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過去編第011話 「あふれ出す【感情が】──運命の中、小さな星生まれるみたいに──」 (4)
円筒形の城の絵がある。錬金術の技法を示したものだ。ドラゴンだのライオンだのを描かねば用語1つ述べられない愚に
もつかぬ韜晦と暗喩に満ち満ちた、次代への伝授がまるで見込めぬ、自滅的な、神秘主義の書画の1つだ。
円筒形の城の絵を描いたのは15世紀の錬金術師、ジョージ=リプリイ。彼は城の周りにある
『十二の扉』
を賢者の石に至る工程へ喩えた。すなわち──…
V焼
溶解
分離
結合
腐敗
凝結
滋養供給
昇華
発酵
高揚
増殖
投入
へ。
──人類史において「12」とは「7」ともども重要な数字だ。──
──十二の宮と七の星を基本とする古代占星術と結びついた錬金術もまたそれらの数字を軽んじない。──
──術者によって千差万別と多岐亡羊きわむる賢者の石の精製過程ですらそれは同じ。──
──内実こそ種々様々だが工程の数じたいは誰もが「12」または「7」を基調とした。──
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26代目チメジュディゲダール=カサダチ著『巨海(おおみ)の伝導』より抜粋。
『十二の扉』とは膨大なエネルギーの巨海に至る鍵であり通路である。この世界の創造主の精神の破片、上位12の巨大な
破片を身に宿した者はマレフィックアースという人々の閾識下を流れる膨大なエネルギーを行使する権利を得る。
誰が行使できるのか? 相性は、ある。
まず第一に稟質(ひんしつ)。
生まれつきその本質が清らかであることが肝要。
次に現状。幸福であってはならない。
何がしかの巨大な欠如を抱え、苦しんでいる者にしか扉は開かれない。
最後に、武装錬金。
器として、分配に適した形状のものを──…
発動できる存在。
以上三要件との適合率が高いものほどその力の絶大さが、増す。
であるから、例えば、『本質は穏やかな文化系少女が』、『多くの犠牲によって生まれたコトを』心から悔い、且つ、『電波』
のような全世界に膾炙可能な武装錬金を行使できるとすれば……最強、であるだろう。
……。
核鉄という武装錬金を遺したこの世界の創造主。ホムンクルスたちとの永劫の闘争から生じるエネルギーを以ってこの
世界の興産を目論んだ彼または彼女は、人々が手にする唯一の武力、『各々の闘争本能を固有の武器にする』特性の武
装錬金の配給を永劫のものとするため、すなわち己自身の死による終戦を防ぐため、自ら精神エネルギーとなって閾識下
へ溶け込み姿を消した。
『十二の扉』
消え去らなかった不溶の破片。だがそれは世界の創造者が敢えて残した隠し要素なのだ。100の核鉄と無限の怪物の
飽くなき争(いかで)の膠着を打破しうる、それでいてより上質で熾烈な戦いの幕を切って落とす古代兵器が如し遺産なの
だ。
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「10分経過。残り時間0秒」
倒れ臥し沈黙する敵3名を遠望する暴君が手を広げ満足気に目を閉じた。決め手は結局最後の一撃だった。指先を微動
させ何らかの反撃に移りかけたソウヤたちの体内で一瞬早く拡散した電波がそれまで以上に彼らを蝕み、圧し、辛うじて残っ
ていた闘志を最後の一欠片まで余さず粉砕し……3人総てを地に縫い止めた。
「小僧どもの勝利条件は『ライザとの戦いを10分生き残る』。だがもう」
「時間切れ、だね」
ビストバイとハロアロの嘆息が聞こえる。かすかに重なる洟の音はサイフェのものだろう。好きなヒーローの敗北に涙ぐむ
のが子供という存在だ。
「とはいえ奴らは実によく戦った。最初の次元矯枉のころから既にオレの新たな体を建造する資格アリと認めていたが、そこ
から更に我が最強武器たるインクラ相手に一歩も引かなかったんだからな」
ライザウィン=ゼーッ! は身じろぎ一つ取らず横たわる敵たちを慈しむよう見つめる。嘲りはない。ただただ健闘を心から
讃えていた。
「せめてもの情けだ。最後に幻覚を見せてやる。オレに勝ったという幸福な幻覚をな」
それは死力を尽くした小僧どもへの侮辱だ。獅子王が声を荒げ抗議した。確かにそうかも知れない。限界を超えに超えた末
『勝利を、与えられる』、これほどの屈辱はないだろう。真剣勝負だからこそ生ぬるい温情や譲歩は殊更に相手を傷つける。
「ワカっちゃいるさ。ワカっちゃな。けどオレは奴らとの戦いに満足した。満足したから……どうしてもアイツらに何か褒美を与
えたくなった。最強に一矢報いるコトができたという達成感を与えたくなった。10分生き延び、かすり傷すら負わせるコトができ
たっていう、明確な記憶をだな、与えて、偽りのそれを電波の力尽くで真実にして、オレ以外の全員が勝てたんだヤッターって
喜べるように……したい」
優しいですけどそれは残酷ですよライザさま。青い巨女は不満げに言う。
「だろうな。けど人々の平穏やら安心やらのために秘された事実など世間にゃ幾らでもあるのだぜ」
ソウヤお兄ちゃんたちを騙して嘲笑うつもりがないのは分かったよ、けど、だけど……褐色の少女は未だしゃくりあげている
ようだ。
「いずれにせよお前らに止める術はない。ソウヤたちに核鉄を貸し丸腰のお前たちに偽装を止める術はない」
武装錬金アリの万全状態の更に3人がかりで負け続けてきた部下達は短く呻き黙り込む。
「勝負はもう、決した。覆す術はない。奴らはもう負けたんだ。自ら受諾し自ら課した条件の中、負けたんだ」
しかも敗北しながらもライザの新たな体を建造する資格じたいは得ている。
「このうえ奴らがオレに勝ったという幸福な幻に包まれるのだぜ? 大団円、八方丸く収まるじゃないかだぜ」
鼻歌まじりに手を振る暴君。部下たちはもう何も言えないらしく……沈黙。
そして電波がいたるところで渦を巻きソウヤらめがけ照射される。
筈だった。
「…………?」
動かぬ景色に眉を顰めるライザ。(ガス欠……?) 最初彼女はエネルギーの枯渇を疑った。認めるに値するほど強かった
ソウヤたちだ。彼らへのトドメが予想外の消耗をもたらし、闘争本能という燃料を空っぽにしたのではないかと考えた。
だがマレフィックアースである彼女は即座に上の推測を打ち消し首を振る。
(ありえない! オレは閾識下の闘争本能と直結してるんだ! そりゃ確かにヌヌとかブルルの補給路寸断で何度かカラッケツ
になったけどだな、しかしもう両方気絶してんだぞ!? つまり補給路は『復活している』!)
ならば消耗する端から完全回復する筈。だが現実は違う。
(そもそもアレほど空間に満ちていたはずのオレの電波が……)
すっかり消えている。虹色の電光に満たされていた世界が、今では曇天模様のよくある薄暗さに貶められている。
(なんだ? 何が起こっている?)
──君の体の限界、かな?──
突如ひびいた声にギョっと伸び上がった黒ジャージの少女、やや驚愕の面持ちで周囲をキョロキョロ見渡した。
「誰だ!? いや……この声、どこかで……!?」
──ふ。君の体は97年の稼働で既にボロボロだったじゃないか。──
──なのにあれほどの激闘を『やらかした』んだよ?──
──限界が訪れ、死が近づき、無敵の力がいよいよ行使できなくなったとしても──
──不思議では、ないよねえ。──
(ありえない)
暴君は即断した。確かに戦いは苛烈だった。無数の武装錬金を操り、質量550トンのバスターバロンを1800体を産生し
た時点で既に激甚という言葉すら生ぬるい地獄だが、ライザは更に次々進化を遂げた敵の武装錬金の猛攻を真向から受
け止め、更に最強と自負する武装錬金2つを最大出力で行使した。負荷は決して皆無ではない。皆無ではないが。
(それでもオレが壊れず済む程度にゃ加減していた!)
愉悦に浸るあまり限界を見極め損ね自壊する。そんな末路など最初から願い下げだったのだ。当然警戒はしていた。強
すぎるからこそ、己の攻撃の反動が体を壊さぬよう充分配慮していた。
(だいたい奴らが覚醒するたび流れ込んでくる闘争本能は)
──ふ。想い人との営みでもたらされる”それ”同様──
──君の体を治し癒す類のもの……ってコトは知ってるさ。──
──故に君の体がこの戦いで壊れぬのは分かってる。分かってるさ。──
(ならどうしてからかうようなコトを……? いやそもそもお前は……『誰』だ? どこからオレに話しかけている…………?)
声。どうやらビストバイたちには聞こえぬ物らしい。」彼らは急に落ち着きなく右顧左眄し始めた創造主を不思議そうに眺め
ている。
──ふ。何がどうなってるか知りたいかい?──
──ならばあの少年たちを起こしてみるといい。──
──起こせる、ものならね。──
なお脳内に響き渡る声。
(というかこの声……『どこかで』……!? 聞いたコトがある。話したコトも……?)
しかし考えれば考えるほど誰のものか分からなくなるその声の指示に不承不承、半信半疑といった様子で一歩踏み出し
かけたライザの表情が……軽く強張る。
(動け……ない?)
いよいよ体の崩壊が近づいたのかと肝を冷やしたが、しかし体組成が頽(くず)れるおぞましい感覚はまったくない。爆発
やオーバーロードの熱が深奥の彼方から駆け巡ってくる危険な前兆もまた特に見受けられない。
(どうした? なぜ動けんのだオレ!? 立ってはいるんだ! 立てなくなるほど消耗した訳じゃねえ!! だのに体が……
重い!! プールの中にいるような嫌な圧力が行く手を阻んでいる!! オレは最強なのに、たかがプールめいた水圧に
……阻まれている!!)
ゴールたるソウヤたちとの距離はまったく縮まらない。
焦れば焦るほど足が縺れる。募る危機感。恐怖。だが膨れ上がって引き攣る感情の度合いとは裏腹に、肉体という物理
的な側面は、まったくと言っていいほど通常そのまま。崩壊に繋がる危険な蠢動が一切ない。
「ぐ……あああああ!!!」
渾身の力を込めて前に飛ぶ。青年たちとの距離が激減した。
(やった……!!) 喜色を浮かべた次の瞬間、体が後ろに向かって大きく下がった。パチンコ用のゴムのとびきり巨大な奴
に引っ掛かって押し戻されたような嫌な感触だった。気付けば彼女は元の位置へ逆戻り……。
(待て。この感覚……。オレは、知ってるぞ)
生唾を飲み込む。肉体の崩壊説は吹っ飛んだ。もっとありふれた、既知の事象が己の意思に絶大な影響を与えている
コトに暴君は少しずつ気付き始めた。
(『プールの中にいるような感じで』
『歩けない』……?)
そんなのたった1つじゃねえか。生唾を呑むライザ。宿業。たとえ頤使者(ゴーレム)といえど知的生命体である以上逃れ
えぬ宿業がある。脳髄が味あわせる奇怪な事象が……あるのだ。
それは人間に近い思考形態を有したがための不可避の恐怖。
本質的には無害だからこそ、恋人たる星超新とはまた別の意味で幾夜も幾夜もライザを脅かしてきた生理現象。
”よいもの”もまたあるからこそ、それを見たいという欲目に負けて終ぞ最強の力で抜本解決を諦めた──…
まどろみのなかの、苦役。
人は良きもの悪しきものを総合し、こう呼ぶ。ライザもまた……こう呼ぶ。
(『夢』!!」
どうしようもない悪夢を見たとき、人は恐るべき精神力で現実への回帰を果たす。
ライザがそれをやったのは、『意味』を悟ったからだ。
(オレが夢を見るってコトは、『見させられている』ってコトは、つまり!!!)
(戦闘は、継続中!!!)
戦闘時間残り2秒。
マフラーのはためく音がした。瞼を開く。不穏を孕む灰色の空気は三度眩く爆ぜた。右上、左下、中央やや右。ライザが
平面視界で間髪要れず炸裂したフラッシュに目を奪われた瞬間すでに危機は居た。『何か』。電波という機雷を亜光速で
爆砕後一度はそこまで駆け抜けたカメラフレームの大外からライザの顎の下近くに回り込み潜り込む。超過。最強の反応
速度を遥か凌駕する一撃。砕かれ舞い散る電磁障壁の欠片の中で黒ジャージの少女が悟ったのは攻撃ではなく接近。何
かが近づいたと思った瞬間もう鈍く痛む脇腹を基点とする力圧の解放が小柄な体をフッ飛ばし……ここが現実だと嫌になる
ほど認識させた。
上空8m地点でジャイロ独楽のように多軸多方向に回転したのは一瞬のコト、「面白くなってきた」と笑みを讃えつつ宙返
り、退転の高速なそのままに、崩れたクラウチングスタートのような姿勢になった彼女の手の発する電波が指先との火花と
引き換えに速度を殺す。増殖。ライザの後方めがけ無限ペーストされた質量なき真紅の力場。石火散る足裏。0.084秒。
それはライザが虹のような歪曲アーチの上で態勢を立て直すに要した時間であり、上方からの激烈なる衝撃に叩き落され
る刻限。
脳内血管が破裂したような痛みを抱えるライザが大の字に落下し始めるという屈辱を引換券にして得たのは視認。敵は
虹色で隻眼だった。煌々たるエネルギー体の中で金色の三白眼だけがどうしようもなくギラついているのを目撃できた理
由とその得物の一隅たる刃を(暴君が)しっかと握り締めている現状を無関係と断じる知的生命体などまず居ない。
刃。
握り締めるなどという生易しい物ではない。親指を除く総ての指が貫通している。それらが四方八方へ巡らすヒビは更な
る握力によって限界へ。砕ける刃。笑う少女。左(もうかたほうの)手に収束した電波光線はやっと刃を解放され再加速に
入りかけた敵の首から上で容赦ないマイクロ波の爆発事象を惹起した。黒煙の中ほくそ笑む少女。硬直。肩口の爆発。軽
く息を呑む少女の背後に充満していたのは鏡面の如く輝く黄金ジェットの数々。原材料は刃の破片で破片はクレイアニメ
の粘土だった。ウネウネする欠片が捏ねられ黄金ジェットになっていた。
変化。
そして反射。
放ちし電波が鏡を伝いピンボールが如く肩に還ったのが反射であればその事実示しうる現実に向かって戦神が取った
最適行動もまた反射。全身から360度全方位に向かって放った拡散型の電波粒子砲は鏡によって先の一撃を免れた敵
への牽制をも兼ねているが本願はより単純でより戦略的。地上に着弾した無数の光線が土くれと砂塵を巻き上げ世界を
一層薄暗くした。亜高速で迫る敵は不可視なれど存在はする。なら降り注ぐ土砂の中を駆け抜ければ? 高熱源体ゆえ呑
み込み熔かす。果たしてブラウンの豪雨の中ジグザグの空隙発生。突き刺さる拳。影も見せずに接近した暴君の拳は予測
されうる敵の座標を空間ごと割り砕き──…
先ほど地球外で星屑を星に相転移させた古い真空の解放が炸裂。
暗紫の超重力の渦が地表を削り取る。バスケットボール大の渦は次の瞬間にはもう予想進路図中の台風よろしく衛星軌
道上からもハッキリと視認できるサイズに成り果て破壊を尽くす。
光が白熱の絶頂に至り消えたあと残されていたのは無残に抉られた大地。
深さ319mのそれは大渓谷と言い換えて差し支えなかった。剥き出しになった灰色の岩盤は螺旋状に抉られており爆心
地を免れた荒野はもう断崖のごとく切り立っている。
狂気の戦争の末路のような幽谷の遥か上、従前から見れば何ら変わらぬ位置に浮遊する暴君が肩を上下させながらもよ
うやくの勝利を確信(こいねが)ったのは心理として当然であろう。だが空間の割れ目の最後の1ピースを吹き飛ばして現れ
たカタツムリ型の自動人形──肌ときたら大小さまざまのフジツボの群生へアトランダムにドギツイ赤青黄のカビをまぶした
ようなグロテスクさだ──が拳に纏わりつき酸に浸したような痛みをもたらす。
(囮!? 土砂呑んでジグザグに飛んでたのコイツ!?)
顔を苦渋にゆがめ手を引く暴君。空を蹴り距離を取ったが打ち出されるフジツボによって頭頂部から伸びる長大な毛(あ
ほげ)の片方を上から3分の1ほど削り取られた。スコン。スコン。スコン。ライザが避ける傍から崖や岩盤が柔らかい木の
如く小気味よく抉られていく。一切の防御を無視する破壊の飛轢に何らかの対応を取ろうとしたのだろう。動きかけた暴君
の喉首に黒い布地が巻きついた。同様の拘束は両の手首や足首にも散見できた。しかも縛られる各所へどこからか現れ
た2本の剣が斬撃を見舞う。傷こそ与えられなかったが重力は歪んで軋む。『重くなる』という生易しいものではなかった。
舞台劇の書き割りをヘシ折るような気軽さで質量と存在を三次元ではない別次元の領域めがけ枉屈(おうくつ)させる。枉屈
という法理を犯す歪曲を働く。
(一連の攻撃……。コレらは)
順にリフレクターインコム。扇動者。黒帯。そして陽剣陰剣。
(いずれもビストたちオレの部下の武装錬金! とはいえ最後のはこの戦いで未出……。なぜ敵が使える? 創造主(ミッド
ナイト)とは面識すらないんだぜ?)
疑問は浮かぶが追求する余裕はない。手足を帯と重力で拘束された状態で触れたもの総て削り取るダークマターの的に
なる絶対危機。さらに再び現れた黄金ジェットのリフレクターインコムの群れどもが自前の強い力の光線の支援砲撃に至り
つつある。
(で、部下どもの能力(ちから)に気をとられたら例の虹色のアイツが肉薄、と)
猶予はない。ライザは、溜息をついた。
(最強と自負する電波兵器Zの最大出力(げんかい)を行使してもなお勝てないとなると、正直それはもう名折れ。敗北に等しい)
ダブル武装錬金を使った時点でライザはもう自分という人格が発しうる力の総てを見せている。見せながらなお敵を全滅しえない
となると観念するしかない。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
(他の力に頼って更に底上げしなきゃダメだって、観念するしかねえ!)
「次 元 俯 瞰 ! !」
CTP……共通戦術状況図の武装錬金によって次元違いの領域にまで高められた電波兵器Zの照射が、あらゆる牽制
に後押しされて繰り出された『2m近くの三叉鉾』を完膚なきまでに破壊した。
(さっき、ブッ壊した刃がリフレクターインコムになった。ソウヤ。何をやったか知らんが、どうやら今ライトニングペイルライダー
を被覆する四枚の刃はそれぞれがそれぞれオレの部下たちの能力を宿してるな? ちょっとした破壊ならさっき見たく変形する
だろうが……)
光のなか塵と化す三叉鉾にもはや修復の気配はない。
「これで──…」
今度こそ、ようやく勝ちだ。安堵したライザが光の巨竜の口に呑まれ見えなくなった。虹色のグラデーションに揺らめく竜の
サイズは大きい。バスターバロンすら丸呑みにできるサイズだった。激しくクネりながら地面を目指す全長は240mと少し。
やがて現れた柄の最果てで丸太より太いそれを掴む青年は轟然と迫る岩盤を見ながら一言呟く。
「破滅をも喰らうがいい! 欲深き爬虫の王よ!」
スパークする竜の体内でライザは、気付いた。
(『石突』……? まさかさっき壊した三叉鉾は……『石突』だったのか……!?)
ライトニングペイルライダーの柄には旧来の姿を模した石突がついていた。父の突撃槍の遺伝だろう。
(そして壊されると同時に柄を旋回! 本体の方を、オレに……!!)
(しかし石突ですら2mを超えるとかどういう理屈だ!? サイフェのグラフィティレベル7に匹敵、いや、それ以上の進化!
『進化』!? まさかソウヤは……いや、『ソウヤたちは』……!!!)
「そうだ……!!」
上向きの風に×字の前髪とマフラーを激しく揺らす青年。胸に去来するは少し前の光景。
電波地獄によって惑乱を極める精神世界の扉が開いた。
入ってきたのは……褐色銅髪の女性・ダヌ。ヌヌと融合を果たしたコトをまだ知らなかったソウヤは思わぬ登場に目を剥いた。
「いったいどうしてココに……? いや、コレも幻覚、なのか? 本人だとすればライザの全力のダブル武装錬金に耐えられ
る筈が……」
「フ。本物さ。分身にすぎない私が本物だと主張するのも妙な話だが、しかしソウヤ君。よく聞いて欲しい。私だけは……
耐えられるのさ。擾乱(じょうらん)を極めるライザの武装錬金を」
ここでソウヤは初めて気付いた。ダヌが鎧を着込んでいるコトに。ソウヤがサイフェの核鉄で発動した軽装鎧とはまったく
系統の異なる、どこか日本の鎧甲冑を模した流線的なフォルムの鎧の存在に。
「大鎧の武装錬金、『パーティクル=ズー』。本来の創造者はアオフシュテーエン。ブルル君のご先祖さまさ」
「アオフシュテーエン。確かその血がライザの寄り代の1つになったという……」
「フ。そのあたりは話せば長くなる。時間は無い。用件だけ伝える」
ダヌが手を上げるとソウヤの傍にヌヌ、ついでブルルが出現した。前者は何事かと目を白黒させ、後者はソウヤ同様ダヌ
の存在に面食らったようだった。
「フ。パーティクル=ズーの特性はザックリいえば量子世界への干渉。精神という電流を他者の脳髄へ接続するのは朝飯前。
だがそれでもライザの電波は防げて0.3秒が精一杯。フ。この武装錬金が弱いんじゃない。私の認識票のコピー能力の
限界って奴だ」
そして。ダヌの姿が輝く粒子となって溶け始めたとき、ソウヤは「あっ」と手を伸ばした。
「フ。私が量子化し意思ある電波と化せば0.3秒を0.6秒まで伸ばせる。ライザの精神干渉を私が食い止める。お前たち
を電波から守る盾となる。その隙にお前たち3人はどうするか決めろ。降伏か、抵抗か。好きな方策を、選べ」
「まさか……死ぬつもりかいダヌ!? 我輩、あれほど説得したのに…………やっぱり受け入れたく……ないのかい……?」
「ったく。泣いてんじゃないわよ」。ヌヌの肩に手を置く少女は精神世界だというのにタバコを吸っている。
「『ダヌ』……だっけ。わたしはあんたを信頼する。くたばったりしないって信頼する。だってアオフさまの子孫たるわたしの前で、
アオフさまの武装錬金自殺の道具にするなんて頭痛いにもほどがあるわ。そりゃ『侮辱』ってもんよ。そしてわたしが友と認める
ヌヌは……まあ、色々汚い手段も使う感心できない奴だけどさあ、真に人の尊厳を犯すようなマネは絶対しないとも信じてる。
ダヌ。あんたはヌヌの分身よ。自殺するつもりがあろうがなかろうが、わたしがこう言った以上、最悪なマネは思いとどまる筈よ」
叶わないな君には。ダヌは苦笑した。分裂したとはいえ友誼までは壊れていないらしい。
「フ。大丈夫だ。核となる部分はヌヌに残している。従って私が粒になってもアルジェブラの進化は解除されない。力の何割か
は失われるだろうが……死なないさ。死ぬとソウヤ君が悲しむからねえ」
「とにかく、どうするか……決めるといい……」
そういってダヌが消えた。ヌヌは一抹の感傷を滲ませたが、すぐさま冷然たる面持ちでしかし咳き込むよう捲くし立てた。
「我輩は時間を操る存在(もの)! この精神世界における時間を引き伸ばす! ダヌがくれた残り0.5秒を360倍、つま
り3分まで引き伸ばす!」
(ん? あのコ、0.6秒って言って……ああそうかそのうち0.1秒は私たちの合流で既に使われたと。で、ヌヌが既に36
秒にまで引き伸ばしていたと)
ブルル、納得。ヌヌは騒ぐ。
「我輩とて色々考えた! だが正直ね、もう策でどうにかなる状態じゃない! ライザの全力の電波擾乱は防げるものじゃない!!」
「だからもうアレだ!! ヤケ!! 全部乗せる!! 」
全部乗せる? ソウヤたちは首を捻った。
「ああ。何もかもを賭け皿に乗せる!! 我輩たちが保有する戦力と呼べるもの総てただ1人に集約する!!
白い核鉄も黒い核鉄も──…
ソウヤ君が持っている『特殊核鉄』21個の能力も──…
我輩とブルル君の有するアース化の因子『十二の扉』2つも──…
チメジュディゲーダルの屋敷で邂逅した奇人・LiSTの空間をも操るレーションの能力も──
ブルル君に打ち込まれ融合した『新型特殊核鉄』27個に宿る伝説の戦士たちの能力も──…
先ほどライザが見せた頤使者兄妹最後の一人ミッドナイトの『重力の余剰角&欠損角』も──…
頤使者兄妹たちから借りた核鉄に残っている『強い力』『ダークマター』『進化適応』の能力3つも──…
それから当然、我輩たちが一連の戦いで進化させてきた
『ライトニングペイルライダー戒(ハーシャッド・トゥエンティセブンズ)』
『アルジェブラ=サンディファーU(デフテロス)』
『ブラッディストリーム・ラウンドアバウト』
この3つの武装錬金の力を、全部!! ぜぇーーーーーーーーーーーーんぶ!!! 我輩たちの誰か1人に託すんだ!!」
「つまり一極集中ってワケね。確かに『十二の扉』っつうアース化の因子が2つ揃うのは魅力的よ。だってライザは1つしか
持ってないもの。そのぶん体への負担は莫大だけど、でもまあ、戦闘時間は残り2秒足らず。わたしなら、アースを降ろす
に適した一族の末裔たるわたしなら、ドーニカコーニカ耐えられる筈」
だからわたしに全部……言いかけたブルルを手で制したのはソウヤ。
「なによソウヤ。文句あるの? 自慢じゃないけどわたしはあんたたちより頑丈よ。ヴィクターVであり頤使者(ゴーレム)で
ありホムンクルスでもある。強すぎる力の数々だからこそただの人間にゃ一極集中できないってのは、ま、常識的な判断
だと思うけど?」
「でもあんた、『だからこそ』とっくに限界を超えてるんだろ? アース化で作り出した数々の強烈無比な武装錬金。決して
無反動じゃなかったはず。ライザですら損壊を余儀なくされた力なんだ。あんたが無事でいられる保証はない」
「……」
「タバコの持つ何らかの鎮静作用。あんたはそれをさっきから次元俯瞰で強めている。悲鳴を上げる体を麻薬のように鎮めて
いる。そんな仲間にこれ以上の無理強いは……したくない」
「……そーいうコト気付いてんじゃないわよボケ」
「気付くさ。仲間の体調なんだ。気付く」
真摯の体現のような眼差しで正面から見据える青年にブルルはただ「頭痛いわ」と顔を背けるだけだった。頬はやや赤い。
「(いいなー見つめられて) だがソウヤ君、いま説諭したブルル君が超人の肉体でやっと1つ耐えれた『扉』の高出力(ハイパワー)
を君はヴィクター化のみで『2つ』も受けるんだよ? 遺伝的素養もない。しかも我輩の『扉』がどれほどの強さを持つか未検証」
正直キケンすぎゃしないかい? という問いをソウヤはこう解いて返した。
「アースだ。過分なエネルギーが流れ込むというならそれら総てペイルライダーで排出すればいい。どの道、生半可な速度では
ライザは決して捉えられない。オレの蝶・加速ならアース化の肉体負荷を減らしつつ速度をも……上げられる」
オレは相棒を信じる。三叉鉾を捧げるソウヤに「いつまでもつのよそれ。あんただって既に蝶・加速の反動でボロボロじゃ
ない。まったくよく言うわ」とブルルは半眼でぼやいたが、しかし精神世界における残り時間はもうすぐ尽きる。3分経過まで
数秒もない。
アース適合の条件は。
まず第一に稟質(ひんしつ)。
生まれつきその本質が清らかであることが肝要。
武藤カズキの形質を色濃く受け継ぐソウヤは満たす。
次に現状。幸福であってはならない。
何がしかの巨大な欠如を抱え、苦しんでいる者にしか扉は開かれない。
斗貴子の思慮深さとパピヨンの孤独を併せ持つソウヤはずっと欠如に苦しんでいた。
パピヨンパークで両親との問題が解決したあともだ。時空改竄で生じた王の大乱なる惨禍の咎。
それを購うための術をずっと求めている。
最後に、武装錬金。
器として、分配に適した形状のものを──…
発動できる存在。
ライトニングペイルライダーはエネルギーを放出する。
ソウヤの調整1つで変電器にもバッテリーにもなりうる。
修行すればアース化の莫大なエネルギーを電気にして各世帯に分配するコトも可能だろう。
「羸砲。総ての力、オレが預かる」
頷く法衣の女性の光円錐の操作によって手に入れた総ての力。
そして後を託し昏倒した仲間達の姿。
2つを交互に見たソウヤは声帯を引き絞る。彼らが報われる勝利(もの)を掴むため、裂帛の気合を迸らせる。
「闇に沈め!!! 滅日への蝶・加速!!!!!!!!!!!!」
ライザを内包する電磁の長鉾の彼方にある穂先が岩盤に着弾しこの戦闘最大の大爆発を引き起こした。
(なんつー戦闘しやがるンだよ小僧)
ライザ覚醒後わずか1秒の攻防だった。獅子王すら総てを捉えきれた自信はない。ただ生唾を呑み唖然とするだけだ。
ハロアロも全容を掴めた訳ではない。だからこそ知悉しえた情報から整理する。
(一瞬ライザさまが夢に囚われたのはアレだね。恐らく全部乗せでアース化したであろうエディプスエクリプス(ソウヤ)が、
『使った』んだ。そこら中を電波と物質の双対性で飛び回る電波兵器Zの武装錬金を)
黒帯(グラフィティ)で複製。増幅して跳ね除けた。だが恐らくライザを眠らせるつもりはなかったろう。正々堂々と力を認め
させるための戦いだ。眠らせて叩くなど論外。彼女が夢に囚われたのはつまり、ソウヤが自衛のために跳ね除けた電波が、
黒帯の強化作用を帯びていたために、ライザを一瞬上回り、精神地獄へ案内してしまったせいだろう。
(ンで、そうと知らぬ小僧は正面から吶喊。ジグザグに飛んでたのはせめてものフェイントだな。こンとき石突の方を使って
いたのも意図しない出来事)
巨大すぎる鉾ゆえに生成まで(1秒とはいえ)時間がかかった。そして少しでも速く突撃したいソウヤは先にローディング
された石突の方を──従来とほぼ同サイズだったがため──鉾本体だと当たり前のように認識してしまった。そして砕かれ
るころやっと本体が出来上がったので、咄嗟に使った。
(シルバースキンに匹敵するとライザさまが自負されているであろう電波障壁を、石突の攻撃で砕けたのは、あたいたちの
能力が乗っていたから)
(強い力とダークマター。原理だけいやあ電波に勝る力だ。それを進化適応と重力で底上げしたンだからな。アース化した
小僧自身の攻撃力と相まって)
防御を、突破した。ライザをもフッ飛ばした。
「残り1秒、ブルルは」
獅子王は彼方を見る。相転移の惨禍を免れた荒野に横たわる少女2人を見る。片方はかつて干戈を交えた誇り高き少女。
ブルートシックザール=リュストゥング=パブティアラーはうつ伏せに倒れたきり身じろぎもしない。
「ヌヌも」
法衣の女性・羸砲ヌヌ行は横向きに寝そべっている。表情は前髪に隠れて見えないが、気絶しているのは確かだとハロア
ロは確信している。かつての対戦相手だからこそ分かる。意識があれば真先に声援を送る状況なのだ。しかしない。気絶だ。
「でも──…」
サイフェは大きな双眸を一瞬涙でくっしゃくしゃにしたが、すぐさま指先で拭き取って、輝くような笑顔を浮かべた。
憧れのヒーロー。理想的な主人公。そして苦しくも甘酸っぱい感情を沢山くれた初恋の人は。
崖の上の武藤ソウヤは。
山吹色のマフラーをはためかせながら、確かに。己の二本の足で。
立っていた。
それは暴君・ライザウィン=ゼーッ! が提示した勝利条件の1つである。
『最強の自分相手に、戦闘開始から10分後に、誰か1人でも立っていられれば勝ち』
という、傍目から見れば恐ろしく簡単な、しかし黒ジャージの少女の力量を知る者からすれば絶望的なまでに難しい条件に、
ソウヤだけが今、王手をかけた。
(あ、ひょっとしてアース化したの……?)
褐色のザ・妹は首をひねった。ソウヤの姿は一変していた。髪は淡く光る蛍色。肌は赤銅色。サイフェが貸与した核鉄由来
の鎧も以前の東雲色から急転直下、漆黒のカラーリングに変じている。そして鉾。先ほど240mに迫るサイズだったのは
どうやらエネルギー展開によるものらしく、今は大きく縮小している。といっても全長3m台後半と超重武器の範疇だったが。
爆心地で岩くれが浮かび上がった。全員の視線が集中。そこにいたのは予想通りというべきか。ライザ。「まったくしてや
られた」という渋面で眉を顰めたのも一瞬のコト。ソウヤを見上げると、生意気なカオでくいくいと指を動かし挑発する。
(勝利条件その2は『オレにかすり傷以上のダメージを与える』)
(だが今の攻防でもライザは無傷。勝つならオレは、オレたちは、両方を満たして……勝ちたい!!)
そして両者は最後の激突に移行する。残り1秒を永劫の静止に塗り替えるほどの濃密なる攻防の数々を以ってこの空前
の戦禍を締めくくるのだ。
故にライザは見落とし続ける。
夢の中で呼びかけてきた『声』。それが誰であるかを。その存在が如何なる不測を呼ぶかを。
……見落とし続けるという生涯最大の過ちを犯した。
戦域はもう、大騒ぎである。度重なる激突によって時空はとっくに捻じ曲がっている。時系列を操る者、上位次元から干渉
する者、さらに宇宙の根源的統一力の電波によって法則を枉(ま)げる者、神域の無法者どもが寄って集(すだく)って因果の
綾をむちゃくちゃにしたせいで一帯は特有固有の、一種独特の時の流れを生んでいる。あたかも実時間は神どもの思考の
たび遠慮して止まるが如しだ。漫画などでよくある『残り僅かな時間以上の長さを誇るモノローグ』が物理的に成り立つ奇矯
な法則がすっかりできあがっている。恐るべき戦闘の余波、時をも歪める極限の壊乱。世界はまどろみのような緩やかで
退廃的な色彩に満たされる……。
(ハッ!)
すーすーする感触。暴君はお尻を押さえた。ズボン。先ほどの激突で破れたらしい。下着と小ぶりなヒップがちょっとだけ
だが見えている。
(…………)
後ろ手で無言でインナーの裾を引き、隠す。恥ずかしくて仕方ないが、一人称がオレなる粗雑で通しているのがライザ、楚々
とした羞恥に騒ぐのは『ガラじゃない』。(だいたい、ボンキュッボンでもない小便臭いオレが) 何をもったいぶっているの、
自意識過剰〜と悪く言われるんじゃないかという危惧もある。
(せ、戦闘中だしぃ? あたらとはもっと凄いコトたくさんしたし? 恥ずかしくなんか、ないし……!!)
気丈な表情を作るが頬が赤らむのはどうしても止められない。ソウヤがもうすぐ攻めてくるのだ。想い人以外の男性が。
お尻は、見せたくない。つっぱった白いインナーで覆うが戦闘運動を考えると些か心もとない。ソウヤに、思う。
(ううっ、後ろ回りこんでくんなよボケ!? こっちは生地たりねーんだからな!! 見えるから来んなボケ、ボケー! 来たら
殺す、殺してやるううう!!!)
内心で瞳をグルグルさせるのは最終局面らしからぬ牧歌的なテンションだが、しかしそれが逆にソウヤを苦しめる戦力充
実に繋がった。
(あ、恥ずかしいなら何かで覆っちまえばいいんじゃね?)
ソウヤの軽装鎧を見る。装甲追加は敵が始めた。ライザがやっても問題はないし不思議もない。
(そ、そうだ。べべ、別にお尻隠すためじゃないからな。最終決戦、だからな。オレが更なる武装をしても不思議ではないのだ。
ふふ、さすがはオレ、戦闘から生じるさまざまに対し天才的素養があるのだぜー)
恥じらいを抜きにしてもトレードマークたるジャージはアース化を遂げたソウヤの猛攻によってあちこちがボロボロだ。襤褸
(らんる。ぼろ切れ)を衣とするのも最終決戦らしくて一興だが、しかし最強の格式にふさわしくないともライザは思う。圧倒的
な敵ボスほど身なりはちゃんとしてるのだ。むしろ主人公たちが半裸のときほど荘厳なる新形態のまっさらな衣装を披露する。
(しかしインクラと併用して釣り合うレベルの武装錬金ってそんなにねえよな……?)
重要なのは何を纏うかだ。防具といえばシルバースキンだ。戦団最硬ゆえ家柄は充分。……が、選ぶのは些か勝ち気が
過ぎる。何しろ敵に課した勝利条件の1つは『ライザにかすり傷を負わせる』。
(そりゃどうしてもオレが勝ちたいってなら選ぶべきだ。最善手だからな。残り1秒、総ての力をシルバースキンの強化に注ぎ
込めばいかにアース化したソウヤといえど突破は不可能。だからシルバースキンを選べばオレは勝てる。絶対に、簡単に、
勝てる)
だが面白くないし何より熱くない。守りの戦いを否定する訳ではない。攻撃的なライザは、”だからこそ”、力で劣る存在が
徹底した守りで勝ちをもぎ取る戦いの数々に何度も本気の喝采を送ってきた。
(だがオレはソウヤより『強い』。強いのに最後の最後で守りっていう保険に逃げるのは違う。オレ自身の矜持に反するし、
何より──…)
彼らはここまで死力を尽くして戦ってきた。最強を自負するライザから振り落とされまいと智謀を尽くし、精根を尽くし、限界
の壁を何枚も何枚も突き破った。
(だったら強者たるオレは礼節を尽くす。真向勝負だ。守りより攻め。鎧はオレの攻撃力を高める物を……選ぶ!!)
選択したのは。
(大鎧の武装錬金・パーティクル=ズー!)
言うまでもなく先ほどダヌが使った物である。妨害を察知したがゆえの選択か否かは正に神(ライザ)のみ知る。
(アオフシュテーエン=リュストゥング=パブティアラー。ブルルの先祖にしてオレの体を構成する因子の1つ)
アース化に長けた一族の中でも最強と称された男の武装錬金。その血が染み付いた泥がライザの肉体の一部である。
(故に適合率は……高い!)
光に包まれるライザ。黒いジャージが赤い戦闘服に置換。各所に装着されるプロテクター。太ももと二の腕には漆黒の、
脛と前腕部には銀色の、ガントレットを思わせる装具がついた。肩には剣竜を思わせる金色のツノ付きのパッド。ベース
カラーは漆黒だが中央やや下で鉱脈のように長細く横たわる翠の宝玉がアクセントを与えている。同様の意匠は胴体パー
ツにも施されており、胸部中央に嵌めこまれた宝玉がハートマークに見えなくもないのはライザという葛藤に満ちた少女ら
しいといえば少女らしい。
(複製品だからな。本家本元より若干オレ寄りのデザインになるらしい)
カマキリのような鋭角的なフルフェイスヘルメットの中、ライザは迫り来る圧威を見上げそして構える。
(これで『ワダチ』も装備すりゃあ勝利間違いなし!)
いつか語らった男の大刀の武装錬金を思い出す。あらゆる武装錬金の特性を──【至高の宝具(インフィニット・クライシ
ス)】であろうとその機能の約半分までなら──壊す最凶の武器を駆り出せば如何に進化著しい三叉鉾といえど破るは必定。
(だがッ!!!)
唾棄したい焦熱を以って峻拒(しゅんきょ)する。
(誰が使うかだぜ!! あんなのは完全防御と同じ! 戦いの妙味に欠ける無粋!)
すでにライザは万物を意のままに操り精神すら汚染の窮極に追い込む電波を行使しているのだ。ある流派の継承者は
言った。”過ぎた強さは時として周囲(まわり)に「卑怯」と取られるコトがある”。ライザは既に卑怯と無粋を振りまいている。
ただ純粋に全力を出したいだけなのに、厄災じみた桁外れの実力が世界の許容の終端を軽々超えて敵に悪夢を押し付け
た。なのにそれと比肩しうる武力を追加するのはガマンならない。花火に混ぜるストロンチウムのような景気づけの添え物
としてなら別にいい。だが水爆で滅ぼした首都に核ミサイルを連追撃するような『万全、念のため』とやらいう勝ち気に於い
て使うのは暴君の誇りが許さない。己自身ともいえる最強の能力(ちから)を叩き込む、大事なのはそれだけだ。次元俯瞰の
ような補助や強化を施した時点でプライドはかなり傷つけられたが、しかしそれはまだ”添え物”として割り切れる。不本意
だが、そんなのは敵だって連携の名の下にやっている。結果最強から忸怩たる不本意を引き出すのは弱者の特権、ライザ
が大好きな戦いの妙味の1つ。敵として、されても嬉しい。
(ならばオレだって己が手札総て最強の一撃に集約し収束しかつてない炸裂を目指していい。奴らが想像以上っていう無言
の賛辞だ。格下を褒めるとき「オレより凄いコトしやがって」とムカついたり綻んだりしつつ肩抱いてやんのが最強の特権、
だからな!)
そして……ブッ放す。勝敗など考えずただただやりたいままブっ放せばいいのだ最強は。後顧の憂いに彩られる存在(も
の)など最強ではない、凡愚だ。成り下がりたくないからライザは必勝を期す。ムチャクチャな恣意に世界の方がヘコヘコ頭
を下げて迎合してくると一片足りと信じて疑わぬ。暴君とはそれだ、それに尽きる。故に最強近似たる特性破壊の大刀を有
事の際の二の太刀に控えさすなど有り得ない。最強と自負する己の最強と信じる攻撃をただ全力でブっ放す。勝てて当然、
負けたら地団太踏みつつ悔しがりながらも心の奥底で相手を讃え、認めてやる。最強”だった”存在に成り下がってもその
座を奪った者を気持ちよく喝采してやるのが元最強の器量であり義務であり世界をさんざ痛めつけたコトへの贖罪だ。真
向から全力尽くした結果負けるのは決して悪くない……負けた知らずの最強は聞きかじりの”感覚”が如何なるものかずっ
と知りたかった。負けても真に求める物は……得られる。
(なのにそれを嫌がり無難な特性破壊のリリーフに縋るなどオレの誇りは許さんのだ絶対に!!!)
不合理な意地である。だが理に合うコトだけ優しく告げられるのは名君であって暴君ではない。ライザは暴君ぶって肩肘
張って生きて来た。それ以外の生き方など知らないし今さら他を選ぶつもりもない。選んだ生き方がライザを作り、ライザの
得難い思い出を作った。駄々のような意地が自分なのだ。それを捨てて負けるのも、勝つのも、我慢ならない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
鉾と鎧の蝶・加速で迫るのは、ソウヤ。
承継。アース化した彼はブルルの身代を引き継いだ。すなわち、あらゆる武装錬金を行使する権利を。故にビストは予
測した。超スローモーションの時のなか決起の形相で歯噛みし左胸に手を当てる『小僧』が最初に何を使うかを。
(鉄板はライザのインフィニット・クライシス。最低でもブレイズオブグローリー級──…)
「出でよ! 避難壕(シェルター)の武装錬金!! アンダーグラウンドサーチライト!!!」
残り時間を”それだけ”で超過する唱和が罷り通るのもまた時空の歪みの証左である。だが獅子王に目を剥かせたのは
それでない。
「避難壕!? ヴィクターの娘の!? なんでそれを今!?!!?」
「いや! アレはアース化の高出力(ハイパワー)で本家以上に強化されてる! なら!!」
六角形の穴がソウヤとライザの中間点に広がった瞬間ハロアロが叫んだ。穴。それは断面の向こうにある亜空間を、巾着
袋でも裏返すように迫(せ)り出させる。人体内部のように生々しく蠕動する空間のブレーンに覆い尽くされた世界は煉瓦造り
一色だ。
「被害を防ぐためだね!! 現実空間で戦ったら凄い被害が出るから、亜空間を無理やり被せて……守ろうとしてるんだ!!」
実際地球は既にかなりの打撃を負っている。隕石が振り局地的にとはいえ岩盤まで抉られている。なのにソウヤとライザ、
戦う両者はそれ以上の激突を目論んでいる。暴君、破顔。
「面白い!! ならばこちらは……リフレクターインコムの武装錬金、ストレンジャーインザダーク!!」
黄金ジェット型リフレクターインコム数千基の放つビームが亜空間のベールを貫いた。
「空間破壊……じゃないね」
「ええ。かつてのビストの再現ってところ。親子揃って頭痛いわ」
気絶から脱したヌヌとブルル。並んで座る彼女らの視界の先で空間が目まぐるしく形を変え……超高層のビル群並ぶ
大都会へ。
(小生はブルルとの先鋒戦で夜のNYを造った。それのライザ版ってトコかい!)
(日本の官公庁とかあるレベルの建物密集地……!! 時は昼!)
光の加減で薄い空色に輝いて見える街並みは元々この地にあった(ライザが安全のため転移させた)地方都市のメイン
ストリートを遥かに凌ぐ過密ぶりだ。10階建て以上の建物が夏場の海水浴場のようにごった返している。
「やっぱ戦いってのはだなァ!! 建物ドッカンズッカンぶっ壊してナンボだろ!!?」
叫ぶ暴君。気魄に頬を痺れさせながらもソウヤは笑う。(ただの建物(オブジェクト)なら人の財も命も脅かさずに済む、か)
正義側に位置する敵の体面のためだけに荒野をチョイスしていた少女の優しさに頬が緩む。
ライザとの勝敗に関わらず、ソウヤを待ち受ける”この先”は見たコトもない難局ばかり押し寄せるだろう。
青年はずっと悩んでいた。強くなる決意を以って幻覚を砕いても、思慮深い部分はどこかで迷っていた。
己の判断が、改竄が、新たな騒乱を産むのではないかと危惧していた。
父母と養父の意思や形質を遺すための戦いをエゴと呼ばれるのではないかと恐れていた。
……。
錬金術とは卑なるものを貴きものに変ずる大いなる作業だ。究極を見据え遼遠を駆け抜けるとき人の心は……躍る。
ライザという最強を目指すときソウヤの不安は掻き消える。
かつて目指した『父の理念』。誰1人不幸にせずに済む自分を実現できる夢のような力が本当に得られるのではないかと
少年のようにトキめいてしまう。
確かに現実が過酷であるコトは否めない。純粋に生きていた者が、正しく生きようとした者が、思わぬ残酷な裏切りを受ける
など茶飯事だ。両親とのささやかな幸福を望んだ青年もまた、ごく間接的にとはいえ30億人犠牲の大乱のトリガーを引いて
しまった。そして体感した。初めて知った。理念1つ貫こうとするだけで雑多な軋轢が生じる社会の構造を最も残酷な、形で。
罪悪感が芽生えたからこそ、いつか誰かに糾弾されるのではないかと覚悟の体(てい)でただ、怯えた。大人ぶった頑なな
殻に包んで生きてきたが故に少年のやわこさを今だ保持しているソウヤの本質は罪の意識という消えない傷を容赦なく
斬りつけてくるであろう”誰か”を、”傍観者ゆえに正しい立場のみ享受できる誰か”の言葉を恐れていた。それで自分が、
加速を謳う自分が迷い出しやがて止まってしまうのではないかと。
(だが強さとは。決めた道を進める存在とは)
大らか、である。ソウヤはライザの態度の端々で本質を見た。父という前例もまたある。本当の強さとは辛辣な言葉や
心ない言いがかりを超越できる精神ではないかとソウヤは思う。ライザは圧倒的な武力に対する自信でデンと構えて
いる。カズキは正に太陽の如く明るい性分で受け流す。質は対極だが絶対値は無限に迫る。信念に相反する言葉を
認識の時点で相克し超越できるから、彼らは、強い。最後まで……貫ける。群集の罵倒や目先の利得に惑わされるコト
なく真理へ邁進できる。真なる錬金術師のように、貫ける。
ソウヤは絆を旨とする道を選んだ。各時代にいる人々と協力し、己が時空改竄の悪影響を1つ1つ、緩やかだが確実に
消したいと願った。父母や養父から受け継いだ形質を以って人々を助けるコトが、いつか死別するであろうカズキたちの
存在を永遠のものにする唯一の術だとも考えた。『3人の親』の形質がソウヤを通じて様々な人間に伝播し、彼らが更に
その真心で誰かを助けていくなら、ささやかな善意が少しずつ世界を良くしていくのなら、きっとパピヨンパークでの共闘は
ただ大乱を招いた悪因だけに成り下がらない。ソウヤが聖なる特異点と胸中密かに任じる大事な思い出は、彼の努力次
第で誰にとっても希望となるのだ。やりがいは、ある。だが一個人の感傷の、世界全員の価値あるものへの昇華は、いつ
だって尋常でない苦労を擁するものだ。母や養父よろしく聡明なソウヤはそこが分かっているから、父ほど一直線に駆けら
れぬ部分もある。『煮え切らない』。分かっていても、自分の都合が誰かを傷つける可能性を考えると、それを知ったがため
に動きを止める自分を考えると、思うのだ。『もっと無難で安全な方法があるのでは』。多くの人間が妥協と呼ぶ信念の放棄
の端緒が、刺さる棘のない滑らかさゆえあたかも正答のように見えてしまう。結局、堂々巡りだ。決意の宣言がどこか己の
鼓舞をも兼ねているような気になって、「これでいいのか」、己の信念すら猜疑的に見てしまう。そういった心情が精神や思考
を重くして、ますます加速を殺すのだ。
だがライザは、言った。
──「消防団員とか警察官とか、錬金の戦士とか、人を助けて生きる連中総てが常にマジメに生きてる訳でもねえだろ」
──「ゲームしたりマンガ読んだり、飲み屋で同僚とくっだらねー話したり、とにかく奴らはどっかで適当にガス抜きしてんだよ」
──「むしろソウヤ、お前のその肩肘張った自制心ってえのは、いつか悪堕ちする野郎の因子だぜ?」
(戦いを楽しむ心もまた必要、か)
わざわざ建物を作り、しかもそれを壊せという酔狂な要求。やっと過酷な戦闘が残り1秒というときに生じた新たな無茶振り
はきっと暴君なりのエールなのだろう。ちょっとぐらい派手に楽しく戦えという善意。だからソウヤは合致した。派手に締めくくり
たいという敵のワガママに合意した。空腹の獣がやっと肉を見たときのような理性の消し飛ばしをちょっとだけ敢行して。
(巨大鉾はしばらく封じる!! 局地的打撃戦だ!! 戦いを楽しむための戦いを暫しやる!!)
畏敬するライザが実は誰より自分を買っているとは、弱いと唾棄したい自分だからこそ尊敬されたと夢にも知らず。
笑い話のようだが、どっちも相手の深い部分を完璧には理解していない。双方とも相手の表面に現れる、強がりのような
上澄みの決意表明が総てだと思い感嘆し感銘し……感服する。ソウヤは30億人落命の大乱の遠因であるコトを悩み、ライ
ザもまたその大乱から生まれた自分を恥じている。それでも足掻かなければどうにもならないから、自分が傷つけてしまっ
た世界に対して何か1つでも善行を施さなければ死ぬより辛くなってしまうから、持てる権能の限りを尽くして生きんとする。
同病相哀れむの神域で自分と似た相手の美点にどっちも支えを見出している。
似た者同士なのだ、極めれば。
大乱という惨禍を共有するから、分かり合い、高め合う。傷つけ合うという干戈の交わりすら億の言葉を超越する語らい
にせんとする。”せんとする”のだ。過熱の極致に向かいつつある最終激突を彼らはあろうコトか春の日の午後の語らいを
描く程度の心の弾みで選ばんとしている。
だが彼らにしてみればそんなのは子供がお菓子目当てで冷蔵庫を開けるような『仕方ない』行為。
だって。何故ならば──…
お喋りは、楽しい。
(楽しむ心が大らかさになり、大らかさが強さを紡ぐ)
強さはやがて行く手に立ちはだかる困難や悪罵を凌ぐ糧となる。大事なのはつまる所『やり抜けるかどうか』。カズキに
だって挫折はあるのだ。蝶野邸の人々の命は救えなかったし偽善者と呼ばれ涙したコトも。されど無念の前で諦めるコト
はしなかった。無念があるからこそ二度と味わうまいと決起できた。戦い抜けた。だから彼は地球という『あの惑星(ほし)』
の総て守れる存在になった。
(オレの時空改竄の咎は蝶野邸なんだ。『まだ』そこなんだ)
次の戦いはすぐに始まる。だからソウヤは強くなりたい。大らかさという強さを持つ父と最強に少しでも近づきたい。
今すぐは至れない境地。されどだからこその理想像。ライザと戦って手に入る『強さ』は力量的な意味を凌駕する。
(またとない相手だが)
一瞬でも気を抜けばそこで終わる。ローリスクハイリターンは、ないのだ。得難いものを得るためには相応の苦労が必要、
子供でもわかる理屈だろう。ライザに振り落とされたくなければ喰らいつくしかない。勝ちたいなら、なお。
(結局、あらゆる困難は、全力を傾注するコトでしか打破できない)
ならば立ち止まる暇などない。
考える余裕もまたない。
(ありったけの思いを胸に灼熱の戦いの中へ!!)
エネルギーの刃がライザに向かって振り下ろされた。白羽取りを敢行した戦闘スーツの少女の背後で袈裟懸けに斬られた
高層ビルの上半分がズリ落ちる。轟音。土煙の中で視線を交える。どちらかともなく笑みが零れた。それは《エグゼキュー
ショナーズ》の刃4本がライザを刻まんと毒蛇のような勢いで躍り出た時も、タイムラグゼロの電磁熱線の乱れ走りが刃を
情報素子の毫釐(ごうり。ごくわずか)の彼方にまで分解し尽くした瞬間(とき)も崩れなかった。ただ破壊の空圧だけが屹立
する双方の周囲に流れそして弾けた。道路、だった。アスファルトの。白線も真新しい二車線道路の鮮やかな濃紺の地肌が
一瞬の光の収束の後ささくれて吹っ飛んだ。ソウヤとライザを中心とする半径200mの圏内が内から外に向かって段階的
に大小さまざまの破片となって舞い飛んだ。風と閃光にギャラリーの目が眩み何人かは片目を守るよう眉の前へ手を翳(か
ざ)した。
「まだまだ!!」
稲光と共に再生する鉾。圧倒的な光量に軽く目を奪われるライザ。すかさずソウヤは柄を基点にした水平蹴りを叩き込
む。鋭利な円弧はコメカミへ。「甘ぇ!」。白羽取りした鉾ごとソウヤをぶん回すライザ。乱れた軌道の蹴りが頭上を通り過
ぎた。追撃。少女の上段回し蹴りが青年の顔面に減(め)り込んだ。肉の奥まで打撃を通した心地よさに頬を歪める暴君
だが思わぬ急加速にバランスを崩す。蹴りのためとはいえ一本足になったのが災いした。受け止めている鉾。始動した
ジェットエンジンのように吹き散らかされる光がライザにたたらを踏ませる。離そうとする頃にはもう遅い。《サーモバリック》
の鳥もちのような粘着力が両手と癒着。奪われる選択権。反発。(力尽くで剥がしゃいい)、ダメ押しとばかり二本足に復帰し
たライザの重心はもう磐石、後ろに向かって轍を引く足裏すでに止まりかけている。だがソウヤの勢いもまた鬼出電入、黒
き鎧の各部が解放され彼の姿を露出したのは刹那の電影、ようやく鉾から手を剥がしたライザめがけ鎧から組み上げた
第二の鉾で特攻。予想外の奇襲をしかし身を捻った暴君。余裕と愉悦に歪む頬に重々しい裏拳が炸裂し首から下ごと弾き
飛ばす。拳の主は第一の鉾。後輩と真逆の変形を了していた。すなわち、鎧へと。空蝉はいつの間にやら癒着を解いて
拳をライザへ。
「触れてねえのに変形し、纏ってねえのにライザを殴る、か。つまりアース化の恩恵だな。強化。どこまでかは不明だが、遠
隔操作すら可能になった」
「いわば真・ライトニングペイルライダー戒(ハーシャッド・トゥエンティセブンズ)って所かい」
兄と姉が解説する中、妹だけはソウヤを見る。重なる傀儡が小気味よい駆動音と共に開いて再び纏われた。そんな様子
が嬉しくて仕方ないらしく、褐色少女、澄んだ双眸をきらきらと輝かせた。
(わーい。交代だー。サイフェの核鉄から出来た鎧が今度は鉾になったよ。ソウヤお兄ちゃんのメイン武器になったのです)
えへへと屈託ない笑みで顎を撫でる。一緒に戦っているようで嬉しくなったのだ。
「やるな」。手近なビルの壁に両足つけたライザ、頬さすりつつ「だが新しい武装錬金持ち出したのはお前だけじゃねえ!」、
徐(おもむろ)に鎧の後ろから両手を引き抜く。握られていたのは小ぶりな鎌。日本の草刈り鎌ほど大きく湾曲していないが
剣や槍と呼ぶには三日月すぎるアヤフヤな形状だ。
「シィアー。死神の大鎌の原型となったと目される武器」
「16世紀から17世紀の農民兵の武器……というけれど、農具としての歴史の方が遥かに長いとか」」
ヌヌとブルルが口々に言う間にはもうライザ、壁を蹴ってソウヤに向かっている。飛ぶソウヤ。交差。数合の火花が散って
ばっと遠ざかる。黝髪の青年の右肩の鎧に亀裂が入るや赤い液体がビュっと噴かれた。
「《エグゼキューショナーズ》の乱打を仕掛けたけど手数で上回られたみたいだね。(むうー! ソウヤ君傷つけやがってえ!)」
「腹立つのは同意ね。何せアレはわたしのご先祖様の武装錬金」
『フ。お前の友人たる私がソウヤ君を助けるため使うのとは違う、か』
褐色銅髪の霊体(ダヌ)の出現に2人は一瞬目を丸くしたが、「件の鎧で力を使い果たしたが喋るぐらいはできるのさ」と
言われると、「なるほど重畳。そして君の今の文言その通り」と揃って頷く。その間にもソウヤとライザが激しく打ち合っている。
(鎧はどうやらシルバースキンほどの防御力はなさそうだ。オレの刃が掠るたび傷ついている。修復もしない。だが……鎌
(シィアー)は違う。既に三桁近い打ち合いに突入しているというのに刃毀れ1つ起こす気配がない。ペイルライダーがアー
ス化で自動回復してなかったらオレはとっくに武器を壊されている)
冷静でいられるのはコレが小手調べだと分かっているからだ。ライザのヘルメット越しに見える目はいたずらっぽい光を
宿している。”お前アース化でどーいう風に強くなったんだ? 見せろ、オレも大鎧の機能見せるから”とでも言いたげだ。
だからソウヤは攻防の中で、分かる。
(ライザが使っているこの武装錬金は……攻撃特化!! 守りより攻めの武装錬金! しかも彼女はまだ特性を使ってい
ない! 持ち前の身体能力と攻撃力を上乗せしているだけに過ぎない!!)
果たして如何なる特性を隠しているのか。警戒心で頬を引き締めるソウヤに気楽な声がかかった。
「安心しろ。パーティクル=ズーの特性は使わねえ。なにしろこの大鎧、オレの電波の下位互換……だからなア!!」
(下位互換? 一体どんな特性……いや!)
金属音と痺れの交錯は追求を許さない。得意の蝶・加速に移ろうとするたび高速の鎌の連撃が出鼻を挫く。《エグゼキュー
ショナーズ》や《サーモバリック》といった変形についても然り。刹那で組み替えられるモードですらそうなのだ。鎧をパージし
て鉾にして握りなおすという複雑な作業はもっと出来ない。そんなソウヤを余所にライザは己の都合のみ喋る。
「下位互換とはいえ物理攻撃力は最強クラス! メイン電波のサブ程度に据えるにゃ、充分っっ!」
鉾を弾いた余勢でライザはバク転。懐に誘い込まれるのを警戒したソウヤはペイルライダー外装を軽く展開、内部の鉾に
エネルギーを収束させ撃ち放つ。反動。眩い光の中、ソウヤの爪先が特大彫刻刀で抉ったような轍を残し後ずさる。
「ヌヌのアルジェブラを模したか」
「それじたいは新型特殊核鉄で何度かやってたけど」
「いまは自前。本物スマートガンと融合してるみたいだね。これもアース化の恩恵だね、サイフェたちの能力を刃に宿したの
もそーだけど」
露出した内部の鉾には核鉄が4つ嵌っていた。目のいいサイフェは一瞬でシリアルナンバーを照会。どうやらビスト、ハロ
アロ、ヌヌ、ブルルのものらしい。(アレ? サイフェのは?) 不思議そうに目を戯画的な白目にした彼女はすぐ恥ずかしそ
うに目を伏せた。(ふぇええ!? そだ、そーだったのよ!! サイフェの核鉄はソウヤお兄ちゃんの鉾になってるのよー!
なら嵌ってる訳ないじゃないのさ!! うう。サイフェはやっぱりお馬鹿さんらしいのです、シマッタア)。素でボケてた自分を
誤魔化すように顎をくりくり。
大砲撃は止まらない。軌道上に幾つもの共通戦術状況図が展開。光線は図案をくぐるたび大きさと勢いを増す。
「ブルルのブラッディストリームとも融合済み……か。しかし!」
肩で担ぐようにした双鎌を大きく振り下ろすライザ。真空解放。ブレて重なる三日月型の衝撃波2つがライザを飲み干しか
けていた大砲撃を切り裂く。かくて彼女を避けるよう両側に着弾するエネルギー……。
「電波入りだ。さっきお前の骨を脆くした要領で砲撃の威力と速度を量子方面から蚕食した」
厳かな声を漏らす暴君。鎌を逆手持ちした両手を胸の前で水平に交差。不敵に歪む頬を爆火の残光が彩った。
(周囲に拡散充満の電波で押し包めば済む物を敢えて斬る、か)
”斬った”という事実を鮮烈にするためだけの無意味な演出だ。だがそれだけライザは最後の激突を派手にしたいらしい。
勝利を超えた部分を目指している……ソウヤは痛感し共感する。
(そしてライザ曰く大鎧の武装錬金、どうやら素粒子方面に適性があるらしい)
密集状態より強いと誇負された拡散状態をも凌ぐ威力……先ほどの斬撃をソウヤは断ずる。
(流石に次元俯瞰よりは劣るが、しかしラグなしで使えるのは大きい。連射が効くというコトだ)
高次元領域からの重力ホログラフィー現象ゆえ、三次元→高次元→三次元という複雑な二手三手(アクセス)を辿らざるを
得ないのが次元俯瞰。その欠点をライザは持ち前の力で大幅短縮しているが、いまのソウヤなら僅かなりとの余裕を以っ
て対応できる。それこそ先ほどのような『次元俯瞰で石突を壊されると同時に鉾を反転、240mの本体を叩きつける』といっ
た行為を差し挟む余地がある。
(だがあの鎌は次元俯瞰版の電波の5〜6割ほどの威力を連発できる。……ならば!)
切断された大砲撃の周りで世界がガラスのように崩落、まばゆい翠のグリッド線を引かれた虚空が浮かぶ。彩度が暗黒
に向かって転落したビル街の中で半円の斬撃が暴君めがけて逆流する。
「次元矯枉! ブルルの切り札!!」
妙に嬉しげにビストが叫ぶ中、しかしその主君はヘルメット覆う硬質の結晶の奥で目を細める。
(さんざ見た技! 電波で軌道を逸らすなど容易──…」
銃声。鉾先を上に向かって仰け反らせるソウヤ。超音速の弾丸が放たれた、そうギャラリーたちが気付いたのはビル立ち
並ぶ街並みを水面のごとく揺るがした没入の発生後。赤と黄色のマーブル模様の何かが別空間に飛び込んだ、認識する
頃にはすでにもう結果は出ていた。電波兵器Zの残骸を加えた猟犬がライザの背後のビルから音もなく現れ、そして爪を
振り下ろす。
「ルルハリル!! ヌヌ最強の弾丸ジレルスから生じるティンダロス!!」
ハロアロの歓声とは裏腹に暴君は冷や汗。(虚数軸にあるインクラ本体が壊された……!) 拡散したのはあくまで一部、
心臓部といえる電波兵器Zの急所は虚数軸に安置していた。安全のためではない、そもそも移動ができないのだ。だがそ
の不可侵の神域にある本体が噛み砕かれ現世に出た。内臓どころか脳を露出されたに等しい恐怖を感じる強化スーツ少
女。
(やばい!! 次元矯枉をミスリードしていた電波も消えた! つまり……)
(ハッ! しまったライザさまがヤバイのになんで歓声あげてんだい!!?)
巨女が我に返る頃にはもう遅い。かねてより主君に迫っていた倍返しの障壁は見事着弾。さらにルルハリルの爪もまた
……炸裂。弾け飛ぶ鎧のカケラ。そして爆発。
遠巻きに見ていたヌヌとブルルは頷く。
「アース化によって更に高められた我々の切り札を2発も受ければ」
「いかにライザとてかすり傷ぐらいは──…」
「受・け・るかあああああああああああああああああああああああ!!!」
絶叫を伴う影がソウヤの隣を駆け抜けた。衝撃。一拍の静謐。空間の断裂を背景にする青年の胴体が斜めに裂けた。
「なっ!?」目を剥くヌヌ。右胸から左脇腹をどうしようもなく深く斬られたソウヤの瞳は暗黒色。血の噴水を吹き上げる彼へ
ダメ押しとばかり無数の衝撃波と数十匹の魔犬の牙や爪が炸裂した。
「馬鹿な!!? あれは次元矯枉とルルハリル! なぜそれがソウヤ君に返された!?」
平素余裕に満ちたダヌが戦慄にうかされるよう絶叫する。
「あ……!!」
サイフェは気付いた。ライザの右手に黒帯が握られているのを。
「グラフィティ……レベル2。喰らいつつ習熟複製させて貰ったが…………流石お前ら……こっちも結構な打撃……だぜ!」
卸したての鎧があちこち損壊した状態の暴君。肩は激しく上下する。
「だが無傷だし……ルルハリルが電波兵器Zを壊すってなら……当然、お前も…………!!」
倒れゆくソウヤ。ヌヌの悲嘆は敗亡の予期に基づくものではない。見たからだ。暴君の電波兵器Zが修復するのを。それ
が彼女の背後に埋没するのを。元の虚数軸に戻ったのだろう。つまり電波は……復活する。ライザ最強の攻撃が。
(全力の電波……。拡散したダブル武装錬金の最大出力はソウヤ君がアース化した後も続いていた!)
(にも関わらず彼が頭痛くならず平然と動けていたのは)
(フ。そう。アース化とグラフィティで複製強化したインクラの電波で相殺していたからだ!!)
だが。獅子王は腕組みしつつ唸る。決着すら諦観した声音だった。
(せっかくコピーした電波兵器Zをライザの野郎がティンダロスで壊した! つまり!!)
(エディプスエクリプスは逆戻り! 以前従前のまま! ライザさま最強の毒電波を浴びる羽目に…………!!)
猟犬の一匹が首を振った。ソウヤのものと思しきパラボラアンテナの残骸が地面で跳ねる。乾いた音の中、褐色の少女は
もどかしげに顎を撫でる。
(ううう!! アース化してるからインクラも一瞬あれば修復するだろうけど! その一瞬が長いよ凄く!! 何か、何かないの
かなあ!!?)
ソウヤの意識は、沈んだ。
旋転し雑多と交じり合う認識。最初に見た悪夢は解任決議だった。「はまや」なる楽器会社の5代目社長に先代から推挙
されたソウヤは無計画な多角経営を見事整理し業績を立て直したが、しかし割りを喰った連中の反撃的結束がワンマンき
わまる先代への直訴という形で噴出し、結果ソウヤは解任された。『取締役会の要件を満たしてない、せめて外部監査役
の招聘を……!』叫ぶ己は当然かれの過去に一切存在していない。なのにソウヤはまるで過去あった出来事をそれこそ
アリス・イン・ワンダーランドの特性で見せられているような錯綜に襲われ慟哭する。傷などありもしないのに、そこを撫で
られている痛苦を感じる。頭を抱え、心から「あのときああしていれば」と後悔する。そこにかかってくる電話。出る。兄から
の励ましだった。自身も社長経験者で、心無い者どものネガティブ・キャンペーンで大打撃を蒙った彼のアドバイスに光を
「いや兄などオレには……!! いなかった、いなかった……筈…………?」
大事な何かを忘れている、名状しがたい焦燥に頭が激しく痛み始める。「兄、兄兄、兄兄兄…………」 正気が崩れ始め
た意識はありもしない光景をでっちあげる。真・蝶・成体の木の根に貫かれる少年の姿。彼に絶叫しながら駆け寄る両親。
かくて復讐は誓われ戦場へ向かうカズキと斗貴子。兄に庇われたソウヤは己のせいで兄が死んだという罪悪感から逃れる
ため記憶を閉ざし……などといった真実を知る者からすれば噴飯もののテンプレ展開をソウヤはしかし勝手に用意しそして
苦しむ。
「兄さんは……オレのせいで……兄さんは…………!!」
もちろん兄さんなど居ない。一人っ子だ。なのに彼との記憶が巡ってくる。子供の姿で落命した彼が5代目社長を解任
されたソウヤに『社長経験者』として電話をかけてきた咋(あからさま)な矛盾には気付かない。すでに述べたが、夢特有
の脈絡のなさは覚醒するまで気付けないものだ。
「うふふあははそうよあなたが殺したのよ大事な大事なお兄さんをね私はちゃんと妹を守ったっていうのにあなたは見捨て
たなんてひどい人ねえちゃんと聞いてるの目を逸らさないでよねえ殺したのよ大事な血を分けた兄弟をあなたは見捨てて
殺したのに罪からすら逃げるなんて本当ひどい人ねあはは最低最低ねえ死んで死になさいよほら早く死んで」
「ぐ……!! がああああああああああ!!!!」
鼓膜を斬りつけて焼くような声の羅列。抑揚のない狂った少女の罵声。苦しむソウヤを彼女は笑う。美しい声で、何かから
解放されたように高らかに笑いたくる。
気付けばソウヤは水車に括りつけられていた。古い木製のそれは軋みながらも回転する。顔が水に浸された。恐ろしく
緩やかな川の流れ。息がしたくとも水車はすぐには地上に出ない。「苦しい、息が、息が…………!!」 手足を動かすが
解けない。血走った目の先で何対かの足が踊っている。人間のそれはどうやら争っているらしい。時おり血しぶきが水中
に混じり分散するのが見えた。そして爆発。炸薬を入れているらしいガラス玉があぶく混じりで水をくぐるたび減衰してなお
鼓膜を痺れさす轟音がソウヤを揺るがす。「息だ。あれがコッチに来る前に、出て、息を……」。ガラス玉がソウヤの眼前
に転がってきた。戦慄。途絶。そして変転。
「ご覧下さの朝を興福寺ですが拠出確定年度、年度。るろろ。パッケカミツキガメージしたからが安い。チューブ入りのに眼球
とブドウのシロップ漬け、泣くな。スニーカー着られませんろも。はぐああああ、るらあああああああああああああああああああ」
「黙れ……! 黙れ!!」
暗黒世界で耳を押さえ浮遊するソウヤ。無意味な声が理性を削る。
「藻だのdふぁ所fdじゃlfjdぁfじゃjfぁlfぁjflだjlふぇあおgほあをいがうおいがwんめrfscじkんm、2あおlwvSDか、mくぇあ
亜sぢおhfjm輪vなmk氏fwdな感フェ和kfkwdンmkfkdさmkf化skkdfmさkkふぁkskfks打感ンfkdさbvあえあわヴぉ
ふぁh鹽ふぁ感竿fgだgvさdgvわうおういgkじゃいえwdvjkんjこfkじゃsmっかmんskxzdkmんまszkxmんdkm、だmんs」
(気が……狂う!!)
極めて平易な賛辞をライザの電波に送るとすれば極寒のブリザードだ。その真只中を辛うじて凌がせてくれた防寒着が
先ほど剥がされた。
(なんとか……なんとか…………しなくては…………!!!)
「ぬっ!?」
肘を削るように繰り出された鉾の一撃を咄嗟にガードしたライザ。攻撃は続く。凄まじい速度でそして重い。受け止めた鎌
から伝わる衝撃が手骨の奥をビぃーんと痺れさせた。接触面から巻き起こった衝撃波が手近なビルの窓を幾つも張り裂い
た。
「動けるだと……!?」
踏み込み踏み込み繰り出される突き。少しずつライザの胴体に届きつつある。(馬鹿な、いまアイツは電波の制圧下にあ
る! 戦うどころか立つコトすらままならん筈……!) 濫発する衝撃に歯噛みしながらソウヤを見たライザ。謎は、解けた。
青年は兜をかぶっていた。兜というが鉾の変形した鎧付属のいかにも勇者じみたそれではない。幽霊(ゴースト)。無貌の
のっぺりとした虚ろな仮面。ライザは名を知っている。どころかこの戦いで使ったコトがある。故に生唾を呑む。
「ルリヲヘッド!!? こいつアース化の複製物で自分自身を操ってやがんのか!? 悪夢で動けなくなった自分を!!」
そうか。ヌヌは伸び上がる。「唯一の理性で発現&操作!! これならソウヤ君のインクラが復活するまで凌げる!!」
「だがリモコン操作みたいな状態である以上、速度も反射も膂力も技量も総て普段以下! それが弱点!!!」
懐に潜り込むライザ。ルリヲヘッド固有のワイヤー攻撃を当たり前のように回避し……ソウヤの足を、刈る。浮かび上が
る青年。地面やや上で水平になる姿が俎上の鯉とばかり双鎌を垂直に振り下ろす。
だが。
ソウヤの鎧の各所で六角形の光が瞬いた。
「何をするか知らんがこちらの方が早い!!」
迫る斬撃。目を覆うハロアロとブルル。だがヌヌとサイフェは直視する。
(きっと)
(アレは!!)
鉄拳がライザの頬にめり込んだ。吹き飛ぶ彼女。姿勢を立て直したソウヤは更に数合。地面に虹色のエネルギーが渦
巻いた。囚われるライザ。次から次へと流れ込む電撃が彼女を蝕む。
(なっ……!? 予想外の速度……! まさか電波が解けたのか!?)
違うな。獅子王は気付いた。先ほどソウヤの鎧の各所で瞬いた六色の光。依然輝くそれらにローマ数字が浮かんでいる。
「小僧の武器はヌヌや小生たちの武装錬金だけじゃねえ。元々使ってたモンがあンだよ。小僧といやあコレってのがな」
(ソウヤの専売特許!? ペイルライダー!? いや、待て!! まさか!!」
特殊核鉄だよ!!
かつて大将戦でその活躍を見た褐色少女は元気よく叫ぶ。
「アース化したソウヤお兄ちゃんはきっと、パピヨンパーク由来の、旧来の特殊核鉄を総て使える! 『総て同時』だよ!!
そう──…
T (01) …… 攻撃力20%上昇
U (02) …… 攻撃力30%上昇
V (03) …… 防御力15%上昇
W (04) …… 防御力25%上昇
X (05) …… 闘争ゲージ増加量30%上昇
Y (06) …… 闘争ゲージ減少量30%低下
Z (07) …… ヒートアップゲージ最大でスタート
[ (08) …… ヒートアップゲージ増加量30%上昇
\ (09) …… 炎、毒無効
] (10) …… 毒、蟲無効
]T (11) …… 炎、蟲無効
]U (12) …… 地形による速度低下無効
]V (13) …… 移動速度25%上昇
]W (14) …… 必殺技強化
]X (15) …… 必殺技でのゲージ消費30%減少
]Y (16) …… ブチ撒けコンボ継続時間50%延長
]Z (17) …… ブチ撒けコンボ後の疲労時間50%短縮
][ (18) …… バトル中1度だけ全快で復活
]\ (19) …… 敵の攻撃を受けても怯みにくくなる
]] (20) …… 取得経験値30%上昇
]]T(21) …… 時間経過での闘争ゲージ減少なし
……『ぜーんぶ、同時に』!!!」
「チートじゃないか!!」。怒ったような嬉しがってるような微妙なハロアロの叫びの中ライザは気付く。
(つまりルリヲの弱点を特殊核鉄で補ったと。攻撃力防御力。移動速度にコンボ絡み。それら総ての強化をオレの反撃と
同時に起動(ほどこ)せよと『自分自身を操っていた』)
「付け加えれば、アース化直後から総て同時起動していなかったのはこういう場面を見越して、だね」
「フ。ここぞという時に罠が如く起動させライザの虚をつく、か。そういう一種のズルさはご母堂譲りかパピヨン譲りか」
両方ヌヌだけあって大した解説ね、ブルルは溜息。(そういえば傷も癒えている。”一度だけ復活”発動ね)。
(クソ! いわゆるブチ撒けコンボを最も稼ぐ多段攻撃の最中にオレはいる! 抜けられない!!)
ガリガリと増えるカウンターさえ幻視できそうなほど小気味いい音が暴君を蝕む。鎧は徐々にだが確実に壊れつつある。
それが喪失した状態でなお浴び続ければ恐らくかすり傷程度では済まないだろう。アース化したソウヤが、特殊核鉄で、
攻撃力を更に更に高めているのだ、無事では済まない。
「なら今度こそ、唯一己を操りうる理性を消し飛ばすまで!!」
鎧の胸部に嵌めこまれた宝玉に電波が収束し、打ち放たれた。(アレただの飾りじゃなくて砲台!?)、目を剥くヌヌに
「どうやらご先祖さまは量子的な砲撃をアレからやったようね」ブルルは推測。
「フ。最善手だがライザ、喪神後のしまつすら考えていたソウヤ君がその最善手(ていど)……読めなかったとでも?」
噛み砕かし残渣(ざんさ)、だった。白い光で朋輩と結ばれながら浮いたのは。
「第二撃を……待っていた」
消えゆくルリヲヘッドの奥から現れたソウヤが呟く頃、星座のように結ばれた破片たちが電波の軌道上に入る。奇抜な
形の自動人形が発するCTP(共通戦術状況図)によって拡大伸張を遂げたそれらが更に複雑怪奇な変化を遂げる。ぱあっ
と輝くような笑みを浮かべたサイフェは恋する少女の表情で熱く双眸潤ませ気恥ずかしそうに俯く。黒帯。ソウヤの手にあっ
たのはサイフェの武装錬金。アース化の複製品ではあるが、サイフェの、ものなのだ。
「(ふみゃあ何コレ私滑り台ーーー!? 年すか年が悪いんすか!?) わ、技はホワイトリフレクション、元からして敵の攻撃
を倍返しする強烈な攻撃が更にブルル君とサイフェ君のコンビネーションで増幅された!(そんで私の武装錬金ナッシン!!)」」
「フ。心持ち震え声な本家はともかく」 震え声じゃないもん! 可愛らしい抗議を無視してダークエルフのような分身体、続ける。
「恐るべきカウンターが恐るべき威力の電波を返した。浴びればライザとてタダでは済まない。実時間で1秒程度は硬直す
るだろう。そしてこの時間が超圧縮された世界で『実時間1秒』分硬直するのは……もはや戦場で1年棒立ちするに等しい」
流動的かつ光学的な氷壁の中にいる幼い美姫の顔が引き攣る。
(……くっそ! 威力どころか速度も二乗、ただでさえコンボに囚われてるし回避不可! 仕方ねえ!!)
ライザは全身鎧ごと量子化した。ギラギラとした水色の光の奔流と化して総てを逃れる。流熱の牢獄からも、跳ね返された
電波からも。
(電波……たぁ全く違うな)
(ああ。きっとアレが大鎧の武装錬金・パーティクル=ズーの特性)
ビストもハロアロもその武装錬金については見たものしか知らない。創造主の血が染み付いた泥がライザの構成要素の
1つだとは聞いているが、しかしその血液の主がいかなる存在かもまた知らない。
(アオフシュテーエンさん……だったけ。じゃあアオフお兄ちゃんかな。どんな人だったんだろ)
サイフェは顎をくりくりした。ヒーロー然とした鎧の特性もまた気になるが、
「くそ……。頼るつもりなかったのになー。『ふははコレを使わせるとか見事』とかソウヤ褒めるか……? でもそんな感じの
既にやってるしなあ…………」
禁忌を破ったような自己嫌悪に囚われるライザを見ては追求の余地もない。
「だがッ!!」
隙ありと疾駆し向かいくるソウヤを見ながら暴君は背筋を伸ばす。
「一連の攻防でお前が劇的に強くなったのは認める!! しかぁし!! ソウヤ、お前にゃ絶対オレに勝てん理由があるッ!!」
鎌を一旦解除。変わっての登板は……鞭。
(鉄鞭(スティールウィップ)の武装錬金、ノイズィハーメルン!!)
(ライザさまが魔王3柱と評するあたいらの3人がかりを事もなげに切って落とした超魔の武器!!)
(射程はほぼ無限、速さは光に迫り威力は……えーとなんだろ、とにかく凄く痛いのです!)
ソウヤ周囲のビルが数棟倒壊。やったのは大怪獣の尾のような物体だ。煌く無数のガラス片の中ソウヤの真正面スレス
レに到達する巨大なカッパーのそれがかつて斗貴子に斃された一構成員のひ弱な武装錬金だと一体だれがわかるだろう。
(一度見た技! だがあの時は確か)
開幕戦の六連撃を出迎えるよう披露された鉄鞭は暴君曰く「加減版」。
「これが本気!! そして……お前らが勝てぬ理由!!」
青年が咄嗟に全身を覆った障壁が呆気なく切り裂かれた。アース化によって小惑星衝突の威力を完全に削げるようになっ
た《サーモバリック》の緩衝を、鞭は輪ゴムでも千切るような手軽さで突破した。ブツリという僅かな抵抗を示す音が黝髪(ゆ
うはつ)の青年には逆に屈辱的で却って笑いすら起きた。
呼びかける、ライザ。
「お前は確かにアース化を果たした。それは劇的な成長だ。かつてないパワーアップだ。『覚醒』だ」
だが忘れたのか。荒れ狂う鞭でビル街を粉砕し削ぎ落としながら強化装甲の少女はゆっくりと進む。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「『オレはお前らが覚醒するたびそのぶん強くなる』体質の持ち主ってコトをなぁ!!」
(そうだった!!)
サイフェは頭を抱えた。ライザは闘争本能の具現にして太母である。つまりソウヤたち武装錬金使いは”ライザそのもの”
を通貨に……戦っている。
(故にその量を増やすコトは、純度を高めるコトは)
(還元……! ライザさまの強化にしか繋がらない……!!)
分かっていたコトだがビストバイもハロアロも改めての実感に眼前を昏くする。狩りの腕前を高めるたび強くなる獣。或いは
レベル上げすればそれだけ強くなるラスボス。難儀な形質をライザは有している。
「つまりソウヤ!! お前らが幾らパワーアップを重ねようとこのオレを超えるなど不可能! まあそれでも、気張りさえすりゃあ
爆発力で一瞬程度は上回れるかも知れないが!!」
巨大化した鉾が煙を縫って鞭に迫る。死角からの一撃。クリーンヒットを確信したサイフェは小さな拳を握る。
「甘い!!」
一層速さを増した鞭が幾重にもブレながら鉾を痛打し粉砕した。
「お前らが力の総てを集中する一瞬を見逃さなければ負けはねえ!! オレも同じコトをすりゃあいい! 一瞬に! 総て!
爆発!! すれば後は元通りの力関係、地力の格差!!!」
鉾を振り抜き荒く息をつくソウヤの硬直を見透かしたように鞭が迫り──…
連撃。記者会見場のフラッシュのように各所で瞬いた衝撃が鎧を被覆する障壁ごと剥がし骨を砕いた。吹き飛ばされる
ソウヤ。大いなる生命の流出する感触に下を見た彼の眉が微動する。左足。太ももの半ばから消失している。後退する景
色のなか遠ざかっていく道路にべっとり残る血の轍を逆回しで追う。捨てられたミートソーススパゲッティのようにズグズグな
シミに行き着いた。整復不能の社会死、『全身を強く打って』を一身に引き受けた訳である、足が。つまりライザの鞭はそ
れだけの威力だった。激戦発動。回復。だが追撃。被弾。
(《サーモバリック》と鎧がなければ即死だったな)
右脇腹や左肩の風穴から血が噴き出す間にも鞭は街灯や街路樹、信号機などを物凄い音でなぎ倒しながら迫ってくる。
もはや鞭というより巨人(ギガント)が振り回す巨大クレーンである。停めてあった車を何台も何台もお菓子の箱のような
軽やかさで浮遊させ、落とす。ボンネットからキスして潰れた物もあれば灰色の腹も露にひっくり返る物もある。不幸なのは
空中で追撃を受けた連中で、彼らはちょっと複雑な部品を内包しただけの手榴弾のように爆発し炸裂した。シャフトの破片
や焦げたバネが炎と共に降り注ぐカタストロフの中でまた1つビルが砕かれソウヤの頬に影を落とした。(……) 無言で蝶・
加速。ビルと道路にできたわずか1mの高さを潜り抜けると待ってましたとばかり鞭が来た。ホテルらしい建物がやっと道路
で安息の地響きを鳴らす中、ソウヤは四方八方から来る鞭をただ冷然と眺める。
(やられた。どうやらノイズィハーメルン、音波ではなく電波を発しているようだ)
頭を抑える。意識は元々大量出血で霞んでいるが、それをも凌ぐ無意味な錯綜が更なる混沌を招いている。浮かぶのは
手術室。難病の少年を執刀する。医師免許は、ない。これも夢特有、いきなり重責を負わされる不可解だ。アラーム鳴ら
す心電図。徐々に弱っていく心拍。募る焦燥。恐怖。ADEを当てる。強まらない。死に行く少年。そんな偽者の過去記憶に
左目は涙を流している。意味不明な罪悪感が鉾を握る手の力を弱める。
「フ。超火力に毒電波の追加攻撃。しかも相手はソウヤ君がアース化で強くなったぶん強くなったと断定済み」
確かに敵の言うとおりであればもう勝ち目はない。ダヌは気障ったらしく瞑目する。
しなる鞭。彼方の歩道橋を真っ二つにしたそれはおぞましい蛇行を凄まじい速度で行いながらあっという間にソウヤとの
距離を詰める。
「ダメ!! やられちゃうー!!」
サイフェが頬に手を当て叫ぶ中、
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「それは、どうかな?」
ヌヌが笑いソウヤは黄金の輝きに包まれた。
「お? おお」
ライザが不明瞭な呻きを漏らしたのは、かなり遠くに弾き飛ばした筈のソウヤが眼前に迫っていたからだ。鞭はというと
寸断されたカケラがバラバラ零れるのが遠景に見えた。ブルルは、溜息。
「『こっちが覚醒したぶんライザが強くなる』。確かに厄介だけどさあ、ライザ。あんたが相手にしてる奴はそーいう難題、
命削って破ろうとするタイプなのよ」
忘れたの、あんたのニューボディの問題の解決策見つけたのはそいつ、他ならぬそいつなのよ。呆れながらもうっとりと
述べる彼女がソウヤの記憶を惹起する。アース化を遂げる直前の僅かなやり取りを。
──「対策? アース化だけじゃ不十分だってのかいソウヤ君。」
──「そうだ。このままアース化してもライザには例の『上乗せ』がある。絶対的な差は埋まらない」
──「確かにそうだけど、でも我輩そこまで解決する策はないよ? 一瞬の爆発力でどうにか勝利もぎとるとか位しか」
ヌヌは気付かなかったようだ。だからソウヤが具体策を述べたとき、泡を食った。
「ライザ。あんたは確かに忘れている」
鎌に受け止められた穂先が火花を散らす。光の波濤も舞い上がり、両者の顔を幻燈のごとく様々な色に塗り替える。
「オレも今はマレフィックアース!! 覚醒した者が居ればそれだけ強くなるとキミが弁証した……アースだ!!」
(なんだこの力……!? どっから来ている……!)
徐々に押され始めるライザ。だが渾身の力を込めてソウヤを弾く。派手な噴煙を上げてビルに突っ込んだ彼を横目で
見ながら息を吐く。
(何か……おかしいぞ。敵でアース化を果たした奴ならブルルが居る。だがアイツは覚醒してもオレとの差は埋められなかった!
素直にレベルアップ分の力量をオレに上乗せした!! なのに、なのに──…)
「弓矢(アーチェリーの武装錬金!! エンゼル御前!!」」
ソウヤの突っ込んだビルの一角が大爆発を起こし、続いて巨大な矢が降り注ぎ始めた。電柱ほどあるそれを弾き、或いは
避けながらライザは走り考えを纏める。
(よくよく考えてみればソウヤがアース化で伸ばしたほどの力がオレに来てない……? こっちも強くはなっている! だが
奴の伸びほどの伸びはない!! 『なぜ』!? アース化するだけで己の覚醒分の力、オレに渡さずに済むってならそもそも
ブルルが次元矯枉を初めて使ったときオレは自らの忘れ去られたこの幻特性に気付きもしなかった!!)
ビルとビルの間を三角飛びで駆け上る。目指すはソウヤ。不可解なパワーアップを遂げつつある彼を遠方に飛ばしたのは
失策だったと歯噛みする。だが接近を拒むように無数の矢が注ぐ。避けるたび手近なビルはクレーンに突っ込まれたような
無残な破壊を散らすが構わない。どうせ無人、どうせちょっと手のかかった実物大のミニチュアだ。
(『十二の扉』か!? アース化の因子、ソウヤはオレより1個多く持っている! 倍といってもいい! ならば覚醒分の力を
自分に……?)
「半分正解だ」
トッと引っ掛けたビルの足元が隆起した。「なっ」。シークレットトレイルによる亜空間からの奇襲は充分警戒していた筈の
ライザが虚を突かれたのは結局チョイスの問題だ。少なくてもライザの感性では、大決戦の最終局面において使われるべ
き代物ではなかった。
「投石器の武装錬金! フレクスビリティーオズ!!」
古代エジプトではネコを投げたというスプーン型の奇妙な器具がライザを掬い上げ彼方めがけ放擲した。
(検索終了! L・X・Eのホムンクルス佐藤とかいう奴の武装錬金……!? 時系列によってあったりなかったり……って
それ弱小じゃねえか!! ンなくっそマイナーな代物フツーこんな重大局面で使うかァ!?!?)
(フフン。マニアックで底辺だからこそ最強を嵌めれる場合もあるのだよ!)
事前にソウヤに入れ知恵していた人(ヌヌ)は眼鏡に手を当て一等星を浮かべる。
(だが……やはり!! 弱小武装錬金の分際で威力はケタ違い!!)
減速電波を幾らくぐっても音速以下に下がらない。眼下で流れる高層ビル群は新幹線で見る風景など比較にもならぬ溶けっ
ぷりだ。
(ソウヤの野郎、徐々にだがオレとの力の差を埋めつつある! なんで追いついて──…)
強者が予想外の奇策に狼狽している時すかさず圧倒的武力で追撃するのは兵法の常道である。
ライザは全身に広がった衝撃と痺れで常道を体現した。
彼女は。
右篭手装着の破壊男爵の一撃を背中で無防備に受けていた。
「ぐ……! ぐがが!!」
激痛という想像上の感覚をライザは遂に理解した。人がなぜダンプカーとの衝突に怯えて生きているのか心から理解した。
流石にかすり傷ぐらいは負ったのではないかと危惧(きたい)したが、しかし砕けたのはピーキーガリバーとそれ纏うバス
ターバロンの右手のみ。傷は、ない。
「投石器による音速状態でカウンターを取られたのに、か。硬いな流石に」
「けど痛かったぞ。痛かった……」
戯画的な白目をたくさん大きくして涙えぐえぐ。眉をいからせ抗議する。
「で、お前なんだよ、なんなのだ!? お前の覚醒分の力がこっちに殆ど来ないせいで何だか差が埋まりつつあるぞ!?
上乗せ封じで何かやったな! いえ!! オレにあんな痛い思いをさせたのだから侘び代わりに言いやがるのだ!!」
支離滅裂でまったく応える義務のない質問だが、いまや金色(こんじき)に染まるソウヤは「ライザらしいな」と微苦笑。
「羸砲から受け継いだ力でオレは自らの光円錐を書き換えた。オレの覚醒によって高まった力が、オレにだけ流れ込むように」
──「それならライザの力が高まるコトもない筈だ」
──「ろ、論理的にはそうだけどソウヤ君!? 物質的にはついてけなくなるよソレ!!?」
「いまのオレはアース化の因子を2つ宿している。量子もつれ……だったか。ライザ。アンタが相手の覚醒分だけ強くなるのは
他者の闘争本能と、アンタの宿すアース化の因子、闘争本能の根源が、本質的に『同じ』だからだ。同じだからあらゆる向上が
フィードバックされる」
そしてそれはアース化したブルルの力でも例外ではない、とソウヤはいう。
「彼女のアース化の因子とアンタのそれもまた本質は同じ。だからブルルの覚醒分アンタは強くなった。その逆……つまりアンタ
がブルルやオレたちの向上分強くなっただけの力が、ブルルに反映されなかったのは電波による妨害だろうが本題ではない」
本題は、『なぜソウヤのアース化で高まった力がライザに反映されていないか』だ。
「まさか……」。暴君の頬を汗が伝う。
「そうだ。無限ループだ。オレの宿す因子2つをそれぞれAとBと呼ぶ。Aの覚醒分はBだけに、Bの覚醒分はAだけに量子もつれ
で反映され続けるようにした。光円錐の、改竄で。言い換えれば……」
「オレに来ないようイジワルを、した!!」
気楽な調子で目を不等号にして手など上げるライザ。「結果として、アンタへの反映、完全には防ぎきれなかったようだが」……
さすが最強、という賛辞を聞くまで無邪気に覗いていた八重歯はしかし凶悪な牙になる。
「って待てェ!! ソウヤてめえ何つーコトしてんだ!! フザけんな!!」
やっと追いついてきたヌヌやビストたちギャラリー組は──追いつくという概念がある時点でこの1秒の世界は色々おか
しかった──ギャラリー組はライザが力の横領に憤激する光景を予想した。しかし。
「ソウヤ! お前わかってんのか!! それはつまり覚醒分の力が2つの因子に無限ループで上乗せされ続けるってコト!
要するにアレだ、いつかお前の肉体が耐えられなくなって…… 死 ぬ っ て コ ト だ ぞ ! !」
指差すライザ。「ぎょええ!?」と声を上げたのは最年少のサイフェのみである。残る面々は「だろうな」という顔をした。
──「ただでさえアース化は生存率4%の危険行為! ただ降ろすだけでも危険なのに」
──「だな。ライザへ行かないようにする、ただそれだけの為に自分の中で高め続けるのは正気の沙汰じゃない」
──「そうだよ! Aで起こったパワーアップがBのパワーアップになって、それがまたAのパワーアップをもたらす!」
──「無限獄だな」
──「机上の空論じみたエネルギー複利の『熱殖』があろうコトか現実のものとなり永久機関をも上回る無限大に至る!」
──「風船でいうなら空気が無限に増殖する、と」
──「そう。閾識下から帳尻合わせにやってくる莫大なエネルギーがソウヤ君、君の体に満ち満ちる」
──「だがオレの体は風船の如く限界があるから」
──「ああ。続ければいつか……消えるよ。高まる一方のエネルギーはやがて君の体を消し飛ばす」
──「ライザですらアース化のエネルギーに耐えられず老朽化したからな」
──「我輩の計算だと、『2秒』。実時間で2秒しか君は量子もつれの無限ループに耐えられない」
だがライザを上回る術はこれしかない。アンタの力でそれを……させて欲しい。細い手を取ったヌヌは双眸を潤ませた。望
みは叶えたいが、結果ソウヤを死なせたら耐えられないという表情だった。
──「好きだからこそ心配なのはワカるけどさあ」
ブルルはしょうもないと言いたげに息を吐いた。ヌヌは赤くなった。
──「『女』ってえのは信じて送り出してやるのも仕事ってえのが世間一般の一致した見解よ」
──「決断した傍でメソメソされんのはさあ、ウザいっつーのかしら。わたしが男なら思うわね〜。頭痛いって」
──「だいたいソウヤは遺言残してる訳じゃあないのよ。勝ってもくたばったら主目的たるライザの体建造ができなくなるから」
──「生きて勝つのも使命の1つって奴な訳だからさあ〜。だったら最悪敗北と引き換えにしてでも生きて帰る覚悟はある筈」
──「でしょ? ソウヤ」
軽やかな調子はしかし『戦い終わってもまだやるコトあるのよ、それ忘れて死んでまで勝ちたいとか血迷った本末転倒ぬか
してんなら全力で止めるぜコラッ』という静かな威圧感にも満ちていた。目を閉じ笑っているのにどこか冷たいのだ彼女。
──「ブルル……本題を思い出せてくれるのはありがたいが、少し怖いぞ……」
たじろぐソウヤが面白かったらしく、ヌヌはちょっと吹き出して、涙を噴いて。
──「任せるよソウヤ君」
腰の後ろで手を組んで、恥ずかしそうに上目遣いをした。色とりどりの金髪がさらさら揺れた。胸もわずかだが、たゆん
となった。目を奪われかけた青年は照れたように目を逸らす。逸らしながらも恐る恐る視線を(相手の顔に)戻す。
──「だって君は、私に生きるコトの大切さを教えてくれた人だから」
──「死ぬ選択肢だけは選ばないって……信じるね」
輝くような笑みを浮かべた。偽りのない純真な笑顔だった。だからソウヤはどぎまぎしながらも……決めたのだ。
「ライザ!! オレはあんたに生きて勝つ!! 勝ってみせる!!」
『あの笑顔の元に帰るため』……とまでは言わなかったが、ライザは総てを察したらしい。
「好きな奴のため生き延びたいっていうのはオレも同じ!! まあ別に殺し合ってる訳でもねえ! 残り僅かなこの戦い!
せいぜい生きて楽しもうじゃねえか!!!」
闘志を滾らせただ笑う。
「行くぜ!!!」
飛び上がったライザの遥か下に聳えていた高層ビルは不幸だった。「流星・ブラボー脚!!」 屋上に着弾した足裏は
各フロアの床と天井を悉くブチ抜いてあっという間に1階へ衝突、ドーム状の爆発を起こし周囲500mをクレーターに塗り
変えた。
「だから小生たち武装錬金手放してるンだって!!」 ギャラリーから野太い悲鳴が上がる。彼らは暴風とそれが運ぶ瓦礫
に襲われた。逃げるべきだが各人さまざまな理由で観戦したいから留まらざるを得ない。
「こーなってくるとダークマターそのものなあたい位しか防御できないね……」
ボヤきながらも障壁で一行を守護する巨女は合流済みのヌヌとブルルの傍にダヌ──自分の武装錬金から分離独立
した存在──を見つけてギョっとしたが本題ではない。
爆心地に佇む暴君。空中より来(きた)る鎧姿の青年の鉾を手のひらで受け止める。スパーク。激しき明滅。そして拮抗。
崩すべく動いた瞬間(とき)首元に刃。逆手。忍者刀。発生源は首の傍、引かれるギロチン。衝撃。鎧姿の青年にドッペル
ゲンガー着弾、暴君のがっきと噛み縛っていた忍者刀を粉々にするプレス機顔負けの咬合力。首の力だけで亜空間から
引き抜かれブツけられたソウヤの砕いたもう1人がジジリと消えて月牙を落とす。囮も奇襲も見抜いたぜと笑うライザを激
変する重力ベクトルが飲み干す。空とビルと大地を万華鏡の如く混淆した九十九折の空間がジェットコースターの勢いで駆
け抜けた。空中に出た、という認識は覚えたての激痛と痺れが塗り替える。BP42装甲列車。錆びた鉄の匂いを撒き散ら
す十二両編成の重鉄道装甲列車が天に浮かぶレールによって稼得した特急速度×超質量の一撃がライザを貫く。人なら
ば当然即死の衝撃の中、吹き飛びそうな体を鎧の噴射で強引に縫い止めた暴君、しゃらくせえとばかり拳を放つ。それは
編成をほぼ半壊。ダミー列車、戦車搭載車、対空・火砲搭載車、指揮車両、砲車……続々割り砕く衝撃はしかし確かに減
衰をもたらし装甲機関車で終焉した。中破に留まる加速機関の冗談のように平べったい速度が強化スーツ少女の真芯をび
っとり捉えた。
果たして少女はヘルメットの中で艶やかな短髪を揺らしながら旋転し吹き飛んだ。制御の効かない手足で冷酷な相対的
暴風域の専用空を掻いたすえ強化ガラスの破砕音をチャイム代わりに入店したのはデパート9階。雑貨日用品売り場で
よろっと立ち上がったライザの眼前に広がる窓総て壮絶な音で張り裂けた。ダイナミック入店。装甲列車が買いに来たのは、
言うまでもなくライザの不興。ガラスも窓枠も商品も陳列棚もメチャクチャに食い破りながら追いすがる鋼鉄の大蛇に少女
の双眸が暴悍たる殺意の憖憖然(ぎんぎんぜん)、つまりはブチ切れ狂笑に見開かれたまま鋭く尖る。負の闇としか形容不
能のおぞましさが目の周りを焼損。黒く、黯(くろ)く、黔(くろ)く。
「フフ……」
もうあらゆる決壊をよしとする窮鼠の如き力なき笑いが漏れた。
迫る列車。ライザは津波寸前の海面のごとくユラリと進む。腕が振られた。胸の前で白銀の鎌が擦れ合い、火花が。
余剰角と欠損角の応用でライザ周囲の空間をウォーター・スライダーの如く歪めて装甲列車の召喚ポイントまで投げやった
ソウヤがデパートに突っ込む敵への追撃を結果として躊躇したのは温情ゆえではない。電波。膨大な捏造過去と、聞くだけで
ノロウィルス罹患患者の気持ちが痛感できる強烈な催吐剤のような綺羅狂言の羅列と、それから頭脳の処理速度をパンクさ
せるに充分な雑多かつ莫大な知識の流入がソウヤの動きを僅かだが封じた。ソウヤがアース化で造った電波兵器Zはグ
ラフィティレベル7と次元俯瞰で最大増幅済み。なのに相殺処理が追いつかない。全体的な力量差だけいえばライザとの
それは確かに埋まりつつある。だがインフィニット・クライシスという武装錬金(いちようそ)についてはライザが本家、1日ど
ころか100年の長アリだ。だから戦いの中で更に成長し強まるのは当然の話。しかも差こそ縮まれど敵はまだソウヤより
上、彼の覚醒分の力の総取りこそ封じられたがおこぼれ程度の肖りは依然可能。そして最強が「おこぼれ」程度とは言え
強くなれば、開局97周年の誇りと元来の習熟度にかけて毒電波をより強烈なものと仕上げるは必定である。次元(レベル)
は不明だが次元俯瞰もグラフィティも吹っ切れて使っているのだ、あっちも。
そんな道理が左手のヘルメスドライブを見たソウヤの顔を曇らせる。画面は激しいジャミングに波打つ。索敵不能イコール
瞬間移動不可である。どこに居るか分からぬ敵の傍にどうして飛べよう。よってソウヤは鉾と鎧の推進のみでライザに迫ら
ざるを得ないのだ。レーダーは、解除。
青白い炎を立て飛び立つ。黒の鎧と白の鉾はいま自身の発する黄金の輝きに彩られている。髪色もまた然り。アース化に
伴う莫大なエネルギーを対外に排出した結果だ。無限に高まり続ける量子もつれをやって平気な理由でもある。噴き出す
エネルギーは蝶・加速主体のソウヤと相性がいいため両得といえよう。(もっとも生身で光速に迫るレコードを叩き出している
のだからG的負荷(レッドアウト)はゼロではない。ゼロではないが、即死必至の高圧電流を浴びるよりはマシである。総合的
にいえばクロ。企業は過去最高の経常利益のため身を粉にする。当然だ。ソウヤは当然をやっている。やらねば得られぬ
強さなのだ)
最高速度は最強たるライザの動体視力にすら収まらない。アース化直後の瞬間移動めいたブーストが”それ”である。が、
電波照射による躊躇や硬直によって彼は現状7割程度の速度しか出せずにいる。とはいえそれでも超神速の域に居ると
いうからアース化の恐ろしさ、推して知るべし。
クレーターから路地裏を抜けたソウヤ。2階程度の高度に達すると同時に大通りに面するビル峡谷の出口を右折した瞬間、
”それ”はきた。頭上で鞭のようにしなった質量はしかしノイズィハーメルンではない。装甲列車。機関車という先頭は鎌2つ
刺されたせいで今はグリップ、ライザに文字通り指揮権を握られた七両編成が連結部をやかましくカチ鳴らせながら鞭打
せんと迫り来る。回避のソウヤ。ビルが幾つか叩き潰された。道路に零れた対空・火砲搭載車は重量で以って如何なくア
スファルトを7台の車ごとひしゃげさせたあと火薬に回った火によって大爆発、自沈。それに結わえられていた戦車搭載車と
ダミー車両もまた誘爆炎の中に姿を消した。短縮の鞭、再度の振り上げ。再回避は可能、されど捨て置けば執拗な追撃の
火種となるとばかりソウヤ蝶・加速、手近な車両に飛び込むや先頭めがけ猛突進。グングン進んで後ろに流れる座席や
倉庫を力強く確実に破砕する。車両が切り替わるたび一瞬視界の外で”外”が流れた。貫通。先頭車両をブチ抜いたソウ
ヤはサイフェとの大将戦の決着を思い出させるに充分な大爆発を背後彼方にしょいつつライザを探す。居ない。七両編成
を操って居たはずの暴君がいない。どこへ?
咆哮が轟いた。巨大すぎるあまり漠然たる空圧の発生にしか思えぬ咆哮が。
ソウヤが軽く瞠目したのもむべなるかな、無限の光の砂礫が彼に向かって殺到していた。周囲のビルがいくつも大爆発
し無残に抉られた。ライザの掌から発せられた流星群は先ほど彼女が未来視した青年の技だがソウヤにそれを知る術
はない。ただただ瞬時に《サーモバリック》による模倣を選んだ。鉾は被覆がスライド、展開。鎧も各所のハッチオープン、
展開。4枚のブレードの切っ先から、エネルギーを蓄える内部の鉾から、手足のアーマーの隙間から、ブレスプレートの
モールドから、無数のつぶてが発される。機関銃が如く小気味いい音を刻むそれら液体爆薬の散弾は制圧力で遥かに
勝る。果たして天からの星屑は随所で食い破られ絶え間ない大爆発を巻き起こす。観戦者たちが障壁ごと吹っ飛び、巻き
添えで胴体を抉られたビルたちが黒々とした臓腑も露に続々と仆(たお)れる煉獄の中、やっとソウヤ、遠目に、敵を。眼下
の街はあちこちから黒煙を立ち上らせていた。
不可視の空中回廊を駆けあがるソウヤ。ここが魔王城の玉座とばかり中空に奠都(てんと。都を置く)するライザ。その全
身から湧出せし万物分解の鴉の群れが勇者を襲う。迎撃。豪速の彼の周囲で瞬いた不定形の光はあっという間にジェノサ
イドサーカスのミサイル群と化し無軌道を荒れ狂う。衝突、爆砕。鉛酸とクローム塩を減法混色したが如き鮮烈なる破局の
小太陽(カドミウムオレンジ)は複眼よろしくの無限羅列で溥天率土(ふてんそつど)の限りを満たしに満たし、溶融。縮退。
……解放。超熱風を伴う破壊衝撃は総ての神火飛鴉(しんかひあ)の存在登記を刪削(さんさく。文章の一部を削る)し那
由多の彼方に追いやった。
衝撃波によって窓と言う窓を張り裂かれたビルたちの悲鳴をよそに濛々たる黒煙を突っ切った黄金の青年に焼夷弾(ナパー
ム)直撃。螺旋渦巻く五千百度の炎が悪の首魁の最終攻撃足りえるのはあくまで平時、瓦礫の中で首を縮めてただただ恐
る恐る盗み見る他ない観客たちがジハードやラグナロクの方がまだマシと本気で考える当該戦闘に於いて太陽表面温度の
炸裂などよくある爽やかなジャブの1つに過ぎぬ。一閃。日本刀の一閃が総ての炎熱を吸収した。鉾に接続(つな)がる下緒。
吸収したエネルギー総て推力に転化。グンと速度上げ風と共に突き進むソウヤ。マントとマフラーがバタバタ鳴るたび距離は
縮む、劇的に。残り3kmまで詰められた暴君は予定通り鎌の柄を合わせる。流麗な音と光の中シィアーは癒着し……大振
りの、弓へ。黙っているソウヤではない。サテライト30で”それだけ”を増殖させたシークレットレイル30振りによる真・鶉隠れ
を敢行。射撃体勢に入りかけたライザは肩口を掠めた一撃目に舌打ちしつつ移動砲撃へ以降。発射。暗黒エネルギーの
矢をソードサムライXで吸収したソウヤだが刀身から昇ってきた暗紫の茨(でんぱ)が手首に絡まりかけているのに気付き
解除。インフィニット・クライシスの滅没波濤を、全容は不明だが素粒子系統の強化射出に適したパーティクル=ズーで圧
搾して射ち出すライザの弓矢はエンゼル御前と全く非なる。その威力は既に周囲に充満した全力状態の拡散電波をも凌
ぐ毒具現。故に受けるも叶わず吸収するも叶わず。ソウヤに許されたのは回避または射撃武器による完膚なき迎撃。
逆さ状態でセービングを引き毒矢放つライザ。依然忍者刀たちは四方八方から襲い来るが涼しい顔でひらひら躱わす。
電波の足場を蹴っては飛び、宙返りし、しなやかに舞う。弓糸を爪弾くたび1ダースほどの矢がソウヤに注いだ。
天蓋を覆い尽くす毒の雨は無慈悲の物量である。映画やアニメであれば蝶・加速の青年は戦闘機顔負けの曲芸飛行で
矢という矢を躱わして進むだろう。だが縫うべき間隙は……ない。考えても見よ、ソウヤの身長は170cmなのだ。しかも
3m近い鉾すら持っている。対する矢は水分謹製のそれよりビッシリ空間に満ちている。如何に速かろうと接触は不可避、
しかも触れれば思考と動きが格段に落ちる毒電波。壁にと出したシルバースキンすら侵食する猛毒だ。よって約3mの鉾
持つ170cmの青年が完全回避できる道理はない。先ほど流星群を迎撃したつぶてもまた押し切られる。
やんぬるかな。青年に矢が迫り……爆発した。かすかな喜色に彩られた暴君だがダメ押しとばかり爆発地点めがけ矢を
斉射。周囲を飛び回っていた忍者刀が消えた。吉兆だが暴君は考える。『呆気ない』。散々と策謀で出し抜かれてきた経験
が警鐘を鳴らす。何かがおかしい……と気付いた瞬間にはもう眼前で陽炎が結ばれソウヤになった。瞠目は決して驚きだ
けのせいではない。視認できる速度では最大級の蝶・加速がたっぷり乗った鉾がライザのみぞおちに深々と突き刺さった。
体がくの字に折れ曲がるほどの衝撃に悶えるのも唾液を撒き散らかす経験も、『戦いに限っては』初めてである。想い人と
の夜を一種の戦いとするなら何度目かだろう。そしてソウヤは──咄嗟に出したバブルケイジで迫り来る矢を受け、風圧に
よって5cmにまで縮小したのち密集する雨を抜けてきた青年は──貫通どころか創傷1つ帯びていないライザに心底困惑
した表情を一瞬だけ浮かべたが、しかし己が鉾による初めての明確なクリーンヒットに実感した。追いつきつつある、己を。
それを感じるコトを一体だれが責められよう。感慨は本当に一瞬だった。浸る己を叱責する心の動きによってすぐさま駆逐さ
れた。だが苛烈極まる戦闘の中やっと見えた希望なのだ。一瞬浸ってしまうのは人間として当然だ。だからソウヤは……
浸った。
暴君が罠に嵌った哀れな小虫を見るが如き会心の笑みを浮かべるまでは。
強くなった故の油断、綻び。刹那とはいえソウヤはこれまで弱さがもたらしてくれた警戒心を忘れていた。それは策からの
思わぬクリーンヒットを受けたライザがすぐ反撃に移れた理由と真逆だが……同質。
符合が、生まれていた。崩れかけた均衡が陰陽図の如く混じり合い彼方此方の性質を異なったまま同じにしていた。
三叉鉾の青年はクリーンヒットによって弱さを忘れた。
逆に電波兵器Zの暴君はクリーンヒット前……強さを『忘れていた』。
彼女は、矢で天蓋領域総て埋め尽くし逃げ場をなくす絶対有利にあったからこそ、従前どおり『出し抜かれる』危惧をした。
思考的弱者の立場になるコトを受け入れたからこそ、これまでソウヤが甘受してきた『警戒心』を以って布石が打てた。
仕上げ。鉾を掴む。みぞおちに突き立ったばかりにすっかりライザの懐に入ってしまった鉾を。左手の入れるヒビに武器
破壊を懸念したソウヤの表情が”それ以上の事態”を察し紙のように白くなった。結果からいえば三叉鉾は壊された方がソ
ウヤのためだった。されば彼は相手の布石より早く動けた、逃げられた。
考える余地はあったのだ。蝶・加速がクリーンヒットしたライザがどうして吹き飛ばなかったのを考えれば、違和感をヒント
に推測できたのだ。なのにようやく目に見えて強くなった自分への感慨ゆえに見落とした。
『相手が、衝撃を受けてなお己をその場に留めうる超質量の武器を持っている』
可能性を。
更に言うと、ライザがクリーンヒット直前、突然右手を上げたまま依然それっきりにしているのも不自然だった。
が、総てはもう手遅れだった。上からの風圧に攻撃を察する頃にはもう遅い。
直径8kmの都市だった。尖った塔や曲がりくねったパイプ、独創的な形の本部といったこの2305年でも近未来的と半ば
皮肉を以って評される要素満載の都市だった。
これも武装錬金の1つである。秘密拠点(シークレットベース)の武装錬金、錬金力研究所。
ライザはその端っこをお盆か何かのような気楽さで片手持ちだ。持ち上げていた。ソウヤ視点の彼女は逆光の中で、凄く
とっても嬉しそうに笑っていた。鼻から上は影になっていたが、口元だけ「ウヘヘヘ」と笑っていた。美少女にあるまじき笑い
だった。光学迷彩および完全ステルス機能発動状態で召喚した、吹き飛び防止の超質量がよっぽど楽しいらしく、だからそ
れをソウヤを叩き殺す勢いで振り下ろすコトに一切の躊躇はなかった。
巨大空中都市めいた代物の雪崩れ込みの前でソウヤは鎧を逆噴射、鉾を敵の魔手から剥がすコトには成功したが、
それゆえ更に一手遅れた。ストレイトネット。錬金力研究所の輪郭に合わせてビッチリ地上まで敷き詰められていた。銀色
の塔はつまり脱出不可能だ。そして秘密基地というフタは上に乗った暴君の鎧の超推力でグングン下降。差を縮めたと一
瞬余韻に浸ったばかりにあれよあれよと大惨事である。
迫る基地よりも早く下降するソウヤはあらゆる手段を試した。スピリットレスによるストレイトネット突破。ヘルメスドライブに
よる戦域離脱。秘密基地そのものの破壊。いずれも不成功に終わる。地面が迫った。瞳孔に赫奕(かくやく/かくえき)たる
光を漲らすソウヤ。『フタ』は地上に激突した。ビル街は先ほどのブラボー脚の3倍ほどの陥没をしたのち一瞬沈黙し……
四通八達の輝く亀裂を走らせ大爆発。虹色した光熱のドームがグングンと大きくなり……晴れる頃には周囲50km圏内総
て焼け野原だった。赤黒い大地に少々の瓦礫が残る戦後の風景だった。
「咄嗟に空逃げて良かった……本当よかった……」
ダークマターの浮遊球に観客総て乗せたハロアロは仲間達に丸めた背を向けるよう正座中。どうやら回避は致死寸前の
ギリギリだったらしい。相当の恐怖を誤魔化すよう、フルマラソン全力疾走後のような激しい息をひっきりなしに上げていた。
(コイツ……いや助けられたのにコイツはねえわね。このコいなかったら巻き添えで頭痛く死んでたもの。グラッツェ、ハロアロ)
(いや本当、爆発のみならず瓦礫とか流れ弾から助けられまくってるよマジに。感謝しきれないよ君には……)
(さんきゅなのですお姉ちゃん!! でもサイフェ実はあの爆発も直撃したかってゆーのは……ダメよワガママすぎるのよー!)
(ありがてえけど……。なーンか身長縮んでねコイツ? 武装錬金ねえから、文字通り身ぃ削って障壁出してンじゃ……)
核鉄をソウヤに預けたばかりに丸腰なブルルたちは唯一ダークマターで庇ってくれる守護者もといそろそろ守護神になり
つつあるハロアロに手を合わせた。合わせられた方は実際身長がちょっと縮んでいた。
といっても元が240cm。まだ193あるのは本人にとっていいのか悪いのか。
「フ。私も彼女に礼を告げるのは吝かじゃあないが……ソウヤ君も気にすべきだと思うが? あれほどの破壊だぞ?」
唯一武装錬金(認識票。特性はコピー)を有するもソウヤのアース化のため全精力を毒電波中和に費やしたため今は何
も使えぬダヌが爆心地を顎でしゃくる。
ちょうど錬金力研究所のある一点に亀裂が入るところだった。(小癪、だがそうでなきゃあ面白くねえ!)とばかり歪む暴君
の表情(カオ)はハロアロたちのいる浮遊球にスクリーン投影された。亀裂はあっという間に巨大化。涼しい顔でライザが沖天
高く飛び退いたのは回避のためではない。見るためだ。何が錬金力研究所をバラバラにしつつあるのかを、ただ単純に、見
たかった。
瓦礫の街からサンドブラウンの煙上げつつ飛び出したのはディープブレッシング。本戦闘3度目の登場だがそこは三核
鉄六変化、既出の潜水艦や宇宙戦艦と異なる形態(フォルム)。今は嘗てヴィクターに見せた海域空中戦用ドリル戦艦。
「咄嗟に発動したんだ。錬金力研究所を叩きつけられる寸前に。(さっすがソウヤ君! 機転効くぅ!! やんややんやーー!)」
「とはいえ上からブン殴ってくる超質量総て相殺するのは難しかったらしくあちこち深刻なダメージを負っている!」
外装の大部分が剥落しスパークを飛ばすディープブレッシングの艦橋の上にソウヤは居た。橙のマフラーと黒のマントを
やかましく、はためかせながら。最後の特攻とばかり超大型回転衝角唸らせつつグングン進む潜水艦。崩壊しゆく研究所。
燻る風に満たされる空間で少年少女は己が好敵手をニヤリと見つめそして叫んだ。同じ言葉を、同時に。
「「出でよ!! 大戦斧(グレートアックス)の武装錬金・フェイタルアトラクション!!」」
空間を揺るがす赤紫の波濤が潜水艦を拉げさせつつ捩じ切った。研究所の各所すらもぎ取りそして浮遊(うか)す。既に
下艦したソウヤが極彩色波打たせる黄金吹き散らしつつみるみる敵との距離を縮めるその背景(バック)で瓦礫たちは混ざ
り合い2つの形を成していく──…
「巨大人形!?」
35m前後とバスターバロンよりは小ぶりで細身だが、それでもちっちゃなサイフェからすれば充分大きい。だから少女の
ボルテージは爆上がりである。「うおおー」と両手を上げて小躍りした。
「そーいや太平洋上の決戦でもヴィクターがバロン相手に作ってたっけ」
あンときは海洋生物の死骸を重力で組み上げていたが今回は金属片、強度・破壊力ともに上だぜ。という獅子王の言葉
がゴングになった。鉾。電波。交差する巨人の攻撃をめいめいの肩付近で残影描いて掻い潜った2人は電波に砕かれガラ
ガラ落ち始めた鉾の残骸を追うよう飛んで超光速でブツかり合う。もはや遠巻きのギャラリーには線分と光芒と衝撃波しか
見えない。飽くなき衝突を続ける金色と闇色の光。あちこち巻き添えで吹き飛ばされる巨人は反撃とばかり体内から様々な
武器を生み出す。矢を放ったエンゼル御前の自動人形を噛み砕いたキラーレイビーズを鉄拳で粉砕した衛生兵ハズオブラ
ブを全弾で以って撃墜した戦闘機フライングバニーを四本のドリルで貫通した大蛇のような名称不明の特殊工作車輛(ミド
ガルドシュランゲ)をバスターバロンのガンザックオープン&ナックルガードセットの大突進が尾から順々に塵へと返す。
高熱推進の炎を上げるバックパックに闇色の光が叩き込まれた。大きく傾ぐ男爵の上で黒煙より立ち上がったライザの
眉間に神速の鉾が迫る。だが彼女の方が僅かに早い。ソウヤ。みぞおちに叩き込まれた重ね当ての螺旋衝撃波が背中
まで貫通。吐血。いまだ砕かれる大蛇を霞む視界の果てに捉える彼の手が緩んだのを好機とばかり相棒を毟り取り後ろ
に流すは無情の暴風。割れたヘルメットから覗くアホ毛を騒がしく揺らすライザが追撃の蠢動を見せた。離れる鉾。迫る敵。
口から血の筋を垂らす青年は戛然と片目を瞑りながら西洋大剣の武装錬金アンシャッター・ブラザーフッドを発動。左肩か
ら生える第三の腕が鉾を掴んだ瞬間、蝶・加速が再燃、カウンターを取らんとライザに迫った。されど思考的弱者の立場
の海容によってソウヤと同種同質の洞察力(つよさ)をも手に入れた暴君が一枚上手、ソードサムライXを握った彼女は鎧
各所のアポジモーターの噴射にて優雅なる右回転。粗暴な外面に見合わぬ日本舞踊がごとき美しさで放たれる技は飛天
御剣流・龍巻閃。返し技でこそ本領発揮の一撃は西洋大剣第三の腕を手首からやや肘側で切断し更に三叉鉾の柄をも
5分の2ほど斬り飛ばす。吸収。霧散する蝶・加速エネルギー。特攻……静止。激しく流れる景色。宙ぶらりのソウヤ。そ
の脇腹めがけ迸る円弧の剣難はさせじと集った銀の巾(きれ)を何枚も何枚も光り裂いた挙句ヘルメスドライブの凄まじい
硬度すらバターの如く滑らかに両断し……直撃。一拍遅れて剣風から生じたカマイタチに胸をどうっと袈裟に薙がれた巨人
がよろめく中、青年は激痛に四肢を伸びきらせ硬直する。再度血を吐くかに見えた彼はしかし出血も構わず日本刀を握り
締め……賭けに出る。アース化とエナジードレイン、そして自身の闘争本能総てを込めた大口径の光線を………………
放ったのだ、口から。先ほどの意趣返しとばかり刀を握られたばかりに逃げる機(しお)を逃したライザが白熱の世界へと
導かれる。水平線彼方まで伸びる直線的光輝に「第三段階ヴィクターの技!」と叫んだのは誰であろう。確かなのは歓声
上げさす一撃が、龍巻閃の被弾によって体傾けたソウヤから放たれたというコトだけである。運悪くその軌道はソウヤとラ
イザが足場にするバスターバロンの胸から上と重なっていた。ちょうど大蛇を粉砕し終えた破壊男爵を抹消する死の大爆
発は先ほどからくも真空カマイタチを逃れた方の巨人を巻き込み後ずさらせた。
火球や残骸ともども吹き飛ばされもんどり打つ2人。
巨人達のおっぱじめた殴る蹴るへすぐにでも巻き込まれそうな地点でライザは膝を抱えて軽く一回転。姿勢修正。ちょ
うど迫ってきたビルに鎌を1本突き立て衝突回避。されど落下はまるで止まらぬ。飛翔しないのはソウヤの大砲撃で大鎧
が半壊したせいだ。激戦やハズオブラブといった修復道具を出すまでの一瞬のラグ、彼女は確かに壁にギャリギャリと鋭
い衝撃波伴う轍を残し急速に落ちていた。総ては刹那。減速用の電波を出すまでの刹那だったのに……短剣が1本、ビ
ルに刺さった。己に当たらなかった『外れた』それを一瞬嘲弄の目で見るライザを予期せぬ浮遊が見舞う。短剣は正鵠を
穿っていた。だからビルが、消えた。『楯山千歳が持つ筈だった』『キドニーダガー』に『年齢総て吸われて』消えてそして鎌
を支えるのを……やめた。
放り出される暴君。長い戦いの歴史の中でこうも立て続けに飛ばされるのは無論初めて。上を向いた彼女は曇天から
無数の破片が降ってくるのを見た。先ほど周囲で壊された武装錬金の残骸らしい。それを突っ切り迫る黄金の流星はいう
までもなくソウヤ。だがその行く手に風船爆弾充満。ニヤリと笑い脱力し一足早く落ちんとしたライザだがしかしストレイト
ネットの結界に押し戻され青ざめる。意趣返しをしたかったのはソウヤも同じらしい。ただ彼はそういう幼稚とも言える機微
に身を任す『弾み』に色々解き放たれてしまったらしい。らしくもなく頬を染めてワクワクとした笑顔を浮かべたからライザは
とうとう残り僅かな回避確率をも失った。(中継で見たヌヌ同様)ドキっとして見惚れたから、殴るなり電波照射するなりの対
処が数瞬遅れ──…
1発につき15cmを破裂で奪う魔性の風によって127cmの背丈から余剰(こうばいすう)という余剰(こうばいすう)を剥
ぎ取られた。ライザの現在身長7cm。ソウヤよりは2cm高い。そのサイズともなると体長30cmのこじんまりとした御前様
の顔パーツすらちょっとした大道具だ。他にも先ほど絶息した残骸が巨大スケールで降り注ぐ。犬の牙、衛生兵の足、戦
闘機の翼にドリル、全身甲冑各所……それらが織り成す暫定的な暗礁宙域を認識するまでの僅かな時間がライザの判断
を狂わせた。衝撃。弾かれる鎌。突き落とされる体。あっと手を伸ばした瞬間残る鎌も火花散らしつつ吹っ飛んだ。落下。
鎌も体も遥かなる地上へ落ちていく。瓦礫の暗礁地域を右に左に飛び回るソウヤ。スマートガンモードの三叉鉾(アース化
に伴う新形態)を乱砲撃しつつ四枚の刃を剥離、変形。ソウヤの周囲で無数の残像結ぶリフレクターインコムが放った突
撃槍(ランス)型のエネルギーの1つが恐竜が如き四肢なき巨大犬の残骸を爆破。その散弾がビーム砲撃を避けたばかり
のライザの背中に当たり速度を殺す。彼女の肩口も爆発。ダークマターの蝶が肩口で爆ぜた瞬間、ロイヤルパーブルの立
方体が幾つも幾つもライザの体に纏わりついた。いつぞやの【ディスエル】でハロアロがヌヌに使った武装錬金の遠隔操作を
封じる結界、所詮部下の技であり電波推力は微減に留まるが累積すれば停波は必然、暴君は迎撃を決意する。二挺拳銃
武装錬金・フルオートリベンジャー。別時系列の坂口照星の武器を光の中から産生した少女の周囲で鮮やかなオレンジの
マズルフラッシュが炊かれに炊かれた。重力湾曲効果を蓄えたレーション爆雷が幾つも幾つも爆砕し、2階建ての建物ほど
ある戦闘機の車輪のフレームが歪んで散った。スカイダイビングよろしく回転しつつ銃撃銃撃銃撃。リズミカルな銃声が響く
ところ乱反射する突撃槍も極大光線も火球となって消滅する。ノールックで後ろを撃つ。左手でざあっと弧を描いて乱射す
る。崖の大統領ほどある巨大衛生兵の生首の爆発をソウヤは執拗に突っ切り砲撃を繰り返す。残骸を蹴り躱わしたライザ
は振り返りつつ応射。ある時は交差した掌の先で。ある時は左右めいっぱい伸びた腕の先で。銃口は風を絶え間なく打電し、
燈火によって彩られた。撃つ。射つ。討つ。蝶もインコムもレーションも等しく灰燼と化していく。ブチ撒かれた針金の束のよ
うな燿(かが)やく火線が錬金術的暗礁にブチあたる都度奏でられるは硬質の崩壊音。瓦礫が弾け煙が舞う。光槍が飛び
交い紫のキューブが咲き乱れ重力が歪む。乱痴気騒ぎのなか青年は目まぐるしく刃を切り替えそして砲撃を繰り返す。
凄まじい高熱を宿した銃のトリガーを暴君は引き続ける。引いて戦歌を弾き続ける。
人の命を奪うにはあまりに軽すぎる音。九九の五の段のような音。撃ち出す規格品の如くに整序された同規格の音調の
果てしなき連弾が暗礁宙域に木霊した。
斬りつけるような寒風の中で斜め下への自由落下をしながら撃ちまくっていたライザの視界が闇に染まる。ミドガルドシ
ュランゲの指揮車両の残骸へ入ったのだ。四本のドリルを頭につけた巨大な蛇が如き武装錬金は男爵によって大破して
おり装甲各部の隙間から外が見えた。斜めに傾いで落ちゆくがらんどうは身長7cmのライザにとって巨塔が如きスケール
だ。薄暗さの中唯一輝く天蓋からソウヤが加速し落ちてくる。地上に背を向け連射連射の少女に反撃の熱い雨が着弾。
煙から抜け落ちた彼女は装甲の剥落部を踵で蹴りつつ牽制射撃、ダダだだ放った弾が鉾でやかましく捌かれるのを聞きな
がら外へ脱出、なぜか一瞬瞑目したのち、どこか確信を伺わせる跳躍で浮遊する残骸へ。激しい攻防はそこからも続い
た。サソリのように足を曲げながら撃ち抜いたのは蝶。密着し零距離射程で蜂の巣にしたのはインコム。弾倉が空になる
たびグリップから引き抜き新しいのを装填する。撃って撃って撃ちまくる。華麗に一回転したライザの周囲で数えるのも馬
鹿らしいほどのレーション爆雷が眩い黄赤の数珠繋ぎに膨れ上がって消えた瞬間”それ”は来た。
横っ飛びでフルバースト。鋭い影が爆裂したが煙の中から鈍く光る正体を平然と表す。《エグゼキューショナーズ》。ヘルメッ
トの頬の部分をバリンと割り裂いて通過したそれが貪欲な蛇のように鎌首をもたげるや影も見せず再度かみつく。銃床ヒット。
刃は半ばほどから叩き割られて吹っ飛んだ。空いた手で忙しく応じていた各種の攻撃へ専念せんと切り替えたライザだが
なおも膨れ上がる刃の敵意に水平持ちの二挺拳銃(ぜんせんりょく)を投入、残弾総てを叩き込む。刃は確かに破壊された。
だがすぐさま再生し追いすがる。銃床で再び殴る。砕けた。殴った方が。傷1つない刃の急激な硬度向上に唖然としかけた
ライザだが咄嗟に足元のハート型アンテナマーク(御前のだ)を蹴り上げ盾にする。刺さる刃。背びれのような六角形の突
起が引っ掛かった。貫通不可なれどなお追いすがるが重しを得たぶん速度は落ちる。
やっと僅かなりとの余裕を取り戻したライザは見た。刃が遥か天空にまで連なっているのを。ただ長くなっているのではな
い。無数の刃が九節根の要領で何本も何本も結ばれているのだ。違うのは刃と刃の接合を鎖ではなく黒帯で行うその一点。
暴君はだいたい察した。攻撃を受けるたび耐性を獲得し強くなるサイフェの特質が……乗っているのだ。だから爆発しても
再生だ。しかも刃は、《エグゼキューショナーズ》は母の処刑鎌と同じく高速斬撃機動を旨とする。それが、避けられるたび、
敵の動きを学習するとしたら? ますます速くなるとしたら? 悪夢である。ライザすら冷や汗を禁じえなかった。幸運だっ
たのはココでようやく大鎧が再生したコトだ。高速回避は仇となりうるが一刻も早く学習性処刑鎌を攻略せねば暗黒物質の
蝶の被弾で切り札を失う。インコムと突撃槍による意図的なコラテラルダメージは速度を奪うしレーション爆雷は落下速度
と軌道を歪める。どちらか一方に当たるだけでも連鎖的被害拡大の幕開けだ。故に回避主体の迎撃射撃をやるしかない。
ライザは、少しずつ、追い詰められ始めていた。
そして彼女はそんな状況が…………恐ろしいからこそ愉しくなってきた。汗を面頬に垂らしながらもスッキリした微笑で
対決を決意する。
遠くでソウヤも雰囲気を悟り頬を緩める。敵意も殺意もこの闘いにはない。激突のもたらす威力は並外れで冗談のよう
だが、冗談だからこそ叩き合うのが楽しいのだ。絶大な力の行使を正義と悪の諍いではなくジャレ合いでやらかす壮絶な
る無駄遣いが両者を際限なく高めていく。
ジャリジャリと甲高い金属音を立てながら迫る《エグゼキューショナーズ》。爆砕するたび強くなった刃を生やす忌まわし
き新陳代謝の生長が射程すら伸ばす。鉾のような(元は実際そうだが)連撃を見舞う、突く。死角から切り上げる。爆導索
になって面で攻める。恐ろしき猛攻の中、ライザは全身から黒い炎を吹き上げドッグファイトよろしく旋転を繰り返す。敵の
成長に限界があるのはサイフェで既に証明済み。だから《エグゼキューショナーズ》を避けては張り付き爆砕する。射撃。
次元俯瞰で強化。再生。同門のグラフィティで増強。再生。高めてなお上回れないのは相性の問題。フルオートリベンジャー
と電波の相性、どうやら初撃で取り落とした双鎌ほどではないらしい。サマーソルトしつつの大射撃。暗礁地域の3割が続々
と爆発し掃海される。それすら鎌の連射と破壊に及ばない。失った逸品の行方を思い少し焦る。とうとう先祖がえりする敵の
刃。バルキリースカートよろしく分裂しあらゆる方向から刻む、刻む、刻む。極彩色した無数の線分がライザを包んで荒れ
狂った。カマイタチで構成された局所的スーパーセルに大鎧のあちこちが斬奸されカッ飛ぶ中、苦鳴を矜持で噛み潰した
ライザ咆哮。胸の宝玉から超圧縮された電波光線を照射。無限射程を誇る《エグゼキューショナーズ》と黒帯の九節根を
根元まで量子分解した。されど大技、連射は効かぬし虚脱も伴う。クラっとした少女の体が急激に落下する。瞬間ソウヤは
とうとう追いついた。反撃はない。障害といえばライザとの間に浮遊する何かの巨大な残骸のみ。鉄火場である、最短距離
を突っ切るは心理。故にソウヤは『今の彼から見れば』巨大な残骸をくぐる。原状回復の鉾構えてライザに迫り──…
止まった。瞠目の青年。正に一撃叩き込まんとしていた彼がどういう訳か『囚われていた』。土管のように細長い金属。
それが前傾状態にあった彼を拘束せしめた。ライザが新たな武装錬金を使った訳ではない。逆だ。『解除した』。先ほど
2人の身長を吹き飛ばしたバブルケイジを解除したのだ。『ソウヤがバスターバロンの小指の残骸の中に入った』瞬間に。
つまり彼女は……誘い込んだ。極大光線後たしかに虚脱は感じたが落下するほどではない。落ちたのは、演技。撒き餌
に喰らいつくソウヤが指を通らざるを得ない軌道まで落ちるため”いかにも虚脱しそうな”大技を、連射が効かず硬直すら
するため高速戦闘に用いなかった大技を、敢えて使って見せたのだ。誘い込むために、剣を潜めた柔らかい脇を突かせ
るために。策謀はミドガルドシュランゲを脱出する際すでに始まっていた。
(あの時、目ぇ瞑ったオレは──…)
ソナーの要領で電波を放ち、辺り一帯の残骸を調べた。そしてソウヤを釣り込むに適した小指の残骸がヒットするや、
そこめがけ跳び……あとは上記の如くである。
(敵灼くだけが電波じゃねえぜ!! 敵の探知やら非破壊検査だってできるのだ!!)
電波使いの本領であろう。……暴君らしからぬ繊細な使い方でもあるが。(文化系っぽくはある)。
5cmなればトンネルほどある空間も170cmに戻ればただの拘束具。捨てられた銃がその表面で乾いた音を立てる。ラ
イザを見失うソウヤ。再補足は首の衝撃が行った。逆立つライザが締めたのだ、そこを支えに。恐るべき加速をつけた彼
女は勢いの赴くまま捻った敵の頚骨で異様な音を奏でつつ……投げる。血ヘド吐くソウヤの手から鉾が零れた。彼はその
まま轟然と落下し、男爵の指ごと遥か地上へ叩きつけられた。
無敵流三種複合技『阿修羅砕』。人体急所たる首を何ら躊躇せず締めて極めてそして投げる無残無愧の炸裂にニンマリ
嗤うライザの背後に”どてら”のような影が現れた。ハッとする頃にはもう遅い。大鎧の上から強制装着されたソウヤの軽装
鎧が内部から《サーモバリック》を暴走させ……大爆発。零距離射程からのそれを浴びてなおかすり傷を負わなかったライ
ザは正に戦神と称すべきだが、しかし軽く意識が飛んだ。
(阿修羅砕が終わった瞬間、ソウヤの野郎、鎧をパージしやがったな。男爵の指の中に居るとはいえ、元は鉾の鎧たち、
分解すりゃ抜け出すコトは可能……か)
そしてライザに装着後自爆するようプログラム。己が防具をも犠牲にした諸刃の剣の戦術だ。
(完全に虚を突かれた……。しかもなんつー……破壊力…………)
大鎧各所からの電波散弾で抗していても防げたかどうか。破壊力で鎌に勝るなら先の攻防で銃など出しはしなかった。
敵の攻撃で朦朧とするのもまた初めての経験。大破しまたも推力を失くした大鎧の導くまま彼女もまた、地上へ。
一瞬の喪神から目覚めたソウヤ。鉾も鎧も空中に残した無手の彼。
その眼前やや遠くに2本の鎌が刺さっていた。先ほど弾いたライザの武器が。
ガバっと瓦礫の中で目覚めたライザ。大鎧はボロボロで鎌はとっくに失くした彼女。
その小さな体の両側に三叉鉾と焦げた鎧のパーツが転がっていた。自爆でライザ共々吹き飛んだソウヤの武器が。
2人の戦神が瞳に映る武器を焼き付ける中──…
搏闘(はくとう。格闘)を繰り返す2体の巨人の足が創造主たちの中間点を踏み抜いた。
吹き上がる土砂。それを突っ切ったソウヤとライザは申し合わせたように巨人の足を駆けていた。
ソウヤは2本の鎌を握り。
ライザは軽装鎧でリペアした大鎧姿で鉾片手に。
「武器交換!!」
「普通なら『武器を人質に取った、攻撃すればするほど獲物が傷つくぜえクククッ!』ってえ頭痛い脅迫手段でしょうけど」
「……アイツらたぶん、遊ンでやがンな」
10m先で垂直にひた走る好敵手へ互いに気付いた両者さっそく攻撃。ソウヤの鎌から発されたガスマスクと焼夷弾の
形のエネルギーが虚空で混ざり合い大火球となってライザを狙う。暴君は鉾と鎧の各所から暗黒に波打つ電波を発射。
竜巻に造り替え火球を潰す。攻防更に続く。鎌から生まれた無数の戦輪がチャフによって軌道を逸らされ無関係な巨人
どもの各所を刻む。痛覚かストレスか、唸りをあげていきり立つ巨人2体。足が大きく傾ぎバランスを崩されたソウヤたち
は電光の速度となって翔け上がる。目的地は巨人の上部。ライザがごとき推進吐く鎧を失しているソウヤは鎌の推進で空
を飛ぶ。光となった彼らは音速を捩じ切る音立てつつ、天へ。
到達。胸の前へ瞬転された巨人達は反射的に拳を引く。絶大な推力の鎌に独楽のごとく回るソウヤがライザを頭上から
斬りつける。衝撃。鉾で2本の鎌を受け止めたライザ。日蝕を思わせる虚ろなエネルギーが三叉鉾を巨大化させソウヤを
飲み干す。どうにか飛びのいた青年を50m超の鉾が薙ぐ。巨人はもう、災難である。右顔面を3分の1ほど削ぎ飛ばされ
たあげく肩すら蹴られた。裂帛の気合上げつつ飛ぶソウヤは鎌を闇の鉾に浸しながら直進。かつての大将戦の再現。膨大
なドス黒いエネルギーは更なるエネルギーの流入によってメルトダウン、爆発。仰け反るライザ。その背後の巨人(先ほど
胸を袈裟懸けにされた奴だ)も左目から上を丸く抉られた。放出によって縮小した鉾を石火が叩く。持ち前の身体能力で
ライザは応戦。一撃一撃の重さはソウヤに勝るがペイルライダーの複雑な操作系統までは分からないらしく、死刑執行刀
や燃料気化爆弾といった別形態は使えない。激しい打ち合い。ソウヤは踊るように軽やかな連撃を繰り出す。ライザは重装
騎士の如く豪快に立ち回る。一方巨人たちはやっと体勢を立て直し同族めがけ拳を繰り出した。
「闇に沈め」
鎌から15mほどの黄金エネルギーを迸らせたソウヤが静かに囁く。
「滅日への」
全身と鉾から暗黒の電波を不気味にくゆらせるライザが少女らしからぬ獰猛な低い声で威圧する。
「「蝶・加速ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーz___________!!!!!」」
圧倒的速度で解き放たれた2人が激突する背後で相互いに砕け散った巨人達の拳のダメージが木偶たる彼らの全身を
崩壊に追い込んだ。
激突するソウヤとライザもまた爆発に包まれたが……突っ切った。交差したのだろう。先ほどと左右入れ替わった彼らは
背後で黒煙燻る中、無表情で互い本来の武器をパシリと握った。ソウヤは鉾を。ライザは鎌を。飛んできたそれを当然のよ
うに握る彼らに特段の感慨は見受けられない。ただただ炎が寂然と彼らを照らした。
振り返る。同時に。
ソウヤは飛来してきた残骸のような軽装鎧を復元して。
ライザもまた大鎧に何度目かの新調を施して。
巨人が崩れる一大スペクタクルの前で武器を構える。
神妙にして清冽な空気が立ち込めた。ギャラリーたちは生唾を呑んだ。
「これは……多分」
「ウン。始まるよきっと。『最後の激突』」
「あれだけの闘いをした以上、彼らにそう余力は残っていないはずよ」
「だね。エディプスエクリプスは人間。ライザさまは戦う前から崩壊寸前」
「いかにエネルギーが無尽蔵といえど、肉体の方は……フ。既に限界を超えている」
「そーいった細けェ前提いらんだろ。見りゃあちゃンと分かるンだ。奴らの闘気、すげえぜ。」
ヌヌ、サイフェ、ブルル、ハロアロ、ダヌ、ビストバイ。
彼らが長かった戦いの終結を思い身を引き締める中、ソウヤとライザは決然と叫んだ。
「これで終わりだ、ライザ!!」
「ああ、終わらせるぜソウヤ!!」
「オレの」
「オレたちの!!」
「「ウォーミング・アップを!!」」
そして天まで届くエネルギーの柱をブチ上げた2人にギャラリーたちは全員目を点にした。
「え? ウォーミングアップ? え、あんだけの超決戦が準備運動? え!? えええーー? (ななな何いうとんの2人ーー!)」
「そうだよ! 年またぎなんだからココでテンポよくスパッと決着すべきだよ! ネタだって無尽蔵じゃないよ、先細るよ!?」
「余力なくなるどころかやっと暖まってきた……? 頭痛いわ……。わたしもアース化したけどさあ、全然及んでない……」
「えーと。たぶんアレ、パピヨンパークでいう『ヒートアップ状態』だね。精神が肉体を凌駕したってアレさ」
「フ。師しょ……じゃなくてビスト。一番こっぱずかしい勘違いしたのお前な。(ありゃあ決着をつけるってカオだw ぷぷーw)」
「うるせェよ!!? てかお前だって肉体が限界だとかスカした態度とったじゃねえか!! 大体なンでいるンだよ!!?」
巨人の最後のカケラが地面で弾けて飛んだ瞬間、ソウヤとライザは……動いた。
光の波濤を上げて距離を詰めるソウヤ。
プラズマが弾けては消える空中で光り輝く暴君は告げた。
悪戯っぽさの中に暴虐を讃えたどこか妖艶でもある薄ら笑いで。
・ ・ ・
「雷雨の来る前、やがて長い間一掃されてしまうほこりが最後に猛烈にまきあがる」
「ヨハン=ヴォルフガング=フォン=ゲーテ。『格言と反省』か」
「正解っ!! 命削っての猛追なるほど見事!! だが『雷雨』! 耐えられるか、だぜっ!!」
ライザ。手中で光と化した鎌が別の形状(すがた)へ編み込まれる中、アヒルが如く騒々しく、叫んだ。
『何かを』。
口が動いた瞬間、ソウヤの世界は逆転し暗転し──…
「っ……?」
暗幕を楕円形にくりぬいた半開きの視界にまず映ったのは灰色だが太い無機質な鉄骨の梁だった。碁盤上に走るそれら
の交差点でいかにも事務的に光るライトは8mほどの地点にある。高く、殺風景な天井。(工場、か……?) 大の字になっ
ていたソウヤはハッと気付いたおかしな現状に慌てて身を起こす。どうやら床にめり込んでいたらしい。陥没した鋳型のご
わごわした感触は鎧越しにも分かるほど不快だった。破片をカトカトと落としながら身を起こしたソウヤは立ち上がるや考
える。
(一体なにがどうなっている? オレは空中でライザと相対していた筈じゃ……?)
まず疑ったのが電波による幻覚だが幻覚とは何か喰わねば死ぬネズミかというぐらい絶えず精神蚕食の突飛なイベントを
起こすものだ。夢も然り。されど立ち竦むソウヤが味合うのは恐ろしく無味乾燥で着実な連続性。
(ならば……決着がついた? いや)
ソウヤが一切抵抗できぬまま終わらせる圧倒的な一撃が炸裂したのなら今ごろあの暴君はソウヤの眼前で胸張って得
意ぶっているだろう。ライザは居ない、来ていない。
(ならば何が起こった……?)
ズキっとした痛みに顔をしかめそこを抑える。みぞおち。何か痛烈な一撃が炸裂したらしく呼吸すらままならぬ痛みが登って
くる。幸い出血はないがその部分の鎧は大きく砕けている。(気絶した原因……?)。訝しむ彼の聴覚が外界に向かって激しく
動く。何かおぞましい気配を感じた。鉾を構え素早く辺りを見回すソウヤ。居るのはやはり工場らしかった。用途は不明だが
複雑で背の高い灰色の機械が点々と置かれている。パレットの上でジェンガのように組まれている段ボールたちは恐らく
資材のそれだろう。他にもリフトや台車がビニールテープの枠の中に幾つか。なおココは実際の街ではなくライザが強い
力で作成したバトルフィールド、ディティールはだいぶ凝られているらしい。
(何階建てかは不明だが、このフロアだけでも大型の体育館ほどあるな)
一度父母に連れられ見学した銀成学園の体育館を思い出すソウヤ。それほど広い空間が段々段々異様な緊張感に満ち
てくるのを肌で感じ青年は軽く身震いした。
(どこだ……? どこから……来る?)
決着がついていない以上、ライザが追撃を加えるのは当然の流れだ。現に迫り来る威圧感が示唆している。そして電波
妨害を予想しながら半ばダメ元でソウヤがヘルメスドライブによるライザ探索を敢行しかけた瞬間それは来た。
視界が両断された。怒号のような万雷のなか縦横に激震する工場。揺れるライトによって暗闇と白日を往復する世界の
中でソウヤは見た、見せ付けられた。上からの闖入者、そのおぞましき絶望の姿を。
光の刃、だった。
体育館ほどある工場の3分の1ほどある肉厚い刃が天井をドロドロに焼き溶かしながら雪崩れ込みそしてソウヤめがけ
轟然と振り下ろされた。蝶・加速を以ってしても避けられぬ恐るべき太刀行きの速さだった。命中を告げるどこか歯痛めい
た乾いた軽音が鳴る。溶鉱炉という胃酸に一部を赤くデロデロと溶かされたような鉄骨が何本も何本も床で跳ね落ちる。
濛々たる土埃も降り注ぎ、やがて見えなくなるソウヤの姿……。
工場からやや離れたビルの屋上で。
「なんて物を……持ち出すんだ…………。ライザ……」
口に手を当て戦慄くヌヌに他のギャラリーの誰一人として反論しない。分身元に反抗的なダヌはおろかライザシンパのハ
ロアロすら快哉の1つも叫ばない。一同はただただ慄然とした。
「……ちょぉっと挨拶代わりに振るっただけってのに…………えらい威力だなコレ……」
ソウヤよりもギャラリーよりも目をまんまるくしていたのは寧ろ暴君だった。しかし把持(はじ)する『長柄』を見るとニヤリと
笑う。使い慣れるまでツブれてくれるなよという笑いだ。されど手加減するつもりは全く無い不敵もまた滲んでいる。
「さあ! 伏謁(ふくえつ)するがいい武藤ソウヤ!」
「『対お前用に最後まで温存していた』最高威力の……コレに!!!」
「ぐ……あああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
盾状に全開推進した鉾でソウヤは天井からの一撃を受け止めていた。倒れこむ超巨大クレーンもかくやあらんサイズの
光の刃がもたらすのは当然最大級の衝撃だった。鉾の両端を支える腕のそこかしこの筋や腱が断裂し血を噴いた。圧倒
的質量をクッションで逃がそうとする脊柱の反射行為が軟骨を蝕む。肩から押さえつけられ縮んだ骨が下のそれにめり込
み骨棘(こっきょく)となって神経を圧迫、鈍い痺れが拡散する。脊髄もまた無傷ではなかった。更に膝。回復措置が図られ
るまで当該部位の軟骨は70歳代のレベルにまで磨り減っていた。それだけの重さだった。
そして先ほどライザ謹製のバスターバロンから受けたブレイブオブグローリー1121発分に匹敵する熱量の中で彼は気
付く。攻撃の正体に。
(っ!! まさか、まさかコレは……!)
青年を苛んでいる光熱は……『山吹色』だった。彼はそれだけで総てを察した。左胸の黒い核鉄がズキリと痛む。
空中で暴君は笑う。無造作に振り下ろした”それ”をじっくり堪能するように下げながら。
”それ”は巨大な刃のような代物だった。恐ろしく眩く輝く光。巨大な柱を倒したような太さ。永久氷壁が如くブ厚くもあるその
稜線は、工場までの748mの直線距離を寓話の中の虹の橋のような幻想的な硬質さでガッキリと堅牢に伸びていた。そして
ライザの微細の手の動きと共にビルの表面を赤黒く溶かしながらゆっくりと、ゆっくりと、降りていく。
光に纏わりつく『槍』のようなパーツを見た瞬間からギャラリーたちは暴君が何を使っているか理解していた。
山吹色の光。槍。2つのワードさえ揃えば誰しも何か分かるのだ、”それ”は。
「そうだ。オレがいま使っているのは──…」
「サンライトハート改(プラス)!!! 父さんの武装錬金!!!」
跳ね上がる動悸もむべなるかな。ソウヤにとってはある意味、最強の武装錬金たるインフィニット・クライシス以上の脅威
である。無機質で無表情なドラゴンを模した槍は本来小ぶり。小学校低学年のような小柄なライザより頭1つ大きい程度。
だが今は竜族の王のような巨体である。
「マズいね」。眼鏡を直したヌヌの頬に一筋の汗。
「サンライトハートは我輩の知る10万の武装錬金の中でも最高クラスの逸品だ。ブルル君に複製して貰わなかったのは既に
攻撃力貫通力とも匹敵する鉾を使いこなす熟練者(ソウヤ君)が居たからだ」
「とにかく強力で制御不能な暴れ馬ですもの。一夕一朝の修練じゃとても無理。ピーキーすぎて頭痛いけど、そーいうのに
限って熟達した時の破壊力は甚大だからさあ、ソウヤに任せるべきと判断した訳」
そして。ヌヌの顔の汗は増していく。それが塗料かの如く肌の色は失せていく。
「生体エネルギーを破壊力へとダイレクトすぎるほどダイレクトに変換する高出力(ハイパワー)なサンライトハートを、あろ
うコトか無尽蔵の生体エネルギーを有せしライザが使う。総ての武装錬金を超攻撃力で底上げ可能な、ライザが。それだけ
でも絶望的な脅威なのに、サンライトハートはしかも、ソウヤ君にとって──…」
「親の武装錬金……だからな!! 最強(オレ)の電波すら恐れぬお前に存在する唯一の弱みと言えるのだ!!」
暴君は高らかに、勝ち誇るよう告げる。肌艶のやや失せた青年に。
言葉の意味を顎くりくりしつつ考えていた褐色少女は「あ」と気付く。他の面々はそれに続く。
「そか。ソウヤお兄ちゃんの大好きなお父さんを象徴する武器だもんね……。これはためらう王道なのです。サイフェだっ
たらライザさまの武装錬金相手でもへっちゃらだけど、ソウヤお兄ちゃんはお父さん想いで優しいから、サンライトハート傷
つけたり壊したりするのは迷っちゃうかも……」
サンライトハートはソウヤにとって。
父の新たな命そのものであり。
母が朝焼けの中で名づけた思い出の品であり。
養父を一度は看取り決着すらつけた……聖遺物。
「そーいった感傷的な問題をどーにかできるのがソウヤだけどさあ。ビスト。確か彼ってパピヨンパークで」
「ああ。小僧から聞いた。『一度負けた』ってな。ムーンフェイスラボだ。引きとめられた時の力試しで敗れた」
「かつて自分を降した武装錬金が今度は最強たるライザさまに使われる……。恐ろしいプレッシャーだね……」
「フ。最初の六連撃に使われたサンライトハートはあくまで旧型。しかも放ったのは本来殺傷力ゼロのフラッシャー」
(だがその目晦ましに過ぎない技すら彼女は悪魔の威力へ昇華した)
ソウヤは見た。
ライザが『たかが目晦まし』で彼女の超攻撃力の6倍に比するカウンターを事もなげに殺しきるのを。
今度は進化版のサンライトハートが攻撃技を振るうのだ。しかも創造主たるライザは六連撃の頃より強くなっている。ブル
ルやヌヌが新しい武装錬金に目覚めた分だけ力が上乗せされている。敵が覚醒すればした分だけレベルアップするのが
ライザという少女。アース化したソウヤはそれを防ごうと覚醒分の力を己に引き寄せているが、うち幾分かはライザに流れ
伸ばしている。
(対するオレの肉体の方は、そろそろ……)
アース化の高エネルギーはライトニングペイルライダーで放出(アース)している。だが莫大な熱量、一度は体内に流れ
込んでいるのだ。一瞬で排出しているとはいえ負担は負担、ダメージは蓄積する。しかもエネルギー放出の蝶・加速の反動
もまた骨や肉を容赦なく蝕む。それほどの代償を払わねばライザとの差は縮まらない……とはソウヤの決意。
(だが回復速度が落ち始めている)
体勢上、激戦を握り高速自動修復にあやかるのがほぼ不可能のため、衛生兵の武装錬金・ハズオブラブによる回復を
先ほどから施しているが治る傍から頭上の突撃槍によって大ダメージを受ける……というのが実情だ。(万全の体制なら、
本来の持ち主なら、修復速度が上回る筈なのに……)。そもそもアース化によるダメージをアース化で複製した武装錬金で
回復できるのならライザ自身がとうにやっている。冷却装置のジレンマ。自分を冷やそうとフル回転すれば排熱によって
更に高い温度となり……オーバーヒート。
(攻撃力はまだ落ちていない。治すより壊す方が労力的に楽だからか……? だがいつまでも高まり続ける保証はない)
そんな境地で。
限界を幾つも飛び越えた果てで。
恐ろしい関門にブチ当たった……というのがライザに持ち出された
『父の武装錬金・サンライトハート』
に抱く率直な感想だ。
(強い武装錬金なら幾らでもある。だがオレの中にある『格』を言えばサンライトハートは文句なく階梯の最上位。模倣や新
型特殊核鉄による召喚においてはこれ以上ない心強い味方だ。だが……だからこそ、敵に回すのは…………)
以上の思惑は一瞬で交錯。そしてソウヤの記憶はやっと気絶直前に追いつく。ライザがこう叫んでいたのを思い出す。
ランス プラス
「出でよ!! 突撃槍の武装錬金・サンライトハート改!!」
(そうだった。確かオレは宣告のあと繰り出された突きを避けた。避けたのに……)
遅れてやってきた強烈な空圧に轟然と打ち据えられそのまま工場まで飛ばされた。
(だが忘れていたのは何故だ? 速すぎるせい? ……。いや。何か違う。この感覚……どこかで…………)
やっと天井の一部に穴(入り口)があるのを見つけたのがロールプレイングでいうイベントフラグではないかというぐらい
絶妙なタイミングで状況が変わる。
ソウヤ越しに荷重を抑えていた床が限界に達し割り砕けた。四方八方へ駆け抜けた亀裂から光が溢れ崩壊を彩った。機
械もリフトも資材入りの段ボールも等しく階下へ落ちていく。刃は相変わらず減速しない。ソウヤを上から押すに押す。
(このままでは地上到達と同時に、潰される……!!)
鎧各部のスラスターを噴射。溶融した金のような眩い熱風が轟然たる加速を産生するが突撃槍はいっこう止まらない。
足下(そっか)に衝撃。また床が割れ、階下へ。瓦礫の雨の中チラリと見えたプレートの拉げた表面にある黒文字は「5F」。
猶予はない。鎧の噴射を強める。それを踏ん張りの代わりにしたゆえ生じる足元からの重圧はいよいよ加速が最高潮に
なりつつある上からの衝撃を辛うじて耐えている背骨を更に蝕む。仰け反りが強くなった。腰骨を起点に後ろへ向かって「く
の字」にヘシ折られるのではないかという痛苦にソウヤは切歯する。だがそれができるだけまだ幸せと気付いたのは、足元
からの爆光を痛覚ではなく視覚で認識した瞬間だ。フレーム外から入ってきたフラッシュが何かと下を向いてやっと脚部ス
ラスターのオーバーヒートによる爆発を察したのは、両膝から下が燃えているのに知ったのは、つまり足から痛覚を始めと
するあらゆる感覚が失われていたせいだ。足に力を込める。動かない。
(咄嗟に防御したんだぞ!? 防御力向上の特殊核鉄だって既に2つとも使っている!! 合計40%増を一点集中で更に
8倍! オレを价(よろ)う力は平常時の420%にまで増幅(ブースト)している! なのに、なのに……!!)
「どうやら受け止めただけで脊髄がイカれてるようね……」
ギャラリーの中でブルルが頭を抑えそして呻いた。ダヌも頬に汗を垂らす。
「フ。ダメージを受け付けない筈のヒートアップ状態にダメージを負わせるとは……な」
サンライトハート改は生体エネルギーによって展開しその威力を高める。
(だがオレと戦ったときは、ココまで…………)
ヒドくはなかった。パピヨンパークはムーンフェイスラボで単身魔窟へ先行するソウヤを案じ制止するため已む無く戦い
を選んだカズキだから加減は一応していただろう。また当時の彼は人間、ヴィクター化は寛解していた。
(つまり人外めいた破壊力をオレに振舞える道理はなかった)
が、仮にそれらの要素がなかったとしても、カズキ、いまライザが振るう突撃槍の桁外れに及んだか、どうか。
「キャパシティが違いすぎるからね。総ての人間の闘争本能の根源たる巨海(おうみ)に接続しているライザさまのエネルギー
の総量はヴィクター化した武藤カズキすら遥かに凌ぐ」
「つまりライザさまが手にした時のサンライトハートは……」
「フ。予想通りの変貌、だな。やはりほぼ無限のエネルギー出力を誇る最凶最悪の兵械(へいかい)に成り果てた」
「ダヌ……。兵器のコト兵械っていうのやめなよ…………。これだから中二は……」
とはいうものの、ライザシンパのハロアロですら確かに兵器などという言葉が生ぬるく感ぜられる驚嘆の威力だった。
(しかも!!)
ボールペンで乱雑に書き殴ったような黒い電波が光の刃越しに伝染。
吐き気を催す雑多な綺羅狂言が脳髄に流れ込み理性を侵す。工場の景色がどんよりと赤く染まる。血の海に沈んだよう
に機材がボヤける。奇怪極まる造詣の鳥と魚の合いの子のような生物が甲高い声を上げながらソウヤの周りを跳びまわる。
青年の眼差しから鋭い光が消えた。ぼんやりと霞む瞳の奥底の脳髄は、思った
(来た。これで…………『勝てる』)
異常事態のさなかで吐かれる場違いなその言葉は漫画や映画であれば逆転の狼煙だろう。緩やかに鉾から手を剥がし
かける青年。勝つための奇策にしか見えない行為はしかし──…
(何をやっている!?)
三 叉 鉾
電波によって敗亡めがけ誘引された結果に過ぎない。圧倒的な巨刃を受け止めている最終防衛ラインをめいっぱい握り
締める。(手を離したらそのまま押し切られ潰れていたぞ!? オレは、なにを……!!) かぶりを振って正気に戻らんと
するが幻影は収まらない。
眼球が垂れた赤黒い成人男性の腐乱頭部や青紫に腫れあがった肥満児の足が降り注ぐ幻影に囚われる。チラリと見た
床には淡黄色の歯垢がベットリとこびりついた糸楊枝(フロス)や胆汁の茶色が目立つオムツがごまんと積まれていた。むろ
ん幻だが生理的嫌悪感に頭痛が嵩む。
(インフィニットクライシス!! 放射に触れるだけで狂う魔笛の能力(ちから)すら乗っているのか! サンライトハートに!!)
遠く離れた中空で全身装甲の少女は肩を揺すった。
「ふはは。オレは電波を司る存在、なのだっ! したがって全開エネルギーには”それ”も乗る!!」
(やはり……! ! 恐らく初撃にも電波が! オレの記憶や意識を飛ばす類の電波が……!!)
「ヤバイね。ただでさえ絶望的な火力にバッステ……バッドステータスの追加効果すら」
「蝶・加速で押し返せねェ理由の1つはそれだな。電波攻撃による判断の狂いがアクセルを思うようフカせなくしている!」
「ひょっとしたら特殊核鉄で高めた防御力すら下げてるのかも……。さっきソウヤお兄ちゃんの骨を脆くした時の要領で」
理性擾乱の電波を帯びた刃を受け止めたがため『ゆんゆん』とした狂奔の波濤に身を焦がす青年は
(対応が……できない!!)
刃に圧され次々と面白いように床を裂いて落ちていく。予備のスラスターを噴かす。焔が膨れ上がる。(よし)。頷いた瞬間
ノイズが意識を蝕んだ。一瞬の空隙。再びスラスターを見た。全開にした筈のそれが鎮静している。また焔が膨らむ。ノイズ。
戻る。(……っ! 時系列が巻き戻されている……? 羸砲が宇宙空間追放後のライザに仕掛けた爆発のように……!)。
気付いた瞬間ソウヤは4階の床を突き破る。ただでさえ耳を塞ぎたくなる轟音が更なるおぞましさを孕む。歪んだ。急速に
テンポを落とし亡者の呻きのような音になる。時流がスローになったのかと疑うソウヤの耳にまたざらついたノイズが奔り──…
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ?」
3階の床を蓮華のように割り開きながら叩き落される自分に彼は愕然とした。
(馬鹿な! 恐るべき速度で落されているとはいえ4階から3階だぞ!? 落されるまで数秒の猶予はある! また時間が
飛ばされた!? いや……!!)
攻防は極限まで圧縮されたラスト1秒の中で行われている。味わい尽くしたい感覚主義者(ライザ)がスキップするなどあり
得ない。味をより濃密にする巻戻しならともかく、飛ばすのは……ない。
(な ば、 レの 意識 飛 さ いる)
白黒の砂嵐がアトランダムに意識を蝕むたびソウヤの魂は音飛びした。彼の認識する己が座標も紙芝居を順繰りに重ね
たように大きく変わる。鮮やかな赤や青や緑したイビツなネオンのオブジェの幻影が青年の思考的イニシアチヴを滅殺して
塗り替える。
まだ建造中の高層ビル最上階で、遥かな地上も露な梁の上を命綱なしで平均台のように歩んでいる最中、担いでる鉄骨
が突然バランスを崩した時の感覚。
巨大工場を轢断しながら落ち来る超重の光槍を受け止めている修羅場の中で意識を強制的にトバされるソウヤがずっと
味わい続けた感情だ。意識が、なくなるのだ。頭上からの恐怖を懸命に抑え、押し返すため人間的な機知を振り絞っている
最中に、そういったもの総てシャットダウンされ、守るべき肉体が、おぞましき恐怖の前へ無防備でポンと放り出されるのだ。
むしろ意識が復仇する方が残酷だった。いよいよ電車が入ってくる線路からホームに上ろうとしている最中、5秒から10秒
サイクルで目覚める麻酔銃を打ち込まれる恐怖。単に昏睡するだけならまだいい。眠ったまま轢殺される安らかな未来が
待っている。だが眠りと目覚めが不定周期で入れ替わるとすれば? 電車の近づく様を認識できるのに逃れるための方策
を描くたび線路の上に倒れこみ、寝こけ、ホームからの手すら握れないまま、再び目覚め残り時間の少なさばかり突きつけ
られる。サンライトハート改とインフィニットクライシスのコンボとはつまりそれだった
破滅をずっと唱え続けた彼をして『真なる破滅』を理解させる制動不可能の……地獄。
とうとう彼は2階の床をブチ抜いて1階へ落下した。地面はもう近い。メインスラスターたる脚部のそれが大破したいまソウヤは
ただ押しつぶされるのを待つだけだ。
(まだだ)
震える手へ必死に力を込める。流れ込む電波の声が目も当てられない捏造過去の数々を囁き判断を狂わす。
「ライザが使うサンライトハートならソードサムライXで既に一度破ってるじゃないか! 使え!」
(違う……。使ってなど、いない……!! そもそもアース化で複製したとしても吸いきれるかどうか……!!)
天にも届きかねない光の刃を2m足らずの日本刀で無効化するなどどう考えても無理だ。早坂秋水がカズキを圧倒して
いた頃とは何もかもが違うのだ。
「さっき次元矯枉を使ったときイケそうだったろ?」
(だから使っていない!! だいたい密着状態だぞ! ライザへ返しきる前にこっちがやられる!)
「ルルハリル」
(銃撃だぞ! 近接特化の突撃槍との鍔迫り合う中使っても空費するだけ! 弾は残り2発! 貴重!)
「切り札はまだある! 対人地雷の武装錬金シャドウ・プット・マインが……まだある!」
(踏むと腕が現れ別の地雷へブツける武装錬金がこの状況を打開する筈がない!)
他にも無数の綺羅狂言が悪手の意見具申を羅列する。そのつど破滅と陥落に誘引されそうな意志(こころ)を一欠片の
理性でどうにか立て直す。事態は既に反論や考証すらリソースの無駄食いと唾棄すべき切迫だ。地上は、迫っている。洞窟
の中で転がる巨大な岩石から逃げ走る冒険野郎がとうとう行き止まりに追い立てられたとき観客は目を覆う。ソウヤの客
観性もそれだ。大地とは行き止まりだ。そして2階より上の床とは比べ物にならないほど磐石だ。何しろコンクリ打ちされた
床を筆頭に何億トンという土砂が控えている。そんなY軸方向の『行き止まり』に足がついた瞬間、上方から来る巨大な刃の
衝撃は散らしどころを失くす。足を、腰を、腹を、胸を、頭を。潰す。しかもそれはちゃんと直立できたら、の話である。
(いまのオレは脊髄損傷によって足腰が立たなくなっている……!)
地上についた瞬間、俎上の鯉の如く横たわりそのまま胴体真ッ二つに轢断……という最悪な公算の方が実は高い。
地上は迫る。
時間は、ない。
実を言うと活路は1つだけある。だがソウヤは迷った。”それさえ”も電波によって狂った結果ならば? 自分が正しいと
信じた判断が自分の判断によらざるものであれば……既に敵に術中にあるとすればソウヤの行く手は暗澹満ちる断崖でし
かない。電波。左記が如く無用な葛藤を急ぐべき鉄火場で催させる効能は地味だが効果的で、いやらしい。
(だが)
極限状態にあるからこそ……信ずるべきは1つ。絶対的な存在に圧されているから絶対的な存在に縋る。
(オレはこの選択を! 信じる!!)
「!! 片手を放した!?」
障壁に投影されるソウヤを見たヌヌが悲痛な叫びを上げるのも已む無し、彼は盾代わりにしていた鉾をあろうコトか後ろ
へ取り回しつつ大きく引いた。果たしてグンと距離を詰めるエネルギー突撃槍(ランス)。
「……っ!! 新型、特殊核鉄……発動……ッ!!」
震顫(しんせん)するか細いソウヤの左手がしかし決然と握って突き出した核鉄が光と共に分解した。
「モード『サンライトハート』!」
半透明の突撃槍がライトニングペイルライダーにインストールされるよう覆い被さりそして消えた。
「本来ならアース化よろしく複製すンだが、子ゆえ流れ汲む武装錬金使う小僧なら特性だけ上書きすりゃいい、か」
カラーリングだけがサンライトハートになった三叉鉾を見た獅子王は呻く。その2つ下の褐色妹は騒ぐ。
「むむっ! アルジェブラとブラッディストリーム以外の新型特殊核鉄はブルルお姉ちゃんの体内に打ち込まれ使えなくなっ
た筈じゃーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
「確かにチメジュディゲダールが液体金属にして流し込んだわね。けどそれはあくまでわたしをアース化させるため」
「因子(とびら)のブースト用だったのさ。だが補助すべき因子は既にエディプスエクリプスに移管されている!」
「フ。故に新型特殊核鉄、ブルル君の体内に留める理由は最早ない。復帰だ。再び使えるようになった」
(成程これを使うために鉾から左手を引いたんだね!! そしてヒートアップ状態で新型特殊核鉄を使うと!)
創造主の幻影が召喚される。機構条文に従い現れたカズキの、朝日のように眩いエネルギー体がソウヤを支えるよう
ライトニングペイルライダーを掴んだ。それだけで轟然たる破滅が鼻先に迫りつつある痛苦の時代に色あせていた青年の
顔は心強さに彩られる。
(確かにオレはムーンフェイスラボで父さんに、サンライトハートに敗れた。……だがッ!)
指針を前へ。
(今は違う! ただ拒むしかできなかったあの時とは違う! ただ敵対するだけだったあの時とは違う!!)
穂先を正面(まえ)へ。
(今は共に戦えるんだ!! だから、だから……!)
穂先を禍(まが)き攻撃へ。
(父さん。力を借りるよ)
布のはためく音がした。ライトニングペイルライダーの柄やや後方から映える握り紐の傍に生えた飾り布がバサリと翻る。
光と化しゆくそれに細かくも眩い素粒子加速の光線が幾条も幾条も吸い込まれ──…
倒壊する堆(うずたか)き工場の一階の窓という窓の向こうで微弱なフラッシュが二度瞬いて消えるのを遠目に見ていた
ライザが「さて」と次なる攻撃に移りかけた刹那その感情の版図は一気に塗り替えられた。凍結した時の中でスロウリィな
”うねり”を上げるソウヤがどういう訳か眼前に……居た。「ほへ?」 黒豆のような瞳を単純図形の●にしてスイカ口で呆け
る暴君。いつの間にやら修復した体と鎧(激戦やハズオブラブなどの修復系武装錬金を使ったらしい)で躍りかかる青年が
どうしようもなく致命の間合いにいるのに気付くと半ば逆ギレ的に憤激。
(速度的にゃ可能だぜ確かに!! けど問題はそこじゃねえ! 『なんで潰れてない』!? オレの結構全開なサンライトハー
トの一撃を浴びた筈なのにどうしてソレかいくぐって肉薄できた……!!?)
光すらやっと追いつく速度だった。一直線の光芒が斬りつけるような音を奏でた。輝く道が貫通した突撃槍の中で爛熟して
いたエネルギーが雲のような呆気なさで散った瞬間やっとライザは理解する。(光熱の中を突っ切ってきた!) 恐らく飾り布
のエネルギーを防御と推進の2つに振り分けたのだろう。そして蝶・加速。
(高速ジェットがその機首で空気を切り裂くように、オレのサンライトハートのエネルギーをスライスしつつ近づいた……!)
ソウヤは穂先に同型やや大きめの結界を展開。更に自らを圧していた光の突撃槍へ鎧脚部の大型スラスター2.5基分に
相当する蝶・加速で飛び込んだ。後はライザの推測どおり。
頭に鉛の分銅を乗せられた紙細工のダルマ落しのように噴煙上げて沈む工場。ライザは応対を決意する。手数は無限
だが己が振る舞いへの海容は違う。平素放埓で好き勝手やっているがそれも最強を誇示するため、戦闘に於いては寧ろ
矜持が厳格極まる作法を要求する。ありていにいえば『サンライトハート以外で応戦できるかだぜ』。使うと決めた。振るう
と決めた。700m以上伸ばした突撃槍で懐飛び込んできたソウヤへ応じるはどう考えても不利も不利。だが別な安パイで
着実に応答するのは耐えられない。『ソウヤに』『サンライトハートで』挑む。その意味に愉悦を感じたのだ。それ自体に意味
があるのだ。
(だのにたかが小手先の不利で易々と変えられるかだぜ!! 『あと2つ』使いたいのも確かにある! だけど切り替える
のはアレだ、ある程度ソウヤをコテンパンにしてから声高らかに『クククまだまだコレがあるぞー!』と高みから宣言した上
ですべき!)
長柄を返す。穂先の収束までは時間がかかるがしかしサンライトハートは”槍”である。手元へ飛び込まれた時の武装や
ある。つまり……石突が。ひっくり返され突き出されたそれがソウヤの咽喉笛を破らんと迫る。眩く爆ぜる飾り布。回避しつ
つの目晦ましで死角から一撃見舞わんと軌道を微修正した青年だがしかし首周りに突如浮遊した金属パーツがそれを阻
む。「フラッシャーならオレだってさっき使った!」。ソウヤなればやると読んでいたらしい暴君は収束途中の突撃槍の隙間
に青年を咥え込み……エネルギー点火。だがその隙に彼女もまた飾り布で縛られた。読みを読まれた予想外と──あと、
想い人以外に緊縛された恥ずかしさと不快感にうっすら頬赤らめつつ──ムッとする暴君に彼は言う。
「まずはどちらの拍出が勝るか、試すがいい!!」
「面白い!!!」
ソウヤを吹き飛ばしさえすれば飾り布は千切れるだろう。さればエネルギー流入は防げる。だが近接零距離でのスパーク
の撃ち合い、新旧2つのサンライトハートの代名詞とも言える攻撃の力試しに妙味を感じた暴君は受けて立つ。始まるエネル
ギーの流し合い。シアンと暗紫を交えた金色の稲妻で彼らは互いに焼きあって灼かれあう。
「……完全に頭おかしいぜアイツら」
「でも何だか楽しそうだ。(イイナー)」
気合と裂帛を迸らせながらもどこか笑みを湛える2人にギャラリーたちはあきれ返った。やがて光が収まり色艶ともども焦
げ臭くなったライザは同じ臭いのするソウヤを振り飛ばす。それで槍の口中から解放された青年は中空でブレーキをかける
と不敵に表情を歪め口を拭う。サンライトハートは原型へ。パーツが組み合い元の姿へ。
「すっかりバトルマニアな顔だねエディプスエクリプス」
「これまたキャプテンブラボーとの戦いで武藤カズキがあんな表情してたって言うし、血筋ね」
……してたっけ? 単行本ではなかったような」
「なンだよ単行本って……。そンなン言うべき戦況かいま」
ぼやく獅子王の傍でスチャリ。ヌヌは眼鏡を直した。
「福音と極彩に満ちた時系列の二十齣(はたく)に於いて、だよ」
「あ、それってアニm「フ。とにかく2人、動くぞ」
なんでサイフェの言葉遮られるのよ……褐色少女が不思議そうな戯画的白目で顎をくりくりするなか戦闘者たちは無言で
獰猛に笑い合い武器を繰り出す。ぶつかり合う鉾と槍の輻射が建物の外皮を薄くめくって吹き抜けた。
踝やや右まで槍を振り下げたライザが鎧の噴射で肉薄する。攻撃は威力さえ棚上げすればいたって普通の切り下げだっ
た。下げていた槍を振り上げ、円弧を描き、力任せに叩き降ろす。ただそれだけにも関わらず受け止めたソウヤの三叉鉾
──モード《トライデント》──が衝撃で軋み火花を上げた。苦悶と驚愕に片目を瞑り軽く仰け反るソウヤ。
(重い……! 特性なしでも、この威力……!!)
無造作な連撃が色とりどりの星屑を散らすたび空中の彼はどんどん後退する。
「ソウヤ君だって従前の攻撃力じゃない。アース化によって恐らく通常攻撃すら一・撃・必・殺! ブラボー正拳の6割程度の
威力はある。(地面割り砕いて隆起させるあの技の6割がパンチボタン1つで出るんだよ!?)」
「しかもそれをソウヤお兄ちゃん、特殊核鉄で1.5倍にまで引き上げてるんだよね……?」
そんなソウヤをライザは事もなげに圧していく。鉄塊で鉄塊を殴りつけるような重苦しい音が響く。鉾。両手で掲げるよう
にされた真一文字のそれが頭への一撃を受け止めるも異様に撓み激しく揺れた。均衡は一瞬で崩れ去る。爆ぜる力が暗
転を伴う衝風となってソウヤを飛ばす。追撃。ソウヤは青白いスラスターを噴かし回避。空切る槍。300m先にあった高層
ビルが三日月のように丸く抉られ崩落した。
「フ。風圧だけでアレか。受けて無事で居られるソウヤ君もまた大概だ」
改になってもサンライトハートの特性は変わらない。生体エネルギーの放出によって伸張または加速する。だがライザの振
るう突撃槍は今、光波の一抹すら漏らしていない。一見ただの小ぶりな槍なのに、全長3m近くに進化した三叉鉾を軽やか
に弾き、圧し、削り飛ばす。余波でビルのあちこちが灰色の煙と共に弾け飛ぶ。地上で観戦中のビストバイとブルルは呻いた。
「もともと硬ってえからなあサンライトハート」
「超攻撃力を持つライザが振るうとそれだけで脅威ね。頭痛いわ」
(……しかも彼女は『片手』だ。片手間の片手持ちで押している)
確か……さっきの工場切断も片手だったよね。顎をくりくりしながらサイフェが言う。
(なら両手を使ったら……どうなる?)
激しい切り結びを鼻歌混じりで行うライザにソウヤはちょっと戦慄しつつも『毎度のコト、か』と呆れ混じりに頬を緩める。
(両手を使ったら、どうなる)。言葉に潜むのは恐怖ではなく……期待。
鉾vs槍のシンプル極まる激突に無数の火花が咲いて散った。青年の二段突きを強引の力任せで左側にズラした暴君が
勢い赴くまま歓喜の表情で心臓を突き破らんと殺到。瞬閃。下方から駆け抜けた影によって衝撃を浴びたのはしかしライ
ザ。突きをいなされた瞬間ソウヤは捌きの余韻に身を任せつつ鎧各所のアポジモーターを噴射、ライザから見て左下に一
旦退避したのち更なる鎧の噴射によって伸び上がって飛び上がり一撃見舞った。心臓狙いで推進していたばかりにカウン
ターを取られた少女。鎧が散った。腹部からの鈍痛に浮かぶは怒り伴う笑い。敵と同時に振り返り矛を交える。均衡の波濤
が眩く広がり肌を焼く。更に数合叩き合う。
(ん?)
当初押され気味だったソウヤが段々盛り返しつつあるのをライザは訝しんだ。例の量子もつれによる無限パワーアップ
が追いついてきたかと思ったが(力が増したというより……技が洗練されてる)と気付く。最適化、というべきか。ライザの
一撃一撃に対する最適解が急速に弾き出されつつある不可解。眉を顰めた少女は「あ」とすぐさま気付く。
(旧特殊核鉄]](20)!! 取得経験値30%上昇!!)
奇禍。青年も胸中同時に叫んでいた。経験値とは学習効率、高めれば見切りもまた可能。既にアース化によって総ての
特殊核鉄を同時発動していたソウヤだがライザのサンライトハートの猛攻に対応すべく更に]](20)をフル稼働。学習
による対応は最強ならざる者の特権であろう。
「一点集中かい。総ての特殊核鉄を動かしていたエネルギーを]](20)に集めたコトにより学習効率は」
「先ほど目に見えて向上した防御力同様! 未使用状態の8倍程度!!」
団体戦の中堅2人が高らかに叫ぶ中。
甲高い金属音と共に突撃槍が舞い跳んだ。
「フ。しかも学習すべきライザの攻撃は力任せ且つ片手持ち。精緻極まる槍術とは程遠いゆえ解析は、容易い」
槍。激流に落ちた櫂のごとく空しく円描きつつ落ちていく。敵の手から武器が離れた。攻めるには絶好の機会。だがビル
の谷間の暗闇にみるみる透明度を剥ぎられるそれを見るソウヤの目に好機を捉えた者特有の光はない。ただ嘆息するに
留まる。暴君は一瞬ムッと眉をいからせたが、過剰なほどゆったりと両腕を広げ呼びかける。
「どうした? 武器を飛ばしたのだぜお前は。絶好の踏み込み所だろ。なぜ止まる?」
「よく言う。わざと隙を作ったんだろ。槍を取りこぼした父さんがどうするかオレは知っている」
落下途中のサンライトハートが淡く輝くやピタリと静止、一転慌しく旋転するや飛び上がり暴君の手元へ。
「突撃槍が勝手に動いたよ!?」
「キャプテンブラボーとの最終局面であンな風に動いたらしいぜ。ま、武器ならよくあるお約束さ」
兄に答えてもらったサイフェは大きな赤眼を溌剌と輝かせた。
「あ、それってアニm「とにかく迂闊に踏み込んでいればやられていたッ!」
ブルルの声が割りとどうでもいいコトを掻き消した。
「あーもう。せっかく悪だくみしたんだから引っ掛かれよなもう」
ブーブー文句を垂れる少女にソウヤは先ほどより深い溜息をついた。
「アンタのサンライトハートは確かに猛威だ。しかしその見え透いた小芝居といい片手持ちといい、この期に及んでまだ本気
を出していないと見える。ウォーミングアップは終わったんじゃなかったのか」
「あっためていきなりフルスロットルになる選手のが少ないだろ。ある程度走ってからじゃねトップギアって」
それに。彼女はぽつりと言った。
「ピーキーなんだよなーサンライトハート」
「?」
「だからお前を殺さずに済む程度の全力の出し方をなー、キチっと模索した上でやらねば本当まずいぜ。殺しちまう」
青年の肩眉が軽く跳ね上がった。ひどく見くびられたニュアンスを感じたのだ。”本気を出せばいつでも殺せる”そんな
ビッグマウスにも取れるが、しかしライザの斯様な文言が常に己の力量への的確きわまる鑑定結果に過ぎないのも知って
いるソウヤだ。(本当、小憎らしいほど強いな)。苦笑混じりに溜息をつくに留まる。
「ライザさまの場合、産み立ての鶏卵を拾うような面持ちで相手を本当心底から心配なされるからね……」
「けどあの野郎は自分以外をアリ程度にしか思っていない。相手を心配? ハッ。そんなのはさぁ、ふと慈愛を催した時だけ
気まぐれでやるだけよ。気付かず踏み潰した時の方が多いってコトに気付いていない訳。だからああいう心配は偽善的で
鼻につく」
ブルルは不快そうだ。獅子王はポンと手を打った。
「成程。お前さンは身内の武装錬金けしかけてンのが気にくわねえと。小僧に親父の突撃槍ブツけて動揺誘うようなマネが
腹立つと。亡き弟を思い続け血族を誇るお前さンだから、家族の情とやらに響くやり口が不快だ」
うっさいわね。素っ気無くプイと顔を背ける少女の声を聞いたのか、どうか。
「卑怯と思うか? だが一連の戦いは試験なのだ」
(? 試験? アンタさっき新しい体の建造資格アリと認めてくれた筈……いや、待て)
さまざまな語らいが頭を過ぎる。『試験』。その言葉はもっと未来のコトまで包括しているような気がしてソウヤは黙る。そ
もそもわざわざサンライトハートを見せなくてもいいのだ、ライザは。ただ勝ちたいだけなら無言で発動するのが最尤。され
ば先述の理由の数々で面食らったソウヤの隙が突ける。にも関わらず、しなかった。
・
「ならばつまり『試すつもり』か。オレが、父さん達の武装錬金相手にどれほど戦えるか」
正解。ちっちゃな暴君は大鎧のバイザーの奥でカラカラ笑った。
「お前はオレと決着した後も戦い続ける運命(さだめ)にある。ならばどこかで畏敬する親どもの能力と事を構えるかもだぜ?」
(だよね。サイフェや男爵さまみたいなコピー能力持ちとか)
(ライザやブルルちゃん、ソウヤ君のようなマレフィックアースがこの先出てこないとは限らない)
サイフェとヌヌは思う。武装錬金は指紋のごとく各人固有、1つとして同じ形状がないというのが大原則。しかし例外は確かに
いる。グラフィティやバスターバロンのような『複製』に特化した武装錬金は確かにある。更にコピーキャットたるアースとて
『十二の扉』なる因子さえ手にすればなれるのだ。
言い換えればこの先、ソウヤの行く手にサンライトハートを使う敵が立ちはだからぬ保証は全くない。
ゆえに暴君は言う。最強でありながらラスボスであるコトはまったく望まぬ観戦主義の享楽的な黒幕は難癖じみた注文を
つける。
「オレは戦いが見たいんだぜ! だのに大事な両親たちの武装錬金とは戦えませんとかやられると非常に萎える、興ざめ
だ」
「故にオレが立ち向かえるか否か確かめる、か」
「直す必要があるなら攻めるぜ〜? 戦えませんって泣いてもなあ、立ち向かうまで、存分に」
鬼だ。ギャラリーから非難の声が上がった。
「強え武装錬金なら他に幾らでも使えるってえのに……」
「てめえの為だけに『子』へ『親』の力をけしかけるたぁつくづく頭痛いわ」
「しかも……フ。『親たちの力』というコトはつまり」」
「ああ。そうだね。エディプスエクリプスも気付いてるようだけど、ライザさま」
”だけではない”
サンライトハートを見るソウヤの頬がみるみると引き絞られた。
「ま、まあ? どうしてもイヤですってなら、引っ込めてやらんコトもないけど……」
ライザが若干遠慮気味のしどろもどろなのには理由がある。人間の持つ家族愛の蹂躙に抵抗があるのだ。何しろ彼女は
先日恋人たる星超新と養父母の絆を紆余曲折の末、結果からいえば断絶してしまった。アルビノたる新が義理の両親を迫
害に巻き込みたくないからと具申した故の断絶(老夫婦の記憶消去)だが、絶大な力で絆を壊す後味はけして良いモノでは
なかった。
(『戦った者には褒美を』。オレの主義だ。戦い起こすためちょっと取り上げるのはいい。だが永久に奪うのは違うのだぜ。
戦い終わったら利子つけてちゃんと返す。報われるハッピーエンドだ、オレの起こす戦いは常にそれ。参加者が取り戻す
コトを心から望む限り、絶対)
という原則に照らし合わせると「武藤カズキの武装錬金で武藤ソウヤを圧迫する」のはやや抵抗。だが禁忌ほど心掻き立
てる物がないのもまた事実。インフィニットクライシスが万人を蹂躙する絶対的な能力だとすればサンライトハートは相対的、
武藤ソウヤという心理機構を相手どった時のみ過敏極まる特有反応を発露する。終盤まで温存する形になったのはまさし
く劇的な揺さぶりを期したからでもあるし、劇薬ぶりを恐れるあまりズルズル投与(だ)し損ね続けたせいでもある。
「構わない」
ソウヤは僅かな逡巡の末、面を上げた。
「数多の武装錬金を使えるアンタなんだ。戦うと決めた時から覚悟していた」
父のサンライトハートが敵に回るコトを、である。特性は強力、しかも関係性においてソウヤを追い詰められるとあれば、
使われると考える方が普通だろう。「んー」。ライザはヘルメット越しに頭を掻いた。
「殊勝なのはいいけどだな。ソレって何かオレが今イチ信用されてなかった感じじゃね? おとーさんの武装錬金なかば
人質にとるよーな形で容赦なく脅すヒドい奴、みたいに思われてったなら…………ちょっと傷つく」
「仕方ないだろ。記憶にあるアンタの声はLiST戦後のそれだけ……。あの顛末だけならサンライトハートの悪用だって当然
危惧する」
負けた刺客をブラックホールの渦に放り込んだ暴君をどうして信じられるかという話であろう。「演出優先するあまり不興
買ってたようだなオレー」ライザは突撃槍をブンスカ振った。(扱い軽いな)青年はちょっと瞳を三角にしたが、すぐさま粛然
たる光をそこから放つ。
「だが悪用さえされなければ父さんはさほど嫌がらないだろう。そういう性格……だからな」
「ンー。確かにそれはいえるな。つってもオレは記録でしか彼のコトを知らんけどだな」
「複製されたらまず物珍しさにハシャぎそうだ」
「で、津村斗貴子あたりにツッコまれ窘められると」
「ああ。『フザけるなキミ自分の武装錬金がパクられたんだぞ』とか言われる。けど父さんはあまり気にしないと思う。自分の
武装錬金が誰かを傷つけない限りは……な」
「待て待て。じゃあその理屈だと息子たるお前をオレがサンライトハートで傷つけるのはダメじゃないかだぜ?」
(さすがライザさま。アホっぽいけど人間感情には割りと敏感、根が文化系だから筋通ってます)
ハロアロはちょっと感心した。ソウヤもそういう切り込みをされるとは思っていなかったらしく、やや気まずそうに目を伏せた。
「問題は……ない。オレがその、参考にしたいかなって……思っているから、大丈夫だと……思う」
「参考? なんのだ?」
黝髪の青年は何か秘め事をうっかり漏らしたような顔を一瞬逸らしてから、ちょっと落ち着きなく応えた。
「見れば分かると思うが、ライトニングペイルライダーの基本3モードは父さん達の模倣だ。蝶・加速のモチーフはサンライト
スラッシャー。その他の攻撃もまた映像記録やパピヨンパークで見た父さん達の戦いを参考にしている」
「ふむふむ。話がよくわからんが、そうか。……。え? つまりどういうコトだぜ?」
「アンタの使い方も……その、参考になるだろ」
もう真情を隠しても仕方ないというようにソウヤはちょっと吹っ切ったように面頬を切り替えた。そわそわというかワクワク
というか。年相応に双眸を光らせてあどけなくソウヤは言う。
「相棒たるペイルライダーを極めたいんだ。ペイルライダーのルーツは父さん達の武装錬金だ。様々な戦い方を見れば見る
ほどオレとペイルライダーは進化する。現にパピヨンパークで轡を並べるだけで《エグゼキューショナーズ》と《サーモバリック》
を思いついた」
(ソウヤお兄ちゃんペイルライダー大好きだよね)
(そりゃ君との戦いで絆実感して進化したからねー。独りだった頃からずっと傍に居てくれた武器なんだし、思い入れがね)
サイフェは顎をくりくり。ヌヌは目を三本線にしてホワホワした。
「そしてライザ。アンタのサンライトハートの使い方を見れば、オレは更なる《トライデント》を想起できる。使ってくれ」
遠足前日の子供のように溌剌と頬を赤らめ微笑するソウヤにブルルは頭痛を覚えた。
「ったく。父親の武装錬金が大逆の敵に使われる寸前だってのに……本当スッとろい奴ね」
「誰にどう使われようが戦法かっ込ンでテメェの糧にする、か。戦いでアガったせいかすっかり貪欲だぜ」
獅子王はゴツゴツした肩を揺すり苦笑。
「あーーーー。オレもそーいう返答はちょっと……予測してなかったなー」
暴君すら若干ヒキ気味に笑う始末だ。
(エディプスエクリプス……。ライザさまの全力サンライトハートの威力、ちゃんと想像した上で言ってやがるねこりゃ……)
(フ。つまりあの最強からラーニングした技をこの先振るいたいと言ってる訳だソウヤ君。”自分が出来る”とも。フ。まじ怖い)
平素の彼からは想像もつかない言動だが、尋常ならざる戦神と干戈を交え続けてきたのだ。ネジなど数本フッ飛ぶだろう。
暴君は、バイザー越しに額を叩き、ボヤいた。
「ったく。”圧”かけるつもりだったオレがどーして体良く利用されるカタチになってんだ」
「無数の武装錬金を利用してきた以上、たまにはオレたち創造主に還元すべきだ」
文面だけ見れば断罪じみているが、声音の方はまったく軽口である、ソウヤ。「よくライザ相手にできるわね。わたし実は
いまだにアイツ怖いんだけど……」ブルルが頭を抑える最中、当の全身強化スーツの少女は「そだそだ! アイツの反応
こそ正しいのだ! お前強くなったからってチョーシ乗りすぎだぞ、ぼけ!!」と全身総動員の大袈裟なジェスチャアで猛抗
議。
「けど雰囲気は柔らかいねライザさま」
「ソウヤお兄ちゃんがやっと対等になってきたから嬉しいんだよ」
「最強、だからねえ。強さに於いてずっと孤独だった彼女が」
「やっと同じような強さの小僧と巡り合えたンだ。ビビりもせず軽口叩く相手が腹立つけど嬉しいンだろうぜ」
本当、この戦いは『試験』であって殺し合いではない……褐色銅髪の法衣の女性は嘆息した。
「な・ら・ば!」。
悪だくみするガキ大将の声音で人差し指を軽やかに振る少女にギャラリーの誰もが次のように考えたのは流れから言っ
て当然であろう。『突撃槍を両手持ちする』……と。
だが爾来、傍目八目は画餅に過ぎぬ。闘争には当事者しか知らぬ機微がある。
デスサイズ
「出でよ!! 処刑鎌の武装錬金・バルキリースカート!!」
母の武装錬金の登場にしかし青年は顔色1つ変えず同種同質の『死刑執行刀モード《エグゼキューショナーズ》』で応対。
無限に等しい残影と石火が両者の間で交錯、蓄積された衝撃と弾性はやがて臨界に達し2人を後ろへ爆ぜ飛ばした。
「バルキリースカート!!? ふぇ!!? ライザさまサンライトハート1本で戦うんじゃなかったの!?」
「フ。違う違う。奴は『親たちの武装錬金を使う』と文脈の端々で仄めかしていた」
「ソウヤ君に至ってはそうされる前とっくに気付いてたよねー」
・
──「ならばつまり『試すつもり』か。オレが、父さん達の武装錬金相手にどれほど戦えるか」
(鎧姿ゆえに本家よろしく大腿部には接続しない、か)
獅子王は障壁(スクリーン)の中に見る。処刑鎌。それを肩にウィングよろしく装着している創造主(あるじ)の姿を。
「本来ならば生体電流で動く武装錬金。素肌に直接付けるのが最適解、だが!!」
ジャっと鎌首をもたげた刃先がソウヤの左頬に朱線を刻む。冷然たる鉄面皮は軌道を読むためか、概ね把握したらし
き彼はそれこそヘビを見つけた猫が如く総毛よだたせつつ凄惨たる微笑を浮かべ《エグゼキューショナーズ》を展開、右
コメカミを襲撃しつつあった刃を弾く。嚠喨(りゅうりょう)たる澄んだ音の鳴り止まぬうちに胸部へ突き。下から上へ弾く。
ライザに向かった残り2本を弾いた処刑鎌の重さは本家が疾患的に抱くパワー不足とは真逆の、かけ離れたものだった。
「フハハ。オレのバルスカは電波で動く!!」
(つまり原動力は電波兵器Z!)
(パワフルな駆動すンのは当然だぜ! 動力源が史上最大出力を誇るインクラなンだからな!)
(素肌からの生体電流とは大違い……って! ふぇえ!? じゃあ高速機動にパワーが加わる!? やばいじゃないのさ!?)
嵐のような猛攻が始まりソウヤは呻く。
(一発一発がパピヨンパークにいた巨大なウシ型ホムンクルスの全力殴打に匹敵する……! それでもライザのサンライト
ハートの20分の1程度だが…………補って余りあるほど手数が多い!!)
鎌を支える可動肢(マニュピレーター)を見たソウヤは一瞬、攻撃力で勝る《トライデント》による切断を考えた。(母さんの
物なら可動肢を断てば鎌の挙措は止まる。高速ゆえ脆弱なのがバルキリースカートの弱点。被弾覚悟でやれば1〜2本は
断てるだろう)。硬質ゆえ破壊が事実上困難なサンライトハートと違って糸口自体はある。あるのだが──…
(それが出来るならパピヨンパークでオレは母さんに負けなかった)
ムーンフェイスラボで引止めに来た両親達全員とソウヤは戦っている。いずれも敗北、全敗だ。斗貴子だって上記の如き
攻略法などとっくに気付いていたのだ。居たからペイルライダーの切断術を悉く躱わしてのけた。攻撃力で勝れど速度で劣
るのが三叉鉾。斗貴子は自分の領分で戦うのがうまかった。パワータイプの敵に劣勢を強いられてしまうからこそ十八番の
高速機動を崩されぬ戦いを心得ていた。
《トライデント》の一撃が可動肢の残影をむなしくすり抜けた瞬間、ソウヤは(やはり)という顔をした。ライザも斗貴子を意図
していた。それでもアース化によってパピヨンパークの頃より遥かに強くなっているソウヤだから、無理くりをやれば1本程度
は砕けるだろう。だがそこに意味はない。代償は膾切り、大ダメージだ。片意地で負ったそれが敗因になってみよ、結局かれ
はパピヨンパークの頃から何ら成長していないコトになるではないか。ヌヌたち大事な仲間に捧げるべき勝利もまた得られなく
なる。何より……己を高める機会を逃す。
(オレはバルキリースカートを破りたいんじゃない。活かしたいんだ。ライザが使う攻撃を見て、参考にし)
或いはそれを上回るため頭脳と術理の限りを搾り尽くして己が《エグゼキューショナーズ》を向上させたい。
(そもそもライザの電波で強化されているんだ。可動肢を断つコト自体はできるだろうが非常な労力がいる! できたとして
も向こうは電波を使っているんだ、遠隔操作ぐらいするだろう!!)
咆哮を上げ立ち向かうソウヤ。一方ハロアロはヌヌの袖を引いた。
「……気付いたかい?」
「ああ。バルキリースカートだね。全部で4本。ウィングのように接続されているが──…」
鉾はおろか鎧すらからも《エグゼキューショナーズ》を動員し立ち向かうソウヤだが旗色は悪い。速度でも手数でも劣勢
を強いられている彼を見ながらヌヌは乾いた声を漏らす。
「彼女の方は2本しか使っていない。全4本ある鎌の……半分しか」
「だったら!!」
呼応するように叫ぶ青年の手の中で。
新型特殊核鉄発動!!
「モード『バルキリースカート』!」
処刑鎌の蜃気楼とレイヤーを重ねた三叉鉾の色(カラーリング)が凛然たる銀と青紫に変ずる。南国の海底のように冴え冴えと
した蒼いエネルギーが津村斗貴子の姿となり向かい合うソウヤの肩を叩いて消えた。黝(あおぐろ)い髪の青年はたったそ
れだけの行為にうっすら頬を染めたがすぐ粛然と彼女譲りの金の瞳に決意の光を宿しそして叫んだ。
「更に旧特殊核鉄]W(14)発動!! 必殺技強化!!」
鉾から4枚の刃が離脱し飛び立った。更にパージされた鎧が人の綾を目まぐるしく解きながら刃と化してライザを取り巻く。
「ほう」
興味深そうな暴君の鎌もまた燃え盛るような紫の闇を灯す。
あとはもう交錯であった。虹を削って作った色とりどりの鋼線の束が如き流電と流光が両者の間をひたすらに交錯した。
高速乱撃を旨とするバルキリースカート同士の戦い故の当然の帰結である。全方位からの刃を僅か2本の鎌で弾き続ける
ライザ。時おりその死角から大振りな刃が閃光で稲光りながら襲い来るが彼女はひらひらと避け続けた。
「さてそろそろ『次』!!」
可動肢を無限に連なる樹氷の如くカ゜キカ゜キと無限に伸ばしたライザのバルキリースカートが円を描くように旋転しドス
暗い紫の波濤を散らした瞬間彼女を取り巻いていた《エグゼキューショナーズ》の刃総てが砕け散って輝いた。一拍遅れて
周囲のビルに雫滴る絹糸が如き玲瓏の断線が乱れ奔る。崩れる建物。降り注ぐ瓦礫の中における──…
ブラックパウダー
「出でよ!! 黒色火薬の武装錬金・ニアデスハピネス!!」
爆発は、いま正に鎧を着装せんとしたソウヤの傍で起こった。蝶。胴体を垂直に断たれた半分の蝶に焼けぼったい燈火
が奔った瞬間、ブレイズオブグローリーの全開投下にも匹敵する半径500mの火球が膨れ上がった。間一髪上空へ逃れた
ソウヤは数十棟の周辺ビルが広大無辺の焼け野原の焦げたシミに成り下がっているのを目撃し黙り込む。追跡。半身だ
けの蝶が残影の尾を引きながら追いすがる。
「新型特殊核鉄発動……」
鉾を振る。直径3mほどある爆撃光球がグロス単位で蝶に向かう。期待はしていなかったが期待値以下の結果が算出。
子供でさえその掌にばたばたと収められそうな小さな半身だけの蝶に事もなげに貫通され爆砕される。無傷で無傷で距離
を詰める異形の蝶。しかし時間は……稼げた。特性を宿し変える時間は、どうにか。
「モード『ニアデスハピネス!!』
淡雪のごとく溶け消えた蝶の幽霊たちの残滓を宿した閃電の鉾が黒一色に塗り替えられる。淫靡ですらある暗く鮮やかな
紫の量子エネルギーで構成されたパピヨンの偶像はソウヤの少し後ろに現れた。ソファーに腰掛け退屈そうに足を組み頬
に拳当てた状態だ。手を貸すどころか励ますつもりすらないらしい。だがそんな都督が”いつも”だったのだ、ソウヤは。特
有で絶妙な距離感。背後に手厳しい審美眼があるというだけで精神は引き締まる。
恥じぬよう全力で放った爆発が蝶達に誘爆。ドーム状の爆発がビルたちを飲み干しながら肥大し、最終的には半径7kmを
灰燼と化した。
「……っ!!」
吹き飛ばされるソウヤはビルを貫く。何棟も何棟も。頭でガラスを破る繰り返しで暴君から遠ざかる。
「うえ!? ちゃんとライザさまの蝶、爆破したよね!? なのに何でソウヤお兄ちゃんがダメージなのさ!?」
「簡単だぜ。爆破の指向性を電波で変えた! 忘れたのか? サンライトハートやバルキリースカートは『帯びていた』!
ニアデスハピネスだけそうじゃねえ理由はどこにもないッ!」
景気よく叫ぶライザに獅子王は瞑目。
(電波。奴のそれは因果律を書き換える類の能力。黒死の蝶も制御下にある訳か。そして接触した小僧の《サーモバリック》
の爆発をそっくりそのまま……返した。跳ね返るよう、操った。ライザ自身の超攻撃力で強化されたニアデスハピネスそのもの
の破壊力を…………加えて!)
追撃に向かうライザ。耳を塞ぎたくなる轟音と共に巨大な一等星の煌きが随所で膨れ上がりそして消える。晩夏の夕暮れを
思わせる青白さを織り交ぜた金色の彗星はソウヤの痕跡で、それはどんどんと吹き飛ばされる。
「新旧2つの特殊核鉄で最大増幅した攻撃を連発するソウヤに対し未だ試運転気分で50%程度の攻撃しかしないライザ」
「にも関わらず全く歯が立たない……か。向こうが最強な電波兵器Zで底上げしているのを除いても地力自体が違いすぎる!」
ブルルの呟きにヌヌは爪を噛む。
(本当どうすれば勝てるんだ……? 我輩とブルル君が総てをベットしたアース化やソウヤ君が命を賭けた量子もつれの
無限パワーアップが全くと言っていいほど決定打になっていない……!)
(まったく無効って訳じゃない。総ての策は確実にライザとの差を縮めている! そもそもココまでどれほどヌヌの策に助け
られたコトか。無数の武装錬金を使うあの暴君にもし無策で挑んでいれば緒戦でとっくに力負けして破れていた。数々への
武装錬金への対策あらばこそバスターバロン1800体とかいう地獄すらどうにかクリアできた)
ブルルは考える。「もしそれがなければわたしは新たな武装錬金を発動する前にやられていた」と。隕石に紛れたライザ
の奇策のような敵の術数とてヌヌがいなければ見抜けなかった……とも。
そういった地道な積み重ねの果てようやく辿りついた最終局面。互角よりはやや劣勢とはいえ完膚なきまでの惨敗とも
言いがたい苦闘の戦局。粘れば勝ち筋が見えそうな戦いだからこそ策士たるヌヌがもどかしげに気を揉むのだろう、友人
たるブルルには(転生を手伝ったが故に心を読めるが、それ抜きでも)手に取るよう分かる。
(とにかくソウヤがライザを『超える』ためには『あと1つ』、あと1つ何かが必要……!! だけど、ああ! わたしにはまった
く見当がつかない!! 策担当のヌヌですら思いつかないのよ! ココでわたしならではなの着眼点で最後の決め手を思い
つければいいのだけれど、そんな都合のいい話、ある筈
が……!)
ずっと共に旅をしてきた純正たる仲間のヌヌやブルル以外の意見は若干一歩引いている。
「フ。武藤カズキ。津村斗貴子。パピヨン。この3人の武装錬金は『花形』なんだ。戦団凍結へと続く錬金術史の一大抒情詩
を彩った伝説的な3人の振るう武器だぞ? 格式は充分、性能も高い」
その性能の高さが、ソウヤとライザの縮まりつつあった差を広げなおした…………というのがヌヌの分身、ダヌの見解。
「サンライトハート。バルキリースカート。ニアデスハピネス。花形の愛用武器をライザさまが知らない筈がない。事実あたい
はこの3つが絡んだ戦いを食い入るよう観戦中なライザさま数え切れぬほど見てきた。しかも武藤カズキたちの『子』と言え
るエディプスエクリプスは模倣戦法を数え切れないほどライザさまに……披露している」
つまり暴君は『見慣れている』……ハロアロは断言する。
(フ。だからソウヤ君の動きはもう半ば見切られている訳だ)
(地力で劣るエディプスエクリプスは策で出し抜くしかない。だが頼りの攻撃がほぼ見切られているとなると、それも……!)
ときに万雷とは滝音をも示す。何度目だろう。大瀑布が爆ぜるような『万雷』がギャラリーを劈いた。空では光と衝撃が荒
れ狂っている。量子モデルのように絡み合っては離れる黄金と暗黒。彼らが通るところ街は爆心地と化す。黒く煤けた残骸
の群れを見る一同はすっかり引き攣っている。
「んー。ところでさ、お兄ちゃん」
「なンだよ」
妹ののん気な呟きに獅子王ちょっと顔をしかめた。ちょっと目を離した隙に逆転どころか決着しそうな戦いゆえヨソ見は
なるべくしたくない。サイフェはできた妹だ。「あ、こっちは見なくていいのよ、あのねあのね」と前置きして、本題へ。
「なんでヒートアップ状態で新型特殊核鉄使うとその創造主さんたちの幻が出てくるの?」
「あ? そンなのアレじゃないのか、演出とかだろ。作ったのがパピヨンだぞ? 気まぐれ起こしたら派手なだけで酔狂で役
立たずな装飾の1つや2つ、施すだろ」
(────────!!)
ぶっきらぼうに答えたビストバイの横でどういう訳かヌヌがビクリと細い肢体を震わせた。(なンだよ? 流れ弾でも当たっ
たか?)。荒々しいが根は気のいい獅子王がやや心配そうに見た彼女はしかし無傷で……
(…………っ)
無傷なのに、なぜか恐ろしく動転した表情を垣間見せた。ビストの視線に気付くと皿を割った現場に急行された子供のよう
な心細さで首を竦めた。竦めたまま、ぱちぱちと気ぜわしく瞬きを8度するや麗しい切れ長の瞳を大きく開いたまま一瞬息を
詰め、空を何度か物言いたげに見つめたが、ギョっと手毬のように肥大化した白目を軽く剥き出し(巨大ねずみが赤ちゃん
含む家族に地獄を見せるマンガのそれだった)恐ろしくあどけない様子で玉虫色の髪の房ともどもブンすかブンすか首を振
る。(え、なんだよその反応。なに? どうした?) 果肉を塗りこめたような唇をキュっと締めそして黙り込む法衣の女性は
「………………?」
百戦錬磨の獅子王にすら計り知れない状態だ。彼は疑念混じりに彼女を見る。見られた方は困ったような狼狽したよう
な表情で、ただただ目だけで訴える。(追求しないで、頼むから)という微妙な眼差しに気付いたのはそれを交錯させたビス
トバイだけである。
偉容とは裏腹に実はかなり頭の回るのが獅子王である。聞くなと訴えた狩り仲間が声1つあげるだけで雪崩れ込む危機
の存在に気付いていたという経験則と今見たヌヌの表情はほぼイコールなのに気付いた。
(だがどういう訳だ? 喋った途端ライザがこっちに矛先変える……なーんてコトはない。ヌヌの羞恥に触れる話題でもない
だろ。新型特殊核鉄の幻影の話してたンだからなこっちは。……。待て。その話題からヌヌが気付き、にも関わらず声にする
のを憚る話題と言やあ……たった1つ、たった1つじゃねえか)
すなわち。
武藤ソウヤに残された最後の逆転の……秘策。
(だが、あンのか? だいたいなんであの幻影がそれと結びつく? ヌヌの野郎、頭の回転が速すぎるからな。ときどき一足
飛び二足飛びの発想をやらかす。正解なンだが、説明抜きじゃ周囲がまったく理解不能な発想を)
だが思考法は至って論理的──ただそれが余りにも速すぎるせいで山の頂にダッシュではなくジャンプで到達したとばかり
周りに誤解される──論理的なのも対ライザの戦略動議の端々で見てきたビストバイだ。そして現実的な要素を着実に積
み重ねる思慮については彼もまた一家言ある。狩りとは野性味溢れるからこそ現実的な方策ばかり連続する。
だからまずスタートを同じにする。新型特殊核鉄をヒートアップ状態で使うと創造主の幻影が現れる……という話題から
ヌヌは何かに気付いたのだ。ビストバイもまたそこから思慮のコマを進める。問うべきは、大前提。
(……。本当にあの幻影は”ただの演出”なのか? 逢ったコトぁねえがパピヨンって奴はゲテモノみてえな見てくれからは
想像もつかない実務的な錬金術師っていうぜ)
バタフライが気まぐれで残したヒントを頼りに自力で錬金術に精通した。
アレキサンドリアが希少な黒い核鉄を基盤(ベース)に1世紀かけてようやく作り出した白い核鉄を、黒い核鉄なしで、たっ
た数ヶ月の間に2つも作り上げカズキとヴィクターを人間に戻した。確かにアレキサンドリアの娘にして助手たるヴィクトリア
の助力やデータ供与もあるにはあったが……”それさえ”あれば誰にでも成せる所業ではない。何しろ助手を育てデータ
を作ったアレキサンドリア自身、己が老衰で死ぬほどの長い時間をかけて『ようやく1個』だったのだ。
(何千何万という連中で構成される錬金戦団が再殺以外の結論を下せなかったのに……奴はそれを覆したンだ。並じゃ
ねェだろパピヨン)
更にパピヨニウム。彼が発見し独自に精製した鉱物は、特殊核鉄のみならず最強たるライザの構成材料にすらなって
いる。
(しかもパピヨンの野郎は新型特殊核鉄を打ち込んだブルルがアース化するコトさえ見越していたフシがある。だから小僧
に渡した。武藤ソウヤがブルルに出逢う前とっくにパピヨンの野郎は弟子格2人がいずれ合流しアース化を求めるコトを
読んでやがった)
それほど頭のいい人物が、である。
(小僧に最初、『対ライザの切り札』という触れ込みで渡した新型特殊核鉄に余計な装飾を施すか? さっき小生は『気まぐ
れ』つった。そのセンもあるかもだが……)
ビストはいま論理を以って推察している。よってパピヨンにも非論理的な不確定要素が発現しなかったという仮定で思考を
進める。
(そもそも創造主の幻影出現はパピヨンの美的感覚にそぐう物か? ニアデスハピネスだけなら分かる。アイツが、パピヨ
ンが。出てくるンだからな。奴の原動力たる尽きるコトなき自己顕示欲とは合致する)
だが他の人物はどうか? カズキに関してはギリギリで納得できる。名を呼んでくれた男なのだ、手心はあろう。だが斗貴
子に関しては……? 折り合いから考えれば、様々な狙いを託した新型特殊核鉄の機能美に盛り込むだろうか? むしろ
鼻をつまんで拒否する方がパピヨンらしくはある。出なくする技術力はあるのだ。なのに……しなかった。ヌヌの思考の方角
を一気に変えたのはそこだろうと思う兄の葛藤、サイフェはまったく知らないようだ。ただ花火大会でも見るようにソウヤと
ライザの激闘を眺めている。
「あ! またカズキお兄ちゃんたちの幻影出たよ。いいよねこういうの。散っていった人たちの魂が助けに来てくれたって
感じがして、王道! うん! 王道だよ!!」
「馬鹿かお前。確かに今は奴らの活動期より300年先で武藤カズキや津村斗貴子はとっくに死んでるけど、パピヨンだきゃ
まだ健z──…」
健在、そう言い掛けた獅子王の言葉が詰まる。野太い黒い慟哭が跳ね上がる。
(そうだ、そうだぜ! 小生はあの幻影どもを漠然と『幽霊』だと思ってた! けどただの幽霊じみた現象なら未だ生きてる
パピヨンが出てくるのは『おかしい』!! アイツだけは生霊? いや! 使われる度いちいちソレ飛ばしてくれるほど親切
な奴じゃねェだろパピヨン!! 不合理だし無意味だし何より美しくねェ!)
法衣の女性もそこは考えたのだろう。根は子供っぽいから、サイフェのような感想を抱き、だがビストバイのような思慮も
あるから、存命しているパピヨンの幻影が何か、気になったのだろう。
霊でないのは確か……そこも彼女は通った。後塵配すビストバイは……考える。
(だったら……『何なンだ』!? ヒートアップ状態で新型特殊核鉄使った時に出てくる幻影は……『何だ』?)
猟較を旨とする狩人の実戦的思考は更に進む。問題となっている概念がそもそも何か展開して考える。
(……。そもそも新型特殊核鉄は『因子(とびら)』。ライザも接続している閾識下の巨大な海に続く道を開くためのツール。
現にそれを打ち込まれたブルルは無数の武装錬金を行使する権利を得た。閾識下の海は闘争本能の根源、だからな。
総ての武装錬金の源であり、総ての武装錬金を形成するため使われた体力や精神力が還元される終わりの場所。だから
戦士どもが武装錬金を使うたびその海は大きくなるし、海そのものなライザもまた強くなる。敵が覚醒するたびそのぶん強く
なるクソみてえなライザの特性もまた『海』の性質に由来する)
ならばこうは考えられないか……獅子王は思う。
(あの幻影は、新型特殊核鉄使った時に出てくる幻影は……武藤カズキや津村斗貴子、パピヨンの、『消費された体力また
は精神力』なンじゃねえか? 武装錬金使うため払ったコストは海へ行く。他の連中のそれと混じって形を失くす。解除され
た武装錬金もまた然りだ。構成材料たる闘争本能が還元だ。氷の剣ジャブリと南海に放りこみゃあ溶けて戻るぜ。けど!)
アース化した者の召喚に応じて再び元の武装錬金になるのである。闘争本能は。
(だったら使用者の精神もまた同じじゃねェのか? あの幻影は還元された精神力が武装錬金よろしく再び元の姿になった
結果じゃねえのか? それならまだ生きてるパピヨンの幻影までもが出てくる説明がつく。アレは霊魂じゃねえンだ。むかし
ニアデスハピネスに使った精神力なンだ。過去のアイツと言ってもいい)
総括すれば閾識下の海と接続する因子(とびら)ゆえの現象なのだ、幻影は。
(ヒートアップ状態で昂ぶる小僧の精神が武装錬金だけではなく創造主の姿までも余計に再現しているンだ恐らくは)
問題となるのは、パピヨンがそれを放置していた理由だ。
(頭のいいアイツなら考えねえか? 『呼び出したエネルギーの使い道』。それで幻影作るぐらいならよ、武装錬金の方に回
しゃいいだろ。そしたらもっと強くなンだぜ? そンな小生にすら思いつくコトをだ。どうして天才たるパピヨンがしなかった?
確か小僧にやったのは最新作より幾分かは型落ちした新型──パピヨンパークよりは新しいという意味──らしい。ならば
その代で欠陥を克服できなかった? ……対ライザの切り札という触れ込みで渡した以上、欠陥に見える部分にも何らか
の意味があると考えるのは小生の買い被りか……?)
パピヨンは新型特殊核鉄を、ブルルのアース化を見越した上でソウヤに渡した。そこまでは、確かだ。だからビストバイは
──憎からず思う女性を別の男によって華美にされた部分にちょっと悔しさを覚えるけど、師弟という半ば親子じみた関係
性の中授受される錦だから仕方ないと逃避半分見栄半分に思う。オシャレさせンなと義父に食って掛かるのは見苦しいだ
ろう──錬金術版の猟較で勝ち続けた1人の男への敬意を以って考える。『まだ何か、ある』と。
(パピヨンの原点はバタフライが気まぐれに残したヒントだ。あの一族は孤高を気取る癖にどこかで友誼を求めどこかで後進
に期待する。だったら、だ)
ソウヤに期する何がしかもまたある筈なのだ。
(と、言うのをヌヌは気付いた。そして頭のいいアイツは恐らく小生など思いもつかない応用へ……秘策へ、行き着いた! 筈!)
法衣の女性の想い人は、パピヨンパークで、特殊核鉄を用いた戦いに熟達した。
それは新型特殊核鉄を打ち込まれアース化したブルルにさえない強みだ。彼女と戦ったビストバイは知っている。ブルルが
特殊核鉄に頼るタイプでないコトを。次元俯瞰のみに熟達したからこそ彼女は獅子王と引き分け(もっともビストは負けだと
潔く思っているが)引き分けた。
とにかくビストバイは、ヌヌがソウヤのいる方向を物言いたげに何度か見た理由も推察する。
『教えたいけど、できない』のだ。
ただしそれはライザに妨げられている訳ではないと獅子王は気付く。かつて彼を無理やりソウヤ一行と戦わせた『人を
操る怪電波』はインフィニット・クライシスに対するあらゆる推察と詮索をも禁じていたが、しかしヌヌが思いついたらしき
攻略法すら緘口(かんこう)している訳ではない。糸口らしき新型特殊核鉄の幻影の謎を喋ろうと思えばいつでも動けそう
な己の唇をビストバイは確認した。ヌヌはどうやら『言えるからこその不都合』に咄嗟に気付き自ら口を閉ざしたようだ。
(小生が最初に気付いても同じコトしたぜ。小僧を応援したいからこそ声上げちまったらダメなコトもまたある)
ブルルやハロアロ、ダヌといった連中はヌヌとビストバイの間に流れる微妙な空気から漠然と察する。『何かが、まだある』
と。やがて各人はめいめいのペースで同じ結論に行き着くが本題ではない。
当該事実をソウヤに告げさえすれば彼は糸口を掴める。
にも関わらずビストバイは口を噤む。
(千尋の谷どうこうとかいうケチくせえアレじゃねえ。もし、だ。小僧が小生と同じ結論に至りつつあったら、そしてそこから
導かれる切り札をライザに対し用いようとしているのなら、声援は無粋でしかねえだろ)
何しろ言えばライザにも聞こえる。勘付かれる。もっとも彼女が例の電波の探査的読心能力でソウヤまたはビストバイの
思考を読んでいたなら何もかもオジャンではある。(ないと信じるぜ、最強さんよ)。心を読むなど弱者の術だ。何より戦いの
妙味が薄れる。
ともかく。
ソウヤが自ら気付いてこそ最大級の爆発力を発しうる『何か』を外野が指摘するのは無粋だろう。
(これだけの戦いだぜ、サンピンが今さら口を挟むなンざ良くねえし)とヌヌへ無言で頷くビストバイ。
法衣の女性はホッとしたような表情をし、それから軽く会釈した。分かってくれてありがとうと言いたげだ。
(やっぱ師匠は師匠っす! あざっす!! 僅か数秒で私の思惑に気付いてくれるなんてマジ助かる!)
内心のヌヌが喜ぶさなか
(……大したモンだぜ。小生がしばらく頭ひねってやっと気付いたコトにお前さンは一瞬で気付きやがったからな)
静かにしかし豪放にニシシと笑う頤使者長兄。ひたすらに思う。
(ま、お前さンへの配慮だけじゃねえさ。戦いや狩が面白ぇのってよぉ、次にどンな物が飛び出すか分からねえからだぜ。
なのに外野がネタバレ全開とかよ、ありえねえだろ! 極限状態ギリギリで小僧が繰り出す切り札が、チョーシこきまくって
生きてきたライザの野郎の余裕ヅラを歪めるその瞬間を待ってましたとばかり膝打って優越感混じりでクッソ楽しむために
よ! そんで小僧もライザもこの馬鹿みてえな激闘の締めくくりを無人の雪原のように小ざっぱりとした純白の心境で迎えら
れるようによ! 小生謹んでこの口、噤ませて貰うとするぜ!)
あとジャリガキ、ヒントありがとよ。大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられたサイフェは不思議そうに兄を見たがすぐ心地
よさそうにゴロゴロと咽喉を鳴らした。
「…………」
ヌヌやビストバイと同じ推測を抱いたのか、どうか。中空のソウヤは無言でただ眼前の光景を見ていた。サイフェを倒した
五連撃。猛攻の隙間を縫って繰り出したそれがライザの突撃槍に軽く数度ハタかれるだけで逸らされる無情の光景を。
(やはり既存の技はそろそろ見切られ始めている……!)
哄笑と共に繰り出された薙ぎ払いを咄嗟に鉾で受け止める。鎧の全力推進を以ってしても殺しきれない勢いが柄から腕へと
おぞましく這い登り筋肉をズタ裂いた。サメの尾びれのような鋭い血しぶきが幾つも舞う中ソウヤはとうとう座標軸から強引
に剥がされ……吹き飛んだ。追撃。半身だけの蝶が爆裂。迷い込んだ歓楽街のランプまみれの看板やネオンサインが支持
する外壁ごと灰色の煙となって舞い飛んだ。全力推進。爆撃のなか咄嗟に後ろ向きへ飛ぶソウヤ。回避に重なる回避。対
するライザは羽が如き鎌を2本駆動しつつ空を蹴る。鼓が打たれた如く爆ぜる空気。転瞬ゆくてにあったビルの屋上付近
が鉄柵ごと3分の1ほど斬り飛ばされた。遠目にそれを見たソウヤの視界の端で青い流星が地上に流れた。息を呑むソウ
ヤ。ライザはもう、そこにいる。衝撃はただでさえ濃縮されている1秒の世界の分子運動を更なる絶対零度に凍結させた。
永劫の1秒に回帰する時流。ごみごみと密集する建物のあちこちで破砕の狼煙が巻き起こる。一斉だった。同時だった。全
く寸分たがわぬタイミングでハーモニーだった。
「フ。陣内戦の津村斗貴子の如く」
「壁という壁を乱反射して接近!? (どひぇー)」
「速すぎよ!! まったく見えなかった!」」
凄まじい暴風が散らばっていた空き缶や古雑誌を巻き上げるなか一条の星ゆく星だったライザは実像結びつつ、青年の
みぞおちへ無造作に合わせた手から数十匹の半蝶を射出。
「零距離爆破かい!!」
「ライザさま容赦なさすぎ!」
「いやテメェがいうなよジャリガキ……」
「…………」
薄茶色の煙が晴れた。茫洋たる影だった青年は無残な火傷をあちこちに残しつつも鉾を杖に辛うじて立っている。
「咄嗟に《サーモバリック》の結界で防いだ、か。しかしまあ、アレだ!」
斬りかかってくるソウヤの足元へしゃがみこむよう進んだ暴君は小ぶりな槍で足を刈る。転倒する彼の両肩を更に下
から鎌で突き刺しフルスイング。2〜3階立ての建物にデコボコと削られた蒼穹の彼方へ追放される青年へ更に蝶の
連撃連撃……連撃。小規模な爆発が面白いように後退速度を高めていく。
「がはっ!」
高架、らしい。広い道路に背中から叩きつけられたソウヤは盛大に吐血。
防御障壁に投影されるその模様を見たギャラリーは静まり返った。
「あの連撃も大概だけど……ソウヤ君の手持ちの中で最も強力な五連撃が発動すら許されないなんて……」
「一方のライザは一合交えるたびわが師パピヨンたちの武装錬金に習熟しつつある」
「フ。或いはヌヌやブルルちゃんがやったようなライザの補給路切断を試みれば」
「超攻撃力による底上げだけはどうにか防げるかも、だね。だけど」
「きっとソウヤお兄ちゃんは思っている」
(ライザの全力を真向破ってこそ意味がある!!)
アスファルトを殴りつけ跳ね起きたソウヤは鋭い瞳を裂帛の焔で釣り上げ虚空を睨む。痛む全身に少し意識をやった
彼は
(やはり回復速度が落ちつつある……! だがだからといって引く理由には……ならない!!)
逆境ゆえに気魄という闘志の代弁者を全身から立ち上らせる。
「ならばお望みどおり更なる雷雨を降らせてやる!」
槍を剣道でいう正眼の構えにするライザ。その手を見たギャラリーの目の色が一斉に変わった。
「両手で持った……!!」
「いよいよ本気という訳ね」
サンライトハート改(プラス)。片手持ちですらビルを楽々全壊せしめた破城兵械の各部のジョイントが金属音と共に解(ほ
ど)かれた。変質。隙間から溢れ出す山吹色のエネルギーが闇に染まる。シンボル化された夜の色、デルフトブルー。日蝕
のような十字の存在感は雑駁たるビルの群れ群れ織り成す峡谷の遥か彼方で血反吐吐きつつ立ち上がったソウヤの網
膜にも焼きついた。
(ちょっとこの大鎧……パーティクル・ズーの特性拝借!)
彼の姿は少女のヘルメットの内側にも投影。量子化で簡略されたビルのサイバーな線分データの雑多な重なりの奥に
佇むソウヤをサフランイエローの円を囲む。ロックオン。赤熱した円が上下四方に侍らせた逆三角を躍らせる。ビコビコと
発射を急かすアラームさえ鳴り響く。
銃口という名の穂先はそちらへ。無数の遮蔽物も構わずソウヤめがけゆっくり動き、そして止まった。
「加減はだいたい分かった! 行くぜ!!」
このとき暴君が敢行したのはシンプル極まりない行為であった。穂先を伸ばす。サンライトハート改の、内蔵エネルギー
発動による外装展開をただ純粋に守り抜いたに過ぎない。当該突撃槍(ランス)は発動者の闘争本能の昂ぶりを率直に
反映する。反映した結果、巨大になり、射程を伸ばす。原理は至って単純明快だ。ライザは単純で明快な性能を己の力量
に合わせて本当に、『ただ』全開にした。電波兵器Zインフィニット・クライシスの追加効果こそ付与したが、こと出力と破壊
力においては何ら一切参与させなかった。ごくシンプルに、思いっきり、サンライトハートただ1つにエネルギーを供給し、
そして穂先を光熱によって伸ばしただけだ。
他意は、なかった。
殺戮ではなく競技の範疇で、敵めがけ無心で繰り出す全力パンチ程度の意味しかライザはなかった。
にも関わらず。
虚無の銀光ともども渦巻く黒い燃油の激流が地平線の彼方まで突き通り宇宙で跳ねた。射線上にあるビルというビルは
地殻ごと抉られ地上から消えた。被害は実社会にも及んだ。ソウヤとライザが戦闘用に設えたはずの頑強な亜空間(バト
ルフィール)の一部の壁が書き割りのように弾け飛んだ瞬間、運悪く行く手にあった関東や北陸の市町村およそ381が地
面と平行に突き進む横ばいの闇竜巻によって気象史上類を見ない甚大な被害を受けた。231万4921人。軌道上に居た
日本国民の総計であり、ライザ咄嗟の結界によって破壊から守られた者の総数であり、どうにか蒸発を免れた命の総量
である。東南アジアを経由し中国大陸にすら及んだ破壊の被害者を含めれば7倍以上に膨れ上がろう。全壊した家屋は
世界累計で1921万2421戸。半壊以下の被害を加えれば更に被害は甚大なものとなるが次の瞬間総て修復したため
正確な記録は残っていない。当初こそ日本またはユーラシア大陸住民の一部が同時に見たミステリアスな集団幻覚で済
まされた一瞬の大破壊の全容をこの時点で掴んでいたのはライザただ1人であり、彼女は自らが行った圧倒的破壊にただ
ただ慄然とした。
(加減分かったという是認を軽く飛び越える威力……。今のは正直、ビビったぜ……)
ただただ面頬に汗を掻く。暴君でさえ次の如く愕然とするほどの威力だった。
実時間でおよそ1分38秒後。それまで集団ヒステリーと一笑に付されていた大破壊がおよそ2億2482万1984台の防
犯カメラという証人によって現実のものと立証される。総てのカメラがまったく同刻に収めた白い不可解なノイズを超スローで
検証したところ人々が口々に喚きたてる破滅の光景が現れたのだ。1秒の数万分の1ほどの僅かな時間の大破壊の光景は
誰もが最初ハッキングか何かによるイタズラだと疑ったが、しかし撮影地点は2億超である。CGで偽装するには余りに多す
ぎる。しかもハッカーとは無縁な人々が惨死を経て気化するさますら収められているとなれば誰もが渋々ながら現実のもの
と認めるほかなかった。(どうやらライザ、何人かは結界から”取りこぼして”いたようだ。もっとも数フレーム後には復活させたが)
電脳世界を駆けめぐった大破壊の話題に、ただでさえ先ほどの隕石で極度の緊張状態に置かれていた世俗は沸騰。
内閣府は突き上げられる形で何をどうしていいか分からないまま対策室を立ち上げ関係各省との連絡を余儀なくされた。
日本から発された正体不明の竜巻が東南アジア諸国のみならず中国を直撃した事実は外交問題に発展するとして外務省
は外遊中の幹部の中でも特に寝技や交渉に長けた者17名に急遽帰国するよう通達。
大災害または未知の武装錬金によるテロを警戒し自主的に操業を停止した工場は大小合わせて8万1249。海や川の近い
小中高の98%が高台への自主避難を敢行。立ち込める社会不安は安否確認による電話回線パンクとなって現れた。石油
コンビナートや危険物製造所には念のためにと消防車が詰めかけ、国会などの要人が集う場所には自衛隊が集結。スーパー
やコンビニと名のつく場所にはパトカーが赤色灯を回しながら止まる始末。とにかく日本全体が理由も分からぬまま物々しい
状態に陥った。この夜、世情を知る者は大なり小なり眠れなくなった。子を持つ者たちはまるで40度の熱を出された夜のよう
に代わる代わる不審番をした。マスコミ各社は総ての通常番組を自主的に中止(深夜に差し掛かるころテレビ東京だけは
いつも通りのアニメ放送を決定しファンたちから讃えられた)、報道特別番組とJCのCMを交互に流す退廃的な夜は誰に
とっても長かった。
とにかく世間総てが名状しがたい灰色の不安に包まれた。
それだけの破壊だった。修復してなお人々の心を傷つける圧倒的破壊だった。
だから原因たるライザも戦慄していた。
(夏場……庭に水撒こうとしたらホースが予想以上の勢いで跳ねてビクってなるコトあるけど、今のはそれだ、それだった……)
「穂先伸ばすだけでエラい騒ぎだ……」
漠然とだが大破壊の気配を掴んだ獅子王はひとりごちる。
「しかも反動が凄すぎたせいか、ソウヤ君には当たりもしてないよ……」
普通こういう場合、破壊の轍は目標のちょっと横ぐらいに作られる物だ。そして(見えなかった)などというモノローグで汗
流しつつ九死に一生を得た実感に鳥肌立たせるのが流儀であろう。
だがソウヤはそれすらできない領域に唖然としていた。
破壊は、彼から見て右方向のしかも数km先に着弾していた。大ハズレもいい所だった。しかしそれが却って青年の心機
を過熱極致の鉄肌の如く一見冷たく変貌させる。
(穂先をちゃんとオレに向けていた筈なのに、反動であそこまでズレるだと……? 恐るべき膂力のライザが両手で抑えて
いたにも関わらず…………反動が、あれほど…………)
それは暴君ですら制御できない破壊力が産みだされたコトを意味する。
「フ」
驚愕と慟哭に波打っていた頬が生み出したのは笑いだった。ソウヤ自身少し面食らったが、もはやそれが真意と知ると
包み隠さず感情の奔流に身を委ねる。
「フフフ……はははは……。ハハハ」
笑い出すともう止まらない。大声上げて笑うのはLiST戦後ヌヌに窘められて以来だが、今度は腹筋すらよじれるほどの笑い
だった。ギャラリーはぎょっとした。ソウヤといえば声立てて笑う青年ではない。微笑こそ浮かべるようになってきたが、大声
でゲラゲラ笑う性分では決して無い。
「ハハハ!!」
「ハハハハハ!!!」
「ハーッハッハッハ!!! ははは!!!」
眼球を迫(せ)り出すほど剥いて哄笑する姿にヌヌは息を呑む。
「お、おかしなスイッチ入っちゃったよソウヤ君……。(でも狂乱する黒の貴公子って感じでかぁっくいい! わーい!!)」
「アレだけの破壊が次は多分当たるって察知して正気で居られる方がおかしいわよ……」
「ううー! サイフェも疼く、疼くのです!! あんな凄い攻撃見せられたらワクワクする他ないじゃないのさーー!!」
「まあ……逃げないだけでもマシだよ……」
そして彼は狂奔の表情で笑みつつも野獣の眼光でライザを射抜き、ただ一言。
「新型特殊核鉄発動。モード『サンライトハート』」
笑いを消し去った静かな声音だからこそヌヌたちの背筋は粟立つ。津波寸前の不文律を感じたのだ。
口角を凄艶に吊り上げながら構えるソウヤの鉾から青銀の光が膨れ上がった。その距離、8km四方。颶風のように広
がったそれは一瞬で鉾へと収束し、代わりに野太い轟雷となってやかましく爆ぜ始めた。
「フ。え? アレ? サンライトハートをインストール? あの、フ? え、まさか、まさかあの破壊力真似ようとしてんのソウヤ君?」
余裕綽々と構えているダヌでさえ(いやそれマズイからやめようよ!?)と周章狼狽する禁断の行為にしかしソウヤは移った。
「相搏(あいう)つ双竜が命運を導く……!!
「行 く ぞ」
太陽の光をきらきらと反射する高層ビルの灰色の街に近接する高速道路から光の竜が飛び立った。迷い無く一直線に
推進する体高8mの青白銀の竜が電磁溶融の鱗を眩く輝かせながら顎(あぎと)を振って咆哮するたび行く手を阻む文官ど
もの塔の上半分からこの世から溶け消えた。舞い散る瓦礫は喰い残し。螺旋を描き速度を上げる光の竜。兇悪の瞳から血
の色のような光の残影を引いて鉄骨の塔を幾つも幾つも瞬く間に貫通。敵の下へ。暴君の、傍へ。
「……ねえヌヌ。アレって」
「ああ。別に必殺技とかじゃない。ちょっと生体エネルギーで穂先をね、伸ばしただけ。ライザと同じさ」
「穂先伸ばすだけでエラい騒ぎだ……」
ブルルとヌヌの話す傍で獅子王は肩を落した。
「あ、竜が飛んだんじゃなくて竜の形をしたエネルギーが伸びたんだ」
「そうだよサイフェ。それが証拠に竜、根元は三叉鉾と接続している」
鉾本体を被覆する四枚の刃はチューリップのようにうっすら開いている。竜はその隙間から現れているらしい。
「フ。そして恐らくアレは……効力射。威力はまだまだ高まる筈」
ソウヤが本気を出せばどうなるのか……息を呑むサイフェ、ハロアロ、ダヌたちをよそに。
牙も露な光の竜がライザに踊りかかる。若き爬虫の清冽な気魄が大気を痺れさせ彼方のビル窓を何百枚と張り裂いた。
辛労きわまる震動をバリバリと浴びる少女。強化装甲すら僅かだか剥離しパラパラ飛ぶ。感心したようにバイザーの奥で
瞳を細めた彼女は、言う。
「当てやすくするための接近ご苦労」
あくまで見下すコトをやめぬ暴君は両手持ちのサンライトハート改を振り下ろす。再び発現した黒い燃油の渦もまた穂先を
伸ばすためのエネルギー展開に過ぎない。(その突撃槍の十八番はあくまで吶喊攻撃。エネルギー展開なンざ基本攻撃の
内にすぎねえ)。ビストの見るところ未だ本領発揮に程遠いサンライトハート改の攻撃がソウヤの竜に当たった瞬間、虚無と
虚数を帯びた竜巻が何十倍にも膨れ上がった。竜巻は撃ち合いすら成立させないままただただ当たり前のように竜を取り
巻いて吸収しながらソウヤに迫った。
「……。本領発揮じゃないのにさ、既に」
「ええ。魔王の切り札か何かね……」
巻き添えでビルが何棟も倒壊したらしい。耳をつんざく轟音が彼方からひっきりなしに響いた。
意志ある大災害が眼前の街や道路を蹂躙しながら迫る終末の世界の中でソウヤはただ、吼えた。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
死灰のように渦巻く艫綱(ともづな)を断ち切った竜が爆発的に膨れ上がりゴールめがけ猛然と逆走!
同時にそれまで鉾を被覆していた刃が巨大化しながら展開し高架上の道路のアスファルトを貫いた!!
訝しむヌヌ。
「四枚ある《エグゼキューショナーズ》の刃総てで加勢……? いや、違う!!」
竜が進むたび生々しい傷を高速道路に刻みながら後退していくソウヤの姿にハロアロは叫んだ。
「アンカーだ!! クレーンとかが転倒防止用に地面に落ち込む杭(アンカー)を!」
「津村斗貴子譲りの死刑執行刀でやってる訳ね!! 頭痛いわ!!」
砕氷船の如く路面を割り開き激しく後退するソウヤ。インストールした真紅の飾り布が千切れそうな程はためく。
光の反動は相当らしい。高架はいよいよ崩れ始めた。ばらばらと瓦礫を降らす道路を前景に新たな轍を描きながら足
元から摩擦の白い煙あげ下がっていくソウヤ。黒いブレーキ痕に混じっていた血が徐々に擂り潰れた肉になっていく。
「フ。これだけの威力だ。恐らく全力攻撃……だろう」
問題は。ダヌは障壁内部の映像のうちライザを映したものを見る。
(いかな全力といえど相手に当たらねば意味がない。当たるか、どうか……!!)
「ほう。面白ぇマネするじゃねえかソウヤ。反動を腕力以外で殺す、か。これだから弱い奴の戦い見んのやめられんぜ!」
機知で困難を克服する非最強(にんげん)の戦いを見て昂ぶり、より強くなっていくのが暴君のありようであり形質だ。
「やはりお前はオレを高める存在! 学ばせて貰うぜ! だが発露はどこまでもオレらしい力任せだ!!」
サンライトハート改の周囲に電波の渦が幾つも展開した。
「衝撃吸収形質インプット完了! 姿勢制御の補正プログラム編列!! フハハ! あの世で誇れよ武藤カズキ!!
最強たるこのオレが万物操る無敵のインクラをあろうコトか補助に添えてやるんだ! サンライトハート! それだけの価
値ある武装錬金だと恭しく認めてやろう!」
先ほどは最強の全力ゆえに発効者にすら制御できなかった攻撃はしかし電波の介添えを受けたコトにより精密さを獲得
した。鮮烈な衝撃がサンライトハートごとライザを激しく揺らすたび反動デバイスのように小気味よく適切なエアを吹く電波の
渦がブレた姿勢を矯正する。(おほっ、めっちゃいい感じだぞコレ。もうホース握ったとき見たくビビらんで済むな)。光の竜
と白熱の飛沫を散らしあう竜巻が直下の地上で何度も何度も大海嘯のような破壊衝撃波を巻き上げているのも、外に向かっ
て逃げたそれが周囲の街を瓦礫に瓦礫を更地に造り替えているのも、暴君にとってはさしたる出来事ではない。
(あ! ホース! ホースでいいコト思いついた!!)
だいぶサンライトハートを扱えるようになったライザはそれまで外部に散っていた無駄なエネルギーの存在を知る。
(これも集めて、そんで無駄じゃないエネルギーも一点集中したら、きっとオレの攻撃さ、
も っ と 強 く な る よ な !)
敵意も悪意もないまま、ただただ子供めいた単純な発想で収束されたエネルギーが光の竜を突き破りソウヤに迫る。
瞳。見開いた瞳。愉悦に満ち満ちた金色の瞳が迫り来る脅威を凝視した。おぞましい破壊を前にした黝髪の青年の片
頬に刻まれたのは窮鼠の笑い。追い詰められたが故の諦観は確かにある。されど人は極限を崇拝する生物だ。叶わぬ
からこそ追いつかんと……足掻くのだ。
(ライザに倣うつもりのオレだが地力が違いすぎる以上おなじ一点集中をしたところで勝負の結果は見えている!)
鉾竜の煌く肉片が槍竜の周囲に纏わりついたとき異変は起こった。
「ぬっ!?」
車中で急カーブに遭ったような衝撃に軽く身を揺らすライザは瞠目。完璧に制御した筈の暴れ馬がジュースティングの
正念場で上下に左右にガコガコと震え出した。墜落直前のジェット機のような嫌な蠢動だなとやや脂汗をかく暴君。弱り目
に祟り目。
貫通された筈の竜が喉首の中で頭を再生し、やや乱れ始めた闇竜巻に着弾。徐々にだが押し始める。
ニューロン回路のような形の極彩色の波濤が鬩ぎ合う鉾と槍の狭間から立ち上る。遠巻きに見ているギャラリーたちすら
汗ばむほどの熱量はやがて気流となって上空へ上る。雲という雲を先の隕石によって散らされていた青天が俄かに掻き曇
り……黒雲に満ちる。
それだけの時間を、である。
ライザの槍竜に飲まれ砕け散るはずの鉾竜が持ちこたえた。
(…………あ!!)
不可解な反抗の原因をライザに気付かせたのは竜の周囲に雲煙となびく光の粒である。茫洋としているが竜巻との接触
面における濃度は不自然なまでに大きい。
(そしてあれに触れた電波の渦が……散ってやがるぞ!? じゃあ、まさか、まさかアレって!!)
(チャフよアレ!! 変幻自在の《サーモバリック》で作り出した!!)
モチーフたるパピヨンの武器が先祖がえりした形になる。
「なるほど!! 電波撹乱の金属片にすりゃあオレのサンライトハート改の制動が弱まるは必然!!」
五色に変ずる眩い電光に炙られるヘルメットの奥で暴君は眦を緩める。
「けど全力同士の衝突でチャフ使うとか卑怯じゃないかい!?」
「むー!! お姉ちゃんそれソウヤお兄ちゃんに失礼ーー!! 卑怯をいうならじゃあライザさまはどうなのさ!! アツく
て王道なせっかくの正面衝突なのにライザさまったらサンライトハートに接触したら意識飛んだり骨が脆くなったりする電波
乗せてるんだよ!? こんなん正拳に毒手持ち出す卑怯なのよーー!! 払いのけて何が悪いって言うのさーー!」
騒ぐ褐色の妹に図星を突かれたのかエグっと顔を引き攣らせる青姉の耳を決定的な言葉が叩く。
「ま、いいんじゃねえか?」
告げるライザにハロアロは
「い……いいんですか!? ライザさまの全力を小細工で妨害されてるんですよ!?」
と反論するがヤンワリとねじ伏せられる。
「構わんぜ。電波のせいで力負けしたとか後で言い訳されてもつまらねえからな。だいたいソウヤもオレも自分の武装錬金
で戦ってんだ。問題はねえ。電波へチャフを差し向ける? 相性を利するのは武装錬金同士の戦闘の基本。弱点をつくの
は戦術の基本中の基本。卑怯でも何でもないのだぜ。寧ろコレで文句なしの正面衝突だ、後腐れなくヤれるぜ」
小細工を認めた上で正面から叩き潰すのが強者と云わんばかりの暴君をよそに、ヌヌは、想う。
(《サーモバリック》がチャフに変ずるコトができたのはアース化の恩恵だね。じゃなきゃインクラ出たときとっくに使ってる。対
ライザの動議練ってる時も『検討したけど複雑さゆえに今は無理』ってソウヤ君言ってたし…………)
「だが奪われたのはあくまで制動! 威力はさほど弱まっちゃいねえ! 正面激突の分は依然としてオレにある!」
「分かっているさ!! そんな小細工など……攻勢に転ずる間(ま)を作るためのものでしかない!!」
高架を下がり続けていた青年が止まったのは、背後で轟音の喝采が上がったからである。ついで金の閃光と紅の爆炎
と灰の粉塵を残滓とする圧倒的エネルギーの炸裂が反動となってソウヤを押し出す。
「爆発!? 何が!?」
「石突だよ石突。つかサイフェ、アンタ相手にアイツも使ってただろ……」
「武藤カズキがキャプテンブラボーとの戦いで使っていた由緒正しい戦法ね」
(本来は一気に伸ばした石突を地盤に打ち込むコトで噴射と反動2つの力で緩から急へと一気に加速するが……!)
衝撃が穂先に向かって電光の速度で柄の中を駆け巡る刹那に武藤ソウヤの応用形が発現する。三叉の鉾へと分岐
する三叉路内部に入り込んだ《サーモバリック》が、そこから石突方面68cmほどの内部構造を削り、刳(く)り貫いた。具
体的にいうなら直径7.5cmの柄を、外装と『芯』それぞれ2cm以外総て空洞にした。更に三叉路中央、いま正にライザ
と白熱の対立を繰り広げている鉾の根元の丸い周縁に、スポット溶接の要領で青炎を走らせ、1cmほどの溝を掘る。溝
は柄の内部の空洞と繋がっていた。そしてその空洞内部で青白い光球と化した《サーモバリック》が先ほど削らず残した
『柄の芯』の周りに螺旋階段を引くような軌道で石突方面に向かって駆け巡る。その光の軌道はある物に変じた。
人はそれを──…
『バネ』
または
『スプリング』
と呼ぶ。玩具やボールペンに使われる小さなものではない。トグロを巻いたハブの化石のような肉厚で禍々しくすらある
業務用の頑強なバネまたはスプリングである。
そのバネ仕掛けの両端は、『柄の芯』の上下に彫り残されたらしき突起(タテヨコ高さ順に1×2×平均2cm)に隙間を
嵌め込む形でガッキリと固定されていた。固定部のすぐ上ないし下では空洞の天辺もしくは底面が密着している。コイルを
収納する特殊な円筒容器を想像すれば近いだろう。
そんな、バネ仕掛けが。
先の石突の爆発をそのままステークよろしく前方への加速へと変じた。
一度のみならず、何度も、何度も。
基部を彫り込まれたコトにより上下への可動性を獲得した三叉鉾中央の穂先は、石突の爆発運動によって迫(せ)り出す
たび、柄内部に設(しつら)えられたバネの弾性によって下方というべきか後方というべきか、とにかく自身の位置を元通り
にせんとそちらへ向かって退歩的な運動を行う。だがそのたび激しくなる石突の爆発が先の行為の反動エネルギーを強引
にねじ伏せ、加圧に引き入れ、柄(ステーク)の突き出しをますます強靭な物とした。
「ほう、これは──…」
暴君が座敷芸でも見たような表情で居られたのはそこまでだった。
石突⇔穂先間と同様の仕掛けを施された《エグゼキューショナーズ》もまた三叉路の両側から加速をもたらす。石突の代
わりが《サーモバリック》なのは言うまでもない。高速道路に突き立つ切っ先を燃料気化爆弾によって大規模テロの勢いで
発破された死刑執行刀がスプリングのギシギシとした軋みを立てながらアスファルトの瓦礫のなか土を脱しライザ方向め
がけ轟然と躍り上がる。竜を発する鉾とは直接干渉こそしていないがそこは三叉鉾、左右より展開する刃の躍動は補助
的とはいえ竜の速度を上げていく。武藤ソウヤの周囲で爆音が響き土煙が虚ろな柱を奏でるたび鉾竜は咆哮しライザに
喰ってかかる。そして刃は、四本あった。いずれも時間差でバンバンと爆ぜた。決して弱くない装甲ですら反動でひび割れ
大きなカケラすら幾つか舞い飛ばすほどの衝撃だった。ただでさえ剛彊(ごうきょう)極まる連打連撃を浴び続けていた所
へ更に4回もの加速援護を受け止めざるを得なくなった暴君、さしもの表情も歪むというものだ。
「更に!!」
叫ぶソウヤの両側で。
飾り布と飾り輪が同時に爆発。重なり合って広がりゆく2つの白い円状の衝撃波。触れるビルというビルは爆弾魔の一斉
起爆を受けたようにそこら中からグレーやブラウンの煙をブチ吐く。爆音のたび小気味いいほど体積を減じていくさまは
マグナムで撃たれたベニヤ板のようだった。
それほどの爆発をもたらすエネルギーが柄を通して穂先に伝播した。そこは前述のとおり石突からの衝撃や四枚刃の
支援と呼ぶには余りに苛烈すぎる支援砲撃を打ち込まれていた。ただでさえ制動を欠いた突撃槍を持て余していたライザ
はバスターバロンを持ち上げて悲鳴1つあげない細腕の中が折れそうな痛みに撓んでいるのを発見する。
「4つ……いや5つの特性の同時爆発を一点集中!? これは……オレといえど…………重い……!!」
圧倒的な重圧に空の中、少しだけ、後ずさる。
「穂先射出の反動で押されている最中オレはずっと石突や飾り輪、飾り布にエネルギーを溜めていた! 単に全力をその
まま垂れ流すのではインフィニットクライシスで何がしかの援護をするであろうアンタに力負けするのは目に見えていたから
な!!」
(時間差攻撃……! 同じ一点集中でも位相的な収束しか浮かばなかったオレに対し、ソウヤの野郎は別立てで貯蓄した
エネルギーを時間差で放出した! いわば『時間的な収束』!)
ダム結界すら小川のせせらぎに見える圧倒的な電磁激流が遂に黒い竜巻を押し返し切り……ライザに着弾。白い微かな
光が虚空に吸い込まれたあとチカチカと瞬き──…
瞬き──…
鼓膜を内耳ごと張り裂きそうな閃電が轟いたあと、散滅する天使の輪のような疾風が二度三度大地を撫でた。あとは光
がただただ膨れ上がった。膨れ上がって無限の極彩色へ次々変ずる光のマグマとなって街に零れて流れ出した。マグマ
は発生点が火口であるかの如く次から次へとあふれ出し、おぞましい表面張力を湛えながらグングンとその範囲を広げ
ビルや雑多な建物を灼き溶かす。いつしかビルの3階ほどの高さになったマグマを止められる者は誰も何もいなかった。
終末的な噎せ返るような酷暑が辺り一帯に充満し急速な温度上昇は骨のような色の暴風となって吹き荒れた。既に基部
をドロドロに溶かされていたビルは暴風によってトドメを刺され続々と倒壊。密集地では非現実的なドミノ倒しが何十件と
起こりそれらは総て幻夢的な惑星中核の色合いした溶鉱炉のような洪水に飲まれギトギトとあぶく立てつつ沈んでいった。
竜の栄耀の残骸、だろうか。光熱の蛇と化した無数の余波が大地に叩きつけられ舐めるように滑るたび破壊という名の毒
が三拍子の段階的爆発となってギャラリーの心胆を寒からしめた。
余波もまた、ひどかった。核鉄をヌヌに貸与してからこっち、正に身(ダークマター)を削った障壁で他のギャラリーたちを
守っているのはハロアロだが、彼女が上記の大破壊から一同を守るために消耗した暗黒物質は身長変換でおよそ40cm。
それまでの数々の激闘の余波を通算してやっと弾き出した数値を、彼女は、一瞬に過ぎなかったサンライトハート同士の激
突によって一気に失った。爆心地から数km離れて居たにも関わらずそれである。
(現在の身長150cm。生命の何がしかを削ってるようなこの疲労感……ダークマター補充しても戻るかどうかだよ……)
高身長がコンプレックスとはいえライザと巡り合った当時の姿がそれなのだ。戻らぬとあらばよくある人間的機微において
自分は悲しむだろう……ハロアロはそんなコトを想った。
やがて街の航空図をダークマターの投影で見たビストが呟く。
「穂先伸ばすだけでエラい騒ぎだ……」
「あはは。お兄ちゃんさっきからソレばっかじゃないのさーー!!」
小さい子のツボはよく分からない。けたけたと胸に手を当て笑い涙を飛ばすサイフェに兄は「うーるせえよ!!」と悲痛な叫び。
「あのなジャリガキ! あ、アイツらは、小僧とライザは、本当ただ単純に、穂先伸ばしただけなンだぞ!! サンライトハートの
特性をちょっと摘む程度にしか使ってないンだよ!! だのにこの破壊力ってなンだよ!!? これおまえ戦略兵器落とさ
れたレベルだぜ! 戦争なら落された方が降伏するレベル! 落した方もドン引きだ! そンだけの威力を穂先伸ばしただ
けで出せるとかアイツらデタラメにも程があンだろ!! おかしいンだよこの破壊力! おかしい! 分かるかジャリガキ!
え!! 小生の言ってるコト!」
「わかりません!!」
子犬がキリっとしたような表情で元気よく答える妹にビストバイは一瞬呆気に取られたが……すぐさま片目からジワリと涙を
零した。
「だから……アイツらは、アイツらは……武器の基本性能を軽く試運転しただけなンだよ……。別に必殺技は使ってないンだ
よ…………。なのに、なのにっ……こ、こんな有様で破壊力で…………小生けっこうビビったのに……そこが……どうして……
……お前さンは……分かって……くれないんだよ……」
震えながら涙声で訴えるビストバイの大きな背中を「はいはい。サイフェはまだ子供なんだから分かって貰えなくても当然で
しょ。ほら泣かない泣かない」とブルルがポンポン叩いた。
「う。サイフェはもしかして無意識のうちにお兄ちゃんを傷つけてるのでしょうか……」
戸惑い気味に顎を撫でながらゴメンねお兄ちゃんと背中をさする妹だが、まだ良くわかっていないらしい。説明して欲しそうに
ヌヌを見た。
「え、何で我輩……? え、えーとだね。光魔の杖をちょっと展開しただけでカラミティウォールが出た、みたいな……?」
「それは怖いよ!! 怖すぎるよ!!?」
(あー、マンガの例えなら分かるんだー)
白目を剥いてぎょっとする褐色妹に法衣の女性は瞳を三本線でホワホワした。
「いやヌヌ、コレ黒の核晶(コア)レベルだからな……」
「いやいや師匠、アレは死の大地ふっ飛ばしてますからね、こっちは地盤残ってるだけまだマシすよ」
そこ勘案したのだ我輩は、などとおかしなテンションで綺麗な金髪揺らしながら右手を唇の左端に当て囁くヌヌはともかく。
「…………。あー。そっか。サンライトハートは突撃して初めて真価を発揮する武装錬金、だもんね。旧と改じゃ若干性能違
うけど、相手めがけ特攻してこそ爆発力が活きるのは同じ。エネルギー展開で巨大なビームサーベルみたくするのも確かに
強力ではあるけど…………そちらはまだ通常技の範疇? みたいな」
ハロアロはそう云いつつ改めて街を見る。
大火山の噴火に見舞われたような有様だった。火山といえば彼女含む頤使者兄妹たちvsソウヤ一行の先鋒戦で作ら
れた夜のNYにブルルだったかビストだったかが造った記憶があるが、規模はこちらに遥か及ばない。砕けた虹のカケラ
をグタグタと煮込む異世界の励起のような輝きがマグマのように街を禍々しく這いずり回るビジュアルは、単純な溶岩流以
上のインパクトだ。まるで地球がそのエネルギーに対し概念的な大出血をしたようで、だから巨女はぞっとする。
(これでまだ通常技の範疇……なんだよね…………?)
都市は半径30kmが焼け野原だった。焦げた鉄骨を覗かせるビルの残骸がそこかしこだった。ソウヤのいた高速道路
は見える限り総ての高架が落盤して大変なありさまだった。
やがてマグマは光の半球へと昇華し、灰色の爆光と共に膨れ上がって凄絶な音と共に弾け散った。
黒雲に満ちる空の下、晴れ去った砂塵から現れた影が誘蛾灯のような色合いの三叉鉾を揺らす。
「追撃──…」
「やっと腕から重さが抜けたぜ」
引き分けに終わった穂先の衝突の硬直を了するや否やノータイムで次の挙動に移ろうとしたソウヤに響いたのは軽や
かな音だった。柔らかい木材の円状に切れ込みを入れた部分に槌を軽く振り下ろして刳り貫くような、耳障りのいい、何度
でも聞きたくなる痛快な音だったから、彼の警報は鳴らなかった。すぐ間近でライザという、絶対に近づけてはならない存在
の声を聞いてなお、非日常の悪夢への実感が遮断されるほど、謎めいた音は底抜けに明るい響きだった。
スコン。
絶対的で決定的な一撃の音はどこまでも軽かった。
遅れてやってきた激痛も、ノドどころか胸の奥から吹き上がる喀血の噴水も、びちゃびちゃと地面に垂れる真紅の水溜り
も、総て総て電波による幻覚ではないのかとソウヤが考えるほどに、炸裂の証明は、軽かった。
彼の胴体は、貫かれていた。
みぞおちを中心に、竜顔を持つ白と山吹色の突撃槍によって、深々と刺し貫かれていた。先端から離れるに従って太く
なる槍が根元まで入るほど、その傷は決して軽いものではなかった。
「なっ」
ヌヌが目を剥いた頃、やっと彼も己の状態を認識する。騒いでいたギャラリーたちもまた一転静まり返る。
「攻防終了後の動きはオレの方が一瞬だけ速かった。一瞬あれば全開サンライトハートの推力で詰められる距離だった
のさ、お前とオレの距離は、な」
小ぶりな突撃槍に光が収束する。暴君の目もまた爛々と赫(かがや)く。
サイフェの面頬に複雑な葛藤が浮かんだ。痛みを味わうのが羨ましいが、苦痛に歪む初恋の人の顔を見るととても歓声
を上げられないという様子である。
「で! でもでも、アース化してるんだからさっきまでみたく瞬く間に回復できるよね!?」
「いや──…」
傷口の様子を見た獅子王はかぶりを振る。
「さっきから小僧も気付いていたようだが、修復速度が格段に落ちつつある。アース化直後の3割あるかどうかだぜ」
「それでなくても突撃槍が胴体に刺さったまま。抜かない限り出血は続くよ」
「フ。ソウヤ君の基盤(ベース)はあくまで人間……回復が追いつかなければ出血多量で死ぬ。(見たくはないがな)」
蠢動する世界。いよいよ元の速度に向かって解凍され始めた極限圧縮の1秒の世界に轟く雷鳴が、ソウヤの、血の、ライ
ザの、敵の、ギャラリーの、総ての色彩を奪い去って白く彩る。破滅的な音の中、しかし臆病だった少女(ブルル)は瞬き1つ
せずソウヤを見据える。見据えたまま、無言で、ヌヌの肩に手を当てる。
(わたしなんか知ったような思慮浮かべた所であいつの『足し』にもならないからさあ、ココは譲るわ)
友人の挙措にやや目を見開いたヌヌの頬で大粒の雨が一滴弾けて王冠状に飛び散った。法衣の女性は降り始めた雨の
中、静かに手を組み祈りを捧げる。
(ソウヤ君はまだ……立ってる。諦めてないなら私はずっと信じるよ。戦い抜いてくれるって信じてる)
(……もし運悪く力及ばず不本意な結果に終わっちゃったら、その時はまた一緒にライザどう攻略するか策を練ろうね)
(勝ったらさ、みんなで大騒ぎしようよ。ソウヤ君も好きなまぐろ丼をさ、どっちがたくさん食べれるか、勝負しよう)
思いに耽るヌヌを少し離れた場所で見ていた褐色少女は一瞬なにか及ばぬものを思うように寂しげなカオをしたが、すぐ
さま首を振り傍の姉の袖を引いた。ハロアロは妹の不意の挙措の理由を測りかねたように怪訝を浮かべたが、兄やブルル、
ダヌと言った連中が障壁の映像やソウヤの居る方向をそれぞれの仕草で示すとようやく腑に落ちた表情をした。しながらも
妹と似たような経路で同じ毛色の表情を浮かべたが──…
黝髪の青年の視線が虚空に止まる。
不意に現れたダークマター。そこに映されていたのは……ヌヌだった。
祈りを捧げる乙女の姿は真情をそのまま雄弁に物語っていた。
待ってくれる人が居る。
希望だと信じてくれる人が居る。
その事実が青年の瞳の聖火を燃え滾らせる。
「意気軒昂多いに結構。だが忘れてはいないか」
ライザの肩に光が走る。そこに装着されていた鎌が2本から4本に増えた瞬間、「バルキリースカートも全開にするだと!?」
獅子王が怒号を上げる。
「当然だぜ。もちろん、ニアデスハピネスも……な」
侍らす蝶は先ほどの半身のみの姿ではない。完全態。確固たる蝶の姿の群れがおぞましい羽撃(はばた)きを奏でる。
「サ! サンライトハートだけでも対抗できないのに……!」
「津村斗貴子とパピヨンの武装錬金までも全力で! しかも同時に使うっていうのかい……!?」
強烈無比の武装錬金は数あれど、対武藤ソウヤにおいてこれほど有効な戦術もない……ダヌは静かに分析する。
そして青年は事実、実態以上の圧迫感に見舞われた。絶対に超えられないと思っている壁が3つ同時に襲ってくる事実
に脳髄は凍結と溶融を繰り返す。
(オレは昔……父さん達の武装錬金に敵わなかった……)
(だが……『今は』、違う!!!)
彼らに教えられたものを以って彼らを超える。子の本懐ではないか。
「オレと父さんのサンライトハートだけで足りないというのなら…………」
黝髪の青年は喀血と喘鳴の狭間で言霊を紡ぐ。ダークマターに投影される法衣の女性は周囲を見回しアワアワと赤面
している。その様子1つだけでソウヤは総て理解した。先ほどの祈りの姿が決してヌヌ1人の力で届いた物ではないコトを。
「巡り合った仲間たちの力で……オレは……アンタに…………勝ってみせる…………!!」
弱々しかった手つきに力を込め突撃槍を握り締める青年に「見事」と暴君は一言賛辞を送り──…
「だったら正真正銘最後の激突と行くぜ!!」
竜馭(りゅうぎょ。人民を治める天子)の槍から爆発的な光を放ち尽くす。
「エネルギー! 全開!!!」
サンライトハートが最も威力を発する突撃(チャージ)の姿勢に入った瞬間世界はプロミネンスに包まれあらゆる光景を
覆い尽くした。
決着の刻、迫る。
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