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過去編第011話 「あふれ出す【感情が】──運命の中、小さな星生まれるみたいに──」 (1)



 王の大乱当時、米国は『君主』というアルビノ率いる軍勢によって蹂躙された。死者は市民・軍人合わせて1億2819万3
372人。殺害によらぬ断種政策……ホムンクルスが人間の、夫婦の絆を性的な手管で壊す模様を収めた映像媒体は現存
するだけでも12万8229点。地雷や劣化ウラン弾といった武装錬金も数多く遺棄され今なお人々の生活を壊し続けている。

 だからこの国のアルビノに対する差別意識は根強い。米国民を絶滅に追いやりかけた『君主』がもしホムンクルスなら、
星超新の運命は狂わなかっただろう。だが君主は人間だった。人間だからこそ”アルビノ”という特徴的すぎる部分が槍玉
にあげられた。

 大乱から97年経ってもその差別感情は激しい。黒人差別以上だ。大多数の国民はアルビノを人間として扱わない。両親
すら責める。『中絶しなかった』ただそれだけの理由だ。

 星超新は米国で生まれた。……アルビノとして。それが総ての不幸の始まりだった。
 4歳の頃、両親と母の従妹と、アルビノに対し同情的だったベビーシッター全員が射殺された。
 新は当時知らなかった。君主の断種政策で生まれた混血児『ロードベビー』なる存在が米国に数多く存在しているコトに。
人間でもありながらホムンクルスであるというハーフ、社会的に不当な扱いを数多く受けてきた無戸籍の存在。
 それが新の近しい人総て殺戮する引き金を引いた。引いたがしかし直接的にではない。犯人はロードベビーに可愛がら
れていたハイスクールの生徒である。新とまったく面識がなかった彼は凶行に及んだ理由をこう語っている。

『実の祖父のように良くしてくれた近所のロードベビーが、先日冤罪により錬金の戦士に刺殺された。その不当な差別はそも
そもアルビノたちのせいで起こった。復讐したかった。あのガキ(新)は前々から気に入らなかった……』

 人々がこのハイスクールの生徒に敵愾心をもたらしたのは、あくまで無関係なベビーシッターや従妹を撃ち殺したためで
あり、動機そのものや両親の殺害についてはどこか酷薄な許容が充満していた。それが2200年代末の米国だった。

 幸か不幸かクローゼットの中で難を逃れた新だが、親しい人が次々と撃たれていく光景に決して消えぬ傷を刻まれた。

 そして親戚を盥回しにされた末、日本に着く。
 遠縁だという老夫婦に引き取られた彼は、人並みの生活を手に入れた。

『義兄……つまり老夫婦の実子が無職で、しかも両親に暴力を振るっているらしい』

 コトを除けば。

 根拠は……”夜になると義兄の部屋で凄まじい音がする”だ。何かが割れ誰かが喚くような──… 




 そして。

 新の義兄にして老夫婦の実子『星超奏定(かなさだ)』は、かつて【ディスエル】において羸砲ヌヌ行の水先案内人を務め
た一級電脳工事士……『カナサダ』である。皺くちゃのげっ歯類、スキニー・ギニア・ピッグの着ぐるみを纏いプヒプヒ鳴く彼
は実のところ新が考えるような無職ではない。年収はボーナスを含めれば500万円を超える。老夫婦に暴力も振るっては
いない。

 むしろ彼らを老夫婦を見守るため同居している。
 見守る、ために。

 ではなぜ新に『無職かつ家庭内暴力』の権化として嫌われているのか? なぜその誤解を解かないのか?


 理由はひどく複雑だが……まずは彼の前歴に触れたい。


 錬金の戦士。奏定はかつてそれだった。だから【ディスエル】でヌヌ行に武装錬金の話をされても……抵抗なく受け入れた。
電脳工事士はあくまでホムンクルス追捕の選択肢を広げる──【ディスエル】のような仮想世界に逃げられても追い詰める
──ため取得した資格だが、来日後それは戦士でなくなった自分を養うため大いに役立った。

 戦士を辞めたのはアメリカだ。誤認。追跡対象ではないロードベビーを間違って刺し殺してしまった。それでも真犯人を
捕らえ、遺族に謝罪をし、苦悩の末、戦士を続けるコトを決意した彼の心を折ったのは──…

『実の祖父のように良くしてくれた近所のロードベビーが、先日冤罪により錬金の戦士に刺殺された。その不当な差別はそも
そもアルビノたちのせいで起こった。復讐したかった。あのガキは前々から気に入らなかった……』

 身勝手な動機でまったく無関係の一家のほとんど総てを射殺した……ハイスクールの生徒。

 そう。

 後に『星超新』と呼ばれる4歳の子供が、親しい人総てを亡くした事件の遠因は──…

 奏定にあったのだ。


「私の判断の誤りが…………まったく無関係な人たちを殺した……。小さな子供から……親を……」


 彼は戦団に核鉄を返還。職を辞した。人を守るため戦士になった男がどうしてかかる惨状を見て継続できよう。


 星超奏定は中肉中背の青年である。年は25。スーツにコートを纏う刑事風の男だ。
 顔つきは端正だが、どこか影がある。新の両親の事件のせいでもあるが、それだけではない。
 戦士にありがちな「幼少期、両親を怪物に殺された」前歴の持ち主で、だから常に生き辛そうに生きている。
 胃痛持ちで、少し痛みがひどくなるだけでガンを疑い検診を受ける。結果が出るまで常に末期を覚悟して、1人暗く沈んで
いる。根暗という訳ではなく、友人と馬鹿話はできるし、熱血アニメを見るときはトコトン限界まで熱くなる男の子気質だ。
 ただ不幸に直面すると、とことんまで落ち込む。本人は一種の曝露療法のつもりだ。辛いからこそトコトン悪い方向に考え
て考えて徹底的に考えて、その上で「自殺した方が楽になれるけどどうする?」と自分に聞いて、死にたくないという気持ちに
気付いたらそこからどんどんと希望や夢を辿り……冬の日曜の午前9時辺りで布団から出るような心持ちで不幸から這い出す。
 お陰でよく知らない人間にしてみれば、不幸オーラをしょっているようにしか見えない。もちろん本人はたいていの場合、朝
方確認した深夜アニメを思い出しながら「あれは熱かったなー」「あの表情可愛かった。後でキャプ拾おう」とか割合幸せな
気持ちに浸っているし、時には数年前のアニメの劇場版の最終決戦を主題歌コミで脳内再生し猛りに猛っているのだが、
一種冷然たる美貌のため悟られるコトは余りない。どころか表情にこびりついて取れない陰が一種の色気をかもし出してい
るらしく、戦士時代はよく同僚の女性からお茶に誘われた。が、緊張するのでいつもやんわり断った。
(はあ。なんで鍛えた女戦士は胸おっきくなるんだろ……)
 貧乳好きである。Cカップ以上しか居ない同僚とはあまり付き合う気になれない。

 と、それなりに楽しく戦士をやっていた奏定だが、無辜の存在を誤って刺し殺した挙句、それが無関係の家庭を崩壊させ
る端緒となっては流石にどうしようもなく傷ついた。ひどい不幸の星に生まれたともいえる。

(けど落ち込んでても仕方ない。生きている以上は償いのため生きないとダメだ。被害者はもっと辛いんだ……)

 せめて新を引き取ろう。

 足跡を辿る彼はやがて日本に行き着く。
 遠縁だという老夫婦が新を引き取ろうとしている……安堵しかけた彼だが元戦士ゆえの引っ掛かりを覚える。


「……私のせいで親を失くしたあの子は米国籍を持つ英国人。ケルトの末裔でもある」

「なのに……遠戚が……日本人?」


 常人なら『遠い昔枝分かれした血族が土着の末、ハーフになりクォーターになり2のマイナス何乗かぐらいに血が薄まった
のだろう』ぐらいに受け止めるだろう。が、元戦士でしかもかつて過ちを犯したる奏定は念のため調べた。孤児を引き取り
喰らうホムンクルスだって数多く見てきたのだ。慎重にならざるを得ない。

 結果、彼は意外な事実を知る。

「なんてコトだ……。あの老夫婦」

 新の両親たちを撃ち殺したハイスクールの生徒。その……両親だった。

「息子は留学生。日本人でありながらアルビノ差別に染まったのは……それがコミュニケーションツールだからか……!
差別を口にしさえすれば周りと、アメリカ人と同調できるから…………何ら恨みもないアルビノを見下し……」

 聞きかじりの歴史背景と、空気に感化されているだけの空虚な正義感たった2つだけで自らの優位を錯誤した。アルビ
ノならば何をしてもいい。身勝手な思い込みの末、親しい老人を殺された怒りを、まったく無関係の新とその両親たちにブ
つけた。

 奏定は日本人だから知っている。大乱のとき、パピヨンというヒーローにいち早く救われた祖国は、それゆえ悪意あるホム
ンクルス……怪物を、『軽視』しているコトを。戦えば絶対勝てない癖に、『誰かが斃してくれるから』ただそれだけの理由で
見下している。たいていの人間は暴力団を敵に回した場合、破滅する。警察の助力を経ても、彼らが来るまでの間、死ぬ
ほどの恐怖を味あうだろう。怪物は暴力団以上だ。なのにパピヨンのようなヒーローに守られるべき一般大衆という自負が、
無意識のうちに怪物に対する優越感にすり替わり……彼我の実力差に対する思考力を奪っている。

 老夫婦の実子……ハイスクールの生徒は、日本的な『軽視』とアメリカ流の『正義』を化合させてしまった。亡き老ロード
ベビーの仇を取るヒーロー気分を犯行中味わっていたという供述もある。ヒーローとはアメコミのそれではなくジャパニメー
ションまたは特撮に準ずるものであろう。悪とされる存在を、悪とする空気の中で撃つ。コンパで歓声を期待して一気飲み
するような、その程度の正義だった。

(……。子が子だ。親が違うとは言い切れない)

 老夫婦、といって差し支えない年齢の彼らの子供が『高校生』なのだ。
 聞けば不妊治療のすえ40を超えてやっと授かった子供だという。それがゆえ溺愛されて育った気質がもたらしたのは
……身勝手な凶行。近所のロードベビーを祖父のように慕っていたのも、両親との年齢さ故、かも知れない。物心つく頃
に総ての祖父母が世を去っていた。

(更に)

 加害者の親族が被害者の遺族を引き取る。誰しもが不審に思う行為が黙認されているのもおかしかった。

(なんらかの武装錬金特性が適用されている? だがそれならば何故私だけが疑問を抱く?


 新が引き取られる2週間前、奏定は星超夫妻に面談する。もちろん彼らの息子の凶行のきっかけが自分にあると話した
上で。

「そう……ですか。あなたが」
「心配されるのも無理ないですじゃ……。わしらも息子同様アルビノを差別していると思われるのは当然……」

 老夫婦は訥々と語った。決して新に敵意はないコトを。加害者の家族として、せめて何か1つでも償いたいというコト。だ
が将来その事実を知られたとき却って深く傷つけてしまうのではないかと悩んでいるコト、それならいっそ、あなた(奏定)に
引き取って頂いた方が、真実を知られた時の傷は浅いかも知れない。

「あの子が成人する頃わしらは老人……いろいろと重荷になるかも知れんのじゃ」 心底から新を案じている声だった。老
夫婦を信じたい。奏定は思い始めていた。罪を抱えた者同士の共感もあった。
 ただしこの時点ではまだ完全に信じた訳ではない。元戦士にして【ディスエル】ユーザーなのだ。物事つねに何でも疑う
ように心がけている。

「私も一緒に暮らしていいでしょうか。あの子を見守り……せめて生活ぐらい支えてあげるのが、せめてできる贖罪、ですから」

 彼らが”クロ”なら煙たがりそうな提案を敢えてした。新が危害を加えられればすぐ気付ける……向こうにして見れば「気付
かれる」提案を。

「わあ、じゃあ兄弟ができますねー。高齢だから諦めていたんですよ」

 老婦人は嬉しそうに笑った。

「奏定君はゲームいけるクチかね? 4人対戦できるのにホコリ被ってるゲームありますじゃ」

 星超氏も目を輝かせた。

(え、なんすかこの反応。演技だったらすげえ食わせ物で怖いなあ)

 予想していた行動に対し予習どおりの答えをした……という雰囲気が全然なく、奏定は困った。
 星超夫婦、想像を超えた質問に心から嬉しがっているようにしか見えない。

(だが明るい子供や好々爺に裏切られるのが錬金術の世界。もう少し探りを入れよう)

 ゲームに対する話題を適当にあしらいつつ、次の話題。

「ところで日本人のあなた方が米国籍の少年と遠縁という事実……誰も突っ込まなかったのですか?」
 以前覚えた疑問を、言外で「何らかの武装錬金で操作していますか?」と聞きつつ伺うと、老夫婦は心底不思議そうに首
を捻った。
「実はわしらもおかしいと思っていますのじゃ。遠縁というのはむしろこちらとしても初耳でしたのじゃ」
「何ですって……?」
「そう。なにかあの子(新)に償えないかと、無理を承知で手続きをしましたら、遠縁というコトになっていて……。もちろん、
そんな繋がりは私と主人、どちらの家系を調べてもありませんでした。第二次ヴィクター抗争の頃にまで遡って何度も調べた
のにですよ? 何度も調べましたのに、あの子のお家柄と私たちの家系にはなんら共通するところがなくて……」
 ええ。それは私も調査致しました。存じております。奏定は頷いた。だが正体不明の恐慌が徐々にのぼってくる。
(ならいったい誰が遠縁と偽った……?)
 何か見えざる大きな力が動いているようだった。なのにその大きな力は、新の両親達を射殺したようなアンチアルビノの
憎悪がない。ただ破滅させたいのであれば、新などもっと劣悪な環境に送ればいいのだ。情報を偽られていたせいで小児
愛性者の犠牲になった子供など幾らでも居る。アルビノ版のそれなどアメリカには掃いて捨てるほどだ。ありふれている。
(…………逆、なのか? 救おうとしている?)
 神のような力の……しかしまったく見えない存在に奏定は震えた。星超氏も同じらしく声を落とす。
「そう。奇妙なんですじゃ。国籍や遠縁の件だけじゃないですじゃ。わしらが加害者の両親なんてコトは少し調べれば分かる
コト……」
「なのに誰一人止めないんですの。奇妙だからこちらから『犯人の家族が被害者遺族を引き取る是非、大丈夫なのでしょうか?』
と聞いたのですが」
 みな、一瞬虚ろな表情をしてから、力なく頷いたという。
(……? どういうコトだ? 実は遠縁や加害者家族の件、操作しているのはこの人たちで、ウソをついているという線もある。
だがそんな物は操られた者たちを検査すれば分かるコト。職員と老夫婦の会話も『引き取りという、子供の人生がかかった
行為』である以上、監視カメラのある施設内限定だ。ノイズィハーメルンに代表される操作系の武装錬金を使えば、映像か
ら足がつく)
 仮に老夫婦の新ひきとりが息子の復讐完遂だとしよう。迂遠過ぎるではないか。ただ殺したいだけなら渡米して息子を再
現すればいい。引き取りはリスクが多すぎるし時間もかかる。
 もしそれらを老夫婦が何らかの能力で回避し……引き取りにこぎつけたとしてもだ。
(私への釈明が稚拙すぎる。『加害者の家族と白状したが、職員がなにやら虚ろな表情してスルー』? 通らないだろう。実際
そういう映像記録があるとしても教えるのはリスクが高すぎる。武装錬金使用の犯行現場を差し出すようなものだ。第一)
 人を操れる能力を有するなら、追求に移行しつつある奏定に使えばいいのだ。
 だがしない。
(ここまで彼らがした応答や説明に能力発動のキーがあるタイプの能力かとも思ったが、念のため発動中の『私の武装錬金』、
使いどころによってはシルバースキンに次ぐといわれた防御能力、かの『レティクルエレメンツ盟主』の『特性破壊』でもない
限り破られないと評された一種のバーリアが攻撃を受けた気配はまるでない。物理攻撃のみならず精神攻撃や論理能力の
類すら防げるよう全力で防御しているのに……来ない)
 面談の目的は、意思を聞くためでもあったが、それ以上に『悪行をたくらむ存在に不利益を撒く存在が来た』コトを知らしめ
る意味もある。復讐や人喰いのため新を引き取る老夫婦ならば、奏定が探りを入れた段階で、『非縁者かつ加害者の家族
にも関わらず引き取りを成した何らかの能力』で疑いを躱す……そう思ったのだ。もし彼らとは別の協力者がいても結果は
同じだ。家のどこかに潜伏させ、奏定が油断したところを操作能力で、だ。
(【ディスエル】のやりすぎで疑い深くなってる自分が時々嫌になるなあ……。だから彼女できないんだよ私)
 内心で溜息をつきつつも『隙』を何度か自然に作る。襲撃の気配はない。相当の相手でも隙を見れば攻めるか攻めまい
かで一瞬揺らぐ。が、星超家には一切そういうのが現れない。

(うーむ。もし老夫婦が私の目論見総て見抜いた上で泳がせているのなら相当の大物だ。だがそんな大物に育てられた
子供がアメリカで適当に感化されヒーロー気取りで立て篭もりをするか? 不出来なだけなら大物はとっくに獄中へ部下を
やり始末させてる。協力者が居て、そいつが私など遥かに凌ぐ強者だとしても……割りにあわないだろ。立て篭もり犯が
らみの後始末だぞ? たとえ悪でも強者は強者、仕事は選ぶ。報酬がいい? 星超家は中流家庭、息子の留学費用だっ
て先祖伝来の山2つ……全部売ってやっと工面したと聞く。それ以上の財産がないのも調査済みだ)

 信奉者として労力を提供するには年老いすぎている。ホムンクルスや頤使者にしても働きは期待できない。つまり老夫婦
が『強者』に協力を頼んでも受け入れられる可能性は低い。向こうにしてみれば食事にもならないのだ。干からびた夫婦に
小さな子供が1人。うまくいっても元戦士が1人、メザシのようにつくだけだ。正に文字通り、「旨味がない」。

「奏定さん、枕はパイプ入り? 頚骨支持型? それともお蕎麦がら?」
「一緒に風呂入らんかね。わしゃあ肩甲骨の下をコシコシして貰うのが好きでのぉ〜」

「あのスミマセン。人が深刻に悩んでるときに生活観溢れる話題しないで下さい。てかもう同居人扱いしてるとか早っ!」

 のん気な老夫婦に呆れつつ。胃をちょっと痛めつつ。

 ……奇妙な共同生活が始まった。


(あの子……引き取られてからは新、だったな。新君とご夫婦の関係を潤滑にするためには憎まれ役が必要だ)


 奏定はわざと太った。『無職で家庭内暴力を振るう』役としてはそれが最適だ。腐り肥えた、口も利きたくもない存在の
被害に遭っている……そんな夫婦に大事にされれば憐憫の情によって結びつくだろう……奏定の目論見はやがて的中す
る。

「ダメージの方は、私の武装錬金特性ででっちあげます」

 戦団にかけあい特別に貸与して貰った核鉄を手に奏定は老夫婦に説明した。
 まだ完全に信用していない老夫婦に能力を明かすのは、彼らの実子に罪を犯させた償い……でもあるがしかし決して
死ぬつもりでもない。彼らが敵で敗れて死ねば、新までもが犠牲になる。元とはいえ戦士だ。『聞かれても決して攻略
されない』部分だけ聞かせる用心深さはある。【ディスエル】ユーザーとしても当然のたしなみだ。

「私の武装錬金は血滴子(けってきし)。名前は『アイル・ミート・イン・エレメンタリオ』」
「エレメンタリオ……元素っぽいのは」
「ま、【ディスエル】プレイヤーですからね」

 光と共に現れたのは、”投げ縄”だった。先端が輪縄の、西部劇でカウボーイが馬上ふりまわしているアレだ。ただ少し
カスタマイズされている。賞金首の頚部に輪投げよろしくスポリと引っ掛ける『輪縄』。それは牙を生やしている。厳密にいえ
ば三角形の刃だが、とにかく内側に向かって鋭い刃を伸ばしている。生死問わずの賞金首以外にはあまり使いたく代物です
じゃのう……星超氏が呻く傍らで夫人、「あらあらまぁまぁ台所の排水コーナーみたいで可愛いわ」のん気なコトを呟いた。
「……。その例えやめてください」 奏定は軽くゲンナリした。「もう聞き飽きるほど聞いてます」 見る人ほぼ総てに言われて
いるらしい。
 とにかく彼は、ゴムがビラビラしている排水コーナーみたいな武装錬金を指差した。
「アイル・ミート・イン・エレメンタリオ……エレメンタリオの特性は『分割』です」
「でも手数料お高いんでしょ?」
「すみません夫人。ちょっと黙っててくれませんかね?」
 ごめんなさいねー。老婦人はのほほんと笑った。「主人にも一言多いって言われてますのよ」 おっとりとした様子で頬を
撫でる。人は良いがやり辛い……奏定は早くも共同生活に対する不安でいっぱいだった。胃もちょっと痛くなった。
「ところで電脳工事士のときはプヒプヒ言ってるのに、こっちじゃ言わないんですじゃ?」
「なんで知ってるんすか。……いや、さすがにリアルじゃプヒプヒ言えませんよ。あれは電脳工事士という一種のマスコット
としてのキャラ作り、いわば利用者へのサービスです。だいたいリアルでプヒプヒ言えたらもっと社交的なキャラとし……
いや違う!! 私は武装錬金でどうやって新君とあなたたちの共同生活をうまくするか説明しようと! 話逸らさないで下さ
い! ほんと頼みますから!! 説明終わるまで大人しく聞いてて下さい!」
「やだやだ!! わしこっから【火竜の卵】のとり方聞くんだい!」
「なんすかその反応!? てかプレイしてたんだ!? でもそのお年で複雑怪奇な五行システム誇る【ディスエル】すか……」
「宅の主人は20代の頃からプレイしてましたのよ。私と出逢ったのは『コン』で行われた第19回陰陽トーナメント決勝戦……」
「えー。それ【ディスエル】版の天下一武道会ですよ……。19回ったらブウ編あたりのレベルすよ、界王神クラスの戦士が居たっ
て伝説の」
「わしそれで準優勝ですじゃ」
「じゃあトップ星超夫人!? なにその意外な過去!? 必要!?」
「いやですよ奏定さん。昔の話ですよ。まだフランス外人部隊居た頃の話ですよ」
「突っ込みませんからね!!!」
「? どうして我が子といい奏定君といい、わしらと話すとツッコミ気質になるんじゃ?」
「一度でいいからご自身の言動客観的に見てください……。こりゃ新君までツッコミキャラになるかも……」
 げんなりする奏定の袖を星超氏、くいくい引っ張りながら【火竜の卵】の取り方を聞く。
「やめてくださいそういう不覚にも可愛いと思ってしまう仕草」
「だって知りたいだもん」
 星超氏、幼児のように指を咥えた。
「古強者なのに分からないんすか。【火竜の卵】の取得難易度Bすよ……」
 呻くと「いやこの前のアップデートで実装されたばかりですし」と星超氏。老境にも関わらず新要素に飛びつくナウな人だった。

「とにかく、私の武装錬金で、お2人には『家庭内暴力に遭ってる』よう偽装します」
「具体的にはどうやって?」
「傷や青タンを作ります」
「あらあら痛そう。けどそれで新と仲良くできるならオバサン頑張る、頑張っちゃうわっ!」
「なんですそのノリ……えーと、痛みはないです。じゃあ特殊メイク? あ、いえ、それは手間ですし気付かれやすいので」

 一計を案じる。奏定は告げた。

「『分割』という特性は、病気や事故といった『死』のダメージにも適用されます。よって」

「お2人がこの先病気などで受ける『死のダメージ』を、毎晩分割して浴びて貰います」

 成程。その分割によるダメージが……「傷や青タン」なのですじゃ? 星超氏の指摘に養子は頷く。

「ええ。本物の傷で、しかもあなた方を傷つけずに済む方法はこれしかありませんから」

 ダメージを負うのに傷つかない? 夫人は不思議そうに頬を撫でた。

「その辺り、いまから説明します」

「まず痛みですが、あります。けど見た目ほどじゃないです」

「タンスの角に小指ブツけたレベルが8時間に4〜5回、一瞬出る程度」

「何しろこの先の人生で遭遇されるであろう病気や事故、およびその他の苦痛総てを消す代わりに」

「100年かけた『分割払い』にしますからね」

「閏年の変則的なアレを含むとややこしいので、大体36525回払いの日賦としましょう」

「1日ごとに、残りの全生涯で味わう痛みの約0.0027%が来ます」

「それが『タンスに小指ブツけたレベル』です。安いかどうかはご判断に委ねます」

「傷や青タンについては、それで分割払いを済ませた……つまり『死から遠ざかった』という意味では一種の治療」

「ダメージといっても、マッサージをやりすぎた後の好転反応みたいな部分もありますから」

「要するにテレビで芸能人がやられてる足つぼマッサージの傷跡残る版みたいな、その程度のアレです」

「あと、家庭内暴力演出するため私の部屋で暴れてるような物音とか喚き声たてます」

「【ディスエル】の公式HPで配布してる効果音があるんですよ。それ組み合わせてスピーカーで流します」

 で、これ使いますか? 聞くと老夫婦は頷いた。

「実の息子が新の両親を殺した以上……」
「代わりに償う義務があります。たとえ仮初でも、不安定でも、日本にすら居場所がなければ……あの子は、迫害に満ちた
アメリカへ戻らざるを得なくなります」

 だから痛みを引き受ける。むしろ小指をブツけた程度の痛みでは罪に対して軽すぎるとも老夫婦は述べた。

「では」

 ゴムびらびらの排水溝……もとい刃の生えた輪縄が星超氏の頭をくぐり上から下に、足元まですうっと通り抜けた。輪縄
は透明な皮膜を作った。干渉しあう虹の極彩色を持つそれはさながらシャボン玉のようだった。やがて星超氏が指示に従い
輪縄から一歩出ると、今度は夫人にも同じ処置が行われた。

「あとは私が仮想敵を引き受けます。お2人はただ新君に優しくしてあげてください」
「すまないな奏定君。君にだけ憎まれ役を押し付ける形になって…………」
「構いませんよ。あなた方のご子息に殺人をさせてしまったのは、私、ですから。私が無辜の人を殺さなければ、あの子だっ
て殺人を犯さずに済んだ」
 そして奏定は星超新に憎まれる道を選んだ。もし真実が明るみに出たときは、総て自分の策謀だとウソぶき……総ての
憎悪を引き受けるつもりで。老夫婦を、ただ操られているだけの被害者にすれば、総てを知った少年は、葛藤こそするだろ
うが最終的にもとの関係を取り戻すだろう……そう信じて。

「太ったものの、健康診断で引っ掛かりました……。倒れては家計が大打撃なので、痩せます」
「……真面目じゃのう」

 敢えて不摂生な生活により30kgばかり増量したカナサダだが、数年もすると血糖値はじめ諸々の数値がレッドゾーンに
達したのでダイエット敢行。【ディスエル】はフルダイブ型ゆえにダイエットにも最適だが、詳細は羸砲ヌヌ行の戦いの最中
述べたゆえ語らない。

 ともかく小学1年生だった新が中学3年生になるまでの長い間、奏定は【ディスエル】で働き家計を支えた。

 そんなある日、彼の元へ1つの知らせがくる。

──「老夫婦の実子が脱獄した』

 例のハイスクールの生徒である。星超新の両親たちを殺害したコトで懲役429年を言い渡され監獄に入れられた男が
アンチアルビノの団体に助けられ……解き放たれた。ややもすると帰国するかも知れない、こちらでも追跡するが充分
警戒されたし……かつての同僚は戦士らしく末文にそう添えた。


「事情以上の通りです。実の両親のあなた方が、かつての標的を養子にしていると知れば息子さんは何をするか分かり
ません」
「ゆえに【ディスエル】での仕事を辞め、警備につくと」
「そんな。私たちの為なんかにそこまでしてくれなくてもいいのよ?」
「いいえ。彼が道を踏み外す切欠を作ったのは私。これ以上の凶行は見過ごせません」

 長い暮らしの中で老夫婦が好きになっていたのもある。奏定は戦団の養護施設で育った。だから星超家にいると、失った
物が満たされる気がしたのだ。

 羸砲ヌヌ行と出逢ったのはそんな頃だ。彼女は当初『カナサダ』というプレイヤーをハロアロの分身ではないかと疑って
いたが、それは奏定の方も似たようなものだった。

(ご夫婦の実子。彼の息のかかった者が【ディスエル】経由で私に近づいてきた……とかじゃないだろうか。アメリカサーバー
からのコンバートで密入国する者は少なからず居るし。その場合、通報されたりPC抑えられたら強制送還というシステムあ
るから、逃げ切れる可能性まったくないけど、『一瞬でも逃げられるなら』ってやる人、後を絶たないしなあ)

 余計なコトを考えては胃を痛めつける自虐かつ自縛の元戦士、あれこれと疑っていたが、ヌヌ行の事情を知ると疑いは
晴れた。

 そして彼女が【ディスエル】から脱出できるよう様々なアドバイスをし、イベ管になる手助けをした。電脳工事士としての晩
年は、できれば彼女の脱出を見届けて締めくくりにしたかったが、事情がそれを許さなかった。

──「老夫婦の実子が手練れ12名を引き連れアメリカを脱出、日本に向かった」

 予定より数日早く【ディスエル】を辞した彼は、ヌヌ行の件で後ろ髪を引かれる思いをしながら老夫婦の警備に移る。

「私の武装錬金『エレメンタリオ』を収束状態にすると、12時間の間とても強力なバーリアと化す。直接攻撃のダメージを『毎
秒ごとに』分割するバーリアに。爆発を受けても緩慢な酸化現象に変換。刺突斬撃の類はコマ送りのように遅くする。後ろ
に下がるだけでダメージ回避、しかも緩やかに動く敵を襲撃できるオマケつきだが…………安心はできない」

 半日ごとに掛ければ、核爆発の半径700m以内にでもいない限り凌げると目される収束状態。
 当然術者の死亡または武装解除によって防御は解かれるが、本人も服用しているとあれば老夫婦の安全は保障された
も同然だ。
 1日2回の掛け直しを忘れぬようしながら──…
 慎重に自宅に留まる。他の戦士たちからは連日追跡の模様が舞い込んできた。老夫婦の実子が引き連れてきた手練れ
が1人、また1人と葬られていったのは、【ディスエル】でハロアロがライザ(に見えるモンスター)の虐殺に慌てふためく少し
前。やがてアンチアルビノ最強と目される武装錬金使いが打破されたのは、つまり敵勢力が老夫婦の実子含め3人に減じ
たのは、ヌヌ行による【ディスエル】体感時間加速開始から6日目。ハロアロにとっては8日目の、『スキル全ロスト』の日であ
る。

 その日まで、奏定はまさに自宅警備員だった。24時間体制で自宅に居て、そして老夫婦を守っていた。
 時々やってくる勢号始が、弟と何やら非常にいい雰囲気になっているのは、大変侘しかった。
(いいなあ、彼女。ほしいなあ。オレっ娘でつるぺたとかクオリティ高いなあ)
 奏定はヌヌ行に食指を催さなかった、筋金入りの貧乳好きである。【ディスエル】というゲームのヘビープレイヤーである
以上、サブカル方面にも造詣が深い。部屋に飾っているフィギュアの数々は、万一新に踏み込まれても「オタク趣味の引き」
篭もり」という奏定像を崩さぬための飾りでもあるが、趣味でもある。だから老夫婦からの評判は悪い。
「もっとこう、エロいフィギュアを飾るのですじゃ!」
「ロボットとか怪獣が却ってごまかしみたいでカッコ悪いわよー。全部ペドのほうが突き抜けてるわよー」
「いや私は健康的かつ見えそうで見えない美少女が好きで!! ちょ、夫人!! ギドラ取らないで!! ギドラ好きなの! 
そこのレッドファイブだって好きで飾ってるんです!! 誤魔化しじゃなくて!! 萌えも燃えも好きなんですー!!」
 もっと全力でやればいいのにやらないから、評判が悪い。

 さて【ディスエル】体感時間加速7日目。ヌヌ行の【ディスエル】脱出からは8日前となるその日、奏定は仲間の戦士から
連絡を受け取る。

『老夫婦の実子を追い詰めたが一般市民を人質にしていて手が出せない。君がくれば解放するという。協力をお願いでき
るか』

 何かにつけて疑り深い奏定が指定された廃ビルに呆気なく赴いたのは、仲間からの伝送文が、戦団指定のコードで暗号化
されていたからだ。第三者には絶対に解けない文章で、しかも末尾には知己の戦士しか知らない、奏定のちょっと恥ずかしい
黒歴史が書かれていた。
 何より少しだけ焦っていた。自分が早く行かなければ、人質が殺される。老夫婦の実子が殺してしまう。少しだけ実の両親の
ように思っている彼らの子供が、自分のせいで再び罪を犯すのは耐えられなかった。人質を切り捨てた彼が戦士たちに殺さ
れる可能性もあった。或いは自殺。

 そんな感傷が、彼の判断を少しだけ狂わせた。

「不在時、もしものために、あなた方にはより強い結界を張っておきます。武装解除されない限り

 現場についた彼は仲間たちの案内で、老夫婦の息子が居るという廃ビルの奥にたどり着いた。

 誰もいない。

 どういうコトだと振り向きかけた彼の後頭部を銃のストックが襲い、跳ね返された。エレメンタリオの結界。血滴子の武装錬
金で形成した障壁は、核すら距離次第で阻む準無敵の結界である。
 奏定は見た。襲撃者を。それは知己の戦士だった。「裏切りか」などという言葉を吐く奏定ではない。打ち捨てられて久しい
ビルの陰鬱な暗闇の中で見た彼の顔は、明らかに第三者に操られている顔だった。
 ……。非常時だからこそ状況を1つ1つ確認していこうとする冷静さが仇になった。知己の戦士の顔から戦況を知った奏定
の体を斬撃が通り抜けた。準無敵の結界が爆ぜた。目を見開く奏定の背後で足音。ついで下卑た声。

「よぉ〜奏定。よくも無実のグランパ殺してくれたなあ」

 複数のライトから放たれる輝きの柱がもつれ合い、声の主の顔に当たった。ソバカスが目立つ若い男。肌の色は周囲の
薄暗さを差し引いても灰がかっており、何かの薬物中毒の気配すらあった。髪はやや長いが、録に手入れされていないせい
か汚らしく跳ね回っている。

「……星超静叫(シズQ)」

 老夫婦の実子の名を呼ぶ。罪を犯させてしまったという点において奏定は、シズQにも兄のような憐憫を覚えている。

「んだよ。騒がないトコ見るとどーやら大体の事情は飲み込んでるようじゃねえか」
「仲間たちを何らかの武装錬金で操ったな。私を呼び出した伝送文もそれで作った。もちろんコードや私の昔話も……
聞き出したか打ち込ませたかだ」
「せぇ〜かいっ! 安心しな。お仲間は殺しちゃいねえ。殺したらてめえの動きを封じられねえからなあ」
 操られている仲間達が動き出す。みな現役時代の奏定に匹敵する実力の持ち主だ。そして奏定は戦線を退いて久しい。
【ディスエル】ユーザーとしては『ブランク:全パラメータを40%ダウン』というスキルを己のステータスに付加したい所だ。
 やれ! その声と共に飛びかかってくる仲間達10数名は、ほどけた輪縄から伸びる刃が掠るたび、シャボンに包まれ……
順々に動きを停止した。結界。それは守るためだけでなく釘付けも可能だ。『移動』という概念を分割すれば止まるのだ。
アニメーションも1コマ抜き出せば絵となる。原理は同じだ。
 戦闘はそこで終焉した。
 仲間の動きを止めた奏定はノドに手を当て……青ざめた。血。掌が鮮血に染まる。
「吹き矢の武装錬金ってな。地味だが直近2週間の絶望の数だけ人を操るコトができる。待っていたのさ。追撃部隊全員
の数だけ絶望するのを。つってもよぉ、連れてきた仲間のうち半分がくたばったのは予想外でよぉ、オレぁ下っ端だから、
アンチアルビノのナントカってえ組織のお偉方にゃあ大目玉、かもなあ。ま、それも『絶望』だ、いっそ下克上ってのも悪か
ねえなあ」
 汚らしい、これがあの穏やかな老夫婦の息子かと疑いたくなるような笑い声を聞きながら、奏定はしかし別の疑問を抱く。
(なぜだ? 私の防御はあらゆる攻撃を弾く。ブレイズオブグローリーレベルの武装錬金が直撃すれば流石に話は別だが、
たかが吹き矢……たかが吹き矢程度をなぜ……通した?)
 ハッと目を見開く。
(……まさか。ほぼ総ての物理と論理の能力を防ぐエレメンタリオを突破した能力…………『特性を破壊』したのは…………
まさか……メルス…………)
「操られる前に気絶しなバーーーーーカ!!)
 思考は蹴りによって強制中断された。


 倒れ付す奏定と戦士たち。それらを見下すソバカスだらけの青年の後ろに、小柄な影がスぅと現れた。
「始末なさらないので? 祖父と仰ぐロードベビーの仇ですよ?」
「しねえよ」
「何故?」
 影は燕尾服姿の、灰色の髪を左右で大きく外に跳ねさせた神経質そうな顔つきの少年だ。
「あなた言っていたではないですか。『あろうコトかアルビノ引き取りやがった両親を殺す』と
「星超奏定きゅんは老夫婦を〜〜守ってるノダ!!!」
 影がもう1つ現れる。陰鬱な場にそぐわぬ、やたらハイテンションな声だ。
「見てみてみて〜見て! 奏定きゅん、意識途切れてなお! 武装解除! してない! たいした使命感というべきサ!!!」
 黒いエプロンドレスを来た美しい少女は、しかし明らかな異形でもあった。何かの薬品をかけられたらしく、顔の右半分が
赤黒く焼け爛れている。もっとも双眸はまるで鏡など見たコトがないようにキラキラ輝いている。先っぽをヘアゴムで縛った
だけのセミロングの髪(明るい茶色)を揺らしながら、ピョコピョコ踊ったり回ったり。やがてピタリと止まり刑事風の男を指差した。
「つまり奏定きゅんを殺さない限り、ご両親を守る結界に阻まれると思うよ! さっきそれ突破した能力は『色々』不安定だもん!
『元の持ち主』ほど完璧に使いこなせたなら、さっき攻撃した段階でご両親の結界もろとも大破壊! 強制武装解除ダヨ!!
いまみたいな、意識途切れたが精神力で武装錬金保持する、ってベタにも程があるコト許さなかった!
 やたら騒がしい少女にシズQと神経質そうな少年は顔をしかめた。
「わーってるよ『いのせん』。奏定を殺さない限り親父とお袋ぶっ殺せねえってコトはな!」
「ならなぜそうしないので?」
 月吠夜(げつぼうや)ぁ〜。シズQは灰色髪の少年の肩を掴み、ソバカスだらけの顔を近づけた。

「生かした方がより長く奴らを苦しめられるからだ! クソアルビノも! グランパ殺してくれた奏定もな!!」

 両手を広げ嘲笑するシズQ。仲間たちは嘆息した。彼が一団の指揮を任されているのは凶暴性ゆえだ。米国では、事情
が事情ゆえ、迫害に耐えかね国外移転するアルビノたちが非常に多い。シズQの属する組織はそういった逃げすさるアル
ビノたちすら殺す方向に最近シフトしつつある。シズQの新殺害もその一環という訳だ。
 が、割はまったくあわない。戦士たちはかつて身内がやらかした無辜の殺害の尻拭いに必死だ。奏定の過ちが遠因で
両親を失くした新の生活を守ろうと全力を尽くした。結果、3人いた武装錬金持ちはもはやシズQただ1人。用心棒にと
引き連れていたホムンクルスや頤使者も全滅。残り2人の部下は、対人……というか対アルビノにおいては無類の強さと
残虐性を誇り、全員合算すれば300人以上の白い命を奪っているが、しかしそれだけなのだ。戦士との戦いは想定して
いない。この辺り、ただ差別感情に染まっているだけの集団としての粗笨(そほん)さである。奏定の撒いた因縁を抜きに
しても、ホムンクルスや頤使者を動員し、しかも無届けの核鉄すら使うとなると戦団が動かぬ訳がない。ストリートの裏側で
行きずりのアルビノを甚振っているのとは訳が違うのだ。王の大乱という錬金術の災禍を肌で知らぬがゆえの失策。彼ら
はもはやただの逃亡犯だった。
 だが、だからこそ、かかる羽目に追いやった標的、憎むべきアルビノであるところの新への殺意は燃える。
 ケロイド少女……いのせんは声高らかに問う。
「なにか策があるっぽいネエ!! 星超新きゅんに死以上の苦しみを与えて殺す……策が! でもあの子強いっていうよ!」
「ですね。さっきシズQがナントカつったアンチアルビノの、私たちの組織……月吠夜(シャウトインザムーンライト)。日本では
馬鹿な文化祭荒らしどもが『肖って』名乗っていたそうですが、彼らことごとく蹴散らされたそうですよ」
「てか月吠夜(げつぼうや)君もそいつらと似てるよねー。組織が好きだからって名前パクってるんだモン」
 断っておきますが文化祭荒らしどもの組織とは無関係ですよ、まったく迷惑な話です。神経質そうな少年は肩を竦めた。
「とにかく、殺そうとしているアルビノが強いという評判なのですから警戒は必要です。我々はホムンクルスでも頤使者でも
ないただの人間……。返り討ちというコトも有り得ます」
「武装錬金の練度も低いヨネー。組織内では手練れで通ってるけど、仲間内最強の使い手だったHN『齧りかけの林檎』さん
には遠く及ばないモン!」
 手番は最初に戻る。神経質の少年、再び嘆息。いろいろ参っているようで、こうも付け加えた。
「戦士は強い者から順に殺して言ったんです。人外が終われば最強の武装錬金使い……という風に」
 いわば残りカスの戦力なのだ。アルビノ1人に蹴散らされる恐れは充分ある……神経質だからこそ少年は指摘する。
「ハッ! どーせアルビノだろうが!! 約10年前クローゼットの中でベソかいてたクソガキごときにオレが負ける道理はねえ!
けど勝つならよお! もっとひでえ絶望って奴を刻み付けてやるのさ! 新にも! 奏定にも!!」
 まずはクソアルビノの交友関係から言え。怒鳴られた月吠夜は事務的に写真を取り出した。
「勢号始。付き合っているようです。何かと騒ぎの渦中にいるようですが、星超新ほどの暴力事件は聞きません」
「つまり、見た目どおり非力なメスガキって訳か! 奏定うまく使ってアルビノ絶望に沈めたらよぉ! 目の前で女犯してやるっ
てのも一興、だろうなあ!」



 10数分後。星超邸で、つまりは生家で、シズQは愕然と佇んでいた。

(な、何がいったいどうなってやがるんだ……!)

 計画はほぼ成功だった。

 まず武装錬金で操った奏定を、遊びに来ていた勢号にけしかけた。
 殴りかかるというより乱暴する動きをしたのだ。
 新は当然ながら気付き、激昂。かねてよりの悪感情も相まって、義兄を全力で殴り飛ばした。
 操られるのとは違う物理的破壊力ゆえにか、それとも守り続けてきた義弟に敵意を向けられた悲しみゆえにか。
 老夫婦を守っていたエレメンタリオの結界は解除された。
 その隙に、月吠夜といのせんは星超邸に侵入。老夫婦を一瞬で殺害し、首を切断。
 居間で倒れた兄を見下し憤然と息を荒げる新めがけそれを投げた2人に遅れ、シズQが登場。

「よぉ、久しぶりだなクソガキ。実の両親に続いて養父母まで死んだ気分はどうだ?」

 あとは奏定と老夫婦の抱えている事情を総て話し、最後に一言。

「要するにてめえは守ってくれてた義兄を勝手に差別し続けた挙句、その意思を無駄にしたのさ! てめえが殴らなければ
大事な大事な養父母さんは死なずに済んだのさ! つまりてめえは『また』だよ。また両親くたばるキッカケ作っちまったのさ!」

 これで計画は成功する筈だった。
 新は二度と消えない傷を負う。あえて見逃した奏定も立ち直れなくなる。自分を無視しアルビノを育てた両親にも復讐ができる。

 関わったもの総てが破滅する、完璧な計画の……筈、だった。
 下卑た笑い声を浮かべ陶酔する彼が、後はとりあえず3人でアルビノ砂にして縛って転がして、女犯して絶望させてしまいだ、
などと考えていると、その「女」が、つまり勢号始が、「あっそ」と冷たく呟いた。



「ハロアロ並みに考えてるけど、つまんねえ戦いすんだなぁ……」



 老夫婦の首が飛んだ。飛んで元の体に接合された。
 同時に月吠夜といのせんが泡を吹いて昏倒。


「……は? はあ?」
 目を白黒させるシズQに
「で、お前にゃコレだぜ」
 いつだったかサイフェから習ったんだ。重ね当てが炸裂。胴体を揺るがした。跪き血を吐く彼の理解は周回遅れの一方だ。
「だいたい分かったよ。新……アルビノを狩りたいって訳だ。けど、狩るならもっと戦いらしいコトをしな。ビスト風にいうと、
猟較って奴だぜ」
 シズQの髪を掴みながら囁く。やっと現状を把握した新はゆっくりとシズQに近づき……頬を殴る。
「ぐげえ」
「やっと思い出した。君はボクの実の両親を殺した立て篭もり犯か。さっき君がベラベラと喋った事情によれば、父さんと
母さんの実の子供ともいう。なのにどうして殺すような真似をした。いつだってそうだ。ボクが、アルビノが憎い癖に……
どうして君は……無関係な人間ばかり殺すんだ……。ボクから何もかも……奪うんだ……!」
 拳を再び振り上げる。ヒィっ。情けない声を上げ顔を背けるシズQ。「やめとけ。殴る価値もねえ」 新を制する始は、しかし
シズQを自分の顔の前へ近づける。
「言っておくけど、お前の目論見は総て崩壊したぜ。おとーさんやおかーさんは生き返った。従っておにーさんが罪悪感を
抱くコトもない。あたらが”また”ご両親を殺しちまったって塞ぎこむコトもない。失敗だ。お前の計画は失敗だ」
「怪物……!! 生首になった親父とお袋を生き返らせるなんて……怪物……!!」
 始の目が一瞬さびしそうに色彩を落とすのを新は見逃さなかった。
「…………ま、頤使者(ゴーレム)だし、怪物ってのは否定しないぜ。でもま、それでもお前の凶行は見過ごせない」
「ハッ!! 怪物だが差別はしない、なのに博愛の生物たる人間だけがなぜ差別をするとか、そーいうお決まりのセリフで
も吐くつもりか!!?」
 いんや。勢号始は首を振り……笑った。
「するぜ差別! しまくりだぜ! 嫌いなものを嫌いつって何が悪い! 生きてんだぜ? 嫌だって感覚に最大限従わずし
てどーすんだ!! キモいって思ったらキモがるし、馬鹿だって思ったら馬鹿にする!! 自分より弱いと思ってる奴が逆
らってきたら不愉快だ! 怒るし叫ぶ!! チメジュディゲダールの野郎ぁマスコミを差別してやまねえがオレだって同感だ!
奴らアリモノを右から左に流してドヤってるだけのアツくねえ連中だからな!! 価値のねえもんに価値がねえつって何が
悪い!! くっだらねえ誤魔化しやら愛想笑いで嫌悪感にフタしてウダウダくすぶるぐれえなら、声高らかにブっぱなして
変えればいい! 心から迎合できねえものに倫理観どうこうで無理して付き合って心壊して感覚なくすぐれえなら、最初から
明確に拒めばいい! 戦争がなくならねえのは気に食わねえモン徹底的に壊さねえからだ!! 領土貰ったあとのコトとか
人道的な問題とか世論とか、くっだらねえソロバン感情に振り回されるだけのチャチな悪意を振りまくから、敵も味方も生殺し
で何年何世紀と苦しむんだ! だからマンガや映画は面白え! 悪とみなした連中を殺し尽くすまで終わらせねえからな!
娯楽とはつまり差別の局地! 気にくわねえを徹底する! ゆえに差別も徹底すりゃ……面白え!」
「え、ええー」
 シズQは愕然とした。滅茶苦茶な論理ではないか。
「なのに差別が蔑視されんなあ、結局中途半端だからだよ!! ちいっと毒吐いて傷つけるだけの! 相手に反論と係争
の余地を与えるだけの、みみっちい、戦い以前の行為だからつまらねえ!! 不快なら絶滅させるまで戦えや!! 一ヶ所
に集めて核落とすとか、やれよ!! あたらは強いんだぜ!! 真っ向から戦うべきだぜ!! 1億ぐらいの絶望的な兵力
集めてこいよ!! なんだよ3人って! しかもおとーさんおかーさん初手で殺すし! つまらねえ!! そこは人質が王道
だろうが!! 塔のてっぺんにでも監禁して、スパルタンXみたいなコトしろよ!! そんで死なない程度の重傷負わせて怒
らせて覚醒させろよ!!
「マンガ脳かお前!?」
「そうだぜ! だから差別する物もしない物も等しくオレは駒にする! オレを楽しませる戦いの駒にする! 嫌いな物は
悪役に仕立てるし、好きな物ならヒーローだ! オレは強い! 最強だ! しかも王道に対しちゃトコトン平等! 戦争や差
別以上の面白い戦い、いっぱいいっぱい、作れちまう! オレ以外の連中が主導するゴタゴタなんぞ総てスッこんでろって
感じだ! せっかく面白え駒がたくさんあるのに、クソ面白くもねえ不活発な戦争やら差別で壊すんじゃねえっての!! オ
レならもっと面白い差別ができる!! 虐げられる奴はいつだって主人公向きだからな!! 傷は与える! だが立ち直
れる範囲だ! 死力を尽くした野郎にゃ欠如が戻る奇跡すら与えっぜ! ハッピーエンドを用意して、そこを目指して戦わ
せる! 不遇を囲った奴の爆発力はスゴいんだよ! 適当に悪罵吐いてケタケタ笑ってるだけの野郎なんぞよりずっと! 
だからオレはオレ以外の連中の差別を差別する!! 奴ら最後まで責任持たねえし盛り上げどころも知らないからな! 
オレのやる差別だけが、オレに差別された奴だけが、ギリって歯ぁ食いしばるアツイ戦いを起こせるんだ!」
 こういう奴だ。新は諦めたように首を振った。
 ワガママで、傲慢で、観戦主義者で、力づく。
 根は文化系の癖にトコトン暴君な少女こそ……勢号始、である。
 彼女はシズQに昂然と叫ぶ。
「以上の論理によってオレはお前も差別する! くっだらねえ戦いしかできねえお前が不快で嫌いだから、それよりは好き
な差別……敢行するぜ!!」
 シズQ、月吠夜、いのせん。襲撃者3人の肌の色がみるみると変わっていったのは、始が無造作に手を振った瞬間から
である。彼らの肌はやがて真白になった。目も……真赤に。
「お前ら3人今日からアルビノだ。ぷぷっ。差別していた存在に自分がなる、なってしまう。王道だろ? その状態で月吠夜っ
つう差別組織の本部に送ればどうなるか……。ま、頑張って生き延びるこった!」
「なっ! 待て! それじゃまるでオレたち主人公……! 嫌いな奴は悪役にするんじゃ……」
「ダークヒーローも悪役の一種だぜ。それに嫌いな奴を敢えて主人公にするのも気分転換ぐらいにゃなる」
 じゃあな。とてもいい笑顔で手を振ると、シズQたち3名は星超邸から、日本から、消えた。



「よし解決。あとは戦士まわりの情報イジれば問題なしだ」
「本当、君はメチャクチャだな……」
 新はゲンナリした。
「てか勢号。君、差別好きを公言する割には親切だよね……」
「? 何の話だ」
「いや、体が不自由な人見かけるたび一生懸命介助してるじゃないか。目の見えない人に「電話かけて貰えます?」って
頼まれたらスンナリ従うし、車椅子が溝に嵌って困ってる人は当然助けるし、満員電車で善意の席だけ開いてる時は、
例え死にそうに疲れていても座らないし……」
「そそそそそれ、あたらと一緒にいない時のコトだろ!!? なんで知ってんだよ!!」
「いや、どれも偶然見かけただけだし。差別差別いう割には優しいんじゃないかな」
「う、うっさい!! ぼけっ! ストーカー!」
「つけてないよ!?」
「ああああ、ありは、あれだ!! 体の不自由な人を攻撃しても面白くないからだ! アツくない! 王道じゃない!!」
「でも忙しいですって無視するコトもできるよね」
「いやでも無視したら可哀想d…………じゃなくて! えと、あれ、あれだ! 恩売って駒にするんだよ!! そうだそうだ!!
不幸にもヤツらは悪魔の助けを受けたのだー!! ふははは! オレという極悪と関わったことを後悔すればいいーーっ
て毎回思っているんだぜ! ホントまじに! 悪だろ!?」
「……いつも関わった人たち、しばらく物陰からチラチラ見てるよね。そんで「やろうかなやるまいかなー」って顔したあと、
結局、さっきボクの仇たちアルビノにしたみたいな超常的な力発揮して、不自由な部分、治してるよね」
「う、うぐ!?」
「ついでに言うと、治された障碍って、その日を以って絶滅してるよね……。君が無くしたというか、同じ障碍抱えてる人、
全員治しちゃってるんだよね」
 勢号始はとうとう真赤になった。唇をかみながら涙目で「じ、じろじろ見てんじゃないぜ!! すけべ!! 変態!」と罵り
がてら新の体をぽかぽか叩いた。
「ぼぼ、ぼけえ!! 障碍全部治すってのは絶滅、なんだぜ! 敵を殺し尽くすようなもんだ!! 二度と金輪際おなじ障碍
が出ないよう因果律イジくるのは、アレだ、アレだよ! 不自由な人を全部殺すのと同じだよ!! つまりは究極の差別だよ!!」
「詭弁じゃないかなあそれ」 溜息交じりの指摘に語調が弱まる。
「う、うるさいよ。オ、オレはただ、その、あれだ、自分の言葉どおりに差別を徹底してるだけだよ……。善意じゃねえよ……」
「でも」 白皙の少年は何度目かの殴打に及ぶ少女の可憐な腕をそっと掴んだ」
「ボクは君の、そういう優しいところも……好きだよ」
「あたら……」
 接近する顔から一瞬目を背けた少女は、しかし電撃に絡め取られたように、或いは観念したように、少年の滑走路上に
顔を戻す。
「ありがとう。父さん達と……それから兄さんを、助けてくれて」
 潤む少女の瞳。爪先立ちになる足。少年少女の顔は距離を縮め──…

「あの、私、シズQ君たちが、アルビノ化した辺りから、とっくに気付いているのだが」

 気まずそうな奏定の咳払いで我に返る。

「いやそこは去れよ!! 空気読もうよ!?」
「でもそれ侘しいだろ新君……。私、ずっと、すごい頑張って、君とお父さんたち仲良くさせようと頑張ってたんだよ? だのに
守りきれなかった上に、勢号君に助けられて、しかもイチャつかれて終わりって…………立ち去ったら侘びしすぎる……」
 だからせめてこの居間じゃなく自室あたりでやって欲しくて、そういう意思を込めて立っていたのだが、2人はお互いに夢中
で気付いてもらえなかった……奏定はちょっと涙混じりに述べた。
「はは。どうせ私なんか……気付かれもしないのさ…………。むしろこうやってやっかんでいるから、いつまで経っても春が
来ないんだよ…………。ふふ。新君が思ってるように、引き篭もりみたいなトコあるし、彼女できたコトないし…………。痛い。
胃がシクシクと痛い……」
 体育座りでブツブツ言う成人男性が傍に居れば百年の恋も冷めようというものだ。
「贅沢は言わないよ……。せめて金髪サイドポニーで貧乳なアホの子でいい。彼女になって貰えないか……」
「要求レベル高ぇ!!」
「おにーさん、意外に愉快な人だぜ……。つか不幸属性すぎる……」

 騒ぎで散らばったゲーム雑誌。その開いたページは【ディスエル】特集。「ゲーマーモデル」というコーナーの一角に、天辺星
ふくらという少女が乗っていた。金髪サイドポニーで貧乳で、アホっぽい顔つきの少女が。
 彼女も奏定も【ディスエル】ユーザーで……後に意外すぎる出逢いを果たす。

 ともかく老夫婦生存。新の奏定に対するわだかまりも解けた。


 しかし──…



 翌日。羸砲ヌヌ行の【ディスエル】脱出まであと1週間という頃。

「家を去る!? なんで!?」
「……またアルビノを狙う連中が、うちに来ないとも限らないからさ」

 ボクが居ると父さんや母さんがまた犠牲になってしまう……。気落ちする新に「でも!」と始は声を上げた。

「オレがすぐ蘇らせだろ! お前だってあの時ショック受けた様子は……!!」
「ショックどころじゃなかったさ。何がどうなってるのかまったく分からなかった」

 父さんたちの生首を夢に見た。それでやっと襟足が濡れた…………。新は憔悴しきっていた。

(襟足が濡れるのは絶望の証……。実のおとーさん達をシズQに撃ち殺された時のトラウマで……)

「君の力なら何度だって父さん達を蘇らすコトができるだろう。けどそれでも、『ボクが原因で死んだ』って罪悪感は変わらない。
むしろ繰り返す分、辛いんだ」

 だから、ボクが養子だったという事実を総て消して欲しい。父さん達とは相談済みだし納得も得ている。

「…………総てってコトは、おとーさんたちの記憶も消えるぜ」
「いい」
「分かったよ」


 始は新の要望に従った。

『ただし奏定兄さんの記憶だけはそのままに』という部分も含めて。


(ボクは……差別が嫌いといいながら、奏定兄さんに同じコトをしていた。ボクと父さんたちが幸せになるよう陰で願ってく
れていた人を……あさはかな先入観で勝手に見下していたんだ)

 星超氏たちの記憶消去を聞いた奏定は、言った。

「新君。この家にいる者全員に忘れ去られるのは寂しすぎるだろう。せめて私だけは君のコトを覚えていたい。アメリカでの
ご両親の件は、私が引き金を引いてしまったようなものだ。何かできるコトがあればしたいし、幸福になって欲しいと思ってる」

 その言葉で彼の記憶だけは残すコトにした。戦士だから身を守る術を持っているし、何より、差別を嫌いながら差別をして
いた浅はかな自分を忘れぬための戒めでもあった。

「ボクは歴史が好きだ。実の両親の轍を踏まないようにとずっと調べて……執心していた。けど……もっとも身近に居たあな
たの……奏定……兄さんの、歴史だけは調べようとも知らなかった。調べれば……ひょっとして、もっと早く、どんな気持ち
か知れたのに……しなかった。結局、差別にしろ歴史にしろ……ボクは矜持を貫けなかった」
「そうかも知れないね。過ちがないのが本当は一番かも知れない。けど……そこから生まれる歴史だってあるんだよ。だから
私と新君は、少しだけ、以前と違う関係になれた。急ぎすぎて間違えても、やり直せるコトはある。……私は、そうじゃない方の
人間だけど、せめて新君だけは、そうならないよう……影ながら祈っているよ」

 新は奏定に礼を述べた。

 ただし奏定としては、星超氏たちの記憶消去に未練がある。

「星超氏たち、私が守るって約束したんだけどね。フフ……。一回しくじってるからかなあ、新君、家を出るって聞かなかった。
……。説得してるけど聞いてくれないんだ……。やっと仲良く【ディスエル】できると思ったのになあ。私がしくじらなかったら、
きっとみんな元通りのまま良くなっていったのになあ…………」
「ドンドン不幸属性だなおにーさん……」
「あ、ところで勢号君。君なにやら超常的な存在みたいだね」
「……まさか、正体気付いてるのかだぜ?」

「いやいや。護衛任務を失敗した無能な私が気付ける訳ないだろう。よしんば戦団に『王の大乱の遺物がいまだ健在』とか
言っても信じられないだろうし…………」
「やっぱり気付いてるじゃないか!! おにーさん実は凄く有能だろう!?」
「有能な奴は間違えて無実のロードベビー刺し殺さないよ……」
「だだ、誰にだって過ちはある!! 落ち込むな! 落ち込むなーー!!」


「ふふふ……貧乳に慰められて少し元気になったよ……」
「ばっ! 貧乳言うな!」
「そうだね……悪かったよ」
「オレは赤ちゃんおっぱいなんだぞ!」
「…………え、そこなんだ……? ところで質問2ついいかい?」
 なんでも。答えると「新君と星超夫婦の養子縁組、陰で手を貸したのは君だね?」
「えー。そこも気付いちまうのかよ…………。ま、そうだけどさ」
「ずっと疑問だったんだよ。米国生まれのイギリス人と日本人夫婦が、なんで遠縁ってコトになってるのか。加害者の両親が
被害者を引き取る……普通に見れば危なっかしいコトがスンナリ通ったのも妙だとね。勢号君なら手続きやそれに携わる
職員を操るのは可能だろう。何しろシズQ君たちすらアルビノにしたんだ。しかもアメリカに瞬間移動。あ、彼らの身柄なら
戦団の方で確保したよ。月吠夜本部で拷問受けかけていた所に乗り込んでね」
「シズQ……腐りきってるけど、それでもおとーさんたちの本当の子供だから、やっぱり見殺しにできないのかだぜ?」
「それは勢号君も同じじゃないかな。あの3人、銃で撃たれたけどすぐ治ったそうだよ。死なないようになっていた」
「……そりゃ奴らより敵の方が多いし。主人公補正つけなきゃつまらないし」
「そういうコトにしておくよ。とにかく、私がいうのもアレだけど、シズQ君を裁いていいのは法だけだ。法が死刑を宣告しな
い限りは、刑務所の中で生きる権利がある。

「おにーさんは法に裁かれてないのに自分で自分を罰する道を選んでるんだぜ」
「人間だからね。仕方ないさ。ところで、星超夫婦と新君を引き合わせようとしたのはなぜだい? なぜ色々改竄してまで
あの3人を結び付けようとしたんだい? 片やアメリカ、片や日本。接点ないよね?」
「……前世で一緒だったんだぜ」
「はい?」
「あー。前世つうか、前の時系列? 改竄前の歴史。そっちじゃあたらはホームステイ先に星超家を選んでいた。けど前の歴
史じゃ実はおとーさんたち悪い人で、お金やらホムンクルス絡みで」
「うん」
「おにーさん殺して、その罪あたらに押し付けた」
「…………死ぬって何!? 私そこまで不幸だったの!?」
 もしかするとこの時系列での初対面、警戒していたのは前世の記憶ゆえかも知れない。
「てかそのときシズQ君どうしてたの!?」
「小さい頃アルビノに殺されてた。奏定おにーさんはその代わり。養子だった」
 奏定、結局前世(?)でも星超家に居候していらしい。
「でも殺されるってどうなんだ……。しかも星超氏たが新君に罪かぶせるとか…………」
「幸いオレの助力にて濡れ衣を証明したあたらだけど、やっぱり実のご両親しか居ないってコトで、生き返らせようとして改
竄に手を伸ばした。あ、もちろんあの人たちは今回と同じく……」
「新君が日本に来る前死んでいた、か」
「そう。シズQとは別の、アルビノ嫌いにショッピングセンターでズドン。なもんだから、あたらはご両親を蘇らせようとしたんだ
けど、改竄者として”敵”とかち合っちまった。それでも何とかしようとオレと一緒に色々やったんだけど……」
 一瞬、意味ありげに奏定を見てから、始は言う。
「歴史をロードして塗りつぶす改竄者が生まれて、そのときの歴史はご破算。いまの歴史が始まった。ま、オレだけは上書き
免れたけど。とにかく歴史の強制力っていうのかな。今回もあたら、星超家に招かれそうで、けどこっちの時系列じゃ、おとー
さんたちいい人っぽいから、思い通りになるよう計らった」
 なるほど。奏定の納得を聞くと、勢号始は去っていった。


「……上書き??」


 奏定は思い出す。【ディスエル】で逢った女性のコトを。


──「我輩の時間跳躍は『時系列』を上書きするタイプ」
──「ゲームでいうなら任意のセーブデータを『ロード』して、『セーブ』って感じプヒ?」


(そういえばイベ管指導を終えた頃、ヌヌ行さん話してくれたプヒ。いやプヒじゃねえよ私。まあいいや、『閉じ込めた人』には
主人が居て、その恋人こそもう1人の時空改竄者だって。そして2人を探したからこそ……閉じ込められた、と)


(……アレ?)


 奏定は気付いた。それが彼の新たな不幸の始まりだった。



(おにーさん気付くだろうなあ。【ディスエル】でヌヌと逢ってんだから)
 中堅戦の模様は当然毎日チェックしている始だ。そもそも戦いを起こすのは『見たい』からである。直属の部下のものと
なれば、運動会を見るニュアンスすら混じる。ソウヤもヌヌもブルルも、つまりは『頤使者シリーズ』という映画に新しく出て
くる敵や怪獣程度の意味でしかない。「パート1のビストvsブルルは本当ハリウッド映画みたいでド派手だった! 2は知略
戦かー。面白いけど長いのが難点だなー。早く3も見たいぜ! 一種の主人公属性対決だからな!」とばかり楽しんでいる。
 だから当然、ヌヌ行の活動も周知の上だ。さすがに初見で「カナサダ」の正体は分からなかったが、弟に彼女がどうとか
言っている辺りで「ん?」と気になり調べたら……という流れだ。
 奏定はヌヌ行と逢っている。しかも彼女の探し人が勢号始だと気付いた。
(んー。チメ救出まで伏せといて欲しいなー。オレがココにいるの。……ま、ヌヌはどうせしばらく【ディスエル】の中だ。オレに
関する情報はきっとハロアロのダークマターに検閲されて届かないだろうから、団体戦決着までバレないと思うけど……)
 ゲームから脱出すれば大将戦だ。サイフェを作ったからこそその性能を熟知しているライザは、『長期戦にはならない』と
見ておりそれは実際的中した。
(脱出まで1週間。そこまでヌヌとは連絡取れない。脱出後、つまりハロアロの結界解除後は流れからいってヌヌはゲーム内に
いない。そこから足跡辿るなら……ハロアロの尻拭い関連だな。ビストとサイフェなら奉仕作業か何か引き受ける。つまり、
奏定おにーさんからすれば『ヌヌを閉じ込めた犯人の身内』の足跡を辿るしかない。調査やら何やら、プライバシーどうこう
のめんどくさい手順コミだと、ヌヌ脱出から3〜4日後に所在地把握。けどたぶんそのころ連中、こっちに向かって動いてる
から……、普通に向かえば入れ違いになる)
 奏定は賢いから、まず遺跡に電話(居住地ゆえに有る)をかけるだろう。出なければ出立したというコトになる。
(となると、むしろオレの近くで待ってる方が逢いやすいから、しばらく近くに居るんだろうなあ、おにーさん。おとーさんおかー
さんのケアもあるし)




(あと【ディスエル】がらみの因果は、なんかもう考えるの面倒くさくなってきたので、『2周目』と『4周目』の両方を混ぜた。
ヌヌは2周目をロードした。それをハロアロはダークマターで擯斥、4周目の時系列を呼び出した。ベンチでいうなら、2周目っ
ていう塗りたてのペンキを拭い去って、4周目というささくれた木の部分を剥き出しにするようなもんだ)
 しかし実際はそう単純ではない。時空はねじれた。例えば……

──「我輩の時空改竄上書きが無効化されたのはあくまで【ディスエル】内だけだ。ならカナサダ君のいう「リアル」ってのは
──どっちなんだ?」
── 言葉の意味を測りかねたが、すぐ答える。やや従順なのは光円錐を握られているせいだろう。
──「ああ。あの人が『どの時系列の』リアルから来たって話だね?」
──「そうだ。どっちから来たんだ? 『2周目』? 『4周目?』 前者なら【ディスエル】があるのはおかしい。後者なら何故
──ゲーム外にまでダークマターの改竄無効が及んでいるかという疑問が出る」
──「さぁ。あたいの結界が一種の特異点になってたとかじゃないのかい?」

 2周目の時系列でいろいろ抱えた奏定が、4周目以降限定の【ディスエル】をずっと以前から、ハロアロがヌヌ行を閉じ込め
る10年以上前からプレイしていたのはまったく不可思議だ。
 だからこそ勢号始……やった。

(ハロアロが【ディスエル】限定で上書き跳ね除けた瞬間から、これ絶対ややこしいコトになるなって思ったから、(実際、
奏定おにーさんとの絡み1つとっても凄まじい矛盾が生じてるぜ)、めんどくさいんで、2周目にも【ディスエル】があった
コトにした)

 だからヌヌ行の【ディスエル】脱出後、本来その時系列(2周目)に存在しないはずの【ディスエル】運営会社が、ケーキ
屋でのバイトやパピヨンパーク視察といった奉仕作業をソウヤたち6人に振った矛盾も……解消である。

 ただしそれは勢号始にとっても先の出来事。未来予知もできなくはないが、サイフェ同様ネタバレは嫌いなのだ。月曜
の朝に直接その目で確かめるからこそ面白いのだ。概要だけを先に知るのは味気ない。順々にページをめくり、どうなる
のかと思ったところに衝撃的なコマ! というのがあってこそ……楽しい。

 もとは三千世界を超高速で飛び回る光子だからこそ、勢号始は迂遠な遠回りが好きなのだ。
 そのくせ【ディスエル】がらみのような、処理能力を上回る矛盾撞着に遭遇すると力づくの強引で無理やり瞬殺するのは
……やはり暴君というべきだろう。




 そして。

(【ディスエル】問題よりずっと前……ヌヌがやった上書き。4周目に2周目おっかぶせやがった上書き避けるため、常に余
計なエネルギー放っているから、前回の時系列より早く肉体の崩壊がきそうだな……)




 新は星超邸を辞去した。「たまには新君、私と【ディスエル】しないかい?」、義兄の誘いに、「ボクなんかが馴れ馴れしくし
ていいのだろうか」という躊躇いの笑みを浮かべながらも、差し伸べられた手を掴み「勉強の合間でしたら」と返す。和解は
それだけで充分だった。両親とは離れたが……兄とは近づいた。孤独は少しだけ癒された。

 合意のもと、記憶を消された養父母は……。

「あなた。このケルト十字、どなたから頂きましたっけ?」
「さあ。見当もつかないが……」

 かつて新から送られた結婚30周年の記念品。それを幸福そうに眺めた。





 そして新は……勢号始と同居を始める。


「勢号。1つ聞きたい」
「おにーさんといい質問好きだな。で、何だ?」
「シズQをアルビノにしたのに、その逆をボクにしないのは何でだい?」
 黒ジャージの少女は「そんなコトか」と胸を張った。
「X-MENをただ人間に戻すだけの映画が面白いか? アルビノじゃねーあたらなんてあたらじゃないぜ。色んな差別に遭っ
て、辛い気持ち味わって、けどそれ故にできた学習意欲と狂暴性の狭間で揺れ動いてるあたらが……オレは好きだ」
 ベッドに腰掛けながら濡れた瞳で彼を見上げる。新は「そう、か」。視線を外しつつポツリと呟く。白い頬には朱が差して
いる。恥ずかしさと嬉しさを持て余しているようだ。
「アルビノなところも、徹底的に暴れるところも、それ故に孤独感に付き纏われて悲しんでいるところも、全部ひっくるめて
あたらだから、この先だれがどんなメに遭わせてきても、オレだけは、守ってやるし、肯定する」
「ありがとう」
 けど……とつぜん肩に手を置いてきたアルビノ少年に、まるで触角のような少女の髪がびょこりと跳ねた。
「な! なんだよ急に……」
「君が憎らしくなってきた」
 言葉とは裏腹に、新は艶のある笑みを浮かべた。
「だってそうじゃないか。万能無敵で自称最強の癖に、ボクの不幸の源であるアルビノ体質を直そうともしない。実の両親
を蘇らせてくれれば、奏定兄さんも義理の両親も救われるのに……してくれない。ボクのキャラ付けのため”だけ”だ。実
の両親を殺してしまった咎を負わせるコトで、君はボクを、一番お気に入りの駒として使ってる。許せないね」
「っ」
 いよいよ始の顔が赤くなったのは、その頬に陶磁器顔負けの滑らかさを持つ繊手がかかったからだ。少年の息は震える。
「何でもできると嘯く癖に、シズQたちの来日を見過ごしたのも正直腹が立ってるよ。本気になれば奏定兄さんの洗脳だって
見抜けた筈なのに、父さん達の首を刎ねにきた連中だって途中で阻めた筈なのに、ボクにまた、両親の死ぬ様を見せた
んだよ勢号は。許せないね。償わせたいと思ってる」
 口調こそ叱責のそれだが、口調はひどく甘い。愛撫で噛み付くような声だった。
「分かったから……! して欲しいコトがあるならするから……」
 返事は来ない。新はただ、少女の半透明した緑の髪を優しく撫でた。
「やめっ……」
「柔らかいね」 妖精のような眼差しで少年は恋人を見る。
「ボクはね……。まだ色々混乱しているんだ。蘇ったとはいえ、一度は惨死した父さん達の姿が目に焼きついている。怖い
し、悲しいし、揺れている。奏定兄さんへの罪悪感だって整理がついた訳じゃない。住み慣れた家を離れる……自分で決めた
コトに後悔だってしている」
 そんな時に、好きなコと同居する羽目になって……抑えられると思うかい? 尖った耳にそっと囁く声は中性的で、だからこそ
始の脳髄は痺れるのだ。
「償わせたい。色んなコトの元凶で、今回途中まで役立たずだった勢号始という女のコに…………、殴りたいほど怒りを催して
いるのに、『だからこそ誰にも変われない唯一の存在なんだ』って思わせてしまう、黒幕気質で放埓な暴君に……ボクは、男と
して、償わせたい」
「は、発散!? ちょ、落ち着けあたら! 落ち着くんだ」
「落ち着いているよ。落ち着いてなかったら、ボクはとっくに貪っている」
「いやいやいや! 出来るわけないだろ!? だだだだだって、オっ、オレは最強なんだぞ!?」
「知ってる」
「れれっ、歴史上有名な戦士やらホムンクルスやら全員召還したって、びょびょ、秒殺で……!」
「知ってる」
 顎に手がかかった。くいと上向かせる力は、勢号配下のどの頤使者にも及ばぬ微弱なものだが、しかし彼女は従ってしまう。
「…………っ」
 甘美な震えに支配される少女に、少年は、問う。

「戦いはね。闘いだけじゃないんだよ。ボクが君に償わせるコトのできる戦いだって……あるんだ」

 返事よりも、抗弁よりも早く。

 桜色の唇が燃えるような色のそれに塞がれた。
 目を白黒させる始の後頭部が強く抱かれ、口腔内に熱いぬめりが進入し──…

 くぐもった声の二重奏が始まる。ぴちゃぴちゃという水音も混じる。

 数分後、眦に涙を湛える勢号始は、羞恥のもたらす最後の爆発力で、やっと、酸欠気味な赤い顔から恋人の顔を剥がす。
 文句を言いかけたがしかし届かない。眼前の光景が天に向かって登る。ベッドに押し倒されたと気づいたのは、柔らかな
寝具の感覚が後頭部で潰された瞬間だ。
 星超新は、起伏に乏しい少女の肢体の両脇に手を当て、すぐにでも覆いかぶされる体制に移行。

「嫌ならココでやめるよ? 勢号。君は、君の感覚は……どうしたい?」

 跳ね上がる鼓動。始の解答は……決まっている。(※閲覧注意 リンク先18禁)





 どれぐらいの時間が経っただろう。

 朝。黒ジャージを羽織ると勢号始は、ベッドからそっと立ち上がった。恋人は布団の中でスヤスヤと寝息を立てている。
 あどけない、中学3年生相応の寝顔を愛おしそうに見下ろした少女は、「さて」と伸びをした。


「おそらくそろそろ武藤ソウヤたちが来る頃だ。チメの野郎からオレの所在を聞いただろうからな」


 彼らが何を目論んでいるか知っている。

 ソウヤたちの結論は『勢号始ことライザウィン=ゼーッ! を救う』だ。

 それを知った上で勢号は、獰猛な笑いと共に肩をブン回しつつ、言った。


「生きるための戦いって奴を……しに行くぜ。覚悟しろソウヤども」


 寝室のドアが閉じても少年はそれに気付かず眠り続ける。

 待ち受ける運命など知らず、すやすや、すやすやと──…






 とあるカフェで。


(【ディスエル】運営を通して羸砲君とのコンタクトは取れたが、想像通りすでに勢号君の所在は掴んでいるらしい。要する
にこっちに向かってるってコトだ。どうしたもんかなあ。片や知人、片や義弟の恋人。仲裁したいけど、どっちも神がかった
力の持ち主だもんなあ。私なんかがしゃしゃり出てどうなる訳でもないしなあ)

「はあ」

 星超奏定(かなさだ)はげっそりしていた。ゴングコートを羽織った彼はドラマならでいう所の「イケメン俳優が演じる若手
刑事」といった風貌だ。しかしその表情はいつもどこか暗いのだ。楯山千歳のような陰ゆえの色香も確かにあるが、それ
以外にも「残念」な、『生きるのに、くたびれている』雰囲気も漂っている。死語でいうなら2.5枚目だ。カッコよくて面白い
とばかり女性が寄ってくるが、運悪く全員Cカップ以上。奏定は貧乳好きだからあまり食指は動かない。
 だが浮いた話がないぶん軽薄の謗りも受けぬのだ。バレンタインともなれば大体9〜10個の義理チョコをもらえるほどに
周囲から好かれているし……慕われている。
(でもそれ大体おばさんからだもんなあ。若いコもいたけど、如何にもコミュ力高いですって感じの人だし。社交辞令だし……)
 はあ。また溜息をつきながら、先ほど運ばれてきたコーヒーをかき混ぜる。ミルクの螺旋はとうに消えた。泥水のような色合
いの冷え切った飲み物は正に心情を映すが如しだ。いつしか思考は個人的なものにシフトしていた。

(カノジョ、カノジョが欲しいなあ…………。贅沢は言わないよ。金髪サイドポニーで貧乳可愛いアホッ娘でいいからさ……)

 家を出た義弟は中学3年生にして恋人と同棲だ。奏定は違う。女ッ気がまったくない。
(星超夫妻をずっと守ってたからそんな余裕なかったって言い訳もできるけど、本当は私の努力不足なんだよなあ……)
 三度目の溜息。奏定の不幸は恋愛欲求が年相応にあるコトだ。お陰ですっかりサブカルな道に嵌っている。
 恋をしたい。そんな当たり前の感情を、画面や紙の向こうにいる女のコに向けるようになってどれほどか。しかも始末が
悪いコトに、彼はマイナー作品のキャラにド嵌りする傾向がある。ゲーム1つとっても、ドラクエやFFといった大作の人気
キャラには一切目を向けずゲームボーイで細々続いたシリーズのヒロイン(版権絵2枚のみ)に少年時代から懸想し、
懸想するあまり彼女が主役の同人ゲームを作る始末だ。雇ったシナリオライターは最初、「え、このキャラ誰? リースとか
ならともかくマイナー作品のゲーキャラを主役にするとか爆死確定、モチベ下がるわ!」という顔をしていたが、たった2枚の
版権絵だけを頼りに三日三晩ずっと萌えシチュを提言しつづける奏定の異常な執念……もとい熱意にアテられてしまい、
結果、泣きあり笑いありエロありの最高傑作を執筆、大ヒットを巻き起こし今では仮面ライダーやウルトラマンの脚本を
手がける売れっ子だ。
(つかそういうヒットを仕掛けるヒマがあるなら恋人作れたよね私……)
 奏定はうな垂れる。
 星超夫妻を守る傍ら生活費を稼ぎつつ、さらに電脳世界でSNSやら何やらを駆使して本家が再評価されるほどの同人
ゲーム(恋愛シミュレーションではなく、アクションRPG)を作ったのは偉業といえば偉業だが、どうも努力の方向性がズレて
いる。奏定とはそういう男である。
「カノジョ、欲しいなあ……」
 切実な叫びを紡ぐ彼の表情は暗い。全身は夜色のスポットライトを当てられたように周囲から浮いている。青いチョーク
で垂直に引っかいたような線も何本か浮かび、果ては薄緑の戯画的なヒトダマすら浮かぶ始末。あまりの落ち込みように
店員の1人がすわ体調不良かと呼びかけそうになった瞬間、涼やかな音が店内に響いた。

「あ、先輩。いたいた。やっとヤフオクで落とせましたよあの同人ゲーム第三作」

 いらっしゃいませーを浴びるのもそこそこに、ドア上部の鈴を鳴らして入店してきた若い男が奏定に呼びかけた。彼を一瞥
した奏定も軽く手を上げる。だがその表情の暗さは逆に増した。
「3か……。3はシナリオライターさん変わったせいでヒロインがちょっとDQNになっちゃったよ……。いや、フフフ。彼を責
めてる訳じゃないよ。私がちゃんと納得いくまで話し合わなかったからだよ……。発売延期してでもちゃんとヒロインの、
私の大好きなあのコの魅力を伝えればよかった……。ライターさんとビジョンの共有をすべきだったよ……」
 イスを引き、奏定の正面に座った後輩。彼はニューヨーカーめいたファッションである。灰色の縞の入った白いTシャツに
カーキ色のハーフパンツ。赤い野球帽を前後逆に被り、肩から白いバッグをかけている。これで黒人なら今すぐハリウッド
映画のエキストラができるクオリティだが、あいにく日本人日本人した平たい顔だ。ニューヨークより渋谷が似合うだろう。
そんな彼は見た目相応の10代前半丸出しの調子で呑気に喋る。
「えーでも、かつて死んだ幼馴染をいまだ引きずる原作主人公の心を試すため、敢えて昔の男の下へ走ったのは自分的
には結構納得でしたよ。あの原作主人公、ライター交代前から煮え切らないところがあったし。ここらでヒロイン一筋に
なれって思いました」
「でも自分から昔の男の下へってのはないよ……。赤ん坊のころ自分を攫って、勝手に妻にしたロリコンな神の元へ行く
なんてあのコの性格上ありえないよ……。原作主人公試すってのもね、私的には反対だったよ。だって投影してたんだよ
私は」
「はあ。投影……すか。何をでしょう」
 あ、オムライス1つね。暗い奏定を「相変わらず可愛い人だなあ」と評しながら要領よく手を上げ注文する若い男。話は
正に話半分。けっこう深刻な奏定を励ましたり慰めたりしないあたり人柄的な限界が露呈している。もっとも罵倒したりしな
い分マシな方だ。単に若者らしい享楽と無関心をバカ正直に出しているだけ……とも言える。仕事の上司に向ける顔として
は満点ではないが落第でもない。 
 奏定は奏定で自分の世界に没頭している。よく透る声でボソボソ喋る……などという器用な真似を実行中。
「私は、決して自分に振り向いてくれないあのヒロインが、同じく振り向いてくれない原作主人公をそれでも一途に想ってる
ところにキュンキュンきてたんだよ。報われない恋っていうのかな。そういったものの中にいるからこそ、私ぐらいは救って
やってもいいじゃないかって……そう思ってあの同人ゲームを作ったんだ」
 一般人から見れば少々アレな意見だが、後輩は後輩でエロゲを買う側の人間だ。慣れても居るらしく平然と答える。
「成程。つまり原作主人公の、死んだ幼馴染を未だに忘れられない部分までひっくるめて愛してこそ、奏定さんの好きな
あのヒロインだと……言うわけですね」
「そうだよ。そうだ。それこそが愛じゃないか。自分にだけ感情が向いてるかどーか試すなんて、違うじゃないか……。昔の
男に囚われる展開自体はいいけど、自分から行くってのはないよ。私は攫われるべきだっていったよ。自分の意思で同行
するならせめて”ついていかないと原作主人公や仲間の命が奪われる”みたいな脅迫を受けてないとダメだって、言ったよ」
「でもそれ無しでついていったからこそ寝取られ感ハンパなかったすよ。原作主人公の焦燥は読んでるこっちまで緊迫しま
したし。ロリコンな神だって、1での『無理やり妻にされていただけで肉体関係はなかった』矛盾っていうか疑問? 腑に落
ちない点に対するアンサーがちゃんとついてましたし」
「でも亡き娘に似てるって言われただけで転ぶの違うよ……。ちょろいし……。そりゃ原作主人公に立てた操を捨ててまで
誰かを癒そうとするのは部分的には”アリ”だよ。優しいコだからね。かつての仇敵であっても、苦しんだり悲しんだりしてる
なら身を捧げて癒そうとする……むむ。これアリだな。次回作たる6に活かそう」
「え、6も出るんすか!? やっと来月5が発売なのに、もう!?」
 革表紙のメモ帳──付箋だらけで使い込まれた感満載──に万年筆でなにやら書き込む奏定に後輩は目を剥いた。
「企画だけならあるよ。とにかく慈愛でロリコン神を癒して止めて、世界の破壊やめさせるのはアリだ。でも心だけは原作
主人公のものであるべきなんだ。……なのに、3ときたらだね。うぅ」
「完全に心までロリコン神のものでしたもんねー。まあバッドエンドの方ですけど、原作主人公を後ろから刺した挙句、死に
かけの彼の目の前でロリコン神とヤッて「こっちのがいい」とかやってましたもんねー。いい寝取られでした。あのジャンルじゃ
確か去年か一昨年だったかなー。某掲示板でナンバーワンに輝いたそうですよ」
「うん。私も寝取られには興奮したよ。筆致は見事だった。でもライターさん、ご自身の得意分野で済まそうってするのはや
めて欲しかった。もうちょっとあのヒロインらしさをだね、描いて欲しかった。いやまあ、自分の描くヒロイン像と違ったものを
突きつけられるのは新鮮だしインスピレーションも湧くけどだね、あのブランド立ち上げた身としては、やっぱ欲目がね、あ
るんだよ。私の思い描くとおりじゃないとモヤっとする……みたいな。ま、まあ、私は原作ゲームのスタッフからすれば同人
ゴロみたいなもんだしさ、原作のライターさんが3にゴー出したら文句は言えない立場だけどさ、再評価再発掘のきっかけ
を作ったんだから、ちょっとぐらい、意見聞いてもらってもいいよね。ね。ね」
「言われましても……」
 袖をクイクイ引いてくる先輩をちょっと鬱陶しそうに見る後輩。
「でもノーマルエンドじゃ元鞘でしたよ。現状維持に落ち着いたじゃないですか。4でもそれが正史扱いでしたし」
「そりゃ3のトゥルーエンドで、幼馴染のコト忘れるって宣言した原作主人公にヤンデレめいた怖い笑い浮かべたらノーマル
エンドの方を正史にするよ! 怖いよ本当あの笑い!! やっと昔の女が死んだのねって言わんばかりの怖い笑い!!
違うよああいうの!? あのコは自分の勝ちより相手の気持ちを尊重した上での敗北に悲しげな、でも満足したような儚い
笑みをだね、浮かべるべきで」
 はあ。深刻に俯く奏定に後輩は「分かります分かります」と適当に相槌うちつつコーラを注文。
「まあそれはともかく」
「ともかく。ともかくって言ったのかい? ま、まあいいよ。君とはお仕事の話するため逢ってるんだからね。呼び出された私
の方が30分以上待たされていたような気もするけど、それは遅れたら悪いなあって25分早く勝手にきた私が悪い訳だか
らね。うん。5分の遅刻ぐらい普通にあるよ。歯医者さんに予約の時間ぴったりに入ろうって近くのコンビニでチャンピオン
読んで時間潰してたら実はコンビニの時計が5分遅れてて、結果受付の人に「予約の時間は守ってくださいねー」と困った
ように笑われるのもよくある話さ、よくある……」
「へえ木曜日もやってるんですかその歯医者さん。珍しいっすねー」
「ふ、フフフ……。突っ込んで欲しいところはそこじゃないんだけどね…………。え、なに、私ってば、後輩に舐められてるのかい?
待たされたコトへの遠まわしかつ遠慮がちな指摘を黙殺され、あまつさえ水曜にいよいよ明日返本されるシワくちゃのチャ
ンピオンを立ち読みしていた可能性すら考えてもらえないのかい? ああでも待て、水曜に先週のチャンピオン読んでるなん
て普通だれも考えないな。じゃあ普通の範疇を脱した私が悪いってコトかい……?」
「誰も悪くありません。みんなが被害者なのです」
「私を責めない優しさを見せているようで、君、じぶんが遅れたコトちっとも謝ってないよね?」
「このカフェの時計が遅れているんでしょう。僕の腕時計は時間通りです」
 彼の手首で針を進める白い円盤。奏定がココに来た時刻の28分後を示している。
「なるほど。つまり君の中じゃ私は待たされていないというコトだね」
「その通りです」
 頷く後輩。その手元に紙が何枚か滑り込んだ。「いまからやる打ち合わせの資料だろうか?」C調人間(死語)な表情で
紙を手にした後輩の顔がみるみると青ざめる。
「え!? これついさっき落札したゲームの出品者さんとのやり取り!? なんで!? 大乱からこっち落札者の名前は完
全非表示、落札結果から俺にたどり着くなんてありえないのに!」
 奏定は淡々と呟いた。
「そのあたりはともかく。私との待ち合わせの時間は10時半。このカフェから徒歩3分地点の路上に居たキミが端末からあ
の同人ゲーム落札したのは10時25分。そこから作成した取引ナビを送信完了したのが10時32分だ。ヤフーの時計が明
石の標準時から遅れてるって話はいまのところ私の元に来てないけど、君はどうかな? ま、私との待ち合わせより、いま
や幻の逸品の落札と契約成立を優先したせいで遅れてしまった時間を少しでも取り戻すため、ヤフーと明石の時間のズレ
を調べる時間を省いたというなら……その腕時計の竜頭を巻くコトで私をも煙に巻こうとした遅刻隠蔽の小細工も無しにし
て欲しかったと言わざるを得ない。冤罪だよカフェの時計。正しいのはカフェの時計だ。君のは7分ばかり遅らされている。
あと電波時計搭載の端末の普及率99.8%のこの時代に腕時計を対抗要件にするの……私は良くないと思うよ」
 なおも抗弁しようとした後輩だが、とある紙を見た瞬間、諦めたように息を吐いた。
「あー……。取引ナビ作成中のスクリーンショットまで突きつけられちゃ謝るほかないですね。即決落札ってヨソ事してたせ
いで遅刻しましたって謝る他ないです……。すみません。……。ナビそのものを盗み見るだけでも怖いのに、スクリーン
ショットって…………。怖いです先輩怖いです。ど、どうやってやったんすか印刷も含めて……」
「ヒミツ。ま、情報を扱えるのは事後処理班の君だけじゃないってコトさ」
 店内だというのに着込んでいるコートの襟を奏定はグイっと直した。
(…………。何をやったかオレなんかにゃ見当もつかないが、武装錬金特性でないのは確かだ。先輩は電脳工事士。電脳
世界でネトゲの平和を守る職業だ。メンテからF5攻撃対策まで何でもござれ。その純然たる情報技術がオレのヤフオク取
引を見抜いたのだろう)
 後輩は奏定が最近仕事でも趣味でも復帰した【ディスエル】なるネトゲをやったコトないが……噂だけなら聞いている。
(バグなどの攻撃仕掛けてきた奴は、ハッキングでも何でも使って絶対捕まえるって。たぶんその要領だ。オレが待ち合わ
せに遅れると見なすやいなや端末に潜り込み……動向の総てを監視。まあ半分ほどは生存確認、敵に殺されていないか
どうか念のため見たって所だろうけど、残りはちょっと怒ってたせいだな。とにかく電脳工事士としてのスキルフル活用でヤ
フオク使用の現場を押さえた)
 一連の作業は恐らく10分程度で行われただろう。「恐るべき手腕だ……」。一筋の汗が後輩の頬を伝って流れる。
(戦士である以上、端末への盗聴盗撮の類は当然気をつけていた。戦団が誇る最新鋭のセキュリティだって導入してた。
なのに検知検出の類は一切なし。すげえとしか言いようがない。くそ。『現役時代はハンパなく鋭かったけど一線退いたか
らナマクラだろ』とか舐めて遅刻ごまかしたのが悪かった。この人あれだ。今でも充分鋭い。油断ならない)
「じーーーーーーーーーーーー」
 奏定は何か言いたげに……いや、『聞きたげに』後輩を見た。
「あ、いや、すんませんっす。時間通りに来るつもりだったんですけど、友達から、探し物が出品されてるって電話されて、つ
いそっちに、気を……」
 いいさいいさ、どうせ私なんて、フンだ……拗ねたような顔でコーヒカップに口をつける奏定。
(ネガティブなのも相変わらずだな……。というか何か嫌なコトあったなコレは。普段は後ろ向きながらも気さくで面倒見のい
い人なんだ)

 後輩は思い出した。つい先日も奏定が、【ディスエル】というネトゲに閉じ込められた『羸砲ヌヌ行』なる女性の面倒を見て
いたのを。もちろんネット上だから「カナサダ」というHNでだし、格好だってシワくちゃのネズミのアバターだ。

(元戦士らしく困ってる人を見ると放っておけないんだ。つまりいい人なんだけど……機嫌悪いときに遅刻を誤魔化されりゃ
そりゃネチネチ絡むよなー。舐めてるのかって怒りたくもなる。俺が悪いな今の。ガチで)
 とりあえず奢りますよ先輩。露骨なご機嫌取りだが彼は「ほんとうに?」とあどけなく首を傾げた。ちょっと嬉しそうだ。
(……鋭いんだかチョロいんだか)
 よく分からない人物だが、女性受けのいい理由を後輩は少しだけ垣間見た。
「で、シズQ君たちの調査結果は?」
「あっ。はい先輩。調べてあります。ここだけはキチっとしてます。ハイ」
 バッグからずらずらと資料を並べる後輩。先ほど軽くやり込められたにも関わらずまだ懲りないようで軽口を叩く。
「でも本当にありうるすんか?」
 何がありうるのか。通りかかった店員はちょっと小首を傾げたが、客同士の会話など全容が分からないのが殆どだ。気に
せずスルー。
 奏定は首の側面を掻いた。
「正直私自身、確証は持てていない。けど先日シズQ君と交戦したとき、不可解な現象が起こったのは事実だ」
「確か……あのアンチアルビノの男が、奏定さんの結界を破った……でしたね?」
「ああ。君も知っていると思うけど、私の血滴子(けってきし。カウボーイの投げ縄の丸っこい部分にイルカの歯のようなギザ
ギザをつけた武器)の特性は『分割』だ。あらゆる攻撃を分割払いにできる」
「平たく言えば『敵からのダメージ大幅カット』ですね」
「ああ。もちろん喰らい続ければ分割手数料分だけ余分にダメージを受けるし、そもそも分割しても致命傷になる圧倒的
破壊力の前では無力になるから……約300年前存在したシルバースキンほど無敵とはいえない」
「それでも『収束状態』のバリアなら」
「バリアじゃない。バーリアだ」
「(古いすよ先輩。バーリアって)。ええと、収束状態のバーリアなら、核爆発の半径700m以内にでもいない限り、あらゆる
攻撃を毎秒ごとに分割してほぼ無害にできるじゃないですか。充分スゴいと思いますよ」
 ちょっとゴマを擦る後輩だが、9割ほどは心からの感嘆だ。奏定はそういうお世辞を言われると(あああ、なんか期待さ
れてる感じだぞ私……。これでまた大きな失敗をしたら期待の分だけ幻滅されるんじゃ……)寧ろ怯える。
「と、とにかくだね。私の武装錬金が防御に徹したら、並の攻撃は通らない筈なんだ」
「なのにシズQとの戦いでは……えーと。あ、資料ありました」

── 仲間の動きを止めた奏定はノドに手を当て……青ざめた。血。掌が鮮血に染まる。

「そう。刺さったんだ。『吹き矢』が。周囲に収束状態のバーリアを張り巡らせていたにも関わらず」
 破った本人たるシズQは「俺の執念が上回ったんだよ」などと嘯いているそうだが、同程度の防御能力を持つ戦士相手の
検証実験では、悲しいかな、何度やっても吹き矢は弾かれる。
「そもそも彼の武装錬金は、仲間内でも最弱。私の全力の防御が破られる道理はね、ないんだよ」
「先輩が気にされてるトコはそこなんすね。ま、吹き矢の武装錬金が防御無効の特性を持ってるなら、別に気にしなくても
いいんすけど……」

 ぱらり。後輩はホチキスで留められた参考資料を1枚後ろへ送る。新たな文字が現れた。

──「吹き矢の武装錬金ってな。地味だが直近2週間の絶望の数だけ人を操るコトができる」

「そう。吹き矢の特性は『操作』だ。防御結界突破じゃない」
「しかもあのとき現場にいた残り2人の敵。奴らは武装錬金を『発動していなかった』。とくれば当然謎が生じますよね?」
「ああ。ブレイズオブグローリー級の武装錬金が直撃でもしない限り絶対壊されない私のバーリアが、なぜ吹き矢如きに突破
されてしまったのか? 重ねて言うが吹き矢そのものの特性は『操作』だ。ヒットして初めて私を操作できる特性なんだ」
「『ヒットさせてから結界を解除するよう操作した』……だと矛盾が生じますもんね。バーリアの堅牢ぶりを考えると、吹き矢な
んて軽く弾いて然るべきです」
「うん。ま、スパロボならね、バーリア突破なんて不思議じゃないよ。あぁ直撃使ったのねって流せる。けどリアルじゃそんな
のありえないし」
 ゲーム脳らしいコトをいう奏定にちょっと呆れながらも後輩は言う。
「で、先輩は、吹き矢ヒット直後、1つの疑念を抱いた。

──(……まさか。ほぼ総ての物理と論理の能力を防ぐエレメンタリオを突破した能力…………『特性を破壊』したのは
──…………まさか……メルス…………)

「そうなんだよ。リアルには「直撃」って精神コマンドはないけど、それと似た特性ならあるんだ」
「……。特性を破壊する特性。確か1995年に大規模な反乱を起こして討伐された共同体の『盟主』がそんな武装錬金を
持っていましたね」
「メルスティーン=ブレイド。もちろん彼は戦団に与する者によって葬られた。死体がクローンでないコトも実証済みだ」
「石榴由貴……でしたっけ。戦団史上十指に入る名うての検視官のお墨付きなのも調査しました。やはりメルスティーンが
生きている可能性はないでしょう」
「私もそう思う。第一生きていたとしても、私や血滴子はあのときメルスティーンの武装錬金を受けていない」
「大刀でしたよね確か。特性破壊が及ぶのは斬った物に限られる……って、ああ、この資料読めば早かったですね」
 紙を意味もなく叩くほど、その武装錬金──ワダチ──は遠い存在と成り果てている。何しろ3世紀前の代物だ。こんにち
に生きる我々が18世紀を振り返るようなものである。後輩にとってワダチはまったく過去の遺物でしかない。だが奏定だ
けはどうしても引っ掛かるのだ。
「ワダチそのものが私とシズQ君との戦いに介入してきた訳じゃない。だがバーリアを、特性を、破壊できるのは、ワダチ
以外にはないと思うんだ。吹き矢の貧弱な攻撃力を保持したまま、バーリアを突破しようとするなら、ワダチの特性を上乗せ
するぐらいしか……ないと思う」
 深刻な表情の奏定だ。それは直感に思考が付いていっていないせいだろう。だから後輩は敢えてその乖離を指摘する。
論理がついていかない時に大事なのは、一旦その周回遅れの模様を吐き出すコトなのだ。吐き出して、指摘され、反論の
ために考えて、それで初めて思考の階梯がニョキリと伸びる……そんなコトがままあるのを後輩は知っている。
「先輩の考えは突飛すぎですね。武装錬金は指紋のようなものです。形状も特性も各人固有、どれ1つとして同じものは
ありません。従って、他の武装錬金の特性だけを上乗せするのは不可能……といいたい所ですが、実は例外もあります
よね? しかし先輩はその例外とシズQがかみ合わないから……悩んでいる、と」
「……ああ。武装錬金は創造主の精神が具現化したものだ。ならその精神が……例えば『模倣』に特化したものなら、他
の武装錬金特性を行使できるかも知れない」
 後輩は日々テレビを賑やかしているモノマネ芸人たちを思い浮かべた。資料にもそういった人種が『コピー』系統の武装
錬金を発動した事例がいくつか並んでいる。偽ブランド会社の社長、贋作専門の画家、ニセ札作りの名人etc……。
「ただ、既存の物を真似て甘い汁を啜ろうとする精神など……脆いものです。資料によれば模倣に特化した武装錬金の質は
どれも最低クラス。特性を完璧にトレースできたものは1つ足りと有りません。真似できるのはせいぜい外見ぐらい。その外見
にしたって劣化コピー臭ただよう物ばかりだったとか」
 だろうね。奏定も頷く。
「『特性』っていうのはそれこそ芸術品のようなものだ。各人の性格や遺伝的形質、経験や信念、熱意といったものが複雑
に絡み合った末にアウトプットされる代物だ。言い換えれば、複製元の人格その他もろもろを知悉し抜かない限り、特性を
完全に模倣するコトはできないだろう」
「モノマネ芸人と同じですね。マネしたい人間を徹底研究するのが必要……と」
「そこを考えると、シズQ君の吹き矢にワダチの特性が乗ったと考えるのは……やっぱりおかしい」
「ですね。調査の結果、彼がメルスティーンを信奉していた事実はありません。シズQも「知らない」の一点張り。尋問や読心
に特化した戦士たち数名で聴取しましたが、彼らは結局、シズQの言葉を裏付けるだけでした」
「彼がモノマネをするような人物でないコトもご両親や知人から聴取済みだよ。まあ、日本人の癖に米国に蔓延するアルビ
ノ差別に染まってしまったという点は模倣向きに見えるだろう。けど……『染まりやすい』と『模倣をする』は似ているようで違
うからね。平たく言えば前者は集団を、後者は個人の空気を……それぞれ真似る」
「付け加えれば彼は破壊的ですからね。まがい物とはいえ『創作』に属する模倣は……向かないでしょう」
 つまりシズQがワダチをコピーするのは、形質的に言ってありえない。

(なら私とシズQ君の戦いのとき、いったいなにが起こったというんだ?)

 奏定の不可解は溶ける気配がない。

「マレフィックアース」
 後輩の言葉に彼は反応した。
「錬金術としては傍流の考えですが、理論上、総ての武装錬金を使えると目される存在についてココまで語られなかったの
は……なぜですか?」
 困ったなあ。内心の奏定はちょっと困った。
(……実は勢号君がそれっぽいんだよなあ。戦団に居たころ歴史の講習で見た『王の大乱の成果』……およそ30億人を犠牲
にして作られた頤使者(ゴーレム)の姿が勢号君とそっくりだ。……なのに見て気付かなかったのは、たぶん最近まで何らかの
精神操作を受けてたせいだ。解かれたのは新君と和解してから……つまり彼女に味方だって認められた訳で……うーん。別に
口封じされてる訳でもないけど、信頼された以上、許可なしで口外するのは悪いしなあ。そう思えるほどにいいコだし、何より
新君の唯一の支えを奪うのも……忍びない)
 彼の両親が死ぬ引き金を間接的に引いてしまった負い目がある。だから勢号始(=マレフィックアース)の話題を避けていた。
(とまあココまで考えるの0.2秒)
 奏定は避けていただけだ。避けていたが故に指摘される可能性は充分考えていた。ゆえに即答。
「マレフィックアースも確かに可能性の1つとしてはありうるよ。これは人々の閾識下を流れる闘争本能総てを指すからね。
いわば原初の海さ。通説によれば武装錬金はこの海を汲んだものに過ぎない。創造者の、それこそ指紋のように各人固有の
『精神』という器に型を取られるコトで様々な形になる……といわれてるね」
「はい。そして武装錬金発動に費やされた精神力や体力といった『コスト』が原初の海に還元されるコトで、マレフィックアースは
ますます強く、より大きくなっていくとも」
「『一は全。全は一』。我々錬金術に関わる者の不文律だけど、マレフィックアースは正にその体現なんだ。総ての武装錬
金の根幹である以上、あらゆる武装錬金に変貌できるのは当然の理屈だ。模倣のくだりで述べたような『創造者の人格
もろもろ』だって簡単に把握しているだろう。何しろ総ての創造者の精神に直接触れ……武装錬金という、『創造者の写し
身そのもの』になるんだ。模倣すべき対象に『なってしまう』んだから、これはもうマネどころの話じゃない。ゲームでいうなら
メタモンどころかケーブル抜き差しして増殖したポケモンだよ。まったく同じ」
「……。なるほど。先輩が吹き矢の件で持ち出さなかった理由が分かり始めてきました」
 見抜かれてないよね勢号君のコト。ヒヤヒヤしながら奏定は喋る。(ああそういや、こうやって平然とウソつくの、ヌヌ行君の
影響かなあ)とも思った。
「うん。シズQ君がアースを行使できたのなら、『吹き矢にワダチの特性を乗せる』なんてまだるっこしいコトはしないだろうし……
そもそもできない。アースは武装錬金を「良くも悪くも」完全再現する概念だからね。特性破壊が使えるなら、それこそワダチ
でバーリアを裂いて、それから吹き矢だ。だいたいそんな奥の手があるなら、6人居たアンチアルビノが半減するまで温存し
ない。…………更にいうとだ」
「アースの器になれるかどうか……ですね」
「そうだ。文献によれば常人はアースの器になれないという。高圧電線を流れる以上の高エネルギー体を全身に流し込む
からね。ホムンクルスですら耐え切れず死ぬ。シズQ君は人間だ。アースを降ろせば3秒と経たず死ぬ」
 ふむ。後輩は資料を見た。『アースの器の適合者とされたのは、『パブティアラー』なる一族のみ』という注記があるが、
シズQがそうでないのも調査済みだ。
(このパブティアラーって一族……大乱のとき殆ど死んだのか)
 生き残りの顔写真が載せられているが、「行方不明」の表記がある。ベールを被った「ブルートシックザール」という少女だ。

「だから……なぜあのとき吹き矢にワダチの特性が乗ったのか…………不可解だ」

 奏定は、言う。

「些細な謎だが、私は何と言うか……恐ろしい現象の前触れのような気がしてならない」








 勢号始は街を歩く。


「? そーいや最近、メルスティーンの奴が話しかけてこないな。いよいよ消えたのか? ……まあいいや」

 かつて闘争本能越しに言葉を交わしていた男……メルスティーン=ブレイド。
 死者の魂すらマレフィックアースの大海に溶け込ませてしまう閾識下の世界の中で、彼だけは唯一自我を保っていた。
 勢号は一度問うた。なぜ自分に話しかけてくるのかと。

──「ふ。寂しいんでね。なまじ我執を持ったまま死んだから、『他』になじめず困っている。他の闘争本能は今や君曰くの『血』
──としてマレフィックアースを流れているが…………ぼくだけは別なのさ。例えばついうっかり刺さったガラス片のように……
──別モノとして循環している」

 更に彼は言った。「ぼくほどではなかったにしろ、それなりに我執が強かったグレイズィングやディプレスといった部下達ですら、
とっくに誰かの闘争本能へ変換され武装錬金としてどこかに消えた」とも。

(……そんでマレフィックアースの中に、奴だけが『ガラス片』のようにずっと残っていた)

 残っていて、勢号に呼びかけた。


──「破壊をそそのかすよ。生きてるときからそうだったからね」


(破壊、か。確かにオレも嫌いじゃない。でも見てスカっとするのは戦闘を派手に盛り上げる演出、エフェクトとしての破壊だ。
メルスティーンの言う破壊は違う。苛立ちや不服を発散させるための場当たり的な破壊だ。映画館に火をつけて手ぇ叩いて
喜ぶような……『破壊』。オレの求めるものとは違うから……だから野郎の教唆はつっぱねてきた)

 それでも新に出逢う前は数少ない話し相手だったから、雑談には応じていた。
 雑談がぷっつりと途切れた時期がいつだったか……勢号は思い出そうとするがどうもよく分からない。


(ま、いっか。奴も闘争本能の中に溶け込めたってコトだろ)


 としか考えられない、大雑把で大らかな勢号…………。






 彼女は怪物で、最強の存在だ。それ故に人間でないコトがコンプレックス……でもある。

(オレは人間が好きだ。弱くて、簡単に死ぬからこそ、他の人をそうさせまいと奮起して……頼りない命を燃やし尽くす。
たとえ死んでも、大事なコトだけは貫く人間が…………オレは好きだ)

 されど彼女は人外である。                アオフシュテーエン
『大好きな人間』約30億8917万を生贄に生まれた。『ある絶対的強者』の血が染み込んだ土と、パピヨニウムなる特殊金
属の混合物に、およそ30億8917万人の絶望や怨嗟のエネルギーを加えるコトで生まれたのだ。
 暗黒、といっていい。本人は人類に対する敵愾心などカケラも持ち合わせていないが、だからこそドス黒い出自は、無数
の人間を犠牲にしたという背景は、それだけで良心を痛ませる。
 ゆえに可愛く振舞えない。
 ゆえに女性として自信がない。
 自らをオレと称し、ガサツかつ粗暴な言葉遣いをするのは誕生の経緯あらばこそだ。

 自分は怪物。大好きな人間達から一線を引かざるを得ない孤独感。時たま圧倒的能力を駆使し、彼らを争わせ、戦いを
産み、その鮮烈なエネルギーを摂取するのは、周囲の人間と繋がれない内気少女が、ネットという、一種別世界で文字だ
けのコミュニケーションを楽しむようなニュアンスを帯びている。

 触れたいが、触れられない。繋がりたいが、繋がれない。

 怪物というコンプレックスで卑屈になりがちなのに、力だけはあり、誰であろうと腕力や特殊能力で意のままにできる。
 できてしまう。
 負い目だらけなのに簡単に勝てる……人ならざる突出した存在ゆえの矛盾。勝てるからこそ対等な人間関係が築けない。

 だから箱庭の戦いから迸るエネルギーを貪るコトで、仮初の一体感を得る。

 クラスでサッカーの話題に混じれない内気な少女でも、液晶画面の向こうでさざめく選手たちやサポーターと共に熱狂すれ
ば皆で大騒ぎした気分になれるのだ。

 御伽噺ならそういった孤独を抱えた怪物は、必ず人間を目指すだろう。
 だが勢号は……しない。
 人間に憧れているくせに、怪物ゆえの圧倒的な能力で放恣放埓を貪る現状は捨てたくないのだ。勝手きわまりないが、
しかしある意味では人間らしいだろう。自由を求めながらもそれに伴うリスクを考えて不合理に耐える……それが人間と
いう存在だ。

 そういう意味では人間らしい少女は。

 悪心に染まった小者どもを一掃するとき強者ならではの快美に震える。贖罪でもある。小悪党を言いように弄び、破滅さ
せるたび、自らの命の土台になった31億近くの人間を思う。
 自分が彼らを殺した訳ではない。
 だが生贄は生贄だ。『犠牲にしたのと同じぐらいの命を救いたい。悪を倒して……』。穏やかで優しい、文化系少女としての
本質は思っている。

 それでも怪物をやめない限り、罪悪感は消えない。人間が好きなのに、ならないのだ。種族としての超えられない壁がある。

 なんでもいい、好きな動物を思い浮かべて欲しい。

 貴方はそれになるため今の生活を捨てられるだろうか? 

 B級映画のような展開で好きな動物になりそのまま戻るコトなく一生を過ごす。一生だ。深夜0時の鐘がなったらピンクの
煙を発し元に戻る……そんなコトはない。アニメのように紆余曲折を経て元に戻ったりもしない。

 人格そのままで、残りの一生総て動物として過ごすのだ。

 当然人外ゆえに制限を受ける。端的にいえばスーパーで買い物1つできなくなる。どこだって動物は入場禁止だ。人を助
ける盲導犬にすら難色を示す。
 動物になるというコトはそれだ。
 社会が人間のためだけに作りたもうた恩恵の総てを……得られなくなる。ネットもできないし、お笑い番組のDVDだって借
りられない。映画館からは摘み出され、医者すら飼い主の裁可が降りねば通えない。

 人間が動物になるというはそれだけの降格と不自由がある。

 勢号にとっての人間とは、人間にとっての動物だ。
 勢号の創造主が彼女のためだけに作り出したあらゆる恩恵を放棄せねば至れない『格下』だ。
 人間らしい交流を求めているにも関わらず、どこか人間がネコやカブトムシを見るような目線がある。

 愛玩すれど、”なりたくはない”気持ちがうっすらとだが混じっている。

 何しろ勢号は不老不死なのだ。親しい人間との死別など幾らでも味わったが、それでもなお永遠の命を満喫する気持ち
がある。『ペットが死んだ。次の死別が嫌だから寿命を削る』などと吹聴する人間は少数派だろう。
 時にペットロスが自殺の引き金になるとしても、それはそれ以外のさまざまな要因が複雑に重なり合った結果に過ぎない。
多くの人間は家族のような動物の死を受け止め生きていく。それは誰もが認める正しいコトだ。
 だから勢号が同じ踏ん切りを、親しい人間の死に適用するのもまた正しい。『ペットが死んだ位で生きるコトを諦めるな、
ちゃんと前を見ろ、残された命を使い切れ』。人間が人間にいう正論を、勢号は勢号に言うだけだ。
 もちろん「ペット」という言葉は「親しい人間」に置き換わる。彼らが置き換え前の単語に覚えるニュアンスだけはそのままで。
 だから不老不死は捨てない。彼女が人間になるのは、人間が動物との死別を恐れるあまり命を削る臆病な行為と変わらな
いからだ。
 他の能力についても概ね同じだ。人間が人間としての特権を捨ててまで動物になりたがらないのと同じなのだ。
 そういう壁がある。

 人間が好きなのに、「なれない」し、「なりたくない」。愛猫の可愛い仕草に萌えながらも「自分はどれだけこのコのコトを理解
できているのだろう」などという相容れぬ孤独感に時たま駆られるネコ好きのような機微が勢号にはある。しかも人間は言葉
が通じる同属とさえ完全には分かり合えない。

 まして勢号は別種族の……怪物だ。

 言霊の化身で、流れ込んでくる闘争本能やテレパス的な能力の数々で、言葉以上の感情を察知できる勢号でさえ人間が
時々わからなくなる。「何を考えているかは分かる」が、「なぜそう考えているかが分からない」。人間からすれば率直で、平
易な、最大公約数的な誰しもが共感可能な言葉さえ、専門用語だらけの難文を見たときのような意味不明さを覚える。首
を傾げ疑問符を飛ばす。弱さを秘めている癖に、結局は強者だから、儚い人間の心が完全には分からない。

 だが分からないからこそ……彼女は自分の仕掛けた戦いの中で、予想外の行動を取る人間達に燃えてしまう。

 完全に理解しあえない故の喜びもまたあるのだ。ペットの予期せぬ奇行に心癒される飼い主だっているだろう。完全に思
い通りにならない気ままな姿を好む者も。動物生態学者などその極みだ。分からないからこそ挑み、愛す。

 勢号にとっての人間は、人間にとっての動物だ。だが見下してはいない。尊敬すら覚えている。人間は雄雄しい獣を敬う。
可愛い生き物は愛でる。絶滅に瀕した種族あらば保護するし、食肉用に育てる牛豚にすら限りない感謝と哀惜を向ける。
時には敬意なき狩猟で意味もなく殺したり、憂さ晴らしに虐待したり、利潤のため住処を奪うコトもあるが……全体的な傾向
としては共存を謳っている。文化とだって密接に関連付けているし、時には神のように崇めている。

 勢号の人間観も同じだ。不老不死で万能な自分ですら持ちえぬ物を、持たざる故に持っている彼らだから……好きなのだ。
映画は面白いしゲームは楽しい。小説は言霊に響くしマンガは燃える。書道や華道といった文化に浸るコトで救われてもいる。
勢号は神にも等しい力を有しているが、それは結局戦いにしか作用しない。文化を、文明を、生み出したりはできないのだ。
アリモノをかき混ぜて違うカタチにするコトはできても、無から有を生み出すコトはできない。物理的現象としてなら星ぐらい
幾らでも産生できるが、それだけだ。星に満たすべき文化は産めない。古代には農業や医学の神がいたというが、勢号は
それになれない。文化だけは作れない。シムシティをする怪獣のように世界を上手く作れない。

 言霊の癖に文字一つ作れぬ確信がある。『人間とは違うから』、彼らが何を心から好むか分からないのだ。
 勢号だけの才覚では、何が良くて何が悪いかサッパリなのだ。
 だから人間の文化と地道に向き合っている。何度も失敗しながら、自分より遥か弱い人間に教えを乞い、一歩一歩、少し
ずつ、理解できるよう務めている。能力を使えば書道だろうと華道だろうと国宝級にできる。国宝と言われる人間の技量をそ
のままコピーし、全人類が国宝と認めるよう精神操作すれば簡単だ。しかしそれはつまらない。勢号は名声が欲しいのではな
い。『真実』を知りたいのだ。人間が分からないからこそ、人間がどういう物か……『真実』を。それは地道な努力の先にしか
ない。文化を肌で知り、向き合って、やっと理解できるものなのだ。


(あたらは……)

 怪物の勢号と対等に接してくれる。正体を知り、時おり圧倒的な能力に襟足をずっくり濡らすほど──むかし目の前で両親
と知己を銃撃されたときのトラウマだ。根源的恐怖を味わった時の奇癖だ──襟足を濡らすほど勢号に怯えながらも、絶対
譲れない部分においては死すら覚悟し刃向かってくる。蛮族の末裔ゆえの癇癖と言ってしまえばそれだけだが、だとしても譲
れない物のため命を賭ける彼はどうしようもなく人間で……だから好きだ。


 怪物なのに対等に接してくれる新に勢号は感謝している。
 最強ゆえに人間でないコトがコンプレックスの彼女に対し、あのアルビノの少年は対等であろうとしている。
 だから……愛している。






 人間が好きだけど人間にはなりたくない(いまの自分の万能無敵ぶりが好き)が、怪物なのは、辛い。
 そんな女のコらしさを秘めた『最強の怪物』こそ……勢号始。

 だが文化系でも女のコらしくても……彼女はあくまで裏ボスであってヒロインではない。
 無数の戦いを仕組んできた黒幕だから──…


「正義とか頭痛い言葉吐くつもりはないけどさ〜。わたしの体乗っ取ろうっていうなら……戦わざるを得ない」

 少女はベールを毟り取り……捨てた。顔を隠していたのは少しでも追撃を和らげるためだ。
 だがそれはもう必要ない。誇り高い血統の末裔は戦うコトを決めたのだ。……繋がりから貰った勇気を糧に。

「ま、我輩としては話し合いで穏便に済ませたいけどね。向こうが力尽くでくるなら抵抗も止む無しだ」

 法衣の女性は悠然と笑う。笑いながらも頬に汗をまぶす。緊張は確かにあるが恐怖はない。
 希望をくれた少年。不器用ながらに想いを受け止めてくれた少年。彼の咎を和らげたいという愛が力になっている。

「救ってみせる。救って……LiSTにしたような玩弄だけはやめさせる。戦いを起こさず生きられる道を……共に模索する」

 黝(あおぐろ)い髪の青年は金の瞳を決意の色に光らせる。
 握る拳はどこまでも力強い。数々の戦い。仲間達との出会い。それらが迷いの日々からの覚醒を促したのだ。

 ブルートシックザール=リュストゥング=パブティアラー。
 羸砲ヌヌ行。
 武藤ソウヤ。

 みな勢号始のもたらす戦禍に巻き込まれた被害者であり……戦士である。
 彼らは長らく元凶を追い続け……今ようやく勢号の住まう街に辿りついた。

 求めるのはただ1つ。運命との決着。

 ある者は死の恐怖に怯えた弱い自分と決別するため。
 ある者は己を偽らずに済む未来を想い人と創るため。
 ある者は新しい仲間達と共に胸を張って両親の元へ帰るため。

 勢号始との戦いに挑むのだ。




「しかし悪の元凶が住まう街にしては穏やかだねえ。我輩もっとこう、スラムかというぐらい立ち並ぶ廃墟の前でポツポツと、
ボロ切れ纏った人々が炎と蜃気楼たちのぼるドラム缶で暖を取っているのを想像していたのだけど」
 法衣の女性……ヌヌ行は周囲をぐるりと見渡した。ごく普通の町並みだ。繁華街というほどケバケバしくはないが、そこ
そこの高さのビルが立ち並んでいる。飲食店やマッサージ屋、カラオケにコンビニといった小さなお店が歩く彼らの視界の
外を流れていく。ヌヌ行の右側には二車線道路があり、白や青、赤の自動車がヒュンヒュンと通り過ぎていく。
「実に普通だ。人々も操られている様子がない。割と普通に買い物してる」
 道行く人々はめいめいの場所に向かって歩いている。それを見た黝(あおぐろ)い髪の青年の、母譲りの鋭さを以ってし
ても特段の異常は認められない。
(妙な部分といえば、黒いビニール袋を持ってる人が多い……ぐらいか?)
 青年……武藤ソウヤはちょっと眉を顰めた。女子高生やサラリーマン、老夫婦や短パンの男子小学生といった正に老若
男女な雑踏の中にチラチラと黒いビニール袋が見えるのだ。大きさはさほどでもない。ハードカバーの本を2冊も入れれば
パンパンになりそうなサイズだ。それが妙に目に付いた。正確に算定した訳ではないが、道ゆく人の6割ほどが持っている
ような印象をソウヤは受けた。
(買い物袋なら分かるが、妙に多いな。何の……どこの店の袋だ?)
 普段なら特に気にしないが、今は決戦前である。些細な異変が実は敵の攻撃の前触れだった……というコトもソウヤは
何度か経験している。養父は警戒心と猜疑心のカタマリのような人物だった。擬似遺伝的素養が無意識のうちにソウヤの
神経を尖らせる。
(まあ、黒い袋が何らかの攻撃の媒介になるなど考えすぎだが……念のためだ)
 それとなく観察していると、すれ違うOL風の女性数人がそれぞれ黒い袋から様々なパンを取り出すのが見えた。すか
さず袋に印刷された金のインクの象形を確認するソウヤ、やはり斗貴子同様油断のない性格だ。彼は見た。『パンの宇
和島堂』。そんな文字が店のものらしきロゴマークともども踊っているのを。
(フム)
 更にそれとなく道行く人々を観察。どうやら黒い袋は総てみな宇和島堂なるパン屋のものらしい。クリームパンを取り出して
食べる者も居れば袋片手に「いいなあカツサンド。私も言ったけど売り切れてて」と会話している主婦たちも居る。どこから
かパンの焼ける仄かな匂いも漂ってきた。極めつけは「宇和島堂、今日も凄い行列だったねー」「昨日またテレビでやって
たよー」なる女子大生風の2人組の会話。
(……単に人気の店ってだけか)
 気にしたとたん突然情報が入ってきた事実そのものもソウヤは疑うべき材料に挙げかけたが、袋に注目した以上、それに
付帯する事実を優先的に拾ってしまうのは当然だろう。
 と悩む彼を
「ソウヤ君? えと、大丈夫? ちょっと緊張したりしてる?」
 心配そうな顔が覗きこんだ。妙齢の美しい女性との突然の急接近に、純情な一面も有するソウヤは慌てた。
「い、いや、何でもない。大丈夫だ。ちょっとよそ事を考えていただけだ」
 鼓動が跳ね上がる。理知的な美貌を見て思い出したのだ。先日彼女に告白されたコトを。
(オレはこんな綺麗な人に……その、好きだって…………言われたのか……)
 意識すると少し胸が苦しくなる。恋愛に疎いから、告白の返事は「保留」である。返事するコトを保留したのではなく、お
互いの関係の進展を保留……つまり現状維持に留めたのだ。だが仲間の大切さを身をもって知っているソウヤだから、
現状維持は礼を失しているようで罪悪感が付き纏う。ヌヌ行は気持ちを伝えられただけで満足と言ってくれたが……懊悩は
尽きない。
(オレは男女の関係というのが……分からない。というか……女性は…………苦手だ)
 母とすらまともに話せないし、叔母からは可愛い小動物扱いで揉みくちゃにされている。同年代の少女が周りにいなかった
のもマズい。だから苦手なのだが、告白されてからこっち、時々ヌヌ行がひどく魅力的に見えてしまう。単に女性として意識
するようになったのか、それとも『話せなかった本音を話せるようになった』ヌヌ行自身の心境の変化、ぱあっと明るく解放
されたが故の魅力度アップなのか……どちらかなのは分からない。両方の可能性もある。とにかく彼女に対するソウヤの
気持ちは少しずつ変化しつつある。
「で、その。羸砲。何の話だった?」
 おずおずと聞き返すと、(きゃああ。ソウヤ君と顔、顔、近づけチャッタ〜〜!!)と茹蛸の肌のなか瞳を渦巻かせていた
ヌヌ行が「キリッ」と顔を引き締めた。向こうは向こうで年下に頗る弱いが誤魔化す術も心得ている。ウソつきなのだ。元々。
「本当にライザ……勢号始はココに居るんだろうか……って話を我輩はしたのさ」
 居ない筈がない。……ソウヤは頷いた。聞き逃した分を償うように、速攻で。
「彼女の所在は一種の褒美……だからな。教えたのは彼女自身だ。彼女の部下を倒した褒美としてオレたちに与えたもの
だ。黒幕気質で観戦主義者な彼女の在り様は完全には肯定できないが、だがそれでも彼女は彼女なりに信念を持っている」
 ここでもう1人が会話に参加。
「戦いに勝ったわたしたちにニセ情報を掴ませるのは、暴君なりのプライドってえのが許さないでしょうね」
 ま、そんな信義貫くぐらいならそもそも戦いに巻き込まないで欲しいけど。頭を気だるげに押さえるのはブルートシックザール。
通称ブルルだ。彼女に「そうだね」と頷いたヌヌ行は、「おや」と小首を傾げた。
「ベール脱いだのはさっき見たけど、服装もそういやちょっと変わってるね」
 見た目10代前半の端正な顔立ちの少女はワンピースを着ていた。ブラウスもスカートもパッと見で高級な生地だとわか
る柔らかそうな雰囲気だ。特にブラウスは孔雀の羽のような模様が刻まれており上品かつ瀟洒。
「? ピンクダークの少年のコスプレはやめたのか?」
 ソウヤは首を捻った。ピンクダークの少年というのはかつてジャンプに連載されていた漫画のコトだ。作者は岸部露伴。ブ
ルルという少女はピンクダークの少年(略称:ピンショ)の大ファンなのだ。特に好きなのが二部で、以前までそのヒロインの
コスプレをしていた……のだが、どういう訳か今日に限って別の格好をしている。
「以前は唇も、ケバケバしい蛍光グリーンの口紅を塗りたくって肉厚に見せてたのに、今日はないね。えらいスッキリしたね。
(まあこっちのが可愛いんだけど)、ピンショの衣装じゃないブルル君は違和感だね」
 なんでやめたの? そろって首を傾げる仲間達にブルルは溜息をついた。
「何よなになに。あんた達まさかだけどコレがピンショの衣装に見えない訳?」
「え、それもコスプレ? でも見覚えが……」
「ほんと読み込みが足りないわね〜〜。まさかって話よ。このわたしがピンショのコスプレをやめると思う? 『最終話』よ。
2部の最終話なのよ。2部のラストで駆けつけたヒロインがしてた服装なのよこいつは。ま! わたしほど二部を愛していない
限り、中盤との違いはまず分からないでしょうけどね〜〜〜」
 あんた達のにわかぶりが頭痛いわ。気だるげに言い捨てるブルルにソウヤは思う。
(1話限りの服装に気付けという方が無理だ……。だいたいベール捨てたのはいいのか?)
(こういう部分が難物だよねブルルちゃん。最近はお姉さんらしい優しさを取り戻しつつあるけど)
 ヌヌ行もひそひそ愚痴を零す。
「ベールはちゃんと回収してるわよ。つうかさあ、問題はここからなのよねえ。頭痛いコトに」
 はあ。くせっ毛をヘアバンドで抑えている少女は先行きが不安だとばかり溜息をついた。
「何が問題なんだい?」
「勢号始ことライザの話よ。奴はピンショの3部が大好きと来てやがる。そんで根城にご招待ときたら決まってるでしょヌヌ」
「え? なんかあるの?」
 スカタン。虹色髪の房が揺れた。その持ち主……理知的な顔つきのメガネ美人の頭が殴られたのだ。羸砲ヌヌ行。豊か
な肢体に法衣を纏う彼女は道行く男性が振り返らざるを得ないほどの美貌だ。法衣の袖から覗く腕は彫刻のように細く、
切れ長の瞳には総てを見透かすような理知が宿っている。……だが、その本質は幼い。幼少期のイジメによって『外面
を取り繕うコトを覚えながら』も『決して本心だけは誰にも話さない』術を獲得した彼女は根っこの部分ではまだ子供なのだ。
だから時々、恐ろしく鈍い。ブルルは「頭痛い」と呻いた。
「いい? ピンショの3部ってのは色んな国渡り歩いた末に、巨悪の住む館に突入する話よ」
「あ!! ああ、そうだったねそうだった!! で、確か、えーと。その」
「……。そういえば……館に突入してからも何人か敵がいたな」
 ソウヤも気付いたようで陰を落とす。彼も父の影響でピンショの愛読者なのだ。シリーズ中もっとも王道な3部の内容も
当然ながら知っている。
「そうよ。ライザの野郎は3部が好き。ってえコトは、この前わたし達が戦った連中をも凌ぐ部下を作成。本拠地の中に放って
いてもおかしくない。頭痛いけど」
「そして実際……判明している限りでもまだ戦っていない部下がいる
 だったねえ。とはヌヌ行の弁。
「残ってるよね。君達の末の妹がまだ……残ってるよね、師匠」
 ヌヌ行が振り返ると、そこにはなかなか目を引く男女3人が居た。
 2mをゆうに超える青肌の巨女と、黒ブレザーを着込んだ小柄で元気そうな褐色少女。
 そして何かの映画から抜け出したような黒レザーの偉丈夫。師匠と呼ばれたのはその男だ。右目に眼帯をしており、長
い金髪を攻撃的なオールバックに纏めている。彼の名はビストバイ。通称は獅子王。
「あン? ミッドナイトのコトか? そーいやアイツだけはテメェらとの戦いに引きずり出されなかったな」
「ま、参戦しなかったのは未完成だったせいもあるけど、あたいがあんた達をゲームに閉じ込めている間に、ひょっとしたら
完成したかもだね。ライザさまの手腕なら充分ありうるよ」
 得意気に頷く巨女はハロアロ。1ヶ月に亘り【ディスエル】なるゲームにヌヌ行たちを閉じ込めた女だ。
「うんうん。何かの集まりの最後の1人がラストダンジョンで出てくるっていうのも少年漫画的にはアリだよ」
 実際3部もそんな感じだったし! と黒髪揺らしつつ元気よく叫ぶ褐色少女はサイフェ。妹属性の具現のような少女である。
「つー訳で、ひょっとしたらライザの前に2〜3片付ける相手がいるかも知れないのよね。頭痛いけど」
「それは仕方ない話だ。彼女は確かに自分の所在を教えはしたが、直接戦うとは言っていない。戦いを好む黒幕なんだ。
呼びつける以上、何らかの刺客を与えるのは当然」
 ソウヤの心情を表すように彼の全身に冷たい風が降りかかった。ぱさり。視界という硝子(ガラス)張りを黒い影が滑って
落ちた。
「……?」
 例のパン屋、宇和島堂の袋でも風に煽られたのだろうか。ソウヤは何の気なしに視線を下げた。父に似ていないようで根
幹はそっくりなのだ。クールな癖に根はお人好しだから思ったのだ。「まだ中身の入ってる袋だったら、持ち主が困るな。とり
あえず拾っておこう」……と。ポイ捨てされたものが飛んだだけなら、それはそれで街の美観のためちゃんと捨てよう。などと
思う彼の首の仰角は下がる。吹き止む風。触角のようなアホ毛。鐘を叩く小さな槌。半透明の緑。足元を射抜く視線。黒い
瞳。歩道。鐘。心のどこかの鐘。槌の動きが早まった。少女の微笑。本能は理性を凌駕した。だが理性は凌駕による奇跡的
な察知をただぼんやりと見過ごした。袋。宇和島堂の袋。ソウヤは常態の中でそれを求めた。理性は常態が継続するもの
だとばかり信じていた。視界で舞った黒い物体がパン屋のビニール袋だとばかり思っていた。歩道を収める視界。座って
いる少女。カンカンと喧騒を高める精神の鐘。袋を求め彷徨う視線。響く鐘の音。横殴りの槌がソウヤの首をも右にズラす。
戻す。二度見。少女。座っている少女。意味不明な戦慄。背中を貫く怖気。まるでどこからか着地したように、衝撃を殺すよ
うに、膝を曲げ切ってソウヤのつま先のすぐ前に屈んでいる少女。一瞬ボヤける視界。結ばれる輪郭。ソウヤは見た。は
っきりと見た。妖精のように美しい少女が、先ほどまでは歩道にいなかった筈の少女が、ソウヤを見上げ、嬉しげに、楽しげ
に、笑っているのを。

「 よ う 。 来 て や っ た ぜ 」

 揺れる緑色の前髪。綻ぶ口元。尖った耳。洒落っ気のない黒ジャージに包まれた細い足の接地点から火のついた導火線
のような破壊エネルギーが樹状に縦横無尽に四方八方へと駆け抜ける。衝撃。ソウヤたちの対応を遅らせた脳内物質の
名前であり、歩道に敷き延べられた長方形のレンガたちを破損せしめた物理現象の正体である。乾季のアフリカの大地の
ように亀裂まみれに成り果てた歩道が、直径20m深さ50cmの透明な円柱を押し付けたように陥没し……爆ぜた。大地
轢断用の光子カッターかというぐらい眩い光が無数の亀裂から何ダースかに分けて噴き出したのを目撃できた者はいない。
一瞬だった。ソウヤたちも頤使者兄妹も、気付いた時にはもう既にパック売りのしめじの様にささくれて弾け飛ぶ地面と共
に舞っていた。地面にあったものは、この現象の原因と思しき黒ジャージの少女をも含めて総て中空を漂っていた。通行人
も、運悪く破壊圏と被った一口ギョーザの店舗の一部も、たまたま傍を通りかかった乗用車も、電柱も、犬も、たんぽぽも空
き缶も土くれも風雨でズタボロの週刊少年ジャンプも何もかも分け隔てなく大地ごと吹っ飛ばしていた。

「くっ!」

 スローモーションだった世界が等倍速に戻る。運よく破壊を免れた歩道にソウヤは背中から落ちた。恐らく吹き飛ばされて
から1秒と経っていないだろう。周囲を見ると通行人達が思い思いの姿勢で倒れている。目立った外傷は認められず安堵し
かけるソウヤだが予断はまったく許されない。(咄嗟とはいえまったく守れなかった……)。激しい自責に駆られながらも、頭
を打った者がいないか確認しようと踏み出し……肩に手が乗せられた。ヌヌ行とブルル。彼女らは大丈夫といわんばかり
に頷いた。どうやら光円錐や次元俯瞰でいちはやく確認したようだ。或いは衝撃を和らげるため何らかの対処を打ったの
かも知れないが、今それを聞き出すヒマはない。
 ソウヤは黒ジャージの少女を求めた。彼女は呆気なく見つかった。陥没した爆心地の中心で折り重なる瓦礫の小高い
山の上で悠然と両手を広げソウヤを……いや、ソウヤたちを見ていた。
「そうか」
 最初の呟きはソウヤですら驚くほど陳腐で、そして平坦だった。旅の終着が二度目からかも知れない。最初はパピヨン
パークだった。侵食洞窟の奥にいた真・蝶・成体を見た時は怒りによって心が震えた。今は違う。頭の大部分が冷えている。
熱の篭る部分は「救わなければならない」という義務感だ。だがそれを情熱だけでは成せないのが分かっているから……
対象が救うべき存在にシフトしているから…………ソウヤの声は冷静だった。
「君が、というべきだね。声だけなら一度聞いたが逢うのは初めて……かな?」
 ヌヌ行は戸惑った。ひょっとしたら前世が彼女と関わっているのかも知れない。初対面だが既視感が溢れた。理性のど
こかで嫌悪感が溢れた。ガキ大将。そう、黒ジャージの少女はまさにガキ大将のような雰囲気だった。愛らしい顔つきなの
に恫喝的なニュアンスを頬にたっぷりと滲ませている。元イジメられっ子のヌヌ行としてはあまり近づきたくない人種だ。
「推察の通りよ2人とも。まさかセオリーを無視して突然来るとはね。相変わらず…………頭痛いわ」
 ブルルは湧き上がる恐怖を砕くように歯を食いしばる。できれば二度と再会したくない相手だった。黒ジャージの少女の
体は崩壊寸前だ。だからブルルの体をスペアにせんと何度も何度も付け狙ってきた。だが恐ろしいのは狙われた事実で
はない。狙っていながら、それがいつも、子ネコがじゃれつくような気迫だったからだ。まるでいつでも殺せるとばかりに。

「正解。……っと。コレはあたらのセリフだったっけな。まあいっか。想像通りだ。想像通りだぜ」

 破壊の余波が、土煙がざらざらと吹き荒れる街の壊滅範囲の一角で、黒ジャージの少女はゆっくりと3人を指差した。
厳かな手つきだった。武術の型の一部のように洗練された重厚な手つきだった。その仕草に伴う威圧感だけでソウヤ
たちは全身の皮膚という皮膚が総てびりびりと痺れるような錯覚に見舞われた。

「勢号始。本名はライザウィン=ゼーッ! お前らが長らく捜し求めた存在こそ……この、オレだ」

 名乗られた3人は押し黙る。

(確かに物腰はビストやハロアロ、サイフェに通じるものがある)
(今さら偽者を差し向けたってセンもなさそうだね。威圧感は本物)
(直接出向いてくれたのは好都合……とも言えるかしらね。スッとろい部下戦を飛ばせるのだから)

 ただ。三方で紡がれた意思はある一点に合致する。

(思っていたより小さいな)
(うん。ちっちゃいね。悪の元締めだからハロアロよりゴツいの想像してたけど)
(背ぇ伸びないわね本当。ご先祖様より小さいんじゃないかしら。頭痛いわ)


「ん? ああ。身長か。よく言われるぜ。ま、伸ばそうと思えば伸ばせるけどだな、この体はなるべく元のままにしておきたいんだぜ」


 視線を感じたのか勢号はカラリと笑った。だが怒り狂わない余裕が却ってソウヤたちの心胆を寒からしめる。

「ラーーーーーーーーーーイーーーーーーザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 ソウヤたちから10mほど離れた場所に降り積もっていた瓦礫が、下側から轟然と吹き飛んだ。地面に重苦しく落ちる音と
共に姿を現したビストバイは相当逆上しているようだ。隻眼を血走らせながら口角泡をマシンガンのように飛ばす。
「てめえ!! 不意打ちってえのはまあ狙撃もそうだからアリだと思うがな!! 小生たちまで巻き添えにすンじゃねえよ!!」
「いや大丈夫だろお前なら」
「大丈夫だからってやっていい理由にゃならねえだろ!! ボケッ!!」
 咆哮するビストに勢号は「うっせえなぁ」と右耳を小指でほじりつつ顔をしかめる。それがますますイラつくのか獅子王はとう
とう右手に鉤爪を展開した。武装錬金たるリフレクターインコムの端末を出すほどの怒り……ソウヤの顔に緊張が走る。
「そうだよ!! やるならサイフェを着弾点にしようよ!! そしたらサイフェは痛いのちょうだいできるしソウヤお兄ちゃん
たちも汚い手段で重傷負ったりしないし!!」
 ズレたコトを言う褐色の影が兄の後ろからひょっこり出てきた。
「やだよ。そしたらお前暴走すっだろ。勝てるけどだな、お前の戦いのねちっこさはあたらとドッコイドッコイだよ」
「えー。やだやだ。戦おうよー。痛いのちょうだいさせてよぉー」
 どうやら獅子王、妹をかばうのを優先したせいで瓦礫に巻き込まれたらしい。サイフェもやっとそれに気付いたのか、「お
兄ちゃんありがとー」。元気よくお辞儀。獅子王の毒気は幾分抜かれたようだ。
「う、うっせえよ。よく考えたら小生庇い損じゃねえか! てめえなら直撃しても再生して適応すンだからよー」
(相変わらずいい人だなぁ師匠)
(ああ。理性じゃ大丈夫って思っても、感情が妹の危機を見逃すコトを良しとしなかったんだ)
 ヌヌ行とソウヤはうんうん頷く。
(ほんと、馬鹿ね)
 彼を見るブルルの目はほんのり紅い。毒々しい口紅や顔の見えないベールをやめたのが誰の為か明白である。
 弛緩した空気を戒めるように、頤使者長兄と次女の背後に黒い空間の歪みが現れた。
「えーと。その、ライザさま。いまの攻撃、不意打ちにしてはちょっと弱すぎゃしませんかね。お体、大丈夫すか……?」
 ぎこちない敬語で呼びかける巨女はハロアロ。勢号への忠誠心が最も厚い次女だ。
「おっ。時間稼ぎサンキュな。ん? 不意打ち? いまのが不意打ちに見えたのかお前?」
「やったライザさまにお礼言われたーーー!! ってアレ? え? さっきの不意打ちじゃないんすか? 全盛期に比べたら
何枚か劣りますけど、それでもライザさまの威信を落とさない程度の威力はあるじゃないすかそれ……」
 青い巨女は破壊痕を兢々たる目つきで眺めた。歩道が半径10m以内に亘って陥没し、爆発すらしたのだ。それが攻撃
でないと思うほうがどうかしているだろう。
「少なく見積もっても、全盛期の防人衛の一・撃・必・殺! ブラボー正拳と互角かそれ以上すよ」
(ちょちょ、ちょっと待ってよハロアロ!! さっき君いったよね? 『不意打ちにしては弱い』って。え! それでも13のブ
ラボー技最強の一撃程度の威力あるの!? 肉体崩壊寸前で弱体化してるのに、特に奥義っぽいモーションもなかった
普通の技がブラボーさんの切り札級って言うのかい!?)
 うーん。まあ。勢号は視線逸らしつつ気まずそうに頬を掻いた。
「つーか、いま歩道壊したコレさ。攻撃とかじゃなくて、その……単に着地しただけだぞ?」
「はい?」
 ソウヤの目が点になった。ソウヤの目が、である。
「だから着地だって。ほら。そこのビルの屋上。いきなりワーってオレが降ったら、お前らビビるかなーって」
 勢号が指差したのは2階建てのビルだ。屋上と呼ぶのすらおこがましい高さだ。小学生でも運がよければ無傷で済む。
「するとつまりライザ。あんたはこう言いたい訳? あんたは、あのクソ低いビルから着地しただけで、歩道を半径10mに
わたってフッ飛ばしたと?」
「おう!!」
 勢号は腰に手を当て堂々と胸を張った。張ってから情けない顔で「あっ! しまった今のなし!!!! 三部好きだから
いぐざくとりーで!」などとわちゃわちゃ騒いだ。
(ウソでしょ……)
 ヌヌ行の頬が引き攣る。
(攻撃技どころか、ただの着地で一・撃・必・殺! ブラボー正拳級の威力って……どんだけすか……)
 彼女は実のところ期待していたのだ。

 勢号始の肉体はもうすぐ朽ちる。ならきっと最強な力もきっと弱体化してるだろう、付け込むならそこだ!

 と。

 だがそんな淡い期待を打ち砕く言葉を、暴君は事もなげにサラリと告げる。

「ちょぉっといまオレ、絶好調なんだよな。えーと。その、だな。詳細は省くが、莫大な量の闘争本能を……ここ最近、得る
機会があってだな。知っての通り闘争本能ってのはオレの糧で、まあ、それを沢山摂取したから、寿命もちょっとだけ伸びた
し、力もけっこう、有り余ってる」
(誰だよ余計なコトしてくれたの!! 誰!! 誰がこの、ただでさえメッチャ強い人を強化しちゃったの!!)
 ヌヌ行は泣きたい気分だ。余談だがどうやって闘争本能を摂取したか知った後、本当心底泣きたくなる。
 舌打ちしたビストは鉤爪をつけたまま後頭部を掻く。
「つまりてめえは今、至上最強に絶好調って訳かい」
「サイフェたち3人をまとめて倒した時より……ずっと強いんだねー」
「さすがライザさま!! 信じていましたあ!!」
 紙ふぶきを撒くハロアロに「そーだろーそーだろー」と威厳交じりで緩慢に鷹揚に頷きながらライザはソウヤたちに目を移す。

「つう訳で、まあ、今の着地で気分を害したら悪かった。お前らは話をしに来たんだろ? ビストたちを退けここまで来たんだ。
まずはキッチリ聞いてやるのが筋だから……ちゃんと聞く」

 ぺたり。瓦礫の上であぐらを掻いた勢号を見る3人は、ただ畏怖した。

(次元俯瞰を使うわたしですら思うわ。『次元が違う』)
(歩道の破壊で見えた攻撃力もだけど……底知れない)
(一見粗暴だが隙がない。華道か茶道か……何か礼を重んじる行為に身を浸していなければ身につかない精神性だ)

 だが。ソウヤはどうしても放ちたい一言があった。周囲を見る。壊れた街。倒れている人。悪意があろうとなかろうと、
結果が総てだ。総てなのだ。人を傷つけ街を壊す行為は……許せない。

「ってカオだな。ああ悪い。お前的にゃそっち優先だわな」

 勢号は腕をかざした。光が満ちた。歩道も倒れている人たちも元に戻った。

「「「────────────!!!!」」」

 あまりに呆気ない修復行為に息を呑む3人。似たような真似ができるヌヌ行ですら「ひ、光円錐への干渉なしで……?
い、いったい何をどうしたんだ……?」と戦慄した。

「で、何の話だぜ? 面白い話かなのだぜ?」

 勢号始はあくまで無邪気にハフハフと両目を輝かせる。
 そのギャップが却ってソウヤたちに恐怖をもたらすとも知らず……。




 ややあって。

「むー」
 ソウヤ一向の目的を聞いた勢号始(通称ライザ)は、むくれていた。右頬はもうアンパンマン。戯画的な直線に結んだ口
めがけ迫(せ)り出して覆いかぶさっている。普段きらきらと輝いている瞳も今はやや垂れぎみな糸目である。尖った白い
左耳の近くには漫符めいた怒りマーク。以上の要素を総合してなお上機嫌と判断できる者はいないだろう。
「……不服、だろうか」
 武藤ソウヤという黝(あおぐろ)い髪の持ち主は所謂「中二」な精神の持ち主だが根は真人間である。だから勢号の表情
を見るや問いかけた。ちなみに彼はしゃがんでいる。130cmあるかどうかの、子供にしか見えない少女と同じ目線を保つ
ため。それだけで「あ、コイツやっぱいい奴だな」と信頼度を上げる勢号だが釈然としないものもまたある。

 修復された歩道で彼らは話していた。さすがに7人が一塊だと通行の邪魔になりそうなものだが、道行く人たちは特に
気にせず通り過ぎていく。(まさか彼女が何らかの精神操作をしているのか?) ソウヤは思った。そしてそれは……当たり
だった。

「お前らがしたいコトはわかったよ」
 声に彼の意識は戻る。今しがた話していた少女へと。ソウヤたちがここまで来た目的を告げられた少女へと。
「オレの新しい体の建造。今の体がもう限界で、余命2ヶ月だから、新しいのを造ってオレの精神やら霊魂やらを移し変え
る……だろ」
「そうだ。先ほど説明したが新しい体は時空改竄や次元俯瞰、強い力やダークマターを総動員して──…」
 いや悪いけど細かいコトはいい。手で制すとソウヤは
「やはり力の大部分を捨てざるを得ないのが気に入らないだろうか」
 問い返す。勢号は難しい顔をした。
「まぁそこも引っ掛かるっちゃあ引っ掛かる。このオレの膨大な力総て受け入れる肉体を今すぐ造るのが無理だから、一旦
人格だけを優先的に移し変えて死ぬのを回避。そんで生き延びたらリハビリ。力を徐々に取り戻す。新しい肉体のキャパ
を少しずつ上げる。……ってのは不便そうだなーって思わなくもない。人間が好きな癖して不便になるのが嫌で怪物の体
に甘んじていたのがオレ、だからな。生きるために弱体化ってのは…………嫌じゃないつったら嘘になる」
「すまない。何度も考えたが今のオレたちはそれが精一杯だ」
 律儀に頭を下げるソウヤに勢号は決まりが悪そうに「ま、まあ、生きられるなら別にいいけどだな。レベル1からってのも、
ちょっとはキョーミあるし……」と頬をかきつつ目線を逸らした。
「もともとお前達には期待してたしな。力を分割して人格だけ移し変えるっていかにも人間くさい解決法は……嫌いじゃねえ。
オレは強すぎるから、力の総て受け止める体を今すぐ造るなんて無理臭いかなって薄々気付いてたし。ブルルを後釜にし
たってそのうち崩壊するだろうし」
(成程ね。わたしを狙うときどこか本気でなかったのはそのせいね。頭痛いけど、白と黒の核鉄を宿し、ライザの、厳密に
は彼女を構成するエネルギー『マレフィックアース』を憑依・定着させるに向いた一族の末裔たるわたしですら、奴の力総て
受け止めるには役者不足と)
 それで加減してなおこっちが命の危険感じるほど、凄まじい襲撃だったけどね。ブルルは溜息をついた。
「奇跡に賭けて一か八かで戦うのは熱いさ。けどそーしなくても確実に生きる手段があるなら迷いなくそっちを選ぶぜ。死に
たくないからな」
 ソウヤの表情が微妙な揺れを見せた。
「……だがキミは、LiSTの命運を弄んだ。オレのせいで狂った歴史の……被害者に、更正の機会を与えるコトなく……」
 先ほど新しい体の件で頭を下げた時とはまったく正反対の感情が全身から、少しずつだが噴き出しつつある。『命を奪う
処断はしたくないが、許せない』そんな感情が溢れている。
「ん? ああ。そっか。あたらもそんな反応してたっけなー。つまりソウヤ。お前はLiSTのコト怒ってる訳だな。弄んだ当人
たるオレが「生きたい」とか言ってんだから、そりゃ勝手だろって怒るのは当然だわな。感情を抑えてまで交渉を優先してい
たのに、相手が、オレが、無神経なコトを言ったんだから怒りたくなるのは……ま、しょうがない」
「そうだ。オレがここまで来たもう1つの理由は諌めるためだ。体の件を解決してから言うべきだったとは思うが…………
我慢できない物言いというものも……ある」
「説得中にケンカ売るようなマネするとは……畏怖しつつも根本的なところは怯えてないようね」
 こっちはこっちで凄まじいわねえ。感嘆するブルルにヌヌは言う。
「ま、それがソウヤ君だからね。ここで逆上して襲い掛かってくるようなライザなら、我輩も容赦しないよ。(ソウヤ君という
『命』の存在に救われたのがわたしだもん! 命を弄んで改心しないような奴が相手ならね、戦うよ! 怖いけど、戦う!
イジメとかする奴は嫌いだし、なによりソウヤ君大好きだもん! 守るよ必ず!)」
 ふむ。勢号は顎に手を当てた。
「LiSTを使い捨てたコトに対する怒りもあるよーだけど、『そんなマネを続ければキミはやがて人類に敵視され滅ぶしかない、
だから自分や……母と慕ってくれる部下達のためにも、人を駒にするのはやめるべきだ』……って顔だな」
「そうだ」
 心を見抜かれた驚きをソウヤは一瞬浮かべたが、すぐさま粛然と頷く。ちょっと離れてみていた褐色少女は兄の袖を引いた。
「ねーねーお兄ちゃん。ライザさまいま読心術使ったの?」
「いンや。ただの洞察だろありゃ。粗暴に振舞ってるが内気なのがライザだからな。だからこそ人の機微は分かるのさ」
「その気になりゃね、あたいたちの戦い総てを『視る』コトも可能で、そっから得た情報を元に、さもたった今洞察したように振
舞うコトもできるだろうけどね。新しい体の件含めて、ソウヤたちが何を考えてるかまでは視なかった筈さ」
 なんで? 目をはしぱしさせる妹に2.4mの姉は、ふりふりの可愛いドレス姿の青い少女は、にやりと笑う。
「ネタバレが嫌いだからさ。あんたもそうだろ? 月曜にジャンプ開いて読んでこそ驚きと感動がある。ライザさまの感覚が
求めるのもそれなのさ」
 勢号は涼しい顔で軽く、あくまで軽く呟いた。
「LiSTの件で怒ってるのは分かったけど、アレだぞ? 奴は別に死んでないぞ?」
「何っ!?」
 ソウヤが驚くのも無理はないとヌヌは思った。
(LiSTはライザの起こしたブラックホールに飲まれて果てた。我輩はその模様をハッキリ見た)
 ソウヤも同じくだ。生存の可能性を祈るように考えてもいたが、見せ付けられた光景に対する感情は思考を凌駕する。何
より勢号自身がその口で「LiSTをフェードアウトさせる」と言ったのだ。故意に消したとあれば感情の矛先が向かうのは当然。
「まー。言ったけどだな。フェードアウトとしか言ってない筈だぞ。そりゃ改悛の余地がなくて、まだまだ沢山の人間苦しめる野郎
なら始末するけどだな。そうじゃねえなら、オレの戦いに参加した褒美は与える。フェードアウトさせて、解放して、そんで奴の
望むものを与えるさ」
 だから殺していない。まるで言い逃れのような文言にソウヤの瞳がすっと鋭くなる。
「証拠は?」
「ヌヌに戦国時代の日本探らせてみろ。細かい年代と場所は忘れたが、居る筈だぜLiST」
 えっ。急に話題を振られた理知的な眼鏡の女性は戸惑ったが、ソウヤの「頼めるか」という哀切を孕んだ表情を見るや
切れ長の瞳にハートマークを乱舞させ……嬉々として検索を実行。
「(ソウヤ君の頼みとあらば頑張るよ私!! 任せんしゃい!!) ……あ、居た。確かに居たよ。1555年の……関東近
郊だね。LiST居たよ。生きてた。生きてたんだ彼……」
「……。つーかヌヌ。戦国時代っておよそ100年あんのよ。そこに犇く無数の人間の光円錐の中から、たった1人だけを
見つけるって結構骨が折れる筈よ。なのによくもまあ、一瞬で見つけれたわね……」
 場所すら特定されてなかったのに。呆れたように呻く友人に彼女は「え? 国と大まかな時代さえ特定されてれば楽勝だよ?」
と述べた。「今までLiSTを追跡できなかったのは、地球全域の総ての時代が検索対象で、そもそも彼の光円錐が追跡できなく
なっていたから」とも。
(あー。そっか。追跡できなくなってたのはアレだね。ダークマター。あたい同様ライザさまも使えるから)
(検索妨害してた訳だな。『フェードアウト』。ソウヤたちが追跡し、共闘できなくするために)
(で、妨害を解除して……生きてるのが分かるようにしたと)
 頤使者兄弟達は頷いた。
「…………」
 ソウヤはしばらく疑念の光を瞳に宿していたが、ヌヌの浮かべる光円錐の中で、浮浪者らしい子供達に食事を振舞って
いる老執事風の男を見ると少しだけ眼光を緩めた。
「とまあ、オレは確かに他の連中を駒にするが、余程救いようのねえ連中以外は殺したりしねえよ。なぜならオレ自身が
『生きたい』からだ。遊び半分で他の連中を動かすからこそ、命を奪うって深刻なマネはしねえ。LiSTは公害を撒いて色んな
人たちを苦しめた奴だが、元は正しい奴だったし、だからこそ断罪を望んでていた。やり直す機会ぐらい与えてもいいだろう」
 あ、ちなみに公害の方は奴を利用したあとキレイさっぱり消しといた。
 勢号は事もなげに呟き、それが事実であるコトもまたヌヌによって証明された。

「人を駒にする是非は……まあ、解決策もなくはないが、とにかく今は新しい体の建造についてだ。オレは概ねそれでいい。
死にたくはねえからな。けど、不満な点がない訳じゃねえ」
「フム。確かにさっき君は弱体化を指して”そこも”と言ったね? ”そこも”ってコトは、まだ他にも何かある、と?」
 彫刻のような細い腕を翻したのは法衣の女性。羸砲ヌヌ行である。勢号は全力で頷いた。
「ある!! おおあり!! 何が気に食わんか教えてやろーか!! それはお前らが戦おうとしてないからだ!!」
「……? 君はさっき、『戦うよりも確実な手段があるならそっちを選ぶ』と言った筈。なのに戦いを……求める?」
「違う。オレが否定したのは『戦いの中、一か八かで助かる手段を探す』だ。

 戦う。その単語にソウヤたちの表情が硬くなった。彼らは先ほど勢号の強さの一端を垣間見たのだ。畏怖はまだ残って
いる。もちろん交渉決裂の暁には勢号を止めるため戦うつもりだが、相手は人外といえど余命2ヶ月の少女。思いがけず
殺めてしまうコトも大いにありうる。ソウヤもヌヌ行もブルルも『命』について皆それぞれ思うところがある。人を苛む怪物や
機械のような頤使者(ゴーレム)ならともかく、勢号の部下曰く『黒幕気質だが文化系で根は優しい』少女を殺したりはしたく
ないのだ。畏怖する他ない力の持ち主が戦えば反動で死ぬ危険性もある。それが何より恐ろしい。
 心配されている暴君は、そういった機微を読んだのか盛大に溜息をついた。
「確かにオレが戦闘で死ぬ危険性もなくはねーよ。認める。全盛期ならともかく崩壊寸前なんだ。戦いは好きだが向こう見ず
な慢心が原因でくたばるのはバカバカしいぜ。けどな。そーいったコトへのお優しい危惧で戦いを放棄されんのは、こっちと
しちゃあスッゲーつまらん。せっかく強くて面白そうなお前らなのに『もしかしてオレの強さを恐れる余り、ぐだぐだ理屈つけて
戦いを回避しようとしてんじゃねえか』ってな疑いの目で見ちまう」
 抗弁し辛い物言いというのは確かにある。上記もそれだ。少しでも感情的な反論をすれば認めたような空気になる。そも
そもコレが挑発なのか、それともごく普通の感想なのかさえソウヤたちには掴めないのだ。
 勢号は勢号で「う、しまったぞ体造ってくれるって言ってる奴らに説教臭いコト言っちまったか?」という顔でちょっと紅く
なると、狼狽交じりに叫び始めた。
「い、いや、ニューボディ造ってくれるってのは感謝してるぜ!? 人間たちらしい選択肢だからな!! け、けど、考えて
もみろよ!! それに生き死にを託すのは他ならぬこのオレなのだ!! 失敗したら……死ぬ!! お前ら自分がそうい
う手術受けるコト考えろよ!! 執刀医のせんせーがコレからやる手術におじけづいてたら、命託す気にならないだろ!!
お腹裂くのやめて。他の先生に変えて。そんな風に思うだろ!!? せんせーが実際おじけづいてなかったとしても、おじ
けづいてるように見えたら不安で不安で仕方なくなるだろ!! 戦いを回避しようとしてる……風にも見えるお前らの提言
への信頼感ってのはそういうアレだ! アレだーーーー!!」
 戯画的な白目になってギャインギャイン喚く勢号。(まあ……)(気持ちは分かる) ソウヤたちは頷いた。
「あと!! オレは敵だぞ! ボスだぞ!! お前らに色々な刺客を差し向けてきた総ての元凶って奴だ!! それにやっと
辿りついたってのに戦いを申し込まんのは温(ぬる)い!! 温すぎる!! 漫画とか映画でそんな展開やられたらな!!
オレは萎える!! すげー萎える!! だってそうだろ!! スッゲ長い間繰り広げられてきた戦いのラスボスが、戦い
いっさい無しの和平交渉で陥落とか……ねーーーよ!! オレはボスなの!! ボスっぽい存在なの!! だったら少々
死ぬ危険を冒してでも戦いてえの!! オレに挑む連中の覚悟とか信念がみたいっていうか、部下どもだけが楽しいの
占有すんの気に入らないっていうか!! 実際オレの体絶好調だし!! え、蝋燭が燃え尽きる前の最後の輝き……?
違う!! そんなんじゃねえよ!! おいしいもん食べてお風呂入ってグッスリ寝た後のようなアレだよ!!」
 なんか……ワガママだな。年若いピューマのような精悍さを誇るソウヤですらちょっと顔を引き攣らせた。


                                                ──ふ。だがライザの言うとおりだよ。──
                                                                        
                                         ──長い道のりの果てが非戦と非破壊で終わるなど──
                                                                        
                                                     ──ぼくは決して認めない。──


「だいたいソウヤお前、お前達がオレの新しい体を造れるだけの実力があるって保証はあるのか!! 戦わなきゃ実力
だって見られないだろ!! オレの命を託すに足る実力があるかどーか……見れないだろ!! そこだよ!! そこ!!
オレが気にいらんというのは!! お前らなあ!! お前ら!! やる気、あんのかーーーーーーーーーーーーー!!!」
 正論ではあるが、どうも駄々っ子のようだ。じっさい勢号は癇癪交じりで地団太を踏んでいる。
「ま、こういう奴よ。頭痛いけどさ。強いけど、勝手で、子供で、わたしが言うのもアレだけどマンガ脳」
 ブルルも溜息をつく。
「劇場型なのさライザは。てめえが関わる戦い総て物語風に仕上げないと気がすまねえ」
「サイフェのジャンプ好きなところはライザさまの遺伝なのです。お約束は守りたいのです」
「だからラスボスっぽい戦いをしたかったのに、エディプルエクリプス(ソウヤの渾名)たちが開口一番、和平を申し出た。
ライザさまはそこが面白くないのさ。文化系な癖に戦いが何よりもお好きだからねぇ」
 勢号の部下3人も思い思いの表情で口々に囁く。
「じゃあライザ。キミはどうすればオレたちの要求を呑んでくれる? どうすれば新しい体のコト……信じてくれる?」
 ソウヤが訪ねると勢号(以下、ライザに統一)の表情がぱあっと輝いた。
「もちろん戦いだ!! 戦ってお前の覚悟を試す!!」
(…………。やっぱりそうなるか。正直、私としては戦いたくないんだけどなあ…………)
 ヌヌ行の美しい背中に汗が滲む。
(ビスト。ハロアロ。サイフェ。私たちがタイマンで辛勝するのがやっとだったライザの部下3名。そんな彼らが3人がかりで
手も足も出ないのよコイツは。つーか、その強さがわかっているからこそ、わたしはソウヤたちと共闘するコトにした。生きる
目を少しでもあげるために)
 だが仲間2人が居てもブルルは頭痛を覚えざるを得ない。ただし切り替えも早い。仲間を得てから彼女は少しずつ変わり
つつあるのだ。それが故に居直る友人に気付いたヌヌもまた、自らの精神を建て直す。
(ま、こーいった怯えのせいで『戦い回避したいがために新しい体の提供を持ちかけている』って思われてるなら)
(頭痛いけど、奴ときっちり向き合わなきゃいけないわね。『信頼』ってえのを勝ち取るために。ひいてはわたしが生きる……
ために)
 法衣の女性と、かつてベールを被っていた少女は戦いを決意する。ライザはそんな彼女らの目を満足そうに見た。
「いいぜ。そうだ。そういう目つきだ。そういう目つきをオレとの戦いの中で保てるなら、融和策がただ戦いを避けるための
ものでないってコトを……信じてやる。水準以上に持ちこたえられるのなら、新しい体を見事建造できる実力ありと……
認めてやる」
 駄々っ子の表情をやめ静かに述べるライザ。粗雑な口調だが場は段々と清冽さを帯びていく。静かに高まっていく彼女の
闘志を場にいるもの総てが感じ取り……緊張を高める。少女の声は厳かだった。
「確かに実力を測るには実際戦うのが一番だ。オレもパピヨンパークで思い知らされたから分かる」
 ムーンフェイス打倒に執念を燃やし先走っていたソウヤ。彼が自らの力量を……カズキたちの強さを知ったのは、彼らとの
戦いあらばこそだ。鉾を合わさなければ分からないコトがある……ある意味では彼の原点といえるだろう。
「そこをわかっていながらお前が対決を申し出なかったのはひとえにオレの体を気遣ったせい……ってのは分かるけどな、
それでも戦うか戦わないかぐらいは聞いて欲しかったぜ?」
 ライザがイタズラっぽく笑うと、ソウヤもつられて微苦笑した。
「すまない。無礼……だったな。体がどうあれ戦う存在(ひと)に育てられておきながら見落としていた」
 或いはどこかでキミの強さに怯えていたのかも知れない。青年は粛然と顔を引き締めた。
「とにかく。オレたちはキミと戦う。斃すためではなく……力と意思を伝えるために」
「おう。分かればいい。あ、そうだ。あとだな。お前らの勝利条件について話しておくぜ」
(……勝利条件だと?)
(そんなのフツー言うべきコトじゃないわよね。戦いである以上、ライザが倒れたら勝ちっつうのが『セオリー』よ。それとも
何? まさか頭痛い、達成不可能な勝利条件でも突きつけるつもり?)
(けど無理ゲな条件もありうるよね。彼女はド外道なハロアロの主人なんだから。自分だけが有利な条件をつきつけるの
……ありうるよ)
 ソウヤ、ブルル、ヌヌがいったい如何なる条件が飛び出すかと固唾を呑む中、ライザはひどく楽しげに笑った。
「お前らの勝利条件は2つだ。両方満たす必要はねえぜ。どっちか片方満たせば勝ちってコトにしてやる」
「勝てばオレたちを信じてくれる……だな?」 ソウヤはピースサインを見ながら問う。首肯が返って来た。
「で、条件ってのは何かしら?」
 簡単だ。ブルルの問いにゴーレム少女はこう述べた。
「1つ目。戦闘開始から10分が過ぎたとき、お前らのうち誰か1人が立っているコト」
「なっ……」
 ヌヌは息を呑んだ。
(え!? それって楽すぎるんじゃないの!? だって立ってればいいんだよ!? どういうコトこの条件!? 簡単すぎる
のが逆に怖いよ!?)
 うろたえる玉虫色の髪の女性に、黒ジャージのコケティッシュな少女はくつくつと悪い笑みを浮かべる。
「2つ目。かすり傷以上のダメージをオレに与えるコト」
(はい!?) ブルルも目を剥いた。言葉にすれば小者臭が漂うため彼女は避けたが、敢えて明文化するなら(てめー
ザケてんじゃあねえわよ!! こっちは3人! あんたは1人!! どう考えたって楽勝だろうがその条件!! しかも
こっちはテメェのクソ強い部下ども倒してパワーアップしてんのよ! わたしに至っちゃあんたと同じくアース化できる!!
頭痛い条件突きつけやがって!! かすり傷だと! いいだろう開幕すぐ負わせてスパっと勝ってやるッ! ざけんな!)
である。だが直情的な彼女がそれを叫べなかったのは……ライザの表情に滲む絶対的な自信を認めたからだ。見るだけ
で背筋が凍りそうだった。(も、もしかしてわたし……こいつにかすり傷さえ負わせられないんじゃあ……)とさえ心の片隅
で思った。
「ちなみに勝利条件1で10分後どうたらつったけど、その時点で全員倒れてても負けとはみなさねえ。条件2のかすり傷の
方は有効だ。死んだフリからの不意打ちで負わせるも良し。何十時間か後の奇襲で負わせるものもまた良しだ。オレの命
が続くなら、何十年何世紀後の、つまようじで刺した程度の傷ですら勝ちってコトにしてやるぜ」
「何とも優しい条件だが……それってライザ、『実は私たちをとっくに認めてるが故のサービス』みたいなものじゃ……ないよね?」
「ん?」
「我輩あまり考えたくないのだけれどね、君ひょっとしてこう考えてるのかい? 『オレは強い。10分あれば全員沈められる。
かすり傷1つ負わずに』……って」
「おう。そうだけど?」
 けろりとした表情で答える悪の首魁。その表情に侮蔑や見くびりはまったくない。「あなたは字を書けますか?」と聞かれた
社会人のような表情だった。何を当たり前のコトを聞いてるんだコイツ? という純然たる疑問だけが表情にあった。
「絶好調のオレがそれなりに全力出すんだから、お前らは連携無しじゃ立ってられない。オレ相手に10分後立っていられる
なら、それは全員の実力と協力がガチって話だ。かすり傷もまあ、一緒だな。ゲーセンでのバイトみたいな日常モードじゃねえ、
戦闘モードのオレに傷を与えられるなら、それはまあ、かなり誇っていいコトだぜ?」
 ブルルは生唾を呑んだ。
(こいつの言葉には『過信』ってものが一切ねえわ。てめえの力量を誰よりも客観的に見ている冷静さがある。わたしたち
との力の差を分析した上で思ってるんだわ。『10分後立てているなら奇跡』『かすり傷すらありえない』って。だからこそ……
頭痛いわ)
 ただの自意識過剰なら付け入る隙もある。されどライザが違いすぎるほど違うのが分かってしまい……だからブルルは
その名の通り震えるのだ。
「もちろん10分経過前に全員倒れたって問題はねえ。倒れたまま、時間までに立てるよう体力を温存なんてのも結構。気
絶してる誰かをタイムアウト直前に完全回復ってのもアリ。時間切れまで瞬間移動で逃げまくるのも許す。立ってるのが月
だろうが冥王星だろうが、二本の足がついてるなら勝ちってみなす。オレの攻撃で吹っ飛んだお前らの下半身が爆風とか
の関係でグーゼン着地し立った場合でも、奇跡とか天運に免じて勝ちを与える」
(………………)
 ヌヌは凍りついた。
(確かに勝利条件1は『どこに立っていても勝ち』と捉えられる曖昧な条件だ。そのうえ『10分経過前に全員倒れたらその時点で
終了』とも明言されていない。一度倒れた者を復活させてはいけないって細則も未設定)
 だからヌヌは漠然きわまる条件の穴を突こうとしていた。さすがにライザのいうようなセコい手段は、実力披露と信頼獲得の
観点から「やらない方がいいだろう」とは思っていたが、逆に向こうが『おお、そんな手段があんのか!』と驚きと共に評価を
上げられる攻め口ならば迷いなく実行しようと思っていた。『気絶した誰かを完全回復』については、確かにセコくもあるが、
演出次第ではライザに感嘆をもたらせる手段だ。最後の攻撃とみせかけて被弾しつつギリギリのところで味方を蘇生! 
……などというのは王道好きにとってたまらぬものがあるだろう。
(けど本人が自分の設定した条件の『穴』を自覚しているっていうのは……いや、違うな。穴を自覚というより、自由度の
高い条件を敢えて設定したというべきか。自分の方が圧倒的に強いからハンデとして有利すぎる条件を与えた。つまり……
”何でもアリ”を自ら認めた)
 本来なら喜ぶべきところだが、ヌヌは逆に縮こまる思いだ。
(……たぶん彼女は、アレだね)
「そ。瞬間移動で逃げ回られようが速攻で見つけて追いつける。ヘルメスドライブは一応使えるし、使わなくたってオレの感覚
と速度なら幾らでも追いつける自信がある。死んだフリで体力温存するならもちろん追撃はするし、時間切れ寸前に倒れてる
奴がいるなら蘇生警戒して絶対目を離さんぜ」
 ライザは薄い胸を張った。自由な条件を課したからこそ警戒は怠らないという訳だ。
(粗暴に見えるがその実……細心。ただ力に溺れているだけではなさそうだ)
 ソウヤも気を引き締める。
「精も根も尽き果て倒れ臥す仲間の誰かを、重力操作なりワイヤーなりで無理やり垂直に浮かして無理やり立たせるのも……
ま、オレの攻撃を避けたうえでやれるってえなら勝ちだな。反則くせえけど、オレの一撃かわせるなら、アリだ。とにかくどん
な小細工でも……『たとえ意表を突かれ出し抜かれても、そっから一気に小細工を粉砕して巻き返せる』オレの実力を、更
に凌げるだけの…………つまり小細工を理論どおりキチっと仕上げられる実力があるのなら、勝ちとみなす」
「要するに、どんな小細工を使おうが、10分経過時点で立ってれば勝利……と」
「そ。お前の領分だろ? ヌヌ」
 クックと笑うライザ。笑われた方はただただ肝を冷やすばかりだ。
(そ、そりゃあ、君の部下たるハロアロを小細工の乱発で出し抜いた私だけどね、『何やられようが力押しで粉砕する』って
カオされたら萎縮の1つもするってもんだよ? はぁ。通じるのかなー。小細工)
 雲行きは早くも怪しくなってきた。
「あ、お前ら全員が降伏宣言するまで勝負がつかねえつったけど、だからってノド潰して参りました言えなくするつもりは
まったくねえぜ。全員戦闘不能になったらオレ、回復するまで放置するし。どっか適当な場所でご飯食べてくつろいで、
そんで時々決戦の場所に戻って、お前らが回復してるかどうか見て、まだ無理そうなら回復するまで適当にマンガ喫茶でく
つろぐ」
「流石にそれはどうかと思うんだが」
 ソウヤも真顔にならざるを得ない。
「くつろぎ中に襲うのもアリだぜ?」
「だから……」
 余裕すぎるライザ。なのに口ぶりはソウヤたちを軽んじているどころか、しっかり労わろうという真剣な気持ちにあふれて
いる。故に青年は何もいえなくなる。
「けどライザ。小生たちより強い連中3人相手にその条件は舐めすぎだろ」
 見かねたのか助け舟を出す獅子王に、その創造主は不思議そうに瞬きした。
「3人? え、オレが想定してんの6人だけど」
 お前ら加勢するつもりねえの? キョトリとした様子で首を捻るライザに一同は黙った。黙って黙って黙り続けてから──…

「「「「「「えっ!!?」」」」」」

 同時にハモった。声は驚愕の冷汗を感じさせるに充分な響きだった。

「だーかーら。オレが想定したのは、ソウヤ、ヌヌ、ブルル、ビスト、ハロアロ、サイフェの6人がかりなんだけど……。え、
違ったの? 新しい体の建造で協力するっつーから、てっきり戦いも6人なのかなーって思ってたけど」
 いやいやいや。ブルルは金切り声を上げた。
「あ、あんたフザけんのも大概にしろって話よ!? 何! あんたまさかだけど、わたしたちが6人がかりでも10分もたないっ
て思ってた訳!?」
「うん」
 黒い瞳を睫もろともスーパーデフォルメしたあどけない表情で頷くゴーレム少女。嫌味や見下しは全くない。アリ6匹を見た
人間の顔だった。
「一応だね、君の部下3人は魔王かってぐらい強いんだよ。そんな彼らに辛うじてとはいえ勝った我輩たちを加算して……
君はかすり傷1つ負わない自信があるのかい…………?」
「ある」。少女は頷いた。
「だってオレ、最強だし。お前らクラスの連中なら10人がかりでも無傷で凌いだコトがある。6人なら、まぁ、楽勝だな」
 褐色の次女は「ふぇええ」と涙目になった。
「サイフェのグラフィティレベル7はイージス艦よりおっきな200mの鉾を作れるよ……。他の5人の力総て結集した、すっご
く強い武器なんだよ。そ、それ使ってもかすり傷すら負わないっていうのライザさま……?」
「まあ、そだな。だってお前作ったのオレだぜ? 同じコトできないワケだろ。なら長生きしてるぶんオレの方がキャパ多くて
強いのは理屈から言って当然!」
(オレが新たなペイルライダーと特殊核鉄を総動員してやっと撃墜できたあの鉾より……強い、か)
 もはやこの少女の前では嫌な汗しかかけないのではないか。ソウヤはライザを見ながら思った。
「ライザさま。そうだとしても6人相手に余裕ってえのは、ちょっと盛りすぎじゃないっすかね……」
 いけると思うけどなー。暴君、軽い調子で後頭部を撫でた。
「とにかく。戦うのはオレと羸砲とブルルの3人だけだ。オレたちはライザの敵……だからな。『新しい体を作る』。その言葉が
口先だけの物ではないコトを知ってもらうため、オレたちは3人だけで戦う」
「師匠(ビスト)たちの心は創造主たる君に伝わってるだろうし」
「なによりわたしは……弱かった自分ってえ奴を乗り越えたい。かつての敵から得るのは言葉だけで結構よ。力までは借りない」
 え、大丈夫なのかそれ? ライザは心配そうな顔をした。
「勝利条件変えてもいいぞ? 3人なら制限時間も半分でいいし、かすり傷だって「服切ればおk」に下方修正してやってもだな」
「いやライザ。本当心底我輩たちを気遣ってくれてるのは分かるけどだね、そーいうセリフは嘲るように言ってもらった方がむしろ
楽なんだけど……。『クク。本当に3人でいいのか? なんなら時間を5分にしてやってもいいぞ』とか高圧的な方がね、まだ小者っ
ぽいぶん希望が見える」
「威圧じゃなくて配慮でこっちの不安を掻き立てるってどーなのよ。頭痛いわ。あんたのその、初めて包丁を扱う子供を見守る母の
ようなツラ見ると、こっちまで3人で挑んで大丈夫なのかって怖くなってくんのよ」
 口々に呻く女性陣をソウヤは見た。
「……羸砲。ブルル。オレは最初の勝利条件でも構わないが、あんたたちはどうする? いまの提言を受け入れたいという
なら、無理強いはしない。あんたたちに従う」
 そういう物言いは卑怯……という顔を少女達は見合わせた。だがすぐに互いから視線を剥がすと、やれやれと呟く。
「ソウヤ君としては『10分凌ぐコトすらできない実力ならライザを救うなど到底不可能、信頼もまた得られない』ってのが本音
らしいね。(ソウヤ君がいいっていうなら何でもいいよ!! ついてく!! ふんふん!!)」
「いいわよ最初の条件で。ライザにゃさんざビビらされた借りがあんのよ。5分ともたないって見下してやがる野郎の面を驚愕
に塗り替えるぐらいしなきゃ、わたしの誇り高い血筋やご先祖様に顔向けができない。頭痛いけど……やるしかねえわね」

 3人の手元で光が迸る。三叉鉾。スマートガン。奇妙な形状の自動人形。ソウヤたちは武器を、武装錬金を……発動した。

「という訳だライザ。最初の条件で構わない」
「そうか」

 少女が手をあげると通行人が消えた。近くを通りかかっていた者だけではない。ソウヤたちが視認できる範囲すべての、通り
を歩いている人間が消失したのだ。近辺の道路を走っていた自動車はおそらく100台近くだろう。それらも総て消えた。まるで
アニメの一枚絵から背景だけを抜き取ったようだった。店の前で呼び込みをしていた従業員も歩道橋の上を歩いていた老人も、
何もかもが一瞬でパっと消えた。

「ああ。またこんな現象が……。(もう見慣れたけど怖いよ!! 私も一応できるけどさあ!! 一瞬じゃ無理だよ! 2秒は
かかる!)」
「奴は恐らくここで戦う気ね。そんで無関係な人間を巻き込まないよう消したのよ」
「恐らく建物の中にいた人たちも……消えている」

 雑踏の喧騒も自動車の走り抜ける音も一瞬で消えたゴーストタウンの中ソウヤたちは寂然と佇む。

「おう。一応全員安全な場所に避難させた。避難先で「あれ私なんでこんなトコに?」って疑問すら抱かないよう記憶や因果
を操作した上でな。オレが避難させた場所にいるのが当然って風にしたのさ」
 だからそういうのを一瞬でするな。怖い。無体すぎるライザに頤使者兄妹含め何人も思った。
「でもオレは大雑把なトコもあるからなー。万が一巻き添えで誰か死なせたらお互い夢見が悪ぃ。蘇生なんて簡単だけど、
『人を殺して平気でいられるのかコイツは』って目で見られたら……オレ、新しい体造って貰えなくなるからな」
 ヌヌ。念のため確認してくれねーかだぜ。促された法衣の女性は「もうやってるよ。(てか下僕みたいな扱いしないでよね!
むきー!!)」と表面上は軽やかに答える。
「とりあえずここら一帯に我輩たち以外の光円錐がないのは確認した。無人だよ。巻き込まれる人はいない」
「そか。あ、ちなみにお前らが勝利条件を満たしたら、オレはお前らの改竄修正の旅に協力してやるぜ」
 屈伸しながら黒ジャージの少女は告げる。意外な申し出にソウヤたちは目を見開いた。
「いや、協力は確かに嬉しいが、どういう風の吹き回しなんだ?」
 これまでずっと敵対してきたのに……黝髪(ゆうはつ)の青年の硬い声にライザはガキ大将ぽくニヤリと笑った。
「過去敵対してたとしても、命救われたら恩義に報うため協力する……漫画ならそれもアリだろ?」
「わかるっ。わかるよライザさまっ。過去のシリーズボスが新たな強敵との戦いに駆けつけるのは燃えるよねっ」
 褐色黒髪ショートボブのブレザー少女は腕組みしつつウンウンと、力強く頷いた。ああサイフェ母親似だ、全員思った。
「もちろん新しい体が元の力を取り戻したら……の話だけどな。それでも歴史を改竄するたびどこかで新しい戦いが起きる
無限獄をどーにかしたいのなら、オレの力はそれなりに役立つと思うぜ」
(それなりって。冗談じゃないよ。腕ちょっとかざすだけで街を直し一般人を安全圏に避難させれる超常の力の持ち主が加勢
するとあれば、それもう万事解決じゃないの……?)
(頭痛いけどそうね。敵に回せば恐ろしい分、味方になれば心強い)

                                         ──大団円? ぼくとしては困るねえそういうの。──

「ただしオレが趣味で起こす戦いにソウヤ! お前もちょっと参加しろ!!」
 有無を言わさぬ声音だった。ビシィっと元気よく青年を指差す創造主にビストは「てめえな、小僧はさっきそーいうのをやめろっ
つっただろうが……」露骨に表情を曇らせる。一方、ソウヤは。
「オレだけを巻き込むのならいいが」
「いいのかよッ!?」
 獅子王は絶句した。
「? そりゃあ他人を巻き込むなとはいったが、オレだけが付き合わされるなら別に構わない。オレが真・蝶・成体を斃したせいで
狂った歴史なんだ。それを直すためにオレが身を削るのは当然……じゃないのか?」
「いやそれはそうなンだけどよ」
 酔狂だな小僧、小生でさえライザに付き合わされるのイヤなのに……頤使者長兄はひたすらボヤいた。
(この妙に大らかな部分はカズキさん譲りだなー)
 ヌヌはほわほわ。
「それにどうやら彼女は何らかの手段で『糧』を得られるようになったらしい。ライザの体の仕組みならキミたち兄妹やチメジュ
ディゲダールから聞いている。戦いによって巻き起こる闘争本能を食べる……だったな。だがライザはさっきそれを大量に
摂取したといった。にも関わらず大きな戦いが起こった様子はない。加えていま彼女は”趣味で起こす”とも言った。つまり
生存に必要な最低限の闘争本能を得る手段を見つけた……という訳だ」
「おまえ鋭いな!?」 
 今度はライザが目を剥く番だった。
「ま、まあ、実際そうだよ。闘争本能については不自由しない……と思う。う、うん。あたらが飽きなければだけれど、そこは
オレ自身の努力というかだな」
「??」
 よく分からないという様子のソウヤの傍でヌヌは(ん? なんか妙だな)と気付く。ライザのいう闘争本能が、戦い以外の物
であるような気がしてきたのだ。実際それは正解だった。ある意味では馬鹿馬鹿しい、しかし女性としてはある意味もっとも
幸福な補充手段を勢号は得ていた。
 ともかく改竄修正への助力の見返りである。
「キミが戦いの上覧を望むならオレは付き合う。だがオレ以外の人間を駒にするような真似は断る。討伐するしかない、改心
不可能な存在にオレをぶつけるのは構わないが、戦うつもりのない者を操るようなマネは……認めたくない」
 強い意志でそう言い切るソウヤにライザは面食らったが、すぐ面白そうに笑った。
「まったく。人間って奴はいちいち逆らいやがるな。あたらといいお前といい、オレの力を畏怖しつつも、信念って奴のため
に絶対引かないって眼光を放ちやがる」
「ライザ」。答えになってないぞと言いたげな二人称に「あー悪ぃ悪ぃ」と両掌で押しやるような仕草をしつつ、ライザ。
「わーったよ。約束する。無辜の人間を無理くりやって操るよーなマネはせん。あ、でも、辛い過去ゆえに迷い悪行に走り
かけてる奴をピックアップして、道ぃ踏み外す前に説得させにいった結果、お前がそいつと戦うってえのは、アリか?」
「それなら問題ない。苦しんでいる存在がいるならオレはできうる限り助力したい。例え聞き入れられなくても、オレが立ち
はだかった分、世界に撒かれる悪意が減るのなら、派兵される価値は充分にある」
 よし。じゃあ契約成立だな。頷くライザに「あのっ!」と切りつけるような声。
「あの、我輩もその戦いに使ってもらってもいいかな?」
「んー。別にオレとしちゃプレイヤーキャラが増えるから問題なしだけど……むしろそういうのは横の男に聞くべきじゃね?」
 戸惑ったようなからかうような声音にヌヌは右を見る。ソウヤ。難しい顔をしていた。
「羸砲。あんたまでライザの起こす戦いに付き合う必要はないんだぞ」
 まあそうなんだけど。豊満な胸を無自覚にぶるりと揺らしながらヌヌは言う。
「でも歴史改竄には我輩の前世だって絡んでるのだよ。ソウヤ君ばかりに押し付けるのは不平等じゃないかな。負担減らし
たいし。いいでしょ? どっちみち別の時代に送る時は一枚噛むんだし。ねっ。ねっ」
 青年の腕をとり、おもちゃでもせがむように身を揺らす法衣の女性。胸が左右別々にダイナミックな上下運動を起こすから
ソウヤは耳まで赤くなった。必死に目を逸らしながら「か、勝手にしろ……」とだけ呟いた。
「ブルル。あんたも助力しようと挙手しかけたけど、ヌヌのために空気読んで途中でやめたね?」
「ほんとお前、あいつらのために気ぃ使ってるよな」
 ほっといて。頤使者の長女と長男に慰められるブルルは不貞腐れた。
(チクショー。わたしだってソウヤへの恩義って奴を返したいのにヌヌへの配慮のため出遅れた! 頭痛いわ!)

(あたらを1号ライダーっぽいポジにして、ソウヤを2号に当てはめて、そんでブツかり合いつつ友情高めて巨悪を討つとか
……やれたらいいなあ)

 ライザは夢を見た。生き延びた先にある楽しい、破壊とは無縁の娯楽的な戦いを。それを敷ける未来を。


                                                     ──果たしてそれは、叶うかな? ──

「つー訳でだ。……来い」

 無造作に立ったまま戦闘開始を促すライザウィン=ゼーッ。

 武藤ソウヤ。
 羸砲ヌヌ行。
 ライザウィン=リュストゥング=パブティアラー。

 3人は各々の武器を構え──…


 2305年時点最後の戦いが幕を上げる。

 だが彼らは気付かない。
 これが最後の戦いではなく……むしろ始まりなのだと。

 やがて歴史は数多くの偶然と必然によって新たな始まりを迎える。
 無限にも等しい歴史改竄の果て『ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ』という徒花を産み落とし──…

 早坂秋水と武藤まひろ。

 運命の中出逢った青年と少女の物語に繋がっていくコトを。

 今は誰も気付かない。


 総ての元凶が既に忍び寄っていたコトを……ソウヤたちはこの時まだ、まったく気付いていなかった。

 最強を名乗り、最強の名に恥じぬ力を見せ付けるライザですら……見落としていたのだ。





「闇に沈め!! 滅日への蝶・加速!!!」
 初手はソウヤ。三叉鉾(トライデント)による刺突(チャージ)である。握り紐から煌々と噴き上がるターコイズブルーの螺旋
炎でジェットさながら水平に翔け抜けた彼の穂先がライザのみぞおちに着弾した。衝突のエネルギーが光波と化し舞い狂
う。仁王立ちのままのライザの胴体を抉りぬかんとばかり穿孔の進撃を続ける三叉鉾。それは猛烈な推進力との葛藤で揺れ
に揺れる。吹き荒ぶ風は青い緑みの青。ここは街。超大型台風の暴風域と見まごうばかりに痺れ踊る戦嵐は、街路樹をさ
ざめかし、数多くの看板が千切れ飛ばんばかりに揺らめかす。ライザは動かない。防御も回避も選ぶ気配がない。だが……
ソウヤは違和感に気付く。気付いた瞬間、若々しい精悍な金瞳を見開いた。
(違う)
 父譲りの蝶・加速。その推進力はこれまであらゆる物を弾き飛ばしてきた。人間サイズのホムンクルスはもちろんコト、
ソウヤよりも二回りは大きいウシ型でさえ命中すれば列車に押しのけられるダンプカーのごとく必ず後退させたのだ。
(なのに、なのになぜ…………これを受けて『立ったままで居られる』!?)
 身長130cmにも満たない、明らかに軽量級のライザが……『立っている』。蝶・加速を真正面から受けたにも関わらず……
立っているのだ。戦慄すべき事態だった。彼女は吹き飛ばされるどころか一歩足りと後退していない。その足の裏は蝶・加
速前から1ミリと下がっていないのだ。
「っ!」
 むしろ攻めているソウヤの方が掌に嫌な痺れを感じた。余人にそれを分かりやすく伝えるなら、金属バットで鉄塊を思い
切り叩いた……とでもいうべきか。しかもそれは継続して襲ってくる。『弾かれるほどの衝撃』なのに『弾かれぬまま居る』矛
盾が……恐ろしい。
(……オレはかつてこの感覚を味わった)
 防人衛。パピヨンパークでの殲滅任務の際、誤って蝶・加速に巻き込んだコトがある。衝撃を受けても瞬時に硬化・再生する
シルバースキンの感触は、ソウヤの推進力総てをダイレクトに跳ね返した。あまりに衝撃に手はおろか肩、果ては背中まで
しばらく嫌な軋みと疼痛に支配される始末だ。
(それを生身の相手から!?)
 ライザはシルバースキンを装着した様子はない。ジャージのジッパーを全開にしているせいで見えているTシャツを、ソウヤの
鉾は貫いているが、明滅する光の中で見えるのは明らかに素肌だった。少女趣味こそないが女性に弱いソウヤがうっすら頬を
赤らめ視線を逸らすほどに瑞々しい肌に、穂先は確かに当たっているのだ。だからシルバースキンは使われていない。鋭い
先端は「ぷにっ」という擬音がぴったりなほどに、柔らかな肌を窪ませているのだ。なのにそこから1ミリたりと進まないのが異常
だった。
「まさか体そのものがシルバースキン並みの硬度……なのか」
 ソウヤは思い出す。彼女の体にパピヨニウムなる鉱物が使われているコトを。特殊核鉄の原料たる鉱物を用いた体ならば……
それもありうるのではないか?
 ライザは笑った。
「安心しろ。オレの強度は人間並み……。市販の針でも刺し傷ぐらいなら作れるさ。10円玉いっぱい詰めた靴下で殴られる
だけでタンコブもできる。パピヨニウム使ってんのは骨だけなんだよ。肌や筋肉は人間並み……」
 蝶・加速の旋風と雷光と高熱の出所に居ながら平然と仁王立ち喋るライザ。声音は世間話をするような気軽な調子だが、
だからこそソウヤの頬と背中は濡れるのだ。
「けど、柔らけえ人間でも、攻撃された瞬間タイミングよく筋肉に力込めりゃダメージ軽減できるだろ? オレがやったのはそれ
さ。それだけだ。お前の蝶・加速のインパクトに合わせてちょっとだけ力を入れただけだ」
(たったそれだけでシルバースキンに匹敵する、か。やはり並みの相手ではないな)
 などという平易な感想を抱きかけたソウヤだが、戦意は母譲りの怜悧の赴くまま無意識に攻め口を変える。ライトニングペイル
ライダー戒(ハーシャッド・トゥエンティセブンズ)。進化の末、竜の頭を思わせる姿に変貌したその鉾の”口”が開いた。スピアー
ヘッドが左右にガゴリと開いたのだ。穂先が分割されそれらがライザの両脇腹のやや手前にスライドした瞬間、これまでの
鬩ぎ合いにすらなっていなかった膠着がようやく終焉した。元来の推進力の赴くまま前進する三叉鉾。ライザの両側に回った
竜の上顎部と下顎部が万力のように閉じた。「ほう」。垂らした両腕と胴体の隙間から噛み付かれた格好の少女は感慨深げ
に目を細めた。爆光と共に歩道を駆け抜けるソウヤ。溶けて流れて消えゆく景色。竜の口は圧殺すら辞さぬ勢いでメキメキ
閉じゆく。むろんライザは先だって見せた身体強度ゆえ無傷だが、みぞおちへの攻撃と決定的に違うのは、『挟み込んで捉
えている』だ。
「でやァッ!!!」
 推進はそのままに鉾を上げるソウヤ。観戦者たる頤使者(ゴーレム)兄妹たちは「ライザを振り落とすのか?」と思ったが、
しかし事実は上回る。
 まず穂先を仰角45度に設定したソウヤの首周りと両踵に明確な変化が訪れた。
 前者は黒いマントを、後者は一対の羽を、それぞれ纏った。黒いマントは、三叉鉾がソウヤの成長と共に獲得したフサフ
サの握り紐の別形態である。山吹色のマフラーに覆いかぶさる形の長いそれが流浪の民が如くぼろぼろに擦り切れた縁
から青白い炎を吹く。踵の羽根も同じくだ。ソウヤは……飛んだ。そして彼の目指す空の一点が、出迎えるようにカケラを
剥落させ暗紫うずまく漆黒の世界を覗かせた。
「アルジェブラとの連携攻撃……させてもらうよ」
 羸砲ヌヌ行の玲瓏たる声が響く中、その想い人は割れた空に飛び込んだ。行く手に霞んで見えたのは巨大な銃身だ。SF
アニメの宇宙に点在する人類居住用の円筒かというぐらい巨大で、ゆっくりとだが回転している。斜め下からそれを見たラ
イザは「お。こっからじゃよく見えないけど、口径たぶん月がすっぽり入るぐらいだな」などと呑気な感想を漏らした。
 その間にも推進は続いている。
 相変わらずドラゴンに噛み付かれたままのライザは、ダメージこそないが胴体を左右からギリギリと締め付けられている。
なお噛み付いているのは本来なら『刃』として使われるべき鋭利な部分だ。
(にもかかわらず、全力で当てているのに…………傷1つつけられない。ある意味ではシルバースキンより始末が悪いな)
 瞬間硬化再生の速度を上回ればダメージを与えられるのが防人の防護服だ。挟み続ければ肉体にダメージが通る目も
ある。もちろん”あの”元戦士長ならそうなる前に拳を叩き込んでくるだろうが、ライザはそれすらしていないのだ。挟まれるに
身を任している。なのに……万力のように締め上げる刃を浴び続けてまったく傷を負わないのだ。
(少し力を入れるだけで基本防御力がシルバースキンを軽々上回る、か。けど、これならどうだい?)
 銃身の上に浮遊するヌヌ行が腕を振った瞬間、銃身の回りに無数のブラックホールが現れた。直径はおよそ3〜4m。
決して巨大ではないが殺傷力は同サイズの金属プロペラと同じかそれ以上である。人間ひとりミンチにするのは、容易い。
「なるほど。ソウヤの推進力でブツけようって魂胆か」
「ええ。ついでにわたしの次元俯瞰で『強化』って奴をしてね」
 可愛らしいがどこか冷めた表情の少女がヌヌ行の傍で頭に手を置きつつ息を吐く。そのどこか退廃的な心情を示したよう
なシャルトルーズグリーンの洒脱な光がブラックホールとソウヤたちの中間点……というには余りにも前者に近すぎる地点で
複雑な長方形の図案を結んだ。それらが極限重力の場をすり抜けるように銃身方向へスライドし、散り散りの光の粒と化すや
漆黒の陥穽(かんせい。落とし穴)の数々が爆発的に膨れ上がった。最低でも大型レジャー施設の子供プールぐらいに広がった
ブラックホールたちは隣り合うそれらと複雑な重力の食い合いをしながら肥大化し、捩れた力の嵐を持って囚われのライザごと
ソウヤを引き寄せる。
「あー。こりゃ直撃したらかすり傷程度じゃ済まねえな……」
 ちょっとした銀河団ぐらいに膨れ上がった事象の地平線にさしものライザすら汗をかく。ソウヤは勝負を賭けているらしく、
表情を硬くしながらもなお一層の加速をする。
(ソウヤ君はきっちり助けるとしてだね。ふふん。どうだいライザ! 我輩とブルル君の友情タッグ!! いかに筋肉に力込め
ようと全身巻き込めばどっか1箇所ぐらいは傷つく筈!! ブラックホールだからね!! 呑まれたら重力ばっきばきだよ!!
小指のささくれがちょっとペロンってなって出血ーとか、そーいう傷ぐらいは……与えられる筈!!)
(……つーかブラックホールに投げ込んでも死なないだろうって前提で話進めてるのどーなのよ。頭痛いわ)

「ったく。そこまで頑丈じゃねえってのオレ。ささくれが剥ける程度じゃ済まないっての」

 ライザは溜息をついた。

「加減しろよまったく。幾ら最強たるオレでもな」

 さすがに死の危険があるのだろうか。ソウヤは思い出す。ライザの肉体が稼働限界を迎えつつあるという話を。ならやはり、
さすがにブラックホール相手では致命傷を負ってしまうのか。青年はそう捉え──…
 表情から思考を読み取ったのか、相手も頷く。

「そうだな。全盛期よりは防御力下がってるよ。認める。ブラックホールはやばいぜ」

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「なにしろ巻き込まれたら、あちこちスリ傷だらけになっちまうからな」

 ソウヤの思考はその瞬間二極化した。「スリ……?」と驚愕する部分と、それ故の油断を戒める心とに。冷静な部分は
ライザを咥えているドラゴンヘッドへの力を一層強めた。「スリ傷程度なら放り込んでも構わないな」、この場にいればそう
思うであろう斗貴子の無慈悲さを命の螺旋に宿していたお陰で、彼は一切の油断を削げたのだ。星空すらない擬似宇宙の
黔(くろ)い大海を昇る流星軌道が円状の激震を撒き散らした。それは轟ッと火を噴くマントのもたらした最終加速だった。
 更にソウヤは踵の羽のもたらす反重力場を思うさま蹴り上げて天蓋へ踏み込む。
 足元の遥か下に見える次元の裂け目が急速に遠ざかりそして見えなくなった。
 ソウヤはもう瞬く間にブラックホールの寸前にまでライザを運んでいる。
 敵たる彼女が設定した勝利条件その2は「かすり傷を負わせるコト」。
 おぞましい風の紐でこれまでソウヤが吹き散らしてきた生体エネルギーの光すら貪欲にカッ込んでいる虧缺(きけつ。穴。
欠け)の渦に放り込めばまず満たせるだろう。本人が認めているのだから間違いない。

「だからこそ、ま」

 戦闘開始からこの時点でまだ12秒。これまで竜の咬合すら振りほどかなかったライザがやっと明確な戦闘行動を取った。
 それはあまりに穏やかで、当たり前で、静かで、誰をも傷つけぬ優しさすら帯びていて。
 だからこそソウヤたちを愕然とさせる行動だった。

「シルバースキン。ストレイトネット」

 軽く曲げた肘の先で更に指をもクイっと曲げた瞬間、どこからやってきた無数のヘキサゴンパネルが、ソウヤの噴き出す
水色の輝きをギンギラと照り返しながら辺同士を次々と接合し……帯を作った。帯は蜘蛛の巣を構成するように整然と並び
やがてブラックホールとライザたちの間に、マトリョーシカのような、六角形の中に一回り小さいそれが無数の入れ子になって
いる幾何学模様をつくった。いずれも頂点が垂直の線で結べるほど整然と並んでいた。というより頂点同士を結ぶ垂直の線
をもヘキサゴンパネルの帯は実際造っており……そしてライザはそれら6本の線の交点に、つまりは入れ子構造の六角形
の中心に居た。逆説的に言えば彼女は自身を中心に蜘蛛の巣めいた幾何学模様を描いたのだ。

 そしてシルバースキンで造られた帯は……絶対に破られない。蜘蛛の巣に激突したライザと彼女を基点に直進するソウヤ
は、高層ビルからトランポリンに飛び降りたように網の目をギニューーーーンと伸ばした。

 ヌヌから落胆の溜息が漏れた。

「無数の武装錬金を扱えるマレフィックアース。ライザはその化身だ。キャプテンブラボーの防護服(フルメタルジャケット)も
当然使える、か」

 ネットを細長い円錐状に伸ばしている黒ジャージの少女は確信した。

(よし。これでブラックホールへの突入は防げ──…)

 ブツン。彼女の耳元で不気味な音が鳴った瞬間、加速が増した。増したというより……蘇った。再び急速に流れだす擬似
宇宙の景色。千切れて舞い飛ぶヘキサゴンパネルの帯を視界の隅に捉えるが、それすらも振動と共に遠ざかっていく。

「頭痛いぐらい想定どおりね。ストレイトネットで緩衝するなんざ読んでるのよこっちは」

 銀色の帯は勢号を守るように追いすがる。だが背景たる擬似宇宙より遥かに黒い飛翔物体に次々と寸断されていく。
それらの数は無限だった。虫か何かのように群れを作ったり或いは分かれたりしながら、ブンブンと飛び回り防護ネットの
形成を妨害する。瞬く間に帯はヘキサゴンパネルに微分された。のみならず六角の金属片すらボロボロに削り取っていく。
消滅した物も多数だ。
 絶対防御かつ修復能力すら湛えたシルバースキンが何故? 
 小首を傾げたライザは謎の飛行編隊に目を凝らし「あ」と驚きつつ喜色を浮かべた。
 眼球がズームアップしたのは、ボールペンほどの長さの鳥である。
「スピリットレス! 無敵の分解能力を備えた神火飛鴉(しんかひあ)でストレイトネットを寸断……か!!」
(ご先祖様が圧倒したっていうレティクルエレメンツ火星の幹部の武装錬金よ)
(マレフィックアースを降ろせるのはライザだけじゃないってコトさ)
 長い旅のすえライザと同じステージに立ったブルルである。彼女もまた他者の武装錬金を扱える。
(ただし習熟する時間はなかったのよね〜。威力は本家本元に及ばないのよ。頭痛いコトにさあ)
(故にストレイトネットが伸びきる瞬間を襲撃! そこでなら確実に寸断できるし、寸断したならオレの蝶・加速でライザから
遠ざけるコトができる。遠ざかれば例えシルバースキンを分解できなくても戦略構想に影響はない!)


 無数の武装錬金を操るマレフィックアース。その領域にブルルは先日目覚めた。だが同じくアースの優位性を振るえる
ライザはおよそ1世紀近くその恩恵を行使してきた。『経験』があるのだ。さらに元来の攻撃力で武装錬金を底上げできる
……というのも彼女の部下たる頤使者兄妹たちから聴取済み。

(だからブルル君は『使いどころ』を考えている)
(つってもわたしは頭痛いコトにさ、2部主人公みたいな頭脳戦、苦手なのよね〜。だから肉付けはヌヌに頼んだ)

【ディスエル】なるゲームで数々のペテンと戦略を披露した知略の女性。彼女は悠然と眼鏡を直す。

「力で遥かに上回るライザが相手なんだ。戦略ぐらいキチっと練っているんだよこっちは」

 詳細は後述するが、とにかくヌヌは両腕を広げながら歌うように、高らかに。述べる。

「ふふっ。我輩無理ゲ攻略動画が好きでねえ。強い相手の行動パターンを分析した上で、いまあるカードを最大限に活かす
……なーんてのはヨダレが出るほど大好きさ。ま、普段なら見るのが専門だけどね。戦いとあらば、ソウヤ君とブルル君の
ためとあらば少々の苦労は厭わないよ」

 銃身の上で、敵がいるであろう座標を文字通り「見透かす」ように超然と見下ろす女性。

「そうそう。先ほどライザが提言した勝利条件に『どんな小細工でなら楽に達成できる?』ってカオしたのは、アレが想定外の
条件だったからさ。流石の我輩もあんな楽な条件が来るとは思ってなかったからねえ。あ、もちろん困惑めいた表情の残り
半分は演技さ。戦略を練りに練ってここまで来たって見抜かれないためのね。(やーい引っ掛かったー! ウソつきなのも
役立つ場合があるのだよ!! バーヤバーヤ! ライザのバーヤ!!)」


「そして攻撃に特化した性格ゆえか、ライザ謹製の銀の肌の防御力は本家の75%ほどと見た! それならば習熟したての
ブルル君のスピリットレスでも充分分解可能だろう!! 行けブルル君! (やれやれ! やっちまえーー!!)」
「こらこら。子供丸出しにハシャがないの。頭痛いわ」

 しょうがない妹を見るような顔で微苦笑しながらブルルは手を振るう。
 遠く離れた銃身からでも、シルバースキンの帯たちが黒い影にギャリギャリと毟られ目減りしていくのが見えた。

(うーん。やっぱ体に力入れるのとは勝手が違うな。ま、オレの体の防御力は攻撃のため力入れるときの副産物みてえな
もんだしなあ。攻撃するつもりで体堅くした結果ディフェンスが強くなるってだけの話なんだ。それを使って鉾やら刃や凌い
でるだけだから、本質的にはまあ、防御にゃ不向き。シルバースキンやヘルメスドライブといった守りの武装錬金とは相性
悪いぜ)

 しかしスピリットレス。本来ならこの戦いのあと始動する歴史の中で活躍する筈の武装錬金を……なぜブルルは使えて
いるのか?

(そーいやメルが言ってったけ。『ディプレスもマレフィックアースの海に沈んだ』。ディプレスってのはスピリットレスの創造主
のコトだ。つまりメルの証言を元に考えると、この時系列にもディプレスが居て、だから奴の武装錬金をブルルが複製できた
……って考えるのが自然か。オレも幾つか時系列やら新しい歴史やら発生させたから、ディプレスの居ない歴史も或いはあ
ったかもだけど、とにかく、『この時系列』では、どうやら1995年辺りで死ぬ運命だったようだ)

 その彼が『2005年』まで生き延び数多くの災禍を振りまく新たな歴史が生まれようとは……このときのライザはまだ知ら
なかった。”この時は”、まだ。

(歴史上無数に存在した攻撃特化の武装錬金の中からスピリットレスをピックアップしたのは、ヌヌ、だろうな。奴は全時系
列の全データを把握可能だ。となると奴らの『戦略』ってのは……いや、いまはそれ考えてる余裕なさそうだぜ)
 上り詰めていく先には相変わらずブラックホールである。繰り返すが呑まれればライザは負ける。死にはしないが全身の
至るところにスリ傷が刻まれ……自ら設定した自らの敗北条件、「かすり傷以上の傷を負う」を満たしてしまう。

「それはツマらねえぜ!! 強い上にどうやら頭使って力量差埋めようとしてるソウヤたちだ!! オレはもっともっともっと
もーーーーーっと戦いてえ!! 一瞬で敗亡の条件満たして……たまるかだぜ!!!」

 黒い影が勢号の全身から溢れた。ソウヤは「何を浴びようと怯まずブラックホールに叩き込めば勝ちだ」とばかり瞬き
1つせず粛然と速度を上げるが、しかし影は彼を狙わなかった。ライザの背中へ集まったかと思うと、ぼこぼこと泡立ち
ながら尖っていき……やがて鍾乳石のような無数の尖りを算出した。
「礼を言うぜブルル」
「?」
 急に名を呼ばれた少女は眉を顰めた。顰めたがすぐ愕然と目を見開いた。
「まさか……」
「そう! ブラックホールがあるっつーならよーー!! 『防ぐ』より『分解』しちまった方が……早いよな!!」

 ライザの背面から無数の鳥が飛び立った。彼女もまた神火飛鴉の武装錬金を複製したのである。

(け、けど……このサイズは……!!)

 渡り鳥の群れのようにけたたましく次から次に湧出する影を見下ろしながらヌヌも言葉を失くす。彼女はスピリットレスの
本来のサイズを知っている。ブルルが先ほど複製したサイズがそうだ。ボールペンほどの長さと太さ。収束させるコトも可能
だが、本家本元たるディプレスですら、基本ボールペンサイズで運用する。

 ライザは。

 体長およそ2m。翼開長3.2mほどの巨大な鳥を無尽蔵に生み出した。

(……。本来の創造主ですら小さいのを100基操るのが限度だと言うのに)
(ライザの野郎は何百倍ものサイズを……数千発単位で撃てるようね。頭痛いわ!)
 宇宙の岩礁地帯が意思を持って動いている……そんな風景だった。ソウヤの眼前に広がる景色総てが黒い粒に塗りつぶ
されていく。元より夜の海面のようなブラックホールで黒一色だったが、今度は羽根アリが密集しているような禍々しい”蠢き”
が加味されている。(サイフェが差し向けた数千の自動人形すら……比にならない…………)。天文学的な蝟集(いしゅう)だ。
「シルバースキンのような守りの武装錬金じゃオレの攻撃力は殆ど乗せられねえけど……攻撃特化とあればこれ位の強化は
…………軽いぜ!!!」
 目を見開くソウヤにライザが軽々と言ってのける間にも鳥達はブラックホールへ突入していく。カラスを模した武器にも関
わらずレミングスのような行軍だった。それらが流し込まれるたび重力の破壊流はグングンと膨張していった。



                  万物はおろか光すら吸い込み圧壊せしめる超重力の権化。                  

                                      対                  

                    絶対防御のシルバースキンすら分解する神火飛鴉。



 矛盾の逸話にも似た組み合わせだ。(果たしてこの激突の軍配はどちらに……) ライザ以外の面々は息を呑む。結果が
出るまでわずか1秒足らずだったが、凄絶とも言えるほどの緊張が場を支配した。
 尚も膨らみゆくブラックホール。
 止め処なく叩き込まれる神火飛鴉。
 射出の勢いたるや、それを打ち出す発射台(ライザ)の反動がソウヤの蝶・加速を押し留めるほどである。

(減速だと……? 他の空間ならまだそれも納得できる)

 だが。

(いまオレたちは……ブラックホールに吸い寄せられているんだぞ! その加速すら蝶・加速ごと殺すというのか!?)

 しかもライザはソウヤをまったく攻撃していない。『ブラックホールに攻撃した』結果、反動で彼らの速度を削いでいるに
過ぎないのだ。(ん? なんか遅くなってねお前? なんで?)という顔すらしている。

(気付いていない……? つまりこれは偶然。反動でオレの加速をも削ぎにいく両得を目指したんじゃない。たまたまだ。
ブラックホールを攻撃した結果、たまたまオレの加速が……削がれた。彼女はそれに気付いていない。自分の攻撃がそれ
ほど強力という自覚すら……ないんだ)

 ソウヤは決定的な尺度の違いを悟った。ライザは力を誇示しているが、その実その強大さを完璧には理解していないの
だ。

(人間は歩くたび何億という微生物を踏み殺している。だがそれをいちいち気にする者はいない。ライザはそれだ。それな
んだ。歩くという単純な行為1つするだけで巻き起こる莫大な被害に対して無関心で……無自覚なんだ。人間と微生物ほど
の力量差がライザとオレたちの間に存在するというのに……彼女だけが対等と思っているんだ。軽めに踏み込みだけで
津波級の影響が出るというのに、『手加減してるから大丈夫だろ』と安心すらしている)

 人間の命をゴミのように扱う者をソウヤは厭悪しているし……恐れている。目に映る人々が殺されかねないからだ。
 ライザは厭悪の対象とは真逆だ。人間を認め、敬っているのが目に見えた。

(なのに、だからこそ、容赦がない。サイフェもそうだったが、彼女の場合は痛みを求めるが故の暴走に過ぎない。ライザ
は…………危害を危害と認識できる理性がある。だが匙加減がまったく分かっていない。手を緩めてもなお溢れ出る力。
自分に比べて人間があまりにも弱すぎるコトを、完全には理解できていないんだ。だからスピリットレス射出の反動が、蝶・
加速を削いでしまうという悪魔じみた偶然を生んでしまう)

 反動だけでソウヤはある一点から進めなくなった。あらゆる物を吸い込む巨大なブラックホールを前にして、だ。いくら
三叉鉾をブーストしようとスピリットレス射出の反動に押し留められる空間磔刑である。

(手が痺れる……。オレが狙われている訳でもないのに……)

 無限にも等しい数の鳥たちがグングンとブラックホールに呑まれていく。超重力の場の膨張はもう……止まらない。

 ぱき。ぱきぱき。

 始まりは小さな音だった。ゆで卵のカラの剥き始めのような些細な歌い出しだった。だが勝敗はその時点で誰の目にも
明らかだった。ヒビ。ブラックホールの一部にヒビが生じた。音でいよいよ勝利を確信したライザは薄ら笑いを浮かべながら、
トドメとばかり小型飛行機サイズの神火飛鴉をブラックホールに叩き込んだ。とっくに膨張しきっていた極限重力のフィール
ドはその一撃で決定的な瓦解を迎えた。

(……。スピリットレスがもともと重力分解すら成しうるのか、それともライザが扱った時のみ重力を壊せるのか…………。
いずれにせよ頭痛いコトは確かね。わたし同様黒い核鉄を宿していたヴィクターより強いってのは……確かだから)

 左胸に手を当てながらブルルは戦慄く。

 総てのステンドグラスが同時に落ちた大聖堂のような破滅的な演奏が擬似宇宙の世界に轟いた。ライザの背後すれすれ
に迫っていた銀河団サイズのブラックホールが粉々に割れ砕けたのだ。
 総てを破砕する超重力のカタマリ。しかし分解能力を有する神火飛鴉は、その身を圧搾する力場さえ道連れとばかり粉々
にしたのだ。ヌヌは冷や汗混じりに肩をすくめた。余裕ぶっているが、口元の引き攣りは、厳しい。

「参ったねえ。我輩自慢のブラックホールを……それも次元俯瞰で強化済みの代物を壊すとは」

 砕けゆく黒い場は残り火のように重力を残している。全身に降りかかる重力を、ソウヤは移動速度低下無効の特殊核鉄
で打ち消す。
(これが地形効果だけでなく、敵から受ける影響をも消してくれればいいのだが) 
 そうもいかないパピヨンパークからの現状、ウシ型の咆哮や真・蝶・成体の羽撃(はばた)きといった「移動速度をゼロに
する類の低下」までは防げない特殊核鉄にややもどかしい思いを抱きながらも炎を噴かして駆け上る。

(だが……敵の攻撃による移動力低下を防げたとしても、先ほどのライザの攻撃の反動……果たして殺せたかどうか)

 一瞬だけ受けたブラックホールの残り火の重力を思い出す。それはライザの「神火飛鴉を打ち出したコトによる反動」よ
り遥かに軽かった。カケラだから破壊前より弱いとも言いはるコトもソウヤはできない。現に先ほどライザは反動だけでブ
ラックホールの吸引を蝶・加速ごと抑えていた……。

(容易ならざる相手だが簡単に攻撃が通らないのも予想済み。まずは予定通り、今オレが使える最大の技を……ブツける!)

 特殊核鉄発動。

T    (01) …… 攻撃力20%上昇
U    (02) …… 攻撃力30%上昇
]W  (14) …… 必殺技強化


 ヌヌとブルルも気配を察する。

(出すようだね。サイフェを倒したあの技)
(あのとき特殊核鉄で攻撃力を高めなかったのは彼女を殺さず止めるため……。だけどライザが相手とあらば容赦はしない。
容赦すればやられる。それを本能で察しているからよ。少女な見た目なのにサイフェほど葛藤せず攻撃してる理由)

 スレた少女が痛む頭をこすったのと、ソウヤが真赤な光線で紡がれた図案を潜り抜けたのは同時である。ライザを避け
るように出現した共通戦術状況図が何をもたらすのか彼は知っている。

(『繋がりの力』。『連動』。攻撃の姿勢(フォーム)を最適化し、連動によって破壊力を引き上げるブルル独自の技術)
(これは他人にもかけるコトが可能!! 特殊核鉄+最適化!! よって威力はサイフェ倒した時の──…


5倍!!!


だよ!!)





「まずは三叉鉾モード。《トライデント》!!」


 ソウヤ。

 思案する間にも速度は新幹線ほどの速度に戻っている。半透明の雷雲と化したブラックホールの残滓の群れが時おり放
つ稲光に照らされながら彼は。ライザを。

 三叉鉾に挟まれた少女を巨大なスマートガンの銃身にブチ当てる。

 筈だった。

「っ!!」
 ライザの背後で金色の光が円を描いたと見るや銃身の外装の一部が虹色の空間に飲まれて消えた。
(シークレットレイル!! 本来は亜空間への出入り口を開けるだけだが、ライザは!)

  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 衝突する筈だった銃身の外装を直径2mの円状に斬り取って、ドアよろしく横に滑り込ませ亜空間に叩き込んだ。

「こっちはかすり傷負うだけで負けるんだ。サイフェみたく無防備に喰らってやる理由はねえよ」

 果たして虫食いのごとくぽっかり空いた丸い穴を通過し始めるライザ。彼女は目論みを挫いたとばか得意気に肩頬を
吊り上げるが、ソウヤの表情にいかなる動揺がないのを見ると、なにかを直感したのだろう。漆塗りの櫛のように綺麗に
揃った短髪を振りかざしながら振り返る。今しがた刳り抜いた銃身を……その断面に蠢く亜空間の裂け目を……見たの
だ。

 ヌヌは嗤う。
(シークレットトレイルで衝突を免れる……か。創造主(君)のDNAを含まぬ外装を力任せで亜空間に吹き飛ばすのは成程
確かに見事だが……それも想定のうちだよライザ)

 ライザの顔が硬直したのは、背後から、つまり先ほど忍者刀で斬り飛ばした部分の断面から、ドアよろしく亜空間に叩き
込んだ筈の銃身の外装が、無残に拉げながら飛び出したせいである。ライザの鼻先で地面と……厳密には銃口内部の床
面と垂直に切り立つそれは今、同じく垂直にピンと浮かぶ2つの円筒の狭間でメキメキと潰れていた。どうやら外装は潰され
つつ出てきたらしい。

 ブルルは瞑目。
(亜空間を使うのを見越したわたしたちは”罠”を仕掛けた。外装が放り込まれ次第発動する罠を。アンダーグラウンドサーチ
ライトという、亜空間に精製される内装自在の避難壕……わが師パピヨンの協力者たるヴィクトリアの武装錬金を)

 罠とは円筒で……美顔ローラーだった。ただしサイズは道路舗装が余裕でこなせるほど大きい。だから表面についている
ツボ刺激用の無数の突起はもはや凶器でしかなかった。中性子を圧縮してできている高密度高硬度の銃身の外装が、卵
の殻のように呆気なくバリボリと粉砕されている。

(やばい!! オレは最強だけどこんなん巻き込まれたら──…)

(内出血しちまう!!)

 常人の感性とはかけ離れた感想だが、ライザ自身は必死である。かすり傷1つ負うだけで負ける……という条件を提示
したのは他ならぬ彼女なのだ。内出血でも傷は傷。(負ったらちゃんと申告しないといけないからな。敗北ですって言わな
きゃならん)、最強で暴君の癖に妙なところで律儀なライザである。

(相手は命賭けてるからな。傷隠すのはありえん。傷負ってるの指摘されて逆ギレして約束を反故にしたりすんのはもっと
ありえん。下らんマネは好かん。傷負ったらちゃんと言う。言わなきゃいかんから)

 内出血程度でもライザにとっては致命的なのだ。

(楽しくなってきたのに、微妙な傷1つで闘いが終わりとかイヤだし!! もっともっと戦いたいし!!)

 なのに2つ美顔ローラーは悪いコトに、外装を破砕しながら猛然とライザの上半身めがけ突き進んでいるのだ。

(……。しまった。考えるのに夢中で接近を許したぞ……)

 アホの子だから一度に一つのコトしか考えられないライザ、軽くパニックに。

「あわわわあ!!? どひええっ!!?」
 同じ体格の少女ならまず間違いなく上半身を吹き飛ばすであろう凄まじい質量の襲来にライザは目を白黒させながら
拳を繰り出す。

 銃身の外装はローラーごと粉砕された。

(風圧だけで……か)

 接触を嫌ったのだろう。巨大な拳を模した風圧がローラーを粉々に砕くのをソウヤは黙然と見守った。

「あ、あぶねー!!」

 敵の悲鳴をどこからか聞いているのだろう。ヌヌはニヤリと笑う。

(だが今のも囮!)

 背後からの攻撃に気を取られるライザをそれまで咥え込んでいた竜の口がガバリと開く。開きながら上下の顎をそれぞ
れ中心部で分割し刃と化す。

「え? え? ……あっ」

 解放されたライザは何がなにやらと首を戻す。好機。美顔ローラーで作った隙を逃すソウヤではない。《エグゼキューショ
ナーズ》、母・津村斗貴子のバルキリースカートを模した4本の死刑執行刀が高速機動を始めていた。

 次元俯瞰図で戦闘の模様を眺めるブルルは頷く。

(サイフェを倒した六連撃は……まだ続く!!)


「死刑執行刀モード。《エグゼキューショナーズ》!!」


 二撃目に移行しつつもソウヤは銃口の中を翔けている。ライトニングペイルライダー戒が竜の頭を展開したコトによって露
出した骨格というべき三叉鉾の、その中で一番長い中央部の穂先を開戦当初よろしくライザのみぞおちにピタリとつけたまま、


押す。

      推す。

            圧す。


 上に向かって飛び、ひたすら押す。今居るのは銃口だが直径は月のそれとほぼ同じ。無限にも等しい闇が広がる空洞の
果てを目指してソウヤは飛ぶ。

 それと並行して。
 4本の死刑執行刀が。

 生体エネルギーの帯によって柄と接続された伸縮自在の4本の刃がライザを斬り刻まんと暴れ狂う。

 狙うは……右コメカミ。左肘と見せかけて右大腿部右側面。みぞおち。左アキレス腱。

 軌道も速度もまったく不揃いな、それゆえに対処不可能な斬撃だった。

「甘い!!」

 光と衝撃が4本総ての刃の腹を駆け抜けたかと思うと、加速状態のソウヤの体がぐらりと揺らめいた。傾く視界の中、
彼は見る。死刑執行刀モードにある三叉鉾の攻撃が総て弾かれているのを。だが同時に踵の羽根、アポジモーターが
微細な炎を四方八方に撒き散らしながら姿勢を制御。正体不明の衝撃で減じた速度も回復する。依然変わりなく暗黒
の中を疾走するソウヤ。弾かれた刃4本もまた強引に建て直し斬撃再開。

(オレの……いや、羸砲の予想が正しければいま《エグゼキューショナーズ》を弾いたのは──…)

 全方位全角度から振り下ろす死刑執行刀はもはや竜の一部というより獰猛なヘビである。その鈍い残光の軌道は
それこそメデューサの髪のように複雑怪奇を極めているが、邀撃(ようげき。迎撃)の閃光はそれ以上である。
 嚠喨(りゅうりょう)たる罵声を貴婦人然と鳴り響かせながら《エグゼキューショナーズ》を……

 阻む。

 阻む。

 阻む。

 ただ弾くコトもあれば十手で捻るような回転を加えるコトもある。
 横殴りに刃を吹き飛ばしたり、
 身代わりとばかり刃を受けたり、
 時おりライザの手足の回りで旋転し、彼女自身の体術を強化したり……。

「くっ!!」

 何十度目かの姿勢の揺らぎをマントや踵羽で建て直す。ミサイルの被弾続きの戦闘機のような有様だった。

(総ての行動が速すぎて見えないが……この使用法。間違いない)

 ソウヤは呟く。パピヨンとは違った意味で両親と縁深い男の武装錬金の名を。



「モーターギア。捻られるような衝撃は歯車に巻き込まれたが故、か」



 地上。頤使者兄妹たち。カタツムリのような自動人形から投影される戦いの模様を見ながら思い思いに呻いている。

「コッソリついて行かせたあたいの『リアルアクション』からの映像な訳だけど」
「モーターギアとは渋い選択だよねー。あれって攻撃力は最弱クラスだったよね? 力押し一辺倒なライザさまにしては珍し
いよ」
 ほえー。褐色の妹は顎をくりくりしながら背伸びしてスクリーンを見る。2倍近いタッパの姉がその目線基準で投影するだ
けあって、子供にはちょっと高めの位置なのだ。
「ま、ライザだからな。楽しみてえンだろ。高速機動を高速機動で迎え撃つ……燃える戦いの代名詞だぜこりゃ」

 レザースーツにギラギラした金の長髪な偉丈夫……ビストバイはニヤリと笑う。

「もっとも、あの戦輪(チャクラム)もまた本家そのままな訳がねえ。攻撃力はそれなりに底上げされてンだろうし、それに
何より…………速度が違え」

 獅子王はカラカラと笑いながら、ある意味ではソウヤにとって絶望的な一言を事もなげに紡ぐ。



「何しろたった2つの戦輪で4本の刃を凌いでンだからな。単純にいやあ小僧の死刑執行刀の2倍速えぜ」



 運命のイタズラか。ソウヤは何となく”ビストバイならこう評するだろうな”とほぼ同じコトを考えていた。更にこういう言葉をも
添えて。

(しかも必殺技強化の特殊核鉄で速度を高めた刃の……2倍、だからな…………)


 弾かれる1対の戦輪と……4本の刃。前者はライザの、後者はソウヤの、そrぞれの背後めがけて大きく弧を描いた。
 生体エネルギーによって柄と接合されている死刑執行刀は流石に吹き飛ばない。
 元通り内部の三叉鉾を覆うかに見えたドラゴンフェイスはしかし、ソウヤの背後に向かってガゴリと倒れ固定された。それ
はさながら鼎の足のようだった。といっても鼎より1本多いが、元より鋭角な三叉鉾のフォルムをより洗練するように、展開し、
可変し、それぞれの切っ先から炎を上げてソウヤの速度を高めた。

(矛先を頂点にした鉄塔を抱えてるみてえだな)

 ライザはそんなコトを思う。

 一方、先ほど弾かれたモーターギアは、丸い、巨大な土管のような銃身内部の壁に衝突し……力なく落ちていく。そんなモ
ーターギアとソウヤがすれ違ったのも一瞬のコト。昇るソウヤ。落ちる戦輪。やがて遥か足元から響いたのは、何かが、から
んからんと小刻みにバウンドするアップテンポな金属音。

 それを聞いたソウヤはチラリとライザのみぞおちを見る。(やはり刺さっていないし……傷もなし、か)。三叉鉾は相変わらず
皮膚をヘコませているだけだ。真暗な銃口の中でそれが見えたのは推進に使う生体エネルギーの輝きあればこそだ。
(刺さっていないが……ライザを空輸できるだけマシ、か)
 突貫力は変わらず健在。相変わらずソウヤの背後では淡い水色の光が螺旋を描いている。それを少しなぞるように
旋回とひねり込みを加えつつ巨大な円筒の中を飛びぬけるソウヤ。蛍のような淡い自家発電に炙られながらぽつり呟く。

「まさか半分の手数さえ突破できないとはな。どうやらキミのモーターギアは生体電流の充電無しでの稼働が……つまり
実質、遠隔操作が可能という訳か」
 本家本元ならある筈の「充電によるタイムラグ」がなかった。それが数で2倍する刃を凌げた原因の1つ……。指摘する
ソウヤにライザは困ったように顔をしかめた。
「よく言うぜ。機動性や運動性で死刑執行刀を遥か上回るオレのモーターギアを、お前はブルルやヌヌの加勢なしで凌ぎ切
りやがった。っと。さっきの避難壕の罠がそれかも知れんがまあいいぜ。自信失くすぜ。隙作られよーがよー、オレなら充分
巻き返して、ライトニングペイルライダーの刃1本ぐらいはヘシ折れるって信じてたのに……できんかった」
 へらへらと笑うライザの足元の、遥か彼方の闇で2つの光が煌いた。それはリモートコントロールによって再動した戦輪た
ちで、光が現創造主の網膜に届くころにはもうソウヤの後頭部の髪を幾つか斬り飛ばしていた。ほくそ笑むライザ。
(お喋りやったのはオレに注意引き付けるためなのだ! ケケッ! ここまで隠してた最高速度だぜ! いけー! 喰らえー!)

 危機。だがソウヤは瞬き一つせず乾いた声で呟いた。厳密にいえば、彼の顔を見たライザが「聞いた」ような気がした。
旋転する歯車が脳幹から数10cm圏内に到達……などという喫緊にもほどがある状況だったから、ひょっとしたら彼は何
も言わなかったのかも知れない。一瞬で言うには長すぎる言葉だった。

「言ったはずだ。『遠隔操作できるんなだな』……と」
「え……?」
 混乱するライザ。だが無意識の海は正答を描く。(ソウヤはモーターギアが遠隔操作できるのを知っていた→なら不意打ち
で飛んでくるのも当然読んでる→しまった、じゃあ不意打ちの意味がねえよなコレ!)
 という隙すら、彼は衝いた。卑劣な相手には容赦しないとばかりに。

「燃料気化爆弾モード。《サーモバリック》」

 銃身の中、本来なら弾丸が通るべき円筒の洞窟の中、ソウヤから2mほど手前で鉾と加速に縫いとめられているライザを
中心とする”球”の範囲が突如として爆発した。

「ぎゃああ!! 熱い!! 熱いいいいい!!」

 ライザは火達磨になった。真暗な銃口の中で紅蓮の炎を点したまま突き進む三叉鉾は聖火リレーの参加者のようだった。

 一方、2つのモーターギアが後頭部に迫っていたソウヤは事なきを得ていた。
 ライザ爆発とほぼ同時に、頭皮に接触した戦輪が両方とも蝶・加速の酸化現象に見舞われ、爆光と共に粉々に砕け散った
のだ。
 たなびく噴煙。戦輪の死灰(しかい)と思しきじゃりじゃりした黄土色の霧が、ライザという巨大な火種で赤黒く照らされた
円筒内部に一瞬だが立ち込めた。そこからライザともども飛び出したソウヤは粛然と呟く。

「モーターギアに削られた刃を少しずつ《サーモバリック》の、液体燃料の粒に変えておいた。武装錬金も生体エネルギーも
元はオレの精神、だからな」

 この3日でソウヤはその両方の使い分けが可能になるよう修練した。

「そして液体燃料の粒は少しずつだがキミの体や衣服に染み込んでいた。高速で動き回る死刑執行刀から発せられた液体
燃料がキミに振りかかるのは自然な話。もっとも予定では次の次元俯瞰の補助に使う筈……だったんだが、不意打ちされ
た以上、やり返すのは当然だ」

 ちなみに戦輪を爆破したのは《サーモバリック》から己を守るための結界……爆発反応装甲だ。
 突き進む風が松明のように燃え盛るライザから炎を剥がす。現れた彼女はしかし……無傷だった。
 白い頬が煤に塗れ、黒ジャージがあちこち破れているが、目立った外傷は特にない。
 そして彼女は『何故か手にしていたガスマスク』を、やってられるかとばかりポコンと足元に叩き付けた。空中だから叩きつける
べき床はないが、衝突は自体は何秒か後になされたようだ。遥か足元から何かが落ちる音がした。

「うがああ!! ちくしょううう!! 《サーモバリック》なら読んでたのぃーー!! ブルル! くそう!! ブルルー!!」

 笑い泣きしながら噴水のような涙を流す……やや古典的な表情で悔しがるライザ。なぜブルルを呼ばうのか、その理由は
銃身の上の女性陣の思考と突き合わせれば自ずと分かる。

(《サーモバリック》の爆発を、エアリアルオペレーターの特性で『酸素濃度ゼロ』にして回避……なんてのも予測済みさ)
(だから前もって用意してたのよ。こっちもあのガスマスクをね。そんでライザが気体調合するよりちょっと早いタイミングで
あの場に瞬間移動、ゼロになった酸素を元に戻した……どーかしらこの頭痛くない手回しッ!!)

 仮にブレイズオブグローリーの火炎同化で凌いだ場合は、それこそライザよろしく酸素濃度を下げていた……ヌヌは特に
どうという感慨も浮かべぬまま淡々と述べた。

(しかし……特殊核鉄と、わたしの『最適化』で極限まで強化された《サーモバリック》の大爆発が直撃して無傷とはねえ。
なんらかの防御障壁を展開したんでしょうけど、だとしてもかすり傷1つ負いやがらないのは……頭痛いわ)
(『対応を予測され、あろうコトか同じ武装錬金でツブされる』……。ハロアロならコレで逆上してペース乱してくれるけど……
ライザはどうも反応を見るに根っこの部分は温厚のようだ。拗ねたり駄々を捏ねたりはするが、『ブチ切れ』という思春期
以降に形成・固定される歪んだ精神構造の吐き出すドロドロした状態には……なりそうにないねありゃあ)

 良くも悪くも子供なのだ。感情をその場その場でポンポンと小気味良く爆発させて溜め込まない性分だから、鬱屈という
奇怪な力学構造を有さない。虫歯のようにジリジリと脳髄に焦げ付くドス黒い心境がないから、己を見失うほどの『理性的な
怒り』に支配されるコトはない。己が正しいと信じるからこそドツボに嵌る怒り……を有さないのだ。

 ライザの怒りは『感情的な怒り』だ。正しい正しくないうんぬんより、まずはとにかく自分の感情をぶっ放したいだけだ。
そしてそれが済むと周りの反応に対する感情に染まる。或いは発露によって切り替わった感情に。

「ああクソ。数多の武装錬金を複製できるブルルを、ゲーマーで、ハロアロすら嵌める程、のーみそいっぱい詰まってるヌヌ
が補助するとか……最悪すぎんだろ。やなタッグ! チクショー。うぅ」

 ションボリと肩を落とすライザだが、子供だから次の感情にすぐ染まる。気分屋とも言えなくもない。

「あ、でも、なんかいいなコレ! 弱い部分を補い合って戦術を組み上げる……ってえのはビストたち3人ですらしなかった
コトだ! 面白い。面白いぜソウヤ! 意外に善戦してるよなお前ら!」
(善戦、か。まったく本気を出してない相手に3人がかりで挑んでいるのに、こっちはかすり傷1つ与えられていないんだぞ)
 呆れたように瞳を細めるソウヤ。頬を汗が伝う。
(だがこの程度の実力差は予見できたコト。戦況がどうあれ……オレはオレにできるコトをするだけだ!)                                                        
 黝髪の青年は、いつの間にか柄から放している右手を突き出し、新型特殊核鉄を見せ付けるように発動する。


「共通戦術状況図モード。《ブラッディストリーム》」

                               コモンタクティカルピクチャ-
 先ほど爆風が吹き荒れたライザの周囲に、今度は共通戦術状況図こと『CTP』が展開。高い輝度を有する図案を潜り抜
けて襲来するのは肥大した無数の穂先。ピラミッドの先端に匹敵する大きさのそれらが容赦なくライザを包囲する。

 三叉鉾とは本来フォーク型の武器である。刃4本が後ろに展開したコトによって露出したライトニンペイルライダー内部
の鉾は、古代ローマ時代、フュスキーナと呼ばれていた頃そのままの形状……アルファベットの「E」を丸っこく歪曲したゆな
形である。中央が一番長く、他2本は控えめだ。燭台にも似た形のそれらの内、ソウヤから見て一番上の鉾は今、銀色の
長方形の図案に埋没している。図案はいうまでもなく新型特殊核鉄由来のCTPだ。一番上の鉾の「数」と「大きさ」の次元を
引き上げ強化し…………ライザを襲撃する穂先へと造り替えた。

 といった概要を見るだけで掴んだのだろう。ライザは先ほどの言葉を噛み締めるようにもう一度……呟いた。

「面白い。実に面白いぜ」

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「実力を1割程度出してやってもいいかなって思えるぐらいにゃ……面白いぜ」

 一薙ぎ、だった。ライザの右腕が水平にビュシュルッと残像すら見えないほど振りぬかれた瞬間、全方位から殺到中の巨
大な穂先およそ3ダースが総て悉く粉々に粉砕された。

「ノイズィハーメルン……!」

 ソウヤは聞いたコトがある。ライザが部下3名の連携を、鉄鞭1本で凌いだという話を。攻撃力だけなら市井の鉄鞭と変わ
らぬそれを、ライザは自分の膂力で強引に底上げし……半径3km以内の敵総てを自動で叩きのめすほどに進化させたと
いう。

「一応まだ加減はしてやってるけど……やれやれ」
(加減……だと)

 周囲は獰悪な大蛇の群れが狂い舞う1つの地獄だった。第二波、第三波の穂先たちが、たった1本の鞭に、しかし使い手
の莫大な闘争本能によって極限まで強化されたノイズイハーメルンに殲滅されていく。ワゴン車をも凌ぐ全高と全長の三角錐
した穂先が閃光と共にダダダンと削り取られて瞬く間に小さくなるのを見た瞬間、ソウヤは……確信する。


(破壊力も速度も、オレの《エグゼキューショナーズ》の乱撃より遥かに上……。これでまだ加減していると言うのか……)


 恐怖を悟り興醒めしたのか。それとも別の理由なのか。
 ライザは溜息をつきながら、まるで独り言のように呼びかける。

「ソウヤが新型特殊核鉄でアクセスしている四次元へ、更の上の次元から干渉。激戦の特性を、次元俯瞰版ペイルライダー
に与えた……だろ? ブルル」

 名を呼ばれた少女は、戦闘区域から遥か離れた銃身の上で頭を抑えた。
 ライザの周囲を漂っていた瓦礫の雲が、パズル作成の動画のようにパキパキと組み上がり無数の穂先へ復元を遂げた
のは正にブルルが頭を抑えた瞬間である。

(ああもう。読まれたし!! 『壊したはずの穂先が蘇って襲ってくる』ってえ虚の突き方したかったのに!!)

 風向きの変化を感じるソウヤすら意に介さない様子の暴君は首をくるりと回し……見渡す。
 四方八方から迫る穂先を。
 どれほど鞭を当てようが再生する穂先を。
 それらはソウヤと共に上昇中のライザに追いすがってくる。叩いても叩いても、迫ってくる。

 彼女は「うーむ」と軽く唸った。

「次元俯瞰によって相手の、オレの、『存在』ってえのを1つも2つも上の領域から叩き潰せるようになった無数の穂先が」

「高速自動修復を得た、か。それなりに本気で鞭ふるってるけど、どれほど壊そうが無限に再生するんだよなー」

 ゲームでいうなら一撃死をもたらす敵が無限に湧いてくるようなものだ。
 しかもそれらは、最強攻撃を幾らブチ込もうが瞬時に回復する。

 一般人なら言うだろう。悪夢としかいいようのない光景だ……と。

 暴君は、どれほど砕こうが再生し追いすがる無数の穂先を再びゆっくりと見渡し──…

 双眸を輝かせた。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「トレーニングモード! トレーニングモードだコレ!!」

 鉄鞭の動きが目に見えて速くなった。打ち据える力も増した。鞭自体の長さも増しているようだった。どれほど攻撃を叩き
込んでも回復するのなら、むしろ安心して加減なく叩きのめせるとばかりライザは楽しげに口角を歪ませた。


「ふふふふ」

「ふははははは」

「はーっはっはっは!!!」

「楽しいぜ! お前ら本当……楽しいぜ!!」


 哄笑をあげ穂先たちを粉砕し続けるライザにソウヤの肝が徐々にだが確実に温度を下げ始める。

(目の前にいるオレを倒せば済むのに……遊んでいる。オレなどいつでも倒せるというコトか…………!!)

 高まる鞭の攻撃力。とうとう穂先を舐めるだけで爆発するよう成り果てた。勾配斜めの蝶・加速で上昇するソウヤの周囲
で夕焼け色した無数の火球が膨れ上がっては消えていく。それでも穂先は煙や炎の中から現れる。灰色の襤褸(らんる。ボロ)
も紅蓮の薄絹も纏わりつく物みな総て等しく向こう側からビリビリと張り裂きながらライザに殺到し……砕かれる。

 激戦という十文字槍の高速自動修復は莫大なエネルギーを使う。本来の創造者たる戦部厳至ならば戦闘そのものへの
昂揚や『弁当』と呼ぶホムンクルスの残骸から摂取できるがブルルは違う。戦いにはいつもどこか及び腰だし怪物を喰らう
奇癖もない。

 つまり穂先の修復回数は有限なのだ。にも関わらずライザはトレーニングモードのような無限回数を前提に攻撃している。
『破壊されるが修復もする』一見互角の戦況だが、このまま行けばブルルの精神力が先に尽きるのは明白すぎるほど明白
だった。

 そして修復の途絶は……彼女の予想よりも早く訪れた。

 何百回目かの笞撻(ちたつ。鞭打ち)を浴びた穂先が瓦礫の雨となって落ち始めた。しかしライザの手は止まらない。鞭は
尚も吹き荒れた。といっても粉々になった穂先を更に念入りに破壊するためではない。単に、止まらなかっただけだ。勢いよく
振り回してきた数百メートルもの鉄鞭だから慣性の赴くままのたうったのだ。

「そうなるだろうと……思っていたわ」

 粉々の穂先同士が輝く線分で結ばれた。粉々の破片という「点」たちの間を光線が駆け抜け星座などより遥かに複雑な
紋様を描いていく。それは穂先1つ1つを元通り繋げるチャチなスケールではなかった。隣や上下を漂う別の穂先の破片
とも次々接合され、あっという間に複雑怪奇な多面立方体と化した。加速衰えぬ鞭はその多面立方体の「面」あるいは「点」
に向かって風を切り裂き確かに向かう。

(……!! 待て。コレって!!)

 符合するものを慌しく手繰り寄せるライザの脳髄の努力をあざ笑うようにヌヌは告げる。

「ロッドの武装錬金。マシンガンシャッフル」
(の、反射モード!!)

 ホワイトリフレクションという名に恥じぬ白いエネルギー光線に綾なす面や点に無数の鞭の残影が直撃した瞬間、その
6倍近い衝撃波がライザに向かって轟然と跳ね返った。

(わたしのご先祖様の武器と技よ。『壊れたものを繋ぎそして操る』。高速自動修復をエサにすりゃチョーシこいて壊しまくって
『媒介』たる破片大量に撒いてくれるだろうってさあ、わたしもヌヌも信じていた訳なのよ)

 最初から払底するのが見えていた高速自動修復に、いつまでもかかずら合うつもりはなかったようだ。

「やばい……迎げk…………」

 振り上げた鞭が先ほど生じた衝撃波に斬り飛ばされた。のみならず断面から高速で走りぬけた亀裂がとうとうライザの掌中
にある柄まで駆け抜けた。ぱりん。鉄製の鞭が粉々に砕けた。瞠目するライザ。幸いにも掌に傷はないが……彼女は一瞬、
言葉を失くした。

(ホワイトリフレクションは受けた攻撃を倍にして返す技。それをわたしの次元俯瞰で更に6倍まで高めている! いくらライ
ザの鞭でも受ければ頭痛いって泣き喚いて砕かれる!!)
(さ、これで彼女は丸腰。加減していたようだがそれでも超攻撃力といえるレベルの攻撃の、更に6倍の威力を……四方八方
から受けたまえ。さすればかすり傷ぐらい……負うだろう)

 ライザは呆然としていたが、ふとソウヤを見て、思いついたように一言告げた。

「あのさ。不意打ちとかしないからさ」
「?」
 何か攻撃でもするのだろうか。警戒を強めるソウヤに彼女は困ったように頬を掻きつつ微笑んだ。
「目、閉じてた方がいいぜ」
 言葉の最後を遮るように、厚い布地がバサリと広がる音がした。その元凶を見たソウヤは……色々な意味で言葉を失くした。

 ライザが持っていたのは。

 巨大な突撃槍(ランス)だった。

 ソウヤの三叉鉾に似た、ドラゴンフェイスの槍である。竜の後頭部に当たる部分からは立派な山吹色の飾り布が生えている。
堂々と、そして轟々と。蝶・加速の風の中で”はためく”それをライザはソウヤと自分の周囲で円を描くようにグルリと張り巡らせた。

「エネルギー全開! サンライトフラッシャー!!!」

 真暗な銃口の中を圧倒的な光量が貫いた。明るくないのはライザとソウヤを中心とする数メートルの円だけで、そこだけ黒く
繰り抜いたようだった。
 あとはもう純白、である。
 原色が山吹色にも関わらず、圧倒的な闘争本能によって極限まで輝きを増した光はただただ目を毒するだけの真白な閃
光だった。
 その圧倒的な波濤に巻き込まれたホワイトリフレクションのカウンターアタックの衝撃波が総て……爆発し、掻き消えた。
 多面立方体もまた、それを構成する穂先の残骸ともども白く灼かれて消失した。

(フ、フザけるな)

 音で総てを察したソウヤの、三叉鉾を握る拳が戦慄いた。父の武装錬金を使われたコトに屈辱を感じた……のではない。
その程度なら予測していた。相手が無数の武装錬金を使えるのなら、挑発や動揺を誘うためむしろ積極的に使うのだろう
とさえ思っていたし……父母たちのトレードマークを破壊する覚悟だって固めていた。
 なのにソウヤの心が乱れたのは、単にライザが、規格外れだったからだ。
 一応忠告どおり目を閉じている彼は、思う。

(そうだ。フザけるな。サンライトフラッシャーは、サンライトフラッシャーは……本来)

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
(ただの目晦ましだぞ!!?)

 にも関わらずライザは、『超攻撃力と評されるその剛腕の6倍もの威力を誇るカウンター』を、『目晦ましにすぎない技』で
壊滅せしめたのである。

 ぽかーん。そうとしか形容できない顔を銃身の上でしていたのはヌヌである。大口開ける彼女の下顎は、関節が外れた
と見まごうばかりに極限まで下がっている。理知的な容貌ってのが台無しね……ブルルは頭を押さえた。

(だ、だって、カズキさんの技の、ここっ、攻撃力ゼロな技の方で迎撃されるなんて、よよっ、予想外だよ!?)
(……ま、気持ちは分かるが。あんた一応サンライトハートの使用までは読んでたけど、『蛙井の子ガエルを倒したり、鷲尾
戦で着地の衝撃吸収した方の破壊力あるエネルギーの方を使うだろう』っていう、極めて常識的な予想しかしてなかったもん
ね……)
 そりゃ頭も痛いわ。慰めると、涙目な法衣の女性はずびずび鼻を鳴らしながら頷いた。
(真希士さん事件のとき、全力出しても公園の遊具照らすだけで壊したりしなかったフラッシャーすら、今見せたような圧倒的
破壊力に昇華するとか、ライザ、ライザの攻撃力、どんだけ…………!!)

 光が晴れた。「どうだオレすごいだろ」という顔をしているライザの上下左右と前後から無数の光線が迫っていた。

「あれ?」
「羸痩砲身銃モード。《アルジェブラ=サンディファー》」

 ソウヤは間髪入れず新型特殊核鉄を発動していた。フォーク型の三叉鉾の「下」の切っ先が轟然と噴いた大口径の光線
はいま、確実にライザを取り囲んでいる。

(目晦ましに乗じて発動した羸砲の技!! 模倣品だが当てれば傷の1つぐらいは……!!)

 黒ジャージの少女は盆を運ぶウェイトレスのような手つきをした。その掌の上に浮かび上がったのは一匹の白い蝶。彼女は
その燐粉を前頭部の周囲にファサァと撒いた。蝶は燐粉で出来ていたらしく、瞬く間に消え去った。

(ニアデスハピネス? ……じゃない!! 白い蝶は、白い蝶は確か……!!)
「アリス・イン・ワンダーランド」

 無数の光線の方向感覚が狂った。ライザの顔すれすれで総てがUターンした。ある物は虚空に消え、ある物闇はおろか
遥か遠くの銃身すら突きぬけ擬似宇宙に消え去った。
 そしてあるものは後続する光線とぶつかり合う。小石を投じた水面を超スロー再生したような瑞々しい王冠形の飛沫をあ
げながら対消滅するビームたち。

(いや、私のアルジェブラのビームって、ただのビームじゃなくてだね、歴史改竄をするための時間的なエネルギーの凝集
なんだよ? 新型特殊核鉄に模倣されたバージョンでもそれは同じなんだよ。対するアリスって元は人間の方向感覚狂わ
せるだけだよね? なんであれっぽっちの量で、歴史変えるための超エネルギーでできた光線を誤誘導できるのさ…………)
(何言ってるのよ……。わが師パピヨンのご先祖たるバタフライよろしく、収束させてトラウマ精神地獄を見せないだけまだ
マシよ……。たった一握りのチャフで100発以上のビーム砲撃屈曲させるのも大概だけどさあ、あのバカみたいな高出力
でトラウマ見せにかかったら、たぶんわたしたち、一瞬で精神崩壊して廃人まっしぐらよ。頭痛いとかすら思えなくなるのよ)

 はぁ。ヌヌとブルルは同時に溜息をついた。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「いや、一応やるだろうとは思ってたんだけどさあ」

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「うん。チャフの予想量の一割どころか一握(いちあく)で済むってトコだけは想定外だよ……」


「…………?」

 ライザはふと右を見た。先ほどそちらで消えた光線の後にちょっと違和感を感じたのだ。彼女は明かりを見た。淡い水色の
輝きが、自分とソウヤを併走するように走っているのを。

(ん? なんだ? なんか来てる風だけど、攻撃……じゃないよな?)

 瞼がピクリと動く。輝きの中に映る自分を見つける。鏡? 考えた瞬間虚像は、高さおよそ8mはある巨大なアルファベッ
トの横文字を経て、巨岩ほどある警察署の地図記号のようなオブジェに塗り替えられた。それが下方へ流れた瞬間、今度
は不規則な紐の羅列が目に入り始める。紐というより荒縄だ。綱引きの綱を5本ほど縒り合わせたような、夫婦岩をも縛
れるであろう長大で太い紐が……『何かを縛っている』ようだった。

 とそこまでライザが見た瞬間、紐たちが導火線の如くコバルトブルーの光線を迸らせ始めたではないか。
 彼女の脳髄で何かがガチリと噛み合った。

 右で消えた光線の違和感。
 傍を流れた鏡などの不可思議な物体たち。

 一見無関係なそれらが脳髄で組み合わさった瞬間、ソウヤの背中に巨大な円盤が接触した。


「ライザは気付いたようだけどもう遅い」
「確かにさっき彼女はチャフで光線と光線を相殺したよ。『左側の物』に限っては、だけどね」


 ソウヤに接触した円盤は、紐を走る謎の光を彼に伝えた。三叉鉾から吹き上がる光がその眩さを一気に増した。内蔵の
鉾の「E」の中央部が根元から離断し、エネルギーに穂を接(つ)がれながらライザを前へと押しのけた。


「……っ! やるな! ヌヌ! ブルル!! さっきオレの右で相殺されたかに見えた無数の光線は……」

「吸収、されていた!!」

「いつの間にか右側に刺さっていた、巨大な、巨大な──…」

「ソ ー ド サ ム ラ イ X に ! !」

 もはやライザの足元の遥か下と化した先ほどの空間で。

『次元俯瞰によって東京タワーほどの高さになった』日本刀が……消滅した。


(鏡写しの光線が鏡に映ってしぶきを上げれば、誰だって相殺したと思うだろうねえ)
(あの刀の特性はエネルギーの吸収と放出。コピー元が時間的なビームのエネルギーまで吸収可能かどうかは知らない
けど、次元俯瞰によって強化したわたしのソードサムライXなら……できる!)

 そして新型特殊核鉄の放ったアルジェブラのビームを吸収。ごく微量だが、ライザが反射に使ったチャフのエネルギーも
吸収している。

(奴がもっと強力なカウンターを使ってくるのを期待してたけど……そのカウンターのエネルギーをも吸収したかったってのが
実情だったけど…………)
(チャフで作った蝶1匹分ではねえ。余り足しにならないよ)

 先ほどの動揺と落胆はつまり『相手が強すぎるせいでエネルギーの収穫量が少なかったせい』らしい。

 ブルルは、言う。

「そして次元俯瞰したソードサムライXの飾り輪は……接触した者にエネルギーを譲渡するコトが可能よ。譲渡された側は
どう使うか選べる。ソウヤの場合は……生体エネルギー、でしょうね」

 三叉鉾の原動力がそれだから。ヌヌも頷くが顔色はやや浮かない。

「とはいえ最後の六撃目のエネルギーは予想より少ない」

 ライザがカウンターを僅かな力で行ったせいだ。

「サイフェを倒した技。ソウヤ君はその最後の攻撃を、新型特殊核鉄由来のアルジェブラの砲撃、時間エネルギーのみか
ら賄うコトになる。……いや、それはそれで私とソウヤ君の合体攻撃って感じで凄くキュンキュン来るんだけどね、そーいう
のが弱くて不発ってのは、愛の証的にどうかなって思うんだ」
「……あんた本音ダダ漏れよ。頭痛いわ」
 失礼。法衣の女性は眼鏡を直した。

「とにかく出力が予想以下となると……『アレ』しかないねブルル君」
「……そうね。ちょっと馬鹿げている感もあるけど、『アレ』ぐらいしか打開策なさそうね」

 果たして奏功するだろうか。女達は生唾を呑んだ。




「エネルギー全・壊!!」

「全・壊!!」

「全・壊!!」

 父の「全開」をもじったに過ぎぬ筈の言葉はいま状況どおりの言葉である。全壊。体よ壊れろといわんばかりに、総ての
エネルギーを放出していく。肌が裂け肉が破れる。鮮血が服のあちこちから噴き上げた。

 精神に答えるかのように相棒は……ライトニングペイルライダー戒は、ぐんぐんとそのフォルムを膨らませていく。
 口を開き、その上下すら左右にバカリと開けた特殊な形状の三叉鉾の余白というべき部分一帯に薄いシアンのエネルギー
がきらきらと充満していく。いつしか鉾は、2m前後だった鉾は、3m半ばという巨大なサイズへと膨れ上がった。


「なるほど。それならオレのみぞおちにも……傷、つけるかもだぜ」


 何しろ時空改竄のエネルギーを使ってんだからな。余裕あふれる太鼓判が終わらぬうち、ソウヤはとっくに飛んでいた。大型
トンネルのように湾曲している銃口の壁を蹴り、天井に足がつくよう半回転しながら……力ある言葉を解き放つ。

「闇に沈め! 滅日への蝶・加速!!!」

 青年はあっという間にライザへ肉薄し──…

 やがて2人は大爆発に包まれた。




 遡るコト3日前。

「戦略?」
 武藤ソウヤは羸砲ヌヌ行の言葉を問い返した。場所は頤使者兄妹の住まう遺跡である。その前日彼がサイフェともども
内部で暴れたため、部屋はあちこち破壊痕が刻まれている。(滞在はサイフェ戦&ブルルアース化の翌日から3日間である)
「そうさ。戦略だよ。ブルル君は目的どおりアース化を手に入れたが、それでもなお我輩たちとライザの実力差は相当なも
のだ」
「奴はわたしたちが辛うじて退けたビストたちさえ3人まとめて無傷で下せる実力の持ち主だもの。頭痛いわ」
 この時はまだベールをつけていたブルルは溜息。
 成程な。顎に手を当てたソウヤは少し考える仕草をした。
「ライザは総ての武装錬金を扱える。しかもその攻撃力はいずれも本家以上……対策を講じていかなければやられる、か」
「そう。そのとおりだよソウヤ君。(さすがあったまE!! そのうえかっけー!! いぃやっほう!!)」
 冷然とした中にも優しさを湛え微笑するヌヌ。優しいお姉さんという風だが、内心は↑である。
 そうと知らぬ青年は、年頃なら誰でも抱く年上への憧れもあって、嫣然たる笑顔にちょっとどぎまぎしたが、照れ隠しのよ
うにわざとぶっきらぼうな表情を作る。
「あんたの戦略はつまり……ブルルを軸にしたものだな。ライザと同じく無数の武装錬金を使えるようになった彼女を中心に
据える……で、あってるか?」
 ヌヌの色香に惑乱気味な自分を言葉半ばで発見したようだ。クールな部分が多いソウヤは思考の乱れがないか遠慮がちに
問う。縋るような子犬じみた色が瞳に宿っている。ヌヌは母性をかなりズギュンと撃ち抜かれたが、必死に外面を取り繕う。
 頬をちょっとだけ染めながら、言う
「そ、その通りだよソウヤ君。具体的にはライザの使う武装錬金の『隙』をつく。簡単にいえば、向こうがブレイズオブグローリー
を使ったら、ブルル君にはエアリアルオペレーターを使ってもらう、みたいな感じだ」
「『後出しジャンケン』ってえのを、すりゃあいいのね。ライザがパー出したら、わたしはチョキ。頭痛いほど有利な話」
「確かに武装錬金には相性があるからな。父さんも早坂秋水の日本刀にはどうしても勝てないと言っていた」
「そう。生体エネルギーメインで戦うサンライトハート。に対するエネルギー吸収特性持ちのソードサムライX……のような
捕食関係は確かにあるんだ。(ロックマンのボスの弱点武器のように! ロックマンのボスの弱点武器のようにッ!)」
 内心のヌヌは両目を不等号にして八重歯剥きだしでわうわう吠えているが本題ではない。
「ライザの使う武装錬金を見てからでは対応が間に合わない。速度も半端ないだろうからねえ」
 法衣の女性はやれやれと肩を竦めて首を振った。
「そこで戦略だ。彼女の行動パターンを前もって予測しておく。こっちの攻め口に対しどういう対応をするのか……それを予測
するんだ」
「予測しておけば、わたしも有利なパーだかグーだかを素早く出せるって訳ね」
「そ。予め何が来るか分かっていれば、少なくても『何を選べばいいんだ』って迷う時間ぐらいはカットできる。5秒ぐらいだろう
けどね、実戦での5秒は結構生死を左右するから……バカにしたもんじゃないよ」
 もちろんそれぞれの武装錬金を速攻で発動するための訓練は必要だけどね。両肩に手を乗せられたブルルは「なにヌヌ、
わたしがその程度の努力すら惜しむ奴に見えてるの? 頭痛いわ」と不敵に笑う。
(相変わらず仲がいいな)
 仲間達の親交に頬を緩めるソウヤだが、ヌヌが前のめりになった瞬間、法衣の胸部の内側で巨大な質量がばるんっと垂
れたのが目に入り慌てて顔を背ける。女体は、苦手なのだ。(でも一瞬凝視してしまった。男のコなのだ)。
「ちなみにライザの行動パターンだけど、過去の戦闘記録を参考にすれば大体絞り込めると思う」
「ビ、ビストたちから聞くんだな。彼らほどライザと戦っている者はいない」
 うん。でもソウヤ君なんで顔赤いんだろう? 下着がはちきれんばかりの95のバストをたぷたぷ揺らしながらヌヌは首を
傾げる。
(こいつ顔もスタイルもいい癖に鈍感すぎるわ。頭痛い)
 見上げたブルルは、天井が見えないほど巨大な質量の影の下で嘆息した。
「彼らからは、ビストたちからは、ライザの人となりも聞くつもりだ。怒りっぽいのか冷静なのか、豪放なのか冷酷なのか……
そういった性格を知るだけでも行動はかなり絞り込めるからね。こっちの行動だって変わってくる。ライザが短気なら『ダメージ
はないが頭にくる』攻撃を仕掛けてペースを乱そうと思う。逆に、実は用心深いとかだったら、こっちも最終目的を悟られない
よう慎重に動く必要がある。向こうに『読み切った』と思わせて、その実さらに上を行く……みたいな戦略なら、むしろ我輩の
大好物だからね。ソウヤ君もブルル君も安心して従ってくれたまえ」
「さすが羸砲……」
 先日まで閉じ込められていた【ディスエル】。騙し騙されに特化したゲームの影の製作者がヌヌだと昨日聞かされたソウヤ
だから、感心したような、呆れたような笑いを浮かべざるを得ない。
「あとは武装錬金だね。ライザもブルル君も武装錬金を出し合うとなると、これはもう錬金術の戦いというより遊戯王のデュエル
の様相を呈すだろう」
「つまり『カードの使い方が重要』って訳ね」
 ああ。ライトゲーマーは頷いた。
「攻撃力の強いものばかり出せば勝ちって訳ではない。というより、そうなる戦いを仕掛けていかなきゃならない。何度も言うが
ライザは強いんだ。強い相手に攻撃力で挑むのは自殺行為だ」
「だから攻撃力以外の部分で対抗できるよう『戦略』を練る……だな」
 斗貴子やパピヨンの形質が反応したようだ。ソウヤは粛然と肯(がえ)んじる。
「軸となるのは、先ほど述べた武装錬金同士の『相性』だ。だがそれを的確に突くためには、武装錬金1つ1つの特性をしっかり
把握しなければならない」
「つってもさあ、わたしが使えるようになった武装錬金、メチャクチャあるわよ? いつ核鉄が生まれたか分からないけどさあ、
仮にキリスト生誕と同時だとしても2305年もの歴史があんのよ? で、5年に1度使用者が代替わりしたとすれば、1つの
核鉄がこれまで461個の武装錬金を発動した計算になる。核鉄は100。丼勘定でも46100個の武装錬金が存在する計算
になる」
「しかも戦団の『選抜』もあるからな。その場で1度発動したきりの、制式採用されなかった武装錬金を含めれば、10万以上
に達するかも知れない」
(え? 『選抜』? 戦団の選抜って何?)
 ヌヌは光円錐で調べた。どうやら何十人かの戦士見習いに核鉄を発動させる試験のようなものらしい。特性や成長性に特筆
すべきものがある武装錬金の発動者を優先的に戦士として採用、逆にそうでない者には核鉄の貸与をしないという、一種の
振るい落とし、武装錬金のコンペのような行事である。どうやらソウヤは母親から聞いていたらしい。
(あー。そっか。そーいう落第生のような武装錬金を含めたら本当キリがないね…………)
 もはやアイドルか何かである。勇名を轟かせるのは一握り、選抜なるオーディションに落選して日の目を見なかった者がゴマン
といるのだ。
 流石にそーいった物まで知悉する時間はない。この時点で決戦まで3日なのだ。ライザのニューボディ建造の打ち合わせや
頤使者戦からの回復と休息もあるコトを考えれば、ヌヌもまた『選抜』せざるを得ない。それは戦団版のそれを知る前から既に
……決めていた。

「とにかくだ。武装錬金選びは重要だ。少しでもいい物を選べるよう我輩骨身は惜しまない。まずは推定10万ある武装錬金
の総てを調査しようと思う」
「確かにそれはあんたにしかできないな。常人なら一生掛かっても無理だが──…」
「全時系列を貫き万物の因果を記録しているスマートガン、アルジェブラ=サンディファーの持ち主たるあんたなら、10万点
ぐらい数分で把握できるわ」
「(頭バクハツすんじゃないかってぐらいすんごい頭痛に見舞われるけどね。もうね、慣れたもんですよ)。で、10万の中から
有用なものを絞り込む。
 数は? ソウヤの問いにヌヌは冷然たる、知将会心の薄ら笑いを浮かべる。
「およそ50前後ってトコだねえ。60よりは少なくしたいと思ってる」
 50……。10万に比べれば余りにも少ない数である。といっても、本来1人1個が原則の武装錬金をそれだけ扱うコト自体
すでに規格外といえなくもない。あのバスターバロンですら増幅できるのは5つ、それも照星以外の人間の手を借りてやっと
なのだ。ブルルとソウヤはその10倍に比する武力に一種かぎりない畏敬を浮かべたが、ライザの更なる強さを想像したのか
表情を少し曇らせる。
「50。それならわたしにも何とか把握できそうだけど、ちょっと心細くないそれ?」
「ライザが10万の武装錬金総てを使ってくるとは限らないが、手数はそれなりに多い筈だ。……対応、できるかどうか」
 仲間達の不安、もっともだという顔でヌヌは頷く。頷きながらも指を立てる。
「我輩もそう思うが、50にした理由は3つある」
 3つ。ソウヤは何だろうとばかり居住まいを正した。

「1つ目。ライザは無数の武装錬金を使えるが、『愛用』しているものはごく僅かだろうってコト。明らかにダメっぽいものとか、
使ってみたけど取りまわし悪かった物は二度と使わないだろうさ。しっくり来るものだけを使い続ける。そして最強たるライザの
お眼鏡に叶う武装錬金は、愛着と信頼を寄せられるまでに使い込める高クオリティの武装錬金は……歴史上ごく僅か」

「よって武装錬金50あれば必ずどれかに対応できる。というか対応できる物を厳選する。ライザが愛用しそうなのをピック
アップして、それに勝てるの選ぶ。なおかつ汎用性の高い武装錬金を10個ばかり用意しておけば、まったく太刀打ちできな
いってコトはなくなる。……ま、どっちも多分、再殺部隊の武装錬金とかの、有名どころに偏るだろうけどね。マイナーどころ
をライザが咄嗟に使うケースもなくはないが、そういったものは彼女の耳目にかかるほど何らかの要素が突き抜けているっ
て訳だ。アルジェブラにかかりやすくもある。調べて対策を練るのは可能だ」

「あとライザ、同じ系統の武装錬金を複数所持する可能性も低い。系統ってのは属性といってもいい。半径500mを蒸発
させる5100度の炎を持ってる時に、半径20mを小火にする程度の500度の炎まで持つだろうか? ライザは最強なん
だ。各系統最強クラスの武装錬金ばかり持ちたいというのが人情だ。ま、破壊力じゃその系統最弱だが、ライザすら使い
たいと思うほど魅惑的な特性を有する武装錬金……ってのがあれば使うかも知れないね。炎でいうなら『当てれば一定時
間スリップダメージ』とか『相手の防御力激減』とかの。けどそういう目立つ奴もアルジェブラでピックアップして対応考えるか
ら安心したまえ」


「2つ目。こっちが使う武装錬金1つ辺りの情報が膨大ってコト。特性を暗記するだけなら300とか500とか用意してもいい
けどね、ライザが使ってくる武装錬金との相性とか対応マニュアルを計算に入れると……覚えるコトがね、すんごく多くなる」

「こっちも向こうもそれぞれ50の武装錬金を使うとするよ? 相性の組み合わせは2500だ。まあこういう場合、全部覚える
のは面倒くさいから、『絶対に有利』『絶対に不利』といった特筆すべき事柄だけ抜粋するって方法もある。どうせ大半は「相
性だけ言うなら普通に通じるけど、真向勝負じゃ力負けする」だろうからね。けどそーいうの省いて圧縮して抜き出した要点
ですら恐らく200から300ほどあるだろう。つまり扱う武装錬金の4倍から6倍だ。たった50個でその騒ぎだよ? いたずら
に武装錬金を増やせば比例どころか”べき乗”で情報が膨れ上がる。だから少数で行くべきだ」


「3つ目は2つ目とちょっと被るね。決戦まで3日だ。時間的に言って検証・修練できる武装錬金の数は限られている。習熟
度や理解度が25%の武装錬金を200個持って行くぐらいなら、100%完全に理解して使いこなせる武装錬金50個を選ぶ
べきだ。数こそ少なかれど信頼度は遥かに高い」

 立て板に水という勢いでペラペラと理由を挙げるヌヌにソウヤとブルルは目を丸くした。

「あんた……本当、頭いいな」
「少女時代、人間として弱い立場に追い込まれたが故の『機知』って奴を垣間見たわ。感動って奴で頭痛も吹き飛ぶ驚きよ」

 そうかなー。ソウヤ君たちならコレぐらい考えてたと思うけど……ヌヌはどうも分かっていない様子だ。


(だって私、根っからの策謀家っていうよりは、『頭脳戦でスマートに勝つキャラ』っていうのに憧れてて、それっぽく振舞ってる
だけって感じがね、結構あるのだと思う。うん。漫画のクールな美形キャラに影響された中学生がやたら敬語使ってドヤってる、
みたいな……)
 ソウヤたちに評されると逆に不安になってくる乙女心だ。
(だ、大丈夫なのかな!? 私、孔明ってより馬謖だったりしないよね!? 廉頗(れんぱ)かと思いきや実はボンクラな趙括っ
てアレで、ライザの圧倒的猛攻の前に戦略総て砕かれてメッキ剥がれて情けなく泣きじゃくるとか、しないよね!? 敵によく
いる知将(笑)みたいな醜態さらしたりしないよね!? 戦略練るって命預かるってコトなんだよ!? 本当に私、対ライザの
『戦略』、ちゃんと紡げているのかな!? 怖いよ!!)
 涙目でブルルを見ると彼女は溜息をついた。
(いや……孔明とかの次に廉頗やら趙括やらが出てくる女子大生って相当なものだと思うわよ……。2部の敵にならってわ
たしも中国行ったコトあるから知ってるけど、長平の大合戦の故事──廉頗という名将が秦の策謀で趙括という有能だが
実戦経験皆無のルーキーとの交代を余儀なくされた。結果趙括、軍ともども大敗。死亡──知ってんならポカやらなさない
でしょう)
 うんうんうん。顔色から総てを悟ったのかヌヌは頭振りつつ思う。
(私はね、楽毅より田単がね、好きなんだよ。絶対勝てない強い人との対決避けて、策謀巡らしてどうにか勝つってタイプが
ね、好きなんだ。でもそういう憧れとか幻想持ってると、策めぐらす時やばいかなーって思う。現実を見ないタイプだと、戦い
のとき足元掬われるからね、そこが怖い)
 ブルルはこめかみを押さえた。
(頭いい癖にテメエの頭疑ってビクついてんなら大丈夫でしょうよ。そもそも孫子やら呉起やらじゃなく田単って。これが『有
名どころじゃない人あげるほど古代中国に詳しい私』とやらアピールしてドヤってんならまだ馬鹿にもできるけど、コイツ心
底すっげえマジな『単純に好き』ってカオしてやがんのね……。中二っつうより、変身ヒーローに憧れる少年のようなアレよ。
些か幼稚なのは不安だが、理想に対し誠実に策を組み上げんとする姿勢はそこそこ評価できるかもね。頭痛いわ)
と思った。
「ちなみに私、廉頗とか趙括とか楽毅とか田単、横山光輝先生の史記で知ったよ!!」
「マンガで知った古代中国!? あんたピンショ知らなかった癖にそーいう作品は読んでんのね……」
「そりゃあ学研まんがからのお約束だよ。でね、ソウヤ君、史記は、史記はねっ! 面白いんだよ!!」
「あ、ああ……」
 急に鼻息をふんすかふんすか吹いて熱弁し始めたヌヌにソウヤは露骨に戸惑った。
「う、うぅ?」
 おかしな様子にこきゅりと首を傾げたヌヌは妙な声を漏らしたが、すぐ「ぼっ」と紅くなり「わ、忘れてくれたまえよ今の。誰
だって趣味に思わずハシャぐコトぐらい……あ、あるのだからねっ!」と目を逸らした。
「いやその、そっちの、『素』なあんたも親しみやすいんだが、いきなり曝け出されるのが困るというだけで、戸惑ったのはそ
れだ。そのせい、なんだ。別に嫌という訳では……ない」
 ソウヤもしどろもどろである。ブルルは溜息をついた。

(こいつ今、無邪気にハシャぐヌヌがちょっと可愛いって思ったわね)

 ちなみにこの時点ではまだ、ヌヌは告白していない。したのは40時間以上あとの話である。

 







「ちなみにライザはこっちの攻撃1つに無数の選択肢を常に持てる。例えば《サーモバリック》の爆発1つとっても──…


1.エアリアルオペレーターで酸素濃度ゼロにして爆発回避

2.ニアデスハピネスで一瞬早く周囲の酸素を焼尽

3.ブレイズオブグローリーで火炎同化

4.ソードサムライXで爆発エネルギー吸収

5.シルバースキンを纏う

6.ヘルメスドライブで瞬間移動

7.シークレットトレイルで亜空間に埋没

8.アンダーグラウンドサーチライト内に避難


これだけの対応策が浮かぶだろう」
 一座の中で最もお姉さんなブルルは頬を掻いた。戦略上これらへの対応、後出しジャンケンで有利な武装錬金を出さ
ねばならぬブルルなのだ。「絞り込んだんでしょうけど、8つはちょっと対応し辛いわね……」と頭さすりつつヌヌを見る。
「まあでも、10個近い行動に即応できるようになれ……とか無茶いうあんたじゃあないのは分かってる。そうよね? 合って
るわよね? だって常時8つの武装錬金を始動準備してしかもタイミングよく放て……とか事故の元よ。それ分かってるは
ずのあんたが、『相手は8つも選択できますよ』なんていう以上、うまくやる『抜け道』みたいなものがあるのよね?」
 でなきゃ頭痛いわよ? 念押す友人にヌヌは言う。
「うん。1つの武装錬金で向こうの選択肢を3つか4つ潰せる戦略で行こうと思う。上の《サーモバリック》のケースを見て
ごらん。1〜4はね、実は全部エアリアルオペレーターで対応可能だよ」

ライザが《サーモバリック》の大爆発に対し

1.エアリアルオペレーターで酸素濃度ゼロにして爆発回避

2.ニアデスハピネスで一瞬早く周囲の酸素を焼尽

3.ブレイズオブグローリーで火炎同化

4.ソードサムライXで爆発エネルギー吸収


「……。最初の2つは分かるわ。消された酸素を補充ってコトね。その逆を次の3の火炎同化にするってえのも分かる。
炎と化したライザから酸素を奪えば大ダメージだもの」
 だが4。ソードサムライXでの爆破エネルギー吸収が、気体調合のガスマスクで対応可能というのはどういう理屈だろう?
爆発そのもののエネルギーが吸われているのだ。いくら酸素を継ぎ足そうが無意味なのではないか?
「毒ガス使えば攻撃になるだろ?」
「あ……」
 ブルルは驚いた。つまりヌヌは「ライザが爆発を斬った隙に毒ガスを撒く」つもりなのだ。気道を腐らせ肌を糜爛(びらん)さ
せるつもりなのだ。


「この要領でだね、つまりは『ライザが取りうる選択肢を幾つか纏めて1つの武装錬金でツブす』ように戦略を組めばだね、
ブルル君が用意すべき武装錬金は多くても3〜4つで済む」
「……まあ、それ位なら」
「しかもだ。用意すべき武装錬金のうち『2つ』は切り替え不要。戦闘開始時に用意したものが最後までずっと使えるんだ」
「? え、じゃ、じゃあ、状況に応じて準備すべき武装錬金って、実質1つから2つってコト?」
 うん。ヌヌは頷く。ブルルは負担が激減したのを悟り喜色を浮かべたが、どうにもよく分からない。
「臨機応変に武装錬金を切り替えライザの行動の穴を突く……それがわたしたちの『戦略』って話よね? なのに『切り替え
ない』? 奇妙な話ね、頭痛いわ」
 選択肢5〜8。ソウヤの呟きに「え」と思わず首を向ける。
「さっき羸砲が挙げた選択肢を見るんだ」
「5から8ってえのは。ええと。ライザが──…

5.シルバースキンを纏う

6.ヘルメスドライブで瞬間移動

7.シークレットトレイルで亜空間に埋没

8.アンダーグラウンドサーチライト内に避難

ね。順に、防御、ワープ、それから亜空間への避難2つ……。で、ソウヤ。これがどうかしたの?」
「ジョーカーだ」
(また中二な言い回しを……)
 頭痛いわ。凛然たる顔つきの青年を見ながらつくづくと思う。ヌヌはヌヌで、(かっこいいなあ、言い方がかっこいいなあ)と
目を三本線にしてホワホワしている。
「(中二夫婦め)。で、ジョーカーがどうしたの?」
「万能、というコトだ。オレ達が使う50の武装錬金総てを無効化できる。回避と防御の違いはあるが、『ダメージを与えられ
ない』という点では同じだ」
 黝(あおぐろ)い髪の青年の呟きにやっとブルルは理解する。
「そっか……。多分コレ、こっちの武装錬金が100だろうが200だろうが同じ話よね。シルバースキンを砕ける攻撃はほぼ
皆無。よしんば有ったとしてもワープや亜空間転移を使えば避けられる」
「そ。我輩たちが何を使おうと、シルバースキン、ヘルメスドライブ、シークレットトレイル、アンダーグラウンドサーチライトの
4つは必ずライザの選択肢に含まれている。だったらもう、対これらの武装錬金はずっと懐に忍ばせておけばいい。『絶対
使われる』とは限らないが『使われる可能性はある』んだからね」
「戦闘開始から終了までずっと切り替え不要……っていう意味、理解したわ。で、その準備すべき2つの武装錬金は?」
「シンプルさ。

(1) スピリットレス。完全防御破壊またはワープ先への奇襲
(2) アンダーグラウンドサーチライト。亜空間方面からの攻撃

なお、ライザのワープ先ならびに亜空間座標はブルルくんの次元俯瞰で把握可能だ。次元俯瞰はアース化で複製した武
装錬金を強化するため常時発動しているからね」
「チメに逢うまでライザの所在を次元俯瞰で探せなかったのは『戦いをこなさない限り巨悪の元へたどり着けない』とかいう
頭痛い演出と隠匿のせい……。いざ戦いとなれば所在は割りと丸裸にする筈。ただでさえ回避選ぶとかスッとろいマネして
んのに、そのうえ更に行き先まで晦ませる……最強を名乗る野郎なら自らの『誇り』って奴に賭けてぜってえできねえわ」

 まとめるとブルルは、『3〜4つの武装錬金を準備しつつバトル。うち2つは常時用意しておけばいいので、状況に応じて
選ぶのは1つか2つ』である。

「まあ、その1つか2つの武装錬金も、《サーモバリック》の時のガスマスクみたく『特性を使い分ける』必要もあるけどね。
「えーと。さっきの話に戻る訳ね。爆発を、気体調合や火炎同化、日本刀のエネルギー吸収で防がれた場合、カウンターと
して

「酸素濃度増加」
「同低減」
「毒ガス使用」

以上3つのどれかを使わなきゃいけない……と」
「他にも次元俯瞰の応用でライザの傍へ瞬間移動するといった手間もある。これは他の武装錬金も同じだ」
「いろいろタイミングを計ったり『考える必要』ってのがある訳ね。ま、その辺はキチっと覚えるわよ。10個近くの武装錬金を
用意するより楽だし。『どれ使うか迷う』より、『ライザがアレしたらこの武装錬金でこうしてやるッ!』って待ち構えてる方が、
気分的には楽だし頭だって痛くない」
 うんうん。ヌヌは腕組みしつつ頷いた。
「ブルル君ならば少しの検証と修練で実戦レベルになるだろう。自分を次元俯瞰すれば、我輩たちとに指摘されるのとはま
た別の気付きがあるだろうしねえ」
「だな。自分の理想とのギャップが分かりやすい。何をやりたいかとか、何を目指しているかとか、そう言ったものを一番把握
しているのは本人だからな。思い描く像と自分の現状のギャップを知れば上達は早い。ライザがどう攻められるかも分かる。
向こうの身になって考えられるようになれば、いざという時、思考以上の判断ができる。直感で咄嗟に攻撃を切り替え、ギリギリ
のところで上回る……というコトも」
「……えらく客観的な意見ね。何か経験あるの?」
「オレは昔仲間がいなかった。ペイルライダーの扱いを上手くするためビデオカメラでオレの動きを撮って観察して上達した」
「寂しい話するわね……。つかパピヨンは見てくれなかった? そう、見てくれなかったの。『子供のお遊戯を見ているほどヒマ
じゃないんでね』と。彼らしくて頭痛いわ」
「ちなみに父さんたちには空想模擬戦で勝利済みだったが、空想模擬戦ゆえにパピヨンパークではまったく通じなかった」
「…………なーんか明治時代初頭にそんな感じのバカやらかしたマヌケが居たような気がするけど、まあいいわ」
「とにかく、オレたちがキミに、本人でないが故の客観性を元にアドバイスすれば、過ちは犯さなくて済むと思う。キミとは違った
観点からアプローチすれば、より効率的な攻撃ができるようになるかも知れない」
「連携も深まるしね。我輩たちが最善手だと思っていても、ブルルくんにもやり辛いってパターンはあると思う。サークルとか
でたまにあるんだ。最善手を押し付けたばかりに破綻するってケース。逆に次善の次善のその次ぐらいの方策の方が、担
当者がやりやすくてモチベーションも上げやすくて、結果うまく行くってパターンも結構あった」
「その文法だと、わたしがやり易くても全体から見れば非効率ってコトもありうるわね」

 とにかく協同である。ブルルの武装錬金習熟と平行して連携も向上。

「しかし時間がないから50まで搾ったのよね、武装錬金。なのにこれ3日で連携含めて実戦レベルにするって可能かしら
「例の『最適化』の能力を使いたまえ。あれを強化ギプス代わりにすれば正しいフォームの習得は存外容易い。自信を持ち
たまえよブルル君。君は自分が思っているより遥かに優秀なんだ」
「っさいわね。おだてたって何もでないわよ」
 ブルルはむくれた。むくれると10代前半な見た目相応のあどけなさだ。頬もやや赤い。
「失礼失礼。(かわいい、かわいいよブルルちゃん! キャッホー! キャッホー!)。ちなみにだね。ライザの性格はまだ完全
には分かっていないが、最強という肩書きゆえに絶対取るだろうなって行動パターンがある」
「なによそれ?」
「中威力までの攻撃に対しては反撃する確率が高い……ってコトさ。爆発をどーにかしようとするような、力尽くでリベンジ的
な行動をね。力を誇示したいんだ。粉砕できるものは真向から砕く」
 小細工をした場合でも同じ。防御や回避を選ぶ確率は少ない……とヌヌは言い。
「逆にだ。こっちがあまりにも強烈な攻撃をした場合……つまり余命幾ばくもないボロボロの体に受けるとマズい攻撃がきた
場合、彼女は防御や回避を優先的に選ぶ。最強ゆえに最強の肉体を失いたくない欲目があるからねえ。……といった傾向
を頭に入れておけば、どの武装錬金を使えばいいか迷うコトが少なくなる」

 とにかく彼女達の戦略は、

『ライザの行動パターンを予測。武装錬金による対応を、相性で勝る武装錬金で潰しイニシアチブを取る』

 である。そのために50の武装錬金を選び抜き、何度もシミュレーションを重ねた。
 ライザの行動のフローチャートを描き、「こういうケースではこう動く」というのを頭に叩き込んだ。武装錬金潰しが成功した
場合はこう攻める、失敗したならこうリカバリー……あらゆる状況を想定した。

「で、羸砲。ソードサムライXによるオレへのエネルギー補給が不調に終わった場合、どうすればいい? 恐らくオレはライザに
競り負けるが……」
「(ご両親相手に『オレは強い、手は借りない』と肩肘張ってたソウヤ君が自分の弱さを素直に……(ぶわっ)」

 内心のヌヌは頬に手を当て意中の青年の成長に咽び泣いているが、しかし外面は触らぬ態だ。


「大丈夫だ。それも我輩は考えてるよ」


「……ちょっとソウヤ君も被弾するかも知れないけど、やられっ放しには……させないよ」




 衝撃。受け止められる穂先。
 小柄な体に不釣合いな、一抱えほどある六角形の楯の中心に、ライトニングペイルライダー内部三叉ド真ん中の穂先を
白羽の如く見事立たせたライザは悠然と笑う。ヘルメスドライブ。本来はレーダーだが裏面のバンドで掌に固定すれば防具
としても使用可能である。それに直撃した穂先が爆発したが……楯の破壊には至らなかった。
「…………」
 ソウヤの顔が僅かに揺らいだ。楯。自らの穂先と相手の胸の間で、左手ともども特に力むことなく無造作に差し出されて
いるそれはいくら押そうがビクともしない。透明な硬質の樹脂が切っ先を突き立てられていると言うのにヒビひとつない。

「瞬間移動するまでもない威力と見たからな。けど安心しな。素手で受けりゃ、かすり傷程度は負うかなってぐらいの迫力は
あった。誇っていい。お前はブラックホール級の攻撃でも来ない限り防御しないオレに楯を「はああああああああああああっ!!!」

 何やら褒めているライザを遮るように咆哮するソウヤ。「いや聞いてよ(´;ω;`)」と涙ぐむ少女などお構いなしに気魄は漲り
やがて青年の全身からシアンの極光となって溢れ出す。
(先ほどソードサムライXから得たエネルギーを最後の一滴まで搾り出す、か。だが無駄だぜ。先ほどのシルバースキンの
脆さを悔いたオレなんだ。この楯には超強化を施した。防御力は楯山千歳が使った時のおよそ50倍!! 破れる訳が──…)
 穂先が回った。
(!?)
 ライザは目を疑った。楯に突き立っていた穂先が彼女から見て時計回りに旋転し始めたのだ。
(ドリル!? いったいソウヤは何を……!!?)
 青年に目をやった彼女は一瞬硬直した。右篭手。ガトリングガンの銃身にロボットの手を組み合わせたような歪かつ巨大
な手が三叉鉾を握っている。握ったまま手首から先を轟然と回転させている。
(……確かこれはピーキーガリバー!! L・X・Eの金城が使ってた奴!!)
「闇に沈め!! 滅日への蝶・加速ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
 本家本元ならばブロブティンナグフィンガーと叫ぶであろう旋転の秘儀。敵を抉りぬくための技である。本来は揃えた指先
2本で穿孔するがソウヤはそれを三叉鉾に置き換えた。
 巻き上がる嵐。
 吹き荒ぶ閃光。
 ソウヤの全身から迸った厖大なエネルギーが穂先へと流れ込んでいく。集中するはただ一点。楯に触れる切っ先である。
(待てよ。この篭手をさっきの刀みたく巨大に次元俯瞰してない理由ってまさかすると……!!)
 切っ先と楯の接点から甲高い掘削音が鳴り響く。溶接でもされているように橙のシャワーが吹き荒れる。振りに振った炭酸
飲料缶のドテっ腹に極小痕を穿ったような勢いだ。高速回転する穂先のシルエットはドリルよろしく螺旋に溶け流れた。明滅
する世界。異物によって360度全方位へと押し広げられた毛筆よろしく飛び散る無数の火線。現れては燃え尽きていくそれら
の果てしない照度の揺らぎにゆらゆらと炙られるソウヤとライザ。
(くっ!! やっぱりブルルめ! この右篭手も次元俯瞰してやがるな! サイズはそのままに回転数だけ極限まで強化!!
そのうえ三叉鉾のエネルギーも切っ先ただ一点に集中!! 確かにこれなら日本刀から補給が予定より少なくても対抗でき
る!! 一極集中したエネルギーを回転で高めるんだ! 強まるのは当然!!)
「でやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
 三叉鉾後部。後方へと可変・展開した刃《エグゼキューショナーズ》4本がシアンの光を噴いた。(更に推進……?) 火花
と光輝の向こうにそれを認めたライザの推測はしかし外れる。回転。ネズミ花火のように円状にエネルギーを噴き始めた
ライトニングペイルライダー戒の回転数が爆発的に膨れ上がる。
(右篭手と三叉鉾の同時回転!? ま、まずい……!!)
 穿孔されていた楯の表面がピシリと小気味いい音を奏でる。広がるヒビ。わずか1cm四方の面積に生じたそれは地割れ
が広がるように黒い稲妻を四方八方に伸ばしていく。
「貫け!!! オレたちの武装錬金!!!」
 楯が粉々に砕け散ったのは、次元俯瞰で増幅された光線が、バスケットボールほどの口径の光線がソウヤを更なる加速
の極致に導いた瞬間である。
「こわっ!! お前ら怖いな!?」
 首を竦めながらすんでの所で横に逃れたライザ。果たしてその傍を青年の影が流れていく。

(回避成功! たぶん今のでサイフェ倒した六連撃終わりだよな。じゃあ後ろからチョイと攻撃を)
「予定通りだ」

 黒ジャージの少女をちらりと見たソウヤの肩から上が変貌した。卵形の兜(ヘルム)と、外套と呼ぶべき肩布を纏ったの
だ。そして肩布から伸びたワイヤーナイフの一本がライザの右足を刈った。その場でグルンと回るライザ。浮遊中という
不安定な体勢で、高速移動するソウヤから、その速度がたっぷり乗ったワイヤーで足を払われたが故の旋転である。

(ルリヲヘッド……!!)

 瑠璃色の刃の欠片が舞う中、ヴィクターの妻の武装錬金を認識するライザ。

(そーいやこれ、つけた奴を操るだけじゃなかった! ワイヤーナイフはバルキリースカート並みの高速機動が可能!!)

 ワイヤーが動く。少女の細い右足首にあっという間に絡まりつき……力任せに上方めがけブン投げた。

(速っ!?)
(当たり前だ。母さんですら『強い!』と血相を変える武装錬金だぞ)

 足を刈るとき斬りつけた刃は、逆にライザの硬度に耐え切れず砕け散っている。ソウヤはそれぐらい予見していたらしく
動揺はない。右足を軸に半回転。《エグゼキューショナーズ》4本の絶妙な噴射で、それまでの加速総てターンバックの推力
へ転化しつつ、三叉鉾由来のマントと融合した肩布を歌舞伎役者の髪と同じ幅に絞り込みつつ大きく旋転。長さおよそ4m
の布が舞う。本来のルリヲでは決してありえぬ戦法にライザは虚を突かれていた。反撃もできず、ソウヤの首の衛星軌道上
を轟然と周回した。


(対モーターギアを見ても分かるように、ソウヤ君、《サーモバリック》の形状を自在に変えられるようになっている)
(モチーフは言うまでもなくニアデスハピネス。思うままの形にするって特性、わが師パピヨンはあまり活用してなかったけど、
ソウヤは前線でライザを引き付ける都合上、『対応力』ってえのを上げる必要があった。故に変幻自在の燃料気化爆弾を精
製できるよう修練した。この3日ずっと。頭痛くなるほどに)

 死刑執行刀の削られた粉を液体燃料に変えるコトに比べれば肩布の延長や拡大など簡単……とはヌヌとブルルの弁。


「はあああああああああああああ!!!」

 ソウヤを中心に二回転半した肩布は規(ぶんまわし)のぶん回し。瑠璃色の絞り布がソウヤの首元でブチリと千切れた。
哀れライザはハンマー投げのハンマーの如く飛んで行く。足首でなびく肩布はさながら尻尾のよう。

(だがこの程度の速度なら脱出できなくも……)

 ボッ。千切れ飛ぶ肩布の根元に暗紫の炎が点り……爆発した。増加する加速。顔に張り付く強烈なGにライザはちょっと
息ができなくて困惑した。だが再び爆発音。根元から50cmほど爆発で吹き飛ばすのと引き換えに肩布は加速を上げる。
どうやら最初の爆発でも同じ現象が起きたようだ。更に2度3度と爆発が起きるたびライザの足首から生える尾がどんどん
と短くなっていく。

(切り離しロケットかよ……!?)

 布がキリよく50cmずつ爆光に消し飛ぶ。短くなる”尾”。その長さに反比例し彼女の脱出は困難になる。……少なくても
実力1割で戦う限りでは、だが。

 とうとう肩布が払底した。最後はライザの足首に絡みつくワイヤーごと爆発したが、あいにく傷を負わすには至らない。

「うぉ!? と、ととと……」

 ややバランスを崩しながら上にギュインと飛び振り返る。流石に一連の加速のせいでソウヤとはかなり離れたようだ。豆粒
のように小さい三叉鉾の水色の光が足元の遥か下で瞬いているのが見えた。


(んー。そろそろか?)


 六連撃に倒された次女の復仇か、顎をくりくりするライザ。
 彼女が居るのは銃身の中である。口径は月の直径と同等。

 ……。

 黒ジャージの少女の右側で凄まじい熱量と光が膨れ上がった。太陽が転移してきたような眩さだった。
 更に左手からは直径3474.3kmの円状暗闇を覆いつくすミサイルの群れ。羽虫のようにギュウギュウと密集している。

「ヌヌが放ったアルジェブラの光線と、ブルルの次元俯瞰で質・量とも極限強化状態にあるジェノサイドサーカス、か」

 ぐるり見渡しそれらを視界に収めたライザは無感動に呟くや、短い両手をめいっぱい広げ、心地良さそうに瞑目した。

「こりゃあ祈るしかないかもだぜ。覚悟はある。覚悟した上で運否天賦に任せて楽しむのがオレだが、奴らが惑星破壊クラ
スの攻撃を仕掛けてきたとあっちゃあ祈るしかない。だって怖いからな。恐怖もある。月を埋め尽くせる大規模侵攻だぜ?
こりゃあオレが幾ら頑張ったところで望む成果が出ねえかもだぜ。なら、だったら。オレの期待が満たされるよう祈る他……
ねえだろ?」

 両側から迫ってくるのは人類なら誰でも絶望する物だ。
 月の直径を埋め尽くす無量大数のミサイル。
 3474.3km口径の超極大の荷電粒子砲。

 勇者も智者も聖者も愚者も……覇者でさえも。
 人なればみな等しく祈るだろう。

『当たりませんように』と。

 ライザもまた……祈った。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「この程度の攻撃が奴らの全力でないコトをな!」


 開眼したライザは悠々と口の端を釣り上げる。
 滲むのは愉悦と期待、そして『竜頭蛇尾な映画のように序盤すでに全力使い果たされていたら、ヌヌたちが持てる力総て
注ぎ込んでこれっぽっちの攻撃しかできないレベルだったらどうしよう』という僅かな不安。

 その間にも両側からビームとミサイル群が迫ってくる。下からはソウヤ。800m先から吶喊中だ。

「ふむ」

 3つを見渡したライザはまず、右を見た。右を見て左拳を、しゅっと軽く繰り出した。

「直撃、ブラボー拳」

 ネコ相手にふざけてじゃれつくような、口早で密やかな悪戯っぽい掛け声だった。気迫などまったく存在しなかった。
 にも関わらず、小玉なタマネギサイズの拳圧が月に匹敵するビームを『吹き消した』。

「……え?」

 ヌヌは見た。拳型の闘気が、ビーム表面のとある一点に着弾した瞬間、台風の目のような渦を作り出したのを。渦は銃弾
よろしく螺旋回転しつつビームの中を突き進んだ。ビームはその螺旋回転の『鬆(す)』にぶわりと弾かれ霧消した。

 その頃にはライザはミサイルに向き直っている。およそ3m圏内はもう鈍色の鋭い弾頭に埋め尽くされている。獰悪な怪物の、
おろし金まみれの臓腑に収められたようなおぞましい光景だった。

「粉砕、ブラボラッシュ」

 少女は4回だけタトトンと拳を繰り出した。拳というより「球」だった。「わーん」と泣きながら恋人をぽかぽか殴る時の、極めて
戯画的な拳だった。

 それがライザの左側を埋め尽くしていたジェノサイドサーカス2971発総てを黒い爆炎とクロームオレンジの炎の粉に作り
替えた。着弾を示す破壊的な音階をどこか遠くに聞いたブルルの頬を冷や汗が伝う。汗が5ミリ下に落ちるたび、第二陣第
三陣のミサイル群がテンポよく爆発し、全滅した。破壊の煙を貫通した拳型の風圧は更に後続のミサイルたちめがけギュン
と飛ぶ。接触。炸薬の円筒たちは正に名前どおりの虐殺曲芸団と化した。自らの散り様という曲芸で暴虐の王を楽しませる
のだ。爆発音すら強者を讃える滅びの歌。拳の風圧は力が指揮棒(タクト)。行く先々で終末の交響曲が鳴り響く。

「…………」

 ビームとミサイル。ソウヤは巻き添え覚悟で障壁を展開中だった。それがソードサムライXからの補給が不十分だった
場合の策だった。右篭手のドリルアタックで無傷ならルリヲで吹き飛ばしその隙に……というのが『戦略』だった。

(羸砲とブルルの同時攻撃を最小の手数で軽く凌いだ。ホワイトリフレクション対策か……!!)

 乱打を選べば先ほどの鞭の時のように、ビームなりミサイルなりの「破片」を繋ぎ合わせてカウンターができた。
 だがライザの攻撃はあまりに少なすぎた。たった5発で月直径に匹敵する攻撃2つを無効化したのだ。

「べんきょは嫌いだけどな! 学習ぐらいできるぜ!」

 ソウヤの心情とはあまりにかけ離れた明るい声がかかる。ライザ。彼女の双眸が確かに自分を捉えているのを見た瞬間、
武藤ソウヤの背筋が慄然と粟立った。

 心情を見透かしたのか。

 ライザは口角を黒々と引き上げた。ツリ目気味な大きな瞳を酷薄に細め、足元に轟然と迫りくる青年をどこまでもどこまでも
得意気に見下す表情はまさに暴君のそれである。「にへぇ」と鼻で笑うような声を漏らした戦神、


「流星、ブラボー脚」


 右足首から先を無造作に突き出しながら、轟然とソウヤめがけ落ちていく。
 推進力は特にない。
 ただ浮遊をやめただけだ。
 それだけなのにソウヤの瞳は、130cm未満の女児に、特急列車並みの速度で落ちてくる巨岩を重ねた。

(マトモに受ければペイルライダーが砕ける!!)

《サーモバリック》の青白い輝きが三叉鉾全体を覆った。同時に着弾するライザの蹴り。閃光。衝撃。だが彼女の明敏なつま先
は場違いな感覚を捉える。ぽよん。柔らかい弾力に視線をやる。生体エネルギー。クリアな水色の風船のようにヘコみライザの
蹴りを受けている。


(緩衝。燃料気化爆弾を弾力性に富んだ材質に変換)

 ゼリーのような、水饅頭のような、そんなぷにぷにしたベールを三叉鉾は纏っている。瞥見で性質を把握したのだろう。ライザの
目が感嘆交じりで丸くなる。

「ほーう。確かに生身相手だからな、ビームやらミサイルやらよりかなりの加減、してはいる。だがそれでも最強たるオレが
放つ以上、軍艦一隻、余裕で消し飛ばせるぐらいにゃ強い。……お前よく受け止められてんな。すげえよ。感動した」

 腰の後ろで手を組んだままライザはいう。絵面だけいえば右足を、三叉鉾守護中のゼラチナス的なケンブリッジブルーした
障壁に乗せているような格好だ。「ブラボー脚」と彼女は言ったが、左脛をわずかに跳ね上げているだけのその格好はとて
も蹴っているようには見えない。本当にただ、「右足を乗せている」だけにしか見えないのだ。

(なのにこの重さ! 勢い!! 威圧感(プレッシャー)!!!」

 ライザの足から伝わる衝撃にソウヤの全身はビリビリと震えた。刹那のあいだ気を抜くだけで叩き落されそうだった。銃口
の中をかなり昇ってきたが、競り負けた瞬間、銃身の外どころかそれをとりまく擬似宇宙すら貫いて地上に逆戻りしそうな
圧倒的推進力が黒ジャージ少女の細い足首から伝播してくる。押し負けまいと《エグゼキューショナーズ》の切っ先から炎を
吐くが、泥濘に囚われた四輪駆動のような空回りが伝わってくる。まったく進めないのだ。

(《サーモバリック》の緩衝モード……! 内側から次々に柔軟と弾力の波濤を送り出しているのに……追いつかない……!!)

 検証では次元俯瞰の『最適化』と強い力で極限強化したビストバイの拳すら跳ね返したのだ。というより、跳ね返せるようになる
のを目的に修練を重ねた。遺跡にいた7人の中で最も攻撃力が高い頤使者長兄の攻撃すら凌げないようではライザに到底通じ
ない……その一心で磨きぬいたのが緩衝モードだ。

(……。周囲を巻き込むという理由でサイフェのレベル7グラフィティ三叉鉾相手の検証は流石にできなかったが…………
或いはライザの蹴り……それと……同等…………?)

 だが想定していなかった訳ではない。ソウヤは次のフローチャートを思い描き──…


「なんか飽きた」


 ライザはぴょいと力を緩めた。「え?」 ソウヤにしては間の抜けた声をあげる。その顔が加速にブレた。間違ってアクセルを
踏み抜いてしまった新米運転手のようだった。自分でも予想外の加速に狼狽するソウヤをよそに、三叉鉾周りのぶよぶよした
被服に足をついたままのライザが背中を軽く捻り後ろを見た。

「天井までの距離をカット」

 白魚のような指を斜めをスッと振り下ろすと、空間に裂け目ができた。(新手の攻撃!?)と思うソウヤだが、突如2m先に
現れた裂け目である、蝶・加速状態では避けられない。成す術なく突入した彼は見る。天井。すなわち銃身の内装を。下から
突入した彼は上昇と、不可解な距離短縮の果て遂に反対側に辿りついたのだ。

(……! このままではライザが当たる!!)

 とは、銃身への突入時、容赦なく外装にブチ当てるつもりだったソウヤらしからぬ危惧ではあるが、しかしいまの彼女は何
やら戦意を解いている風なのだ。(だが戦闘終了までは告げていないんだぞ、実力差を見ろ、気遣っている場合か)とも母譲り
の部分は己を叱責するが、戦意が薄れたライザは小さな女の子。しかも余命幾ばくもない。ひょっとしたら「飽きた」という言
葉が、「もう充分お前らの実力わかったよ、新しい体作らせても大丈夫って分かった。だから飽きた」という意味を帯びている
のではないか……と楽観したのは父の気質だろう。ともかく咄嗟に緩衝モードの《サーモバリック》をライザの周囲にまで伸
ばそうとしたソウヤを、彼女は「むー」と困ったように眺めた。鼻の頭をカリカリしながら。

「優しい奴ってのは分かるが、お節介なんだよなー。無傷で脱出ぐらいできるって。……ま、気持ちはサンキュだけど」

 銃身の外装の直径4mほどの丸い穴が開いた。ソウヤとライザはそこから飛び出し擬似宇宙に飛び出した。


 相変わらずSFロボットアニメの宇宙植民地然としている巨大な筒……アルジェブラ=サンディファーの銃身が彼らの眼下
に広がっている。その絶景を眺めながらよっと身を引き三叉鉾から距離を取ったライザ。真意が見えないのかソウヤの顔が
やや曇る。


「キミはいったい何を考えている?」
「ん? 考えるったってもなー。単に飽きただけっつーか。うん。六連撃とか筒の中の戦闘に飽きたってだけ」
 オレ映画で同じシチュばっかダラダラ続くのイヤなんだよなー。ライザは後頭部をぽりぽりした。
「それにだな。あれ以上オレが応戦してお前達がやり返したら、なーんかグダグダにならね?」
「……?」 言っている意味がよく分からない。ソウヤの、少年らしく太いがどこか母譲りな形の眉がちょっとひそんだ。
「ええとだな。さっきの技はサイフェ倒した六連撃だろ? でも六連撃としてはピーキーガリバーのドリル三叉鉾が当たった
辺りで完結してると思う。オマケしてもビームやらミサイルやらの三方挟撃ぐらいまでだ。で、それをブラボー脚で迎撃した
オレに更なる攻撃が来るとなると、そりゃあもう六連撃じゃないような気がすんだよ」
「色々言いたいコトはあるが、だからといって戦意を緩めたのはどうなんだ? オレがあの隙に攻撃してたら……かすり
傷ぐらいは発生してたぞ」
「え? あッ!!!」
 きょとりとしたライザが愕然と白目を剥いた。ギリシャ字のシグマを飛ばすほどビックリしちえた。
「ああ〜〜〜〜! そうだ! そうじゃねえか! そそ、そういうオチもありえたじゃねえかよ! き、傷! だだ大丈夫だよ
な!? ヌヌとかブルルけっこう汚いとこあっから、あ、あのスキに何か仕掛けたりは……!!?」
 あわあわと全身を見るライザ。肘や脛はおろかお腹すら衣服をめくって確認する始末だ。
(幼いとはいえ女性なんだから、男の……オレの前で柔肌を露出しないで欲しい)
 ウィルという想い人が居るという話も聞いている。他の男性に見られたら罪悪感を覚えるだろうな……とすら考えソウヤは
顔を背ける。ヌヌほど目が引き付けられないのは「年上」という感じがしないからである。実際は祖母ほどの年齢だが、見た
目や言動がそれを感じさせない。ましてヌヌはソウヤに告白済みである。あれ以来かれはヌヌを女性として意識するように
なっているが……余談であろう。
「なっ、なっ、背中とかお尻とか、傷、大丈夫だよな……?」
 いつの間にやら背面を見せているライザ。首だけ振り返り縋るような目を向けてくる。青年は溜息をついた。
「ないが、敵に後ろを取らせるのはどうなんだ。オレだってパピヨン譲りの知恵はある。傷がついていると虚偽の報告をし、
キミが驚いた隙に蝶・加速で攻撃するという手段だって……考えていない訳じゃない」
 なのにやらないのは、不意打ちが信義に与える可能性を考慮しているからだ。そもそもソウヤはライザの新しい体を建造
しうる実力と意思を見せるため戦っている。
 戦闘中ごく自然に生じうる体勢の崩れを突くのはいい。だが虚言で隙を作るのはソウヤの好むところではない。
 生真面目な顔つきで佇む彼をしかしライザは不思議そうに見た。
「え? 別にそれでもいいじゃねえかよ。勝ちたいってえなら罵詈雑言なりハメなり不意打ちなり、何だって好きにやれば
いいだろ? 戦いって本来それだろ。話し合いを放棄して腕力に訴えてるのに、正々堂々とか騎士道とか、理性とか、そ
んなのひけらかしても寒いだけだぜ。殴る蹴るを我慢できてねえ段階で、『世間的には』人として低レベルなんだからよ」
 ソウヤはげんなりした。ライザと戦っているのは彼女がそう要請したからではないか。にも関わらず低レベル呼ばわりは
あまりに理不尽すぎた。
「っと。そこは悪かったな。でもオレは卑怯な手段一切使うなとは言ってねえ。勝利条件を提示した時のコトを思い出すと
いいぜ。小細工……認めただろ?」
「……まあ、キミはそういう性格なのだろうが」
「おう。戦いってのは何でもアリだぜ。力が劣るお前らが反則仕掛けてこようとオレは許す。なぜなら強すぎるオレが悪いん
だからな。強すぎて、しかもチート使えばお前らに絶大な力与えられる癖に、素のままの力が見たいばかりに力量差を放置
し、そんで非力っていう不自由さを味あわせているんだ。色々頭押さえつけてる以上、憤りに満ちた反則行為をきっちり
真正面から受け止めてやるのは、ま、強者の義務って奴だろ」
 いろいろ途轍もないコトを言い出したぞ……。黝髪(ゆうはつ)の青年の頬が引き攣った。
 ライザは構わず続ける。
「オレはな。『文明』って奴が好きだ。けど『社会』だの『政治』は下らんと思ってる。文明は便利なもんとか面白いもんとか作る
からな。人類を豊かにしてくれる。だが社会やら政治やらはそういった物の可能性を制限しやがる。人間とかオレたち頤使者
(ゴーレム)みてえな意思ある存在に対しても同じだ。文明が『与えてくれる』もんなら社会や政治は『縛る物』だ。そんでさんざ
縛って不自由を強いておきながら……訳のわからんアルビノ差別を放置しておきながら……いざその鎖をブチ切って尊厳
主張すれば我が物顔で処断しやがる」
 で、なぜそういう馬鹿げたコトになるかってえとだ。ライザは続ける。
「要するに『社会』だの『政治』だのが弱いからだ。文明のように無から有を作り出す能力がねえからだ。持ち得ないから奴ら
は弱いのだぜ。弱いから法だの倫理だのといったそれらしい物言いで人間どもから支持を得ようとすんだぜ。処断とは支持
の為だろ? 与えられる物がねえからせめて大多数の公共を守る『ような』コトをすんじゃねーかな。ま、社会やら政治やら
があるからこそ守られる平和ってのもあるだろうしな、壊すつもりは別にねえ。だって壊したら文明の、流通的な安定供給シ
ステムまでワリ食っちまうからな。ジャンプが月曜に並んでねえ世界なぞ見たくもねえのだぜ」
 子供のような意見である。だがライザはそれを押し通す実力があるのをソウヤは知っている。一連の攻防でそれが痛感
できないほど鈍くはないのだ。
「とにかくだ。オレは社会やら政治やらめいた処断をするつもりはないのだぜ。オレはオレが『与えられなかった』ばかりに
向いてくる反則行為を責めたりはせんのだ。自業自得だからな。侘び代わりにキチっと受け止める。感情総て肯定する。
それが戦いから生じた白熱の意思である以上、閾識下の闘争本能の具現たるオレは否定しない。……ま、戦いである以
上、反撃も蹂躙もするけどな。だが卑劣な手段に対する義憤だの正当性はカケラも持たねえ。シンパシー感じようがムカつ
こうが、『敵だから攻撃する』。それだけだ」
 それが星超新という少年からの愛に根ざした甘美な蹂躙を受け入れた理由であり、一種の贖罪──新を新たらしめるため
だけに、これまで彼が奪われた様々な存在を復活させずにいるコトへのだ──なのだが、ソウヤは知らない。
 ただ、別方向から理解した。
「キミが『駒』に褒章を与えるのもそのせいか。駒……キミが起こした戦いに無理やり参加させられた者たちに見返りを与える
のも、強者としての義務……という訳か」
「その通り。故に義務を果たせず不興を買った場合キチっと文句を聞いて、そんで、与える。叩きのめした後でな」
 力を振るうのは楽しいからな。左手を当てた右肩の蝶番をその先の腕ごとグルグル回す。
「あとはまあ、映画の前に踊ってるカメラのアレも気に食わんぜ。『違法配信やめましょう』って一言伝えるためにダラダラ
ダラダラこっちの時間を削んなと。そりゃ違法配信はよくねーよ。コンテンツ作ってる人らに金がいかなくなったら、映画っつう
流通システムが崩壊すんだからな。けどだ。違法配信されんのがイヤなら公開と同時に、DVDとかブルーレイも安く借りれる
よーにすりゃいいだろうがよ。違法配信が気にイラねえなら商売で真向から叩き潰せよな。なんできっちり金払ってるオレたちが
『さあ映画見るぞ!』ってワクワクしてるとき『お前達は映画泥棒になりうる。だから注意を聞け、犯罪だぞ!』とばかり説教され
にゃならんのだぜ? 違法配信が絶えねえのは需要があるからだろうがだぜ。配給元のフットワークが悪いから違法視聴し
てもいいだろって皆思うんだよ。そこをツブせよ。キチっとした商売で叩きのめしてそんで勝て。パトランプ男でオレらの時間
泥棒すんな」
「……言われても。配給元やその他の企業にも事情とか生活がある訳だしな」
「まあオレは、映画始まる絶妙の時間に着席するけどな。映画館のタイムテーブルに表示される上映時間ってのは、本編に
だな、余計な宣伝だの時間泥棒だのを加味した時間なんだぜ。言い換えれば本編の時間さえ把握できりゃ、時間泥棒どもは
回避可能だ。『タイムテーブルの時間ひく本編の時間』で算出された時間分おそく入館すれば余計なものは見なくて済む」
 剽悍な青年の顔が、ライザの言葉の進行と共にだんだんと情けなく歪み、とうとう露骨な呆れ顔になった。
「キミ最強な癖にみみっちくないか?」
 神がかりな力を使えば宣伝ぐらい飛ばせるのではないか? そもそも時間泥棒などが存在する世界そのものを変革すれば
いいのではないか?
「まあそうなんだけどな、オレ、みみっちい遠回りにこそ『真理』ってのがあると思っている。パトランプだのカメラだのが踊っ
ている画面を回避しつつ、本編を1秒足りと見逃さずに済むにはどうすればいいか……。一見アホらしいコトだが、そーいった
のを能力なしでしっかり考えて、失敗したり成功したりするコトが、ま、オレの生きる道って奴なのだっ!」
 腰に拳を当て、デデーんと胸を張る。

「やっと所在が掴めた。急に消えるからビックリしたよ」

 六角の楯がソウヤの傍に浮いた。それと同時にブルルとヌヌの姿が現れた。
(……。体重制限をどうクリアしたかは聞かないでおこう。女性2人だしな)
 ヘルメスドライブが瞬間移動させられる質量は100kgまで。両名合わせてそれより軽いのかもしれないし、或いは次元
俯瞰によって積載量を上げているのかもしれない。もし後者なら青年はかしましい少女2人(両名ともそんな年ではないが、
心は少女だ)の総攻撃を浴びる。つまり沈黙は金である。

 一方ブルルはライザとソウヤを見比べると目を細めた。

「よく分からないけど一時休戦ってトコね。こっちに勝ち譲ってくれたって風じゃないのが頭痛いけど」
「…………しかし、ライザ、強いね。こっちは練習どおり連携できたけど…………それでも戦略が幾つか破られている」
 ソードサムライXのエネルギー供給量は目標を遥か下回ったし、アルジェブラとジェノサイドサーカスの挟撃もホワイトリフ
レクションの布石にできなかったし…………下唇を突き出して露骨に肩を落とすヌヌである。
「気にするな。勝敗は兵家の常だ。あの猛威を前に敗北していないだけでも、あんたの戦略は充分機能している」
 ぶっきらぼうだが底に優しさが感じられる物言いだ。それだけで法衣の女性の脳髄は、直接ブドウ糖を注入されたように
フルスロットル、天にも昇る思いである。
(うおお!! 頑張る! 頑張るよ私!! 燃えてきたあ!!)
 ヌヌは策謀家だがどちらかといえば現場主義者である。アルジェブラを手に入れた時からそうなのだ。イジメを切り抜ける
ため『イジメの現場に何度も何度も時間跳躍。18人居る相手の攻撃パターン総て読み切るまで殴られ続けた』のが小学
4年生の頃である。それは彼女の行動の指針となった。弱いからこそ現実に向き合い解決する。【ディスエル】でもそうだった。
マニュアルも何もなく放り込まれたゲーム世界の中で、天辺星ふくらを始めとする対戦者から些細な言動で情報を引き出し
続けて……強くなった。
(で、ライザだ。実際戦って分かったコトも結構あるから活かしていこう)
 弱点はないか。探すヌヌはふと気付く。
(あ、そういえば。さっき引っ掛かっていたけど)

──「ま、まあ、実際そうだよ。闘争本能については不自由しない……と思う。う、うん。あたらが飽きなければだけれど、そこは
──オレ自身の努力というかだな」

(闘争本能を摂取しなければ生きられないライザが……安定供給の術を得た? 「あたら」って……ウィルのコトだよね? 私の
同級生たる女子大生たちが恋人呼ぶ時のニュアンス篭ってたから、ウィルっていう恋人が「あたら」なのは間違いない)

 だとすると、ライザの態度がどうも気になるのだ。

(? でも何の闘争本能なんだい? ライザ戦の前に考えたけど、大きな戦いはなかった筈なんだ。でもライザが満足できる
『戦い』が起きている? あれ? あれあれ?)

──「う、うん。あたらが飽きなければだけれど、そこは──オレ自身の努力というかだな」

(飽きる? ライザ自身の努力? ……。ちょ、ちょっと待て。ライザ? あの、君がいう「戦い」って、「戦い」って…………!!)

 ヌヌは真赤になった。総てを把握したのだ。闘争本能が、「あたら」の男性的な昂ぶり、営みによって補充されたのを。

(え。えええ? わ、僅かとはいえ、てて、手合わせしたから分かるけど、ライザまじに最強っぽいんだよ? だ、だのに、こん
な強いコと、そそ、そーいうコトできるんだ!? 抵抗、されなかったんだ!?)

 ライザが一方的に奉仕させたのかとも考えたが、

──「あたらが飽きなければだけれど、そこは──オレ自身の努力というかだな」

 と彼女自身が言っている以上そのセンは消える。

(向こうから求めてるってコトだよ。そんできっとライザはコスプレとかムード作りを一生懸命やって飽きられないようしてるんだ。
そ、そーいえば師匠(ビスト)たちから聞いたけど、ライザは感覚重視な頤使者……。アッチ方面でも敏感だったり……するよね
絶対。肉体を得たからこそあらゆる感覚を全力で味わうんだもん。最強なのに、人間かホムンクルスなウィルに抵抗できず、
『着地するだけで一・撃・必・殺! ブラボー正拳なみの衝撃波が巻き起こせるほど』闘争本能フル充電できる位、エ、エロスな
コトされまくってる理由の1つは……び、敏感すぎるせいだねこりゃ)

 下世話な勘繰りだが、少しでも対抗手段が欲しいヌヌは……思ってしまった。
 これはきっと、頭のいい者なら誰しも考えるコトだろう。

 すなわち。

(じゃあその……ソ、ソウヤ君が、ライザに、エロスいコトしたら、隙、作れるんじゃないかな……?)

 あんな場所やこんな場所をまさぐって、悶えた瞬間、手などをチクリ。それでかすり傷を精製。勝利……という反則にも程が
ある手段をヌヌは描いた。描いてしまった。

(あああ。でもでもそれってソウヤ君のB以降の初体験をライザに取られるってコトじゃないのさ!! わた、私っ、キ、キス
すらまだして貰ってないのに、ほ、他の女のコにエロスなコトされたら……傷つく、傷つくよ!!)

 内心でぼかぼか頭を叩いたりハンカチ咥えて泣いてみたり。ヌヌはつくづく困惑した。

(け、けど、私が自分の気持ちを押し殺すコトで、この戦いが決着するなら、そ、それもアリなんじゃ……)

 ソウヤやブルルに提案しようか。ゆっくり首を動かしたヌヌは……目が合う。じっとコチラを見ていたライザと。(え!?)。
黒ジャージの少女は顔面を真赤にしてぷるぷる震えていた。どうやらヌヌの顔色から総てを把握していたようだ。

「フ、フザけんな…………!!」

 羞恥でくしゃくしゃな可愛らしい暴君の全身から身も凍るようなドス黒い闘気が吹き上がる。
 次の瞬間彼女の右手に光と共に現れた武装錬金は2つである。
 掌には三叉鉾。
 二の腕に巻きついたのは黒帯。

「グ、グラフィティ!? 複製した武装錬金の習熟度を上げるサイフェの武装錬金!?」

 ヌヌはここで初めてライザの恐ろしさに気付く。

 巨大かつ無尽蔵のスピリットレス。
 ソウヤの《エグゼキューショナーズ》を全く寄せ付けなかったモータギア。
 本家の50倍の硬度を誇るヘルメスドライブ。

 そういった超強化の影に『グラフィティの習熟度上昇』は──…

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 まったく無かったのだ。

(あれらはあくまでライザの攻撃力を上乗せしただけ!!)
(サイフェみたく黒帯で習熟度を上げた訳じゃなかった!!)
 つまり。ソウヤの全身に粘っこい汗が噴き出した。

(これから放たれるのは『ライザの蝶攻撃力で強化された武装錬金』に『グラフィティの習熟度上昇が上乗せされた物』……!!」

 文化系な最強女子はソウヤを見た。目が合った。それだけで茹でダコのように真赤になった。
 緑色の前髪に双眸を隠し込み、口を波線にもにゅもにゅさせながらブルブル震え。

 叫ぶ。

「お、お前とっ、エロいコトしたらっ!! 浮気、だろうがあーーーーーーーーーーーー!!」
「浮気!?」

 何の話か分からず目を白黒させるソウヤの、三叉鉾本来の創造者の眼前で。

 スチームと共に200m級に到達した三叉鉾が振りかざされた。

 それらはソウヤたちの横を轟然と通り過ぎる。ダンプカー専用に8車線用意した橋桁が、その幅広い道路を地面と垂直
にしながら落ちたようだった。それほど巨大な質量がソウヤと女性2人の間隙を押しつぶす様に通り過ぎた。暴風雨でぶわり
と膨らんだ髪が元の位置に戻った瞬間、やっと彼らは何が起きたか悟り……震えた。黒煙と化する鎌と髑髏顔にしばし呆けた
後それが死神と気付き震え上がるような心境だった。もっと平易な言い方をすれば、散歩中振り返ったらすぐ背後の電柱に
乗用車が衝突していた……だ。死が迫っていたのに気付けなかったという恐怖。間一髪を喜ぶよりも先に嫌な汗がどっと
噴き出す極めて人間らしい情感にソウヤたちは囚われた。

(み、見えなかった……。まったく、何も)
(イージス艦よりでっかくて重い鉾なのに…………速い……!)
(達人が振るう鞭は音速を超えるというけど……それぐらいの速度はあった……。頭痛い……わ)

 長々と描いたが総ては1秒も満たない時間で完了した。
 そう。
 鉾がソウヤたちの足元の遥か下にあったアルジェブラの長大な銃身を斬り飛ばすまで──…
 1秒と、かからなかった。

(なっ……!)
(月ほどの口径を持つ銃身を一瞬で)
(切断した……!?)

 それでもライザの勢いは止まらない。200mの三叉鉾を当たり前のように振り回す。
 円弧の衝撃波が幾つも幾つも舞い飛んだ。いずれも四階建てのビルに比してヒケを取らぬのは得物が得物ゆえである。

「っ!!」
「ひゃああ!!?」

 ソウヤが身を竦めヌヌが頭を抑える。
 悪夢の破断現象が擬似宇宙に吹き荒れた。銃身のそこかしこで爆発が起きる。

 吹き荒れる死と破壊の颶風。それを乱れ撃つ暴君は高らかに咆哮する。

「ふぎゃあああああああああああああああ!!」

 瞳をナルトの渦にしながら、上ずりを極めた高音域の声で……咆哮する。

「あ、あたら以外の男と、男となんてーー!! いやああ!!! フケツーーーーー!!!」

 彼女は要するに恥ずかしくて暴れていた。






 地上。

「ン?」
 獅子王は空を見上げた。
「お、お空がなんか、ぞわぞわしてるよ…………?」
 褐色の妹は胸を抱え込むような仕草で身震いした。
「…………あー。こりゃ、アレだね」
 巨大な青い少女は溜息をついた。

 空が粉々に砕けた瞬間にはもう街はドーム状の爆発に彩られていた。破壊男爵4体分の長さの鉾がビル街を叩き潰し
ながら地上すら割り砕いたのだ。地面に巨大な三叉鉾を叩きつけきったライザを中心に巨大な爆発が巻き起こる。鉾の
直撃を免れたビルたちも、どんどんと膨らむドーム状の爆発に巻き込まれ瓦礫と化した。

 閃光。そして爆音。地響きと共にドームが消滅した瞬間、やっと空間の裂け目からヌヌたちの顔が覗いた。

「わ、我輩の銃身を斬り飛ばした勢いの赴くまま擬似宇宙を空間破断し……」
「街にすら壊滅的被害を及ぼしている……! 頭痛いとしか……言いようが……!」
「…………人払いはしてある。彼女なら復元も可能だろう。だが。だが…………!!」

 地上へ次々と舞い降りたヌヌたちは、ライザの傍へ駆け寄る。
 ベルリンの壁のように高くどこまでも続く鉾を地面に立てたまま激しく息をつく暴君のもとへ。

 数秒前まで街だった一帯はチョコレート色の土が半径500mに渡って続くだけの荒野と化していた。
 ビルも店舗も跡形もない。何もかもが文字通りの灰燼と化したのだ。
 予想を遥か超える惨状に、法衣の女性は友の袖をくいくい引いた。

(ね、ねえブルル君。さっきのってレベル7グラフィティだよね?)
(でなきゃなんだっていうのよ!? アレ以外に200m越えの三叉鉾とか……ある訳ないでしょ頭痛いわ!!)
(だ、だよねー)
 だとしても大変な事態だった。

「サ、サイフェが、長かった頤使者戦の果てやっと編み出したグラフィティレベル7を苦も無く使うなんて……」
 本来の創造者は色を失くしている。大きな人懐っこい瞳はすっかり消沈だ。
「とにかく行くぞ」
「ああ」
 強い力とダークマターの結界を解除したビストバイとハロアロが頷きあう。
 爆発は頤使者兄妹の所にも届いていたのだ。
 サイフェは兄や姉に「ま、守ってくれたんだ。ありがとー」と嬉しげに微笑すると彼らに続いて駆け出した。



 ソウヤ。
 彼もまた慄然とする他なかった。
 周囲を見渡す。地平線の彼方まで遮蔽物1つない。元は繁華街だったのにだ。
(……恐らく半径15km圏内総て壊滅、だな。つまり威力はサイフェ版の3倍以上。同じ黒帯の武装錬金を使っていると
いうのにここまで差がでるものなのか……)
 しかもサイフェ版は強い力やダークマター、次元俯瞰や光円錐といったあらゆる武装錬金の効力を乗せてようやく半径
4kmを灰燼にする威力を備えた。ライザは上の4つのどれをも使っていない。超攻撃力を乗せただけなのだ。

 ぜえはあ。200m級の鉾を解除したライザは息せき切っている。だが疲労の色は認められない。あるのは羞恥と動揺
のみだ。
(ちょ、超弩級の鉾を振りかざして疲労なしすか……)
(半径15km圏内にあるもの総てチリになる大爆発起こしたのに、何ら消耗してねえときてる。頭痛いわ)
(……しかも彼女はまだ本気を出していない)

 どう声をかけたものか。悩むソウヤたちの視線を感じたのかライザが向き直る。
 青年の顔を見た瞬間、「〜〜〜っ!!」と恥辱に涙ぐんだ。そしてキレ泣き。

「オ、オレが、あーいうコトさせるのはあたらだけだからなっ!! ほ! ほかのヤローがヘンなコトしてきたら、本当、本当、
殺すからな!! 二度とヘンなコトできないよう因果いじくった上で生き返らせるなんて楽勝だからなっ!!」

 エロスの話である。ソウヤにエロスな真似をさせればライザに隙ができるんじゃないか……ヌヌがそう考えたせいで逆上
したようだ。首筋まで真赤にして喚き散らすライザ。

(…………なぜそういう話になる)

 おぼこいソウヤでも涙ながらに「きっ」と睨んでくるライザを見れば大体察しがつくものだ。
 山吹色のマフラーを鼻の頭のあたりまで引き上げる。照れと羞恥でいたたまれない気分なのだ。

(こ、これでソウヤ君の色仕掛けも不可能になった。……よかったー。い、いや、べべ、別に、最初から絶対通じるとか思って
なかったし!! 無理だろうって我輩ワカってたよ! ワカってたから!!)

 ヌヌは安堵した。

「…………」

 ブルルの顔もほんのり紅くなった。ついでにヌヌの腕にちょっと強めの肘鉄を叩き込んだ。
 法衣の女性は自分が大破壊の元凶になってしまった気まずさを誤魔化すようにわざとらしい咳払いを何度かして、やっと
こう……告げた。

「貞淑さゆえに怒るのは分かるがね」
「……おう」
 唇を尖らせ拗ねたようにそっぽを向くライザに呼びかける。
「だからって、レベル7のグラフィティは強烈すぎやしないかね」
「? 何言ってんだ」
 黒ジャージの少女は不思議そうに瞬きをした。
「いまのはグラフィティレベル7じゃねえ。……1だ」
「大魔王!?」

 ぎょっとするヌヌの後ろで、やっと辿りついたサイフェが「ライザさま漫画が好きだから……」と顎をくりくり。

「ンなこったろうと思ってたぜ」
 妹に続いて現れた獅子王は苦虫をかみつぶしたような表情で呟く。
「グラフィティレベル1の習熟度は『初心者級』。サイフェは相手の武装錬金に触れる必要があるが、マレフィックアースたる
ライザにそンな手数は必要ねえ。てめえで複製できンだからな」
 そそ。ビストバイの狩り仲間兼育児放棄していた母親は頷く。
「要するにオレは、『初心者級』になるだけで、使い方を把握するだけで、サイフェ版のグラフィティレベル7並みの威力を
出せる。武装錬金は使い手の精神性や闘争本能によって性能を変えるからな。ちなみに黒帯未使用状態のオレは、『ただ
漠然と気に入った武装錬金振り回してるだけ』だ。『使う』という概念すらねえ」
(強いにも程があるよ!?)
 ヌヌは本当叫びたくなった。


「そしてオレのレベル7グラフィティは──…」

 巨大な柱がライザの傍に現れた。幅は大企業の本社ビルを4つ並列繋ぎしたぐらいだ。
 高さは……? 見上げたソウヤは目を見開く。空の果てまで行っても鉾はまだまだ伸びていた。
 一体どこまで伸びるのだろう。固唾を飲んで見守っていると、

 太陽が

 両断された。

 光り輝く半円が2つ、徐々に隙間を開けて遠ざかっていくではないか。

「アハハハハハハハハブヘヘヘヒャハハハフヘホホ」

 ブルルがおかしな笑い声を上げた。現実から必死に逃げているのが分かった。
 ソウヤもいっそそっちの世界に行こうかと思ったが、すんでのところで踏みとどまる。(ビストが頭ばしばし叩いて元に戻そう
としているのが見えたのもある。彼なら大丈夫だろうと任せた。数十秒後正気に戻ったブルルが『ありがたいけど素直になれ
ない』故に悪態をつき、大規模な口論に発展するが、しかし本題ではない)

「ライザ……。その、今の、トリック……だよな? コケ脅しだと言ってくれ」
「いや、ウソついてどうするよ? 太陽真っ二つにした。太陽に届くぐらいオレのグラフィティレベル7がすげえってコトだ」
 涼しい顔で事もなげに答えるライザ。表情をしげしげ見た次女は「う」と布でも詰め込まれたような声を上げる。
「てゆーかライザさま……? 普通に会話できるってコトはグラフィティのリスク、ガン無視ってコトだよね……?」

 レベル1 味覚を失う。相手の武装錬金に触れた時点で自動発動、且つ、熟達レベルを初心者級に。
 レベル2 嗅覚を失う。代わりに相手の武装錬金を複製。(以下複製品のレベルを『黒レベル』とする。
 レベル3 触覚を失う。黒レベルを「現時点の相手の絶好調時」と同じにする。
 レベル4 聴覚を失う。黒レベルを「現時点の相手の覚醒時」と同じにする。
 レベル5 視覚を失う。黒レベルを「極めた相手」と同じにする。
 レベル6 痛覚を失う。黒レベルを「レベル5よりも極める」。
 レベル7 精神と人格が徐々に量子分解。黒レベルを「究極の領域」に。

「ん? まあ、黒帯そのものもオレの力で底上げしてるからな。リスクなんてないのだぜ」
「うぅ。そんな……。強い力っていうのはリスクあってこそ映えるのに……」
 本来の創造者は両目を情けなく閉じてうぐうぐ泣いた。とにかく色々無茶苦茶なライザだった。

「とりあえず太陽は戻すとして」。ぱちり。指を弾くと天空の半円がびたりと融合し元の姿を取り戻した。レベル7グラフィティの
三叉鉾も消えた。

「今のがレベル7な訳だが。更に1つ、お前達に言っておくコトがある。」
「正直あまり聞きたくないが、嫌な予感しかしないが……なんだ?」

 ソウヤの問いに、ライザは頭上に拳を突き上げ元気良く笑った。

「オレのグラフィティ最高レベルは──…」


「923だ」


(((もうやだこの人!!!)))

 ヌヌもブルルも、ソウヤですらも、ギャグ調の顔で”どひん”と仰け反った。

「パピヨンパーク通ったソウヤならワカってくれると思うけどだな。999じゃねえのがどうもキリ悪いんだぜ。だから昂ぶらせて
くれだぜ。オレのグラフィティの最高レベルを上げるために色々頑張るんだぜ。期待してるぜ」
「いやだ。したくない……」
 ソウヤの頬はすっかりこけた。わずかレベル7の状態で太陽すら両断できる能力をどうして999になどしなくてはならないのか。

「ちなみにダブル武装錬金の要領で黒帯2つ発動してだな、グラフィティの習熟度をグラフィティで上げると、レベル23298になる」
「バグ!? アークザラッド2のオドンじゃないんだから!!」
「そーなんだよ。バクなんだよ。こーなると他の武装錬金の習熟度あげられねえから困ってる」
 代わりにちょっと落とすだけでマントル貫通してブラジルまで行っちまう史上最強の黒帯が完成するけどな。からから笑うライザに
ヌヌはもう、心底、逃げたくなった。
(あははそうかー。サイフェの黒帯の原型は”きぬのおび”かも知れないねえ。成長性を上げるという点で)
 などと現実逃避すらする始末。
 だがライザはそんなささやかな憩いすら許さない。

「そろそろ会話も飽きたし、攻めるわ」

 腕を上げる。ソウヤたちの周囲に巨大な光が降り注いだ。更地になった元街の地面を重苦しく鳴らしながら、10、20と
全長およそ60mはあろうかという光の塊が増えていく。いつしかそれらはソウヤを取り巻く形になっていた。
 そして晴れる、光。

 360度のパノラマを埋め尽くしていたのは──…


 バスターバロンの、群れ。


「…………ふふっ」

 ソウヤは乾いた笑いを浮かべた。余裕とかではない。1体でもおぞましい敵が数えるのも馬鹿らしいほど存在しているの
だ。しかもこの巨大ロボットたちはライザの超攻撃力で底上げされている──…

 黒ジャージの少女は言う。「安心しろ。グラフィティは使ってねえよ」という気休めにもならない一言を。

「数もせいぜい 六 十 体 程度だ。大量破壊兵器持ちのヌヌとブルルがいりゃあ、ま、楽勝だろ?」

((どこが!?))
「……オレの安全が保証されてないのは……いや、いい。真・蝶・成体撃破で歴史を狂わせた咎……今こそ償う」

 ソウヤたちは互いに顔を見合わせると、それぞれ別の方向へ散った。
 3人がかりでライザ1人を相手どるより、1人あたま20体のバスターバロンを相手取る方がまだ気楽なのだ。


 この時点でやっと1分40秒。8分20秒後、果たして彼らは立っていられるのか。
 知りうる者は誰も居ない。



 ちなみにハロアロは体育座りで膝に顔を埋めていた。
 それなりに明敏な頭は、先ほどのライザの言葉で総てを悟ったのだ。
 恋人と結ばれたコトを……知ったのだ。

(そんな……。ライザさまあの人間とそーいうコトになっちまったのかい…………。うぅ。祝福すべきなんだろうけど…………
悲しいよ…………。もしあたいが男ならワンチャンあったのに…………あったのに……)
「お姉ちゃんどうしてヘコんでるの? というかどうしてライザさま怒ってたの?」
「……い、色々あンのさ」
 獅子王は汗をかいた。
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