねえ。パピヨンパークのころはご母堂がた相手にあれほどツンケンしてたのに」
「いちおうオレなりに反省したつもりだ。仲間は大事……。けっして悪くない」
「だから謝る、かい。ふっふっふ。まあ悪くないよそういうのはね。むしろ好ましいが? (はいっ! はい!! たまには私
のコトも大事にしてね! だいじだいじーってチロルチョコくれたらとても嬉しいかもだよ!)」
ヌヌ行が相変わらず温度差激しい本音と建前を並行処理している間にも、ブルートシックザールはのべつまくなし、ひっきり
なしに罵倒を続けている。
「てめ──────────────────────────────────────ッ!! 誇り高き血統の
わたしによくもあんなマネをオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「血統……。ああ、ヌルとかいう一族の」
「そーよッ!! マレフィックアースを『降ろす』のに特化したわが一族! わたしにもその血が流れている!! ご先祖様は
ヌル=リュストゥング=パブティアラー 実況大好きマジシャンガール!! 落ち零れだ落ち零れだと身内どもから卑下
されながらも苦労してガンバって一族ナンバーワンに昇りつめた人よッ!! 正史じゃ彼女、兄がレティクルの盟主にトドメ
さすときサイコーのアシストかましたんだからッ!! 残党だって一人で殲滅したわ人間の身でッ!! そんな人になれる
よう誇り高く生きよーと心がけてるわたしによ、え! 誇り高きわたしに何してくれてんのさソウヤあんた信じられないッ!!
さすがにソウヤの顔色は「どうしたらいいのだろう」という渋みに満たされつつある。
気付いたヌヌ行、小さなメガネをすちゃりと直し
「コラコラ人の家で騒いじゃあダメだよブルル君。人外なのにちょっかいを、人間たるソウヤ君にあっけなくツブされたのは
面目丸つぶれってカンジで悔しいんだとは思うが、我輩思うに結局いまのはだね、おふざけが、『弱さゆえ』ビュっと出てきた
咄嗟の反射行動にガツリとぶつかっただけのいわば事故。騒ぐはどうか、ゆるりと流すがオススメだ」
へたり込むブルートシックザールの襟首を、後ろから、ぐいと掴み持ち上げた。
「うっ!! うっさいわねあんた!! 部外者がしゃしゃるんじゃあないわよッ!!」
喚く少女の肩をぐいと引きよせ手を回す。体育会系男子のようなスキンシップだった。
「ふはは。心外だねえ。我輩もブルル君の仲間だよ? まあ仲間でも立ち入るべきではない、個人間のプライベェ〜ト♪
な問題というのは確かにあるだろうがね、仮に今の件がそれに該当するならむしろ部外者はより必要さ。中立な立場で両
者の意見を聞く。そんなジャッジ役がいた方が仲直りもしやすいだろう」
「『仲直り』ですって!! ザけんじゃあないわよ!! わたしはそもそもあんたたちを利用するため近づいたッ! 直す
べき仲なんざ芽生えようもないでしょうが!!」
「ならアレだね。出会った当時の心象に戻す。交流の齟齬がもたらした憎悪って奴をリセットする……。利用についちゃ
我輩もソウヤ君も了承済みさ。だからこそ、それ以外のコトで恨みを買いたくないだろ? ンなものない方が、気持ちよく
我輩たちを利用し捨てられるって寸法さ。我輩がその調整役やってあげようという話さ」
「…………」
唇が緑の少女は目を丸くした。気勢はやや弱まった。
「まあとにかく今の騒動は君の品位を貶める事象じゃないさ。どんな偉い人だってタンスの角に小指ぶつけるコトぐらい
あるだろう。不可抗力。やっちまっても仕方ないアレさ。生きてる以上さけられぬ不運。大丈夫大丈夫。些細な問題。君や
祖先を貶めたりしない」
そういってベールに手を伸ばす。軽く二度三度なでるとブルートシックザールは嫌そうに首を振ったが、あえて無視して
撫で続ける。
「……あんた慣れてるな」
「ふふっ。高校大学と物腰を見込まれいろいろ相談されたからねえ。やりたくもない仲介をさせられたコトも多々ある。
知ってるかいソウヤ君。別れる別れないで揉めたくるカップルの厄介さを。係争の難儀さはつまり当事者双方が少なからず
正しいというところにあるのだが、色恋ときたらまったく最たる例でねえ」
「……」
「経験上まったく間違いしかない相談者などいなかった。多かれ少なかれ正しい要素を所持していた。著しく倫理に背き、
酒におぼれ暴力をふるい伴侶を流産させるような輩じゃないかぎり、恋において何を主張するかなど自由だ。まったく自
由だ。相手を引き寄せようとするのも、逆に遠ざけるのもアリだ大いにアリだ」
「……」
ソウヤはただ「大人だ」というカオで聞き入った。ヌヌ行はべらべら喋りながら、「今度のリラックマのグッズどんなんかな
あ。チキンラーメンおいしいなあ」とか脈絡ない思索を巡らしていた。
ブルートシックザールはブツブツ文句を言いながらもおとなしい。
「ただ、どっちも自分が一番正しいと信じてるのは困りモノさ。それを押し通したいからなんだかんだと理屈をつけ、相手が、
徹頭徹尾まちがいだと主張する。実態をみない。記憶や印象さえ頭のナカで無理くりやって改悪する。そんな連中に比べた
ら(小学校時代わたしイジめてた癖に高校で評判聞きつけて泣きついてきたスイーーーーーツ脳丸出しの女子に比べたら)
ブルートシックザール君は可愛いものさ」
「で、そのスイーーーーーツはどうなったのさ?」
「我輩のとりなしで彼氏と復縁したが4ヶ月後ぐらいに別れた。原因は彼女の浮気さ。実のところ我輩に相談したころから
やってたらしくてね。まあ最近本命が冷たいからキープしとこうってベタな動機だった。それが分かったのは、調停のため
色々調べてる最中だったね。まあ浮気やめろというコト自体は簡単だったけれども、相談員っていうのは相談されたコト
以外は言っちゃいけないものさ。『あんた浮気してるでしょ』。脛に傷ある人はそれ聞くだけでもう説教され攻撃されてる
気分になっちゃうからねえ。だから敢えて気付いていないカオをした。で、そのあと本命と復縁した時、こう言ったのさ。
『ひとまず解決だ。おめでとう。ただ彼とずっとおつきあいしたいのなら、今のうち火種は総て消しとくべきだよ』……てね」
「ほうほう」
「我輩なかなか卑怯だったと思う。このアドバイスというのは結局『アフターケアするよう言いましたからね』という、対抗要件
を備えるためだけのモノだからね。相手がドキリとしつつも改悛の情を催すには至らないアドバイス。近いうち破滅するん
だろうなあと思いながら、掌に零れてくる相談料──500円玉が10コはあった。高く思えるが準備期間と精神の摩耗ぶり
を考えるとむしろ薄給といえた──がだ」
「文句なく私のものになるまで『決して領分を侵さない有能な相談員』の顔つきでいた我輩」
「真に処理すべき浮気問題を黙殺していた我輩」
「彼女が自らの引力で無残な事象を引き寄せるのを内心舌舐めずりで心待ちにしていた我輩」
「『絶対責められない立場』をまず作り、相手が破滅するのを知りつつ放置していた我輩は」
「まあなかなかヒドい。そう自覚していながらスッキリしたから救いようがないね。私をイジめた奴が、受け入れれば救いに
なりかねない言葉を自ら打ち捨てたあげく不貞をあばかれたのは、本命とキープ君からひどく口汚く罵られしだいに誰から
も相手にされなくなっていくのは、まったく見てて痛快だったよ。”私の気持ちわかったかい? でもまだ幸せな方だねえ。
生のカエル喰わされたり、そん中のハチに刺されたりしてないし”……とね」
「……」
「破綻後、私に相談もちかけようとするたび他の女子──イジメとか厄介事から助けてあげたコが殆どだった──他の女
子が『自業自得でしょ』とばかり冷たい目線を投げかけ退散させるのも、ふふ、人としていうのもアレだが面白かった」
「…………なんというか。あんたも苦労してたんだな」
「領分を守り最善を尽くし倫理をいっさい乱すコトなく相手を破滅させる! まあもちろん普通の善良な市民相手なら絶対
やらんコトだけどね、私イジめた人なら別だよ。やる。段取り整えてだね、勝手に自滅したよーに見えるよう破滅させるさ。
悪いのは向こうさ。イジメの謝罪もなくいけしゃあしゃあと相談を持ちかける方が、救わなかったくせに救ってもらおうと
すり寄ってくる方が悪い……。クク。そのあとの彼女? さあ。覚えてないねえ」
「ええと」
覚えてない。何という言葉だろう。ソウヤは思う。
ヌヌ行の武装錬金・アルジェブラ=サンディファーはあらゆる歴史を記憶する。改変され消し飛んだ歴史さえ保存し何度だっ
てロード可能。『記憶する』。それに特化した武装錬金の持ち主が、進んで忘れ去ろうとしているのだ。ソウヤはそれがひど
くおぞましい行為に思えた。しかも彼女はどうやら自覚を持ってやっているらしい。自覚があるからこそ信じているのだ。
忘却こそ、最大の復讐だと。
「けど語れるんだよなあんた。その女子が罰を受けるまでのコト……は」
「……? あ。ああ鋭いねえ。流石だソウヤ君。いちおう罪悪感があるらしい」
余裕たっぷりに答えながらしかし内心彼女はこう思った。
(そう、か)
(私かるく仕返ししたコト後悔してたんだ。忘れるのが復讐だって思ってる癖に……覚えてるんだ)
(……ライザウィンとかウィルとかと決着ついたら……謝りに行こうかな。黙って見過ごしたコト)
復讐劇を描きながら完璧には演じられない羸砲ヌヌ行。その笑顔は愁いとわずかな涙にしっとりと濡れていて、だからこそ
武藤ソウヤは──…
(イイ奴、なのかもな)
少しだけ見つけた気がした。とっかかりと呼ぶべき……何かを。
「でも!」、ヌヌ行は芝居がかった様子で手を広げ意地の悪い笑みを浮かべた。
「断っておくが彼女の浮気問題において我輩、時間改変はまったく行っていない。やろーと思えばできたけどそれじゃあ面
白みがないからね。相手が勝手に破滅してこそさ。『ありゃまー自分でやってらバーカバーカ』とせせら笑うのが楽しいんだ」
「……一瞬だけあんたを見直したオレが馬鹿だった」
ぐいぐい来る。詰め寄ってくる。無駄に得意気な様子で迫ってくる法衣/ほぼ虹色の髪の女性にソウヤはただ口を歪な
三角形にした。嫌そうな顔を全力で向けた。
「というかブルートシックザール。さっきどうして突然スイーツがどうとか言いだしたんだ? 羸砲はそんなの一言も……」
「!!! (煤@そーいえばそうだよ! あまりに自然につなぐから流してたけどなんで!? なんで私の考えてるコト
わかったの!!?)」
「……どーでもいいでしょそんなコト。つーか心配すんなら他のコト心配なさいな。ああ指痛い。頭痛い」
腕組みする少女はひどく機嫌が悪そうだ。
「あの。もしそうだとしてもすぐ治ると思うが……、突き指とか……大丈夫か?」
「うっせーーーーー!! しちゃあ悪いッ!!? いくらヴィクターIIIで頤使者でホムンクルスでもねえ!! カウンターでやっ
ちまうコトぐらいあんのよ!! クソがッ!! 人間だから手心加えてやったつーのに仇で返しやがって!! わかったわ理
解したッ! あんたわたし信じてないでしょ!! 利用するっつって近づいたから『いざとなったら見捨ててやるぜお互い様
だケケッ!』とか思ってんでしょ!!? どーせわたしなんか心から信じてないんでしょ!!? ああもう頭痛いわッ!! コ
レだから六部好きはダメなのよ!! フザけやがってブッ殺してやる!! ……って」
わめく少女の目が点になったのはソウヤのせいだ。いつの間にそうしたのか。曲がった指を取り出し白い物体を巻いてい
る。驚愕。ひび割れの声音が俄かに沈む。青い瞳がめいっぱい開き歯の根さえガチガチ大合唱。
「お……おい。武藤ソウヤ。なに包帯なんか取り出してんのよ? ………………………………………………………………
…………まさかだが……その、ひょっとして……あんた……? しちゃってる訳? 信じられないコトだけど……アレを……?
まさかだけど『手当』って奴を……してんの?」
「そうだが」
終止符の先。羸砲ヌヌ行、述懐。
「このあと彼女は外めがけ全力ダッシュで逃げた。聞けば異性に手当てされたのは生まれて初めてでスゴくびびったらしい。
『パピヨンは無造作に救急箱なげてオシマイだったのに』……カオ真赤にしてうずくまってたよ。宥めるの苦労した」
バァーーーーン!! ドアが勢い開く。テイク2。今度は大股でお邪魔だ。
「さ。気ぃ取り直して探索よ探索。まったくボヤボヤしやがってのーみそスッとろいヤツばっかですか〜〜〜!!」
(誰のせいで時間くったと思ってるんだろうね)
(触れるな羸砲。ヘタに刺激してみろ、また騒ぎ出すぞ)
ソウヤとヌヌ行は肩寄せ合ってヒソヒソ囁き合った。厄介な同伴者ができた、お互いそんな気持ちでいるのが分かり、彼らは
同時に微苦笑を浮かべた。少し打ち解けたかな、少年少女らしいさわやかな感想に浸るのもつかの間、目ざといブルート
シックザールは
「おいコラ! 探索よ探索! わたしを中心にした一列で進むコト!! いいわね! て、手当てしたからって偉ぶったりしない
でよね! あんなの自分でも治せたんだから!! ……そりゃあちょっとは感謝してるしお礼言うべきかなって迷ってるけど
…………はあ!!? 何もいってねーわよヌヌ! な・に・も言ってないんだから!! ちょ! ニヤつくんじゃあないわよ!
……うっさいうっさいうっさい!! なんで六部好きなんかに……ああもう頭痛いわ何も聞こえないベロベロウバアアア!!!」
プリプリしながら命じる。
まず広間を調べるコトになった。それは3分ほどで終わった。一行は、ドアやクローゼットや階段の陰などを手分けして見て
回った。何も、なかった。
「ついでに館全部の生命反応を調べた。結果かい? 生きてる奴はいないねえ。光円錐は確かさ」
「光円錐……か。確かあんたの武装錬金は」
「アルジェブラ=サンディファー。一種のティプラーマシン。時系列を光の広がりで見る。人間に限らず生命は総て光円錐
として見えるッ!」
「もっとも全部調べると虫とか微生物まで掛かってしまいややこしい。見たのは脊椎動物限定……魚とかネズミ、ヘビや
カメあと哺乳類といった連中全般さ。望みとあればもっと細かい生物も探せるが?」
「そいつは必要ねーわね。探してんのはチメジュディゲダール。人間よ」
「いないとなればどうする? 待つか? それとも2階へ──…」
探しにいくか? 軽く顎を上げたソウヤの耳元で奇妙な音がした。ぴちょん。湿った音はまるで雨のそれだった。
「……」
出所追ってオトガイを右肩に向けた瞬間時間が止まる。金色の瞳がガラス玉よろしく無機質に透き通るのをブルートシッ
クザールだけが認めた。
「……ところでだ。羸砲。あんたの武装錬金は死体も感知できるのか?」
「『一発で分かるか?』。そーいう問いなら否だよソウヤ君。死ねば物質、建物や調度品と同じ円錐になる。本があるとして
我輩それを光円錐ごしに閲覧するコトはできるが、しかし『見ようとするまでは』どんなモノか分からない。生き物なら感覚的
な意味での遠目でだいたい何か分かるけどね。非生物はそういかない。生きてる人間を見つけるように……とはいかない。
(うおなぜか玄関先に設置してある本棚にえちぃ本があった! 奥にコッソリあっただけありロリロリだあーーっ! ロリロリ
は可愛いバンザぁーーーーイ!!)」
「地道に1つ1つ調べる必要がある、と?」
「そういうコトさ。一応突っ立ったまま検索し調べるコトも可能だが、直接見た方が早いかもだね。広い屋敷だ、調度品は
多すぎる。(お、おお〜。今日びの小学生の発育すげえぜ期せずして爆乳なっちまった私でさえ当時ここまでじゃ……
!? って! あれ? いまソウヤくん何ゆうた!?! 死体!? なんでそんな物騒怖すぎィな話になってるの!???)」
慌ててブツを本棚に戻し振り返る。(後で取りにこよう)、そう思いつつ。
「灯台もと暗しとはよくいったものだな」
「盲点だったわね。普通は見ない」
納得したように呟くソウヤ。追従のブルートシックザール。唯一蚊帳の外のヌヌ行あわてて彼らの視線を追う。
見上げる。
目に入ったのは天井。
いちめん真紅の線に塗りつぶされた天井。そこから振ってきた1粒の赤いしずくが、少し上向きの鼻先で完熟トマトのよ
うにビチャリ爆ぜた瞬間、あまり嗅ぎたくはない、錆そっくりの匂いが広がった瞬間、ヌヌ行の精神は狂乱に見舞われた。
「(ぎゃああ!!! 血! 血だよコレ! 殺人事件ーーーーーー!!? あ、いあいあ違う!! えーと状況的には)。ライ
ザウィンの手の者かね。チメジュディゲダールを連れ去ったか……殺したか」
落ちてくる雫をブルートシックザールは指先で受け止め……舐めた。
「間違いないわ。血ね。『できたて』よ。絨毯も赤だから目立たなかったけど」
「急ぐぞ!」
駆けだそうとしたソウヤはしかしそれゆえ醜態を晒す。ヌヌ行は見た。駆けだそうとしたソウヤが弓なりに仰け反るのを。
何か詰まらせたような情けない声を漏らし、バランスを崩し、とうとう後ろ向きにコケた。されど彼自身に過失はない。む
しろ被害者で──…
「ちょっとブルル君。なぜにいま掴んだ? ソウヤ君のマフラーを。(私は見た!! ソウヤ君が走りだそうとした瞬間、ブルル
ちゃんがスクっと手を伸ばし掴むのを! 2本あるマフラーを両方ひっつかんでそして引いたの!!)」
ブルートシックザールはマフラーを口にあてスンスン鳴く。(匂い嗅いでる! イイナー!) 嫉妬と羨望のまじった複雑な視線
を送る間にもソウヤは地べたで怨みがましく唸っている。
「山吹色でキレーね。イイ感じよイイ感じ。いっそ昆虫の腸使いなさいよ。筋とか織り込みゃ超クール」
「じゃないだろ!! あんたなんでいま邪魔した!!」
起き上がりがてら激しく詰め寄るソウヤ。声音の刺々しさが背中にまで上っている。ブルートシックザールはきょとんとした。
「あ、いまの”超”より”蝶”のがよかった? パピヨンの関係者的に」
「違う!!」
「つーか何で急に走りだしたのよあんた?」
「天井の血がまだ乾いていない!! 敵がいるとすればまだそう遠くには──…」
「でもさあ。ヌヌは屋敷ん中なにもいないっつってるじゃん。仲間のいうコト信じない訳?」
冷めた顔つきでいうブルートシックザールにソウヤは冷や水を浴びせられたような顔をした。
「それは──…」
「まあまあ。咄嗟のコトだったからつい急いでしまったのだろう。だいたい非生物の敵なんか幾らでもいる。自動人形なんか
がいい例だ。頤使者もいる。あまり考えたくないがチメジュディゲダールと襲撃者が双方相討ちってケースもねえ。急いだ
のは正解さ。仲間(わがはい)過信するあまり機敏さを失うのもマズい」
肩にポンと手を乗せる。いつの間にかソウヤの隣にいるヌヌ行だ。横目を這わす彼は少し申し訳なさそうで、短慮を悔いて
いるようでそこがツボだ、ツボなのだ。ニッと微笑む私マジでお姉さん。そんな歓喜と優越感をブルートシックザールはブチ
壊す。完膚なきまでブチ壊す。
「その辺のコトはどーでもいいの」
「(どうでもいいの!? いまの私的にすっごいナイスフォローだったのに!! ソウヤ君萌えだって素晴らしいのにぃ!!)」
「萌えとかナイスフォローとかどーでもいい」
「(うわああああああん!! また心読まれてる感じ!? なにひょっとしてブルルちゃん私の天敵!? てかなんで読める
の!? 武装錬金の特性!!? それとも頤使者の言霊的な能力!!?)」
あああもう頭痛い。コメカミに指を当てぎりぎり歯ぎしりするブルートシックザールはとても何か言いたげだ。主にヌヌ行に
言いたげだ。しかしすんでのところで息を呑み、つかつか歩いた。
「フォーメーションよ。いい。急ぐのは勝手だけどフォーメーションくずしちゃダメ。どっかの国の「うわ揃いすぎてて却って
不気味ッ!」な軍隊行進のようにキチっと保つの。フォーメーションをくずすのはとてもマズいの。分かる?」
分かったような分からないような言葉だ。ソウヤとヌヌ行は無言で顔を見合わせる。いろいろ言いたいコトもあるが背けば
騒ぐのがブルートシックザール。不承不承従うコトにした。
「で、どんなフォーメーションだい?」
「簡単よ。さっき言ったでしょ──…」
そんなこんなで捜索開始。ドアを見つけては入って探すの繰り返し。
5分もしただろうか。真新しい発見は特にない。最初に退屈を持て余し始めたのは……ブルートシックザール。
「とにかくソウヤあんたちゃんとわたしの前歩きなさいよ。ヌヌはちゃんと後ろ。いい。『ド真ん中』よ。わたしは常に中心であ
るべきなの。走んのはいいけどペース合わせて。いい、つかず離れずよ。私を置いてくのも先行させんのもダメ。絶対」
「なぜ?」
廊下は長い。十字路さえあった。立ち止まる。三叉鉾片手に角をそうっと覗きこみ安全確認。怪しい影はない。歩きだす。
トーク再開。
「敵襲に怯えてるのもあるけどそもそもココは山に建ってる! 『クマ』とか『スズメバチ』が突然出てきたらどーするのよッ!?
前とか後ろとかスッとろく歩いてたら殺されるじゃあないッ!」
ソウヤは思う。”この少女は何を言っているのだろう”。パピヨンの手紙によれば彼女はホムンクルスで頤使者(ゴーレム)で
しかもヴィクターIIIなのだ。武装錬金でも殺せるかどうか……。況や野生生物の容易さ、彼らはブルートシックザールに傷1
つ与えられないしそもそもちょっとエナジードレインされるだけで死ぬ立場。恐れる道理などまったくない。
また部屋。クローゼットルームと書いてある。継げば富裕をもたらすカサダチの持ち主らしく粗末な衣装はまったくない。
冷暗所にブラさがる衣類は例えばアンダーウェアのシャツでさえシルクでとても滑らかだ。ヌヌ行がそれをホワホワした
顔で撫でる間も少女の告白、続く。
「馬鹿なコトいってるとか思うだろーけど心がけの問題よッ! どんなに強かろーと死ぬときゃ死ぬッ! ひょっとしたら一見
ただのクマッ! な物体が私以上の化け物かも知れない! どっかの大学の研究室が錬金術使って強化したスズメバチが
なんかの拍子で脱走してこの山ン中で繁栄してるかも知れない!!! あだ名のブルルは恐怖のブルルよッ! 怖れ戦く
腑抜けのブルルよッ!! いいわねッ! わたしが中心! あんたたちは前と後ッ! 守るのよ絶対ッ! わたし抜きじゃあ
ライザウィンどころかウィルだって斃せないんだから! それじゃあ頭痛いでしょ双方!!」
「(だから邸内に生き物いないって!! 私確認したよ!!? さっきソウヤ君にその辺のコトつっこんでたよね!!?)」
「そ、それはその、時速5000kmでトツゼン遠くから突っ込んできたりとか……」
「ないと思う。絶対」
退室。収穫はない。再び廊下。
「……」
ソウヤは見る。自分の、白い袖をきゅうとする指の輪を。白い親指と人差し指が遠慮がちにつまんでいる。主はもちろん
ブルートシックザールで今は瞳を伏せている。
ソウヤはしばらく視線を泳がせ言葉を探し──…
「あんたは何故そこまで死を恐れるんだ?」
とだけ聞いた。
「……生き物である以上怖がるのはトーゼンでしょ。ライザウィンに肉体取られるのもイヤ。『魂』を消されわたしがわたし
でなくなるのが……怖い。『魂』を欠いた物はたとえ心臓が女学生のように瑞々しく波打っていたとしても……死んでる。
わたしの持論はそう。考えるだけで頭痛いわ。まして悪魔が入り込むなど……おぞましブルルよ!」
((おぞましブルルって何だ……?))
ソウヤとヌヌ行はそろって硬直。色を失くし真白にフリーズする彼らの背筋をつむじ風が通り過ぎた。どこから紛れ込んだ
のか。赤褐色の落ち葉が1枚まぁるくきり揉み飛んでいく。
「だからわたしは死を恐れる!! 悪い! 臆病で情けない奴ッ! とかどーせ思ってんでしょ!?」
長ずるたび人は駆けなくなる。全力で走るのは小学校中学年までが関の山だ。(成年者は余程じゃなきゃ走らない)。羸砲
ヌヌ行の時間はそこで膨れ上がり爆発的な加速を生んだ。浅間山荘で活躍した鉄球がチメジュディゲダール邸めがけ雪崩
れ込んできた……爆音に振り返る武藤ソウヤは一瞬本気でそう錯覚した。しかし事実は違う。ヌヌ行がブルートシックザー
ルに飛びかかった。床を蹴り、何も考えず、人間魚雷のように。
「間違いじゃあないッ!!」
「は、はひィイイイイ〜〜〜〜〜〜〜?」
情けない声とともに目を白黒させるのはブルートシックザール。緑色の唇の端からあぶくが漏れている。
「ちょ! 襟首掴みあげるんじゃあないわ! うおおおおおお!! 締まる締まる!! 酸欠で頭痛い!」
素早い。ソウヤは感心した。最後尾にいた筈のヌヌ行がいまはブルートシックザールの前に居て、手をちょうど襟から肩に
移すところだった。バン! と景気よく叩き声音もひどく力強い。
「我輩は昔イジメに逢ったとき死のうとしていた! 屈伏したからじゃあない。いよいよ切羽詰ったとき武装錬金を手に入れ
たからさ。報復、そう、報復を目論む自分がとにかく恐ろしくなり死のうとした。チカラを正しく使い正しく立ち向かえば克服
できる恐怖だったのに、目を背け、楽な道を──… そんな捨て鉢だった我輩に比べれば、ブルル君、生きたいという君の
望みはひどくまっとうで正しいものさ!! むしろ尊敬できる! 生きようとするのはつまり諦めてないってコトだからね!!
我輩は当初諦めてた! まぶしく見えるよ君ィ!!」
そういってヌヌ行は右手を高々と掲げる。左手でブルートシックザールの肩を掴む姿は『ともに目指そう栄光を』。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
少女はたじろいだ。
それでますますテンションが高くなったのだろう。ヌヌ行はこう叫ぶ。
「ソウヤ君はどうだいっ!?」
「……正しいと思う。父さんや母さんなら同じコトをいうだろう。パピヨンだって人間のころ恐れていた。死ぬのを心から恐れて
いた。誰だってきっとそれが……当然だ」
ブルートシックザールはしばらく黙り。
嬉しそうにニカリと笑った。
「あ、階段。次は2階よ2階! ふっふー! なんかテンション高くなってきたわッ!!」
生返事をして2人は登る。ギシギシ。軋む音が気まずさを倍加する。
(励ましたら急に調子づいたね)
(そういう性分なんだろう。気にするな)
(ところでソウヤ君ソウヤ君)
(なんだ)
(さっきの君の意見、なんだか歯切れが悪かったように思うが? 確かに御両親とパピヨンなら同意を示すだろう。けど)
(回りくどい。言いたいことがあるならさっさと言ってくれ)
(じゃあ言うよ。君自身の意見はどうなんだい? さっきのにはソレがなかった。隠してる雰囲気がしてね)
(……)
(とっとっと。失礼。別に責めてる訳じゃないよ。ただ、言いたいのに言えない理由があるなら、そこはちゃんと話すべきだ
よ。……ふふ。我輩程度じゃ解決できない悩みかも知れないが、それでも話して楽になるってのはある。君のお父上の受
け売りだけどね)
(考えておく)
(素気ないねえ。ソコがまた可愛いのだけれど。ま、我輩大抵の黒い意見には慣れている。遠慮せずブチ撒けたまえ。
便器にゲロ吐くような気軽さでブチ撒けたまえ)
(……分かった。大丈夫だ。ただ)
(ただ?)
(気持ちの整理がついていない)
(??)
沈黙は昇ってすぐにある美術室──よく分からないグネグネした彫刻や前衛的すぎる絵画でごったがえの──を探り
出てくるまで続き──…
やっと口を開いたのはヌヌ行。軽く手をあげ質問。いやにハキハキした調子だった。
「ところでだ。ブルル君、君は怖いのダメなのかね?」
回答者はあらぬ方向を向き拳を固める。高い声はますます高い。
「ダメ! 絶対ダメ! 『あなたの知らない世界』どころかポンキッキでやってた『学校の怖い話─花子さんがきた─』にさえ
ブルっちまうわ。花子さんは違うけどさあ、先入観ってのがあるの。怪奇モノったら主人公はだいたい死ぬッ! っつー先入
観が。霊はなんて言うかスッとろくねーのよ! 本当怖いわ人間離れしてて!」
(いやあんたも人間離れしてるだろ!!)
ヴィクターIIIでホムンクルスでしかも頤使者。人外丸出しの少女が何をいうのか。ソウヤは叫びたくなったがガマンする。
「いや君も人間離れしてると思うがね我輩!!」
(言いやがったーーーーーーーーーーーーーーー!!!)
ワンテンポ遅れて叫ぶヌヌ行にソウヤはうげえと目を剥いた。いくらなんでもデリカシーに欠ける……妙なところで配慮する
のは誰の影響だろう。パピヨンはない。斗貴子は人外に対し恐ろしく無情である。カズキ、だろうか。
(けど父さんときどき恐ろしく空気が読めないからな……。羸砲もそっち系統だ。案外、叔母さん(まひろ)と気が合うかも)
いやいやいや、ソウヤは首をブンブン振る。話がズレている。
「ほわほわほわほわ花子さんーー♪」
「きゃああああああああああああああああああああ! やめてええええええええええええ!!」
(あんたらもズレてる)
横目で振り返る。最後尾は楽しそうに歌い、ド真ん中は耳を塞ぎ騒いでいる。もっとも本気で嫌がっている風ではない。
わざとらしくギュっと目をつぶり笑いなきをしている。首の振り方もどこか大仰だ。
サンハイ。指揮者のように指振るヌヌ行。
「オバケなんか怖くなーい」
「ほわほわほわほわ」
呼応。ブルートシックザール、胸に手を当て歌い出す。表情は神妙、聖歌隊の如くだ。
「だいじょーぶだいじょーぶ」
「ほわほわほわほわ」
動作がリピート。
「「ゆーきーをくーれるよっ! たーすけてーくれるよっ! 」」
とうとう2人は横に並び(フォーメーションはドコいった? ソウヤは内心突っ込んだ)、手をつなぎ合唱を始めた。調子に
合わせて上げ下げする様子はやっぱりなんだかとても楽しそうで、でもなんだか入りづらくて、ソウヤは何ともいえない疎外
感を覚えた。
「…………というか、どっちもあんたからすりゃ300年前の番組だよな? なんで知ってるんだ?」
「我輩的にはソウヤ君が知ってる方が驚きだよ。(意外にテレビ好きなのかなー。いつかモリゾーとキッコロ一緒に見たいなー)」
「へえモリゾーとキッコロむが」
「だま、黙りたまえよブルル君!! ととととというかソウヤ君の問いに答えたらどうだいっ!? (ぎゃわあああああ!!
また!! まただあっ!! よーまーれーてるぅーーーーーーーーーーーーーーー!!!)」
ケホ。口から手を剥がしたブルートシックザールは後ろを向く。背後のヌヌ(定位置に戻ったらしい)は口を波線に結んで
いる。小さなメガネの奥にある瞳ときたら童女よりも大きく見開かれ、いまにも縁から液体が零れそうだ。頬は赤い。ぷるぷ
ると震えてもいる。見られると両手を合わせ伏し拝む。「おねがい黙ってて」。小声の懇願に溜息をつく。
「(べべべ別にブルルちゃんの能力が悪いって訳じゃないよ!! ヒトの心読めるから迫害ってのはよくあるけど……迫害する
方が悪いのよっ!! 読まれて困るよーなコト考えてるほーが悪い!! 心ただしく生きてるなら動揺する必要ないもん!!
ででででもでも私ときたらそのなんというかイジめられたせーでウソつきでっ!! 本心知られたらまたイジめられるんじゃない
のっていつもいつも怯えてて!!! だから、だからその、悪いのは私の方なんだけどそれでもその、やっぱ知られるのが
とてもとてもとても怖くて、だから怯えちゃうの!! ブルルちゃんは悪くない、私が悪いの。なのに怯えて止めようとしてて
その、ゴメン……)」
「頭痛いわ」。ぼやきつつ従う。
「好きだからよ。昔の番組専門の局があるしそもそも最近のバラエティっつーのはさあ、一山いくらの芸人どもが台本通り無難
な話してるだけじゃない。まったくスッとろいわよね〜〜〜〜〜〜。不況になるたびいつもそう。日常生活だの恋愛話だの事
務所の都合にふれないクソにも劣る無駄話をしては馬鹿笑い。頭痛いわ」
「我輩的には壮大な自然を映したドキュメント番組がいいねー。(ときどきヤマネコさんとか追跡するのがそープリティ!)」
ヌヌ行は目を細めた。ブルートシックザールの膝のすぐ後ろで。
「やーよあんなのスッとろい。わたしはコントがいいわ。笑いは心のビタミンだもん」
瞑目し得意げに指を振る。歩調は緩めない。踵のすぐ後ろで虹色の髪が螺旋状に捩じれバチュリと爆ぜても緩めない。
「よく分からないが、それなら芸人の話でも十分なんじゃ」
ソウヤの声がなぜか急に遠く感じられた。早歩きでも始めたのか。とにかく些細な異変だった。ブルートシックザールは気
にも留めない。
「不十分よ! 練り込みっつーもんがないわ!! コントっつーのはアレね総力戦。スタッフとか構成作家が必死こいて考え
るからいいの。芸人も『間』って奴を意識するからいいの。垂れ流しでダラダラくっちゃべりゃあ済むトークなんぞとは大違い。
『間』を守ろうと練習を重ねるから面白いの」
だからヌヌあんたもコントみなさいよ。今じゃCDと同じぐらい骨董品だけどさ、DVD貸したげるから。
笑いながら振り返ったブルートシックザールはそのまま立ち尽くす。不在。ヌヌ行の姿はそこにない。ただ廊下が広がるば
かりだった。窓のないそこは昼だというのに薄暗い。一瞬暗黒の無限回廊を見ている気がしてブルートシックザールは全身
を正にあだ名どおり震わせた。
「オ、オイ……。フォーメーション崩すなっつったろーが。ドコ行きやがったのよヌヌ。ソウヤ。探すわよ。どーせトイレでも探し
に行ったに決まってる。え、ええ。すぐに逢えるわ。逢えるに決まってる。ちょっと引き返せば逢えるわ。『ごめん急に催して
きちゃって』。手を拭きながら始末ワルソーによってくるアイツを一発ガシン! と殴ってこの件は終わり。終わりの筈よ」
「悪いがブルートシックザール。それはできそうにない」
なんでよッ!!? 金切り声を上げながら振り返ったブルートシックザール……息を呑み、固まる。
「やられた。『敵はすでにいる』。攻撃を受けたようだ。何も見えない」
振り返ったソウヤは──…
虚無だった。
「ひっ…………」
息を呑むブルートシックザールの前に広がるのは断面だった。武藤ソウヤの顔には何もなかった。大理石を垂直に斬り
おろしたような絶壁だけがそこにあった。目も鼻も口も皮膚も血管も骨格さえもなかった。
(ただ切断されたんじゃあないわ!! ドス黒い暗黒のなか紫の油膜のよーな『淀み』がデロデロデロデロ蠢いている!!
な、なによコレ……? いったい彼の身に何が起こったっていうの? ヌヌはどこ? どこに行ったの?)
軍隊アリが脛から上ってくるような焦燥を覚えながら手を伸ばす。武藤ソウヤの手を掴むべく。
掴んだ。
しかし。
彼の手は。
四散した。花崗岩が砕けるような音を奏で……。
「!!!」
そして呑まれる。バチュリという音を立て、螺旋状に歪む『前半分がすでにない』ソウヤの体は、まるで早回しで見る夜空
の星のような光輪を描いた。最初こそ運動会で転がす大玉ほどの直径を誇っていた光の軌跡は一瞬後にはもうソフトボール
ほどに圧縮され…………ブルートシックザールの前からかき消えた。武藤ソウヤの姿もまた消滅した。
「なんで……なんで消えちゃうのよォォォォォォォォォォォォ!!! わたしはただ二部好きらしい名言吐いて撤退したかった
だけ!! 俄かだナアと嫌われまくりの三部信者でさえ付き合ってくれるのにソウヤてめー何勝手に消えちまってるのよオオ
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜! 冗談よねッ!? ただのタチの悪い意思表示よねッ!?
六部が好きだから二部ネタにゃあ付き合いきれねーっていう意思表示ッ!! 答えてよッ!! お願いだからちゃんと答えて
よオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ。六部の事もう馬鹿にしないからッ!! 答えてよオオオオオオオオオオオオッ!!」
『答えられるかどうかは貴様しだいだブルートシックザール』
不意の声。ブルートシックザールは身を固くした。すぐさま左右を見渡し振り返りもしたが……何もいない。
「『敵』!? いったいどこ? ヌヌが検索したときココに生物はいなかった。非生物? 自動人形? 単に後から入ってき
……ぶぐっ!!?」
ブルートシックザールは吹き飛ぶ。なぜ飛んだのかは分からない。背中に残る強烈なしびれだけが手がかりだった。血反
吐を吐きながら床を転がる。ソウヤの巻いた包帯がみるみる解け床に散らばる。しばらく振りに外気と触れた指は冷風の
しみるヒドい虫歯のような鋭い痛みを走らせたがすぐ背中の痛みに台上され霧散する。
(………………『包帯』)
思考とは異なるものを瞳が捉えた。黒い岩くれ。サイズは大人が両手いっぱい胸いっぱいに抱えてやっと運べるほど。
(そして近くには砕けた廊下。私をフッ飛ばしたのはその破片。弾けた。ただ……)
白い漆喰の塗られた壁。黒い欠片。
(色があわねーってのはどういうコト? 割れた。割れたわ。見たもの間違いない。『割れた』。あそこはさっきまでわたしが
居た場所。そこが割れた。色が違う。なぜ?)
声。思考をさえぎるように声。
『武藤ソウヤと羸砲ヌヌ行は『無事』! 誓っていうぜええええ。返してもいいぜええええええええええ!!』
「へー。でもタダって訳にはいかないでしょね〜〜〜。すでに一撃かましてくれてんですもの。条件は何?」
「要求は1つ!! 『こいつら解放したかったらライザウィン様の肉体になれッ!』だ!!』
そしてブルートシックザールは立ち上がる。美顔ローラーを取り出し……頭に当てる。
「せっかく代わりに戦わすためスカウトしたソウヤとヌヌが速攻で消し去られたのはマジかよ信じられねー大ショック!
って感じだけど、嘆くヒマはないようね。ここはチメジュディゲダールの館。ライザの部下がきた以上……戦わざるを得ない!!
あーあまったく」
「頭痛いわ」
23世紀初頭ッ!! 500万体のホムンクルスが人類を蹂躙した『王の大乱』!!
しかし人類に味方するホムンクルスも少なからず存在した!! ヴィクター!! パピヨン!! そしてLiSTッ!!
彼は決意した!!
(およそ9割の核鉄を奪われ対抗手段を失くした人類ッ!! ライフラインを寸断され飢餓に苦しむ彼ら! 助けなくてはッ!)
掌の上にある缶。棒きれと砂利を入れハンカチを被せる。2秒後とる。ホールケーキ出現。
レーション
彼の武装錬金は『戦闘糧秣』ッ! あらゆる物質を喰い物にできる!! 石! 木の皮! 瓦礫!! 荒廃する世界にありふ
れたガラクタどもさえ美食にできる錬金術的調理法! Life is SHOW TIME! それこそが彼の美学!! 人失くして料理
はない! 成立しない!! 〜人間を救うのは当然と言えた〜
だが運命の皮肉!! 彼を破滅させたのはよりにもよってその料理であるッ! きっかけは実に些細!! 『悪意』!!
LiSTがホムンクルスになった経緯は不明、本人でさえよく分からない。だが武装錬金が武装錬金である。生きている
人間を襲いむさぼり喰う、猛獣のような『穢れた』行為だけはしてこなかったッ! 彼にとってそれはささやかな誇りであり、
希望だった!
(ホムンクルスが忌み嫌われるのは人間を喰うからだ。わたくしの武装錬金はそれを失くせる! 『マッシュルームパワー』
(きのこパワー)と名付けたレーションなら……)
ただでさえ迫害され、大乱によってますます白眼視されるようになったホムンクルスッ! 世界を巡り飢えから人を救うのは
橋渡しのためだ。心からそう信じ日に6万食を振る舞うLiSTを絶望のドン底に突き落としたのは、皮肉にも人間の悪意だった。
本来救われるべき、現に救われているはずの人間の……『悪意』だった。
現地で雇い入れたスタッフ!! 配膳のためにといつも通り雇用したスタッフの1人! あろうコトかそいつは! よりにも
よってそいつはッ!! ホムンクルスが故郷の戦場にバラ撒いた細菌兵器のカプセルを!! 料理に混ぜ!! 配給を待つ
長蛇の列に振る舞いやがったのだッ!! 食後ほどなく苦しみ始め息絶える人々!! 誤解!! そして疑念!! 真犯人
が判明するまでの8ヶ月間ッ!! LiSTは拘束され殺人鬼の汚名を着せられた!!
大乱終息後からおよそ半年。やっと事件の真相が明らかになり釈放されたLiSTはその足で真犯人と面会するッ!!
「わたくしの名誉なんてのはどうでもいい!! だが謝って貰おう!! 『彼ら』!! 配給を待ち居並んでいた彼らにッ!!
彼らはただおいしい料理を待っていただけだ……。大乱のせいで麦を練ったセリアル1つ満足に食えなかった彼らが料理
を待ってなぜ悪い? 罪はない……。殺されていい道理もな。彼らはただ人間らしい料理を待っていただけだ。やっとあり
つける、心からそう思い、待ち望んでいただけだ…………。謝れッ!! 殺した彼らに詫びるのだッ!!」
「知るかァ─────────────────ッ!! ホムンクルスがッ!! 人間を救おうとすんじゃねえええええ!!
バケモノはバケモノらしくしてりゃあいいんだおおおおおおウヘヘヘヘフワハハハァ─────────────────ッ!!」
犯人の動機は復讐! ホムンクルス全体に対する復讐!! 黒人が白人を恨むような悲しい動機ッ! 故郷を滅ぼされ
婚約者をも殺された『彼』ッ! その場当たりな怒りがLiSTの誇りを傷つけた!!
(知らなかったコトとはいえわたくしの料理が……人を殺した。『殺してしまった』)
暗闇で頭を抱えさせた理由はそれだけではない!! 事件が起こるまえ救った数多くの人々!! 彼らは決してLiSTを受難
から放とうとしなかった!! 嘆願書を書き! 擁護し!! プラカードを掲げ釈放希望のデモ行進を行えば、LiSTの心は
満たされただろう!! 人を信じる、それまで持っていた正しい心を失くさずに済んだだろう! しかし事実は逆だった!!
3割!! 救われた人間の『3割』が!! 大乱に際し復活した錬金戦団に申し出たのだ!! 『検査』! そして『治療』を!!
その事実は信頼を壊すのに十分だった。たとえ残り7割が無言の信頼を見せていたとしても、ただでさえ傷つき、疲れはて
たLiSTの心に届かない!!
民衆は大乱のせいでその日生きるのが精いっぱいだった。
我が身と家族を守るのが限界だった。
だから恩人といえど一致団結し救いだす余裕はない……LiSTはそれを十分知っていた。
知っていたからこそ絶望する。人間という存在の『限界』に。
(『王』は正しかった。壊すだけの、壊されるだけの、壊されたままにしておくだけの。そんな連中に『どうして?』 与える必
要がある? 料理を作り満たしてやったところすぐ忘れる。『ホムンクルスが人間を救おうとするな』。…………。……。いい
だろう。わかった。理解したよ……『人間』)
以降かれは人類と敵対するッ!!
「それこそがわたくし……LiST。奇術師LiSTでございます。モットーは”Life is SHOW TIME” 略してLiSTでございます。
……人生はショータイム。派手に楽しく生きようではありませんか。お見知りおきを」
ブルートシックザールの前に現われたのは──…
執事という形容こそピッタリの男性だった。黒い執事服を纏い右目にモノクルをかけている。痩せぎすった頬に何本も刻
まれた深い皺は、「相対するブルートシックザールの祖父だよ」、そう吹聴し信じさせるに十分だ。
やれやれとため息をつきながらブルートシックザールは返答する。
「確か特技は公害。世界第3位の水田地帯を潰したのっつう話よね。いまじゃそこの米、スプーン一杯食べるだけで死ぬ」
「ええ。農業には詳しくありませんが『撒かせて』頂きました。稲が吸うと毒になる物質。特性の公害用レーションを」
(肥料として吸収させた訳ね。あとは米に生物濃縮。摂ると赤血球をドロドロに破壊する物質を……)
同様の現象はほかにもある。大手企業の製造工場、瀬戸内海の養殖場、肉牛の名産地etc。
(奴の恐ろしいところは『選定眼』ね。いつも現場は工場かその近く。新しい化学薬品使ってる工場”そのもの”か近所が舞台。
公害起こってもさあ、工場に原因あるんじゃあね? とかなる訳。真相が明らかになるのは、誰が悪いかわかるのはいつだっ
て数年後。ほとんどの患者が死んでるか、或いはもう元の生活に戻れない状態になってる。あるときズル賢い企業が、LiST
とはまったく無関係な、ガチで『やらかしちまった』公害を奴のせいにして乗り切ろうとしたがムダだった。LiSTのヤロー、どっ
からどー仕入れたのか、完璧な証拠って奴を一揃いで被害者とか裁判所とか政府に送りつけやがったわ。そこだけ見りゃあ
正義だけど、フツーの公害起きるたびそれ完璧に模倣して別の場所地獄にすんのはまぎれもなく悪ね。どれが本物でどれが
ニセモノかわからないもん。最悪。頭痛いわ)
いつ仕掛けたのかわからない。気づけばもう術中、逃れられない。
(所在が突き止められ討伐の手が及んだのは8回。うち刺客全員、コロしてのけたのが5回。捕まったのは3回。いずれ
も脱走してるわ。目的遂げて。復讐。王の大乱んとき暴力を伴う尋問をした刑務官は全身351か所を殴られ死亡。便秘
でコンクリートよりカチカチなったウンコが大腸突き破って出血死! とか不名誉にもほどがあるくたばり方した刑務所長
はもと錬金戦団。むかし大乱の戦勝パレードで逢ったコトあるけどイケすかねー感じのチョビ鬚デブ。天下りして甘い汁
啜ってたらしいわね。戦団時代もそーだった。LiSTの料理の件で検査呼びかけたのはあいつだけど、ドーモ医者と癒着
して診療報酬の何割か貰ってたくさい。だから殺された。年がいもなく好きなマミーに何か混ぜられたようね。たった8時間
でウンコがカチカチ。アナルかきむしった痕があるとかウオェ! よね。最後はトーゼンっつーか配給に毒混ぜたアイツ。
ホムンクルスにしたわ。おいしい料理を食べさせ、死のうにも死ねない最強の体にしてね。心も無理やり入れ替えたようよ。
善意ばかり高まる心で罪背負って生きる。いったいどれほどの苦しみでしょうね。人救おうにもブーメランくるし。自分で投
げたブーメランが)
まったく変幻自在のトリッキー。ゆえに奇術師。
(かのヌル様(小札)を先祖に持つわたしが奇術師と戦うっつーのもなかなか皮肉を感じるが(わざとやりやがったなライザ
のヤロー。逢ったら一発殴ってやるッ!!)、重要なのはそこじゃあない)
(レーションの武装錬金でどーやってソウヤとヌヌを消したか……謎はそこよッ! その謎を解かない限り勝ち目はないッ!
本当にアイツがやったのか? 実は仲間がいて結託してるのか? 謎よ! 解かなくてはッ!!)
もっともブルートシックザールの置かれている状況は謎を解く余裕さえない。
戦おうにも攻撃が当たらないのだ。LiSTに。
(なんで攻撃が当たらないのか? それは──…)
LiSTが腕を上げると床に線が浮かぶ。正方形のタイルをいちめん敷き詰めたようになる。左手を起点に横へと転がる
ブルートシックザール。一瞬遅れてその場を襲撃したのは、激しく横回転する『床の破片』。50cm四方はあろうかという
巨大なそれが床にぶつかり砕け散るなかブルートシックザール、壁を蹴る。加速。向い来る無数の正方形を縫いつつ
狙うはむろんLiST。
空中、拳を大きく振りかぶり──…
当てる。
鉄拳は顔面に吸い込まれた。本当に言葉どおり吸い込まれた。吸い込まれたまま後頭部まですっぽ抜けた。
のみならずブルートシックザールの全身もまたLiSTと重なり……行き過ぎる。
着地したブルートシックザールはそのまま足裏で絨毯をすりおろしながらブレーキをかける。ギャギャギャという凄まじい音たて
ザザ剥けた床のそこかしこが薄く黄ばんだ炎をあげる。
(『すり抜ける』。殴りかかってもすり抜ける。立体映像に手ェ突っ込んだ時みたくすり抜ける。にも関わらず、実に奇妙な話
だけど、実体はそこにある。拳が接触している手ごたえはあるし生ぬるい体温だって感じている。決して幻覚でもホログラム
でもない。あのヤローを殴り抜けてるのは確か。確かっつーのに全ッ然! ダメージがいかない)
振り返る。
「スッとろいわね〜〜〜〜! そんなに攻撃受けたくねーなら戦場でてくんな、コラ!!」
「ほほほ。必要とあれば手傷など喜んでお引き受けしましょうぞ。ですがわたくし貴方様をエスコートしなければなりません。
主……ライザウィン様から確と申しつけられておりますゆえ。確保までは温存とまいりましょう。体力省エネですぞ」
「ああクソ。頭痛いわ!」
「お困りのようですな女史」
「っさいわね〜〜〜〜! ちょっと攻撃あたんないぐらいでイイ気になってんじゃあねーわよボケッ!!」
「おや。感心しませんなァ。レディがそのような乱暴な言葉を。あなたさまはライザ様の次なる器。もう少しおしとやかになら
れるべきかと」
「だからならねーつってんだろーが!! 湧いてんのかテメーッ!!」
だいたいライザ自身ガサツだろーが! そこだけ描き文字で叫びながら胸に手のばすブルル女史。
「だったらヴィクター化!! エナジードレイン! 吸い取るまでッ!」
暗い。真っ暗な空間で。
「んー?」
薄く目を開ける。半透明の膜の向こうに何かが見えた。夢に禊がれる心地よさがみるみる抜けていく。最高の麻酔とは眠
りではないか、あらゆる注射が結局最後に頼るのだから。切れた。醒めた。堰き止められていた感覚総てが蘇る。
「ふやあ? (なんか体痛い。岩場で野宿したときみたいに痛い……。ん? なんでこーなってるんだろ私)」
不明瞭に鳴くと考える。羸砲ヌヌ行は考える。異様に幼い本性に隠れがちだが頭の回転は速い方。寝起きながら2秒で何
もかも思い出し行動に移したのはなかなか驚嘆といえるだろう。
「敵襲ッ!! 探索途中に襲われ気絶していたのか我輩!!」
「ら、らしいな」
素早くはね上げた上体の間近で声。首だけ向ける。ソウヤがいた。なぜか尻もちをついている。なぜついているのか? ヌヌ
行はまだ霞む瞳をこすりじっと見た。背中より後ろで右手をつき、やや青ざめている彼を。…………気付く。
「ひょ、ひょっとしてだがソウヤ君。それは我輩のせいかい? 急に飛び起きた我輩を避けようとしてそうなったのかい?」
「……ああ」
それだけなら別になんてコトのないやり取りなのだが、ヌヌ行は気付く。気付いてしまう。『飛び起きれば避けられる』、2人
の位置関係を、よせばいいのに遡及して、気付いてしまう。
ヌヌ行は寝ていた。ソウヤはその傍に座っていた。気付かぬ方がどうかしている。
「(寝顔見られた。こりゃぜったい見られたヨォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!! ぶひゃあああああああああああ!!
よだれ!! よだれ垂れてないよねーーー!! 寝言や歯ぎしり・大丈夫ぅぅぅぅ!?)」
今すぐ顔を背けたい衝動を、いやもういっそ地平線の彼方まで逃げていきたい奮励をどーにかこーにか抑えられたのは
イジメの現場に何百回と立ち戻り戦い続けた精神力あらばこそだ。それでも居残る気まずさ。怜悧な美貌をうっすら紅くして
瞳孔ふるふる。そっと引っ張ったソウヤのマフラーを口に当て一言。
「……やっぱり」
「!!?」
不明瞭な言葉だがソウヤは身を固くする。何やら思い当たる節があるようだ。
「よだれ拭いた匂いがする。ソウヤ君のえっち」
「えっち!?」
流石に予想外だったらしい。鋭い三白眼を真白にして彼は叫ぶ。不名誉な称号がよほどショックだったのだろう。
「違う!! あんたが息してるかどうか確認したかっただけだ!! だいたい見たのはほんの数秒だぞ!! 寝顔を見た
のは確かに悪いとは思ってる!! そこは謝る!! 女のコだから恥ずかしく思うのは当然だろう、悪かった!! けどオ
レだって目覚めたのはついさっきだ!! そしたらあんたが横にいて意識がなくて……咄嗟だ。咄嗟だったんだ。安否を確
認しなきゃ、そう思ったらもう顔を見ていて…………!! そしたらその、垂れていて、普段が普段だ!! 起きたら気付く
だろ! 見られただろって! だったらショックだろうなってつい! なかったんだ! 拭くものが他に!!」
必死に謝る少年の姿にジクジク痛むは罪悪感。
「わわわわかってるよ!! ソウヤ君がそーいう人だというのはねっ!! けけけけけどいかなる事情があろーと恥ずかしい
ものは恥ずかしいのだよっ! 我輩は何だッ! 枯れ木か!? いや女性だ!! 動揺しあらぬコトを口走るのは生物学的
にどーしよーもないんだ!! 責めちゃいないがごめん、えっちとか言ってごめんなさいだ!!」
「いやこちらこそごめんなさいだ!!」
「謝り返されたーーーーーーーーーーーーーっ!? くっはー!!! 雄渾だがなんかキャラちげえよソウヤ君落ち着いてェ!!」
もう何を言っているのか自分でも分からない。ヌヌ行の双眸はいまや牧歌的な渦潮だ。ぐるぐるしながら騒ぐコトしばし。
「で、戦況は? 」
キリっとした表情でメガネを直し問いかける。ソウヤは何か言いたげだが(すごく言いたげだった)、
「ブルートシックザールがいない。オレに分かるのはそれだけだ」
答えた。ヌヌ行は腕組みをし辺りを見回す。
「一面真暗だね」
「? あ、ああ。さっきから変化なしだな。『時の最果て』だったか。いま気づいた。あんたと行った例の場所。少し似ている」
「ふむ」
ソウヤの言葉を聞きながら歩きだす。十歩進むと不意に立ち止まり宙を叩く。コンコン。硬質ガラスのような音がする。
「似て非なる、だね。広大なようで狭い。和風にいえば十畳ぐらいだ。外には」
ズガン。閃光と爆音がソウヤを通り抜けた。キリ、ロンロンロン……。膝がしらに金の薬莢が当たり動きを止める。」
「出られない。正しくは『物理的に破壊不可』だ」
「撃つなら前もって言ってくれ」
銃口から硝煙あがるスマートガン。それを構えるヌヌにソウヤは抗議。うるさかったのだろう。耳に指を入れしかめ面だ。
「悪いねえ。とりあえずいま探るべきは2つかな。『現在のブルル君の状況』。それから『我輩たちに何が起こったのか』」
手を上げる。
「まず前者。アルジェブラで見てみよう」
「見れるのか?」
「時間はかかる。ご指摘の通りココは異空間。敵の作ったアレらしい。なら封じられてしかるべきだ」
もっとも。薄く笑いながら指を動かす。ルネサンス期に作られた彫刻のように引きしまった細い指が空間を撫でるたび、
闇が晴れ映像の片鱗が見えていく。冬の窓をなぞったようだ。キュキュリと拭われていく暗黒にただそう思うソウヤ。
「我輩の武装錬金は時系列総てに存在する。異空間といえどアクセスは可能だ。もっとも位相の食い違いやら敵の
抱く『出してやるものか』やらで少々時間はかかるがね」
そういう間にも闇が晴れていく。指揮者のように力強く規則正しくヌヌ行が指を振るたび晴れていく。
「その間に後者……オレたちの状況把握。攫われた瞬間なにがあったか」
「だね。ちなみに我輩の方は何も覚えていない。ブルル君の方を見たら調べるよ。スロー再生なら分かるかもだ」
「オレの方も一瞬だった。何かが顔をよぎったと思ったらココにいた。あんたが騒がないのを見る限り、どうやら直っている
らしい。顔を削がれたのは一時的、か?」
「……見えた。ブルル君だ」
呟くヌヌ行だがその動きは俄かに止まる。
「どうした?」
「なんだコレは……。いったいどうなってる…………」
茫然自失。そんな彼女に駆け寄ったソウヤもまた目を剥く。
「これは──…」
「でえりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ソウヤたちが見たのは。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
真向きって殴りあうブルートシックザールと初老紳士。
「彼女は徒手空拳も使えるのか。驚きだ」
「アクセス完了。敵の方はLiST。人類にとっちゃ『悪堕ちした天使』って感じだね。レーションの武装錬金で沢山殺したらしい」
「……歴史が変わったせいか?」
妙に沈んだ声を出すソウヤにヌヌ行はかすかな違和感を覚えたが、いつも通り尊大に
「悪堕ちのきっかけが『大乱』だからねえ。正史になかった出来事。それに立脚しているのは間違いない」
とだけ答える。厳密にいえば”とだけしか答えられなかった”。
「それが一体どういう──…」
「何でもない。それよりブルートシックザールを見ろ」
何度目かの交差。しゃがみこむ彼女の姿が消えた。ピトリ。歩きかけた老執事、軽く呻いたきり立ち尽くす。
ブルートシックザールはその背後にいた。右足だけを天井にさしブラ下がっていた。
「不意打ちしたいらしいねえ」
「……なんか卑怯じゃないか?」
「目には目をだよソウヤ君。すでに我輩たち奇襲を受けてるじゃあないか。(寝顔見られたウラミ! ぶん殴れー!!)」
願いに呼応するように肥大するブルートシックザールの腕。LiSTは動かない。彼方を見たまま動かない。
「おおホムンクルスの高出力ッ! 見ろソウヤ君、あのグラップルした腕を!! 神殿の柱が4番アイアンに見えるほどタク
マシィーーーーーーーー!! ダンプカーぐらいなら一撃ぺしゃんこつまり確一、こいつでライザの部下500人こっぱみじんに
したのは有名な話だぜーーーーーーーーーー!!!」
「そうなのか?」
「……多分」
「多分!!?」
叫ぶ間すでに画面中のブルートシックザールは飛んでいる。拳は一気に膨れ上がる。
「出ました怒涛の迫力! 数多くの敵を葬ってきた『ヤシの実』! 当たれば必壊巨大な拳!」
(ノリノリだ。この人ノリノリだ)
「さっすがさっすがブルル君〜♪ 讃辞の歌だよるららららら〜♪」
やっと振り返るLiST。やや驚愕の表情だ。
「フハハ!! ハハハーッ!! 天井蹴る音に気付いて振り返ったか勘のいい奴!! けど遅きに失しィ!! 大気中の
塵埃を焦がすほど素早い拳速、そっから逃れる術はない!!」
しかしブルルごとすり抜ける拳。
「ニャニィーーーーーーーーー!!? 当たったのにすり抜けただとぅ!!! LiSTよ君ぃ武装錬金レーションだよねえ!?
何がどーなりゃそういう特性になるんだい教えたまえ! 教えたまえよ!!」
「さっきから楽しそうだなあんた」
画面──空中でうっすら透ける32インチ液晶テレビのような長方形──の両側に手をかざしギャンギャン喚くヌヌ行は
実に表情豊かだ。笑ったり唾を飛ばしたり驚いたり。目を丸くしながらも頬をやや綻ばせるソウヤに彼女は気付かない。
「しぁかし!!」
(しぁかしってどんな発音してんだこの人……)
ゆったりとした法衣ごと細腕をガッと構える。胸のあたりで柔らかな質量のカタマリが2個ほどぷるんとしソウヤの顔を
背けさせたがやはり気付かぬまままくし立てるヌヌ行、
「この勝負、LiSTの負けだ。なぜならブルル君はまだヴィクター化してない!! すりゃあもう勝ちだ!」
「してるんだが」
「ハイ?」
いやだから。真顔で指された画面を再確認。そこにいるのは赤銅色の肌と蛍火の髪したブルートシックザール。
「うわマジだしてるよヴィクター化!! うっわーーーーはずかしいぞ我輩!! 寝起きとはいえ見落とすとはぁ!!!」
頭を抱え「ぐっはぁ」、仰け反る。くびれた腰は若草のよう。とてもしなやかに曲がる。
「ブルートシックザール……。体の周りに黄金色の膜がある。エナジードレインしているようだな」
「だよねだよねしてるよねソウヤ君!! じゃあ敵もーすぐコロリじゃあ……」
ないかな。言いかけた七色髪の女性がザラリと青ざめたのは気づいたからだ。隣。いつの間にかソウヤがいる。
「……。(やべ。私のテンションが最高に高まるのは起きた直後ッ!! だって素が出るもん!! 普段は起きてすぐ、中学
校のころ作った『自分を超越系ラスボスに見せかける5条の誓い』を唱えて気分入れるの!! 気分を冷やしていかにも
尊大な態度にシフトするの。でもさっき起きたときやってない。やっとらんがな! ぴしぃ! 裏拳! よしコレで落ち着く……
わけあるかぁーーーーー!!! うわぁああああ〜!! わー! わー! わー! ドーシヨドーシヨ寝顔見られて動揺し
たのがまずかったぁあs!!)」
顔の上半分を蒼黒くしながら凝視。汗がダラダ流れるなか思う。きっと今の自分はムーンフェイスみたいな目をしている
のだろう。そのせーで嫌われやしないか、と。よぎる恐怖は的外れである。
(ぎゃああああああ! さっきから天中殺シッパイばっかだよーーー!! ぐすん。私はもっと頼れる年上のお姉さんとして
君臨したいのにぃ!! カズキさんは年上好きだよ!! ソウヤ君も「っぽい」! アピールチャンスなのにぃ〜〜〜〜!!)
(やっぱ面白い人だな羸砲。ひょっとして仲良くなれる?)
無言で居並ぶ両名はそんなコトを思った。
ブルートシックザール=リュストゥング=パブティアラーは11さいのころ叔父夫婦と両親と弟を亡くした。王の大乱。全世
界で約30億8917万の死者を出した惨劇はそれまで楽しかった彼女の人生を暗黒に突き落した。
貿易商だったブルートシックザールの父親は元気こそ良いが商売にはとんと不向きな性格でよく破産をした。どちらかと
いえば商いに対しては慎重で堅実なタイプだったが、だからこそ商売仲間によくたかられ損をした。
ブルートシックザールが9さいのころ。
持家を手放してから数えて4回目に引っ越した安アパートをとうとう引き払い兄──つまりブルートシックザールにとって
は叔父──の屋敷に転がり込んだのは、知り合いの貿易商の無計画な事業開拓に巻き込まれたからだ。『ガンブレイズ
ウェスト』。存在するかどうか怪しい遺跡の発掘費用をおよそ30万ドルばかり負担させられたところでとうとう何度目かの破
産をした。月4万円の家賃さえ払えぬほど困窮したブルートシックザール一家を、叔父夫婦は快く迎え入れた。
ヌル……改変後の歴史における『小札零』の家系は誰もかれもがひどく温厚だった。決して大成はできず誰もかれもが
生涯一度は大きなしくじりをやらかしてしまう性分だったが、一族は常に助け合い生きてきた。ブルートシックザールの叔父
が、いってしまえば出来の悪い弟を妻子ごと邸宅に住まわせたのは、つまるところ血筋ゆえだった。
「ふうん。錬金術の機材あるんだ。先祖代々研究してんの? 今はシュミ? あっそ」
叔父夫婦の住む屋敷はとても広くブルートシックザールの好奇心を大いに刺激した。日曜日になるたび2つ下の弟の手
の手をとり探検した。日本各地でボイストレーニングの教室を700ばかり展開している叔父夫婦は、一族の中でそこそこ
成功した部類だが、実のところ現状維持が精一杯で、それは屋敷のあちこちに現れていた。クモの巣や雨漏りの穴。乗れ
ば階下に落っこちそうな床板の腐り。『リュストゥングさん。何度も申し上げていますようにココは文化的に大変価値があり
ます。19世紀から現存する建物。保護したい。それが国家の意思です──…』。政府の関係者が何度も具申しに来るの
をブルートシックザールは見た。(確かに任せきりじゃあいつか潰れるわねココ)。探検はいつしか修繕旅行になった。間借
りしているのだから少しは貢献したい。日曜大工の本を4冊ばかり小脇に抱え懇願するブルートシックザールを両親は、
『根が荒っぽいコイツにトンカチとかノコギリ持たせて大丈夫か?』という顔で眺めていたが、叔父夫婦は快く許可した。
「スッゲーーーーーーーーーーーーーーーーー!! なんでわかんのあんた!! また当たったわ信じらんない!!!」
”あなたが引いたのはこのカードですね?”を7連続で当てた弟にブルートシックザールは大興奮していた。修繕ツアーが
半年を超えるころ、休憩用にと弟が始めたマジックショーは目下大評判だった。
「いえいえスゴいのはご先祖様でありまして。このまえ見つけました秘伝書! 初心者の不肖さえスルリと理解できるコト
請け合いな特段優れた指南の数々。それあっての手腕、守破離でいえばいまだ守……」
「いやあでも読んだだけでそれっつーのは筋いいわよ!! わたしもやってみたけど失敗ばっかよ。きっと間接カテー
せいね頭痛いわ。でもあんたマジに才能ある!! 『引田天功』つーんですか『カッパーフィールド』つーんですか、マジ
にすげえわ。目指したらどうマジシャン! あんたならベガスでショーやれるわ!! 保障する!」
「は、はぁ……」
些細なコトですぐキれ、野性化したハスキーさえ血反吐を吐くまで蹴りまわして勝利するブルートシックザールと違い、
弟はひどく気弱な性分だった。だからこそブルートシックザールは彼を守ろうと思っていた。理由は他にもあった。腕力
以外の総てにおいて弟は姉より優れていた。『高校行ったら留年するぞ』と父親からいわれるほど成績の悪かったブルー
トシックザールとちがい、弟はテストと名のつくもので花丸を貰わなかった試しがない。家事は姉のように皿やガラスに
犠牲を出すコトなくやりおおし、絵もうまく歌もうまい。修繕旅行さえいつしか弟が主役、ブルートシックザールといえば
現地まで重たい道具と資材を運ぶだけの係。毎週毎週弟が汗水たらし直すのを頬杖ついてボーっと眺めてるだけだ。
(腕力以外なにもかも上回られて悔しくねーかっていやあウソになる。しかし人間にゃあ予め定められた『天命』ってのが
あるわ。わたしの弟はきっと何かスゲーことやるため生まれてきたに違いない!! それを助ける! わたしの天命とは
つまりソコ!!)
時にはあまりのスッとろさに怒鳴りはしたが、尊敬できる、自慢の弟だった。
王の大乱が飛び火し屋敷が襲われた数日後。
「奴らどうやらヌル様の血を引く我々を警戒したようだ!! マレフィックアース!! 行使できなくなって久しいのに!!」
叔父夫婦と両親の助けにより命からがら修羅場を脱したブルートシックザールは、病室で眠る弟を眺めていた。
「率直に申し上げます。入院できただけでも奇跡です」
「胸から下が8分の6、それから脳の5分の4が削ぎ落とされています。王直属の『幹部』、その攻撃から」
「あなたをかばった時に……。責めてはいません。だからあなたも責めないで」
「これは『意思』です。理不尽な襲撃に対するせめてもの抵抗……。尊重すべきです。当人も納得済み」
「手は尽くしました。しかし残念ながら意識は、もう──…」
ガラス玉のような瞳。生気の感じられらないそれも剥き出しに単調な呼吸を繰り返す弟に対しブルートシックザールが覚
えたのは………………『冷え』だった。
(ああどうしてなの。このコはまだ生きている。なのに込み上げてくるこの冷淡はなに? 大好きだったのよ。生きてる限り
鳩の飛ぶステージまで重たい資材を運んであげよう、尽くしてあげよう……ずっとずっとそう思い可愛がってきたのに……
……冷えてる。『助かるならわたしの体をあげていい』、心からいえる情動が湧いてこない)
(かばってもらったのに)
(命を助けてもらったのに)
(悲しくない。涙が湧いてこない。『仕方ないさ君は親しい家族すべて一気に失ったんだ。ショックなんだ。何も考えられない
方が自然なんだ』───人はそう言いわたしを慰めるでしょう。わたし自身そうなんだろうと思っていた。けれど現実の説得
力ッ! 直面の破断! 人工呼吸器をつけた彼。両目を見開く彼。「見なさいよあの目まるで死んだ魚のように穢れてやが
る」……囁くわたしがどこかにいる)
理解。もうマジックも修繕もできない……実感が情愛を殺した。声をかけつづければ戻ってくる、そんな漫画のような出来
事さえ期待しない。彼女はただ現実を受け入れ諦めた。
(毎日病室に来るのは愛情といえるの? わたしは心の底で思ってる!!!! 『あのコはもういない。残ってるのは死体
寸前の、もっと別なモノ。もう何の愛着もないわ。けどあのコが使ってたモノだから取りあえず愛でましょう』)
(わたしはわたしを蔑む!! 残酷で冷淡!! なんてヒドい奴なの!!)
弟はまだ生きている! それは事実!!
(どんなになってもあのコはあのコ!! 未来を犠牲にわたしを救ってくれたあのコ! 『生きて欲しい!』。たった一人残っ
た家族がそう思ってあげなくてどうするの!? なのに、ああ、なのに!! 断言できない!!)
魂に対する実感!! 弟はもう帰ってこない。医者が何をいおうと関係ない。心の中で死んだのだ……。
(受け入れている。取り戻そうという気力さえない。暖かく待てば奇跡が起きて元通りかも知れないのに……。『せめて手を
下し楽にする』。それさえできない弱さ! いま以上の罪を恐れている。救われた命をテメーのためだけ使おうとしている。
死にゆく彼に無言の冷淡を投げ続けている!! 最低ッ!)
ブルートシックザールは泣いた。
「なぜわたしなの!! 死ぬべきはわたしだった!! 助けられたからこそ憎いッ!!」
『冷淡は罪』! 決して裁かれる事のない罪ッ!!
知り合いどもが以後3日かわるがわる慰めにくるほど葬儀で流した涙それは怨恨ッ!!
ゲス野郎が撥ね殺した老婆に催す『なんてものを背負わせやがったんだ!』 亡き弟に覚えたのはそれだったッ!
(救われたのに、助けられたのに恨んでいる。本当は感謝すべき……そんなのはわかってる。わかってるつもりよ。感謝を
抱き暖かな思い出とともに生きていく。大多数の人間はそうしている。正しい幸福よわかってる)
(なのにできないッ!!)
弟と聞き思い出すのはガラス玉。あぶくを吹き痙攣する不気味な姿。
それより前は覚えていない。仲良く過ごした記憶それはもうない。あやふや。連続ドラマの4話前のように覚えていない。
「……」
「腕力以外なんのとりえもないわたしこそ死ぬべきだった!! あのコならもっと素晴らしい未来を開拓できた!! 多くの
人々を感動させるコトができた!! わたしは違うッ!! せいぜいがゴロツキを叩きのめす程度ッ!! そんな奴に!!
死にゆくあのコを諦観するしかできなかったわたしに!! 生きている価値はあるの!!」
そして……怯えた。
「けど。けどッ!! わたしもまた死ぬのが怖い!! 死そのものがじゃあない!! あのコに覚えた感覚!! 双眸を
見開き胸を薄い呼吸に波打たせるだけの『死体寸前』! それに陥り冷淡な目を向けられるのが……怖い!! まだ
生きているのに何の情愛も向けられないのが怖い!!」
「尽くした人間にそうされる絶望!! 因果は巡る。わたしもきっと『やり返される』! それが怖い恐れている!!」
「一族はもうわたしだけ!! 最後に残ったわたしの命がそう扱われるのが怖い!! 血統とは多くの人々が紡ぐもの!!
みなが懸命に生きた証!! それを受け継ぐ最後のわたしが、『したように』軽んじられ滅するのは怖い!! ささやかで
も優しく生き続けてきたみんなの血をそんな形で途切れさせるのが……何よりも怖い!!」
襲撃からほどなくしして彼女は知る。親族を殺した『幹部』。彼がまだ自分を狙っているコトを。
「人はこれからわたしが選ぶ道を復讐と呼ぶでしょう。しかし復讐とは『哀惜』に基づく行為よ。奪われたものを哀れみ惜しむ
愛の行為。わたしはそれを持ち得ないッ! 語る資格なし!! 『狙われるから叩きのめす』! それだけよ。それだけが
根幹よ」
不幸中の幸いッ!! 『叔父の屋敷』、襲撃されたが残存! 先祖代々つたわる錬金術の書簡もまた残っている!!
狙われる身でありながら見舞いと葬儀をやりおおせた理由! それはホムンクルス!! そして頤使者(ゴーレム)!
「対抗には力が必要ッ!! 幹部最大の失敗は器具と文献を焼き払わなかった事ッ! 屋敷……ずいぶん入り組んでいた
から分からなかったでしょうね〜〜〜。まるで隠されるように……(隠していたのかもね。こういう事態予想して)存在していた
足掛かり! ホムンクルスを培養し頤使者を製造する。その程度の設備はあった。わたしは潜伏した。家に籠り、やり方を
調べ、自らを改造した。ホムンクルスでありながら頤使者でもある『人間』……矛盾した存在に」
対立は激化!! 『幹部』はやがて日本を支配!! いよいよ精強を増す刺客たちにブルートシックザールは決意するッ!!
「あんた昔、死にたかねーって動機でホムンクルスなったんでしょ。わたしもそう。立ち向かうには力が必要。協力なさい」
生き延びるための決意!!
向かったのは……パピヨンの研究室! すでに200年近く生きている高名な彼!!
「ほう。これまた珍しい来客だな。ホムンクルスと頤使者……両方なってる奴は初めてみた」
「親族殺されたはしたけど実家自体は残ってる。機材も文献もね。生きるためなったわ。黒い核鉄取り戻すんでしょ? 人手
になるわ」
そしてブルートシックザールは幹部を殺し仇を討つ!!!
だが受難は終わらない!! ライザウィン=ゼーッ!! 王どもの生み出した最悪の頤使者!!
彼女は狙う!!!! ブルートシックザールを!!
アオフシュテーエン!! マレフィックアース最高の行使者!!
唯一その妹の血を引く生存者!! ブルートシックザールの『体』を!!
何度目かの攻防のすえ殴り飛ばされたブルートシックザールは、顎を拭うや毒づいた。
「エナジードレイン通用してねえってのはどういう了見よコラッ!!」
「ほほほ。なぜと聞かれましても答えかねます。返答は吐露……わたくし自身の能力をバラすようなものです」
恭しく礼をするLiSTに歯ぎしりのブルートシックザールだ。旗色は悪い。顔色も。肩で息する状態だ。
(チクショー予想外だわ。たった6分ヴィクター化しただけでもうこのザマ。わたしが純粋なヴィクターじゃあないってのもある
けどそれ以上に! あのスカしたヤローからドレインできねえってのがマズいわッ!! つかなんでできねえのよ!? そ
こちゃんとしましょう。ちゃんと考えなくっちゃあいけないわ)
「そういえば先ほど我輩この屋敷を調べた」
「光円錐だな。少なくても脊椎動物は」
「いなかったねえ。生きてる人間、それからホムンクルスはいなかった。あの時点ではいなかった」
「検索後この屋敷に来たのか……或いは」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「てめーひょっとしてだが生命活動してねえな」
指摘に対しLiSTは……笑う。品のいい口元を狡猾に歪める。
「エナジードレインが効かないっていうのはつまりそういうコトだね。生きちゃあいない」
「ならば頤使者。もしく……自動人形か? あの敵、LiSTは」
「後者は違うよ。ソウヤ君はエンゼル御前みたコトあるかい? アレ……というのは失礼か。偉大な桜花先輩に敬意を表し
彼女と呼ぼう。銀成学園でヴィクターが目覚めたとき。彼女もまたエナジードレインされた。カタチを保てなくなった」
「つまり自動人形にも」
「有効だね。エナジードレイン。数ある歴史の1つ。ヴィクター討伐隊に犬飼を組み込んだ歴史。下策だねえ。その点バスター
バロンは優秀さ。当時の戦団で最も長く最も多くヴィクターと戦ったのだから」
「さぁて問題です。わたくしは生命活動しているのでしょうかァ? それともしてない? 笑みは肯定じゃあありませんよ」
「ひっ」
ヌヌ行が思わず傍らのソウヤにしがみついたのは『見られた』せいだ。
(『LiST』ッ! 彼がこちらを見ている!! 気づいている!! 羸砲の武装錬金で見られているコトに気づいている!!)
頭頂部こそ禿げてはいるが基本好々爺然としたLiSTだ。それまで円やかさを感じ敵意などまるでなかったソウヤが身震い
とともに思わず愛槍を展開した理由は笑顔にあるッ!! 笑い!! 人を和ませるべき表情!! だがLiSTのそれは──…
(おぞましい)
笑みに細まる両目はウロのようだった。眼球を刳りぬかれた髑髏の洞窟が淡々とソウヤたちを見ている。右に動けばその分
右へ。左に動けばその分左へ。追うのだ。しっかりと。肩に顔をうずめるヌヌ行にみるなといい掌をかざしたのは、少年ならでは
の決意だ。女性を脅威から守ろうとする本能的判断だ。
「ち☆な☆み☆に! アルジェブラ=サンディファーでしたっけ! ヌヌさんの武装錬金! そちらは通用しませんよォ〜〜〜!!
観戦程度ならできるかも知れませんがそれ以上は無理!!」
口も黒い闇。顔一面に松の木のようなシワが走り、笑いながらに笑っていないLiST。言葉に詰まるソウヤ。
「なっ……」
「事実だよソウヤ君。さっきから我輩たちの光円錐を操作し元の空間へ復帰しようと努めているが……まったく動かない。LiST
についても同様だ。円錐の削除も……スマートガンの攻撃も……封じられている」
肩の中か細く呟きそして謝り続ける美貌の女性。。ソウヤはただ息を呑むばかりだ。。
「ギィーヤッハッハ!!!! いいですねえそのカオ!! 怯える女性!! 守ろうとする少年!! 生じた絶望の分だけ生
まれる勇気!! わたくしそーいうの大好きなのですヨ!!! 勇気は希望を生みます!! わたくし希望が生まれるの
大好きなんですよ!! さあもっとわたくしを見て!! 見てくださいよヌヌ行さん!! わたくしも見てますよずっとずっと!
ああ泣かないでえ!! 笑ってくださいもっともっと!! ギィヤハハハハアハハアフヘヘハハハフ!!」
笑いたくるLiSTの鼻先を白い影が掠めたのは、いよいよヌヌ行がしゃくりあげるかという瞬間だ。
「ったく。話に聞いちゃあいたがウワサ以上のド変態ヤローねあんた」
ピュン、ピュン、ピュピュン。ブルートシックザールの周りから正体不明の白い影が飛び始める。
「好物は『希望』。絶望を精神力で克服した人間の発するエナジーが何より大好き。何をどーやってるかは知らねーが、
レーションの武装錬金につめて保管しやがってるそうね〜。頭痛いシュミだわ」
「ええ。ええ。そうですとも!! 人を絶望させるなんてのは本当簡単ですからね!! ちょぉーっと公害史を調べ有害物質
撒くだけでオシマイ。目論み通りみなさん苦しみます。胆のうがボーリング玉ぐらい重くなり他の内臓を突☆き☆破☆っ☆た
☆り、間接という関節を本来曲がるべき方向とは逆に固定したり……どっちも虫歯をドリルで抉られるような激痛があります。
鎮痛剤?? な〜〜〜んの意味もありません。痛く苦しい生活をみなさんにご提供させて頂くなど簡単です。田や畑にわた
くし特製のレーションを撒くだけで叶うのですから」
影を軽やかによけるLiST。長い手足をピエロのごとく緩やかにしかし的確にくゆらせながら避けていく。
そしてポンと手を叩くと掌に小さな缶が現れる。シャケやまぐろのフレークが入りそうなSサイズのそれが逆さになり黄色い粉
末がサラサラ、こぼれていく。床板が黒く焦げた。
異空間で呟く少年一人。
「……ムーンフェイスと同じぐらい。いやそれ以上のゲスだな」
「勘違いしないで下さいよぉ武藤ソウヤ君! 公害で人類苦しめるなんてのは序の口!! わたくしが願ってやまぬ真の光景
はまだ始まってもいないのですヨ!!!」
「何……?」
「どーやらこっちの様子がわかるようねソウヤ。頭痛いわ」
(なんでそれに対し頭痛を覚える? 嫌なのか? オレに見られるの)
「言葉のアヤよ。2部風にいやあ意味なんてねえってスカっとするからってアレよ。LiSTはただ公害で人間を苦しめたいん
じゃあない。ただ苦しめるだけなら浄水場に毒でもブチ込みゃあ済む話。なのに何故それをしないのか? 初めて捕まった
ときコイツは供述した。『自力で公害に打ち勝つ人類を見たかった』ってね」
白い影は動きを止める。LiSTはその場でクルクルと右回転。ピタリ。止まると今度は右手を高く。
「Life is SHOW TIME! 人生はショータイム。派手に楽しく生きようではありませんか。絶望なんてのは楽しさとは真逆。
さんざ救ってあげた人間様に裏切られ乾いたわたくし。希望こそが必要!!」
「まさか」
「そう!! そのまさかですヨ!! わたくしはわたくしの料理で希望を得たい! 獲得したいッ!! かつてわたくしを絶
望に突き落し希望の糧とはならなかった料理とはつまり挫折の象徴です。それが新たな希望を生むとすれば!! 公害
も撒き甲斐があるじゃあないですか。わたくしの料理の作った絶望をみなさんが一生懸命乗り越え発する希望!! そ
れです!! それこそが飢えて渇いた心を癒す!! ああわたくしの料理が希望と笑顔を生んでいるのだなあって嬉しく
なれる!! だから公害はやめられないんですよギィヤハハハハ!!!
狂っている。ソウヤはただそう思う。LiSTの過去、その総ては知らないが何かとてつもない裏切りを浴び傷ついたのは分
かる。だが──…
「静かにしてなソウヤ。こーいう頭のネジが5〜6本ブッ飛んでやがるヤローにゃあ何言ってもムダよ。さっさと斃して黙らせる。
それが一番!! 一番スッとろくねえ最良の手段って奴よッ!!」
異変に気付く。ブルートシックザールの肌がみるみる色素を薄めていく。髪もまた然り。
「おやあ、解除するんですかぁ? ヴィクター化」
「併用できるっちゃできるけどさあ。長続きはしねーのよ。『吸っちまう』みたいでさぁ」
「……武装錬金」
「え?」
「武装錬金!! ブルル君が発動した!!」
急に面を上げるヌヌ行。光円錐的な何かでいちはやく察知したのだろう。
事実ソウヤを目撃する。
ブルートシックザールの周りに奇妙な物体が無数ッ! 展開しているのを。
凝視する。それは人形だった。さほど大きくはない。ソウヤの家にときどき遊びに来るエンゼル御前よりやや遥かミニマム。
高さは10cm未満の人形がおよそ200体! ブルートシックザールの周りでふわふわ上下に揺れている。幅2mの廊下はいまや
真夏のプール、芋を洗うような混雑ぶり、ブルートシックザールさえ埋もれて見えぬ。
「ほう」
感心した様子で首を戻し観察するLiST。
「あれがブルル君の」
「武装錬金。自動人形(オートマトン)……しかも群体型」
「けど──…」
デブリのように創造主を取り巻く奇妙な形状の自動人形をヌヌ行は指差し、
「なんの武器だい? アレ」
感想のあと比喩を行う。クッションから手と尾と頭が生えている……と。「もっともだ」うなずくソウヤ。
胴体は、白い楕円形のクッションをぐにゃりと曲げた形状で前面は軽くだがヘコんでいる。足はない。
窪みから生えたマッシブな首の先にある頭は一転やせた猫を思わせる逆三角、その右上から左下をぐるりと縛る鈍い銀
色のバンドは眼帯の一部。パッチの部分が丸く刳りぬかれ、そこではライトグリーンの炎がえんらえんらと燃えている。
左頬には逆Y字の隈取りが1つ。
「希望が好きっつーならよォ〜〜〜〜〜〜!! LiSTテメーがまず死にやがれ!! そしたら公害で苦しんでる連中も
やったハッピーっつってバンザイするわッ!!!」
「そんな! それじゃわたくし希望を賞味できんではありませんかッ!!」
「テメーーーーーーーーーーーーーーにそれ味合う資格はねええええええええええええええええええええええええ!! スッ
とろい事抜かしてんじゃあねえわよタコッ!!」
「自動人形が飛んだ! 一斉に!!」
「攻撃手段はもっぱら両腕……か」
胴体の両側から生えた成人男性ほど逞しい腕の先端にはさまざまな物が付いている。
一番多いのは電子温度計のような「長い針」のアタッチメント。他はガトリングガンだったりミサイルランチャーだったりと
とりとめがない。
「軍隊ですかな? その武器」
襟元をしゅっと正すLiSTは迎撃に移行。右足を前に、上体は左右に。ソウヤがキャプテンブラボーと重ねるほど堂に入った
構えである。
「いきなり奇襲をかけられる! 来歴からしてヤベえヤローと戦わなきゃあならねえ!! なのに頼みの綱のヴィクター化は
通じねえときている!! 頭痛ェああ頭痛いわ!! こちとら絶望感でいっぱいよ!! とっととくたばれ!! 大人しく全
弾ブッ喰らってみじゃけやがれこの与太がああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
400本ある自動人形の腕がレーザーと弾丸と薬莢と誘導弾を発射。一拍遅れ拡散した爆音は屋敷を大きく揺るがした。
「ところで羸砲」
「な、なにかなソウヤ君。(どさくさにまぎれて抱きついたけど、いいなあ。男のコの匂いがするよ。できるならずっとこーして
いたいなあ)
「その……すごく言いにくいのだが」
「なに?(どきどき)」
「当たってる。迂闊に動くと……擦れそうだ。離してくれると…………その、嬉しいというか助かるというか」
やや赤い顔。気まずげに逸らされる視線。気付くヌヌ行。豊かな胸がソウヤの腕に密着している。瑞々しい弾力が腕の面
積分なめらかにひしゃげ、ググリと反発している。いまソウヤは弾かれる思いなのだろう。
パッと飛びのくヌヌ行。
「す!! すまないねえソウヤ君!! すすす好きでもない女性に密着されるというのは迷惑だろう!! は、離れる!!
ホイ離れたア!! もー安心だ大丈夫!!」
「あ、ああ」
「わざとじゃあないんだ!! LiSTが怖かったからつい……ああダメだまた駄目になっちゃうパターンだ!! ととっとととt
というかブルル君見よう!! ブルル君!」
「オレはさっきから見ている。自動人形の一斉攻撃がLiSTの居た場所に着弾。どうなったかは煙幕のせいで分か──…」
「ふやっはアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
奇声。言葉をさえぎる奇声。ヌヌ行のものでもソウヤのものでもない。画面から響くそれは。
「ブルートシックザール!!?」
「ええと。理解に苦しむねえ。何やってるかは見れば分かる。だが『なぜ』やってる? 彼女じゃあないが頭痛いよ」
ソウヤはただ現状を見た。
『煙幕を突っ切り』
『逃げていく』
すれっからしの少女を。ヴィクター化はとっくに解除済みだ。
「逃げたねブルル君」
「逃げたな」
「ま、まあ戦略的に正しいよね。(ンな訳あるかーーーーーーーーーーーー!!! うわーん!! 見捨てられたあ!! 初め
てできた女のコのトモダチに見捨てられたよオロローーーーーーン!!! きっと今からLiSTさんは見せしめとして私たちに
なんか危害を加えるハズ!! でもそーゆうのは別にいいの自分で何とかする、イジメだって自力で乗り越えた私なんだから
逆境で誰も助けてくれないってのは別に傷つかない!! でも!! いっしょに歌ったり頭ゴロゴロしてやった嬉しい仲良く
なれたぁーって好きになりかけてトコロで裏切りはつらいッ!! 裏切られたという事実がつらいよぉうえーーーん!!!!」
「なっ」
驚愕はLiSTからも洩れた。煙幕が晴れあらわれた彼は(ソウヤもヌヌも薄々予想はしていたが)、やはり無傷、黒い執事
服ときたらクリーニングから帰ってきたばかりという位キレイ。筋からいえば「なっ」と言うべきはブルートシックザールなのだが
立場は奇妙にも逆転している。
「ハッ! やっぱ通常攻撃きかねえようね!! だったらコレ以上やりあう必要ねえわ!!」
「おやあ〜〜〜〜〜。逃げるのですか? 御仲間たちが人質なのに『逃げる』ゥ〜〜〜〜?」
「そうだとして責める権利があるっつーの? イキナリ人質とって脅しかける腐れたテメーによォ〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「いいえ。褒めてるんですよォ♪ 貴方様はむしろ『優しい』。逃げているうちは殺されない、そう踏んでるんでしょ? 認めま
すヨ! ええそうですとも!! わたくしは貴方様を生け捕りにしなくてはなりませんから? 力づくで屈伏させようなんての
はとてもとてもできませんっ!! 人質は有☆効! 殺しますよと喉首にナイフを当てれば結局最後は従ってくれる!!!」
驚愕もつかの間、すぐさま走り出すLiST。両者の距離およそ15m。
「怖いんでしょう? 『また』貴方様のせいで誰か亡くなってしまうのが!! 誰かに助けられ、自分だけ生き残ってしまうコト
がなにより怖い!! 弟さんの件がありますからねえ!! 我がご主人、ライザウィン様が生誕なされた王の大乱!! あ
のとき貴方様のお屋敷は襲われた!! 幹部の一人に叔父様と叔母様、ご両親を殺された!! そして逃げるとき弟さん
は貴方様をかばい!! 命を失くした!!」
「ぐっ」
「即死じゃあないのが不幸でしたねえ!! 死にゆくだけの、もうどうしようもない、ヌケガラ人形に愛想をつかすだけの自
己嫌悪の日々の始まり始まりィーーーーーーッ!!! ギヒヒヒッ!!!」
追跡劇の模様はソウヤたちの元にも届いている。視点変更。ヌヌ行がすっと撫でるたび滑らかに視点が変わる。
「そうか。弟が」
「前歴ならパピヨンの手紙にもあったねえ。細部は喰いちがっているが彼は他人に無関心。仕方ないね」
まるで『聞かせるように』叫ぶLiST。真意のほどはわからない。
「だから誰かにかばわれるのが実は怖い!! 助けられるなら助けたいと思ってる!!」
「…………違う」
「いーえわたくし信じておりますヨ!! 貴方様は、いえ、貴方様に流れるヌル=リュストゥング=パブティアラーの誇り高い
血は決して他人を見捨てない!! 形はどうあれともに戦うと誓った仲間たちなら尚更です!!」
「…………違う」
「いえいえ違わなくはありませんよ!! 貴方様の現状がどうあれ本質はそこなのですから!! 例え今は誰かをかばう覚
悟がないとしても本質はそこ!!!!」
迎撃にと飛んだ名称不明の自動人形。それが一瞬動きを止めるのをソウヤたちは見た。
(図星……?)
(だとすれば許し難いねLiST。人の心の傷、抉ろうなんて許せない)
「もういいじゃあありませんかァ〜〜。ご自分のコト許してあげましょうヨぉ〜〜〜〜!!」
「ひっ!!」
ブルートシックザールが目を剥いたのは抱きすくめられたからだ。アメフトのタックルのよう……ヌヌ行の形容はまったく
抜群のセンスだった。背後から飛びかかったLiSTが両腕でブルートシックザールの胴体を抱え勢いの赴くまま倒れこんだ
のだ。
「つーかまえーた☆」
(ダメージはないが)
(なんてヤな攻撃! ……いよいよ許せん乙女の敵!
一種淫靡さを感じさせる態勢だった。ブルートシックザールは抱きすくめられたまま仰向けに倒れている。胴体は相変わらず
絡め取られたままだ。その背中にLiSTは密着している。腰すらピトリとひっついているのを見たときヌヌ行の嫌悪は最高潮に
達した。しかもソコはよじ登る上体につれ動いている。
「ああ暖かい。人のぬくもりですぅ。ちなみに変わり果てた親族に冷たい目線を投げかけるなんてのはまったく普通、ぜんっ
ぜん異常じゃあありません!! 世の中もっとヒドい、生きてる間にィ、まだ意識がある間にィ、死ねだのくたばれだのと聞
くに堪えない言葉を投げかけるお人もいる! たァくさん居る!!」
「クソが! 訳のわからねえコトを──…」
「貴方様、直接おっしゃりましたかあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。弟さんにそーいうコト!!」
身じろぎが一瞬止まる。
「言ってないでしょお? 悪感情を心のなかだけ留め置いて誰にも話さなかった!! とてもとてもご立派です!! よく
頑張りました貴方様は悪くない!! 悪くないのですヨ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「傷を抉っていたかと思えば急に認める。悪くないと囁きかける」
ただ愕然と見守るしかないヌヌ行だ。ブルートシックザールの元へ駆けつけようと武装錬金を操作しているが芳しい手ご
たえはまったくない。
「希望が好きというのはウソじゃないらしいね。我輩だから分かる。いまかけている言葉は心底からのもの」
決してまやかしを言っている訳ではないのだ。LiSTは。
「しかもあの言葉……。認めたくはないが、まるで──…」
スチャ。小気味いい音が近くでした。見ればソウヤが背を向けている。
「……どうしたんだいソウヤ君」
「なるべく下がれ羸砲。距離はとるが一旦走り出すと制御が効かない」
表情は分からない。ただある一点で立ち止まり三叉鉾を構えたとき彼女はあらゆる心情を理解した。
理解したからこそ叫ぶ。
「や!! やめたまえ! 気持ちは分かるが通用し──…」
「闇に沈め!! 滅日への蝶・加速ゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
激烈な衝突音と水色の波動がしばらく薄暗い空間を荒れ狂った。やがて大の字になったソウヤが嵐のなか吹き飛び、
闇の壁にしこたま背中を打ちつけた。そのままずり落ち尻もちをついた彼にヌヌ行は、慌てて駆け寄り「馬鹿っ!」と
叫んだ。
「この異空間の壁を壊そうとしたんだろうがムダだよ!! 残酷な物言いだがアルジェブラにできないコトがどうしてライトニ
ングペイルライダーにできる!! 単純な物理攻撃で破壊できるならLiSTは君を捨て置きはしない!! 最低でも核鉄没収
ぐらいしたさ!!」
「わかっている。わかっていた。それ位……わかっていた」
「だったらどうして!」
ソウヤはよろよろと起き上がり、再び構える。
「仲間が危機に陥っている。ただ突っ立ってる訳にはいかない。あんたは無理だというだろう。LiSTもそう思っている」
「ま、待ちたまえよソウヤ君! 君の武装錬金は父君同様生命エネルギーを使うタイプ!! ましてさっきのような大技と
なれば負担は相当大きい!! 効かなければ弾かれもする! 多用すれば命が──…」
「闇に沈め!! 滅日への蝶・加速ゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
振動。光波。そして衝突。再び壁に打ちつけられ落ちゆくソウヤ。口元から溢れた血が太いすじを描く。
「だから無理だ!! いい加減人の話を──…」
「無理じゃない!! オレとあんたの力を合わせれば突破できるはずなんだ!!」
「え?」
三度立ち上がるソウヤ。彼は大きく息を吐きこう述べた。
「あんたの武装錬金は総ての時系列を貫き存在している。にも関わらず外界を見るほか干渉ができないのは何故だ?」
「それは例えば……より大きな力で封じられているから、とか?」
「だがあんたの文言が正しいとすれば、アルジェブラ=サンディファーは宇宙開闢から終焉まで貫いている。時間の長さを
そのまま距離に置き換えるのは少し妙な話だが、それでも相当巨大な筈だ。バスターバロンが比較にならないぐらい大きい」
「……つまりだソウヤ君。君はこういいたいのかい? 我輩の武装錬金は史上最大級。力づくで押さえられる武装錬金など
ありえない……と?」
「ああ。LiSTの武装錬金はレーション。それが事実か否かはともかく、力づくでアルジェブラを支配できる能力ならそもそも
人質をとる必要はない。時空改変を縛れるのは時空改変だけ……」
「LiSTが時空改変できるのなら、もっと合理的にブルル君を襲撃できた、か」
「こういう時、母さんは却って冷静になる。パピヨンならもっとシンプルに考える。『相手の武装錬金は何か?』……と」
「レーション……ってコトになってるね」
「レーションといえばレトルトか缶詰だ。それらが例えばシルバースキンのような防護機能を備えていたとすれば? ABC
兵器をシャットアウトする武装錬金……確かにある。だったら」
「干渉されてるのはアルジェブラではなく空間の方。空間がまるでハワイの空気のように閉じ込められている。1秒にも満た
ない切れ目のような空間を閉じ込め……保存している。密閉で腐敗を遅らせるように…………そう言いたい訳だね」
「ああ」
「ふふ。突飛な仮説じゃあないか。だが気に入ったよ。空間を、時間の流れや時系列とまったく無縁にできるステルス的な武装錬
金…………根来忍は異空間に埋没したというが、LiSTはそれを空間でやってる……面白いねえ」
「要するに奴はただこの空間を『隠して』いるだけだ。外を見れるのがその証拠。缶かレトルトか。レーションの外殻で隔離されて
るに過ぎない。だがその防護は不完全だ。どんなレーションだろうと中身は腐る。時と無縁でいられない。綻びはある。外が見え
るのは『時と無縁でいられない』レーションだからだ」
「だったらどうするんだい? 覗き窓を連打するというのもテだけど?」
「いや、あんたがさっき言った通りだ。ペイルライダーでは破壊不能だ。たとえ壊せたとしても、勢いあまって突撃するのが怖い。
画面の向こうは常にブルートシックザール……傷つけたくない」
「優しいコトで」
肩をすくめるヌヌ行はやっとソウヤの真意を理解した。
「オレの武装錬金では破壊できない。だが内側から叩くぐらいはできる。最大出力のペイルライダーで叩いて! 叩いて!
叩きまくれば波動や衝撃!! そういった『揺らぎ』がこの空間に生まれる!! 生んでみせる!!」
「そして我輩は全時系列を監視。『揺らぎ』の生じる座標を見つける。見つけさえすれば外殻などアルジェブラのブラックホー
ルで除去可能だ」
三度目の突撃。弾かれるソウヤに駆け寄りたい衝動を噛み殺し、黙然と突っ立つヌヌ行。
「いやそれにしても安心したよ」
「何がだ」
構えたまま振り向きもせず問い返すソウヤ。
「なんだかムキになっている気配がしたからねえ。てっきり怒りあまり暴挙に出たのかと」
「……怒りはある。あんただって同じの筈だ。父さんを知っているからな」
「まあね」
瞑目して笑う。思いを共有しているという実感が五体を満たす。
(LiSTの物言い……あれはソウヤ君の父君がやってもおかしくない『気持ちを踏まえた』モノだからねえ。決定的に違うのは
相手を立たせようという温かさの有無だ。LiSTにはない。正しくも優しい悪口(あっこう)で気高い道をゆけなくする)
人は時に「お前にだけは言われたくない」とせっかくの金言を無視し、それがゆえ泥沼に落ち込んでいく。
(LiSTは自らが悪だと理解している。理解しているからこそ、相手が真に選びたい選択肢をわざと言い先回りする。従わ
なくても従っても自分のペースに嵌めるため正しい言葉を利用する。カズキ氏とは真逆。けれど用いる言葉だけは同じ)
ソウヤが身を削るに至った理由はそこ。ヌヌ行と同じ憤りこそ……動機。
(……私ひとりじゃあダメだったって諦めていたよ。さすがカズキさんと斗貴子さんの子供。私の希望。自ら選択肢を作りだせ
るなんて偉いよ。スゴいよソウヤ君)
「でももし仮説が違ったらどうするんだい?」
「違う方法を考える」
「強いね」
「違う。あんたが居るからだ」
「??」
「傍に居てくれるだけで、何というか。うまく言えないのだが、何だろうな。ええと。そう。……結構、心強い」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
鼻先を掻くソウヤから全速力で顔を背ける。それは一気に赤熱した顔を見せないためではない。頬に浮かぶニヤツキ
を隠すためだ。
(やっべ。マジ嬉しいよ私。『傍に居てくれるだけで心強い』!! そんなの言われて嬉しくない女のコなんていないよ!!
たぶん『改変可能なアルジェブラ持ってる私』が傍にいるから安心って意味なんだろうけど、でもでもでも、そーいうのひっく
るめての私だし!! 使いこなすために毎日毎日がんばってきたし!! うっはー!! 今日は天中殺でイイコトなしかと
思ってたけどそれ全部帳消しにするぐらいウレシーーーー!! ハッピーーーーーーーーーーーーーーーーーィ!!)
ソウヤとヌヌ行が脱走劇を企て始めたころ、ブルートシックザールは依然としてLiSTに拘束されていた。
「いいじゃあありませんかあご自分のコト許してあげてもおおおおお。キッチリ許していただいた方がわたくし的にも助かります!!
人質が通用するって訳ですからねええ!!!」
「放しやがれこのダボ……ぐあっ!!」
自動人形を差し向け砲撃した筈のヌヌが血反吐を吹いたのは
「ダメですねえ。お忘れですか。すりぬけるんですよぉ攻撃! この体勢でわたくしこうげきするなんて自殺行為もいいトコです」
解説のとおり。脂汗をかき苦痛と嫌悪に眉根を寄せる少女の耳元にLiSTは顔を近づける。松の木とウロの笑顔を近づける。
「え? 助かったからよかったようなものの、今の攻撃で植物状態になったらどうするんですか?」
「あ、あああああ」
耳元で舌を出し熱い息を吹きかけるLiST。ブルートシックザールは涙を流し震えだす。
「モノ言わぬあなた。虚ろな目で天井を仰ぐだけの脱け殻の貴方様。親しい人に、『もう人間じゃあないから顔も見たくねー。
けど生前使ってた肉塊だから取りあえず見舞ってやる』み☆た☆い☆な! 見方されちゃったりしたらそりゃあもう絶望でしょう
ねえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! ご自分が弟さんにやらかしたコトをやりかえされる因果の鎖で縛られるのは怖いでしょう?
だったら攻撃しちゃあダメですヨ。おとなしく従ってくださいねえ」
「や!! やかましいッ!!」
ブルートシックザールは激動した。両手。そして両足。頭。動かせる部分を一斉にLiSTめがけ叩きこむ。むろんもとより
攻撃がすり抜ける彼だ。一撃として当たらない。
だが。
ブルートシックザールは立ち上がる。はてな、後ろから抱きすくめられ床におしつけられていた筈の彼女がなぜ解放され
たのか。
秘密はインパクトの瞬間にある。攻撃した部位がことごとく透過!! 攻撃すればすり抜ける、一見不利に見える状況
をブルートシックザールは逆に利用したのだ! はたして立ち上がる彼女。すかさず火を噴く無数の自動人形。
煙幕を突っ切り駆けだすブルートシックザール。その足首を掴む手もまた煙幕から……。
「逃げおおせたトコロで貴方自身のためになりませんよーーーーーーーーーーーーーーーー?」
這いずったまま上目づかいのLiST。舌舐めずりする姿にぞっとしながら踏みつけるブルートシックザール。またも透過。
抜ける足。
「”また”誰かの犠牲で命をつないだ。そーいう実感、罪悪感はムクムクと強まっていく!!! 生きているからこそ段々段々
強まっていく!!! 例え予め『見捨てる』と告げていたとしても対抗要件にはなりません」
立ち上がるLiST。レーションの缶をいくつか手に取りお手玉を始める。
「やかましい! つーかなに呑気に突っ立てるんだテメー! つ、追跡はどうした!!」
「しますよぉ。でもすぐ追いついたりしちゃあつまらないじゃないですか。嫌がり、怯え、逃げ惑う女性を少しずつ追い詰めて
いく過程が楽しいんじゃあないですか。反撃を考え希望を紡ぐ時間もできますしねえ」
「30秒待ちます。好きに走って下さい。走らなければまあそれだけ早く捕まるってコトですけどネぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
軽く呻いたブルートシックザールは無言で踵を返し逃げ始める。
その様子を見ながらLiSTはククと笑う。
「人はいつまでも逃げれる訳じゃあありません。いつか必ず何かに立ち向かい克服しなくてはなりませんッ!! それが今ッ!!
貴方様の直面しているのはピンチじゃあありません! チャンスです!! わたくしを斃しィ、過去とすっぱり決別すればァ!
もっと楽しく生きられます。実はチョッピリ恨んでいる弟様へのわだかまりも溶ける!! どーするかなんて最初から明らかじ
ゃあないですか!!」
5分後。
「……どうだ?」
「微弱な反応を捉えた。大まかだが絞り込めてきた。正しいよ。君の仮説は正しい」
「そう、か」
もう何度目だろう。あちこち破けた衣服から血を流しながら構えるソウヤ。
裂帛の気合とともに空間が揺れ──…
一方ブルートシックザールは……逃げていた。
「逃げないでくださいヨ!! 逃げるというのは何の希望も生まれませんよォーーーーーーーーー!! 希望!! 希望
希望希望希望!! ああ口にするだけで恍惚とする美味なる言葉!! わたくしと戦って下さい!! 戦って戦って戦って
戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦ってェ────────ッ!」
逃げる間にも、眼帯をした痩せぎすりの自動人形がLiSTめがけダース単位で躍りかかっている。ミサイルや光線が雨
あられと降り注ぎ激しい爆音を響かせる。巻き添えで破壊された壁や廊下が破片と炎にくゆる中LiST。
自動人形めがけ腕を薙ぐ。
それだけだった。たったそれだけで自動人形たちは無効化される。
砕けたり切断される訳ではない。本当にただ……『消える』。鉛の文字に消しゴムをかけたように。腕の軌道の分だけ
ごっそり失せる。消し残しさえ軌道めがけ吸い取られる。LiSTは上を向き笑う。舌を出し、けたたましく。
「ギィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーヤッハッハッハァーーーーーーーーーーーーーーー!!
Hoooooooooooooooooooゥー!! 見て下さいわたくしこういうコトだってできるのですヨーーーーーーーーーーー!!
ちょっと触れるだけで何でもかんでも消してしまいますゥーーーーーーーーー!! おっそろしいでしょ不気味でしょキモイ
でしょおおおおおおおおおおおお!!! そんなわたくしだからこそ正面切って戦っていただきたいのですううう!!!」
「クソ!! いよいよハイになってやがるなLiSTのヤロー!! 頭痛いわ!!」
さらに9回ほど腕を振る。またたくまに40基の自動人形が消滅した。軌道はカマイタチのごとく飛びもするのだ。
前傾姿勢で駆けるLiST。速度はグングン上がっていく。シャッ、シャッ、シャッッ。斜め前方2mまで一気に飛んだのはまる
で瞬間移動のよう。残影さえ見せない。それを3度も繰り返すうちとうとう彼はブルートシックザールのすぐ後ろにたどり着き
「恐怖って奴を乗り越えスンばらしぃーーーーーーーーー希望を紡いでください!! わたくし斃して見てくださいーーー!」
飛んだ。避けられた。そこは廊下の丁字路。机に置いてある、ズングリとした大きな白い壺にLiSTは顔面から衝突。突き
破った金色の額縁は壺のすぐ後ろに掛けてあった絵画の一部。高さ2mの重いそれが衝撃で傾きやがて落ちた。
「ひぃやっはああ!! トラップ成功!! イエイ!! ココで追いつかれるよう敢えて速度を緩めていたのに気づかなかった
のかマヌケ!! そして避けた!! そーなんのは必然って奴よ!!」
絵画の下敷きになり、尺取り虫のように臀部を高く突き上げるLiSTを、軽く振りかえりがてらの流し眼で見ながら(そして
い汚い笑みをたっぷり浮かべながら)彼方めがけ走っていくブルートシックザール。正面を見るや頬に手を当て思案顔。
「この隙に逃げるッ!! だってもうライザの体は持たないもんネー!! わたし以外の器を見つけてもきっとすぐ朽ちる。
強すぎっからさあ、並の体じゃあ持たない!! 逃げ回ってりゃあそのうち体ごとくたばるって寸法よ!! そしたらしめたも
ん、わたしの勝ちッ!」
「だったらなんでソウヤさんとヌヌさん呼んだんですかあ?」
階段到着。駆けおりる。手すりが爆ぜた。丸く抉れた破片が空中で鋭く尖りブルートシックザールを襲撃する。
「スッとろいわねー!! ンなもんちょいと首まげるだけで避けれるわ!! なんで揃えた!? そりゃあライザ、真正面か
らガチでブッ殺すほうが安心。自分の目でちゃんと確認したという安心感を得られる! ……とっと」
また首を曲げる。ヒュンヒュンと尖った破片が皮1枚掠めて床に刺さる。
声の出所は気にしない。『遠くにいるが見えるのだろう』。その程度にしか思わない。
「けど人質にされちまったつーなら逃げる方が得ってもんよ。いったんは取り戻そうとしたがどーも旗色わるいわ頭痛いわ。
ンなときに必死こいて人質取り返そうとすりゃあどうなるか。深みって奴に嵌りこんで、『バクゥ!』 罠が炸裂! さっき弟の
件でゴチャゴチャぬかしやがった事といいどうも怪しいのよね〜〜〜〜。良心は痛むが敢えて逃げるッ!!」
「いいんですかあ〜〜? あなた確か『手紙』探しにココ来たんですよねえ〜〜〜。ライザさまがチメジュディゲダールに
出した手紙。それを探さず逃げるってのは不安じゃあないですか〜〜。ライザ様の所在がわかりませんよぉ。分からなけ
れば『真の安心はない』。そうは思いませんか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
(確かに)
(そうだった)
ソウヤとヌヌ行は思い出す。『手紙』。ライザウィンの手紙。ブルートシックザールはいった。それを手掛かりに所在を突き
止めると。タイムオーバーがあるにしろ、所在を掴まないのは手ぬかりだ。念のためソウヤとヌヌ行に協力を要請したブルー
トシックザールらしからぬ迂闊さがある。
クローゼットルーム前通過ッ!! 玄関まで残り100m!!
「…………ふうん。『8日前』。ゲームセンター」
「!?」
動揺の気配。息を呑む振動はソウヤたちの空間をも震わせた。
「なんだ?」
「ふはは。あの喰わせ者が何やら驚いてるよ。8日前。ゲームセンター。興味深いねえ」
「LiSTテメーどうやら『出逢ってたようね』。ライザ!! そして養父母にプレゼント買うべくバイトしてたウィル……星超新に!!
どんなゲーセンか理解した!! 内装も! 立地条件も!! たむろする学生連中の制服……外行くエアカーのナンバー。
てめーは覚えちゃあいねえが『確かに見ている』!」
「あのゲームセンターの従業員の誰かがッ!! 『LiST』! お前だった!!」
「誰かっつー詮索はしねえわ。手紙もいらないわね。証拠、手に入れたわ。御丁寧にもてめーがくれた訳だ。制服。エアカー。
そっから手繰ってライザまでたどり着くまで、まあざっと3日ってトコね。ヌヌいるし」
「まさか……貴方様は最初からそれが目当て……? 欲しかったのは手紙ではなく…………刺客…………?」
傲慢な笑みが何よりの回答だった。
「ギャハハ!! あのいけ好かねー自称最強が悪ガキに殴られたのォ!? へぇー、メダルぎっしりのサップで後頭部をズ
ガン!! 頭痛そう! あったま痛そう!! ギャハハ!! さっきから不運続きだったけどよォー! それ吹っ飛ばすぐれ
えの『いい気味』って奴を体感したわッ!」
「ほう!! 確かに事実ですがだからこそ興味深い!! なぜ!! わたくしの記憶が読めたのか!!」
揺らぎは一瞬。すぐさま力強さに変わる。LiSTは法廷で戦う弁護士のように声を張り上げた。
(テレパシー? さっきからブルルちゃん、私の心を読んでいた。でもどうして? 武装錬金の特性? それとも──…)
「そういえばブルル様、頤使者でもございましたな。頤使者とは言霊で動くもの。護符に刻まれた『言葉』が能力となるの
です。炎と刻めば炎を、水と刻めば水を。わが主ライザウィン様におかれましては『古い真空』……。では、貴方様の言霊。
それは何でございましょ……」
「スっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとろい質問で時間稼いでんじゃあねえぜこのダボがああああああああ!!」
ブルートシックザールが眼前で指を指すと、ギャゴギャルルヴァヅァーーーーーーーーーン!! 無数の自動人形が斜め
上方めがけ一直線に飛び立った。推進衝撃の丸い余波がいくつも浮かぶそこは十字路のド真ん中。玄関まで残り58m。
「ペースを作っていいのはこのわたしブルルだけだッ! てめーは黙れッ!! いいかッ! 『待て』だ! わたしがいいっつー
まで何もすんじゃあねええええええええええ!!」
「あぐっ!」
破れた天井板の向こうに覗いたのはLiST。口から血を吐き脱力する。床に落ちるまでさほどの時間は要さなかった。
「どうやら階段前で引き返し2階ッ! つまりこの真上から奇襲かけてる最中だったよーだけどよぉーーーーーーーーーー!!
ブチ破れば物音すんのは必然!! ンな事もわからねえなんて焦ってたのかテメー! ま!! おかげでカウンター入った
けどよぉーーーーーーーーー! さっき壺に突っ込んだようだが今度は破片ッ!! しかも御自慢の膝蓋骨が『両方』!
潰されていっからよォーーーーーーッ! ホムンクルスといえどすぐにゃあ復帰できねえ筈! その間に…………!!!」
廊下の突き当たりにある大きな扉を開け放つ。ブルートシックザールが踏み出したのは広間。
敷き詰められた赤い絨毯の中心に、ドス黒い沁みが広がるそこは入場口。彼女らが入ってきた場所。
振り返り中指を立てつつ玄関めがけ走りだす。
「てめーは大人しく見てなッ!! 人口乳首に吸いつく赤ん坊のようによォーーーー!! なんの邪心も起こすんじゃあねーぞ!」
LiSTはうつ伏せのまま手を伸ばすが当然届かない。
「いいんですか? 人質……」
「『逃げる』っつーのは『逃がしてもいい』っつーコトよ!! 襲ってくる敵をまあいいやと放逐する行為! 欲しいもんは手に
入れた、争う必要はねえわ!!」
「しかし!!」
「ああ人質のコトだったわね問題ないわッ!! 聞こえない? わたしには聞こえる。波動。『閉じ込めた、ある一点』。さっ
きからズガガンズガガン鳴り響くアレ」
心当たりがあるのだろう。幽かな、耳を澄まさねば鼓膜のうねりとしか思えないごく小さな呻きが漏れた。
「お疲れ様だソウヤ君! 座標が分かれば攻撃可能! 砲撃開始!」
「目標!!! 我輩たちを閉じ込めているレーション!!!」
暗い暗い……時系列を具象した果てない空間で。
直径10kmの砲身がある一点めがけ灼熱を吐きだした。それは雷という枝を兆単位で束ねた高温と電圧で、軌道上にいく
つかあったブラックホールの大容量をことごとくあっという間にパンクさせた。減衰はなく、地球上の水が総て津波になったよう
な乱痴気騒ぎだった。ノアが箱舟に乗った時の荒れ狂う持続力が圧送だった。時間という不可逆の破壊エネルギーの凝集
だった。
攻撃力を持たない武装錬金の例に漏れず屈強な防御力を誇る「マッシュルームパワー」、つまりLiSTの精神具象の外殻
はかつてバスターバロンの再来と謳われる身長120m、体重947tの自動人形の猛攻に七日七晩耐え続けた実績を持つ。
並のホムンクルスなら一撃で灰燼に帰す武藤ソウヤの蝶・加速を実に58回喰らってなお無傷だったレーションの缶は、
羸砲ヌヌ行の武装錬金・アルジェブラ=サンディファーの放つ巨大な攻撃に包まれた瞬間バヂリ、という音を発し抵抗した。
大河の中の砂粒1つほどの質量しか持たないにも関わらず、光線の中で、強烈な、白い円弧の斥力を発しそれを凌いだ。
寄せ付けなかったのだ。なんと2秒も凌いだがそれだけだった。それっぽっちのコトしかできなかった。2秒経つと抵抗とも
どもすぐさま呑まれ消失した。
「我輩たちまで呑まれちゃあつまらない。今のは最大出力の2割。少々加減がすぎたかな? (とメガネを直す私カッコイイ!)」
黒い欠片がガシャリと割れ落ちていく。ソウヤとヌヌ行は頷き合い、そして見渡す。
瓦礫と包帯の転がる通常空間を。
「オレたちがさらわれた場所」
「アイツらはアイツらでどーにかできる! わたしは一旦引く! 身を隠す!!」
やがて開けられる玄関。館と外界を隔てる脱出口。誰もがそう信じる扉がめいっぱい開くと、爽やかな風が流れ込む。
(お。おおお。風よ。『風』だわ。なんて気持ちいい。心なしか館に充満する『瘴気』って奴が薄まった気がするわ)
白い光がブルートシックザールを包み。
足は、『その外へ』出た。
瞬間、目が眩んだのは光のせい。ブルートシックザールはそう思い気にも留めなかった。
(……!?)
立ち竦む。踏み出したのは意外な場所。
(『中』!? 屋敷の!? え!!?)
広がるのは廊下。どうやら2階らしい。階段がすぐ近くにある。
(いったい何故!? さっきまでいたのは『1階』! 確かに外へ──…)
踵を返す。出てきたドアはどうやら美術室のものらしい。ノブを轟然と引き、開ける。カビの匂いが広がった。
(……玄関じゃあない? そんな、ココから出てきたのよ一体どうして? しかもこの美術室)
ソウヤたちと探索した場所だった。
(間違いないわ。よく分からないグネグネした彫刻や前衛的すぎる絵画でごったがえしている。間違いない。さっき調べた
ところ)
再び調べてみるが異常はない。やむなく出る。下り階段が目に入ったとき混乱はますます高まる。
「手すりが……戻ってる? そんな! 確かさっきLiSTのヤローが攻撃したとき一部だが壊れたはず!」
慌てて駆け降りていくが、ブラウン色の艶やかな手すりは傷1つ見当たらない。
「しかも何か妙だわ。視線が……そう、視線が……」
「「ゆーきーをくーれるよっ! たーすけてーくれるよっ! 」」
(!?)
聞き覚えのある声。階上から響いたそれに疑問は吹っ飛ぶ。まろぶように駆け上がり、向かう。
(あの歌!? 確かさっきヌヌと歌った『花子さん』!? どういうコト? 巻き戻ったの? 時間が?)
状況がわからない。わからないまま駆けていく。角を曲がった瞬間
(!!?)
反射的に身を隠す。意外なものが向こうにいた。
「好きだからよ。昔の番組専門の局があるしそもそも最近のバラエティっつーのはさあ、一山いくらの芸人どもが台本通り無難
な話してるだけじゃない。まったくスッとろいわよね〜〜〜〜〜〜。不況になるたびいつもそう。日常生活だの恋愛話だの事
務所の都合にふれないクソにも劣る無駄話をしては馬鹿笑い。頭痛いわ」
ブルートシックザールは自分を見た。彼女だけではない。後ろにはヌヌ行、前にはソウヤ。3人が並んで『歩いている』。
顔だけ覗かす。電柱から犯人を伺う刑事のような慎重さで。されど禁じ得ぬのは焦燥。
(いよいよ訳がわからねえわ! なんで! なんでわたしは『わたしを見ている』!? しかし考えてる間はねえわ! 確か
……そうよ! 確かこのあと!! LiSTのヤローが襲撃かました!)
──『答えられるかどうかは貴様しだいだブルートシックザール』
──『武藤ソウヤと羸砲ヌヌ行は『無事』! 誓っていうぜええええ。返してもいいぜええええええええええ!!』
──「要求は1つ!! 『こいつら解放したかったらライザウィン様の肉体になれッ!』だ!!』
(……。待て。オイ。なんでだ?)
急に疑問がわいてくる。
(なんで口調が『荒かった』? 奴は慇懃無礼! 思わぬ反撃にバチ食らった時でさえ佇まいって奴を崩さなかった! ああ
いうタイプはすぐボロ出すのが相場っつーのに、屈辱的な一噛みって奴に対してはむしろ歓喜し興奮した!! なのに何故?)
なぜ最初だけ荒かった? LiSTの口調に対する疑問が頭を占める。
(引っかかる。LiSTはなんで最初荒かったの? 『あの次元』はリアル。理由のねーコトは起こらない……。ああ頭痛いわ!
思考を戻すのよ! 引っかかるけど追及する時間はない! まずすべきコトは!)
思い出す。このあと何が起こったか。
(コントの話をした。振り返ったらもうヌヌはいなかった。続いてソウヤが前半分削り取られ……消えた)
角から出る。ヌヌ行たちから20mというところだ。身を隠せそうな物はほとんどない。唯一あるのは
(? 鏡? あったかしら? こんなの。おしゃべりに夢中で見落としてた?)
楕円形で1mぐらいの……鏡。6m先で銀色に輝く鏡を一瞥した瞬間”それ”はきた。
ヌヌ行の足元がズズリと色を変え渦を巻いた。転瞬粘っこく伸びあがるくろい影。薄暗いせいで全貌がわからないが……
……確信よぎる。
(『アレ』ね! ヌヌ行をさらった攻撃は! させねえ!! 距離を詰めつつ攻撃! 行け! 自動人形!!)
胸に手が伸びる。絨毯の上で足が迫(せ)り出す。影が振り向く。武装錬金が一直線に飛んでいく。更に踏み出すブルート
シックザール。うねりを上げ風圧にけぶる武装錬金。輪郭は見えない。ブルートシックザールは鏡の前を通り過ぎた。眼が
鏡に吸いついた。足が止まる。もう止まらない。武装錬金は止まらない。戦慄が幻聴を生む。地鳴りのような幻聴が少女の
世界を支配した。
鏡に映っていたのは。
頬がこけた男。右目にモノクルをかけた皺の深い男。纏っているのは黒い執事服。
(なっ)
(何ィ───────────────────────────────────ッ!?)
手を眺め顔をなぞった彼女は気付く。変貌に。自らが遂げたおぞましい変貌に。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
(ば……馬鹿なッ!! なぜ『この姿』……LiST!? ……マズい! という事はつまりッ!!!)
幻の地鳴りが鼓動と混じり跳ね上がる激闘のなか、『見る』。
今しがた飛ばした武装錬金を。自動人形と信じ放った武装錬金を。
1954年の自衛隊創立時から使用されているその戦闘糧食は、保存期間の長さや航空機からの投下に耐えうる強さか
ら非常に重宝されている。主食の炊き込みご飯は大変うまいがしかし不評。開けるのが手間であり、さらに食後は敵に
居場所を悟られないよう、穴を掘り埋める必要があるからだ。そのため後に登場した『II型』と呼ばれるレトルトの方が便
利といわれている。(カラはポッケにしまえるのだ)
自衛隊の戦闘糧食I型は缶詰である。ブルートシックザールがヌヌ行の背後蠢く影に対し放ったのもまたI型だった。
(LiSTの武装錬金!! 数は6個ッ!!)
飾り気のない、銀色の表面がわずかしかない光を反射し、影を照らす。驚いたのだろう。”それ”は小さな呻きをあげた。
「るろオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「スぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅトおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
涙とヨダレを流す少年と女性。2人ではない。『6個』だった。シャム双生児のように頭部が癒着した異形の顔面。
黄緑色の粘液にぬめる顔面が6個、つまり12人分! そいつらが浮かび、あるいは落ち、床で蠢いている!!
焦点の合わない眼で奇声を発すそいつらにブルートシックザールは見覚えがあった! なぜなら!! 彼らは!
蒼い髪と金瞳の少年。そして毛先が虹色な眼鏡の女性。つまり──…
(ソウヤとヌヌ行の『何か』ッ!!)
気付いたときにはもう何もかもが遅かった。缶詰は影に突っ込み…………粉々に砕いた。
(あ、ああああ。そんな。そんな……『まさか』。なんてこと。認めたくない。認めたくない。そんな……まさか!)
うっすらと涙を浮かべ震えるブルートシックザール。その視線の遥か先にいる『自分』は何も気付かない。
「我輩的には壮大な自然を映したドキュメント番組がいいねー。(ときどきヤマネコさんとか追跡するのがそープリティ!)」
異形の顔面がくすぶり消えた瞬間!! ヌヌ行の下半身が砕けた!!
何が起こったか知らないのだろう。肩を揺すり何か喋りかけた彼女は瞬く間に首だけとなりそして消えた。
「やーよあんなのスッとろい。わたしはコントがいいわ。笑いは心のビタミンだもん」
ブルートシックザールの踵の後ろで。虹色の髪が、螺旋状に捩じれバチュリと爆ぜた。
『してはならなかった』! 悪気はなかったの。わたしはただヌヌを守ろうとしたの。けど残酷な事実ッ!)
戦慄く。いやいやをするように首を振る。
(2人を攻撃し暗黒の空間に閉じ込めたのは……『わたしだった』!!!)
声は響く。響き続ける。将来どんな目に逢うか彼女は知らないのだろう。前方のブルートシックザールは呑気な様子だ。
「だからヌヌあんたもコントみなさいよ」
(マズい! 動揺している場合じゃあない!! わたしは直後振り返る! ボヤボヤしていると見つかる! ヌヌが消えた瞬
間あらわれた怪しい男! 誰だって敵と思う! さっきまでわたしはLiSTの容貌を知らなかったが同じ事! 見つかれば…
…戦いになる!)
「今じゃCDと同じぐらい骨董品だけどさ、DVD貸したげるから。
笑いながら振り返る『前方のブルートシックザール』。彼女は誰も見なかった。
廊下には誰もいなかった。
窓のないそこは昼だというのに薄暗い。一瞬暗黒の無限回廊を見ている気がしてブルートシックザールは全身を正にあ
だ名どおり震わせた。
『LiSTの姿のブルートシックザール』は曲がり角に隠れていた。尻と両手を壁につき激しく激しく息せいていた。
(『影』。攻撃したのはわたし。今ならわかる。あの影はきっと『魂』のようなもの! ソウヤ! そしてヌヌ行の『魂』!!!
いささか逆算的な考えになるけどココに来る前ふたりはどこかに閉じ込められていた! つまりLiSTのレーションには
対象を封じ込める機能があるッ! それでわたしは彼らの魂を攻撃した!! してしまった!!)
驚愕しつつ角を覗く。前半分を失くしたソウヤが消滅するところだった。
全身を汗が流れる。
(マズいわ。わたしはコレからどうなるか知っている。『戦い』! わたしはLiSTと戦う! けどいまのLiSTはわたし! どっち
かがどっちかを斃した場合、無事で終わるの? 許すはずがない! これはLiSTの攻撃。無事で終わる訳……頭痛いわ!)
けど。そろりと階下に向かって歩きはじめたブルートシックザールはこうも思う。
(落ち込んでばかりじゃあ何も解決しないと思うわ。人生に失敗はつきもの! 確かにソウヤたちを捕らえたのは悪いとは
思う。けどLiSTの武装錬金使えたってコトは『解放』だってできるってコトじゃあ? わたしとの戦いだって心がけひとつで
回避できる。だったらむしろハッピー! と考えるべきね)
ウンウン。頷いたブルートシックザールは飛び込んでくる自分の叫びを一通り聞くと、大声をあげた。
『答えられるかどうかは貴様しだいだブルートシックザール』
そして手を動かし『何かを飛ばした感触』を恍惚の表情で味わってからようやく我に返る。
「っ!!?」
「『敵』!? いったいどこ? ヌヌが検索したときココに生物はいなかった。非生物? 自動人形? 単に後から入ってき
……ぶぐっ!!?」
吹き飛ぶ気配。叫び声。角から見ずともわかる。
(壁の破片。あれがわたしに当たった。わたしがいま無意識に飛ばした破片に当たって──…)
口が動く。勝手に動く。ハッと手を当てるが無駄だった。
『武藤ソウヤと羸砲ヌヌ行は『無事』! 誓っていうぜええええ。返してもいいぜええええええええええ!!』
「へー。でもタダって訳にはいかないでしょね〜〜〜。すでに一撃かましてくれてんですもの。条件は何?」
『要求は1つ!! 『こいつら解放したかったらライザウィン様の肉体になれッ!』だ!!』
(な、なに? どういうコト?? なんでわたしがわたし自身を脅迫するの? 口が無理やり動く……。けどまだ馴染んじゃ
あいないみたいね。どっかわたしっぽさがある。…………『最初だけ荒かったLiST』。謎は解けた。わたしが馴染んでいな
かったせい。けど。解けはしたが新たな謎が生まれてきた。『何故』? わたしがLiSTなの? いつから? 視線に違和感
が生まれたのは美術室を出たあたり。玄関だと思って飛び込んだ扉が美術室に繋がっていたあたりから──…)
手は動く。自動で動く。何かが飛ぶ音がするたび自分自身の苦鳴が響く。
そして。
やがてブルートシックザールは自分自身に見つかり、撃ち合い、逃げられた。
玄関をくぐり去っていく後ろ姿をただ茫然と見送った。
(り、理屈でいきゃあ今ごろあのわたしは少し前の美術室をウロチョロしてる筈。けどじゃあこのLiSTの体は何? とにかく、
身を潜め──…)
熱ぼったい射線が体の左半分を通り過ぎた。言葉も出ないままそこを見る。炭と化している部分があった。けれどそれは
一番の軽傷だった。大部分はカタチさえ残さず消えていた。並列つなぎの電熱線にとろかされた発泡スチロールより呆気な
い最後だった。
「やあ。やっと逢えたねえ奇術師君。おかげでいろいろ恥をかかされたよ」
「………………」
振り向く。羸砲ヌヌ行と武藤ソウヤが佇んでいる。前者からは虹色の、後者からはシアンの、光輝く靄がそれぞれ立ち上っ
いた。殺気。隠そうともしない殺気。スマートガンと三叉鉾の照準が迷いなく自分を狙っているのに気づいたブルートシックザー
ルは心の中で泣き叫んだ。
(待って!! わたしはここ!! LiSTの中にいるの!! やめて!! 撃たないで! こ、殺さないで!! 死ぬのは)
嫌。という言葉にかぶさるように叫び。「滅日への蝶・加速!!」。右肩に炸裂した圧倒的な衝撃は右肺のみならず心臓を
爆砕した。仰け反った口から噴水のような血が上がり天井を濡らす。叫ぶ暇もあらばこそだ。ばっと左に跳躍したソウヤの
陰から直径50cmの光線が迸りLiSTの章印を貫いた。
……。
…………。
………………。
「どうですぅ〜〜〜。お仲間にやられた『絶望』は?」
目が覚める。暗黒の空間だった。うすく発光するLiSTを見た瞬間、ブルートシックザールは逆上しかけたが敢えて抑える。
「……説明しなさいよ。何がどうなってんの? さっきの体は『誰の』?」
おそらくブルートシックザールのものを幻覚か何かで変えたのだろう。そう思い聞いた彼女に飛び込むのは意外な答え。
「『わたくし、LiSTのもの』。クローンじゃないんですヨ。幻影ともね」
「なんですって……?」
「つまりあの体を破壊すれば、ブルートシックザールさん。貴方の勝ちです」
跳ね起きる。ココでやっと自分が元の姿と気付いたが本題ではない。
「スッ、スッとろい事ぬかしてんじゃあねーわよッ! 仮にそれが本当だとしてテメー! なんでわざわざ教えやがる! 黙っ
てりゃあ済む話でしょーが!!」
「おやあ? ブルルさんはまだわたくしのコト理解して下さってないようですねェ」
LiSTは腰の辺りで手を組み、カツカツと歩きはじめた。
「敵に自分の体を乗っ取られる!! ひどく絶望的ッ! だからこそイイんです!! 希望とは絶望から生まれるもの!!
『もうどうしようもないんだオシマイだ』、逃げたくなるほどの絶望を超えて初めて! 人は真の希望を味わえるのです!!」
金切り声をあげながら自分の体を抱いてみせるLiST。左脇腹のあたりから夥しい血が流れている。
「誰かに救われるだけでは不十分!! 心が希望に対して不活発です。本質も根幹も何も変わらぬままただ希望を貪るだ
け……わたくしを救って下さらなかった人類どもが正にそれ。ま、いまさら彼らに救って欲しいとは思いませんがね!」
ウロのような笑顔で舌を出し笑いたくる。出血は増す。そのたび皺の深い顔が蒼黒く染まっていくが声は一切衰えない。
「肉体を預けるっていうのはスゴい希望だらけの発想じゃあないですか!! 貴方様が勝てば貴方様が襲撃を乗り越えたと
いう希望が味わえるッ! だって肉体貸してるんですからね!! すぐ間近の特等席で味わえるなんてチョーいいね最高じゃ
あないですか!! 逆にわたくしが勝ちィ〜〜〜〜! 無事肉体を取り戻すコトができても良し!! 天運が希望を与えて
くれたという幸福感に浸れる!! ンッ〜〜〜〜〜!! どっちに転んでも美味しい思いができるのですゾクゾクしまぁす!!」
(な、なんていう執着なの…………。『希望』。誰だってそれは求める。わたしだって求めている。ライザを斃そうとするのはその
先を求めているから。灰みがかった蒼い吹雪を抜けた先にある『そよ風』。そよ風の吹く暖かな草原を誰だって求めている。
けどコイツは……LiSTは異常よ。異常すぎる。自ら真冬の南極点に飛び込んでおきながら春を願ってやまない矛盾がコイツに
はある。暗黒ながら克己を孕む螺旋精神! おぞましさの根源を垣間見たわ!)
ぞっとしながらも冷えた脳髄は別なコトに気付く。
「大口叩く割にゃあ体の損壊具合がちぃっと足らないんじゃあないの? さっきわたしはヌヌに左半身溶かされた挙句章印を
貫かれた。ソウヤに右半分ブッ壊されるオマケつきよ。そこで死んでりゃあわたし視点の『希望』ってのが味わえたんじゃあ
ねーの?」
とんでもない。LiSTは首を振った。
「とりあえず能力の前提条件からお話しましょう。わたくしの武装錬金の切り札の1つは『永劫戦闘』。ある条件下で捉えた
敵を死ぬまで永劫、戦わすコトができます」
「……その条件っつーのは?」
「お答えできません」
「いいから教えなさいよボケ。どんな状況でつかまったら発動すんの?」
「お答えできません」
「発動条件いいなさいよコラッ!」」
LiSTは流した。
「対象の魂のうち、敵、つまりわたくしの肉体に憑依させられる分は最大で50%。閉鎖空間を脱出……このお屋敷でいえ
ば玄関のドアを抜けた時点で持っている魂の50%がわたくしの体に入ります。そしてわたくしの肉体にフィードバックされる
ダメージは……魂の割合と比例します」
「つまりこう言いたい訳ね。あんたの肉体に入ってたわたしの魂は全体の……『半分』。だから例え死のうが半死で済む、と」
「ええ」
「攻撃が通じなかったのはなんで?」
「貴方様ご自身が傷つくのを望まれなかったからです。種明かしをするとですネ。ご自分でご自分を殺めてもいい……目的
のために自ら命を捨てる『覚悟』さえあれば貴方様の攻撃はなんであれ通じたのです」
(そーいやLiSTを壺やら破片やら突っ込ますとき少しだけ思ったわ。『巻き添え食らってもいい』。だから通じたわけね)
「わたくしの武装錬金内部は、そういった願いや望みが若干叶いやすくなっております。ヌヌさんがわたくしに扮した貴方様
を殺せたのも『寝顔とかいろいろ恥かかされた懲らしめてやるッ!』というお気持ちが強かったからですねえ。もっとも手加
減はされてたようですヨ? 火力が強すぎるせいであんなコトになってしまいましたが」
「あのバカ……」
顔を抑え俯く。心底頭が痛かった。
「まあもっとも、『大義のためなら命も惜しくない』。そんな勇敢な戦士の方でも危ういですがねえ。何しろご自分の魂がわた
くしにあるのを知ろうが知るまいが全力で攻撃しガンガン殺して下さる!! そのつど自らの魂が削られているのにも気づ
かず何度も何度も戦い続ける!! 散った魂に説明はしておりますヨ〜〜〜。すると儚くもまだつながっている魂すべてが
本質を理解するのですが!! ギィヤハハハ!! 戦ってわたくし斃す方が早いってんで遠慮なく突っ込んできます!!
そして自分を……殺す!! いいですヨ〜〜〜〜!! 死にながらもそれが希望の道だと確信し最後の最後まで戦いぬく
方!!! 尊敬に値します!!! 見ていて気分が晴れて大好きです!!」
笑い声の中、寒気を感じる。手を見る。元に戻った手。細い手が一瞬ジジリと電子映像のような歪みを見せた。そしてみる
みる透明になっていく。
「さあ魂の半分が死ぬお時間です!! 説明したのは永続させるため!! どういう形でもいい、対象の魂に特性を説明する!
それが条件!! 発動条件とは別に設定された条件! 果たしましたヨ〜〜〜〜! 或いは残り半分に仕組みが伝わった
でしょうが……抜けれる術はありません! さっき逃げたあなたは今頃わたくしになっているでしょう!! 戦いを選ぼうと選
ぶまいと結果はおなじ! いつか復帰したヌヌさんたちに殺される定め! そしてどんどん半減しゆく魂!!」
「避けたけりゃあ大人しく従えってカオね。結局人質云々はブラフ。わたしを永劫戦闘に放り込むための方便。逃げればよし
逃げなくてもよし。頭痛いわ」
「ほほほ。相手様の心情如何に関わらず目的を達成するのが、希望ですから」
「ライザの肉体になる。一言そういやあ武装錬金を解除! 無限獄から解放してくれるっつー寸法?」
「そうです!! いずれにしろ貴方様は死にますがだったら苦痛の少ない方がまだ希望が──…」
LiSTの声が俄かにトーンダウンしたのは笑いを見たからだ。ブルートシックザールは笑った。いまにも消えそうな半透明の
魂魄のまま笑った。
「なるほど。玄関入ってすぐにあった『血』。あれあんたのだったのね。てっきりチメジュディゲダールのものだとばかり思ってた」
「……!?」
「スッポンの生血ってあるわよね〜〜〜。誰が飲むんだオウェって感じだけどさあ、天井の血はあんたなりに料理した、LiS
Tの生血っつーレーションね。それブチ撒けたわけね」
「いったい何を?」
「あんたのいう『永劫戦闘』の発動条件よ。『レーションを食べる』。考えてみりゃあなんてコトねーシンプルな奴だがだからこそ
分かりづらいわね。で、あの血は新鮮だった。迂闊だったわ。確かめるためとはいえ、それ呑んじゃったもん」
「さすがご理解が早い。どうやって突き止めたかは聞かないでおきましょう。食べた以上どうしようもないのが永劫戦闘ですので」
ふぅ。大きく息を吐くとブルートシックザールは肩を竦めた。
「どうしようもない? あんた今どうしようもないつった? オイオイオイオイちょっと待ってちょうだい。さっき絶望がどうこう言ってた
割にずいぶん軽いじゃあないの。理解って奴がいささか軽いんじゃあないのあんた」
「といいますと?」
「わからない? わたしはあんたのいう『どうしようもない』攻撃に嵌り込んでる。いままさに魂の半分が消えかけてる。半分ったら
そりゃあフツー絶望よ。わたし死ぬの怖いから寿命半分なんざおぞましブルルよ。なのに平然としてるのよおかしいとは思わない?」
執事然としていたLiSTの目が薄く見開かれた。
「わたしってさあ。頭脳戦嫌いなわけよ。敵の攻撃かいくぐって手がかり得て逆転するっつーアレ? 2部じゃあよくあって大好きだけ
ど、ほら見るのとやるのって違うじゃあない。むしろ自分にゃあ一生出来ねえって思うからこその『憧れ』よ」
「……貴方様から激しい希望を感じます。とっても喜ばしィーーーーーーーーー! ですが、なぜ?」
ブルートシックザールは立ち上がり腕を組む。
「なぜ? なぜっつった? わかんない? わたしを捕らえておきながらわからない?」
どこから取り出したのか。右手の先で暗青色のシャープペンシルが1本、くるくる回った。
「マジにスッとろいわね〜〜〜〜〜〜〜〜あんた。希望に満ちてんのはよーするにさぁ」
ピッと腕を伸ばす。
コモンタクティカルピクチャー
「共通戦術状況図(CTP)! 『ブラッディストリーム』ッ!」
叫ぶ少女の1m先で橙の光線が生まれた。最初1本だったそれは倍加しそれぞれ上下に広がった。両辺の間になにや
ある。首を伸ばし眼を開くLiSTの視線の先で、その「なにや」めがけシャープペンシルが埋没した。光がたゆたい模様が揺
れた。「なにや」は図案だった。素気ない線と記号で構成された図だった。建築をかじったものなら見取り図だと速攻で述べ
る、ありふれたものだった。
「あ……ぐ……!?」
痛苦の叫びは爆音の後に来た。およそ直径3mのシャープペンシルが、アルジェブラ=サンディファーでもない限り
容易く壊せぬレーションの暗黒外殻をステンドグラスのように容易くブチ破りながら突入しLiSTの左半身を消し飛ばした。
勢いの赴くまま、壊された方とは反対にある壁に叩きつけられたLiSTは、自身の武装錬金の破片ごときり揉み叩きつけ
られた。それだけでは足らず血しぶきを撒きながら何十回と無理のある後転を繰り返した。
「ば……馬鹿な!! これほどの攻撃力を……『馬鹿な』! なぜ今まで使われなかったのです!!?」
「武装錬金相手だとさあ、『攻撃』、一度喰らわなきゃあダメなのよ。特性に対する『実感』ってのが必要な訳」
レーションの空間を抜けたブルートシックザールには何の余韻もない。軽く辺りを見回し「玄関ね」とだけ呟くと、本棚の
辺りで鼻血を出ししゃがみこんでいるLiSTめがけ歩き出す。
「しかも戦ってる場所の『地図』が必要。本来はさっき出した自動人形であちこち調べて描く訳よ。ま、ココは見取り図あった
からいいけどさあ〜〜〜。ヌヌが敵いねえっつーからつい調べるの忘れてた。おかげであんたと出逢ったあと慌てて探す羽
目になったわ」
今度はカッターナイフを取り出した。
「ま、使えばだいたいのヤローは瞬殺できるからいいけど」
6本はある。両手の指に三本ずつ挟み、顔の横で、肩の前でそれぞれ例のオレンジ色の光図案に突っ込むと、はたして
轟音とともに巨大な刃が飛び込んできた。
「絶望ッ!! ぜぇぇつぼおおおおおおおおおおお的な攻撃ッ!! ギィヤハッハッハハバブバアッババアアアアア!!!!
いい!! 防げばきっと希望ッ!! マッシュルームパワーアアアアアアアアアアアアアア!!!! 全力です!! 全力で
防御をオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!」
LiSTを中心に銀色の缶が展開する!! 最初1つだったそれはマトリョーショカのように2つ、4つとどんどん倍加した!
うねりを上げ殺到する刃!!
「『128層』ッ! ヌヌさんのアルジェブラ=サンディファーの全力に耐えられる防御!! 巨大化したといえ所詮もとはただの
カッターナイフ!! 凌げない道理など──…」
サクリ。
「へ……?」
リンゴでも切るような気安い音。気の抜けた声はもちろんLiSTのものである。
「ほんとスッとろい。理解足らないわね」
ベールの少女は腕を組み頬に手を当て囁いた。
「ただ巨大化させてんじゃあないわよ。媒介の『次元』って奴をグンと引き上げてる。さっきのシャーペン。コンビニで売って
るよーなシャバイ文房具がアンタ(ホムンクルス)に通じた時点で気付いとけって話よ。マヌケ」
「ぶげっ」
無数の缶が砕けた。LiSTの体は滑り込んでくる銀の刃にスライスされる。魚肉ソーセージをナイフで斬るより無造作で
容易い攻撃だった。
「そーいやさっき聞いてたわね。頤使者(ゴーレム)としてのわたしの能力。中核をなす『言霊』。その正体に」
「はぐぐ……。ぶしゅるぐあああああああ」
下顎を切断されたLiSTはただ血のあぶくを奇声とともに洩らすほかなかった。
「『高次な存在』……。この館の主・チメジュディゲダールが唱えた近似世界競合説って知ってる? 世界はいくつもあるの。
世界の数だけ戦いがあるの。なかには世界が寄りあい、戦いの質を競う地帯がある。そのジャッジこそ『高次な存在』。
戦いに感奮すればするほど奴らは大いなるエネルギーを世界に返す。世界って奴を発展させる。引き上げられやすいの
は声と音。色がつき動きが研ぎ澄まされるのはごく一部。高次な存在の中でひときわ優れた連中が再現する場合もある。
あまりウケないけど」
「ば、ばざが……」
「先祖代々わたしの家系はその能力を秘めていた。『ヌル様の傍系』……それはずっと。だから王の軍勢に狙われた。
よって武装錬金の特性はッ!」
周囲に自動人形が数体。正面に電光の図案。
それらを侍らせたブルートシックザールはあらゆる関節を奇妙な角度に曲げた立ち方──とても奇妙な立ち方だった──で
高らかに宣言した。
「『次元俯瞰』!!!!!! この世界、この次元をまるでマンガでも読むよーに見下ろすコトができるッ!!」
「反則だな……」
声はLiSTのものではない。振り返る。武藤ソウヤが立っていた。階段を降り切ったばかりという様子で最後の一段にまだ
左足が乗っている。
「お。無事……にはちょいと見えないわねえ。服もマフラーもボロボロ。ダメージはねえが疲労の限界ッ! って奴ね」
白を基調とした服はあちこち焦げや破れが目立つ。御自慢のマフラーも虫が食ったようなありさまで心持ち短く見える。
”虫の腸の筋で繕ったらどう?” そんな申し出をあっさり却下したソウヤの後ろから
「あー。なるほど」
気の抜けた声。法衣の女性……つまり羸砲ヌヌ行が納得したようにうなずいている。
「(我輩やLiSTの心読めたのはその次元俯瞰とやらの恩恵だね?)」
「ま、そんなトコね。建物とか地形を詳しく見るには『地図』が必要。できあいの奴でいいわ。ない場合、自動人形であちこち
調べて測量して描く必要がある。でも人間の場合は少しカンタン。レントゲンとかMRIの断面図みりゃあ済む」
「(我輩の場合はアレですか。誕生に関わったらしいですからその関係で?)」
「そ。ヌヌの体なんてとっくの昔に把握してるから、俯瞰して、それこそマンガの登場人物のモノローグ読むように考えを
読める訳。あんときLiSTの心読めたのはわたしの魂が同居してたせいね。繋がってた。魂が無意識に教えてくれた」
「(そ、その時点で敵の能力に気付けていたら良かったデスねブルルの姉御。う、うへへ)」
「……ってなんで敬語なのよあんた?」
「(だって私ッ! 心読まれるの恥ずかしいもんーー!! うわーーーーん!! やっぱ天敵だったよお!! 初めてできた
女のコのトモダチなのになんで天敵なのよーーーーーーーーーーーーーっ!! チクショーぐれてやるぅ!!)」
内心のヌヌ行はそのままピョロローっと柱の陰に逃げ込んだ。そしてドキドキした顔のまま顔半分覗かせている。
様子うかがうんじゃあない、頭痛いわ。青ざめた顔でこめかみに手を当てるブルートシックザールにソウヤは問う。
「世界を見下ろせるというなら、ライザウィンや……ウィルの所在なんて簡単に」
「把握できるんじゃあないか? あんたはそういいたいんでしょうけど、ムリね」
「なぜ?」
「世界全体を見下ろすコト自体はできるわ。世界地図あるし。けど細かいところまではわかんない」
「つまりアレか? 『航空写真拡大しても人の顔までわからない』」
「おおおおおおおお! ソレよソレソレ!! あんたなかなか切れ味のある回答ってヤツすんじゃあない頭痛いわ! いや
この頭痛いわは感動のあまりって奴よスゲーわソウヤ。見直した見直した。まじ尊敬!」
手を取り、ブンブン握手をする少女に彼は困り顔。
「だから細かい場所に関しては地図が必要……と」
おずおずと歩み出てきたヌヌ行は真赤な顔だった。法衣の、太もものあたりの生地を両方ぎゅうっと掴みいまにも泣きそう
なほど目を腫らしていた。
「来やがったなヌヌ公!! どぉれさっそく心って奴を読んでやるぜケケッ! さっき殺された恨み! 恥ずかしがりやがれ!」
「(しちいちかかさん、しちにかかろく、しちさんしじゅうのに、しちしごじゅうのご……)」
「読まれたくねーからって割り算九九やってんじゃあねーぜてめえはよォーーーーーーーーーー!!」」
と叫んでから真顔になり、ブルートシックザール。
「わたしのご先祖・ヌル様の真の能力はコレだった」
『高次な存在』。兄のようにマレフィックアースを憑依させるのではなく、うねるアースの奔流を『ひときわ高いところから』見
下ろし、ひっつかみ、容易く扱える能力。あまりに高く、優れすぎていたため旧態依然の老人どもは気づきもできなかった。
わたしにもヌル様の血が流れている。……もっとも、だいぶ薄まったから」
「ご、ごぼでぶで」
「そ。頤使者(ゴーレム)の言霊で補強してんの。黒い核鉄も役立ってる。アース。この世界。ただの肉体じゃあ巨大すぎる
次元に耐えられない。そして武装錬金。すぐれた精神の具現。この3つを高次にする事でわたしは──…」
「賢者の石に近くなり」
「はからずも、ライザウィンに狙われている、か。(くろくかかろく、くしちかかしち、くはちかかはち……)」
「とにかく」
頭にローラーを当て、ブルートシックザールは呟いた。
コモンタクティカルピクチャー
「共通戦術状況図(CTP)の武装錬金、ブラッディストリーム。それがわたしの能力」
「俯瞰した図案はあたかも魔方陣のように展開可能。そこに加えた攻撃はまったく『次元違い』の威力にまで昇華できる」
「シャーペンやカッターナイフでさえLiSTを圧倒したわ。いわんや武装錬金……」
「俺のライトニングペイルライダーや
「我輩のアルジェブラ=サンディファー」
「なら軽く見積もっても惑星破壊レベルにできる。通常攻撃の話よ? 超必殺技ならどーなるって話よ頭痛いわ」
ヌヌ行の述懐。
「それを聞いたとき我輩は思った。『じゃあもう負けなしだやったぞ』と。けど……ライザウィンはもっと強かった。ブルート
シックザールの助力を得てやっと生き延びるが精いっぱい。マレフィックアースの恐ろしさ…………痛感したよ、つくづくね」
2013-04-29 10:25:45 | SS
「ふ、服もマフラーもボロボロ。ダメージはねえが疲労の限界ッ! って奴ね……」
「? さっきも同じコト言ってたぞあんた。大丈夫か?」
やや心配そうな顔をするソウヤからブルートシックザールは視線を逸らす。
「ええとよ。その、ヘンな質問していい? えっとよ。さっきは戦闘中でカーっとなってて気づかなかったけどさあ、もしかして……」
歯切れは悪い。緑の唇の下に手を当て決まりが悪そうだ。
「そんなボロボロなのって、ひょっとするとだけど、その、わたしを助けるため……無茶したせい?」
「ああコレか。気にするな。オレが勝手にやったコトだ。誰のせいでもない」
ブルートシックザールは一瞬目を見開き、俯いた。表情は前髪に隠れ見えなかったが
(あ……。弟さんと被って見えたんだきっと)
先ほど聞いた来歴が過りヌヌ行は少し悲しい気分になった。庇われる、命を救われる。普通の者なら素直に感謝できる
だろう。ブルートシックザールは違う。姉を救い昏睡した弟に冷淡を催し苦しんだ過去がある。忌まわしい記憶は誰かに
助けられるたび刺激され黒い腐汁を分泌する。助けるため幾度となく頑健なる空間に突貫し反動で傷ついたソウヤほど
苛むものはないだろう。
”わたしのためにこんな傷を”などという分かりやすい罪悪感ではない。根はさらに深く……過酷。
(助け合うってコトじたいがすごく辛いんだ。癒されたり和んだりするたび、絆が深まるたび、「でも自分はいつか見捨てるん
だ」って思ってしまう。未来に芽生えるかも知れない不確かな罪悪感を想像して、責める。いまはソウヤ君の何をも憎んで
いないのに……)
パピヨンの弟子だったのはある意味相性がよかったのだろう。他者を平気で見捨て、見捨てるコトで品位が却って向上
するほど尖った自意識の持ち主だからこそ一緒にいられた。安堵が憧れを併呑しながら巡っていた。
(武装錬金が補助向きにも関わらず助け合いは怖い。皮肉だよね。あ、でもひょっとしたら『助け合いたい』っていう本心、
心の奥底にある密かな願いのあらわれなのかも?)
ブルートシックザールはまだうつむいているが幽かに怒気が感じられた。う。ヌヌ行は息のみつつ思い出す。
(そういえばブルルちゃん私の心読めるんだった!! 次元俯瞰の下にあるんだよわたし)
のちに聞いたところによると、例の前世、ソウヤをパピヨンパークに送った人物を転生させる際、相当の改造を施したら
しい。遺伝子操作、魔術、呪術、催眠術に錬金術……あらゆる術法を次元違いに昇華した結果生まれたのがヌヌ行だと
いう。アルジェブラ=サンディファーなる時系列を開闢から終焉まで貫く桁外れのスマートガンは自然に生まれたのでは
なく、ブルートシックザールという並外れた存在の助力あらばこそ発生したのだ。
(だからわたしの心は読まれちゃうッ!! 読者が漫画の「。o ○」がついてる吹き出しの中わかるように読めちゃう!!)
普通そういう『さとり』的な能力者は気味悪がるものだが、そこはむかしイジめられたヌヌ行、否定がどれほど相手の心
を抉るか熟知している。形質1つ理由にやらかす迫害がどれほど醜いかも知っているし嫌っている。……のだが、イジメ
ゆえに未発達な精神を、努力で成熟させた美貌と知性で糊塗し表に出さぬウソつきだから恐れてもいる。本心を覗ける、
天敵といわず何といおう。なのに友誼は感じているからややこしい。初めての女友達で妹みたいで(もっとも実年齢は
ブルートシックザールの方がはるか上、祖母どころかご先祖様級の隔絶がある)とても好きだ。でも……怖い。
(うぅ。分かってるよぉ。読まれて困るコト考える方が悪いって!! ブルルちゃんのコト嫌いじゃないけどなんていうかその!
本音なにもかもぶっちゃかすのは恥ずかしーーーーーーーーーー!! きゃあーー!!)
内心のヌヌ行はもう右往左往だ。空間に開いた吹き出し的な窓枠を右に左にフレームアウト、瞳は対峙する不等号、ほん
のり赤い頬2つにそれぞれ手を当てドタバタと、駆けずり回る真っ最中。
(あ!! そうだ解決閃いた!! ソウヤ君が傷ついたのが辛いんだったら私が治しちゃえばいいんだよ!! アルジェブラ
の時空改竄ならそれ位カンタン!! おーー。我ながらナイス名案!! いっそこう、助けられたって事実そのものを無かった
コトにするのも手だね。うん。それならブルルちゃんも傷つかない)
時空改竄を行うとき、ヌヌ行は半ば幽体離脱めいたコトをする。現在立っている地点にある肉体はそのまま、霊魂の一部だ
けをかつてソウヤといった時空の最果てに飛ばしアルジェブラを操作する。屋敷の捜索にあたり実行した光円錐の検索もま
た同じである。さてやろう、天めがけ半透明の目鼻立ちとシルエットを残像のようにせり出したヌヌ行が一瞬の微笑を経て
肉体に引っ込んだのは、
コモンタクティカルピクチャー
「共通戦術状況図(CTP)の武装錬金! 『ブラッディストリーム』ッ!」」
展開した魔方陣にブルートシックザールが無数の包帯や傷薬を叩きこむよう投げ入れたからだ。
箱やビニールの円筒、薬液の入ったパック、それから布地や針に糸、洗剤と柔軟剤のボトルエトセトラ……雑多な品々
を構成するさまざまな色や文字が目まぐるしく流れ溶け合い虹を描き……消える。
武藤ソウヤにまとわりつく傷は総て消滅した。衣服さえ新品同様に回復した。
「? さっきLiSTを倒した特性……? それがなぜ回復を──…」
目を剥く少年の肩をポンと叩いたのはヌヌ行。
「攻撃するだけが能じゃないのさ。回復だって次元を超えた段違いに昇華できる。さっき調べたからね。屋敷は次元俯瞰の
下さ……。だよね。ブルル君?」
本心の稚さがウソのように──いや、まさしくウソだった。悠然たる平生の外貌の何もかもウソなのが羸砲ヌヌ行なのだ
──知的に笑う虹色の髪にベールの少女は鼻白む。
「スッとろい癖に理解力だけ持ちやがって頭痛いわ。そうよ。包帯は切断された首さえ治療できる縫合具に。傷薬は細胞の
壊死すら覆せる培養液に……布は熟練の仕立て屋、洗剤は高級クリーニング、とにかく次元違いに引き上がる訳」
「ずいぶん応用きくんだな。ありがとう」
感心したように呟くソウヤはペコリと頭を下げる。寸前うかべた表情はいつものごとく精悍、若き猫型肉食獣のように引き
しまってこそいたが、眼光はどこか温かい。
それを見たブルートシックザールは口をモニュモニュさせた後、ヌヌ行の胸倉を掴みめっちゃ間近でこう囁いた。
(コレで借りはナシ! あんたに助けられるのイヤだからやったッ!)
(あーと。なんかゴメンね。させちゃったようで)
(つかヤッベー。どうしよ)
(?? どしたんだい?)
(ソウヤのコトよ!! 逢った頃は何とも思ってなかった容貌さえ今じゃまるでブラッドピッド! って感じ)
(あー。助けられたからねー。うんうん分かる分かる。ボロボロになってまで助けてくれた男のコ!! 女のコなら誰でも
みんなグッとくるよ)
(スカタン!!)
(痛っ! 何で殴るのだよ! ポカって音であまり痛くないけど!)
(スッとろいわね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! 恋敵が増えかけてるコトに何故気付かねえのよ!)
(はっ!!)
(やっと理解するとか本当このコはもう。ああマジにスッとろい……)
顔に手をあてコキリと俯くブルートシックザール、落胆のしようといったら背後の空間がごく暗い青紫みの黒に染まるほど
だ。不揃いな漆黒の線分が何本も出た。上下にゆっくり揺れ動く青白いヒトダマもありヌヌはその前でオタオタと首を振った。
(え、ブルルちゃんがソウヤ君を……? マジかい? どどどどどうすればいいんだ、我輩的にはソウヤ君さえいいなら応援
するのもやぶさかじゃあないが、ささささりとて失恋は怖い訳で、かといって力づくでいろいろ排斥するのは嫌だし……)
(つくづく幼稚な奴ッ! 嫉妬に狂わねえのは立派だが!)
ブルートシックザールは深く細く息を吐いた。呆れている……遠めのソウヤさえ分かるぐらい呆れていた。もっともその原因
が自分だとは気付いていないが。
(なになになにヌヌお前本気でお前そーゆうコト言っちまってる訳ッ!?)
(うん)
(カァ──ッ!! 美人ゆえのアンビリバボーってのを目撃したわ!! マジ信じられねーぜ頭痛え。あんた、ヌヌあんたさ
あ、恋愛に激しさ求めるタイプにゃ絶対モテない)
内心のヌヌ──次元俯瞰のブルートシックザールだからこそ可視可能だった。角が最低でも5つはある歪な矩形の吹き出し
のなか騒ぐバストアップ、スーパーデフォルメの知的美人は共通戦術状況図の持ち主にしか見えなかった──はカチンときたようだ。
両拳を高く持ち上げた。頭はおろか枠さえ超える勢いだった。
(むっかー!! モテないだってこのヤロー!! 私統計じゃね、いい、私統計じゃね! そーいうタイプにはこれまで28回
告白されたよ!!)
(……なにあんた告白されるたびメモでも取ってんですかァ〜〜? それって性格悪くねーですかァ〜〜〜)
(んにゃっ! 記憶してるだけ! アルジェブラの使い手だよ? 記憶力はいーの!!)
腰に手を当てシャキっとする内心ヌヌ。得意気だからこそ稚い。
(高いスペック無駄遣いしてんじゃあねーっつーかズレてるわね。ヌヌあんた激しい恋愛ほんとうは嫌いでしょ)
(うん!! だから恋人いないよずっと!)
今度は誇らしげに胸を張るヌヌ行。その幼さとは対極の質量がぶるんと揺れた。
(激しいのはドロドロしてるから嫌!)
(……なんかエロいわね)
(エロいね……)
ふたりして一瞬赤面するがすぐ再開。議題:激しい恋愛について。
(だってさ、恋敵にヒドいコトする人のせーでめっちゃイジめられたもん!! そんなんするヒトになるぐらいなら幼稚でいいもん)
(わかったけどさ、あんた重大な事実忘れてない?)
囁く。ヌヌはしばらく考えてからギャース。デフォルメの白眼を剥いた。
(とととというか君がソウヤ君好きになったというのは確定なのかい!?)
(ええい喰いつくんじゃあねえわよ恥ずかしい!! そ、そりゃあ『いいかも』とは思うわよ、坂のてっぺんから転がる雪玉の
ように好意って奴が加速度的にデカくなってる最中、2部好き的にゃマフラーつけてんのもツボだしさあ……。ってあんた何
まっちろくなって魂吐いてんのよ?)
(ウ、ウフフ。気にしないで……。あ〜〜〜。私ダメだ……。中村剛太さんがどんな気分だったか理解しつつあるヨ…………。
先に出逢ったのにナー。生涯この人だけって思ってたのになーーー。ダメだやばい絶対負ける)
(なんでそーいう話になっちまうんだこのお方はよォ〜〜〜。どういうアタマの構造だ?(手書き))
(ブルルちゃんめっちゃ可愛いもん。大人って感じだしカッコいいし)
(……そう?)
キョトリとするブルートシックザールだが満更でもなさそうだ。前髪をいじりながらややはにかんだ顔でヌヌ行を見上げる。
(うん!! フランスのスーパーモデルかってぐらい整った顔立ちでスタイルもシュっとしてスレンダァ! それになにより小娘
にゃない気品ってのがある!)
(うわヤッベ。そーいう褒められ方すっと嬉しいじゃあねーのよ。今まで美人だなんて言われたこっちゃねーし中身こんなんだし
さぁ〜〜〜。オセジだとしてもマジに嬉しい)
薄紅の差した両頬を隠すように両手を当てモジモジ体を捩らせる少女と裏腹に法衣の女性(ひと)は、うかない。
(そんなブルルちゃんが相手だもん。小学校4年の初恋と一緒だヨ、負け確定。私、恋愛じゃ一生勝てないタイプだ……)
(だから『好きになるかも』って話よ。つかそもそも予想外だから浮ついてんのよわたし。そうよ、ヤバくなったら見捨てるってんで
近づいた男がそのへん意に介さず身を呈して助けてきたから思わぬ展開って奴でグラついてんのよ)
(ほ、ほんとう?)
(ええ本当よ、本当にしてやるわよ。あんたがソウヤ好きって逢った瞬間理解したわたしがイキナリしゃしゃり出るとか倫理的に
言って有り得ないわ頭痛いわ。すでに見捨てると公言してる以上、それ以上は誠実であるべきよ、余計な不貞は失くすべきよ)
輝くような笑みでヌヌ行はブルートシックザールの右手をとりブンブン上下に動かした。
(すげえブルル君。なんかめっちゃ大人を見たよ)
(でもヤッベ。ヤッベ。ねえわたしの顔大丈夫? 赤くなってない? なんかこう黒い核鉄の下で心臓がバクバク言ってるんだけど)
(ちょ、ちょっとうっすら紅いね。ででででも怒って興奮してるってコトにしよ。ね)
(お前ときどき「神かッ!」ってぐらい物分かりイイよな〜〜。そーいうトコ好きよ(手書き))
(出たよ手書き文字出たよーーーーー!!)
そして2人は動き出す。
「わーーーーー。ブルル君、顔が紅いのは興奮してるせいなのかいーーーーーーーーーー?」
「そうよーーーーーー。頭痛いわーーーーー。コレは『怒張』って奴よおー。ヌヌのヤローが怒らせるからこうなったーーーーーー」
などと大仰な身振り手振りを交えつつ棒読みした彼女らはそのままピトリと止まった。なにがなにやらわからない。そういう顔の
ソウヤが「あの……」と身を乗り出した瞬間、
「……ありがと」
「はいっ!?」
彼は硬直した。まったくなにがどうなってるか理解できていない様子だった。腕組みをし、顔だけ全力で明後日の方へ向け
苛立ちと羞恥の混じった高い声でつんざくブルートシックザールが理解不能だった。
「そもそも羸砲、怒らせるってなんだ? あんた何をしたんだ? 殴ったのは見えたが何か軽かったし、そもそも言い争って
るようには見えなかったぞ……」
疑念の眼差しがヌヌ行に向く。が、ブルートシックザール素早く射線上に立ちはだかる。何気ない仕草だが友情を感じヌヌ
行はほわほわした。
「わ!! わたしを助けようとしてくれたんでしょっ!!? 見捨てても構わないっつーのにわざわざボロボロになって!!
ココでお礼言わねーのは『オメー人としてそりゃどうなんだ?』っつー感じだからさあ!! 言うわよお礼ぐらい!! 悪い!!
包帯の件とかいろいろありがとうって謝辞述べちゃあ悪い!! 不愉快ッ!?」
怒濤の言葉に眼を白黒させるほかなかった。ソウヤ視点でいえばブルートシックザールはまず動揺し、消沈し、しばらく
ヌヌ行と何やら囁き合ったあと突然棒読みで何やら喚きそして謝礼だ。まったく脈絡がない。武藤カズキと津村斗貴子の血を
継ぎパピヨンに育てられたいわばサラブレッドなソウヤでさえ真意は掴みかねた。むしろ理解できる方が異常であろう。
羸砲ヌヌ行述懐。
「ブルル君は何というか、素直じゃあない。ウン。そうだね。素直じゃないタイプらしい。言動はあちこちスレてるけど根は
悪人じゃあないようだ。何といっても小札零の子孫だからねえ。むしろ善良すぎるがゆえ空回っていたのかもだ」
で、「礼いったり謝ったりするの意外」というのをソウヤとヌヌがそれぞれの文法で修辞しつつ伝えると、ますます彼女は
のぼせあがった。
「うっせーー!! 弁えちゃあ悪い頭痛いわ!! あんたらを利用してめえだけ生き延びようとしてる奴が、助けにきてくれ
た連中に難癖つけてがなり散らす! 到底許される行為じゃあねーわ!!」
そして本当はヌヌ行を「あんな軽いんじゃなく全力で殴りたかった」という衝撃の告白をした。
「え! なんで!!?」
「最強クラスの武装錬金持っていながらLiSTごときの不意打ちで開幕そうそう戦闘不能になってんじゃあねーわよ!」
「…………あー。確かに。それはオレも少し思った」
「ええええええええ!?」
思わぬ攻撃、同意のソウヤめがけ首を動かす。ただただ愕然のヌヌ行だ。
「この前、あんたの家で頤使者(ゴーレム)に襲われたときといい、緊張感がないと思う」
「モ、モットモですごめんなさい」
いつだったかつい油断し、結果ソウヤにひどい火傷を負わせた苦い経験がある。ヌヌ行はただ正座し縮こまる他ない。
「そーそー。体けっこう鍛えてるのは分かるのよ。戦士が核鉄でやる訓練だって毎日してるでしょ?」
「うん。じゃなくてハイ。ハイです」
「むかし早坂秋水の訓練を見たが羸砲あんたはマジメに剣道すれば互角ぐらいにはなれる。それぐらいの身体能力、
素養はある」
斗貴子ゆずりの判断力とパピヨン仕込みの分析力はそう告げ
「でも戦い慣れしてない感じ。ホムンクルスとか頤使者の恐ろしさを肌で分かってねーっつーんですか、イザとなりゃアルジェ
ブラで一掃するなり時空改竄するなりで何とかなるっつー『油断』みたいなのがある訳よ」
ヌヌ行はうぐと唸ったきり黙った。図星なのだろう。
「だがその辺は戦闘経験を重ねれば何とかなる。羸砲あんたに足りないのは経験だ。経験だけが足りない。……まあその
俺もそこまで戦ってる訳じゃないけど、そんな俺より少ないのは確かだ。危なっかしくてその……心配だ」
おおと目を輝かせソウヤを見上げるヌヌを再びしおれさせたのは、
「いっそそのへん説教しながらさあ〜〜〜、殴りつけようと思ったんだけど、あんたはあんたはわたしのコト助けようとして
るじゃあない。そんな奴イキナリ「ゴツン!」ってやったら自己嫌悪がドバァ! 心が暗く重くなるの目に見えてるわ」
叱るのと怒るのは違う! かなり明確に違う!! 言葉に力を入れ、続ける。
「『確かにヌヌ未熟だけどもっとこう諭しようがねえのか、5部の兄貴ならもっと上手くやる、けどわたしがマネたらなんつーか
ココまでの過程的に説得力ねえ』とか思うわよ!!」
いやに実況的な心情吐露。祖先が祖先ゆえの実況的心情吐露。
ソウヤは目をぱちくりとさせやや遠慮がちに問う。
「あんた実はいい人なんじゃ……」
「ハァ!? いい奴なんかじゃあないわよ!! わたしは自分を生かすのに必死!! 他人のコトなんざ考えたくもないわ!!
また勝手にかばわれて死なれちゃメーワクよ!! そのくせ命かけて誰か守ろうっつー気概もねえ!! 最悪じゃない最悪
でしょええ最悪よ頭痛いわ!! だから関わりたくないの!!!」
「でもお礼は言うよね? 悪いと思えば謝るし」
「うん。いい人だ」
聞かれたソウヤは大いに頷く。ヌヌ行もつられてウンウンだ。
「うるせえええええええええええええええ!!! コレはアレだボケ、イザってとき気持ち良く利用しスンナリ見捨てるためよッ!
うす暗ぇ感情貯め込んだあげく『じゃあバイバイ』、切り捨てたら後味がよくねえ頭痛いわ!! だから平坦よ、プラスもなけ
りゃマイナスもねえフラットな関係を維持ッ! 時期きたらば前言実行っつーのがベスト! そー思ってるだけよ!! ええ
それだけ!! それだけなんだからっ!!!」
「そうだな。あんたはオレたちを見捨てていい。危なくなったら見捨てていい権利がある」
「いやだからなんでそう納得する訳!? もっとこう諭しなさいよ!!」
指をピストルの形にし詰め寄る彼女の姿勢は思わぬ援護に崩される。
「諭されたいのかいブルル君は?」
「されたらブチ切れるわよ! こっちの事情も知らねえ癖によくもダボがつって罵倒の限りつくすわよ!!!」
「君めんどうくさいね」
ソウヤの前で向き直ったブルートシックザールにヌヌ行、心から呟いた。いつの間にか立っている。
「うっさい!! でも! でもそーいうコトされねえと『やべーコイツらいざって時あっけなくわたし盾にするんじゃあないか?』っ
て怖いの!! 怒らねえ平静さこそ逆にやべえっつーんですか、踏みこんでこねえ無関心、矯正に乗り出してこねえ『諦め』
ほどやらかすものはねえの!」
「仲間盾にするなんてよくないよ。事情は分かるけど。ハイ諭した!!」
「わーいやったー……じゃあねえ!! 違うわよ! なんつーかもっとこう反発しあうけど後で現状このままでいいのかなって
考えるような諭し方しなさいよっ!! 1人っつーのはねえ!! 勝手な考えでドンドンドンドン心暗くしちまうものなのよ!!
だからヌヌあんたはもっとこう予想を上回る、明るい意見っつーのを述べるべきでしょうが!! ああわたし色々気にしすぎ
なんだ昔の経験に縛られてマイナス思考なんだでも人間は思ってるより善意に満ちてるんだって心温まる諭し方しなさいよ!
一見怒ってるけど内心じゃあわたしに対し申し訳なさを抱えていて、だからわたしが思うほど悪い人じゃあないんだって思える
頭痛くない諭し方しなさいよっ!!」
「……」
「コラてめえ!! いま思いやがっただろ! 初めての女友達がこんなんでいいのかって! 友達にすんのどうかって迷った
わね! かなり本気で!!」
「(やべつい内心が!!) フ、フフ。なんの事かなあブルル君。我輩難物ほど好きだよ。むしろ思い通りにならないからこそ
人間関係はいいんじゃんないか。人を成長させてくれる。あ、あと女友達なんていっぱいいるからね。君が初めてじゃあない
よ。学校行けばそれはもう”だらけ”さ。心から語れる女友達でいっぱいさ」
ふだん低めのトーンをやけに高くしヌヌは言う。胸に右手を当て左手をもたげるその姿勢ときたらとても優雅で、ホワホワ
した点描と輝くシャボンの背景さえ幻視できそうだった。
ブルートシックザールは少し黙った後、両目をジトっとした半円に歪めた。ボソっと一言。法衣の下の胸を穿つ。
「…………男にコクられるたびビビってるくせに」
「陰湿な報復なんか恐れちゃいないよ!!?」
優雅が一転、金切り声。ビクリと竦みあがり口角泡が飛んだ。
「陰湿……、あ、その人好きな女子がか」
「そそそそそそうさ! そうだよ! 上履きに画びょう入ってんじゃないかってしつこく見たり、私物なるべく学校におかないよ
うにしたり、トイレでいきなりバケツいっぱいの水ぶっかけられてもいいように告白後3週間は服の下にスク水着て登校なん
てしてないよっ!!」
「すごい念のいれようだな」
呆れたように囁くソウヤにブルートシックザール、背中から詰め寄る。右頬に左手を当てるなよっちい仕草をしながら
こう囁く。
「私物置かないのはアレよ、隠されたり汚されたり壊されたりするの避けるためよ。しかもコイツ時空の最果てにスペアの
上履きと外靴ダース単位で隠してやがる。いざってとき武装錬金使って取りにくる算段よみみっちい」
「時空改竄すれば簡単に取り戻せるのにしないのか。普通に替えを置いとくのか……。スゴいな羸砲。なんかスゴい」
「わ、我輩のコトなんかどうでもいいよっ! 重要なのはアレだ!」
「LiSTの処置!! どーするんだいまったく!!」
時の最果て、闇以外なにもない空間で羸砲ヌヌ行は叫んだ。
その左右にソウヤとブルートシックザールが立っていて、眼前にはLiST。胴体に光の帯──彼自身の光円錐だ。LiSTの
未来に向かう時間の流れをアルジェブラ=サンディファーは捻じ曲げた。『逃げられないよう』した改変が顕現中だ──
が巻きつき胡坐をかいている。頬に血が滲み衣服は破れいかにも虜囚の佇まいだが表情は平然、喰えぬ男だ。モノクル
が黄金に焙られる。帯は森々と溶け微細な飛沫を侍らせる。
そしてソウヤは答え──…
2013-05-01 22:45:42 | SS
「LiSTを残す? ココに?」
小さな眼鏡がズルリとズレた。慌てて直しヌヌ行は周囲を見る。どこまでもどこまでも闇が広がるココは時の最果て。
彼方に巨大な砲身が薄く灰けぶって見える以外何もない。留置場としては最適だろう。なぜなら人はこれない。来れると
すればよほどの時空改竄者だけである。
そこにLiSTを残す、言い終えるとソウヤは頷いた。表情を消すとひどく無愛想だがどこか若草の爽快感と若豹の怜悧が
感じられる。などとヌヌ行がベタ甘の感想を描く間にも彼は喋る。
「一段落したら然るべきところに引き渡し法の裁きに任せる。本当はいますぐ時空改竄で公害をなかったコトにするのが
一番だがすればウィルたちに気付かれる。戦いが始まるまではできない。なら、せめて」
「少しでも被害者たちの無念が晴れるよう、法に任せる……か。温情は尊敬するがしかし彼はライザウィンの部下。やりよ
う次第じゃ」
と老執事を顎でしゃくる。平素意識して作っているトーンをいっそう堅く低くしこう述べる。
「やりよう次第じゃ我輩の武装錬金さえ切り抜ける難敵だよ。ウィルやライザウィンが控えている以上」
──後顧の憂いは断つべきだ、明言こそしないが殺害を言外に匂わせかぶりを振り
「ブルル君もそう思うだろ?」
友人(とヌヌは思ってる)に水を向ける。するとため息が返ってきた。
「だいたい同意だけどさあ、聞く前にチョット考えて欲しいのよねえ〜〜〜。『なんでトドメ刺してねえのか』。地味だけど
コレかなり重要よ。頭痛いわ」
意を測りかねているとソウヤが追撃。
「羸砲あんたおかしいとは思わなったのか?」
「質問する時はまず「なにを問うているか」、明確にするのがマナーだよ。ソウヤ君(え? 何よなになにどういうコト?)」
「LiSTの来歴。先ほど聞いた。彼を狂わせたのは王の大乱……ライザウィンを産み出すためだけ起こされた戦いだ」
「つまりソウヤ君はこういいたい訳かい? 『義理はない』、と。LiSTが、ライザウィンの新しい肉体を確保するため、我々に
戦いを挑むのは……おかしいと」
なぜなら、義理がない。
「いわば元凶だからな。自分の運命を狂わせた元凶……。筋からいえばオレがムーンフェイスや真・蝶・成体にするよう憎
んでしかるべきだ。なのに行動は逆。ライザウィンを守るため動いていた。おかしいというのはつまりソコだ」
「とくれば」
「そ。時空改変」
一歩すすみ出たのはブルートシックザール。胸の前で左手と直角に組んだ右手の先を頬に当てつつこう述べる。
「結論からいやあコイツは『操られてた』。さっき攻撃したとき気付いたのよ。頭ん中に小さな電波の渦があってさ、『ああ無
理やり動かされてたんだ』って。だから殺さなかった訳よ」
その渦はもう消した。事務的に報告するブルートシックザールにふとヌヌ行は思い当たった。
「刺客に何か埋め込んで操る? ……なんかソレって」
「三部的なアレね。ライザはニワカファンだから自分の能力つっこんで操ってたんでしょうね」
三部、とはソウヤとブルートシックザールの好きなマンガの話である。ピンクダークの少年。古くはソウヤの父、武藤カズキ
が愛読していた。トリオの中で唯一詳しくないのも悔しいので、ヌヌ行は大雑把だがあらましを調べた。ヒマができたら全巻
制覇しようと思っている。
「読むならまず二部からね絶対二部よ」
しゃがむブルルはLiSTの胸倉をつかんだ。
「でもまあ大乱以降の公害。そっちはあんた自身の意志でやったコトよね?」
ココでやっと老執事は口を開いた。
「ええそうですヨ。操られてやったのはあくまでブルルさんたちの襲撃のみ…………。公害バラ撒いたのはわたくしの意思」
相変わらず全身に光が巻きつき身動きできない状態だがさほどの焦りもない。もっとも絶望したところで性格が性格だ。
却ってハイになるんだろうな、ソウヤは尖った瞳を軽く細めた。
ちなみに。ブルートシックザールは立ち上がると踵を返し、LiSTを指差す。
「8日前、ゲームセンターでひと悶着あった後。コイツはライザの正体を知り、戦いを挑んだ。けれどいまと同じく敗北し、
操られる羽目になった」
敗北、という言葉にLiSTの顔は一瞬妖しげに波打った。ヌヌ行は見た。傷を抉られ喜ぶオトコの顔を。視線に気づいた
のだろう。彼はすぐさま執事然と頬肉を絞った。
「『一つ』思い違いをなさってますね〜〜」
「なに?」
「さっき仰った『大乱の元凶だからライザウィンを憎んでいる』のお話です」
要約すれば、いまでは例の大乱を起こした王には少しばかりシンパシーを感じている……らしい。
「まあ嫌いですけどねライザウィンは。ただ……
「元凶という理由で憎んじゃいない、と」
「そりゃあ壊すだけの、壊されるだけの、壊されたままにしておくだけの人間さま方を滅ぼそうとした王さんの遺産ですから
ね! ライザさんの考え方次第じゃあ味方しましたヨ!!」
「でも憎んでいる。戦うほどには。それは何故かしら?」
「なぜってそりゃあ不満だったからですよ!!! せっかく王さんたちが命を賭けて作りだした最強最大が! 事もあろう
に人間じみた生活に満足し!! しょうもない小競り合いにしかその力を使っていないのです!! 失望しました。失望
は絶望以上の虚無です。わたくしに絶望を与えた大乱がそれっぽちのモノしか紡いでないのは気に入りません、肉体が稼
働97年で随分ガタが来ているようでしたから、それを壊し! 奪って! 彼女にもまた絶望を与えたかったのです!」
「されば彼女はきっと乗り越え新たな希望を紡いだでしょう!」
「わたくしはとにかく希望がみたい! かの絶望的な大乱が希望に繋がるさまを見たかったのです!!」
間違ってるがつくづく前向きな奴。呆れ交じりに呟くブルートシックザールにヌヌ行も頷いた。
「確かに動機は狂っているが……LiST。今でもライザウィンは斃したいか?」
しゃがみ込んだのはソウヤで彼はウィンクを返された。
「もちろんですヨ☆ わたくし操って下さったのも気に入りませんからね! わたくしが紡ぐ希望絶望はあくまでわたくし自身
に帰属すべきもの!! 誰の指示や恣意を代行すべきものじゃあありません! その矜持を彼女は奪ったのですヨ!
失望させただけじゃなく矜持さえ奪ってくれましたからねえ。是非に★是非に★絶望させたい!!」
どこまでもどこまでも朗々としながら節々に黒い力の籠った声だった。「なるべく関わりたくない、なにされるか分からない」
無意識に数歩下がったヌヌ行だが意外な光景を目撃する。
「じゃあLiST、一緒に来るか?」
時が一瞬止まるのをヌヌ行は感じた「やっぱり。あのバカはもう」と呟いたところを見るとブルートシックザールは薄々
予感していたようだ。とまれそれで落ち着くヌヌ行ではない。慌てて駆けより肩を掴み捲くし立てる。上体をかがめたせいで
髪が垂れ前に左右に激しく動いた。
「なに言ってるんだソウヤ君!? 確かに目的は一致してるが目指してるモノは違うんだよ!?」
「そーね。このヤローはライザを復活させるため斃そうとしてやがる。まったく因果の捩れた望み、武装錬金で丸分かりだ
が精神ユガミきってるわ」
あたふたする後ろから飛んでくる冷たい声は的確の体現。ちらり振り返ったヌヌ行は大人を見た。すっくと佇立するさま
は出来る女教師のブルートシックザール。足らぬのはタバコぐらいだろう。何となく光円錐を召喚し、有害物質満載の白い
円筒をフイっと差し出した。
「え! コレさかさにしていいのさかさ!! ……違う? 吸え? やーよ病気リスク高いし。だいだい吸うと頭痛くなるし」
場の空気が鎮まった一瞬、ソウヤはすかさず勧誘に入った。あわてて横に回り込んだヌヌ行は目撃する。
「大乱のとき起きたあの事件。アレさえなければあんたはきっと歪まずに済んだ筈だ」
しゃがみ込み語りかける目の光を。
痛烈なまでの見覚えがあった。かつて川に身投げし助けられた時それは見た。
川原で毛布にくるまりガタガタ震えながらヌヌ行のつく他愛もないウソ──イジメに起因する様々な薄暗い感情を隠すた
めの──をちゃんと真っ向から受け止めてくれた武藤カズキの……雰囲気。ソウヤは決して笑っていない。母譲りパピヨン
仕上げの鋭さを纏ったまま黙っている。けれど眼差しだけは真剣だった。金の瞳の中で微かな憂いを揺らしながらじつと相
手を見据えている。
(…………。あ)
彼がなぜそうしているのか思い当たりヌヌ行は息を呑んだ。
──「……歴史が変わったせいか?」
── 妙に沈んだ声を出すソウヤにヌヌ行はかすかな違和感を覚えたが、いつも通り尊大に
──「悪堕ちのきっかけが『大乱』だからねえ。正史になかった出来事。それに立脚しているのは間違いない」
── とだけ答える。厳密にいえば”とだけしか答えられなかった”。
(レーションの中。隔絶された空間で初めてLiSTを見た時の反応。私は何も気付けなかった。気付いてあげられなかった)
希望と呼ぶ少年。
その眼差しの表面張力は鈍い光に彩られている。それが痛苦と悔恨のあらわれだと気付いたときヌヌ行は思わず
右目を拭った。熱く滾る液体が噴き出したのはいつぶりだろうか。イジメられていたときでさえ心同様涸れていたそこが
突然湿潤になった。左目も同じだった。ただソウヤを見るだけで鼻梁の裏を塩水が伝う。
(改変。パピヨンパークで真・蝶・成体を斃したせいで始まった新たな歴史。王の大乱1つとっても約30億8917万の死者
が出ている。それは決してソウヤ君のせいじゃない。けど、けど──…)
──「オレは新たな戦いを生んでしまった。責任がある。見捨てられても仕方ない」
(責任を感じてる)
──「……生き物である以上怖がるのはトーゼンでしょ。ライザウィンに肉体取られるのもイヤ。『魂』を消されわたしがわたし
でなくなるのが……怖い。だからわたしは死を恐れる!! 悪い!」
──「……正しいと思う。父さんや母さんなら同じコトをいうだろう。パピヨンだって人間のころ恐れていた。死ぬのを心から恐れて
いた。誰だってきっとそれが……当然だ」
(ブルルちゃんが死に怯えるのも自分のせいだって思ってる。だから──…)
──(さっきの君の意見、なんだか歯切れが悪かったように思うが? 確かに御両親とパピヨンなら同意を示すだろう)
──(でも君自身の意見はどうなんだい? さっきのにはソレがなかった。隠してる雰囲気がしてね)
──(ま、我輩大抵の黒い意見には慣れている。遠慮せずブチ撒けたまえ。
──(……分かった。大丈夫だ。ただ)
──(気持ちの整理がついていない)
(言えなかった。言葉通りずっと、一人で、ソウヤ君は一人で…………どうすればいいか迷っていた)
どれほどの苦悩だっただろう。彼はパピヨンパークで仲間の大切さを知ったのだ。にも関わらずヌヌ行には言えなかった。
どれほどの苦悩、だっただろう。
(支えてあげれなかった。悩みを聞いてあげれなかった)
言葉をそのまま受け取ればそれは整理がつくまでの話で、待てばいずれ話したのかもしれない。けれど人間は軽い悩みさ
え自力で解決できない。さればこそ高校時代のヌヌ行に数あまる悩みが相談された。1人で抱え込めばいつまでも堂々めぐ
りで暗さばかりますのが悩みなのだ。整理など付きようがない。罪悪感なら、尚。
(私が、信頼して貰えるほど大人だったら、本音を恐れるウソつきじゃなかったら)
もっと違った展開になっていたのではないか。ソウヤの心情を知れば彼よりいち早く贖罪を申し出ただろう。
彼はいう。LiSTに。
「そもそもあの大乱は俺がパピヨンパークで歴史を変えたせいで起きた。つまりあんたの所業の原因はオレにある。だが
どう償えばいいかは分からない。だから同行して欲しい。償えるコトがあればする。憎ければもちろん……斃していい。
その代わりもう公害で無関係な人間を苦しめるな。あんたの絶望の根源はオレなんだ。オレを、オレだけを捌け口にすべ
きなんだ」
「でなければあんたもまた……救われない」
顔を伏せる。表情は見えなくなった。それでもヌヌ行は理解した。彼の感情を。悪逆に見えるLiSTを誘う理由を。
「おやあ? 謝罪ですかぁ? しかしそれは免罪符得るためのモノですよ。真・蝶・成体の打倒は取り消さない、けどその
弊害に対し聖人であろうという矛盾。『最初』を取り消す、それが一番手っ取り早い謝罪であり贖罪だと気付いているんで
しょ本当は。なのにしない! 御両親との楽しい楽しい生活を捨ててまで他のみなさんを守れない!!」
LiSTの答えはどこまでも痛烈だった。もっとも痛い部分を的確に突いていた。
だからソウヤの横顔が一段と悄然と小さくなるのをヌヌ行は目撃した。
(違う。一番責任を負うべきは私。私の前世がソウヤ君をパピヨンパークへ……。なのに。なのに……)
場の流れに呑まれ何も言えずにいる。LiSTに覚えた恐怖が、痛烈な悪意を恐れる弱さが、旧態のまま釘付けている。
しばらく黙った後、ソウヤは震える声で紡ぎだす。それはやっと得たささやかな幸福さえ薪にくべる覚悟だった。
「なら……、なら、オレは」
涙を撒き散らしながらでも割り入って止めたい言葉だった。
ヌヌ行はカズキと斗貴子を知っている。彼らが紡いだ新しい命がどれほどの希望か知っている。
けれど震える足は動かない。言葉もまた出てこない。喰い止めれば彼はますます沈むだろう。
死刑宣告にも似た呟きが時の最果てを貫いた。
「オレはパピヨンパークの改変を取り消す。真・蝶・成体を斃さな──…」
『残念だけどそれはもうできないぜ武藤ソウヤ!!』
「!!?」
驚愕が一同を貫くのとLiSTの足元が割れ砕けるのは同時だった。薄氷を踏み抜いたように大小さまざまの黒い破片が
舞い散ってその1つがヌヌ行の形のよい鼻を掠めたときブルートシックザールの絶叫が無音の最果てを貫いた。
「そのスッとろい声……『ライザウィン』!!」
「ライザウィン!?」
「ウィルの協力者、ブルル君の体を狙う存在! !? LiST!?」
一瞬ブルートシックザールに気を取られたヌヌ行がロックオンした彼は落下を始めていた。
「落下だって!? 馬鹿な!! ココは時の最果て!! 我輩でさえ不壊の空間を……壊したのか!?」
「くっ!!」
いち早く反応したのはソウヤ。果てしない闇に落ちるLiSTの右腕を掴んだ。その腕はまるで崖を落ち行く人間を掴んだ
ように直角に、下に向かってググリと垂れる。そこで助勢すべきなのに混乱のヌヌ行はオロオロ辺りを見渡すばかりだった。
『フハハ!! 無駄な努力なのだぜ諸君! LiSTを吸いこんでのは何か……よーく見やがれ!!』
砕けたのはLiSTの足元だけではなかった。むしろその地点は半径20mほどある円の最外殻のほんの一点にすぎなかった。
巨大なブラックホールが蠢いていた。鈍く腐った原生生物のような粒が絶え間なく流動していた。
空気は風穴の開いた飛行機よろしく黒穴めがけ吸われていく。光も例外ではなかった。穴の中心に近づくたび最果ては
いっそう薄暗くなる。
光円錐で縛られていた筈のLiSTがソウヤに手を掴まれたのは、光子がブラックホールに吸われたせいだと後にヌヌ行、
理解する。
『そしてパピヨンパークにおける真・蝶・成体の撃破!! その取り消しはもう不可能!! えと! あ! 羸砲ヌヌ行だった
っけ? アルジェブラはオレの武装錬金で少しチョッピリ動作不能にしたからな、なかったコトにゃあもうできんのだぜ!!
歴史の根幹は変えられないぜ!! お前らゆがんだいまの時系列であがくしかねー!」』
「なっ……」
呻いたヌヌ行の周りに光円錐が浮かぶ。本でも読むようにしばらく両目を左右に動かしていた彼女の顔から見る見ると血色
が失せていく。
「……本、当だ。パピヨンパークが起こる前の歴史が……『正史』が……ない? 見当たらないだけなのか? それとも消え
て、しまったのか?」
半ば放心状態で膝をつくヌヌ行の胸を抑えどうにか転倒を防いだのはブルートシックザール。軽く頬をはたく。理性の復帰
は早い。ベールの奥の眼差しにすかさずすかさず頷いた。
「ブラッディストリーム!!」
「アルジェブラ=サンディファー!!」
輝く長方形の陣がブラックホールを覆った。そこめがけ滑空するのは無数の光円錐。漏斗にキスさせたような形のそれは
戦術予想状況図の魔方陣に吸いこまれる。
(次元違いへの昇華プラス光円錐の歴史改変!! 最果てといえど治せない道理は──…)
会心の笑みは絶望に変わる。陣や円錐が一気に色褪せたと見えたのもつかの間。一気に干からび風化する。
「馬鹿な……。アルジェブラを、最強クラスを昇華したのに……『通じない』…………?」
つばを呑む。それまで戦いに対してどこか気楽だった彼女の胸に黒いものが生まれたのはこの時だ。
(これが……)
『正史』のロードを不可とし、不壊の空間さえ破断し、次元違いに引き上げてなお手も足も出ないおぞましき存在。
(これがライザウィン)
敵意のなさが逆に恐ろしい。つくづくと戦慄する。最果ては最後の逃げ場なのだ。そこをあっさり見つけ干渉しながら恫喝
1つしない敵意のなさが怖かった。弾んでいるのだ。声は。カードゲームをやっているとき突然手製の反則カードを出して
「これめっちゃ最強!」などと勝手をぬかす無邪気な小学生の声音でさまざまな絶望を告げるのだ。
………………………………………………………………………………。
『いつでも簡単に殺せる』。人はアリを見るときそんなコトなど考えない。ただ「居る」と思うだけだ。気まぐれに観察して、気
まぐれに踏まぬよう心がけて、そして気まぐれに殺す。気分1つでどうとでもできるからこそ『いつでも簡単に殺せる』などと
誇りはしない。ライザウィンの対人感情はそれではないか。ヌヌ行は震えた。
「だからわたしは奴を嫌う。まさに邪悪の存在だから」
ブルートシックザールが答えたとき、ソウヤの背中を汗が濡らした。
手に、肩にかかる重さはますます増しているようだった。それでも2人に助けを求めないのが彼の姿勢の象徴だった。
「本当はワンチャンスあったんですヨ! ヌヌ行さんがソウヤさんと初めて出逢ったあの日。最初の時間跳躍が最★後★の!
機会でした。もしあのとき『パピヨンパーク』以前の歴史をロードしていたのなら……ライザウィンが、貴方の武装錬金を理解
する前にロードしていたなら…………大乱なんてない歴史、『正史』が戻ってきたのです」
「毒づいている場合か! もう片方の手を上げろ! そのままじゃ死ぬぞ!」
要請するがLiSTは答えない。引力はますます強くなっているようだ。ソウヤの腕が軋んだ。ふせっている体が一段と深く
沈み込む。石臼をひくような音を奏でながら淵めがけズリズリと少しずつだが向かっていく。
『離した方がいいんじゃないの武藤ソウヤ? そのままじゃさ、巻き添え食っちまうぜー?』
気楽な声にスレた少女は顔をゆがめた。ソウヤに加勢しないのは自衛のためだろう。下手に動けば危ないのだ、肉体が。
「チッ! どこからでもしてるようでしてない曖昧な声!! 頭痛いわ!! だいたいライザてめーどういう了見でLiST始末
しやがる!?」
『ンな怒鳴るなってブラジルしくしく』
「ブルートシックザール!! 相変わらず人の名前覚えねえ奴!!」
『フルートしくさるだなよし覚えた!! いやだってさ、同じ敵がいつまでも出てくんの面白くねーじゃん戦い的に考えて!!
オレ狙われてるけどさ、狙われてるけどさ! だったらそれっぽい刺客をグイグイ繰り出すべきだろーぜ! マンガなら
そーだし!! なんでLiSTお前フェードアウトな!』
軽い調子。しかし羸砲ヌヌ行の中で何かが割れた。
(我輩たちも、LiSTでさえも駒なのか……? 尊厳や矜持を賭けた命がけの戦いですらガラスケースの中の小さな小競り合
いなのか。『見て楽しむ』。どれほど残酷でおぞましい行為か……君は、君は…………わかっちゃいない)
人生最悪の日々がよみがえる。イジメ。カエルの腸を喰わされた時。机の上に大量の生ゴミを置かれた時。
暗澹と涙ぐむヌヌ行の背後でクスクス笑う連中がいた。直接手を下さぬ代わり『見て楽しむ』連中が。
(……フザけるな)
(ソウヤ君はLiSTを助けようとしてるんだぞ!!)
それをまるで茶番だと言わんばかりに終わらせようとしている。
ソウヤは残酷な傍観者たちに傷つけられた結果やっと巡り合えた希望だ。
なのにライザウィンは穢そうとする。
ソウヤを苛むためではない。ただ自分の都合だけでLiSTを消すのだ。各人の抱く希望も絶望も等しくどうでもよいようだった。
「お前が!! お前のようなヤツがいるから!!!!!!!」
顔を激しく揺らめかし涙さえ飛ばしながらスマートガンを出す。端末と呼ぶ手頃な銃のトリガーを狂ったように引き続けた。
光線がブラックホールに着弾する。だが何の効果もない。粒子がホタルの群れのように舞い散って消えるだけだ。そも
これは先ほど増幅して通じなかった光円錐より弱いものだ。効く道理などない。
(頭じゃそれは分かってる!! だが!! 何もせずにはいられない!!!)
叫ぶ。憎悪と哀切に研ぎ澄まされた叫びを上げ乱射する。顔も知らないライザウィンが憎くて憎くて仕方なかった。ちっぽけ
な人間として蹂躙の限りを受けてきたからこそ、高みでそれを肴にする存在は許せなかった。
だが。
超越した存在には。
せめてもの怒りすら。
届かない。
ブラックホールが青く輝いた。輝きの中で独白は続く。
『本当はいつでもLiSTごとお前たちを呑みこめたけどやめといた。だって戦ってくれる人が意味もなく減るのはイヤだし。
刺客はまだまだ用意してるぜ! お前たちは戦うのだ!! 戦って戦ってオレを楽しませるのがよいのだぜ!!!!)
次なる戦いをやれるからソウヤたちは生かす。
やれないからLiSTは殺す。
あるのはたったそれだけの線引きだ。
(存在そのものが人を踏み躙っている……)
腹立たしげに端末を放り捨てても収まらない。
かつと紅潮するヌヌ行の耳をいっそう耳ざわりな言葉が叩く。声音はひどく愛らしいのに”かきたてる”。ああ一生好きにな
れないな、イジメた癖に謝りもしない女子たちを見たとき以上の嫌悪が豊かな胸に満ち溢れた。
「戦い見てると胸の奥がきゅーーーーーーーーーーーーーーーっとしてさ、何かオレとても幸せ。ウフフ』
じゃなー。声が消えるのを合図にブラックホールの吸引力が一層増した。それなりの距離を置いているヌヌ行の髪、虹色
の房は命名される台風の冷たく斬りつける暴風を体感しそして靡いた。狂った魚より見苦しくのたうつ頭髪の上であっと
ヌヌ行が息を呑んだのは、ソウヤは淵から奈落へと危うく落ちかけたからだ。
幸い咄嗟に愛槍を空間に刺し凌ぐのが見えて安堵したがそれもつかの間。本来そこが不壊の最果てと気付き青ざめる。
(まさか全部か? どこもブラックホールの余波で脆くなっている……?)
刺せるのは鬆(す)の証、腐った木に釘を打ち込み支えとするように危うさがあった。凌げたのは一瞬。ライトニングペイル
ライダーもまたブラックホールめがけ傾き始める。その様子を見たLiSTはウロのような笑顔を浮かべる。
「キヒヒ。潮時のようで。本音をいえば不意打ちで手を離し貴方様に絶望を刻むコトもできますが、まあしません。助けようとして
下さった姿に対するせめてもの敬意という奴ですヨ」
「なに?」
風圧で一瞬聞きそびれたのか、ソウヤは反問する。
「大乱の一件で道を踏み外したのは助けられなかったから、ですよ! でもまぁ敵で危害を加えたわたくしをソウヤ様は助け
ようとした。ンフフ。なかなか希望じゃあないですか。ヌヌ行さんがそういう目で見るのも納得です」
とLiSTの視線を移された法衣の女性はやっと現実に回帰する。
(……感情に任せすぎた)
自分もまた無神経な傍観者だった。気付いたとき、やっと、やっと彼女は動き出し──…
そばを影が、駆け抜けた。
「ふぅ。そろそろ手が離れますがそれはあくまで疲労のせい。なにしろブルートシックザールさんに倒された直後にコレですか
ら。凌ぐのは難しいでしょうねえ。他意はありません、戦いのさだめ…………ソウヤ様が気に病むコトはありません」
そしてLiSTの手は開き。
闇めがけ堕ち始め──…
「駄目だ!」
ソウヤの掌に包まれる。
「あんた最初は人を救おうとしてたんだろ!! 大乱さえなければきっと武装錬金で色んな人間を笑顔にできていた筈な
んだ! なのにオレのせいでそうなった!! 見捨てる訳にはいかない!」
LiSTは見た。掴むため相当を無理をしたのだろう。いまにも落ちそうなほど奈落に身を乗り出すソウヤを。ともすれば
巻き添えを食うというのに恐怖はない。
「一緒に来るんだLiST!! 死ぬな!! 罪ならオレも一緒に償う!! 償って、害した人々を元に戻しそれからまた誰か
を笑顔にするんだ!!! あんただって本当は見たいんだろ!! 作った料理を、レーションを!! 食べて笑顔になって
くれる人たちを!! 見たい筈だ!! だから……だから一緒に来い!」
彼はただ心から叫ぶ。顔は必死で汗がにじんでいる。だが黄金の瞳は満たされている。常にLiSTの求めている輝きに……
希望に。
LiSTの左腕が持ち上がった。意思に反した所作だった。何が起きたか見る。下半身のない奇妙な形の自動人形が数体ま
とわりついていた。枯れ木に群生するキノコを思わせた彼らは届けた。おぞましい吸引力にばたばたと剥がされ、奈落の底
で砕けながらも、持ち主に、LiSTの腕を届けた。ヌヌ行の横を通り過ぎた影は彼らだったのだろう。
はたして掴まれるLiSTの左掌。ソウヤの横でベールが揺れた。
「ブルートシックザール。あんたもLiSTを……?」
「フン。勘違いすんじゃあないわよ。どんな理由があろうと公害撒いたのはコイツ自身の決断であり……弱さ。優しくしてやる
義理なんざ別にないわよ」
ブルートシックザールは鼻を鳴らした。つくづくと忌まわしそうにLiSTを睨んだ。
「ただわたしは死ぬのが恐い。なのに他人の命が燃え尽きる様に無関心ってのはどうかと思っただけよ。くたばるっつーのは
誰だって怖いでしょうからね。だからまあ助けてやるが頭痛いわ! コレでまた敵対されたらソウヤてめーマジに恨むからなッ!」
「やれやれそれじゃあ我輩が最後、か。便乗したようで格好つかないが助けたいなら従おう」
2人の肩に手を当てたのはヌヌ行。
「だいたい一番責められるべきは我輩さ。なにせソウヤ君を遣わしたのは我輩の前世。責めも贖罪も我輩にこそ帰属すべきだ。
一矢の報いにもなるしねえ。ライザウィンの思い通りとか気にくわんよ。(本当マジにあのヤロー! 許せん!!)」
ソウヤたちごとLiSTを引きながら、続く。
「LiST。君はどこか死にたがっているように見える。罪を処断され清算した上で幕引き……フィナーレを迎えたがってる。きっと
辛い人生だったのだろう。救おうとした人々に牙をむかれ絶望しているのだろう」
4人の体はしかし奈落に向かって引かれていく。ヌヌ行の顔に焦りが浮かぶ。ブルートシックザールがLiSTを押し上げるべ
く彼の足元にやった自動人形たちはそれより早くブラックホールに負け堕ちていく。ソウヤはライトニンペイルライダーを後ろ
に放り投げ、その手をLiSTに繋いだ。
「踏ん張るんだLiST。我輩も……我輩も君と同じだった」
「……」
「理不尽な暴力に晒されたからこそ武装錬金で彼女らを殄滅(てんめつ)したいと願った。悪意は辛い。抱えて生きていくに
はあまりに辛い。発散を想像するだけで自殺を考えたよ。きっと君はその何十倍もの辛さを味わったのだろう」
「……」
「けど!! それでも人は生きなきゃならない!! 斗貴子さんは私に言った! どんなに辛くても悲しくても、生き続ければ
必ず逢える!! 私にとってのソウヤ君に!! 希望という存在に必ず逢えるって! だから我輩同じ事を君に言う!!
君は生きていい! 希望に逢っていい権利がある!! だから……」
「諦めるな!!」
ソウヤが叫ぶとLiSTは笑った。ウロのような不気味な笑顔ではない。澱(おり)が溶けたような柔らかな笑顔を。それは
まるで人々の幸福を願うようなシェフの笑顔で、だからこそ3人の悲愴は増した。
(オイやめろ。そーいう笑顔ってのはつまり『最後』だろうが。悟った顔だろうが)
不意に蘇る記憶。かつて自分を助けた、かばった弟が。
その直前浮かべていた笑顔と被り打ちひしがれるブルートシックザールに。
声が、かかった。
「どうやら潮時のようですねえ。お別れの前にブルルさん。あなたに耳よりなご情報をお伝えしましょう」
いまにも汗で滑り落ちそうな手を辛うじて繋ぎながらLiSTはいう。
「まずここの屋敷の主、26代目チメジュディゲダールはここから西南58kmの遺跡に囚われています」
「今いうべきコトかテメー! そんなのヌヌが調べりゃあわかる!」
「いえいえ。いまココで、わたくしが言うのが重要なのです」
「……?」
ソウヤの顔に一瞬疑念が浮かんだが追及するヒマはない。LiSTの体はもう取り返しがつかないほど沈んでいた。
ヌヌ行が肩を掴んでいなければとっくに落ちているほどソウヤは、奈落に身を乗り出している。
「今からいう情報はあくまでライザウィンが話しているのを小耳に挟んだだけです。伝える以上のコトは知りません。
詳細は、知っている方にお聞き下さるのが一番かと」
「我輩がいうのもアレだがもったいつけるなLiST! 状況わかっているのかい!?」
鋭く飛ぶ叱責の中、しかしLiSTは悠然と喋る。
「ブルルさん。あなたはご先祖、ヌル=リュストゥング=パオブティアラーから受け継いだ血を随分誇っていましたね」
「無駄話してんじゃあないわよッ! だいたい誇るったって傍系よッ! 直系……アオフシュテーエンの血は流れちゃあ
いない!!」
「誤解がないよういいますが、ヌルさんの血が流れてる、そこは間違いありません」
「じれったいわね! 何よ! 何がいいたいのッ!?」
「アオフさん。ヌルさんのお兄さんのお話ですが」
「だから何よッ!?」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「実はブルルさんにもその血が流れています」
(………………)
(え?)
静寂が訪れた。まるで何もかも静止したようだった。言葉の意味がまったく分からなかった。一言一句たがわず記憶
したのにまったく理解できない事実だった。或いは何もかも理解しながらも言葉の重みに負け目を逸らしただけなの
かも知れない。
「つまり貴方様もまた……『直系』」
だがLiSTの言葉は何もかもを理解させた。
(待て。それじゃあ、まさか)
(近親相姦!? 兄妹の間に生まれた子がブルルちゃんの……ご先祖?)
力が驚愕で緩んだ瞬間、LiSTの手はブルートシックザールを離れた。揺れ動く暗黒のなか辛うじて自由な手はソウヤの手
を当り前のように開いた。誰かが息を呑む。悲鳴も上がったかもしれない。ソウヤは手を伸ばす。だが届かない。ブラックホール
の奥めがけ老執事の体は軽くきり揉みながら消えていく。
「皆さん希望をありがとうございます。わたくしもう少し諦めず頑張らせて頂きますヨ」
「では。幸運を」
風の中なぜそれが聞こえたのか分からない。ただ誰もが聞きそして見た。笑ったまま虚空の彼方に消えるLiSTを。
そしてなくなるブラックホール。時の最果ては元の静寂を取り戻す。
「落ち込んでるようね。ソウヤ」
「…………仕方ないさ。助けようとしたLiSTが目の前で死んだんだ」
現実空間。屋敷の前でヌヌ行は呟いた。前を行くソウヤは肩を落としている。足取りも覇気がない。
「心の傷は流石に次元違いでも治せねーわ」
「そうだね。ブラッディストリームも万能じゃない。アルジェブラもだけど」
2つ組み合わせてもライザウィンのブラックホールは消せなかった。ソウヤの傷の原因は自分にもある、重い気分をずっと
味合っているヌヌだ。山のおいしい空気を吸っても心は晴れない。
「万能じゃあないといえばさ、ブラッディストリーム。ホムンクルスの再人間化もできねえのよね。頭痛いわ」
唐突に変わった話題はせめて気を紛らわす気遣い、だろうか。内心礼を述べながらわざとらしく驚いてみせる。
「ええっ本当かいブルル君!? ココってカズキさんたちの時代から300年後だよねえ!? なのにできない?」
「そ。何しろさあ、寄生された奴って人格殺される訳よ。死んじまったもんは蘇らない。300年ばかりいろいろ研究された
けど今じゃそれが通説。ま、王の大乱で文明ブッ壊されて一度リセットされたっつーのあるけど」
「ん? でも斗貴子さん一度幼体に寄生されたけど助かったよね? あの解毒薬は通じないの?」
「スカタン。インフルエンザで脳死した奴にタミフルやってもムダだろうが。悲しいまでに治りゃしねえわ頭痛いわッ!」
「て、的確すぎる例えだね。あはは」
ウィルスを殺す、ウィルスの壊した部位を修復する。それらは似ているで違うのだ。
「殺人犯をブチ殺しても被害者が蘇らねーように解毒薬は通じない。通じるのは前、ガイシャが殺られる前ッ!」
「死者を蘇らせる方法がないとなれば、つまり何をしようが効力ゼロとなれば」
「いくら増幅してもゼロはゼロ。だから無理。だからヴィクターもヴィクトリアもホムのままよ」
王の大乱の遠因はそこにある。ブルートシックザールの説明をヌヌ行は興味深げに聞いた。
ホムンクルスは月に送られる。だが不死故に人口過密が起こり環境が劣悪になった。
そこに人間社会ならではの複雑な問題──惑星領土の縄張り争い、不況による保障費削減、票を得たい政治家諸君
の緊縮策──が絡みホムンクルスの立場は悪くなった。にも関わらず人々は月で彼らがぬくぬくと過ごしていると思いこ
み(マスコミ連中が思いこませたのよッ! 力説するブルートシックザールをヌヌは呆れたような愛想笑いで流した)、
罪なき、地球に居るホムンクルスを発達した錬金術を以て迫害。
「虐げられりゃあ誰でも怒る。いつしかホムどもは地下で連帯するようになった」
それが大乱を起こした王の軍勢の前身、だという。
「戦後は何とか歩み寄ろうと人間もホムも頑張ってるけどさあ〜〜〜。再人間化が確立されねえ限り同じコトの繰り返し
だと思うのよわたし」
「そうだね。月の人口は増える一方。ヴィクトリアのように望まずして”なった”人たちも救われない」
さて。不意にブルートシックザールは立ち止まった。余談だが屋敷に向かうまでとっていた例のフォーメーションはとっく
に解散されている。彼女はヌヌ行の横に立っており、ソウヤが一人離れた場所を進む形だ。
「あんたの方の気分は多少スカっとしたでしょ」
前をしゃくるガラ悪き友人に無言でうなずく。何を求めているか分かって、だから緊張した。
(わたしはソウヤ君を支えたい。そう願うのなら今。今、慰めてあげないといけない)
思うが実行するにはひどく勇気がいった。ヌヌ行の自己評価は低い。努力によって対外的にはかなり評価されるように
なったがそれは所詮弱い部分を隠すための努力にすぎない。本質は、イジメられてから止まったままの幼い心は、
ソウヤたちにこそときどきポロっと洩らしはしたが、進んで晒したいモノではない。冷然とした大人の振る舞いはつま
るところ”ウソ”なのだ。そういうウソを纏い生きてきたから、誰もが当たり前に遂げる成長を逃してきたから、ソウヤ
の抱える懊悩──歴史改変への責任感。王の大乱が自分のせいだと思い深く傷ついている──を見落としてしまった。
相談されるに値する人物たりえなかった。
(言葉ならいくら出てくるよ。耳ざわりのいい言葉ならたくさん)
耳ざわりのいい言葉ならいくらでも浮かんだ。
けれどやはり結局どれもウソで──…
優しいウソ。目先の痛苦を取り去り2人して現実から目を背けるだけの陳腐な言葉しか浮かんでこなかった。
(そんなんじゃないよ……。私を救ってくれたのは……そんなんじゃ…………ないよ)
肩を叩かれた。
幽鬼のごとくしょんぼりと、力なくそちらを向く。ブルートシックザールがいて、
「あんたってさあ。いつも有利な戦いばっかしてた訳?」
それだけ言うとつまらなそうに虚空を眺め始めた。後の言葉はない、
(な、何言ってるのよブルルちゃん? 私はいつも不利だよ。不利ばっか。まず本心明かせないまま学校生活してる
時点でだいぶ不利。だから恋愛面じゃあ負けっぱなし。イジメだってたった1人で馬鹿みたいに辛い戦いを──…)
愚痴にも似たモノローグにハッとする。
(でも、不利でも、ウソしか吐けなくても、私は──…)
持っている物の重さに気付く。得た物がどれほど貴重か認識する。
出会いは力をくれた。
勇気をも。
何があっても前へ進もう。
そう思えるのは”たった3人”、そこに居た人たちのお陰だと……。
心から信じている。
武藤夫妻とソウヤと出逢った。
たったそれだけで過酷なイジメを乗り越えられた。
だから羸砲ヌヌ行は──…
(支えなきゃいけない!!!)
過酷に立ち向かう勇気をくれたのはソウヤなのだ。今支えずしてどうするのか。
自らに言い聞かせる。闘志が心で膨れ上がる。
チラリとブルートシックザールを見る。苦境のとき隣に誰かがいるのはとても心強い。
初めての経験だった。思えばいつもヌヌ行は一人で何でも乗り越えてきた。
(それでもやっぱり誰かが後押ししてくれるのは心強いから──…)
あっという間にソウヤの傍についた。
何をいうかまとまっていないが別に良かった。
目的はただ一つ。上っ面だけで相談に乗れなかった埋め合わせをする。
それだけだ。
ソウヤと目が合う。左に立つとまず笑い、飄々と話しかける。
「あー突然失礼。ところでだソウヤ君、君はどうしてそんな深刻なのだい?」
「さっきから言っただろう。オレがパピヨンパークで歴史を変えたせいで王の大乱が──…」
「てい」
特徴的な×印の前髪に軽めのチョップ。不満を浮かべられたが気にせず続ける。
「そりゃあ起きたね。起きはしたよ。けど何も犠牲者だけ増やすのが時空改変じゃないさ」
「何……?」
「ほら真・蝶・成体。暴れる前に斃したじゃないか?」
シャープな山猫のような顔の中で、金の双眸が軽く軽く揺らめいた。
メガネを直し、続ける。まったく即興だが言葉はどんどん溢れてくる。
「我輩の調べによるとだ。アレの犠牲者数はおよそ15億人ってトコだねえ。つまりソウヤ君が真・蝶・成体を斃したお陰で
それだけの人命が犠牲を免れた。この時点でもう大乱起きても5億人のお釣りがくる。しかも大乱まで300年。助かった人
から生まれる命はまったく我輩でさえ追尾不能なほど多い。むしろ10億ぽっちの犠牲で何十倍もの人命を救ったソウヤ君
はもはや英雄といって差し支えない」
「理屈の上じゃそうかも知れないが、しかし……!」
森に入った。木漏れ日が服に作る点々たる染みを見ながら息を吐く。
「ま、我輩も少々ウソをつくタチだ。信じられないのもムリはない」
なので。気障ったらしく目をつぶり指を弾く。
「ココはアレだ。被害者がどう思ってるか聞こうじゃないか」
心を読まれるのは恐ろしくて絶望的だと思っていたが、活きる時とてあるようだ。
内心で助勢を願ったブルートシックザールは嘆息しつつやってきた。
「あーわかってると思うけど君は証言者だ。くれぐれもウソなどつかないでくれたまへ」
どの口が言うのかとばかりベールの少女がギロリと横目で睨みつけてきたが……それだけだ。
ソウヤの右に立つと息もつかせず捲くし立てた。
「わたしは王の大乱で叔父と叔母と両親と弟を失くしはしたが、奪ったのはあくまで忌まわしき幹部だと認識しているッ!!
あんたがやったんじゃあない、もし他に責められるべき存在がいるとすればわたし、錬金術に関わる一族でありながら、
それのもたらす災禍を何ら予期せず武装錬金すら修練しなかった弱い私、家族を……弟を、守ってやれなかったわたし
こそ責められるべきよ!」
まだ戸惑いは抜けないようだ。ソウヤは迷いがちに視線を外した。
「あんたさあ、ちぃっとばかし『余計な目線』ってのを持ちすぎなんじゃあないの?。生きてる奴は『当時』しか見えない。7部
風にいやあナプキン取った奴を考えない。流れを作った過去のヤローに文句垂れるヤツは概ね最低のゲスとして社会から
弾かれる……」
クイと顔に手を当てソウヤを正す。生きた年月がよく伺える女性らしい仕草だが背の低さゆえ踵を浮かせているのがミス
マッチでだからヌヌは「ああ可愛い」と彼女を表す。
「あんたは『未来』ってのが分かりすぎたせいで自分の行動を恐れてる。けどさあ」
後にヌヌ行は。
音楽隊に栴檀貴信が入ったいきさつを光円錐で見たとき、驚きに包まれる。
「「『やらかす奴』っつーのはさ。結局過去がどうあれ、やらかすもんじゃあないの?」
デッド=クラスターを仕留め損ねたばかりに起こる新たな被害を恐れる貴信に、かつて小札は声をかけた。
「もっとも悪いのは、いい、もっとも悪いのは何を言われてもやらかしてちまう『聞く耳持たずな黒い意思』じゃあないの?
ソウヤあんた、あんたもそう思うわよね?」
小札の子孫たるブルートシックザールは王たちを指してそう言った。
何という偶然だろう。文脈は、同じだった。祖先小札と同じだった。
「……頭では分かっている。けれどオレがその悪意の誕生に一役買ってしまったのは事実……じゃないか?」
「じゃああんた王たちにこう言った?
『やれ』『もっとやれ』
……って」
問われると短い沈黙ののち「言ってはいない」とだけ彼は答える。
ブルートシックザールは満足げにうなずき、
「責任感を抱くのはいい。将来海汚すんだろうなって知りながら下水道に油流すトンチクに比べりゃあ遥かに謙虚で上等」
けど、と言葉を切り語気を強める。それでいて優しい声だった。
「あんた1人が何もかも変えたんだって顔すんのは『傲慢』って奴よ。未来ってのは生きてる奴にとっちゃ現在でしかない。現
在を変えてくのはいつだってソコで生きてる奴よ。死人がたかが1回下した決断は覆せて当然、いつまでも振り回され犠牲
と後悔を抱えている方こそ……悪よ」
睫毛の長い目を軽く濡らしながらブルートシックザールは言う。深い悔恨と申し訳なさを湛えた声はソウヤではない”誰か”
に呼びかけているようだった。
「わたしが死を恐れるのはソウヤ、あんたのせいじゃあない。分かる? わたしが、弱いせいなの」
誰への言葉かわかったのだろう。ソウヤは申し訳なそうにブルートシックザールを見た。
「まあアレだよソウヤ君。どれほど平和にしようが人間って奴は勝手にひずむ。戦いはいつか必ず起こるさ。平和が長ければ
長いほどとびきりデカいのがね。だって平和は戦いの痛みを忘れさせる。なのにどういう訳か陰でいろんな鬱屈を蓄える。始末
悪いね。戦えばどう痛いか分からない人たちが怒りだけを胸に争うのだから被害は大きい。王の大乱は真・蝶・成体がなかっ
たぶん長引いた平和の反動……誰を責めるべき現象でもないと思うがね」
「そうだとしても」
「ははは。ソウヤ君は肯(がえ)んじながら拒むのが好きだなあ。シャイボーイかい?」
「うっさい。からかうな。オレはオレで真剣なんだ」
余計な茶々。ソウヤは目を尖らせた。さすがにムッとした様子だ。
「アレだろう。ご母堂のスキンシップが嬉しいけど年が年だけに素直に受け入れられないカンジだろう?」
「か! 母さんはそんなのしてこない! むしろ困るのは叔母さんの方だ! あああ会うたび抱きついてくるんだぞ!」
「ただのスキンシップだろうに。どうしてそこまでうろたえるのかな?」
「……だ、だって……その、密着、そう、みみみ密着すると、あたっ、当たって…………」
突然腰の砕けた様子のソウヤにヌヌ行は驚愕しつつ萌えた。まるで小動物という気弱さはまったく意外だった。
「あとアレだろ。ご母堂は君が指先ケガしたら含むだろ? 口の中にちゅるりと」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」
適当に言ったが図星らしい。ソウヤは慌てて数歩後ずさるとマフラーを引き揚げ顔半分を覆う。水蒸気爆発でも起こった
のかというぐらいの爆音と蒸気が舞い散った。橙の布で隠しきれないほど目の周辺一帯が真赤だった。
ヌヌ行は(え、マジ? そんな照れるコトしちゃうの斗貴子さん。母性すげえ)と思いつつ、議題を変える。
「やっべ。年頃なソウヤ君マジ萌えるぜ!! 普段が普段なだけにギャップが! ああ、ギャップが!!!!」
「って本音丸出しかッ!!」
すかさずブルートシックザールが頭を殴る。漫才のようなやり取りにソウヤの表情は微妙に動いた。
「アンタたちまるで長年の友人みたいだな。短期間でよくそこまで……」
「フハハ。我輩の女子力をもってすればブルル君を手なずけるなど容易い!!」
仁王立ちして高らかに笑う。あんた壊れてるし話題もズレてる。呆れ交じりのブルートシックザールだが頬は薄く紅い。
「じゃあ本題だ」
すちゃりと眼鏡を直す。
「『そうかも知れない』『頭では分かっている』『そうだとしても』。君が羅列してくれた言葉だ。これを見る限り我輩たちの主張、
しっかり理解してくれてるようだね。ちゃんと受け入れる準備をしてくれている。たいへん光栄だ、パピヨンパークの頑なさ
は見る影もない。成長の証だろう。ぎこちないが拒絶はない」
やんわりと述べる。事実だけをいう。呑まない姿勢は決して責めぬが不文律。ソウヤの視線は一瞬だが脇に逸れた。
説得されながらも受け入れていない、そんな自責が胸を掠めたのだろう。いい兆候だ。
だからこそ、聞かない。
「受け入れられないのはきっと、我輩たちには想像もつかない大切なものを守ろうとしているせいだろうね。それはそれで
いいと思うよ。大事だからこそ人に言えないコトはある。確かにある。ソウヤ君が大事に思うならきっと正しいコトさ。我輩
はそれもひっくるめ君を守る。分からないこそ湧く意欲もある。守り続ければ分かる、言葉より素敵な理解じゃないか」
半ばは本音。半ばは……人の良心の反作用を期待したウソっぱちの言葉。
高校時代いろいろな人間の相談を受けていたからこそ分かる「押してダメなら引いてみよ」だ。
沈黙は何十秒か続き。
「ええと、だ」
「うん?」
ためらいがちにソウヤがよってくる。上目遣い気味にソロソロと寄ってくるのはしょげかえる子犬のようで内心悶える他
なかった。萌え萌えだった。今すぐお持ち帰りしたい衝動を辛うじて抑え咳ばらい。
「何かな?」
努めて優しく呼びかける。ソウヤはまだ紅さの抜けない頬の上で目を泳がせていたが……やがて意を決し、呟く。
「父さんなら…………。父さんなら。命、きっと拾える限り拾いに行く。だから、だから──…」
「でも君は武藤カズキその人じゃない」
一蹴。正に切って捨てる。特に何も考えずやった結果だ。ソウヤは一瞬茫然とし──…
初めて笑った。大声をあげて、笑った。
(え? なんで笑うの? 何か面白かった?)
ヌヌ行はなぜ彼が笑ったのかよく分からない。
答えを求め視線をよこしたブルートシックザールはただ肩を竦めていた。
彼はその間にも口を大きく開け笑い続ける。顔はとっくに俯いている。オレンジのマフラーごと肩がゆさゆさ揺れるのが印
象的だった。漏れるのは底抜けに明るい笑い声だった。精神の何事かが壊れた笑いではなかった。ただひたすら解放的
で開放的な五月の風のような笑いだった。そして。
「……はは。いや、突然すまない。でも羸砲、確かにその通りだ。あんたの言うとおりかもな」
笑い終えると軽く脇腹を抑えこう述べる。
「確かにオレは父さんじゃない。母さんの血だって流れている。パピヨンの影響も受けている」
「そりゃあ武藤カズキなら何が何でも救おうとするでしょうね」
けどと反語を結ぶのは小柄なベールの少女。
「津村斗貴子はどこかで何かを斬り捨てる覚悟がある」
「パピヨンなら……後世のコトなど考えもしない。ただ自分のやりたいまま突っ走るだろうな」
やっと何をいっているのかヌヌ行にもわかり始めた。
(ああ。そうか。そうだよね。ソウヤ君が尊敬している人は3人。カズキさんに、斗貴子さんに、パピヨン。実の御両親と……
育ての親。しっかりしてるように見えてまだ子供だもんね。困ったときは親御さんをなぞるよね。……パピヨンパークじゃ
それで上手くいったもの。なおさらだよ)
少年らしいまっすぐな心は、同じく一番少年じみたカズキの解決法が一番正しいと信じていたのだろう。『総てを救う』、それ
が、それだけが時空改変や王の大乱を償う手段だと信じていた。だからこそヌヌ行やブルートシックザールの提案が呑め
なかった。
(けれど)
「それじゃ、それだけじゃパピヨンパークのころと変わらない。凝り固まっている考えが、オレのものから父さんのそれへ変貌
しただけだ。変わったというなら、パピヨンパークがもうなかったコトにできないなら、オレは…………」
ソウヤはめいっぱい空を見上げた。まだ森の中で木々の隙間からしか空は見えないが、それでもひどく晴々とした顔つき
だった。LiSTにさし向った時のどうしようもない気負いはもうそこにはなかった。風が吹き、鮮やかな緑の葉っぱがヒュラヒュラ
と螺旋を描きどこかへ流れていく。静かで、爽やかな時だった。
「羸砲やブルートシックザール……仲間たちの考えも受け入れる。受け入れた上で母さんたちならどうするかも考える」
「歴史改変に対してどう振る舞えばいいか今は分からない。一番責められない父さんの考えだけ頼るほどオレは正直、恐
れている」
「それでも進まなきゃならない。散華したLiSTに償う意味でもどうすればいいか考えなければならない」
ヌヌ行はホロリとした。
ブルートシックザールはどうかと見れば拗ねたように明後日を見ている。なので歩み寄り肩を抱いた。
(……仲間、だってさ)
(フン。知らないわよ)
(私だけじゃない。ブルルちゃんももう仲間。仲間だ。良かったね)
(うっさい)
ヌヌは思う。鼻をすするような湿った音。いまは聞くだけにとどめよう。
「羸砲。ブルートシックザール。……ありがとう」
差しのべられた両手をそれぞれ彼女は取った。結んだ手は何かを象徴しているようで心強かった。
(ぶっはー!!)
(ああ疲れた。本当疲れた)
(ウソつかずなるべく事実だけで慰めるとかムズカシー!!!)
(本当緊張したー! ソウヤ君傷つけないかヒヤヒヤしたー!!)
内心のヌヌ行は全身汗みずくでぜーはーと息をついた。難度の高い手術を乗り切った外科医のような疲労があった。
ややあって──…
「けどLiSTが消えちまったのは痛いわねェ〜。あんなんでもソウヤの言うとおり仲間になってりゃ気休めにはなったのに」
下山するとひとまず休息をとろうという話になり、彼らは近場の旅館に向かった。
そのロビーでブルートシックザールはぼやいた。衣服は浴衣だ。ソファーの上だというのに胡坐をかき再三におよぶ
ソウヤの注意もむなしくいまは膝を立てている。白い太ももが付け根まで見えるきわどい格好だが本人はまったく気に
していない。
「ブルル君、君は少々オヤジ臭いよ」
「っせーな。テメーはわたしのお袋かってんだ! あ、『金ちゃんヌードル』ある?」
通りかかった仲居さんに呼びかける文字は手書きだ。ときどき言葉がそう見えるのは何故なんだろうとソウヤは首をひね
ったが本題ではない。
「生きて改心して欲しかった。後悔しても仕方ないが、そう思う」
「あーそれなんだけど」
とヌヌ行は読んでた本を開いたままガラステーブルの上に置いた。表紙には「ピンクダークの少年」とある。主人公のバスト
アップの後ろに劇画調の男のアップがいくつか並んでいる。古代文明を思わせる頭の装飾やフェイスペインティング、ピアス
風につけられた指輪から彼らは二部の敵だと分かった。どうやらヌヌ行、読むコトにしたらしい。
「LiSTの件だがどうも気にかかる。生存を確認した訳じゃあないし光円錐の反応だってまったくない」
なら死亡確定に思えるが、わざわざ切り出す以上なにかあるのだろう。続きを待つ。
「最後の言葉が少し気にかかってね。ソウヤ君。あれは君も聞いただろう」
「……ああ」
──「皆さん希望をありがとうございます。わたくしもう少し諦めず頑張らせて頂きますヨ」
「『諦めない』。確かに彼はそういった。仮にもアルジェブラの捕捉をくぐり抜けたレーションの使い手が、だ」
「確かにね。アイツはアイツでライザを絶望させたいようだったわ。ま、逆上したヌヌほどじゃあねーけどよォ〜〜〜〜〜!」
からかうように言いながらブルートシックザール、読みかけの漫画本を奪い取った。
「絶望に対する執念だけはまったくズバ抜けたLiSTだよ」
「それがあっさりライザウィンに屈するのか。あんたはそう言いたい訳だな。確かに……オレなら一矢報いようと考える」
もしムーンフェイスに操られ悪行を働けば? 正気に戻った瞬間から反撃を企てる。
「となると……可能性は一つ。『レーション』
うむとヌヌ行は頷いた。
「閉じ込められたからこそ分かる。あれのステルス性能はなかなかなの物だ。ひとたび物を隠せばアルジェブラでも捕捉
不能だ。光円錐がね。だから内部から余程の衝撃を与えない限りは時系列のどこに潜んでいるか掴めない」
羸砲ヌヌ行は述懐する。過去が終わりレティクルが壊滅した終止符(ピリオド)の更に先で。
「総角主税がレーションの武装錬金を使っていたのを見ても分かるように、彼はやがてLiSTと邂逅する。レティクルエレメンツ、
x冥王星の幹部LiST=レーションと遭遇する。ライザウィンのブラックホールに呑まれた筈のLiSTがなぜ生きていたのか? ど
のような経緯で、忌み嫌うライザウィンの支持母体たるレティクルの幹部に収まったのか…………その経緯が分かるのは、
もう少し先だったね。ソウヤ君」
「しかしブルートシックザール。大丈夫か?」
恍惚の様子で──ウヘヘ。二部だ二部だ。二部まじ最高だわ、キく! となかなか危ういテンションで涎を流す──ブルート
シックザールをソウヤは心配そうに眺めた。流されるかと思いきや反応は速い。
「ったく。冗談じゃあねえわよ。誇り高い血統だと思いきやまさかの近親相姦疑惑! せっかく勝ったってのにヒデー絶望感よ!」
ひょいと単行本をヌヌに投げつけ「頭痛いわ!」苛立たしげにローラーを当てる彼女は怒っている。
「アオフシュテーエンだったっけ? ちょくちょく名前は出てきてるよね」
確かライザウィンの体を構成しているのは、彼の血が染みついた泥らしい。レティクルエレメンツなる耳慣れない共同体と
激戦を繰り広げ殲滅した人物もまたアオフシュテーエン。
「どういう人物なんだ? あんたはその……妹の子孫なんだろ? 何か分からないのか?」
ヌヌ行が難しい顔をしたのは、今は妹の子孫どころか直系と分かっているからだ。ちなみにLiSTの言葉を鵜呑みにしている
のはヌヌ行がウソつきだからだ。ウソつきだからこそ真贋は分かる。LiSTの言葉は真実なのだ。
(ライザウィンが動揺目当てでウソ吹き込んだというセンもない。あいつは我輩たちをアリ程度にしか思ってないからね。
搦め手で揺さぶる悪心さえ催さない。まさに神だ。神に事実誤認はない)
圧倒的。ゆえに綻びなし。情報源も正しいとみていいだろう。
ブルートシックッザールも同じ結論らしい。ソウヤに「余計な気遣いしやがって」と口中ごにょごにょいいながら
「わたしに振られたって知らないわよ。分かってんのは一族始まって以来の天才だったってコトぐらい。パオブティアラー家は
代々マレフィックアースを”降ろす”のに適した一族なんだけど、そん中でもアオフ様はズバ抜けてたらしいわ」
とだけいう。すかさずヌヌ行も相槌をうつ。
「たぶん最強だろうね。1995年のレティクルエレメンツとかいう共同体との戦いで大いに活躍したというし」
仲居さんが金ちゃんヌードルを持ってきた。あるのかよ! 全員口を揃えて突っ込んだ。湯もちゃんと入っていた。
「一応さ、「偉ぶらず誰彼の区別なく接する優しい人」だの、『困ってる人みると助けずにはいられないお人好し』だのといった
人物評は伝わってるけどどーも信じらんないわ。一族で傑出した奴なんざ『盛られる』のが常だし」
ラーメンを啜りながら語るブルートシックザールはあまりアオフに関心がなさそうだった。
無理もない。先祖の、兄なのだ。先祖の兄としか思っていなかった。彼女だけでなくその父も叔父も祖父も、奇妙な運命
(さだめ)持つその血を連綿と受け継いできた数々の人物たちもきっと自分たちの源流を知らないまま生まれて生きてそし
て死んでいったのだろう。残された最後の1人だけが今になって始まりを知ったのだ。つくづく奇妙な運命に彩られた一族だ。
羸砲ヌヌ行、述懐。
「ヌル……つまり小札だが、これまで見てきたとおり正史の彼女は近親相姦で子を為してしまった。その累々たる血脈が、
ブルートシックザールを紡いだのだけれど……。アオフシュテーエンという兄は一体何を考えそんな禁忌を犯したのか?
鐶光の義姉リバース=イングラムも相当ひどくかなりのコトをしたが、アオフの前ではやや霞むね」
「しかも」
「そんなアオフが」
「むしろ正義側で総角の模範となり、ひいては音楽隊に加わる者たちを……鳩尾無銘、鐶光、栴檀貴信と栴檀香美といった
者たちを間接的にだが救うのだからまったく人間というのは不思議だねえ」
「(ちなみにわたし、アオフさんを生で見たとき「ああこりゃ近親相姦もするわヤベエと」と思った)」
「もちろん改変後……銀成市で早坂秋水たちと音楽隊が争う時系列において小札零はアオフの牙にかかっちゃいなかったがね」
LiST戦後の時系列に戻る。
「むしろ我輩が気になるのはLiSTがアオフの件を最後の最後で持ち出した、というところだ」
「あの状況でいう位だ。きっと意味があるんだろうな」
ソウヤも引っかかっているらしい。
「まぁーそうね。私のルーツが禁忌! ってのはヒドく絶望的だけどさぁ、LiSTのヤローは絶望そのものを求めちゃいなかった。
絶望が希望に変わるコトこそ望みだった。戦ったからこそ分かるのよその辺」
「じゃあ彼が紡ごうとしてる希望……それはなんだい?」
推測になるけど、と念を押しブルートシックザールは長々と述べた。
それは要約すると「一族最強の男の血が流れている以上、マレフィックアースという莫大なエネルギーを行使できる」とい
う意見だった。
「おお!! それはめっちゃ希望じゃないかブルル君! ついさっきライザウィンに手も足も出なかった我輩には朗報も
朗報、まったく良すぎる知らせだよ!!!」
「ただわたしさ、やり方分からないのよね。何度も言ってるけど傍系育ちだし。卑下してないよ(手書き)」
アオフに子がなかったせいで本家は彼の死後ほどなくして没落。アース化の資料は散逸したという。
「一応ブルートシックザール。あんたの自宅、調べてみるか?」
「別にいいけどめぼしいものなかったわよ。大乱のときさんざあちこち引っかき回したけど、アース関連のは特になかった。
何しろ代々傍系……だと一族総出で思ってたからさ。アオフに関する資料も同じね。誰だってまさかご先祖だとは思っちゃ
いなかったもの」
「? 一族が英雄視してるのにかい? まあいいけど」
ならアオフの生地を探そうと話になったがいかんせん情報が少なすぎる。アルジェブラの検索を以てしても芳しい情報は
見つからない。ともすればウィルの所在同様、ライザウィンが韜晦してるのかも知れない。
「うー。分からない。手がかりナシだよ」
「次元俯瞰でもダメね。似たようなモノ。疲ればかり溜まるわ」
ロビーから人が一人また一人と消え、消灯時間まであと30分。続きは明日に。そんな雰囲気が女子2人の間に漂い
始めたころそれはきた。
「チメジュディゲダール」
「え?」
目をぱしぱししつつソウヤを見る。検索中ずっと黙っていたソウヤが初めて喋った。
「LiSTはアオフの件より先にチメジュディゲダールの監禁場所を教えた。それがヒントじゃないのか?」
おー。そろそろ切り上げようとしていたのも忘れ女子2人は目を見張った。
「そして屋敷を探索したとき、ブルートシックザールあんた言ってたじゃないか。11代目はアオフシュテーエンの部下だったと。
あの屋敷の主は26代目……だったな」
「おお! そういやそうだった! そういや彼らの核鉄は99.9%! 前の使用者の精神を受け継ぐ!! なら!!」
「羸砲やブルートシックザールの武装錬金を使えば何か分かるかも知れない」
「ん? ちょっと待って頭痛いわ。受け継ぐのはあくまで初代の精神だけよ。何か説明ミスったかも知れねーけど、11代目
の精神残ってるかどうか怪しいわ」
頭を……よく見るとベールを取ったせいかロバの耳のような”跳ね”が頭頂部に見てとれた。ヌル……小札零の遺伝らしい
ピョコピョコが霞んで見えたときヌヌは自分が睡魔に襲われているのだと知った。直前のトチリはそれ故か。
「でででもでもチメジュディゲダール繋がりで何か知ってるかもだよ。26代目さん」
手がかりはそれしかなさそうだ。ブルートシックザールは左掌をバシリと殴る。
「ライザの所在はわかったけどこのまま行ってもやられるのは目に見えてる。増幅版のアルジェブラが通じなかった以上、
ソウヤの武装錬金も望み薄でしょうね。ヌヌの実戦経験も増やしておきたい」
不敵な笑みを浮かべ歩み出す。目指すはアース化の方法。アオフシュテーエンの足跡。
「血脈を巡る謎ッ! ってのはなるべく早く解消しておきたいし、それに第一無関係のヤツが誘拐されたままってのはどうも
スッキリしねえわ」
ならば次の目的地は。
「屋敷から西南58kmの遺跡!」
牢屋の前で影が喋る。
「ネエネエお兄ちゃんお兄ちゃん」
「なんだい?」
「2078年に本出版した26代目はなんで今も生きてるの? 300年ぐらい経ってるよ?」
「ホ、ホ、ホ、ホムンクルスだからじゃないのかなウヒヒ…………」
「お姉ちゃんには聞いていません! だいたい26代目は人間なのです!」
「敢えて幼体を植え付けてね、喰われまいと踏ん張ると、人は人間のままホムンクルスの不老不死を得るんだよ」
「で、で、で、でも引き換えに人間以上の高出力は出ないんだなフヒッ」
「ふーん。そうなんだあ」
「よほど強くないと失敗するけどね。ちなみに26代目は襲名2度目だ。14代目だったコトもある」
「い、い、い、一度チメジュディゲダールをやめてから返り咲いたんだなあブフフ…………」
「なるほど。だから人間のまま長生きなんですねっ!」
「ところで妹たち。LiSTがやられたようだ。ミッドナイトができるまで粘って欲しかったけど……早いね」
「や、や、や、やばいんだなブククッ。敵は予想以上、敵は予想以上…………ぷーっ」
「じゃあ今度はワタシたちライザさま謹製・頤使者(ゴーレム)軍団の出番だねっ!!」
牢屋の中には影がひとつ。全体的に丸みを帯びているところをみるとどうやら女性らしい。服はあちこちが破けみすぼらし
い。ぐったりと横たわる彼女の横には眩く輝く刀が1振り、転がっている。
『二十六代目:チメジュディゲダール=カサダチ』
刻まれた銘の横で女性は身じろぎもせず。
ただぐったりと横たわっている。
影の誰かが呟いた。
「LiSTか。アイツとライザさまが出逢ったのはゲームセンター」
「何があったかって? それは──…」
オマケ。
LiST's List! 得意料理の数々ッ!!
世界を練り歩いたLiSTなのでトーゼン各国のレーションにも精通している。
──スゲーうまい異国の料理よりチョイマズいがお馴染の風土料理の方が現地民に喜ばれるコトをLiSTは発見した。料理
人が最も大切にすべきもの。それは技巧ではない。未知の気候風土や歴史、習慣に合わせ味付けを変えられる『適応力』!──
で培ったレパートリーがコレら。
アメリカ …… MRE(Meal.ready-to-eat)。タテ32センチ、ヨコ20センチの袋の中に
主食、クラッカー、デザート、長さ160ミリのスプーン、タバスコ、FRH(フレームレス・レーション・ヒーター)
などがギュウギュウに詰まってる。
タバスコは賞味期限の目安にもなる。(赤っぽければまだ大丈夫)
FRHとレトルトを同じビニールに入れ水をチョッピリ加えると化学反応。蒸気が出てあったまる。
マズい。すごくマズい。(別名Meals Rejectd Ethiopians。飢餓にあるエチオピア人さえ拒否したメニュー)
肉はパテかってぐらい堅い。
フランス …… やたら色とりどりで高カロリー。ラベルの貼り間違え注意。
脂っこい肉料理。 やたら甘いデザート。
ジャガイモの入ったレーションは一度食べたら忘れられないほどオイシー。
イタリア …… ミネストローネやミートソースのラビオリは煮込みすぎでフヤフヤ。
(イタリアンだがうまくない)。
センスのいいパッケージ。
朝食になぜかついてるブランデー。(40%)
歯ブラシはまるでナメクジ。
ソコソコうまいツナと豆の缶詰。
イギリス …… 意外においしい。イケる。
ビーフシチューやソーセージ&ビーンズが絶品。1日4回、紅茶が飲める。
ドイツ …… 無機質な機内食って感じの包装。
綺麗にスライスされた円形の黒パン入りの缶詰。
↑ 残したらフタもできる(保存性グー!!)。 肉料理もおいしいよ。
ビタミンとミネラルのバランスがいい。とてもタフ。
キレーにペリっと剥がれる容器のフタ。(他の国は剥がれにくい、らしい)
ロシア …… 「まさか連邦崩壊前つくられた奴じゃあねーだろうな?」と不安を煽るブリキの缶詰め。
米や蕎麦の粥は塩と牛肉がほどよくマッチ。癖になる。
中国 …… メインの醤牛肉が「え? これだけ?」って量だったり、あまり期待してないザーサイが激ウマだったりするの
は民営会社が売りこんでいるせい。会社によってバラつきがある。ウマいかどーかは運次第。(戦争中そんなんに運使う
とかどーなの?)
※ これらは総角主税の複製したマッシュルームパワーでは再現不可能です。(知識不足と相性の問題)
ただし人肉をベースにした料理を部下たちに与えるとおよそ14日前後『人喰い衝動』が抑制されるコトを総角は発見した
のでそっち方面での使用頻度は高い。(だったらヴィクトリアが苦しんでるときやりゃあ良かったんじゃあないか?)
作る料理は肉団子、ステーキ、ハンバーグ、肉丼……と日本のレーションがモチーフ。
蟹チャーハン作ると無銘や鐶は大喜びするが調子に乗って3日連続とかやると「また?」という顔をされ傷つくのでメニュー
選定には結構神経を使う。(鐶がきていらい焼き鳥が作りづらくなったので無銘は内心『ただいるだけで好物食べるの妨げ
るとかどうなのだオニョレ!』と恨んでいるが、言うと傷つけそうなので(彼女はただいるだけ。何も悪さしてないのだ)黙って
る。……だがその配慮でよけいイラつく難儀な奴)
参考までに他のメンバーが好きな料理
貴信 …… 胡椒のピリッとしたジャーマンポテトサラダ。
香美 …… サワラかってぐらい色の抜けた鮭の塩焼き。
総角 …… マイルドなビーフカレー&醤油味の強い福神漬け&白米2合。
小札 …… わら丼。
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