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過去編第010話 「あふれ出す【涙なら】──急ぎすぎて壊してきたもの──」 (7)



 翌日。遺跡滞在3日目。



「パピヨンパークは300年後も存在しているのよ。ソウヤが行った時はまだ造成地だの湿地帯だのが目立つ未開発区域
だったけど今は違う。蝶の展示と遊園地的なアトラクションを併設する北関東屈指の遊興施設、もちろん王の大乱なんて
のは軽く凌いだわさすがパピヨン、わたしの師匠」
「さすがブルル君! 実況得意だったご先祖様にも勝ると劣らぬ立石に水!」
「……で、なんでオレたちが遊園地に居るんだ」
 ソウヤは困惑していた。遺跡滞在3日目の午後。彼はブルルや頤使者一同に連れ立たれ懐かしの地に立っていた。
「例の【ディスエル】からの奉仕作業さ。今度テーマパーク作るから人気の遊園地調べて来いってよ」
 一方、サイフェとハロアロ(今日はクリーム色のワンピース)は目の前に広がる空間に声を上げた。
「エントランス公園だー! 何周かしたあと1周目をやり直すとチュートリアルあったんだってビックリするステージだー」
「ノーマルだとパピヨンでの999HIT難しいんだよ。なにせ敵が弱すぎるからね」
「そうそう高火力がアダなんだ。だから最初の広場で地道に稼いでいた……って違う! 分かってるのか! オレたちは早
ければ明日にでも決戦だ! ライザと戦うんだぞ!」
 遊んでいるヒマはない……和を重んじるソウヤが声を荒げるのは斗貴子ゆずりの生真面目さゆえだ。一大任務を前に
気を抜くのは流石に看過できないらしい。
「だいたいハロアロ! ケーキ屋はどうした!!」
 ガバっと向き直られた巨女は犬歯も剥き出しに哄笑。どこか楽しそうだった。
「馬鹿だねエディプスエクリプス! あたいの武装錬金が何か忘れたかい!?」


「らっしゃいませー♪」
 扇動者で作ったもう1人のハロアロがケーキ屋でニコニコと応対していた。


 ったく。ペタリと顔を撫でながらソウヤはボヤく。

「やはり全員チメジュディゲダールのように遺跡に残り、いろいろ最後の調べ物をした方がいいのでは……」


「チメっ子はインドアなのさ△ 遊園地? くくっ◆ 人が多いっていうのは馬鹿が多いってコトさ× 願い下げー▼」

 かび臭い古文書が山と詰まれる長机に向き合うビン底メガネの文学少女、三日月口でクスクス笑う。


 パピヨンパークで遊ぶ是非についてソウヤは未だ葛藤中。
「ま、緊張と緩和って奴よ。キャプテンブラボーも言ってたでしょ。大事の前だからこそ遊んでリラックスって奴よ」
「……で、ブルル。なんで今日は普通の格好なんだ?」
 いつも緑の口紅を差している彼女が今日に限ってしていない。ベールもなく、セミロングの髪を後ろで無造作にくくっている。
たったそれだけで10代前半に見えるからソウヤはギャップに戸惑った。
「『気分転換』って奴よ。頭痛い?」
 白鉛鉱のように透明感のある小麦色の肌が笑みに窪んだ。衣装こそ男性用の黒スーツという素っ気無さだが、柔らかな
雰囲気のせいか女性的な細さと膨らみがイヤに目立つ。青年が慌てて目を逸らしたのは言うまでもない。
「ブルル君は素材がいいんだよ。ピンショのコスプレやめたら充分可愛くなれるよ」
『これご先祖さん』、ヌヌ行から差し出された古い写真をソウヤは受け取り眺める。日焼けしあちこちひび割れているが、それ
でも愛らしさが伝わる少女がそこにいた。おさげでシルクハットの、大きな眼のほかほか笑顔。純朴の体現のようだと彼は
思った。
(これがヌル=リュストゥング=パブティアラーか……)
 何度か話にのぼっている『ブルルのご先祖』。彼女がやがて動き出す新たな歴史の中で”小札零”と呼ばれるとは露知らぬ
ソウヤだ。今はただ「この少女の姉か成長後という感じだな」とブルルを評すに留まった。
「ほらソウヤ君も可愛いって」
「……言ってないぞ」
 女子特有の無遠慮な斟酌に軽く目を吊り上げるが否定するほど無粋でもない。可愛いとかキレイが女性にとって最高級
の賛美であるコトぐらい知っているのだ。
「そ? ありがと」
 はにかみが濃い、しかし慈母のような笑みを浮かべるブルル。美しくはある。美しくはあるのだが。
(なんか、普段とイメージ違うな……)
 ソウヤの知るブルルはとにかく気性が荒い。荒くれたアウトローな語彙で口汚く相手を罵る女性だ。それが今日に限って
妙に落ち着いている。
「いっそずっとその黒スーツでいいじゃない。顔だってノーメイクですべすべだよー。すべすべー」
「ばっ、やめな」
 ブルルめがけ三本線の軽い垂れ目で頬ずりするヌヌ行は(叔母さんみたいなノリだなぁ)、ソウヤの軽いトラウマを呼び起こす。
まひろとはおいしい梅干のような存在なのだ。味自体は嫌いではない。ただ舌にあまる過剰な酸味が脳髄をオーバーフローさせ
るのが玉に瑕。甥の事情を配慮し徐々に来てくれれば親族として普通に友愛を示せるのだが、現状は逃げ回るしかない。
「だいたいいつもの格好は『アイデンティティー』って奴よ」
「モーテルで殺し合うんだねー」
「そっちじゃあないわよ! とにかく帰ったら元の格好よ! 今のはあくまで気分転換、たまにゃあいいかなって思っただけ!」
「えー。勿体無いよー。せっかく可愛いのに」
 後はもう女友達同士の他愛もないやり取りである。当たり前のように密着しながら今の格好を続ける続けないの話題を
きゃっきゃと繰り返している。
(もはや服などどうでも良さげだな……)
 ただお互いがお互いの反発を楽しみたいだけのような感じだった。まったくしょうがない。軽く溜息をつきながらも、笑顔で
戯れるヌヌ行とブルルを見ていると自然に頬が緩む。
(すっかり親友だな)
 出逢った当時の刺々しさがすっかりブルルから抜けている理由の1つはヌヌ行なのではないか……ソウヤは思う。孤独の
影が濃いからこそ通じ合える友人を大事にしている。友人との遊興の場を楽しんでいる。そう思った。
 そういう意味では遊園地も悪くないと思い始めるが、やはりタイミング的なコトは気になってしまう。
「いいのか? ビスト。ハロアロ。サイフェ。母さ……いや、創造主たるライザの生死がかかってる時期に」
 渋き瞑目。嘲る鼻息混じりのドヤ顔、対立する不等号アイと元気な声。名を呼ばれた順に返ってきた反応である。
「基本的なコトぁ完璧に詰めた。後は本番で銃引く指が強張らねえようホグすだけさ」
「あたいはアンタらのコトまだ完璧に信用してないよ。だから分身はチメとも討議中さ。本番イザってえ時カバーできるようにね」
「サイフェたちの息を合わせる意味でも一緒に遊ぶのですっ! 遊園地は痛いのないけど楽しいのです!」
 もっと慎重に行くべきでは。問い掛けると兄は「ライザ、小生らが1日手ぇ抜いたぐらいでくたばるならその程度だっつーコ
トだ」、長姉は「しつこっ! あたいは既にやってるし!」、末の妹は「例え成功率1%でも絆はそれをひっくり返すのです!」。
「アンタたちの気持ちは分かったが……やっぱりオレ位は遺跡に戻るべきでは。一番ライザ救済に不向きだからこそ、そ
の分しっかり手順を頭に叩き込むべきなんじゃ」
「ま、まあ、せっかくのご招待、楽しもうじゃないか」
 ヌヌ行が傍に居る。それ自体はよくあるコトなのだが、ソウヤの頬を紅くしたのは──…
「その、手が、当たってるんだが」
 二の腕が弾力に包まれている。肘を取ったヌヌ行がエベレストもかくやという大丘陵に導きそして押し付けているのである。
(腕を取りパーク内へ導くヌヌ! ソウヤは耳まで真赤だ! ヤマはしかしまだ動く! 艶かしくクネっていく! 法衣! そ
して下着! それらの雑多な感触などまったく問題にならぬ密着率だーーーー! おおっと!? うろたえているッ! 武藤
ソウヤがうろたえているぞーーーッ!! どうした武藤ソウヤ! 過日お前は200mの鉾を壊した筈! なのにどうしてたか
が95cmのバストに手が出せないーーー! オオオしかしまだ山は進む山は進む!! 黒幕は大陸間プレートかはたまた
パンゲアか! いいや違うぞ羸砲ヌヌ行だ!! 想いを賭けて攻勢をかける!! その表情には一抹の羞恥! 痴女と罵
だがだからこそ強い! だからこそソウヤは振り切れない!! 娼婦が触らせているとのとは……訳が違うゥゥゥゥゥゥゥゥ!
ヌヌ行進める! 山を薦める! 最高のプレゼントだ! 一番の宝物を生かした攻撃だ!! 天気予報は、いらないッ!)
(……ブルルお姉ちゃん元気だね)
(心の中で先祖がえりの実況しまくってるのがバレバレだねえ)
(さっきから妙に明るいコトといい、いろいろ吹っ切ったらしいな)
 頤使者たちの前ではソウヤがもがいている。胸から手を外そうと必死だが、ヌヌ行に阻まれる一方だ。

「さあ行こう。ソウヤ君にとっても思い出の土地だからね、ゆっくりと見て回ろうじゃないか」

 円い広場を通り抜け細い通路へソウヤ共々歩いていく眼鏡の女性。しかし内心は当然ながら大パニックである。

(しもた間違っておっぱい押し付けてしもうたああ!! ふみゃあああ!!! 恥ずかしいいー!!! いきなりおっぱい押
し付けるなんてありえないよー!!!)
 慌てて剥がすと恥ずかしがっているのが悟られそうでできない。さりげなく力を緩めるという選択肢もあるが、それを冷静
に遂行できる精神状態でもなかった。
(ソウヤ君になら別にいろわれても平気だけどさああーー!! でもそんな立派じゃないもんーー! 夏場になると谷間にア
セモできるし左持ち上げると下の付け根にホクロ見えるしーー!! 微妙に右の方が小さいかなとも思うんだよ、グラビア
アイドルみたく立派じゃないモノ押し付けるのが恥ずかしいーーー!! でも外すタイミングもつかめないイイイイイイ!!!)
 捕らえているようで捕らえきれていなかった。赤い顔を見られないよう祈りながら歩みを速めるのが精一杯だ。
(ブラジャーだってしまむらで買ったやつだよ! だってすぐサイズ合わなくなるもん! ピッタリでもちょっと前かがみになる
だけで後ろのヒモが「バブチッ!」って吹っ飛ぶんだもん! 一番大きいサイズつけてもバブチ現象生じるし! だったら安い
の買うしかないよ! しまむら行くしかないよ! ブラジャーは靴下以上の消耗品だから仕方ないよ!! でも女のコがそ
んなチャチいの付けてるって知られたら終わりだよーーー! ううー! こんなコトなら無理してでもシルクの10万円ぐらい
するの買えば良かった!)

 などと内心目をグルグルしている間にエントランス公園突破。ソウヤはずっと茹っていた。帰ろうと言う意思はすっかり銷
摩した。その遥か後ろ、ベンチなどが置いてある広場で。

(つーかヌヌてめえ贅沢すぎんだろうが)

 次元俯瞰によって彼女の心を読めるブルルの顔のいたるところに血管が浮いた。目も血走り頬も歪む。

(幸せ自慢してんじゃあねえわよ頭痛いわ! わ、わたしは『B』なのよご先祖さまよりは大きいけど……)

 一方、サイフェはグっとガッツポーズした。
「よし! 『ソウヤお兄ちゃんとヌヌお姉ちゃんを遊園地で急接近させよう作戦』順調だね!」
「まんまだね……。つーかサイフェ、【ディスエル】の会社から適した仕事勝ち取りすぎだろ…………」
 総ては褐色少女の交渉能力あらばこそだ。人徳といっていもいい。”元気良くて礼儀正しい可愛いコの頼みだから聞いて
あげよう”という大人諸氏(女性含む)の甘やかしによってパピヨンパーク施遊の任を得たのだ。
(本当末恐ろしいガキだよ。中堅戦じゃ【ディスエル】から出られなかったけど、扇動者でちょっとでも傷つけていればダーク
マターへの耐性獲得して……結界なんざ正面突破)
 かつてヌヌ行に捕捉されたハロアロは、自分含む全員を他のゲームに移さんと画策した。移行完了までの2分間、他の
5人を押さえつけるつもりだった。そのとき「サイフェにかすり傷1つだけつけるだけで終わり」と思ったのは上記の理由ゆえ
である。
(黒帯で複製された場合はあたいの扇動者で迎撃、結界解除を妨害するつもりだった。万が一レベル5になられても……
それでやっと互角さね。あたいはダークマターを極めてるからね。よって2分程度なら抑えられた)
 レベル6は痛覚を失くすゆえサイフェが選ぶ可能性は極端に低かった。
(複製した扇動者で奴が自分を攻撃した場合、ダークマターへの耐性は得られない。サイフェが耐性を獲得できるのはあく
まで敵の攻撃のみ。武装錬金は己が精神、例外さ)
 だからこそ、自分の攻撃で痛覚的な満足を得られないからこそ、他者に攻撃を仕掛けるのだ。
(つか……遊園地でこんなシケたコト考えてるからダメなんだよあたいは……)
 前にいた男女2人のいかにも青春という風景に涙が出る。感動ではない。自分がひたすら侘しいのだ。
(いいなあ羸砲。遊園地イベをリアルで楽しめそうで……)
 ハロアロは溜息をついた。2.4mだからソウヤに露骨な粉かけをするのは(だ、誰得)と自重しているが、それを抜きにして
も心は年頃の乙女、誰か見栄えのいい青年と楽しく遊びたいという欲求はある。
 肩が叩かれた。兄を見る。
(兄貴……! そうかあたいと同じで非モテだから慰めてくれるんだね……!!)
 彼は重々しく頷いた。
「ダイエットだ。80センチ落とせ」
「身長は体重じゃないよ!?」


 全員ウマカバーガーで合流。


「ここは広いし手分けして見て回りましょう!!」
 サイフェは力強く述べた。ビストバイはそういうノリが嫌いらしく生あくびした。
「こらお兄ちゃん! ちゃんと聞かないとダメだよ!! 手分けするけどね、花火が上がったら一旦エントランス公園の出口
に全員集合なんだよ!」
「花火ってなんだよ」
「もう! お兄ちゃんパンフレット読んだの!?」
 妹全開だが実は姉でもある(ミッドナイトなる妹がいる)サイフェは、時々兄よりもしっかりしている。ぷりぷりと声を荒げ咎を
責める。。
「あのね! 今日は花火が上がる日なのーーー! 月に1度のパピヨンデーだから、19時になったら花火が上がるの!」
「ほらビスト、パンフのここ見なさいよ。『蝶々覆面や蝶人を模した花火に酔いしれるがいいさ』……書いてあるでしょ」
「へいへい。19時だな。19時に花火上がったらエントランス公園集合だな」
 気のない返事を漏らしながら右手を振る獅子王。やる気のなさに「頭痛いわね。19時よ19時! 7時だからって17時と
勘違いしちゃ駄目よ!」などとブルルは念押ししている。
「なんか……夫婦みたいだねブルル君。新婚というより熟年、みたいな」
「誰が夫婦よッ! あ、コラ、ビスト!! グラスこかしてるんじゃあないわよっ! あーあーあーもう。拭く仕草がスッとろい
わね。ほらおしぼり貸してッ! わたしが拭くわよ!!」
 プンスカしながら尻拭いをてきぱきこなす姿はもはや嫁の領域だった。
「めんどくせえ……。頼ンでねえのに勝手にやるなよ……」
「あんたがモタクサやってるからでしょーが!!  ああもうじっとしてなさい! どんくさいんだから余計なコトしないの!」
「……」 あまりの夫婦っぷりに、ソウヤでさえ露骨に頬を引き攣らせた。
(ハロアロ。あの2人なんかあったの? 急に距離縮まってる感じだけど……)
(兄貴の話じゃ、ブルルの弟の件について、ちょっとばかりアドバイスしたらしいよ)
 小声でヒソヒソ。
(だよね。それだよね。関係持ったって感じじゃないもんねアレ)
(ああ。年に80本のエロゲをするあたいだから分かる。ブルルはまだオンナの顔をしていない)
(だね。組み伏せた男に対する一種の媚がまったくない。事に及んだ女性の目は露骨に変わるからね)
 うんうん。頷きあった両名は、

((自分が実際体験した訳じゃないけどね……))

 同じ思いのまま揃って体育座りで落ち込んだ。

(………………)
 艶かしい話をするな。ソウヤはひたすら赤かった。

「とにかく19時の花火! 19時の花火が終わったらエントランス公園に集合! それまでは手分けして調査だよ!」
 サイフェはひたすら声を張り上げる。最年少に仕切られる情けない集団だった。

「ルート分岐か……」
 ニルファ以降、小隊崩れるから嫌なんだよね、などと某音楽隊副長が喜びそうなコトをいう巨女はともかく。
 蝶の園でもステージ分岐はある。もっというと、会話にだって選択肢は存在する。が、隠し要素にイマイチ直結していない
ためあまり重視されない。……ステージ分岐に話を戻す。
「パピヨンの選ぶ方が近道なんだよ。逆に採掘坑道とか荒野とか火炎山道とかは敵だらけ。時間のかかるステージさ」
 なお1周目の分岐2つ目で近道したばかりに(荒野ではなく大湿原を選んだばかりに)桜花秋水によるムーンフェイス・死
魄の情報供与を聞き逃し、終盤その件が出たとき「え、早坂姉弟そんなコト言ってたっけ!?」という軽い混乱に見舞われ
たのは筆者だけではないだろう。
 かかる羽目に陥るほどの重要情報があり、まったく新規新造にも関わらず非共通ルートの荒野、奇妙なステージであろう。
しかも直前の採石場は造成地の使いまわしにも関わらず避けて通れぬ必須の場所だ。これと荒野の立場が逆であれば2
回目の分岐は「採石場」「大湿原」という使いまわし2つから選ぶ形になり収まりが良かったのだ。(使いまわしが悪いとは
いわない。むしろ少ないリソースにアイディア1つで多様性を与える手腕あらばこそ良いゲームたりうるのだ)
 とにかく荒野を選ばなかった場合、我らが早坂秋水の出番も半減、彼はただオマケパートにおいて山奥から名水を汲ん
でくるだけの人に成り下がる。よって第2の分岐でどちらを選ぶべきか、明白すぎるほど明白であろう。
 余談がすぎた。
「ま、最速クリアを目指すならパピヨンのいう近道を選ぶのがいいさ。採掘坑道も荒野も火炎山道も難儀なのさ」
 ヌヌ行はやれやれと肩をすぼめ首を振るが、ソウヤはちょっと心外そうに眉を顰めた。
「そうか? 前2つは2分もあれば終わるぞ。パピヨンが選ぶ普通の山道や大湿原より早く済む場合もある」
「え。敵少なめのステージでも3〜4分代が相場って聞いたよ。なのに2分?」
「HIT数に拘らなければそれ位は。敵が出現する位置や条件さえ頭に入れておけば手際よく殲滅できる」
「へー。じゃあさソウヤ君。最速クリアタイムはいくつ? 誰の記録? どこのステージ?」
「24秒。父さんの記録だ」
「早っ! どこだいソレ。さっき通ったエントランス公園? 一番最初のステージだし何かショートカットでもあったり……」
「違う。侵食洞窟……つまり真・蝶・成体のいる場所だ」
「……。真・蝶・成体ってパピヨンパークのラスボスだよね? ラスボスなのに24秒で終わるの?」
「奴は羽化不全、未完成だったからな。オレが元いた未来ほどの力はない」
「それでも24秒って……。あ、そうか。君のお父君はヴィクター化したんだね。ヴィクター化なら納得の結果だよ」
「いやそれは秘密日記を集めるとき限定だ」
「なにその無駄遣い!? というかカズキさんヴィクター化の扱い軽っ!! 逃避行の頃の苦悩なんだったの!?」
「秘密日記を集めるとどうしても1分を上回るからな。記録は出せない。出しても記録されない仕組みだ」
「…………じゃあまさか、24秒で真・蝶・成体斃したっていうのは」
 そうだ。人間の状態でだ。ソウヤは生真面目に頷いた。
「マジすか……。外装ハギとる作業コミでそれすか。さすがカズキさん……」
 真・蝶・成体は出現直後すぐ『羽ばたき』をする。発動中プレイヤーは操作不能、ただただ後ろへ流される。が、カズキ
はそれを無視した。羽ばたきより早く最大出力サンライトスラッシャーを選択、流されるどころか逆に密着しさらに零距離か
ら最大出力を連発。特殊核鉄によって攻撃力30%上昇と必殺技強化を得ていたサンライトハートはそのまま押し切り勝利
をもぎ取った。RPGで言えば1ターンキルである。(残り1つの特殊核鉄は「ヒートアップゲージ最大でスタート」)
「ちなみに母さんは1分53秒。パピヨンは55秒。オレは29秒がそれぞれ真・蝶・成体の最高記録だ。工夫と修練を重ねれ
ば恐らくもっと伸びるだろう」
「伸びるって何!? 真・蝶・成体は君らのオモチャじゃないんだよ!?」
 会話を聞いていたハロアロは思う。
(……きっと無敵時間のせいだね。無敵時間が多いから、ウサ晴らしに何度も何度も殺されたんだ)
 あと一撃という時に羽ばたき。もう少しで必殺技ゲージが満タンという時に、無敵状態+ゲージ吸収+動かなければ必中
の落雷。実に難儀なラスボスである。パピヨンの必殺技は大して効かない癖にブチ撒けコンボでガガーっと削られるヘンな
奴でもある。
(ま、ラスボスが何体も居るって状況はツッコまないようにしよう。ゲーム……だからね)
 巨女は深く考えないようにした。

 とにかく手分け、ルート分岐である。

「公平に『クジ』使うわよ。同じ数字引いた奴がペアね」
 ブルルが差し出したのは割り箸である。6本あり、総て握られている。


 結果。

「小生は1だ」
「兄貴と一緒だね」
「わたしは当然ながら『2』ッ!」
「サイフェもー」
「じゃあ当然オレたちは」
「3、だね。(よしキター!!!)」

1 ビストバイ&ハロアロ。
2 ブルル&サイフェ。
3 ソウヤ&ヌヌ行。

 決定後、巡回ルートを示した紙が各ペアに配られ──…

「(おおおお!! やったソウヤ君とぺあぺあだーー!!) 男同士、ビストの方が気楽だったかな? ま、よろしく頼むよ」
「ああ。といってもオレが来た時とは様変わりしているからな。案内できるかどうか」

 先ほどの少々刺激的なスキンシップのせいかソウヤはやや歯切れが悪い。にも関わらず「ちゃんとエスコートしないとな」
という少年じみた責任感も表情に浮かんでいる。それを認めたブルルはくるりと後ろを振り向くと、口に手を当て頬を歪めた。

(ケケッ。実を言うとクジは全部「3」だったのよ! ビストたちが見せた割り箸は事前に渡しといた奴! 袖に仕込んであった
のと今引いた奴をすり替えたっつー何とも古典的なトリック! もちろん着想を得たのはご先祖様の特技! マジック!
初歩もいいとこだけどスペック高い頤使者どもとこの私ならまったくバレずに遂行できるッ! コレでソウヤの頭を痛ませて
やるわよ!! ケケー!)

 もう1度踵を返したブルルはヌヌ行に目配せして親指を立てた。向こうもそれでだいたい察したらしい。些細だがまたソウ
ヤにウソをつく形になったからそれに対する気まずさを一瞬浮かべたが、ブルルの好意への謝意に軽く会釈した。

(頑張んなさいよ。どーせ『告白』なんぞ出来ずに終わるでしょーけど、僅かなりと距離を詰める努力ぐらいは、ね)
 連れだって歩き出す友人とソウヤを眩しそうに見る。ブルルは2人が好きなのだ。若者らしい暖かな関係を築いていって
欲しいと思う。
(それが恋愛か友情かは知らないけど、支えあうコトは大事よ。あんたたちがわたしに教えてくれたんだもん。恩恵に浴する
コトができないってえのは不平等で頭痛いから…………ま、頑張んなさい)
 安らいだ目線は、先ほどソウヤが気付いたように平素の荒くれたブルルらしからぬ感傷だ。本人もそれは自覚している。
(頭痛いわね。弟とか死とか、その辺を少し吹っ切ったからヘンに落ち着いてるのよ。さんざド汚い言葉を吐いておいて、
今さら姉か何かのような目線で2人見るってのは誰にとっても違和感、頭痛い佇まい)
 普段の自分っぽい行動でも取ろう、ブルルは袖に手を当てた。
(『証拠隠滅』! さっき引いた3番の割り箸、今のうち処理しときましょう。見つかったらソウヤもあまりいい顔しないでしょうし)
 袖の中に手を伸ばす。空虚な手応えがした。右と左を間違えたのかと思い反対側を探ってみるが何も出ない。

 おかしい。

 どこかへ落としたのだろうか。足元を見ていると、「アレ? ブルルお姉ちゃんも?」と愛らしい顔がフレームイン。
「サイフェもかい。あたいもさっきの割り箸失くしたよ」
 2.4mの巨体の上で小首が傾げられた。(こいつ図体の割には小顔ね) どうでもいいコトを考えていると、ビストバイが
急に噴き出した。
「なンだなンだ。てめえら気付いてなかったのかよ」
「何がよ?」 むっとした顔をすると、彼は「っと悪い悪い。結論から述べるべきだったな」と咳払い。
「実は──…」


(死刑執行刀モード《エグゼキューショナーズ》。全員妙な動きをしていると思ったら……こういうコトか)

 ソウヤが上着の中で作る拳。それは「3」と書かれた割り箸5本を握っている。



「え!? じゃあソウヤお兄ちゃん、サイフェたちがクジすり替えた瞬間に?!」
「そうさ。ライトニングペイルライダーを無音で部分発動。津村斗貴子よろしく刃を小生たちの袖口に潜り込ませ」
「隠されたばかりの割り箸を突き刺し……回収した」
 何という腕前だろう。妹は目を剥き、姉はただただ生唾を飲む。異口同音にソウヤを恐れ、そして讃えた。
「…………全然気付かなかったわ。頭痛い、痛すぎよコレ。マジシャン気取りが騙されるとか最悪に恥ずかしい……」
 ブルルは両頬に手を当て首を振る。やや艶かしい雰囲気で、だからハロアロは(え、コイツこんな顔できるの? そんな! 
ガラッパチであんま可愛くないトコに実はシンパシー感じてたのに! なんかショックだよ凄いショック……)と軽く落ち込
んだ。
「ま、気落ちすンなよブルル。小生でさえ気付いた時ぁもう袖の中だ」
「そこで気付けるだけスゴいよお兄ちゃん……。うぅ。見逃してたよ…………。気付いてたら腕にちょっと刺して痛いの味わ
えたよね……。惜しい……」
「イカれた痛みへの希求除けば同感だね。くっそ、騙したり暴いたりこそコチトラの本領だってのに……出し抜かれるとは」
 な? 気付けなかったのお前さンだけじゃねえンだ。元気だしな。バンバンと肩を叩くビストにブルルは声を荒げた。
「な、慰めんじゃあないわよ。なんかますます惨めで頭痛いじゃない」
 おう悪いな。カラっと謝る獅子王。「まったく無遠慮で頭痛いんだから……」 今日は綺麗なお姉さんな二部信者も口調ほ
どには怒っていないようだ。むしろ落ち着きを取り戻した……とは顎くりくりの褐色所見。
「でまあ、袖に刃入った瞬間、ちょっとどうするか悩ンだがよ、防いだり指摘したりすると小細工が大っぴらになっちまってよ、
そしたらヌヌが小僧とペア組み辛くなるじゃねえか。そいつぁ無粋だからよ、敢えて見送ってやったぜ」
 ケタケタ笑う長兄に妹たちは「そんだけ余裕なら回避楽勝だったろ兄貴」「お兄ちゃん実は結構頭の回転速いよねー」呆
れたり感心したり。
 ブルルは頬に手を当てため息をついた。
「つうか小細工バレたのよ。ソウヤの心証は大丈夫かしらね。ヌヌがまた騙したって誤解されたら……。念のためわたしが
悪いって電話かけようかしらねえ。頭痛いわ」
「大丈夫だよ多分。というかブルルお姉ちゃんすっかりソウヤお兄ちゃんたちのお姉ちゃんだね」
「心配すンなってブルル。小僧だがよ、ヌヌとの同伴が嫌なら割り箸5本ってえ小細工の尻尾掴んだ瞬間口角泡とばしてた」
「あたいらの袖に刃ぶっこみやがったのは、純粋に何しているか知りたかっただけだろうさ」
「つまりヌヌお姉ちゃんヒロイン化計画は順調! 初めての出逢いについて語った甲斐があったよ!」
(あと【ディスエル】とかダヌの話もね。ヌヌ落ち込ませた原因総てエディプスエクリプスにゲロしたよあたい)
 彼とヌヌとの関係性、ひとまず今は安心のようだ……結論は本人の心情とも合致していた。


(今度はブルルか。断りもなく小細工を……。だが)


 ヌヌ行を見る。


(『ダヌとかいう分身』のせいで気落ちしている彼女を励ませるなら…………遺跡にいるより良いかもな)



 ブルルたちの議題は、『ソウヤが今いる境地について』、である。

「どうやらサイフェとの戦いで感覚研ぎ澄まされたようね。二部でいうならホテルに忍び込んだ友人状態ね」
「死ぬよそれ死んじゃうよ!? 別の例え方しようよブルルお姉ちゃん!」
「つーかサイフェ。エディプスエクリプス鍛えちまったのはあんただよ。なのにあんたの方が気付けるほど砥がれてないって
…………ヤバくないかい?」」
「そうだったーーーー!!」 褐色少女は頭を抱えた。
「見えざる不可視の攻撃! 慮外からの一撃! そ、そーいうのって凄く痛そうなの受けれないのは辛いよー!」
「あくまでそっちかい。あたいはあんたの『格』について論じたつもりなんだけどね。……まあ、究極以上なグラフィティレベ
ル7と、ライザ様に並びうるアース化手に入れてなお感覚すら研ぎ澄まされるってのも贅沢だけど」
「つーかサイフェ。砥ごうにもあんたの感覚、黒帯のリスクで失われていたじゃあない」
「ソウヤほど鋭くなってねえのはそのせいだな。ずっと五感を張ってた小僧と、感覚を喪い、量子的観点という人ならざる領
域に頼っていたジャリガキ。どちらが三次元の一般世界に鋭くなったか……考えるまでもねえわな」
「お。おおー。サイフェの黒帯の武装錬金グラフィティに意外な弱点発覚だね!!」
「なんでそんなに嬉しそ……ああそれも王道だからね頭痛いわ」
 弱点、ね。青い巨女は考える。
(しょぉーじき、感覚喪失はあまりリスクって感じじゃなかった。戦闘中限定のステータス障害みたいもんさ。永続はしない)
 ハロアロは強化フォームになるたび声や味覚を失くす魔法少女モノを見たコトがあるが、最終回前まで「ゲーム版でパワー
アップしまくるの大丈夫なのかいコレ? いやむしろ設定逆手に取って、通常状態のみでクリアしたらトゥルーエンドとか……?」
などと思っていた。それに比べれば一時的にとはいえ聴覚を失くそうが視覚を失くそうが悲壮感ゼロで戦うサイフェはつくづ
く異常である。
(何を失おうが闘争本能でカバーしてたからねえ。量子力学的感覚で失明を補ったのもその1つさ。ただ……喪失中に経験
値が得られないとなると、『知育』の頤使者たるサイフェとしては少々まずいね。成長性が活かせない)
 RPGをする。それは行動するたび経験値が入る画期的なシステムだ。勝たなくてもレベルアップは可能。ただ、戦闘中
倒れた仲間は以降よみがえるまで経験値を得られない。行動不可、だからだ。
 サイフェというパーティは五感に痛覚、量子感を加えた7人編成だ。ソウヤ戦で黒帯のグレードを上げるたび1人、また1
人と倒れていった。結果、最も経験値の入る終盤で生き残っていたのは量子感ただ1人。よって五感と痛覚はレベルアップ
をし損ねた。
(サイフェを中長期的に見た場合、この事態は好ましくないね。短期なら、戦闘1単位の話なら問題はないんだ。感覚を失
くしても大抵の戦闘には勝てる。技だって伸びる。格闘と複製武装錬金を組み合わせた戦いのセンスもバツグン。仮に負け
ても敗北から学ぶだけの柔軟さとまっすぐさも有している。……けど、戦闘中失った感覚が成長を逃すというのは中長期的
な観点から考えるとマズい)
 武術者のいう『境地』が開けないのだ。感覚を研ぎ澄ませるのは真剣勝負だ。が、サイフェの真剣勝負には黒帯が使わ
れる。感覚を失くす武装錬金が。
(相手の物を複製できるのは便利だけど……空手家としてのサイフェには有害かもね。量子感のみ磨いても無敵にゃなら
ない。目ぇ瞑れば防げるエクリプスフラッシャーすらサイフェはモロに受けたんだ。五感も正しく磨くに越したコトはない)
 ブルルだって万能に見える次元俯瞰において三次元⇔四次元の変換作業でラグと遅延を抱え込みビストバイにつけ込ま
れたのだ。況や武道少女のサイフェ。手番は命だ。即効作用の五感を研ぎ澄ませるのは拳において必要であろう。
(聴覚や視覚と言った重要な感覚を失うのはレベル4以上……。あたいたち身内にしか使ったコトなかったからね、『実力
同等な赤の他人と命がけの勝負』そんなケースは未想定。従って経験値の機会損失にはまったく目が行かなかった)
 強者と戦わなければ感覚は磨けない。だがサイフェは強者相手に黒帯の武装錬金を使い感覚を失くす。ジレンマである。
(強力だけど使えば経験値取得量が半減する魔法……。グラフィティってえ帯はそんな感じだね)
 レベル2……相手の武装錬金を複製するだけなら味覚と嗅覚の喪失で済む。武術にはあまり必要のない感覚だ。いわ
ゆる「ニオイ」というものは雰囲気を差す単語であるから嗅覚とは無関係。

「だからサイフェ。今度から強い奴と戦うときは、レベル2辺りに留めたらどうだい。理想は体術オンリーだけどね」

 我ながら無茶な要求だと姉は思う。そうした方がより強くなれると思ったし、理由も説いた。だが幼い妹がどれほど
納得してくれるかは不安である。反攻された場合、ちゃんと窘められるか自信がない。

(まだまだ子供だからね……。強い攻撃に憧れるのは当然だよ)

「おおおーっ! 愛用していた武器に不具合が発生してまさかの禁止令! 全力出せば勝てるけど出せない……!!」
 芝居がかった調子でクッと涙ぐみつつ首ふる少女は、「この焦れったい感じ、王道だよねっ!!」 透明な珠をまき散らし
ながらとびきりの笑顔で頷き、
「お姉ちゃんの言うとおりレベル2で頑張る! そしてマズくなったらリスクとか色々覚悟して禁断のレベル7を使うよー!!」
 と、拳を固めつつ熱弁した。眉は鼻梁に向かって急勾配。
「……」
 言葉もなく立ちすくむハロアロの肩を、背伸びしたビストバイと、自動人形を踏み台にしたブルルが叩いた。
「あのご両人? そーいう仕草地味に傷つくんすけど……」
 しゃがんで欲しいなら従うよ、だから、頼むから、2.4mの馬鹿げた背丈感じさせないでおくれ──…
 哀願は非情にも、黒帯使用制限を逆に喜ぶ妹評によって塗りつぶされる。
「少年漫画脳だぜ? 禁止とか封印は萎えるどころか燃えだぜ」
「つーかサイフェさ、きっとあんたの話わかった上で、納得できない部分、自分好みに作り変えて受け入れてるわよ」
 え、そうなのかい? 初めて聞く指摘である。思わず妹を見た。
「うん。強い武器とか魔法手に入れたらお姉ちゃん使いまくりたいでしょ? サイフェもそれは同じだよ」
 顎をくりくりする彼女は右足首から先を立て地面にグリグリとねじ込んでいる。それが不服と遺憾を表す少女的仕草らし
かった。但しやにわに\(^o^)/というポーズにも移行、細く短い両手をバタバタさせた。両足も不器用なダンスダンスダンス。
「けどお姉ちゃんは分身とかゲームキャラ作りまくっているでしょ、だから人材育成けっこー上手な筈! そのお姉ちゃんが
もっと強くなれるっていうならきっと正しいよ。黒帯考えなしに使わない。なるべく感覚が研ぎ澄まされるよう戦う。そうやって
ガマンにガマンを重ねて強くなったサイフェが「これだ!」って局面でアース化してレベル7使ったら、きっと凄い戦いできるよ!」
 痛覚無しでなお分かる極上の痛みだって味わえるかも……。褐色少女、前かがみで両腕を垂らしながら眉をいからせ、は
ふはふ鳴いた。(ブレねえな……)(哀れむべきは対ソウヤ以上にクソ全力なコイツに付き合わされる相手ね。誰か知んない
けどさあ、頭痛いわ) 兄とブルルはややヒキ気味。
「……そこまで真剣になってくれなくてもいいよ。リスクったって経験値をちいっとばかし取り損ねる程度だよ? むしろあん
たの自主性で好き勝手暴れるほうが却っていろいろ伸びんじゃないのかねえ…………」
 大将戦もそれで爆発的に成長したし…………素直に言う事を聞かれると却って戸惑うらしく、姉は小石を一蹴りした。
「ううん。サイフェはお姉ちゃんを信じるよ」 さらさらとしたショートボブを首ごと左右に振りながら、清純きわまる眼差しを
彼女は送る。笑みは聖母といって差し支えないほど優しい。
(これは……メインヒロインの風格……!!) ハロアロはギャルゲ的なロリ信仰も相まって、妹の背後に後光を見た。
「だってサイフェを今のサイフェにしてくれたお姉ちゃんだよ。若干引き篭もりで外道で2.4mでも、時々自分の代わりに
分身派遣してきても、言ってるコトは基本正しいもん。デカい癖に『埃に混じってテントウムシ落ちてきたらどうしよう』とかビ
ビって蛍光灯替えてくれないのは困るけど、それも女のコらしさの表れだとサイフェは好意的に解釈しているのです」
 つまりハロアロお姉ちゃん大好きー。褐色少女は姉の細い腕に抱きついた。そして1mほど上にある顔めがけエヘヘと笑み
を投げかける。巨女は頬を赤紫に染めながら目を逸らした。
(か、かわいい……。なんて口が裂けても言えないよ……)
 そしてあざとい、この妹あざとい、呪詛のように心の中で繰り返す。
「懐かれてるわね。もう1つ下の妹ともども大事にすんのよ」
 ブルルがぽつりと呟いた。ハロアロの心象世界は一変した。
「あんた……そーいや大乱の時に」
「…………」
 かつて弟を亡くした女性は無言で笑う。透き通るような笑み。青い少女はそれ以上の追求ができなくなった。

(案外……あんたとトモダチになれるかもね)

 思ったのはどちらか。或いは両方、かも知れない。


「あの、さ」
 巨女は一瞬もじもじしてから、ブルルの耳に口を当て、小声で手短に述べた。
「きっとあんたの方は複雑な愛憎に囚われているかも知れないけどさ、それでも勝手な判断で命奪ってないだけ、まだマシ
だと思うよ。庇って貰ったのに殺す、そんな恩を仇で返すような真似してたら、きっとあんたはあんたの仇と同じ存在になって
たさ」
 ……ま、その仇の属する軍勢に作られたライザさまの部下が言っても説得力ないかもだけどね。ハロアロは遠慮がちにそう
呟き耳から離れた。
(そ、か)
 ブルルの心に刺さっていたトゲが少しだけ抜けやすくなった。



「ハロアロ。三部のアイツが本屋やってるゲーム、よかったらやるわ。クソゲーだけど今や貴重品、らしいし」
「通だねあんた」


 なにか芽生えたらしい2人をサイフェは不思議そうに眺めた。





 造成地。
 誰しも一度は砂山に登ろうとして頑張ったであろうステージは今。
 ショッピングエリアと化していた。
 土産物屋やフードコート、レストランなどが並んでいる。なかなか盛況で、石畳で舗装された大地を老若男女さまざまな人
々がぱらぱらと行き交っている。
「広かったからなあ。店で埋まるのは当然、か」
「道順的にソウヤ君は通らないような……。あ、そうか。キャプテンブラボーとの殲滅任務で」
 来たんだ。青年は眩しそうに未来の風景を眺めた。
「もしかして普通の遊園地は初めてかい?」
「考えてみればそうだな。あ、でも」 顎に手を当て上を向く何気ない仕草は年上の心を大いにくすぐった。
「遊園地といえば父さんは達人だ。月行く前に母さん達と出かけたし、帰還後は何度もバイトした」
「へえ。どんなだい?」
「着ぐるみさ。メガネかけた黄色いトリケラトプスや武士風のイルカに入った。なんか経営難だったらしくいろいろ苦労を──…」
 パァン。ヌヌ行は無言で手拍子を打った。

「とにかくウマカバーガーじゃ軽食しか取らなかったし、調査もかねて何か食べよう。奢るぞ」
 当たり前のように告げて前を歩き出すソウヤ。法衣の女性は一瞬目を点にしたが、すぐさま内心をメラメラと燃え滾らせた。
(うおっしゃああああああああああああああああああああああああ!!! キター!!! デートっぽいコトきたーーーー!!!
お食事!! 2人でお食事!!! 遊園地でカップルっぽくご飯を食べる!!! なにこの素敵イベント!! 死ぬの!? 私
死ぬの!?! 死ぬ前の幻影がせめてもたらす多幸感なの!!? やっべえええ!! うおおおおおおおおお!!!)
 ヌヌ行の本性、歓喜。


 飲食店内。

「で、何を食べるんだ」
「まぐろ丼っ!! まぐろ丼まぐろ丼まぐろ丼ーーーー!!!」

 着席するなり全力挙手でハシャいだヌヌ行だがと我に返った。「そうか」、まるで娘を見るようなソウヤの微笑みで我に返った。

(やってもうたあああ!!! 2人でご飯食べるのが嬉しすぎて全力で好物頼みすぎたあああ!!!)

 自爆である。年上にも関わらず子供っぽい好みを露出しすぎたコトをただ恥じる。

「勝負だな」
「はい?」
「ほらビストたちと団体戦する前。ちょっと話にのぼっただろ」
 ひょんなコトから2人ともまぐろ丼が好きと発覚、嬉しさのあまりヌヌ行は好きの度合いが釣り合うかどうかなどとのたまった。

──「なら勝負だな」

 そのときソウヤは生真面目にうなずいた。何をどう勝負するかは不明だったが、本人は覚えていたらしい。

「よく忘れなかったねえ。あのあと【ディスエル】で1ヶ月暮らしたんだよ。しかもサイフェ戦という、あれこれショッキングな激闘
すらやったのに……」
「忘却の彼方に追いやる筈がない。仲間との約束だからな」
 覚えててくれて嬉しい。乙女心はキュンと痛んだが、同時に思春期のような恥ずかしさと切なさも過ぎる。

(そ、そういえば勝負の話出た後…………)


──「だからその勝負の内容をだね! 事前に明確かつ綿密に決めておかないとソウヤ君と我輩のどちらが心底まぐろ丼を、
──噛めばホワホワどぐんっ! と胃に落ち多幸感をもたらすあの真赤なダイヤの素晴らしさを理解しているか判じようがない
──じゃないか!」
──「あ、やっぱりかなり好きなんだな。あんた結構可愛いところがあるんだな」

(可愛い

       可愛い  

                可愛い)

「ふんみゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 オーバーヒート。ヌヌ行は寄声あげつつテーブルに頭突きをかました。メニュー表や爪楊枝の容器、グラスなどがドンと跳
ね上がり着地と共に破滅的な音楽を奏でた。

(あの女の人さっきからうるせえ)
(美人さんなのに勿体ねえ!)
(スタイルいい癖に残念な人だなあ)
(メガネで頭良さそうなのに……)

 他のお客の生暖かい目線が集中。

「羸砲羸砲! いまキッズプレートを頼むと父さんたち3人のフィギュアがランダムで貰えるらしいぞ! 3つ頼もう! 一緒
に食べよう!」

(スルー!!? 彼氏まさかのスルー!?)
(ツッコめや!! 連れが尾っぽ踏まれた山猫のような唸りあげつつ机にヘッドバットかましたんだぞ! ツッコめや!!)
(ありゃあ慣れてるなあ……。時々奇行に走るって熟知してるなあ……)

「ふぁい……」 ヌヌ行、面を上げぬまま力なく手を上げキッズプレート案に賛同。


(ダメだ…………。いろいろ刺激が強すぎる!! 普通に話すだけで精一杯だよ〜〜〜!!)

 もうすでに世間一般が要求する普通から離れているのだが、それはともかく。

(告白は無理でも、ちょっとぐらい距離詰めたいなー。ビストが提案してくれた『アレ』やってみたいけど、まだまだちょっと
恥ずかしいしなー)

 サイフェもそこは分かってるらしく、ここに来る前、「本当は主人公の思い出の地でヒロインが告白! っていうのが王道
でドラマチックだけど無理強いはダメなのです! まずはヌヌお姉ちゃんができる範囲で少しずつ積み重ねるのです!!」
と言った。20代前半の女性が9歳児にそういう指南をされている段階でもうどうしようもない感じだが、【ディスエル】におい
ては真綿で首を絞めるような策でハロアロを追い詰めたのもまたヌヌ行である。徐々に外堀を埋める重要性は分かっている。

(と、とにかく、我輩が頼れるお姉さんという所を見せるんだ。お母さんが好きなソウヤ君なんだ。年上属性で攻めるんだ。
ちょっと心に引っかかる程度の行動を取るんだ。そうだ、それでいい。サイフェだって言ってたじゃないか)


「告白は大決戦の前にやっても後にやっても王道ですっ! タイミングはヌヌお姉ちゃんに委ねるのが筋!」
 いいですかっ! やけにテンション高くホワイトボードを叩き彼女は言う。
「今回重要なのは何か約束をするコトです!! 告白するという約束でも、生きて帰るという約束でも、とにかくヒロインと何
か誓うコトが大事なのですっっ!! それがそれこそが土壇場で力になるんだよ!!」


(だから何か約束するのが今回の戦略目的。告白は……ライザ救って、さらにウィルを止めた後にすべきだ。そうさそれが
ベストさ。問題が解決してないのに告白なんて迷惑なだけだし……)




 30分後。ありがとうございましたーを背中に浴びながら自動ドアを割り開いたソウヤは満面の笑みだった。

(満面の笑み!? ソウヤ君ソウヤ君、君ちょっとクールキャラ忘れてるよ!?)

 珍しくそうなるほど楽しくて嬉しいらしい。

(ソ、ソウヤ君さては初遊園地にハシャいでるね……。入園前あれだけ難色示してたのに……)」
 先ほどアレだったヌヌ行にツッコミを入れなかったのも浮かれ故か。

「料理も旨かったし、まぐろ丼の勝負も白熱した。フィギュアも全部入手済みだ」
 元はウマカバーガーが始めた「蝶人パピヨン/偽善くん/ブチ撒け女」のフィギュアシリーズは今や他の飲食チェーンに
波及するほど人気らしい。『パピヨンパーク限定』、黒で印字された銀鼠色のプラスチック袋から、2.5頭身、10cmほどの
父母と養父を取り出したソウヤは満足気だ。
(こーいうトコはまだ子供だなあ。可愛いなあ)
 普段は凛々しさ故に「青年」としか形容できな大人びた彼が、今は少年のように頬を緩めている。大好きな3人の姿が
見れて嬉しいらしい。そんな顔に母性をくすぐられ内心目を三本線に細めるヌヌ行だ。
「羸砲。全部集めるコトができたのは、アンタが協力してくれたお陰だ」
「ふぇ!?」
「さすがにキッズプレート3つは厳しいからな。フィギュア目当てで残すのも悪かったし、うん。あんたのお陰だ」
「そ、それは僥倖だね。寿(ことほ)ぐよ」
 好意全開で迫られると却ってたじろぐのがヌヌ行である。ウソつきだから輝く本音にはひどく弱い。
「アンタもしかして照れているのか?」
 ぎょっとした妙齢の女性、動揺に流されるまま泡食った表情でカツと目を見開き何度も何度も”少年”を指差した。
「そ、そういう問いは年上にしないものだよっ!! なぜなら否定がますますもって燃料になるからだ!! 『怒ってる?』 み
たいな問いでねっ! よほど柔和な反応をしない限り問いかけた側が正鵠を射ているような訳の分からぬアドバンテージを
得てしまう!! 違うという事実を述べただけなのに、一方的な濡れ衣着せられたコトに対する僅かな不快感への揚げ足取
りをして違っていない風にされるんだっ! だから年上にするのは、ぶぶっ、無礼なんだよっ!!」
「ほー」
 ソウヤは軽く呻いた。
「こーいう時しつこく追求しない性格はありがたいけど、なんだい! 今度はなんだい!!」
「いや……羸砲。アンタときどき叔母さんみたいな調子だと思ってたけど」
「ぜ、ぜんぜん違うよ!? 我輩と武藤まひろ氏、ぜんぜん、ぜんぜん似てないよ! (子供っぽいところは同じだけど、あの人
みたいな積極攻勢にはとても出れない……)」
「でもアンタ、叔母さんだけじゃなく、母さんにもちょっと似てるな」
「えええっ!? (ソウヤ君最愛の女性と似……えええ!?)」
 事実とすればヌヌ行は凄まじく有利になる。が、論拠はいったい何なのか。
「だって母さん、父さんによくそういう反応するからな」
(あーーーーー……)
 分かる気がして脱力、うなだれる。「あ、美容院でカットしてきたんだ。色っぽい。似合ってる」とか言われた斗貴子が真赤
になりながら全力理論武装で照れ隠ししている光景が目に浮かんだ。
(大人斗貴子さんは昔よりかは丸い。けどやっぱり根は素直じゃないからなあ……)
 リミックスの人物紹介で『負けず嫌いで、照れ屋』と書かれる性分は三つ子の魂なんとやら、ソウヤを産んでも変わらぬのだ。
 案内板を見たソウヤは呟く。
「湿地……ブラボーと制圧すると敵が時々途切れ手持ち無沙汰になったあの場所が……」
「なにその説明口調。パピヨン湿地がどうしたの?」
「ゴーカートのコースになったらしい。羸砲、アンタ車は平気か?」
「ひとっ走り付き合うよ」

 しばしレースに興じる2人であった。



 一方、みんな大好き火炎山道。(秘密日記多数! 経験地稼ぎにも最適! 訓練場でも最難関! 実に挑みがいがあり
ソウヤは現在のところ1802ptが最高記録! とコレだけプレイバリューがありながら、構造じたいは山道のコピペだから
製作者にも優しいという神のようなステージだ!! マグマと色彩調整で火山に仕立て上げるアイディアもすばらしく、つま
りパピヨンパークの真髄であろう! )

「スリラーカーだ……。足場崩れる条件がいまいち分からない火山洞窟まで続くお化け屋敷だ…………」
「あんたひょっとして怖いの? 頭痛いわ」
 褐色少女、歯の根を打ち合わせながら頷いた。両手で体を抱くようにしているし、足も内股で震えている。
「あちゃー。こりゃガチね。でもさあ、仕留めた獲物のグロな感じは平気らしいわよねあんた。ソウヤから聞いてるわよ。常人
がブルって吐いちまうような光景にゃ耐性あるのに、幽霊の類が苦手ってどういう訳よ頭痛いわ」
「あ、あれはただの中身じゃないですか……。でもお化けとはアツく戦えないのです……。透明だから痛いのちょうだいでき
ないのです…………」
 実写版が賛否両論な霊能力教師の漫画を読むだけで夜1人でトイレに行けなくなる、頤使者次女は恐ろしげに呟いた。
「大丈夫よ。死にゃあしないわ。むかし溶岩まみれだったこの辺だけど、今は休火山。マグマっぽい光が何だかビカビカ
してるけど、ありゃあライトですって注意書きのカンバンにも書いてあるじゃない」
 それともパスする? 聞くとサイフェは首を振った。
「ここのレポートを纏めるのがお仕事だよ……。【ディスエル】の運営さんからよろしくねって言われたんだよ……」
 やらない訳にはいかない。インフルエンザ患者のようにブルブル震えながら、少女はスリラーカーに乗り込んだ。

 そして。

「ぎゃあああああ! からかさだーーーーー!!」
「はいはいよしよし」

「豆腐小僧だーーーー! やばいよ豆腐舐めたら全身カビだらけになっちゃうよーーー!!」
「いやあんた攻撃食らうと耐性作って即回復でしょうが……」

「もなりざーーーーー!!!」
「いやアレただのインテリアだから。四部っぽいわねしかし」

「ほねほね人間が動いたあああああ!!!!」
「手ぇ握っててあげるから騒がない」


 後半の火山洞窟も抜けてアトラクション終了。出口近くで黒ブレザーの少女はわんわん泣いた。

「怖かったよおおおおおお!! すごくすごく怖かったよおおおおお!! びえええええええんん!!!」
「……。パピヨンが作るだけあり水準以上の怖さはあったわよ。ビックリ系もジワジワ系もキチっと計算されていたし、中盤
あたりの和風ホラーも狂気と美しさを兼ね備えていた。でもそれ抜きにしてもあんた怖がりすぎ。わたしもヘタレだから人の
コトいえないけどさあ」
「だって」 くすん。大きな紅い瞳をさらに紅くして少女は洟を啜り上げた。
「怖いものは怖いもん」
(ソウヤにいろいろ容赦ない攻撃しかけたコとは思えないわねえ)
 頬を掻く。サイフェは戦闘以外ではごく普通の子供らしかった。
「とりあえずさあ、落ち着くまで休む? この辺、ベンチあるし」
「そ、そうしてもらえると助かります。実は……腰がちょっと抜けかけていて…………」
 情けない顔で臀部に手を当てフラつく少女。かける言葉はただ1つだ。



 しばらくして。


「こええ時は肩をトントンされるとね、落ち着くのよ」
「ほんとだー。なんか勇気がみなぎってきた感じだよ」
 ベンチの上で肩を抱き、ゆっくりと叩く。それだけで少女の震えが治まっていく。
「さ。『度』ってえ奴を取り戻したら他の場所も見て回るわよ。甘やかすのは子供のためにならないもの」
 立ち上がるよう促すパブティアラー家の末裔に、サイフェはくすりと笑いを浮かべた。
「ブルルお姉ちゃん、なんかお姉ちゃんだねえ」
「……そりゃあ、ね」

 失ったものが一瞬よぎる。報えなかった者が。いまは英雄だと信じている者が。

「あのね」 サイフェはちょっと意を決したような口ぶりで喋りだす。
「怖くてもね、もうダメだーって時でもね、傍に誰か居てくれるなら、辛い感じはきっとさっきみたいに半分だったと思うよ。
お姉ちゃんが傍に居てくれたから、サイフェだって怖いのどうにか耐えられたから、だからきっと、あのね、ブルルお姉ちゃ
んが何を考えていてもね、傍に居てもらった方は救われていたってね、思うの」

 ブルルは目を丸くした。瞳孔を見開き、跳ね上がる鼓動をただただ黙然と聞いた。

「あ!! ち、違うよ! これ言うためにお化け屋敷選んだんじゃなくてね! 咄嗟にそう思っただけだから!!」

 サイフェは誤解されたと誤解し、栗色の紅葉をバタバタ振った。しかし皮肉にもその仕草でブルルは気付いた。

「気ぃ使わなくてもいいわよ。弟のコト……わたしが大乱で失くした弟のコト知ってるのは敵として当然だろうし、さ」
「……余計なコト、だったかなあ」
 しょぼんと肩を落とす少女の額を黒スーツの女性は指で弾いた。
「きゃうっ」
 痛くて嬉しいけどなんか申し訳ない痛さだ……複雑な表情でおでこを抑える少女にブルルは言う。
「気にすんなつってんのよ。LiSTみてえな悪罵やった訳じゃないでしょ。本音言うわよ。『そういう見方もあるのね』 納得した
わ。こっちがさあ、なーんもできなくても、内心では憎んでても、向こうはわたしが居るだけで救われてた可能性も、ちょっとば
かしはあるのかなって、思った訳よ」
「サ、サイフェならそうだよ。ハロアロお姉ちゃんも大好きだから、何も分からなくても、傍に居てくれたらきっとすごく安心
するから」
 そ。ありがとね。極力優しい声を出しながら頭を撫でる。少女はくすぐったそうに目を細めた。

(皮肉なものね。ハロアロも言ってたけど、弟殺した野郎が属する『王の軍勢』。そいつらに作られたライザの部下が、めぐり
めぐってわたしの罪悪感をほぐしにかかるだなんて)

──「ヴィクター化! やはりヌヌの心を次元俯瞰で読み許可を得たか! だが小生の見立てでは恐らくもって3分!!」
──「頭痛いけどその通りよ!! 仲間どもが3分までなら大丈夫と身を削り……許したッ!!」

── サイフェは見る。エネルギーを吸い取られゆくソウヤとヌヌを。

──(羸砲と話し合った結果、3分程度ならどうにかできるという結論に達した)
──(そしてさっきブルルちゃんがするかどうか迷ってるとき、こちらから呼びかけた)


(あのときソウヤやヌヌのためにキチっと戦って良かった。戦わせてくれるアイツらで良かった)

──(こんなわたしなんぞのために疲労を負い痛みを分かち合ったソウヤとヌヌ)

──(アオフ様とヌル様を経て連綿と続くパブティアラー家の血筋と誇り)

──(縁とは力。『繋ぐ力』。単騎を気取っていたわたしでさえ『繋がれ』『連動』するコトによって多くの物を得て……学んだ)

(ビスト戦最後で考えたコトはきっと……正しかった。あの時は敵だった頤使者たちに癒されている。繋がり。連動。それを
得られたのはソウヤたちのお陰ね)

──「時間の作用で押され続けてきた因子に『線』を引く。流れを無数のグリッド線で解釈して……矯める。あるべき姿に是正する。
──それがきっとわたしの奥義」

 サイフェ。呼びかけると少女は「なぁに」とかわいらしく答えた。

「ビストのみを利する結果になっちまって二度と使うかってブルった『奥義』だけどさあ、ライザを助けるため今一度使ってみる
わよ。殺すためじゃあない。助けるために」
「ホント!? ありがとー!! 仕組みはよく分からないけど奥義なんだからきっとうまくいくよ!!」
「そうね。【ディスエル】じゃガス欠でいっさい武装錬金使えなかったけど、ヒマな分、ずっと奥義をどうするか考えてもの。二度と
使うかって思った癖に考えてしまう……誰しもアリガチなアレよ。頭痛いけどさあ、『金輪際絡みたくねえ』って奴ほど思い出す
でしょ。そんな感じよ」
「う、うん。はたもんばとか、江戸時代の寄生虫とか、忘れたいのに思い出すよ……」
 また青くなって震えるサイフェの肩を「頭痛いわ」と抱いてポンポンしながらブルルは思う。

(『奥義』。アース化と併用する。それがソウヤやヌヌへの節義であり……頤使者兄妹たちへの謝礼)




「最初団体戦に出してた分身は一応銃使い、だからねえ。シューティング系統のアトラクションなんざ楽勝さ」
 順路の最奥で、「1000/1000 命中率99.875%」という電光掲示板を眺めながら、巨大な女性は胸を張る。
「チッ。同点だが命中率で負けたか。0.8%つう僅差っぷりが悔しさアゲるぜ」
 獅子王は豊かな髪を野太い指で梳った。しかし言葉とは裏腹に愉悦の表情。
「だから取り回しのいいハンドガンにしろって言ったんだよ兄貴」
「るせえ。小生だぞ。猟銃以外使えるかってンだ」
 荒い言葉で、しかし楽しげに会話しながら去っていく2人。係員達はただただ驚愕していた。
(すげえ。ナイトメアモードで満点出たの初めて見た)
(射撃の金メダリストが8時間粘ってやっと命中率96%到達できたのに)
(この人たち入場8分で軽々超えたよ……。いったい何者なんだ…………)

 採掘坑道。
 地図右上の水場でたむろする敵はおびき寄せ必須の場所である。迂闊に近づくと閉じ込められるのだ。他にも足を踏み
入れるだけで敵が出現する場所多数。おとなしく初期配置の敵と培養器の殲滅に努めるのが吉なこの場所は、今や開発
され、室内型の射撃遊技場である。10の部屋を順に進み、ゾンビや機械兵士を倒すのだ。ビストとハロアロはそれをした。



「しかし兄貴、あたいなんかが相方でいいのかい?」
「何の話だよ?」
 火炎山道とは違うもう1つの山道……MAP中央の広場階段下に敵を誘導し閉じ込められるとカオスなコトで有名なその
場所は、相変わらず緑の木々茂る爽やかな場所である。
 アトラクションがないのは、パピヨンパーク本来の目的、蝶の鑑賞用に開放されているからで、色とりどりの美しい模様が
飛び交っている。
 冒頭の会話はその山道で行われた。議題は獅子王のペアである。
「いや、なんかブルルといい感じじゃないか。下手すりゃアイツ、ライザさまに体乗っ取られるかも知れないんだし、今日のうち
に遊ぶぐらいしてもいいだろ」
 こんなデカい、妹の値打ちが見られないあたいなんかと遊んでも侘しいだけだろうし……やや卑屈な目線を逸らす巨女。
「つってもよぉ、ああいうタイプとは戦いだけ一緒にやってる方が楽しそうだぜ? 男女の生臭え機微なンぞおっぽってよぉ、
馬鹿みたいに揉めて怒鳴り合いながら、とっさに連携したりされたりして難儀な獲物ぶっ倒すンだ。オンナっつうよりは、ま、
相方だな。女々しい部分も多少あるが根本はタフだからよ、MIBみてえな馬鹿くさくも面白味のある狩りができるぜ」
 ウンウン。格好良く頷く兄に妹のジト目が刺さる。
「……とか何とか言ってるけどさ、本当は尻に敷かれるのが嫌なだけなんじゃないかい?」
「! ななっ何いってやがンだよ!! ンな訳ねえよ絶対ねえ!!」
 ズザザー。砂煙を巻き上げながら後退する兄貴。図星なのは誰の目から明らかだ。「はぁ……どうして兄貴の世話焼かない
といけないんだろ、あたいはまず自分のコトからどうにかすべきなのに」、そんな表情でデッカいパティシエは呼びかける。
「否定しても無意味だと思うけどねえ。だってウマカバーガーで世話焼かれまくりだったじゃないか。兄貴は狩り全振りなせ
いで生活能力むちゃくちゃ低いしネットじゃネタにされまくるほどマヌケだし」
 だからこそ狩り一筋で、だからこそ狩り以外がますますダメになっていく。狩場では色事師の風情があるが、本質はいわゆ
る大人しい人物のやらかす通り魔殺人と大差ない。獣と化すのは劣等感が鬱屈しているからこその反動、大爆発に過ぎのだ。
「ブルルが悪いンだよブルルが!! お袋かってえぐらい急にアレコレ抜かすようになりやがった!!」
 創造主たるライザですらああじゃなかった、戦慄く獅子王に巨女はため息。
「向こうはそのライザさまが生まれる前から生きてるからねえ。必然的に兄貴より年上さ。ダメっぽくてダラしないところが
色々母性くすぐるんだろうさ。下手すりゃ弟と重ねてるかも知れないよ」
「マジか!? くっそ妙なコトになりやがったなあ〜もう!! バトってる時ゃあ考えもしなかった予想外だぜ……」
 露骨に肩を落とし猫背でトボトボ歩き出すビストバイ。
「なんとか口で盛り返すか……? けど普通の男女交際とかサッパリだしなあ…………。なんかそーいうの怖いし……」
 妙なところで対人恐怖症が残っている獅子王だった。

(どーにかすべきだねえこりゃ)

 不器用だが愛すべき兄のために一肌脱ごう、巨大な少女は決意した。



 パピヨンラボ。(研究機材いっさい見当たらず。いったいどの辺がラボなのでしょうか)

「ここも山道同様、蝶を見るためのゾーンらしい」
「川や木々の溢れる爽やかな森だからねえ。保全は大いに大歓迎だ」
 ここでソウヤは両親と出逢った。正確には引き合わされた。
「ツンケンしていたあの頃に比べたら、ソウヤ君は本当成長したと思うよ」
「…………そうだといいな」
 ペイルライダーは新たな姿になった。この鉾はオレを黎明から支えてくれている相棒なんだ、號に恥じぬ戦いをしたい。
ソウヤは静かに、しかし熱の篭った口調で言葉を紡ぐ。
「そして羸砲。新たな領域(ハーシャッド・トゥエンティセブンズ)に目覚めるコトができたのは、アンタのお陰でもある」
「や、やだなあソウヤ君。ブルル君のコトも忘れちゃいけないよ。彼女だって君の支えの筈だよ」
「分かっている。彼女は守りたいし、父さんたちに会わせたいという気持ちも原動力の1つだ。ただ……そこに至るまでの
最初の扉を開いたのは、羸砲、アンタだ」
 ソウヤは語る。遺跡屋上でサイフェの重ね当てを喰らい喪神した時のコトを。
「アンタが泣いているのが分かったんだ。泣いたままにしたくなかったんだ。見逃せば母さんが喜ばないし…………何より、
その、負けたら、【ディスエル】でアンタが受けてしまった傷も癒せないんじゃないかって思った。だから、勝つためにオレは
忌むべきサテライト30の使用を決意し…………新たなライトニングペイルライダーを手に入れた」
 きっかけはつまりアンタだったんだ。アンタの涙がなければオレは挫け、倒れていたかも知れない。ブルルを助けるコトす
ら忘れ、以前のようにただ自分の都合だけで行動していたかも知れない。静かな声が川のせせらぎや木々のざわめきと
混じる。法衣の上の耳朶はじっとその音を受け続けた。
「ありがちだが、ありがとう」
 深々と辞儀をするソウヤ。穏やかな風が吹き梢を揺らす。一枚の緑の葉が、Lの筆記体を描くように錐もみし、遠いどこか
へ流れていった。
「ソ゛ウ゛ヤ゛君゛ん゛ん゛ん゛ん゛! 君という奴はぁあああ! 君という奴はあああああああああああ!!」
「どした羸砲!? どうした!?」
 切れ長の双眸からダクダクと涙を流すヌヌ行は明らかに近づいてはいけない雰囲気だった。
「だだだだって……!! と、年上だよ我輩……? 年上なのに泣くなんてカッコ悪いじゃないか」
「人間幾つになっても泣きたい時ぐらいあるだろ。無理するな」
「そうだとしても、その、普段スカした態度の我輩が泣くなんて……カッコ悪いし。なのにソウヤ君がちゃんと受け止めてくれ
たのが嬉しいというか、その、私なんかの為に、立とうってしてくれたのが嬉しいっていうか…………!」
 ずびずび鼻を鳴らしながら涙を拭う法衣の女性。しっとりと濡れた雰囲気にソウヤはちょっと気まずそうに鼻を掻いた。
「ハ、ハンカチ使うか?」
「……つかう」
「あと前々から思っているが、崩れた時のアンタ、そんなに嫌いじゃない」
 え。涙を拭うヌヌ行の表情がちょっと明るくなった。ご褒美を期待する眼差しをソウヤに向けた。
「さっきも言ったろ? ときどき叔母さんみたいだって。でもガーっと来ない分、すぐ引いてくれる分、親しみが持てる」
「え、いいの? ヘンな感じだよ? いやそういうとまひろ氏に失礼だけど、でもカッコ良くないよ? 年上っぽくないよ?」
「そりゃあ普段のアンタの方が頼れる感じはするけど…………。普通に話す分には、崩れてるアンタの方が気楽……というか」
「じゃあ私って真赤なお鼻のトナカイなの?」
 禅問答か? さすがにちょっとソウヤの顔が引き攣った。
「えーと。ゴメン。欠点に美点が隠れていたって言いたかっただけで」
 伝わり辛かった? 不思議そうに小首を傾げるヌヌ行のあどけなさに、少年は軽く目を奪われたが、すぐ何かに気付いた
ように息を呑み、遠慮がちに切り出した。
「けどその例えじゃアンタ、年に1〜2度しか活躍の場が来ないぞ……?」
「うわああああ! そうだったあ!! 残り363日はダメだよね、ダメなままだよねえ!」

 ひとしきり騒いだ後、ヌヌ行はスチャリと眼鏡を直した。

「とまあ砕けた話題もイケる口だよ我輩は」
「あ、我輩モードだ」 珍しいモノでも見たように声弾ませるソウヤをじろり一瞥。
「……なんなのかなそのネーミング」
「観察して分かった。アンタの一人称は2つある。『我輩』の時は頼れる感じで、『私』の時は崩れているんだ」
「い、一人称なんて気分次第で変わるさ。君のお父上だって、場合によって『僕』『私』『俺』を使い分けしそうな声じゃないか」
「そりゃあオトナだから、仕事の都合で変わるだろ」
「むっ! じゃあ我輩はオトナじゃないというのかね!!」
 わざとらしく怒り、腰に手を当て上体を屈める。詰め寄られた方は、「オトナだけど、なんか違うオトナだ」 生真面目に頷
いた。そのくせ頬が少し綻んでいるのが始末が悪い。
「いずれにせよ、アンタのコト、一段と深く理解できた気がする」
 だが過剰なスキンシップは出来れば止めてほしい。困る。はにかむ少年に年上の悪戯心は刺激される。
(お、なんかいい雰囲気!! ココだよ! ビストの発案、実行すべきタイミングは!!)

 前日、彼は言った。

「いつも法衣ってえのも色気がねえ。たまには服、変えて見ろや」
「……。意外に女性的な意見いうよね師匠。ファッションに敏感なのは女系家族で育った故かい?」」
「いや、毛皮の色変わるだけで標的になる獲物結構いるンだよ。牡鹿の角伸びるまで待つ狩人もいる」
「結局狩り基準すか……」

 これまた色気のない提言だが、ひとまずヌヌ行、コスチュームチェンジでアプローチするコトに。

「で、服で揺らいだトコを軽くつっつけ。あくまで軽くだ。意味ありげに笑うとか、肩が少し当たるとか、その程度でいい。あの
小僧にゃそーいうのが一番キくだろうからな」
「……。それってビスト」
「何だよ?」
「単に君がされてドキリとするコトじゃないのかい?」
 ばっ、ちげーようるせえな!! 赤黒くなって叫ぶ獅子王、狩場以外では純情らしかった。
「で、どこでするンすか師匠。(移った。小池作品みたいな喋りうつった)」
「それは──…」


(師匠ビストは言った! 会話でいい感じになったら光円錐で衣装変えて攻めろと! 行くぞ! 我輩が努力で磨きあげた
美しさ、今こそ披露する局面だーーー!)
 バッ。法衣を掴んで投げ捨てる。「何を……!」 露骨に上ずった声を上げ顔を背ける少年の手を、ヌヌ行は優しく取った。

「ソウヤ君」
「なんだ!?」
 ちょっと色っぽくなった声に彼は恐怖の声を上げた。ライトニングペイルライダー戒(ハーシャッド・トゥエンティセブンズ)を
発動した所を見ると、有事の際は蝶・加速で逃げるつもりらしい。
「オトナはね、いろんな格好ができるのだよ……」
 口紅無しで桜色を保つ唇をゆっくりと動かしながら呼びかける。三叉鉾は面白いようにエネルギーを乱れさせた。ソウヤは
「うぇ」だの「ちょ、待っ」だの言語にならない悲鳴をひっきりなしに漏らしている。
「ふふふ。いい反応だよ。さあ見るがいい! メイド服モードの我輩を!」
「……はい?」
 やっと我に返ったソウヤはヌヌ行を見た。サイドポニーで、丈の短いスカートを穿いたヌヌ行を。
(どうだどうだあ! 髪型は【ディスエル】で逢った天辺星さま参考! 黒のハイソによる絶対領域は基本だけど最強! 胸
も勇気出して強調して谷間も見せてる! で、でも下品になりすぎてないかなあ。ビストがいうような美しさ、チラっと見せる
がゆえの良さ、ちゃんと出せて、いるのかなあ)
 本人の評価は低いが、たまたま散策に来ていた来場者たちは、「すっげえレベル高いメイドさん居るぞ!?」「なにあの
ボリューム! 外人!?」「グラドルの撮影だな間違いない」と驚嘆の声を送り続けた。
 一方ソウヤはしばらく呆然としていたが、やがてポンと手を打った。
「叔母さんの真似か」
「違うよ!? 確かにコスプレだけど真意はもっと別な所にあるよ!?」
「うん。似合ってる。かわいく纏まってるな」
「そうでしょ〜……じゃなくて!! 違う! 嬉しい意見だけど求めているのはそうじゃなくて!」
 慌てていろんな衣装に替える。光円錐の改竄能力を以ってすれば更衣など容易い。
「ゴスロリ!」
 赤と黒を基調とした肩出しルック。髪はシュシュによってツインテールに。
「女教師ルック!」
 ぱつぱつなワイシャツに太ももの半ばまであるキュロットスカート。教鞭を持ち、金髪は清楚に後ろで纏める。
「くの一!」
 紫の忍び装束で印を組む。素足に鎖帷子着用。むろんポニーテールである。。
「人妻ルック!!」
 ウェーブヘアーに変更。緑のサマーセーターとジーパン。シンプルだがスタイルの良さが却って強調される格好である。
「女医さん!!」
 金髪縦ロール。白衣に聴診器。淡いミントグリーンのシャツにタイトスカート。ストッキングで足を包む。

 ……奇遇にもそれらは、後のレティクルエレメンツ女性陣のコスプレでもあった。(うち1名の分はこの上なく人間時代の
ものだった。その元声優は幹部時代の方が地味だった。無個性なアラサーだった)

 もちろん他にも色々やった。バスガイド、エレベーターガール、黒服、浴衣……20は超えた。

「白いワンピースとリボンのついた麦わら帽子!!」
 森に映える清楚な格好。これならどうだ! と叫んだヌヌ行にソウヤは
「すごいな羸砲。うん。何でも着こなせるんだ。瞬く間にバンバン着替えていくのもスゴい」
 とっても感心した様子である。ただしそれはコスプレ大会の観客のテンション、甘酸っぱい動揺一切なしだ。
(ちがーーう!! そうじゃない! 感心もいいけど、萌えて欲しいの私は!! うぅう。やっぱりビキニアーマーとか水着と
か露出高めじゃないとダメなのかなあ。でも恥ずかしいよ…………。見られるコトがじゃないよ。普通の佇まいに魅力を感
じて貰えないからって露骨なお色気で押し切るのは恥ずかしい…………。素の自分じゃ無理だからエロスなコトで気を引こ
うってそれただの袋とじの人だから!!)
 困った。とりあえずヌヌ行はどういう格好がいいかソウヤに聞く。
「…………いい。今ので結構だ」
 彼は顔を逸らした。「あ、なんかして欲しそうなのありそう」直感した年上は遠慮せず申し出るよう呼びかける。
「そ、そりゃあ見たい格好がない訳じゃない。オレにだって……好みというものはある」
 割とすぐ本心をさらけ出したのは、将来の真っ直ぐさ故でもあるが、『何か策を講じるときは伝えてくれ』と嘗てヌヌ行に伝え
た手前もあるからだ。隠し事をしないよう頼んだ自分が隠し事をするのは不誠実……ソウヤはそう考えた。
「けけっ、けど、アンタにやらすのは失礼な気がするんだ。絶対好みに合わないし、無理をさせる。だから……嫌だと思った
らしなくていい。あくまでオレの嗜好でしかない」
「(おおー。いい感じ! うまくいけば好みが引き出せる! 好みの格好ずっとして親近感アーーップ!) で、どういう格好
だい? 我輩はお姉さん、放送コードに引っかかるような格好じゃない限り何だってする所存だよ。それが先ほどしてくれた
お礼へのお礼さ」
 悠然と述べるが内心はドキドキのヌヌ行である。(すっげえ過激な格好とか命じられたら、どどど、どうしよう!! ムダ毛
はちゃんと処理してあるけど肌色全開なのは流石にドキドキする!! でもやってみたい誘惑も……おおおーー!!) 
 ボンテージ? バニーガール? ダメージで衣服ぼろぼろ、アレやコレやがチラチラ見えてるバトルガール? それとも
ソウヤの原点に帰するあまり却って変態的な斗貴子コス? どんなリクが飛び出すか、固唾を呑むヌヌ行にソウヤはゆっ
くりと、遠慮がちに、望みを、告げる。
「じゃあ……根来を」
「ああ、かつてご両親を追跡していた再殺部隊の一員の。忍者で非情な戦士の根来忍をお望みだね分かった任せておき
エエッ! ネゴロ!? ネゴロナンデ!!?」
 意外な単語に絹を裂くような悲鳴を上げる。(え、なに!? ソウヤ君まさかソッチ系なの!? 女のコに興味ないの!?)
 ヌヌ行はびっくりした。びっくりする他ない。確かに根来は美丈夫といって差し支えない顔立ちだが、意中の人になるほどの
接点は見当たらない。人柄が人柄なだけに武藤家とは疎遠、せいぜい斗貴子が逃避行において何度か狙われたぐらいだ。
(好きになる理由がねえ! なんでまた根来の格好なんか……)
 脳細胞をフル稼働させて考える。頭の中は昭和のSFアニメに出てきそうなコンピューターだ。四角いパネルの群れどもが
ビコビコ光る。やがて排紙口から切れ目のなきペーパーがでろでろ出てきた。それを手に取ったヌヌ行は一瞬絶句。
「…………ひょっとしてソウヤ君、マフラー目当て?」
 少年は一瞬身を堅くしたが、やがて観念したのか、恥ずかしそうに頷いた。清純な含羞だった。穢れを知らぬ少年だけが
醸し出せる青春の輝きだった。照れる彼が口元に当てるはマフラーだ。つまり彼は”それ”が好きなのだ。
「その、動きの参考にしたいというか、どうすれば格好良く見せられるか知りたいというか……。あ、いや、アンタが嫌ならい
い。忘れてくれ」
「…………」
 ヌヌ行は凍った。森を撫でる爽やかな風も今は極北のブリザードに等しい。
(ウフフ…………。好みの格好ずっとしようかなって思いはしたけど、流石に根来コスはないよね…………。ソウヤ君の気を
引くため女の私が男の根来の格好するなんて侘しすぎるよ……。つーか私、あれこれコスプレしたんだよ。なのに色気とか
萌えよりマフラーっすかソウヤ君…………。別にいいけどさあ、別にいいけどさあ…………。本来の意味の中二はエロス
に興味津々だよ…………。太ももとか胸の谷間とか見たいって思おうよ……)

 気落ちしながらもそこは年上の矜持、全力の根来コスでソウヤの望む動きをする。

(ああでも、エロスにがっつくソウヤ君よりマフラーひとつに照れてるソウヤ君の方が可愛いかも!)

 視線もとりあえず釘付けだ。望んでいたニュアンスではないが、とにかく好きな少年に熱視線を送られるのは嬉しい。


(いまはこんな感じでいいよね。告白はもっとお互いのコト知ってからだよ)


 今日すべきは約束……ただそれだけだとヌヌ行は思う。

 ちなみに一番可哀相なのは根来である。ソウヤにもヌヌ行にもマフラーの付属品程度にしか見られなかった根来である。




 2人が次に向かったのはムーンフェイスラボ。慣れてくると中ボス瞬殺安定の場所である。中ボスはソウヤである。
 vsパピヨン台詞:「手加減はしない」←勝てるとは言っていない。



「まさか構造そのままでスペースマウンテンになっているとはねえ」
「実を言うと……ちょっと楽しかった」
 マフラーで口を覆いながらソウヤは感想を述べる。
 カズキ達との同行を決意した思い出の場所は、忌むべき仇敵の遺産という側面もある。それが人々を楽しませる施設に
なっているのは、感慨深いものがある……。少年は訥々と語った。
「(楽しんでもらってるようで良かったあ) あ、ところでソウヤ君」
「なんだ?」
「真・蝶・成体の一件じゃ、ソウヤ君たちはムーンフェイスラボから一旦南下して、そこから北上して機械成体施設を目指した
んだよね?」
「ああ。ムーンフェイスが来るよう促したからね」
「……なんでまっすぐ東進しなかったの?」
「え」
「だって、配置、こうだよ?」

        ムーンフェイスラボ    機械成体施設

                         火山山道

                                 火山洞窟
                        神殿

                 荒野

                採石場   大湿原


「どうしてわざわざ一番下の採石場行ってから、右上、北東の神殿経由で機械成体施設行ったんだい? すっごい回り道
だよねコレ。ラボと成体施設の間に谷とか山があって踏破不可能だったっていうなら分かるけど、それもないよ?」
 入場者達は当たり前のように東進している。念のためヌヌ行が光円錐で確認した昔のパピヨンパークも同じ地形、障害物
なしだ。
「…………。言われてみれば」
 謎である。



 荒野。
 MAP右上、洞窟内の灰箱付近にいる初期配置のトンボは罠である。近づきすぎると閉じ込められる。
 したがって、奴が飛び上がるぐらいの距離で止まり、接近を待つのがクリア時間短縮のコツである。
 なお飛び上がってから接近するまで若干のラグがあるため、迂闊に離れると誘導をやり直す羽目になる。接近移行を確認
後、砂漠側からの後続勢力殲滅に移るのが安全といえよう。

 そこの一角にできたメリーゴーラウンドを見下ろしながらビストバイはちょっとムスリとしていた。向かいの席にはブルルが
居て口癖のメインキャストに手を当てている。
 場所は観覧車、密室で2人きりである。

(ジャリガキ……! ハロアロ……!! 嵌めやがったな…………!!)

 10分前。



 ハロアロと観覧車に乗ろうとしていたら、どこからかサイフェがブルル同伴でやってきた。
「何だよ? サボリかよ。ココはてめえらの担当じゃねえだろ」
「? あれハロアロお姉ちゃん、なんかお話違──…」
 彼女はハロアロが一瞬意味ありげに這わせた視線に「?」と顎をワンくりしたが、すぐパンと拍手を打って、わざとらしく、
こう述べた。
「あ、そっかー! お姉ちゃん、ひょっとしてブルルお姉ちゃんにサイフェが取られるんじゃないかって心配したんだね。もー。
しょーがないなあ。じゃあペア変えようねー。一緒に行こー」
 鮮やかな体捌きだった。2.4mの巨体を獅子王脇から掻っ攫いつつ、その反動でブルルを軽やかにビストめがけ放った。
「え、投げ!? さっきまでいい感じだったのに!? やっぱサイフェ頭おかしい! そこが痛いわ!!」
「っと」
 咄嗟に彼女を受け止めた192cmの巨体が後ろによろけたのは、奇妙な自動人形のせいである。大人の頭ほどある、カ
タツムリと相似かつ幾何学的な人形。オフブラックを基調としているが、赤やクリーム色の色合いも感じられる、回折的光沢
を秘めた奇妙な金属製のそれに獅子王、自らがよろけた理由を知る。
「『リアルアクション』! ハロアロてめえアジテーターの武装錬金で小生が転ぶよう『扇動』したな!」
 果たしてたたらを踏む彼、ブルルと共にゴンドラの中へ。
「あははは! 【ディスエル】閉じ込めは能力の一端……そう言ったのは兄貴じゃないさ!! まさか自分だけは対象外だって
思ってたかい!! 違うおwww あたいは外道なんだおwww だから兄貴もサイフェもゲームに閉じ込めんただおwwwww」
 同じく扇動されたのだろう。うつろな目の係員が観覧車のドアを閉めた。「オイ!!」 叫びながら窓に両手を当てる獅子王
だが観覧車は既に動き出している。ごゆっくりー。ベタにハンカチなどを振る巨女であった。

 かくしてブルルと密室で2人きりのビストバイ。

(チクショー。大観覧車だからあと20分はこのままだぜ)
 もちろん頤使者だから力づくの脱出は可能だ。だがココには【ディスエル】で悪行やらかした妹の尻拭いで来ている。奉仕
作業。パピヨンパークのレポートを纏めて運営会社に提出するのが今日の仕事。
(だから器物ブッ壊すのはねえよ。ありえねえ)
 リフレクターインコムの強い力で観覧車の回転数を上げ一刻も早く外へ出る。そんな芸当もできない訳ではないが、他の
お客、普通に景色を楽しんでいるであろう人々を思うと絶対にできない。損害賠償が生じるとかそういう問題ではない。根っ
こは対人恐怖症だから、『小生なンぞのために真当な人間どもが迷惑こうむるとか申し訳なさすぎンだよ!』とか思っている。
(ハムちゃン、小生どーすりゃいいンだよ)
 相変わらず肩にいる愛鼠にヒマワリの種をやる。女性と2人きり。苦手なシチュだ。
(狩場ならよぉ、誘惑されたらよぉ、後は流れで貪るだけどよー。遊園地だぜ? 駄目だろ大体合意もねえし)
 ブルルを見る。緑の口紅を差している頃から目鼻立ちの良さには気付いていたが、今日はそれが包み隠さず花開いている。
戦ったときと今、どちらが好みと聞かれれば断然後者である。時節はそろそろ夕暮れ、蛮勇的にギラつくインディアンイエロー
に炙られる肌はやや官能的な色合いを帯びている。ゴクリと生唾を飲み込んだ獅子王はしかし慌ててタテガミごと首を振り、
……叫んだ。
「なンか喋れや!!」
「いきなり怒鳴んじゃあねえわよ! うるせえッ!! 頭痛いわッ!!!」
「息苦しいンだよ無言は!! あれひょっとして小生嫌われてるとか考えちまうンだよ!」
「なんか言ったら言ったでテメーーーーーーーーッ! 怒るだろうがアアアアアアアアアアアア!!」
「匙加減っつうのがあるだろうが! なに!? さっきのウマカバーガーの件! 小生子供じゃねえっての!!」
「ハッ!! そーいうでけえ口はグラスこかさなくなってから叩きな! 始末が遅えから拭いたッ! それだけよッ!!」
「こ、こっちにだってペースっつうのがあンだよ!! そうだオシボリ!」
「オシボリが何よ!」
「取ろうとしたらテメエに当たる配置だった! 無言で手え伸ばして当たったら悪いって思ったから言葉考える分躊躇した
ンだよ! だからつまりテメエが悪い!!」
「それ位なんとなく分かってたわよッ! だから代わりに拭いてやったんじゃあないのッ!!」
「頼んでねえだろ!! 分かってたならスッと無言でどきゃあいいだろ!!」
「そーすべきだったかなって反省したからコッチじゃ大人しく無言保ってやったんじゃあないのッ! なのにこの言い草!?
ありえないわッ! ホントあんたってスッとろくて頭痛いんだから!!」
「じゃあ事前にそのへん言えやああ!!」
「知るかッ! 無言で外眺めるのが妙にサマになってやがるから、『無言を愛するタイプか!』ってえ早とちりさせたあんた
が悪いのよあんたがッ!!」
「何だとおッ!!」
「アア!?」

 両名同時にバァンと起立。
 歯軋りすら有る憤怒の形相2つ、密着して押し合い圧し合い言い合いである。
 実はその模様、密かに遣わしていた小型扇動者によってハロアロたちに中継されていた。

「い、一触即発だよ……? ハブとマングース閉じ込めたみたいだよ……」
 ダークマター製の端末から円錐状に投影されるゴンドラ内の様子を見るサイフェ、困惑気味に顎をくりくり。
 ウマカバーガーの2人の様子から「ブルルお姉ちゃんもお兄ちゃんのヒロインになるかも!」と期待していたが現状はこの
通りである。
「戦いは見たいけど2人が仲悪くなるのは嫌だし…………。ねえお姉ちゃん。ひっつけるお手伝いしようって電話に飛んで
きたけど、逆効果なんじゃないかなあコレ」
 仰ぎ見た姉は腹を抱えて笑っていた。
「いや、プクク……。これはこれで……アリだね。噛み合いすぎ……。ぷっ。大丈夫大丈夫、うまくいく感じだよこりゃあ」
「??」
 本当に分からない。そんな様子で眉を顰め首をひねるサイフェ。姉はため息をついた。
「あんたヒロインにこだわる癖して色恋まるでわかっちゃいないねえ」
「だってラブコメ漫画でよくあるヘンな喧嘩嫌いだもん……。これヌヌお姉ちゃんにも言ったけど、気に入らないならバトル
して決着つければいいんだよ。それなしで怒ってさあ。好きだ好きだって思ってるのに喧嘩するとか……分からないよ。ヒロ
インは優しくて支えてくれて、約束とかして主人公の窮地救うのが一番アツいもん…………」
「そうやってパワーアップの舞台装置程度にしか思っていないから分からないんだよ。大人はあんたが考えてるほど単純
じゃないし純粋でもない。いまヌヌに触れたけどアイツだって例外じゃないさ。エディプスエクリプスが好きな癖に本心明か
せずにいる」
「そうだよじれったいよ! 大好きならガーっと言っちゃえばいいんだよ! サイフェはソウヤお兄ちゃん大好きって思った
らすぐ言うよ! 言ったよ! すぐ伝わったほうが嬉しいもん!」
「そーいうのが子供だっていうのさ」
「むぅー。なんか納得いかない……」
 頬を膨らませる妹の頭をポフリポフリ叩きながらハロアロは言う。
「でもあんた、兄貴とブルルの仲たがいは嫌だって思ってるじゃないか」
「当たり前だよ! 主人公とヒロインは仲良しが一番だよ!!」
「ラブコメ漫画のケンカにゃもっとやれって思う癖に?」
「そうだよ! 戦ってブツかり合ってこそ分かり合え……アレ?」
 褐色少女の紅い瞳が混乱気味に渦を巻く。
「あれれ? じゃあお兄ちゃんとブルルお姉ちゃんの口ゲンカもブツかり合い? なのにサイフェはイヤだって思ってて
…………あれ? あれあれ? 仲良くしなきゃいけないのに、主人公とヒロインがブツかり合って分かり合って…………
支えで約束で…………え、なに、これ何? どういうコト?」
 ツーサイドアップの両端から黒煙が上がり始めた。少女はいま大変難しい議題に行き当たり……変化を始める。



 観覧車終了。


「いいか!! 同行するけどなあ! ジャリガキかハロアロ見つかるまでだからな!!」
「がならなくても分かるわよッ!! どのアトラクションも2人分のレビューが必要なんだから!! 片手落ち防ぐためにゃあ
同時に見るしかねえでしょーがッ!! あんたついウッカリ忘れそうで不安だし!!」
「だからそーいうお袋気取り的なトコが気に食わねえつってンだよ!!」
「何よ!」

(……なんであの2人、がなりながらコーヒーカップ回してるんだろ)

 係員は呆気にとられた。

 更に時間経過。

「ほら! みっともなく腹ぁ鳴らしてんじゃあないわよ!!」
 ベンチに腰掛ける獅子王に黒スーツの少女がクレープを差し出した。
「うるせえ! 食えばいいんだろうが食えば! で幾らだ!!」
「500円よ! 払いたいの払えばいいじゃないのッ!」
「てめ!! 屋台のプレートにゃ520円って書いてあるじゃねえか!!」
「なんで200m先の小さな値札見えてンのよ! やらしいわねッ!」
「狩人の視力舐めんな! つーか20円奢るつもりか!!」
「得するんだからいいじゃないの!!」
「るせえ! 施しみてえで腹立つンだよ!!」
「端数分みっともなく財布かき回す手数裂いてやろうって配慮にそう言う!?」

 ガーガー。グルルル。怒鳴りあってからブルル着席。両名同時にクレープを齧り、同時にそっぽを向く。


(あ、ああ、やっぱダメな感じだよ、お互いがお互いの善意に噛み合ってなくて空回ってる感じだよ、怒ってる!)
(落ち着きなサイフェ。てか子供っぽくない言い回しだねえ……)

 扇動者ごしに様子を見ている妹2人、いまはメリーゴラウンドで併走中。


 と、ここで爆発音。
 一瞬目を合わせた獅子王と強気な少女、無言かつ同時にクレープの包み紙丸めつつ立ち上がる。手近なくずかこの底で
丸い紙2つがルーレットの玉のように跳ね転がったとき、静かな威圧を湛えた怪物2頭が爆心地に向かって歩き出す。ゆっくり
と、ゆっくりと。

 妹2人は「あ、これ絶対大丈夫だ。このタッグより強いのライザさまぐらいだ」とメリーゴーラウンド継続。



 荒野。
 いまだ健在の洞窟部分にはヒーローショー用のステージがある。
 その壇上で特殊部隊風の男がいかにも司会者なお姉さん(ウマカバーガー店員の子孫)のノド元にナイフを突きつけてい
る。ショーの一環でないコトは、観客席の一部を焦がしなおも炎上中の火炎瓶からも明らかだ。男の後ろには同じ格好の連
中が10人ばかり控えていた。

「我々は国際自然保護機構『レッドビーンズ』である!! このテーマパークに囚われている蝶たちの即刻解放を要求する!」
「やっべ! 昆虫保護をうたう過激派組織が麗らかな午後の遊園地に現れた!!」
「要求通す為なら恐喝も不法侵入も辞さない、とにかくめんどくさい奴らですのよ!」
「遊園地中に爆弾仕掛けたつってスイッチ露骨に見せびらかしてる! これはSATといえど攻めあぐねる局面だ!!」

「繰り返す! 10分以内に総ての蝶を解放せよ! 解放しない場合パピヨンパークは犇く人々ともども灰燼と化すだろう!」
「きたよーー! 馬鹿特有の勝手な宣告!」
「遊園地爆破したら蝶全部死ぬって矛盾は見ぬ振りだ!」
「保護対象を心底愛している訳じゃないんだね! 保護するって正義かざして正しい立場に酔いたいだけだね!」
「建設的なコトなに1つできない故のツマらないウサ晴らし乙ーーー!!」
「貴様らーーー!! 好き勝手抜かしおってーーー!! 本当だぞ! 爆弾仕掛けてあ」
 ある、言いかけた首領格……つまり司会のお姉さんを捕らえていた男が急にフワリと浮かんだのは、顔面血管だらけの
ビストバイに左から襟首ごと持ち上げられたからだ。
「テメエか。くっだらねえ騒ぎ起こしてンのは」
「あ、アレ? 浮いて? あれれ? お姉さんに突きつけてたナイフもない……え?」
「武器ぐれえキチっと握っときなさい。頭痛いわ」
 いつのまにか来たのか男の右でブルルがナイフを弄んでいる。クルクル回りながら掌と中空を往復する銀の光に男の顔
は一瞬青ざめたが、すぐに虚勢に塗り替えられる。
「馬鹿め! スイッチを奪わなかったのは失策だったな!!」
 カチ。押した。押したが……何も起こらない。
「え!? えええ!!?」
 なおもカチカチと乱打する哀れな首領格。無様なうろたえぶりに百獣の王の峻厳たる顔つきがいよいよ厳しくなる。
「奪わねえのは奪う必要ねえからだよ」
 黄金飛行機というオーパーツに似た形のリフクレターインコムはとっくに照射を終えていた。強い力によってスイッチの
機能を奪い去っていた。
「ったく。あがくのはいいけどさあ、それ四部じゃないの。火炎山道に続いて『また』。せめて二部で……もういいわよ。頭痛いし」
 震える男。助けを求めて振り返った彼はますます奈落に突き落とされる。仲間達。10人はいた連中がみな昏倒している。
「ビスト。要望どおり一撃よ。鉛筆の次元俯瞰で『ストライク』ってえ奴ね」
「ヘッ。流石はブルル。期待以上だ。……さ、嬢ちゃン。今のうちだ。逃げな」
 獅子王が顎でしゃくると、司会のお姉さんはあわただしいお辞儀のすえステージ下へ逃げ去り警備員に保護された。

「!!? な、なんなんだ! 貴様達は!!」
 るせえ! 猛獣のような一喝に首領格はひぃっと首を縮めた。
「女子供人質にして意を通さンとする輩は誰であろうと見過ごせねえ! 名乗らずボコる! それだけだッ!」
「まったくね。わが師パピヨンが作りたもうた蝶の園を荒らすのもまた気に入らない」
 悲鳴のような声を上げる首領格。彼は知る。欺瞞もゴネ得も通じぬ領域を。

「けどよォ」
「『それ以上』にさあ〜」

 すうっと息を吸い込んだ2人は、まるで示し合わせたかのように。同時に。
 大きく踏み込み拳を繰り出す。声は、ハモった。


「「人が楽しンでる時に余計なコト仕出かすンじゃあねえーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」」」


 腹部に2発。強烈な打撃を受けた首領格、洞窟の壁にブツかるとそのまま力なくズリ落ちた。


「まったく。無粋な客だこと」
「クレープ食いなおそうぜ。今度は小生の奢りな」
「はいはい」
「な! なっ! ガキ扱いするけど小生気前いいンだぜ!」


 他愛ない会話をしながら去っていく最強タッグを──…


(た、楽しんでたの!? めちゃくちゃいがみ合ってたじゃないのさ?!?)
(ケンカするほど仲がいいって奴さ)


 物陰から眺めていたのはもちろんサイフェとハロアロ。
 前者は目を丸くして、後者は訳知り顔で頷いた。





 採石場。
 御前が来て扉開けさせられるこのステージ、桜花の精神体があの日開けられなかった扉をその手で……! と書くとカッ
コいい。
 周回稼ぐときは、鬼門。


 そこでソウヤとヌヌ行はジェットコースターに乗り、


 大湿原(大湿原の癖して湿地より距離短い。スタートからゴールまでの距離、短い)にてスプラッシュマウンテン。



(普通のデートっぽい。わーい)

 露店で買ったアイスクリームを舐めながらヌヌ行は歩いていく。

(…………)

 楽しげな顔をする法衣の女性をソウヤは一瞬意味ありげに見たが、すぐ普通の顔に戻り歩き出す。







 神殿。

・専用BGMがカッコいいのに真赤な誓いに埋もれがち。
・ドジっ娘。突進で壁に頭を打ち付けるとしばらくグッタリ。
・すぐ壁の上へぴょーん。
・だけどこっちがすぐ下に陣取ると手出しできないらしくずっとガオガオ鳴いてる。
・後ろも安置、安全地帯。攻撃される間ガオガオ鳴いてる。
・必殺技くらうとヘビの部分と一緒にクターってなる。
・前足での攻撃はじゃれているようにしか見えない。
・ヘビ部分で噛み付いても毒を与えぬ優しさ。(飛ばせるのに、だ)
・放たれたのは神殿近く。なのに一番奥まで行く旺盛な好奇心。
・でかい。神殿は狭い。基盤はライオン(ネコ科)。何が奴を駆り立てたか明白である。
・ヤンチャ。神殿の飾りとして将来を嘱望されていたにも関わらず、ドタドタ走って柱壊しまくる。
・無敵状態で壁に頭ぶつけると……やっぱグッタリ。
・いかついが実は女僧侶属性。ホイミしか持ってない。
・しっぽがキョロちゃん。


 結論:月華萌えキャラ。



「ここはただ美しさを鑑賞する場所なんだねー」
「パピヨンが美的感覚を誇示するためだけ増改築を繰り返した結果、タージマハル級の建造物になったらしい」
 いまや文化遺産に指定され、数多くの建築家が目標とするほどだ。
「だからトラップ床はとっくの昔に撤去済み」
 そっかー。サイフェは落ち着きなく周囲を見る。美しい場所ゆえかカップルが多い。
(みんな恋人で、主人公でヒロイン…………)
 でもサイフェはどこがどういいのか分からないのだ。
(2人でココ見て楽しいのかなー。ねっ、ねっ、お兄ちゃんにお姉ちゃん、何がどう楽しいの? 聞きたいけどお邪魔するのは
悪いよね……)
 顎をくりくりする。どう考えても分からない。
(うーーーーん。サイフェはやっぱり戦ったりジャンプ読んでる方が楽しいよ。ソウヤお兄ちゃんと遊びたいけど、ヌヌお姉ちゃ
んにヒロインして貰った方がアツそうだし)
 なのに行き交う人々はサイフェの知らない感情で幸福を味わっているらしい。
(恋ってなんなのかなあ。痛いのちょうだいするよりいいのかなあ)
 まったく未知の感情。今は宇宙の果てを想像するような感情だ。浪漫を感じるが……遠い。








 機械成体施設。受付にてヌヌ行とソウヤ。

「来たね。パピヨンパークの目玉」
「ああ。こことブラボー訓練所だけは以前と同じ……武装錬金でホムンクルスを倒すんだ」
 もちろん安全のためいずれも立体映像だ。だが迫力は本物。さながら命がけで戦っているようなスリルがあると大評判。
「使える武装錬金もさまざまだ。錬金戦団やL・X・E、ヴィクター家の物も使用可能」
「(アンダーグラウンドサーチライトでどうやって戦うんだろ……) あれ? アルジェブラも登録されてるよ? この前寄った
時、新型特殊核鉄に落とし込みがてら研究したのかなあ。にしても反映早いような……」
「そうか? ビストたちと【ディスエル】に合計2ヶ月も足止めされたんだ。それだけあればパピヨンだ、実装ぐらいするだろう」
 もちろん2人とも自分の武装錬金を選択。(ソウヤの方は旧ペイルライダー。さすがの養父も3日前の進化は反映できなかっ
たようだ)

「対戦と協力、どっちにする?」
「協力さ。ソウヤ君と戦うなんて考えられないからねえ。(あと愛と正義の合体攻撃にも憧れが!)」
 敵の配置も選べるらしい。ソウヤは迷わず真・蝶・成体事件ver『エクストラ』を選択。
「心強いね。ソウヤ君なら徹底的に熟知してるだろ?」
「いや、それほどでもない。ところでココには無限湧きのエレベーターがある」
「じゃあHIT数稼ぎは……」
「確かに最適に見えるが、実のところ母さん以外は不向きだ」

 原因1つ目「敵少ない+密集せず」。
 2つ目はカニとサカナ。前者は武藤父子の、後者はパピヨンのコンボをそれぞれ邪魔する。
 しかもエクストラではコンボ稼ぎの天敵たる牛すら来る。(吹っ飛ばない、タフ、敵配置崩す、咆哮でコンボ強制中断の四
拍子揃った難敵)。

「……あの、そこまで分析してるってやっぱり知り尽くしているんじゃ」
「いや、あそこで999HITを諦めている分まだまだ甘い。とても極めたなんて言えない」
 静かだが熱を帯びた口調。ヌヌ行は少しずつ風向きがおかしくなっているのに気がついた。

「999を狙うのはエレベーター前の大部屋だ。もちろんヒートアップ状態は必須。逆に言えば大部屋通過後そのゲージは
空になる」
「お、おぅ」
「だからエレベーターでヒートアップゲージを補充するんだ。じゃなきゃムーンフェイス戦で膨大な時間をロスする。もちろん
大部屋の敵で満タンにできればそれに越したコトはない」

 エクストラの場合、999HITかつクリアタイムSを狙うのは工夫が必要。
 ソウヤは厳かな、しかし有無を言わさぬ口調でそう述べた。

「ちなみにオレの最高記録は4分56秒。もちろん999を弾き出した上でだ」
「あのー。ソウヤ君。なんだか普段の君と違ってきてないかい?」
「……」
 喋りすぎたと思ったのか。ソウヤはマフラーで口を覆った。(照れるといつもソレだよね。可愛いからいいけど)、緋色の
襟巻きはもしかすると、刺激に弱い脳髄と直結する羽化直後の白い蝉のようなデリケートな表情筋を韜晦するための道具
なのかも知れない……ヌヌ行が取り留めのないコトを考える4秒間、ソウヤは目を左右にやりながら言葉を捜し、やっと
見つけた。
「すまない。父さんたちとの思い出があるせいで……つい、…………ハシャいでしまって」
 らしくもなく余計な口出しをしてしまった、少年は決まりが悪そうに頬を染めて俯いた。お姉さんは、ときめいた。
「か、考えてみればアンタはゲーマーなんだし、こういうコトはまず自分で確かめてみたい筈だ。いきなりアレコレ言われた
ら、きっと、楽しいものも楽しくなくなる……よな」
 ペイルライダーとアルジェブラの特性も違うし……かなり申し訳なさそうな顔で頬を掻くソウヤ。
「(優しいなあ) い、いいよ。ソウヤ君だって我輩にいい成績出して欲しくて、えと、そうだ、親切心、親切心で言ってくれた
んだと……思う……し」
 語調が緩んだのは「ホントか?」と心細げな子犬のような瞳が無言に濡れながら問いかけてきたからだ。
「(ぎゃああ!! やめてそういう破壊力高い眼差し本当やめて!! 萌える! 死ぬ!!) ホ、ホントだよ。我輩パピヨ
ンパークで戦ったコトないし、チュートリアルは必要だ」
 だから指導して頂きたい。お庭番のようにかしこまると、ソウヤはちょっと噴出した。
「それはちょっと大げさだと思うぞ」
「はっ! 大袈裟にござりまするぞ殿!」
 思いっきり腹に力を込めて低い声を出すと、ソウヤはとうとう声を立てて笑った。ヌヌ行もなんだかおかしくなって、かしこ
まった姿勢のままクスクス笑った。
(ああ。いいなあ。こういう感じ、いいなあ)
 告白したらこの暖かな雰囲気が二度と味わえなくなるかも知れない……だからヌヌ行はまだ「約束」をどうするか、それば
かりを考えていた。


(だって……我輩、小4の時、男子に告白したせいで……イジメられたし…………)

 妬んだ女子から壮絶なイジメを受けた。そういう経緯があるからヌヌ行は人に本音を話せない。
 もしソウヤにイジめられたら…………サイフェのようなドMではないヌヌ行は本当に絶望する。
 彼は……希望なのだ。イジメの闇に灯った暖かな光だったのだ。
 それがイジメの端緒と同じ『告白』で崩れるのは……辛い。


「とにかく攻略手順、かいつまんで話すぞ」
「よろしく頼むよ。(ここでまた殿とかいうのは、オジサンが受け狙いでしつこくやるアレみたいなので自重しよう)」
「ポイントは、『闘争ゲージ満タンでエレベーター前の大部屋に行く』……だ」

 理由は”コンボの邪魔者たる牛3体をノータイムノーリスクで葬る為”……ソウヤは述べる。

「この3体を蝶・加速で葬るとヒートアップゲージが満タンになる」
「満タンなら残る敵相手にヒートアップしてコンボ数稼げるね」
 ヌヌ行は頷いた。ゲーマーだから理解は早い。
「その通りだ。しかしエクストラの場合はそこまでの道中あまり余裕がない」

 スタート地点すぐ隣の部屋が閉じ込められるタイプ。かつ牛3体が段階的に出現。ゼロからゲージ2つを稼ごうとするとグ
ダグダ、である。

「ムーンフェイス30体が控えている都合上、あまり時間は裂けないって訳だね」
「よってオレは

Z    (07) …… ヒートアップゲージ最大でスタート
]W  (14) …… 必殺技強化
]Y  (16) …… ブチ撒けコンボ継続時間50%延長

この3つの特殊核鉄を装備した。細かい手順はこの紙に書いてある。読んでくれ
(手順書まで作ってたよソウヤ君! どんだけ機械成体施設攻略に情熱傾けてるの!?)
 真面目な分、一度おかしな方向に行くととことん脱線するらしい。

 とにかく法衣の女性、意中の少年の差し出した紙を読む。(これ貰ってもいいんだよね、宝物にしていいんだよね)などと
思いつつ。

01.隣の部屋の出口付近へ移動。閉じ込められたらヒートアップ状態突入。
02.初期配置の「牛1体」とその後ろの「サカナ2体」を必殺技で撃破。
03.すると増援の「牛2体」が出現。後に残すと面倒なため速攻で処理。
04.残る敵も『ヒートアップ解除まで』必殺技で処理。
05.解除後は必殺技を使わず通常攻撃で対処。(言うまでもないが、大部屋まで闘争ゲージ満タンで行くためだ)
06.部屋を脱出したら道なりに進み、大部屋の出口付近へ。
07.敵出現と同時に反転。出口付近の牛を左側から引っ掛ける心積もりで蝶・加速発動、残る2頭の牛へ向かって直進。
08.前述の通り、牛3頭撃破+ヒートアップゲージ最大充填。
09.カニの盾を剥ぐ。剥ぎ終わったら念のため確認。
10.敵軍勢を角地に誘導。
11.ヒートアップ状態突入。敵の背後に回り、壁際へ押しやるように攻撃。配置が良ければブチ撒けコンボ1回で999到達。


「999を達成したら前言どおり大部屋の残党もしくはエレベーターの敵でヒートアップゲージを稼ぐ。ムーンフェイスに手間
取らなければ999HITかつクリアタイムSだ」
「…………こういう色々考えるところ、きっとパピヨン譲りだねえ」
「彼ならもっと検証するさ。最初に閉じ込められる部屋、1つ気になるコトがあるし」
「気になるコト?」
「ああ。増援の牛2体が居るにもかかわらず出口が開いているのを見た覚えがある。錯覚かも知れないが……」
 しかし位置取りによっては他の増援(トカゲ)を出さずに通過できた、それは確かだから、牛に関しても同様の手法で時間
を短縮できるかも知れない…………経験者ゆえの余人には理解しがたい悩みを吐露するソウヤにヌヌ行はちょっとだけ
困り笑顔を浮かべた。」
「5分切れたなら十分だと思うよ……。(確かエレベーターじゃ「2分」強制拘束……。実質3分以内でクリアか……)
 斗貴子は拘束含めて4分04秒。粘れば3分を切れるだろう。


「ちなみに『必殺技強化』はムーンフェイス対策だ。道中のコトを考えると『ヒートアップゲージ増加量30%上昇』も捨てがたい
が、ムーンフェイス戦にはあまり役立たないように思う」
「『攻撃力30%上昇』じゃない理由は?」
「道中でのヒートアップゲージ回収のためだな。必殺技を強化するとHIT数が上がり、結果としてゲージ増加率も向上する」
「つまりムーンフェイス対策とゲージ回収の折半だね。(攻撃力が上がってもヒートアップ状態になれなかったらコンボ数
が稼げず困る、と)」
 サイフェ戦で見せた特殊核鉄使いの片鱗は、こういった攻略手順構築あらばこそ培われたものらしい。

「以上。オレの場合の攻略法だ。父さんも同じ方法だった」
「斗貴子さんなら牛いてもバルスカ安定だよね。パピヨンも敵が多ければ問題なさそうだし……」
 

 さて余談。

 手順02〜03について。

──02.初期配置の「牛1体」とその後ろの「サカナ2体」を必殺技で撃破。
──03.すると増援の「牛2体」が出現。後に残すと面倒なため速攻で処理。

 この、「特定の敵撃破による増援」はスパロボなどでもお馴染みの現象ゆえ、当然他ステージにも存在する。
 撃破すると増援が生まれる敵を仮に『トリガー』としよう。
 手順02における「牛1体」と「サカナ2体」は、同03にて現れる「牛2体」のトリガーである。

 トリガー。

 狭い部屋における乱戦においては特段意識する必要はないが、荒野のような広大で、敵があちこちに散っている場所にお
いてはその限りではない。思慮に入れなかった場合、平たくいえば、『せっかく必殺技でまとめて倒したのにまたあんな遠い
ところに増援でてきた……。タイムロス……』という事態を招く。
 それを防ぐ鍵が、『トリガー』。撃破すると増援が現れる敵である。ノーマルモードの荒野の場合、スタート地点におけるトリ
ガーは『白黒混成の蝶整体トリオ』である。2組存在し、いずれも『トカゲ+白蝶整体』グループのトリガーだ。
 詳述は避けるが『トカゲ+白蝶整体』のような増援にもトリガーは含まれている。それを見極め、増援を積極的に出現させ、
必殺技に効率よく巻き込んでいけば、終盤突然遠い場所に敵が出てきて戸惑うという事態は解消される。

 ただしトリガー、乱戦時は大変見失いやすい。注意と観察が必要だ。


 スタート地点隣室。

「そうそう。その調子だ。筋がいいなアンタ」
(わーい褒められたバンザーイ

 手順どおり仕留めていく。が。

「ぬがーー!! トカゲぇ!! 敵殲滅した筈なのに残ってるーーーー!!」
「出現と同時に始末できればいいんだが、乱戦ではそうもいかない。もっと位置取り、煮詰めるべきか……」


 ↑の次の部屋。

「うわ敵いっぱい。これ全部大部屋に誘導したらHIT数稼げるじゃないかな?」
「その前に闘争ゲージが減少する。牛3匹を始末できるか怪しい……」
「だからスルーなんだね」
「だが減少後の必殺技で斃せないかどうかは未検証。誘導した方が却ってうまくいくかもな。これが終わったら確認する」


 大部屋。

「やったゲージ溜まった! 赤ペン先生の教えてくれた通りだ!!」
「誰が進研ゼミだ誰が!! 戯言はいい! 999HITを目指すぞ!


 エレベーター。

「うわーーーん!! 闘争ゲージ溜めようとしたらカニ泡くらったあああああ!! ゲージ減る! 毒で減る!!」
「……盾を砕いてもそれがあるから厄介なんだ。何度ゲージ不足に追い込まれたか」


 ボス部屋への通路。

「ここも敵いっぱいだけど」
「無視だ。奴らで闘争ゲージを溜めてムーンフェイス戦を短縮しても、ココに留まった時間でプラマイゼロ……突っ切るぞ」


 ボス部屋。

「ぎゃあああ! 60体!! ムーンフェイスが60体いるよーー! キモいよーーーー!! ぎゃあああ!!!」
「落ち着け! 協力プレイだから倍するのは当然だ! 道中の敵もそうだったろ!!」
「そうだった! じゃあまずはヒートアップ状態になって」

 しばらく蹂躙。敵勢力およそ4割に減少。ヒートアップ解除。

「後は闘争ゲージが尽きるまで必殺技を……」
「ぐわあああ! 痛い! 踏まれてる! ゲージ! ゲージ減る!!」
「そこをどけムーンフェイス!! 大丈夫か?」
「(助けてくれた!! やった王子様降臨!) ありがとー。てか踏みつけ厄介だね……」
「滅多に炸裂しないが、やられると一気に不利になる」
「わ! 今度は『どんどん行くよ』って流星・ブラボー脚みたいな技を!」
「動き回っていれば大丈夫だ。ちなみにオレ達を狙ってくるのは脅威だが利点でもある」
「? あ、そうか、ムーンフェイスを好きな場所に誘導できるってコトで、つまり──…」
「ああ。一直線に並べれば、技終了後、蝶・加速で一網打尽にできる」


 敵勢力残り1割。細い上にチョコマカしているムーンフェイスを時々見失いながらも着実に減らす。

「げえっ! サテライト30! (ジャーンジャーン)」
「土壇場で回復されると腹が立つな……」


 それも始末。並んでいる方が悪い。


 結果。



「やった!! ムーンフェイス撃破!!」
「……羸砲それオレの台詞だぞ」


 結果、ソウヤ・ヌヌ行ペア、999HIT達成。クリアタイムは4分42秒。



「いやぁ、ムーンフェイスは強敵でしたね……」
「ダブル武装錬金……。薄々予想はしていたが、イザ使われると圧巻だな」
「でも60体で良かったよ」 やれやれと呟くヌヌ行に「どういう意味だ?」少年は問う。
「30×30だったら900だよ900。サイフェが貸してくれた2010年代のジャンプ漫画に居たんだよ。『和』じゃなく『積』で増殖す
る分身系の敵が。ムーンフェイスがそれやったら大惨事だよ」
「……確かにな」
 900体のムーンフェイスは悪夢以外の何者でもない。ソウヤはじっとり汗をかいた。
「ま、ゲームだから処理能力の都合上、60あたりが限度だろうけどねえ」
「そういえば……」 ソウヤは何か気付いたようだ。
「真・蝶・成体の一件で奴はダブル武装錬金を使っていたな」
「確か……1つ目はアリバイ用。地球に存在しながら、月にもお留守番のような分身を置いた。戦団の目を欺いた」
「ああ。2つ目はムーンフェイスラボでオレたちから逃れるためだ。斃されはしたが、予め作っておいた分身で命を繋いだ」
 つまり所持していた核鉄は2つ。が、機械成体施設地下での分身は「30」。
「なぜ60……或いは900じゃなかったんだ?」
「そりゃあアレじゃないかい?」 ヌヌ行は眼鏡を直す。
「もう1個の核鉄は月さ。アリバイ作り用のお留守番ムーンフェイスが持っていたに違いない。さすがの彼も武装錬金なしじゃ
不死身たりえない。けど地球に残った分身に、核鉄2つとも預けてみたまえ。ソウヤ君たちに両方取られる危険性がある。
そしたら月に残った無手の分身、もはや分裂不可なる最後のムーンフェイスが戦団の息のかかったものに討たれ……死亡」
 ド汚いが脇は決して甘くないムーンフェイスがそういう万一の危険に備えぬ訳がない……法衣の女性は英雄譚でも歌うよう
高らかに滑らかに諳(そら)んじる。
「だから片方の核鉄は月さ。月の分身に持たせておけば、そちらに討伐の手が及んでも切り抜けられる」
「なるほど、機械成体施設のムーンフェイスが30体留まりだった理由、合点が言った」
 と頷くソウヤだが、すぐちょっと目を尖らせてみせた。
「……。そうか、クソ」
「どうしたんだい? 珍しく荒い言葉を吐いて」
「月に残ったムーンフェイスの存在をすっかり忘れてた。奴はココで斃されようが斃されまいが最初から死なないよう仕組
んでいたんだな。遠い月でのうのうと生き延びられるよう、保険を」
「あ、そうか。さっき『不吉に前向きなまま消えてく』演出入ったけど、あれは多分『ただ分身が消えた』だけで『死んだ』訳
じゃないんだね…………。(だって月にムーンフェイスの分身残ってるんだもん。全部本物だから1体でも残れば助かるよ)」
 げに恐ろしきは射程距離である。月で発動したものが地球にも効力が及ぶ。斗貴子がカズキとの再会を絶望視するほど
の圧倒的距離を挟んでなお作用したのだ。或いはそこにパワーを使っていたから60または900体の分身が作れなかった
のかも知れない。
「認めたくないが、恐ろしい奴だなムーンフェイスは」
「まあまあ気にしちゃいけないよ。ああいうタイプはだね、ソウヤ君みたいな成長はできないさ」
 月面への妄執を抱く宇宙飛行士の成れの果て。パピヨンでさえ理解不能な薄暗い情念に凝り固まっている男は結局なん
の成長もできない……ヌヌ行は滔々と述べた。
「だから彼が900体の分身産むなんて絶対ないよ。ありえないね。主人公属性なら最終回あたりで30の30乗の分身を
して星の数のほどの敵を撃滅するアツい見せ場を得られるだろうけど、ムーンフェイスだよ? 無理さ。絶対ない」
「……羸砲」 ソウヤはため息をついた。
「そういうコトはあまり言わないほうがいいと思うぞ」
「え?」
「悪は悪で際限がない。まして狡猾なムーンフェイスだ。月華や真・蝶・成体のような研究成果で自らを強化しない保障はな
い。30の30乗……だったか。天文学的数字だ。荒唐無稽だ。しかしだからこそやりかねないのがムーンフェイスだ」
 奴の楽園への執着は本物。先ほどの再現映像を見ても分かるように、この地球を荒涼たる月面にするまで奴はきっと
諦めないだろう。肌で彼の恐ろしさを知るソウヤは重々しく呟いた。
「(……やべ。フラグ立てちゃった私?) だ、大丈夫だ。その場合、責任は発言者たるこの我輩が持つ。アルジェブラ、全
時系列を貫く蝶蝶巨大なスマートガンなら、沖天に充満する無量大数のムーンフェイスすら一網打尽にできる筈」
「見たいような見たくないような…………嫌な対決だな」
 ソウヤは軽く頬を引き攣らせ、汗を流す。
 なにかのレーダーを真黄色に染めているムーンフェイスの群れ。それが秒針のように回転する光線によって薙ぎ払われ
元の黒い下地を覗かせる…………圧倒的物量に押されるSFアニメの逆転劇のような光景が浮かんだのだ。

(何にせよ……奴との決着はまだ、か)

 ライザを救えたとしても戦いは終わらない……ソウヤは拳を堅く握った。




 ウマカバーガーの店員さんのプロフィール初公開にも関わらず、3サイズまでは載せてくれなかったコトで有名なパピヨン館、
いまや彼個人の業績を讃えるための個人博物館である。
 蝶人としての活動記録や蝶の標本の数々を兄と見て回るハロアロは所在なげである。

(なんか、あたし以外みーんな色気づいてるね……)

 再びペアを結成した兄はブルルと親密さを増したようだ。
 向こうも口調こそ荒いが、世話を焼くコトは吝かでもなさそうだった。
 彼女と機械成体施設に向かった妹だって恋愛に関心がでてきたように見えた。

 ソウヤとヌヌ行は言うまでもない。

(あたいだけ侘しい……。はぁ、ブラボー訓練場行ってゲームしよ)

 それは機械成体施設のアトラクションとは少し違う、仮想世界フルダイブ型のゲームだ。
 真・蝶・成体事件当時のステージを体験できるし、従来の訓練場のミッションもできる。
 防人衛その人のゴーストとどっちが多くホムンクルスを狩れるか競うのだ。

 ちなみに彼、引き分けでも「よくやった」と勝たせてくれる聖人である。

 普通に戦った場合めったに起こらない引き分けを見るには、ビギナーズランク「エントランス公園」で、76ポイント前後を目
安にプレイするといい。(なお、最後の通路、通常ステージでいう所の『必殺技でしか壊せない壁より先』に行かないよう注意。
足を踏み入れると牛が大量に沸き、点数計算がし辛くなる)
 苦労して引き分けても特に何もないが、参考までに。









 侵食洞窟。

 何度もふれているが、『敵僅少』『毒(ゲージ減少効果)射出の花』『永パ阻止の根攻撃』『いろいろめんどくさいラスボス』な
どなど楽しくない要素満載のステージである。だからこそゲーマーは、掻き立てられる。二度とやりたくねえと毒づきつつ、1秒
でもクリアタイムを短縮するため今日も挑む。


「わー。綺麗ー」
 天井を見上げたヌヌ行から感動の声が漏れる。視線の先に広がっているのは透明なドームで、しかも天然のプラネタリウ
ムだった。雲1つない夜空があった。

 紅。
 碧。
 蒼。
 金。

 色とりどりの宝石の粉を撒いたような光が深い常闇の天空で静かに瞬いている。遊園地のライトアップこそあるが都会か
ら離れているため空は暗く、星はどこまでも美しかった。
「綺麗だ。本当に綺麗だ」
 童女のようにそれだけを繰り返すヌヌ行の明るい表情にソウヤも一瞬だけ頬を緩める。
「ここは機械成体施設の地下深くにあるが、広さだけは気に入ったパピヨンが自分専用の天空観測所に作り変えたらしい」
「地下なのに空が見えるってスゴいね。パピヨン、どれだけの地盤や土砂を取り除いたんだろ……」
 かつては真・蝶・成体の根や花に埋め尽くされていた洞窟。今は大理石の床が敷き詰められ神秘的な雰囲気だ。切り立った
崖を取り巻く岩肌はエメラルドグリーンの輝きを放っている。(パピヨニウム……。周囲一面鉱物で飾るとか成金シュミだね)
持ち主のよく分からないセンスに軽くヒくヌヌ行だが、ふと先ほどのソウヤの言葉に引っかかるものを感じた。
「……あれ? パピヨン専用なのにどうして我輩たち入れたんだい?」
「オレがパピヨンに電話で頼んだ」
「なるほど。(いつの間に……) やっぱり思い出の場所だから決戦前に見ておきたかったんだね」
「それもあるが……」
 ソウヤは少し沈黙を置いてから、ゆっくりと述べた。
「アンタと来たかったんだ」
「……え?」
 一瞬言葉の意味を掴みかねたヌヌ行だが、鼓膜からやっと音声データが脳髄に染み渡った瞬間、鼓動はドキリと軽く跳ねた。
「その……正確にいえば、ブルルと3人で、仲間たちと来たかったんだ」
 だが彼女はどうやらアンタに気を利かせたようで、だからこそ、ますます今日アンタとだけは来るべきだと思った。少年は
ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。デリケートな何かに慮り慎重に一言一句を厳選しているような声だった。
(…………? あれ?)
 ヌヌ行は気付く。ソウヤは言った。「ブルルがアンタに気を利かせた」。ペアを決めたくじ引きを差しているのは明らかだ。
(確かにブルルちゃん、私がソウヤ君と同行できるようイカサマしたけど、……、けど、なんでソウヤ君がそれ知ってるの?)
 サイフェ戦で研ぎ澄まされた感覚がブルル以下4名の不審な動きをキャッチしただけだが、さすがにヌヌ行はそのあたりの
顛末など分からない。重要なのは『ソウヤがペア決めのイカサマを知りつつなおヌヌ行の同行を認めた』理由である。
「ソウヤ君……。今の言葉、いったいどういう」
「……後だ。それより今は上を見るんだ」
 上? また夜空? 目をパシパシさせながら従ったヌヌ行は──…


「……………………あ」


 思わず見とれた。

 無数の、蝶だった。蝶の群れがドームの上を飛び去っていった。星空に負けず劣らずの宝石だった。炎。氷。雷。森。
さまざまなエレメンタルを感じさせる模様が流星群のように流れ去る。奔流は地下のパピヨニウムの輝きをも反射し
……幻想と化す。

 かつて過酷なイジメから逃げるように異世界の冒険を思い描いた少女。

 彼女の夢はいま、少しだけ叶った。大好きな少年としばしの間ファンタジー世界を体感した。



「なんか……言葉もないよ」
 美しさ、感動、達成感、喜び、ますます高まる恋心……いろいろな物に極まりつい涙を滲ませヌヌ行はそれでも年上の
矜持を保つため礼を述べる。『素敵な光景を見せてくれてありがとう』、と。少年がたじろいだのは、落涙に彩られた心か
のら笑顔にである。咄嗟に視線を外した彼は「少しでも元気付けれたら……嬉しい」とだけ言った。
「でもなんでこんなスポット知ってたんだい?」
「そりゃあ、新型特殊核鉄を受け取ったとき、世間話で聞かされたからさ」
 ココに来たのも何かの縁、ブルルとも見たかった……残念そうに呟くソウヤに
「じゃあ、今から呼んでくる? その……私に、気を利かせてくれたんだし…………」
 言ってからヌヌ行はしまったと思った。その言葉はつまり『どうしてソウヤ君も私に配慮してくれたの?』。ペアを決める
時のイカサマ。それをなぜ彼が黙認したか聞くに等しい質問だった。
「…………」
 少年もまた相手の心に気付く。知られたコトを知る。己の核心を射抜いた矢を握る。

 わずかな、しかし心根の若い男女にとっては永遠とも思える時間が流れた。存在するのは2人だけ。他には誰もいない
静寂の空間で、ソウヤとヌヌ行は互いの細い吐息を重圧の中でしばし聞き続けた。



「【ディスエル】の件を聞いた」


 ハロアロから、聞いたんだ。黝(あおぐろ)い髪の少年はそれだけを述べた。


「アンタはあのゲームから戻ってきた時、気落ちしていた。その理由を……聞いたんだ」
(ダヌ……)

 分身に心抉られた記憶が蘇る。彼女が抜け出してから虹色でなくなった玉虫色の髪の房の下で心臓がきりりと痛んだ。

 暗黒物質から生まれたもう1人のヌヌ行は言った。

(人々の閾識下を流れる闘争本能の具現。『マレフィックアース』。それになり、人々の悪意を断ち──…)

 ソウヤの真・蝶・成体打倒から派生したあらゆる歴史を平和にすると。

 武藤ソウヤを改竄の後始末から解放すると。


 ……その言葉を聞いた時から、ヌヌ行は自罰的な感情に囚われている。なぜなら──…


「アンタは……思ったんだな。自分もマレフィックアースになれば、オレを父さんや母さんの下へ返せると。真・蝶・成体を
斃してやっと取り戻した日常の生活に、今度こそ、咎の意識なく戻せると」

 諭すように囁きながらソウヤはゆっくりと近づいてくる。(肩に手を当てるためだ。私が……泣きそうなほど震えているから、
慰めるために…………) 無言の優しさはしかし罵声以上の棘となり心に刺さる。

「…………ソウヤ君は、サイフェとの戦いで言ったよね。改変の不具合とずっと向き合うって。時代時代に生きる人たちと
協力して、少しずつ歴史を良くしていきたいって」
 けど。法衣の裾を強く握る。声音に涙の気配が混じるのを止められなかった。鼻の奥に幼児特有の感情的な熱が灯る。
「でも、それじゃずっと戻れないんだよ? ソウヤ君……カズキさんや斗貴子さんの所に……いつまで経っても…………。
「分かってる。何か変えれば何か不具合が起きるのが歴史改竄。総てを良くできるのはそれこそ遠い未来……だろうな」
 彼方を見る精悍な眼差しに寂寥が篭るのをヌヌ行は見逃さなかった。
「ソウヤ君だって気付いてる筈だよ……。最初はただ……真・蝶・成体から地球を救うためだけだったのに。戦いの中でやっ
とお父さんやお母さんと普通に話せるようになって……未来を平和にしたのに…………また戦いが起こって…………せっかく
取り戻した日常に帰れなくなって…………いつ終わるか分からない歴史改竄にずっとずっと付き合わされるなんて………
………辛いよ……」
 ソウヤは言葉を聞き終えると……笑った。
「オレが決めたコトなんだ。アンタが気に病む必要はない。サイフェにだって言っただろ? そうしなきゃ、ただ帰るだけなら、
きっと父さんも母さんも笑ってくれないから、平和が壊れても戻すため戦うって言っていたから、だからオレは真・蝶・成体か
ら生じた新たな歴史と向き合いたい…………そう決めたんだ」
 やっと、そして……そっと。ヌヌ行の肩に手を当てる。女性にそうするのは緊張するらしく、慰めている方がむしろ身を堅く
している不器用な構図だ。
「むしろ付き合わされているのは羸砲、アンタの方じゃないか。前世からずっと。こんなオレなんかの頼みを聞いたばかりに、
ライザやウィルから狙われる羽目になって、……転生までして、それでもずっと付いててくれて」
 そのうえオレのために泣くのは……辛すぎるだろ。気にしなくていい。少年の言葉に法衣の女性は俯いたまま力なく首を
振る。
「それでも……私が、分身が……ダヌが言うように…………身を捨てて……マレフィックアースになれば……………………
ソウヤ君は…………安心して…………暖かなご両親の元へ戻れるのに…………分かっているのに…………できずに……
いるんだ」
 そういう卑怯な自分がたまらなく嫌なんだ……言葉裏に潜むヌヌ行の真意にしかしソウヤは気付けない。
「…………。サイフェから、オレが生まれる前の話を聞いた」
 はっと面を上げる眼鏡の女性。注ぐ言葉は蘇る記憶そのものだった。

 イジメに遭い、死すら考えていた少女。
 その前に現れた武藤夫妻は……ソウヤの鼓動へ導いた。
 まだお腹の中にいる彼の拍動を聞かせたのだ。
 捨てようとしていた命。つながり。その大切さを斗貴子はカズキは優しく説いた。


──「どんなに辛くても悲しくても、生き続ければ必ず……このコに逢える」

──「このコのような存在に、必ず逢える」

──「キミにもそういう権利が……あるんだ」



──「大丈夫! キミもオレも斗貴子さんもそういうつながりの中から生まれて来たんだ!」

──「きっとみんな傷ついたり迷ったりも しただろうけど、でもそれと同じ数だけ笑ったり楽しんだりして」

──「前に進んできたんだと思う。



 彼らの言葉。ソウヤの鼓動。それらからヌヌ行は『希望』を貰った。
 生きたいと願った。再びソウヤと出逢える日まで、どんな困難が待ち受けていても向き合おうと思った。



 いま事実は当人の耳に届いた。ヌヌ行は秘匿していた訳ではない。希望だからこそ軽く述べられなかっただけだ。況や
イジメによって本音を離せなくなった少女よ、どうして深意を伝えられよう。
 少年もデリケートな部分に触れているという自覚があるらしく、どう話していいか迷っているのが目に見えた。

「その……アンタがオレに恩義を感じてくれているのは分かる。……嬉しいとも思っている。だって…………初めて、なんだ。
父さんや母さん、パピヨン以外にそこまで深く想われたのは」
「…………」
「けどだからこそアンタ1人が犠牲になるなんて結末……オレは絶対に認めない。認めたくない。仮に総てが上手くいくとしても、
父さんや母さんの下へ戻れるとしても、生まれる前から強く想ってくれていた人を犠牲にするなんてコト、絶対オレはしたくない」
「それは……やっぱり、お父さんやお母さんが悲しむ、から……?」
 半分はそうだ。少年は強く頷く。
「だけど半分は違う。仲間を見捨てたり、悲しませたくないからだ」
「仲間……」
「ブルルとは……友達、なんだろ。さっきだってあんなに仲良くしていた。なのにアンタだけが、体と命を捨て閾識下の闘争本
能になったら…………死ぬようなマネをすれば……彼女は……アンタのためにイカサマまでしてくれたブルルは……きっと
悲しむ」
(……。そう、だった)
 ヌヌ行は初めてできた友人を大切に想っている。本当は彼女の弟の件だって慰めたい。しかし彼の死因たる王の大乱は、
ヌヌ行の前世のせいで起こった。前世が真・蝶・成体打倒のためソウヤを過去に送ったから大乱が生じ……ブルルの弟も
世を去った。そういう因果を持つヌヌ行が『ブルル君、君の弟ぎみは幸せだったと思うよ』などと言えるだろうか。死亡者を
出したスリップ事故の、遠因たる金属片を道路に撒いた存在が、遺族に対し同じ言葉を吐いたらヌヌ行はきっと許せない
と思う。それと同じだ。ソウヤの立場も相似である。
(けどブルル君は……我輩たちを責めたりしない。普通に接してくれている)

 だからヌヌ行も壁を作らず接している。変に気を使う方がブルルの喪失感を刺激する……そう思ったからだ。
 言葉で深い傷を癒せないからこそ、行動で示すのだ。ブルルの命を助ける。ライザに乗っ取られるコトを……全力で防ぐ。
 ……と誓ってもいる。

「なのにアンタまでもが先立てば、ブルルは悲しむ。オレは彼女だって…………悲しませたくないんだ」
 ソウヤのその言葉はきっと、頤使者たちのように弟の一件を解きほぐせないコトに対するせめてもの贖罪なのだろう。
それが分かるからヌヌ行は頷いた。
「……だね」
「それに、父さんたちの薫陶を受けた以上、友や命を捨てるコト……本意じゃない筈だ」
(………………)



 ソウヤの鼓動から学んだのは『命』。そして『つながり』。


(あのとき斗貴子さんも言っていた……よね)


──「結局、私は私の命が私のものだけだと思っていた」

──「私という存在が実は他の誰かにとって大切な意味がある……などとは全く思いも寄らなかった」

──「生きていく中で知らず知らずのうちにつながりみたいなのを得ていて」

──「それが消えたとき周囲の人たちが 悲しんだり後悔したりするなんてちっとも実感しちゃいなかった」



 カズキも言った。



──「まだ人間のカタチにもなってないのにさ、でも命は確かにあってさ、不思議だなーって思うんだ」

 ヌヌ行の瞳を覗きこみ、笑いながらこう言った。

──「耳、当ててみる?」


 そしてソウヤに出逢えた少女は……生きようと思ったのだ。
 凄絶なイジメの現場を生き抜いて、切り抜けて…………再びソウヤに出逢いたいと思ったのだ。


「なのに……たくさんの物を貰ったのに……死を選ぶようなコトを、人間の身を捨てて闘争本能そのものになろうとするの
は……駄目だよね…………。ソウヤ君やブルル君との……つながりを捨てるって…………コトだもん。カズキさんや斗貴
子さんが教えてくれたコトを…………無視なんて……ダメ、だよね。裏切るコトになるもん……本意じゃ……ないよ」
「だから捨て鉢になっちゃダメなんだ。何度も言うが、つながりを拒むものは脆いんだ。オレがそうだった。アンタが総ての
縁(えにし)を捨てて閾識下の闘争本能……マレフィックアースになったとしても、それは孤高ゆえいつか立ち行かなくなる。
具現たるライザすら危殆に瀕しているんだ。一時代の一座標にある器ひとつ永劫の物に作り変えるコトができない力なんだ。
アンタが化しても総て解決という保証はない」
「そういう解釈も……あるんだね」
「あるさ。話せば考えは少しずつ変わっていくんだ。話すコトでオレは父さんたちを理解できた。だから……話す」
「ふふっ。そーいうところ、お父上にそっくりだよ」


 子供時代、イジメがキッカケで激流に身を投げたヌヌ行。
 それを助けたカズキは、ウソまみれの説明にさんざん騙された後、しかし一切怒らずこう言った。


──「とにかくさ。キミさえよかったら話してくれない? 別に本当のコトじゃなくてもいいからさ」


──「誰かと話すだけでも辛さが和らぐってコト、結構あるよ。オレもそうだったし」


(またカズキさんに……慰めて貰ったね…………。ソウヤ君の持つカズキさんの部分に……)


 分身に植え付けられた自責の気持ちが少しずつ軽くなる。『最善手があるのにどうして選ばない』という悩みの前提条件、
最善手と思う手段が実は最善手と呼ぶには色々問題を有している……そこが分かっただけでも心は平穏に染まっていく。


 話して始まるコトがある。

 絶望の中でそれを学び希望を得た少女は、いま再び決意する。


「あのね、ソウヤ君」

 口火は本当に静かだった。少年はいつもと同じように精悍な顔つきをちょっとだけ不思議そうに緩めてからヌヌ行の目を
見た。


「我輩が……いや、私がね、マレフィックアースになるかどうか悩んでいた本当の理由はね、今言ったコト以外にも実は……
あるんだ」

 そうか。話してくれるなら助かる。オレで解決できるコトがあるなら協力する。
 少年は、どこまでも真摯な瞳で玉虫色の髪持つ女性に呼びかける。

 内心のヌヌ行が深い場所で、悪戯っぽく笑った。

「マレフィックアースになったら、ソウヤ君と一緒に冒険できなくなるじゃない。それが嫌でね、けど、ソウヤ君と一緒に居たい
がために、改竄の、キリがない改竄の繰り返しに、ソウヤ君を巻き込んでいるんじゃないか、ソウヤ君をお家に帰してあげる
コトができる解決策を、私が、自分のために、自分のためだけにガン無視してるんじゃないかって…………悩んでいたんだ」

 そうか、でもその辺りのコトは気にしなくていい。オレが改竄に向き合う理由はさっき述べた通りだ。アンタが気に病む必要
はないんだ。……『冒険』という言葉に平素のヌヌ行との違いを嗅ぎ取った彼は、しかし「いつもよく出てくるおかしな調子の
アレだな」と気にも留めない。だから……気付かない。女性の『一緒に居たい』、それが意味する所を。

 内心のヌヌ行は、だから、やれやれと肩を竦めながら…………表に向かう。
 時計盤の長針はもう、止まらない。

「私がソウヤ君と一緒に居たいのはね。昔……お腹の中にいるソウヤ君から希望を貰ったからでもあるけど」


 時刻は変わる。長針が12に重なる。


「ソウヤ君のコトが、好きだからだよ」


 静かな声に爆音が重なった。星空と蝶を映していた侵食洞窟天井のドームに無数の花火が閃いた。

 ……時刻は19時。サイフェ=クロービが何度も告げた花火の上がる時間である。




 一世一代の告白を終えた羸砲ヌヌ行は、震えと極度の虚脱状態の中、呆然と天井を見た。花火。月に1度のパピヨン
デーにのみ上がる花火が何発も何発も天に昇る。爆音が響くのは、この洞窟が地上と天井ただ1枚で仕切られているか
らだ。
 視覚と聴覚。2つから現状を把握したヌヌ行は力なく崩れ落ちる。


(告白は花火の音にかき消された模様!! って! えええええ!? そんな! 勇気振り絞ってやったのに! ウソでしょ
ベタだベタすぎるようわーーーーーーん!!! なんでこんな時に限って花火上がるのさーーー!! 時空改竄者がタイミン
グミスって初めての……違った初めてじゃなかった、小4んときしてたけど、とにかく一世一代の告白つぶされるとか……
つぶされるとか…………)


 がっくりいったヌヌ行。


(あ……でも。いいや……ココまでいい感じだったし。そうだよね。今はこのままで……いいや。告白聞かれないほうが……。
ライザやウィルの件だって片付いてないんだし……だから花火は、浮ついてないでしっかりやれっていう天の采配…………
なんだろうけど…………でもやっぱり落ち込むなー。ガチ告白を花火に潰されるなんて……)

 妥協と後悔に沈む彼女の肩に触れるものが、あった。


「だ、大丈夫か羸砲」
「大丈夫じゃないです……」
 ヌヌ行はイジけた。もうここからの会話はハロアロの好きなギャルゲの既読文のようにスキップしたい気分だ。
(くすん。どーせ花火の音で聞かれてないってパター……)
 あれ? ヌヌ行は気付いた。花火の音はまだしている。洞窟内にも轟いている。が、その状況下で起こる筈のない現象が
いま起こった。

 恐る恐る顔を上げて仰ぎ見たソウヤは、見たコトのない顔だった。


 照れたような、焦っているような、驚いているような、それでいて少しだけ安心に似たニュアンスを浮かべつつ……顔中を
汗だらけにして…………染めて……そしてマフラーを鼻の辺りまで…………引き上げていた。

 ヌヌ行は生唾を飲んだ。恐ろしく勇気のいる確認作業だった。

「ねねっ、念のため聞きたい。いま、わ、我輩は花火の爆音の中、ソウヤ君のここっ言葉を聞いた。声が……その、聞こえた。
じゃあ、あの、だね、ええと。そのっ …………わたっ、わわっ、我輩が先ほど述べた言葉、ソソっ、ソウヤ君と一緒に居た
い理由………………最初の花火と同時に告げた言葉…………聞こえていたり…………したのだろうかっ」

 突き出す指は震えに震えた。そういう仕草にますます動揺したようだ。
 少年は、目を見開いてから、たっぷりと、恥ずかしそうに眉を下げて、静かに静かに…………頷いた。


 少女はずっとこういうシチュに対するシミュレーションをしてきた。
 年上なのだから、優しく笑って「そうさ、我輩は君が好きなのさ」と落ち着いた雰囲気で呼びかけよう……ずっとずっとそう
決めていた。練習していたのだからきっとスルリと出るだろう……確信していた。


 ヌヌ行、ドームの向こうでドンドン上がる花火に向かって大声で叫んだ。


「仕事しろよお!!」
「!!?」


 ソウヤは目を剥いた。剥かずにいられる訳がない。生まれて初めて告白をしてきた女性が、羞恥から一転、突然花火に向
かって吼えたのだ。正直訳がわからなかった。

「ど、どうしたんた羸砲」
「普通こういうシチュで告白消してうやむやにするのが花火でしょお!!? それがなんで普通に通してるかなー?!! 
告白っていうのはスパロボでどんだけイデオンガンぶっこもうが特定シナリオまで絶対死なないパイロットみたいなもんだよ!?
一段落の特定シナリオまで絶対できない補正あるでしょ補正がああああ!! 我輩の場合はライザとかウィルの件がそうだ!! 
かかっ、彼らの件が片付くまでできないのお約束で、花火とかがその尖兵で邪魔するのが普つ……仕事しろよお!!!!!」

 また吼えるヌヌ行。ソウヤは本当に困り果てた。

「うわあああああん!! いい感じだから思わず勇気だしてもーたのがワザワイしたああ!!! やっぱ後にとっとくべきだった
あ!! 花火に妨害されたとき実はちょっぴりラッキーとか思ったのに……なんだよコレ!! なんだよ花火、仕事しろ!
仕・事・し・ろ・よおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!

 両頬に手を振って顔を揺すったり、天に向かって吼えたり、とにかく色々忙しいヌヌ行にソウヤは呼びかける。


「その……羸砲」
「そそっ! そうだよ!! 男性として我輩は……ええいもう繕っても仕方ないわあ!! そうだよ! 私は、ソウヤ君のコト
が、男のコとして、ずっとずっとずーーーーっと昔から大好きだったの! 元の時系列での年齢差!? 知らないよ!!!
たたっ、たとえショタと言われようとなんと言われようと大好きなの!! し! 仕方ないでしょ!! あんな運命的な出会い
をして、希望も貰って!! そのうえこーんなカッコ良くて優しくてちょっと中二病で、だけど仲間想いでご両親想いでパピヨン
想いで若干マザコンで! なのに戦えば強くてカッコよくて! 時々ボケてて何よりかわいい!!! これで好きになっちゃダメ
とか無理ゲだよ!! ニコ動に上がっても全然面白くない無理ゲだよ!!! 好きなの! 好きで好きで好きで大好きで!!
大好きなの!! 仕方ないのーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「…………言いすぎだ」
「ゴメン」
 たじろいだ様子のソウヤにヌヌ行は頭を下げる。次に控えているのはもちろん由緒正しい……『返事』である。

 ソウヤ、何分か黙った後、やっと答えた。


「アンタの気持ちは嬉しく思う……。そこは本当だ。さっきも言ったけど、父さんや母さん、パピヨン以外の人から、深い気持ち
を向けられたのは…………初めてなんだ。叔母さんや父さんの知己にすら…………羸砲のようなコトは…………言われて
ないんだ」
「そ、そうなんだ……」
 告白にちゃんとした返事がある。それは幸せなコトだった。告白に怒りイジメを敢行する”カノジョ”が居ないのも然り。
「ええと、伝わり辛いかも知れないけど、本当に嬉しいんだ。喜んでいる。母さんのお腹の中にいた頃のオレに希望を見出
してくれたっていう話だけで、実は凄く……嬉しかったんだ。だって……真・蝶・成体のせいで……そういうのが…………
誰かから暖かい感情を向けられるっていうコトがなかったから………………だから、嬉しかった」
「……うん」
「あの話はサイフェからの又聞きで、でも今はアンタの口から直接聞いて…………な、なんていえばいいんだろうな。こういう
時、どうすればいいか分からないけど…………とにかく嬉しいんだ。『好きだ』っていう言葉の温かさが、心に沁みるっていう
のか……とにかくその…………ええと、誰かに……い、いや、違う…………ええと、アンタに、羸砲に愛されているって知った
のは、知れたのは…………良かったと思うし………………とても……嬉しい。赤の他人から……無条件で…………アンタ
にとっちゃ無条件じゃないかも知れないけど…………オレ自身はアンタを絶望から救う何かをしていないから……だから
感覚的には無条件なんだ、無条件で…………必要とされて……受け入れられているのは…………言葉でたとえるコトが
できないほどに嬉しい。…………心が…………兎に角どこかへ向かって奔り出したいほどに踊っているし……ドキドキして
……いる。情けないけど……ドキドキ……してる」
 紅く潤んだ瞳。胸に手を当てるソウヤは、決まりが悪そうな、それでいて誕生総てが報われたような穏やかな顔でヌヌ行
に微笑んだ。
「喜んで貰えてるなら……嬉しいよ。それ以上は求めないから」
 無理に返事は出さなくていい。やっと年上らしいコトが言えた。安堵するヌヌ行。
 少年は少し笑ってから表情を引き締めた。
「オレは……アンタと仲良くなりたいと思っている。辛かったら支えたいし、犠牲になんてなって欲しくないと思ってる。母さん
や叔母さんに似ているトコだって決して嫌いじゃないし。冷静なアンタは信頼している。崩れたアンタには時々釣り込まれて
笑ってしまって…………笑った分だけ救われてもいる。ペイルライダーだってアンタのおかげで進化した。……とても大切
な仲間だ」
「ありがとう」
「でも……付き合うとか、男女の機微とか、そういうの……分からないんだ。一緒に居たいとは思う。だけど、例えば母さん
に対する父さんのようなコトができるかどうかは……分からない。最近やっと仲間の大切さが分かったばかりなんだ。アン
タが寄せてくれる好意を、アンタがくれる色々の数に釣り合うほど返せるかまだ分からない。努力はする。初めて深い感情
を寄せてくれたアンタを蔑ろにはしたくない。それでも……やっぱりオレは女性が苦手だし…………エ、エロスな行為は
絶対にしたくないし、されるのも怖くて…………逃げるかも知れない。手すら握れるかどうかなんだ。…………そういう
オレなんだ。そういうオレと一緒に居ても…………アンタは……羸砲は……辛くなったり……しないか?」
 しばらくソウヤの顔を覗き込んでいたヌヌ行は、軽く俯き、小石を蹴るような仕草をした。
「いま言った欠点総て我輩の……私の好みでしかないよ」
 そう、か。
 ソウヤは若い肉食獣のような顔をちょっとクシャクシャにした。薄く滲んでいる涙を見たヌヌ行もちょっと泣きそうな顔をして。

 それから2人は色とりどりの花火に炙られながら、静かに見つめ合い……笑い続けた。




「…………ソウヤお兄ちゃん、ああいう顔も、するんだ」


 機械成体施設側の扉の隙間から偶然この模様を見たサイフェ=クロービは左胸に手を当てた。

 護符しかないそこがトクトクと脈を打つ。戦っているときとは違う、甘酸っぱい。それでいて何かを失ったような悲しい痛みが
……少女の心をかき乱す。応援していた筈のヌヌ行。彼女が引き出す主人公(ソウヤ)の笑顔が紅い瞳になぜか痛い。涙が
軋む。


(痛いのに……痛いよ)


 愉悦をもたらさない痛み、歯医者さんで感じる痛みより遥かに小さいのにどうしようもなく辛くて、なんだか泣きたくなる痛みに
戸惑いながら、頤使者次女は踵を返し、成体施設からの帰路につく。

(…………喜んでいいのかしら)

 同じく扉の前でソウヤとヌヌ行、サイフェ。両方の様子を見ていたブルルは片手で軽く頭を抱える。
 仲間達は祝福したい。だが……先ほど弟の件で慰めてくれた純粋な少女がいま、傷ついた。

(ケアしてやらないと、ね)






 侵食洞窟。
 かつて此処で旅を終えた少年の、新たな旅が此処から始まる。


(さぁて)


 新たな旅の下地を……少年少女のペア決めをペテンでやってのけた演出者は扉の前からそっと離れる。


(『若い頃』よ。二部の幕開け飾った奴よ。このまま迂闊に留まってえ見つかって、奴らの雰囲気ブチ壊すのは頭痛い。よっ
て若い頃よ。一部風に去るのが吉)

 遠ざかる足音を聞く。その主は告白を覗き見るつもりはなかった。『もうすぐ集合時間だし、遅れないよう呼びに行こう』、
ただそれだけの動機だった。そもそもヌヌ行が告白するなど予想もしていなかった。ただ『どういう約束をしたのかなー』と
いうのを早く知りたかっただけだ。ジャンプを早売りしているお店に向かうような調子で、だからこそ偶然目撃してしまった
告白の風景……ソウヤの顔が余計に堪えた。

(『想い』ってえのが通じ合うのは素晴らしい。だけど優しい2人だもの。いろいろ助力してくれたサイフェが自分達のせいで
傷ついたって知ったら絶対に後悔する。そうならねえようケアしてやるのが、ま、『仲間』、でしょうねえ〜〜)


 もう1人の立役者は、主人公とヒロインをくっつけるためにアレコレと策動していた幼い少女は、しかし成功によって予想外
の傷心に陥った。
(『幼さゆえに気付いていなかった気持ち』。それに先ほどやっと気付いた……って所ねえ)
 機械成体施設を小走りで去っていく小さな影めざして溜息混じりに歩き出す。侵食洞窟は背後でどんどん遠くなる。


(きっとサイフェもソウヤのコト……好きだったのね。『初恋』って奴よ。あれだけの戦いをやって、救われて、ヒーロー然と
した姿見せつけられたんだもん。好きになって当然。けどまだ9歳だから、家族とか漫画に対する愛と区別がついてなくて、
でもヌヌの告白を受けたソウヤの顔が、決して自分じゃ引き出せないものだって直感して……傷ついた。失恋の痛みをそう
とも知らず受け止めたのよ。戸惑うのは当然。頭痛いって断じるのがおこがましいほど当然の話)


 気持ちは分かる。なぜならブルルも──…


──(逢った頃は何とも思ってなかった容貌さえ今じゃまるでブラッドピッド! って感じ)

──(二部好き的にゃマフラーつけてんのもツボだしさあ……)

──(『好きになるかも』って話よ。つかそもそも予想外だから浮ついてんのよわたし)

──(そうよ、ヤバくなったら見捨てるってんで近づいた男がそのへん意に介さず身を呈して助けてきたから思わぬ展開っ
──て奴でグラついてんのよ)


 一時期ソウヤを好きになりかけていたからだ。


(ふふ。ヌヌが居なかったら、身の程知らずにもアプローチしていたかもね。魅力的、ですもの)


 しかしヌヌ行は居た。彼女はブルルなんかよりずっと前にソウヤと逢っていた。斗貴子とまだ不可分だった時代に出逢い
希望を貰った少女……その関係に割って入るのは無粋だから、言った。


──(あんたがソウヤ好きって逢った瞬間理解したわたしがイキナリしゃしゃり出るとか倫理的に言って有り得ないわ頭痛
──いわ。すでに見捨てると公言してる以上、それ以上は誠実であるべきよ、余計な不貞は失くすべきよ)


 身を引き、見守るコトにした。当時は『どうせ目的を遂げるまでのグループ、深く関わる必要もないし』という思いもあった。
 今は……違う。仲間というよりは彼らの友人として行く末を見届けたいと思う。


(進展し辛い仲だから、時にはペア決めのインチキのような手助けもするわよ。見守るけど見てるだけは頭痛い)


 それが適応機制なのだ。引いたコトへの、薄口の失恋への。失ったから作る。大人はそれができるのだ。

(サイフェは違う。まだどうすればいいかなんて分からない。強いけど心は子供。弟のコトで慰めてくれた恩義もある。自分
のコトすら約1世紀どうにもできなかったわたしだけど、だからこそそれをやっと癒してくれた優しい少女の傷心は見過ごせ
ない)

 薄暗い通路を小走りで進む。先に行った少女は歩いているようにしか見えなかったが、身体能力ゆえに常人の何倍もの
速度を出していた。ここに来るまでブルルと並んでいたのは、彼女の歩調に合わせたからだろう。いまは違う。恋に破れた
一種の自失がブルルを忘れさせている。だから後塵が揺り返すのだ、置き去り少女が走るのだ。

(わたしはソウヤの父親のような暖かな太陽ではないけれど、万人の心をほぐせるほどの経験はないけれど)

(それでも、不得手でも、目を背けちゃいけないコトはあるの)

(誇り高きパブティアラーの血を受け継いでいるのよ。見過ごすなんてあっちゃいけない)

(少しでもあのコの痛みを……引き受けたい)

 通路を抜けるとエレベーター前にサイフェがいた。侵食洞窟側へ戻る足つきだったのは、もちろん同行者を置き去りした
不手際に気付いたからだ。「……ごめん」 そう言いたげな顔を更に強張らせないよう話を逸らす。
「さっきの広場ってさあ、ムーンフェイス戦で例の白いロープみたいなのが入り口に張られるのよ。で、倒したら当然解除さ
れる訳だけど、そっからクリア画面に移るまでの僅かな間に部屋出たらどうなるのかしらねえ」
 ? 首を傾げる少女に言う。わざとらしく、額に手を当て。
「不覚。次に来た時のためにさあ、部屋出る練習してたら取り残されたわ。気付かないあんたのが普通。悪いのはわたし」
「そうだったん……ですか」
 ちょっと浮かんだ疑いの眼差しを慌てて押し込めるサイフェは本当しっかり者だった。方便に甘んじられる子供だった。
 エレベーターに乗る。響き始めた無機質な駆動音の中でブルルは対話を決意した。
 話題はとっくに決まっている。傷心を話すのだ。ソウヤを好きになりかけたコト、ヌヌ行のために引いたコト。自分も同じ感
情をかつて抱いて、それはやはりまだ心の中で疼いているコト。それがなければきっと先ほどの彼の表情にサイフェと同じ
心痛を覚えていたであろうコト……。

 総て話した。エレベーターが上階につくまでの2分間、ずっと。

 侵食洞窟への扉は2人のものなのだ。時間や立場といった物がソウヤに至る道を塞いだ。ヌヌ行とも隔てられた。ブルル
もサイフェも女性として明らかに違う次元に区分された。俯瞰も複製も、アース化すらも及ばぬ次元に。

 ずっと1人で死を恐れ、なのに解決ができなかった女性が少女にしてやれるのは扉を分かち合うコトだけだ。共通する思い
がある。等しき経験がある。痛みを1人で抱え込むのが当たり前だったサイフェに、少しだけ知って欲しいのだ。

 痛みは分かち合える……ごく普通で、だからこそ誰もが時に見落としてしまうコトを。

「ヌヌが告白できたのは、そのどちらも知ってるからよ。武藤カズキや津村斗貴子はイジメの痛みを分かち合おうとした。
なのにダヌの一件では見落とした。ソウヤとも分かち合えばすぐ楽になれたのに……ずっと1人で苦しんだ。告白はその
反省に根ざしているのよ」
 言葉は多い。やっと行き場を見つけた幻弟痛の感情が長らく使われていない姉の回路から滝となって溢れ出す。
 幼い、妹そのものの少女が情報濁流にアップアップしたのは理解力の未発達ゆえだ。
 結局すぐに理解できたのは最初の一文だけだが、ブルルはそれでいいと思う。大人なのだ。1つ1つ説明していくつもり
だし、そもそも述べたのは話題という作品の章題であって内容ではない。一部から三部までの章題を述べた。一部のそれ
だけが覚えられた。上出来ではないか。対話の用件は満たしている。どこを切ろうがピンクダークの少年で、どこを切ろう
が『痛みを分かち合う』話……なのだから。

「分かち合う……。それってブルルお姉ちゃん、攻撃したらもっと痛いのちょうだいできるのとは……違うの?」
 さらさらとした黒髪を揺らしながら問いかける少女に「そうね」、頷く。通路を抜けると広間に出た。
「『分かち合う』つーのは殴り合いじゃあないわよ。一般的にいやあ魂で相手の痛みを感じるコトよ。わたしはその痛みを
分かってる、何とかしたい……ってえ感情を示すコト」
「難しそうだね」
「ジャンプでいうならズバリ……『分かるってばよ』」
「分かるってばよ、か……。それなら、うん。分かるよ。」
 気落ちしていてもジャンプが出ると少しだけ明るくなる。良くも悪くも純粋で幼い少女だった。
「だけどわたしは考える。分かる分かるって口先で言うだけが分かち合うってコトじゃない」
 どういうコト? 難しそうな話だが、だからこそ少女は真剣に耳を立てる。自分なりに心痛と向き合いたいようだ。大人が
必ず心痛を癒してくれる存在だと信じているようだ。現実に蔓延るその逆をまだ知らないのはそれだけで1つの才能だ。
 ブルルは、言う。
「『希望』を与えるのも分かち合いの1つじゃあないかしらね。ただ痛みに同意し頷くだけじゃ湿っぽくなる一方だもの」
「あ、じゃあカズキお兄ちゃんや斗貴子さんお姉ちゃんがヌヌお姉ちゃんにしたのも
「……斗貴子さんお姉ちゃん? まあいいわ。そうね。わたしの黒い核鉄の前の持ち主とその妻がヌヌにしたのは湿っぽく
ない方。『希望』を見せた。ヌヌの痛みは理解した。けど同情よりも価値ある言葉を彼ら告げた。痛みを耐えた先に希望
があるコトを」
 そしてヌヌ行は希望を目指した。斗貴子の中にいるソウヤの鼓動に勇気を貰い、痛みと向きあうコトを決意した。
「考えていた自殺すらやめて……再びソウヤお兄ちゃんと逢うその日のために」
「ヌヌはウソつきだけどさあ、武藤夫妻には本音で話した。イジメのコトを話した。本音で話したから痛みを分かち合えた。
希望を貰えた。それを知っているから、いえ……思い出したから、振られるかも知れない、痛みを感じるかも知れない
『告白』をやったんだと思うわ」
「……。サイフェがいま抱えてるような痛いのちょうだいしても、本音でぶつかったからこそ得られる何かを…………始まる
何かを…………ヌヌお姉ちゃんは目指した…………ってコト、かなあ……?」
「それもあるでしょうね。だってヌヌ、ソウヤの両親から薫陶受けておきながら、ダヌのせいでちょっと見失っていたもの。
その辺はソウヤの説諭どおりだから詳しく述べないけどさあ、奴にビシっと突きつけられた以上、恩人ともいえる武藤夫妻
の言葉に背を向け続ける訳にはいかないもの。薫陶に賭けてソウヤと向き合うしかないし、第一」


──「話せば考えは少しずつ変わっていくんだ。話すコトでオレは父さんたちを理解できた。だから……話す」


「ソウヤお兄ちゃんの言葉も……引き金、だね。本当の自分を、好きって感情ごと知って欲しいって、思ったから」
「自分がどう思われているか理解したいと思ったから」

 告白した。何段も駆け飛ばして。

「ところでブルルお姉ちゃん、さっきの口ぶりだと他にも理由がありそうだけど、それはなぁに?」
「推測だけどさあ、ヌヌも思ったんじゃあないかしら。『希望を与えたい』って。ダヌの件、ソウヤのお陰で整理がついたみた
いだもの。だのに、また恩義が増えたってえのに、お返し1つできねえのは女としちゃあ恥ずべきコト、スッとろすぎよ」
「だからせめて、『希望を貰った』とか『私の希望だよ』とか、そういうコトを伝えたかった…………。うーん。難しいなあ。ブル
ルお姉ちゃんブルルお姉ちゃん、サイフェちゃんとついてけてるかなあ」
 大丈夫よ。大部屋を抜けた場所でブルルは立ち止まると膝を曲げ、その頭をサイフェの頭にコツリと当てた。
「あ。もしかしてコレ、生ハムお兄ちゃん!?」
「五部好きつってたから『ご褒美』。あんたは年の割りに十分いろいろやってるの。自信を持って。まだ辛いでしょうけどね、
その分、あんたの痛みの分だけ、ソウヤもヌヌも救われた思うわ。あんたも『分かち合った』のよ。湿っぽくない方で。だから
……2人の仲間として、お礼をいうわね。ありがとう」
「…………。そうだね……。……そう、だよね。コレもきっと……いい痛みの…………筈……だよね…………」
 褐色の頬を掠めて落ちていく幾つかの珠にブルルは、『後で角砂糖の投げっこでもする?』と優しく呼びかける。
 頷く少女の背中がそっと抱かれ……そこはしばらく撫で続けられた。


 しばらく後、2人は機械成体施設の出口……真・蝶・成体事件ではスタート地点だった場所にいた。

「……あ、だったらサイフェ、ブルルお姉ちゃんの弟さんのコトで『分かち合えた』のかな……?」
 少女は申し訳なさそうに背を丸めて上目遣いで聞いた。気まずそうだ。やはりデリケートな話題に触れたコト、申し訳な
く思っているようだ。
「済んだ話じゃない。ありゃあ火山洞窟のお化け屋敷出口付近でとっくに決着してる話題よ:
 そうだけど。サイフェがもごもごと述べた内容を翻訳すればこうである。『自分は兄妹を失った経験がない、なのに触れた。
失った痛みを知らないのに励ましたのは、なんだか失礼なんじゃないか』。

 ブルルは盛大な溜息をついた。

「でも希望は見せたじゃない。辛そうだなって思って、希望も与えた。十分よ十分」
 だいたいあんたでしょ、『辛いとき誰か傍にいれば辛さが半分になる』、そう言い出したのは。
 そう言われるとサイフェは返す言葉もない。
(……分かってるようで分かってなかったんだなあ)
 誰かと何かを分かち合うコトも…………主人公とヒロインの関係も。
 恋がただの舞台装置でないと知った少女。淡い初恋はいま苦い痛みとなって胸の中で泣いている。


「ところでブルルお姉ちゃん、さっきから頭痛いって全然言ってないけど大丈夫? 本当はブルルお姉ちゃんの方が辛くて
痛くて、痛すぎるから逆に頭痛を感じなくなってるとかじゃないよね……?」
 そこも分かち合いたいらしい。(ホントまだ子供ねえ。新しく知った言葉を何かとすぐ使いたがる)。一生懸命だが稚気は
拭えぬ少女の姿におかしみを感じながら、五部への浮気を悔いる二部好き少女、悠然と述べる。
「おかしくないわよ。ソウヤとヌヌのコト、あんたとずっと話してたんだもん」
「? え、え? サイフェがしてたの頭痛の話だよ?」
 それ関係ないんじゃ……少女の言葉を手で制し、ブルートシックザールはニヤリと笑う。


「分かち合ったのよ。『頭痛のタネ』って奴をね」


 割り切った恋でも痛みはクるのだ。






「遅え!!!」

 エントランス公園出口でビストバイは気を揉んでいた。
 腕組みしながら叫んだ瞬間、道行く人が一瞬びくりとしたが「パピヨンパークなう。獅子王いたww おこwwww」と呟く程度に
留まった。良くも悪くも有名人、短気だと皆知ってるから驚かない。

「チクショー。待ち合わせに一番乗りしてブルルの野郎に『ちゃんと時間守ったんだぜ、やればできるンだぜ!』ってえ自慢
したかったのに!! 誰も来やがらねえ!! ペアたるハロアロもブラボー訓練所に入り浸りだし!!」

 ムカムカしながら待つ。1分経過。いよいよ顔面が血管だらけに。更に5分経過。逆に青ざめてきた。

(じゅ、19時の花火で良かったよな? 午後7時と17時聞き間違えて小生だけ置いてけぼりとかねえよな……? いいい
19時の筈だ19時の筈なンだ。くそ、怖くなってきたのはブルルのせいだ。奴が午後7時と17時間違えンなとかゴチャゴチャ
抜かしたせいで却って分からなくなってンだ、ブルルが悪い!!)

 各員に電話して所在を聞くのも考えたが、(いやいやそれじゃ何か小生が一番乗り誇示したいみてえじゃねえか。奴らが
来たとき当たり前のように小生が居て、そンで『早いわねビスト』とか言うンだよブルルは。そっからだ、そっからだよ! 自慢
したり遅れたアイツにばーかばーかとか言ってやンのは!! そしたら勝ちだ、猟較だ!!)

 既に30分以上待っている。逆算すると花火が上がる24分前からスタンバっている。驚くべき速さだが、本人は到着当時
「ブルルの野郎おンなじコト考えて既に居たりしねえだろうな……」と恐々辺りを見回したものだ。

「でも居なかったってえコトはやはりジャリガキともども機械成体施設に居る小僧とヌヌを迎えに行ったようだな。ご両人が
交わした約束がどンなンか、知りたがってたしなあ。……っと」

 見慣れた影が2つ公園に近づいてきた。ビストバイは務めて静かな表情を作る。いかにも花火直後、普通にやってきた
ような顔でだ。もちろん実際は前述通り20分以上前から集合場所たる公園出口に居た。しかも彼はその時間に着けるよう
ルート構築すらしていた。最後に寄った施設がエントランス公園に程近いパピヨン館なのは決して偶然ではない。

(だって小生は狩人! 足の速さ距離の近さで仕留められるよう段取りを組むのは得意だし大好きだ!!)

 ふふん。どうでもいいコトで得意気になっていると、果たして妹と待ち人が宵闇を縫って傍に来た。

「ン?」
 妙にシュンとなってる妹と、なにやら自分の限界を悟っている様子の黒スーツの少女。それらを交互に見た彼は掌を拳と
いうゴム槌でポンと叩いた。
「成程。ヌヌが告白でもしたか。そンで小僧が色良い返事したのを見たジャリガキはマセた感情催してどうしていいか分か
らず悩んでると。ブルルはブルルでケアしたが、時間とともにヒドくなる失恋症状にとうとう言葉が払底……って所か?」
「あんた察し良すぎない!?」
 口癖すら忘れるほど驚いたようだ、ブルルは声を張り上げてから「いやまあ実際そうなんだけどさ……」と俯き加減。
「ブ、ブルルお姉ちゃんは気にしなくていいよ。本当たくさん慰めてくれたし助かってるし……。サイフェが勝手に変な感じに
なってるだけだもん……」
 褐色少女も顎くりをしない。機械成体施設からの道すがらぶり返してきた失恋の痛みに悩んでいるようだ。慰めてくれた
ブルルがそれで落ち込んでいるから軽い自己嫌悪に囚われて……永久機関だ。
 悪循環の彼方でドン底に陥ったブルルお姉ちゃん、落ち着きなく美顔ローラーを頭でゴロゴロ。
「ああもう。この胸にある黒い核鉄の先代使用者ならヌヌ救ったように『スパ!』ってえ最高の希望与えられるのに! 同じ女
だってえのに、最年長だってえのに、弟の件で励ましてくれたサイフェを速攻で元気にできないのは歯がゆいし………………
頭痛いわ!」
「でもお前さン、その励まされた原因が原因で人と距離取って生きて来ただろ。師事してるパピヨンだってああいう性格」
 人生経験が圧倒的に不足してンだ、悩み相談にゃ不向きじゃね? 指摘されたブルルはウグと呻いたきり黙った。
「ほら図星。大好きと公言するピンショ……ピンクダークの少年も参考にゃならねえしな。ありゃあ恋愛展開少なすぎだ」
「また噛み付く! 何よ! できねえコトすんなって言いたいの!?」
 いいや褒めてる。意外な言葉に彼女は目を丸くした。
「ありがとよ。ジャリガキのためワザワザ不得手を引き受けてくれて。できねえできねえで首振るヘタレよりかはずっといい」
 だいたいコイツは、と妹の頭を拳でコツコツ叩きながら、言う。「コイツはキチっとしてるようで甘えたがりのジャリだからな、
辛え時に一人きりってえの耐えられない」、だからお前さンが不器用ながらにアレコレ話しかけたのは、傍に居たのは、それ
だけで結構救われてただろうさ……。獅子王の言葉と拳に褐色少女はちょっと抗議を漏らしたが、ブルルを見るとちょっと
恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに頷いた。
「小生の言う通りだってよ。礼言いたいってよ」
「見りゃあ分かるわよ……」
「ところでジャr……サイフェ。帰ったら適当にくつろげや」
 え、でも洗濯とかあるよ。明日のご飯だって炊かないと……可憐な攻撃はしかし額への軽い手刀で強制中断。
「やっといてやるからよぉ、部屋でジャンプ読むなり好きにしとけ。悩みっつーのは趣味やってその辺ブラついて旨いメシ食っ
て風呂入ってグッスリ寝りゃあそのうち晴れちまうモンなんだよ。足りねえ頭でアレコレ考えたって深みに嵌るだけさ。だから
まず命満たせ」
「命を……満たす」
「そ。満たしてそっちに気ぃ取られて、でも合間合間にふっと痛みを思い出して悩んで泣いて、そんでメシ食うなり風呂入る
なりして、寝て、夢見て泣いて、ま、繰り返しだわな。てめえの感情をどこどこに向けろって指図はしねえ。自分で決めろ。
どうせ正答のねえ問題だ。せいぜい下らねえ方向いかないよう命満たしてジックリ向き合え。それがサイフェ、お前だけの
猟較さ」
 なんだか難しいよそれ……褐色の少女は額をさすりながら述べた。しかし辛さの濃度は更に幾分か下がったようだ。
「……なによビスト。色々だらしねえ癖に肝心な時だきゃ兄ぶりやがって」
 兄妹を見比べる黒スーツの少女は、はにかみとたじろぎを同時に浮かべた。だが片方を見る視線はほんの少しだが……
熱い。
「恐れいったか!! 待ち合わせだって一番乗りだぜ!! 小生てめえに勝ったンだぜ! 褒めろ褒めろ! 讃えろ!!」
 ギシシシと悪戯小僧のように微笑む獅子王。ますます複雑な含羞を浮かべるブルル、その袖を引いたサイフェは比較的
普段に近い明るい表情だ。
「あの、色々しょうもないお兄ちゃんですけど、今みたいに、イザって時はとても頼れますから、それ以外の時はあまり怒らず
面倒見てあげて下さいね。言葉はキツいですけど、実は弱気だし……優しい、ですし」
「ハ……ハアッ!!? なんでビストなんぞの面倒みなくちゃいけないのよ!!? あた、頭痛いわ!」
「小生だって願い下げだ!! 頑張って待ち合わせ時間に一番乗りしたンだぞ!! なのに何で面倒……アア!?」
「そうよ!! コイツとは色々噛みあわねえの!」
「ああ! 相性きっと最悪だ! 連携不可だ!!」
「兄貴兄貴! 機械成体施設のスタート地点隣室で牛2体斃さずに済む方法見つけたよ! トカゲと初期配置の敵を同時
に全滅させるとゲート開くっぽいよーーー!!!」

「「いまそれどころじゃあねえつってンだろ!!!」」

 2人は同時に叫んだ。ニョっと出てきたハロアロに声揃えて怒鳴った。

(息ぴったりじゃないのさ……) 妹、白い丸目で顎をくりくり。

「どなられた……」

 一方、巨女はシュンとした。流石に可哀想と思ったのか、妹は慰めるべく動いた。

「そうか流石兄貴!! 同時全滅の手間と不確実性なんてとっくにお見通しだったんだね! そうだよそうなんだよ! 牛
出して他の敵ともども全滅させた方が安定して早かったりするんだよ!」
「いやお姉ちゃんそれ違うよ?! 怒鳴られた理由違う!!!」
「でも津村斗貴子だけは別だよ! うまくいくとなんと10秒ほど短縮できるよ! 10秒だよ10秒! タイムアタックの10秒は
あたいよりデカいよ!! それなしで最高記録3分56秒だから、きっともっと短縮できるね!」
(ダメだこいつ……)
(かつての対戦相手が告白した裏でゲームって……)
 高度2mあたりで「? ??」とキョトキョト左右を見るハロアロ。何かもう色々哀れだった。
「あのね。お姉ちゃん。……その、色々ね、あってね」
 サイフェは口を開き、そして。




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」



 あれエントランス公園に噴水あったっけ。通行人は首を傾げたがすぐ気付く。
 なんだか青くて大きいのが古典的なアニメよろしく両目から涙をドバドバ流しているのだ。

「サイフェええええええええええーーーー!!! フられちまったんだねえええ!! 可哀想に!! 可哀想に!!! る
おおおおん!!! るぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんん!!!」
「わ、分かったから!! それがお姉ちゃんの分かち方で、嬉しいから!! お願いだからそろそろ離して!! みんな
見てるよ! うう。恥ずかしい……サイフェは恥ずかしいのですーーー!!」

 抱きしめられている褐色少女は短い手足をバタバタ。それでやっと姉は解放実行である。

「ぐすっ。あたいは誕生日つうかクリスマスにノートPCのゲーム画面のイケメンとコンビニケーキ食うような女だから人生ど
うこう言えないよ!! 言えないけど、食べたいスイーツあったら遠慮なく言うんだよ!! 好きなジャンプキャラ何でもデコっ
てやる!! ドルヒラでも画ROWでも何でもいいよ! ジャンプキャラのデコで金賞取った腕前存分にふるってやるよ!」
「あ、ありがとー。ちなみに何のキャラで賞取ったの? え、複雑なものなんだ。じゃあ聖衣? それとも神龍?」
「レベルEの王子の秘密の日記だよ。手彫りで完全再現さ」
 4.5cm×3cmの板チョコにね……それを聞いたサイフェ、半笑いのまま固まった。
(無駄にすげえ)
(審査員も凄いわよね。顕微鏡でも使ったのかしら。頭痛くなったでしょうね)



お食べ。たんとお食べ。にしてもこんな可愛い妹がフられ……うおおおおおおお!!! よよよよよよーー!!」

 とうとう両目と口から大量の水が噴き出した。涙というより排水管3つだった。消防ホースかも知れない。
 何にせよ、キモかった。

(図体相応の豪快な泣き方ね……)
(妹失恋しただけでエラい騒ぎだな…………)

 兄夫婦は呆れる他ない。

「ありがとうだけど……、その、お姉ちゃん、クリスマスにゲームの人とコンビニケーキ食べてるんだ……」
 妹の声音がゾワリとした。黒ブレザーに包まれた体が数歩後ずさる。
「え!? あ、あ! ち、違うよ今のは、その……!!」
 姉はマズいコトを聞かれたとばかり、おろおろ。
(ほら言わんこっちゃない。恋愛そっちのけでゲームしてるから)
(姉がゲームキャラとクリスマスだぜ。流石のジャリガキもヒくわな)
 サイフェ、「ま、まあそれも人の自由だけど」という寛容さでコーティングした明確な否定の表情でゆっくり囁く。
「パティシエなのにコンビニケーキ買うとか不経済だよ……。めんどくさかったらサイフェも手伝うから作ろうよ……」
「え、そこ!?」
「? だってちゃんと作った方がゲームの人も喜ぶよ? お供え物は心を込めて作るべきだよ」
 いまいち分かっていなかった。



「つーか、よく考えたらサイフェ、フられてないんじゃないかい?」
 1分後、ハロアロは「むむ」という顔で首を捻った。
「どういうコトよ? 現実逃避だったら頭痛いわよ?」
「現実逃避ぃ? ハッ!! 馬鹿だねブルル! この兄嫁っ!」
「るせえッ!! 殴るぞボケが!!」
「いいぜブルルやっちまえっ!」
 仲いいなあ。褐色の妹はほっこりした。青色の妹は反論した。
「逃避するならゲームだよ!! 没頭して馬鹿みてえな単純作業繰り返してそんで日付代わってるの気付いて、しまったコ
レでまた1日空費した、モテる努力して奴るとの差がいよいよ広がったってえ後悔すんのがゲーム、現実逃避っ!!」
「思いっきり捕まってるじゃねえか」
「現実に捕まえられてるよね……」
「その辺りはともかくサイフェがフられてねえって論拠はなんなのよ」
 いや、巨女は目を細めた。
「ソウヤ、ヌヌのコト好きっつったかい?」
「え」
「ヌヌ告……ヌヌの告白への返事、ブルルから又聞きしたけどさ、『好きだー! 愛しているんだヌヌー!』とか『お前が欲し
い!』とか言った気配ないよ。ま、あんたが聞き漏らしてたら話は別だけど、聞いた限りじゃ両思いって感じにゃとても」
「…………えーと」
 ブルルは思い出す。ソウヤの返事を。

──「オレは……アンタと仲良くなりたいと思っている。辛かったら支えたいし、犠牲になんてなって欲しくないと思ってる。母さん
──や叔母さんに似ているトコだって決して嫌いじゃないし。冷静なアンタは信頼している。崩れたアンタには時々釣り込まれて
──笑ってしまって…………笑った分だけ救われてもいる。ペイルライダーだってアンタのおかげで進化した。……とても大切
──な仲間だ」

──「でも……付き合うとか、男女の機微とか、そういうの……分からないんだ。一緒に居たいとは思う。だけど、例えば母さん
──に対する父さんのようなコトができるかどうかは……分からない。最近やっと仲間の大切さが分かったばかりなんだ。アン
──タが寄せてくれる好意を、アンタがくれる色々の数に釣り合うほど返せるかまだ分からない。努力はする。初めて深い感情
──を寄せてくれたアンタを蔑ろにはしたくない」


(アレ……?)

 確かに好きとは言っていない。「嫌いじゃない」と「好き」は似ているようでまったく違うのだ。

「なんか、男っつうより、仲間としての応対のような……」
 蒼い巨女は「な?」とブルル一同を指差した。


「エディプスエクリプスの野郎、色々言ってたようだけど、こりゃあ保留じゃないのかい? 感情は嬉しいけど付き合わない。
現状維持。寄せてくれた感情に報えるよう頑張るけど、彼女にゃしないし彼氏にもならない。フッちゃいないけど、いいお友
達で居ましょうねの上位互換止まりじゃないのかねコレ」
「さっすがギャルゲソムリエ! 言うコトが違うぜ!!」
「やだな兄貴。褒めても何も出やしねえよ」
「褒めてねえわよ! ビストも妹ディスんじゃあねえわよ! 奴は恋愛の死者! 死体蹴りは悪趣味よ!」
 ブルルお姉ちゃんも大概なコトいうなあ、よく分からないけど。褐色少女は顎を撫でる。
「だからサイフェ、あんたもワンチャンあるんじゃ──…」
「うーーん。いいや」
 妹はあっけらかんと呟いた。姉は唖然としたが、「……いいのかい? それで傷つくのあんただよ?」心配そうに呟いた。
 少女は左胸にそっと手を当てる。
「……うん。痛いの続くだろうね、そこは分かるよ。サイフェがソウヤお兄ちゃんから、あの時と同じ表情を引き出したら、この
痛みも消えるかもって……考えてない訳じゃ……ないし」
「普通はここで『なら』つって考え改めるように言外で促すだろうけどさ、あんたはもう、決めてるんだね。結論出してるんだね」
 うん。紅い瞳を潤ませながら、洟を軽くすすり、名残惜しそうに。
 サイフェは頷いた。
「だって……先に告白したのヌヌお姉ちゃんだもん。サイフェはそれ応援したんだよ。なのに後で自分の気持ちに気付いて、
ソウヤお兄ちゃんに振り向いてもらおうとするなんてアツくないよ。ヌヌお姉ちゃんだって、勇気振り絞った告白が、おびやか
されるんじゃないかって、怖がるよ。……いまサイフェが感じてるのと同じ痛みを感じるかも知れないんだよ。痛いのちょうだい
するために攻撃するサイフェだけど、この痛いのは、あげたり、貰ったりするのは、辛いから、だから、コレで、いいと、思うよ」
 俯く彼女の表情は誰にも分からない。ただ、兄や姉やブルルは、彼女の肩や頭に手を当てた。
 熱ぼったい湿り気のある震えが去るまでの数分間、そうしていた。


(扇動者の武装錬金にもっと熟達してりゃ、ヌヌに勝てたし、サイフェだってすぐ元気にできたのにねえ)

 ハロアロは人の機微に疎い。人間嫌いゆえあまり考えたくないのだ。だから【ディスエル】閉じ込めのようなハメをやり……
ココにいる。

(前も思ったけど、ヌヌのような人間感情への鋭さがあれば、扇動者はもっと凄い使い方できるんじゃないかねえ。ただ分身
作るだけじゃなく、敵勢力を、戦わずして殲滅……みたいなエゲつない方法。もっと外道な手段)

 ビストバイを観覧車に閉じ込めたのはその練習だった。

(ゲーム閉じ込めるだけがダークマターじゃねえのさ。もっと有効活用……考えなくちゃねえ)




 更にそこから10分後。やっとメイン2人到着。



「……? 水浸しだが、何かあったのか?」
「な、何でもないよソウヤお兄ちゃん」
 サイフェは今日ほど瞳の色に感謝したコトはない。もともと、紅いのだ。感情現象の痕跡は簡単には見破られない。
(まあ、水浸しなのは)
(ハロアロのせいだけどね……)
 てへぺろ。引きつったソレと横ピースで必死こいて誤魔化している巨女の目も真赤だ。もともとの色ではない。ソウヤを諦
めた妹を哀れむあまり首から上の主要感覚器官総てから水分を放流した。エントランス公園一帯は一時冠水した。

(……うぅ。始末書ものだよぉ。お姉ちゃんの【ディスエル】大暴れを償うために引き受けたパピヨンパーク視察なのにこん
な問題起こしたら怒られるよー。敵情視察だけでもマズいのに冠水被害もたらすとか……。お姉ちゃんめ。慰めてくれた
コトはありがとうだけど……敢えて思うよ。お姉ちゃんの、お姉ちゃんの、あほー)


「しかし……遅かったn「な、何もいかがわしいコトはしてないよ!!!」
 ビストバイに食い気味で答えるヌヌ行に彼女の以外の全員が嘆息した。
「あのさあ、ヌヌ。ムキになって言われると却って痛くもねえ腹を探られるものよ。『ゲスの勘繰り』って奴」
(ぎゃあ! そうだったあ!! ヤブヘビだああ!!)
(…………)
 サイフェの胸はチクリと痛んだ。漫画好きだからキスぐらいは知っている。それをされたソウヤの未知なる表情を想像す
ると……切ない。
 で、実際どうなんだい。ハロアロは兄を見た。
「……。なんで小生見るのかなテメエ」
 まさか昨日の艶っぽい話聞かれたのか……? 汗をまぶす獅子王は首を振るのが精一杯だ。
(ここまでの道のり差っ引けば告白後侵食洞窟後に留まったのは15〜6分。決定的なコトは無理っつうか告白後の若い
獣どもが四半刻で止まれるわきゃあねえ。そも小僧の性格が性格、接吻すらなかったと見ていい。なぜなら事に及ンだ男
女の生臭い変化がねえ。けど口にゃ出せねえよ。サイフェ居るし。ブルルも居るし)

 想像は当たっていた。告白の返事のとき、色事に対する明確な拒否を示したのがソウヤだ。

「遅れたのは今後のオレたちについて話していたからだ」
 ソウヤは順を追って話した。

「まず、ダヌだ」
「あたいの扇動者から生まれたヌヌの分身だね」
「ああ。彼女だって羸砲の一部なんだ。けどマレフィックアースという闘争本能の具現になろうとしている。ライザを救うコト
ができたのなら、ダヌも……助けたい」
「ま、元がヌヌだもの。さほど悪い奴じゃあないと思うわ」
(ヌヌお姉ちゃんの告白でサイフェ以上に損してるしね……)
 分裂しなければヌヌと一緒にソウヤの返事が聞けたのだ。が、分かたれたばかりに浴するコトができなかった。ほぼ同一
人物なのにそれである。しかもダヌはソウヤのために身を捨てるつもりだ、大変報われない立場になったといえよう。

 それを知ってか知らずか、ソウヤはどうにか元に戻せないかハロアロに打診し……展望を得る。

「別個の生命になってるけど、扇動者の部分を解除すれば元通り1つの体さ。【ディスエル】にあんたたち閉じ込めてたのと
原理は同じでね、『ダヌ』っていうダークマターの結界の中にヌヌの魂が強引に入れ込まれ……出られずに居るんだ」

 ライザさま救済とは無関係だけど、ま、助けてくれるなら義に免じてやってやるよ。巨女は外道だが、情に厚い部分もある
ようだ。ソウヤは喜び手を取って、嫌そうな赤面をされた。ヌヌ行は(いいなー。握手いいなー)と内心指を咥えている。嫉妬
は特にない。仲間以上彼女未満だから女性関係に目くじらを立てるのは違うと思っている。

 その辺りの事情もソウヤは語った。ヌヌ行の了承はもちろん得ている。告白された部分からそれに対する所感を順々に、
述べていく。

「……その、付き合うとか、まだ良く分からないけど、大切な仲間だし、初めて感情を寄せてくれた女性(ひと)だから、大事
にしたい」
「う、うん! それでいいよ!! しゅ、主人公にはヒロインが必要……だもんね!」
 サイフェは空元気を打った。もしソウヤに告白後の動揺がなければ、明敏な洞察力によって変化に気付けただろう。
 だが見過ごされたほうが少女にとって楽だった。優しくされるのが辛いコトもあるのだ。

 まあ、大事にな。今すぐビシィっと付き合うべきじゃないかねえ。兄と姉はそれぞれの感想。



「わたしは、そうね。戦力増強を祝そうかしらね」
 味も素っ気もない意見にソウヤとヌヌは疑問符を浮かべた。
「告白とは本音よ。ウソつきのヌヌなのに……できた。精神的に一皮向けたってえコトよ」
 ライトニングペイルライダーがサイフェとの戦いで進化したように──…

 ヌヌ行の武装錬金、『アルジェブラ=サンディファー』もまた。

「バージョンアップ……するでしょうねえ。ライザ戦の前に気休めかも知れないけど」
 だからソウヤ。ブルルはかつて少しだけ想いを寄せていた男性を呼ばう。
「なんだ?」 その腹部に拳がトツリと当たる。
「あんたの責任は重要よ。ヌヌ泣かせたり失望させたら、せっかくの進化がフイになるもの。敢えて傲慢な言い方すると、
わたしやライザの命を救うためにも、いまは一番近しい存在を……『まだ』傍に居てもらえるうちに、ちゃんと大切にして
あげるのよ」
「…………分かった」
 双肩に乗ったものの重さを感じたのか、少年は重々しく頷いた。
「だけどブルル、進化を言うならアンタの武装錬金だって同じだぞ」
「ん?」
「ここ数日、アンタがますます明るくなってくれて安心している。……きっと、オレや羸砲が禁忌とする部分を、ビストたちに
癒して貰ったんだと思う」
「だからブルルちゃんもきっと前より良くなってると思うよ。(あとクジ引きの件、ありがとねー)」
 今度は黒スーツの少女が目を点にする番だった。
(……あ、そっか。弟のコト、いつの間にか割り切ってたのね…………)
 身代わりになって死んだ彼に何一つ報えなかったどころか、生き残り特有の罪悪感を「なぜ庇ったの、お陰で苦しむ羽目に」
という場違いでやるせない憎悪を抱いてしまった。
(けど、ビストやハロアロや、サイフェとのやり取りで…………)
 心境に変化が訪れた。
「だから……あんたの武装錬金も、きっと新たな境地に至る。……アンタを苦しめる遠因を作ってしまったオレたちが何も
解決できなかったのは忸怩たる思いだが…………」
 沈痛な表情で頭を下げかけた彼を、しかしブルルは止める。
「前にも言ったけどさあ、弟を殺したのは大乱起こした連中。あんたたちはけしかけてすら居ない。わたし個人の問題よ」
「しかし」
 溜息をつきながら頭をさする。
「こっちは、さ。あんたたちが仲間にしてくれただけで実は結構満足してるの。弟の件に対する解答にだって、あんたたちの
存在は何割か練りこまれている。先鋒戦で、疲労も構わずヴィクター化の糧になってくれたコト自体が既に支えなのよ」
 ソウヤはその言葉を甘受していいかどうか、しばらく瞳を左右に泳がせていたが、ブルルの強い目線に、一番尽くすべく
礼節を悟り、それをした。困ったように微笑みながら、それでも強く頷いた。
「お。ブルル君さっきから照れてるね」
「……うっさいわね。頭痛いわ」
 肩を掴む友人を軽く振りほどく。暖かな時間だった。満たされる思いだった。

(新たな共通戦術状況図。ブラッディストリームじゃなく『スタンドプラウド』とでも名づけようかしら)


 ところでブルル。頤使者たちに色々なお礼を述べたソウヤ、真剣な眼差しで呼びかけた。

「アンタにも見せたい光景があるんだ」

 侵食洞窟ね。彼女はすぐ気付いた。ヌヌ行と2人して「ブルルも呼びたかった」と言っていたのだ。誘いは当然だった。

(けど、せっかく思い出の場所になったのにさあ、わたしなんかが上書きするのもねえ〜)

 拒絶ではない。配慮だ。友人の初告白は当事者2人だけの思い出にすればいい……そう思って、こう告げる。

「ライザの件が片付いたらでいいわよ。『為すべきコト』っつーのかしらね、後でやるべきコトがある方が生きようって気になるし」
 あ。ハロアロが息を呑んだ。サイフェも同じ事実に気がついた。
「……ブルルお姉ちゃん、それ死亡フラグだよ。この戦いが終わったらどうこうってダメなパターンだよ………………」
「え!?」
「ほら、二部。二部。コロッセオ行く前の友達の友達」
(そうだったア〜。あんだけ二部二部言ってたわたしが肝心な場所で忘れてどうすんのよ〜〜。チクショー頭痛いわ)
[死亡フラグ?」
「小僧も6部好きだから知ってンだろ。豪勢なメシおごるよう言われたら死ぬ。故郷に帰って勉強するとか言うと死ぬ。あと
まあ…………やたら数の多い、群体型の能力持ちもすぐ死ぬな」
「やたら数の多い群体型の能力持ちつったら…………」
 獅子王とブルルはハロアロを見た。
「ちょ!? 飛び火させないでおくれよ! 確かにあたいの扇動者は分身ウジャウジャ作れるけど!! だだ、だったらムー
ンフェイスはどうなんだい!! アイツけっこうしぶとく生き残ってるだろ!!」
「ムーンフェイスは活躍しきれなかったからこそ使い勝手いいもん。とりあえず敵にしとけばお話回るもん。ただ作画の手間
がかかるだけの群体型とはだいぶ違うよ。労力が成果を上回るんだよ。殺すの勿体無いよ」
「まんが家みたいな意見吐くんじゃないよ!」
「サイフェの夢はまんが家さんだもん! 話戻すけどね、お姉ちゃんはその……」
「外道で三下で三枚目だからなァ……」
 巨女は体を露骨に丸めソウヤの肩に寄りかかる。
「……エディプスエクリプス。なんであたい叩かれてるんだろうねえ。さっきまでブルルの死亡フラグの話だったのに」
「全くだビスト、サイフェ! ハロアロはいい奴なんだ! 外道で三下なのだってきっと色んな照れ隠しの筈なんだ!」
「嬉しいけどフォローになってない……」」
「三枚目ってえのは否定しないのね」
「そりゃあ……生存確率高いからな。呪(まじな)いだ」
(優しいけど心から喜べない…………)
「ハロアロ。青はちょっと色素調整するだけ黒くなる。良かったな」
「? なんの話だい兄貴」
「面白黒人も生存率高えだろ」
「なれと!?」
「そうだよそれじゃサイフェと肌の色が被っちゃうよ。兄妹っていうのは似た部分作りつつも明確な差別化と書き分けをすべ
きなんだよ。青という有り得ない配色だからお姉ちゃんはキャラ立ってるんだよ。黒人になったらそれただのデカい人だよ」
「編集者!?」

 他愛もないやり取りを聞きながら、ブルルは頭に手を当てる。

「死亡フラグうんぬん抜きにしてもさあ、わたし呼んだらきっとビストたちも招きたくなるわよ。仲間大好きなソウヤだもの、
だんだん身内だけじゃ不公平、一時的な協力者もやはり呼ぼうってえ気分になって未練がましく彼らを呼ぶ。けど」

 初めて告白してくれた女性の聖地に他人を気安くホイホイ招くのはデリカシーねえ証拠よ、傷つける。諭すように告げると、
ソウヤは難しい顔をした。仲間たちとヌヌ行、どっちを取ればいいか悩み始めたらしい。

 私ならいいよ。助け舟は当然出るべきところから出た。

「だ、だって皆のお陰で告白できたんだよ。皆で蝶とか星とか見るべきだよ。すごく綺麗でロマンティックだもん。2人占めは
申し訳ないよ」
「……わたしが恋敵になりかけた時といい、ホントお人好しねアンタ。つくづく頭痛い」
 眼鏡の奥で切れ長の瞳があどけなく拡大した。
「その……まだ正式に付き合ってないから、ソウヤ君束縛するのは悪いし、いまは私の気持ちを受け止めてくれただけで満
足だもん。第一告白できたのだってブルル君たちみんなのお陰なんだよ」
 アレ? あたい何かアドバイスしてたっけ? 馬鹿っぽい表情で自分を指差す長姉を「空気読め」「読もうよ」兄と妹が軽く
はたいた。
「ハロアロはダヌ作ったでしょ。ムカつくチクショーって思った時期もあるけど、結果からいえばそれが告白につながったし」
 だから皆で侵食洞窟の蝶と星を見ようよ。告白したての場所に呼んで色々お話するの、女性的優位感に立ってるよーで
ちょっと嫌だけど……。ポツポツと述べる法衣の女性に全員がやれやれと頷いた。
「そこまで言われて断ンのも無粋だわな」
「ライザさま救うための壮行会……そのつもりで参加させてもらうよ」
「うん!! 辛い思い出のある場所で新たな素晴らしい思い出を作るのも、お、王道だからね!!」
 サイフェはトラウマの場所を少年漫画魂で払拭する模様だ。
(……若干無理してる感なくもないけど、真向からねじ伏せんとするのは流石ライザ麾下の頤使者と言うべきね)

 感心するブルルの前に、ヌヌ行が来た。

「ね。一緒に行こうよ。あの綺麗な風景はね、ブルルちゃんと一緒じゃなきゃ……ダメなんだよ」
「強引ねえ」
 強引にもなるよ。いつもの不遜な口調をすっかり引っ込めたヌヌ行は、懸命で両目で訴えながら、説く。
「私は、ブルルちゃんが助けてくれた『結果』を見て欲しいよ。助けてくれた結果、私がどんな場所にたどり着けたのか見て…
…実感して欲しいんだよ。協力がどーいう実を結んだのか……」
「つーかさあ、身を引いたわたしにそーするのって、なんか完全勝利を見せつけようとしてるよーで性格悪くない?」
「わ、わかってマス……。さっきも言ったとおりわかってマス……。女のコのイヤーな部分が出てるんじゃないか、そういう
解釈をされまくっているんじゃないかって、ビクビクしてます」
 もちろんブルルは自分のコトを言っている訳ではない。サイフェの件だ。もっともその被害者は思春期以降の女性感情
にはとんと疎い。妙な勘繰りをするどころか、(うおおー! やるよー!トラウマ克服やるよーーー!!) と妙に燃えている。
(無垢な協力者が一転、失恋感傷を味わってるなんてヌヌは予想もついてないでしょうね。それが当然だし、気付かせたく
もない。けど、サイフェや……或いはハロアロも、かしらね。ヌヌの一種幼い優しさで却って傷つきかねない連中がいるの
もまた事実よ。彼女らのために悪意がないコトをキチっとヌヌ本人の口から言わせるべき)
 女性の負の部分に該当する言動。ヘイトが集まりやすい部分をキチっと明言させ、水面下で怨嗟が凝り固まる前に解決
させる…………それは曲がりなりにも年上で、しかも悪意を知る自分と言う『友人』にしかできないとブルルは自負している。
 その肩が、ポンと叩かれた。振り返れば眼帯の男。
「なんつうかお前さン、大統領補佐官みてえだな」
「っさいわね。マヌケがダチだからフォローしてやらねえと攻撃される一方でしょうが」
 何しろ油断の多さゆえに幼少期イジめられたヌヌ行なのだ。抜けた部分を補佐してやらないとマズい、それでなくても
普段の尊大な物言いで敵を作りがちなのだ…………などというおせっかいな意見をブルルは述べる。
「だから死ねねえわよコッチは。死亡フラグの話でたけど、ヌヌみてえな友人残してくたばんのは無念以上に不安で心配。
ソウヤもしっかりしてるようで抜けてるし。つうかわたしが仲間にならなきゃきっとコイツら進展しなかったし」
 本当頭痛い。姉のような母親のような声音で彼女はボヤいた。

「ライザ戦、何があるか分からないけどさあ、以前と違った意味の生きる意味があんのよ」

「何があろうと生きてやるわよ。どーいう形であろうと、ソウヤとヌヌ助けるために、キッチリと」

 お前さンのそーいう弱さ故のガッツ、小生けっこう好きだぜ。獅子王の囁きにブルルの顔がみるみる紅潮した。


「あのー。お話いいでしょーか」
 恐る恐る手を上げて質問するヌヌ行に、
「……いいわよ」 
 ビストバイの襟首を引っつかみつつ応対。拳は彼に向けたまま下ろさない。
「侵食洞窟の話だけど、あんな綺麗な場所で……だったんだよ」
「だからそういうのが惚気で自慢ってえの気付きなさいよねえ。頭痛いわ」
「みょ、妙に辛口だね…………。でも、ブルルちゃんのお陰だよって、一緒に見たいのは本当で……」
 うぅ。トモダチだから仲間外れにしたくないってのは欺瞞でしょうかウワーン。普段なら内心に篭っているであろう情けない
声を包み隠さず漏らす友人に、ブルルはやれやれと溜息をついた。

「分かったわよ。行ってやるわよ。二部の友人の友人みたくならねえ為にも」

 そして彼らは侵食洞窟に行った後……遺跡に帰還。

『ソウヤ、告白されたら誰でも案外受け入れるんじゃないか』という仮説を女性陣で話し合っていると、見たこともない見目
麗しい女子高生がソウヤを連れてやってきて「ずっと前から好きでしたっ!」などとのたまい全員を驚愕させたが、実はそ
の女子高生は眼鏡を外したチメジュディゲダール博士で、ただからかっているだけだった……という出来事もあったがそ
れは余談。

「あひゃひゃ^^ 『そのオレはあんたのコト良く知らないし感情は嬉しいがもっとよく知り合ってからじゃないと対応のしよう
が』などと狼狽えていたソウきん激かわだったにぇー3」
「よ、余計なコトしないで欲しいのだけれどね!! (最後の3は唇の3か!!)」
「だってー☆ 頤使者ども全員ヌヌ公どもに親切なのが気に入らなかったものー● 世界平和を望んじゃいるけどあまりに
綺麗な優しい関係ってのはチメっ子無性に壊したくなるのさ□」

 眼鏡を外し、ツギのないブレザーを着た博士は、黒髪ストレートで細身ながらもナイスバディだった。
 それがスカートをギリギリまでたくし上げながらソウヤを誘惑している風景に一時期女性陣は騒然となった。

「くく◎ 恋愛なんぞどーでもいいけど、男どもは駄犬だよ◇ みなチメっ子に跪いて足を舐めるがいいさ$」
 プレジデントチェアーに腰掛けながら足を組み、右の甲を挑発的に繰り出す26代目、いろいろ挑発的だった。

「なんだコイツ……。こりゃ絶対攻略不可キャラだね……。つうかエディプスエクリプス、告白されりゃ誰でもいいってえ訳じ
ゃなさそうだね」
「そ、そーいう意味じゃ、ヌヌお姉ちゃんはやっぱり特別なヒロイン……だね……」
 良かったような良くなかったような。複雑な思いの姉妹にチメジュディゲダール博士はニヤリと笑う。眼鏡がないと、愛らしく
も小さく悪魔的な目が覗く。

「あぶれちまったハロたんとサイっふーに朗報#」
「……なにさ」
「チメっ子のずうっと先代、アオフの仲間だった11代目チメジュディゲダールさまは『高身長好き』だったよ△」
「なにィ!! そんなおかしな性癖の持ち主がいるのかい!!?」
 ハロアロは若干嬉しそうだった。
「そんで11代目さまの仲間……アオフじゃないよ、別人だよ、そいつはなんと『総ての妹を大事にする』すげえ奴▼」
「究極のお兄ちゃんかー。凄く痛いの……普通のだよ、凄く痛いのくれそうだねっ!」
 サイフェは妙な期待をした。
「ま、時間でも遡行しない限り逢えないだろうけど、死ねばアースの一部になって逢えるかもだ○」
 よって死ね。笑顔で告げる博士に姉妹はぎょっとした。

 何はともあれ世が開けて──…


 ソウヤたち6人は遺跡を立つ。目指すは無論ライザ。

「ビストたちはあくまでライザ救済作戦の介添え人」
「そこまでの説得……というか戦いには手を出さない」
「わたしたちに相当の力ありと認めない限り、ライザは交渉のテーブルにさえつかない。……頭痛いわ」

 だが行くぞ! ソウヤ、ヌヌ行、ブルル。この時代を共に駆け抜けてきた3人は三菱模様になるよう手を重ねる。


「おたっしゃでー☆ チメっ子は屋敷帰るのら★ LiSTに攫われてココきたのら■」



 2305年最後の戦いが迫っていた。



 一方、ライザこと勢号始は──…


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