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過去編第010話 「あふれ出す【涙なら】──急ぎすぎて壊してきたもの──」 (4)



 女性が1人、石畳の上に佇んでいた。1m四方の灰色の畳は最長でおよそ30mに亘って敷き詰められていた。果ては
円弧を描いている。円い闘技場だった。その上のある一点で身じろぎもしない女性は殺風景な雰囲気とは裏腹にひどく荘
厳美麗な雰囲気だった。
 髪は金色だが染めてはいない。沖天の太陽のように眩く光り輝き、艶ときたら景色を濡れ濡れと映し出すほどだ。長さは
胸や背中にかかる程度。いくつか枝分かれした「房」は青や水色、赤、紫、黄、白に黒に銅と麗しく染まり対応色を燦然と
振りまいている。これもまた染色されている訳ではない。カワセミやオウムの羽毛構造は空気や角質、メラニンといった物質
がサンドイッチになっている。それらそれぞれからの光の反射によって青く見えたり緑色に見えるのだ。(鳥に青い色素は
ない。緑色のオウムとは、黄色の地毛に構造から生ずる青が混じったに過ぎない)。女性の髪もまた特殊構造であり、七光
の粒をきらきらと振りまいている。
 とにかくレンズが極端に小さいメガネがよく似合う知性と美貌の持ち主だった。髪の色を見ても分かるように些か奇矯な
気配が漂っているが、それを差し引いてもあまりあるほど魅惑的だ。法衣に包まれた肢体は貞淑で精錬な細さを湛えて
いるが、男性諸君の目が注がれるであろう部位は恐るべき肥沃さに満ちていた。双方1の位を四捨五入するだけでメートル
の世界に突入するのではないかというのは大学の同級生の弁。

 女性の名は羸砲ヌヌ行(るいづつ・ぬぬゆき)。字面からして独特な彼女は──…

 人間の運命を見るコトができる。
 うっすらとだが、過去のみならず未来を察知可能だ。

 秘密は彼女の武装錬金、アルジェブラ=サンディファーにある。
 このスマートガンの武装錬金は、光円錐……光という情報の広がりからできる円錐を常にキャプチャーしている。厳密に
いえば円錐から確率論的に必ず漏れる光の粒を時系列上に存在するブラックホールで掬い取り、量子エンタングルメント
によって復元ののち複製し保存している。
 余談だが、ブラックホール1つ辺りの記憶容量は10の更に10の78乗と言われている。これはどれほどの記憶容量か?
一説によれば現在地球上には1億3000万種の本があるという。それら総てが百科事典級の厚さとしよう。3億文字のアル
ファベットが入っており、それら総ての組み合わせが入っているとしよう。1冊当たりの情報量は「10の10の9乗」だ。それが
1億3000万タイトル有っても「10の10の17乗」……。ここから更に10の61乗倍してやっとブラックホールの容量「10の
10の78乗」である。更にいえば無量大数は「10の68乗」。つまり、である。平たくいえばブラックホールに入る情報量とは、

 広辞苑13冊の無量大数倍

 である。(参考文献:大栗博司著・「重力とは何か」。幻冬舎新書)
 そんなブラックホールを常時3万前後起動している武装錬金の持ち主だから、ヌヌ行は相手の情報……光円錐をうっすら
とだが可視可能。「うっすら」というのは余りに相手どる情報が多すぎるからだ。あらゆる時系列のあらゆる総人口の変化
を常に精神のバックグラウンドで処理しているため、個人個人への注意はどうしても薄れがちになる。

(私、私、銃撃戦するのカナー。戦う相手のハロアロって女の子もリベレーター持ってるし……)

 根も幼いため腋が甘いヌヌ行は、闘技場の上で首を傾げた。

 彼女は巨悪を斃すべく仲間2人と冒険中。立ちはだかる敵の幹部と団体戦をやる羽目になり敵の先鋒が倒れた。
 ヌヌ行は中堅と戦うべく舞台に上がったのだが相手を見るなり「はてな」、違和感に気付く。

(あれ? よく見るとこのコの光円錐、なんか違うような……)

 目を見開く彼女の背後で。

 黒紫の泡が浮いた。ピンポン大が1つ浮いた。泡は続く。石畳から湧いていた。隙間を無理やりくぐった風船のように潰れ
ながらプルプル右顧左眄しながら天空めがけ解き放たれ幾つも幾つも飛んでいく。野球ボール大のもあればバスケットボー
ル大ほどのもある。それらはけたたましかった。思考に暮れるヌヌ行の背後で、それこそ幼児の吹くシャボン玉のように何十
何百と飛び交いつつ空へ飛んだ。つまり一瞬の出来事だった、ピンポンが浮いてから一瞬で夥しい泡が舞った。異変に気
付いたのはヌヌ行よりもむしろその背後にいた仲間達と、ハロアロを覗く敵の兄妹で、だから彼らは彼女に知らせるべく叫
んだのだが、その頃にはもう何もかも手遅れといえた。辺りは、曇った。天空を悠然と泳ぐ白い蒸気の塊が太陽を遮った
せいではない。ヌヌ行の周囲60mを底面とする高さ28mの半球に充満した無限のマルベリーパープルした泡沫が、スペ
クトルを遮ったのだ。夜に招かれたのはヌヌ行のみならずだ。ソウヤも、ブルルも、ビストバイもサイフェも、場にいたもの全
ての昼が奪われた。泡の群れは回遊魚のように緩やかに蠢きはじめマーブルを描く。ある者は爪で泡を払い、ある者は鉾
で薙いだが1つとして割れず、つまり旋風は続いていく。ヌヌ行は、泡の位相変化に伴う干渉と回折による、ミントグリーン
とイエローオーカーと、それからフューシャピンクが風の中で混ざり合うけばけばしい幾何学万華鏡の中、軽い酩酊を覚え
ながらも辛うじて空中の、ある一点を凝視した。聞いたのだ、声を。それはこう喋っていた。

「あははははは! これで一網打尽さね!! 拘束! ブルルも! 他2名も! もうここから出られない!」

 ドームの外の影に差す逆光は、泡の暗さに馴染んだ瞳にはひときわ眩しく映った。手をサンバイザーよろしく額の前に掲
げながら切れ長の眼差しをすうっと細めてやっとヌヌ行はその影の全容を掴んだ。

「ライザさまを助ける最良の手段! それはあの方が時間切れになるまでブルルたちを捕らえておくコト!! そしたら業を
煮やしたライザさまが直接ブルルを捕らえに来る!」

 声の主は、ドームの頂点より更に8mほどの場所に浮いていた。荒れ狂い、しかも遮光性に飛んだ泡の群れの中に居る
ヌヌ行が、高さ28mのドームのはるか先に浮かぶ声の主を見れたのは奇妙な話だが、しかし見た。青い肌をした2m超の
女を。泡は彼女とヌヌ行の間を通るときだけ透過する。如何なる理屈かクリアになり、そのくせ日光だけは通さぬのだ。

「唯一の懸念は兄貴だったけど、ブルルはまったくよくやってくれたよ!! 強い力!! あたいの能力を破りうる能力は
さっきの戦いで疲弊して払底ずみ! 泡の中での回復ができないのもコレまでの戦いで証明済み」
「チッ」
 弱々しく光るリフレクターインコムと、いまだ勢い弱まらぬ泡を見比べたビストバイは忌々しげに舌打ちした。
(頭痛いわ。つまり……折込済みって訳ね。わたしが勝とうが負けようがビストのヤローが弱るってのは)
(だが羸砲の能力も獅子王に匹敵──…)
 光の柱が放たれた。天空から雲を貫き駆け巡ったその柱の光芒は、黄昏の嵐の間隙を縫ってソウヤたちを照らした。
「バカだね!! この1ヶ月を忘れたかい!!」
 青い影が手をかざすと、その前面に黒い樹状の場が現れた。それに衝突した柱は、ロウソクのように歪に溶けて閃光
を散らした。爆音が轟き、地面が揺れ、鬩ぎあいにもならぬ一方的な蹂躙が、柱を、全時系列を貫く全長無限のスマート
ガンから放たれた時空荷電粒子を散らし尽くした。ビームはドームにも降り注いだが、泡に弾かれ同じ命運。
(むー。やっぱ1ヶ月やって勝てなかった相手だけある……。激堅いLiSTのレーションさえ砕いたのに手応えナシ……。光斬
るような曖昧さばかり手に残る。てか白塗りん時より強くなってるし!!!)
(破壊は無理、か。羸砲の能力さえ超える敵とは)
(ライザ麾下の頤使者(ゴーレム)ってのは伊達じゃなさそうね。さっきの話じゃあビストと互角以上らしいし。頭痛いわ)
 仲間2人と同じ感想に至ったのだろう。砲撃はやんだ。
 そして身の丈ほどある銃(端末)を消し、ほうと息を吐き、メガネを直したヌヌ行が、
「…………それが真の姿かい、ハロアロ」
 呼びかけると青鬼のような色の巨大な影がピクリと反応した。衣服は纏っておらず、均整の取れた体つきがむき出しだっ
た。背丈は2mを1割か2割オーバーしているが、意外にも華奢であり、そのくせ四肢は程よく引き締まっている。
「就活にフリーメール使う馬鹿がぁ〜 い・る・と・で・も?」
 腰を屈め笑うハロアロは変貌していた。白塗り縮れ毛の冴えない顔が、吊り目の、女傑というべき顔に変貌していた。4
本の、大型肉食獣のような犬歯が喋るたび覗く。光沢のあるヴィリディアンのセミロングの髪の両側からは硬い質感の触角。
3対あり、前からクワガタの顎、カマキリの鎌、バッタの脚。全裸かつ偉容の妖魔と形容すべき女だった。
(変身した? いや、何か違う。さっきの白っちいハロアロの光円錐は何かヘンだった。それに第一)
 目を細める。真ハロアロというべき彼女の全容は見たが……肝心なものは何も見えない。

 即ち光円錐。知的生命体ならば誰しも持つ情報の広がりが。ヌヌ行が操り、干渉する橋頭堡が……まるで見えない。

「そしてコレで完璧にィ〜〜〜〜〜、封じる!!」
 泡が一斉にヌヌ行の全身に張り付いた。悲鳴を上げる暇もあらばこそ、過剰増殖を極めた癌腫のように丸だらけの彼女の
輪郭は、下に向かって潰れていき、やがて見えなくなった。仲間や敵の兄妹もまた同じだった。泡と共に消えた。
 バブルの嵐がやんだ時、闘技場に佇むものは1人としていなかった。石畳に着地したハロアロは満足げに舌なめずりをすると
「これでよし。これで誰一人戻ってこれない。痺れを切らした時間切れのライザさまが飛んでくるまで誰一人」」
 破顔し、そして自らも消えた。





 チャーンチャチャラ- チャララチャーン チャーンチャチャン……


 荘厳なBGMを聞きながらヌヌ行は立ち尽くしていた。

(え? なに、なんなの? どうなったのーーー!?)

 泡は容赦なくヌヌ行を踊り食いにした。筈だった。暗黒の顕現に全身すっぽり覆われた時は流石に死を覚悟したが、2
秒もしないうちに視界が晴れた。ホッと豊かな胸(B95)を撫で下ろしたのも束の間、周囲の景色の変貌にゾッと青くなる。

 端的にいえば山小屋の更に一室だ。山にあると決まったわけではないが、丸太を積んだログハウス風の壁は山小屋と
呼ぶに充分である。別室に通じていると思しき通路が2つあるがヌヌ行は用心深くそちらを見るだけで向かわない。
(まずは現状把握だ。遭難時は迂闊に動かない。鉄則だよ)
 山小屋らしき建物の中でヌヌ行はスチャリと眼鏡を治す。まずは今居る部屋の品定めだ。
 大人20人が起居できるほどの広さで鹿のハンティングトロフィーが1つ、片隅に無造作に掛けられている。殺される因果を
もたらした立派な角を呪う虚ろなマナコは反対側の壁を眺めていて、暖炉もあった。使われなくなって久しいのだろう、埃と
クモの巣まみれで薄く青みがかった灰色の燃焼残渣(ざんさ)が降り積もっている。窓際には正方形のテーブルが2つ置か
れているが見事なまでの断層を描いている。4つある椅子もちりぢりバラバラ、机上の、山男の匂いがする濁った半透明
のマルーン(暗い赤)やオリーブ(暗い緑みの黄)の酒瓶の形やサイズ、それから配置の増大しきったエントロピーにブツ
クサいいながらビンを片し椅子を揃え机を長方形に整体しているいると窓の外で

 チャーンチャチャラ- チャララチャーン チャーンチャチャン……

 と音が鳴り始めた。荘厳な音だった。管楽器で彩られた光放つ音楽が響き渡った。ガチャカリン。ヌヌ行が安物のテキー
ラを被覆のビンの破片ごと床にブチ撒けたのは音に驚いただけではない。

 窓……ヒグマが3体並んで入ってこれるほど大きな窓がスクリーンになっていたのだ。窓も桟も消えうせて映し出されるのは
……色々だ。

 狼3匹めがけ炎を巻き上げる魔術師もいれば、色とりどりの風船で装飾された屋台もある。街を走る剣士、透明な河の流
れる紫水晶の洞窟に妖精の飛ぶ森……。世界地図らしきものが航空俯瞰図でギューンと流れ始めたあたりでヌヌ行は段々
この映像がいかなるものか分かり始めた。

 だがそれは、絶対に認めたくない事実だった。

(そんな!! ハロアロの武装錬金はリベレーターの筈!! 『こんな』、『こんな馬鹿げた』特性なんてある筈が!! 大体
我輩撃たれてないんだよ!? あの泡はこちとらの全身包んだ! リベレーターが何か撃ったのなんて見て──…)

 正常バイアスはしかし、壊される。
 音楽がフェードアウトし、映像が切り替わった。先ほどまでの荘厳さが一転、どこか郷愁を掻き立てる中国弦楽器の調べに
が鳴り響く中、森の湖上をバックにこんな文字がデカデカと表示された。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃                                ┃
┃【断天のディスエル 〜変易の白蝋金〜】    ┃
┃                                ┃
┃                                ┃
┃                                ┃
┃                                ┃
┃                                ┃
┃                                ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

「やっぱゲームだコレーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 閉じ込められたとも取れる状況。ヌヌ行の形のいい顎を二珠の汗が伝い落ちた。
(ぐ……。漫画や小説でお馴染みのアレか、アレなのかい!? どっちだ、どっちなんだ!? 死んでもやり直し効くアレとか
コレ系統なのか!? それともゲームオーバーすなわち死の超シリアスなあんな作品やこんな作品タイプ!? 後者はマ
ズい絶対マズい!! 我輩死んで覚えるタイプだし!!)
 とはいえ作品世界に閉じ込められたにしては妙だとも気付くのだヌヌ行は。タイトル画面を見ているのは……おかしい。
(ひょっとしてまだプレイ前……なんだろうか? ああでも作品によっちゃゲームスタートしてからしばらく後にムービー流れ
るし……野球のチーム名決めた後に飛ばせないOP来るギャルゲとか……)

 一体どういう状況なのか。そもそもヌヌ行、ハロアロの奇妙な変貌にすら頭が追いついていないのが現状だ。
(むぅ困ったよーー。何アレどーなってるの。あの子ってなんなの。ゲームに引き込んだっぽい能力の正体は!?)
 根は幼いヌヌ行が困っていると
『あの青いのがお姉ちゃんの全力形態。本命アカウントですっ!』
 目の前にA4大のモニターが浮かんだ。枠内には色黒で赤目のおかっぱ少女。サイフェ。敵の次女だ。
「(うえっ!? なにコレ近未来!?) やあサイフェ君。無事なようで何より。ところでそれが何か教えてくれると有り難い
のだが……力添えのほど、お願いできるかな?」
『あ、はい! トモダチ通信ですね! あったコトある人に連絡できるゲーム内の機能です!!』
(やっぱゲームの中なんだ!? つかこのコ適応力高っ!!!)
『ジャンプのゲームコーナーに載ってましたから!! サイフェは毎週毎週ジャンプの全て、1ページも漏らさず読んでます
から!!!』
 頬を染め上ずった声で叫ぶ少女。鼻息まで吹くあたり相当ジャンプにお熱らしい。
「(立派だなあ。私新人さんの読切り読まない派だよ。人気作でもキョーミなかったら読まない人だよ) ほんとジャンプ好きだね」
『大好きですっ!!』
 しかし本命アカウントとは何であろう。問い返すと、少年漫画激ラブの少女は顎をくりくりしながら語りだす。
『お姉ちゃんは分身作れるんですよー』
「分身? ムーンフェイスみたいな?」
 いえいえ。しっかり者の妹は手を振った。
『自分をそのままコピーするんじゃなくて、ネトゲのアバターみたいな、ネット掲示板のハンドルネームみたいな、俗に言う《仮
の人格》みたいな、自分なんだけど自分と違う部分もある、そんなのが作れるんです』
「(ホンマええ子や。敵の私にここまで親切にしてくれるなんて……)じゃあ、何かい? さっきの顔面真白なハロアロも──…」
『はい』。黒ブレザーの少女は元気良く頷いた。
『ジョーカーアカウントですっ! 私たちみんなライザさまからジョーカー縛りのカッコして戦えって言われてますから、お姉ちゃ
んもそれっぽいのやりました』
 ちなみにバットマンのジョーカーを真似していたという。
『まー、お兄ちゃんが途中から某長官のカッコやめたの見ても分かるように、みんなあんまり乗り気じゃないんですけどねー。
サイフェだってこの日焼け肌恥ずかしいんですよ。お風呂入ると服の部分だけ異様に真白でヘンで……その、恥ずかしいです。
で、ゲームに引き込んだお姉ちゃんの能力ですが』
『サイフェ!! それ以上あたいの能力バラしたら折檻するよ!!』
 怒号が飛んだ。姿こそ見えないがハロアロは通信を傍受しているらしい。思わぬ声にサイフェは、よく日に焼けた顔相応
の幼さで首を竦めたが、すぐさま瞳を潤めつつ猛然と反論。
『だってだって! こんなんフェアじゃないじゃないお姉ちゃん!! 勝ち抜き戦だよ!? 伝統だよ!!? そりゃ未知なる
敵戦力が攻めてきて勝負ウヤムヤ〜っていうのもあるけど、対戦相手がウヤムヤ〜はダメじゃないのさ!! だからバラスよ!
バラス!! ジャンプ魂にかけてお姉ちゃんの能力バラスんだからっ!!』
(怒るトコそこなんだ……)
 武士道とも騎士道とも違う、あくまでマンガ基準のサイフェにただ呆れた。そういえばヌヌ行の親友たるブルルも特定の
マンガを愛している。
(どんな反応してんだろブルルちゃん)

「2部っぽいわね。ガチな戦いの後の騙まし討ち……実に2部っぽいわ。頭痛いわ」

 どこかでブルルは顔をしかめていたが、口元はちょっとニヤニヤしていた。それを隠そうと掌を当てるが、傍を通りかかっ
た人々が(あ、このコいますごく嬉しいんだな)というのが分かるほどニヤニヤしていた。

(ダメだ! 多分あっちもマンガ脳!! てか死ぬ! ブルル君、きみね、これ続いたら、死ぬんだよ!? 君が死ぬ!!)
 体を狙う敵の親玉を呼び寄せる時間稼ぎにまんまと嵌りこんだというのに、趣味優先で陶然とする友人。見てはいないが
想像はつく。その程度の付き合いはある。これに呆れずして何に呆れろというのか。
『くそハロアロ!! テメー小生の猟較まで貶そうってのか!!?』
 大気を裂く大声と共に新たなモニターが現れた。眼帯に金髪という派手ないでたちは勿論獅子王ビストバイで、彼は心底
逆上していた。
『檻に閉じ込め餓死狙うなンざ狩りじゃねえ!! 虐殺だろうが、ただの!! 殺すのは構わねえ! 主義主張が違うンだ!
矜持の天秤にかけて抹消せざるなら殺りゃあいい!! だが!! 殺る以上は死路でも活路でもとにかく獲物が全力でこ
ちとら殺しにかかれる道用意すンのが流儀だろうが!! 命奪うなら命を晒す!! イーブン!! でなきゃ愉しめねーし
猟較じゃあねえ!!!』
 まして小生の、誇りと全力を込めた戦いの後にハメるなど到底許されない……頤使者四兄弟の長男坊はそんなコトを喚き
散らした。ハロアロは言葉全てを聞くと、冷たく答えた。
『兄貴は古いし甘い! 敵にさんざ情けをかけて挙句負ける!! ライザ様を助けたいなら確実にブルルを捕らえ引き渡す!
ここを通せば逃げられる恐れがあるんだよ! ジャイアントキリングもね! 弱り果てたライザさまの前に敵を寄越す!!!
あたいは認めないよそんなの!!』
『てめ! そンなん一言も言ってなかったのに何を突然! あと微妙に小生の意見聞いてないよな! 昔からこうだコレだから
妹って奴は……ああチクショウ!! ムチャクチャ腹ァ立った! テメーの能力、ヌヌに教える!!』
『ちょ!! あたいの能力バラさ……』
『ジャミング! 脱出するには足らなすぎる残り僅かな強い力で妨害してやる! だーってろ! くそハロアロ!!』
「(お、いい人きた! 善悪とは別の次元で生きてるけど根はいい人のビストきた! これで勝つる!!!) やれやれ敵に
妹を売っていいのかい? 情報とは時に武力以上に大事だよ」
『だから売ンだよ』
 凄絶に笑う獅子王にヌヌ行は一瞬ぞっとしたが、さわらぬ体で微笑した。
『いいかヌヌ! よーく聞け!! ハロアロの能力は『領域変換』だッ!!』
「(まーた訳の分からない能力! インフレ丸出し! 我輩が言うのもアレだけど、この界隈ちょっとアレな能力多すぎない!?
時系列貫いたり、次元俯瞰したり、強い力で街1つ作ったりでしょ。で新しいのが領域変換とか聞くだけでチートっぽい奴……)」
『ゲームってのあンだろ。ネットゲーム。現実をそンな感じにしちまうのさハロアロは』
「ではさっきの白塗りハロアロのような、えーとジョーカーアカウント、だっけ? ネトゲのアバターじみた別人格作れるのも」
『はい! ゲームちっくな能力の一端です!!』
「…………。ブルル君の次元俯瞰と被ってないかい? 彼女じゃないけど頭痛いよ?」」
『いーえ。お姉ちゃんの場合は、『次元を見下ろす』っていうより、『次元を自分の領域に押し込めて好き放題する』なんです』
 いまいち分からない。そんな声がブルルのみならずソウヤやヌヌから上がった。サイフェはちょっと顎をくりくりしてから、
『ブルルさんの能力が、ピンショのアニメのスタッフさんたちを動かして、ちょくちょくナイスなオリジナルを挟み込む物としたら、
お姉ちゃんの能力は、ニコニコ動画に切り貼りしたピンショ上げたり、コメントで笑い取ったりしちゃう感じです』
 ……。
 よくわからない。
 内心のヌヌは真白になって硬直したが、脳みそをフル回転させて何とか情報を整理した。
「えーとつまり、ブルル君の次元俯瞰は社会構造を変えるタイプ、ハロアロの能力は、ニコニコ動画のような映像持ち寄って
騒げる憩いの場作成タイプ……ってコト?(我ながらニコ厨だなあわたし……くすん、小学校のころオワタ式とかの無理ゲの
攻略動画ばっか見てたから…………)」
 獅子王は笑った。
『そうだ! 奴は任意の領域をニコ動にうp……』
 そして黙った。何秒も何秒も。ヌヌは彼を見た。モニターの中のサイフェも、右下にいる兄を見た。
 やがて彼は、咳払いを枕詞に口を開いた。
『ハロアロは、ニコニコ動画とかいう場所に、ア、アップロードするような感じで、現実空間を押し込めるコトができる』
「? ビストバイ君。何故いま言い直したんだい?」
『……い、言い直してなんかねーよ。アレだ、電波だ電波。電波が乱れたンだよ』
「うp? うpっていったよね獅子王」
『言ってねえつってンだろ!!? 黙れよ、殺すぞ!!』
「そうか! 『見た目にそぐわずネット好きな自分知られるのハズカシー』とか思ってるんだね!」
『う!! うるせーよ!! サイフェの影響だ! サイフェの!!』
『サイフェうpとか言わないよ!? ニコニコ動画に踊ってみた投稿するときいつもお兄ちゃんがアップロードしてくれるじゃな
いのさーーー!! 説明文だってお兄ちゃん書くし! 漢字わからないサイフェの代わりに書くし! タグだってつけるし!!』
「いいお兄ちゃんだね。仲いいね」
『はい! 普段は面倒臭がりでパンツとか脱ぎ散らかしますけどイザって時は頼りになるお兄ちゃんです!!』
『だから黙れやあああああああああああああああああああああああああああ!!!』
 獅子王は真赤になって怒鳴った。いろいろ恥ずかしいらしい。
「ははは。恥じるコトはないさビスト!! 我輩だってニコ動は大好きだよ。科学カテゴリの話題の動画は毎日チェックさ。
(あとね、あと……ゲーム!!! AV(アニマルビデオ)も大好き! ペンギンさんやシロクマさんには癒されるよねー)」
 この発言に獅子王が怒り、ニコニコ動画を貶した末、実はEXP530越えのヘビーユーザーという衝撃事実をサイフェに
よって暴露されたのは余談である。

『とにかく奴は特定の領域を任意のプラットフォームにアップロードできンだよ! ニコニコ動画とかいうよく分からン動画投
稿サイトに動画をアップロードするのとは段違いだぜ! 三次元領域を、既存のゲームを模した空間にそっくり持ってくコト
だってできる!!』
「(この期に及んでまだシラを斬る! ニコ厨なの隠そうとする!)……。さっきの闘技場とは違う場所。つまり」
『はい! サイフェたちっていう領域だけをゲームの中に持ってったんです! つまり見てのとおりです! サイフェたちを
ゲームのキャラにしたんです!!』
「となると」
 ヌヌ行はサイフェからログアウトの仕方を教わりその通り操作したが……お約束というか、脱出できない。眼前に浮かんだ
メニュー画面には無慈悲な「ERROR」なる赤文字。
「クリアするなど、何らかの条件を満たさないと脱出不能か。なので聞く。この『断天のディスエル』ってゲームは一体?」
『すみません。詳しくは分からないです。サイフェはちょっとしかやったコトないんですよー。期間限定で、殺せんせーとか、は
だしのゲンとか、懐かしのジャンプキャラをイメージした武器もらえるって読んだからやったんですけど、お金とか、時間とか、
いっぱいいっぱい、いーーーーっぱい費やさないといいアイテム入手できないって分かってからすぐやめました。だってゲー
ムですよ? 運営さんがやめたら、レアアイテムもレベルも全部消滅ですよ? そこ考えると、やっぱ手元に残る何かに費やし
たいって思っちゃうじゃないですかー』
(子供なのにしっかり者。立派だね、賢いね)
『サイフェはネウロのHAL編でそーいうお話読んだのです!』
(マンガ基準!!?)
『ネットゲームはこわいんです! 第一サイフェは体動かして遊ぶ方が好きですし、ずっと座ってるとお尻痛くなっちゃいます
し、家事だってありますし。何より──…』
 津村斗貴子に似た少女はすうっと息を吸い、叫ぶ。
『お兄ちゃんやお姉ちゃんや、ミッちゃんの面倒! サイフェが見ずして誰が見るっていうんですかーーーーー!!』
「(主婦かこの妹!) ビスト! ネットに詳しい君の意見はッ!?」
『ばっ、詳しかねェよ!! いいたかねえが小生はヤフー知恵袋で身バレしちまうほどセキュリティガバガバだぜ!?』
「(獅子王しっかりしろ!!) ……。ゲーム内容が分からなくても、だ。マンガならこーいう時、ハロアロが魔王で倒したら
クリアとかいうのがお約束だし、普通に進めるべきじゃないだろうか」
『うーん。そうでしょーか。確かに最初はそんな感じでしたけど、次は悪玉がお姫様。更に次に至ってはラスボスが存在
しようもないカード集めでしたよー?」
「(そやな)」
『そうだぜ! だいたいディスエルはまったり日常系のゲームだ!! 現実逃避してェ腑抜けどもが、もう1つの日常作って
のんべんだらりと過ごすゲームで、魔王とかいねえ! てかクエストだってユーザーどもが知恵だして自主制作するタイプ
だからな! そもそもネトゲだから大筋なんてねェ!』
「(やっぱ詳しかったけど言うと怒るから突っ込まないでおこう)。ビスト。やったコトは?」
『なに言ってンだ? 狩りが圧倒的に少ねぇンだよこのゲーム。何度かやったが……パスだパス。ヤローども誘って馬鹿騒
ぎすンならやっぱモンハンだろモンハン!』
 モンハンはともかく、ヌヌ行は異様な脱力に見舞われた。メガネがズレ、髪がほつれた。肩にかかる異様な重さに思わず
猫背になりながら、疲弊しきった眼差しでウンザリと、喋った。
「……。え? じゃあ何? つまりこういうコトかい? 『我輩たちはクリア条件のないゲームに閉じ込められた。ラスボス倒して
脱出という鉄板も使えない』と?」
『そういうこったな。だが破る術は1つだけある』
『お姉ちゃんの武装錬金が操るのは────で──だからヌヌさんの──通じ──』
「? どうした? 急に音声が乱れたけど、もしもしサイフェ! もしもーし!」
『血の繋がりゆえか核心を話すのに躊躇ったようだねえ! しかしその甘さが命取りだよ!!!』
 割って入ってきた声。兄や妹が反応した瞬間、彼らのモニターは雑然と波打ちそして消えた。
「ビスト! サイフェ! (うそーん! 頼りになりそうな人たちとの連絡断たれたあ! 敵頼るのもどーかと思うけど、ソウヤ君
ブルル君の所在分からぬいま唯一の頼りだしーーー! しーー!!)」
『ゲームがクリアできないなら術者たるあたいを倒せばいい……。そういう結論には遠からず辿りつくだろうねえ。けどあたいは
あんたの前なんか現れないよ! せっかく閉じ込めたんだ! LiSTのように出張ってヘタ打つなんざ絶対しねえ!! お前達は
前言どおりさ!! ライザさまが時間と痺れを切らしてじきじきに出向くまであたいの作った、それはそれは楽しいゲーム空間の
中で無為に過ごすほか許されない!!!』
(最善手だけど!! ええええ。滅茶苦茶じゃないこれ。土俵にすら上ってこない敵、どーやって倒すのさ!? 倒さないと我輩
たちずっと拘留される。時間かけるとライザウィン絶対来るだろうし。だって体ボロボロだもの。代わりになるブルルちゃんの体
狙ってるもん。今はラスボスぶって私達の戦い見て楽しんでるんだろーけど、いざ死ぬとなったら強引にでもブルルちゃん襲う
よ!?)
 そもそもヌヌ行たちがハロアロなどの頤使者を相手にしているのは、ライザへの対抗手段を探すためだ。
(LiSTが示唆した手がかり。ライザの操るマレフィックアースという莫大なエネルギー……それを操る血がブルルちゃんにも
流れているそうだ。しかし使う手段は血族たる彼女も知らない。何しろ傍系だとばかり思っていたのが、実は近親相姦に基づく
直系だったんだからね。知ったのはほんの1ヶ月前。で、『直系のご先祖様の部下だった人の名跡を継ぐ』とか何ともゴチャゴ
チャしててややこしい関係者に話を聞こうって話になったけど、ハロアロたちに囚われてて──…)
 救助するため戦う羽目に。
(ブルルちゃんをライザと同じステージに押し上げない限り勝ち目はない。その手がかりは現状、ハロアロとサイフェを倒さないと
入手できない。でも二番手のハロアロが足止めに打って出た。このまま行けば、我輩たちは、戦力そのまま何ら成長できないまま
ライザの襲来を受けてしまう訳で……非情にマズい)
 早くハロアロを倒し、大将たるその妹にも勝たなければ、生存の目はない。が、現実は足止めだ。しかもその術者を倒そうにも、
憎らしいほど状況を心得ている彼女は雲隠れを続けるという。
(なんだこれwwwなんだこれwww どうしろっていうんだい!? 強い敵は倒すの苦労するよ? けどまだ戦えるだけマシだよ!
戦いを徹底的に避けつつ、じわじわ時間切れを待つとか生殺しにも程がある! 難儀だ! 厄介だ! どうしろと!?)
 目を鳴門海峡名物にしながら頭を抱え混乱する内心のヌヌ行。ただ表面はあくまで冷静に
「よいしょ」
 銃身2mを越えるスマートガンを出現させるやトリガーを引いた。

 その日空を焼いた山小屋発直径10mの光線6条は、バグか怪現象かとディスエルユーザーたちを騒がせたが、結局は
それだけで、何も壊れず、何も変えられなかった。

『無駄さね!! ジョーカー版のあたいさえ攻略できなかったあんたが、本気の結界を砕けるとでも!? ジョーカーってのは
切り札じゃない! ジョークやる奴って意味さ! それにさえ歯が立たなかったお前とあたいの力量の差は明らか!!』
「フッ」
 ヌヌ行は眼鏡を直した。不敵な態度にハロアロは明らかに心証を害したらしくそういう声を漏らした。
「失礼。しかしところで君、ジャパンホラーは好きかい? 呪怨とかリングとかその辺のアレ……怨霊の映画さ」
『いきなり何を……』
「奴らはいつも最初から全力でこない。些細な怪現象によって存在を示唆するだけだ。撃墜スコアはとみに少ない。それも
せいぜいモブに毛が生えた程度の連中を殺すだけだ。おかしいとは思わないかい? 彼らは透明なんだ。銃なんて通じない。
何やらおぞましい力さえ孕んでおり、その気になればまず必殺、狙った相手は必ず死ぬ。なのに最初から全力で殺りに来な
い。主人公が、何やら霊を霊たらしめる力の源泉を断ちに来ているのに、モブには通じた一撃必殺をやらぬまま、甘んじて、
死んでいく。強い癖にねえ。妙な話だとは思わないかい?」
『何がいいたい?』
「真に恐ろしい者の話さ。真に恐るべき存在は予兆すら見せず敵を殺す。怨霊どもは甘いといえるね。予兆と痕跡を以て
都市伝説になるようじゃまだまださ。何せ高名が故に対処され負けるのだから。いいかい。真に恐るべき存在というのは、
そういう余地など一切残さない。現れた段階で戦略目的全て達成しているものさ。反撃は封じるどころかそもそも生まない。
己に因があるコトを誰にも悟らせない。永劫平然と過ごしていく。透明な行為さ。三面記事にすら載らない、ありふれた死
を以て目的を締めくくる……もはや運命の一部とさえいえるほどに天然自然を利する者こそ、恐ろしい」
「…………」
「さてその論法を踏まえて……ハロアロ。君を評価しよう。『閉じ込めて時間切れを待つ』『倒されないため現れない』、立派
な戦法だ。正直もうお手上げだよ我輩は。ブルル君もソウヤ君も同じだろうね。頼みの綱のビストも先の戦闘でガス欠だ。
サイフェに何もしてないのは脅威にならないと判断したからだろう。こちらに打開策が尽きたとする君の判断は概ね正しい」
 悠然とヌヌ行は喋る。言葉が進むたび、声しかしない筈のハロアロの雰囲気が徐々に重くなっているようだった。
「さて質問だ。君は自分を”真に恐るべき存在”と思えるかな? 我輩は生きている。ソウヤ君もね。時間切れが訪れたとき、
ブルル君奪取を妨げかねない不穏分子が、君が絶対と自負する領域変換の中で生きている。ちなみに怨霊映画の花形
たちはいつだって、せっかくの物理無効と一撃必殺を活かせぬまま、製作の都合上やられていくが──…」
 歯噛みするような呻きが漏れた。ヌヌ行の指が当たるノーズパットのはるか下で、彼女の口が鉤状に裂けた。
「おやどうしたんだい? まさかとは思うが君……怨 霊 程 度 に 留 ま る の か な ? これほど圧倒的な力を
持っていながら、真に恐るべき存在になれないというのかな? せっかく取り込んだ我輩を、この1ヶ月、ジョークのような
アカウントでずっと翻弄できていた弱い我輩を、まさか本気の君が、何もかも思い通りにできる空間の中で、殺せないって
言うのかい? だとしたらおかしいよねえ。空間を完全に支配できるっていうんなら、酸素を断つなり気圧を上げるなりすれ
ばいいだけじゃないか。が、していない。できないとまでは断言しないが、けど、君が兄上を裏切るほど敬愛してやまぬライ
ザ様の生存を阻む不確定要素を、予め排除できないっておかしい話だよねえ。おっと温情は期待していないよ。肉親2人
を敵に回してまでライザ様を守ろうとする気高い、批判を恐れぬ覚悟に満ちた君が今さら敵に情けをかけるはずもない。
さっきの戦いで何かと温情的だったビストを批判した位だ。生ぬるい感傷はないのだろう?」
「貴様……」
「……ふふ。煽ってるわけじゃないよ。君の自尊心を守るために言ってるのさ。ポカミスで大事な大事なライザ様が、取るに
足らぬ我輩に不意打ちされ死ぬのは我慢ならないんじゃないかな? まして死にゆく彼女に不手際を詰られてみたまえよ。
君の心には癒しようもない決定的な傷って奴が残る。そんなのは……辛いだろう? だからこその忠告であり箴言(しんげん)
さ。……。ところで大分喋ったし君の心証も幾分悪くしたが、やはりまだ生きてるねえ我輩」
 さて結論。内心のヌヌは両掌を口に立てた。
「いま我輩たちをゲーム世界に閉じ込めている能力は、命まで奪えぬものと見た。奪えるなら発動時点でとっくに殺して
るだろうからね。更に突き詰めれば、君個人の戦闘能力は恐らくビストほど高くはない。普通に戦えば我輩を倒しきるの
が関の山……そう思っているだろう。次のソウヤ君をも消耗させ、大将格のサイフェを勝利確定にするほどの力はない。
だからこういう、勝ちも負けもない消極的な戦法に打って出たのさ」
 両手を広げ、ヌヌ行は歌うように告げた。
「覚えておくといい。罠とは弱者の使うものさ。真向勝負で負けるから、出向かずに済む罠を仕掛ける。ゆえに破られると
脆い。と、理解している我輩を罠の只中に入れ込む危険ぐらい認識しておいて損はない」
「…………」
 声は消えた。


 長々と自信ありげな言葉を吐いたヌヌ行。彼女はこのゲーム世界、「断天のディスエル」から脱出しうる確たる術を持って
いるのか?


(正直、何もない)
 下山しながらヌヌ行はぼへーっと考え込んでいた。方針は皆無どころか絶無である。。あれこれ考えていても仕方ないので、
まずはゲームシステムを理解する所から始めよう……漠然と考えていた。あと「このゲームまぐろ丼あるのかなあ、おいしい
のかなあ」とも思っていた。
(まぁでも術者たるハロアロを煽っておいたんだ。彼女の目は当面私に集中するだろう。怒ってるし、許せないだろうし。なお
かつ私を警戒する気持ちが芽生えているなら嬉しいね。敵の領域の中にいるってのは不利だけど有利でもある。私の動向
が筒抜けだからね。それでいて警戒……『何かされんじゃないか、自分の勝利のシナリオを崩されるんじゃないか』とビクつ
かれてるなら付け入ろう)

(フフフ)

(正直言っていま一番マズいのは、ハロアロが時間切れまで私たちを完全放置するコトさ)

(将棋最強の布陣は初期配置。ゲームの結界もまた初期配置。ハロアロはタイムリミットまで居眠りこいてりゃいいだけさ)

(迂闊に動かない方が完璧……だからこそ動かす。思わせぶりな挙動をとって、ビビらせて揺るがせて……隙を突く!)

 ビストバイやサイフェの通信を妨害してまで能力の秘密を守ったハロアロ。しかしヌヌ行は敵の能力を聞いたとしてすぐさま
対策を練れた自信はない。機構を理解された瞬間外れだす銃はない。理屈は理屈。物理は物理。この1ヶ月幾度となくハロア
ロに負けてきたヌヌ行だから彼我の実力差は身に沁みて分かっている。ネタバレ1つで絶対有利になれるなど楽観もしていない。
(ハロアロはこの状況を根本的に履き違えている。ゲームに閉じ込めるコトに全力注ぎ込んでるせいで筋道を見失っている。
端的にいえば『我輩たち全員の脱出≠試合での負け』だ。そもそも我輩たちの勝負を決めるのは試合だ。そしてその試合
で先ほどビストバイは一都市丸ごと作って大暴れしたが文句は出なかった。だったら相手やギャラリーをゲーム空間に閉じ
込めたところで問題はない。能力ゆえの弊害といいさえすれば……ルール上は全く問題はないだろう。ビストバイの件を持
ち出すだけで、彼とブルル君は何も言えなくなるだろう。普通に見てたサイフェも然りだ。多数決はそれで終わる)
 脱出された後の扱いも似たようなものだ。水使いの操る泡に顔面を包まれた選手が、そこから脱出するだけで勝利宣告
を得られるだろうか? 得られない。試合とは相手を倒して初めて終わるのだ。
(要するに脱出されても普通に戦えばいいだけなんだハロアロは。脱出に総ての力を使って疲弊した私を倒す……みたい
な楽天的なシナリオこそ本来は描くべきなんだ)
 にも関わらず、確実な勝利を期するあまり、『脱出されたらもう終わり』という勝手な固定観念に凝り固まっているフシが
ある。
(わざわざサイフェやビストバイの様子を見にきたのがその証だ。放置するのが怖くて怖くて仕方ないんだハロアロは。脱出
した私達に有無を言わさず反則負けを言い渡されるんじゃないか、能力うんぬんの言い訳を使っても切り抜けられないんじゃ
ないか……そういう恐れの現われだよ、さっきの能力バレ禁止は)
 煽った目的は他にもある。
(彼女が私を行動不能にできるかどうか試したかった。時間切れまで石化とか睡眠にされたらどうしようもなかったけど)
 ない。ないとくれば、所在不明のソウヤやブルルの活動に期待できるかも知れない。
(あの2人が動けるとすれば、我輩にハロアロの注目が集まりがちなのは歓迎すべき事態だ。脱出したいのは誰でも同じ。
我輩が囮になればそのぶん仲間達が動きやすくなるからねー)
 まあでも複数の人格を作れるなら、3人全員ずっと監視しているかもだけど……などとのん気に考えつつ歩いていると、
藪が開け見晴らしのいい場所に出た。はるか彼方に、中世ヨーロッパを思わせる石造りの街が見えた。
(てかスタート地点が山小屋ってゲーム的にどうなんだろうね。普通あっちの広場辺りから始まるんじゃ…………)
 不可解だが、ハロアロの能力が何がしか影響したのかも知れない。とにかくヌヌ行は情報収集のため街へ。


(ゲームか〜)
 まだイジめられていた頃、ヌヌ行はよくニコニコ動画でゲームプレイを鑑賞していた。一口にプレイといっても色々ある。
実況者と呼ばれる人たちがいろいろ喋りながらするのもあれば、淡々とクリアまでの軌跡を綴ったものもある。その中で
ヌヌ行がとりわけ好んだのは──すでに述べてはいるが──いわゆる「スーパープレイ」である。スーパープレイにも3つ
あり、ツールアシストによって最速クリアを目指すものと、低レベルクリアなどの「縛り」を課すもの、それから改造によって
著しく難易度を上げたものを試行錯誤で進めるものに分けられる。
 ヌヌ行はどれも等しく好きであり、特に最後のものについては、イジメを終わらせる際、大変参考にした。

 そういう動画を好む彼女だから、ゲームプレイも神がかっている……かといえばそうではない。

(だってゲームって娯楽だよ? 勉強とかの息抜きに楽しむものなのに、何で余計な苦労しなきゃいけないさ〜)

 知性あふれる美貌の持ち主であるが、プレイはいつだって力押しである。頭は決して悪くない。ただ、頭がいいからこそ、
楽な手段を求めるのだ。

 FF6はバニシュとデス乱打。FF7はナイツオブラウンド乱打。トバル2のクエストモードはホムの上段回し蹴り→足払いの
コンボ1つで乗り切った。ゲームボーイ版の某暗黒武術大会は100%戸愚呂以下全員桑原の霊剣でハメ殺し。スパロボIM
PACTの一軍はG3とシャアザクとブルーガー。ニョロボンにロックオンとじわれを覚えさせ最強を気取ったのはポケモン金。
バイオハザード3のミニゲームで使うのはミハイル。アークザラッドのモンスターゲームの、連勝記録に挑むモードでは、敵
との距離がもっとも遠いステージへ、裏技で魔力カンスト済みヘモジーにロマンシングストーン(あらゆる魔法の消費MPが
ゼロになるアイテム)をつけて送り込み、R2ボタン登録済みのチョンガラの爆撃(画面全体に攻撃可能な魔法)をひたすら
ひらすらやり続けた。零をやっても鬼武者をやっても経験値稼ぎばかりで進まない……そんな女性である。そんな女性だか
らこそ、「すごいすごい」と目を輝かせてスーパープレイを見れたのかも知れないが。

(自信を持って言える!! この「断天のディスエル」が如何なジャンルだろうと我輩のプレイは力押しになる!! ゲームだ
もん、娯楽だもん! 考えて色々やるとかメンドイよ!!)




「当ゲームは五行を採用しています。木火土金水の相性を考えながら戦うゲームです」

 初心者用の施設の入り口入ってすぐの窓口でそう聞いたヌヌ行は固まった。


(ゲェーーーーッ!!! めっちゃ考えないといけないタイプじゃないのさ!! ジャンケンより複雑なゲームなんてやる気
にならないよ!! あ、でも、ゲームだからバランスブレーカーな技あるかも。初代ポケモンで、むしとかゴーストの技弱すぎ
てエスパー最強になったような、そんな現象あるかも!)
 と考えたヌヌ行だが笑顔のまま、またも固まる。
(……あれ? なんか思い出しかけたような。あれれー。五行? 五行で昔なんかあったような…………)
「他に何かご質問は?」
 窓口で職員が怪訝な顔をした。
「えーとですね、最強の技ってありますか。これさえ持っておけば五行の相生とか相克とか関係なく絶対勝てる的な、的な、
え、ないですか、そ、そうですよね五行ですしスミマセン……」


 初心者用の施設を出る。盛大な溜息をついた。

(ううーー!! うううーーーー!! バランスブレーカーな壊れ技ないの!? 私そういうの何も考えずブッパしたい!!
ハロアロのコトで悩んでるんだよ!? このうえ他の人との戦闘で神経すり減らすとかやだよ!!! 争い嫌い!!!!
勝っても恨まれるし、負けたら負けたで格下扱いでいいように使われる! 気を遣って全戦引き分けにすれば舐めプ
呼ばわり! サイフェじゃないけどネトゲってそーいう場所でしょ! やったコトないから偏見だけど!!)

 チュートリアルは隣の建物で……そういう説明を受けて歩き出すヌヌ行。それを建物同士の隙間から見る影1つ。
「………………」
 敵か、味方か。


 ヌヌ行が閉じ込められた【断天のディスエル】は300年以上続くゲームである。現在では58ヶ国で展開しており、総ユーザー
数は延べ1億7021万2441人。(ヌヌ行、ソウヤ、ブルル、ハロアロ、ビストバイ、サイフェを含む)
 97年前の『王の大乱』では、ユーザーの6割とスタッフの8割を失うという悲劇に見舞われ無期限休止を余儀なくされた
が、終戦7年目にどうにか再開し今日に至る。

 如何なるゲームでもそうだが、長く続くと特有の「空気」というものが形成される。それは多数の人間を格納する組織の
宿命である。
【断天のディスエル】の空気は2層である。まず全体的に民度は高い。陰陽五行を採用した複雑で力押しを許さない戦闘シ
ステムが粗暴なものを見事排除しているからだ。プレイヤーの肉体と精神は、量子力学によって仮想空間に転送されてい
るが、直接暴力ならびにそれに準ずる嫌がらせ行為は一切禁じられてもいる。よって基本的には──ギルドやパーティで
どうしても発生してしまうごく一部の人間的軋轢さえ除けば──ほとんどのプレイヤーは平和と調和を重んじている。230
5年時点において、年齢制限なしで発売されているネットゲームがこれだけと言えばその白さが窺えよう。一部小学校では
ネットマナーの習得のため【断天のディスエル】を利用しているという。
 ユーザーの中でも、97年前の苦難に満ちた復活劇に心打たれたものは、他者を思いやる心に満ちている。そういった
人々の作る雰囲気が、【ディスエル】における大多数の空気を占めているが──…
 しかしそれは一面に過ぎない。
 人が集まれば必ず、綺麗でない部分もまた出てくる。【ディスエル】は陰陽五行を旨とするゲームである。まさに陽あれば
陰もあるという訳だ。
 空気の、少数だが、しかし確かに存在するもう1つの側面。
 それは『騙しあいを辞さぬ心』である。
 前述の通り、ユーザーの大多数は粗暴な振る舞いを好まない。が、その大多数の中には、ゲームシステムに”毒された”
者もいる。陰陽五行によって力尽くを禁じるシステム。だが言い換えればそれは、『読み合いを制したものが強い』、である。
知略を尽くし、相手を出し抜き、敗亡漂うヒリついた戦況の中、己さえ驚く奇手を打ち勝利する。決して平坦ではない、危うさ
に満ちた戦いの日々。強者に揺さぶられながらただ1つの牙の向け所を探る辛辣の数々は、弱者を蹂躙する安易な快感を
遥か超越する。理知的な享楽。それに魅了された者たちは決まってこう思うようになる。

 ああ、誰か騙してみたい。戦闘とは違った騙し方がしてみたい。

 と。

 そこから即座に詐取に走る者は少ない。彼らは、穏やかで、思いやりに満ちた【ディスエル】の世界を愛している。調和を
乱し、風評を貶めれば、巡り巡ってこの世界が社会から抹消されかねない。恒常的に体感できる陰陽五行の読みあいさえ
出来なくなる……そこは理知ゆえに悟っている。しかも強さゆえに満たされてもいる。資金は潤沢、のんびりプレイするに足
るアイテムの備蓄もある。難所で後進を指導するだけで人望も評判も味わいきれないほど転がり込んでくる。手腕を買われ
運営から、次期バージョンアップのテストプレイを任されており、そこではバランス調整前の、非常に高難易度かつ理不尽な
戦闘が楽しめる。平穏にも刺激にも事欠かぬ満たされた立場だ。好んで規則を破る馬鹿はいない。

 だが頭抜けてしまった能力は、時に倫理以上の興奮を求めてしまう。破滅願望といってもいい。人は満たされれば却って
何もかも壊したくなる。発達しきった脳髄は、冒険を求める心は、いつだって未知に惹かれてやまぬ。犠牲を払えば払った
だけ到達時の興奮が増すと経験上悟ってもいる。

 人を騙したい。驚かせてみたい。その心じたいは決して悪ではない。

 あるプレイヤーはその欲求をサプライズイベントの開催に向けた。紅白出場回数42回の超大物歌手を、3年かけて口説き
落とし【ディスエル】に招いたのだ。ユーザーたちは熱狂したし、このイベントのためだけにアカウントを作ったファンたちは、
普段なら決して近づけないその歌手との一時を生涯の思い出にした。
 またあるプレイヤーは、日本サーバーの六大主要都市のそこかしこに、取得難易度Sの、大変希少なアイテムをバラまいた。
一番簡単に取得できる物でも、1日に1度しか戦えないラスボス級モンスターが4%の確率で落とすものだ。そういった物を
7年かけて1万2千個ほど調達し……主要都市にバラまいた。やがて騒ぎになり、怪現象として扱われ、いつしか【ディスエル】
世界の七不思議にまでなったが、本人は今もなお沈黙を守っている。唯一の楽しみは、各種掲示板で「不思議だ」「誰が
やったんだ?」「お陰さまでずっと欲しかったアイテムが手に入りました!」というやり取りをニヤニヤ眺めるコトである。
 レベル1で、五行のうち3つを封印し、伝説級モンスターを18時間かけて倒した者もいる。道を踏み外した詐欺グループを
逆に騙して壊滅させた者もいる。バージョンアップ後1時間以内に総ての新要素を制覇しその方法をwikiに書き込む者は
非テストプレイヤー、前知識なしの頭脳と経験だけで早解きして周囲を驚かすのがたまらなく好きなのだ。

 みな、人の予想や常識を覆すのが大好きだ。「ウソだろう!?」信じられないという声を漏らさせるのも1つの騙し。ウソ
を用いていると錯覚させる騙し方。ウソとしか思えない真実を正々堂々捻出し人の想像を飛び越える。『騙したい』。悪い
欲求と殆どの人間はちゃんと向き合い、良い形に昇華している。エンターテイナーとして、平和な【ディスエル】を平和な
だけではない、見応えのある世界に作り変えている。

 それだけなら、それだけで済むなら、きっと素晴らしい話で終わるのだろう。しかし清浄な、万人に喜ばれる形でさえ満足
できない者たちが居る。彼らは望んだ。『騙したい』……決して褒められぬ感情の捌け口を。奪うためでも、まして絶望を
撒くためでもない。ただ純粋に、同じ感情を抱く仲間たちと、スポーツよりも爽やかな騙し騙されを演じたい。複雑精緻を極
めた権謀術数の露見を恐れながら一手一手着実に積み上げて……上を行かれる。常人なら歯軋りするだろう。しかし騙そ
うとする者にとってそれは一種の救いなのだ。『騙したい』、それが間違いだと知っているからこそ、より大きな騙しに屈服
するのが快感なのだ。酩酊時に浴びる冷水が如き覚醒。そも高度な詐欺とはロジックの集積だ、美しい数式のような魅惑
がある。犠牲と引き換えに新たな境地を見る。冒険ではないか。しかも敗亡と引き換えで礎になれるとくれば、もはや勝敗
などは問題ではない。要は未知の興奮が味わえればいいのだ。利欲も栄誉も関係なく『騙す』『騙される』ただ2点にのみ
総てを注ぎ込む。負けて失うものはない。だが勝って得るものもまたない。不毛。あるのは騙す喜びと騙される喜び。この
世のあらゆる価値ある物をベットしないからこそ、勝者も敗者も笑いあえる異様な世界。

 それこそが【断天のディスエル】のヘビーユーザーが求める究極の境地である。彼らは温厚な仮面の下に理解しがたい
欲求を忍ばせたまま平和裏に生きている。……同じ匂いを持つ者が目の前を横切るまでは。

 …………。

 1人の女性がいる。彼女は中級者だった。そこそこ読み合いが上手くなったころで、いわば一番調子に乗りやすい時期
にいた。だからまだ、上級者のような心境ではなかった。簡単に言えば、「騙すの大好き、初心者をカモにしてボロ儲けして
やる、私は頭いい!」とのぼせていた。ヘビーユーザーたちの境地には遠く及ばないが、システムの、読み合いのスリルに
アテられたという意味では同族であった。

 名を天辺星ふくら。金髪で、いつも右か左にサイドポニーをつけている移り気な少女だった。

「キャラネームはテッペン! ふふふ久々のログイン! レベルも21でチョーチョーいい感じ!!」

 ミントグリーンのケープにフューシャピンクのキュロットスカートという魔法使い風の格好の彼女が街角で元気良く片手をあ
げると、それを合図にしたように、黒服姿のキャラが10人ばかりゾロゾロと現れた。現実世界なら異様な光景だが、ログアウ
トしたパーティがよくこういう光景を作るし、キャラメイキングによっては恐竜人間や半漁人などといった魑魅魍魎たちがドバッ
と出てくるコトもあるので、通行人たちは特に気にせず通り過ぎていく。黒服たちは、喋った。
「21って低すぎじゃないですかね」
「このゲーム最高は999だもんな」
「てか一週間ぐらい前から姿見えませんでしたけどどこ行ってたんですか?」
「連絡ぐらい下さい。天辺星さま見た目はいいけど頭ゆるいんですよ。とうとう性犯罪の被害者になったとばかり」
「なーんか黒い物体持って帰ってきましたよね? アレなんすか?」
 天辺星さまは両目を景気よく不等号にした。
「ナイショ!! 今度デパートいったときチョーチョー披露するから楽しみにしてなさい!!」
「……ぜってー碌なコト考えてないぜ天辺星さま」
「そーいや帰ってきたとき『これで客達人質にして300億ゲットできるグフフ』とか鼻息吹いてた」
 呆れたように話す黒服たち。言うまでもなく天辺星さまの取り巻きである。
 余談だがしばらく後、天辺星さまは勢号始と星超新のいるデパートで騒動を巻き起こす。
「ふふふ。ドンパチやってる遺跡行ったら、幹部っぽいのが3人、ヘンな奴らと追っかけこしてた。そこでワタシすかさず潜入!! 
なんか開発途中っぽいのパクってきた訳だけど、とにかくゲーム! 今はゲームよ!!」
「元気すね……。ここ3日は知らない街で迷って涙目だったのに……」
「今日は何するんですか?」
「『水魔の杖』をチョーチョー合成するの!! 帰ってくるときスマホで攻略サイト見てたら、デザインがチョーチョー可愛くて
欲しくなったの!!」
「でも合成にはアイテム必要ですよ?」
「レシピなんだっけ?」
「『水の護符』と『魔竜のヒゲ』、あと『五雷神機』だな」
「最後のって銃だよな? 中国の。なんで杖の材料なんだ?」
「銃身が霊木なんだよ。で、他のパーツ剥がして護符とヒゲつけたら完成」
 天辺星さまは片腕をバタバタした。ご飯が待ちきれない駄犬のような表情だとみんな思った。
「ほら! 早く早くチョーチョー早く!! あんたたち強いモンスターたくさん倒してるんだから材料ぐらいあるでしょ!!」
「まあそうだけど……」
「天辺星さま先行させると勝手に死ぬからな。矢先に立たざるを得ない」
「えーと、『水魔の杖』だったな。材料は『水の護符』、『魔竜のヒゲ』それから『五雷神機』」
「水の護符はそこらの店でも売ってるよな。魔竜のヒゲは?」
「ある。この前のボスがドロップした。『盗跖(とうせき)の腕輪』装備してて良かったな」
「ああ。ドロップ確率一律で10%上げるもんな。本来4%のが14%で落ちるとか最高だわ」
「あとは五雷神機だけど、誰か持ってる?」
 黒服たちは空間に浮かべたメニューをしばらく眺めていたが、やがて全員首を振った。
「天辺星さま! 五雷神機がありません」
「なにーーー!! それじゃ水魔の杖が合成できないじゃない! なんで! なんでないのよ!!?」
 1人の黒服が手を挙げた。
「いまwiki見ましたけど、五雷神機は月イチのイベントか、初期装備でしか入手できないようです」
「え? 初期装備? ワタシの違ったチョーチョー違った。『駆け出し魔女の杖』だった!」
「キャラメイキングで決まりますからねー。初期装備を『銃』にしたら手に入るんでしょう」
「天辺星さまは『杖』選んだから手に入らなかった、と」
「そーいや合成レシピに結構あるな初期装備」
「普通売るもんなー。スタート地点の店にもっと強いの売ってるから」
「こーいう地味なトコでハメるよなー【ディスエル】」
「いつも思うけど製作者どーいう性格だよ。穏健なようで所々性格悪いぜこのゲーム
「そこがいいんだけどさ。第一売っても月イチのイベントで全部手に入るようになってるし」
「毎日何らかの初期装備が手に入るようになってる。良心的だな。ところで五雷神機手に入るイベントいつよ?」
「昨日」
 天辺星さまは固まって、それから泣いた。
「やだやだやだ!! 1ヶ月待たなきゃいけないじゃない!! 欲しいの!! ワタシいますぐ水魔の杖が欲しいの!!」
「と言われましても……」
 人目も憚らず道路に寝そべり駄々をこねる少女。短いスカートからピンクの縞の下着がチラチラ見えるが、黒服たちは
見たくない。見た目は可愛いが中身がアレな少女に劣情を催すのは物悲しいのだ。
「あ、そだ!!」
 急に泣き止んだ天辺星さまはムクリ起き上がり地べたに座った。
「こーいう時は悪の常套初心者狩りよ!! 初期装備ってコトは初心者が持ってる! これスゴイ真理チョーチョー真理!!」
「当たり前のコトですね。幼稚園児でも分かります」
「しっ。天辺星さまにとっては名案なんだ。そっとしておいてやろうぜ」
「また悪に憧れるダメな癖でたよ……」
「というか初心者狩りとかやめましょうよ。このゲーム風紀にかなり厳しいんですよ」
「運営は縛り付けてこないけど、だからこそ他のプレイヤーの自主性、モラル高いんすよ」
「悪いコトしたら晒されますよ? お友達つくって一緒にプリン作る夢が破れますよ?」
「普通にトレードしましょうよー。月イチってコトはワリとありふれてるでしょうし」
「だいたい合成アイテムを調達してくれる互助会だってあります。頼んでは」
「初心者の人に事情説明して納得してもらうというのは?」
「水魔の杖のパラメータと特殊能力説明して、これ合成する予定ありますか、欲しいですかって聞くんだな」
「それだよなー。『盗跖の腕輪』譲ろうぜ。初心者の人が欲しいアイテムBEST6だし」
「更にもっと強い銃をつけて、それで先方さんが承知してから交換するのが一番です」
「幾らでも真っ当な手段があるんですから、初心者狩りとかやめましょうよー」
 天辺星さまは「ほー」とばかり目を見開いたが、
「しかし悪!!!」
 と叫んでどこかに走り去った。
(バカだ)(完全バカだ)(悪いコトに憧れる年なんだよ)
 黒服たちは呆れた。
 話し合った結果、(後をつけよう。で、痛い目みた辺りで仲裁しよう。イイ薬をつけよう)という結論になった。

(いた!!)
 建物の影で天辺星さまは獲物を見つけた。
(フフフ。アイテム『銃探知機』! 本来は土とかモンスターの体に埋まってる銃を探すアイテムだけど、他のプレイヤーの
所持している銃を見るコトも可能!! 戦闘の時に攻撃力とか弾丸の属性とか見れる隠し能力もアリ!)
 それによって天辺星さまは、道行く初心者がお目当ての『五雷神機』を装備しているのを突き止めた。
(しかも相手はチュートリアルの施設に向かってる!! つまり初心者!! 戦闘のイロハも知らない初心者!)
 となれば絶好のカモだ。襲うのが当然だが……。
(ガビン! しまったチョーチョーしまった! チュートリアル施設前で襲うのヤバいよ! 聞いたコトあるもん! ここに来る
初心者狙う悪質な人がちょくちょく居るから、施設の周囲200m圏内じゃ双方の合意ナシで戦闘仕掛けるのはムリだって!
他の場所なら──攻撃と同時に警報鳴るシステムもあるけど──不意打ちおkなのにぃ!)
 なら相手が200m以上離れるのを待つべきだが……。
(でもそれじゃあのコがチュートリアル受けちゃうよ! だって向かってるもん! マズい! チョーチョーまずい! このまま
何もしなかったらあのコが陰陽五行の戦闘スキル身につけちゃう! 身につけられたら終わりだよ! 強くなったあのコ相手
に初心者狩りとか怖い! チョーチョー怖い! あ、いや、違う、怖いとかそういうのじゃないデスよ!? な、何も知らない
コを一方的に蹂躙してこそ悪だから、なるべく無知な状態でいたぶりたいってだけなの! チョーチョーそうなの!)
 ならどうするべきか。天辺星さまはしばらく考えてから、決然と顔を上げた。

「あのー」
 後ろから声をかけられた獲物──羸砲ヌヌ行は踵を返した。
「何か?」
「わ! チョーチョー綺麗な人! おっぱいもおっきいし……いいなー」
 いかにも魔法少女ないでたちの少女はひとしきり感嘆した後、自己紹介し、本題を切り出した。
「あ、あの、あなたが装備しているソレ、その武器! 50000イクユヌンで買い取りたいの! いいでしょ!」
「……。イクユヌンっていうのは、なんだい?」
「つ、通貨よ! このゲームの、【断天のディスエル】のお金の単位! さ、さあ! 50000イクユヌンよ! 悪くない話でしょ!! 
売ってさあ売って!!」
(結局買収かよ!!)
 ついてきた黒服たち。建物の影から様子を窺う。
(うわー。あの法衣のコ、すごい不審な顔したぞ)
(そりゃスタート時の所持金の50倍だもん。高すぎる。お金出しすぎ)
(これだからバカな金持ちは……)
(ヤバイなー。相手のコ、今ので初期装備に何らかの価値があるって悟ったぞ)
(ただの素材アイテムなんだけどなー。だいたい合成先の水魔の杖だって)
(レベル20台のモンスターにそこそこ通用するレベルで)
(レアリティはランクD。12000イクユヌンあれば余裕で素材揃えられる)
(50000はマズい。誤解される。『あれこの初期装備、伝説級の武器になるんじゃないか』って)
(鬼神降臨伝ONIであったよね。最初装備してた『ぼくとう』が最強武器になるの)
(GB版の5作目でも、中盤パワーアップしたり終盤ヒロインの最強武器と交換できたり)
(……マイナーだってONIは。アレサと同じぐらい)

 ヌヌ行はしばらくじっと天辺星さまを眺めていたが、にこやかに切り出した。
「こんな物に50000も掛けるとは、一体どういう了見だい? なぜ君はそんなに大枚はたくんだい?」
(切り込んだ!)
(これはマズい!! ヘタにウソをつくとドンドン突っ込まれるぞ!)
「うえ!? え、えとえとえと、しょ、初心者救済活動よ!! 装備が貧弱な人への資金援助を……!」
(初心者狩りが何言ってるの!?)
「ほほう? 奇妙なコトをいうねえ君は。救済? 君に武器を売ったら確かに懐は潤うが……その代わりいま装備している
コレを失うワケだよねえ? つまり丸腰になるんだよ? 我輩は初心者……この街がPK許可しているかどうかも知らない
初心者だ。なのに50000と引き換えに身を守る術を失う危機を冒せというのかい?」
 冷然と目を細める虹色髪の女性。天辺星さまの付き人たちはこぞって頭を抱えた。
(ダメだ! 声かけちゃダメな人だった! 天辺星さまヤバイのに引っ掛かった!)
(メガネ直して性格悪そうに笑ってる。もう完全アレすわ。相手が詐欺師って気付いてますわ)
 彼らの主は金切り声を上げた。愛らしい顔は汗まみれだ。
「ピ、PKなんか居ないわよ!! ここチュートリアルの施設の前! 悪いコトできない空間なんだから! ま、丸腰にはな
るけど一瞬よ一瞬! 近くの武器屋さんで新しい、強い武器買えば済む話よ!」
「だとしても、だ。右も左も分からない無知な初心者たる我輩に、いきなり丸腰になれというのは些かアレだねえ。安全だと
いうならまずはその旨から話すべきだ。いいかい。君が安全だと知ってても、我輩はそれを知らない。どこがPK無効でどこ
がPK有効かなんて分からないんだよ。そのへん説明もせず、いきなり武装解除勧めるとか……ふふ、不信感が芽生える
物言いじゃないか。殺されるかも知れない地帯で武器を捨てろと言われたら疑念の目を向けざるを得ないだろ? 違うかい?
我輩間違ったコト……言ってるかい?」
「あ、合ってます……」
「だろう。だから『なんでこの人は危ないマネをするよう言ってるんだろう』という不信感だって芽生える。取引のしょっぱな
から不信感を植えつけるような物言いは、どうなのだろうという話をしているのさ。不信感があったら気持ちよく取引でき
ないじゃないか。君の好意を素直に受け取れないじゃないか」
「うぐぐ……」
(天辺星さま涙目になった!)
(そりゃそうだよ! 売る売らないとは別の話題でネチネチネチネチ責められてるんだもん!)
(アレはキツいなー。ただ銃欲しいだけなのに、小難しい正論で責められるんだもん)
(天辺星さまバカだからな。どう反論すればいいか分からない)
(あと欲しいものくれないのがムカついてるけど、相手がスゲー正しいから、反論できなくて屈辱にむせび泣いてる)
 これは契約成立しそうにない。黒服たちはそう思ったが。
「まあ、人は時に善意が先走ってしまうものさ。言葉足らずで誤解されるコトもあるだろう」
(お?)
「話に乗るよ。いま装備しているものを売る。こんなものを50000で買い取るという君の篤実な人柄に免じて、ね」
「おおおおおお!!」
 天辺星さまは笑った。鼻水をボタボタ落としながら笑った。
「ただ契約成立前に確認しておきたい。君は『いま装備しているものを買いたい』……それでいいかい?」
「うん! うん! いま装備しているソレが欲しいの!! 買う! チョーチョー買う! トレードはメニューのここから……」

 という訳で売買契約成立。ヌヌ行は装備品を送り、天辺星さまはお金を送った。

「やった! 五雷神機ゲット!!」
 天辺星さまは入手したての棒切れを高々とかかげ叫び、それから愕然と棒を見た。
(目ん玉とびだしたぞ天辺星さま)
(古いよリアクション)
(あれ? なんで棒切れ来ちゃったの? 銃買う流れじゃなかったっけ?)
(これがお目当ての五雷神機、とか?)
(いや、アイテム名は……『ただの棒』。フレーバーテキストによると、山に生えてる木を折って作るらしい)
 天辺星さまは去りゆくヌヌ行に慌てて駆け寄り……肩を掴んだ。
「ちょっと!! 五雷神機じゃないのよ!! どうなってるの! チョーチョーどうなってるの!?」
「五雷神機……? ああ、初期装備の銃のコトかい?」
 振り返るヌヌ行は涼しい顔。天辺星さまは真赤になった。
「騙したの!? 売ってくれるっていったのに! 何で棒なんか!!」
 法衣の女性のメガネが光った。
「我輩……言ったかな?」
「え?」
「一度でも五雷神機を売ると……言ったかな?」

──「話に乗るよ。いま装備しているものを売る」

「そもそも君だって五雷神機を売れとは言っていないよねえ?」
「…………」

──「あ、あの、あなたが装備しているソレ、その武器! 50000イクユヌンで買い取りたいの! いいでしょ!」

「確認したよね? 君も了承したよね?」

──「ただ契約成立前に確認しておきたい。君は『いま私が装備しているものを買いたい』……それでいいかい?」
──「うん! うん! いま装備しているソレが欲しいの!! 買う! チョーチョー買う! トレードはメニューのここから……」

(確かにそうだけど)
(詐欺まがいだなあ……)
(ちゃんと確認しなかった天辺星さまが悪い)
 黒服たちは溜息をついた。
「で! でも! 最初に銃探知機で見たとき、アナタ確かに五雷神機装備してたじゃない!! だったら思うでしょ!! 装備
してるって! 売るときにだって装備してるって!」
「その思い込みが命取りさ。だから棒を50000で買う羽目になる」
(あー。装備品売るって言った時、すでにこのコ)
(銃から棒に換えてたんだ)

──「ただ契約成立前に確認しておきたい。君は『いま私が装備しているものを買いたい』……それでいいかい?」
──「うん! うん! いま装備しているソレが欲しいの!! 買う! チョーチョー買う! トレードはメニューのここから……」

「で、でもいつ変えたのよ!! メニュー画面出なかったじゃない!」
「君が話を持ちかけた瞬間さ。さほど強くも無い銃に50000も吹っかけられれば、誰だって不審がるに決まってるじゃないか。
だから念のため山で手に入れた棒に変えた。ああ。メニューだけど、背中で展開しても操作できるようだねぇ」
「な! なまいき!! 初心者の癖にバックエンターなんて! ワタシにもできない高度なテクニックなのよそれ!」
(いやちょっと頭まわる人ならすぐ思いつきますよバックエンター)
(慣れればメニュー画面展開せずに攻撃や魔法使えるようになるけど、初心者のうちはわざわざ展開しないといけない)
(が、そうすると何やってるのか相手から見えてしまう)
(それを防ぐのがバックエンターだ)
(でもやるのは『初心者に毛が生えた程度です』って白状するようなもんだから)
(一週間もプレイしたら自然とやらなくなるよな)
(アレ? じゃあ天辺星さまのプレイ期間は?)
(……1年ちょい)
 各種掲示板で【ディスエル】始めた頃の思い出を書けというトピックが立てば、>>10いく前に必ず書かれる。それがバック
エンターだ。まとめサイトに転載されればフォントいじりで赤く大きく「バックエンター」。そして「あるあるwww」「久々聞いたわ
バックエンターww」「懐かしすぎて大草原」などのアンカーがつくほどポピュラーなスキル。
 とにかくそれを巡る女性2人の争いは静かに静かにヒートアップ。
「ふふ。許せないかい? 腹が立つかい? しかし君の判断力のなさがこんな結果を招いたのだよ!」
 オペラ歌手のような声量で両手を広げる法衣の女。黒服たちから見てもなかなか小憎らしい。
(煽ってくスタイル)
(…………しかし何かわざとらしいな)
(怒らせてドツボに嵌らせて、もっと損させるつもりなんじゃ)
 天辺星さまはダンと足踏みして、涙ながらにヌヌ行を睨んだ。
「こ! ここがチュートリアルの施設の前でなかったら、あんたなんか不意打ちでケチョンケチョンなんだから!」
「フム。他なら戦えるようだね。『街じゃなかったら』ではない……つまり街中でも戦えるのかいこのゲーム」
「ええそうよ!! お互い合意したらドコでだって戦えるんだから!!」

 ピロリン♪

【ヌヌ行さんが模擬戦を申し込んで来ました。お受けしますか? YES / NO】


「え……」
 メニューを見た天辺星さまは色を失くした。一方ヌヌ行はメガネの前に四本指を立てる謎ポーズ。もう片方の手は腰と水平に。
「フフフ。あとは君の合意1つだ。君が勝てば50000イクユヌンそっくり返そう。そのうえ五雷神機も譲渡する」
「だ、騙されないんだから!!」
 目を瞑って必死にヌヌ行を指差す天辺星さま。
「あんた今、返済期限指定しなかったでしょ!! しかも五雷神機、いま持ってる奴を譲るとは言わなかった! あ、あとで適
当にどこかから調達してきた物をポイっと投げて終〜了〜とかやられたら何か腹立つ!」
「疑り深いねえ。というか、アイテムなんて誰から貰おうがどこから調達しようが一緒じゃないか。どうせ何かの素材に使う
んだろ? 五雷神機なら何でもいいじゃないか」
「いーや!! こーなったら意地よ! 意地でもアナタから巻き上げるの! じゃなきゃ水魔の杖作っても、見るたびあんた
に負けた記憶が蘇ってチョーチョー辛い!!」
「はいはい。じゃあ我輩が負けたら、戦闘終了後すぐ、先ほど君から貰った50000イクユヌンを返還。それと同時に、我輩
が今もっている五雷神機を君に渡す。……これでいいかい?」
「いい!」 天辺星さまはYESを押した。

(…………。絶対なんかあるよねコレ)
(うん)

 黒服たちは頷きあった。些細な負けを取り返そうとしてますます深みに嵌っていくパターンだった。

 2人を中心に光が走り、世界は少しだけ彩度を下げた。

「チュートリアル受けに行く途中ってコトは、あんたまだ戦闘したコトないでしょ?」
「ああ。諸事情で山道を歩いたけど、モンスターは出なかったねえ。色々拾ったけど碌なモノはない。ヒマすぎて棒を折ったよ」
 闘争心むき出しで構える天辺星さま。悠然と佇むヌヌ行。黒服たちは色めきたった。
(おい、施設の前で戦闘っていいのかよ)
(建物は【天の領域】で構成されてるからな。生半可な攻撃じゃ壊れないさ)
(だいたい施設側も、通行の邪魔にならなければある程度黙認してるし)
(講義をすぐ実践して欲しいっていう、一種のサービスだな)
(ちなみに建物壊すと0.1秒でレベル80000の職員が飛び出してきて戦闘参加者全員殺す。防ぐ手立ては、ない)
(なのに勝とうとする馬鹿な連中が定期的に『戦ってみた』うpするから腹筋に悪い)
 天辺星さまはニヤリと笑った。
「いいわ! じゃあワタシが戦闘レクチャーしてあげる! 後で『卑怯にもチュートリアルを受ける前にフルボッコにしてきま
した!』とか何とか言われたら腹立つもの!!」
「フ。そりゃどうも」
「まずこのゲームにおける戦闘勝利条件だけど、大きく分けて2つあるわ! 1つは他のロープレと同じ!」
「HPがゼロになったら、だね」
 戦闘開始と同時に表示されたHPゲージをヌヌ行は見た。満タンで緑……良く見る意匠である。
「もう1つは五行のゲージが総てゼロになったらよ!」
「ほうほう」
 視線はHPゲージの下に。青、赤、黄、白、黒。同じ長さのメーターがある。ただしこちらは最大値の半分までしかない。
「属性ごとにMPがある……そういう解釈でいいかい?」
「ええ。属性は──…」


【五行】

「木」
「火」
「土」
「金」
「水」

 以上5つのエレメントから万物が成り立つとする考え。

【断天のディスエル】はスタート直後からこの五属性総ての「通常攻撃」「魔法」「特技」が実装されている。もちろんそれら
の技は、レベルアップやアイテム、イベントなどで増加する!!



「「通常攻撃」「魔法」「特技」総てゲージは共用よ。どれがどの属性か、横に名前があるか分かるでしょうけど、


「木」 …… 青
「火」 …… 赤
「土」 …… 黄
「金」 …… 白
「水」 …… 黒

よ。青が減ってたら木が減ってるってコト。水は青じゃないのよ。チョーチョー黒だから」
「了解した。ゲージの名称は?」
「QOゲージよ!! ワタシ先輩だから何の略か教えてあげる! これはね──…」
「あ、休王だね」
「……!!?」
「休む王? とかよく聞かれるだろうねぇ。でもこの場合、王とはキングを指す単語じゃない。旺盛の「旺」と同じ意味。要する
に「王(さか)ん」を指している筈だ、違うかい?」
「せ、正解だけど! なんで分かるのよ!?」
「…………なんでだろうねえ?」
 クスリと笑う法衣の女性に天辺星さまはカチンと来た。
「と! とにかく! 休王とは「休み」と「王(さか)ん」を指す単語なの! 休みっていうのはゲージがゼロになった状態よ!」
「例えば火のQOゲージがゼロになったら、火の技は使えない……か」
「そ。王(さか)んっていうのは逆。ゲージが満タン……つまり最大値の200%になった状態なの」
「なるほど。QOゲージっていうのは、MP表記と格ゲーのゲージを兼ね備えているのか」
「うん。最大値……100%まではチョーチョー普通のMPゲージ。それ超えたらゲージ、溜まれば溜まるほど攻撃力上がっ
たり特殊な技を使えたりする」
「FF7でいうリミットブレイクみたいなのがある、と?」
「まーそんなトコだけど……あんた例え古いわね。300年以上前のゲームじゃないそれ」
(それ分かる天辺星さまも古いよ)
(レトロゲー好きだもん。まあ、スーパープレイステーションC版のしかやったコトないけど)
(Cは100……。あの移植版、ユフィ仲間にしてるとバグで大いなる福音取れないんだよなー)

 とにかく両者は攻撃態勢に入った。

「とりあえずさ、チョーチョーレベル差あるからQOゲージについて教えてあげる! これを制するものが【ディスエル】制するっ
てぐらい大事な要素よ! さ、五雷神機構えて!」
「フム。弾を選ぶよう指示が出た」
「このゲームは通常攻撃にも五属性があるの。あんたのは銃だからチョーチョー分かりやすい筈よ。ところでバイオハザード
知ってる? ゲームの。ゾンビいっぱいの」
「1と2。ナイフクリアさ」
「はいはいスゴいスゴ……えっ!! 2!? ワニは!? ワニどうにかできるの!?」
「撃退可能だよ。ハープごっそり持ってゴリ押しすれば何とかいける」
「私のナイフクリアの夢を粉砕した悪魔空間をチョーチョー容易く……。ぐぬぬ……。やっぱコイツ気に入らない……」
「ふふふ……。唸るだけじゃ差は広がる一方だよ?」
「と、とにかく、バイオ知ってるならグレネード想像なさい!」
「1のディレクターズカットで取るときビビるよね」
「やめてトラウマほじるのやめて!! フォレストこわい! チョーチョーこわい!」
「状況によって弾丸使い分けろってコトだね。通常、火炎、硫酸、冷凍……懐かしいねえ。マグナムの材料が冷凍弾になるの
未だに理解不能だよ」
「いや話ちゃんと聞きなさいよ。あのね、アナタがいまから使うのは『水』よ。水属性」
 そして構える天辺星さま。武器は魔術師の格好にジャストフィットな……杖。黒と紫を基調にした禍々しくも見栄えのいい杖だ。
それを手にする天辺星さまは軽くブルブル震えながらこう伸べる。
「い、いい。QOゲージのシステム説明するため、ワタシは敢えて『金』属性で攻撃するけど、『火』とかやめてね。チョーチョー
やめて。装備その五雷神機から棒切れに変えたような小細工して、迎撃して、ワタシに大ダメージとかやったら怒るからねっ!!」
「信用したまえ。ふふ。あいこや。連続あいこならこの船抜けられるで……」
「怖いセリフやめて!!」
(だから昔のマンガ通じるあなた古いです天辺星さま)
 呆れる黒服。半泣きの天辺星さま、5分ぐらい宥められてようやく攻撃。
 ガシ。
 弾丸にぶつかった銀色の杖から青白い光と衝撃波が発生し、それぞれヌヌ行めがけ吸い込まれた。同時に彼女の『水』
のQOゲージが僅かだが回復した。
「これは……」
「『相生』よ。五行知ってる? 金は水を生むの。だから『金』で『水』の攻撃迎え撃つと、チョーチョーこうなるの」


【相生説】

 木→火→土→金→水→木……という様に、各元素が別のものを生むとする考え。

 木は火を生む。よく燃えるからだ。
 火は土を生む。灰は大地を育む。
 土は金を生む。鉱物資源があるのだ。
 金は水を生む。冷えると雫がつく。
 水は木を生む。説明するまでもなく。


「これらの関係をもとにゲージが変動するのか」
「そう。繰り返すけど、『金』で『水』を攻撃すると、技発動に使ったQOポイント(以下、QOP)の半分が相手に行くの。いまワ
タシが出した『錫薙ぎ』は消費QOPが「2」の基本技だから、その半分「1」がコッチの金のQOゲージからアンタの水の奴へ
振り込まれたって訳」
「言い換えると、相生の勝ち負けから生じるメリットデメリットというのは──…

 負け → 技消費1.5倍。
 勝ち → ゲージ回復。

だね」
 なかなか複雑なシステムである。
「整理が追いつかないけど、『MPの削りあいができる』ってコトかい?」
「そんな感じ。うまくやれば、相手の技消費を、チョーチョー激しくして、ガス欠に追い込める」
「しかもこっちのMPは回復し放題」
「で、このゲームの勝利条件の1つは、『相手の五属性総てのMPをゼロにする』だから」
「相生での勝ち負けがそのまま勝負を決める、と」

 難儀なシステムである。
 黒服たちは「とっつきにくいよなあ最初は」そうボヤいた。

「奥深いでしょ? 相手の行動を読めば、『金』攻撃に『水』ぶつけるような真似で、QOPを面白いほど奪えちゃう」
「そして大技ほど消費ポイントは多いだろうから」
「うん。考えなしに使うと、技本来のQOPの1.5倍がなくなっちゃう。例えば消費600の大技が相生で負けると、その半分
の300が相手の懐に転がり込んじゃう。消費分600プラス吸収分300。合計900、QOゲージから吹き飛ぶ、チョーチョー
吹き飛ぶ」
「気をつけるよ。勝負を仕掛ける時は。ところでもう1つの勝利条件……『HPの削りあい』はどうなってるんだい?」
 ヌヌ行のHPはわずかだが減っている。
「カードゲームみたいなものよ。基本は、『攻撃力の高いほう』が削れる。それは相生が発動しても同じ。アンタのHPがビミョー
に減ってるのは、さっきのワタシの攻撃が届いたせい」
「そういえばさっき杖から出た衝撃波が、我輩を掠めたね。なるほどあの時ダメージを受けたのか」
「アンタ初心者。ワタシはレベル21。どっちが攻撃力高いかは明白でしょ? ワタシ相生で負けてもアンタのHP削れちゃう訳」
「けどそのレベル差を覆す要素があるんだね?」
 どうしてそういう結論に至ったのだろう。黒服たちは首を捻った。天辺星さまも疑問符を浮かべた。
「おかしな話でもないだろう? だってさっき君”絶対に『水』以外で攻撃するな”そう言ったじゃあないか。なら、水以外の、他の
4つの属性のうちどれかが、君の攻撃を、レベル差関係なしに凌駕すると考えるのは、ごくごく当たり前の反応じゃないか」
(鋭っ!!)
(ま、まあ、天辺星さまがバカで、色々バラしすぎってのもあるけど)
(見下さず、一言一句を詳らかに分析するのは怖いな……)
(優秀なのに油断しないって、それ一番怖いタイプだよ。隙がない)
 そろそろ天辺星さまは「マズい。ワタシひょっとしてチョーチョー勝てないんじゃ……」と青くなってきが、それでもなけなしの意
地を絞って声をば張り上げた。
「『相克』! レベル差を覆す要素はね、『相克』っていうの!」


【相克説】

 木→土→水→火→金→木……という様に、各元素が他のものに克(か)つとする考え。

 木は土に克つ。養分吸収。
 土は水に克つ。堰き止め。
 水は火に克つ。基本原理。
 火は金に克つ。融解。
 金は木に克つ。斧。


「きたね『相克』五行の花形。ややこしいけど、ロックマンの弱点武器と考えれば飲み込みやすい」


 相生・相克まとめ




「相克が発動した場合に限り、レベル差はチョーチョー無視される。最高レベル999のプレイヤーがレベル1から直撃を受
けて沈むケースは日本サーバーだけでも年180件はあんのよ」
「2日に1度ジャイアントキリングを生むほどのシステムか」
「さっき私がチョーチョー怖がっ……警戒してたのは、『金』の攻撃を、『火』で迎撃されないかとヒヤヒヤしたの」
「あの反応からすると、よほどのペナルティがあるんだね」
「アナタ基準でいうと、敵の……つまり『ワタシの攻撃がどれほど強くても無効』にする」
「おー」
「で、『敵(ワタシ)の防御力完全無視』かつ『そのダメージの更の2倍』の攻撃が入る」
「こうかはばつぐんだ!」
「……アンタちょっとキャラ変わってない?」
「か、変わってないさ失敬だな」
 ノーズパッドをアワアワ撫でながら彼方を見て口笛を吹くヌヌ行に金髪サイドポニーの少女は怪訝な顔をしたすぐ本題に戻る。
「打撃を受けるのはHPだけじゃないわ」
「MP……QOゲージにも何かペナルティが?」
「無効化された技の消費QOPの、更に2倍が減少。相手には吸収されないけど」
「つまり相克で負けると

『レベル・攻撃力に関わらず総ての攻撃が無効』
『更に防御力ゼロで相手の攻撃を受ける羽目になり』
『そのダメージの2倍を受ける』

『更に使った技の消費ポイントの2倍がQOゲージから消失』


ってコトだね。技に関しては、消費が3倍になると言い換えてもいい。消費20の技が相克で負けると合計60減る」
「どんなに優勢でも、相克で負けると途端に戦況、チョーチョーひっくり返るのよ。もちろん勝ちさえすれば優勢になれる。
ここぞという所で大技使って相克制するとカタルシスよ」
「けど……負ければ3倍減る訳だよね。消費300の究極奥義仕掛けて負けたらQOゲージから900トぶよ」
 正に両刃の剣である。
「まぁ他にも色々細かい補正とか技の種類とかあるけど、聞きたい?」
「いや。遠慮しておくよ。基本からしてフクザツだからね。整理もできないうちに色々聞くのは逆効果……まずは基本から固
めたい」
 ピロリン。ヌヌ行のメニュー画面でアラートがなった。


【テッペンさんから【回復薬(小)】が送られてきました。受け取りますか? YES / NO】


「模擬戦なら送れるのよアイテム。実戦じゃムリだけど。さ、傷治して! チョーチョー治す!」
「根は親切だね君。悪人になりきれないタイプ?」
「う! うっさいわね!! あああ後で”相生教えるときのダメージさえなければ勝てた!”とか難癖つけられたら嫌だから!
だから渡しただけよ!!」


 という訳で戦闘開始。



 羸砲ヌヌ行(LEVEL1)のステータス

 HP 560/560

 QO(=MP)

 木 100/100
 火 100/100
 土 100/100
 金 100/100
 水 100/100


「まずは様子見と行かせてもらおう」
 ヌヌ行を中心に砂塵が吹き荒れ始めた。
(土魔法【サンドスモーク】。説明文によれば戦闘中、1度だけ攻撃を完全回避できる。相手は20レベルも上の相手、まず
はこれで避けてから様子を……)
「甘い!! 特技【徘徊の怪樹】!!」
「っ!?」
 砂の嵐を突っ切った無数のツタが法衣ごと柔らかな体を切り裂いた。エフェクトだろうか、血しぶきが舞った。晴れた空気の
向こうに、3mほどの人面樹を侍らせセセら笑う天辺星さまが見えた。
(……相克。木属性の特技が土魔法を無効化した。相克が攻撃を帳消しにするのは知っているけど……まさか回復や補助
までとはね)
「ふふん! サンドスモークの消費QOPは確か10! 相克で負けたからその3倍がQOゲージからトぶ!!」
(さらに防御無視かつ2倍のダメージ……)


 羸砲ヌヌ行(LEVEL1)のステータス

 HP 328/560

 QO(=MP)

 木 100/100
 火 100/100
 土  70/100
 金 100/100
 水 100/100

(アレ? 思ったよりダメージ少ない。レベル20上の人の「こうかはばつぐんだ!」なのになんで即死じゃないの?)
 黒服たちは溜息をついた。
「天辺星さま回復役だからなぁ……」
「前衛やらすと死ぬから回復特化のサポートメンバー」
「だからレベル10台なら最強クラスの【徘徊の怪樹】で与ダメ2倍やってレベル1の体力やっと4割……」

(火力が低いのは助かるね。……まぁ、揉めてもヒドいコトにならないと見たからこそ、ワザと挑発したんだけど)
 五雷神機がらみで詐欺のような真似を働き戦闘に引きずり込んだ目的はただ1つ。
(肌でゲームシステム理解するためさ。それには相手がいる。ハロアロとブツかるかも知れないので、モンスターより対人戦
の方がいいね練習になる)
 とにかく次のターンの攻撃を選択。もうメニューは頭の中で呼び出せる。天辺星さまはというと、いかにも慣れてない様子でバック
エンター、背中の後ろでピコピコやってる。
(しょっぱな相克で負けたのはビックリしたけど、確率だけいえば5分の1で必ず起こる現象だ。冷静に行こう。うん。冷静に
行こう。そうだよ大丈夫だよ次のターンまた相克で負ける確率って4%! 恐れずドンドン行こう!)

「通常攻撃【白銀の杖驟雨(ロッドワルツ)!!】」
(ギャー!! 回復魔法【萌芽のめぐみ】がスッパンスッパン伐採だーーーーーー!!)
「火炎魔法【ブレイズフィスト!!】」
(【メタルコーティング】ぅー!! 大気中の金属を身に纏い防御力を上げる特技が溶かされたーーーー!!」

 相克連続発動。ヌヌ行の『木』は『金』に敗北。次に繰り出した『金』もまた『火』に破られた。




 羸砲ヌヌ行(LEVEL1)のステータス

 HP  92/560

 QO(=MP)

 木  76/100
 火 100/100
 土  70/100
 金  79/100
 水 100/100


「すげえ。賢そうなあの子が手も足もでないぞ」
「いや、天辺星さまのヘボさに注目すべきだ。見ろ。20も下のレベルを3ターンやって倒せないとかありえないだろ」
「……あれ? 【ディスエル】ってレベル差でのゴリ押しできないになってるんじゃ……」
「考えてみればおかしいな。普通なら模擬戦でも補正かかって対等になるんだけど」
 相変わらず角に隠れている手下達を知ってか知らずか、見目だけは麗しい親分はそっくり返って大笑いだ。
「ふふん! どう! これがワタシの実力!! どうワタシ強いでしょチョーチョー強いでしょ!!」
(ヤバイ……。あと一発食らったら負ける…………)
 内心のヌヌ行は鼻水を垂らした。
(いや別に勝敗なんてのは問題じゃなかったよ? 勝とうが負けようが、あの子にお金返して五雷神機も渡すつもりだったさ。
武器手放すのは痛いけど、所持金で何か買えば済む話だし。いまは情報収集が大事とはいえ、煽って戦闘の実験台にした
あのコへの節義を果たすには返金して武器も渡す。それが最良、よって勝敗は問題なしだ)
 それでも負けるのがマズいという理由は……
(『なんであのコが読み合いで勝てるのか』、だよ。相克で3連勝する確率は0.8%。偶然であろう筈がない。イカサマ? 
いやそんな頭いいコなら、さっき初歩的な詐欺で騙されたりはしない)
 カラクリがある。それを見抜けぬまま負けるのは何と言うか屈辱だ。
(……そーいえば、あのコ、我輩が行動を決定してから動いていたね。思い出してみれば1ターン目からずっと、我輩の後に。
けど、それって良く考えるとおかしいコトだよ)
 なぜならヌヌ行は戦闘開始からこっち、ずっと頭の中で行動選択を終えている。ゲームそのものな世界らしく、【セレクト
フェイズを終えます。よろしいですか?】なるダイアログが何度も脳内に浮かんだ。
(なのに、あの子はずっと我輩の後にメニューを操作していた。……これは何を意味するのか?」
 1つは、ゲーム的な絶対的制約。
(双方同時攻撃という変わったシステムの【ディスエル】。けど行動選択そのものには先攻/後攻があるんじゃないのか?
もし攻撃発動のトリガーが、『プレイヤー双方の行動選択終了』だったりしたまえよ。読み合い重視のこのゲームだ。疑り
深い人間はなかなか先に決めたがらないだろう。些細な仕草から目論見を見抜かれるのではないか……警戒していつ
までも決められない。そーいうのが2人かち合ったら永遠に進まなくなる。我輩ならそうならないゲームを作るね。先攻と
後攻が、特定条件で、必ずかつ確実に、ハッキリと決まるゲームを)
 天辺星さまが必ずヌヌ行の後に行動していた理由その2は……。
(こっちは単純。私の動きを読むためだ。もしシステムが強制的に先攻と後攻を決めていないとすれば、誰だって相手待ち
になるだろう。表情。顔色。視線。仕草。あらゆる情報から技を読み、相克や相生で優勢になろうとする)
 実際どうなのか。軽く溜息をつくと、わざとらしくおどけて見せた。
「流石に不利だねえ。次は君から動いてもらえると助かるよ。いろいろ対処できそうなんでね」
 天辺星さまはムカっとして叫んだ。
「できる訳ないでしょ! なにバカなコト言ってるの! まったくコレだから初心者は! ほらチョーチョー早く行動決めて!
じゃないとワタシずっと棒立ちなんだから!!」
(ニヤリ)
 だいたい分かった。
(先攻後攻は明確に決まっているようだ。そして前者が我輩。じゃあ何が基準か? 一般的には『素早さ』の高い方が先攻
だけど……いくら彼女といえどレベルが20も上で我輩よりノロいってコトはない。心当たりは)
 模擬戦という現状そのもの。
(これを申し込んだのは我輩。先攻はシステム的に不利。これらはイコールで結びつく。『ケンカふっかけるほど自信ある
なら攻撃読まれ放題なポジでもいいよね』、システム管理者はそういうだろう。我輩なら言う。絶対にそう言う)
 さらに。
(あのコが我輩の行動を読んでいるという仮説その2もあながち間違いじゃない。彼女は後攻であるメリットを最大限活かし
ている筈だ。何しろ勝てば返金かつ素材アイテムゲット……(と思い込んでいる)からね。真剣にやるだろう)
 つまりヌヌ行は何がしかの情報を読まれている。読まれているから発動確率0.8%という奇跡のような相克3連発を浴び
てしまった。
(じゃあどうやって彼女は我輩の行動を読んでいるのか? 表情のセンはない。これでも我輩ポーカーフェイスには自信が
あるからね。…………じゃなきゃネコさんやまぐろ丼のコト考えてほわほわしてるしょーもない私の本性バレちゃうし)
 ならばゲーム的な要素が絡んでいるのではないか?
(『トードマンが腰振ったらレインフラッシュ』みたいな、すごく分かりやすい兆候。『足元光ったら土の技来る』とか、ほんの
ちょっとの観察で分かるコトがあるんじゃなかろうか。うん。すごく簡単な読み方の筈だ。まだ何がどうなってるか断言でき
ないけど、すごく簡単であるコトだけは確信を持って言える)
 なぜなら
「うふふ。あと1ターンで勝利! チョーチョー勝利!! わーい水魔の杖げっとぉーーー!!」
 お花畑にいるような表情で恍惚としている天辺星さまが……相手だからだ。
(失礼だが知性的にありえないだろう。ハイレベルな読みあいに長けているというコトは。てか我輩にチュートリアル受けさせ
まいと焦ってる風だったし、本当、ゲーム序盤の説明で分かるほど、或いは説明書に載ってるほど、単純で簡単な技術で
我輩の動き読みまくったんじゃ?)
 ではヌヌ行、どうやって相手の技を読むのか? 相手の使う技の属性を読むにはどうすればいいか?
(負けても施設で聞くってはある。あるんどけど…………正直、段々あのコに負けたら恥って気になってきたし。…………)
 それにヌヌ行はどうしても成長したい。
(ライザウィン。ハロアロの主人。かつて邂逅したライザは嫌な感じだった。正直大嫌い。けど強くて、私の武装錬金も通じ
なくて、だから成長する必要があるって感じてる。ブルルちゃんも同じで、だからさっき見事な成長遂げたよ)
 友人だから守りたい存在が強くなった。負けていられないというのが正直な気持ちだ。
(うふふ。それに私が強くなったらソウヤ君も「よしオレも!」と頑張ってくれるかもだよ。うふふふ。頑張ってくれるソウヤくん
を見れるなら頑張っちゃうよ私)
 次の攻撃までに『読み方』を習得する手段が1つだけあった。
(アルジェブラ=サンディファー。さっき攻撃した時の我輩の映像を展開したまえ)
 全時系列を貫く巨大なスマートガンの武装錬金。本来その気になれば宇宙の歴史を1からやり直すコトも可能だが……
(ここじゃハロアロのせいで著しく機能制限されてるよ。ゲームそのものへの介入は当然不可。相手プレイヤーの思考や
個人情報を検索するのも不可。できるコトといえば映像再現、ビデオよろしく我輩の挙動を見るのが精一杯、か)
 ゲーマーなら自分のプレイを動画して改善に役立てるのは当然だ。それでもヌヌ行は気乗りしない。ソウヤを想ってトキ
めく乙女心さえ曇らせるほどの葛藤がある。
(だってゲームだもん。ゲームっていうのは、プレイしながらアレコレ観察して徐々に覚えてくもんだもん。対戦中に自分の
癖を録画で見て直すっていうのは、なーんか卑怯臭い……)
 と思いながらも「いやいや」と首を振る。
(よく考えたら相手のあのコだって説明してないじゃないのさ!! 相克と相生は説明したけどさ! それに勝てる手段を
説明せぬまま容赦なくブッこんでくるんだよ!! だ、だったら私が私に起こったゲーム的な処理を見るぐらい軽いじゃない
の!! そうだそうだ軽い軽い!! おおおファイトが沸いてきたぞ!! 絶対勝てると思ってるあのコの鼻あかしてやるぜ!!」

 そしてヌヌ行はしばらく観察を続け──…



【セレクトフェイズを終えます。よろしいですか?】
「はい!! はいはいっ! はーい!!」
 元気良くYESを選択した天辺星さまは、残りHP92のヌヌ行を見て目を細めた。
(ふふふ! チョーチョー虫の息! あと一発で絶対勝てる!! レベルが違うもの! ダメージ等倍の相生での勝利でも
絶対勝てるけど……やっぱココは相克よ! 決まったときのバジューって音最高だし、だいたい4連続ヒットとか滅多にない
奇跡! だから実績解除アリなのよ! 楽しみだなー。西の【モウ】の闇市。獲得経験値2倍にしてくれる【醴泉の小瓶】売っ
てるあそこだけだもの!)
 そのうえお金が戻り合成アイテムの素材も手に入る。いい事尽くめだ……彼女はまったく至福である。
(ワタシが選んだのは土属性の特技【子供タイタンの遠足】! 消費QOPは40と多目だけど、そのかわり攻撃力は手持ち
最強の1500! 3ターン目まで使ってた攻撃とは段違いよ!」

 1ターン目 …… 攻撃力840(徘徊の怪樹)
 2ターン目 …… 攻撃力500(白銀の杖驟雨)
 3ターン目 …… 攻撃力340(ブレイズフィスト)

(本当は最初にコレぶちかませば一撃必殺だったんだけど、相手が水攻撃使わなかったせいでできなかった!)
 にも関わらず相克で『水』に勝てる『土』を選んでいる……。そう。天辺星さまはヌヌ行の想像通り『読んでいた』。
(そう! 実は相手が何使ってくるかカンタンに読めるの!! どこを見ればいいか! 色々あるけど……『顔』よ!!!
顔を見れば実は読めるの!!)
 どういう理屈でか?
(カンタンにいうと、

『木』を選択 → 目の輝きが減少。
『火』を選択 → 顔に変化が現れない。
『土』を選択 → 唇から血の気が引く。
『金』を選択 → 鼻に発疹などの異常。
『水』を選択 → 耳たぶが色あせる。

よ!! このゲームは五行採用してるでしょ! で、五属性っていうのはそれぞれ顔の器官に対応してるの! 

『木』は、目と。
『火』は、舌と。
『土』は、口と。
『金』は、鼻と。
『水』は、耳と。

それぞれ対応しているの! チョーチョーしているの。唯一見れないのは『火』の『舌』だけどコレは消去法! 他の場所に
何もなければ相手『火』ぃ使ってるなってなるの!)
 それがなぜ”読み”に繋がるのか。
(チョーチョー簡単よ! 実はQOゲージっていうのは、プレイヤーの体を流れる”気”の象徴なの! だから技を使って消費
するとその異変は肉体にもフィードバックされる!! だから──…

 1ターン目。『土』を使ったヌヌ行の”唇”がやや紫になった。
 2ターン目。『木』を使ったヌヌ行の”目”が充血した。
 3ターン目。『金』を使ったヌヌ行の”鼻”が少し赤らんだ。

(チョーチョー読み放題だった!! ぷくくくぅー!! 教えもせずフルボッコとか汚いかなーって思わない訳でもないけどさ、
でもワタシ聞いたわよね『相克や相生以外にも何か聞きたい?』って! もし『読みあいのコツは?』とか聞かれたらちゃん
と包み隠さず教えるつもりだったわよ。で・も! 聞かなかったわよね! よってあんたが悪い! ぷぷっ! 五雷神機の件
の意趣返しよ、ちゃんと確認しなかったどうこうを言い返すわ!)
 そして4ターン目。羸砲ヌヌ行の”耳”が乾燥し、軽く裂けた。
(耳に対応してるのは『水』! あいつは水のQOゲージを消費した! つまり! 相克的にいって『土』で攻めれば勝利確定!)




 そして動く出す時。動き出すヌヌ行。
(さあ同時攻撃。奴は水属性で来るわよ。水のなんたらよ。でも私のタイタンが奴の水を粉砕するんだk──…」
「木属性の特技──…」
(…………はい?)
「【極相林の狙撃手!!!】」
 群れをなして闊歩する5〜6mの土くれ像たちが突如現れた森林に絡め取られた。根が巻きつき動けない彼らは更にブッシュ
からの狙撃によって瞬く間に頭を砕かれ……やがて消えた。

 天辺星ふくら(LEVEL21)のステータス

 HP  1621/1809

 QO(=MP)

 木 771/791
 火 803/813
 土 660/780
 金 821/842
 水 808/808


「ぎゃああああ!! 土! 土のQOPが120も減ったあああああ!!! ダメージも188ィ〜〜!!」
 驚嘆する天辺星さまをよそに、ヌヌ行はほうっと一息をついた。
「やっと一矢報いれたようだね。倍増しなきゃ94……レベル差の割りに多いような。ああでも、相克は『敵の防御力無視』っ
ていうし、これぐらいか。(考えてみれば相克されてもラッキーだよね私、低レベルで防御力激低だからさ、無視されてもそれ
ほど影響ないよね)」
「ちょ!!? え! どういうコトなの!! ちゃんと耳に異常が出てた!! あんた『水』の技選択したんじゃないの!? 
なんで『木』の技なんか来るのよ!!?」
「やっぱり五行は目鼻にも影響したか。そして君もそれを知っていた、と」
 にこやかな、しかし冷たさと鋭さの混じった笑みにサイドポニーの少女は口を噤んだ。後ろめたさが出てきたらしい。
「まあ追求はしないでおくよ。読み方を聞かなかった我輩が悪いからねえ」
「…………で、何したのよ?」
「先攻特権って奴さ」
「先攻特権?」
 ああ。ヌヌ行は頷いた。
「考えたのさ我輩は。このゲームにおける『先攻』の立ち位置をね。考えてみたまえよ。【ディスエル】とは読み合い重視のゲー
ムなんだ。つまり先攻は損する立場にある」
「そりゃあ、読まれまくるんだもの。ワタシだったら絶対なりたくない」
「そこだ」、しなやかな指が対戦相手を指差した。
「先攻は絶対不利……絶対動かせない図式が存在するというのに、なぜ模擬戦は申し込んだ方が先攻になるんだい? 
公平を期するならコイントスでもルーレットでもサイコロでも、とにかくランダムで決まる機能を入れればいいんだ。けど我輩
が申し込んだ時点からいまにいたるまで、一度もそういう現象は観測されていない。つまり『申し込んだ方が絶対不利の
先攻』だ、恩赦がない」
「そ、そんなのゲームならよくある糞仕様って奴じゃないの? ドミニオンだけ図鑑に登録されないとか、新約の焼きそばが
ウザいとか、ラッキボーイだぜーとか」
(最後の糞仕様ちゃう。ネタ要素や)。だが小耳に挟んだけどね、このゲームのユーザーは1億だよ1億。こんな分かりやすい
欠陥のあるゲームがいつまでもウケる訳はない。欠陥とは精神の表れなんだ。『別にこれぐらいいいだろ』と、技術や資金を
注ぎ込む手間を惜しむ怠惰の表れだ。1つあれば幾つでもだ──…」
「で、なんで水じゃなく木で攻撃できたのよ? アンタ回りくどい。チョーチョー回りくどい」
「(だって私こーいう喋りで自分誤魔化してる弱虫だもん。くすん)。一言で言えば隠し要素さ」
「隠し要素?」
「そう。先攻は技を使わなくてもQOゲージを消耗させられる。相生の応用さ。さっき我輩がやったのは、『水』ゲージから
『木』ゲージへとQOPを移し変える作業。確かに君が見たとおり、『水』は減った。『耳』にも予兆が出た。けど」
「あ、あくまでそれは『減った』のを示しただけ。『水の技』使った証拠じゃなかった……と?」
「そう。ちなみに『木』の技にゲージ使ったにも関わらず、目への影響がなかったのは、『水』を変換して継ぎ足したせいさ」
「つまり、振り込まれた分と技の消費分をプラマイゼロにしたから……」
「ああ。気付かなかっただろう? 木の技を選んだなどとは」
「…………」
「あと、【極相林の狙撃手】の特殊効果。相手の技属性が『水』または『土』の場合のみ、与えたダメージ×無効化した攻撃
回数分の10%だけ体力を回復できる」
「なっ」
「タイタンの数は20。つまり我輩の体力は280まで回復する。……ま、いまだ危険水域、一撃死の射程内にいるけどね」
 悔しい! そんな金切り声があがった。しかしヌヌ行に勝利感はない。内心ぶるぶるしていた。

(よ、余裕面してるけど実はギリギリだった! 偶然! 偶然気付いたんだよゲージ変換の隠し要素!! いやたぶん慣れ
てる人は知ってるんだろうけどさあ! 私的には隠し要素!!)

 先ほど、アルジェブラによって『何故読まれたか』を知ったヌヌ行。しかし対処はなかった。

(ま、まあ、あの程度で読まれるぐらい製作者は予想しているさ。うん。人気っぽいし、何らかの救済措置がだね)

 探すこと20秒。何も見当たらなかった。

(うおお!! どうすればいいんだ! うおおーー!! 分かってても迎撃できなきゃ意味がない!! どうすれっ……うおおー!)

 軽いパニック状態で、脳内のメニュー画面を「がががー!」と滅茶苦茶に操作していたら、

【『水』から『木』へとQOPを振り分けますか? (決定後の取り消しはできません) YES / NO】

 という選択肢が出た。神キター。ヌヌ行は思った。

(ウ、ウフフ。思い出すねぇ『鬼忍降魔録 ONI』。ある洞窟の通路は岩に塞がれていてね。どかすには、そこの主の好きな
踊りを踊らなきゃいけない。踊りっていうのがまた厄介でね。本当は岩を調べたときのメッセージ欄で、十字キーを、近くの
村で教わる『踊り』の通り動かせばいいんだけど、我輩そこが分からなかった)
 岩を調べず、狭い入り口で、『踊り』の通り十字キーを入力して主人公を動かしていた。
(当然何も起こらない。間違ってるんだもん、起こる訳ない)
 もちろん洞窟だからエンカウントはある。まったく進まぬ展開。消耗戦の様相を呈するバトル。やがて2時間経過。とうとう
イラっときたヌヌ行、「なんで開いてくれないのよー!(泣)」と『岩を調べた状態で』十字キーをメチャクチャに動かした。
(そしたら何か音が鳴ってさ、あれコレなんだ? と思ってしばらく考えて……やっと正解に辿り着けた)
 それと同じコトがまた起こったのだ。


「ゲージ変換。1ターンにつき1周まで可能な機能。木を火や土経由で金や水にするコトもできる)
(もちろんそれなりの”コスト”がかかるけど、中級者以上はコレを駆使して後攻の”読み”を潰す)
「……法衣の人、よくチュートリアルなしで気付いたな」
「相当五行の知識があるよ。でなきゃQO減少が目鼻に現れるなんて絶対気付けない」
「というかあの子、何でわざわざゲージ変換のコト、バラしたんだ」
「あれは先攻にだけ許された機能。言わなきゃ後攻の天辺星さまは永遠に気付かなかった。なのに何故……だろ」
「ああ」
「天辺星さまを惑わせるためさ」
「流石に大技を跳ね返したのは幸運な偶然だとしても、これで相克狙い一択の簡単な戦いはできなくなった」
「五行っていうのはな、総ての属性が弱点キラーを生むようになってる」



「ホントだ。金は火に弱いけど、火をやっつける水を生む」
「弱点キラーのコトを専門用語で”子”というけどソコはいい。とにかくこういう関係がある以上」
「天辺星さまは悩むだろうな」
「本当は、何を選ぼうと3/5の確率で攻撃通って勝てるんだけど」
「向こうが自力で『読まれているコトを読み』、かつ『それを逆利用して』きた今、警戒して揺れが生じる」
「そこだね。虹色髪の女のコのねらい目は。レベル差を心理攻撃で埋めようとしているんだ」

 話している間にもヌヌ行の一撃が天辺星さまを穿った。

「ひ、『火』と見せかけて『土』が来ると思ったのに!! 相克! ワタシの『木』が『金』にやられたーー!』」
「手の内バラしてから天丼する訳ないだろ?」
 蜂の巣になった【徘徊の怪樹】を「溜飲が下がった」という顔で眺めるヌヌ行。、その手の五雷神機の銃口からはたなび
く煙。黒服たちは感嘆した。
(金属性の特技【破砕の弾幕】。攻撃力は低いが、相手の使役オブジェクトを破壊した時に限り)
(その破片を術者の体に突き刺し、オブジェの攻撃力の10%分のダメージを毎ターンのセレクトフェイズ終了時に与える)
(オブジェと術者の属性が一致または相生の関係にある場合は逆に回復するけど)
(相克なら……つまり土属性のプレイヤーに木片が刺さればダメージは2倍)
(つかあのコやるなー。一番変化のない『火』の攻撃って思わせるの、実は結構難しいんだよな)
(理論上は、起点が木なら、水までの相生を一通りやって五属性の増減をプラマイゼロにすればいい訳だが)
(ゲージ変換ってロスがでるんだよな。例えば『木』10ポイントは、『火』8ポイントにしかならない。相生される属性の8割し
か次にいかないんだ)
(そのせいで配分ややこしい。小数点切捨てだから分かりやすいといえば分かりやすいけど)
(更に技の消費QOまで勘案して全体の増減をプラマイゼロにするのは)
(『火』使ってると見せかけつつ『金』で攻撃するのは……上級者ならみんなできるけど)
(初心者のコがいきなりやるっていうのはかなりスゴい)


「今の攻撃で君のHPは1479になった。【徘徊の怪樹】の攻撃力は840。早く我輩を倒すなり魔法などで解除なりしないと、
詰むよ君。ずっと無傷でもやりすごしたとしても18ターン後がジ・エンドだよ?」
「く、くぅう!! 生意気! チョーチョー生意気!!」

 両名の戦いは続く。

【『火』のブラフについて】

 5ターン目において、『火』と見せかけて『土』と思いきや実は『金』という奇策で天辺星に競り勝ったヌヌ行。
(総ては相手に『木』の攻撃を使わせるためのややこしいブラフ。詳細は前段の該当場面にて)

 彼女は

「『金』を使いつつそのゲージの増減は失くし」

「『火』を使っていると相手に誤解させ、ペースに乗せた」

 のだが……どうやったのか。

 他の属性と違い、使えば『舌』という通常まったく見えない場所に変化が出る『火』。それゆえ黒服たちは


「目や口、鼻や耳にまったく変化を出していけない」

「ゆえに全属性でゲージ変換やって、かつそれら総てのプラマイをゼロにする必要がある」


 といった。
 しかし、賢明な読者さまならとっくにお気づきだろう。そう、実はもっと簡単な方法がある。

 結論から言う。

 『火』のゲージだけ減ればいい。よって火→土→金の順番で変換するのが一番能率的だ。
 コツは「『火』以外の属性の”増加分”と”消費分”をプラマイゼロにする」だ。


 5ターン目でヌヌ行が使った【破砕の弾幕】(金属性)を例に説明しよう。


 この技の消費ポイントは「24」。

 『金』のゲージ増減をプラマイゼロにしつつ、『火』使用と見せかけるには──…


 1.まず『火』から「38」ポイント、『土』へ振り込む。

 2.『土』に行くのは、『火』の捻出した「38」の8割(小数点以下切り捨て)。残りは一種の振り込み手数料として差っ引かれる。

 3.よって『土』ゲージが「プラス30」。計算式は「38×0.8(小数点以下切り捨て)」。

 4.更に『土』から『金』に向けて「30」を送付。(この時点で『土』の増減がプラマイゼロなのも地味に大事)

 5.『金』が受け取るのは、「24」。30×0.8。

 6.【破砕の弾幕】の消費は前述のとおり「24」であるから、振込分と消費分でプラマイゼロとなる。


 以上の手順を踏むと、

・『火』のゲージを減らしつつ
・『金』の技使用を気取られずに済む。

 ヌヌ行はこの方法によって天辺星の読みの更に上を行った。


『火』使用を装うなら目、口、耳、鼻、それら総てに変化があってはならないとする黒服たちの意見は正しい。

 だが『火』を含めた五属性総ての増減をもプラマイゼロにする必要は無い。
『舌』は例外なのだ。別に変化が起こってもいい。何故ならそうなった場合でも、

 他の器官に変化なし=火を使ったと相手が思う

 理想状態へ至るからだ。

 もちろん別に五属性総てのゲージ変換のプラマイをゼロにしても、相手に同じ錯覚をもたらすコトはできる。
 だが『舌』の変化まで隠蔽する必要は無い。苦労して調整してもどーせ相手には見えない。舌に何かあろうがなかろうが、
他の部位さえ従前のままなら相手は高確率で『火』を疑う。なら『火』をプラマイゼロにするため”だけ”に『木』ゲージを削り
磨耗するのは……『普通に考えれば』得ではない。(【ディスエル】の戦闘では、は属性のQOゲージ総てゼロになっても
敗北確定。無意味な消費は死を意味する)。もちろん、そういう定石があるからこそ、無意味と思える全属性プラマイゼロ
の活きる局面もありうるのだが。



 あとヌヌ行は全属性プラマイゼロなど考えつきもしなかった。

(『火』ィ減らす。で、『土』と『金』のプラマイゼロにすればいいだけだよね。単純が一番! だってゲームで色々考えるの
めんどい! てりゃ!)

 適当というか直感で理解しているというか。考えているようで考えてないヌヌ行だった。




 余談ではあるが、木→火→土→金→水→木と一周できるゲージ変換。

 その数値は起点となる属性の捻出分にのみ限定されない。

 ややこしい言い回しだが、『木』から「40」、『火』にやるとする。そちらが受け取るのは8割……『32』だ。
 しかし『火』は、それを超える数値を『金』へ送るコトができる。50だろうと100だろうと、幾らでもだ。
 むろん現在地を超える分は不可能だが……1ターンにつき1周という原則の中にある限り、その数値については各属性
間で自由に設定できる。

 ※ 変換は、1ターンにつき各相生1回ずつが原則。金から土に「60」送りたかったけど、間違って「50」しか遅れなかった、
あと1回だけ、残り10もどうしても……と言っても、標準状態では追加振込み不可能である。(アイテムや魔法などの効果が
ある場合、その限りではない)


 さて6ターン目から12ターン目のヌヌ行、


水 vs 火(075)
火 vs 金(093)
木 vs 土(120)
木 vs 土(120)
金 vs 木(084)
火 vs 金(096)
土 vs 水(105)



 相克で全勝。なお()内は天辺星が失った各属性のQOP。


 天辺星ふくら(LEVEL21)のステータス

 HP  307/1809

 QO(=MP)

 木 627/791
 火 728/813
 土 420/780
 金 632/842
 水 703/808


 羸砲ヌヌ行(LEVEL1)のステータス

 HP  549/560

 QO(=MP)

 木  46/100
 火  32/100
 土  10/100
 金  09/100
 水  15/100


 プレイヤーのパラメータのうち、HPゲージだけは相手も視認可能だ。
 観戦機能をオンにすればギャラリーも同じく。黒服たちは恩恵にあやかった。

(549vs307。遂にあのコの体力が天辺星さまを上回った……!)
(6ターン目からずっと相克で勝ち続けた結果だ。勝てば補助や回復でも攻撃を弾ける)
(天辺星さまは【破砕の弾幕】を取ろうと色々試したが、悉く阻まれた。相克で阻まれた)
(あのコがやった「プレイヤー相手の8連続相克」は滅多にないコト。まして初戦闘で出したのは)
(恐らく史上初、だろうな。3世紀続く【ディスエル】の中でも多分だが初めて)
(……ただ)
(ああ。ダメージ自体は少ない。天辺星さまはレベル20上だからな)
(1ターンに84の固定ダメージを与える【破砕の弾幕】の効果を以てしても)
(この7ターンで削れたのは1172。相克自体の与ダメは584)
(回復2回を挟んだとはいえ、1ターン平均117弱は優勢と言い難い)
(……防御力無視の2倍ダメージでそれだもんな)
(頭脳で勝っても火力では惨敗。レベル1だから仕方ないけど)
(つか【ディスエル】ってレベルでゴリ押しできるゲームじゃなかった筈なんだが)
(そーいやそうだな。確かレベル差関係なく戦える補正があった……よな?)
(例外もあった気がする。でも何だっけ。ノドまで出掛かってるんだけど、うーん)


 とにかく13ターン目である。

 先攻。ヌヌ行のセレクトフェイズ終了。

(ム。目が充血した)
(木の技を使ったのか? それともこれまで通りゲージ変換でブラフかけたか……?)
(とにかくココまで一度も読み合いで勝ててない天辺星さまだ。翻弄されて終わりだろう)

 今回も負けるだろう……黒服たちが頷く中、天辺星さまのセレクトフェイズ終了。
 そのHPを見たヌヌ行、
「…………フム」
 意外だが、納得したような顔をした。
(どうしたの?)
(天辺星さまのHPだな。いま自動回復した)
(自動回復って。今まで【破砕の弾幕】の効果でターン毎に84減ってたのに?)
(いや、あれは天辺星さまの属性次第で効果が変わる)
(破壊され、天辺星さまに破片が刺さった【徘徊の怪樹】の属性は『木』)
(もし俺らの雇い主がそれと同じ『木属性』または)
(或いは相生で勝てる『火属性』になれば)
(回復する)


「どうやら【ディスエル】のプレイヤー属性は、状況によって変わるらしいね」
 外科医のような冷徹な美貌の持ち主は興味深そうにクスクス笑った。艶やかな雰囲気に黒服の何人かは骨を抜かれた
が、本人は(うおお! バリアチェンジ! バリアチェンジだすっげー! クロトリの魔王だ魔王! ザk……げふんげふん
中堅プレイヤーさんでもバリアチェンジできるとかスッゲーーー! あと初プレイのとき名前「ラ王」にしてごめんね魔王まさ
か戻せないとは思わなかった!)とか思っているのだが。
「ふふん! 驚いたでしょ!」
(お。まさか天辺星さま計算ずくか?)
(最初駄目っこどうぶつだったからこそ、戦いの中で成長する的なアレか?)
 ヌヌ行も少し警戒したらしく、「で、何をしたんだい」と探りを入れた。
「ノンノンノン。ワタシに聞いてもムダよ。チョーチョー答えない」
(おお。情報ダダ漏れなアホから、先輩ぶって情報伝えないケチなアホに進化した)
 ドヤ満載で瞑目し指を振る敵に、虹色髪の巨乳美人はしかし余裕を崩さず
「どうしてだい?」
 と聞いた。天辺星さまは、答えた。
「知らんもん!」
「……はい?」
「だーかーら! いま何で回復したか分からんって言ってるでしょ! 何アレ!? バグ!?」
 ヌヌ行の目も黒服の目も点になった。
「しかしコレはアレね!! チョーチョー卑劣極まるアンタに勝てという天の意思! 加護って奴よ!! 見てなさいよ風は
吹いてる! ワタシに向かって超大型台風級のがビュービュー吹いてる!! びゅーびゅー!!」
 天辺星さまも知らなかったようだ。なのに彼女は自信満々に平べったい胸を張った。黒服たちは頭痛を覚えた。
(やっぱアホだ)
(天辺星さまそれ逆風です。自分に向かって吹く風は加護じゃなくて困難です)
(……まあそうなっても『ワタシ負けない・運命は自分の力で切り開く』つってアホ丸出しで突っ込んでいくんだろうけど)
(ちなみに属性が変わるのは、物の状態が常に移ろうとする五行思想の影響さ)
(あそ)
(システム的には属性、QOゲージの残存率で決まる)
(おい天辺星さま無視すんなよ! 余計哀れだろ!!)
(残存率の一番多い属性がそのままプレイヤーの属性となる)
(おいコイツ本気だぞ。本気で流しにかかってる)
(【破砕の弾幕】を受けた6ターン目から12ターン目に至るまで、天辺星さまはずっと『水属性』だった。上にある、法衣の女
性との対戦記録を見てみたまえ。ほかの技がバカみたいに相克のペナルティでガリガリ減る中、『水』だけが妙に使われて
いないだろ? だから12ターン開始まで彼女が水属性だったのは当然の帰結さ)
(基本1行で喋るべき俺らなのに)
(長文かましだしたぞ)
(しかし12ターン目! とうとう天辺星さまは『水』の技を使ってしまう! 消費は105! それによって『水』ゲージの残存率
が87%に転落、『火』の89.54%に首位を明け渡す羽目になった! 【破砕の弾幕】の効果を受けるのはセレクトフェイズ
終了後、よって『火』で迎えた13ターン目のそれで回復するのはごく自然な流れだよ)
(いやいろいろ数字出されても分からないよ!)
(たぶん事実だ。ヒマだったら5ターン目終了時点の天辺星さまのステータスから色々計算してみ?)
(ちなみに6ターン目に相克で負けた【徘徊の妖樹】の基本QOPは20。よって3倍の60が減ってるよ)
(いや、そこから、上にある、なんかゴチャゴチャした属性ごとの数字を差し引き差し引き割合求めるとかヤリたくないよ!)
(5属性が12ターン分だよ? 計算60回だよ? 面倒くさいよ?)
(で、結局なにが言いたいのさ。3行で言ってよ)
 妙に仔細ぶった黒服は、気取った手つきでサングラスを治しつつこう伸べた。


「これで虹色髪の女性のダメージソースは消えた。唯一頼りだった固定ダメージが、あろうコトか回復に転じたんだ」
「1行!!?」
「……でも、確かにマズいな。ただでさえ火力で劣るというのに、毎ターン回復されるとなると」
「削りきれない」
「で、でも! 相手はあのコだよ!? いかにも知略に長けてますって感じのあのコだよ!」
「そうだな。ココまで相克連発したんだし、案外何事もなく押し切って勝つ筈。てか勝ってくれ」



(わ! 袖口にご飯粒ついてる! むー。ゲームに取り込まれたんならそーいうトコロ無視して欲しいなー。ソウヤ君に見ら
れたら頼りになるお姉さんって私のイメージが三匹の子ヤギだよ。がらがらどんだよっ!)



 緊張感のない一幕を挟み、両者攻撃の開陳である。先攻・ヌヌ行の技は──…

「水魔法【ネグレクトダイバー】!」
 地面から3人の幽霊ダイバーが飛び出し、天辺星に殺到。
(消費30の大技!)
(レベル1時点ではって意味で。攻撃力も500だよね)
(厄介なのは効果だ。なにしろ船に置き去りにされサメに喰われたダイバーの怨念を使役する技だから)
(ヒットすれば相手の属性に関わらず、相手HPの最大値の8%を削り続ける!)
(削られるタイミングは、戦闘フェイズ、正式名称ライジングフェイズ終了時!)
(治癒魔法などで解除されない限り効果は戦闘終了まで持続する!!)
(さっすが法衣の人!! 【破砕の弾幕】が切れるやを見越してた!!)
(どんだけ削られんだろ天辺星さま。えーと。1809×8%……。小数点切捨てだから……144)
(現在の彼女のHPは391。もしこの激突で眼鏡巨乳さんが247削るコトができれば)
(戦闘終了と同時に勝ち確定!! ちなみに【破砕の弾幕】の回復が来るのは次のターン)
(さっきもうしたので、このターンはなし)

 という状況を悟ったのか、天辺星さまはただ立ち尽くした。
 表情は見えない。やがて3体の幽霊が彼女めがけ吸い込まれた。

 そして……訪れた静寂の中で天辺星ふくらは仰け反り。

 頬に手を当て哄笑した。

「確率2分の1にチョーチョー勝利!! 行っけーー!! 土の特技『子供タイタンの遠足!!』」
「なっ!!?」
 クラゲのような質感の亡霊ダイバーたちが巨人に蹴散らされ白い飛沫を散らした。
「……っ」
 軽く呻くヌヌ行の体から、青と黒の淡い光が抜けた。相克の負けである。
(う、うそだろ)
(天辺星さまが…………おつむがアレなあの人が……)
(読み合いに勝つ、だと?)
 黒服たちは目を白黒させる他ない。当の天辺星さまは息を弾ませ輝くように微笑んだ。
「どーよどーよワタシの手持ち最強【子供タイタンの遠足】! さっきは不発だったけど、当たればねー!」
 ビシビシと指差さされるヌヌ行のステータスは以下のとおり。

 HP  7/560

 QO(=MP)

 木  00/100
 火  32/100
 土  10/100
 金  09/100
 水  00/100

「ダメージなんと542! HPほぼ満タンだったのがチョーチョー虫の息!! 次のターン最弱の攻撃1つ入るだけで勝ち確定!!」
(……最強の技で2倍ダメージ与えたのにレベルが20も下のプレイヤー瞬殺できないんすか天辺星さま)
(しっ。本人は喜んでいるんだから低火力乙とかいわない)
(しかし……マズいな)
(ああ。今の相克で『水』と『木』がゼロになった)
(?? 『水』は分かるけどさ、どうして『木』まで減ってるんだ?)
(ゲージ変換して相克で負けると、振り込みの基点となった属性も減るんだ)
(ア。そーいやさっき法衣のコ、『木』減らしてる気配見せてた)
(そ。『木』から他3つ経由で『水』に振り込んだからな。だから負けた)
(一見便利なゲージ変換だけど、それだけに負けた時のリスクも大きい)
(しかも、だ。相克でトドメさされた属性は、2ターンの間、ゲージ変換の対象とならない)
(無事な『火』『土』『金』から振り込めないってコトか!?)
(ああ。だからアイテムなどで回復しない限り、2ターンの間『水』と『木』は使用不可)
(アイテムって。初心者じゃいけないトコにあるんだぞQOゲージ回復アイテム)
(そうなってくると──…)


 天辺星さまはいよいよ鼻息を荒くしていた。ヌヌ行のQOゲージ2つ、払底したのが分かるのは、彼女の目や耳が死人の
ような色艶になったからだ。忘れてはならない。QOゲージは減るだけでも露骨な変化を諸器官にもたらす。ゼロともなれば
その影響、ますます以て甚大である。(黒服社刊:【天辺星さまでも分かる!】『入門編 ゲージゼロ時の読み取りかた』より)

(ムフフ。相手ゼロなったチョーチョーゼロなった! だから次のターン、ワタシは『火』を使うだけで絶対勝てる!)
 何故なら。

(『火』に勝てる『水』は2ターン使用不可)
 負ける要素がまずない。

(相手が『金』なら当然こっちが相克でチョーチョー勝利)
 問題なく勝てる。

(『火』に『火』をブツけられても同じく。属性同じなのよ! レベル20も上なワタシがせり負ける訳ないじゃない!!)

 どういうコトか?

(『土』使われたら相生で負けるけど……攻撃力では勝てる。押し切れる」
 天辺星さまは読んでいた。相手のQOゲージを。
(ターンとレベル的に考えて、チョーチョー残り少ないはずよ。無事な三属性合算して50超えていればいい方。一属性平均
17。もちろん実際はバラつきあるでしょうけど、『土』、きっとゲージ変換とかチョーチョー意味分からない機能でやりくりして
も、40前後に回復させるのが精一杯)
 消費40は天辺星さまにとって大技だ。先ほど使った最強技【子供タイタンの遠足】(攻撃力1500)の習得レベルは13。
(それに匹敵する技をレベル1が持ってるなんてコトはありえない! 断言できる! チョーチョー断言できる!!)
 次に使うのは、火属性では最強の特技……【火の輪くぐりのグリフォン】(攻撃力980)だ。
(向こうの最高火力は【ネグレクトダイバー】あたりの500台が関の山! 480の差があればチョーチョー倒せる!)
 ヌヌ行が回復魔法やそれに準ずる特技を選択しても結果は同じ……天辺星さまはそう見た。例え回復されても、文字通り
の高火力で押し切るコトができるだろう……と。

 しかし分からない。黒服たちはヒソヒソ囁きあった。
 
(なんでさっき、天辺星さまがヌヌさんの攻撃を読めたんだ?)
(よもやっ! イ! イカサマしたのか天辺星さま ダメだそれは悪いコトだぞ!)
(落ち着け。サマぁ打てるぐらい頭良かったら、こんなコトならねえよ)
(発端は【五雷神機】詐欺だもんな。騙されて頭きたからバトルだもんな。……しょーもなっ!)
(じゃあ何で読めたのさ。敵の攻撃)
(偶然だろ偶然。確率だけ言やあ5分の1で当たるんだ)
(そうか?)
(さっき天辺星さま、2分の1とか言ってたよーな)
(天辺星さま……。バカだバカだと思っていたけど、とうとう分数まで分からなくなったのか……)
(いや、だとしてもだ。そのバカが相手の上いけるか? だって……バカだぞ? 運命の女神さえ出逢った不運を呪うレベルだ)
(そのバカに養われている俺らって一体……)
(養われてねーよ! いや最初の3日はそーだったかも知れないけど! 働いてるだろ! ちゃんと家からお屋敷通ってるだろ!)
(そうだった! 一部まだ求職中だけど、養われれば養われるほど惨めになって再起と自立を決意する……。ヒドいバカだよ)
(で、何の話だっけ?)
(なんで天辺星さまが相手の攻撃読めたかって疑問。サマでも運でもないとすると……なんなんだ?)
(……『大極図』じゃね?)
 ぼそり。誰かが呟く。果たして黒服たちの間でさざなみが立った。
(『大極図』だと? おいおいバカいうなよ。バランス感覚ない天辺星さまが使えるモンじゃないぞアレは)
(健康にいいからってずっとオカラばっか食べてるしな)
(小鳥か!)
(そんで妙に健康的なのが腹立つ!)
(腹立つ!)
(スタイルぐんぐん良くなるんだもんなぁ……。胸がDになったとか下着姿見せてくるし……)
(キツいな)
(年下のくせにバカな姉みたいな属性で、だからまったく萌えないんだ)
(実際はBで、Dとの発音の区別がつかないんだ。Bって言ってるつもりなのにDになるんだ)
(そんで自分の言い間違えでDカップになったと信じ込んでアホほどテンションあげてハシャぎまわる)
(腹が立つ! 昔あんなのに一瞬期待しちまった巨乳好きの自分に腹が立つ!)
(しかもBだから微乳好きのニーズも満たせないという半端ぶりだ!)
(……話戻そうぜ。『大極図』? 天辺星さまにゃ使いこなせないだろ)
(未だにバックエンター無理(笑)だし)
(でも……敵の攻撃読むのってさ、『大極図』の効果使わないとムリだろ)
(なぜそう思う)
(だって天辺星さまだぜ?)
(すごい説得力だな……)
(ま、まあ、『大極図』のアレとかアレなら、あのスゴく頭良さそうな法衣のコの手の内読むコトも可能ではある。)
(うん。ゴミに毛が生えた程度の天辺星さまでも、条件さえ満たせば手軽に使えるし……)
(でも難しいぞ? 一見5ターンあればできそうだけど、相生とか相克考えると、なかなかうまくは……)
(おーい。誰かココまで天辺星さまの使った属性まとめてないか? いやさっきのはいい。前のターン。12ターン目までだ)
(おう。それなら)
 黒服の1人が紙を差し出した。

01 …… 木
02 …… 金
03 …… 火
04 …… 土
05 …… 木
06 …… 火
07 …… 金
08 …… 土
09 …… 土
10 …… 木
11 …… 金
12 …… 水

 しばらくそれを眺めていた黒服たちは溜息をついた。
(やっぱり)(『大極図』だ)(『大極図』の効果で相手が何使うか読んだな)(ルールには則ってるけど……卑怯くさっ!)
 そして彼らは主を見た。もはや勝利確定とばかり目を細めメルヘンの世界にどっぷり肩まで浸かっている天辺星さまを。
 柔らかい金髪に日本人離れした美貌、唇ときたらサクランボのようにプリっとしている。いつからかやってきたギャラリーの
うち何人かは、女性含めてほうと見蕩れているが……黒服たちは決して魅了されない。知り尽くしているのだ。天辺星さま
から見た目を取れば愚かしさしか残らないと。いや逆だ。どうしようもない愚かしさの体現が、たまたま分不相応な愛らしい
ガワを得てしまったばかりに、不幸にも世界が誤って生存を許してしまい今日に至るのだ。天辺星さまは11歳までハナクソ
を食べていたし、オナラに火をつけたらどうなるか真剣に考える部分もある。盲導犬が怖いくせに、募金活動を見れば札束
を募金箱に捻じ込もうとする。ホラー映画を見た日などヒドいものだ。年頃の女性の癖にパンダの着ぐるみパジャマで黒服
の部屋を訪れ半泣きで添い寝を頼むほど。つまり……どうしようもないバカである。
(ええい! アレを野放しにした理由はなんだお前達!)
(ケンカ売らせて返り討ちにさせてチットは反省させるためです!)
(そうだ! 世界は残酷なんだ! あんな頭のユルさじゃいつか本当マジで猟奇殺人犯のコレクションになるぞ!)
(だって本当アレな癖に見た目だけは飛びぬけてやがるからな!!)
(絶世の美女クラスの法衣のコと並べて遜色ないからな! つか勝ってるし!)
(ああ! 向こうは何か努力で作った美貌って感じだけど、天辺星さまのは加工ナシ100%の天然モノだ!)
(……いや、張り合うなよお前ら。てか見た目勝負じゃ天辺星さまに勝って欲しいのか……?)
(とにかくだ! 見た目カンケーなしの実力勝負においちゃあ、虹色髪の女のコこそ勝つべき!!)
(そうだ! 勝ってもらわないと天辺星さまに痛い目見てもらえない!)
(そろそろキチっと痛い目みさせて大人しくさせないと、ヤバイぞ! モノホンの悪の餌食になる前に何とかしないと!)
(なのに奴は初心者が知らない機能を使い、勝ちを拾おうとしている!!)
(2度目だしなソレ。攻撃の読み方教えぬまま3ターン目までフルボッコしてたし)
(あのとき止められなかった負い目もある。今からあのヌヌって子に教えよう)
(『大極図』の効果だな)
(ああ。『大極図』だ)
(でも……使えるのか? あのコに。いや、天辺星さまなんかと違って使いこなす頭はあるだろうけど)
(条件が整わないと使えないからねー)
(制度って怖いね。誰とは言わないけど、条件だけ満たしたアホが使えるのに、賢い人が条件満たせず弾かれるってコトも)
 その点なら問題ない。先ほどまとめを差し出した黒服が、ヌヌ行のそれを差し出した。

01 …… 土
02 …… 木
03 …… 金
04 …… 木
05 …… 金
06 …… 水
07 …… 火
08 …… 木
09 …… 木
10 …… 金
11 …… 火
12 …… 土

 イケるという結論になり、ぞろぞろ。黒服たちは建物の影から這い出した。(模擬戦は外部との会話可能)
「いっ!? か、完璧に撒いたはずのアンタたちがどうしてココに!!」
「(撒けてねえよ。バカなの?) ハイハイ後にしてください。ほぅーらペロペロキャンディーですよ〜」
「わっははーい!!」
 屈託のない笑顔で万歳する天辺星さま。もう夢中。飴しか瞳に映っていない。「今だ!」。黒服たちに活路が開いた。
「ヌヌさん! ウチの天辺星さま、またです! またあなたの知らない機能を──…」
「大極図、だろ?」
 言葉を失くす黒服たち。「知ってるが、助力には感謝するよ。ありがとう」。ヌヌ行は艶然と微笑した。宝塚歌劇団の男役も
かくやあらんというイケメンぶりに、また何人かハートを射すくめられたが、当人は(ヤバイ、おっぱいの下のお肉がぐるんっ
て潜り込んでる付け根の辺りが妙に痒い! ど、どーしよ、掻きたいけどなー、でも男の人の前でそれすると「うほっ」って顔
されるから何かヤダ。……ソ、ソウヤくんにならされてもいいけど…………。痒っ。うぅ〜。くーろーふーくさーん! うらめし
やだよ! ほんにかゆかゆ刑にしおってからに〜)などと思ってる。思いながらもドヤ顔は忘れない。
「そもそも【ディスエル】の根幹は『陰陽五行』と聞いた。なのにココまで出てきた要素は五行の方ばかり……。なら普通考え
るだろ? 『陰陽要素はどこにある』……ってね」

 とにかく、黒服たちは『大極図』なるものが如何なるシステムか説明した。



【大極図】

 《作成条件》

 ・五行の五属性、『木』『火』『土』『金』『水』を総て使用(順は問わず)すると完成。
 ・使用とは、攻撃/魔法/特技/アイテムのうちいずれかの使用を指す。前出の4項目の使用であれば効果・組み合わ
せによる制限はない。魔法×5でも、アイテム×2+攻撃×3でも可。

 ・QOゲージ変換は使用とみなされない。

 ・また、装備品やスキル、およびその他の効果により、戦闘開始後、特定属性が使用済みと見なされる場合もある。

 《効果》

 1ターンに何個でも使用可能。使用すると、以下の効果のうち1つを任意で選択できる。

 ・HP完全回復。
 ・選んだQOゲージ1つを完全回復。
 ・使用ターンのみ、敵軍に対する直接攻撃ダメージ3倍(相克との重複可。大極図との重複は不可)。
 ・使用ターンのみ、五行の特殊効果『相侮』を発動。
 ・使用ターンのみ、『相生』に勝利する属性と敗北する属性のうちどちらか1つを表示。(後攻のみ)
 ・使用ターンのみ、『相克』に勝利する属性と敗北する属性のうちどちらか1つを表示。(後攻のみ)
 ・5ターンの間、『相生』『相克』敗北時のQOペナルティゼロ。
 ・5ターンの間、QOゲージの消費または変換による変化を、任意の、別属性のものとして偽装可能。(先攻のみ)
 ・5ターンの間、QOゲージ減少に伴うあらゆる変化を隠蔽。(先攻のみ)
 ・5ターンの間、敵軍からの直接攻撃によるダメージを半減。
 ・ユーザーアビリティの1つ『固有大極図』の使用。


 五行の根源は陰陽である。
 『大極』とは更にそれらを内包した根源的なカオスであり、あらゆる要素がドロドロと渦巻いている。
 中華的弁証法では、「陽動」と「陰静」の対流こそ宇宙原理であり、宇宙そのもの。
 『一にして全』……錬金術に通じる考えをも孕む『大極』。陰陽から更に分かたれた五行たちはいつか結合し、やがて新
たな『大極』となる。

 ゆえに【ディスエル】では、『木』『火』『土』『金』『水』の五属性をコンプすると『大極図』なる”役”ができるのだ。



 天辺星さまは黒服たちを見た。ヌヌの元に集いなにやら話している部下達を。
「むー! あ・い・つ・らー!! 私じゃなくあの女のところにーーーー!!」
 アメを口から出すと、唸った。お付きの黒服は「ヤバ機嫌損ねた!?」と色を成した。
 そして天辺星さまの感情の堰が切れた。
「初心者に色々教えるとかチョーチョーいい奴ら!! うん! 感動した! やっぱさ、男の人ってか弱い女のコ守ってこそ
なんぼじゃない! ワタシって賢くて強いじゃん? だったら向こうを保護してこその男よ男! アイツらまでワタシの味方した
らさ、それはもう弱いモノいじめよ虐殺よ、カッコの悪い三流悪役チョーチョーまっしぐら!!」
(何いってんですかねこの人。レベル同じならゼッテーーーーーーーー勝てない相手にドンドン知恵ぇつけられてんですが)
 なんか感動したらしく、涙流しながら黒服たちを見る天辺星さま。もちろん彼らの彼らによる彼らのための天辺星さま惨敗
計画が進行中なのは知らない。普通見れば分かりそうなのに、まったく、全然、分からないのであった。
「そのコ揺さぶってワタシ勝たそうとかいう忠義見せなくていいわよーー!! ワタシはワタシの実力で勝つんだからー!!」
(誰もそんなコトしません。あとアナタ実力で勝てるかどうかも怪しい人です。さんざ情報統制してやっと五分とか何なの)



「つまりっスねヌヌさん。天辺星さまがさっきアナタの攻撃を制したのは、『大極図』の効果の1つ


・使用ターンのみ、『相克』に勝利する属性と敗北する属性のうちどちらか1つを表示。(後攻のみ)


を使ったせいなんす。いまフジテレビで夕方再放送しているミリオネアの50:50よろしく勝つか負けるかの2択に絞ったん
です」
「要するにもう天辺星さま、考えるのが面倒くさくなったんで、運任せにしたんです」
「相克で負ける方出てたら多分勝負にも負けてたのに、バk……天辺星さまだから、考えナシでいっちゃったんです」
「『よしやろう』そう決めた瞬間だけが総てなんです。負けたら5万取られて【水魔の杖】の材料手に入らないってコトは」
「すっかり忘却ですよ。いつもそうですから。ノリで決めてやらかしてから、後で思い出してギャーギャー騒ぐんです」
 説明を聞くとヌヌ行は、いかにも知略才走るといった風で、こう述べた。
「……だろうね。薄々気付いていたよ。彼女に『相侮』は難しい。『大極図』は我輩の手の内を読むために使うだろう……と。
ふふっ。本当は確実に勝てる手段があるのに……よほど直接葬りたいらしい」
(どういうコト?)
(HPさ。『大極図』で完全回復すれば、ヌヌさんは絶対勝てなかった)
(レベル1だからな。QOゲージはほぼ枯渇)
(ヌヌさんなら相生でも勝てたんじゃ。勝って回復できたんじゃ)
(いや、相生で勝っても、低火力だから、天辺星さまからダメージ受け続けてやがて死ぬ。だからしなかった)
(で、枯渇状態のところでHP完全回復されてみ。後は全属性QO切れで負けるか……)
(特定属性しか出せなくなった所を駆られるか……いずれにせよ、一方試合さ)
 それは免れたが、ヌヌ行の旗色は悪い。

 HP  7/560

 QO(=MP)

 木  00/100
 火  32/100
 土  10/100
 金  09/100
 水  00/100


(残りHPはたったの7。『木』と『水』は2ターン後まで使えない)
 どうするのだろう。黒服たちがハラハラしていると、彼女は眼鏡のノーズパッドに手を当てた。
「『大極図』。白黒の勾玉状の図形2つが円の中で絡み合ってる、陰陽ならお馴染みのアレさ。『陰』と『陽』の整体・平衡・
互根といったあらゆる要素を内包している。正直その奥深さについて語りたいが……本題ではないね」」
 そういって1人肩を揺する彼女。些か変人臭さを感じる黒服であるが、(エキセントリック! 浮世離れしている感じがいいなー)
とますます好感を深めた。深めながらも佇まいに違和感を覚えこう聞いた。
「驚いていない所といい、天辺星さまの思惑に気付いていたような口ぶりといい)
(もしかして存在どころか機能までチェック済み……でしたか?」
「そりゃあ攻撃するたび、HPゲージの下に五芒星が着々と作成されれば嫌でも留意する。機能を知ったのは7ターン目……
つまり五属性をコンプした時さ。それまで星を描いていた各属性のアイコンが『大極図』へと進化した。後はまあ、普通のゲーム
通りカーソルを合わせて説明を読むだけ…………。ふふ。戦闘中にヘルプが見れるシステムでよかったよ」
(も、勿体ぶっている割には……)
(なんかスゴい普通の気付き方だぞ!?)
(いやいや、普通ってのが大事なんだ)
 特にどうというコトもない見抜き方である。だが……黒服たちは普段、天辺星さまを見せ付けられている。ひどい女性に引っ
掛かると、普通の女性の普通の優しさにありえないほど感動するものだ。故にヌヌ行の評価は、天辺星さまとの比較によって
相対的に急上昇。比べるブツがひどいからこそ、表面上”だけ”はマトモな彼女を必要以上に讃えるのだ。
(普通でもいいじゃないか)
(そうだ。才に溺れるコトなく新天地の規則をちゃんと調べられる一種の謙虚さこそ)
(ヌヌさんの最大の強みなんだ)
 とまあ、感嘆感嘆感嘆の眼差しばかりである。ヌヌ行は悠然と手を振り応じたが
(ゲぎゃゴーッ! いつものアレ! なんかよーわからん内に祭り上げられてる感じのアレ! トホホ。なんでかなー。なんで
中学高校大学とこうなっちゃうのかなー。くすん。こーなっちゃうから幻滅させたくなくてドンドン本当のアレな私を見せられな
くなっちゃうんだよ。という責任転嫁はずっこいですかウワーン)

「うまうまアメうま」

 天辺星さまはシアワセそうだ。


「(イイナー。アレな自分全開でいられるってイイナー)。とにかく、ま、やるしかないだろう。スヌーピーも言ってるだろ?

『配られたカードで勝負するしかないんだ』

……ってね」

 颯爽と踵を翻し天辺星に向き直るヌヌ行。黒服たちの感想(カッケー!)、ヌヌの感想(決まったあ!)。

(あ)
 戦闘まとめの黒服は気付いた。
(どうしたんだ?)。別の黒服に聞かれた彼は、(これ、12ターン目までの大極図の状況。ヌヌさんの)と紙を1枚。

()内は使用したターン。

(02)(07)(01)(03)(06)
『木』『火』『土』『金』『水』

(04)(11)(12)(05)
『木』『火』『土』『金』

(08)(10)
『木』『金』

(09)
『木』


(流石だな。『大極図』を1つ使える。しかももう1つはリーチ……って『水』かよ。2ターン使えない属性ならコンプは難──…)
(待て。これ”12ターン目までのまとめ”つったよな?)
(今のターン、つまり13ターン目に使ったのは)
(ああ)

(『水』だ)

 黒服たちはゆっくりとヌヌ行を見た。

(マジかよ。大極図2つ持ってんのかよ)


 そして、彼女は、考える。


(我輩が相手しているサイドポニーの少女。天辺星さまと呼ばれていたかな。彼女が『大極図』を完成させたのは、ほんの
ついさっき。12ターン目の攻撃直後だ。大極図の機能チェックなどその5ターン前とっくに終わらせていた我輩が、攻撃を
読まれると知りつつ『水』を使ったのは……総てこの状況のため)
 HPゲージの下にある2つの『大極図』に、ゲーム好き特有の何ともいえない感覚を覚える。総てはこの瞬間のためだった。
自分の五属性のコンプ状況など、大極図に進化する前の五芒星を見れば簡単に分かる。だから『水』を使った。他4つが
揃いリーチだったから『水』を使って2つ目の大極図を手に入れた。
(ふふ。考えてもみたまえよ。読まれた以上は何を使おうが、2分の1の確率で負ける。だったら敗亡覚悟で次に備えるのが
正しいやり方ってものだろう。もし仮に、向こうが、相克で負ける属性を示唆され、かつそれを実行したとしても、【ネグレクト
ダイバー】は確実に体力を削っていてくれた。そうして危殆に瀕した相手を前に大極図2つ……悪くない選択さ)
 結果としてヌヌ行は運悪く相克で敗北し窮地に追い込まれたが
(ま、五行戦闘の基本、読み方、それから大極図といった基本的な諸要素を学べたのは大きい。詐欺まがいのコトをしてまで
ケンカふっかけた収穫は充分すぎるほどある。負けてもまあ、初期装備1つ失って、悪銭をあるべきところに返す程度……
学 習 成 果 に 比 べ れ ば 充 分 安 い)
 ヌヌ行は天辺星さまに勝つため戦っているのではない。【ディスエル】からの脱出を模索するため戦っているのだ。
(或いはハロアロとゲーム内の戦闘でブツかるかも知れない。故に早いところ馴らしておきたい。そして馴らしには敗北もまた
必要さ。勝ち気も油断もない真剣の全力勝負をやり抜いてなお負ける。それは無敗よりも価値を持つ。意外な敗北、意外
な要素。そういったものはなるべく多く知っておいた方がいい)


(頤使者兄妹の長姉、ハロアロと万一衝突したときのために)


 大極図でHPとQOゲージどれか1つを全快すれば、ノラリクラリで確実で天辺星に勝てるだろう。
 ただしそのノラリクラリの時間がヌヌ行には惜しい。ハロアロに時間を与えれば与えるほど、彼女の戦略的勝利の確率が
高まってしまう。


(五行の戦いは奥深いけれど、本来の目的を忘れちゃならない。そろそろ勝負と行こう)



 14ターン目開始。

 指折りいろいろ数えていた天辺星さまは段々と青くなり、とうとうヘタリ込んだ。


「ちょ、ちょ!! あああああああんた、よく思い出してみれば、いま大極図2つ持ってんじゃないの!!?」
「かも知れないねえ。で、君の方は完成するなり使ったから、ゼロ。ま、君が負けるとは限らないさ」
「な! 何を言ってるのよ! 大極図には

 ・選んだQOゲージ1つを完全回復。
 ・使用ターンのみ、敵軍に対する直接攻撃ダメージ3倍(相克との重複可。大極図との重複は不可)。

とかいう、悪魔みたいな効果があるじゃないの!! あ、あんたの魂胆は分かったわ! ワタ、ワタシが『火』使えば勝利
確定だから、1つ目で『水』を完全回復! そんで2つ目で攻撃力を3倍! 相克と相まって実に6倍ものダメージを負わそ
うって、そーいう怖いコト考えてるんじゃないの!?」
 すちゃり。直される眼鏡の奥で切れ長の瞳が細まった。
「かも、知れないねえ。しかしだ。君にとってもっと難儀な事態が実はある」
「な、なによ」
「『君の指摘は半分当たっている』……我輩がそう囁くコトさ」
「なっ」
「ご存知かも知れないが、敢えて言おう。我輩はね……『ウソつき』なんだ。【五雷神機】の件のような詐欺まがいすらやって
のける女さ。だから今のセリフ。『君の指摘は半分当たっている』とする言葉もまた、偽りかも知れない。圧倒的有利な君
を口先で惑わし、動揺させ、半分どころか全部まったく違う大極図の使い方をして…………騙し討ちで勝つかも知れない」
「だ、騙すつもりならそもそも言わな──…」
「騙すというのは混乱させるコトさ。理解不能、許容不可の事態をまず付きつけ足場を揺らがす。『私はウソつきです』。
ふふっ、これほど矛盾を孕んだ言葉があるだろうか。これほど思考を乱す表明があるだろうか。暴かれたくない真実の
潜む胸襟を開いてこそ凌げる急場もまたある。真実を告げるからこそ招ける混乱もまたある。おっと。この表明が君を
余計に混乱させたらすまないね。だが? 或いはそれこそが真の狙い? いや……(ククク」
「う、うううううう……!!!」
 天辺星は混乱した。
(あー。ありゃ明らかなペテンだ)
(うん。それっぽいけど具体的なコトはなーんも言ってない)
(でも……何でも真に受けちゃう天辺星さまにはキツいよ)
(その辺り見抜いた上で言ってるんだろうなあ)

 とにかくヌヌ行のセレクトフェイズ終了。


 天辺星さまはひたすら混乱していた。

(うげげ!! あっちに何の反応もない!? な、なに使ってくるの? 普通に考えたら『火』だけど……!? ちょっと待って!
アイツの体力まったく回復してない!!)

 大極図の効果「HP完全回復」は使ってない。そこは確定。

(HP7で『火』!? そんな!! ワタシが『火』使う可能性高いって分かってるのに、絶対チョーチョーせり負け確定の『火』
選んだっての!? そそっ、それとも『水』呼び込んで『土』で迎撃するつもり……? いつも思うけど何で相手のQOゲージ
見れないのよ!)

 激しく息をつきながら、大極図のアイコンにカーソルを合わす。出てきたのはその効果。HP回復以外に目を合わす。
(あ、後攻特有の相生相克のフィフティフィフティも省いちゃっていいわね。アイツ先攻だし。チョーチョー使えないし)

 ・選んだQOゲージ1つを完全回復。
 ・使用ターンのみ、敵軍に対する直接攻撃ダメージ3倍(相克との重複可。大極図との重複は不可)。
 ・使用ターンのみ、五行の特殊効果『相侮』を発動。
 ・5ターンの間、『相生』『相克』敗北時のQOペナルティゼロ。
 ・5ターンの間、QOゲージの消費または変換による変化を、任意の、別属性のものとして偽装可能。(先攻のみ)
 ・5ターンの間、QOゲージ減少に伴うあらゆる変化を隠蔽。(先攻のみ)
 ・5ターンの間、敵軍からの直接攻撃によるダメージを半減。
 ・ユーザーアビリティの1つ『固有大極図』の使用。

(上から4番目……ペナルティゼロは例外。だって攻撃受けた時点で負けだもん。意味ないチョーチョーない。同じ理由で
下から2つ目のダメージ半減も省いていいわね。私が【破砕の弾幕】の効果で回復するようになった今、長期的なダメージ
半減に旨みなんかチョーチョーない。遅くても3ターン後までには倒せる手段を取りたい筈)
 もちろんヌヌ行の思惑など知らない天辺星さまだ。向こうも自分同様戦闘勝利を目指している……そう考えるのは当然
といえよう。

(候補は6つ。何やったの? 『偽装』で『火』使ったように振舞った? それとも『隠蔽』でQOゲージの変換の動き自体まっ
たくみえなくした? 『固有大極図』は……わかんない! なによこれチョーチョーわからない!! 固有大極図って
プレイヤー独自のものなのよ! 見るまで分からないマジ切り札だからどんなの来るか分からない!)
 先ほど指摘した『QOゲージ回復』と『ダメージ3倍』を経て天辺星さま、次に挙げる項を見た。
(『相侮』。これもある意味奥の手。相克の強弱をひっくり返す)
 つまり、木が金に勝ち、火が水に勝ち、土が木に勝ち、金が火に勝ち、水が土に勝つのだ。逆転現象を起こすのだ。
(トランプでいう『革命』みたいな技。あー!! しまった相克でアイツにボコられてるとき使えばよかった! チョーチョー
使うべきだった! もーなんで大極図用に五属性コンプするの忘れていたのよ!! コンプしとけば相侮使って、相手の
読みの鋭さ逆利用して一撃お見舞いできたのに!! ああもうもっと早く『水』使えばよかった)
 後悔。その後にやってきた感情は別なものだった。
(…………。待ちなさいよ。妙に五行に詳しくて、ワタシの攻撃チョーチョー読みまくれたアイツが、最善手の更に上をいけ
る『相侮』に着目しない訳ないじゃない。つまり……何やっても、ワタシって既にチョーチョーあいつの掌の中? 何選んでも
上行かれて負けちゃうの? う〜〜! ありうるっ!! もう『水』ないから大丈夫だろうと繰り出した『火』を、アイツの相侮
効果を受けた『金』が迎撃! 更に『ダメージ3倍』の追加効果で6倍に押し上げてワタシ敗北……そんなシナリオ、ありうるっ!)
 ガーンと白目になって固まる天辺星さまは、じゃあどうすればいいか考えた。
(こーいうのは難しく考えるとドツボ!! なんていうか、大極図の効果ばかりに意識が行っている現状自体既にマズいよー
な気がしてきたわね! 世界は広いのよ!! 別にアイツの提示した条件に乗っかって考える必要ないじゃない!! そう
よそうよ! うーーー! なんかチョーチョーテンションあがってきた! 『ワタシの指摘が半分当たっている』? ゲージ満タン
か3倍のどっちかが真実? だったらウソ付かれて騙されても勝てる算段取ればいいのよっ! 最悪なのは、水か木をチャージ
された上に3倍ダメージされて「ウソついたの!?」「だって我輩ウソつきだし」なんてしたり顔されるコト! でもそれってさ)

 天辺星さまは一種虚脱したような戯画的な顔で「ボヘー」としながら呟いた。

(『木』の、一番強い攻撃出せばいいだけじゃないの?)

『木』ならば『水』に相生で勝ちダメージが通る。『木』が相手でも攻撃力の高い方が勝つ。火力は天辺星さまが遥か上。

(どうせ向こうのQOゲージカツカツ、しかもレベル1。こっちの攻撃抜いて3倍ダメージ与えられる技……ないんじゃないの?)

(大極図の効果って『ダメージを3倍』であって、『技の攻撃力3倍』じゃない。なら『木』の最強攻撃出しとけば大丈夫じゃ)

 見抜かれる見抜かれないを抜きにすれば、それだけの対策で済むのだ、ヌヌ行のブラフなどは。
(もちろんそれチョーチョー見越して、土の相侮か金の相克で3倍ダメージ入れてくる可能性もあるわね)
 体力を見る。現在391。セレクトフェイズが終われば【破砕の弾幕】の効果により475まで回復する。
(アイツが相克だけで159与える技を持っていれば、充分射程圏内だけど、そこはチョーチョー考えないでおくわよ。こー
いう時、数字ドーコーを根拠にグダグダ考えるヤツは負ける!! むしろそーいうのを景気良く吹っ飛ばす常識外れブチ
かますほーが面白いし!! だからそれよ、どーすればソレできるか考えるわよ!)

 ヌヌ行は、思い返してみると、天辺星さまを動揺させるコト自体が目的のようだった。

(逆に考えるわよ。読みとかシステムとか、そーいうの一旦ゼンブ脇に置いて、逆に考えるわよ。動揺させるってコトは、『平
常心』で居られたらマズいってコトよ。じゃあ何で平常心で居られたらマズいの? アイツすごく頭いいじゃない。正直ワタシ、
テンパってなくても10回に3回は負けるかな? って感じしてるわよチョーチョーしてる。なのに……動揺されてないと困る?
うん? ワタシそんなすごいプレーヤーじゃないわよ? まあ、今はって話で、いずれはチョーチョー神プレーヤーになるだろ
うけど、でも、いまはまだレベル21のどこにでも居そうなプレーヤーじゃないのよ。8回連続相克で勝てるぐらいの”読み”
があるのに、動揺されないと困る事情が……あるっての?)
 しばらく考えていた天辺星さまは、徐に踵を返し、メニュー画面を開いた。

(そーよ。ワタシの強みって経験じゃない。アイツの知らない情報をたくさん持ってる。だから3ターン目まで面白いように相
克キめられた。賢いアイツは未知が怖い。自分の知らない知識を使われるのがチョーチョー怖い。だから……揺さぶる。知
らない、初めて知る常識をつきつけられるのが何より怖い。だってルールだもの。知らないからって許されない、チョーチョー
絶対の規則だもの。だからワタシを揺さぶって、チョーチョー脊椎反射的な、アイツの既知に収まる範囲の単純攻撃ばかり
させようとしている)

 一寸の天辺星さまにも五分の魂というものがある。

(その気になれば引き伸ばしに徹してアイツのガス欠待つコトもできる)

(けど!)

(アイツが勝負かけてくるっていうなら、正面からチョーチョー出し抜くべきよ! やられっ放しは性に合わない! アイツの一
番怖い未知を縦横に駆使して予想外の方から一撃ブチくらわしやるのよ! でないと溜飲、下がらない!)

 相手に背を向けてしゃがみ込む。メニューを展開したのだ。そしてとある項目をじっくり眺める。

(ひょっとしたら見られるかもだけど、向こうは既に行動決定済み、取り消しやり直しは不可。ダイジョーブ。安心して)

【断天のディスエル】は技の多さでも有名である。何しろ初期状態で既に30の技がある。一見厖大だが、「五属性」の技
が「攻撃」「魔法」「特技」にそれぞれ「2つ」ずつ配属されているため、項目別に見ればさほど多くない。が、一般的なゲ
ームと違い、技の数に上限はない。例えば「火属性」の「攻撃」だけでも500種類以上あり、しかもプレイヤーはその総
てを所持可能だ。(もっとも、QOゲージの方に上限があるため、1つの戦闘で総てを使役するコトは不可能に近い。よっ
てコストパフォーマンスや使い勝手の悪い技は封印される傾向にある。実用に足るのは項目1つあたり7〜10、総計
105〜150辺りが相場と言われている。もちろんその4倍5倍の技を持つ重装備型プレーヤーも存在するが)

(技! それは沢山! アイツの知らないのが山ほどある! 着目すべきは……ただ1つ!)

 天辺星さまのセレクトフェイズ終了。

 そしてそこからの激突を以てこの戦闘は終わりを迎えた。


 先に動いたのは当然ながら……ヌヌ行。

「我輩の攻撃は『金』の特技【フルメタルバースト】!」

 【五雷神機】の銃口が火を噴いた。【破砕の弾幕】がにわか雨に思えるほどの弾丸が天辺星さまに殺到する。

(攻撃力800! 消費QO32の初期技最強!)
「さらに大極図の効果! 『ダメージ3倍』付与!」
(天辺星さまの『木』狙いか!)
(確かに『水』や『金』の回復を警戒すれば出すだろうけど……どうなる?)


 固唾を呑む部下達に答えるよう、声高らかに技を繰り出す天辺星さま。

「よっしゃ! コレでたぶん『相侮』つぶした!! ワタシの攻撃は『金』の特技! 【成金ボクサーの憤激!!】」
(属性が被った!! 天辺星さまの癖にヌヌさんの裏の裏をかいた!!)
(まずい! こうなると攻撃力の高い方が勝つ!!)
(ヌヌさんの負けか……?)
(いや)

 黒服の1人は、水銀状にぬめるボクサーを指差した。攻撃力はギャラリーにも可視可能だ。彼らは、見た。

【成金ボクサーの憤激】 攻撃力 280

(なっ!?)
(こ、ここにきてその火力だと!? 消費は多分10だなこりゃ!)
(何を考えてるんだ天辺星さま! まさか選択ミスったのか!?)
(とにかくコレで……)


 弾丸の嵐が禿頭のがっしりした銀男を貫通し、天辺星さまに突き刺さった。


 天辺星ふくら(LEVEL21)のステータス

 HP  316/1809

 QO(=MP)

 木 627/791
 火 728/813
 土 380/780
 金 622/842
 水 703/808


(3倍でやっと159のダメージ!!)
(相克が決まっていれば更に2倍かつ防御力無視だったのに!)
(それでもひとまずヌヌさんがこのターンを凌げ──…)


「さらに【成金ボクサーの憤激】の追加効果!!!」
(なっ!?)
 どよめく黒服たちをよそに、ヌヌ行は涼しい顔だ。天辺星さまはそんな彼女に冷淡な笑みを向ける。


「【成金ボクサーの憤激】は、攻撃の成否に関わらず、この技の選択から起算して24時間以内に、戦闘・非戦闘問わず、窃
盗、強奪、交換、譲渡およびそれらの準ずる手段によって相手プレイヤーに直接、所有権が移転したアイテムがある場合、
それら総てのアイテムを取り返し、更に

 その個数×使用プレイヤーの最大HP/使用プレイヤーのレベル

分のダメージを対象プレイヤーに与えるコトができる!!!」
「長いよ!!」
「でもよく読めましたー。頑張りましたね天辺星さまー」
「わー」
 エヘヘ。湛えられて嬉しそうな(ちょっと馬鹿にされているのだが、バカなので気付かない)天辺星さまは、すぐキリっと顔を
引き締めて、でも右頬は露骨にニヤつかせながら、息せくようにまくし立てた。
「要するにアンタにアイテム取られたりしてたらダメージ与える効果よっ!!」
「ほう。で、いつ我輩が君のアイテムを取ったというのかな?」
 だよなー。黒服は呻いた。
(プレイヤーからアイテム盗む技もあるにはあるけど、ヌヌさんそんな余裕なかったぞ)
(うん。だいたい人のもの取るような人じゃないし)
 なぜこんな効果を持ち出すのか。まったく不可解、首を捻るギャラリーに言い聞かせるようにシュタリ。天辺星さまはない
胸を張った。

「ふふん! みーんな忘れてるようね! ワタシ実は、ヌヌって子にアイテムあげてる!!」

「五行の説明したでしょ! あのときかすり傷負わせたからね、あのね、そのね!!」


── ピロリン。ヌヌ行のメニュー画面でアラートがなった。


──【テッペンさんから【回復薬(小)】が送られてきました。受け取りますか? YES / NO】


──「模擬戦なら送れるのよアイテム。実戦じゃムリだけど。さ、傷治して! チョーチョー治す!」
──「根は親切だね君。悪人になりきれないタイプ?」
──「う! うっさいわね!! あああ後で”相生教えるときのダメージさえなければ勝てた!”とか難癖つけられたら嫌だから!
──だから渡しただけよ!!」


「アレかよ!?」
「えー。それないですよー」
「せっかく珍しく格を上げる行動したのに」
「目先の勝利のためにそれフイにしちゃうんですか」
 ブーイングが起きた。「ひっ」。予想外だったのか。笛のような音を奏でる天辺星さまはちょっぴり涙ぐんだが、すぐさま
轟然と叫んだ。
「こ!! これも勝負なのよ!! あのコの予想外の行動をとらなきゃ負けるから……!! チュートリアルの施設でしか
授けてもらえない護身用の技(一度奪い返したアイテムは二度と盗られない。一種のワクチン。模擬戦でわざと取り合いっ
こしてレアアイテム保護するやり方もある)だから、あそこまだ行ってないアナタが知ってる道理はない!!」
(こ、この経験者は……!!)
(どこまで汚いのか!!)
(てかその……)
(言うな。もう見えた感じだけど、言うな)
(ヌヌさんの敗北フラグ立てるの嫌だしな……)
「さあダメージ発動!! ワタシの体力は1809でレベルは21! つまりヌヌは86のダメージ受けて倒れる!!」
 ヌヌ行は微笑して……。
 そのまま立っていた。
「ダ、ダメージ算定に時間がかかってだけよ。倒れる。きっとそのうち倒れる」
 倒れない。
「うえええ? アレ、アレ、ナンデ? チョーチョーおかしい。ほ、ほら、倒れなさいよ、HP7に86ダメージよ!?」
 やはり倒れない。天辺星さまはぐずりながら叫んだ。
「なんでよっ?! 【回復薬(小)】あげた後、あんたの体力回復したじゃない! じゃあ受け取ってるでしょ回復薬!! なのに
どーして【成金ボクサーの憤激】の効果対象にならないのよ!!?」
 ヌヌ行はちょっと右肩を揺すって呆れ混じりに話し始めた。
「うん。まあ、アレだね」
 ぐすん。洟をすする天辺星さまは大きな緑色の目を見開いて一生懸命聞き始めた。
「確かに回復はしたけど、ありゃ我輩の手持ちのアイテムだ。言わなかったっけ? 君に渡した棒以外にも、山道で拾った
アイテムあるって。その1つさ。薬草。HPを10回復するアイテム」

──「諸事情で山道を歩いたけど、モンスターは出なかったねえ。色々拾ったけど碌なモノはない。ヒマすぎて棒を折ったよ」

「た、確かに言ったけど。じゃ、じゃあ、【回復薬(小)】は? ワタシがあげた【回復薬(小)】は!?」
「受け取りますかでNO選んだら消えたけど、ひょっとして戻ってない?」
 細い体がクルリと反転。小ぶりなお尻を振りながらせっせかせっせかメニュー画面を確認した。
「ふぇ!!? あ、あった……」
 振り返った彼女はなかなかの見返り美人だったが、前髪の後ろの紫の線と、世にも情けない目つきのせいで色々台無し
だった。
「あった! 探したらあった! てかなんで受け取らなかったのよ! 人が好意であげたのに!」
 虹色髪の変人風味は立てた拳を唇に当てるや明後日を見た。
「いやー、君の説明によると【ディスエル】、システム的に騙しあい多そうだったからね、後になってアイテムの授受がキーに
なる、何らかの攻撃が発動するとヤバかった(あとそーいうのに引っ掛かるようじゃ【ディスエル】から脱出できないしハロア
ロにも勝てない)んで、念のため受け取らずにおいた」
「ひ、ひどい……」。よろよろ立ち上がる天辺星さまに追い討ち。
「かな? むしろ君に君の好意を踏みにじらせなかっただけ有情さ。優しさで渡したものが悪用されるなんて悲しいじゃない
か。防ぐべきだ。見逃しちゃいけない。厳しく思われたとしても『それはダメだよ』って止めてあげるのが、あの【回復役(小)】
に心動かされた我輩の責務さ。まあ、結局は受け取らなかったんだけど、だからこそ君の好意への感動は美しく昇華される。
ただ受け取るより……もっと、もっとね。ひどい? ひどくはない。人道的かつ倫理的な処置さ」
「むぐぅ〜!! ヒドい!! ヒドい! 絶対勝ちだと思ったのにぃーーー!!」
 頬を膨れさせ地団太を踏む天辺星さま。
(…………)
(役者が違うな)
 黒服は軽く寒気がした。絶対ヌヌ行とは戦いたくないと思った。
「あ」。でも天辺星さまは双眸を輝かせた。
「あんたがいま使った【フルメタルバースト】! 消費チョーチョー激しい! きっとゲージ変換とかでやりくりしたとしても、
他のも含めて全部カツカツじゃないの!? もう大極図だって2つ使ったろうし、次のターンなら! そうよ次のターンなら
今度こそワタシが勝てるんじゃ!!」
 法衣の上で、歌うような声が流れた。ローレライとはこういうものだと黒服たちは聞き惚れた。
「ふふっ。君の意見は正しいよ。幾つかいいコトを教えてあげよう」

 HP  7/560

 QO(=MP)

 木  00/100
 火  00/100
 土  00/100
 金  05/100
 水  00/100

「我輩の体力は依然として僅か7。先ほどの【フルメタルバースト】のQOを賄ったせいで、『火』も『土』も残量ゼロだ。唯一
残っている『金』はたったの5。もしコレ総てを賭して、君のHP316を削り切ったとしても、五属性総てのQOゲージがゼロと
なる。つまり次のターン、どれほど好運に恵まれても引き分け以上はありえない。『金』を1残しても、まぁ消費4の技で20レ
ベル上の相手の体力を316削り切るのは不可能といえるだろう。そもそもコレを暴露した以上、次のターン焼かれるほか
ない訳で、つまりは君の言うとおりだ。認めるよ。次のターンが来れば君の勝ちだ」
「っしゃ!!」
 心底嬉しそうにガッツポーズする天辺星さまに浴びせかけられたのは
「しかし残念ながら次のターンはない」
 死刑執行を告げるような乾いた声だった。言われた当人はおろか黒服たちすら黙り込む威圧を存分に湛えていた。
「さてココで天辺星くん。君に問おう」
 光の加減で白くなった眼鏡を直しながら、ヌヌ行は淡々と呟いた。
「君はいま、私が大極図を2つ使った……そう言った。合ってるよ。けど、『何に使った』んだろうね」
「え」
 思わぬ問いに天辺星さまは目を白黒させた。
「そ、そりゃ、『攻撃力3倍』と『相侮』じゃないの? でも相侮の方は、ワタシがチョーチョー同属性をブツけたから、発動せず
いたずらに大極図を散らしただけでしょ!?」
 溜息と共に、返事がくる。
「使ってないよ」
「え」
「我輩は『相侮』など使っていない。考えても見たまえ。【メタルフルバースト】は、『水』や『金』の回復を警戒する君の更の上を
行くための技。だがその場合仮想敵となるのは『木』だよ? 相克で勝てる『金』をやっておいて、力関係が逆転する『相侮』を
わざわざこっちから仕掛けるバカはいない」
(……!! あ、そ、そーだった!! しまったチョーチョーしまった! 読みあいに一生懸命になる余り忘れてた!! 裏かい
て『金』出せば相侮潰せるって気付いたら嬉しくなって忘れてた!!)
(天辺星さま……)
(慣れない読み合いするから……)

 冷え込む空気の中、ヌヌ行は細雪の降り積もる音よりも静かに言い放つ。

「しかし私は既にもう1つの大極図を使っている」
「な……」
「披露しよう! ユーザーアビリティの1つ『固有大極図』!」

 ヌヌ行の背後から青黒い煙が噴き出し人の形を結んだ。ターバンを巻いた、逞しい半裸の男で、魔法のランプが似合い
そうだった。

(固有大極図! いわゆるキャラメイキングの1つ!!)
(1000種類以上の能力候補と五属性の組み合わせで作成できるアナタだけの大極図!!)
(プレイヤーの個性を能力に反映できるため、極めれば2つ名ゲットだ!!)
 ヌヌ行はちょっと頬を染めつつ格好つけたポーズをした。右手は大きな胸を横一文字に押しつぶし、左手は眼鏡のノー
ズパッドに当てて、それっぽく構えた。ちょっと楽しそうだが恥ずかしそうでもあった。
「我輩の固有大極図の能力名は『こすっからしの簒奪者(カニング・グリード)』!」
「『こすっからしのカニング・グリード』!? なにそれチョーチョーかっこいい!!」
 歓声の中、黒服たちに頭痛走る。
(アチャー)         
(こwすwっwかwらwしwのw簒w奪w者w)
(難しい字に当て字とかチョビっと痛いですヌヌさん)
(ラノベですか。ラノベのタイトル意識してるんですかヌヌさん)
(天辺星さまが感動できるのはアレな証拠です。黒歴史になる前に撤回すべきです)
(恥ずかしいなら構えなければいいのに。名前だって能力1とかそんなんでいいのに……)
 視線に気付いたのか、頬をかつかつ染めながらヌヌ行は能力(笑)を説明する。
「こここっ、この技は、こちらの攻撃が成功し、かつ、相手の攻撃/魔法/特技/アイテムの効果が不発に終わった時の
み発動! その効果を、こちらの攻撃の追加効果にするコトができる!!」
「つまり……【成金ボクサーの憤激】の特殊効果をさっきのあんたの攻撃に加えるってコト!?」
 そうだ。頷く相手に天辺星さまは唇尖らせ猛然と反論。
「ば、バカね!! でもあんた戦闘中、アイテムなんて渡してないじゃない!! そうよ模擬戦始まってから何も受け取って
ないわよワタシ!」
「フ……」
「その笑いやめてよ。なんか将来似た様な笑い方する奴にヒドいめ遭わされそうで何かヤダ!!」
「元は君の技なんだ。効果をよく読みたまえよ。技選択してから24時間以内と書いてあるだろう。戦闘中である必要はない。
我輩が君にアイテムを渡してさえいればいい。ふふ。因果を考えれば結論はすぐさ。何故かな? なぜ君は我輩と戦って
いるのかな?」
「…………あ」


──「話に乗るよ。いま装備しているものを売る」

──「あ、あの、あなたが装備しているソレ、その武器! 50000イクユヌンで買い取りたいの! いいでしょ!」

──「騙したの!? 売ってくれるっていったのに! 何で棒なんか!!」
── 法衣の女性のメガネが光った。
──「我輩……言ったかな?」
──「え?」
──「一度でも五雷神機を売ると……言ったかな?」


(ギャー!! ぼぼぼ棒の所有権が、あいつから、ワタシに、『移転』して──…)
「効果発動! 1かけて1で割る! 我輩の最大HP分560のダメージを受けてもらおう!!」


 天辺星さま、爆発。


 HP    0/1809

 QO(=MP)

 木 627/791
 火 728/813
 土 380/780
 金 622/842
 水 703/808




 羸砲ヌヌ行、勝利。




 数分後。

「……というか『固有大極図』いつ作ったのよ……!?」
 黒こげで倒れている天辺星さまは息も絶え絶えにそう聞いた。
「アレって……ゲホっ。煤、煤ニガっ! ……せ、戦闘中は作成不可よ!? でもあんた『大極図』の効果知ったの戦闘中
じゃない! 矛盾してる! チョーチョー矛盾してる!! なんで!? なんでこんな、ワタシ相手に特化した効果を作れた
のよ!!」
 喋るたび元気が出てくるようだ。どんどん声が復調する。
 質問が多いねえ。呆れたように肩を竦めながら、ヌヌ行。
「まず”いつ”だが、それは当然戦闘前さ。もっと詳しく言うなら……【五雷神機】を棒に差し替えた直後さ」
「え」
「だって欲しいものを棒なんかに変えたんだよ? 誰だって怒るだろう。じゃあ戦いだ。で、初心者狩りめいたマネする君だ
から、考えたんだ。

『ひょっとしたら戦闘中奪い返してくるかも。じゃあその効果利用できるかも』

とね」
「で、でもその時点じゃあんた、『固有大極図』が何かなんて分からなかったんじゃないの……? メ、メイキングじたいは
できるけど、いつ、どうやって、何をすれば使えるか分からない『大極図』に命運託したって訳……?」
「いや? ただの保険だったし。そもそも『固有大極図』自体はアレより前に確認済みだよ?」
「……。あ、山道? 棒拾った山道で、歩きながらチョーチョー見たの?」
「ああ。棒拾うぐらいヒマだったんでね。メニューは一通り観察した。『固有大極図』も例外じゃない。そしてアレは選択可能
だった。そこがとても大事だった」
「? なに言ってるのよ。ユーザーアビリティ……キャラメイキングの1種よ? スタート直後からイジれて当然じゃない。
名前入力の後とかに作らされるアレが、いざプレイしてみるとしっくり来なくてすぐ直すって人チョーチョー多いし」
「一見普通だけど、でもそれって重要じゃないか。スタート直後……レベル1の、初期技と、中級アイテムの素材程度の初期
装備しかない段階で、『固有大極図』って技能のセッティングができる。うん。素晴らしい」
「な、何を言ってるのよ?」
「『固有大極図』は低レベルでも使用可能……山道でそう気付いたってコトですよね。ヌヌさん?」
 ヌっと入ってきた黒服に、彼女は頷く。
「そう。あのときは何が条件か皆目検討も付かなかったけど、初心者でも達成できる、非常に簡単な条件だなって目星は
つけてた。でなきゃレベル1の段階でイジれないだろう」
 敵の撃破数とか特定のダンジョン制覇とかが実績解除ならそもそも選択自体できない筈……とも伸べる。
「だってゲームなんだから。システム的に使えぬものは選択できない。文字が灰色になっててカーソル合わせて決定しても
ブーブブーってなるだろうさ。或いはそもそもメニュー表示すらされないだろう。選べる以上は使える。大体は!」
「…………まさか【成金ボクサーの憤激】の効果も知ってたり? 知ってて戦略にチョーチョー組み込んだり?」
「まさか。そこまでは知らなかったよ。ただ、RPGなら「盗む」もあるかなって考えた。ネトゲなら「盗む」対策もあるかなって
考えた。君なら「盗む」がらみの何かをやってくるかもと考えた。あとは前述の通りさ。君の感情の流れを逆手に取れない
かと保険をかけた」
「だから、【五雷神機】と棒すげ替えた直後に、それ前提の『固有大極図・こすっからしの簒奪者(カニング・グリード)』を作っ
て……」
「そ。君に備えたのさ。ケンカってのは勝つ算段をつけてから売るものさ。算段が2つ3つ予想外に吹っ飛ばされても、戦略
的には勝っている……そういう道筋をつけた上で売るものさ」
「つ、次は負けないんだから!」
「期待しとくよ。ちなみに【五雷神機】だけど、物々交換にしとけば君は勝ってた」
「あーーーー!! そうだった!! お金はアイテムじゃないもの!! 強い装備と交換すれば勝ってた!!」
「でもその場合、我輩は「親切な人だなあ」って思うので、ケンカふっかけたりしなかっただろうね」
「じゃ、じゃあ結局ワタシの勝ちはないじゃない!!」

 ぐぅーーー! やっと横座りできるようになった天辺星さまは、石畳の隙間から生えている雑草をむしり始めた。

「結局最後までバカにされてる感じがチョーチョー、チョーチョー! いなめない!!」
「ふふ。まぁまぁ。どっちみち勝敗関係なく【五雷神機】は譲渡するつもりだったよ。50000イクユヌンも変換する」
「ホント!?」
 ああ。頷くとヌヌ行はメニュー画面を展開し──…



「〜〜〜〜♪ わーい今度こそ本物の【五雷神機】ィ〜! これで【水魔の杖】がチョーチョー作れるぅ〜」
 天辺星さまはホクホクしていた。
「あんた以外にいい奴じゃないのよ! 特別待遇してあげる。ワタシの【友達登録帖】に載せてあげてもいいわよ」
(エー。こーいうのすると連絡来てほしくない時に来るからやだなー。でも付き合いとか横の繋がりとか大事だしなー)

 双方登録。

「あのヌヌさん、いいんですか? 手持ちの武器、天辺星さまにあげちゃって」
「別にいいさ。やり込むために来た訳じゃないし。故あってね。戦闘に早く馴染みたかったのさ」
「あの、天辺星さまああいう人で、お礼とか言えない人ですけど、内心感謝してますよ」
「そーそー。俺ら以外は怖くて【友達登録帖】うんぬん言い出せない人ですから」
「相当気にいられたというか、トモダチになりたいとか、まぁ、感謝と好意ですよ」
「(アレ? 案外似たもの同士なの私たち?) ま、まあ縁(よすが)は大事にすべきだと思うね」
 黒服たちに囲まれるヌヌ行は(ちょっとビビりながらも)悪くない気分だった。
「でも天辺星さまの代わりにお礼いいますね。そうだ。【五雷神機】の代わりといっちゃなんですけど──…」




 やがて天辺星たちと別れチュートリアルを受けたヌヌ行は、夕暮れの街を歩き出す。

「いやーしかし黒服さんが装備くれるとはなー。やっぱ銃あったほうがいいなー」

 手に入れたサブマシンガン2丁をジャラジャラ回しながら(危ない)軽く鼻唄を歌う。

 得たのは【イングラム M10】である。黒服いわくレベル10台で行ける町で買えるという。

(ンー。攻撃力9の【五雷神機】より22も上だよ。で、2丁! いいねー。かぁ〜っくいいねー)

 後年、リバース=イングラムなる幹部の武装錬金を見たとき、ヌヌ行はちょっと【ディスエル】時代を思い出すが、それは
余談。

(さて、あとはココからの脱出方法を考えないとね。ハロアロ倒せばイケるんだろうけど、どこにいるやら、だよ)



 ハロアロ(名字不詳)は悩んでいた。
 ヌヌ行を【断天のディスエル】に閉じ込めた張本人にして、頤使者四兄妹の長女たる彼女。
 敵も味方もゲームに封印したといえば一見絶対有利だが、しかし内心穏やかではない。
【断天のディスエル】の、各プレイヤーごとに宛がわれた『本拠地(アジト)』の真暗な一室で、彼女は無言でパソコンのモニター
を眺めていた。6つあるそれから漏れる青白い輝きは同じ色の肌で無限に反射し続けている。腰掛けるプレジデントチェアー
が軋む。溜息が、漏れた。

(ヤバイね)
 視線は先ほどから左上のモニターに釘付けだ。映されているのはヌヌ行。天辺星との戦闘記録だ。
(何度も見てるが信じられない。目を疑うよ。アイツ20以上のレベル差をものともせず、互角に渡り合っている……。初めて
なのに相手の動きを読んで的確に、相生や相克を叩き込んでいる)

(しかも)

 戦闘が、現在の天辺星さま一行の様子に切り替わる。黒服がこんな台詞を吐いていた。


「え。じゃあさっきの模擬戦、【レベル補正】なしだったんすか?」
「そーよ。申し込まれた時のダイアログに、【レベル補正なし】の表記があってチョーチョー「アレ?」って思ったけどそのまま
にしといた」
「いやそこは指摘しましょうよ天辺星さま。そういうクソ卑しい心根だから負けるんですよ」
 屋台で買った【オレンジチャンプスープ】という飲み物をストローで啜りながら天辺星さまは答えた。
「でもフツー、模擬戦申し込むときって、補正使いますかにカーソル合ってるわよ? 連打しても補正効くようなってる。自分で
選んだコトにチョーチョー文句いうのは違うでしょうが。…………あと勝ちたかったし(ボソッ」
「あーソコだわ。引っ掛かってたの。【ディスエル】は高レベルプレイヤーとのバランス調整のため、自動的に補正が効く
ようになってるんだ。極端な話、レベル1とレベル999でも、読み合いが成立するダメージ計算が働くようになるんだ。力
押しができないようになってるんだ」
「でも模擬戦は例外なんだよな。補正なしのガチ勝負でやりたいっていうマニアのために」
「【レベル補正】するかどうか、申し込んだ方が決められるようになっている」
「…………なのにヌヌさんは、敢えて補正なしで挑まれたと?」
「じゃあ数値的に天辺星さまと互角になれば、苦戦もせず楽に押し切れたんじゃ……」
「そして天辺星さまは、システムの庇護を自ら捨てたヌヌさんを、力押しで押し切れるレベル1の相手を」
「倒せなかった訳ですね」
「うぅ〜」
 天辺星さまの歔欷(きょき)はやまない。




(頭蓋の中が苔むしたマヌケとはいえ、一応レベルが20も上の相手を初戦で破るとか……危険だよアイツは)

 他のモニターを見る。ソウヤは総ての攻撃へ確実に対処しようとするあまり、却って腋を突かれている。ブルルはそもそも
気乗りがしないようで戦闘参加を見送っている。『ゲーム? レースや野球だとしても3部じゃあないのよ。やる気出ないのよ
ねー。【固有大極図】? 2部までってより3部以降って感じ。頭痛いわ』なる音声を拾ったが、真意は不明。ビストバイは力
押しが過ぎるあまり惨敗続き。サイフェに至ってはシステムが理解できず泣きべそだ。

(……間違いない。閉じ込めた5人の中で羸砲が一番強い。というかソウヤ以外がヒドすぎる!! お前らちゃんとゲームを
しろ! ゲームはな、楽しいんだよ!! システムちゃんと理解しろ! だあサイフェそこ違うだろ! 天辺星とかいう奴でさ
え理解できた五行がどうしてまったく分からない!! 以下か! アレ以下なのかあんたは! そんなの絶対許さないよあた
いは! あんなのより下とかまるで……兄貴こらこらリアルファイトやめろ! 相手のオタクかわいそう!)

 ふぅ。上を向いて盛大な溜息を漏らした。

(うぅ。兄貴達の管理めんどい…………。でも閉じ込めた以上ちゃんと見ておかないとダメだし……。ああこりゃアレだよ……。
始めた頃はしっかりやってるけど、段々慣れて情熱なくして杜撰になってくいつものパターンだ。誰だって買ったばかりの冷蔵庫
の中は毎週ちゃんと掃除するけど1年すぎたらウッカリこぼした煮汁「まあいいや」で放置してどんどん汚くするだろ。ソレだよ、
あたいもきっとソレになっていつか兄貴達に脱走されるんだ)

 優勢だが気分は晴れない。

(あたいはゲームするたび思ってた。”なぜ魔王封印するだけで終わらせた先達ども”と。身動きできなくしたんだろ? だっ
たらその場で斃しときな!! なんで先送りにするんだい! お陰でいつもこっちは迷惑してんだ!! 封印された魔王が
居て悪い野郎どもが復活画策して、主人公が阻止しようとするけど結局逆転されて魔王復活!! でも主人公はどういう
訳か斃せんだよ! おかしいだろ! ひ弱なガキが殺れるってえなら、古代の大勇者とかのエラソーな方々でもできんだろう
が! なのになんで封印だい!! あ!! ザケてんのかい本当!! ……と)
 しかし。「ぶはぁあ」。情けない呻きを上げながら、ハロアロは机に突っ伏した。脚もバタバタ。
(いまあたいがやってんの魔王封印だ〜〜〜〜!! くああああ! 恥ずかしい!! 恥ずかしい!! ごめんなさい古代の
大勇者さま!! 無理なコトは無理です!! 封印しただけでも充分ファインプレーでした! ほんっと、すぃまっせんした!!)
 ゲームに閉じ込めるぐらいなら殺せばいい。ヌヌ行の指摘はまったくその通りだった。
 青い顔を机の上で立てる。やや赤紫の斜線が走り、目には涙。
(あたいだって封印後即ハメしたかったさ!! 開始直後『いしのなかにいる!』で何もできなくして、時間稼いで、ライザさま来る
の待ちたかったさ!! でもシステムがそれ許さなかったし! あたいの能力はブルルとか兄貴みたく三次元空間自由自在に
できるもんじゃないし!! 既存のシステムを利用するから! 兄貴たちみたいな好き放題できないのさ!! だいたいそんな
強かったらこんな小細工せず普通にヌヌと戦ったし!!)
 実は結構、追いつめられていた。自分の弱さを知るがゆえに、誰かがそのうち結界を破るんじゃないかとビクついていた。その
恐怖は、敵や兄妹を魔王と同列にしているあたり相当である。
(ま、まあ? ソウヤとサイフェは能力的に言って確率低いさ。どっちも小規模戦闘向きの能力、時間とか空間どうこうできる
タイプじゃねえ。兄貴とブルルはブッ飛んでるし、万全ならあたいの小細工なんか一瞬で粉砕できる。けどお互いさっきの戦
闘で消耗しきっているから、脱出は難しい。ココにいる以上回復できねえさ(希望的観測))
 唯一の問題は。
(羸砲ヌヌ行だよ。相性的にはあたいの方が有利だけど、アイツは妙に頭が回る。見たよ。小4のときのイジメの切り抜け方)
 時空改竄能力を手にしておきながら、イジメっ子どもに一切危害を加えなかった。その代わり、イジメ集団1人1人の動きを
見切るカメラ代わりに使い、地道な鍛錬を繰り返すためだけに同じ日をループし、結果「敵の攻撃総て避けきって、全員疲弊
させて気力を奪う」などという前代未聞の解決を(アクシデントこそあったが結果的に)した。
(頼みのアルジェブラ=サンディファーでも脱出不能なのは証明済み。けどアイツにはまた頭がある。力押しで無理なら綻び
を探して脱出しようって考える……。怖い。怖いよ)
 ゾゾゾ。ハロアロの鼻から上を、紫色した無数の縦線が覆い尽くす。
(あたいは)
 クリア目的がなく、かつ、万が一戦闘に引きずり出されても勝ち目があるゲームを選んだ。
 つまり、得意なのだ。【断天のディスエル】が。
(アイテム図鑑もモンスター図鑑もコンプした。ミニゲームも1億人中100位以内に入る程度にはやりこんでる。イベントが
あれば必ず行く。新しいクエストは必ず挑む。アイテムや武器防具のフレーバーテキスト、誤字脱字のあるものとか、バー
ジョンアップで差し替えられる前のものとかも沢山沢山所持してる。対プレーヤーの相克連続記録はイカサマなしで38回。
まあ1億人中1238位だからトッププレーヤーってほどじゃないけど大好きなのさこのゲーム)
 重要なのは。
(【断天のディスエル】に明確なクリア条件はないってトコさ)
 電脳世界でまったり暮らすのが目的だ。クエストこそあるが、どちらかというと地域のお祭り的な要素が強く、従ってクリア
してもしなくても支障はなし。イベント限定アイテム──それこそ【五雷神機】のような──も後日何らかの形で入手可能だ。
 だから必ずしも戦う必要はない。幾ら戦ってもクリアにならないからだ。
(あたいがラスボスってぇ使い古されたオチもない。従ってどれほど連戦連勝を重ねようと奴らが脱出にいたれる筈もない! 
クク! 関門に勝利し標的に迫るというロープレの常套が通じないんだからね。戦いに長けるコトそれ自体は、決して羸砲
の現状を好転させない)
 クリア目的がないとくれば、ラスボスもいない。クエストボスはいるが、総じて言えば戦闘の重要性は低い。仮にレベル最
高にして、あらゆるクエストをクリアして、総てのアイテムをコンプしても、ヌヌ行たちは【ディスエル】から脱出できないだろ

(だから戦闘に長けても意味はない。……ないのだけれど)
 モニターの中で鮮やかな戦いを繰り広げるヌヌ行は、不穏な可能性に満ちていた。僅かな綻びから籠の外へ飛び立ちそ
うな…………。
(とりあえずあたいの目的を反芻するよ。そこしっかりしとかないとアイツに惑わされ余計な隙を作るからね)
 彼女たちを閉じ込めたのは、時間稼ぎが目当てだ。
(あたいにとっての戦略的勝利は創造者たるライザ様の救済さ。強すぎるがゆえに、体の方がついていけず、いつ崩壊して
もおかしくないんだからね。助かる手段は1つ。あたいの敵の1人、ブルルの体を乗っ取るコト。いまは遊び心で部下たる
あたいたちをブツけ自分は好きな男とイチャついているけれども、時が経ち、いよいよ御体が駄目となれば痺れを切らし
自ら出向かれる筈。ブルルの体を乗っ取るために)
 その仲間2人を生かしておくのは甘いと自分でも思う。実際ヌヌ行からもほぼ同じ指摘を受けた。
(けどライザ様が出向かれたとき、ブルルを完全無力化するだけの力を残しておかなきゃ危なくてしょうがないよ。奴は『器』
に選ばれるほどの強豪……あたいと互角かそれ以上の兄貴さえ降した女。窮鼠なんたらだよ。ライザさまを殺す可能性も
ある。それを防ぐため力を温存してるのさ。ソウヤと羸砲殺すのをやめてまでね。ゲームシステムに則って2人の命奪う労
力は、1人を状態異常で止める比じゃない。ラリホーだのスリプルだの使うMPがなくなるほどさ)
 逆にブルルを完全無効化しつつ他の5名を足止めというのも出来ない。
(我が武装錬金『リアルアクション』は一点に留まってこそ真価を発揮する。無効化したブルルを連れて逃げながら他5名の
迎撃を躱わすなんて芸当ができるんなら、そもそも団体戦なんかやってないんだよ)
 従って、ライザが来るまでひたすら身を隠すのが最善手だ。
(あたいの能力の欠点は、自分も封印空間にいなけりゃならないってトコ。内部からじゃないと結界が維持できない。だから
ヌヌたちに倒され解除……という最悪のシナリオは充分ありうる。その端緒となりうる邂逅は絶対避けるべきさ。魔王になら
なかったのはそのせいだよ。『倒されたら終わり』なあたいが、『倒すべきだからこそ到達可能』な魔王やる訳がない。1億
いるプレイヤーの中の、ごくありふれた凡庸な1人として静かに暮らして暮らして暮らし続けるのが最良さ)
 戦える敵より戦えない敵の方が恐ろしいのだ。邪悪な竜を一撃で倒せる騎士が、匿名掲示板の心無い誹謗で引退するコト
もある。
(大多数の人間の戦略目的は殺人抜きで達成可能! あたいも同じさ! 『ライザさまを生かす』! それだけだよ! なら
ライザさまが楽にブルルの体を入手できる道筋をつければいい。強さに溺れ、色気出して他の仲間に手ェ出して敗北して、
雁首揃えた連中3人ライザさまの所へ通すなんてコトあっちゃいけないのさ!)
 兄のビストバイは言葉こそ苛烈だが、敵たちに協力と理解と和合を求めていた。ハロアロは違う。
(死の恐怖、破滅への反正義(アンチジャスティス)……そういうものに彩られた連中が大人しくライザさまを救うとは思えな
いね。信じた結果裏切られバカを見るのはゴメンだよ。脅威は確実に取り除く!)
 だから敵と、反対しそうな味方を、閉じ込めたのだが──…
(ヌヌ行の適応力……脅威だね。どれほど戦闘が強かろうと大勢に影響はない。あたいが戦闘を避けるんだからね。勝つ
べき相手と戦えないのならこれはもう如何なるレベルもスキルも意味をなさない。……けどシステムを即座に理解できる頭
は……危険だ。他のあらゆる要素を、あたいを見つけるためだけに利用しそうな…………不吉さがある)
 妖魔を思わせる一糸纏わぬ青い肌の女性は、脚を組み換え、深く息を吸い、結論付けた。

(仕方ないねえ。こっちも1つ手を打っておくとするかね)




 ところ変わってヌヌ行。
(チュートリアルは受けた。ちなみに受ける前に『なんかログアウトできないんですが』って相談した。まあアレだよ。マンガ
とかでよくある『運営すらいなくなったorそもそも運営こそ敵』みたいなシチュじゃないんだ。運営は健在、ゲームは通常通り
回っている。とくれば脱出できるか運営に聞くのが一番。ともすればログアウトさせてくれるかもだ。ハロアロの武装錬金が
強すぎてムリってなっても、彼女の能力の一端ぐらい掴めるかもだし)
 とにかく専門知識のあるスタッフと直接逢って話をするコトに。
(確か、この先の時計塔の下で待ち合わせだったな……)
 中世ヨーロッパの衣装が強い、レンガ造りの塔の前に影が見えた。それは薄暮の中で影だけを結んでいた。
(なんか待ってる風。あの人だ)
 あのー。近づいて呼びかけたヌヌ行の笑顔が凍った。
「プィィーーー?」
 意味不明な言葉を発してゆっくり向き直ったのは……真黒なモルモットだった。長身のヌヌ行をやや上回るほど巨大な二
足歩行で、しかもあちこちシワクチャ、一見可愛いのだがよく見ると不気味な絶妙なデザインだった。しかも目ときたら艶の
ない鉄黒で、正直哺乳動物の暖かさどころか生物感すらなかった。
「(モンスターなの!? これモンスターなのかな! うぎゃあ!!) ふ、ふふ、念のため問いたい。それはプレイヤーのア
バターなのかな? ゲームによっちゃサラマンダーとかベアとか壊れる予定の人形とかが皇帝に即位するわけだけど、そー
いったお遊び的なアレなのかな?」
「プィ! 今日はステージを見に来てくれてありがとうだプィ! プィは【断天のディスエル】の電脳工事士、スキニー・ギニア・
ピッグの「カナサダ」プィ!」
「お、おぅ……(声加工されてる。性別よくわからないなあ……)」
 上半身を右に左にくいくいしながら語る着ぐるみ(?)にヌヌ行はどう反応していいかまったく分からない。
「アナタが羸砲さんプィね! 不具合を直すためやってきましたコンゴトモヨロシク!」
 変なのに引っ掛かった。つくづくとそう思う。


(……。というかだ。敵のハロアロは分身を作れるという。じゃあ今後我輩に接触してくる人物の誰かまたは総てが彼女の
分身ってセンもあるんだよね。このカナサダ氏だって、実は”本来派遣される筈だった電脳工事士とうまくすり替わった分身”
なんてオチもあったり……? うーん。他人の光円錐見れない状態だからねえ今は。普段なら個人情報速攻で分かるし、
敵かどうかも容易く判別できるんだけれど…………)
 着ぐるみというのがいかにも怪しい。(実は中にハロアロ入ってんじゃないのか?)的な疑惑の視線を向けると、カナサダ
は露骨な脂汗をかいた。
「そ、そんなにみないで欲しいプィ!! カナサダは怪しいものじゃないプィ! て、てか見つめられると怖いプィ!!」
(……コミュ症さんかね? まぁ、電脳工事士って職業の詳細はよく分からないけど、字面からしてネットにどっぷりなのは間
違いない。そーいう人はリアルでうまくやれない傾向だから仕方ないっちゃ仕方ないけど)
 ハロアロ本人、或いは分身という可能性は念頭に置く。
(ま、ないとは思うけどねえ。せっかく閉じ込めたんだ。本人から我輩のところへ来る理由はない。分身にしたって捕獲された
ら研究され、能力の秘密を暴かれる。だから現状におけるハロアロの最善手は『放置』さ。まさにロープレの悪って具合に、
次から次に刺客送る方がヤバい。我輩たち放置して、ニコ動でゆっくり実況のんびり聞いてりゃいいのさ今のトコは)
 と思いながらも万一を想定して警戒する。そもそもカナサダが一般人だとしても、ヌヌ行を騙すため身分を偽っている可能性
だってあるのだ。
(我輩強度の人間不信ではないが、来たばかりのゲームで心総て許すほど愚かでもない。誰もが敵になりうる……一定の警戒
は持っておこう)
「じゃあまずは──…」
 怪しさ全開のカナサダ、羸砲ヌヌ行と出逢う。果たして彼(?)は何者なのか。


 時系列はやや前後する。

かなさだ
『奏定』

 そんな文字を見た勢号始は「ほぅほぅ」と頷いた。

「あたらのお兄さんの名前、カナサダっていうのかー。初めて知ったぜ」

 見たのは星超家の表札である。


【電脳工事士】

 2172年創設された国家資格。技術の発達により人は精神と肉体を電脳世界へ転送できるようになった。しかしその分、
バグやサーバーエラーといった「よくあること」が人命を脅かす重大要件となった。電脳工事士は、ゲーム世界を常に巡視し、
システム的な欠陥を未然に修繕すべき責務を負った人々だ。知識・技術によって2つのクラスに分けられる。


 1級電脳工事士 …… 大学卒業程度のプログラミング知識。『人体に重大な危機を与えられると認められる記述構文の
誤り(要するにプレイヤーデータに悪影響を及ぼすバグ)』を修正。

 2級電脳工事士 …… 高校卒業程度のプログラミング知識。1級電脳工事士担当分を除く軽微なバグを修正。

 ユーザー数に対して法が定める1級・2級の配置基準は下記の通り。

 00000〜09999 各級とも2名。
 10000〜19999 各級とも3名。
 20000〜29999 各級とも4名。

 以降、10000人ごとに1人増加。


 年収は1級300〜500万円、2級は200万円〜300万円。IT関連の宿命として、ブラックに当たると残業休日出勤当た
り前、大火災のごとく猛威を振るう重大バグに巻き込まれ命を落とすケースも多々あるが、プログラムがちゃんとしている
ゲームに当たると、出勤直後のデータバックアップと担当エリアデータの定時チェック(2時間に1度)の2つをやるだけで仕
事が終わったりする何とも両極端な仕事である。

【ディスエル】はもちろん楽な方だ。電脳工事士たちの人気は高く、競争倍率も比例する。




 一級電脳工事士・星超奏定(かなさだ)は実に21倍をくぐりぬけてディスエルに就職した。理由は『故あって』家から出れ
ないからだ。義弟からは無職と蔑まれているが、収入はあるし例の老夫婦も実は養っている。ならその辺りの事情を星超
新に説明すれば、誤解が解け、義理なりに家族として暮らせそうなものだが……何故できなのか? 『故あって』だ。

 新は毎晩、義兄の部屋で争う音がするのを聞いている。朝になれば義理の両親であるところの老夫婦が顔に傷を負って
いる。

 奏定は、無実だ。あの老夫婦のどちらにも暴力を振るったりはしていない。

 にも関わらず両名とも生傷を負っている理由……それはまだ本題ではない。





 電脳工事士とは、着ぐるみ姿の保線作業員とよく言われる。一種遊園地のようなゲーム世界をメンテしつつ、顧客たる
ユーザーたちに接するからだ。仲良く、というより、お悩み相談解決。システム的な不具合を解消し、それを超えた部分に
ある人間関係的な悩みも極力システム側からサポートする。1億人のユーザーを抱える【ディスエル】の配された電脳工事
士は、法的義務をはるかに超えた100万以上。1人あたまの担当は100前後、各プレイヤーの活動時間やログイン状況、
複数アカウントなどを鑑みると実際は50をやや上回る程度と言われている。

 着ぐるみ姿の保線作業員だからといって別にメルヘンチックなアバターを使う必要はない。工事士の4割ほどは一般プレ
イヤーと同じ格好をしているし、その半分はもっと地味な、町の名を連呼するだけのNPCのような格好をしている。裏方に
徹するべきだと考えるもの、或いは単に仕事とプライベートでアバターを使い分けるのが面倒なもの、それから「権威ある
立場でイタい格好するの恥ずかしい」というもの(コレをいう輩の大半が、町民ではない、何かゴツい獣の頭蓋骨だらけの
鎧きた狂戦士とか、刺青だらけの青白い肌にピアス打ち込みまくった指貫グローブなのはご愛嬌だ。彼らはファンタジー
世界の文法に従ってるにすぎない)が大半。もちろん逆に『花形職業だからこそ目立つ! 目立って名声得たからこそ”仕
事でしくじったらエラいコトなる”って集中できる!』と奇抜奇矯を極めたモヒカンとかゾンビとかも沢山いる。

 奏定がスキニーギニアピッグという無毛種のモルモットに扮しているのは、ごく少数派な考えのせいだ。


「カオ覚えられたくない」


 電脳工事士は一種の有名人なのだ。【ディスエル】の運営サーバーでは、工事士たちの名前や使用中のアバター、それ
からレベルなどの簡単なパラメータに……過去の賞罰が閲覧できる。ユーザーなら誰でもだ。だからあまりおかしな行動は
取れない。ちょっとHな本を買おうか買うまいか眺めただけで、【ディスエル】絡みのまとめサイトで「ぐう聖モヒカン氏またエロ
本を眺める(2日ぶり28度目)」とか取り上げられてしまう。ノリのいい連中なら、芸人顔負けの返しをしてますますユーザー
を盛り上げるが、シャイな、正にネトゲユーザーになるべくして生まれたような工事士にとっては、そういう一般人のからかい
はなかなか怖い。真面目すぎるからこそ、過去何例もの炎上を見てきたからこそ、迂闊なイジりをすると失職するのではない
かと震えるのだ。もちろんもっと怖いのは、コツコツ営々と築き上げてきたユーザーデータを運営に削除されるコトだが。

 だから奏定はこまめにアバターを変えている。便利なのは『珍獣着ぐるみシリーズ』とか『光学屈折機』などだ。前者はいわ
ゆるネタ装備で、アバターをまるっと覆い隠す。後者はアバターの見え方を一定時間変えるアイテムであり、「うわあの屋台
のクレープおいしそう、でも男の私が買うの恥ずかしいしなあ、けどいま逃したら次いつ屋台くるか分からないしなー」という
時、ちょっと女性に化けるのに便利だ。(もちろん犯罪防止のため、周囲のプレイヤーがメニューを見れば性別などすぐ分
かるようになっている。店員も金銭授受の際しっかり見てるが、そこは商売人、総て察して知らぬフリだ。それでも通行人
からの視線はある程度誤魔化せる。なお、下着などの女性専用アイテム、或いは女性専用施設においては、厳重な照会
体制が敷かれている。まずユーザーのアカウント情報を確認。仮に女性と判定されても、念のため運営サーバーに照会し
偽装をチェックする。『男』が女性トイレにカメラ仕掛けるのはシステム的に不可能。だからこそ、わざわざ『女性使用禁止』
に指定した女性トイレのオブジェクトを作り、システムの穴をついて侵入できないかと試みる挑戦者たちもいる。彼らは女性
トイレに入りたいのではない。ただ知恵を尽くして厳重なセキュリティを破りたいだけだ。そうやって穴を見つけ、直し、ますま
す要塞堅固な女性トイレを作り…………『女性使用禁止』の聖域にまた挑む。戦いは果てしない)


 さて、そんな奏定は羸砲ヌヌ行と合流した。運営側の話によると「ログアウトできない」らしい。
 珍しい事例ではない。プログラム上のちょっとした不備で出れなくコトは結構あるし、ハード側の故障だとしても本人から
住所を聞いて、現実世界の設備を直せば簡単に出られる。ちなみに【ディスエル】は、ユーザーの精神のみならず肉体を
も量子変換して取り込んでいる。帰還できなければ抜け殻の肉体が痩せて餓えて死んでいくという危険はない。ゲーム内
で摂った栄養がそのまま肉体の持続に繋がる。どころか特定栄養素の制限機能まであり、ダイエットのため始めましたと
いうユーザーさえ居る始末。初期の糖尿病が治った事例も2091件報告されている。奏定も一時肥満傾向だったが、一念
発起の炭水化物90%カットを決行したところ標準体重に戻った。もっとも、彼を忌み嫌う新は、接触のなさゆえ変化に気
付いていないのだが。(痩身と同時に奏定は身奇麗を心がけるようになった。シャワーも毎朝浴びる。【ディスエル】の中で)

 さて、ヌヌ行の「ログアウト不可」を分析し終えた奏定──ゲーム内では「カナサダ」として活動しているため、以下その呼び
方で進める──は首を捻った。

「プログラム的な異常はなし。ハードウェア側は……そもそも存在していませんね」
 奇妙な現象だ。ついキャラ付けの語尾(プヒ。「bu」ではなく「pu」だ)も忘れた。ヌヌ行は「違法じゃないよ。色々あってね」
と肩を竦めた。
「なるほど、武装錬金。……かプヒ」
 え。ヌヌ行は目を点にした。なぜその言葉が出てくるのか。
「? ちょくちょくあるプヒ。『大乱』からこっち色んな武装錬金の存在が明らかになってるプヒ!! ユーザーの中にも時々
何らかの特性使って悪さする人いるプヒ。無届の核鉄使うのは取締法違反っていうのに、困るプヒ」
(大乱……ああ、この時系列の97年前に起こった『王の大乱』か。ホムンクルスの大軍勢が人類追いつめたってアレ)
 どうやらヌヌ行の元いた時代と違い、いろいろ理解があるらしい。
「実は──…」


 そのころ、遥か遠くでサイフェは看板の前で目を輝かせていた。

【あなたの『アジト』がDRAGONBALLの世界に! 拡張パック【精神と時の部屋】近日発売! お待たせいたしました!!】

(おー。おーーーー!!! 1日が1年になるんだ! すごーーい!! そしたらジャンプたくさん読めるよ!!)
 顎を激しくグリグリして喜びを表現するが、即座にハの字眉&白目で小首を傾げる。
「アレ? でもアジトってなに?」
「はははお嬢さんもしかして来たばかりかな? アジトっていうのは各プレイヤーに宛がわれた部屋のコトだよ。とてもプラ
イベートな空間で、寝ればもちろん体力もQOも完全回復。ダンジョン以外ならメニュー画面からひとっとびさ」
 朗らかな声に振り返ると、太ったカモメのような黒ヒゲを生やす中年男性。世間では『事案』と呼ばれかねない事象だが、
サイフェは無邪気で人懐っこい。親切だなあと感謝しながら質問する。
「お部屋があるのですか」
「あるのです」
「でもサイフェはジャンプで読みました! 【ディスエル】やってる人は1億人!! そんな沢山の人のお部屋作って大丈夫
なのですかお兄ちゃん!! 人口過密地帯になりませんかお兄ちゃん!!」
「はっはっは。おじさんで結構だよ。部屋は大丈夫だよ。だってリアルと違うからね。お部屋は街などのフィールド空間とは
また違う仮想空間にあるんだ。街とかにある建物は施設以外ハリボテの雰囲気作りだし……」
 よく分からない。大きな目をパシパシさせるサイフェにおじさんは、「お部屋は各プレーヤーの個人データ扱いなんだ。アイ
テム欄の中で休めると考えたらいい。3次元的な、大きな、ベッドとかがアイコンじゃなくそのままの姿で置かれてるアイテム
欄の中にね」といった。
 良く分からないが、とにかくメニューを選択すればそういう自分だけの部屋に行ける……サイフェはそう理解した。
「で、そのお部屋で【精神と時の部屋】できるんですか!! 時間を操るなんてヌヌ行さんみたいです!!」
「ヌヌユキサンが誰か分からないけど、【ディスエル】はゲームだからね。プログラム的な処理さえクリアすれば、何だって
できるよ。アイテム使ったりパッチ当てたりするとお部屋の時間も自由自在」
「じゃあ本当に1日を1年にできたりっ!? ジャンプよみほーだい!?」
 よだれをダラダラ垂らしながら意気込む少女へ 
「あ、ああ。ちなみにお部屋の中は運営にも見れないようになってる。プライバシー保護さ。安心して使うといい」
 それだけいってカモメ髭の男性(とあるデパートで書店経営)は去っていった。

「むむ。お部屋。お部屋」
 兄や姉から何度も「みっともない」といわれてなお直さぬ奇癖。顎くりくり。忙しなく繰り返しながらサイフェは呟く。
「ハロアロおねーちゃん絶対ソコ引き篭もってる。『能力』との相性もいいし。というかゲームでも引き篭もりとか何なのよ!!
ちゃんと外出ないからいつまで立っても駄目っこさんなのよーーーーーーーーーーーーーーーー!!」



 一方、ヌヌ行たち。

「なるほど。羸砲さん。羸砲ヌヌ行さんは、ちょっとしたイザコザに巻き込まれて、そんで相手の人に【ディスエル】の中へ
飛ばされたプヒか。そんで相手の武装錬金については『分身を作れる』あたりまでしか分からない、と」
 封印前にヌヌ行が見たハロアロと同じアバターがないか検索してみたが、ヒットはゼロ。現実空間と違った姿でいるのか
それとも武装錬金で隠蔽しているのか不明だが、とにかく顔から辿り着くセンは消えた。
 とにかくカナサダの鸚鵡返しに応答が向かう。
「ああ。(流石に歴史改竄防ぐため過去から飛んできたってのは伏せた。突拍子もないし。あとライザってラスボス臭い存在
とその相方の時空改竄者も……。妄想かって言われそうだし」
 神ならざるヌヌ行だから、まさか目の前の着ぐるみが、標的たるウィルの義兄と分かろう筈もない。(早くゲームから出て
ウィル探さないとなー。覚醒止めないとなー。本当誰かあの人の行方知らないかなー)などとマヌケを晒している。
「どうするプヒ? プヒたち運営には幾つか対処策あるプヒ。でも羸砲さんはどうしたいプヒ? そこに沿う形で案件処理プヒ」
 語尾はややウザイが誠実な様子だ。ヌヌ行は、こう述べた。
「なら攻略情報……っていうのかな。1つだけ聞かせて欲しい」
「なにプヒ? 伝説級アイテムの取り方プヒ? それともモンスターの行動を決定する乱数値を手動で読みきる方法プヒ?
強いプレーヤーなら絶対使う鉄板の『いい技』なら300ほど習得方法知ってるプヒ。あ、お得なイベント発生させるために
必要な実績解除の方法だってプヒはほとんど網羅してるプヒ。知りたいのは何プヒ?」
「通貨だ」
「通貨? 貨殖なら有名どころだけでも5つあるけど、貨殖プヒか?」
「貨殖か。貨殖はいいねえ。ふふっ。『2の続きじゃなけりゃなあ、でもナンバリングなしだと黄昏宜しくやる気にならないし
なあ』とジレンマ抱き続けプレイしたアークザラッド3を思い出すよ。「かがやくよろい」商法でボロ儲けした。アレは60000
で売れる癖に原料費わずか4000強という狂った合成アイテムだった」
 眼鏡を白く曇らせウフウフ笑うヌヌ行だが、しかしいう。「貨殖じゃない」
「単純で下らない質問さ。君の有する莫大な知識に対し申し訳ないと頭を垂れたくなるほどのつまらない話題さ」
「なんでも歓迎プヒ。基本は大事プヒ」
「通貨の単位について聞きたい。さきほど故あってとある女性からその単位を聞いたのだが、もちろんそれは、ゲーム内総
てにおいて共通だよね? 妙な質問だとは思うけれど、対象となるプレイヤーごとに名称が変わるとか、そういった、ゲーム
にあるまじき前代未聞の仕様だったりしないよね?」
 よく分からないけど……皺くちゃモルモットの着ぐるみは、断言した。
「『イクユヌン』プヒよ? 【ディスエル】の通貨は国内外問わず『イクユヌン』プヒ。300年前からずっとこの単位で統一されて
るプヒ。『王の大乱』以前に発行された攻略本やゲーム雑誌にも『イクユヌン』って書かれてるプヒ」
 でもそれが何か? 怪訝な表情のカナサダを見るとヌヌ行はそれまでしていた腕組みを解く。
「イクユヌン。まずこれをローマ字にして見たまえ。ただし最後のNは1つでいい」

「よく分からないけど……」。カナサダ、徐にメモ帳とり出しサラサラ〜。

【IKUYUNUN】

「それを逆から並べると?」
「えーと」

【NUNUYUKI】

 アレ? カナサダの口から驚きが漏れた。
「そう。我輩の名も羸砲ヌヌ行。気に入ってはいるが、一般論に限っていえば大変変わった名前だ。総ての言語に精通して
いる訳ではないが、この名と同音異義の言葉など滅多にないだろう。まして特定の単語の逆読みがコレになる可能性は極
めて低い」
「つまりどーいうコトプヒ? 偶然じゃないってコトなのプヒ? だとしたら何で」
 えーとだ。ヌヌ行は気まずそうに後頭部を掻いたが、すぐさま意を決しカナサダの目を見た。
「信じられないと思うけど、我輩、【ディスエル】誕生に関わっているようだ」
「え?」
「信じられないコトパート2。そも我輩は【ディスエル】誕生とほぼ同時期からこの時代にきた。タイムトラベラーという奴だ」
 ぱしぱし。黒いモルモットの瞬きが激増した。
 与太と思って欲しければそれでいい……余裕たっぷりに笑うヌヌ行だが内心ビクビクしていた。
(ああ〜! いきなりこんなコトいったらヘンな人だと思われるよ!! 言うんじゃなかった! でもゲームシステムに詳しい
人へウソつくのは──天辺星さま騙したのは、あっちが先に詐欺ろうとしたから。問題ない──後々問題になりそうだし……)
「えーと。じゃあつまり、羸砲さんは300年以上前からタイムスリップしてきたと」
 ややヒキ気味なカナサダに透き通るような微笑を向けつつも、心臓はバクバクしている。(言っちゃった言っちゃったああ)。
「信じるプヒ」
「ふっ。だろうね俄かに信じられる訳が……ってええっ!?」
 信じるんだ。唖然と問い返すとカナサダは胸を叩いた。
「さっきも言ったけど『大乱』からこっち色んな武装錬金が……」
「あ、ああ。そうだね。時間跳躍系もあって不思議じゃないってコトね」
「で、誕生に関わったっていうのはどのレベルプヒ? 発起人となって色んな人まとめたプヒ? それともプログラマーか何か
プヒ?」
 おっそろしくスンナリ分かってくれたカナサダに却って硬くなりながらもヌヌ行は
「発起人にネタを提供しただけさ。開発にはノータッチ」
「ふむ。だから来てすぐ自分と関係アリとは分からなかったプヒね? で、具体的には何を?」
「原因は我輩の高校時代だ」
「高校時代?」
 そうだ。眼鏡美人は鷹揚に頷きこう述べる。
「我輩はゲーム製作者志望という同級生に、何かいいゲームのネタがないかと聞かれたコトがある。すっかり忘れていたよ。
なにしろ当時いろいろな生徒の相談を受けていた我輩にとっちゃこの話題、無数の中の1つに過ぎなかったからね」
「……まさか、その相談の答えっていうのは」
 そう。一旦深く息を吸うと、静かに述べる。

「『陰陽五行』。【ディスエル】の基幹を成すシステム。先ほど我輩がからくも勝利を拾った戦闘のルールの、更に大本のネタ
を…………我輩はかつて調べて提供した」

「…………」。カナサダは雷に打たれたように静寂した。

「戦いのさなか、ずっと疑問だったんだ。なぜ我輩、五行の仕組みを知ってるんだろうってね。本来中華的なのは趣味じゃ
ない。好きな哲学はエピクロスだし、詩集といえばハイネ一本だし(だってファッションとして分かりやすいし)ね。なのに天辺
星さまとの戦いの最中、相生や相克の複雑な関係を割合クリアに理解していた。便利だったが、ゆえに不思議だった。なぜ
こうも五行を知っているのだろう、五行ばかりで陰陽のないシステムに違和感を覚えているのだろう、ないものが陰陽って
なぜ分かるんだろう……とね」
 コツコツと額を叩く。中二と言われる行為だが本人はカッコよいと思っている。
「…………」
「いよいよおかしいと思ったのは7ターン目さ。『大極図』の機能を調べたとき、『相侮』なる言葉に『ああ、相克がひっくりかえる
便利機能だねコレ。でも鉄板すぎて知られてるし戦略に組み込むのは控えよう』などと無条件に思ってしまった。でも相侮なんて
のはマイナーな概念だ。『相克する側の気が極度に弱い』か『相克される側の気が極度に強い』場合のみ発生するレアな現象
……大極図で使えるのは、五属性の気が渾然一体のハイパワーゆえだろうね。閑話休題。相侮。【ディスエル】ユーザーな
らきっと『大食い艦の歴史はこうだ』ぐらいの軽さで覚えるんだろうけど、まだ来たばかりの我輩だ、普通はなると思う。ああ。
なるね。なると思うんだ」
「何にですか?」
「艦これならぬ何これにっ!(ドヤァ」
 両目を対立する不等号に景気良く細め右腕振り上げるヌヌ行。カナサダの時間は6秒ほど凍結した。
「……けど、それを知ってる羸砲さんは」
「(審議拒否ってカオ!? あぅ。誰誰うまうまだと思ったのにー)。ああ。自分を疑ったね(キリッ)。何故知っているのかとね。
(前世の記憶を疑った結果違うと判断した部分は伏せるよ。そこまで言っちゃうと私本格派なイタい子だもん)とにかく色々
な記憶を探った結果、高校時代に行き着いたんだ。同級生の『みんなマッタリできるネトゲ作りたいけど何かいいネタないで
しょうか』って相談に答えた時のコトを思い出したんだ」

 銀成学園時代のヌヌ行に視点を移す。

「ネトゲかー。ネトゲでもやっぱり戦闘いるよねー。でも高レベルプレイヤーだけが強いゲームってそれマッタリとは正反対
だよねー。低レベルでも、…………イジメられっこでも、頭を使えばなんとか対応できるような、『読み合い』に特化したゲー
ムとかどーだろう。でも読み合いかー。読み合い……読み合い。そうだ五行にしよう」

 よく分からないがそれっぽいので決定。後は見た目の割りに地味な作業が好きな性分なので、いろいろ本を借りたりネット
で調べたりしながら戦闘システムを構築。依頼者に提供した。


「細かい部分までは口出ししなかったけど、あの時の依頼者氏はどうやら我輩の提示したコンセプトをしっかり守ってくれた
ようだねえ。概ね我輩の頭にあった通りだよこのゲーム。道理でいろいろ馴染む訳だ」

 息を吐く。カナサダは何かに気付いた。相談者の顔を彩る影に。

「羸砲さんが【ディスエル】影の製作者っていうのは信じるプヒ。でも、なのにどうして浮かないカオしてるプヒ? 製作者っ
てコトはシステムが理解できるってコトプヒ。右も左も分からない状態よりは遥か有利、羸砲さん閉じ込めた人だってアドバン
テージ生かせば倒せるかも知れないってコトプヒよ?」
 まあそうだけど。肯定しながらもヌヌ行は首を振る。
「情報が小出しになってすまないが、よくよく考えると、その有利は『ありえない』んだ」
「プヒ? ゲームシステムが使えないってコト?」
「ンー。なんというかだね。『使える』だろうけど、その『使える』って現状に至っている現状がありえないんだ」
「???」
 流石に分からないだろうねぇ。さらさらとした金髪を揺らしながら話題を変える。
「『ありえない』っていうのは、我輩の武装錬金の特性的にだ」
「よく分からないけど、羸砲さんの、タイムスリップの仕組みが関係してるプヒか?」
「鋭くて助かるよ。そう、それだ。時間跳躍の仕方を考えるとありえない。我輩の時間跳躍は『時系列』を上書きするタイプ」
「ゲームでいうなら任意のセーブデータを『ロード』して、『セーブ』って感じプヒ?」
「ああ。そしてその仕組みから考えると、我輩が、我輩考案のゲームの中にいる状況は『ありえない』」

 どういうコトか? それは『時系列』の構造に問題がある。


(ざっくり分けると、いまに至るまでの時系列……『4周』している)

『1周目は、『ソウヤがパピヨンパークで真・蝶・成体を”斃す前”の歴史』。

 それは数々の戦いの末、カズキが月から帰還し斗貴子と再会した歴史だ。
 しかしムーンフェイスの野望が消えなかった歴史でもある。彼の意思を継ぐ真・蝶・成体は地球を荒廃させた。

 それを修正するべくソウヤが動いたのが2周目──…

『ソウヤがパピヨンパークで真・蝶・成体を”斃した”歴史』。

 真・蝶・成体が本格稼動前に葬られたコトにより、地球は荒廃を免れソウヤもまた両親との平穏を手に入れた。

(だが真・蝶・成体がいなくなったコトにより、およそ200年先新たな勢力が動き出した)

 それこそが大乱を起こした『王の軍勢』。1周目での歴史では、祖先あるいは自らを真・蝶・成体に葬られていた彼らが、
皮肉にも平和を願うソウヤの行動によって生存し……人類を苛んだ。

(ライザ(勢号始)を生んだのも王たちだ。そこまでが2周目)

 3周目は『ライザがウィルと組みヌヌ行の前世ならびにソウヤを追いつめた歴史』。

(歴史を変えうるソウヤ君たちを斃そうとしたのは想像に難くない)

 3週目は2周目とほぼ同じ。唯一違うのは。

(ソウヤ君をパピヨンパークに送り込んだ我輩の『前世』が、元いた時代から姿を消していたコトだ)
 
 彼または彼女はライザたちの追撃を躱すため、しばらく姿を消していた。が、ソウヤがターゲットになったのを知ると、や
むなく帰還。彼とともに抵抗するも……敗北。

(2周目と3周目を一括りにするコトもできるけど──…)


   真・蝶・成体撃破            王の大乱
┠───╂──────╂───────╂───┨
              ソウヤ帰還           ライザ・ウィル時間跳躍
                ↑                        │
                └───────────────┘帰還して間もないソウヤを襲撃
            (← 襲撃後の時系列で「ソウヤ達vsライザ勢」 →)

(とまあ、未来からの介入があるし、分けた方がいいだろうね)
 
 フローチャートにすればこうだ。

 真・蝶・成体撃破→ウィルたちの改変はありましたか?┬→○ 3周目(ライザ襲撃ルート)
                                   └→× 2周目(王の大乱ルート)

(因果を考えれば、時系列2周目の「ソウヤ君の未来帰還」時点でライザたちの介入はありえない。だって生まれてないもの。
彼ら元々そっから2世紀も未来に生まれてるからね。故に大乱発生後、過去に戻って歴史変えたら、そっからはもう別物。3
周目と言っていい)

 厳密にいえば、3周目の時系列でも『前世』が何度か歴史を変えたという。ソースはソウヤだ。だから更なる細分化も可能
だが、ヌヌ行は実際どうだったか知らないので、便宜上それらも「3周目」に含める。

 それすら更に上書きしたのは、4周目……『ヌヌ行が生まれた歴史』だ。
 ややこしい言い回しだが、『前世』がライザたちの追撃を振り切るため、自らを転生させ、ソウヤもまた送り込んだ『歴史』。

(我輩はそこでアルジェブラを使った。何のためか? ウィルが改竄者として目覚めるのを防ぐためだ)

 よって覚醒前の歴史に飛ぶため

(我輩、アルジェブラを使った。『3周目』の歴史で起こった改竄総て帳消しにした)

 すなわち。

 ソウヤが真・蝶・成体を斃し。
 且つ、ライザ&ウィルの魔の手がまだ伸びていない時系列であるところの──…

(『2周目』の歴史をロード、3周目を上書きした4周目へ更に上書き。我輩とソウヤ君が飛んだのもソコ)

 大雑把にまとめると
   
          
            ┌───────────┐
            │              ↑      ↓ 3周目に上書きされたが、4周目でロード。上書きし返した。
┏━━━┯━┷━┯━━━┯━┷━┯━━━┓
┃1周目 │2周目 │3周目 │4周目 │2週目 ┃
┗━━━┷━━━┷━━━┷━━━┷━━━┛

 詳しく書くと

┏━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃月からカズキ帰還 .│1周目(真・蝶・成体生存ルート)    │ソウヤ、パピヨンパークへ           ┃
┗━━━━━━━━┷━━━━━━━━━━━━━━━━┷━━━━━━┯━━━━━━━━━┛
                  ┌───────────────────────┘
                  ↓1周目上書き。真・蝶・成体撃破後、元の時代へ帰還。両親との再会。
┏━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━┯━━━━┯━━━━━━━━━━━┓
┃月からカズキ帰還 .│2周目(真・蝶・成体死亡ルート)    │王の大乱│ライザ誕生&ウィル覚醒 . ┃
┗━━━━━━━━┷━━━━━━━━━━━━━━━━┷━━━━┷━┯━━━━━━━━━┛
                  ┌───────────────────────┘
                  ↓ 2周目上書き。ライザと共に、帰還後のソウヤを襲撃。
┏━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃月からカズキ帰還 .│3周目(ソウヤ達vsライザ勢ルート)   │ヌヌ行の前世、転生実行           ┃
┗━━━━━━━━┷━━━━━━━━━━━━━━━━┷━━━━━━┯━━━━━━━━━┛
                  ┌───────────────────────┘
                  ↓ 3周目上書き。ソウヤ誕生の約10年前へ移動。目的は『ウィル覚醒阻止!』
┏━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃月からカズキ帰還 .│4周目(ヌヌ行初登場ルート)      │ヌヌ行、2周目をロード.           ┃
┗━━━━━━━━┷━━━━━━━━━━━━━━━━┷━━━━━━┯━━━━━━━━━┛
                  ┌───────────────────────┘
                  ↓ 4周目上書き。唯一ある「真・蝶・成体死亡」かつ「ウィル覚醒前」のルートへ戻す。
┏━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━┯━━━━┯━━━━━━━━━━━┓
┃月からカズキ帰還 .│2周目(真・蝶・成体死亡ルート)    │王の大乱│現在地                ┃
┗━━━━━━━━┷━━━━━━━━━━━━━━━━┷━━━━┷━━━━━━━━━━━┛

 というコトをヌヌ行は、固有名詞を避けつつ説明。

「じゃあ、プヒたちがいるこの歴史は『2周目』の延長線上ってコトプヒか?」
 長く、しかも不可解を多分に孕んだ説明にも関わらず、そう納得するカナサダ。正直ヌヌ行は(この人すごいなあ)と感服し
たが、ヘタに素を出すと途端にリアリティが失われそうなので、超然ぶった態度を続ける。
「そう、君の言うとおり、この時系列は『2周目』である筈なんだ。我輩の仇敵2人が本格稼動してないのが何よりの証拠と
いえるだろう。3周目ならとっくに片割れが時空改竄を仕掛けているだろうからね」
 突っ込んだ物言いをすれば、この時系列、ヌヌ行たちのウィル覚醒阻止が成否どちらに傾いても『5周目』となる。そのあ
たりを加味すると本来の『2周目』から徐々に違ったものになりつつある(LiST戦・ビストバイ戦は本来2周目になかった)の
だが、以下のロジックを分かりやすく整理するため『2周目』とする。

 まず今一度述べるが、ココは細かな差異を除けば概ね『2周目』の時系列である。
「なのに我輩の行動……「ゲームを作りたい同級生」への助言が、【ディスエル】というゲームになって存続している。おかし
いのはそこさ」
「なるほど。羸砲さんは『4周目』の時系列で初めて生まれた人プヒ。なのにまだ生まれてない『2周目』の歴史にその影響が
あるのは、仕組み的に言って


                    【ヌヌ行”不在”の歴史】│
┏━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━┯━━━━┯━━━━━━━━━━━┓
┃月からカズキ帰還 .│2周目(真・蝶・成体死亡ルート)    │王の大乱│ウィル覚醒           ┃
┗━━━━━━━━┷━━━━━━━━━━━━━━━━┷━━━━┷━┯━━━━━━━━━┛
                  ┌─── (3周目省略。『前世』転生) ────────┘
                  ↓ 
┏━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃月からカズキ帰還 .│4周目(ヌヌ行初登場ルート)      │ヌヌ行、2周目をロード.           ┃
┗━━━━━━━━┷━━━━━━━━━━━━━━━━┷━━━━━━┯━━━━━━━━━┛
                  ┌───────────────────────┘
                  ↓【ヌヌ行”不在”の歴史】を4周目に上書き。
┏━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━┯━━━━┯━━━━━━━━━━━┓
┃月からカズキ帰還 .│2周目(真・蝶・成体死亡ルート)    │王の大乱│現在地                ┃
┗━━━━━━━━┷━━━━━━━━━━━━━━━━┷━━━━┷━━━━━━━━━━━┛

こうだから、おかしい……そういいたいプヒね?」
「ああ。(なにこの理解力! なにこの理解力! 分かって貰えるのは助かるけどカナサダ君、きみちょっと脳みそいっぱい
詰まってない!? 私が苦労してやっと分かったことをチョット聞くだけで把握とかどんな頭よ!?)」
 無論、理屈だけ言えば、「生まれていない筈の2周目」に、ヌヌ行がこうして存在しているコトもまたおかしいのだが。
(そこはまあ、改竄者の特権というか。私いわゆる特異点だもの。ロードして、「でもまだ生まれてないから消えます」だと
すごいパラドックス生まれるでしょ? 時間上書きした人の存在が誕生から遡ってスッパリ消えたのに、なんで時間はまだ
上書きされてるんだ、的な、的な。そーいうの防ぐため特異点なんだよきっと私)
 詳しい仕組みは本人にも分からない。かーっこいいから特異点を自称しているだけだ。
(でもそれだけだよ? 私の武装錬金は、『2周目』の時系列で起こったコト総てもらさずキチっとロードした。そこに私の行
動……まだ存在してない私のゲームへの助言が含まれるのは絶対ないの!)

「つまり……まとめるとプヒ?」
「推測だが、この『ほぼ2周目』の時系列に対し、【ディスエル】だけは『4周目』の時系列なんじゃないだろうか。ゲーム内、
或いはそれを取り巻く社会環境だけが、『4周目』の時系列になっているんじゃないだろうか」

 図でいうと

┌―――――――────┐
|┌―――──┐        │
||  4周目   │ 2周目  │
|└―――──┘        │
└―――――――────┘

 というように『2周目の時系列』の中で、【ディスエル】だけが異なる時系列(『4周目』)を有している。

「言い換えると、ココだけが羸砲さんの時系列ロードの対象外ってコトプヒ?」
「(すげえカナサダ君すげえ。くそ難しい話題ノータイムで返してきたよ)。ああ。前例もあるしね」
「前例……?」

 ヌヌ行は手短に説明した。
 かつてLiSTという相手と戦ったコト。彼がレーションの武装錬金で、ヌヌ行たちを時系列と隔絶した空間に閉じ込めたコト。
その隠蔽はかなり高度であり、全時系列を探査可能なヌヌ行でさえソウヤの助力なしでは現在地が測定できなかったコト
……などなど。

「時系列を丸ごとどうこうできる能力者は我輩をおいてそうはいないと自負しているが、限られた領域においては我輩以上の
存在もまた居ると経験的に警戒している。我輩をココに閉じ込めた敵もまたそういう手合いだろう。現に力任せでは突破でき
ずにいる。全時系列を貫く最大級のスマートガンで攻撃したにも関わらず、だ」
「そうなってくると、脱出の鍵は見えてくるプヒね」
「ん?」
「だってそうプヒ。『なぜココだけ4周目の時系列なのか』『どうしてココだけが羸砲さんの時系列のロードを無効化しているのか』
その辺りの謎を考えていけば、ひょっとしたらだけど、【ディスエル】からの脱出できるかもプヒ」
「ああ。流石だね我輩の考えはまさにソレさ。(お、おおお。そーだった。そこ考えればよかったんだ。私そこ考えてなかった
よ。『なんで2周目と4周目の因果関係ごちゃごちゃなのかなー』って好奇心だけで考えてたよ。やっぱ相談大事だねーうん
うん。で、でも、ど、どっちかというと、ソウヤ君に教えてほしかったかなーなんて考えるのはカナサダくんに失礼でしょーか……。
乙女心はフクザツなのです)」

 同時に思う。(この人が実は敵とかだったらスゴく厄介なんじゃ。いや敵だから色々すぐ理解してる? でも私がカナサダ
くんの立場なら何ヶ所か分からないフリするしなー)と。

「とりあえず自力解決するなら、その辺をつくよ。貴方たち運営を信じていない訳じゃないけど、最善尽くしてなお敵が強大
……そんな時の最後の手段としてね」

 カナサダはちょっと考えてから喋った。

「分身……」
「(ギクギクギク!? え、考え読まれた!? ブルルちゃん再来!? 天敵Mk-V!? 4までドコな寝酒のバーボン!?)」
 嫌な汗をかくヌヌ行に黒いモルモットは、「羸砲さんの意見に則った意見まとめたけど、いいプヒ?」と聞いた。
「あ、ああ。(びっくらこいたー!! ハロアロの分身絡みだったのね。そういえば彼女の能力伝えてた)」
 議題は分身である。
 ヌヌ行もよく分からないが、ハロアロは分身を使うという。
 それもムーンフェイスのような「分裂」系のものではなく、見た目さまざまの「憑依」系を。
「とにかく分身使うってするとプヒ? その相手の人、運営に潜り込んでいるかもプヒ」
「ほう。というと? (話飛んだー! よく分からないけどとりあえず促そう。促すの最強。思考追いつく時間稼げるし、しかも
的外れなコトいってチョーチョー恥ずかしい想いするの防げるし。……ふあ?! 天辺星さまの口癖うつってる!!)」
「ネトゲにはプヒたち電脳工事士がいるプヒ。そんでトラぶったらすぐ運営と連携して問題解決に当たるプヒ。ネトゲする人に
とっちゃそれが常識プヒ」
「ふむ。言い換えると、『相手を閉じ込める』コトに全力傾けてる人が、そーいう、当たり前のシステムをも敵に回すコトを考
えぬ筈がないと」
「そうプヒ。事情はよく分からないけど、タイムリミットまで絶対に閉じ込めたいっていうなら、運営側に属すのは最善手の1つ
プヒ。一時的に乗っ取るのか、それとも自分自身が運営なのかは分からないけど、運営として、何らかの妨害をしている……
或いはしてくるプヒね」
「だったら攻め口も」
「あるプヒ」
 漆黒のツルリとしたモルモットは頷いた。



「……っ」
【COUTION】。そんな黄色い画面を見たハロアロの頬が僅かに波打った。

(チ。やはり運営にログアウトを求めるメールを送ったか。工事士の手に負えないとなれば当然だね)
 武装錬金を使えば充分握り潰すコトもできる。見逃せば運営は茫漠たる敵としてハロアロを捉影し対策を講じるだろう。
(だがしないよ。迂闊には動かない)
 頬を汗が伝う。想定していた事態の1つだが、やはり暗躍のヴェールが薄絹1枚とはいえ剥がされるのには戦慄を禁じ
得ない。
(羸砲の狙いはあたいを動揺させるコトさ。動揺させて余計な動きをさせ……尻尾を出すのを待っている)
 電子の世界を流れていくメールをハロアロは見た。彼女と敵の間にだけ通じる”罠”を孕んだメールを。
(やはりね。『光円錐』。メールにつけたか。恐らくアレはあたいの検閲に反応して炸裂するタイプ。うかと手を出せば所在を
バラすところだった。もちろん検閲せざるを得ない場合は、他の、どうでもいい捨てアカ使ってしかもそちらを速攻削除の二
重体制を敷くつもりだったけど、それでも危ないものは危ないからね。見逃しとくよ)
 そもそもハロアロは既に一度ヌヌ行を見逃している。チュートリアル施設から運営に飛んだ彼女の相談を素通りさせたから
こそカナサダがやってきた。



(一度目同様、反応なし、か。流石だよ。想像通り迂闊に動かない)
 法衣の上で深く息をつく。しかしそれは溜息ではない。
「二度目となれば確信できる。見逃しはミスではなく……戦略。彼女は『運営が動いてもすぐには脱出されない』自信がある
んだ。用心深い性格、きっとシステムの可能不可能などはとっくに検証済み。現行の技術で絶対に我輩を脱出させられない
のか、或いは解析に手間取るだけでいつかは出せるのか……そのどっちかなんてのは考えるまでもない。要するに彼女は
自信に溢れている。『自分の定める期限』まで確実に封じられるって自信がね。運営諸氏がどう足掻こうとそれは恐らく変わ
らない」



(愚かではない賢いバカ! 打開に結びつかない理屈のこねくり回しを速攻で無駄と見切り捨てたか! そう! いま重要
なのは『あたいの定める期限』までお前達を【ディスエル】内に封じ込められるかどうかだよ! 『永遠』or『いつか』。現状そ
れらはイコールなのさ! 運営とハッキング勝負して勝つのが目的なんじゃない! 最終的にあたいが能力を見破られ
人間に敗亡しても恥ではない! ライザ様! ライザ様さえ助かるのであれば何でもいい!!)



「……と、向こうは個人の勝利を捨てている。そういうのは強いよ。我輩たちにも運営諸氏にも、『負けてもいい、ただ
し時間稼ぎだけは必ずする!』そういう信念で挑んできている。完全勝利を目論むものほどアレやコレやと欲張りすぎ
て虻蜂取らずになるものだ。しかし向こうは強烈な初撃一発喰らわしたきり隠遁中。やがては破れる消極攻勢、されど
全力尽くして『やがて』が来るまで延ばしている」
「多分……『アジト』にいるプヒね。運営でも絶対に見れない個人の部屋に。そうなると外出てもらわない限り見つけるのは
不可能プヒ」
「(難儀だなあ。赤や緑のくさむらでミュウ探すようなもんだよ……)。それでもアクションは起こしていくべきだね。我輩は
【ディスエル】影の製作者。『2周目』『4周目』を取り巻く謎も糸口になりうる。読み合いも(スッゲ面倒くさいけど)やれない
訳じゃない」
「なら」
「ああ。脱出を模索する。無理ゲなんてのは結局、繰り返して繰り返して徹底的に繰り返して、山のよーな観察してやっと
解けるもんだからねえ。ミュウが出ないってならバグらせればいい。データはあるんだ。無理くりやれば出てくるだろう」
「あの……プヒは電脳工事士で、むしろバグとか絶対見逃しちゃいけない立場プヒ…………」
「例えさ。とにかく敵の目的は『時間稼ぎ』。ならそこを狙えばいい。大事な大事な戦略目的を狙えばいい」
「? 時間稼ぎをできなくするっていうのはつまり脱出するってコトじゃないのかプヒ? なんで婉曲な言い回しするプヒ?」
 眼鏡に手を当てながら法衣の女性は低く笑う。
「例えば『敵が助けたい存在』を人質にする、とかね」


「!?」
 アジトの中でハロアロはギョっとした。


「ま、人質にすべき存在の居場所は分からないけど(そもそも分からないからハロアロと戦ってる。あとライザ人質にするのは
いまの実力じゃムリ! ムリだから戦うハm(ry)、思考実験の1つとしてはありだろう。行き詰まっている時は、そういった、相
手の戦略構想を根本からひっくり返す一手を討つべきさ」
「中国のどっかの国みたいプヒ。敵攻めていい気になってたら、その敵に自分たちの首都攻められ慌てて撤退、みたいな」
「その2。【ディスエル】自体をサービス終了に追い込む」


(な!! なんてコト考えるんだい!! あた、あたいが、おま、あたいがどどどドレだけ時間費やして図鑑とかアイテムとか
コンプしてきたって思うんだい!! そ、それをおま、おまえは、けけけっ、消す、消すっていうのかい!!?)


「このゲームを選んだのは得意だからだろう。いざ戦う羽目になってもワンチャンあると踏んだからだろう。そこまで卓越して
いるのなら、それなりのやり込みや思い入れもあるよねえ。だから壊す。伝説の武器も鍛え上げたパラメータも全部ただの
電子のゴミにしてあげよう。そしたら心理的ダメージで武装錬金が崩壊し脱出できるかも知れな……あだ」
 ヌヌ行の頭が小突かれた。
「り、理に叶ってるけど……ひどいプヒ! 羸砲さんそれ絶対ダメプヒ!! たった1人狙うために他の9999万9999人の
努力を無駄にするプヒか! 電脳工事士として許せないプヒ!!」

(そーだそーだ!! カナサダさんの言うコトは正しい!!)
 ハロアロは全力で頷いた。
(くそ!! 影の製作者だからって調子に乗るんじゃないよ!! ああもう奴が作ったってのは分かってたけど、あたいの武
装錬金の特性的に【ディスエル】以外は選べなかった! まあ順序は逆だけどね! 奴相手に引き寄せられてしかも未プレ
イときたので『製作者の方かい!』と。に・し・て・も! 奴と一番縁の深いゲームじゃなきゃ呼べないとか本当不便な能力だ
よ!!)


 怒られたヌヌ行シュンと正座。若干涙ぐんでいる。
「し、思考実験の1つだよ……? じょ、冗談通じないなあ。(さ、さすがに他の人巻き添えにするのはイジメみたいでやだし)」
「まだ何か企んでないかプヒ?」
「な、何も企んでないよ!? (さすがに『前科のある大きいお友達50人の中にサイフェ放り込んで一言、”早くこないとお前
の大事な妹が色んな意味で少年誌卒業しちゃうぞク〜ックック!”』とかダメだよね。閉じ込め直後いろいろ教えてくれたもん。
恩仇ダメ。絶対ダメ。斗貴子さんに似てるコだし絶対ダメ。『時間切れ待つぐらいならブルルちゃんを殺して私も死ぬ!』と
かはもっとない。ライザの体のコト考えるとすごい最善手だけど……初めてのトモダチ殺すとかやだ。すごいやだ。そもそも
サイフェもブルルちゃんも所在わからないし……。てかダメだ私、なんか退廃的な考えに支配されてる…………)」
「とりあえず、羸砲さん、運営スタッフ目指したらどうプヒ?」
 ヌヌ行、石化。
「どうしたプヒ?」
「あの、さっきからの我輩の言動覚えてないのかい? どーーー考えても権力握らせちゃいけないタイプだと思うよ?」
「大丈夫プヒ。根はいい人って分かるプヒ。プヒの弟もケンカっ早いトコあるけど、根はいい人プヒ。羸砲さんはそれプヒ」
「(弟もげっ歯類かな……?) けど……」
「運営も脱出できるよう全力尽くすプヒ。けど、もしできなかったら影の製作者に失礼プヒ。プヒはこのゲーム好きだから、
伝説じみた人に出逢えたと信じるプヒ。そっちのが夢あるプヒ」
(実務的なのにロマンチスト……変わってるけどいい人だきっと)
「だからいろいろ手伝わせて欲しいプヒ。あと──…」
「あと?」 問い返すと、黒いモルモットは「こっちのコト。私情よくない」手をバタバタさせた。
「とにかく、運営スタッフになれば、潜り込んでる相手の人と接触する機会できるかもプヒ。特権使えば多少だけど脱出のた
めのムチャできるプヒ」
「その、スタッフっていうのは、カナサダ君の電脳工事士とはまた別の仕事なのかい?」
「そうプヒ。例えば『イベ管』とかプヒ」

【イベ管】

 イベント管理委員会の略。【断天のディスエル】のクエストは基本的にユーザーが自主的に製作し行うものである。イベ管
はそれらの届出を精査し、公序良俗ならびに安全に反していないかチェックする義務を負う。(言い換えれば無届のクエス
トは処罰対象) 許可を出す以外にも

 1.報酬アイテムまたは報奨金の調達。

 2.クエスト企画者の提案する、ボスモンスター、NPCおよびその他の要素の製作

 3.新要素の宣伝としてのクエスト募集

 4.年中行事および記念式典などのイベントを企画・実行

 などといった様々な役目を持つ。(現在でこそ業務の78.2%がクエスト関連であるが、【ディスエル】発足当初は上記の「4」
だけだった。イベ管という名称はその名残。初心者七不思議の1つである)


 若干頬が嬉しそうに引き攣る眼鏡美人。
「まあ、性にはあっていそうだね。(おお! 文化祭大好きの私にピッタリだー!! いろいろ企画したよしたよ!! 銀成
学園だったもん、蝶人パピヨンの研究とか、カズキさんに話聞いてなかなか深いトコまで迫ったよ! あとメイド喫茶もした!
おっぱいバツンバツンでちょっと恥ずかしかったけど、クール系で乗り切った!!)」
「じゃあ、北東200kmにある『ケン』行くプヒ。色々手続きするプヒ」
「お。いよいよRPGぽくなってきたねえ」

 という訳で移動開始。


 依然としてアジトに居るハロアロ。
(羸砲は運営へ、か)
 もし成功された場合、ハロアロは、少なくてもゲーム内の立場において並ばれるだろう。
(しかし予想通り! すでに手は打ってある! 教官を知らない運転免許持ちはいないっ! それと同じさね! なり方は
知っている! なればこそ打つべき手はある! あたいの分身を使うコトなくヌヌ行を妨害できる! 仮になられても大丈夫
だとは思うけど、権益持たさずに済むならそれもいい!)


 滝の流れる青白い洞窟の中で。

 銅色の髪がたなびいた。



 ヌヌ行は攻略手段を考え中。
(敵のHPをゼロにすれば勝てる……そこは確かだけど勝利条件の1つでしかない。最悪ハロアロが見つからなくても、彼女
が定める期日前に脱出できれば勝利条件その2を満たせる。(もっといい勝利条件3は、このゲームの中にいながらライザを
倒しウィル覚醒阻止! そしたら別に【ディスエル】永住でも文句ない訳で。ソウヤ君と暮らせたら、だけど)



《基本システムまとめ》

 チュートリアル施設でソウヤはじっと説明を聞いていた。仲間達と合流できないため、まずは情報収集からと考えたのだ。

(ゲームの中というのは聞いた。サイフェからの通信で)

──「と、ところで、ジャンプのゲームって微妙なの多いって言われますけど、そーじゃないのもありますよねっ!? ソウヤ
──お兄ちゃんなら分かってくれますよねっ!!?」

(彼女はどうしてあんなに必死だったのだろう。ゲーム? 俺に聞かれても分からない)

 通信はすぐ途切れた。ハロアロの妨害にあったのだ。故に初心者用の施設で話を聞く。


【陰陽説】

 字の如く万物の「陰」と「陽」を分ける考え。ざっくり分ければ闇と光。詳らかにいえば

・外
・熱
・輝き
・上昇
・主体
・進行
・清浄
・エネルギッシュ

 そして

・無形

 が『陽』に属し、そうでないものが『陰』とされる。


(これらが森羅万象の中に同居するという、対物的、哲学的な中華的弁証法。それが陰陽説か)
 紀元前六世紀ごろは『天の六気』という万物の根源の、あくまで2つに過ぎなかったが(残りは「風」「雨」「晦」「明」)、時と共
に敷衍し、易を始めとする様々な文化の基盤となった。
(なるほど、勉強になる。中医学にも応用され「内経」では平衡……つまりお互い均衡している状態こそ最高らしい)
 戦闘システムにも組み込まれている『大極図』は、陰陽が、万物の中に共存し、不可分で、不断の動きを繰り返し、互い
に動き極まれば互いへと転化するコトを現している。

 チュートリアル施設内部は、さながら会社説明会のようだった。各プレイヤーごとにブースが設けられ、色々な説明を受け
ている。操作方法が分からないとか仲間とはぐれたとか、色々な喧騒の中でソウヤは担当職員の顔を見た。七三分けの中
年男性だ。温厚で誠実そうだが、ちょっとだけソウヤは疑いの目を持っている。
(敵は俺たちをゲームに取り込んだ。仕組みは分からないが、何らかの理由で操られている疑いも)
 もっとも初期地点の河原から街に至るまで、モンスターすら襲ってこなかった。
(取り込むだけで殺さない? やはりライザが動くまでの時間稼ぎか?)
 そういう搦め手はむしろヌヌ行の領分だ。「彼女なら最悪でも囮はする筈。俺も脱出を模索だ」というのが当面の行動指針。
 ゆえに知識は要る。職員に、聞く。

「どうして陰陽と五行が結びついたんだ?」

 七三、即答。

「絶え間なく動く陰陽の中から、「木」「火」「土」「金」「水」の五元素が生まれたと考えたのです」


【五行における「木」「火」「土」「金」「水」の意味】

木 …… 生成発展 柔和 のびやかな広がり
火 …… 熱 光 上昇
土 …… 長養 受納 変化
金 …… 清潔 静粛 収斂
水 …… 冷 潤 下降


「陰陽と結びついたころ、五行もまたあらゆる物質を形作ると考えられるようになりました」
「このゲームもそうなのか? いや……プログラムだっていうのは理解しているが、設定上は、アイテムとか攻撃とか、建物と
か、全部5種類のエレメンタルの──…」
「はい。それらの組み合わせからできております。一部は特殊なスキルや専門施設が必要となっておりますが、基本的な物
につきましては、どなた様でもお作りになれます。あ、もちろん素材アイテムが必要です。お手持ちがおありでしたら実際に
合成してみますか? まずメニュー画面の──…」
 ソウヤ、言われるがまま操作した。目の前に手持ちのアイテムが表示されると職員は、慣れた様子で幾つかのアイテムを
指定するよう指示。まず1個目。【木の道具素】というアイテムを選ぶと、小気味のいい音と共に「使う」「捨てる」などの選択
肢が現れる。他にも幾つかある雑多なそれがソウヤの眼の中で上に流れ……「合成」で止まる。決定。同じ要領で【木の
魔力素】【木の建物素(小)】を選ぶと今度は「【メモ帳(S)】を合成します。宜しいですか? はい/いいえ」というメニューが
出現。当然答えは決まっている。
「……そうなると、このレシピの2番目、木から金に変えれば鉛筆……なのか? 鉛を使っているから」。
 職員が軽く驚いた2秒後ソウヤの筆記体制は整った。



《別の街の同じ施設。ソウヤと同じ講義を受けたときのヌヌ反応》

「絶え間なく動く陰陽の中から、「木」「火」「土」「金」「水」の五元素が生まれたと考えたのです」

 あたかも村人Aの「○○へようこそ!」みたいな定型文に、ちょびっと不快そうな顔をした。

「(知ってるよそれ位。基本だし。ああもうこのゲーム、メッセージスキップないの?)」
 親切だからこそ面白くない。賢いと自負している彼女にとって微に入り細に入った説明というのは、知識レベルゼロと見な
されたようで「むかーっ!」とくる。
「(知ってるもん! 五行ぐらい知ってるもん!! 五行の”行”っていうのは流行とかの「めぐる」って意味と、実行の「する/
使う」って意味だもん! どっかルララーって移動するものを使うってコトだもん! ヌヌ行もそーいう意味だもん! ヌヌを
使うって意味だもん!)」
 職員がまったく同じ説明をするのを、ヌヌ行は歯を食いしばって聞いた。目をグルグルしてゼェハアゼェハア息を荒げなが
ら聞いた。チュートリアルの施設という、公益側のアジトみたいな場所でゲーム開始そうそう怒り狂ってブラックリストに入れ
られるのは避けたいから……一生懸命がまんした。
「ご説明ありがとう。(お! 説明1つ忘れたな! ばかめー!! 五行はもともと『五材』ってぇ呼ばれてたんだぜーー!!
「木」「火」「土」「金」「水」。人間の生活に必要な素材だから『五材』! そーいうのが、陰陽の『めぐり』からきて、道具とか
何かの材料に『使う』から五行!! ふふふーー!! わーい勝ったー!! 職員さんに勝ったぞバンザーイ!)」
「ちなみに最初は『六府』だったそうですよ五行」
「……だそうだね。(え! マジ!?)」
「『穀』を加えて『六府』。食べ物ないと死ぬってコトで。まあ、『穀』は木に編入されたんですが……」
(すっげ職員さんマジものしりーーーー!!)

 とにかく五行。生活ありきの物質的分類から、いつしか精神的・抽象的な概念を指すようになった。


《基本システム》

 頭痛い。信仰上の問題からゲームに手を出すまいと考えていたブルルだが、ハロアロの目論見が「時間を稼ぐ→いよ
いよ崩壊寸前のライザに直接出向かせる→ブルルを殺して体を奪う」ではないかと感づいた。そうなるとチュートリアル
を受ける他ない。



【五行による戦闘システム(基本編)】

 『木』攻撃時の相手攻撃属性による影響は以下の通り。

              
┌――┬――――─┬――――┐
|属性│  被ダメ   │ 消費QO │(←基準値:使用技P)
├──┼─――――┼―──―┤
| 木 │  なし    │  100%  │攻撃力の高い方が勝つ。
├──┼─――――┼―───┤
| 火 │   自分   │  150%  │相生で負け。攻撃力の高い方がダメージを与える。
├──┼─――――┼―───┤
| 土 │   相手   │  100%  │相克で勝ち。与ダメ2倍。
├──┼─――――┼―─―─┤
| 金 │   自分   │  300%  │相克で負け。与ダメなし。
├──┼─――――┼―─―─┤
| 水 │   相手   │  100%  │相生で勝ち。ダメージ&相手の技Pの50%を吸収。
└――┴―――――┴――――┘


┌――――――――――――――――――────┐
| 相生の相性は、木→火→土→金→水→木。       │
|        ・                          │
| 矢印『向いてる』方がMP(QO)吸収可。         │
└――――――――――――――――――――──┘
☆→★ 
勝つのは★。(それとは別に攻撃力の高い方がダメージを与える)


┌――――――――――――――――――――──┐
| 相克の相性は、木→土→水→火→金→木。       │
|        ・                          │
| 矢印『向けてる』方がダメージ付与可。         │
└――――――――――――――――――――──┘
☆→★ 
勝つのは☆



「分かるかァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
 机を叩く。職員は若干面食らった。


 とにかく、イラつきながらも話を聞く。どうやら『QOゲージ』なるものが重要そうなのはわかった。

(2部のアレのメーターみたいなもんね。なくなったら吸血鬼倒せないと)

 そして体力が尽きても負け……までは分かった。


《レベルアップ》

 獅子王ビストバイは負けが込んでいた。段々腹が立ってきたがすぐに思い立つ。

(小生レベル上げればいいンじゃねぇのか! そうだ! 上げて脱出だ! 脱出しまちょうねえ『はむちゃん』)
 一番不安だったのは、ペットのハムスターが現実空間に取り残されるコトだ。誰が世話をするのか、ネコに食われたらど
うしようと怯えていたら、眼前に立方体がワープしてきた。

『兄貴、はむちゃん、渡す。忘れててごめん』

 ハロアロのメッセージと共に感動の再会を果たした獅子王は、しばらく涙と鼻水を垂らしながらはむちゃんに頬ずりした。


「だからとにかくレベルアップなンだ。補正とか腑抜けたモンがかかるらしいが、強えに越したコトぁねえだろ!」
 チュートリアル施設。相変わらず七三の職員がいる。ビストバイがぐるりと見渡した施設には似たような顔がウヨウヨ。
(この量産品顔、いかにもゲームだよなあ)
 などと感心していると、七三はこう述べた。
「経験値には2種類ございます。1つは戦闘経験値。いわゆる他のゲームでいうEXP」
「つまり猟較! モンスターぶっ殺して手に入る奴だな!!」
「いま1つは五行経験値……五属性ごとのレベルでございます。
「QOゲージだったか? あれにもレベルがあンのか?」
 はい。職員は頷いた。
「敵に与えるダメージや、技の習得にかかわります」
「『火』のレベル上げりゃあ初期魔法でも一撃で黒コゲか。ンで強ぇ技も習得と!!」
 分かりやすくて気に入った。そんな顔で獅子王は聞く。「上げ方は?」

「QOゲージはご存知の様子。では、戦闘開始時点で『半分』しかないのもご存知ですね?」
「おう。ジャリガキ……サイフェ一回つれて来たとき色々聞いた。最大値そのまま100%あるのに、半分しかねえンだよな」
「はい。そちらは『基準QOP』と申します。基準QOPの200%でやっとQOゲージは満タン扱いです」
「『基準QOP』ね〜。その2倍、普通のMPの最大値の2倍でやっとゲージ満タンとかモヤっとするぜ。まあゲージ溜まったら
強くなるってのぁ気に入ってるがな」
「ちなみにその200%……満タン状態のQOは『最大QOP』と申します」
「次から次にうるえせえよ! 『最大QOP』とか言われても分からねえよ!」
 ソファーで両手を広げたままガハハと豪快に笑う獅子王。七三はNPCらしい。無反応だ。
「チ。プログラムだからノリ悪いんでやんの。わーったよ。『基準』×2が『最大』ってえのは理解してやるよ。

            戦闘時はここから始まる。
            ↓
           基準         最大   ← 相生などでここまで溜めると超必とか出せる。
┠───────╂───────┨    MP(QO)が100/100なら、「200」必要。
           100%       200%
           

「とにかく、戦闘開始時は半分しか溜まっていない(ように見える)ゲージこそ経験値稼ぎの肝でございます」
「ン? 何かあンのか?」
「2つございます。

 1.基準QOPを超えた分のポイント

 2.最大QOPを超えて回復したポイント

につきましては、戦闘終了時点で

 その超過分×プレイヤーレベル分

の経験値が該当属性に加算されます」
「フム……」
 獅子王は豪放で大胆だが愚かではない。狩りに必要とあらば計算もする。
(つまりだ。『火』のMPみてえなもん……『基準QOP』だっけか? それが「100」とする。プレイヤーのレベルは2だ)


           基準         最大   
┠───────╂───────┨    
           100         200(単位:QOP)


 1.QOゲージを「120」にした状態で戦闘終了 

 → 超過分「20」×レベル「2」分の、「40」が経験値。

 2.QOゲージを最大値の「200」にした状態で、アイテム使用。「300」回復。

 → 超過分「300」×レベル「2」分の、「600」が経験値。

(その状態で、アイテム使って「300」回復したとするぜ。そしたらレベル「2」との積で……「600」の経験値か)
 多いのか少ないのか。職員に聞くと、「レベル1なら200もあればレベルアップです」とのコト。
「なる! 要はMP回復アイテム買い込んで回復しまくりゃいい訳だ! そしたら経験値大量ッ! 少々手軽すぎるのが気
にいらねえが、割りとすぐってのはいいぜ!!」
「ただ、終了時に五行経験値が入るといいましても、敗北或いは逃亡時は「1/3」に減らされます」
「なにっ!? 小生このゲームでは勝てねえからレベルアップを求めてるンだぜ!? だったらずっと1/3しか入らねえ
じゃねえか!!」
「アイテムを買おうにも、資金がないといけませんし……」
「うおそうだった! カネは戦いに勝たないと貰えねえ! くそ! 小生の好きな猟較が小生を苦しめるっ!」
 どうすればいいのか。ショボンとした表情でペットのはむちゃんを撫でる獅子王に救いの手。
「狙い目は『1つの属性に特化したモンスター』ですね。他4つのQOゲージが極端に低いモンスターに持久戦を仕掛け、相
生で回復されないよう注意しながらお目当て以外の属性攻撃を使用不可にし、後はゲージを吸収し続ける……というのが
オーソドックスなパターンです」
「お、おお。そ、それなら勝つコトもできるぜ。向こうの攻撃が1つとなりゃあ、相克なんぞ楽勝だ」
「ちなみに経験値には隠しパラメータがあります。読み合いをした方がゲージの伸びはいいです。更にモンスターの技によっ
て特定属性の伸びをよくするポイントが……」
「努力値!? おいそれ努力値だよな! パクってンのかこのゲーム!? やめろや! いろいろヤバイぜ! 廃人生ま
れるぜ!? 小生もジグザグマの厳選で地獄見たぜ!」
「攻撃読みにくいモンスターほど伸びがいいんですよ。だからガチな方はそーいうのばかりに挑まれます」

(……誰だよこのゲーム作ったの。努力値パクってンじゃねーよ!!)

 獅子王は唸った。


《洞窟の氷 その1》

「くしゅん」

 氷。氷。氷。洞窟の通路をビッシリと覆い尽くす氷の群れにヌヌ行はくしゃみした。
「(カゼ? あ! まさかソウヤ君が私のウワサを!?) 次の街へのルートを防いでる……って訳じゃないんだけど、なん
か気になるねコレ」
「行きたかったらプヒの手持ちアイテムで開拓しようかプヒ?」
 いや。法衣の女性はやや頬を紅潮させながら首を振る。
「こーいう『いかにも何かありそうだけど今はまだ通れない』って場所はね、自力で開拓してこそ燃えるんだ。夢をみる島の
マジックロッドで『しゃかしゃかどぅーわ!』とばかり氷溶かして進むようなカタルシスというのかね、まああれ終盤だからそ
んな邪魔された覚えないけど、とにかく壺とか得体の知れないカタマリとか、そーいう障害物を除去できるようになるのは
RPGの醍醐味の1つだから、自力で、自力で開拓するよ」
 決然と言い放つヌヌ行。カナサダはやや呆れたように呟いた。
「あの、あんまり遊んでると、時間切れで敵さんに勝ちになるプヒよ?」
(そーだった!!)
 あまり遊べる時間はない……気付いたヌヌ行はションボリした。カナサダはちょっと慌てた。
「で、でもその、道すがら自力で謎解いて氷解かしたって報告は運営スタッフの査定にプラスプヒよ」
 街もそれほど遠くないし、そこで必要なものが手に入ったら戻ってくるのも悪くない……そんな言葉に(よっしゃ!)と内心
ガッツポーズするヌヌ行であった。

「ちなみに謎解きというのはアレかい? 火山に刺さってる蛇殺しの黄金剣を抜いたら、マグマどぶしゃーかい? それが
氷原に流れ込んで気候変動とか、そういうのかい?」
「マニアックプヒ!!」


《カナサダの実力》

「やっと見つけたぜカナサダ。この前は世話になったな」
「ちょっと改造データでSレア出したぐらいで1週間もログイン停止にしやがって」
「おかげでこっちはニチアサ連動イベントへの参加記録が途切れた。連続20回にリーチだったのによぉ〜〜」
「制裁は運営の措置だが報告したのはお前……! まずはお前から血祭りだ!
 洞窟近くの街につくや、いかにもガラの悪い盗賊風のチンピラが4人、カナサダに絡んできた。
(逆恨みで制裁ってトコか。ちょっと見逃せないね。微力だがカナサダ君に加勢──…)
 身を乗り出す虹色髪の淑女を遮ったのは1級電脳工事士の右腕である。
「奴らレベル50台プヒ。羸砲さん相手ならチート使って補正なくして瞬殺するプヒ」
「ヒヒッ! 分かってるじゃねーか!」
「そっちの女の戦いも偶然だが見てるんだぜ! 俺らはテメエが辛勝したテッペンの2.5倍は強えんだ! すっこんでな!」
 絵に書いたようなチンピラぶりに唖然とするヌヌ行をよそに、カナサダは頷く。「分かったプヒ」
「プヒが1人が君たち4人相手すれば満足するプヒね」
「相手ぇ〜 ヘハハ!! 相手っつーんじゃねえよ! サンドバッグだ!! 動いたらそこの女どーこーとかいう脅しはかけ
ねえ!」
「だって俺らの方が強いんだぜ!! チート使ったからよー! どんな属性使おうが相克で勝ってしかも常に大極図の3倍
発動状態!!」
「テメーら電脳工事士のレベルは平均800以上だが、そっちはありがたいレベル補正で埋めるぜえ!!」
(うわあ。うわー。チート使う癖に弱者救済のシステム使うんだ。うわー)
「ほら見ろよ俺の体力!! 改造によって99万に達したHPを──…」
 ヌヌ行は見た。チンピラAのHPの数字がドンドン減じるのを。分子も分母も急減だ。6ケタがあっという間に4ケタになり、
それはやがて4981/4981という(レベルからすれば)現実的な数値に落ち着いた。
「うえ!? なんで俺のHPが元の数値に!?」
「こ、攻撃力もだ!!」
「わーーー!! せっかく全部200%にしたQOゲージが初期値にィ〜!」
 そこから木霊した情けない悲鳴の数々は要約すると「チートが解かれた。全数値もとに戻った」である。
 カナサダは溜息をついた。その手は異空間に没している。空間が波紋を立てる。
「電脳工事士相手にチート使ってどうするプヒ。一種のバグなんだから直すに決まってるプヒ」
「「「そうだった!!!」」」
 あぁ、アホだなあ。ヌヌ行が生ぬるい笑顔を浮かべる中、
「そしてレベル補正は消させて貰ったプヒ。【ディスエル使用規約】第12条第3項『当ゲームは使用者の生命・財産および
その他の一般に保証されるべき権利の総てに対し管理者として善管注意義務を負うものとする。ただし甚だ悪質なユーザ
ーに対してはその限りではない』プヒ」
 レベル999のカナサダは見渡す。
 平均レベル50のチンピラたちを。
(20倍。比率だけいえばさっきの我輩と天辺星さまと同じだけど)
 差は限りなく違う。実に949レベル上の相手に補正なしで挑む羽目になったチンピラたち。さすがに状況を理解したのか
青ざめた表情で叫ぶ。
「こ、ここで引いたら馬鹿にされる!! 数じゃ勝ってるんだ!! いけー!!」
 戦闘開始。先攻は申し込んだ方……つまりチンピラたちだ。
「食らえ!! 金属性ベスト4の攻撃力【竜化鉱みゃk──…」
 踊りかかるチンピラDの上半身が炎の竜巻に呑まれ消滅した。
「え!?」
 驚きそちらを見るチンピラBの頬を地鳴りが叩く。
「言い忘れていたけど……プヒには戦闘形態があるプヒ」
 のっぺりした黒いモルモットの至る箇所が、天然痘に冒されたにようにボコボコと膨れ上がりやがて巨大な筋肉の塊に
なった。身長はおよそ2倍、3m超である。岩のごとく陽を遮りチンピラたちの顔に影を差す。彼らはただその巨大さに
圧倒されるほかなかった。
「ホグジラ……ハンプシャー種のブタと野生イノシシの混血種プヒ。2007年5月3日アメリカはアラバマ州で11歳の少年
が実に2.8mものホグジラを仕留めて話題になったプヒ。プヒの装備品は戦闘時この動物になるプヒ」
 そして彼は神木のように太い腕を振り下ろし、チンピラCを叩きつぶした。
「にっ、2回攻撃だと!!?」
「馬鹿な!! 複数相手でも1ターン1回が原則の筈!!」
(装備品か何かの効果だろうねえ)
 ヌヌ行はやれやれと肩を竦めた。
「ちなみにプヒの装備は大極図作成に特化してるプヒ」
 からくも相生・相克の勝利で急場を凌いだ敵2人は、「だ、だから何だよ」と虚勢を張る。
「た、大極図は確かに脅威!! たった1つでも戦局をひっくり返すほど強力!!」
「けどそれだけに五属性コンプしないとできない! だがさっきの攻撃はたった2回!!」
「もちろん装備品やアイテムによる補助はある! 『火』1回使うだけで2回分カウントされたりとか、戦闘開始と同時に『土』
『金』のカウントが自動的にされるとか、そういったものは俺らの見たトコ結構ある!」
「けど自動カウントは2属性までって原則がある! 属性1つのカウントを2倍にしても他への加算はありえない!」
(ふむ。つまり2回攻撃じゃ五属性コンプできないってコトか)
 参考になる。そんな目のヌヌ行をよそに、カナサダは淡々と、一種にこやかでさえある声を漏らした。
「4つ」
「4つぅ〜? ヒャハハ! やっぱり! やっぱり四属性までしか揃えられてねえじゃねえか!!」
「ま!! 1ターンでそこまで行ける効率の良さはさすが電脳工事士様だけど、惜しいな! 足りないな!」
(いや君たち? それでも状況好転してないよ? さっきまだ大極図持ってないカナサダ君に仲間2人瞬殺されたんだよ?
どっちみちこのターンで詰むと思うんだけどなー)
 という状況をより明確にするためか、カナサダは、ゆっくりと囁いた。
「4つなのは『大極図』プヒよ?」
 笑い涙をちょちょぎれんばかりに飛ばしていたチンピラたちの時間と思考が停止した。彼らの肌が一気に白くなるのを
見たヌヌ行、ただ静かに十字を切る。
(君らの知らない装備やアイテムもあるってコトさ……)
「2回攻撃だから、『相克のフィフティーフィフティー』と『ダメージ3倍』を2人それぞれに適用するプヒ。対策があるなら好き
なだけ講じるがいいプヒ。力押しでどうにかならない方が【ディスエル】らしくて楽しいプヒ」
「か、確率2分の1で死ぬのかよ俺ら!?」
「こ、こうなりゃヤケだ!!! うおおおおおおお!!!」


 数分後。


「負けた……」
 チンピラたちは地面に転がっていた。戦闘中死亡したとはいえそこはゲーム、終わればHP1といえど生きている。
「というかカナサダ君。どんな装備してるんだい? 大極図回収に長けるってどんな装備なんだい?」
「それは──…」
 メニュー画面が眼鏡に映る。


武器:【濫觴(らんしょう)の拳】 
攻撃力:1200 属性『水』
効果:攻撃実行時、大極図用にカウントされる属性とは別に、その属性から相生の流れで数えて敵軍の数×1先まである属性も
カウントされる。
レア度:A

頭:【営気強排ギア】
防御力:220 属性『金』
効果:戦闘開始時における総てのQOゲージを最大値(最大値でない場合は戦闘直前の値)の半分にする代わり、大極図を1つ
持った状態で戦闘を始めるコトができる。
レア度:B

体:【イザカマクーラ】
防御力:420 属性『金』
効果:相生・相克を受けた際のQOペナルティを2倍にする代わり、ライジングフェイズに大極図を使用可能にする。この効果は
攻撃後も発動可能である。
レア度:S

脚:【ウォーキングマッスル】
防御力:120 属性『土』
効果:あらゆるQOゲージの減少値が40ポイントを超えるごとに、該当属性の”母”属性が大極図のカウントに加わる。
レア度:C

アクセサリー:【珍獣着ぐるみシリーズNo1948『スキニーギニアピッグ⇔ホグジラ』】
防御力:なし 属性『木』
効果:アバター(装備による外観変更も含む)をすっぽり覆い隠すコトが可能。ただし各種システムからの個人情報隠蔽は不
可。なお戦闘時の外観変化に伴うステータス変化はない。
レア度:E

「あの……、2回攻撃がないようなんだけど?」
「そっちはスキルプヒ。ユーザーアビリティ。固有大極図同様、自分のプレイスタイルに合わせて習得できる技能プヒ」
 主に道場・訓練場の類で学ぶコトができるという。その他、アイテムや特定モンスターからも習得可能。変わったもの
では「どこどこで○○をしろ」という儀式系も。

 それはともかくカナサダのスキル。

【2回攻撃】 …… 1ターンの攻撃回数を2回にするコトができる。

【固有大極図】 …… 5ターンの間、下記の能力が使用可能。

 先攻時……総ての後攻特権。
 後攻時……総ての先攻特権。

 総てとは大極図の効果も含む。能力名は『先攻後攻ジャンケンポン』。

(装備とスキルの組み合わせで色々な戦略が練れそうだ。参考にしよう。我輩もなんかやってみよう)

 カナサダはこれらの効果をどう組み合わせたか?

 まず戦闘開始後すぐ【営気強排ギア】の効果で得た『大極図』を使用。選択した効果はもちろん【固有大極図】。
『先攻後攻ジャンケンポン』によって、後攻でありながら先攻特権『ゲージ変換』を取得。『火』を160、それ以外を120ずつ
振り込んだ。すると【ウォーキングマッスル】の効果で

『火』の母、『木』が4つカウント。
他属性の母、『火』『土』『金』『水』が3つずつカウント。




 つまり、

『木』『火』『土』『金』『水』 → 【大極図】
『木』『火』『土』『金』『水』 → 【大極図】
『木』『火』『土』『金』『水』 → 【大極図】

 の役が3つと、

『木』

 1つのカウントが完成。この時点で大極図は3つである。

 そこで『火』攻撃(消費40)をしたので

【大極図】 × 3

『木』『火』(←この『火』は通常カウント)
『火』(←こちらは【ウォーキングマッスル】の効果)

 さらに、【濫觴(らんしょう)の拳】の効果で、敵と同じ数だけ属性追加。『土』『金』『水』『木』追加。

【大極図】 × 3

『木』『火』『土』『金』『水』 → 【大極図】へ追加。
『木』『火』

 の役完成。大極図が1つ追加。更に同時に

【イザカマクーラ】の速攻を発動、相克で勝てる相手2人に『大極図・3倍ダメージ』を適用。これを撃破。大極図の数は2つ。
 チンピラCを葬った属性は『土』(消費42)だから、

【大極図】 × 2

『木』『火』『土』(←この『土』は通常カウント)
『土』(←こちらは【ウォーキングマッスル】の効果)

 さらに【濫觴(らんしょう)の拳】によって、敵数「3」の属性カウント。『金』『水』『木』追加。

【大極図】 × 2

『木』『火』『土』『金』『水』 → 【大極図】へ追加。
『木』『土』

 あとは2ターン目のセレクトフェイズのゲージ変換に【ウォーキングマッスル】の効果がかかるよう

『土』『金』『水』を40ずつ

 振り込めば【大極図】は4つとなる。




 ヌヌ行は言葉を失くした。
(恐ろしいのはこのややこしくもある構築っぷりじゃない)
 カナサダは1ターン目、【大極図・相克のフィフティフィフティ】を使っていない。
 使うコトなく、先攻のチンピラC&Dの攻撃を読み切り……撃破した。
(『素』だ。素で相手の攻撃を読んだんだ。残り2人に相生と相克で負けたのは五行ゆえの宿命だ。2回攻撃といえば聞こえ
はいいが)

 それをされる相手への救済措置もまたある……ヌヌ行は気付いていた。

(2回攻撃をされると『どっちを迎撃するか』選べるようだ。選ばなかった方は、例え相克で有利でも直撃しない)

 例えば先ほどカナサダは『火』『土』を選んだ。対するチンピラAは『水』、同Bは『金』を選択。




(図的に、それぞれ『火』『土』に負ける属性だけど、

 チンピラA → 『水』にて『火』を迎撃。相克で勝利。
 チンピラB → 『金』にて『土』を迎撃。相生で勝利。

有利なものを選んだ)
 にも関わらず、そういう選択の余地があるにも関わらず敢え無くやられたチンピラC&Dは
(2回攻撃自体初めて見たって感じだったし、動揺のあまり迎撃しちゃいけないものを迎撃しちゃったんだろうねえ)
 もっとも彼らの犠牲あらばこそ、同じく初見のAとBが冷静に対処したともいえる。

 とにかく2回攻撃。

(五行を採用する【ディスエル】だよ。複数プレイヤー相手にやるのは両刃の剣)

 同じ属性を2回 → 相生・相克で勝てる攻撃を2回ブツけられる恐れがある。

 違う属性を2回 → 相手が相生・相克で『勝てる方』を狙える。


「てか2ターン目の【大極図・相克のフィフティフィフティ】って、複数相手にやるとどうなるんだい?」
「相手プレイヤーごとに表示されるプヒ」
(なる)
 そしてカナサダは相手プレイヤーを色々揺さぶり、何属性を選んだか聞き出した。
 あとは『敵両方が相克で勝てない』攻撃を選ぶだけであり、実際そうした。
(945も下の相手だもん。相克で負けなきゃまず倒せる。相生で負けてもダメージ通るし)
 実際1ターン目に相生で勝ったチンピラBは、戦闘不能こそ免れたが残りHP12という有様。よって回復を選んだが、相克
かつ3倍のダメージが直撃。死亡。最後のチンピラAは泉下の仲間を偲ぶがごとく相生勝利。だが、火力で競り負け3倍ダ
メージ。死亡。

(945下の相手にダメージ3倍。オーバーキルだけど、これはカナサダ君がドSって訳じゃない)
 単に短期決戦型というだけだろう。

(大極図コンボの恩恵を受ける代償があるんだ。【営気強排ギア】でQOゲージは最大値の半分だし、【イザカマクーラ】の
せいで相生・相克で負けたときのペナルティ2倍だし)
 特に後者は痛い。相克で負けたQOゲージは使用した技の6倍を喪失する。
(長期戦になればQOゲージが尽きて負ける。だから過剰とも言えるオーバーキルをする。獅子はどうたらだね)
 抜け目も油断もない。雲上の実力者を見る思いでヌヌ行は嘆息した。その足元で呻くチンピラA。
「く……そ。カナサダの戦闘力ランキングは電脳工事士100万1641人中、99万6183位。勝てるって思ったのに……」
(はい!?)
 とんでもない数字に目を剥くヌヌ行。
(え、何、上位ランカーは神なの?! カナサダ君以上が99万人強いるの!?)
「あのランキング当てにならないプヒよ。戦いより仕事優先してる人たくさんいるし。だいたい上位ランカーほど『戦ってない
で仕事しろ』って言われるし、そもそも公式ランキングじゃなくてバトル好きな人たちの独自基準で設定されてるし」
(……それはそれでヤだなあ。せっかく1位の人倒しても、隠れた強者が出てきそうでヤだなあ)
 しかも電脳工事士以外にもプレイヤーはいる。1億人いる。【ディスエル】最強プレイヤーがどんなのか想像するだけでヌ
ヌ行は友人よろしくブルった。
(あ。……。ハロアロが最強とか嫌だよ? ぶつかったら負けるし……)
 いまはその予感が当たらぬよう祈るばかりだ。現実がどうあれ。

 とにかくチンピラたちは運営に引き渡された。3時間お説教された挙句、ログイン停止2日+イベント配布用アイテム【夜霧
の矢車草】(レア度:C)を1人辺り70コ調達するよう言い渡された。

(頻繁に出てくる『満月狼』(レベル32)が80%の確率でドロップするアイテム70コ……。楽なんだか苦しいんだか)



《ミニゲーム》

「射的か……」
 街角でヌヌ行は立ち止まった。充分歩いたから今日は休もう、そういう話になった直後である。(先を急ぐ旅だが、肉体が
【ディスエル】に取り込まれている都合上、ムリはご法度、根を詰めれば却って体調を崩すとはカナサダの弁)
「カナサダ君。【ディスエル】のミニゲームには何か景品あるのかい? それとも『龍が如く』のスロットよろしく確率低いわ
リターン少ないわのモチベ上がらんタイプのミニゲームかい?(ヴィクトリアさんみたいな声のコがスゴいって喜ぶぐらいだ
もんねー。まだ闘技場のが儲かるよ)」
「……。影の製作者さんにそーいう質問されるの変な気持ちだけど、景品あるプヒ。ものによってはスキル身につくというか、
訓練所自体がミニゲーム形式プヒ」
「ほうほう。じゃあ射的の景品は何かな?」
「まず、倒したアイテムが貰えるプヒ。で、アイテム1つ倒すごとに1回クリアプヒ。10回連続クリアすると特別賞。【ビギナー
スコープ】。銃による通常攻撃のダメージ5%増しのアクセサリ貰えるプヒ。で、20回目は──…」
 50回、100回の景品を上げるカナサダ。どれも射的らしく銃関連の装備品やアイテムだ。
「ふむふむ。三桁突入後は100回ごとに特別賞か」
「で、カンストは999プヒ。999いくと『スキル』ゲットプヒ」

【銃スキル・観測手の幻影】

 先攻時 …… 50%の確率で敵軍からの直接攻撃完全回避。(相生・相克ならびにそのペナルティ含む)
 後攻時 …… 敵軍からの距離・風向き・温度・コリオリの力を速度50%で観測できる。

「後攻、ずいぶん漠然としてるけど、利用価値はあるのかい?」
 おおありプヒ。干からびたモルモットは頷いた。
「訓練次第で、相手のQOゲージに伴う『変化』が『ゲージ変換によるブラフ』か『純粋な技消費』か分かるようになるプヒ」
「『変化』……。ああ、天辺星さまが3ターン目まで隠してたアレだね。『木』のゲージ減ると『目』が充血するとか、そういう肉
体的変化のお話」
「そうプヒ。実はゲージ変換と技消費では、ほんのちょっとだけ変化が違うプヒ。といっても格ゲーでいうなら1〜2フレームの
違いで、相当注目してないと分からないプヒ」
「へーそうなんだ。参考になるよ」
「【観測手の幻影】は、行動決定後の相手プレイヤーの『変化』をスロー状態で見れるプヒ」
「けど変化の瞬間は、2〜4フレーム程度だから」
「注意深くないと宝の持ち腐れプヒ。しかもこういう『変化探索型』のスキルを逆手にとるスキルもまたあるから」
「結局最後は相手との騙しあい、だね」

 そんなこんなで射的スタート。ちなみにゲーム中は別空間に転送される。他に射的やりたい人が来ても『邪魔だな早くどい
て欲しいな』という試遊台的小学生の怨みは買わない。観戦は自由だが。

 50回突破。
「うまいプヒね」
「そりゃ武装錬金が銃だしねえ。使えるよう訓練した」

 170回突破。
「あ、右下のレアアイテムプヒ」
「よいしょ」

 380回突破。
「そろそろ暗いのに人だかりが出来てきたね……」
「350回突破は滅多にないプヒ。だいたいこの辺でみんな集中力切れるプヒ」

 492回。
「み、見てるこっちがそろそろ疲れてきたのに、全然精度落ちないプヒ……」
「レアアイテムが来たけど小さい。ここは手堅くだ。大きくて軽いのを狙う」

 617回。
「わっはっは!! 私は神だ! 射撃が生みたもうた神だ!!」
「シューターズハイって言うべきプヒか。テンション高いプヒ」

 731回。
「…………だるい」
「…………ねむいプヒ」

 875回。
「ゆ、指が……限界……。これ途中休憩ダメなの?」
「だ、だめなんだプヒ…………。連続じゃないと……」

 876回
「うぅ。なんでこんな辛いコトを……」
「999回系の宿命的仕様プヒ…………」

 984回。
「どうしようカナサダ君。段々怖くなってきた。大晦日の深夜みたいな妙な緊張感が」
「深呼吸プヒ。イザとなったら運営に掛け合って前回の連勝記録からの引継ぎありに仕様変更プヒ」


 そして。

「よっしゃ運営の協力なし! ガチで999回連続突破ーーー!!」
「結局スキル貰ってからも29回当てたプヒね……。カンストしても続行可能とはいえやりすぎプヒ」
「【観測手の幻影】貰った以上、レアアイテム狩りに専念できるからね。アレから3つ手に入れたし、そろそろ」
「休息プヒね? アジト戻ってぐっすり寝るプヒ」
「いや、ちょっと軽食摂ってから、今度はレアアイテム狙いで射的を」
「休みましょうよプヒ……」

 制止を振り切ってレアアイテム狩りをやるも疲弊ゆえ惨敗。結局グロッキー状態でアジトに戻る羽目に。


《洞窟の氷 その2》

「そして朝起きるなり5時間ほどレアアイテム狩りに勤しんだ!!」
「一刻も早く脱出しないと負けるんじゃなかったプヒか?」
「フフ。何を言うんだい。これは投資さ。体勢を磐石にするための時間的投資さ。初心者だからこそ初めのうちにドドーンと
Sレアゲットしまくった方がスンナリ行く」
「ただ射的したいだけのような……」
「(射的はたのしい!) で、獲得したのがコレだ!!」

【クマモトの黎明】 …… 戦闘時に使用すると、『火』系の大ダメージを敵軍全体に与える。フィールドで使用した場合、『氷』
『木』の障害物を除去できる。
レア度:S

「さあコレで行く手を阻んでいた氷を溶かす!! ビバ謎解き!!」
 じゅう。見る見る溶けていく氷を見ながらカナサダは絶句する。
(いや、別にそれも不正解って訳じゃないけど、普通はさっきの街のクエスト『土神さまの通風を治して』クリアするプヒ。お饅頭
屋さんの依頼で、ヨモギゼラチナスってモンスター5体倒して、頭のヨモギ持ち帰って渡すプヒ。そしたら【霊力ヨモギ饅頭】貰える
から、洞窟中央部の穴に投げ込むと土神さまが回復して『水』相克して氷消すプヒ」
『土神さまいっつも通風なのなwww』とよく笑われる一種のネタクエスト。しかし王の大乱前から残る無形文化財的なクエスト
でもある。氷を抜けるのは、その由緒正しい試練を潜り抜けるのが一般的だが、
「んー。やっぱいいね謎解き」
 ヌヌ行は知らない。
(【クマモトの黎明】はレベル93のボスモンスターがドロップするアイテムプヒ。もしくはそれと同じぐらいのレベルのモンスター
が低確率でドロップするアイテム3つ合成してできるプヒ。どっちにしろレベル4(上がった)の羸砲さんがやっていい攻略法じゃ
ないプヒ)
 総ては射的のレアアイテムが悪い。
(あれは何でも出てくるプヒからね……。月1イベントの景品だろうと、伝説級の剣だろうと、何でもプヒ)
 レベルやタイミングに恵まれない初心者プレイヤーの救済措置で、実際初心者なヌヌ行もその恩恵に肖ったのだが。

 目当てのSアイテムを射的で引き当てる確率は、実に2000分の1。(レアアイテムの数が多すぎるため) ちなみに射的
自体はゲーム内・リアル問わず”タダ”。 課金でないぶん有情だが、しかし狙ってやるとなるととにかく時間を食う。普通に
該当クエストクリアした方がいいのではないかというぐらい、食う。

(羸砲さんヒキ強すぎだプヒ)

 カナサダは思い出した。かつて射的だけでSレア・SSレア総てコンプした猛者を。ニコニコ動画にあげられていたPart209
に及ぶ大河動画(初投稿から実に9年7ヶ月かけて完走)を。その人物ですら、Part3で「ま、いっか」で取り逃したSレアが、
いつまで経っても入手できず地獄を見た。難度で遥か勝るSSレアをコンプしてもなお手に入らず、結果それが最後のアイ
テムとなった。Part204〜Part208は延々ずっとそれを探すパートだ。(余談だがPart207投下から19ヶ月失踪していた) 
 その人物を考えると、わりとすぐに目当て(厳密にいえば邪道な手段)を引き当てたヌヌ行は好運だ。



 氷の奥には大部屋が1つ。中央には大木。洞窟の中にも関わらず虹色に輝いており、黄金の果実も大量だ。


「この果実はQOゲージ1つを全快するアイテムプヒ。プレイヤー1人につき1日9個までしか取れないアイテムプヒが、序盤
は持ってて損ないプヒ」
 と説明するカナサダをよそに、なぜかヌヌ行は部屋の奥、しかも隅の方へフラフラ歩いていく。
「あの、どうしたんプヒ羸砲さん?」
「いや……我輩が影の製作者だとすると…………」
 心ここに非ずといった様子でしばらくうろうろしていたヌヌ行だが、やがて爪先に何か当たったような反応をしてしゃがみ込む。


【エレメンタルギリースーツ】(体)
防御力:440 属性『木』
効果:

 先攻時 …… QOゲージ減少に伴う『変化』を別属性のものに偽装できる。
 後攻時 …… 敵軍のセレクトフェイズ時、地中から這わせた『根』によって、敵軍プレイヤー1人から大極図を1つ奪う。

レア度:SS

「えええーーーっ! そっ、そこにあったんすか『エレギリ』!? こいつで大極図使用を不発にされ泣いた先攻数知れず!! 
驚きの登場! レア度:SS【エレメンタルギリースーツ】だー! 大極図の読み合い潰されました……後攻はまた、訴える」
「え、何その変な実況みたいな言い回し。読み合い? あ、ああ、大極図と効果モロ被りだから『使ったな?』って思わせて
実は使ってなくて別のをズガーン、だね」
 ガン無視でカナサダ突っ走る。
「超上級者の指標の1つ、13ある『星座クエスト』のどれかをクリアするか、或いは射的などのミニゲームでのランダム出現
を狙うかしかない超レア『エレギリ』がこんな序盤の洞窟にですとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
「? 運営諸氏はアイテムの存在総て把握してるんじゃないのかね? イベ管あるし」
「そ、そうなんですけど! でも『取れる』けど『なぜそこにあるか分からないアイテム』ってのも実はあるんですっ!!」
「妙な話だね。いったい何故だい?」
「お、王の大乱のせいですよ。何で『4周目』のディスエルが『2周目』の大乱の影響受けてるかよく分かりませんけど、とに
かく大乱のせいで【ディスエル】は一度滅亡寸前になりまして」

 細かな仕様やクエストの数々が把握不可能になった。

「それでもとにかく辛うじて残ってた基本データを下に、大乱後修復したんですよ! 基本データはユーザーの皆さんが趣味と
か研究のために取ってた奴で、他にもヨモギとかの有名クエストのフローチャートも提供してくれて! 運営はそーいったも
のを統合して、どーにかこーにか復仇したっていいますっ!」
 でもデータの寄せ集めで、フラグ管理もメチャクチャで、何がどう入っているか分からなくて、今でも時々思わぬところに思わぬ
ものが……興奮状態のモルモットにヌヌ行は引いた。引きながらも、冷静ぶって手で制す。
「あー。つまり、カナサダ君はこう言いたいわけだ。

記録が残っていない幻のクエスト。そこで使われていたけど今は管理外のアイテムが結構あちこちに眠っている。

と」
 ええ。ええ。カナサダは鼻息を荒くした。
「『エンシェントクラッシャー』。私達はこういった予想外のアイテムをそう呼び畏れつつも奉っているのですっ!! 常識を
古代から壊しにかかる予想外の代物! 電脳工事士にとっては治すべき異物ですがしかしバグと違った確かな人の意思
が眠っている感動の宝!! 遺跡! 発掘物!! 儚くも大乱に日常を断たれたであろうクエスト製作者様のクエストに込
めた想いを洞察するのは一方ならぬ感動があるのですっ!!」
「(すっげえもん掘り当てた!!)」
 ヌヌ行も興奮してきた。テンションばり上がりだ。ソウヤ君に言ったら褒められるかなとも考えた。
 カナサダの口調が素なのも忘れ、しばらくはしゃいだ。


 そして帰路。

「というか……なんで部屋の隅なんて調べたんですか?」
「いやー。我輩なら、我輩の関与したちょっと性格悪いゲームらしい『仕掛け』を作るかなーって。ほらあの大木、いかにも
ですって感じじゃないか。……氷の一般的な攻略法聞いたけど、とにかく、ヨモギの分だけ苦労して辿り着いた場所に、あ
んな綺麗な虹色の大木あったら、感動して見蕩れるじゃないか。これがご褒美なんだなって思うじゃないか」
「そこにQOゲージ全快の果実なんてあったら、初心者の人は大満足して帰るプヒ。プヒもそうだったし……」
「けど、我輩ならもう1つ罠仕掛けるよ。何年か後に攻略サイト見て「え!? そこにそれあったの!?」みたいな驚きをもた
らす意外な物を」
「…………。きっとあそこに『エレギリ』仕込んだ人は、生粋の【ディスエル】ユーザーだったプヒね。騙すのが大好きで、けれ
ど驚かせて喜ばすのが大好きな…………」
「けど大乱のせいで、フローチャートだけが残って、知る人のみ知る隠しアイテムの情報なんかは吹っ飛んで、約1世紀の
間、誰にも気付かれるコトなくあそこにあったんだろうねえ……」
 なんだか切ない話になってきた。
(人を楽しませるために作ったものが、戦争のせいで忘れされられて、そんで100年近くずっと一人ぼっちで気付かれるの
待ってたとか考えるとチョーチョー切ない。うぅ。た、たかがゲームで、バグみたいな間違いで、アイテムなんてビットの集まり
で、そんで、そんで、多分1日おひとりさま1個で取れるほど手軽なアレなのに、なんか……泣けるよ)
 ヌヌ行は鼻をすすった。カナサダも少しだけ泣いているようだった。

(そもそも『王』の登場って私のせいなんだよね……。前世とはいえ、私の時空改変から生まれた存在で──…)

 ライザを生んだ。ライザはハロアロを生んだ。ヌヌ行と敵対するハロアロを。

(力づくの改変じゃ……ダメなのかな。何をどうやっても『エレギリ』みたいな切ないコトが起こっちゃうのかな……)


 報告を受けた運営は、超レアアイテムゆえに、一時は大木の部屋からの削除を考えたが、大乱以前の姿を残す貴重な
遺跡として保全を決定。それまで高嶺の花だった【エレメンタルギリースーツ】が手軽に取れるようになり、ユーザーたちは
喜んだ。(もちろんそれなりに強力なので、対策用の装備品やアイテムも割合すぐリリースされた)

「という美談が生まれたし、また射的したいのだが」
「だから敵が時間稼ぎしてる時に、遊びで時間取らないでくださいよプヒ……」

 すっかり射的大好きなヌヌ行にカナサダは呆れかけたが……。

(……。なんか落ち込んでる。改竄者の人だから、王の登場のコトを、プヒか?)

 察しはついたが、余人が口を挟むべきコトではないと思った。

(何も知らない人が訳知り顔で慰めても癒されないプヒ。羸砲さんを受け止めてあげれるのは仲間の人だけプヒ)

 だから再会させよう……そう思っているのだが。

(人相聞いたけど、アバターからの捜索はやっぱり妨害にあってるプヒ)

 脱出を手伝うしかないと思った



(そして、それが私の、最後の──…)



 老夫婦の顔を思い描く。恐怖と、強い決意の中で。


 ハロアロにとってライザウィン=ゼーッ! は友人であり、『養母』だ。
 いまでこそ彼女謹製、唯一無二のワンオフ頤使者(ゴーレム)だが、誕生当初はごくありふれた量産品の1体に過ぎなかっ
た。

 多くの戦争がそうであるように、『王の大乱』もまた錬金術の飛躍発展に(多大な犠牲を出しつつも)貢献した。
 その1つが頤使者である。『王』の側近に『狙撃手』と呼ばれるものがいた。その人物は、究極の頤使者……つまりライザ
ウィン建造において『王』をサポートした権威中の権威だった。軍需企業のCEOでもあり、大乱時は数多くの頤使者を量産
し人間を苦しめた。
 自律する無人兵器が、免疫機構のように外敵情報を共有し、しかも遠隔から統率される。これ以上最悪な軍はないだろう。
強力な武装錬金特性を持つものがどれほど死力を尽くしても、敵戦力の実質的減少は見込めず、士気も下がらず、その癖
頼みの特性の弱点だけは的確に分析され、戦略ゲームのような連携で打ち滅ぼされる。生き延びても従前より強く狡猾な
量産兵が戦場に現れる。アフリカ戦線は死地であった。『狙撃手』麾下の犠牲になった戦士・民間人は数知れず。早坂秋
水級の殉職者も明らかになっただけで58名いる。地獄は『狙撃手』の隠し工場が見つかるまでの8ヶ月間続いた。

『狙撃手』はしかも、頤使者の技術を他国にまで売りつけた。『領主』や『ブルルの前のヴィクターIII』といった仲間からも代金
を徴収し、しかも彼らの軍とは別の反人間組織にまで技術を供与しタップリと懐を暖めた。戦禍は際限なく広がったがその
あたりは本題でないため割愛する。

 大乱終結後、混乱がやや収まった頃、『狙撃手』の遺産……通称『スナイパーズレガシー』がマリ中央部『バンディガアラ
の断壁』で発見された。むろん総て頤使者関連の資料でありその数実に29万2841点。当初アフリカ連邦(2183年発足)
はこの技術を独占しようとしたが、軍事面においては前述の通り脅威でしかない。各国は核保有の再来と厳しく批判したが、
戦後復興にかかる労力ならびに技術の提供という名目でスナイパーズレガシーの公開を受けるや平和的論調はピタリと
やんだ。要するに自分の手にさえ渡ればいいやという外交特有のアレである。後の話になるが頤使者による侵攻はもちろん
新たな戦争手段になったし、ロシアや中国といったいかにもお馴染みな国はどれほど国際世論に責められても『自衛権』と
か『解放』とか耳障りのいい言葉に終始した。あとアフリカもしばしば危険なスナイパーズレガシーを独占しているのではな
いかと槍玉にあげられるが、涼しい顔だ。大体その後、なぜか責めた方が貿易面などで優しくなって、アフリカが得をした
後、不備や誤謬で、運悪く、たまたま、非公開だった技術が小出しにされるのもお約束だ。まぁ、持ちつ持たれつといった所
だろう。当事者にとっては何か高度な駆け引きなのだろう。

 とにかく頤使者の技術は、広く世間に流布した。本場アフリカでは人口爆発を抑えるための労働力として期待されている
し、アメリカでも『ロードベービー』という人間とホムンクルスのハーフに取って変わる低賃金の労働力として尊ばれた。日本
はというと出生率激減の原因だとハイミス(死語)の女性議員がよく槍玉に挙げている。理由は独身男性の多くが購入して
いるからだ。彼らは深夜の特定ジャンルの番組ばかり見る人種で、本や円盤やゲームが大好き。そして頤使者の技術は日
本固有の文化と融合し、次元を超えた。……だいたいどんな状況かお分かりだろう。12〜3万円出せば画面の中の存在
がそのまま来るのだ。暮らせるし、喋れる。若年層の結婚率はもう壊滅的数値である。子供を狙った犯罪も年数件になった
が子供自体が激減しているのでハイミス女性議員(独身)は今日も国会で声を荒げる。

 とまあ色々社会構造を変えるほど膾炙した頤使者だから、富裕層が使用人として雇うコトもしばしば。庭師やメイドといった
単純作業ならコストが安い(初期導入費用・定期メンテナンス)頤使者の方がいろいろ助かる。

 ハロアロは、パティシエとして購入された。

 頤使者専門店が決算期や特別セールを迎えるたび極端な値引きをする、または奉仕品のシールをよく貼る、そんな三流
メーカーに製造された商品、それがハロアロだ。
 物好きな金持ちが「大きなパティシエ」という、2m超の身長だけが取り得の、それ以外は特に目を引く機能のないハロア
ロを面白半分で購入してしばらく屋敷で働かせた。
 頤使者とは便利な存在である。核となる言霊を使用目的と一致させればそれだけで忠実に動き続ける。『製菓』を賜った
ハロアロは屋敷のためずっと菓子を作り続けた。

 クリスマスは主人の子供達のためにホールケーキを作り。
 2月は仲間の使用人の笑顔を見るためチョコを作り。
 パーティがあれば来客のため高級なジェラートを作り。
 主人の妻にシュークリームを求められれば心を込めて作り。

 とにかくあらゆる菓子を作り続けた。
 それが自分の使命であり、存在意義だと信じていた。
 作った菓子を喜んで貰えるのが幸せだった。


 数年後。豪雨の降りしきる林の奥にハロアロはいた。
 ぬかるんだ泥と陰鬱に湿った松葉に背中を預けながら、目を見開き、ぼんやりと梢のパノラマを眺めていた。

──もう古くなったし、味も飽きたし
──頤使者リサイクル法制定ですって! もうすぐ捨てるのにお金かかるようになるんですって!
──パパぁ、クーポンあるよクーポン。今なら新しいのが3割引で買えるよ!

 不幸があるとすれば、捨てられたコトそれ自体ではない。捨てるコトさえ手を抜かれたコトだ。頤使者は護符の「emeth」を
一文字消すだけで土に返る。「meth」。死だ。主人はそれを軽くひっかいただけで林に捨てた。よってハロアロは死を免れた。
その代わり護符の傷の分だけ記憶をなくした。屋敷の所在が分からなくなった。帰るべき場所がどこか分からなくなった。

「お菓子を……作らないと」。巨体を起こし、よろよろと歩き出した。

 どれだけ歩いただろう。人気のない屋敷に迷い込んだ。そこにはかつて独居老人がいた。老婦人で、親族とは一切連絡
が取れず、それゆえ死後の所有権が宙に浮いた状態で、役所が扱いに困っているという曰くつきの物件だ。屋敷をしばらく
うろついたハロアロは大量の小麦粉を見つける。バターも、クリームも、菓子作りに必要なものは何でもある。老婦人が生前
寂しさを紛らわすためやっていた主婦相手の菓子教室の遺産とはもちろん知らぬハロアロは、憑かれたように菓子を作り
始めた。

 ケーキを作った。誰も来ない。
 ドーナツを作った。誰も来ない。
 バームクーヘンを作った。誰も来ない。

 机にただ並ぶだけの菓子たちを見るとき、ハロアロの胸はちくちくと痛んだ。
 ゴミ袋に入れるときはたまらなく悲しかった。

 たまに人が屋敷をのぞきこむコトもあったが、誰もがギョっとして逃げていく。真青な肌で2mを超える妖魔のような姿(全
裸)に「老婆が化けて出た」とみな囁きあった。物見遊山で侵入してきたチンピラたちは、凄まじい金切り声を上げるハロア
ロの姿に全員泡を吹いて卒倒した。(あたい単にビビっただけなのに……) 屋敷の外に運んで、ついでに「お菓子食べて
ください」というメモ付きの箱入りケーキを置いたが、みんな怖がって蹴散らして、逃げた。「うぅ……」。ハロアロは本格的に
泣いた。

 もうお菓子作りはやめよう……。屋敷の台所で膝を抱えて落ち込んだ。護符は右耳の裏にある。いっそ自分で「meth」に
しようか……そう考えていると、屋敷のドアが俄かに開いた。

「…………」

 黒髪黒ジャージの小柄な少女が頬を赤らめながら激しく息をついていた。

 勢号始……ライザウィン=ゼーッ! との出会いだった。彼女は偉容を誇るハロアロの姿に顔色1つ変えず──といっても
やや背徳的な甘い色香は従前のままだったが──言い放つ。

「こっちは胸が苦しいんだぜ! おかげで知らんトコきてお腹すいた!! 菓子作れ!! 作れーーーーーっ!!!」

「は、はいっ!」。正体不明のテンションに気圧されるままケーキを作り、提供。実食とあいなった。

「あ、味は、どう……だい?」
「しょっぱい!! お前塩と砂糖と間違ってるな!」
「え……」。幾分苦痛の和らいだ様子のライザに戸惑う。
「さては作り方知らねーな!! いいかケーキは──…」
 そういって彼女はボウルに小麦粉とブチ撒け玉子を割った。「それなりに慣れてはいるがプロと呼ぶにはあまりに家庭的」
な手つき。テキパキとしてはいるが『製菓』の言霊を持つハロアロから見れば拙い手つき。
 それでも一緒にケーキを作るのは、楽しかった。
 笑いあったり、2人して焼き上がりを待ったり、デコレーションについて真剣に討議したり。
 気付けばどちらからともなく身の上話をしていた。

「じゃあお前、オレの物になれ!」
「い゛っ!?」
 帰る場所がないならそうしろ。強引な口調に青い肌を真赤にした。そんな女のコ同士なのに……もじもじと太ももをすり
合わせていると、顎が掴まれた。「あ……」。戸惑いの吐息を漏らすハロアロに構わず、イス(2つ重ねに)立つライザは、
端正な巨女の顔をくいと上向かせ、こう述べる。

「捨てるような連中のコトなんざ忘れちまえ、オレならお前を満足させられるぜ?」
「そんな……」
 逡巡する。かつて仕えていた主人たち。お菓子と引き換えに得た笑顔。それだけは今でも本物だと信じている。捨てられた
が恨みはない。
(頤使者は道具、あたいも道具……。使えなくなったら捨てられても当然…………)
 割り切れなさはある。だが自分は道具、多くを望んではならない。護符の破損であやふやだとしても、記憶は、道具なりに
懸命に生きてきた証なのだ。捨てられよう筈がない。
「でもお前は本当は、こうされたいんだろ?」
 声と共に気付く。自分の視点が劇的に変わっているのを。
 台所に立っていたはずなのに、リビングのソファで横になっている。
(──!? 瞬間移動? いや違う! 瞬間移動ならあたいは立っている筈! どうして横に──…)
 愕然と見開いた眼を白黒させるうち気付く。頭の側面を支える柔らかい感触に。
 ライザは、言った。
「あなたが転んでしまったことに関心はない。そこから立ち上がることに関心があるのだ」
「リンカーン。アメリカ大統領」。震える声で答える。「正解!!」 緑色の髪が撫でられビクリとする。
 ハロアロは膝枕をされていた。2mを超えた巨躯が、わずか130cmほどの少女の大腿部に頭を預けている。自らの状況
に気付き赤面する。
(に、似合わないよこんなの。体すごく大きいのに、こんな……こんな……)
 跳ね起きたいのに、頭を撫でられるだけで脱力してしまう。胎児のように膝を曲げたままの体はいつしかうつぶせ気味だ。
頬が、自分とはまったく違う、か細い大腿骨に触れたとき、ないはずの心臓が跳ね上がる感覚に囚われた。
「菓子作りもまた戦いだ。オレの元にきな。戦いを見せろ。壊れてもオレのために直り使われ続けろ。お前を喜ばすコトが
できるのはオレだけだ、オレだけに使われ続けろ。昔のコトもこの家も捨てちまえ」
 黙るほかなかった。瞳を潤ませながら気恥ずかしげに「……はい」とか細く囁く他なかった。
「はいじゃねえだろ」。頬に手が当てられる。それは心に侵入(はい)ってくるような手つきだった。ハロアロは諦めたように
目を伏せ、熱に浮かされたような表情で涙ぐみながら細く息を吐ききった。堰が切れたように青紫の唇が振るえ決定的な
言葉を紡ぐ。
「お母さん。お母さん…………」
 よく言えた。満足そうな声。青い首筋が真赤になる。耐え難い疼きから逃げるようにソファーの表面を握り締めた。皺が波
打つ。右耳にライザの指が滑り込んだとき皺は大きな山を描きやがて解き放たれる。ややあって、力なく広げた指の傍で
虚脱したように息を吐くハロアロの鼻先にライザは護符を突きつけた。「……や」。意図を察し首を振るが護符は止まらな
い。ゆっくりと唇に近づいていく。
「オレのものになるんなら断ち切れだぜ。これはお前の護符だ。お前の記憶も詰まっている。お前を捨てた連中の記憶が
な。まず忠誠を示せ。お前の牙で総て噛み砕いてみせろだぜ。傷も、記憶も、オレ以外の道具だったお前も…………自分
で砕いて消しちまえ」
 いまだ躊躇うハロアロに「でなければお前はオレの物になれねえ」という声がかかる。決定的な敗北感に脳髄を甘く痺れ
させながら上を向く。透明な糸を引きつつ開いた濡れ光る唇が、細長い白銀色のプレートをゆっくり呑みこみ──…
(ご主人様……。ごめんなさい…………)
 泣きながら総てを断ち切った。

 頤使者の長姉としてのハロアロの生涯はそこから始まった。護符も、身も、心も。ライザの物へ新生した。

 出逢った記憶は前の護符にある。砕いたはずの護符に。にも関わらず出逢いの光景が新たな護符にあるのを感じるとき、
ハロアロは創造主への畏敬を禁じえない。巨大で計り知れないライザという女性に心が妖しくときめくのだ。

(あの時は、マレフィックアースとしてのエネルギーが流れ込む『危険日』。普段よりサディスティックな気分だったっていうけど)

(普段の危なかっしいライザさまもステキ)

 だから守りたいと思うのだ。



──「『製菓』の言霊は新たな言霊に内包してやる」

──「『擯斥』(ひんせき)の言霊にな」





【チメジュディゲダール=カサダチ(26代目))の手記】


 頤使者(ゴーレム)には核となる『言霊』がある。ハロアロのそれは『擯斥』(ひんせき)だ。意味は「おしのける・のけものに
する」。光を除け者にする彼女は、全時系列を貫くスマートガンを持つという、神がかった羸砲ヌヌ行をも或いは凌駕する。


 序文終わり。


 ライザウィン麾下の頤使者(ゴーレム)たちに囚われてどれだけ経っただろうか。
 待遇はそれほど悪くない。牢にこそ入れられているが、食事はキチンとしたものが振舞われているし拷問はない。創造者
が私のファンだから、だろうか。軟禁状態だが元々作家の私だ。生活サイクルに大した変化はない。『ミザリー』よろしく却っ
て生活が規則正しくなり執筆ペースが上がった位だ。

 しかし遠出や買い物が出来ない生活は刺激がなくて退屈でもある。執筆とは自らに集積した情報を加工して出力する作業
だ。もちろんカタルシスに満ちてはいるし、外界からの干渉なく好きなだけできるというのは作家冥利に尽きはする。ただ、
人間である以上、やり続ければ飽きがくる。ボケーっと歩き回って考えを纏める時間はやっぱり必要だ。レンタルビデオ
ショップで適当に物色した映画からインスピレーションを受けるコトだってある。コンビニで「袋いいです、シールで」と断った
にも関わらず、一度は頷いたにも関わらず、結局袋に入れやがる店員に「日本語通じないのーっ!」とばかり催す怒りが
執筆意欲になったり──こっちはあんたと違って日本語のエキスパートなのだからなっ! という虚勢を張って怒りを紛ら
わす──するから、社会との関わりはある程度欲しい。あと歌。名曲でもずっと同じだと飽きる。新発売のを定期的に聞いて
脳に「新しい刺激キタ!」と思わせるのは地味に大事。

 軟禁状態の私が味わえる新しい刺激といったら、それはもうライザの部下達しかいない。ライザはかの「王」の最高傑作
というか大乱起こした目的という物凄いアレだから、色紙と引き換えにいっぺん取材したくもある。……まぁ、世間に公表し
たらあのコ絶対迫害されるけど。そもそも私も世間じゃ「王」焚きつけた戦犯みたいな扱い受けてる訳で、要するに私が
ライザの本出すっていうのは「なんで知り合いなんだ、やっぱ王と癒着してたんじゃないのか」てバッシング呼ぶよーなもの
なので、避けようと思います(てへぺろ)。だってー、私が「核鉄武装錬金説」打ち出したのって、計算的にそーとしか思えな
かっただけだもの。そしたら色んな人がさあ、勝手に「マレフィックアースって高エネルギー手に入れたい!」とばかりハシャ
いで、悪さして、結果大乱ですぞ? 誰がそこまでやれといった! てのが本音だけど、言えばみんな怒るし。それでも発禁
になった本以外は割りと売れてて印税入るし、いいや。

 とにかく今はライザたちに関心がある。ライザの作った頤使者たちもかなり強い。細かい検証はできないけど、ヴィクター
級と互角かそれ以上。

 特にハロアロという頤使者は特に変わっている。私を世話している白塗りの彼女は、サイフェたちの話によれば分身だと
いう。分身にも色々ある。クローンとか、ロボットとか、残像とか。どれかなと気になったので調べた。私は物理学者でもある
ので、科学的な裏づけがないとスッキリしないタイプ。

 で、調べた。ハロアロとその分身を構成している物質。それは──…


 ダークマター



 だ。

 暗黒物質という名前のせいで、世間じゃ闇属性一直線の邪悪素材と言われているけど、実際は違う。
 単に『光』を発さないというだけだ。暗いから「ダーク」マター。天体観測の技術向上と共に、見えてる星だけじゃ説明の
つかない現象がたくさん見つかって、「こりゃどっかに見えない質量があるな」って話になって、それでできたのがダーク
マター。ちなみに宇宙全体の質量の23%(数値は300年前の研究に合わせるよ。後でソウヤ君たちが読んだときに分かり
やすいよう)がこれっていうから驚きだよね。ちなみに地球とかの「バリオン物質」は4%。太陽とかそれよりもっと大きな星
とか地球全域の物質とか、何もかも全部合算してもダークマターの5分の1ぐらいしかないってスゴいよね。それに比べたら
私の著書が王の大乱の引き金とか叩く感情小さすぎるよね。まったく本当誰もやれっていってないのに何で共犯扱いなんだ
ろ私……。

 とにかく、ハロアロはダークマターで出来ている。一口にダークマターといっても、「天体系」「宇宙論系」「素粒子論系」の
3つがあって、そのニュアンスはさまざま。

「天体系」 …… 銀河の運動に影響を及ぼす「謎の重力」の正体。

「宇宙論系」 …… 宇宙形成の論理の穴を埋めるための「計算上、都合のいい物質」。

「素粒子論系」 …… 強い力/電磁気力/弱い力/重力の統一理論の「証人かつ生きた化石」。

 もっとフクザツだけどざっくり適当に書くとこんな感じ。

 重要なのは、ダークマターが、「電磁気力と相互作用しない」ってトコ。
 電磁気力というのは、字のごとく、電気とか磁力とか。光もそこに含まれる。つまり

 光と反応しない

 から「見えない」。天体系で、「ここになんか重力源ないと星の動きの説明がつかない」ってなるのは、恒星とかの光が反射
しないせい。ちなみにブラックホールはダークマターじゃないよ。あれが見えないのは凄まじい重力が光を呑みこんでいるか
ら。構成物質そのものが光と反応しないダークマターとはかなり違う。ブラックホールは「ダークバリオン」。六等星とかの、
何だか暗い星もそれ。繰り返すけど、「電磁気力と相互作用しない」かどうかがダークマターかどうかを分けるカギ。素粒子論
系でもこれが条件。

 あと宇宙論的にも「電磁気力と相互作用しない」のはとても大事。この辺ガチで説明すると、宇宙背景放射とか密度ゆらぎ
とか自己重力の不安定性とか、説明必要な新しい単語がバンバンでてきてややこしいので割愛。
 とにかく、いわゆる「普通の物質(バリオン物質)」だけで、インフレーションあたりからの宇宙発展をシミュレートすると、今
よりもっと小規模だぞオカシイって結論になる。でも、「電磁気力と相互作用しない」ダークマターを勘定に入れると、ちゃん
と今の規模って計算になる。

 ハロアロはダークマターだ。私を助けに来た人たちの内、羸砲ヌヌ行が勝てずにいる理由はそこなのだ。だって彼女は

 光円錐

 を使う。相手がそれと相互作用しないとなれば攻撃が通じないのも当然だ。

 しかもハロアロの武装錬金もまたダークマターを操る。分身などは能力の一端だ、本質ではない。拡散状態ならばゲーム
ですら支配下における。バリオン物質を『扇動』し意のままに操るのが特性なのだ。その威力は、一定範囲限定だが、『光円
錐が上書きした』時系列さえ無効化する。

┌―――――――────┐
|┌―――──┐        │
||  4周目   │ 2周目  │
|└―――──┘        │
└―――――――────┘

 強い力を操る兄とほぼ互角なのも、能力の特殊性ゆえだ。ハロアロのダークマターは、電磁気力のみならず、強い力す
ら無効化する特殊なものだ。おそらく武装錬金の根源たる錬金術の力が底上げをしているのだろう。で、あるがために、
彼女は獅子王の痛烈極まる攻撃を平然と受け流す。もっとも彼も心得ており、ハロアロ相手に限っては、『原理的に絶対通
じる』攻撃を繰り出す。ビストバイにとってそれは『わざと力を落とすストレス』であり『不本意』だが。

 冒頭の言葉を繰り返す。

 頤使者(ゴーレム)には核となる『言霊』がある。ハロアロのそれは『擯斥(ひんせき)』だ。意味は「おしのける・のけものに
する」。光を除け者にする彼女は、全時系列を貫くスマートガンを持つという、神がかった羸砲ヌヌ行をも或いは凌駕する。

 扇動者(アジテーター)の武装錬金、「リアルアクション」で。

 この核鉄の産生物は、錬金術史上屈指の規模と威力を誇るアルジェブラ=サンディファーすら相性的・理論的に完封可
能だ。包囲し、一定領域(おそらくゲームだろう)に閉じ込めれば

・羸砲ヌヌ行の自力脱出×。(ダークマターの結界は、光円錐を濃縮した砲撃と反応しない。よって破壊不可)

・術者本人以外の光円錐検索× (上書き無効による時系列からの隔絶&チャフ的にバラ撒いたダークマターの妨害)

とほぼ無効化できる。サイズだけならかのバスターバロンすら素粒子に思えるアルジェブラをだ。ほぼ同じ要領で、ハロア
ロはエネルギー攻撃を無効化するコトができる。相手が強大な力を行使すればするほどあの長女は反比例的に強くなる。
 しかもそれは扇動者の武装錬金の余技にすぎない。
 本来の使い方は正に名の如く『扇動』……。
 敵を仲違いさせる、一般市民を煽り敵にブツける、慎重な構えを見せる強者を強引に動揺させ隙をつく…………などといっ
た盤外からの奇手によって相手の読みを根本から崩す戦法こそハロアロ=アジテーターの真骨頂だ。
 ただし本人の扇動スキルは著しく低い。
 twitterで拡散希望と書きさえすればどこかで誰かが団結する……そう思う普通の感覚の持ち主だ。根は善良で決して法
律を犯さないタイプだから、人の心の急所を的確に抉る舌は持ち合わせていない。だから言葉で誰かを唆すコトはできず、
扇動は基本力任せ、一部の勢力のちょっとした暴走程度にしか思われない。個人間の怨嗟に火をつけ爆発が爆発を生む
凄まじい内ゲバ、途中から扇動なしで自壊していくようなエゲつない扇動はできない。人間が嫌いで、観察を欠くからだ。
 純粋な扇動においてはむしろ羸砲ヌヌ行の方が勝ると私は考える。
 ライザから聞いた。羸砲ヌヌ行は人の悪意を知っている。だからこそ本質的な成長は止まっていると。周囲の人間とうまく
やっている姿に「過去を吹っ切った」と思うのは間違いである。本質は何も変わっていない。イジメられていた頃と何1つ。た
だ攻撃をされない方法を覚えただけだ。外周だけを美しく成長させる術を手に入れたが、それだけだ。
 なぜこう言い切るか? 
 それは幼い部分がいまだ残っているからだ。
 芯の部分を誰にも披瀝できず生きてきた証拠だ。それこそダークマターに包囲されたまま違う時系列で生きているように、
周囲と、社会と、何ら融和できずにいる。彼女は理不尽なイジメという過去を吹っ切ったのではない。「吹っ切った」というウソ
が上手くなっただけだ。態度や表情、声音で砂をかけ見えなくして、時には自分自身さえ騙している。黒々とした禁忌から目
を背けている。本質はそのままなのだ。イジメに対する恨み、悪意をより大きな悪意で叩き潰したいという欲求、そういったも
のは健在だ。武藤ソウヤへの希望や愛が、重篤な皮膚病患者に対するステロイドの如く作用しているからこそ黒い感情は噴
き出さずに済んでいるが、彼を失えばどうなるか分からない。そも羸砲ヌヌ行の前世は、武藤ソウヤありきで来世が成り立つ
よう仕組んだのだ、前提が崩れればあとはもう制御を欠いた巨大な力しか残らない。
 故に危険性やイザとなった場合の悪意の度合い、それらを有しながら平然と社会に溶け込み過ごしているサイコパス的な
羸砲ヌヌ行こそハロアロ以上のアジテーターだと私は思う。人を憎みながら人を観察できる存在は、絆の崩壊すら笑って見物
できるものだ。限度がない。ダムの、最も決壊してはならない場所だけを突き、あとは人々の関係性という自重が勝手に各々を
潰していくのを眺めるだけだ。一声だけで殺し合わせる扇動者。火がつくや群衆に紛れる扇動者。もっとも恐ろしい類型になれ
るのはハロアロではない。


 だから私が頤使者兄弟の中でもっとも恐ろしいと思うのは彼女でもビストバイでもなく──…



 サイフェだ。



 いまはまだ強い力もダークマターも操れない彼女。次元俯瞰も光円錐も使えない、局地戦闘だけが取り得の彼女。
 大規模な破壊ができる訳でもない。残酷な殺し方をする訳でもない。激しい憎悪や怨念に染まっている訳でもない。
 なのにサイフェの恐ろしさは、兄も姉も凌駕する。いずれ団体戦をするといっていた。そのとき彼女は大将を務めるだろう。
棚晒しなどでは決してない。戦闘における絶対の信頼あらばこそビストバイもハロアロもサイフェを大将に据えたのだ。強い
力やダークマターといった『能力』だけでは絶対に辿り着けない悪夢のような戦闘資質を有している……それがサイフェだ。
母と呼ぶべきライザウィンの負の側面を最も色濃く受け継いでいるのでは……誰だって全力を見ればそう思う。私だってそ
うだった。過去の戦闘記録を見たときは怖気が止まらなかった。津村斗貴子と似ているのは顔だけではない。戦部厳至と出
逢えば両者は両者を永久機関としずっと悦楽に囚われるだろう。

 普段は礼儀正しい、しっかり者の可愛い妹。

 だが、戦闘となるとマジキチで(この辺りでチメジュディゲダールは寝落ちしたようだ。ヨダレの跡がついている)

 手記終わり。



 余談だが、ディプレス=シンカヒアもダークマターの使い手である。

 使ったのは……貴信と香美が1つになった直後。


──「いつもだあ〜〜〜!! いつだってこうなりやがる!! オイラはオイラなりに正しいコトをやろうとしてんのにどっかから
──邪魔が入ってダメになるんだあああ!!!」

── 静止していた球形の神火飛鴉がぶるりと震えた。

── 視界を昇っていく黒いうねり。それが止まらない。心持ち数が増えているようだった。
── 最初ひもぐらいしかなかった群れの幅がまたたく間にバットぐらい顔負けとなりバイオリンケースほどにまで膨れ上がった。
── しかもうねりが増えるたび虚脱感が増していく。

── 何気なく足を見る。

── 黒いうねりはそこからでていた。
── 粘っこい濃緑色の汁を垂れ流す黒いぼつぼつの中から、次から次へと。
── そのうちの何匹かがまだ健康な肌をかじっているのを見た瞬間。
── 口から出るオレンジ色の分泌液を撫でつけているのを見た瞬間。

── デッド=クラスターは絶叫した。
── 「あっちも!?」 香美もまた叫んでいた。

── 地面から上がったあぶく。それを避けたのはまったく野生の勘という奴である。

── だが代わりに飛沫を浴びた岩が無数のうねりと化した。いちどどこかで見たウナギをドジョウぐらい小さくした物体が
──何千何万ともつれ合い、飛んでくる。
── うねりの生産拠点は一か所ではないらしい。

── 木。草。甲虫。ネズミ。岩場に存在する様々なものに黒いぼつぼつが出来上がっている。吹き出している。

── うねりはどうやら(貴信の)副鼻腔の辺りまで潜り込んでいるらしい。眼球の下あたりでもがく違和感はまったく耐え
──がたい。叫びそうになりながら(彼は)何とか耐える。この場合の鎮痛剤は思考だった。
──(どうやらあのうねりは生物の精神を分解していくようだ!!)

──(何か抜け落ちた感じがある!! 記憶か感情か!! 僕の内面の何事かが分解されている! そんな感触が──…)



 ハロアロはその未来を知らないが、考える。

(一口にダークマターといってもその種類は様々だよ。そもそも定義からして「天体系」「宇宙論系」「素粒子論系」の3つがあ
んだ。見えざる重力に宇宙創成のパーツ、4つの力の統一モデル……様々な役割が求められていてしかもある)
 全宇宙の質量の23%を担うし総て未知。
(人間どもの知るバリオン物質とは一味違う。例えば、あたいが『黒いうねり』と名付けたダークマターは無機物有機物問わず
侵食して何もかも喰らい尽くす。喰らうのは肉体だけじゃない。『情報』もさ。記憶も感覚も、果ては遺伝子情報さえも喰らい
尽くす。頤使者的にいやあ『分解』って言霊を持ってんのさ。そういうのが好きな捻じ曲がった精神の持ち主なら、あるいは
武装錬金という形にして使えるかもね。武装錬金は闘争本能の具現、術者の精神がモロに出る。ダークマターどもはそうい
う『重力』に引かれやすい。運動速度が小さいってのが条件の1つだからね(光速だと宇宙論が成り立たない)、錬金術的
重力に引かれて溜まるのは当然さ)
 肉体と精神を情報素子にコンパイルするダークマターがある。ヌヌ行たちを【ディスエル】に閉じ込めているのはそれだ。
(操れるのは1つだけじゃないよ。ダークマターなら何でもさね。全宇宙の質量の23%、バリオン物質の6倍近くあるダーク
マター。総てパピヨニウムと互角以上の代物さね) 
 実戦となれば『黒いうねり』のような攻撃的なダークマターも使えるが、今回はライザが動くまでの時間稼ぎが目当て。
 よって攻撃力よりも持久性を重視。暗号解読が特に困難なダークマターを【ディスエル】のシステムに潜入させ……ヌヌ行
たちをログアウト不可に。
 ヌヌ行が指摘したとおり、【ディスエル】が時系列の道理を無視して出現したのは、

┌―――――――────┐
|┌―――──┐        │
||  4周目   │ 2周目  │
|└―――──┘        │
└―――――――────┘

(ダークマターが光を弾くからさ)
 一定領域に集めれば、『光円錐』による時系列上書きは当然無効化できる。「4周目」の部分だけペンキ(2周目)が剥げ
たようなものだ。せっかく綺麗に塗りつぶしたのに、4周目という四角の部分だけは地が見えてしまっている。
(ダークマターで皮膜を作れば奴の改竄は無効化できる。けど兄貴得意の『強い力』とも相互作用しないのが欠点。力づく
で全宇宙から集めるのはほぼ不可能! 全宇宙の23%もの質量を動かすとなれば莫大な力が必要さ。まさに『強い力』
『電磁気力』といった莫大な力が。けどそれらはダークマターとは作用しない。だからあたいの扇動者はごく狭い範囲にしか
作用しない。遥か彼方のブツを引き寄せるだけの『強い力』を持ち合わせていないんだからね、当然さ)

 その弱点を補うべく、ハロアロは無数のダークマターを体内に貯蔵している。必要な時はそれと、周囲に漂うものを利用して
いる。もっともスペース的に莫大な量とは行かない。2mを超える巨躯といえど貯蔵量は知れている。よって結界領域は良く
て東京ドームを覆うぐらいだ。
(だからこそあたいは『ゲーム』を選ぶ。ハード1つあれば無限の世界と接続できるからね)
 元の闘技場ではHDDとそれに繋がれた【ディスエル専用コネクティブアダブター(おしゃれメガネタイプ)】がそれぞれ6つ
稼動している。どこからか電気を調達しているらしく、いずれも電源ランプが点っている。
(まず兄貴達の肉体と魂をコネクティブアダブターに封印。そのあと支配した【ディスエル】へ接続、ゲーム内に封印した。い
まはいい時代だよ、ゲーム閉じ込めるぐらいなら武装錬金なしでもいける科学力)
 市販品でも肉体ごとフルダイブできるほど技術は発展しているのだ。悪用もあり数年に1度は目を覆いたくなる電脳監禁
事件が勃発しているが、だからこそ販売会社は監禁対策を充分に取っているし【ディスエル】運営だってログイン時の精神
状態をチェックするぐらいしている。心拍数が極度に高かったり逆にまったくの睡眠状態だったりすると強制ログアウト、もち
ろん第三者による不法なログインを防ぐためだ。それ以外にも企業がインターネットバンキングで6ケタを振り込むときのよ
うな厳重なログイン体制(ユーザー名、パスワード、ワンタイムパスワード、それから定期的に秘密の質問)を敷いている。
(それは扇動者の武装錬金でデータを改竄した。情報喰いのダークマターはセキュリティもまた破る)

 結果、物理的にいえばヌヌ行たちはPCの中に閉じ込められた。概念的にいえばネットワークを介してゲーム世界に。いず
れにせよ脱出はできない。
(その度合いは、ゲームとの縁……『引力』に比例する。一番引力を仕掛けて不自由にしたいのは羸砲ヌヌ行だった。頭が
いいからね、武装錬金を封じるだけでは何をされるか分からない。他のゲームでもダークマターに閉じ込めさえすれば概ね
無効化はできるが念には念をさ。奴と縁深いゲームほど、あたいの『リアルアクション』はより威力を増す。その中であたいが
一番得意なのが【ディスエル】だった)
 結果、時系列上書きの副作用で、ヌヌ行製作のゲームに行き当たってしまったが、アクシデントの1つや2つは覚悟している
ハロアロだ。
(何があろうと引き篭もる! 絶対に動かない! 前も言った気がするけど、将棋最強の陣形は初期配置!! しかも盤は
両断され相遠い位置に置かれている! 期日まで動かなければ想定外の1つや2つ問題じゃない!)
 焦って動くコトが一番マズい……そこは理解している。
 恐ろしいのはむしろ外界からの干渉だ。ゲームではない”リアル”からの攻撃だ。
(PC本体は野ざらしだが雨風で壊れるというオチもない。この辺り一体ダークマターで包囲してるからね、たとえバスケット
ボール大の雹が降ってきても上空8m地点で弾き返す。その程度の力はある!!)
 仮に運営が、ヌヌ行からこの場所を聞いて駆けつけてきても期日まで侵入を許さぬ自信はある。リアルからの干渉など
当然想定の範囲内だ。
(考えられる限り手は打った。だけど完璧などと自負するつもりはない。どこかに穴がないかずっと考えなきゃならないのさ
あたいはね。運営の1人として潜り込んだのはそのため。向こうの動き、不審な動き、予想外の動き……そういったモノが
ないか注視する。焦るんじゃないよ。落ち着いて対処すれば何をされようと期日までは凌げる。ライザさまが動くであろう期日
まで凌げる。目先の感情で戦略目的を見失うなどあってはならないのさ。人間はあたいよりダークマター1つ分だけ下にい
るが、弱いからこそ何をしでかすか分からない。技術で負けるからこそ精神面で優位に立とうとする、それが人間、油断は
禁物)
 うんうんうんと頷いて台所に立つ。
(おなかすいた。ケーキつくろ)
 スキルには『資格』というものもある。一般社会の職業をトレースしたもので、『弁護士』『ボイラー技師』『陶芸家』などといっ
たスキルが公式だけで500種類以上。ギルドが独自に制定したものを含めれば5000とも6000とも言われている。
 取得方法は色々あるが、クイズ形式の『筆記』と、実際に体を動かす『実技』のどちらかまたは両方というのが基本だ。面
接試験ありのものは、純粋なネットユーザーほど敬遠する傾向にある。
 晴れて合格すればその『資格』のレベル1からスタート。特定のクエストや、運営または資格を制定したギルドからの依頼、
各種教育設備での受講、或いは『資格』と縁の深い特定スキルの取得などをこなすコトによりレベルがあがる。モノ作り関連
は更に生産活動でのレベルアップも可能だ。最大レベルはおよそ999で、どの職業でも700を超えた辺りで国宝級と呼ば
れる。ハロアロのパティシエスキルは641。
(あと1年ほど地道に修行続けたら国宝級さねあたい。うふふふ。国宝級になったらまずライザさま招待しておいしいケーキ
ごちそうするよ)
 ライザを守ろうとするのは、そういう夢を叶えたいからでもある。


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