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過去編第013話 「何もかも振り切って」




【セラピストの談話】

 多くの人々は、自分の潜在的な独自性を、最初から十分に発揮できていない。

 しかし、病気になった人々の多くが、病気をきっかけにはじめて自己実現の道を歩み始めている。

 自分の人生を歩んでいないことに気づくためには、身体が病気になる必要があったのである。


 おそらくガン(およびその他のあらゆる病気)は、より大きな人格をつくるための試みなのだろう。


 病気は、人格を存在の瀬戸際まで追いつめ、以前は意識していなかった自分の人生の意味と目的とをそこに集結させる。


                                                   ラッセル=ロックハート(ユング派)


【C=G=ユングの述懐】



 自分の人生を肯定することがいかに重要であるかがわかったのは、病気になってからだった。




【羸砲ヌヌ行のマレフィックシリーズ ”土星編” A】


 東洋医学において病気とはむしろ歓迎されるべきものだ。

 季節の変わり目ごとに引く……風邪。これが逆に身体をリフレッシュするといえばソウヤ君はいぶかるかな?

 しかし事実そうなんだ。日常生活の中で知らず知らずのうちに蓄積した小さな不具合を、季節という環境の節目ごとに
風邪なる形で一気に処理している。

 熱は悪い細胞だけ殺すんだ。だから──…


 敢えて病を得るコトで。


 発熱し鼻水を出し咳き込み打嚏(だてい。くしゃみの事)するコトで、諸々の老廃物……ひいてはより大きな病気の因子
たりうる雑多な要素を。

 人体は処理し健康になる。

 ……と東洋医学は考えている。

 まったくの迷信でもないだろう。ソウヤ君はお風呂好きかい? 詳しくは述べないが入浴は免疫細胞を活性化させる。
 ガン細胞などを攻撃するリンパ球、細菌を倒す顆粒球……。これらの数がいいカンジになるんだ、入浴すると。
 汗もまたかける。
 一般的に平熱より4度高い湯船に浸かって見たまえ。全身浴なら10分。半身浴なら40分だ。
 そうするとまず余分な水分が出て行く。水分が抜けると油分が出てくる。これには様々な化学物質や活性酸素が含まれ
ている。排泄するとスッキリさ。

 少々話がズレているようだが、要するに我輩たちは日常の中で意図的に発熱を利用している。
 入浴という行為で……病の一要素たる発熱を。

 東洋医学が病気を認める理由…………少しは分かってくれたかな?

 それを踏まえた上でリヴォルハインという男を語ってみよう。
 ……。
 正に病気の具現だった彼の事を。





【ある作家の手記01】

「筆業30周年を記念して何か」。担当からそんな話を持ちかけられたので私なりにこれまでを振り返ってみようと思う。

 といっても恥ずかしながらそれほどヒットに恵まれた訳ではない。筆はそれほど遅くない方……だったらしい。担当から
渡された作品リストを見るとどうも私という奴は3ヶ月に1度何がしか上梓していたようだが不思議とあまり記憶にない。多く
の作家がそうであると思うが、当時を生きていた私は常に締め切りをどうするかで頭がいっぱいだった。

 期限に間に合わせつつ最低限の売り上げも確保する。それはひどいプレッシャーだ。

 スランプに陥ったコトもある。担当と反りが合わずひどい争いを繰り広げ胃潰瘍になったコトもなる。
 身に覚えのない盗作疑惑が持ち上がった時はメシさえのどを通らなかった。
 何度も筆を折ろうとしながらどうにかこうにか今日まで描き続けてこれたのは、白状すればそれ以外生きる術を持たなか
ったからだ。私という奴は会社勤めにはなはだ不向きだ。上司の顔色を伺いうまく年齢と共に出世するという才覚にまった
くといって良いほど恵まれていない。そう気付いて作家を志したのが24。歳月を重ねるごとに一般社会への回帰が困難に
なっていくという自覚が、作家としての壁をどうにかこうにか乗り越えさせた。

 支えになった人物もまた居る。

 結果3ヶ月に1度出し続けた本たちの総てが大ヒットだった訳ではないが、巡り会わせという奴だろうか、運よく数作、映像
化にこぎつけた。
 筆頭はもちろん「網田警部補、路地裏を行く!」だ。
 東大出にも関わらず嫌いな物は権力という型破りな網田警部補が法では裁けぬ悪党たちと一大決闘を繰り広げるクライム
アクション。現在26巻まで出ており累計1480万部のベストセラー。
 ありがたいコトに開始後19年を経た今でも定期的に土曜9時の2時間枠で映像化されそこそこ好評を博している。

 白状すれば私の筆業30周年を振り返る本などというのは詰まるところ、来年の、20周年を祝し作られる網田警部補10
度目の劇場版──今回は事件編・解決編の2つに分かれた正にアニバーサーリーな一品だ──に合わせたいわば便乗商
品なのだがその辺の事情は、まぁ描いても仕方ないだろう。

 テレビや雑誌などのインタビューで既に幾度となく語ったため、ファンならば既に誰でも知っていると思うが。

 網田警部補にはモチーフがいる。

 犯人逮捕のためなら暴力はおろか法を破るコトさえ厭わないその姿勢や、時には利権や癒着に塗れた上司ないしは政
治家に牙を剥くアグレッシブでエキセントリックな性格からダーティハリーが元型なのでは推測されがちだが実は違う。

『リヴォルハイン=ピエムエスシーズ』

 実在の人物だ。今を遡るコト1世紀と少し前……かの錬金戦団と一大決戦を繰り広げた悪名高い共同体・レティクルエレ
メンツの幹部の1人。

 彼をモチーフに据えたコトについては発表直後から今日に至るまで実に賛否両論である。
 さもあらん。繰り返すが彼はいわゆるテロ組織の幹部である。直接間接問わず死に追いやった人間はまったく枚挙に
暇がない。果たして倫理的にどうなのかと編集長と3時間超の長い議論を交わしたのも1度や2度に収まらない。

 ただ……私はあくまで彼を偉人として見ている。
 誤解を恐れずいえば、社会は常にどこかが歪み黒ずんでいる。
 悪意のみがそれを成しているのではない。恐ろしい話だが、悪意ゆえの反撃さえ出来ぬ弱い立場の人間が、怯えを以て
塗り固めた陋習……自分のみ守るため形作った”ひずみ”というべき物の方がむしろ膾炙を極めている。世間の大部分に
浸透し、人を縛り、それがまた弱い立場の人間を追いつめ更なる”ひずみ”を生んでいる。
 国家の抵抗力を弱めるのはいつだって”ひずみ”である。人体で言えば最初ただの吹き出物にすぎなかった物が代を連
ねるごとにガン化し体を弱めていく。そして現れた外敵に成すすべなく敗亡する。
 そうなる前に……つまり既存の権益がまだ十全かつ従前のまま保全されている天下で、”ひずみ”を消さんとする動いた
場合、まず間違いなく謗られるだろう。

「まったく何をしている」「空気を読め」「いらざる事をするな。しなくても以前どおり立ち行く」……と。

 にも関わらず人類はこんな言葉を有している。

『先見の明』。

 例えるならどう見ても氾濫しそうにない河川に堤を作る行為だ。1世紀先の歴史的豪雨のもたらす洪水の事前回避だ。

 やがて来る災厄に備えた人間への賛歌だ。
 数限りない妨害の嵐を耐え凌いだ意思への感嘆だ。

 人類史上それを受けた人物は限りない。
 その当時その当時の”ひずみ”のもたらす抵抗とは結局その当時その当時の、反射的かつ刹那の物だ。

 偉人はそれを得てなお未来に行く。未来を作らんと現在を生きる。

 偉人。そう。偉人なのだリヴォルハインは。
 錬金術の世界における彼はまぎれもなく偉人である。
 功績は、大きい。
 何を成したか語るまでもないだろう。
 アインシュタインが何をしたかいちいち詳しく述べる者はいない。それだけの偉業なのだ。

 リヴォルハインは未来を知っていた。

 手を拱けば300年後、”王”なる存在が大乱を起こし全世界で約30億8917万の死者が出る、と。
 それを防ぐため、彼は動いた。

 大乱の遠因をいち早く突き止め、消しにかかった。

 或いは錬金術そのものが発生した時から既に内包していた致命的な欠陥を──…

 誰もが最早かえられないと諦めていた”ひずみ”を──…

 リヴォルハイン=ピエムエスシーズという男は身命を賭け解消した。

 で、あるがために一部の方面では高く評されている。
 悪に身をやつしてさえやり抜いた、と。

 人の倫理や価値観は時代によって移り変わる。
 私が会社勤めを嫌うのは、上記のようなあやふやさがまったく如実に現れるからだ。
 既に同じコトを述べたが。
 時代を細分化したその場その場の状況が人を縛る。時には限定的に区切られた一部の場所の一部の事情や慣習が
いともたやすく法律違反や裏切りを弾き出す。

 そういった環境の中で、真に重んじるべき根源的な倫理を振りかざした場合、おうおうにして嘲弄を買う。
 正しさとは何か。それが分からなくなったから私は会社生活を諦めた。
 もっとも作家になったからといって逃れられたかといえば否だが……。

 リヴォルハイン。彼は一般的に自己犠牲の人だと思われがちだ。
 悪と言われてまで真に成すべきコトをやりおおせた生き方がそうさせているのだろうが……。
 私は今でも違うと思う。

 そもそも彼に善悪といった概念はない。成すべきコトだけが眼前にあった。
 その実行結果を世間がいちいち精査し善悪へと選り分けているに過ぎない。

 移ろいゆく人の価値観の中、良くも悪くも自らを貫き通した彼が私は大好きだ。
 筆業30周年を祝した本……記念本というべきか。私の半生を語る上でやはり彼は外せないだろう。

 何しろ世間は私を彼研究の草分け的存在だとみなしている。
 実際書いた本の中で2番目に売れたのがリヴォルハインの伝記とくれば仕方ない。
(1位は『鼻クソの上手な取り方』。網田警部補1巻は3位)。

 といっても私を振り返る本で彼ばかり語るのもつまらない。
 やろうと思えばレティクルに行くまでの半生ほとんど詳らかにするコトも可能だが。

 経歴の中で取り分け異彩を放つ職業だけまず語ろう。
 といっても首魁のメルスティーンと同じだが──…

 そう。


 リヴォルハインは元・戦士だ。



 錬金戦団に所属していた……戦士だ。







【メルスティーン=ブレイドのメモ】


 コードネーム:リヴォルハイン=ピエムエスシーズ

 本名:釦押鵐目(こうおう・しとどめ)






【戦団事後処理班の報告リポート】


 先日○○県××郡で発見された女性の遺体は石榴由貴(23)と判明。

 核鉄を所持しており争った形跡もない事から自殺として処理する。








【ある会議の議事録】

 3日前□□県△△市山中で”ざ・ぶれーめんたうんみゅーじしゃんず”に破れ大破した土星については一刻も早くその空席を
埋めるべきであるが既存の幹部に比肩し得る人材については未だ見つかっていないのが現状じゃ。

 席上「土星(みっどないと)の体組織を回収し”くろーん”にて復活させるべきでは」との声も上がったが、下記の理由にて却下。

・塵化した”ほむんくるす”については技術上回収が困難。
・3年前の決戦により”みっどないと”は既に異常をきたしている。複製しても治る見込みはない。
・そも今回音楽隊に倒されるに至ったのは異常ゆえの脱走。再発は防ぐべき。
・いまは雌伏の時。戦団に捕捉されかねぬ動き総て慎むべき。

 また現状我々が保有しうる戦力は、いずれも強力ながらしかし局地的な範囲にしかその効が及ばぬ物であり、来るべき
錬金戦団との決戦において数で劣る我々が苦戦を強いられるのは火を見るより明らかである。
 そういった意味で今回空席になった土星、更には3年前の”りすと”の死以来ずっと空いたままの冥王星については、最低で
も一都市丸ごと包囲できるほどの極めて大規模な武装錬金の持ち主を据えるのが望ましいといえよう。

 ただ武装錬金は個人の資質によるため目当てと巡りあうのは極めて難しい。

 そのため我々は”はーどうぇあ”……肉体面から”あぷ……あぷ……? あふろ? あふろじゃなあふろ!”を掛ける事とする。

                                                          文責:イオイソゴ=キシャク

 アプローチだよ(ウィル)
 アプローチねん(グレイズィング)
 アフロで草回避不可(ディプレス)
 お前らお年寄りイジめんな(デッド)
 ふ。相変わらず横文字苦手だねえ(メルスティーン)
 
 う、うっさい! このばかものどもめ!! (イオイソゴ)
   ↑えっ、ウチかばいましたやん……(デッド)
     ↑すまん。ヌシに非はない(イソゴ)
       ↑わーい(デッド)






【ある作家の手記02】

 レティクルエレメンツの残した厖大な資料によれば、彼らは当初、甚大な生物災害を起しうる細菌型ホムンクルスの開発
を目論んでいたようだ。それがリヴォルハイン=ピエムエスシーズという男の前身だったが──…



【羸砲ヌヌ行のマレフィックシリーズ ”土星編” B】

 とある少女の意見から細菌型ホムンクルスは思わぬ方向へと転がり始める。



【細菌型ホムンクルスについて】

 一般的なバンデミック……爆発的な感染で戦士たちを殺すのはあまり現実的じゃないと思うの。
 確かに細菌兵器は魅力的よ? 一方的に敵を殺せるんだもん。誰だって使いたいと思うのが人情よ。
 でもねー。実際の戦場で大成功した試しないじゃない。
 あれ使って終わった戦争ある? ないでしょ?
 私めはランボー見るたび思うもん。
「なんでベトナムで苦戦したの、枯葉剤撒くぐらいなら細菌兵器でいいじゃない細菌兵器で」
……って。
 ん? ひょっとして条約とかで禁止されてるのかな。
 うーん。そりゃ困った。どうすればいいのかなあ。
 あ、そうだ。自然発生的な病気に見せかける細菌兵器でさ、こうガガーっと全滅させるとかどう?
 あちこち爆破して環境汚してね、で、フランスの汚物から生まれたペストよろしく『運悪く自然発生した』『ような』病気大流
行させれば多分カンペキ。(わー
 でもできなかった。アメリカでさえそうよアメリカでさえ。きっと風向きとかあるんでしょうね。うんうん。だから盟主様や
デっちゃん……デッドちゃんって描いた方がいいカナ先輩だし、デッドちゃんが言うようなプレーンでシックな(←びょ、
病気とかけた訳じゃないよ!(アセアセ)) 細菌型ホムンクルスはきっと奏功しないと思うの。一発目は効くと思うわよ、
一発目は。でもそこで戦団全員──戦士だけでなく後方支援の人たち。或いは上層部全員も含めて──全滅しない限り
必ず絶対対処される。死体から血液採ってワクチン作るぐらいするでしょあの人たち。


 ほら。むかし、戦団に石榴由貴っていう腕のいい検死官がいたそうじゃない。
 戦士さんの死体から敵の性状や武装錬金特性を見抜き、仲間たちに対応策を授けるのが得意だったって人。


 あの人の再来がいないとは限らない。細菌撒いても特効薬作成可能な武装錬金だってあるかも知れない。
 そうじゃなくてもシルバースキンやエアリアルオペレーターみたいな対生物兵器、あるし。

 おや? 後者は細菌防げるんで? ← これブレイク君の落書きですスミマセン……。油性で消えなくて……。

(この辺りに乾いた血痕がこびりついている) 
(この辺りに乾いた血痕がこびりついている) 
(この辺りに乾いた血痕がこびりついている) 
(この辺りに乾いた血痕がこびりついている) 
(この辺りに乾いた血痕がこびりついている) 
(この辺りに乾いた血痕がこびりついている) 





 言って聞かせておきました





 と! とにかく! 細菌兵器は一発勝負で終わりなの。そりゃあ戦団の主要施設ならびに全構成員の居場所特定して
まったく同時に襲撃かければ殲滅できるかも知れないけど、でもそーいう攻め方するんなら核とかのが断然ラクでしょ?
細菌でやる意味がないというか。

 私めはマシーンの使い方から学んだの。『敵意は見せない方がいい』。
 何に攻撃されているか悟らせない攻撃……最強じゃない? 一番タチの悪い犯罪は警察を欺き混乱させる物じゃないの、
警察どころか世間様がありふれた事象として気にも留めない自然さを孕んだ透明な物なの。

 細菌はまったく理想的よ。人の傍にいながら存在を察知されない。
 病気を起こしでもしない限りまったく気付かれない。

 そこを利用すべきよ。長い時間をかけてじっくり浸透させるべきよ。

 理想的なのは勿論、決戦が始まるや否やスイッチオンで発病させ相手全滅! だけどそっちはまぁ前述の通りよ、期待
しないで。私の見立てではせいぜい敵勢力の2割削げればいい方だから。

 できれば人を操れればいいわね。戦団以外の。国家の首脳陣を操って戦団を攻撃! みたいなコトができれば、来たる
決戦のとき私たちは有利になれる。戦団の、日本国外からの援軍を足止めできる。

 ただそれもできるかどうか怪しいから……発想を変えるの。

 蜂起前に目的の9割を達成する。

 細菌型の取り付いた人たち……感染者と呼ぶわね。感染者たちにはむしろ協力してもらうの。

 味方になって貰う訳じゃないわよ。寝返らせるつもりもなくて。

 細菌は人に見えない。だったら見えない場所で少しずつ少しずつ私たちを利させるの。

 分散コンピューティング。ウィルさんの居た未来の概念。
 複数のコンピュータでプログラムを走らせて白血病などの解析をする……アレ。

 それを細菌型ホムンクルスでやるの。
 目的はもちろん私たちの強化。ウィルさんと盟主様のお陰で私たちの錬金術は戦団よりもハイクオリティだけど、それでも
いまは幹部がたった8人。戦団の戦士長クラスは世界全土で50人前後。防人衛さんや火渡赤馬さんといったレベルの人た
ちが50人よ50人。単純計算で1人あたま7人(端数四捨五入)斃さなきゃいけないし、しかも他にも沢山戦士さんいるし、
だったら私たちの強化というのは本当急務なのよ急務。

 つまり結論。
 白血病を解析せんとする分散コンピューティングで、私たちの錬金術を大強化!
 みんなの体にフィードバックよ。パワーアップするの。                        リバース=イングラム





【ミッドナイトの後継機における技術的所見】

 そもそも細菌型ホムンクルスの開発は可能か? ですって?

 クス。原理的には可能よん。

 あなた細菌(バクテリア)がウィルスに冒されるのご存知? 身もフタもないコト申し上げますと病原菌だって風邪引くのよ。
 ま、厳密に言いますと感染、ですけど。

 バクテリアファージ。

 細菌に感染するウィルスをそう呼ぶわん。

 お分かりのようね。そ、簡単すぎる言い方すればバクテリアファージの要領でホムンクルスの幼体作ればいいだけよ。
 既存の細菌を乗っ取り、人間に感染し、静かに密かに犯していく……。

 医学的な方向は示したわ。後はディプレス。貴方がおヤりなさい。                      グレイズィング=メディック



【研究班班長の辞表】

 むwwwwwwwwwwwwwwwwりwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 ウィルスとかお前wwwwwww小さすぎるwwwwwwwwwwwww
 光学顕微鏡でも見えないほどwwwww小wwwさwwwすぎwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 ンなサイズのwwwwwwwww幼体とかwwwwwww無理wwwwwww無理ゲすぎwwwwwwwwww

 だいいち俺www精密動作www無理だしwwwwwwww
 だから兄弟と子猫ちゃん分割するの先送りしてるしwwwwwwwww

 そんなのいいから実験やれ?wwwwwwww
 うるせえよデッドwwwwwwwww

 やってみたけどwwwやってみたけどwwwww感染してもwwww増殖しないしwwwwwwwww
 そもそも俺らの意のままにwwwwwどうやってwwwwww動かすんだよwwwwwwwww

 方向性だって変えたよwwwwでも無理だわやっぱwwwwwwwwww

 人間の細胞全部ウィルスになるような幼体作ってwwwwwwかなりwwww実験したけどwwwwwwwww
 死www屍www累www々www  あwwwwwwwww違うかwww死体すらねえわwwwwwww
 とっつかまえてきた人間ゼンブwwwwwwwww溶けたwwwwwwwwwwwジワーってwwwww溶けたwwwwwwwww

 でも失敗wwwwwwwwテラ無駄死にwwwwwwwww
 ごめんwwwwwwマジでごめんwwww

 だから俺wwwwww研究班の班長辞めるわwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


【ブログ:ウチらごっつい輪転機!(カテゴリー:暮らし・家計)より抜粋】

タイトル:困難ちゅうもの

本文: 

 無理やっちゅうコトでもちょっとした弾みで上手く行くコトあんねん。
 ウチのおる会社で数年前、ちょっとした新しいプロジェクト立ち上がったんや。
 流石に詳しくは書けへんけど、すごい画期的で成功したら繁盛間違いなしっちゅうプロジェクト。
 ただ難しくてなあ。当時の技術担当、半年ぐらいで匙投げて鬱入りよった。

 それが2年半後動き出したんは、人入ってきたからやな。
 すごい優秀な人材。怒るとごっつ怖いけど基本べっぴんさんでおっぱいも大きい。(くそう
 そのコ見つけたんがウチの発掘した人材で実はちょっと鼻高い。

 まあとにかくそのコ本当にマジメでな、凍結してるプロジェクト見つけてすぐ「やらせて下さい」言うたんや。
 基本無口で大人しい子が、か細い声振り絞って言うんやで。そりゃ任すやろ。

 ごっつ難しいプロジェクトやったけどそのコはやりぬいて成功させた。

 人との巡り合わせちゅーのは大事やなー。



【羸砲ヌヌ行のマレフィックシリーズ ”土星編” C】

 リバースが分散コンピューティングを具申したのは鐶のためだ。
 例の5倍速の老化を治す手段。それは当時のレティクルにはなかった。
 正に白血病を解析するほど大量のコンピュータが必要だった。

 それゆえの分散コンピューティング構想だったのだけれど……。

 選んだ被験体が余りにも悪すぎた。

 リヴォルハイン。

 彼が病気と化したのは細菌型になってからじゃない。




【ある作家の手記03】

 生命を得た瞬間だ。

 平易な言い方をすれば生まれつきだ。

 彼は生まれたときからずっと”病気”だった。

 といっても白血病やエイズといった医学的な物ではない。

 ニュアンスとしては東洋医学がやや近い。ただし人間というミクロのレベルではない。

 社会という構造に対する東洋医学的な”病気”……だった。




【錬金戦団日本支部会報 1995年12月号】

 戦士・石榴由貴追悼。

 彼女はとても優秀な検死官でした。死体と言う我々の力が及ばなかった無念の証から敵に繋がる数多くの情報を入手し、
我々が進むべき道を示してくれました。
 
 あなたはそれまで誰一人として目撃できなかった敵の姿を割り出してくれましたね。
 お陰で捕捉する事ができました。ありがとう。

 あなたは仲間の無残な死骸から一瞬足りと目を離さず凶器を特定してくれましたね。
 私でさえ初見なら成す術なくやられていたであろう武装錬金特性に皆が対処できたのは戦士・石榴、あなたの頑張り故です。

 私は無念でなりません。

 戦士である以上、死はまったく無縁のものではありません。
 ですが、だからこそ、私たちは誰よりも命の大切さを知っている筈です。噛み締めるべきです。
 にも関わらずあなたは自らの手で人生に幕を閉じた。
 どうしてですか。戦士・石榴。私たちの中で最も死に対し敬虔だったあなたが。
 誰よりも職務に対し真剣に向き合っていたあなたが。

 どうして自ら命を絶ったのですか。

 あなたに救われた人々は数知れません。どれほど勇気を貰ったでしょう。

 いまはただ安らかに眠られる事を願ってやみません。

 A─MEN

                                                                    坂口照星



【ベテラン教諭の日記1】

 4/7

 僕がこの小学校に来てから今日でちょうど15年だ。
 それは同時にこの学校の15周年でもある。
 設立と同時に異動できて本当に良かったと思っている。
 初めての新入生。初めての卒業生。
 学校と共に育つ彼らを見守り……そして見送れた事は教師冥利に尽きるだろう。

 今年は新入生を担当する事になった。
 みんな親御さんにとって大事な宝だ。
 将来誤った道に進まぬよう一生懸命向かわねば。


 4/28

 入学から3週間が経った。
 みんなどうにか学校生活に馴染んできたようだ。

 いじめなどは今のところ見られない。
 みんな笑顔で過ごしている……ように見える。

 ただいじめは深いところで進行する。
 被害に遭ってる子は、僕たち大人が驚くほど巧妙に隠す。

 どんな小さなサインでも見落とさないよう気をつけねば。

 5/4

 連休なので生徒たちの動きは見ようがない。
 でも事故や事件の連絡が来ないのはいいコトだ。

 気になる……というか印象に残る生徒が居る。

 釦押鵐目(こうおう・しとどめ)くんだ。変わった名前なので比較的すぐ覚えた。
 調べてみたところ「釦」は「ボタン」と読むらしい。服のアレだ。
 そういえば社会見学で行ったある老舗のバイクメーカーの古めかしいエレベーターにもこの字はあった。
 ボタンに使われていた所を見るとどうやら機械類でもイケるらしい。
 それを「押す」となるとつまり……スイッチオンだ。
 意味を説明すると他の子たちにからかわれそうなので僕からは伏せていたが……本人はむしろ気に入って
いるようで自ら明かした。
 難しいのは「鵐目」(しとどめ)だ。図書室にある辞書を何冊か見てみたがどうも載っていない。
 中学校ほど各分野に熟達する必要がないとはいえ、仮にも小学校教諭が疑問を、分からぬまま捨て置くのはまったく
歓迎されざる傾向だ。まして対象は生徒の名前なのだ。子供といえど相手は人間なのだ。呼び間違えるのは失礼だし、
書類上なにがしかの描き間違えを犯したら思わぬところで迷惑をかけてしまう。

 連休だし仕事もひと段落した。明日、図書館で調べてみよう。

5/5

 予定どおり釦押くんの名前を調べ終えた。奇しくも子供の日……生徒のために使えて良かった。

「鵐目」(しとどめ)というのは日本刀の用語だ。

 柄……持ち手の端というか尻の方に固定されている金具を

「鵐目金具」

 という。鵐目とはそれを刀身に固定するための糸を通すため空けられた……穴だ。

 ちなみに「鵐」とはホオジロ科の野鳥ないしはホオジロそのものを指すらしい。

 教師だから、漢字にはそこそこ詳しいつもりだったが、釦の件といい、こうやって知らない物を突きつけられるとまだ未熟
なのだと痛感させられる。

 調べるのには難儀した。広辞苑を見てもよく分からず、日本刀の本を探してもピンと来るものがなく、知り合いの司書に
尋ねてダメで、たまたま居合わせた郷土文化の学者さんの協力でやっと納得いく調査ができた。

 5/9

 職員会議で暴走族について話し合われた。
 僕自身かれらには辟易している。夜半たたき起こされると心中穏やかではいられない。
 教師として気がかりなのは、会議で話し合われたとおり、生徒たちへの影響だ。
 さすがに登下校の時刻に暴走したりはしないだろうが、万が一というコトもある。

 会議の結果、通学路へのガードレールならびに標識の設置を関係機関に具申するコトになった。


 5/16

 少し動揺している。この状態で日記を書く事は躊躇われたが同時によぎる僅かな開放感が僕を机に向かわせた。

 ほぼ同時刻……だった。そう聞いている。普段なら爆音が遠くから木霊するこの時間帯に今はパトカーのサイレンが
幾重にも重なり響いている。

 暴走族たちが事件にあった。事故ではない。事件だ。
 確かに彼らのうち何人かは突然起こったバーストにより電柱や街灯、中央分離帯に激突し生命に関わるケガを負ったが
しかし事故ではない。作為的なものだった。鉄製のマキビシが路面にびっしり撒かれていた。
 パトカーに追跡される一団が玉突き衝突を起こしたのは、普段その道にない筈のコーンが進路上に大量に敷き詰めら
れていたためだ。先頭が急ブレーキをかけたせいだ。決して工事のせいではない。
 一連の騒動が偶発的な事故ではなく、明らかな関連を持った事件だと確定したのは、午前2時を少し回ったころだ。
 爆走する暴走族に歩道橋の上から液体が振りまかれた。バケツをブチ撒けたような雨とよく言うが、正にそれだけ大量の
液体が暴走族に直撃した。しかも10杯分だった。どういう仕組みかまだ聞いていないが、知り合いの警察官いわく歩道橋
の手すりに沿って横並びに、まとめてくくりつけられた10杯のバケツが、暴走族来訪と共に一斉に傾き中身を掛けたという。
 暴走族。
 不慮の事態にある者は目を瞑り、ある者は怒号を上げながら、しかしそれまでの爆走のもたらす慣性ゆえに改造バイク
の一団は歩道橋の下を通り過ぎた。
 先頭に居た、リーダーを務めるもっとも血気盛んな若者が、橋上の存在に反撃すべく、愛車をUターンさせた時、それは来た。
 実をいうと私もその音は聞いていた。遠い音だった。初夏という事を差し引いても時期尚早な風切り音だった。
 若さを持て余した若者がフザけて放ったのだとばかりその時は思っていたが事実はまったく違っていた。
 ストロンチウムの眩い輝きを放つ棒状の物体が、ちょうどUターンを決めたばかりの若者の頬を掠めた。
 花火、だった。そういえば図書館近くにあるオモチャ屋の店頭に昨年秋からずっと並べられていた商品が、このまえ郷土
文化の学者さんにご教授いただいた帰りごっそりと消えていた。ついに廃棄したのかな、程度に思っていたのだが、どうや
ら買い上げられていたようだ。
 およそ10日前購入したのを見ても分かるように、計画は、相当綿密だった。
 だからこそ奏功した。
 大小さまざまのロケット花火が暴走族めがけ放たれた。あたかもずっと騒音に悩まされた来た市民たちの鉄槌のようだっ
た。それだけならただのイタズラで済んだのだが犯人はまったく本気だった。先だって降りかかった液体はこういう時のご多聞
に漏れずガソリンだった。薄い皮膜にくゆられた鮮やかな炎が舞い上がり暴走族たちを飲み干した。

 他にもピアノ線や手製の地雷による被害者が多数だった。現段階で重傷者24名、軽傷者53名と聞いているが恐らくまだ
まだ増えるだろう。

 幸い死者が出たとはまだ聞いていない。

 とにかく私がこんな日記を書いたのは犯人がよく知る人物だからだ。

 釦押鵐目くんだ。

 燃え盛り苦悶する暴走族たちに笑いながら消火器使っているところを補導され今は警察にいる。


【精神科医のレポート】

 驚くべきコトだよこれは!!

 先日暴走族を一網打尽にした少年! さまざまな検査をしてみたがまったく異常が認められない!!

 上層部(うえ)は何度もやり直しを要求してきたが(忌々しいクソ上司め! 定義できないものにレッテルを貼りさえ
すれば何でもラクに処理できると思ってやがる!)、事実をネジ曲げるコトはできないよ! 異常はない、それは確かだ!
 オイオイまさか疑うのかい? ボクはそりゃあ人間としちゃあアレだがね、精神科医としちゃあズバ抜けているつもりさ。
 君だってソコは認めてるだろ? 
 女子中学生の写真買っては女房にヒンシュク買ってるあのクソ上司に週1でケンカ吹っかけてるボクがクビにならずに済
んでるのがその証拠さ。腕がいいからね。だからあの少年の検査も任された。

 本当に異常がないのかって?

 異常の定義にもよるけど、少なくても一般的な意味での精神疾患はないね。

 ボクの問いかけにもハキハキと答える。躁鬱病という訳でもない、年相応の元気で明るい少年さ。
 担任の教師もいい人。イジメもない。男子とは普通にバカやって普通にケンカして普通に仲直りする。
 女子には優しい。紳士さ。ヘビとか虫とかに悲鳴あげたら速攻駆けつけ守りにいく。
 顔もいいから結構好かれている。

 家庭環境も調べたがまったく問題はない。夫婦の関係も良好、虐待の形跡なんてまったく見受けられない。
 ご両親だって近所での評判は普通さ。仕事先でのトラブルもない。ケガした暴走族ひとりひとりに菓子折り持って
謝りにいくほど”できた”人たちさ。

 ボクは職業柄心に闇を抱えてる人間ってのは一目見てピンと来る。「ああ、振舞ってる」ってね。
 お行儀いい世間の求めるお行儀いい所作を完璧なほど身につけているのが分かるのさ。
 だがあの少年やご両親にそんなものはない。
 3人ともいい人さ。心から隣人の幸福を祈っている。人類の繁栄を願っている。


 ただあの少年。ちょっと過剰なところがあるね。

 心象風景を見るべく絵を描かせた。
 そしたら彼、真黒に塗りつぶした。一瞬ちょっと疾患を疑ったが、ボクという奴は腕が良いからね。
 ピンときて次の紙を渡した。体育館も手配した。

 そ。鯨の絵さ。

 なんかのCMであったろ? 心象風景が大きすぎるため周囲の大人は黒一色の絵に困惑し異常を疑う。

 けれどマクロな視点で見れば確かな形を持っている。

 1枚1枚は意味を持たない絵でも、並べれば鯨になる。

 もちろん彼はあのCMを見たコトない。勘のいい少年でね。テレビ見るときはCM飛ばしてる。
 CMの時間を見切ってるのさ。計測し、何分遊べばすっ飛ばせるか見切ってる。
 だからCMは見ていない。心象風景は彼独自の純然たるものさ。




【羸砲ヌヌ行のマレフィックシリーズ ”土星編” D】

 暴走族襲撃事件の動機はいたってシンプルだった。

「みんなが迷惑している」

 だから排除した。それだけだ。


【ある作家の手記04】

 この実に景気のいいやり口。私は好きだ。

 事件の顛末だが、まだ小学1年でしかも相手が暴走族というコトもあり、深く罪には問われなかった。

 保護観察がついたとか修正プログラムを受けたとか諸説はあるが、服役した気配はない。


【ベテラン教諭の日記2】


9/23

 教師が1人の生徒に注目するのは公平性の観点から余り望ましくはないのだけれど、3年前の暴走族襲撃事件以来、
周囲はボクに釦押くんを監視するよう無言の圧力を掛けてくる。

 彼を見ていると事件と人格というのは必ずしも一致しないのだなあと思う。

 4年生ともなると子供なりにそれなりの変化があり、起こす問題にもそろそろ可愛げというのが抜け始めてくるのだけれど、
釦押くんはまったくといって言いほど悪さをしない。ボクや周囲の目を気にして、というより本心から悪さを思いつかないようだ。

 溺れている子猫を助けるとか、急な発作で苦しむお爺さんのために救急車を呼んでやるとか、小さな親切の方が多い。

 皆が嫌って病まない清掃委員には毎学期ごと必ず立候補するし、イジメを見ればたとえ相手が厳つい上級生でも注意しに
飛び込む。前歴が前歴だけにそういう話を聞くと無理くりな力づくをやったのではないかと心配になるが、彼はただ、一方的に、
のされる。ケンカはどうも、弱いらしい。自分では強いと思っているようだが……負ける。そのたび力の差に盛り上がっていろい
ろ特訓をする。…………いい生徒なのだが少々世間とのズレが目立つ。そこが長所でもあり魅力なのだが。



10/11

 暴力団事務所が放火された。同時に19ヶ所。組長と名のつく人物が8人重体。

 物騒な事件だ。わずかに不安がよぎったが、ここでは書かない。書けば的中しそうで少し怖い。

10/15

 まさか担任というだけで拉致されるとは思わなかった。

 彼らには彼らの面目というものがあるのだろう。不思議な世界だ。

 用心のため発信機を持ち歩いていておいて良かった。連絡が1時間なく且つ自宅から移動していれば追跡して欲しい……
あらかじめ周囲に伝えておいたのが奏功した。警察のお陰で無事救出された。

 しかし……放火事件。やはり釦押くんの仕業か。確かに兆候はあった。

 というのも最近この街の治安が悪い。暴走族が可愛く思えるほどに。
 今年に入って行方不明事件が激増した。警察に務める知り合いの話によると6月までで既に去年1年の4.8倍だという。

 名前は伏せるがとある暴力団が街に来てからだ。厳密に言えば複数の組からなる巨大な会派だ。あちこちに大小さまざま
の事務所を構えているとかねがね噂になっていた。

 これも知り合いに聞いた話だが、既に二桁を軽く超える組が私たちの街にいるらしい。
 実に異様な話だ。ボクは裏社会に詳しくはないがそれでも1つの街に10以上の組がひしめき合っている現状は明らかに何か
おかしい。

 どこで聞いたのか、釦押くんもひどく憤っていた。そうだろう。急増した失踪事件。奇妙にも大挙してきた暴力団。
 誰だって関連を疑う。

 疑いつつも誰も手を出さない。憤りを仲間と語りながらも消しにいかない。

 だからこそ放火したのだろう。

 無残な通り魔事件で幼い子供や若い女性が犠牲になるたび人々は、「なぜ暴力団事務所を襲わなかった」と影で漏らす
が釦押くんは小学生でやってのけた。

 勇気があるというか無謀というか。




10/18

 事件を独自に追うと大体の場合、消される。あとこういう日記を書いてる人間もマズいという。

 ボクは子供たちの成育をできれば定年まで見ていたいので慎重に行こう。それで死んだらそれまでだ。

 火事で大火傷を負い入院した組長の1人が忽然と消えたという。
 一瞬釦押くんの仕業かと思いヒヤリとしたが、警察の知り合いによれば外出許可を経たあと仲間とそのまま……らしい。
 更に病院関係者の話を又聞きしたが、その組長、大火傷を負ったにも関わらず翌日には殆ど皮膚が戻っていたという。

 ベテランといわれるほど長く教師生活をしていると1つぐらい常識を飛び越えた出来事に遭遇する。

 ボクは駆け出しのころ、その組長のような存在を見たコトがある。
 ニューナンブが着弾してもたちどころに治る超常の産物……

 ホムンクルスを。

 ボクが昔いた学校を襲撃せんと押し寄せた怪物の群れ。
 そのとき先輩教師として潜入していた鉤爪の戦士により何とか事なきを得たが──…

 彼は言っていた。『奴らは錬金術以外のチカラでは壊せない。必ず再生する』と。

 寡黙な戦士だったためそれ以外あまり教えてくれなかったが、それでもボクの記憶を消さなかったのは、所属組織がそ
ういう事後処理班を抱えているにも関わらずお目こぼしをしたのは、ボクが教師だったからだ。

『似た事件があれば通報しろ。オレたちは必ず駆けつける』

 ここに描くと長くなる、かなりフクザツな連絡経路は、私が初めて撮った学級写真と共に押入れの段ボールで眠っていた。

 釦押くんとご両親は確実に狙われるだろう。いまは警察に保護されているが安心できない。一刻も早く対処しよう。



【ある作家の手記05】

 担任教師のはからいにより戦団に保護されたリヴォルハインと両親。
 故郷の暴力団たちを影で操っていたホムンクルスの共同体は激闘のすえ駆逐された。
 被害者は出なかった。日記で生存を危ぶんでいた担任教師もまた無事生き延び数年後異動。
 転任先で土建屋の娘たちが起こしたヒドいイジメにも学校と協力し見事対処した。


【羸砲ヌヌ行のマレフィックシリーズ ”土星編” E】

(えっ。もしかして私の先生ってリヴォの担任!? 幾つなのよ先生!)

 な、何でもないよソウヤ君。とにかくだね。リヴォルハインは本来一時的に保護される予定だった。
 なにせ先生の対処が素早かったお陰でご両親を殺されずに済んだからね。
 君のご母堂や中村剛太、楯山千歳とは違う。
 ホムンクルスのせいで孤児となり戦団の養護施設に収容される必要はなかった。

 にも関わらず戦士を志したのは知ってしまったからだ。
 ホムンクルスという闇の存在を知ってしまったからだ。

 暴力団事務所に放火したせいで彼は世界のより深いおぞましさに接触した。

 そして誓った。

 人々を害する存在総て消し去ろう……と。



【事後処理班への指示】

 まだ日常に戻れる少年を戦いに巻き込む訳にはいかない。

 釦押鵐目ならびにその両親についてはBランクの記憶消除を施したうえ帰還させる。



【中期経過観察】

 事件後5ヶ年以上10ヶ年未満の被害者ならびに関係者の経過は以下の通りである。

・楯山千歳

 …… 保護施設での生活を継続。退所後の進路については戦士を希望。

・石榴由貴

 …… 戦士訓練課程を修了。事後処理班鑑識課へ配属。

・釦押鵐目

 …… 一般企業へ就職。事件による心的外傷は散見できず。



【週刊誌の切り抜き】

『実は焼き肉大好き! Cougarが選ぶオススメの焼き肉屋ベスト10!』

「1位は天辺星ですね。液晶テレビ界の革命児として有名な天辺星社長が2年前トツゼン外食産業に殴りこみを掛けたコトは
まだ記憶に新しいでしょう。最近破竹の勢いで勢力を拡大しているのは伊達じゃない! オススメは何といっても

「四八丸じゅーじゅー」。

 飛騨牛ですよ! 厳正な品質管理のもと育てられた脂たっぷりのジューシーなお肉がなんと100g480円から食べられます!」



 裏面に走り書きがある。

 兄っち、駆け出しの頃は焼き肉大好きキャラだったんすね。キャラ作りの参考にしねーと。



【新聞記事のスクラップ】

『天辺星で産地偽装が発覚』

 国民食品安全センターは○日、大手焼き肉屋チェーン「天辺星」のうち、東京、大阪、福岡など24の都道府県で営業する
97店舗で産地偽装があったと発表した。
 同センターによると産地偽装があったのは人気商品の「四八丸じゅーじゅー」を始めとする19点。いずれもオーストラリア
産の牛肉を飛騨牛と偽り販売していたという。天辺星は高級肉が安く食べられるとして人気を博していた

○ 天辺星社長のコメント

「まだ担当者と連絡が取れていない。まずは事実関係の把握に努めたい」


『内部告発か? 天辺星偽装問題』

 相次ぐ偽装発覚に揺れる天辺星に新たな動きがあった。関係者の話によると、偽装発覚の約半年前から偽装を示唆する
文書が偽装のあった店舗をはじめとする関連施設周辺にバラ撒かれていたという。不審に思った客が国民食品安全センターに
通報したため産地偽装が発覚した。



『《時事あれこれ》 ”私です” 〜告発の勇気〜』

 先日、天辺星の産地偽装を告発した社員が記者会見を行った。
 S・Kさんという勇気ある男性、なんと入社後まだ1年と経っていないという。
 それどころか成人式さえ迎えていない10代の若き姿に読者の皆様は驚かれたコトだろう。
 統計によると内部告発を行う社員の96.3%が30代以上という。筆者が10代の頃どうだったか思い返してみると仕事を
覚えるので精一杯だった。先輩というのはそれだけでもう絶対的な存在で口答えすら考えられなかった。
 S・Kさんが告発に至った理由はご存知の通りだ。

『騙されているお客さんが可哀想だった』

 たったそれだけである。ただそれだけの理由で彼は先輩たちに逆らう道を選んだ。

 誰もが所属する組織へ疑問を抱く。倫理に反しているのではないかと不満を抱きながらも生活や家族のため自分を殺し
服従する。

 S・Kさんは倫理を取った。これほど気骨のある若者がまだ居るのかと筆者は感嘆してやまない。



【TVアニメ「〜もう1つの仮面の戯曲〜」オフィシャルアーカイブ】

CAST Interview 

『お姉さん』役 秋戸西菜

──まず本作への参加が決まったときの心境を教えてください。

秋戸 本名さえ不明なこの上なくミステリアスなキャラなので、挑戦しがいを感じながらもかなり不安でした。

──お姉さんキャラといえば今や秋戸さんの独壇場ですが(笑)

秋戸 数えてみたら去年だけで28役(笑) 

──実に多彩でしたね。ステレオタイプ、義理、ロリ、年下、同い年、母、大人、ロボ、吸血鬼、素粒子、古代遺跡……。
この世に存在するありとあらゆるお姉さんを演れるんじゃないか……ファンはもとよりアニメ製作者からもそんな声が
上がっているとか。

秋戸 そのご縁でお声をかけていただきました。この上なくありがとうございます。

──秋戸さんに決まったときのファンの反響は凄かったですね。『お姉さん』だけは絶対大丈夫だと。

秋戸 そうなんですか? この上なく嬉しいです……(照) 

──特に18話最後の場面は大好評でした。

秋戸 逃げようとした靈王にトドメ刺す場面ですね。普段は理性的なキャラですし、私自身これまでの人生の中で人を殺した
いと思ったコトなんて一度もまったく全然この上なく皆無なので、殺意を出すのに苦労しました。

──とてもそうとは(笑) 怖かったですよすごく。

秋戸 そういう所も含めて、今までとこの上なく違ったお姉さん……でしたね。

──と言いますと?

秋戸 護法者が神悟するたび現れるじゃないですか。で、この上なく重要な言葉言ってはフッと消えますよね。それがより強
くなる為のヒントだったり心砕く残酷な事実だったり叛乱決意させたり……。状況によってまちまちでそれがミステリアスで。

──確かに原作でもまだ正体は不明ですよね。

秋戸 オチガのお姉さんなのは確定しましたケド相変わらず本名は不明なままで(笑) 話は戻りますけど、読み返してみると
どの言葉もめぐりめぐって色んな人を助けてるじゃないですか。だからきっと本当はいい人で止むにやまれない事情があって
秘密裏に動いているんだ……ってバックボーンを考えた上で演じさせていただきました。あ、もちろんゲットン先生にも了解は
とってあります。この上なくとってあります。

──その甲斐あって全編通して大好評でした。

秋戸 ひとえに監督さんと音響監督さんのおかげです。お2人とも『お姉さん』の大ファンですからね。この上なく拘ってました。

──拘りといえば収録後毎回かならず皆で焼肉食べに行かれたとか。

秋戸 はい。この上なくおいしかったです(笑) ただ私って好きなお店よく潰れるタイプなので心配ですね。むかし通いつめて
た某有名焼肉メーカーだって産地偽装発覚後倒産しちゃいましたし……。

──本日はありがとうございました。



【雑誌:2度とオンエアされない放送事故集】

□ 長良福光立てこもり犯人射殺事件

 つい去年起こった事件のため覚えておられる読者も多いだろう。長良福光の民家に拳銃を持った男が立てこもった。
20代の女性を人質にしており警察は解決に手間取った。包囲29時間後ついにSATが呼ばれたが、発砲許可が下り
なかったため2時間後の突入作戦は失敗。隊員1人が右大腿部を撃たれ重傷。あろう事か犯人は重傷の彼ひとりだけ
庭に残すよう要求。銃弾は大動脈を貫通しており一刻も早い救出が望まれたが、ココに至っても発砲許可は出ず状況
は膠着した。

 そのときである。SATの隊員の1人が付近の民家の2階からスナイパーライフルで犯人の頭を撃ち抜いた。

 事件の模様は生中継されておりお茶の間にショッキングな映像が届けられた。(画像1)



【女性雑誌に寄せられた意見】

・先日の事件、撃った隊員さんが懲戒解雇されたそうですね。残念です。もしあのまま何もしていなければ撃たれた隊員
さんは亡くなっていました。実際救出されてからも2週間意識不明でしたし現場復帰できたのも奇跡と言われてますし……。

・中継を見てやきもきしていた者です。お役所の危機対応のマズさにはいつもイライラさせられます。国家のため厳しい
訓練をやりぬき、国家の命令で危険な現場に向かった隊員さんが、いま正に命の危機を迎えている時、どうして、
発砲許可が出せないのでしょう。殺人を肯定するつもりはありません。ですが銃を持っている犯人に素手で対抗するのは
不可能です。偉い人のメンツが守られさえすればいいと? 何人死んでもいいと? 
 撃った隊員さんは自らの立場と引き換えに倫理を通しました。立派です。

・世間では撃った隊員さんが讃えられていますが、果たしてどうなのでしょうか。人を助けるために人を殺すのは果たして
正しい事なのでしょうか?

・あの解決法が正しいか正しくないかでテレビ、ラジオはもとより私の周りでも議論がつきません。私はどちらでもいいと
思っています。世間は二元論では割り切れません。私は昨年ガンの手術をしましたが似たようなものです。病気と呼ばれ
る部分はいつだって健康な部分と地続きです。病状が極まれば極まるほど、悪い部分だけ的確に取り除くのが難しくなり
ます。更なる犠牲を避けるため敢えて健康な部分まで取り除くコトもあります。現在進行形で振りまかれる犯人の悪意だけ
除去する術などありません。

・実際に悪意と直面する現場と、世論や体裁だけ気にしていればいいお役所。その温度差が生んだ事件。根本的な解決
をしない限り再発するでしょうね、きっと。細かい法体系の整備やマニュアル作りなんか無意味です。枝葉ですよ所詮。
でもお役職はそれだけやるんでしょうねー。抜本的な解決……例えば現場と一体になろうとしたら色々権威とか面子と
か丸つぶれだし仕事キツくなるだろうし。

・自分を捨てられる人だけが何かをできる。変えられる。

・安全な場所でヌクヌク過ごしてた人らが文句言うべき事件じゃないよ。お役所の人もだけど、テレビの前で見てた私ら
だってとやかく言えないよ。撃たれる心配してなかったもん……。いつも通りの日常の中でご飯食べながら見てたもん。

・ぎゃー!! あの犯人さん、私が以前からこの上なく片思いしてた人でした!! 声ゆ……仕事の関係上いっしょに
お仕事した劇団の若手さんでこの上なくいい演技してたのに……。ぐすん。またですかこの上なく…………。



【匿名掲示板への書き込み】

 知ってる? 十数年以上前にさ、立てこもり犯人が射殺されたじゃん。
 あれやったSATの隊員さん、その数年前に天辺星の産地偽装さ、内部告発してたんだってー。

 釦押鵐目で検索してみ? ソースでるから。


 つーか他にも色々やってるのな。例えば……。



【技能競技選抜優勝者リスト】

《格闘技能 少年の部》

防人衛

《武装錬金 少年の部》

火渡赤馬

《探索技能 少女の部》

幄瀬みくす

《検死鑑識 少女の部》

石榴由貴



【技能競技選抜の模様】

(上下が破れている。読める部分は以下の通り)

…………だ。そして続く探索技能・少女の部。
 中盤まで1位だった楯山千歳が最後の関門で大きなミスを犯す。立て直さんとするも動揺のせいでミスを連発、一気に
最下位へ。ここで大きく浮上したのが5位の幄瀬みくす。千歳同様難問に戸惑う4位以上を大きく引き離し一躍トップに。
 思わぬダークホースの登場に会場は色めき立った。

 続く検死鑑識・少女の部では石榴由貴が下馬評どおり終始優勢。危なげなく…………




【羸砲ヌヌ行のマレフィックシリーズ ”土星編” F】

 さて、小学校時代のリヴォの先生が私の先生でしかもイジメ問題に見事対処してくれてた訳だが。

 どうして改変前の世界で我輩救った先生が改変後の世界にもいるのか……だって?

 ふふ。流石ソウヤ君は鋭いねえ。(というか私の身の上話覚えててくれたんだ! 嬉しいよバンザーイ!!)

 考えてもみたまえよ。ウィルは確かに歴史を変えた。けれど登場人物自体はそれほど変わってないじゃないか。
 君のご両親は健在だし、早坂姉弟や防人衛、パピヨンといった人たちも同じ役割を務めている。
 ウィルの改変というのは我輩のような駒自体の規則を変えるものじゃない。盤面上の動きをちょっとだけ変えるんだ。

 だから我輩の先生が改変前と改変後、その両方に居ても不思議じゃない。

 むしろ疑問に思うべきなのは我輩のイジメ事件だね。元来アレは我輩の前世が仕組んだ試練な訳で、それが改変後の
世界でも起こるのは不思議といえば不思議だ。まぁ一種の引力って奴じゃないかな。(小さいときの私はいろいろ迂闊さん
だったよ。試練がなくてもイジめられてたんじゃないかなあ? というかイジメられなきゃソウヤ君と逢えない! は! よも
や私がアルジェブラでわざとイジめさせた!? どんだけソウヤ君好きなのよ私!)



【ある作家の手記06】

 リヴォルハインが戦士になるまで紆余曲折があった。

 共同体が隠れ蓑に作った暴力団。

 その支部ことごとく灰燼に帰したかれは戦団事後処理班の手により記憶を消され一般社会に放たれた。

 だが……驚嘆すべき事実がある。

 彼は記憶を消されてなどいなかった。戦団に不手際があった訳ではない。
 施された処置はBランク。服務規程によれば
「ホムンクルスならびに武装錬金その他の錬金術によって」
「10人以上〜50人未満が死傷または」
「親友及び恋人を除く知人が著しく損壊された」
 現場に居合わせた者にだけされるという。

 無論リヴォルハインは前述のとおり本人はおろか両親さえ難を逃れている。本来ならばFランク……事件目撃者に夢だと
錯覚させる程度の記憶操作で済む筈だった。

 だが彼は不健康な社会の呼び出した不調というべき要素に対し常人ならざる執念を有していた。

 やや後の話になるが。

 同輩の天王星の幹部。禁止能力を操り、かの総角主税や、無敵の防備を誇る防人衛さえ思惑通りにあしらったブレイク=
ハルベルトでさえリヴォルハインは制止できなった。

 ほぼ無敵に近いハルバードの武装錬金の特性さえ歯が立たなかったのだ。

 催眠術に気が生えた程度の記憶操作がどうして通じようか。

 リヴォルハインは放火の事実を覚えていたし、暴力団の陰に潜む得体の知れない存在への衝動も従前どおり滾らせていた。
「体質的な問題だろう、5年に2〜3度あるコトだ……」たかを括っていた事後処理班が徐々にだが異常性を感じ始めたのは、
慣習どおり2段階引き上げたDランクの薬物療法を3度行ってなお効果が出なかった瞬間だ。
 これは当時医療班から平屋建てで行うよう、抗議にも似た要請が再三に渡り出ていたものだが実務上の問題から聞き入れ
られなかった曰くつきの事後処理である。その原因は使用する薬物にあった。このランクではまだ幻覚作用などはなかったが、
明晰夢を最長19時間連続で見せられる効能は、事件以前への催眠逆行療法と合わせた場合、非常に効果的だった。あまり
に夢だと分かる夢の中で1日の大半を過ごした場合、人は現実との境界を蕩かされ何が真実か分からなくなる。そのため、
軽傷者が5人未満または家屋の5分の1未満を壊された事件の被害者ならばまずこれでケアできた。
 ただし使用する薬物には欠点がありそこが問題だった。
 服用者のおよそ2.7%が、投与後3時間以内に突発的な眩暈や足のもつれ、平衡感覚の喪失などをきたすのだ。にも
拘らず、被害者の人道的観点から、服薬後も施設内であれば自由に歩き回るコトができた。
 一度、服薬した者が、3階に続く階段の、最上段の2m手前で軽くよろめきかけたのを、当時の医療班の幹部が運悪く見
かけたときから、「こちらもCランクと同じく平屋建てに限定すべきでは」との議論──組織なら時々起こる問題だ。現場で
長年ずっと問題を起こしていない事案が、まるで現場を知らない権力者の一種ヒステリックな杞憂によってあたかもオオゴ
トのように取り沙汰される。発生率2.7%に過ぎない事象さえ偶然見られれば終わりなのだ。いかに確率低き事象でも、
管理職は目撃したそれが恒常のものだと思い込み動揺する──噴出した。
 以降、法的な採択を巡って、年に1度、大戦士長を含む各部門の最高責任者たちが一同に会す戦団国際会議(通称:戦
国会。会期2週間)を7年連続で紛糾させたコトは本題ではない。

 それほど上をゴタつかせても現場で使われるほど優れた薬物を1ヶ月の間に3度も投与──事後処理班は慣習上、記憶
への干渉は例え下から2番目のFランクでさえ2週間の間を置きやっていた。Dランクに至っては戦国会で医療班に舌鋒鋭く
やり込められたお偉方の自重論に引きずられ、副作用の発生率以外の具体的な臨床データなど何1つないにも関わらず、
原則2ヶ月間隔でやるよう求められた──規則的には明らかに過剰と思える投与をしてもリヴォルハインの記憶はまったく
揺らがなかった。

 小学1年生の時、たった一晩で、分かっているだけでも124名の暴走族に重軽傷を負わせたのを(いつだったかこの辺
りの数字を著作に載せた時わざわざ彼の恩師の日記をコピーして送ってきた読者がいる。「重傷者24名、軽傷者53名で
はないのか?」と。あれは彼も書いている通り事件直後の、まだ完全に事態が把握されていない状況での数字にすぎない。
私の知る最終的な警察発表ではそれぞれ36と88だ。もっとも1世紀前の出来事のため資料によってまちまちなのもまた
事実だしその辺りの事情や出典を示さなかった私も悪いが)124名の暴走族に重軽傷を負わせたのも見ても分かるように、
リヴォルハインの社会の病理に対する執心はすさまじい。

 それが暴力団の陰で蠢いている正体不明の病の因子にも働いた。ゆえに彼は、ホムンクルスから何ら直接的な被害を
受けていないにも関わらず、直に脅威に晒された者さえそれをすっかり忘れる処置に……耐え。

 とうとうBランクの記憶消除を受ける。

 性質に根本的な問題ありとみなした事後処理班に、海馬の、C1野からC3野に直接、無針アンプルの武装錬金を当てられた。
 しかもその挙句、57時間連続で快楽性の物質を流され続けた。記録によれば、この処置を施された5歳の男児は4時間
47分目に射精したという。ただしそれと引き換えに、男児は、母と行った大型のショッピングセンターでの惨劇を忘れた。
戦士に追われ乱入してきたトラ型ホムンクルスが、彼と母を除く買い物客を手当たりしだいに切り刻み重軽傷者38名を出
した痛ましい事件のコトなど綺麗さっぱり忘れ去り母ともども普通の人生を全うしたという。

 それだけ効能のある、苦痛よりもむしろより人間を蝕む快楽の波に飲まれてもリヴォルハインは自分を失わなかった。

 むしろ半年にも及ぶ通院……と目される事後処理の数々にますます確信を強めた。
 火を付けた暴力団事務所。その背後には余程の不具合が隠れている、と。
 皮肉にも隠し、遠ざけようとする姿勢がリヴォルハインを引き付けたのだ。
 だからこそ彼はやがて戦士になり、離別し、10年を経て敵に回り戦団を世界規模で揺るがした。

 日常を保つため異常を無視し続けた者が手遅れの病気にかかるのと似ている。と私は思うがどうだろう。

 ともかくリヴォルハインは”フリ”をした。
 ”フリ”をした。記憶を消されたフリをし、まんまと一般社会に溶け込んだ。


 生きて、自らを貫けば、必ずまた正体不明の病理に出逢えると信じ。


 ……戦士になるまで内部告発や立てこもり班射殺といったオオゴトを仕出かしていたリヴォルハイン。

 他の組織でも似たようなマネはした。戦団に行ってもそれは変わらなかったし──…

 人間時代求め続けた悪どもの中でもとびきりなのが粒揃うレティクルエレメンツに移ってもなお止まらなかった。

 彼はつくづく病気だった。
 組織なら必ず持つ不活発な土壌との相性は最悪だった。必ず発症させ恢復させ時には殺した。





 だからこそ錬金術の致命的欠陥を修復する偉人たりえた。








【ハローワーク女子職員の手紙】



□月×日

 お母ちゃん元気にしてる? こないだね、スゴい人がウチの職場きたんよ。
 誰だと思う? なんとね、天辺星の内部告発した人だよ。
 テレビでよくやってたからすぐ分かったよ。

 でね、でね、フツー内部告発とかした人は会社の人から「なんであんなコトしたんだ」って睨まれがちでしょ。
 だって株価下がったらボーナス下がるでしょ? でしょ? だから余計なコトしてボーナス6割減とかした人は陰に日向に
詰って責めるもんなのよ。だから内部告発者は弱り果てる! これわたしが発見した失業者の法則☆

 でもあの釦押って人、微塵もへこたれてる様子ないの。帰りしなハロワの前で元天辺星らしき人たちに罵詈雑言浴びせ
られていたけど笑ってるの。

 スゴいと思うより先になんか怖くなったね。ウン。だって手段こそ正しいけど企業1つ潰したんだよ? そこで働く何千人っ
て人の生活基盤をメチャクチャに崩壊させたんだよ? なのに笑ってる。恨みつらみの篭ったガチな面罵を浴びても平然
としてるの。

 あの人ひょっとすると病気じゃないカナ?



【イラストレーターのコラム】

○ 法廷画家のススメ

 イラストレーターたるもの世界のあらゆる事象に目を向けねばならない!

 おれは駆け出しのころ法廷画家をやったことがある! テレビのニュースとかでよく流れるアレだ。裁判の模様をスケッチ
するアレだ。数時間で3〜4枚、多いときでは9枚ほど仕上げなければならない苦しい仕事だが、限られた時間のなか最良
の仕事をするセンスが磨かれるのでオススメだ!!

 実をいうとG県の立てこもり班射殺事件の公判もスケッチしたコトがある!

 結果的には2人の人名を助けるための緊急避難ってコトで無罪だったんだが、実行した隊員。公判中静かに泣いていた!

 恐らく仕方ないとはいえ奪ってしまった犯人の命を惜しんでいたのだろう! 世間では病的な殺人鬼のごとく言われているが
違うんだ! 彼もまた命の尊さを知る人間なんだ!!



【ウィルの量子伝送文】

 勢号。この文は果たしてキミに届くだろうか。

 リヴォルハインがキミと交信できたというから今こうして文章を送っている。とはいえ武藤ソウヤと羸砲ヌヌ行との一戦以来、
元の光子の言霊に戻り総ての時系列を飛び回っているキミだ。これまでリヴォのネットワークに引っかかったのも数回という
し届くかどうか。ボクの方は変わらず健在さ。キミと別れてから一体何年経ったのか……。ともすれば10世紀ぐらい簡単に
過ぎているかも知れない。2300年代から戦国時代に戻っては約500年生きて改変の下準備を整えフイにされ再び24世紀
に戻されるループ。気の遠くなるような時間を重ねてやっと光明が見えてきた。今回の時系列ならきっとキミを、マレフィック
アースを召還できるだろう。

 それにしてリヴォルハインという男……改変者たるボクでさえまったく把握できないよ。
 他のマレフィックたちは概ね分かる。破壊の権化たる盟主様、いつだって腹に一物隠し持っているイソゴ老、枠に拘るから
こそ自分のそれを色で飾って韜晦しているブレイク…………そういった難儀な彼らでさえ大まかな輪郭ぐらい見えるものさ。
 けれどリヴォはまったく分からないね。

 そもそも彼は最初ただの細菌型で終わるはずだった。勢号、キミの好きな映画で例えるなら致死性のウィルスを撒くモンスター
で終わるはずだった。ちゃんと目に見えて、斃しようも考えられるごくごく普通のモンスターで終わるはずだった。

 なのにアイツときたら民間軍事会社の武装錬金で感染者たちを組織する始末だ。そうやって形成されたネットワークはいつしか
量子コンピュータと化したようだ。リバースでさえ驚いている。鐶の老化を治すため分散コンピューティングを提唱した彼女すら、
ここまで進化するとは思っていなかったようだ。もっとも、彼女の想像を飛び越えたからそ、ヒッグス粒子が生易しく思えるほど
あちこち飛び回るキミを捕捉しえたのだろうけどね。



【ライザウィンの量子伝送文】

 ……。あたらの浮気もの。ばか。死ね!

 グレイズィングとかいうのと、その、その……シタんだろ!!

 オレはグーゼン体ゲットしても、あたらに操立てて何もしなかったしさせなかったのに……!!

 ばーか! ばーか!! 復活したらまず一発殴るからな! まじにまじに殴るからな!!

 ? 何だコレ? リヴォルハインとかいう奴が戦団来るまでの経歴?

 おまっ! こんな情報よりまずオレに謝(文はココで途切れている。どこかに転移したらしい)



【殺陣師盥のリポート】

 あはは。ノンベンダラリとしてたら怒りの火渡の助に行方不明の戦士探せって仕事押し付けられちゃった。
 信じられるぅー? 広辞苑2冊分ぐらいの紙の束、机にドンって叩きつけるんだよ。マンガじゃあるまいし。あはは。

 まーいいや。仕事である以上やりますか。

 とりあえず行方不明者の名前だけザッと確認してたらさ、釦押鵐目って名が目に入っておおーっとなった。
 資料によれば1995年のレティクルとの一大決戦の後から行方知れずらしいね。
 まさか寝返っていたりして。戦団給料低いし。あはは。冗談冗談。ホントにならなきゃいいけどねー。

 でもさ、殺陣師サンってば実は釦押鵐目サンに並々ならぬ御恩を賜っているんだよね。
 どんなって? それは乙女の秘密。ただコレを読むあなたは既にヒントを得ているよ。
「主」と「副」に分かたれているとっても広大な情報の中のほんの一部分にヒントがある。
 え? らしくもない思わせぶりな物言いはやめろって? あはは。ゴメンゴメン。

 でも殺陣師さんね、釦押鵐目の前歴なら知ってるよ。むかし知り合いから教えて貰ったからね。
 
 天辺星での偽装暴露や長良福光の立て篭もり射殺を経て野に下った彼は、その後さまざまな会社で問題を起こす。
 厳密に言えば、偉い人が、問題にするまいとひた隠しにしていた不具合を引っ掻き回してメチャクチャにした。
 多いよー。ソレ。星の数。いちいち書くのが馬鹿らしくなるほど。
 経理部長の愛人社員の数千万にのぼる着服は不倫と一緒にバラしたし、過労死した先輩あらばどっさりの証拠を労務
局に送りつけて莫大なサビ残QEDアンド勝訴!
 汚職議員強請って公共事業取り捲ったのは建設会社時代。あはは。いくら同僚たちが下請けの下請けで中抜きサレマ
クーリで死ぬほど貧乏だからって恐喝はいかんよ恐喝は。
 原発がようやく誘致されかけホッと一息つく貧しい地域の人たちの希望を、独自に突き止めた活断層の存在で見事粉み
じんに砕いたあたりでとうとう社会は彼を爪弾きにするようになったとか。

 彼は孤独を味わった。有名税って奴かな。人生が濃すぎたもん。偽装告発してセンセーショナルな人殺しした上に、犯罪
暴くわやらかすわ原発反対派期待の星になるわ原発反対派がちょっと無理してミソつけてる地域がどれほど原発に向いてる
か証明して衝撃の方針転換するわで、もう、彼はまったく誰の目にも止まるほど眩い存在になっちゃった。
 だからこそ、誰の目も吸い寄せてしまうほどの眩さを有していたからこそ、社会に彼の居場所はなくなった。

 悪い奴は部下にしたときの暴露を恐れ。
 良い人も彼の殺人経験やエキセントリックな正義感を煙たがり。
 普通に暮らしたがる市井の人は、壊滅性の病気が基盤に付着するコトを弱さゆえの全力で拒み。

 やがて釦押鵐目さんは如何なる組織にも入れなくなった。
 あたかも人間の体が病原菌に対して免疫を作るように。断固として体内での活動を拒んだんだよね。

 みんな最初は、彼が活動し始めた頃は、所属する組織の不合理を壊してくれると期待して喜んで、応援していたのに、さ。
 あはは。小学生みたい。あの子達ってさ、カゼで1日休めるぐらいなら思うじゃん。「ラッキー」って。
 でもそれがどんどん長引いて肺炎とかで長い入院する羽目になると恨むじゃん。病原菌のせいで生活できないって。

 人間って勝手だよねー。


 でも釦押鵐目は人間を恨まなかった。いつも通りの調子で……だからかな。
 ある事件を機にやっと戦団に戻ってくる。そして戦士になったんだ。



【幄瀬みくすの報告01】

 本日未明、錬金力研究所に血まみれの男性が飛び込んできた。
 聴取によると、「天辺星にやられた」という。

 って! 普段海の中に沈んでる錬金力研究所にどうして侵入できるのさ!

 錬金戦団日本支部を兼ね備えたココはふだん瀬戸内海の底にあるの!

 なのに入ってこられるって敵でしょう間違いなく敵! 殺す! とアチシの武装錬金マギーア・メモリア掛けてみたけど敵意
ないみたい。記憶も本物だった。顛末はこう。

 この人はいろいろ社会から爪弾きにされていたらしいのよ〜。
 で、そこに声掛けたのが天辺星って男。ん? あ! 思い出した。コイツ確か何年かまえ産地偽装が発覚して倒産した会社
の社長! その社長はどうも墜ちに墜ちたって奴だね。うん。ホムンクルスになってるのが見えた。
 天辺星社長が誘ってる。「どうだ人間の醜さが分かっただろう。行き掛かりを捨て」仲間になれぇ? うっわこの人。センス
ないわー。ないわー。めっちゃテンプレじゃんコレ、捻り無っ! だからかいま血まみれの男の人も最初から応じる気なかった
らしい。というか笑いながら頷きつつ、「しめたこれで戦団めがひた隠す悪どもに近づける」的なコト思ってる。

 …………。

 そりゃ切られるわ! もう記憶見なくても分かるよ! この人絶対土壇場で天辺星裏切った! 

 というかアンタ、どやって来たのココ。……根性? あそ。

 うーむ。難しい問題勃発だねぇ…………。迂闊に外出せば天辺星に殺されるよこの人。見たら分かる。弱いもん!

 アチシの所属はさ、事後処理班! 探索の腕は千歳ちゃんがヘマやったときに限り上回れるほど!

 だけれど組織の一員である以上、上司の意見は伺わなきゃならないのだー。のだー。のだー。(ドップラー)

 というコトで私の上司様に報告っ!!

 もう結構なお年の犬飼戦士長さんが引退したら後釜間違いなしと言われるほど優秀な若干10代、本業は検死官の──…


 石榴由貴様に!!!



【石榴由貴の日記01】

 眠い……。仕事したくない……。

 うー! 朝は9時半まで起こさないでって言ってるのにミクスンに叩き起こされた…………

 私は戦団からいろいろ期待されてるけどまだ10代の乙女なの! 朝ぐらいゆっくり寝かせてよもう……。

(でも頑張らなきゃ。頑張らなきゃ。辛くても耐えて頑張るのよ由貴。エイ、エイ、オー!)

 朝のマジック完了。キャリアウーマンに変身っ!



 幄瀬君に呼ばれた私は他数名の戦士と共に件の男を検分した。
 傷は間違いなく争ってできた傷だ。爪によるものが8箇所。牙によるものが2箇所。敵は典型的な動物型と散見できる。
 随伴の戦士たちは内通を疑ったが「ない」と断言した。幄瀬君あやつる帷幄の武装錬金・マギーア・メモリアは一種のサイコ
メトリー能力を有する。無機物に残された痕跡はおろか人間を含む生物全般の記憶が読める。いつだったかの技能試験で
”あの”楯山千歳が戸惑う試練をコレで見事クリアしたんだ、間違いのあろう筈が無い。

 ひとまず事の顛末を犬飼戦士長に報告する。意見は合致を見た。飛び込んできた男……釦押鵐目は天辺星に対するエサ
足りうる。何しろ彼は人間時代、一大企業を創り上げたカリスマだ。もし共同体を作った場合、それは脅威となるだろう。犬飼
戦士長の意見は私のものでもあった。

 そうでなくても最近ホムンクルスたちの動きが活発だ。

 特にレティクルエレメンツと呼ばれる組織は確認できているだけでも6人の幹部を要しているという。
 いずれ衝突は避けられないだろう。

 その時のためにも天辺星という不安要素は消さなくてはならない。
 釦押鵐目はそのエサ足りうる。二度も手を噛んだ相手……どうあっても斃したいだろう。ピッタリのエサだ。





 ぐたー。

 どーして夕ご飯食べると眠くなるんだろうねえってミクスンと話し合った。
 ミクスンは言った。「食後血液が消化器官に行くため脳への酸素供給量が低くなりそこへ日中の疲れが重なり眠くなる」
 ……。
 そこはもっとメルヘンな答えしようよ。いったら心外そうな顔してそれがヘンだったんでゲラゲラ笑った。あーおかしー。
ミクスン絶対天然だわー。とか思ったら奴め言い寄った。「というか由貴様は朝昼夕いつだって眠そうですがね〜?」。
あのやろめ。拳でこめかみグリグリやられるのが余程好きと見える。だーかーら、私は仕事沢山してるから慢性疲労が
パないんだって。あーねむ



 あ、釦押鵐目って人、ヘンだけど……ハンサムだよね。ちょっとドキドキした。枕元のゴリラのぬいぐるみ抱きしめてしば
らく足をばたばたした。



【栴檀貴信の豆知識メモ帳】

 困った!! 普段、街中で見かけた豆知識を記録すべきメモ帳に重大な事実を描くしかなくなかった!!!

 鳩尾は胚児のころ幼体を埋め込まれチワワ型になったワケだけど!!

 その母胎になった人の名前が……分かるかも知れない!!

 今日いろいろあって一気に2人まで絞り込めた!!

 まだ確証は持てない!! まだ隠された事実があるのかも知れない!!

 だが僕の調べが正しいとするなら……!!


 幄瀬みくす。

 石榴由貴。


 恐らくどちらかが無銘の本当のお母さんだ!!




【民間軍事会社の武装錬金リルカズフューネラルについて】

 武装錬金は発動者の肉体変質に引きずられる。ヴィクターIIIと化した武藤カズキのサンライトハートが形を変えたように、
リヴォルハインの武装錬金もまた細菌型への転向と共に変貌した。
 人間時代の彼、釦押鵐目の武装錬金とはまったく違うのだ。

 しかし……民間軍事会社の武装錬金リルカズフューネラル。(リルカの葬列)
 これほど奇妙な武装錬金もないだろう。

 なにしろ形状がない。民間軍事会社というが建物のような決まった形状がない。

 敢えていうならリヴォルハインそのものが形状、だろうか。彼に感染したものだけが発動し造り上げる武装錬金なのだ。
 しかし目に見えない細菌型を形とするならそれはもう無いも同然だ。肉眼では見えないのだから。

 特性は『会社組織構築』とされている。されているというのは、この武装錬金はあまりに多くの、雑多な行為をしすぎたせいだ。
 形状が見えないコトもあり、マレフィックたちは当初この武装錬金が何かまったく掴みかねた。まったく共通項のない数々の
行為が辛うじて軍事に属していたから便宜上、「会社組織構築」としただけだ。茫漠としたまったく苦しい分類で括ったのだ。
 それほどこの武装錬金は独特で唯一無二でそして……巨大だった。

 本来レティクルはリヴォルハインに対して分散コンピューティングのみ要求していた。
 だが彼は、徐々に独自の進化を遂げた。感染者たちに、核鉄なしで武装錬金を発動させたのはその最たる例だ。
 驚くべきだが感染状態の彼は、ウィルスと脳波の双対性を有していた。しかもそれはあくまで一面に過ぎなった。時には
武装錬金という精神の具現と核鉄の双対性すら現した。だから感染者は『リルカズフューネラルという武装錬金』の行使下に
ありながら『リヴォルハインの核鉄』をも借り受け武装錬金を発動した。社員に潜むリヴォルハインは非常に曖昧な存在だった。
ウィルスのようで武装錬金のようで核鉄でもあり時には感染者そのものと化した。
 もちろん社員たちの武装錬金は正規に発動したものより一枚も二枚も劣る。形状は歪だし、特性も本来の半分程度。総角
主税の武装錬金複製の方が遥かに洗練されている。だが恐るべきは数だった。社員の数はクライマックスの無限増援に比
べればまだ少ない。せいぜい数百万人規模だ。だがそのたった数百万が、高度に組織化された場合脅威となる。絶好調時
のクライマックスですら5桁の自動人形を完璧に連携させ精密に動かすのは至難の業だ。リヴォルハインは彼女より桁2つ
多い作業を完璧にこなした。

 まったく掴みどころのない武装錬金。
 民間軍事会社とされているのも、特性とおなじく苦肉のラベリングだ。
 ただ……名前については最初から決まっていた。

 不思議な話だが、特性や形状についてはまったく無頓着で呼ばれるまま任せていたリヴォルハインが、名前については、
当初から広言し他者の名付けを許さなかった。
 名前を呼ぶのが敬意……彼はそう言ったという。これに限らず彼は社員の名前についても敬意を払い、呼び間違えない
よう気をつけていた。

 ああ。それにしても。


 リルカズフューネラル。


 いったい彼はどのような想いでこの名前を選んだのだろう。

 なぜなら戦士にとってリルカズフューネラルは──…



【秘密結社リルカズフューネラルについて】

 社長はアオフシュテーエン=リュストゥング=パブティアラー。

 構成員は彼を含め7人。

 かの高名な錬金術師、チメジュディゲダール=カサダチ(11代目)も所属。

 錬金戦団の外部協力団体。良好な関係を築いていたが、1995年起こったレティクルとの決戦の最中、突如叛意ありと
見なされ関係は決裂。戦火の中で全滅した。

 アオフシュテーエンの妹、ヌル=リュストゥング=パブティアラーもまた行方を晦ませたため再建の目途は立っていない。



【ある女性戦士の手紙】

 斗貴子先輩、お元気ですか。2005年もう終わりですね。
 本当は年賀状をと思いましたが、秋の決戦で不幸がありましたのでお手紙にした次第です。

 今年の年の瀬は特に慌ただしいです。何しろ未曾有の組織再編がありましたからね。
 戦団の活動は一時凍結。継続するのは核鉄の管理と、ホムンクルスの再人間化の研究。
 秋の決戦でリヴォルハインが遺したビッグデータの解析に、戦団居残り組の私たちはてんやわんやしております。
 それでもめぼしい共同体はレティクルを筆頭に壊滅しましたから、しばらくは、あんな、怖い戦いはしなくて良さそうです。
 失ってしまった物は沢山ありますが、私はまだ生きています。
 いなくなってしまった皆が繋いでくれたこの命。
 どう役立てれれば、皆が「命張って良かった」心から納得できる未来を作れるか……。
 変わりゆく戦団の中で見つめ続けていこう。そう思っています。

 そうそう。上層部にも動きがありましたよ。照星さん……大戦士長が色々改革に乗り出しているんですよ。ホラ、ヴィクター
の件ずっと隠してたりしてたじゃないですか上層部。私も最近知ったんですけど、凄く、物凄く腐ってたようですよ上の方。

 軍家(いくさけ)知ってます? 戦部さんじゃないですよ。軍! 軍団の方の「軍(いくさ)」。
 ほら、犬飼家と同じく代々続く戦士の家柄で、年初の決起集会とか、記録保持者の表彰式とか、年1でやる戦団国際会
議の写真とかで必ずふんぞり返って座ってた短足デブいるじゃないですか! 
 ほら、覚えてないですか先輩。ずっと前ですけど、鼻の下から伸びるやたらデカいW字の髭、バルスカで刈ろうかって本気で
怒ってたアイツ! 目の横まで伸びてる先っぽイジる仕草が偉そうで気に食わないって目ぇ三角にしてたアイツ!
 あれが軍家なんですよ。軍茶二。10年前の決戦のあと兄コロが不審死したせいで能力もないのに上層部行ったアホ。世襲
制度のバカさ加減っての見せつけてくれたデブ。武装錬金が茶室刀だけあってゴマすりだけ取り柄の茶坊主。
 アイツも更迭されたそうですよ。ベタですけど収賄とか汚職とかかなり沢山やってたそうで、大戦士長にボコボコにされた挙句
ムーンフェイスとか収監された牢獄行き。もう戦士の資格なしってコトですよコレ。フツーの懲罰なら錬金力研究所の牢獄で
済みますもん。名家といえど腐敗は許さないっていう大戦士長の意思表示ですかねコレ?
 軍の奴。懲役30年っていうけどそろそろ還暦だし生きて外出れるかどうか……。

 でもアイツひどいんですよ。鐶とか居たじゃないですか。あのコ銀成来る前、鉤爪さんと戦って、しかもディプレスの姿に化けた
そうです。もちろん鉤爪さん有能だから報告しましたよ? そりゃレティクルの生き残り疑うでしょ、ディプレス真似たんだから。
なのに軍茶二とかいう短足デブ、握りつぶしやがったんです。その点も職務懈怠で大戦士長に厳しく追及されたんですが、理由
がまたアホ臭いんですよ。あ、私、聴取を筆記してたんですよ。ああいうタイプらしくゴチャゴチャ言ってましたけど、要約すると
「面倒臭かったから」「まさか生きているとは思わなかった」ですよ? 信じられます? そりゃ10年前の決戦の後、確かに
レティクルの死体……というか、死ぬ寸前のアイツら発見されましたよ。ホムは死ぬとチリになりますから、瀕死とはいえ生
きてる状態で発見されるに越したコトないです。で、検死したのが”あの”石榴由貴さん。小さいころ何度か遊んで貰いました
けど、子供の私でも手を抜かず楽しませてくれる人で、でも悪いコトしたらちゃんと怒ってくれて諭してくれるいい人で、だから
あの人が検死したなら絶対間違いない筈なんです。死にかけのレティクルが、クローンとか、武装錬金特性で作られた偽物
だったら、絶対見抜いて次なる方策を立てたでしょうから。だからアイツらが1995年に全滅したって石榴さんが言うなら、
そりゃあ信じていいでしょう。でもそれは私たちのような一介の戦士の感想です。上に居る人なら、もうちょっと綿密に調べて
くれたっていいじゃないですか。……そしたら、今年の秋の決戦より早く、レティクルが態勢整えるより早くアイツら叩けた
かも知れないじゃないですか。ヴィクターとの戦いで疲弊する前なら、防人戦士長だって万全で、犠牲出さずに済んだり……
最悪でも最小限で済んだり……。
 たらればですけど、秋の決戦で色々な大事な人を失くしてしまった私たち普通の戦士にとって、軍茶二のような判断ミス
やらかした奴は正直いってホムンクルス以上に憎いです。
 レティクルエレメンツが重大な病気だとすれば、軍茶二は、出世競争にばかりかまけて碌に診察せずとうとう末期にした
藪医者です。

 最後ちょっと感情的になってしまいましたね……。すみません。でもどうして吐き出しておきたかったんです。
 寒くなってきました。お体には気を付けてください。カズキさんとお幸せに。



【軍捩一の日記 01】

 ○月○日

 葬儀は疲れるわい。今日、アオフシュテーエンの神社に行った。
 なんでも奴の両親の乗った飛行機が墜落したという。生存は恐らく絶望的じゃろう。
 部下に調べさせたところ「邪空の鳳」の仕業と見て間違いない。翼あるホムンクルスのみで構成された共同体……機動力
ゆえ神出鬼没。襲うのは飛行機のみ。
 たかがそれだけで部下どもはいつまで経っても駆逐できずにいる! お陰でたかが外郭協力団体のトップの葬儀に、戦団
幹部のわしが出張る始末! まったく下らんわ。錬金術に関わる以上、死は必然だというのに、戦団はいちいち騒ぎよる。
 照星の奴めはわしの心を見透かしてか事あるごとに命の尊さとやらを吹聴しおるが何だというのだ。
 ホムンクルスの根絶などしょせん不可能。核鉄はたった100。奴らは幾らでも培養可能。しかも一度”なれば”、二度と
人間には戻れん。我々は数で劣るのだ! 尊厳など抜かす余裕などないのだ! 照星自身、結局敵を殺すコトでしか名分
を保てんではないか。尊い命を守りたいならホムンクルスを再び人間にしてみろ、ヒトが幼体に喰われぬ術を編み出してみろ、
そう怒鳴りつけてやったら奴め黙りよった。ハッ、偽善者めが。防人とかいうガキども3人集めて後継者養成に乗り出して
いるようだが無駄なコトよ。貴様ごときではしくじるに決まっている。育て損ねた部下どもはいつか重大な失敗を犯すだろう。
その時が楽しみだ。打ちひしがれる貴様を存分に詰ってやる。それが身の程を弁えなかった諫言への報いだ。

 ワシの武装錬金は鼻捩なんじゃぞ! 馬に使って押さえるだけのショボい奴!
 それよりもっとスゴいバスターバロン持ってる貴様がどうして邪空の鳳ごとき小規模組織を殲滅できんのだ!! 無能が!

 しかし葬儀で見たアオフの妹……。ヌルとかいったか。まだ幼いがなかなか器量が良い。悲しみに震え絶望する表情が
またそそる。確かドイツの血を引いているのだったな。タイやらのアジア系には飽いておる。どうにかして召抱えられない物か。

 △月□日

 邪空の鳳の首領格が交代したらしい。なんでも唯一翼のない人間型がハシビロコウ型に取って代わられたらしい。

 たったそれだけか! 報告にきた女ガキをどやしたら奴め泣いて退散しおった。

 後で聞いたが照星の部下らしい。フン。せっかくの瞬間移動能力もマヌケが使っては台無しだ。

 ×月×日

 リルカズフューネラルとの折衝を命じられた。
 前任者が急死しおったせいだ。馬鹿が。健康に気を使え。死ぬのは勝手じゃがワシに迷惑をかけるな!
 食物繊維を毎日500g採り、主食ときたら麦米と豆、糖尿病患者用かというぐらい砂糖も塩もない副菜や汁物を嗜み、た
まに体が欲したときのみ肉類を食べるワシじゃ!! 朝夕トレーニングルームで8km走るせいか体脂肪率10%代、血管
年齢はまだ20のワシに!! 不摂生で迷惑をかけるな!! 弟の茶二といい裕福になった者はなぜこうして太るのだ!
太れば寿命は縮む! 分かり切っているだろうが! 馬鹿め!!

 □月△日

 例の秘密結社。どうも構成員がキナ臭い。ホムンクルス……ではない。それ位はワシにも分かる。章印がないのだから。
 石榴に命じて体を調べさせた。奴によれば限りなく人間に近い何か、という。
 何かとは何だ。どやしたところ例の幄瀬が来て例のペースで誤魔化しおった。奴だけは未だに苦手だ。顔こそ笑っている
が目はまったく据わっている。アレは殺されても構わないという目だ。自分の命の尊厳などどうでもいいと思っている目だ。
だからこそ他者を救うためなら平気で投げうてるし、それに伴う被害などまったく顧みないタイプだ。平たくいえばワシと刺し
違える覚悟……。奴の武装錬金のサイコメトリー能力。アレを使い、自分もろとも戦団から脱落させる肚だ。
 ひとまず調査続行で手を打った。

 幄瀬にはアオフの妹を調べさせようと思ったが、ゴロツキに売春の仲立ちさせるような物と気付き慌ててやめた。

 ○月□日

 石榴から報告が上がった。頤使者(ゴーレム)だというのだ。リルカズのアオフの部下6人……いや6体か。それが総て
土人形だったとはな。頤使者については知っている。太古の錬金術の遺産だ。100年前のヴィクターとの決戦で失われた
調整体より遥かに古い概念。言霊を操ると聞いているが食人衝動はないという。捨て置いても問題なさそうじゃが──…

 とはいえ戦団が人ならざる者の力を借りるのは面子に関わる。
 この議題……一度査問会に提出しよう。戦団がどう判断しようとワシの名分だけは保たれる。
 仮に奴らが問題を起こしたとしても構わない。一度危険性を訴えておけば責任は免れる。


 △月×日

 アオフという男もまったく得体が知れない! ワシは毎日、血中の顆粒球を適正値にすべく入浴するのだが、風呂上がり
に可愛いピンクの象さんのプリントされたモコモコのバスタオルで体を拭き終わりバスローブに着替えた瞬間!
 音も立てず背後に現れた! あ、危うく心臓発作で死ぬところだったではないかボケ!! 
 奴は軽く報告をするとワシの目の前でまた消えた。
 瞬間移動能力……武装錬金か? いや、だがそれについては楯山とかいう照星の部下が有している。武装錬金の特性
は指紋がごとく各人固有! 同じ能力はありえない! まして他者の武装錬金を複製などできよう筈がない! 絶対ありえ
ん! 誓ってもいい! そんな輩がいるならワシは職を辞し群馬の山奥でカリフラワーを栽培してもいい!

 アオフの報告は別段特記すべき事項でもなかった。

 リルカズフューネラルが、男を拾ったという。

 写真を見せられた。長い金髪を持つ非常な美丈夫だ。胸に掛けた認識票が自信ありげな表情と相まって憎らしい。

 アオフの妹に手を出さなければいいが…………。

 □月○日

 戦団と提携したい企業は多い。中には共同体の息のかかった組織──ウワサでは芸能プロダクション起業を目論む
一派がいるらしい。やったところでせいぜい二流ドラマの敵役をねじ込むのがやっとだろう──もいるため、提携には
審査や調査が要るのだが
 今日、それを突破した企業がある。樋色カンパニー。主力業種は小売だという。社長は女性で、聞けば夫とは早くに死に
別れ女手1つで娘を育てているらしい。
 誘拐事件に巻き込まれ四肢にひどい障害を負った娘をどうにか治してくれないか……そんな理由で戦団との提携を求めた
女社長は、さすが商売人というべきか、さっそく私の趣味に合う贈り物をしてくれた。

 幼い少女だ。錫色の髪をポニーテールにした可愛い女児だ。
 横文字に興味があるらしいが、良く分からないらしく、無理に難しい言葉を使っては間違っている。
 そのたどたどしい口調や、間違いを指摘されたときのむくれ面がまた愛らしい。

 なんでも家族をホムンクルスに皆殺しにされたという。
 可哀想に。愛情を持って育ててやらねば。

 少女の名前は木錫という。



【事後処理班の年次総括(2005年版)】

 本来、過去の事件から発生した後発事象については、処理規約第203条第8項に定める通り、別途発行する追加総括に
おいて記載するのが原則だが、本年秋発生した激甚災害(第二次レティクルエレメンツ戦役)との関連性がとみに高く、
また、前出の災害が戦団に与えた影響の大きさならびに各戦士の関心の高さを鑑み、処理規約第204条第1項「重要な
後発事象における例外措置」に則り、6名以上の戦士長の決議を得たためここに記載する。
          
 1995年時点においてレティクルエレメンツを完全に殲滅せしめなかった理由については、秘密結社リルカズフューネラル
始め、釦押鵐目、総角主税、小札零、その他正体不明の識別コード「三叉鉾の少年」「虹色髪の法衣の女」といった様々な
不確定要素が絡んでいるため、現時点の調査ではいまだ全貌が明らかになっていないのが実情である。

 ただし、故・石榴由貴氏ならびに元総合対策本部第三室長、故・軍捩一氏の残した遺書ならびにその他の記録の調査に
より当時の状況が僅かだが明らかになった。
 イオイソゴ=キシャク。レティクルエレメンツ木星の幹部は当時すでに故・軍捩一氏の元に潜伏しており、彼を介し、199
5年における対レティクルの指針を操っていたという。
 原因となったのは、故・軍氏が、後にレティクルエレメンツ月の幹部となる人物の親族の、甚だ倫理に反した収賄を受けた
事による。あろう事か彼らは、一見童女にしか見えぬイオイソゴを物のように授受したのだ。
 これは社会規範に悖る上、重大な服務規程違反である。
 通常、戦士長以上の要職にあるものは、婚姻、養子縁組その他三親等以外の人物との同棲と認められる行為においては、
戦団の定める身辺調査および身体検査を受けた上、2か月に1度の状況報告ならびに半年ごとの生活調査を受ける義務
がある。これは言うまでもなくホムンクルスの接近を避けるためであり、三親等までの親、兄弟、祖父母ならびにこれに準ず
る血縁者についても同居する場合においては半年の1度の状況報告ならびに1年ごとの生活調査を義務付けられている。
 にも関わらず規範を示すべき総合対策本部の人物が、由緒正しき軍家が、性的な欲求に負け、注意を怠り、結果、第二
次レティクルエレメンツ戦役をごく間接的とはいえ誘引したコトは、まったく恥ずべき行為である。




【戦団男子が決める可愛い女子 〜事後処理班編〜】

○ 石榴由貴

・身長172cm ・体重48kg

・BWH 88 58 86

・チャームポイント …… 検死官なのになんでお前チャイナなんだよって言うツッコミどころ。
 あとスリットから覗く太もも。(検死後血がついてると何かエロい)。白衣との併用は男性戦士を殺す魔性の技。

 本人曰く「着ると大人っぽく見えるから」というチャイナは真赤で炎があしらわれている。

 髪は銀色。腰まである。シニヨンは2つ。オーソドックスな付け方。

 前髪はやや長め。分け目は向かって左、瞳孔の上あたりで、アルファベットのWに見える。
 わかめのようにフニャフニャした前髪は湿るとエロい。

 目は切れ長で理知的。口紅は銀。全体的にエロいが幄瀬と絡むと非常に残念な感じになる。


○ 幄瀬みくす

・身長159cm ・体重39kg

・BWH 78 51 77

・チャームポイント …… コケティッシュな黒髪ツーサイドテール。と、内にくるんくるん曲がったショートヘアー。
 モノクロなサメの帽子もかぶっている。丸い。全体的に丸い。帽子からはみ出たツーサイドテールは耳を伏せた子犬のよう。

 格好はガールスカウト。年中半そで短パン。胸のネクタイは悲しいほど平面に密着している。

 目は金色でかなり大きい。昔の少女マンガの主人公かってぐらい大きい。20歳前後なのに小学生にしか見えない。
 
 人脅すときはイルカとかマリオのワンワンみたいな口になる。非常に楽しそう。

 あと最近実用化された携帯電話とかいうのをいつも腰につけている。横向きに。

 全体的にロリだが石榴と絡むとなんだか母性溢れる感じになる。


○ 両者共用

 コミカルなドクロのピアス。石榴は右。幄瀬は左。それぞれ毎日つけている。仲良しの証らしい。



【ダイイングメッセージ】

 バレた……。色んな班の可愛いコ品定めしているのバレて参加者全員ボコボコにされた…………

(廊下の隅にそう刻まれている)



【羸砲ヌヌ行のマレフィックシリーズ ”土星編” G】

 石榴由貴氏と我輩はちょうどデジタルとアナログの関係にある。(子供っぽさという点でねっ!)
 氏は見事デジタライズされていた。ON/OFFの切り替えがうまかった。
 我輩はアナログさ。いつだって混線している。


 とにかく氏の切り替えは上手かった。根は自信のない性格なのだけれど、与えられた役割をこなせるよう、自己暗示を
かけて、社会が要求する『大人』の像を造り上げた。


 ……決して体制を乱さない、誰かにとっての『良い大人』のね。



【ある作家の手記07】

 錬金戦団時代のリヴォルハインは、後に活躍する防人衛、楯山千歳、火渡赤馬その他再殺部隊の面々とはまったく異な
る場所で戦っていた。

 事後処理班。

 一般的な戦士の活躍とはほど遠い部署だ。有名な戦士で関わった者と言えば早坂姉弟ぐらいだろうか。武藤夫妻との
激闘で負った傷を、交通事故によるものだと処理した……すぐ思い浮かぶ活動といえばそれ位だ。
 あまり表に出ない、むしろ活躍が一般社会に取り沙汰されると却って不味い役職だ。自然、他の戦士との関わりは薄い。

 ちなみに事後処理班と呼称されているが、実質的には事前の調査も手掛けている。何しろホムンクルスによる事件は、
一般的な犯罪に比べ極端に少ない。後始末が必要になる案件となれば尚。そのためいつしか戦闘前の露払い、敵戦力の
把握といった雑務も手掛けるようになった。

 かの剣持真希士も、邪空の凰の討伐メンバーから外された際、上層部の判断で一時期事後処理班に預けられていた。
その経験への自信をして、L・X・Eとの戦いの際、彼に事前調査を引き受けさしめ、結果悲劇を招いたのは皮肉であろう。

 リヴォルハインこと釦押鵐目に話を戻そう。

 事後処理班で特に親しくしていたのは、石榴由貴と幄瀬みくす。加入後すぐ打ち解けた。



【教本編纂室の打ち合わせメモ】

 ○ 信奉者について

(デスク) 改訂に伴い、実態を、より詳しく書くよう上層部から要請アリ。

↑ どうしますか?  
↑ 実話を幾つか書きましょう。 
↑ 石榴さんのどう? 
↑ 人物欄もあるし関連づけしやすい。採用。

(↓叩き台用意しました)

 石榴由貴氏。幼いころ、信奉者の父に生贄にされかけた。共同体に捧げられた。
 戦団がかけつけたときすでに兄は死亡。母は一時重体だったが奇跡的に回復。だがPTSDを患う。


↑ 父が信奉者になる前の素行も付け足し。 ← 確か呑んだくれのギャンブル狂でしたね。

 メモ:ギャンブルで作った借金を共同体が肩代わりした。その代わり彼は働かされたが給料は良かった。
もちろんそれは忠誠心を植え付けるための懐柔で、そうと知らぬ彼は食料調達によく動いた。若い女性ばかり狙った。

(デスク) 夫婦仲についても触れて。『片方だけ信奉者』は必ず冷えてる。具体例として出したい。

↑ 了解です。夫婦仲はやはり悪かったとのコトです。 
↑ 知ってる。石榴本人が言ってた。 
↑ 小さいころ両親ケンカばかりだったって 
↑ だから結婚願望なかったよな。可哀想に……。 
↑ ずっと思ってたって。『早く家を出たい』『早く大人になりたいけど、大人になりたくない』って 
↑ 矛盾してるけど分かるわ。 
↑ 戦団に助けられた後すぐ父の姓捨てたしな。 
↑ 火怡土(ひいと)だっけ旧姓。 
↑ そ。こっちのが武装錬金に合ってたのにな。”石榴”の”榴”も合ってなくはないけど。
↑ HEAT(対戦車榴弾)の武装錬金『キント・エロズィオーン』。
↑ その名の通り、精神が、子供っぽさに浸食されればされるほど攻撃力あがる武装錬金。 
↑ 理論上は火渡戦士長以上の攻撃力だった幻の最強。
↑ 極めればな。でも本人はむしろ検死官の方に才能あったし。
↑ だから大人ぶる時の方が多くて、結果、ムラがありすぎるってコトで事後処理班行きだ



                                   柔らかいころ傷を負った者の武装錬金はフクザツ。



【代議士の調書】

 なぜだ! 好きな物なら何でも買い与えた! 一流の家庭教師をつけて一流の学校に通わせてやった!
 ちょっと親しいからって粗相をした庭師の女だって屈強なボディーガード6人も使って叩きのめしただろう!

 お前が、私のいる席に来れるよう、将来愚かな連中を笑って見下せるようレールを引き続けてやったのに!!

 どうして警察に売った! みくす!!



【掲示板の張り紙】

○ 今月度の模範戦士は以下の通り。

 防人衛。石榴由貴。楯山千歳。


○ 下記の者は私・坂口照星の元へ至急来なさい。

┌―――――┬―――――――――――――――――――┐
|  氏  名  │         呼 出 理 由            │
├―――――┼―――――――――――――――――──┤
|火渡赤馬  │喫煙ならびに素行不良。                │
├―――――┼―――――――――――――――――――┤
|幄瀬みくす .│掲示板における度重なる裏情報の供与。   .│
└―――――┴――――――――――――――――――─┘

○ 今週のオススメギャンブル!!

(街の地図が貼られている。あちこちに赤い点と数字がある)

01 …… ここのパチ屋最近ケチだね。当たり台は「21」「88」「121」「359」。4つぽっち。

02 …… 八百長競馬目論んでるってさ! 大穴の5−1が儲かるよっ!

03 …… 先週の事件に関与した信奉者が潜んでる! でも戦団の偉い人が付け届け貰ってるから手ぇ出すのキケンかも?!!

04 …… ムケーレムベンベ居たって!! 本当だよ! 今週は本当だよっ!!


○ 掲示板撤去のお知らせ

昭和32年の設置以来、長らく皆様に親しまれてきた当掲示板ですが、邇来の悪しき情報供与が公序良俗にもたらす影響
を鑑み、今月末を以て撤去させていただくコトになりました。長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。


○ 撤去反対!

 幄瀬みくす参上! 誰だいったい誰なんだ悪い情報バラ撒いてる奴はっ! アチシは断固反対だよっっ!!



【交通事故の記事】

・皆神市でひき逃げ事故。

 ○日午後8時ごろ、家族と近所の夏祭りに出かけていた事故輪小矮くん(7)が、信号のない交差点を渡ろうとしたところ、
直進してきた乗用車にはねられ左足を骨折した。小矮くんは病院に運ばれたが全治2ヶ月の重傷。乗用車は現場から
逃走し警察は現在行方を追っている。


 メモが添えてある。

 驚愕の事実判明!
 何とこれやったのあんたの競争相手だった!
 おお何と意外な展開だっ! 闇に隠された戦団の暗部を見てしまった!
 しかも敵は腐っても戦士だ手ごわいぞ! 証拠隠滅は完璧だー!!
 なんと警察のお偉いさんと癒着してるもんだから捜査は実質ゆきづまり! 
 ちくしょうっ! もはや打つ手なしなのか!? 汚い! 大人って汚いっ!
 ……なぜ分かったかって? (メモにも関わらず先読みするアチシ賢っ!)
 アチシ不可解な事件、勝手に調べるのが趣味! ホム絡みってコト多いのよー、のよー、のよー。
 そ。現場にマギアーメモリアかけたの。サイコメトリーだよ? 車のナンバーぐらい楽勝だい!
 そっから持ち主割り出すなんて事後処理の基礎だよ基礎。
 ま、犯人が戦士ってのには流石のアチシもびっくりだけどね!
 
 さ、どうする〜?
 被害者は泣き寝入り。何の罪もないコが楽しい学校生活を2ヶ月もダメにされた。
 アチシはけっこう怒っているし、感情の赴くまま上層部に報告するコトだってできるよ?
 法的な証拠なら、かねてより弱み握ってる悪い警官にコピーさせたしねー。手元にある。
 守るべき子ども轢いといて朝礼で正義どーこー抜かしてるアイツの鼻明かしてやってもいい。
 そう思ってる訳なのですがっ!

 けどそれって、得・か・なー?(チラッ
 何度か共同体殲滅の功績、アイツに横取りされたっしょ? っしょ?
 アチシが失脚させるのと、あんた自身がトドメ刺すんじゃどっちが魅力的、な、の、か、なー?(チラチラ

 ほらほらー。正義貫いて出世もできるチャンスだよ?
 アチシが調査委員現場に連れてって武装錬金使えばライバルはまず失脚。
 ふふふ。どうすべえどうすべえ。
 警察に任せたら1億年光年経っても捕まらないよぉ?
 アチシだけがあんたのライバル蹴落とせる天使って訳なのさ!

 掲示板撤去やめてくれたら、協力するけど……どうかな?(ニコリ



【羸砲ヌヌ行のマレフィックシリーズ ”土星編” H】

 幄瀬みくす氏。彼女は我輩と逆だね。(子供っぽいようで大人っぽいんだ)

 社会の暗部への対処がよく分かっている。割り切りながら利用するんだ。
 出奔したとはいえ大正時代から続く代議士一家の長女。
(戦団在籍中、笑いを取るためだけに東大合格したようだよ。そんで入学式後ソッコーで退学! もったいな!)

 清濁併せ呑む交渉術をやらせたら恐らく当時の戦団一さ。

 武装錬金によるサイコメトリー。時に楯山千歳氏さえ上回る調査能力。
 それらを駆使し、相手を脅しつつエサもぶら下げて得をさせ操る。
 褒められたものではないが社会との折り合いに関してはまったく大人すぎるほど大人。

 正義と純潔を守り抜かんとする石榴氏とはまさに対極。


【ある作家の手記08】

 真面目に任務をこなす石榴由貴と自由奔放な幄瀬みくす。
 一見真逆の彼女たちだが不思議とウマはあった。



【幄瀬みくすの報告02】

 さーてやって参りました報告といいつつ日常のさまざまな悲喜こもごもを面白おかしく奏上するこのコーナー!

 ふぁーっはっはっは! どうかねこのテンション! リルカズのヌルちゃんがね、普段めっちゃ大人しくて人見知りで、いつ
もお兄さんの後ろにぴょこぴょこ隠れるヌルちゃんがね、ストレス解消かな、別荘の神社の境内でひとりやってた実況じみ
た行為が面白かったのでマネてみたのさ!! ちなみに小枝踏んで音立てて気付かれたよっ! かぁーっ! ベタだ! ベ
タすぎるぜアチシ! あとリルカズのヌルちゃんつったけど構成員だっけ? だっけ? だっけ? まあ細かいコトはいいや!
 ヌルちゃんってば顔真赤にして口止めするんだよ、可愛いねっ! でもこっちのが面白くて楽しいからそのままでいいよって
言ったら、何か急に無言なってマジック幾つか披露してくれた。お礼だね。うん。照れくさいから言葉にできないってアレだね。
そーいう時は楽しむのが礼儀だから全力で驚いて感動して、んで拍手した。万雷の拍手した。自分を肯定するの難しいからね、
人に触れて欲しくない部分見てしまったアチシには、フルパワーで肯定すべき義務があるっ! 実際実況もマジックも楽しいし!
 っての全身から立ち上らせたら、以前よりちょっと距離縮んだ。でもホント人見知りだよね。実はけっこう声大きいのにいつも
ボソボソ喋りの途切れ途切れ。ギレー。ギレー。やっぱ家のせいかね。
 ヌルちゃんち、錬金術師の界隈じゃけっこうな名家らしいし。
 しかもお兄さん……アオフシュテーエンことアオフさんは、お家始まって以来の天才。
 聞いた話じゃヌルちゃんは一族なら必ずできるコトがまったくできなくて、んで、頭の固いお偉方にアレコレ言われてるらしい。
らしい。らしい。
 うん。アホだねお偉方! アチシん家もそーだったけど家柄に拘るとかアホですわ。
 だって開祖がめっちゃ偉人とするよね? でも奥さんはフツーの人だよね? じゃあ子どもの遺伝子に含まれる偉人の要素
半分じゃん? それが子ども作ったら4分の1。要するに代がわりするごとに半減っ! 2^−(代ひく1)!!
 前の持ち主の情報99.9%記録する核鉄持ちのチメジュディゲダールことチメさんさえ偉ぶったりしない紳士だってのに
ヌルちゃんちの因業じじいどもときたらね、もう。
 だからヌルちゃんに言ってやったのさアチシ。血筋なんぞ関係ないって。どんな人だろうと頑張ればスゴいコトできるって、ね!
 そしたらヌルちゃんちょっと頑張る気になったみたい。良かった良かった。


 あ、命令のあった天辺星のアジトならヌルちゃんトコ行く前に突き止めたよ。裏に地図書いてあるんで見てネ。



【石榴由貴の日記02】

 最初にそれを書けェー! と、隣の同僚が急に怒鳴ったので何事かと見たら幄瀬君の報告書だった。
 いつものコトだ。彼女と付き合うコツは常識を捨てる、だ。
 さて本業だ。共同体に襲われた漁船の犠牲者調べなくては。






 ぷはあ。やっと仕事終わった。マグロ漁船は男だらけだねえ。半日で30人解剖したよ。
 てか読み返して思うけど、デスクワ(デスクワークの略。大人っぽい!)デスクワ中に日記描く私ってひょっとして不真面目?
「いえいえご立派ですよクク。由貴様は由貴様の人生なるべく総て形にしようとなさってる」
 食事のときミクスンはそー答えた。なにその魔女キャラ。なにその魔女キャラ。ひとりだけでやるなんてずっこい!! 

 フォークでプチトマトつつきながらリルカズの話をした。
 プチトマトつつきながらとかOLっぽいよね。大人っぽいよね! アンニュイでさ。
 そしたらミクスンが頬杖つくと効果倍増だよっていうんでやったら、うん。大人な波動が全身にくわーって広がった。
 と報告したところミクスン少尉めはドン引きしよった。貴様命じておいてその態度はなんだ! 奴めはわが脳内軍事法廷
の導きし判決により、拳でこめかみグリグリの刑に処された!
 で、週末どこで食事するーとかその服可愛いねーとか話してたらミクスンの報告書02を思い出したんで、リルカズ語った。
 軍(いくさ)のおっさん色々警戒してるっぽいけどさー、実際けっこういい人揃いだよね。ハンサムと可愛コちゃんしかいないし。
 誰が好きって話になって、りぐれさん若くてハンサムだよねっていったら、ミクスンめ、「でもあいつオタクだよ」とかいいよった。
 まあ、確かに、なんかのアニメの妹キャラのフィギュア持ってるらしいけど、妹大好きらしいけど……。
 翔吐さんは京美人だよね〜。(興奮すると体液えげつないコトになるのが玉に瑕)。
 一番私と気が合うよ。炎属性だし。あとチメさんは紳士。まじに紳士。顔はともかく心はハンサム。やばい私ってば名言吐
きよったよコレはやばい、本とか載った場合権利問題どうすればいいのかなってミクスンに尋ねたら、あいつ聞いてなかった!
鼻の穴から出たソバ引っ張るのに夢中で聞いてなかった! くそう!! 腹立ったんで口に手ぇ突っ込み(人体構造を把握
してる私を舐めるなよミクスン! 検死官なのだ!)、食道内のソバと鼻のソバ結んでやったわガハハ!

 あ。ヤバ。忘れてた。

 いまミクスンの口に手ぇ突っ込んだ私!
 食事の前に水死体の解剖して藻とかドロドロの消化物とか入ってる十二指腸に指突っ込んだけど洗ってなかった。
 ミクスンごめん!

 結果、一番ハンサムっていうかカッコいいのはアオフさんって結論に私もミクスンも達した。

 だって滅法強いもん。天才なのに所々ぬけてるのが可愛いし。





 ごめんは取り消す。そーいや水死体検分したときゴム手袋してたし、素手も検分後3回洗ってた。大丈夫だよ(キラリン



 なぐられました。大丈夫なのに……。ビビらすなってミクスン、ひどいっ!



【幄瀬みくすの報告03】

 天辺星に狙われてる釦押鵐目くんが事後処理班に配属された。

 なんでも元々戦士志望だったらしい。そーいや、ココに傷だらけで転がりこんできたとき読んだ記憶。あの中でも戦団と
の接触考えてたよね。つか油断ならぬ奴よ。Bランクの記憶消除されてちゃんと覚えてるとか病気のレベル。
 いやしかし日本支部来てから結構経つよね。1年ぐらい? 去年の今ごろは釦押くんの身辺調査してたよ。アレさ、
面倒だよねー。戦士志望はめっちゃたくさん調べられるんですぜ? ホムンクルスなスパイじゃないか、或いは信奉者じゃ
ないかって。……ぷふふ。あのさ、アチシああいう調査さ、『潔癖症のデブ』って呼んでるよケケ。だっておかしーじゃん。
上の人らアレコレ腐ってるのにさ、入れるのはキレイな戦士だよね? 自分どもは何かもう見るのウゲッってぐらいキショイ
のに、求めるのはホムと無縁なキレーで安全な奴ばっかだよね? 戦士が同棲やるだけで、恋人さ、気合入った健康診断
の4倍ぐらいある検査を1週間がかりでやるようにとか色々キビシー規則作って調査してるけどさ、上の方はときどき共同体
と癒着しててさ、でもそれ防ぐための決まりは『不思議なコトに』、偉くて賢い筈の上層部の人たちの誰も作ろうとしなくてさ、
じゃあアチシ何のために身辺調査してるんだって思うのさ。
 まー、お給料貰える限りいいけどっ!
 サビ残させたり割りに合わんコトさせるなら抵抗するよ? 『大人だろ、みんな社会の不都合にガマンしてるんだ従いなさい』
とかいう論理ふりかざす人に限って最善尽くしてないし身も削らん! ソースはアチシの家族!

 とにかく約1年の修行の結果、釦押くんは戦士見習いになった。

 座学はトップクラス。戦闘の方は……あまり体力ないみたいだね。
 ああでもナニナニ。根性はあって、倒れるまで食らいつく、か。
 うん。事後処理班向きだ。

 教官からの評判はと。アハハ。軒並み最悪!
 やばっ! お腹痛い! さっすが空気読めない偽装告発したり立て篭もり犯ぶっ殺したり色々してきただけあるよ!
 あーゴメンゴメン。皮肉じゃなくてさあ。
 うん。まあ、事後処理班向きだね。

 どこがって? それは後で説明するよっ!

 釦押くん、教官にアレコレ聞きまくったようだね。付属資料に書いてあるもん。

「どうして錬金戦団は日本その他の国家に存在を秘匿しているのか」
「どうして秘匿し政府機関の協力を仰がないのか」
「どうしてホムンクルスと人は永劫に戦い続けなくてはならないのか」

 ……。ぷ。こんなの聞きゃあ誰だって怒るよ。だって戦団ってば独占企業だもん。自分たちだけが正義ってアレだよ。国に
存在ばらしたら儲け減る訳でして。じゃあ誰がバラすのって話じゃない?
 あとね、お医者さんは病原菌皆殺しにしたりしないよ。したらおまんまの食い上げだもん。戦団もホムがいるから成り立って
るの。少なくても上の方はね、戦士たちがやる色んな戦いから生じる政治的な商業的な要素でアレコレ儲けてるの。ある意味
製薬会社にも似てるかな。現場は病気どうにかしようって薬作るよ。でも常務とかは薬売ってできた利益、株やら新事業やら
に突っ込むコトしか考えてないよ。
 さてココで思考実験!
 もし仮に「一粒飲めば未来永劫あらゆる病気を根絶する」薬ができたとして彼らはそれを作るかな? かな? 
 世界人口が50億として、一粒1000円ね。5兆円の売上を最後に世界から病気が絶滅する。
 なのでもう薬作る必要なくなります。ビタミン剤とかもね。だって栄養バランス崩れても病気にならないんだから。

 もしそうなった場合、製薬会社はどうするかな?

 倒産覚悟で社会正義を貫き、偉人となるか──…

 社の繁栄のため画期的な薬を闇に葬り旧態依然を貫くか──…

 釦押くんはどっちだと思う?
 ん? なに? 付属資料なんて指差して? ほうほう。君も似たようなコト考えてて、それもまた教官に聞いたと。
 えーとなになに。今度はどんな面白いコト聞いたのか。


(真黒な染みが広がっている。何か書かれているようだが読めない)


 ごめん。鉄板過ぎてコーラ吹いた! 
 だってだってだって、錬金術カジカジした人なら必ず通る道なんですよコレは! 
 アチシも由貴様も他の戦士も一度は考えつっぱねられた例の疑問!
 だからベタすぎてコーラ吹いた! ああビショビショだ。報告書なのに……。(まあいいや、面白いしこのまま提出)

 とにかくね、この質問の答えはノーだよ。できない。
 結論はもう聞いたよね。ウン。今の錬金術じゃ無理だよ。え? そりゃ分かってる? だからその下の質問もした?

「いまが無理ならいつできるようになりますか」
「いつまで経ってもできないという論拠は?」
「例えば300ヵ年計画を興し、各分野のエキスパートを万単位で動員し続けても無理ですか?」

 やっべ。笑いが止まらん。なにこの質問攻め。君はアホかそうじゃなきゃよっぽどの天才だね。

「最近コンピュータの発展が目ざましいですが、教官先生は10年前それ予測してましたか」
「あと教官先生は錬金術のエキスパートなのですか? 毎日帰ったあと最新鋭の研究なさってるのですか?」
「コンピュータは予想外で研究はしたコトない? なら教官先生の推測の、何を根拠に不可能と断定すべきですか?」

 いやー、あのヒゲモジャの鬼教官相手によくやるわー。新人ども全員ブルってるってのに。

「どうしてみんなやろうとしないのですか? 悲劇も戦いも終結させられる究極で唯一の手段なのに」
「どうしてみんなやろうとしないのですか? 人間は不可能を克服して進化してきた生物なのに」
「どうしてみんなやろうとしないのですか? ホム化すれば達成まで何年も付き合えるのに」

 はははは! どっちかっつうと研究班向きの話題だけどさ、これじゃ研究班に回されないよ!!
 ホム化しようとかいうのマズいよー! あはは。はー腹痛い。こんな面白いバカ見たの初めてだよっ!
 笑いをありがとねっ。釦押くん!
 確かにこいつぁ正論だ。時間かかりそうなコト解決するならホム化すりゃあ解決だ!
 奴ら長生きだし。というか死なないし!
 けど戦団がそれやったらアレだよ。不祥事だよ。……え? また下?

「達成したら帳消しなのに?」

(茶色い染みが広がってる)


 もうーーー! こいつはーーーーーーー! お茶呑みかけた瞬間にヘンなもん見せよってからにーーーーーーーーー!!
 変かって? おかしいかって? いんや逆だよ。アチシ的には正論すぎだよっ! そりゃあそうでしょうよ、達成できたならもう
誰も文句言わなくなる。戦いの必要なんてなくなる。けどっ! 正論すぎるとねえ! 却って爆笑しちゃうのよ人間はっ!
 ホンっとに! もうこの新人は! アチシ、のど苦しい! タンニンが気管支に入ったし鼻もヘンな感じ!

 多分ね。釦押くんの言ってるコトは正しい。成功すれば結果オーライ。達成まで人間1人も殺さなければ責められはしない。

 ああでも。何ていったらいいのかなあ。
 組織にはね、ルールがあるの。体裁っていうのかなあ。掲げる目的に応じてやっちゃいけないコトがあるの。
 釦押くんの言ってるコトはね、”戦力増強したいなら戦士全員ホムンクルスにすればいい”みたいなコトで、人によっては極論
だね。目的が研究でもそれは同じ。成功すれば帳消しっていうのは、普通の会社でいう、『横領したお金投資に回して儲かったら
全額返す。問題ないだろ?』だね。

 少なくても上層部はそう捉える。実態がどうかは関係ないよ。
 名分がありさえすればいいんだよ。攻撃できて、且つ、他の戦士たちの同調が得られる名分がね。

 人間ってそうだから。「一粒飲めば未来永劫あらゆる病気を根絶する」薬のような、既存の権利機構を引換券にする抜本的な
解決が来た場合、本当ムリクリな理屈つけて拒むから。
 なんで、違法行為とか倫理に悖る悪行とかやってるとね、かなりマズい。
 奴らはそこを攻撃する。攻撃するコトで、立場を守る。

 しょげないしょげない。ほーらお姉さんが肩ぽんぽん叩いてあげまちゅよー。

 元気でたかな元気でたかな?

 大丈ぶいのぶいさっ! 鵐目くんは本当、事後処理班向きだよっ!

 だって事後処理とか先行調査とかってのは規約破ってナンボだもん。

 被害者へのアフターケアのため、何やら使途不明な謎のお金ばら撒くとかー。
 急がにゃ人死ぬってとき、口割らない悪いやつに激痛の伴う強いサイコメトリーかけて速攻で情報引き出すとかー。
 4歳の男のコのお母さん殺した悪が目論む2時間後の国外逃亡止めるために、捜査に必要なハンコ偽造したりとかー。

 実情に即したコトやらなマワらんからねっ!

 だってー、規約とかー、平和なときに作られた奴だしー。
 現場の二進も三進もいかん状況に即してないモンなんぞね、アレよアレ。守らんでいいよ釦押くん。
 規則なんてぇのはね。お偉方が「前から言っていましたが現場が勝手に……」とか言い訳の場で言外に匂わすための道具
だから。もしくは現場知らんアホがたまに起こるチョッピリ大きな事故にビックラこいて膾ふーふー吹いてるアレルギーのコブ
だから。滅多に起こらんってのに規則で縛って現場に不自由な思いさせてさー、本当アホだよね偉い人ら。アハハ。

 よしココは奴らと付き合うコツをば進ぜよう!!

 まず愛想笑いはしない! 愛想笑いしといて陰であれこれ愚痴垂れるとかは最悪だぞ青少年!
 嫌いなら態度で示す! 露骨なまでに示す! 社会人としてどうなのかとかアレコレ言われるだろうがそんなのは無視っ!
 そーいうの言う奴らってのはアレだよ釦押くん。ん? お、分かってるねえ。そ、居酒屋とかで嫌な上司の陰口叩いてるのさ。
 世間はどーもそれが正しい社会人としているようだけどね、アチシはそんなのにゃあなりたくないっ!
 だってアレだよ。ホムと戦ってるんだよ。『敵に立ち向かえない癖に安全圏で毒づく』とか言うおかしな姿勢身につけてみそ?
 いざ土壇場ってときに見苦しく命乞いしかねんでしょう。

 散るなら潔くだよ! 

 アチシのお父さん代議士でね〜、アチシの友達の庭師ちゃんボコったりとか弱い人には偉ぶってたけど、いわゆる政界
の黒幕的な奴には平身低頭。ヘマして土下座してるの見たからさ、ああはなるまいって思った訳。庭師ちゃん? まだトモ
ダチだよ。ウチ辞めて行方晦ましたけどアチシは根性で探し出した。無一文で1200km駆けずり回って網走で見つけた
のが小5の冬。

 まあアチシの話はともかくだねっ、偉い奴に嫌悪を示す以上、それなりのカードを持たなきゃならん!
 ゴマすりが出来ない以上、頼るは自力、背水の陣! 
 目の仇にされてなお生き延びられる巨大な武器をね、得るの。
 そうじゃあなきゃあ、正しいって信じるコトはできないよ。


 釦押くんが描いた夢。誰もが一度は夢見るけれどブ厚い現実に阻まれ諦める……夢。


 ひょっとしたら君なら叶えられるかもしんない。
 能力どうこうじゃないよ。姿勢。誰もが常識と信じるコトを疑う気持ちを持っている。
 できると思えば会社や組織を壊してでもやり抜く衝動を持っている。

 だから偉い人との付き合いかたは大事だよ。
 取り込まれないようにね、嫌いなら嫌いつって、対抗しうる力を持つの。

 アチシの場合は情報だね。アメとムチ。

 釦押くんの場合は何だろね。

 まだ分からないけど、武器は巨大な方がいいよ。

 とーーーーっても巨大な武器があればきっと、願いも叶うよっ!!



【石榴由貴の日記03】

 シトドンと名付けよう。

 食事の席で開口一番そう言うと、ミクスンはずっこけった。
「いや何が?」というので私は椅子に片足を乗せ声高らかに指差した。「シトドン!」。
 釦押鵐目くんのあだ名ね。あだ名。怪獣みたいでカッコいいと思うけどミクスンはどうかな?
 ……。結局またコメカミを拳でグリグリする羽目になった! だってあのやろ微妙な顔するんだもん!
 そしたらシトドンが私のコト「由貴様」と呼びよった。ぐぬっ。ミクスンだけに許してる様付けをソッコーでやるとは! きみ
空気読めない奴だろ失礼だな! ……ジュルリ。か、顔はいいけど、中身が残念ってなんかいいねよね。ギャップがいい。
 というか。ミクスンー。何で私由貴様なのよー? これじゃ女王様みたいでやだよーーー。ミクスンのコトこきつかったりして
ないでしょー。ヒマなとき肩モミモミしてあげてるしー、買い物行ったら必ず荷物持つしー、友チョコだって毎年一番にあげてる
のにーーー。なんで様付けなのよーーー。むぅーーー。
 ……え? 色々やってくれてるコトへの敬意? 
(ヤバっ。嬉しい。でもあんま喜ぶと後でいじられる! 冷静になるのよ私! 切り替えっ!)

 先日幄瀬君が見つけた天辺星のアジトだが、残念ながら蛻の空だった。
 ……そうだね。リルカズのヌル氏と遊んでたのがマズかったね。突き止めたらすぐ戦団に報告しようね。

 という訳で天辺星捕獲の作戦を練った。
 この1年、鵐目くんについては、戦士の訓練を積んでもらいつつ、ちょくちょくと泳がせて喰いつくのを待っていたのだけれど、
どうも引っかからない。
 更に、糸罔部隊の調査によると、例のレティクルエレメンツとかいう共同体が天辺星と接触したという。

 レティクルエレメンツ。最近妙に活発な中型共同体。
 幹部はこの1年で2人増えて9人。もし天辺星が10人目になったとしても、人数的にはさほど脅威ではない……。
 というのが軍(いくさ)第三室長の見立てだが私は違う。

 ちょうど鵐目くんからレティクルとは何か質問があったので、私の記憶を整理する意味でも説明した。

 まず彼らはいま、勢力を拡大中だ。
 例えば「邪空の凰」という飛行集団。レティクルの翼ある幹部が首魁に収まったと聞く。
 同様の例は各地で起こっている。戦士たちが討伐しにいった共同体がすでに引き抜かれどこかへ消えているなんての
はザラ。その行方を追えば必ず行き当たるのが

《ウロボロス》

 だ。ウロボロスの刺青のある隻腕の男……または少女の接触があったという。

 直接気になるのは2つ。あと別件で1つ。

 まず気がかり1つ目は。
 共同体を吸収しているコトそのものじゃない。共同体が、吸収に応じているコトだ。
 この2つは似ているようで違う。普通、共同体は戦士の捕捉を恐れ闇に潜む。だから見知らぬ、幹部が2桁いるかいない
かの中規模共同体の誘いにはまず乗らない。だいたい共同体などというのは、山賊や海賊みたいな荒くれ者の集まりだ。
 戦士に捕捉される危険を冒してまで他の傘下には入らないのだろう。
 軍第三室長はこの件について「烏合の衆だ、放っておけば自然分裂する」などと言っているが、彼の言い草が当たった試しは
古今ない。言い換えれば逆張りすれば必ず当たる。逆張りこそ事後処理班の流儀だ。
 ゆえに戦力の合流は警戒しよいう。
 レティクルには、吸収されても構わないほどの魅力……私たちにとっては危険性か。それだけの危険性があるとみるべきだ。
 特に、盟主がいわゆる「ホムンクルスの王」並みのカリスマを持っていた場合、大変まずい。
 戦力はいま以上に膨らむだろうし、士気だって格段に跳ね上がる。
 念のため、こちらも戦力増強を図る必要がある。

 というかしておいた。

 越権だが、私から直接犬飼戦士長に具申したところ即日で1人まわしてくれた。
 というと幄瀬君はたいそう喜んだ。そうだね。ありがたいね。人数の問題じゃない。現場の危惧にすぐ応じてくれたという
事実そのものがありがたい。戦おうという気持ちになれる。さすがは犬飼戦士長だ。軍氏ではこうはいかない。
 補充人員は新人だが、どれほどダメージを受けても高速自動修復で回復するいわば期待のルーキーだ。戦闘向きだ。研
修もかねて回してもらった。戦部……だったかな。武装錬金は十文字槍。3つある対策班のどれか1つで今日から活動開
始だ。
 軍氏は怒るだろうが、なるべく早く手を打っておかないとマズい気がする。後手に回ったとき死ぬのは戦士だ。
 私はね、検分したくないんだよ。
 現場や市井で毎日毎日だれかのために命を張り懸命に生きている彼らの死骸など……。
 絶対に検分したくない。
 人は検分によって敵の情報を掴む私の手腕を評価しているようだが、あんなものは感傷にすぎない。壊れてしまった皿の
破片を写真に収めて眺めるような行為だ。もうどうしようもなくなった物に未練がましく喰い付いて、犠牲にそれらしい価値を
見出そうとあがいているだけなのさ。犠牲は、犠牲だ。なくなったものは帰らない。どれほどの功績の礎となろうと帰らない。
 分かっているさ。分かっているつもりだ。それでも少しでも彼らの途切れてしまった人生を未来に結び付けてやりたい。私は、
そうするコトでしか過剰すぎる感傷を晴らせない。……生きてる者の勝手な理屈と死んだものは怒るだろう。

 それでも私は釦押くんにいった。

 君はこれから戦いに巻き込まれていくだろう。だが死ぬな。何があっても生きろ。

 と。

 顔見知りの検分はしたくない。
 付き合いの長さは問題じゃない。生きて動いているのを見ていたのならダメになる。
 ダブるんだよ。開いた腹の横、冷たく添えられた手に。生前やってた何気ない仕草が。
 生きていたのを知っている人の内臓をかき回し、冷然と様子を書く。
 …………辛い気分だ。それが嫌だから私は検死官の癖して事前に備える。

 軍氏がそれをできないのは、死を書類でしか知らないからだ。

 やや感情が交じった。

 レティクルについてもう1つ気になるコトは。

 私たちとは別口で動きを探っていたリルカズフューネラルの構成員が1人、行方不明になったという。

 ライドンライタイ=シンコォ=ハジンモカ=トゥハイ。

 私たちも探しているが消息は沓として知れない。消されたのか、それとも──…


 更にレティクルとは直接関係ないのかも知れないが。
 奴らを追った戦士から、しばしば妙な報告が上がってくる。
 不審人物を見かけたというんだ。
 2〜3件なら気にしすぎだろうと笑って済ませられるが、何十件と重なり、しかも風体が一致するとなると、これはもう調査
する必要がある。どんな奴らか?

 三叉鉾を持つ若い男。
 虹色の髪の法衣の女。

 以上この2人だ。

 攻撃こそしてこないが遠巻きに様子を見ているという。
 会話もせずそこにいるだけというのは、たとえ現状無害といえど気分のいいものではない。
 どうにかコンタクトを取り、協力体制を築けないものか。


 その辺りも含め、今後はとりあえず当初どおり天辺星の追跡に力を入れる。
 と会議を終わらせかけたとき更にもう一報入ってきたので追記する。

 例の認識票の男。リルカズフューネラルに拾われた金髪の美丈夫。
 記憶喪失だという彼の体に突然ウロボロスの刺青が浮かび上がったという。
 レティクルの関係者だろうか? 

 至急、幄瀬くんを向かわせた。
 サイコメトリー能力、マギーアメモリア。
 前回かけた時は何も見当たらなかったが念のため調べておこう。




【ある作家の手記09】

 1995年の決戦。

 リヴォルハインが転機を迎えたこの戦いは実に複雑極まるものだった。

 形の上では、レティクルエレメンツを錬金戦団とリルカズフューネラルが協力し斃した。
 だが実際には戦団とリルカズの間にも亀裂はあった。

 原因はヌルという少女だ。有名なアオフシュテーエンの妹にしてのちの音楽隊創設メンバー小札零。

 彼女を巡る策謀の数々をしてレティクルは正史における全滅の運命を回避した。

 正史。そう、本来の歴史において彼らは1995年消え去った。
 いまだに信じられないという声があがっているが、いま、我々が生きている時系列は、言ってしまえばイレギュラー且つ副
次的な平行世界なのだ。

 武藤ソウヤが過去に行き真・蝶・成体を斃したコトにより未来は変わった。

 西暦2208年の『王の大乱』。

 マレフィックアース・ライザウィン=ゼーッ! こと勢号始の誕生。

 本来起こりえなかった凶事が続発したのだ。

 のちのウィルこと星超新もまた歴史改変の象徴だ。祖先が真・蝶・成体に殺されていたため正史では生まれなかった。
 数々の出来事を経て、彼は決意する。歴史を変えると。

 だが武藤ソウヤならびに羸砲ヌヌ行、ブルートシックザール=リュストゥング=パブティアラーと、勢号始が繰り広げた、
宇宙と次元を揺るがす未曾有の大決戦は時空の準則を砕いた。

 全時系列を貫き無限のブラックホールと、生命の因果律の具現たる光円錐を統率するスマートガンの武装錬金、アルジェ
ブラ=サンディファーは勢号始が今わの際、虚数軸に移した電波兵器Zの武装錬金『インフィニットクライシス』の”ある付帯
品”ならびに宇宙背景放射によりその機能を著しく制限された。加えて、インフィニティホープという、星超新の武装錬金が放
つ重力波に擾乱され、万全なら如何なる時系列にいようと、それを辿り、捕捉できた筈の彼をまったく見失った。

 これだけ描けば星超新は改竄者としてひどく恵まれていたように受け取れるが内実は異なる。
 
 アルジェブラ=サンディファー。
 インフィニットクライシス。
 インフィニティホープ。

 いずれも単体で世界を虚無に還しうる神話級の武装錬金が、相互に影響しあった結果、スマートガンが記録せし万物の
光円錐は、その外郭……過去ないしは未来に向かって広がりうる光球の断面の最大面積が作る、光速の境界の存在確
率ならびに時空への干渉領域の限界を、虚数軸から散発的に来たる絶対零度の宇宙背景放射にランダムかつ幾何学的
に歪められ、かつ、星超新の放つ重力波、重いニュートリノの超対称性パートナーのエネルギーによるインフレーションが時
間と空間に励起した、光の振幅さえ変えうる”さざ波”の影響で、(光円錐は)器たる三次元空間および当該時系列そのもの
が軋む過大な『ストレス』の影響を常に受け続けた。

 錬金術史は羸砲ヌヌ行、勢号始、星超新の3名を改変後世界の『三柱』としている。
 或いは三原質。順に塩(肉体)、硫黄(霊魂)、水銀(精神)とする者もいる。
 柱または原質となり彼らは世界を創ったのだ。
 まったく人智を超えた激甚の極相というべきこの事象、総て星超新という少年を基点にしていた。

 勢号始は守るため。
 星超新は自らのため。
 羸砲ヌヌ行は追尾するため。

 超弩級の武装錬金3つが、範囲という形而を遥か凌ぐ、因果という観点において、たった1人の少年を目指し錯綜した
結果、彼は特異点と化してしまった。一方、たった3つの知的生命体に137億年培った宇宙則を乱されたあらゆる物質は
あたかもホムンクルスに喰われた人格が食人衝動に駆られるよう、元に戻らんと運動し、結果、時空は前述の『ストレス』、
光と虚と波の創る概念的な壁とひしめき始めた。時空震の進行である。厖大な原則と極選の恣意がプレートのごとくせめ
ぎ合った。宇宙は非常に不安定になり、改変が行われるたび、より反発を強めた。そして限界を超えるたび、アルジェブラ=
サンディファーの騎虎となり特異点たる星超新に攻撃を仕向けた。因縁浅からぬ刺客を送り込むのだ。

 よって星超新は歴史上、直接その手で『4つ以上』改変ができなくなった。

 特異点である彼は、自らも重力波を放つため、時空や物質に注目され、反発を受けた。
 反発とは人為的な意味のものではない。肥大するプレートに接触された地盤の地質学的な解釈である。
 波は、星超新との距離で変化する。近ければ近いほど波長は縮み、濃密になる。
 よって光と虚と波の創る概念的な壁は厚くなり、宇宙則との対立を強める。
 そのうえ更に改変を行うというコトは、接触する宇宙則の壁を破り冒す行為である。
 つまりただでさえ虚数軸からの放射に揺らぐ光円錐が一段と不自然に揺らぐのだ。
 すると羸砲ヌヌ行の探査が及ぶ。探査の分、宇宙則は乱されるが、同時に、星超新に対する反発力も強化される。
 ストレスが溜まるのは言うまでもない。
 それが『4回』。4回起こると宇宙則は星超新の元に、『もう1人の特異点』を送り込む。
 彼らが僅かでも接触すると、星超新は決定的な時空震に冒され、改変をご破算にされるどころか世界もろとも消し飛ぶ。

 だが、彼は死なない。ただ戻るだけだ。改変を決意した2305年時点に時空を越え巻き戻るだけだ。
 なぜそうなるのか? 彼の光円錐もまた虚数軸にあるからだ。厳密に言えば彼の遺伝子情報が、インフィニットクライシス
という勢号始の精神の一部に組み込まれている。
 これは彼女自身も予期せぬ出来事だった。
 肉体の崩壊とともに起こった相転移は、星超新の光円錐を引き剥がした。それと連なる一部にして別個の物質が勢号始
の肉体の中にあったのだ。ある細胞と融合中だった彼の遺伝子情報は、光子たる勢号の形質をも受け継ぎつつあった。
よって相転移によって急激に膨張する新しい真空と化し、かつ、母胎たる勢号、古い真空から次々に埋めゆくほかの新しい
真空と衝突を重ねた結果、大本たる星超新本人の光円錐をも引きずりながら高速で次元の壁に衝突。これを破砕し、虚
数軸に至り、ゆらぐ電波兵器Zの一部と化した。
 ゆえに時空震が起こった場合、星超新は粉々にされたうえ時系列から弾き出されるが、虚数軸を通り復元され、2305年
時点……勢号始の死に時間遡行を決意した瞬間に巻き戻る。

 難しい話が続く。私自身少し頭を休めたい。
 そもそも、だ。
 リヴォルハインを追う私がどうして星超新という仲間その6程度の人間のためココまで難しい話を書かねばならないのか。

 仲間その6が、2305年時点に戻るのは、ひらたく言えばそこがセーブポイントだからだ。
 前述の勢号始の『相転移』という事象の重大さを考えれば何となく分かると思う。
 羸砲ヌヌ行もまた、星超新という『記憶』を得た。
 虚空の彼方へ飛び去りつつある光円錐を見たのだ。
 彼女はあらゆる歴史改変を記憶し、ロードし、元に戻すコトができる。いろいろ科学的な仕組みもあるが、要するに、ブラ
ックホールをメモリーカード代わりにして、万物の光円錐のデータを記録するのだ。
 だが、星超新の光円錐は虚数の彼方に消えた。うん。楽になってきぞ。キャラデータをセーブしようとしたら停電してどっか
行ったという感じだ。適当だがいい。だって私は星超新よりリヴォルハインの方が好きなんだ!
 同時に、時系列というビッグデータにエラーが生じた。上書きしようにも、必要な領域、星超新の光円錐分のメモリーを、
ソフトウェア的にではなく、ハードウェア的な意味で持っていかれた。
 どれほど性能のいい記録媒体でも、部品を千切られれば故障する。
 よって無敵に近いアルジェブラ=サンディファーでさえ、彼の改変を上書きで消せなくなった。
 それが直感で分かったのだろう。
 羸砲ヌヌ行は、セーブ前一瞬見えた星超新のデータを必死になって脳裡に刻み込んだ。追尾のために。それに必要な擬似
的な光円錐を構成するために。
 武装錬金的にはセーブできていないが、『印象深い』『忘れてはならない』という、因果律な意味ではセーブポイント、運命
の分岐点だ。
 星超新自身にとってもそうだ。勢号始たった1人を蘇らせるべく歴史改変を……どれほどの決意か。
 というか偉いな仲間その6。恋人のため数千年さまよったのか。
 ちょっと感動したんで今度調べて本を書いてみよう。書けば不思議な話で好きになる。彼もそうかもだ。
 よし筆業30周年の自伝本書いたらどっかの出版社に話もちかけよう。いま読み返したけどさして好きでもない奴につい
てアレだけ書けるんだ、ガチでやれば行けるだろうこれは。ウン行ける絶対行ける。
 楽しくなってきた。その楽しさをくれたのはリヴォだ。いい奴だ。好きだ。

 どれほど試したのだろう。
 直接的には、3つしか改変できぬと知った星超新は──加えて改変には様々な制約があった。時空震の引き金となる刺
客の少年を抹消できなかったのもその理由による──思案の末、レティクルエレメンツの利用を考える。
 もちろん彼らを生存させるのにも手間取った。幾度となく失敗したのだろう。やがて彼は、抜本的な解決を思いつく。
 戦国時代に飛び、代理人を立てた。イオイソゴ=キシャクこそその人物だ。
 伊賀の薬師時天膳の娘たる彼女は実によく動いた。星超新の手足となり様々な改変を行った。
 時空震は間接的な改変については関知しなかった。理由は様々だが、人を使い、かつ直接的な示唆を行わない場合、
宇宙則はストレスを起こさなかったし、羸砲ヌヌ行もまた察知できなかった。そこまで気付くまで星超新はどれほど失敗した
のだろう。言われているほど時空改変も楽ではないのだろう。まるで無理ゲに根気よく付き合うマゾである。
 しかしイオイソゴの助力を経て500年単位の仕込みをしてもレティクルエレメンツ、いっつも全滅した。
 弱っ! と誰もが思うだろう。だが違う。相手があまりにも悪すぎたからだ。

 ヌルの兄。アオフシュテーエン=リュストゥング=パブティアラーはあまりに強すぎた。
 レティクルの盟主・メルスティーンはバスターバロンの右腕を斬り飛ばす怪物だが、彼でさえ正史においてはアオフに負
けた。

 そんなアオフ率いる秘密結社、リルカズフューネラルと錬金戦団の結束を断ち切りレティクルエレメンツを生き残らせる
鍵こそ……ヌル=リュストゥング=パブティアラーだった。

 策謀のためイオイソゴは戦団の軍捻一を懐柔した。

 そのせいだ。
 石榴由貴、幄瀬みくす、そして釦押鵐目ことリヴォルハインの運命が狂ったのは。

 陰謀は成功した。星超新の虚数軸の光円錐の大破と引き換えに。

 ヌルは覚醒した。そして星超新1人に時空震を押し付けるコトで辛うじて均衡していた、虚数電波と光円錐破綻と宇宙創成
クラスのインフレーションが織り成すストレスと、宇宙則に従う全物質の反発を、時空の膜ごと彼我の区別なく綯い交ぜに
して根本から叩き折り、11次元俯瞰を持って虚数神域を隔離した。不壊不滅だった星超新を殺せるようにしたのである。

 ……。

 なぜ早坂秋水は彼女に勝てたのだろう。刀一本でどうこうできる相手なのかアレは。

 7色目。禁断の技。1995年の決戦で用いて以来、使用を固く禁じていたという。

 私が、リヴォルハインの言動の中で特に”彼らしい”と思うのは、ヌルの、小札零の、恐れてやまない7色目・禁断の技を、
平気で敬い目指していた所だ。

 ただでさえおかしかった時空をより混沌に突き落とし、勤勉な星超新さえ怠惰に貶めたあの技を。勢号始というマレフィック
アースの加護さえ断ち切り、虚数軸にさえ進行し、星超新が死んでも2305年へ帰還できぬようした破滅的な力を。

 リヴォルハインは欲しがっていたし超えようとした。

 とにかく。

 彼女の兄。そして自分がマレフィックムーンだとさえ知らなかったフル=フォースこと総角主税。

 彼らとリルカズフューネラルの頤使者(ゴーレム)たちがヌルを基点に動いていたように。

 リヴォルハイン、石榴由貴、幄瀬みくすたちもまた間接的にとはいえヌルの命運に動かされていた。



【羸砲ヌヌ行のマレフィックシリーズ ”土星編” I】

 1995年の決戦は、これまで見てきた人物たちの殆どが巻き込まれた一大決戦だった。

 総角主税が音楽隊を結成するきっかけであり。
 小札零は兄を亡くし、旅を始め。
 鳩尾無銘は……生まれる。

 メルスティーンもウィルも、グレイズィングもイオイソゴも、ディプレスも、それぞれの戦場を駆けていた。

 デッド加入は敗戦後で、ブレイク、リバース、クライマックスはまだ人間として過ごしていた。
 彼らの座位にいたのは『先代』たち。
 中でも冥王星の幹部は、2305年時点で私たちと戦いブラックホールに飲まれた筈の……LiST。

 ライザウィン? 光子だからどこを飛び回っていたやら。

 リヴォルハインの先代……ミッドナイトが異常をきたしたのもこの頃だ。

 音楽隊加入後ほどなくして彼女と戦う栴檀貴信はまだ学生で、栴檀香美と鐶光に至っては生まれてもいない。

 そして我輩とソウヤ君もまたこの戦場にいた。
 長い旅だった。
 2305年からウィルを追い、戦国時代に飛ぶもウィルを見つけられず、

 行方不明だったリルカズフューネラルの構成員と出逢い、マレフィックの1人と交戦し、そして小札零の起こした七色目・
禁断の技の影響を被り──…

 長くなりそうなので割愛しよう。

 この戦いでリヴォルハインは何をしたのか? 今の本題はそれだからね。


【軍捩一の日記 02】

 ◇月▲日

 ワシの趣味は彫り物だ。河原などで見つけた適当な石にノミを入れ、クマなどの置物を作る。
 幄瀬などは「理解不能」という顔をしているが……風流を解さぬ馬鹿め。

 ◎月□日

 今日も散歩中に手ごろな石を拾った。さっそく持ち帰り木錫ちゃんの目の前でノミを入れたところ、さっそく興味を示して
くれた。やってみたいというので、後ろから手を取り教えてあげた。いい匂いだった。

 できあがったのはカエルの置物だ。ワシと可愛い木錫ちゃんの初めての共同作業だ、大事に取っておこう。



【石榴由貴の日記04】

 例の認識票の男の検査が終わった。幄瀬君の話によると、断片的だが色々見えたという。記憶喪失が治りつつあるの
か? しかしそれで却って謎は深まった。というのも、彼の記憶にはほとんど思考が伴っていなかった。普通マギーア・
メモリアをかけたモノは、知的生命であればいわゆる心の声が記憶と共に再生される。にも関わらず件の認識票の男は
その人生の大半まったく何も考えていなかった。そのくせ目撃した光景ときたら、騎馬武者たちの合戦や着物姿の町人
たちの太平や明治11年の京都大火、空襲といった様子で場所も時代もバラバラだ。
 ちなみに軍氏には伏せているが、彼がホムンクルスなのはリルカズの第一報で分かっていた。コレに関しては別段今回
が特別という訳ではない。彼らは、例えば、非人道的な実験の被害者のような、望まずしてホムンクルスになってしまった
連中を見つけては食料の作り方を教えたりと色々世話を焼いている。検死官の私としては、夢みたいだとは重々承知して
いるが、ホムンクルスとの共存共栄を夢見ずにはいられない。彼らは無尽蔵に増殖しうるのだ。いつまでも討伐討伐の一
本槍ではこちらの方が参ってしまう。内臓の病気から生じる皮膚病をステロイドで抑え続けるようなものだ。強く、楽で、確実
に思える手段は時として骨などを蝕み中毒をも起こす。

 根本的な解決を考えない限り、戦士はいつまでも犠牲になる。
 私はやはり嫌なんだ。見知った人の死因をいかにも冷然とリポートするのは。見知らぬ人でも検死中ふと「どんな気持ち
で戦っていたのだろう」と考えるとダメだ。専念できない。そういう時間が来なくていいようする術……あれば私は身命を与え
てもいい。死を見てきたからこそ生きるべきだとは思う。難病に罹っても最後まであがく責務が検死官の私にはある。
 だが、そういった慣習的な概念さえ粉砕する次元違いの解決法があるのなら、生の義務を捨ててでも賭けるべきだ。

 戦団の上層部は、慣習だけを守っている。純粋な意味の正義はない。彼らを知るたび私は幻滅している。母が二度と立
てないほど心を砕き、いつも周りのコトを第一に考えていた優しい兄を無慈悲に殺したこの世の中の摂理を変えたいから
私は戦士になった。だが上層部は例えば軍氏のような『事なかれ』の連中で、旧套に甘んじ、時にはカビ臭い陋習を守る
ためだけ戦士たちに死ねという。
 彼らと折衝するたび私の柔らかい、純粋な子供の部分がどんどんすり減っていく。私に限らず誰もが、そうやって日に日
に汚れて大人になっていくのだろう。大切な、青春時代に覚えた燃えるような感覚を忘れ代わり映えのしない退屈な日常に
埋没していくのだろう。

 そうやっていたずらに年月だけを重ね、何も成せないまま、老後、スズメの涙のほどの恩給だけ頼りに細々と生きていくの
は……嫌だ。そうなるぐらいなら、まだ心に子供らしさがある内に、ミクスンとかシトドンをミクスンとかシトドンとか呼べる内に、
命を賭けて、大人どもの作った、まったくどうしようもないほど馬鹿馬鹿しい『壁』を壊し、少しでも未来を良くして散る方が、
格好というものがつく……とか考えるあたり私もまだまだ幼いな。それでも母や兄、私がこの手で検分した多くの戦士たちの
魂は、どんな形でもいい。誰もが笑って暮らせる安全な未来、私のような職業が御手透きになる時代を作る礎にしてやりたい。
 でないと、彼らが何のために死んだか本当に分からなくなってしまう……。

 ホムンクルスという慢性的な病。そろそろどうにかすべき時期に来ている……私は考えている。
 薬や手術といった強制的な手段を用いるのではなく、もっとこう、錬金術の体質的な部分を改善すべきなのだ。

 ゆえに私はリルカズフューネラルのホムンクルス保護を黙認している。これは幄瀬君や釦押君、他の事後処理班も
同じだ。
 話が逸れた。とにかく認識票の男だ。ホムンクルスである以上、長久の時を生きていても不思議ではない。
 問題なのは、記憶を完全に取り戻したとき、私たちの敵になるかどうかだ。
 レティクルとの戦いは近い。天辺星とて斃さなければならない。
 私たちの戦力は厖大なようで逼迫しているのだ。
 もし認識票の男が敵になるなら早めに斃したいところだが──…



【幄瀬みくすの報告04】

 ところであの人、人間型みたいだねっ! 胸から下げてる認識票、あれね、武装錬金。調べたらビンゴだったよ!
 でもこれといった攻撃とか特殊効果ないんだよねー。アチシのマギメモちゃんのサイコメトリーでもコレといった戦いは見
えないし。どうも生まれからずっと発動しているみたいなんだけど、使われてはいない。
 グムム。なんじゃらホイだよ。

 武装錬金の特性はその人の出自とか性格を色濃く反映するけど、あの人にはまだそういうのがない……。
 なのに闘争本能の具現たる武装錬金を発動してるって…………妙だね。
 まるで『誰か』が発動する命じたみたい。……あはは。マギメモちゃん持ってるアチシが「みたい」っての無責任かな!
かな! 読めって話だよねー。

 ちなみに武装錬金は1つでした。うん。認識票は1枚で、他に核鉄なし!



【ミッドナイトの伝令ver1.01】

 ケヒヒ。たおした、たおした。霊獣をたおしたよ。

 無銘と呼ばれる、呼ばれる、伝説の霊獣を、LiSTお兄ちゃんと、たおしたよ。

 ほめて、ほめて。いったらイソゴお姉さんが、頭なでなで。くしゃくしゃクシャクシャ。いい。
 嬉しい。楽しい。ハッピー。

 日本語にすれば無銘という霊獣、伝説。リルカズのアオフシュテーエンの家が、代々あがめる。あがめる。
 ライザさまがとけてる、とけてる、マレフィックアースの存在おしえた、おしえた、とてもかしこい、伝説の、獣。

 ロバ型の、獣。

 強い、強い。だけどとっても、悪い奴。

 ビョーキを撒いた、撒いた。100年ぐらい前、グレイズィングお姉ちゃんの患者さんたち、ダメにした、ダメにした。

 むー。なんという悪い奴。せいばい! せいばいだ! 

 たおした。たおした。LiSTお兄ちゃん、一瞬、ちょっとおどろいた。おどろいた。なぜだろう? 
 なんかみつけた? みつけた?
 わかんないけど、メルスティーンお兄ちゃんのいうとおり、無銘の、ロバの、細胞とって帰った。
 無銘、ロバ。
 刀、ちがう。無銘、ロバだけ。ウィルお兄ちゃんたち、そういってる。

 でね、でね。

 帰り道、子犬さんとあった、あった。
 ちっちゃいのに、あちこちボロボロで泥だらけ。

 子犬さんがワタシをみた、みた。キューンと鳴いて、よってきた、よってきた。
 かわいい。子犬はかわいい。
 だっこした。なんだかとても、懐かしい。
 子犬もきゅーきゅーないてワタシ見る。
 あったの? あったの? ワタシ昔どこかであったの? わかんない。
 記憶、ない。
 ワタシ、もとは2305年にいた、ウィルお兄ちゃん、いってた。

 ビストバイお兄ちゃん、ハロアロお姉ちゃん、サイフェお姉ちゃん。

 みんなと一緒にライザウィンさまの部下だった。四兄弟。ゴーレム。
 まだ製造中のワタシ、お兄ちゃんたちとおしゃべりした。完成後あそぶ。約束、約束した。
 ライザウィンさまも、ときどき、きた。きた。
 たたかえ、たたかえといった。

 ……? だれか、他にも、いた? そんな気、する。
 ちっちゃくって、かわいい、弟のようなの、いた?

 …………わからない。

 とにかく悪い奴きた。武藤ソウヤと羸砲ヌヌ行とブルートシックザールきた。
 お兄ちゃんたちとたたかった。たたかった。静かになった。
 みんな来なくなった。ワタシ、ひとり。ずっと、ひとり。
 たくさん、すぎた。明るくなって暗くなって、たくさん、すぎた。
 動けるようになった。探した。でもいない。お兄ちゃん達、いない。さびしい。
 泣いていると、ウィルお兄ちゃん、きた。一緒にいこう、そういった。
 そこからよくおぼえていない。長い。長かった。いろいろあって、だから忘れた。

 ごめんです子犬さん。
 だっこしたけど……。
 ワタシ、あなた、どんな子犬か、わからない。

 おろした。おろした。でも、あとを、トコトコトコトコついてくる。
 かわいい。きゅんきゅん。ワタシうれしい。たのしい。でも任務中。ショボボン。連れていけない。いけない。
 LiSTお兄ちゃんがいった。コッソリ飼えばいいのです。……名案! 名案!

 でもこれはヒミツ。ヒミツ。アジトに連れて帰ってきたのはヒミツ。
 報告した。した。けどナイショ。ヒミツ。ヒミツ。
 ケヒヒ。ワタシ狡猾、世間はいう、いう。ワル知恵まわる、まわる。
 絶対バレない。ワタシの部屋にいるなんて、バレない。
 ベッドの下で飼ってるなんて絶対バレない。
 でも、報告、する。ワタシ、いい子。いい子。

 ワタシこれ書いたら、子犬さんとあそぶ。あそぶ。

 かわいいチワワさんと、あそぶ。



【ハズオブラブの代筆 壱】

 ひえええーー!! グレイズィングさまに大変難しいお仕事頼まれてしまいましタ!
「忙しいから代わりに報告書あげてねん」ですっテ! そんな、ミーのようなダメっこ自動人形にそんな難しいお仕事……
できませン……できませン…………。どうせインクぶち撒けてグレイズィング様のお手を煩わせてしまうのでス…………
 ぐすン。ごめんなさいごめんなさイ。生きていてごめんなさイ。報告書ひとつまっとうに書けずごめんなさイ…………。

 あ、あと……その、意見具申、いいですカ? ミーはグレイズィング様と意識を共有しているわけでして、あのそのう、ミー
が報告書代筆しても、実質的なご負担…………変わらないのでハ? ……ひン! わき腹小突くのはやめてくださイ!
え、相変わらず鬱陶しくてジメジメした武装錬金ダ? い、いやその、ミーはグレイズィング様の精神の一面を投影したモノ
でしテ、つまりエログロ極まりない変態女医さまの隠れた良心といいますカ、意外な一面といいますカ……。むぎい。鼻フック、
鼻フックですカ。痛いデス痛いデス。わ、わかりましタ、報告書書きますかラ、一生懸命心を込めて書きますかラ、許して
下さイ。

 かかかッ、書く以上、落ち着きましょウ! 深呼吸デス! スーーーーーーーーー! ハーーーーーー!!

 さあ書きましょウ! 頑張りましょウ! ファイトでス、ミー!

 グレイズィング様は純愛映画とか家族映画見てはワンワン泣くタイプです!

 …………。

 うんぎゃあああああああああああああ!
 よよよ余計なコト書いてしまいましタ! どうしましましょウ! 報告というか暴露デス!
 ででで、でもでもっ、ミーの創造主さまはえっちいコト無しなプラトニックな恋人たちが結ばれる様子とカ、子供たちが親御
さんと再会する映画とか大好きでス。ファニーゲームとかミスティックリバーとカ、救われなイ、狂気と暴力の支配する映画
ハ、一見大好きそうですガ、実のところ大嫌いなのデス! 
 おっ、ディプレスさんが来ましタ。覗きこんで……なになに? もっと書けデスって? わかりましタ!! あれですヨ! ミ
ーの創造主さマ、本当は優しくて純粋なのに色々誤解されがちデス! それを解くための親睦の書と致しましょウ! 
 頑張りまスヨ、ミー!

 暴力映画は嫌いですガ、スプラッタホラーは大好きでス! 『なんでソコ斬って大量出血するんですの』とか何とか大笑い
してマス。怖い化け物がニンゲンおっかける場面とかはエキサイトですネ。行け! やれ! おしい!! などと、野球観戦
に興奮するOLのように凄まじく盛り上がってマス。ニンゲン喰われる場面は紅茶やスコーン召し上がりながら見てマス。

 あ、イソゴさんデス。お早うございますデス。え、コレですカ、ミッドナイトさん達、現場組からの報告書を精査シ、より戦略的
な観点から作戦進捗率ならびに修正計画、今後の指針をまとめ上げる報告書デス。……グレイズィング様のプロフ、関係ある
か……ですっテ? ムムー? …………ありませんネ。はイ。すみませン。


 イオイソゴ追記。

 ”あおふ”率いる”りるかずふゅーねらる”が遂に出立しおった。
 正史どおり我々の”あじと”を目指すのじゃろう。
 というかぐれいずぃんぐ! 横着するでないわ! 
 自動人形をば指嗾(しそう。そそのかすコト)するも自ら書いて擱筆(かくひつ。筆を置くコト)するも手間暇まったく同じでは
ないか!!

 あのな! わしは! わしはな! いま戦団に間諜として潜り込んでおるのじゃ!!
 軍(いくさ)とかいう、あの、ぼでぃこん野郎にシナをば作り媚を売り、毎日吐きそうになりながら離間のためと必死に堪え、
甘ったるい声をば出しておる! ……ぼでぃこんじゃなくてろりこん? う、うっさいわ”はずおぶらぶ”! この洋夷かぶれめ!
だいたい貴様なんで自分を「身」「身」といっておる! ……「みー」? 毛唐どもの符牒でいうところの「私」? し! 知って
おったしそれ位!! わ、わしだって”えげれす”の言葉ぐらい知っておる! えー。ばー。すぃー。でー。ほれ、こんなに言える!

 があああ!! 瞋恚(しんい。怒りで目を尖らせる様)あふれる余りつい筆が走ったではないか!! そしてなんじゃこの括弧!
誰に向かって言葉の意味を説いておるんじゃ! 親切か!!
 わしは疲れとるのじゃ! あのぼでぃこん野郎から貞操を守るべく日夜神経を尖らせておるし、そもそも日本支部を抜け出し
帰投するだけでも一苦労。獣道をゆき、森の木々をばハッピーアイスクリームで磁性流体にし”まぐねっと”の力で神速を得、
駆け抜ける……言葉にすれば簡単じゃが尾行を気にしつつ痕跡も消しつつとなると神経を使う!
 そうやって疲労困憊で帰ってきたわしが、水も浴びずの塵垢まみれの面構えで取り急ぎ盟主様に報告し、「さあ貯蔵しといた
おいしい食べ物たくさん食べて僅かばかり午睡して戻ろう」とばかり部屋に向かったらこれじゃ! これじゃあ!!
 報告書ぐらい自分で書けぐれいずぃんぐ! でぃぷれす! なに他人事のよーに”にやにや”しておる!
 貴様も同罪じゃ! ……ぎゃあああ! 気付けばこんな時間ではないか! 

 ひひっ……。午睡もおいしいもの沢山食べる時間ものうなった……。ぐすん。 

↑ チキンラーメンやるよwwwww 道中食べなwwwwwww(ディプレス)
 ↑ おおお。生でばりばりか、ばりばりやるのか! (イオイソゴ)
  ↑ 飛びながらですカ? 通り道に食べカス落ちちゃいますヨ? (ハズオブラブ)
   ↑ ……それでもばりばり、したいのだ。(イオイソゴ)
    ↑ 忍びがwwww通った痕跡wwww残すなwwwww(ディプレス)
     ↑ 生でばりばりは諦める……。くそう……。(イオイソゴ)
      ↑ というかディプレスさン、落とすなという位なら渡さなきゃいいのニ……。(ハズオブラブ)



【軍捩一の日記 03】

 ▼月◇日

 木錫ちゃんがチキンラーメンを生でばりばりやっていた。
 姿が見えないと思ったら1人でお使いにいってたんだ。
 偉いね。小さいから緊張したと見え、かなり疲れているようだった。

 でも食べるときの顔は本当に幸せそうで可愛かった。

 低い鼻をこすりつつ食べる仕草がたまらない。

 この笑顔……守りたい。


 △月◎日

 無銘というロバの化け物が日本に現れたらしい。

 可愛いヌルちゃんのいるコトで有名なパブティアラー家は、このホムンクルスとも調整体とも頤使者ともつかぬ正体不明
のロバの怪物を崇めておる。信仰とはわからぬものだ。時にはヒドラやヘビさえ神と呼ばれるが……ロバとは。

 彼ら一族はこの無銘というロバを霊獣として讃えている。
『惑星の心』(コズミックマインド)だったか。
 パブティアラー家は代々、開祖に正体不明の超エネルギーの”降ろし方”を示唆した守護神として、この霊獣を崇めている
そうだが、ワシにしてみれば難儀な存在じゃ。

 言い伝えによれば、奴は病気の化身という。

 古来より世界各地に現れては、疫病を起こし、多くの人間の命を奪いよった。
 幄瀬に調べさせた。
 もっとも古い記録によれば、紀元前350年、ナイル川上流の黒人王国・クシュの首都、メロエに現われたというな。
 病に苦しむ人々は、折悪しく襲来したアクスム人に成す術なく蹂躙され滅び去った。
 旧約聖書のソドムとゴモラのモデルになったと言われる、メッカ北部の王国都市、マダイン・サリもまた、7世紀ごろ霊獣
無銘によって滅ぼされた。コーランにある『一朝巨大な一声が彼らを襲って、彼らが特別の知識と技術で営んでいたことは、
何も彼らに役立たなかった』とは、嘶き後に撒かれた病原菌を指すらしい。
 カッパドキアの地下にある、6万人ほど収容可能な謎の空間は、霊獣無銘の襲来から避難するためのシェルター…………
そんな説を唱える錬金術師も居るようじゃ。
 9世紀にはグアテマラ周辺のティカルやキリグア、14世紀には北アメリカのメサ・ヴェルデ、16世紀にはメキシコ南部のモ
ンテ・アルバンにそれぞれ出現。多くの人間が死に、生き残りも奇病を恐れてどこかへ逃げた。
 もっとも新しい記録は、およそ100年前。
 ヨーロッパのある地域で、疫病を撒き、1万3000人ほどの人間を死にやった。
 比較的近世の出来事のため、当時の状況はよく分かる。

 どうやら、感染者は更に感染者を増やすようだ。
 1週間もすれば細菌は自然消滅するが、そのあいだ続く高熱と吐血は、体力のない者を確実に殺す。
 そのため戦団は……あまり表立っては書けないが、当時、100年前、『裏切りの戦士』の大反乱により、未曾有の衰弱
をきたしていたコトもあり、本部から100kmも離れてない場所で起こったこのバンデミックを、半ば無理やり抑えにかかった。

 本拠地でも奇病が流行れば全滅確定。ならどう考えるか? …………犠牲を以て鎮める他ないわな。

 数多くの奇兵たち──裏切りの戦士に加担しそうという理由で、討伐には組み込まれなかったあぶれ者たち──が、
救助という名目で現地に派遣された。上層部は、あくまで、救助という名目で、派遣したのだ。病気で混乱し、倫理が著しく
低下した地域に奇兵たちを送ればどうなるか半ば理解した上で。
 感染者達を一定区域に封じ込めんとした。
 奇兵は人身御供だった。作戦内容は詳しく聞かされず現地に送られた。疲弊した戦団が、数多くの兵を死地にやるのは
矛盾しているようだが、上層部は、脳と、それに従順な手足さえ残れば、多少の腐り身を切り落としても構わないと考えて
いたようだわい。裏切りの戦士に手ひどくやられたせいで真当な判断ができなくなっていた訳じゃな。
 上層部はただ自分達が助かるのに必死じゃった。そもそも精強かつ博愛に満ち溢れた戦士の鏡というべき人材は、ここ
日本に逃れた裏切りの戦士を追撃しておったしな。彼らを奇病の中に呼び戻すのは破滅を意味していた。息を止めそこ
なった反逆者が舞い戻り、病で弱体化した戦士達を、それこそクシュのメロエを侵攻したアクスム人よろしく殲滅したなら
戦団は比喩ではなく消滅する。
 よって霊獣無銘の現われた土地に奇兵たちで防衛線を張った訳じゃが……
 当然、奇兵たちは気付くわな。自分達が捨石にされたと。
 なら逃げればいい、と思うのは未来から連中を見ているわしらだけで、実際はとっくに逃走防止の策が練られておった。
 11代目チメジュティゲダール。今はリルカズに居る頤使者……代々この名を襲名するゆえ最近まで別人じゃと思っていた
が驚くべきことに、アオフの部下たる奴は100年前からこの名で活動しておったそうじゃ。
 奇病を見かねた奴は、錬金術に関わる者として戦団に助力を申請。
 感染区域からの人員流出を食い止めるべく、武装錬金特性かそれとも頤使者特有の『言霊』という奴か、とにかく、結界
を張り、奇兵や感染者たちひしめく地獄のような地帯を封鎖した。
 もしその結界とやらが、細菌という、微生物さえ通さぬ緻密なものであるなら、結果は変わったじゃろうな。
 じゃが通じるのは人間や小動物のみ。感染区域と、そこから半径20kmほどの範囲2つに結界を張る、消極的な拡散
防止策しか打てなかった。
 碌に作戦内容も説明せず、上層部の保身のためだけ意思も問わず強制的に死地へやり、そのうえ二重に封じ込める。
 あぶれ者たる奇兵たちがココまでされて大人しく感染者たちを助けるじゃろうか?

 9日の期間を置いて現地を調べた事後処理班が見たのは、かの裏切りの戦士に殺戮された戦士の山よりひどい光景。

 奴はあくまで怪物性の赴くまま戦士達を破壊した。よってその痕跡は、無残は無残じゃが、あまりに圧倒的すぎるが故に
まだ戦団の本分に沿った、一種見慣れた光景じゃった。
 しかし感染区域の様相は人間の持つ醜さがひたすら投影されていた。

 リンチされて殺されたと思しき少年。鋭く尖った枝が何本も刺さる赤ん坊。その横で下腹部から血を流し事切れた若い
女性。木に後ろ手を括られ、顔や体に無残な腫れとアザを作る老翁の足元には無数の石。
 他にも奇兵たちが、明らかに面白半分で殺したと思しき感染者達の屍が無数に横たわっていた。

 最もヒドかったのは、とある診療所じゃ。
 ベッドに横たわる患者達はことごとく顔面を打ち抜かれ、医師は激しい暴行の跡を刻み込まれ死んでおった。
 4人いた看護婦たちにも性的暴行の跡があった。杭を臀部に付き立てられた者もいた。夥しい体液と錆びた血の
交じる腐臭に、最初に踏み込んだ事後処理班員はしばらく吐き続けた。


 それでも感染区域のあちこちに、生存者がいた。
 だが、現われた事後処理班を見る目は憎悪に満ちていた。


 ただ調べにやってきただけの班員のうち、6名が死亡。重傷者は19名。行方不明者のうち3名の女性が、後日森の中で
無残な死体で発見された。

 霊獣無銘を、ヌルちゃんのパブティアラー家が崇めているのは、病に耐えたものに新たな力を与えるからじゃ。
 いわゆるウィルス進化説というべきか。件の『惑星の心』という超エネルギーを彼ら一族が行使できるのもその影響じゃろう。
 恐らく祖先の誰かが感染し、苦しむ中で、前人未到のエネルギーを確保し、かつ遺伝子レベルで恒久的に使えるようになった
からこそ、彼ら一族は霊獣無銘を崇拝している。

 荒れ狂う奇兵たちの中、病に耐えて生き残った感染者たちは、ホムンクルス以上の脅威じゃった。
 普通の武器で死ぬ。再生能力もない。上がった出力もせいぜい動物型の半分程度で、武装錬金も使えない。
 にも関わらずホムンクルスをも凌ぐ猛攻で事後処理班を蹂躙した原動力は……いわずとも分かるな。そう。憎悪じゃ。

 救いもせず、無力な女子供を欲望の赴くまま踏みにじり、或いは助かった筈の命さえ奪い去った錬金戦団。
 奇兵と普通の戦士の差など関係ないという訳じゃ。

 ……だがおかしなコトに、生存者達の誰一人、奇兵を殺していないという。
 むしろ、だからこそ、というべきか。事後処理班の連中に矛先が向いたのは。とんだトバッチリじゃわい。
 その惨状に気付いたチメジュディゲダールが進み出て、1人、感染者達の怒りを一身に浴び続けるその横で、難を逃れた
事後処理班たちが、辺りを調査してみたが、なるほどどうも奇兵たちは見当たらない。
 結界は念のため張られ続けていた。よって逃亡は不可能だ。だが、いない。

 どこを探しても見つからない。

 歩いていると、茂みに影を見つけた。奇兵か? 怪しんで覗き込むと……違った。
 少女だった。
 やっと10代に差し掛かった彼女の着衣は明らかに乱れていた。生臭い栗の花の匂いもした。
 息も浅く瀕死の彼女を助けんと事後処理班が手の伸ばすと、けたたましい笑いが響いた。

「女医さんよ」

 何の話か。首を傾げた班員の頬に唾が吐きかけられた。薄い紫みに透ける白い粘液と血の混じった、淡のような唾が。

「あんたたちの仲間なら、あはっ、女医さんが、女医さんが全部食べたんだから! いい気味!!」

 それだけ言って事切れる少女。


 調査の結果、確かに女医が行方不明だった。
 最もひどい被害を受けた診療所につとめていた若い女医。

 グレイズィングという名の女医は結局どこを探しても見つからなかった。

 結界の外へ逃げたのだろうか?
 だとすれば、チメジュディゲダールの張った結界を、いったいどうやって……?


 ……幄瀬め。後半は小説形式で報告しおった。マジメにやれ! マジメに!



【チワワの子犬のケージについた注意書き】

 食材なんばー555。

 用途 …… ほむんくるす幼体の培養素材

 赤ん坊かそれに準ずる適当な素体に投与して犬型作ってたべるのじゃ。たべるのじゃ!

 細胞摂取後はあれじゃ。ほれ、最近”みっどないと”めが可愛がっておる”ちわわ”。
 やつばらの朋輩として宛がってやれ。

 あ、書き忘れておったが、こやつは”みっどないと”が拾った奴とは別固体じゃ。

 いいな。はずおぶらぶ。くれぐれもあやつの飼い犬から細胞とるでないぞ。
 こっちから、この『食材なんばー555』から幼体用の細胞とるのじゃぞ。
 儔(ともがら)の”ぺっと”の”くろーん”を食べるなど忍びの倫理に甚だ悖るからの。

 まあ、そのじゃな、あやつと仲良くして、ぴょんぴょんしとる”ちわわ”がなんだかおいしそうで、つい、ぺっとしょっぷで、買っ
てきてしまった訳じゃが、何と言うか、……うぅ。このつぶらな黒い目で純粋を向けられると…………だめなのじゃ!!
 殺して喰うとか可哀想じゃ!! いやまあ普段四足の獣の肉をば神棚に目張りしつつ旨い旨いと喰っておる訳じゃが、
こうまで、こうまで、ぬがー! べろ出して、はふはふ鳴くでない! か、可愛いではないか畜生めっ! ま、毎日こんな調
子なんじゃ!! 籠に囚われ、もはや命脈は風前の灯火じゃというのに、わし見るたびに嬉しそうに、こ、こう、前足をじゃな、
がしがしと動かして、辛抱たまらんのじゃ! つい籠から出して抱っこして遊んでしまうのじゃ!

 こんなん食べられようか!?! 食べれんじゃろ!!
 でも食べたいので適当な人間をば”犬型ほむんくるす”にして喰う!
 人間ならいいのか? いいのじゃ。わしは”ほむんくるす”ではないが、生来人間を喰わねばおられぬ性分……。
 ひひ。人間でありながら500年ほど生きておる人外よ。
 薬師時天膳……父さまと同じく不老にして、不死。じゃがそれ故に人が脳髄を啜らねばくたばる因果な定め。
 犬は喰わねど生きていけるが、人は喰わねば死んでしまう。
 ほれ、いわゆる無計画な妊娠とやらで産み落とされ”ぱんくろっかー”あたりに入れられる赤子。
 あれじゃ。あれなら需要と供給も釣りあうじゃろ。どうせ死にゆく命。頂戴仕るが自然の摂理よ。ひひっ。

 あと他の者! この”ちわわ”に変な実験するの禁止じゃっ!
 こんな可愛い奴にへんな事したら粛清じゃからな!!
 ちゃんと細胞培養の日まで、えさやったり散歩させたり、悪い病気の予防接種打ったりしてもてなすのじゃ!

↑ パンクロッカー、ちがう。コインロッカー。(ミッドナイト)
 ↑ 貴っ様ぁ! ぺっとに友達やらんとするわしの心を踏みにじるか!(イソゴ)
  ↑ かう。かう。イソゴお姉ちゃんが、かう。(ミッドナイト)
   ↑ ?!! こ、この「べろ出しはふはふ」「前足がしがし」がわしの物に……じゃと!?(イソゴ)
    ↑ おさまるー。おさまるー。まぁるくおさまるー。(ミッドナイト)



【石榴由貴の日記05】

 シトドンとミクスンが結婚した。

 ……ビックリだよ。めっちゃビックリした。朝いつものように眠い目こすりながらオフィスいったらミクスンが話しかけてきて
寝癖あるよーとか、最近ちょっと便秘気味だよーとか話してたら急に結婚したとか言い出すの。
 誰と!? って聞いたらちょうど向こうからやってきたシトドン指差して二度びっくり。

 えええ。そりゃ3人でよく食事に行ったけど、そんな、恋人とかラブラブした感じなかったよ!? むしろ私の方がちょっと
恋愛モードでちょくちょくアタックかけてたけど脈なしだしどうせ私じゃ家庭に向いてない気がしたし(本当アレだよねー。子供
のころお父さんとお母さんの仲悪いと家庭への幻想消えるよねー)、あと、恋に恋したいっていうか、シトドンがちょっと他の
男の人と違うからヨロっときただけで、本当、ただ私が恋したいだけって感じでこれじゃシトドンの人生の伴侶になれないって
思ったんで攻略やめた訳だけど、そこでミクスン何でお主が結婚する!?
 お主食事してる時、恋人っつうよりお母さんでしたでしょーが。シトドンが何か飲み物こぼしたら当たり前のように拭いてさ、
シトドンああいう人だから、ウェイターさんと話噛み合わないこと結構あったけど、そういう時まっさきに翻訳して話通してさ、
とにかくアレだよ保護者だったよ! いっちゃ悪いけどお年寄り介助するヘルパーさんの域だったよ。
 ほへーー。それが結婚とか。ビックリだよ。

 あ、もちろんおめでとーは言った。

 ……。

 体も、大丈夫そうで、大丈夫そうとミクスンが決めたからきっとしたんだねよ。

 なら私はあれこれ言わんよ。それがミクスンが見定めた幸せになれる道なんだね。
 お幸せにね。



【幄瀬みくすの報告05】

 てな訳でアチシ幄瀬みくすは釦押鵐目こと旦那様と結婚したのであります!

 ふっふっふー。どうだ皆の衆おそれいったか! これぞ我々の秘策、薩長同盟もビックリのウルトラCの大回天っ!!
 あ、入籍したけど苗字は幄瀬で呼んでね。だってー。アチシは幄瀬みくすとして生まれてきたからね。こいつぁ死ぬまで
貫くべきさっ!

 え、旦那様のどこが気に入ったかって? アホなところ! アホだから多少のコトは許してくれる。これ結婚じゃ重要。
あと大穴だからね。うん。ありゃあ当たるとデカいよ。外れたら? バカだなー。外れるってのは面白いじゃないですかー。
なんか一生懸命やって失敗かますとか爆笑ですぜこいつぁ。だから旦那様にゃあ好き勝手やらしますよ。へへへ。アチシ
は面白いコトが大好きなのですよ。笑いイズ健康! だいたいチミたちは何だっ!? 戦士でしょっ! 戦士って奴はいつ
死ぬかまったく分からん明日をも知れぬ訳でこりゃあある意味末期ガンの患者さんじゃないですか。だったら残された命
というのを楽しく使って生きなければ損だと先生思う訳です。いいですかー。チミたちはまだ若い。きっとまだご家族の”死”
なんてのは経験していないだろうー。だ・が、あと高校、大学と生きていくうちいつか必ずご家族の誰かは亡くなってしまう。
いま元気だから大丈夫だろうって思うのは大きな間違いだと私はいいたい! 人は時に突然亡くなってしまう。絶対死なない
と思っていた人だって20年も経てば体の様子は大きく変わる。だからチミたちは、ご家族がまだ元気な間に、ちゃんとしっかり
全力で向き合ってあげて下さい。そうすれば、もし突然別れの時がきても後悔せずに済みます。死別の苦しみは結局、何も
してあげられなかったという後悔から生まれます。それさえ無くしてしまえば、別れもまた大きな・財産になります。もちろん
泣きますよ。先生だって泣きます。たくさん泣いてきました。だからこそ生きている人たちと、チミたちと、毎日全力で向き合い
楽しく生きられる訳です。ちゃんとすべきコトをした上での別れは、人を前に進ませてくれるのです。一度しかない、命の尊さ
を、自分を、大切に労わり努力する意欲を涙と引き換えに与えてくれます。えー。どうですかー。この金八先生みたいな〜言
い回しはー?

 あはは! 真剣に聞いてた人たち全員こけた! こけたー!! あはは! バカだなー。アチシがこんな堅苦しいコト言う
訳ないですよー。堅苦しいのは上層部だけで十分じゃないですか。

 まあでも、戦士だからいつ死ぬか分からないってのはけっこう真理!
 なんでアチシはやりたいコト毎日やり抜いて行きますからねっ。結婚だってしたいと思ったからしたのだ!
 家がどうとかで悩んでいる間に死んだら無念ですよっ! 
 悔いないよう好きに生きてこそ命は輝くのだ!



【保護施設(ホーム)職員の日記】

 基本的に私たちが預かるのは、ホムンクルスに保護者を殺された孤児達ではあるけれど、時には、兇悪な共同体に恨み
を買った戦士の親族のうち、入院加療の必要な人を預かり世話するコトもある。

 釦押鵐目の祖母もそうだった。

 特に病気というわけではないが、高齢のため寝たきりの彼女を、釦押は、ヒマさえあれば見舞っていた。
 食事の手伝いや下の世話もしたし、いわゆる「せっせせーのよいよいよい」で遊びもした。彼自身も訓練や任務で疲れてい
ただろうに……。

 彼が幄瀬みくすと結婚した、そう聞いたとき、私は「やっぱり」と思った。
 入籍の前日、ちょうど彼の祖母の葬儀が終わった。老衰だった。ホムンクルスに狙われている身だから、式は保護施設内
で、仏教の心得がある戦士に取り仕切られた。

 幄瀬みくすも参列した。生前、よく逢っていたせいか、平素自由奔放な彼女もこの時ばかりは双眸に涙を浮かべていた。
 聞いた話によれば、彼女の祖母は、代議士の祖父や息子からひどい扱いを受けていたらしい。
 一緒にお手玉がしたかったらしい。小さい頃、ボロ切れに小豆を詰めただけの質素なお手玉で一緒に遊ぶときだけ幄瀬の
祖母は笑顔を浮かべたらしい。だがその慣習も孫の成長とともに途切れた。そして、ある日、そろそろ多感な時期の彼女が
学校に行くとき、「帰ってきたら久しぶりにお手玉したいけどどうかな」と誘った。幄瀬は軽いノリで承諾したが、もともと気の多
い性分、つい他所事に気を取られ、いつもより帰りが遅れた。間の悪いときはある物だ。お手玉を用意し小さな体を丸めて
暗い静かな部屋で孫を待っていた祖母は、突然起こった脳溢血により病院に搬送。幄瀬が帰ってくるころにはもう危篤状態
だった。急ぎ病院に駆けつけた幄瀬だが死に目には逢えなかった。

 そういう経緯があるから、釦押の祖母とは思い付く限りの遊びをしていた。おはじきやメンコといった昔ながらのものから、
携帯ゲームまで色々と。

 それがいい刺激になったのか、痴呆寸前だった彼女は、職員や入居者の名前を一通り覚えるぐらいには回復した。
 もっと長く生きると思っていたが、やはり人の命は判らない。ある日突然、何の前触れもなく昏睡状態に陥り、そのまま。

 人の心もまた分からない。だが、彼女の死が幄瀬みくすの心に何の影響も与えなかったとは思えない。




【ある作家の手記10】

 結論から言えば、幄瀬みくすは、1995年の決戦において、囚われ、死ぬ。

 レティクルの幹部となった天辺星に、偵察任務の最中、見つかり、戦闘の末、捕縛されるのだ。

 所在が漏洩したのは軍捩一のせいだと言われており、その可能性は限りなく高い。
 というのも、偵察任務をはじめ数々の情報を、決戦直前レティクルにもたらしたのは、かのイオイソゴ=キシャクだからだ。
 彼女による軍篭絡は成功したと見ていい。

 囚われた幄瀬みくす。

 救援は、差し向けられなかった。

 理由は様々だ。単純に戦力を裂けなかったのもある。
 だがそれ以上に。幄瀬みくすは戦団の中であまりに多くの人間の弱みを握りすぎた。
 かざすだけで対象の過去総て把握できる彼女の武装錬金は、あまりに危険だった。

 上層部は、難色を示した。そうであろう。未来を知らぬ彼らにしてみれば、レティクルエレメンツなどというのは、戦団が
活動していく中で、十数年に一度かならず出てくる、少々大きな共同体程度の認識でしかなかった。
 戦えば勝てる。犠牲は出よう。だが組織の規模を頼りに位圧しを繰り返せば、地力の差で必ず勝てる。
 つまり戦いもしないうちから既に戦後処理を頭に入れていた。
 政治家としては正しい判断であろう。戦闘を政治の手段と見なす、それも正しい。……組織としては、だが。

 要するに、生きていられると困るのだ。組織の腐敗を上手く利用してきた幄瀬の自業自得ともいえるが、権力側の人間が、
法と倫理を以て堂々と応じず半ば謀殺を選んだのはいかがなものか。

 救援を求める石榴由貴の陳情書は彼女の物と断定できるものだけで30通以上現存している。出所が疑わしいものを含
めれば50通近く。いずれも文面は逼迫している。

 無理もない。捕縛から3週間、戦団は対応らしい対応をしなかったのだ。

 結局、引き伸ばした挙句、上層部は作戦的・戦略的観点から石榴の申し出を悉く却下。
 のみならず、彼女に訓告処分を下したうえ、軟禁。討伐決行まで戦士一同足並みを揃えるべきだというのがその理由。

 状況が膠着したのを見計らったように、天辺星は連絡を寄越す。
 幄瀬解放を条件に、釦押鵐目の引渡しを要求したのだ。
 妻である以上、格好のエサとみたのだろう。

 指定した日時は1週間後……それは戦団が予定していた作戦決行日。

 期せずして上層部と天辺星の利害は一致した。

 救援隊は差し向けたくないが何らかのポーズは取りたい前者。
 かつて会社を潰された恨みを晴らすべく釦押鵐目を確保したい後者。

 期せずして、と書いたが、むしろイオイソゴはそうなるのを見越していたのではないか?


 いずれにせよ、開戦と共に妻を取り戻すべく敵地へ赴く釦押鵐目。

 天辺星と戦い、そして──…

 決戦後。レティクルがいなくなったアジトから、変わり果てた姿の妻を見つける。



 ……私が彼に関心を持ったきっかけは。

 妻を奪ったレティクルエレメンツに、後年、幹部として参画したコトだ。
 私は当初その動機を、『復讐』だと思った。それこそ軍を篭絡したイオイソゴのように、潜入し──…

 まさに内患、病気として。

 レティクルを崩壊させるためだと考えた。

 だが……彼の目論見はもっと上の部分にあった。
 ありていにいってしまえば、『レティクルも、それから妻を見殺しにした戦団も』……『どうでも良かった』らしい。


 常人ならば、こうはならない。
 怒りに駆られ憎しみに染まった筈だ。

 何故なら。

 幄瀬みくすが偵察に赴いた時。

 その腹の中に──…




【羸砲ヌヌ行のマレフィックシリーズ ”土星編” J】

 赤ちゃんが、居た。

 妊娠第5週。判明したのは偵察へ行く正に前日。

 もちろんリヴォルハインの子供だ。

 身重である以上、申請すれば任務を外れるコトもできた。
 生命は……お腹の中に命があるというのは、本当に、大切だからね。
 戦団上層部がいろいろアレとはいえ、妊娠した女性を敵地に追いやるほど愚鈍ではないし、幄瀬氏だって平素の調子で
あれこれと理由をつければ簡単に退けた。


 だが彼女は、行った。


 理由を簡単に推し測るコトはできない。

 偵察任務に対し、幄瀬氏は複雑な理由を抱えていた。
「決戦直前だから休めない」、そんなサラリーマンのような心境で行った訳ではない。


 ……運命とは皮肉なものさ。

 もし彼女が、簡単には語りえない命題を背負っていなければ。

 鳩尾無銘は生まれなかった。



 そう。そうさ。ソウヤ君。


 ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ創設メンバーの1人。
 少年忍者にして鐶光の想い人たる……。


 鳩尾無銘。


 彼の母胎になった者こそ、幄瀬みくすだ。



【ハズオブラブの代筆 弐】

 既に2週間でス……。既に2週間グレイズィングさまは幄瀬みくすさんを拷問していまス……。
 24時間つきっきりでス。報告書のような諸般の雑務、ミーにやらせてるのはそのせいでス。

 グレイズィングさまが医学を志したのハ、幼い頃、男の人たちに乱暴されたからでス。
 あちこちから出血した状態デ、路地裏に捨てられているのヲ、通りかかったお医者さまに助けてもらったからでス。
 放っておかれたら間違いなく死んでましタ。だから命を繋いでくれた医学に感動したのでス。
 けれど乱暴されたケガが元デ、赤ちゃんを産めない体になりましタ…………。
 もちろんミーを使えば治りまス。けれど、しませン。
 医学への感動ト、務めていた診療所を襲っタ、病気ト、戦団ト、世界の理不尽への怒りを忘れないため……でしょウ。
 欠如を直さない幹部さン、他にもいますでス。

 ディプレスさんはマラソン妨害で負った足の傷、治しませン
 ウィルさんのアルビノも治療可能でス。けど、治療拒否でス。
 盟主様の隻腕もイソゴさんの脳機能障害による人食い衝動モ、みんなみんな治しませン。

 理由は様々です。けれど集約するト、それが、自分……だからでス。
 欠如があるからこそ『なった』自分ヲ、壊したくないみたいでス。

 でも……ミーに言わせればそれハ、骨折した関節に出来てしまったおかしな骨組ミ。
 あるいは内臓の癒着でしテ、なれバ、普通の機能ガ、失われマス。
 一種ノ、病気、なのでしょウ。



 幄瀬みくすさんガ、妊娠していると分かった時、妊娠第5週目だと分かった時。
 グレイズィングさまの目の色、変わりましタ。
 あれハ、嫉妬でス。女性として普通の営みを持つ方へノ、嫉み、でス。

 だからかれこれ2週間、ずっト、拷問していまス。
 執拗でス。自殺されては蘇生しテ、ずっと、ずっと、甚振っていまス。

 死すら逃げ道にならないのでス。想像を絶する苦痛に命を絶たれてモ、蘇生さレ、巻き戻るのでス。



 ……こんなコトしテ、どうなるのでしょウ。

 お医者のグレイズィングさまガ、人ヲ、残酷な方法デ、いたぶっテ、悲鳴を上げさせテ、何になるのでしょウ。

 無銘というロバの魔物ガ、病気を撒き壊滅させたあの診療所の人タチだっテ、蘇りませんのニ…………。



【ミッドナイトの伝令ver2.01】

 ウィルお兄ちゃんが、ヌル捕まえた。

 ヌル、悪い奴の、ご先祖。ブルートシックザールの、ご先祖。

 ビストバイお兄ちゃん、ころした、ブルートシックザールの、ご先祖。

 ゆるせない。死んで。死んで。

 ロバの霊獣、無銘、あれからつくった、つくった、幼体、投与する、する。

 無銘、パブティアラー家の、守護神。

 一族で、一番優秀なひと、ピンチになったら、死んだら、自動的に、合体、合体、ホムにする。
 無銘殺しても、チリ、集まって、とりつく、とりつく。
 ウィルお兄ちゃん、いってた。いってた。何度もみた、みた、ループする歴史で、何度も、みた、みた。
 アオフ強くなって、盟主さまたち、倒すの、たくさん、たくさん、みた。

 だから、ヌルに、やる。やる。

 一族で、落ちこぼれの、ヌルに、投与、する。する。そしたら、アオフ、弱いまま、弱いまま。



【ハズオブラブの代筆 参】

 何度目かの蘇生をした時、風向きが変わりましたのデ、書きまス。

 幄瀬さんハ、言いましタ。



「自殺するたび蘇生される。恐怖でしょうねえ。おぞましい拷問からやっと逃れたと思ったら生き返るんだよ。恐ろしいよね」

「フツーの人なら絶望だよ。間違いないよ」


「けどねえ、グレイズィングさんだっけ? 分かっているのかなあ」


「拷問ってのは説諭やら態度やらで感化できませんっていう敗北宣言だよ? もっといえば、蘇生ってのは、アチシの命
あるうちに心挫けませんでしたからスミマセンもう1回やらせて下さいっていう懇願だよ?」


「あんたはアチシを蘇生するたび勝ってるんじゃない。負けている。負けて見下されている。『ああまた勝手に自殺された
上に自分からNG出してるよコイツ。ダメな拷問狂だなあ』ってね、生き返るたびアチシ思ってる」


「もう殺してもあんた方はアチシに勝てない。言うよ。あんた方は蘇生の数だけ”しくじって”、”見下された”。自分たちじゃ
『死さえ問題にしないマジ暗黒で怖い怪物です』とか思ってるんでしょうけど、根はしょーもないよね。格ゲーで強い奴相
手にムキになり何度も連コし負け続ける小学生のお子様みたい


「レティクルエレメンツの幹部全員。何に負けたか知らないけどねぇ、気付きなさいよ。負かした相手はもう来ないよ。きっと。
いくら連コしたって来るのは別人。勝っても負けてもウサ晴れんでしょそれじゃ」


 グレイズィングさまの顔色が変わりましタ。
 
 そこからの拷問は書きませン。ミーはこの3週間震えながらも感心していましタ。

『手足だけでも十分拷問できるんだなア』……と。

 それがいよいよ、もっとひどい、猟奇的な物になりましタ。

 珍しいコトではありませン。
 グレイズィングさまは、幄瀬さんのような強気を向けられるまで、体の末端ばかリ、いじめまス。
 そうして敢えて不屈や罵倒を引き出してから、お腹や頭を『手術』でス。
 何度もしまス。内臓の悲鳴が頭を蝕み精神が砕けるまで、何度もしまス。
 わざと相手ニ、幄瀬さんがしたみたいな切口上を上げさせてかラ、的確な医療の痛苦デ、意思、踏みにじりマス。
 グレイズィングさまハ、ドSなのでス。



 2分で下準備は整いましタ。鮮やかな手つきでしタ。そこで何故かグレイズィングさまの動きが止まりましタ。

 幄瀬さんもう屈したのですカ、思いつつ眺めているト、イソゴさんガ、来ました。
 最初「いつものか」という顔をしていたイソゴさんガ、急に顔を曇らせたのハ、グレイズィングさまノ、狼狽を感じたから
でス。
 それはミーも感じましタ。意識を共有してますかラ。


「アナタ……」


 珍しく震えながらグレイズィングさマ、いいましタ。幄瀬さんにいいましタ。



「ガンね。しかもあちこち転移している。なぜ中絶しなかったのか不思議なぐらい」



「……ひどいのか?」


 イソゴさんの問いニ、頷きまス。


「いま生きているのが不思議なくらい。出産まで持たない。どれほど延命しても産んだ時点で必ず死ぬ」



【ミッドナイトの伝令ver3.01】

 無銘、パブティアラー家の、守護神。

 一族で、一番優秀なひと、ピンチになったら、死んだら、自動的に、合体、合体、ホムにする。
 無銘殺しても、チリ、集まって、とりつく、とりつく。
 ウィルお兄ちゃん、いってた。いってた。何度もみた、みた、ループする歴史で、何度も、みた、みた。
 アオフ強くなって、盟主さまたち、倒すの、たくさん、たくさん、みた。

 だから、ヌルに、やる。やる。

 一族で、落ちこぼれの、ヌルに、投与、する。する。そしたら、アオフ、弱いまま、弱いまま。


 でも、幼体、まだ、できない、できない。


 特別らしくて、むずかしい。

 ディプレスお兄ちゃん、てこずる、てこずる。

 予想した、した。


 決戦当日に、できる、できる。


 そしたらヌルに、やる。やる。


【ハズオブラブの代筆 肆】

 一体これはどういうコトなのでしょウ。

 妊娠中デ、しかも余命幾ばくもない人ガ、どうして戦士ヲ、偵察任務をしたのでしょウ。



「ずっと前から分かっていたよ。色んなところで手術勧められたけど、きっと再発するんだろうなって思った」



 幄瀬さんは語りまス。



「そしたら花の10代ずっと入院生活。イヤでしょそんなの? だから好きに生きるコトにしたの。だいたいガンって治療の
方が痛そうだし」



 だから代議士のお家を飛び出したそうでス。だから戦士を志したそうでス。



「死ぬの分かってるなら有効利用しなきゃ損だ損だ大損だいっ! お前達レティクルのような巨悪と戦い華々しく散るっ!!
どうだアチシのプラン! カッコいいだろっ!!!」



 グレイズィングさまはともかク、イソゴさんが愕然とするのハ、初めて見ましタ。



「ぐれいずぃんぐよ。贏輸(えいしゅ。勝敗)はいかに」
「…………分が悪くてよ」



 恐らく最近に限っていえば幄瀬さんハ、グレイズィングさまの拷問と同じくらいノ、痛みヲ、病によって感じていた筈でス。
 グレイズィングさまは一瞬、お腹に目を向けましタ。
 何ヲ考えているか分かったのデ、ミーはかなりゾクリとしましタ。
 けれド、重病である以上、流れるコトぐらい覚悟しているでしょウ。引きずり出してモ、効果ハ……。

 どうすれば意思を挫けるのだろウ。真剣に考え込むミーたちに、意外なところから声、かかりましタ。



「諦めちゃダメだよっ! 勝つ手段はまだある!」



 何をいっているのでしょうこの人ハ、とミーは思いましタ。


「カンタンだよっ! 事後処理班に入ればいい!」


 何をいっているのでしょうこの人ハ、とミーは思いましタ。拷問でおかしくなったのでしょうカ。


「グレイズィングさんは整形得意でしょ? なら全員顔を変えて配属されればいい。あとは錬金戦団の腐った馬鹿どもを合
法的にイジめてイジめてイジめ抜いてスカっとすりゃあいいのだっ!!」


 先ほどの文法からするト、無関係な方をいじめてもスカっとしないのでは……?


「だってアイツらアチシ助けに来ないし! だったら仇討って欲しいと考えるの人情じゃん!!」


 いま正に拷問している勢力がミーたちなのですガ。


「別に! 世界をもう憎むなとか言わない!」


 もしもし幄瀬さン。会話が噛み合っていませんヨ。


「むしろそれは持ってていい感情だよ。ただしより深い暗部にだけ向けようっ!!」


 決められてモ。


「麻薬とか売ってる奴なら別にどう拷問したっていいじゃん?」


 ゲスい上にさっきの言葉と矛盾!! それやるの負けなのでハ!?


「馬鹿めっ! 敵を勝利宣言でやり込めるのは当然だよ! むしろコレからは負けながら斃す時代さ!」


 斬新!!


「私の負けだーっていってる奴に負けるとか、ものっそ恥ずかしいじゃん。辱めじゃん。ああ、あとこの文法に則りあんた方が
アチシ殺しても勝ちにはならんからね。だって屈服で従属だし」


 小学生ですカ。


「とにかく戦団を隠れ蓑にしてアレコレ悪いの斃して、笑顔たくさん見れば傷は癒えるよ必ず癒える」


 正義の組織が致命的な打撃受けるのですがそれハ。


「で! いざアレコレ露見したら戦団に総て責任押し付けて逃げる! というか腐ってる上層部の奴に責任行くよう予め
仕込んでおくっ! で、錬金術の存在一般に暴露する。そしたらまた戦団みたいな組織できるでしょ? それにうまく寄生
して社会の暗部とっちめてウサを晴らす!」



 やっと分かりましタ。アホでス。この人、アホでス。



「あんた方は自分を過小評価している! あんた方の力っていうのは群を抜いてるよっ! 人のために使えとは言わない!
けど、分野さえうまく選べば、圧倒的なその力は、例え自分のためだけ使っていたとしても、社会が勝手に讃えるほどの価
値を帯びる。自分のために使っているのに、人は、「人のために使っているんだ何て偉いんだ」と勝手に褒める。それ位」



 そして幄瀬さん、最後に叫びましタ。


「つー訳で殺れっ!」



「「えええ」」



 グレイズィングさまもイソゴさんも困惑しましタ。



「さあ殺れ! 褒めた上で生き延びたら何かさっき命乞いしたみたいになっちゃうからねっ! 」


 イソゴさン、笑いましタ。


「ひひっ。面白い奴。どうじゃ、わしらの尖兵になるのなら解放してやっても──…」
「なんだとう! アチシはこの任務に来るまえ旦那様と水杯を交わした身! 虜囚の辱めを受けながらおめおめ生きて帰れるか!」


 ベッドの上で幄瀬さんは暴れましタ。じたばたと暴れましタ。20秒ほどで疲れましたガ。

 語りましタ。



「旦那様にはトーゼン話した。生命への敬意ってコトで納得して受け入れてくれた」

「アチシは戦いの中で死にたい。この世の不合理に最後までコノヤロと向かい合ったまま激しく死にたい」

「だから悪意はバッチコイだよ。耐えて勝つ! 幄瀬みくすはそんなカッコいい死に様遂げてみたいのですよ!」」



 戦団を壊せ壊せといいながラ、裏切るコトなく死のうとしている幄瀬さン。


 グレイズィングさまハ、彼女を見下ろシ、笑いましタ。



「……アナタに勝つ手段。思いつきましてよ」



【ミッドナイトの伝令ver4.01】

 決戦、はじまった、はじまった。

 あちこちで、激戦。

 ディプレスお兄ちゃんとイソゴお姉ちゃん、やられた。やられた。

 アオフに、2人がかり、した。した。でも、負けた、返り討ち。

 調整体のペアが、人間に、まけた、まけた。

 やっぱりアオフは、規格外。

 でも、無銘の幼体、できた、できた。

 ヌルにやれば、安全、安全。



【ハズオブラブの代筆 伍】

 決戦ガ、始まりましタ。

 グレイズィングさまモ、戦イ、重傷でス。

 けれどアジトに戻るヤ、幄瀬さんの部屋に直行でス。



 彼女の末期ガンが発覚してかラ、ずっと通いつめていまス。

 ……彼女に、勝つために。



「フツーの医術において病気を治し生かしてやりますの」

「ハズオブラブは使わんのか?」

「このコは自意識ひとつで拷問に耐え抜きましたのよ?」
「ゆえに自らの技術で相対する、か。ひひっ。物好きめが」

「そ! ワタクシの手腕であちこちに転移したガンを切除しなるべく長〜く生かしてやりますの! さすれば生きて動くたび屈辱に
悶え苦しむコトでしょう。たかが悪! たかがホムンクルスのワタクシに救われ命を繋ぎとめてしまった、と!!」


 グレイズィングさまハ、得意げニ、天を指差しましタ。
 輝くような笑みでしタ。生き生きしていましタ。拷問のときのようなドス黒い笑顔がウソのようニ、楽しげでしタ。
 赤銅色の巻き毛をフリフリ揺らしつつ、さっそくインフォームドコンセプトでス。患者さんの顎に手を当てやりましタ。


「幄瀬さん……でしたわねん。病死されればワタクシ負けを認めましょう。蘇生もしません。ただし手ぇ抜いた病死したらワタ
クシの手腕に恐れをなしたとみなすわん。そしたらアナタの負けよん」

「うぁ。こいつ何か厄介なひねくれ攻撃を仕掛けてきたぞ! やだよやだよ! 生き延びたら旦那様と由貴様に格好つかないよ!」

「拷問にしようよ〜」。唇を尖らせる幄瀬さんのおでこヲ、グレイズィングさまは小突いテ。


「ワタクシ腐っても医者ですから。病人いたぶる趣味はないわん。嬲るなら治してから」


 笑っテ。
 治療道具を揃えるべク、腰の後ろで手を組みつツ、踵を返し、去りましタ。


 それから開戦まで、普通の医療行為を続けていましタ。

 早いものデ、捕らえてから4週間、ですカ。

 拷問で消耗した体力ハ、蘇生時に回復済みでス。
 ゆえに病状に影響はなしでス。精神的なショックは……ああいう人でス。ある訳ないでス。

 なので普通に検査しテ、普通に診察しテ、普通に手術しテ。
 普段の拷問狂っぷりがウソのようニ、優しイ、痛みの少ない加療を続けテ。

 少しずつですが良くなってきましタ。


 お腹の子は……………………………………。



 いや、いまは触れないでおきましょう。

 7週目でス。安定はしていまス。

 それより問題なのハ……天辺星でス。



 釦押鵐目とかいう戦士への復讐材料としテ、幄瀬さんを見ているアイツハ、面白くなさそうでス。
 警戒しなくてハ。ミーにとっても今の幄瀬さんは患者さん、なのでス。



【ミッドナイトの伝令ver5.01】

 失敗、失敗、大失敗。

 ヌルが、やばい、やばい。とんでもない。

 想像以上になった、なった。

 ウィルお兄ちゃん、重傷、重傷、うごけない。


 しかも、同時に、わたしの子犬さん、しんだ、しんだ。


 ……どうして?

 あさ、あんなに元気だったのに、どうして?


 もしかして、無銘の幼体のせい?

 ウィルお兄ちゃん、いった、いった。

”あれは世界全体に影響を及ぼす”

 なら、わたしの子犬さんも、ころした? ころしたの?



【ハズオブラブの代筆 陸】

 ミッドナイトさんニ、ウィルさんト、子犬のチワワさン、任されましタ。

 治療と蘇生、それぞれしましタ。
 ですがどちらも効果なしでス。

 ……いったいどういうコト、でしょう。
 ミーに治せないものはありませン。動物だって大丈夫でス。

 なのに、ウィルさんが受けた傷、治りませン。
 チワワさんも、死後24時間以内に蘇生したのに、生き返りませン。


 不思議に思イ、調べているト、アオフシュテーエンと同じ力を感じましタ。

 彼にやられたディプレスさんやイソゴさんも、修復不能な傷を負って、いましタ。
 物理を超えタ、もっとおぞましい、上の領域から傷つけられている感じでしタ。
 それがウィルさんとチワワさんにもありましタ…………。

 ウィルさんの方は濃ク、チワワさんの方はどんどん薄くなっているようナ……。


 それが何を意味しているのカ……考えているト…………盟主様が来テ、チワワさんの蘇生ヲ提案しましタ。

 私はそれどころではありませン。天辺星が幄瀬さんの病室に向かうのが見えましタ。
 手にはナイフ。ただならぬ気配にミーは走って追いかけましタ。


 幄瀬さんは今、妊娠7週目なのでス。お腹を刺されでもしたら大変でス。



【ミッドナイトの伝令ver6.01】

 ハズオブラブお姉ちゃんどっかいった。いった。

 盟主様は気にせずいう、いう。

”チワワさん復活させよう”

 どうやって? どうやって?

”君の愛しい飼い犬から作った幼体を投与する”

 でも、でもでも、ハズオブラブさん、蘇生できない、できない。
 きっと幼体も、同じ、同じ。しても、無理。


”イソゴが買ってきたチワワがいるじゃないか”


”食材なんばー555だったかな”


”そっちに投与すれば君のチワワは復活する”


 おおー。おおおー。

 それなら、ふっかつ。ふっかつ。


 あ。でも。私、幼体、つくれない。つくれない。


 ハズオブラブお姉ちゃんに、頼まないと。



【ハズオブラブの代筆 漆】

 間に合いましタ。ナイフを振り上げている天辺星の顔面にミーのパンチが炸裂しましタ。
 みみっちいです天辺星。幹部の1人が武装錬金も使わずナイフで人間殺ろうだなんテ。
 うずくまる天辺星の顎に思い切り力込めたサッカーボールキックを炸裂させまス。
 首が飛びましタ。治しますネ。治りましたので髪を掴んで引きずり起こシ、二本指を両目に刺し込みまス。ミーは、忙しい
のでス。幄瀬さん検温の時間ですヨ〜。言いながら天辺星の両目抉り出して部屋の隅に投げまス。治療の邪魔でス。
掃けてくださイ。だいたいアナタ、釦押鵐目どうしたんですカ。……負けタ? 人質どうなるかって脅しかけた上で、無視
されて、負けタ? 幹部倒すとかどんな武装錬金持ってるんですかあの人。しかも核鉄奪われたんですカ……。


「あはははは!! 旦那様の武装錬金はアチシのマギーア・メモリアを以てしても正体わからんのだよっ! だからガチで
戦えばどうなるか不明だったけどさ〜。やるじゃんアチシの旦那様。……ふふっ。選んで良かったとつくづく思うよ!」


 幄瀬さん、お元気そうで何よりでス。7週目ですからくれぐれも安静ニ。ご病気なんですかラ。

 デ、天辺星。アナタ幹部でありながラ、核鉄も取り返さズ、命からがら逃げてきた上、引き渡すと約束した人質、ミーとグレ
イズィングさまの大事な患者さんヲ、殺そうとした訳ですネ。あのディプレスさんでさエ、アオフにやられた傷抱えながラ、根
性見せテ、戦団の衛星兵器壊しに行きましタ。

「やめて……。やめて……」

 そんな命乞イ、どうでもいいでス。率直に言っテ、アナタ、いりませン。
 幄瀬さんもそう思いますよね?

「あのさ」

「あんた方がささくれてるのは、きっと人から何も与えられなかったせいだよ」

「ならアチシを使えばいい。アチシを使って何か得ればいい」

「人を害なすモノじゃなく…………あんた方が心から満足できる何かをね」

「腐ってる部分もあるし、不合理な部分もある」


「でも世界にはアチシみたいなのも居るって覚えててね」


「嫌なとこだって、上手く使って、…………楽しんでた、アチシ、を…………ね」

 ……。


 幄瀬さん?



【ミッドナイトの伝令ver7.01】

 盟主様はアオフ斃しにアジト、でた、でた。

 月のフル=フォースたちリルカズ、くる、くる。

 ウィルお兄ちゃん、傷つけたヌル、にげた、にげた。

 けど今はホムンクルス。だから戦団に攻撃された。

 リルカズと戦団、決裂した。した。

 いまは追われるリルカズたち、せめて仲間の仇討とうと、ここに、くる。くる。

 しかも武藤ソウヤと羸砲ヌヌ行もウィルお兄ちゃん狙って、くる。くる。

 戦団の勢力も……。


 事情を知ったイオイソゴお姉ちゃん、血相変えた。でもボロボロ、ボロボロ。

 アオフにやられた傷、そのまま。なおらない、なおらない。

 でも体力戻したい。ホムンクルスには、なりたくない。

 ホムンクルスで、思い出した、らしい。らしい。

 あの食材なんばー555のチワワさんから、幼体作って、何かに投与し、たべる、たべる。

 そしたら腹の足しで、かいふく、かいふく。

 それが終わったら、私のチワワさんの幼体、食材なんばー555に投与していい、そういった、そういった。

 元々ともだちになる予定だったのが、1つの体になる。それならいい、そういった。

 わーい。


 でも食材なんばー555の幼体の方、何に投与するの?

 聞こうとしたら、ハズオブラブお姉ちゃんが、グレイズィングお姉ちゃん連れて走ってきた。

 あ、いいところ、いいところ。あのね、幼体をね、2つね、作ってね……。



【ハズオブラブの代筆 捌】

 思い返すト、あの時、ミーがテンパっていなけれバ、ミッドナイトさんの言いつけをちゃんと聞いていれバ、鳩尾無銘は生ま
れませんでしタ。

 幄瀬さんの容態が急変しましタ。天辺星のせいでハ、ありませン。

 グレイズィングさまの治療は正しかったでス。放射線治療も薬物投与も総て一流大学病院レベルでしタ。
 けれどずっと放置していた末期のガンを治すには至りませんでしタ。

 フル=フォース。リルカズフューネラル。錬金戦団。
 数多くの敵が向かってくる中、懸命に蘇生措置ヲ、施しましたガ、結局彼女は二度と目覚めるコトはありませんでしタ。

 敵の声が聞こえまス。早く逃げねばなりませン。

 そんな状況下デ、イオイソゴさんはチワワの、食材なんばー555の幼体ヲ、幄瀬さんの腹部に宿った命に投与するよう
言いましタ。

「でも妊娠第7週目ですヨ。催奇形成期でス。オススメできませン」
「……それでも喰う。喰うべき責務がわしにはある」


 戦団の戦部厳至は強き者を喰らうコトで強くなる……実際に戦イ、そういう世界に目覚めさせてしまったディプレスさんは
そう言ってましたガ、イオイソゴさんもそうなのでしょうカ。
 グレイズィングさまモ、食材なんばー555の幼体ヲ、幄瀬みくすに宿る、まだ胎児以前の『銘も無き』命に与えるよう言い
ましタ。
 ふたりにとってそれは何カ、神聖な儀式のようでしタ。
 幄瀬さんを使イ、命を紡ギ、消費する事ガ、何か特別な意味を持っているでしタ。

 女性だからでしょうカ? それとも幄瀬さんの遺言を守ろうとする敬意でしょうカ?

 いずれにせヨ、漂う神聖さと狂気ニ、ミーは焦りましタ。しくじったらどうしようとブルブル震えましタ。

 ミッドナイトさんモ、自分の飼ってるチワワの幼体ヲ、食材なんばー555本体に投与するよう詰め寄りましタ。
 アジトが戦場になれバ、あの犬さんモ、どさくさに紛れて死ぬかモ、でしタ。
 時間が限られているのを知ったミーハ、ますます焦りましタ。

 正確にいえバ、グレイズィングさまガ、焦っていましタ。


 勝とうとした人ニ。

 治そうとした人ニ。

 結局死なれテ…………しまったのですかラ。


 その後、イオイソゴさんト、いつも通りの会話をしていましたガ。

 …………いエ。ミーもグレイズィングさまの一部。心、あまり晒したくはないでス。


 そして、瀕死の天辺星はミーたちの足元で「やめて」「やめて」と呟いていました。

 見ればミッドナイトさんニ、食べられかけていましタ。

 マレフィックアースの寄り代……の失敗作の彼女ハ、食べた者の武装錬金、コピーできまス。
 天辺星のシュラウドの武装錬金モ、きっとできるでしょウ。



 とにかク、イオイソゴさんは食材なんばー555……ペットショップで買ってきたチワワの……。

 ミッドナイトさんハ、霊獣無銘討伐の時、ひょっこりついてきたチワワの……。

 幼体を、それぞれ私の右手と左手に置きましタ。

 右は幄瀬さんニ。
 左は食材なんばー555ニ。

 投与すル、そういう手筈でしタ。


 しかし──…


【鳩尾無銘の原初の記憶(筆写)】

「で、どうなさいますのご老人? もう帝王切開しちゃいましたケド」
「相も変わらず気の早い娘御じゃて。ワシの武装錬金ならヘソ穴一つで十分だのに」
「早いのはいやぁん。ワタクシはもっとゆっくり突いて焦らして下さる方がこ・の・み♪」
「盛んなのはよろしいコトじゃ。ワシはもう枯れ、食い気のみ先行するから宜しくない。ふぉふぉ」
「ち、ち、ち。性欲も食欲も極意は同じ。お早いのはよろしくないですわよぉ〜?」
「ほっほう。7週目だからかのう。まだまだ人間の形には程遠い。チト早まったかの」
「かじりかけの桃切れを缶詰に戻してお魚の目玉つけたよう。色々な汁気たっぷりでウットリ」


「まあよい。母体が事切れたゆえ急ぐとしよう。幼体はあるかの? 子犬のホムンクルスの」
「コチラに。ああん、さっきから執拗にワタクシに潜り込もうとしてる。ビクビク……してますわ」
「どれ、この赤子に埋め込んでやるかの。ホムンクルスはホムンクルスを喰えんというが」
「快楽追及は、入らない物を無理して挿れてこそ。あぁん。また無理をしようかしらん」
「犬に仕立てた出来そこないの赤子。果たして味や如何? 腹を壊すのもまた一興……」


 言葉の端々に、苦痛の喘ぎと「やめて」という懇願が混じっている。
 もっともそれは段々と弱まっていき、やがてかき消えた。


「やーん。着地で部屋が踏み砕かれてぐっちゃぐっちゃ」
「ふぉふぉふぉ。まったくいいタイミングで攻めて来おったのう」
「ああん。ここからイッちゃった。大きくて太い……負傷者の救助の前にお花摘みたくなっちゃう」
「やれやれ、折角のメシも瓦礫の中かの。しかしあれが話に聞く」
「バスターバロン」



【ミッドナイトの伝令ver8.01】

 ハズオブラブお姉ちゃんが、まちがえた、まちがえた。

 わたしのチワワの幼体を、幄瀬お姉ちゃんに投与した。

 食材なんばー555さんは? 幼体も本体さんも瓦礫の下。



【石榴由貴の日記06】

 決戦後、釦押君が幄瀬君を回収して戻ってきた。

 検死は私が担当した。

 知らぬ人間に腹の中を掻きまわされるのは嫌だろうな、そう思ったからだ。


 人の命は分からないものだ。
 1ヶ月前、妊娠第5週にも関わらず……。


 完全回復とウワサに高いハズオブラブだが、治療痕は、見るものが見れば分かるらしい。
 相当拷問されたようだ。当然といえば当然だ。偵察だからな。
 情報を聞き出そうとして色々したのだろう。天辺星だっている。弾みで……というコトも。

 だが死因は病死だ。ガンによる多臓器不全。

 どういう訳か、内臓に限っては拷問の痕がない。
 むしろ不覚にも検死を忘れ何度か見惚れた。
 これだけの手術ができるものは恐らく今の日本に5人といない。
 
 戦氏たち上層部は、これを以て内通を疑い、疑って騒ぎ立てるコトで救援を差し向けなかった自分達の不明を誤魔化す
のだろう。

 だが死体はウソをつかない。

 不可解だが、治療されたのは真実だ。
 だが拷問の痕があるのもまた真実だ。

 戦氏は乏しい想像力を総動員し、「拷問に耐えかね戦団を売った見返りだろう」と言った。
 ……幄瀬君を舐めるな!
 戦団を売るならもっとうまくやるさ。情報漏洩によって私が余分に見せつけられた死体の数がどれだけか分かるか。
 幄瀬君含め97だ。核鉄も支給されず、前時代的な錬金術製の武器に戦場へ放り込まれた戦士達のうち生き残り
がそろそろ情報管理の恣意的な杜撰さを疑い始めているようだが、軍氏あなたが首謀者のように思われているようだ
が、幄瀬君ならそういうヘマはしない。それこそ、あなたのような、疑われクビを切られても痛くもかゆくもない輩をスケー
プゴートに仕立て上げ、そ知らぬ顔で日常を満喫するさ。敵に捕らわれ拷問されるようなマネなどしないさ。

 逃走したレティクルたちが捕縛され次第、私はあなたを追及する。
 幄瀬君がどこを偵察するか知っていたのは、犬飼戦士長と、あなただけだ。
 どっちが疑われる行状かぐらい誰の目にも明らかだ。

 百歩譲って軍氏の突飛なご高説が当たっているとしてだ。
 ならどうして幄瀬君は死んだ? 拷問に耐えかね戦団を売るほど日和見的な幄瀬君が、どうして完全回復のハズオブ
ラブによる治療を拒んだ? 報告は上がっている。あれは死後24時間以内なら蘇生さえ可能なんだ。末期がん程度
簡単に癒せるだろう。軍氏が自分に都合よく描くシナリオなぞ破綻している。拷問が嫌だから情報を吐く。そんな人物なら
まず自分の体を完全に回復させる。病死するような体を放置したりはしない。

 ……しかし、気になるのは帝王切開だ。

 死後なされたというコトは拷問の類ではない。

 だが胎児はいない。報復なのか? 

 それとも……実はまだ生きているのか?


 釦押君と幄瀬君の子供が?

 いやしかしまだ9週目だった筈だ。

 母胎を離れて生きていける訳が──…







【石榴由貴の日記07】


 食堂が広く見えるよ。



 私ね。ミクスン。病気のコト……知ってたよ。
 だって検死官だもん。人体には詳しいよ。死に掛かってる人、見抜くなんて楽勝だよ。

 ミクスンも気付いていたよね。
 買い物行くたびさ、私、荷物持とうとしたじゃない。
 病気に気付いた頃は、時々「あ、やば、ちょっと必死になりすぎた」ってコトあってさ。
 ミクスンちょっと私を疑うような目してから、渡してくれたじゃない。荷物。

 だから気付かれていたよね。
 気付いてるってコトに気付かれていたよね。病気のコト。

 でもミクスンが言わないなら、きっともうどうするか決めてるんだって分かってたから、何も言わなかった。
 普通に馬鹿なコト言い合って、普通に一緒にお仕事して、そんで普通にシトドンと三角関係なりかけて私が負けて。
 
 ミクスンは楽しかった? 私は、楽しかった。

 自分勝手な大人たちと触れ合う内、磨り減って、いつか無くなってしまう子供の部分を思いっきり出せたよ。はしゃげたよ。
 そんな私の楽しい気持ちが、ミクスンの辛さを和らげる原動力になっていたなら……嬉しいな。

 ずっと、何も、苦しい素振りなんて見せなかったね。

 病気なんて無いのかも、私の勘違いなのかもって時々思ったよ。

 こっから、この前の日記に書いたけどさ。
 体に傷がないように見えるけど、きっと死んでから治されたんだね。
 分かるよ。あまり例がないコトだからきっと私以外分からないと思うけど、傷だらけだね。
 色んな拷問受けたんだね。でも耐えて……きっと勝った。

 傷が治っているのも、病死としか断定できないのも、勝ったからだよ。


 …………頑張ったね。戦って、戦って、病気で死んで、命の流れのまま終わりに着いて。
 ホムンクルスにもされず帰ってこれた。



 私はねミクスン。たくさんの惨い死に方を見てきた。
 それに比べたらきっとミクスンはまだ恵まれていると思うよ。


 ……なのにさ。


 検死の日からずーっと泣いてる。1週間ずっと涙が止まらなくてさ。
 吐き出したら楽になるかって 思ったのに



(水分の滲んだ跡がある)








【石榴由貴の日記08】

 レティクルの幹部全員が捕獲された。

 朗報だが、気になるコトが2つある。

 1つ目は捕獲の経緯だ。

 戦団の追撃はなかなか激しく、例えばレティクルに出資していた樋色社長の屋敷に手は及んだ。
 すでにホムンクルスだった彼女ならびに使用人たちが全員殺され屋敷が炎上するほど──もっとも、樋色社長の令嬢
は火星の幹部ともどもどこかへ逃れたそうだが──厳しい追跡だったにも関わらず、幹部達は、捕まらなかった。

 それが全員捕獲されたのは、裏切りゆえだ。

 水星の幹部……ウィルだったな。ウィルが、突然戦士たちの前に現われ、彼以外の幹部たちの所在を暴露した。

 なぜここにきてそんなマネをする? 自分だけ助かるのは不可能だ。決戦の犠牲者がどれだけか分かっている筈だ。

 2つ目は、処刑直前の一幕だ。

 私は幹部達を検死した。まだ生きているホムンクルスに検死というのも妙な話だが、死ねば塵と化す彼らだからな。生き
ているうちに検死せねば、判別はできない。武装錬金で作られた偽者ではないか、クローンではないか……そういった疑念
を払拭するため彼らを調べた。戦場にも事後処理班は居て、ホムンクルスの欠片ならびに体液またはそれに準ずるDNA
は、とにかく消滅前に専用のパックに放り込むべくよう厳命されている。それは正に検死のとき活用される。そのほか指紋
や写真といった雑多な情報と、檻の中の彼らから採取した体組織を照合。これで大体の偽者は判別できる。
 あとは質問だな。ベタだが、ウソ発見器をつけて、本人しか知りえない情報──どこでどれだけ戦士を殺したか、とか──
を聞く。クローンならば記憶がないためまったく振幅がない。本人ならば言葉の真偽に関わらず変化がある。

 そういった作業が終わった直後、私の疑問はやってきた。

 軍氏がなにやら石ころを持ってきた。よく見るとカエルだった。石のカエル。彫り物が趣味だと聞いてはいるが、些か場違い
ではないか。明らかにおかしかった。軍氏の様子もおかしかった。視線を追うと木星の幹部が目に入った。ちなみに彼女は、
顔がひどく損壊していた。何でも捕縛時、仮面をつけており、それを取らんとした戦士たちの攻撃で、仮面ごと壊れたらしい。
そんな木星の幹部──イオイソゴ、だったか──を見るや軍氏は歩みを速めた。止めようとした私を軍氏は弾き飛ばした。
石のカエルを渡そうとしている。私は直感した。そもそも軍氏はいろいろ疑わしい。木星の幹部は彼好みの少女だったとも
聞く。なら内通ぐらいしているだろう。

 では石のカエルは?

 檻の隙間からイオイソゴの手に渡りつつある石のカエルは?

 決まっている。核鉄だ。核鉄が入っている。
 恐らく彼の趣味にかこつけて、共に作り、思い出の品に仕立て上げ、そしていざ処刑という段、せめてもの餞別にと彼が
持ってくるのを読んだのだろう。なら核鉄を入れる。そして再び手にし起死回生を……目論む!!
 気付けば私は武装錬金を発していた。検死中の護身用に発動しておいて良かった。
 HEATの武装錬金、『キント・エロズィオーン』。
 うねりを上げる小型の榴弾が石のカエルに着弾するまで0.5秒もなかった。

 だから恐らくイオイソゴが何かするヒマはなかった筈……だ。

 なのに気にかかる。なんだ。この胸騒ぎは。

 私は、石のカエルを砕いたあと念のため、いま一度、幹部達を検死したかった。
 だが、気持ちとやらを砕かれた彼は、まるで大事な親友を無碍にされたように怒り狂い……楽なものだな、あなたは怒れ
る立場で羨ましいよ、再検死の許可を降ろさなかった。



 0.5秒。
 イソゴの指先に触れていたのはたったそれだけだ。
 伝説の忍びとの呼び声高い彼女でも……0.5秒で戦局をひっくり返すコトは困難だ。

 だが、怖気は消えない。あの石のカエルが、軍氏の軽率な行動が、5年……或いは10年後の錬金戦団に再び災禍を
もたらすような気がしてならない。

 檻の中に幹部達は確かにいた。

 私が検死し、本人と断定した幹部達は、0.5秒の疑惑のあともそこにいて、処刑された。



【石榴由貴の日記09】

 レティクルエレメンツから様々な資料が押収された。

 土星の幹部・ミッドナイトならびに金星の幹部の武装錬金・ハズオブラブの残した記録により、監禁中の幄瀬君の様子が
だいぶ明らかになってきた。

 なんというか、彼女は最期の最期まで彼女らしい。
 ひどい目に遭ったようだけど、自分という物を保ったまま、逝けたようだね。

 そこは……ホッとしている。


 私も彼女のように貫いて死にたい。

 いよいよ強まる疑念に日夜あたふたと弁明している軍氏のようにはなりたくない。

 なるまでに、何かやって、死にたい。

 もちろん自殺願望はない。何かやった上で天寿を全うできるならそれに越したコトはない。
 ただ、人の命は、呆気ない。いつか来る最期を念頭にいれて、それまでに何かできるよう生きたい。



【石榴由貴の日記09】

 ………………。

 何か、おかしい。

 レティクルから押収した資料を何度か読むうち、正体不明の疑念が湧いてきた。

 すごく単純なコトを見落としている気がしてならない。

 例の、0.5秒の疑念とはまったく無関係な、別の何か。

 実は彼らが生きているとかそういう話題じゃない。もっと、私に関わりの深い出来事。

 私なら必ず分かる筈の”何か”を見落としている。


 …………なんだ? いったいなんだそれは?



【石榴由貴の日記10】


 謎が解けた。

 しかし……だとすると。





 ……おや、こんな時間に誰か来たようだ。続きは明日にしよう。



【戦団日本支部で殺人事件発生】

 レティクルエレメンツとの戦いを終えた錬金戦団に衝撃的な事件が起こった。

 なんと、瀬戸内海海底にある錬金力研究所で1人の、優秀な戦士が殺されたのだ。

 名は軍捩一。

 上層部は不審死と発表しているが、その筋の発表によれば全身を激しく殴打されているとのコト。



【容疑者リスト】

 釦押鵐目 …… 決戦直後、妻・幄瀬みくすの遺体を錬金力研究所に搬送後、核鉄を返却し行方を晦ます。

 以後、錬金力研究所への出入りの記録なし。

 軍捩一殺害の動機はあれど、決め手となる証拠はなし。



【体勢を整え直すべき大事な時期です。風説に惑わされないよう】

 戦士・石榴の検死の結果、軍第三室長は事故死という結論が出ました。

 巷説いわれているような殺人事件ではありません。

 レティクルの残党狩りで、犬飼戦士長さえも重傷を負い、一線を退かれました。

 体勢を整え直すべき大事な時期です。風説に惑わされないよう。

                                         坂口照星



【ホワイトボードの落書き】

《考察》軍捩一は本当に事故死なのか?

 で、結局アイツやったの誰よ?

 事故死って言われるだろ。いい加減にしろ。

 釦押鵐目だろうよ。新妻殺されてるんだぜ。

 そうだそうだ。軍の指揮がまずかったから幄瀬さん死んだんだ。

 証拠ないだろ。だいたい核鉄なしでどうやって錬金力研究所来るんだよ。

 最初それで来たぞ。どうやってかは分からんが。

 石榴由貴はどうよ?

 確かに彼女なら検死でウソつけるからな。

 釦押鵐目犯人の場合でも一緒だぜ。あの3人仲良かったから。

 かばう、か。

 でもまあ、それでも許すべきだよな。あの人も被害者だし。

 決まった訳じゃないだろ。

 粛清説ってどうよ?

 なんだソレ?

 知らないの? 実は軍のヤロー、レティクルのせいでホム化してたの。

 マジ!?

 本当本当。兄貴の友達の彼女が同僚に聞いたらしいんだけどさ。

 俺も知ってる。偉い奴が実はホムンクルスにされてたとかスキャンダルだからな。

 だから秘密裏に処理した……?

 でもソースめっちゃ遠いとこだぞソレ。兄の友の女の仲間って他人だろうよ。

 実は生きてた木星の幹部が口封じのため消したってのもあるぞ。

 そーいやアイツだけ顔よく分からなかったせいで替え玉説出てるんだよな。

 そ。石榴サンも色々心配してる。逃げたんじゃないか、生きてるんじゃないかって。

 幄瀬怨霊説!

 怖い!!

 実は彼女の死体から赤ん坊だけが消えていた……そいつがあの夜おんぎゃあああああ!!

 だから怖いって!!

(3分後やってきた照星に総て消される。書いたもの全員お仕置き)






【石榴由貴の日記11】

 軍氏の死の真相、いつか白日の下に晒されるのだろうか。

 戦団を辞めてすぐ消息を絶ったと言われる釦押鵐目くんだが、幄瀬君の葬儀が終わるまで私と連絡が取れたコトはあま
り知られていない。
 
 なぜ辞めたかは聞くまでもない。
 幄瀬君を失った以上、戦士を続ける理由もないだろう。
 天辺星も死んだしな。

 数多くの会社で色々なコトをしてきた釦押くん。
 錬金戦団もまた、彼を容れるには狭すぎたという訳だ。

 最後に会話した時のコトだ。
 雑談中、幄瀬君が生前言っていたコトを思い出したので聞いてみた。

「君、いっそ自分で会社立ち上げたらどうだい?」

 されば彼の好きなように振舞えるだろう。
 既存の善悪に囚われずすべきコトだけやれる人だからな、彼は。

 そしたら釦押君は頷いた。20を幾つか過ぎてるのに本当、純水な目だよ。
 名前はもう決めてあるらしい。


 リルカズフューネラル……と。


 あの決戦で滅びた秘密結社じゃないか。私は驚いた。
 いったい彼らと何があったのか。問いかけたところ、「スゴかった!」とだけ彼は言った。


 1995年という年に起きた大決戦。

 私が知りえる情報は、きっと全体のごく一部なのだろう。

 釦押くんには釦押の。

 錬金戦団には錬金戦団の。

 レティクルエレメンツにはレティクルエレメンツの

 リルカズフューネラルにはリルカズフューネラルの。

 それぞれ見た、戦場というのがあるのだろう。

 それら総て統合してやっとあの戦いの全容が分かるに違いない。

 幄瀬君と私の見た景色などは、ごく一部なんだ。









【幄瀬みくすの報告06】

 ねーねー旦那様。アチシとの赤ちゃんの名前、何にする?

 え! 生まれてから決める!?

 ゆえに今は名無し……?

 むー。別にいいけどさー。それまでアチシ生きてるかどーかわかんないよ?



 名前。

 決められるうちに決めておいた方が、あとあときっと役立つよ。


 うん。そんな気がする!!




【ハズオブラブの代筆 玖】

 0.5秒。

 たったそれだけの秒数にイオイソゴさんとウィルさんは総てをかけましタ。

 ミーたちを検死した石榴さんは恐らく見抜いていたでしょうウ。

 軍氏が持ってこられた石のカエル。あの中に核鉄があったのヲ。

 確かにイオイソゴさんはあの中に核鉄を入れていましタ。忍法でス。

 もし捕縛された場合、軍氏にあれを持ってくるようせがミ、核鉄を取り出シ、逃げる算段、整えていましタ。

 ただしそれは単騎でなされるおつもりでしタ。
 全員捕まるのは予想外だったそうでス。

 ウィルさんがなゼ、他の幹部を売るようなマネをしたのカ。

 それはひとえに助かるためでス。賭けでしタ。

 ただ逃げるだけでハ、必ず戦団の追撃がきまス。
 クローン、武装錬金で作った偽者──例えば天辺星の死体袋で作成したような──などでは石榴さんに見抜かれてし
まいまス。何しろ幄瀬さんをミーたちに殺された形なのですかラ。気合が違ウ。
 だからウィルさんは考えましタ。ならいっそ彼女の太鼓判を得ればいい……ト。
 つまリ、

『検死を受けて本物だとお墨付きを得た上で』

『処刑されるまでの僅かな時間で全員逃げる』

 ためニ、敢えて幹部全員の居場所を売ったのでス。
 総ては追撃を避ケ、潜伏シ、力を蓄エ、2005年時点……戦団がヴィクター討伐で疲弊シ、かツ、武藤カズキさんのいな
い僅かな期間に決起する為でス。

 逃げるには武装錬金が必要でス。ウィルさんのは歴史改変を行うものでス。一瞬でも手にすれバ、

『偽者が捕まり本物は戦団日本支部に外へ逃れた』

 歴史を創れます。

 ですガ、検死後、処刑される運命の幹部たちでス。核鉄は当然没収されていまス。

 にも関わらず武装錬金を使うにはどうすればいいカ。

 そうでス。イオイソゴさんの核鉄でス。
 彼女が自分用にと石のカエルに隠した核鉄を使うのでス。

 ウィルさんとイオイソゴさんハ、500年近く組んでいる仲でス。
 ですかラ、ウィルさんハ、イオイソゴさんが非常事態に備え核鉄を用意している……そう信じましタ。
 イオイソゴさんはイオイソゴさんデ、「幹部を全員売る」というウィルさんの不自然な行動の裏に何があるか考えましタ。

「何かある」ト。

 そして石のカエルが来たとき気付きましタ。ハッピーアイスクリームを使うよりもインフィニティホープを使わせるべきだト。
 
 本当にあの瞬間ハ、生きるか死ぬかの瀬戸際だったと御二人は語りまス。

 まず石のカエルから抜く手も見せず核鉄を回収。さらにウィルさんへ投擲。
 彼は無音無動作で武装錬金を発動……そウ、『戦団日本支部を丸ごと覆うほど巨大な武装錬金を』発動シ、歴史を改変、
偽者たちと摩り替えテ、まんまと逃げ延びたのでス。

 その間じつに0.5秒。本当に一瞬の出来事でしタ。イオイソゴさんの抜き取りが0.1秒でも遅れていれバ、核鉄回収ハ、
石榴さんの武装錬金に阻まレ、ミーたちは正史どおり処刑されていたコトでしょウ。

 軍氏には感謝ですヨ。石のカエルを持ってきてくれただけでなク、その譲渡を阻まんとする石榴氏を突き飛ばシ、武装錬金
の初動を遅らせてくれたのですかラ。
 そのうえ餞別を破壊した彼女に激昂シ、再検死の申し出を却下したのですかラ。

 言っていましたネ。「今一度だと! 貴様、一度で調べられぬとはどういう了見だ! プロだろうが! ……そうか、わかった
ぞ。幄瀬がくたばったせいだな。友達とやらが死んで悲しいから仕事にも身が入らんのだろう! まったくこれだから女は!!」

 むしろ逆ですヨ。幄瀬さんが死んでなおプロとして細心の注意を払えるほどに強いかラ、あらゆる状況に疑問を持チ、再検死を
申し出たのでス。本当に際どかったでス。もし彼女が再び調べていたラ、0.5秒で摺り返られた偽者たちに絶対気付いた筈でス。

 ……彼女は気の毒でス。無能な上司に友人を殺されたも同然デ、しかも職務においても邪魔をさレ、最善を尽くせなかったので
すかラ。戦団に限らズ、安定してしまった組織ハ、軍氏のような人物を抱エ、体面や場当たり的な感情デ、現場の勢いを削ぐもの
デス。

 本当に病気としか言えませン。

 石榴氏は自殺したと聞きまス。戦団の病に絶望したのでしょうカ。



 そうそウ。

 ウィルさんは直接的な改変ヲ、「3つ」しかできませン。
 4つ以上すると、武藤ソウヤさんが自動で近くにタイムワープしてくるそうでス。
 そして彼に接触されると2305年へ戻りまス。
 だからウィルさんは極力、直接的な改変は避け続けてきましタ。
 その代わりイオイソゴさんを影で操リ、間接的に歴史を変えてきましタ。

 彼が検死までにした直接的な改変は「1つ」でしタ。

 正史では死んでいた筈のイオイソゴさんを助けたのがそれでス。

 以後、幾度とない改変、歴史のループの中で常にウィルさんはその1つしか改変をしませんでしタ。
 些細な行動が改変と見なされるのを避けるためでス。
 4つ改変すればフリダシ、なのですかラ。


 ですガ、検死後、逃走するためにウィルさんは更に「2つ」改変を行いましタ。


 1つハ、ミーたちの所在を売ったコト。

 もう1つハ、検死後に幹部達の偽者を仕立てすり替えたコト。


 ミーはそれを聞いたとき疑問に思いましタ。

 これまでのループでレティクルは幾度となく全滅したと聞きまス。
 ならば何故そのときニ、上記がごとき改変を行わなかったのか……ト。

 ウィルさんは答えまス。

「それをやるともう改変ができなくなる」

「2005年の決起まで10年だよ? その間些細なきっかけで4つ目を仕出かさないとは限らない」

「ボクはね。2005年まで直接改変は「1つ」に留めるつもりだった」

「これまで一度も見たコトのない『2005年の決戦』。それすらボクは何度かループして様子を見るつもりだった」

「戦士がどう勝つか見極め、アオフやヌルにしたような搦め手で威力を削ぐ。そうして勝つつもりだった」

「そのためにボク自身のできる改変は「2つ」残しておくのが最善だった」


 なのにどうして今回は一気に「2つ」使ったのでしょうカ。


「もう後がないからさ……!!」

「ヌルのせいでボクはもうループができない! 時間を飛び越えるという行為が……できなくなった!!」

「つまり! あそこでレティクルが全滅したら終わりだった!!」

「やり直しはもうできない! この時系列を2305年に向かって生きる他なくなった!」

「だがレティクル以上の共同体は……ない!」

「L・X・Eレベルでは足らない! 王どもの軍勢は強力だが与したくない! 彼らはボクの両親を殺したも同然だからね!」

「それでも悩んださ! 残り2つの改変でレティクル以上の共同体を造り上げ、2005年に決起すべきじゃないかって!」

「だが……よく知る歴史の中のよく知るレティクルでさえ何度も全滅したんだ」

「どうなるか分からない共同体を1から育てる……? できる訳がない」

「代理人を立てる? イオイソゴ級の奴が他にいるとでも?」

「しくじれば武藤ソウヤが跳んできてココまでの改変すべてご破算にする」

「そして2305年へとボクは引き戻され…………無力と化す」

「スタート地点には羸砲ヌヌ行がいる。他にも難儀な奴が…………。戦って無事で済む保証はない」

「だから「3つ目」までの改変を使った。レティクルを生かした方がまだ生存の目があると踏んだから……」



 ウィルさんはウィルさんでギリギリだったようでス。



【ある作家の手記11】

 石榴由貴の自殺には様々な疑惑がある。

 リヴォルハインを調べるにあたり、上司かつ妻の親友の彼女について私は綿密な調査をしたと自負している。
 だが当時の戦団の資料を調べれば調べるほど疑問がわく。

「なぜ自殺した」と。

 彼女の日記は当然ながら読んだ。
 リヴォルハインの会社名に振れた後もずっと彼女は生きるコトに拘っていた。

 人は必ず死ぬ。だからこそ命を大事に使おう。

 死んでしまった幄瀬君たちが、少しでも明るい未来の礎になれるよう頑張ろう……と。

 無理に言い聞かせていた訳ではない。
 彼女は、親友との理不尽な別れをも受け入れ、前に進まんとしていた。

 その石榴由貴が1995年……決戦のあった年の初冬ともいえる晩秋に突如遺体となって発見された。

 戦団がこの件をどう処理したか。資料を引用してみたい。(たかが手記に資料付ける私ってば几帳面!)



【戦団事後処理班の報告リポート】


 先日○○県××郡で発見された女性の遺体は石榴由貴(23)と判明。

 核鉄を所持しており争った形跡もない事から自殺として処理する。



 実はこの断定には不備がある。年齢を見ていただきたい。23とある。
 だが当時の彼女は19だった。日記のどこだったか、彼女自身、自分を10代だと言っている。

 年齢すら間違える者が、果たして死因を正しく究明できるものなのか。

 そういう疑念がある。戦団研究家の中に他殺説を唱える者がいるのも無理はない。

 最も主流なのはイオイソゴ=キシャク他殺説。

 検死直後からすり替えを疑い、再三に渡って追跡調査を具申していた石榴由貴を危険視した彼女が、自殺に見せかけ
消したのではないか……という説だ。


 他のも軍捩一の不審死に関連付けた物がたくさんある。

 大別すると

・軍殺害犯が、優秀な検死官である所の石榴由貴に真実を悟られるのを恐れ消した。

・実は石榴自身が殺害しており、軍一派ないしは上層部によって秘密裏に消された。

 むろんいずれも真相の究明には至ってない。


 ああ。それにしても。

 私が石榴由貴の不可解な自殺を考えるとき、常にリヴォルハインの関与を疑ってしまう。

 それこそ、「軍を殺し、妻の仇をとった釦押鵐目を庇うため虚偽の検死を行った石榴が、何らかの理由で彼と接触し……
口封じのため殺された」という、私のよく書く二時間ドラマの脚本(網田警部補以外にもちょくちょくそういうの書いてる)のよ
うな筋書きを考えてしまう。


 石榴由貴はなぜ死んだのか。

 今もって不明のままである。



【羸砲ヌヌ行のマレフィックシリーズ ”土星編” K】

 ソウヤ君。君はブレイク=ハルベルトの過去を覚えているかい?

 そう。兄の代わりにアイドルになったが、成功を妬む兄とその恋人に殺されかけてたね。
(やべ。ここまで内心禁止してたけどそろそろ限界! 石榴さんみたいなオンオフ目指してみたけどさ! 辛い!! あのね
あのねソウヤくん、私が内心ガマンするのって、はくしょんガマンするみたいなんだよっ! ムズムズするぅー! ムズカシー!)

 で、ブレイクのそういう過去を知ったリバースが、わざわざ彼の兄たちに天誅を下しに行った訳だけど(つかマシーンの幻覚
使って、妊娠中の女の人のお腹蹴らせるとか……怖いし許せんっ!! 女のコのやるこっちゃないよ!!)、その帰り道だね。

 リヴォルハインこと釦押鵐目がリバースに出逢ったのは。



【ある作家の手記12】

 当時の彼は会社を立ち上げるべく、バイトをしていた。

 もちろん相変わらず暗部を見つけては暴露していた。勤務先を幾つも潰す迷惑な奴だった。

 リバースがブレイクの兄夫婦に報復をした日、リヴォルハインは新聞集金のため、彼らのいる、家賃4万円の古臭いアパ
ートを訪れていた。
 すると「ああ」である。ただならぬ様子に武装錬金を直感したあたりさすが戦士と言うべきか。

 去っていくリバースの手に肩を乗せ呼び止めた。


 ……まあ、後はリバースの性格を考えれば分かるだろう。色々『伝えられた』。

 ただリヴォルハインも負けてはいない。腐ってもレティクルの幹部の天辺星に勝った男だ。
 散々と甚振られながらも堪え、正義を説いた。

 セリフにすれば「あの二人は乃公がお助けになられるっ!」という感じだろう。

 リバースは溜息とともにマシーンを使った。必中必殺の幻覚特性で始末しようという肚だ。

 だが──…

 通用しなかった。

 年のため言っておくが、彼は、当時、人間だった。
 にも関わらず、世界に谺する怨嗟の声の振動破壊が一切通じなかったという。


 驚愕するリバース。『あの寡黙な彼女が』、声を出し理由を問うたというから、動揺ぶりたるや察するに余りある。




「舐めないで頂きたい! 怨霊など常に乃公見られている!! 救えなかった命! 人々! マイワイフ!」


「それら無数の怨念が常に乃公に纏わりついている! だからこそ乃公前にお進みになれるのだ!!」


「乃公は彼らに説いて曰く……転化せよ!! 君らの怨みより正しき次元に昇華せんと!」


「さあ少女よ銃弾を解き放つがいい! 乃公それをも糧にされ……」


「総て救おう!!」



【羸砲ヌヌ行のマレフィックシリーズ ”土星編” L】

 哄笑し手を広げ歩みを進めるリヴォルハイン。あのリバースが、鐶光さえ恐れるリバースが気圧されたというから相当だ。

 まぁ無理もない。当たれば固有振動数で人を分解していく超遅行性の必殺毒を浴びながら平然としているんだからね。
(リヴォまじ魔神! ああでも当時の身長は180ぐらいだったそうだよっ! 2m超えたの細菌型になってから!)

 そしてリヴォルハインは言う。






「むっ! 少女よお前はレティクルエレメンツにあらせられるな! 匂いで分かる! 天辺星の後釜と乃公見られた!!」


「面白い、運命とはかくも面白いものかっ! ミッドナイトも死んだと聞く! 後釜が必要だろう! 連れていくがいいっ!」


「というか乃公みずからついて行かれよう! 200円あるっ! タクシーお使いになられよう!」





 そして彼は細菌型の実験材料となり──…








「インディアンを効率良ーく殺す方法をご存じかしら?」

「まさかあれだけの巨体をいとも簡単に無力化するとは……。大戦士長ともあろう者がとんだ
不覚を取りました」

 扉の向こうから声が聞こえてくる。

 リヴォルハイン=ピエムエスシーズは自らの数奇な運命にわくわくしていた。

(よもや大戦士長という役職! かの坂口照星を甚振る羽目になろうとは!!)

 それは必要な任務だった。レティクルの今後に関わる、ただの私刑以上の儀式だった。

 戦団を離れて10年。細菌型ホムンクルスにも変貌した。照星はきっとリヴォルハイン……釦押鵐目に気付かないだろう。
これから起こる拷問の中、照星はきっと気付かず終わるのだろう。

(しかし天然痘ウィルスになるとは斬新である! 乃公よもや絶滅種に巡り合えようとは思いもされなかった!!)

 照星の毛布に染みついた”自分”を思いリヴォルハインは手を広げその場でクルリクルリとターンした。

 リバースとイオイソゴが何か密談している。
 クライマックスは教師時代のように楽しげにソワソワ。
 ディプレスの顔には薄暗い笑み。
 デッドはときどき焦燥を浮かべ。
 ウィルはダルそうに生あくび。
 ブレイクはリバースを気にかけている。照星とは話したそうだ。


(みな悉く乃公は救う! それはマイワイフ、幄瀬みくすとも一致しているのだ!)


 彼女の最期については、グレイズィングたちから聞いている。
 何を言ったかも知った。想像通りだった。

 不条理な彼女の死を思うたび、リヴォルハインはつくづく感じた。
 この世の、不合理を。
 かつて立てこもり犯を射殺した時のような二律背反がこの世には多すぎる。
 どちらかを選べばどちらかが失われる。
 悪徳が蔓延れば善意は消える。


(なぜ共存できぬか乃公不思議でならない! いや、むしろ悪徳の生存を許さぬから却って深いところに潜り込み、思わぬ
害意を振りまくのだ! 悪徳は悪徳で在っていいのだ! 乃公さんざ偽装だの横領だのを暴いてこられたからこそ分かる!
ただ正義を主張するだけは不十分なのだ! いくら暴走族や暴力団を殺したところで解決にはならない! 由貴様は亡くな
られたと聞く! あれほど正しきに拘っていた彼女さえ辞せずに居られぬこの世界!! 変えるには肯定が必要なのだ。マイ
ワイフのごとく肯定し、上手く使い、さりげなく正しきを少しずつ撒く、肯定が必要なのだっ!)

 ゆえに彼は決めた。マレフィックたちが知恵を絞りリバースが鐶のために作った細菌型の体で。

(錬金術が悪徳とみなす原則さえ肯定される仕組みを乃公これよりお作りになられるっ!)

(されば錬金戦団は無限の闘争から解放され、したがって軍氏がごとき悪徳も自然と清められるっ!!)

(マイワイフがごとき犠牲も避けられ! 由貴様の望むまま、死したる者たちを輝く未来の礎にできる!)

 むろんレティクルエレメンツにいる以上、悪と見なされるのは避けられないだろう。
 だがリヴォルハインは構わなかった。まったくまったく構わなかった。


(穢れを祓う物は穢れる。乃公敢えて病となられよう。でなくば何もかも変わらんと乃公確信を持って断言されよう)


 扉が、開いた。


 この世界の病理を排斥するため病理と化した男はその向こうの輝きを幻視した。


 ドアがゆっくりと閉じられ──… 
 呼吸困難に苦しむ坂口照星目がけリヴォルハインは静かな決意を込めて歩き出した。






 哺乳類の生存に欠かせない『胎盤』

 その形成にウィルスが大きく関与したという。

 胎盤の胎児側の表面には絨毛膜がある。この表面を覆う『ジンチウム細胞』は、母体と胎児の血中物質やガスを交換す
る大変重要な細胞だ。

 そのジンチウム細胞を作るのに欠かせない遺伝子──シンシチン遺伝子──こそウィルスに由来する。
 そんな論文が、2000年、科学雑誌「ネイチャー」に発表され注目を集めた。

 驚くべきコトに、子宮細胞には、太古の昔潜り込んだウィルスが生きており、妊娠成立とともに活動を始め、シンシチン遺
伝子を活性化し、ジンチウム細胞を作るという。つまりこの説はウィルスが命を育む……そう言っている訳だ。

 しかも他にも胎盤形成に貢献するウィルス(的な遺伝子)もあるというから驚きだ。



 細菌型ホムンクルス、リヴォルハイン=ピエムエスシーズ。

 彼は決戦の中で偉人となる。

 新たな理を育む病として……完成する。

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