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──接続章── 「”作り話のM/見たこともない世界へ”〜栴檀貴信・栴檀香美の場合〜」





【ヤーコプ=グリム・ヴィルヘルムグリム/作】

【関 敬悟・川端豊彦/訳】

【ブレーメン市の音楽隊】より】






 犬は、承知して、二人は一緒に歩いて行った。するとまもなく、路ばたに猫が一匹いて、ひどく不機嫌な顔をしていた。「おや
まあ、どうしたっていうんだね。床屋の猫さん」と、驢馬が言った。──「命にかかわるってときに、呑気にしていられますかい」
と、猫は返事をした、「あたしゃあもう年をとって、歯はなまくらになるし、鼠を追っかけまわすよりゃあ、竈のうしろで、ごろごろ
喉を鳴らしている方がよくなったもんだからね、うちのおかみさんがあたしをぶくぶくさせようとしたのさ。どうやら逃げては来た
ものの、さてどこへ行ったもんか思案に余ってるんだよ」──「俺たちと一緒にブレーメンに行こうよ。なんてったって、お前さん
は、セレナーデを知ってなさるから、町の楽隊になれるよ」。猫は、これをきいて、なるほどと思って、一緒に出かけた。





                          【参考文献:角川文庫 「完訳 グリム童話T さようなら魔法使いのお婆さん」】






 ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ。有名な童話に肖(あやか)った奇妙な集団。


 貴信と香美の入隊後およそ2週間が過ぎた。

 ミッドナイトという敵の幹部はまだ見つからない。よほど神出鬼没らしい。



(しかし……)

 夜。繁華街の中。ズキズキ痛む全身を辛うじて前身させながら、貴信はため息をついた。

(想像していたけど!! 特訓は厳しい!!)

 凄絶な修行が始まったのは加入後すぐである。

(いきなり実戦形式なのには頭を抱えた!!)

 無数の剣技。変幻自在の忍法。ビーム。神経を破壊する青い雷撃。

 野営するたび仲間たちが容赦ない攻撃を仕掛けてきた。貴信はそれを鎖一本でどうにか凌ぐほかなかった。もちろん最
近までただの内向的な高校生だったから、基本は打たれるままされるがままである。

(敢えて肉体を酷使し、核鉄の回復でより強固にする! 戦団……『彼女』が恨んでやまないあの組織の十八番だけど!)

 まったく肉体に優しくない手段である。このとき貴信の疲労はそろそろピークに達しつつあった。

「まったく。そろそろ特性ぐらい掴んだらどうだ新入り」

 無愛想な声が足元でした。隈の浮いた眼で力なく下を見る。えび茶色のチワワがいた。ひどく不快らしく軽く牙を剥いている。
 ここで貴信はやっと現状に立ち返った。

(そうだった!! 手分けしてミッドナイトを探しているんだった!!)

 小札と総角はいま別行動中だ。
 鳩尾無銘という教育係がついていなければ合流できるかどうかも怪しい貴信だ。

「は、はは……! すまない!! というか声!! 自重しないと!!」
「貴様がいうな」

 舌打ちしながらも声を潜めたのは、行き交う人々を鑑みてのコトだ。時刻は午後8時を少し回ったあたりだ。道の脇には赤い
提灯が幾つも並び、そこめがけ人波が吸い込まれたり吐き出されたりしている。幅5mもない通りはいまや混雑の様相を呈し
ている。貴信がひらりと身をかわし蒼ざめたのは、くカラーギャングらしい若者とぶつかりかけたからだ。裏返った声で必死に
謝るうちにも人の波はどんどん傍を流れていく。赤ら顔の中年男性。肩を汲んで歌い合うサラリーマンたちはまだ若い。見
栄えのいい男性とうっとり腕を組んでいる妙齢の女性もいた。行き先を眼で追った貴信は慌てて顔を背けた。ホテルの看
板が見えたのだ。何気なく振り向いた無銘も毒々しい輝きにやられたらしい。頬を染め俯いた。

(…………まさかもりもり氏と小札氏)

(あちらに行ってたりは……)

 シャツの裾を咥えた小札。そのなめらかな腹部はほぼ胸元の辺りまでさらけ出されている。

 うっすら浮き出たあばら骨。細いくびれ。へそ。吐息。揺れるおさげ。

 赤く染まる頬。甘く潤む大きな瞳。詰め寄る美丈夫。彼は少女のボタンを慣れた手つきで外していき──…

(いやいやいや!! もうすぐ合流時間だし集合場所も近くだし!! そんなのない!! 絶対ない!!)
(古人に云う! 色即是空!! 使い方違うけど色即是空!!)

 ブルンブルンと頭を振っていると声がかかった。

『つかなんであんた犬なのに喋れるのさ?』

 たどたどしくも明るいそれは香美のものである。一瞬貴信はヒエとふためき慌てて周囲を見たが幸い辺りは酔客だらけ、
数少ない理性の持ち主たちも気にした様子はない。酔っ払いが何か騒いでいるぐらいにしか思っていない……貴信と同じ
理由で安堵したのか。無銘は目を三角にした。

「黙れ!! 姿はこうだが我は人間なのだ!! ゆえあって人間の姿になれないだけなのだ!!」
「ま!! まあ確かに!! 武装錬金を発動できる以上、貴方は人間!!!」

 やや屁理屈だが貴信的にはそれでいい。人間型というコトにしておかないと無銘という少年はひどく気分を害するのだ。

(……僕と一体化しているとはいえ香美も武装錬金を発動できた! ロバ型の小札氏だってマシンガンシャッフルを持って
いる!)

 動物型でも武装錬金は使えるようだ。もっとも従来の学説からすればまったくイレギュラー極まりないが──…

(レティクルエレメンツ! ディプレスやデッドの属する組織は……それを覆せるだけの技術力を持っている!!)

 残酷にいってしまえば無銘はつまり、やや例外的な要素を孕んでいるとはいえ……イヌ型なのだ。

(にも関わらず人間であるコトに拘っている!!)

 聞いた話ではまだ母親の胎内にいるころ幼体を埋められ無理やりホムンクルスになったという。
 出生が出生だから納得できないコトもないが、しかし貴信のすぐ傍には香美がいる。
 香美はまったく元の姿への固執がない。時おりまた貴信の膝の上でくつろぎたいと甘えた声を出すが、どうやら今の姿
……つまり人間型でやっても構わないらしい。

 要は無銘と違って姿への固執がないのだ。
 それぞれの種族的傾向や性別、本来の性格の違いのせいだ、そういってしまえばそれだけだが……。

(なにかとても強い意思が感じられる!!)

 例えば香美が、弱いものイジメを絶対許さないような……信念というべき固い芯が。

 言葉の端々に見受けられるのだ。



(そういえば……どうしてもりもり氏や小札氏と旅をしているんだ?)


(僕が遭遇してしまった『盟主』。2人との間で何があったんだ?)


(ディプレスは何か知っているようだったが──…)


(鳩尾。貴方も僕たちと同じなのか? 『幹部』と何か……因縁が?)



 ふと視線を下げる。目が合った。迷いながらも疑問を投げかけようと思ったのは、この旅がもはや貴信たちの運命にも深
く食い込んでしまっているからだ。

 デッドへの明確な答えを出し、決着をつけ、ディプレスが満足できる戦いをやり……元に戻る。

 そのため総角たちに同行した。力を貸すと約束し、苛烈な訓練をこなしている。

 だから何か1つぐらいは知っておきたい。そんな気分のもと貴信は口を開き──…



「いやーお兄さん!! 優しい瞳をしてらっしゃる!!」


 不意の声にさえぎられた。


 びくりと肩を震わせながらそちらを見る。


 ひょろりとした男がそこに居た。年のころは20代前半というところだろうか。やせ形で背が高い。

(……マズい!!)

 貴信が身を固くしたのは男の顔立ちのせいだ。
 サングラスをかけ、右のこめかみから首筋にかけて半円状の火傷がある。
 堅気じゃない!! ホムンクルスたる身上を棚にあげ逃げるコトさえ考えた。

「お!! その揺らぎっすよ!! くぅー! いいっすねえ! まるで小動物のような儚さ!! 女心をさぞやくすぐるコトで
しょう!!」

 対する男といえば実に和やかな調子だ。人好きのする笑みで揉み手をしながら、貴信の周りをぴょこぴょこ飛び回っている。
出てくる言葉は心をくすぐるものばかりだ。当初の警戒心はどこへやら。外見にコンプレックスを抱く貴信はまったく夢心地で
男の声を聞き続けた。

(あ……そうだ! 話に聞いたコトがある!!)

 褒め屋。路上で人を褒め対価を得る職業。いささか卑賤のきらいもあるが、なかなかどうして、いざやられて分かる心地よ
さ。呆れる無銘もなんのその、出立のとき持った路銀の幾ばくか、並の宿なら3泊できる料金をついつい男へ差し出した。

「ありがとうございやす。ありがとうございやす。にへへ。まったく素晴らしい気風をお持ちで。きっとそいつは定年退職のと
き返ってくるコト受け合いでさ。ささやかな、しかし大変心の籠った送別をばして頂けるコト必定!!」

 財布を取り出す。所持金が5桁単位で減った。

『ちょご主人!? それおとーさんが残してくれた大事なやつでしょーが!! ぼこすかあげたらダメじゃん! ダメ!!』
「んんん? どこからともなく天女のような声! いったいどこからでございやしょう」

 男が額に手をあてキョロキョロし始めた瞬間、貴信の理性は回帰した。

(マ!! マズい!! 香美に気付かれたらマズい!!)

 どうにかしなければ。慌てふためき始めた瞬間。


 意外なところから助けがきた。



「もしや命野(みことの)くん!? 輪(りん)くんなのでしょーか!!?」


 人混みの隙間から小さな影がぴょこりと飛び出してきた。


「あ。小札氏「お師匠!! お師匠じゃないですかーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 ……貴信の声が蚤の囁きに思える大音声だった。通り一帯を貫いたそれは人々の耳を焼いた。
 遠くでガラスの割れる音がしたが、もしかすると彼のせいかも知れない。


 とにかく彼は小札めがけひた走ると……。


「いやはや突如いなくなられて幾星霜!! まさかこんな所でお逢いできるとは!!!!」」

 何と小札を高々と抱き上げくるくる回り始めた。

 彼女は戸惑っているがまんざらでもなさそうだ。おさげを風で洗いながら、きらきらきらきら笑っている。


(あがが……!!)

 口をあんぐり開けた貴信がガタガタ震え出したのは


「フ…………!!!」


 人混みで壁の花を決め込む総角の顔が、仁王のごとく引き攣っているのを認めたからだ。


(やばい。あの表情はアレだ!! 『昔の男か!』っていう修羅場モードのアレ!!)

 特訓の最中、何度となく総角の怖さを味わっている貴信だからこそ褒め屋……命野輪が心配でならない。



(というかお師匠!? どーみても小札氏の方が年下なのに……お師匠!?)



 この謎めいた出会いが起こったとき、誰もがその後の運命を予期していなかった。


 命野輪はいずれ名を変える。

 ブレイク=ハルベルド

 後にレティクルエレメンツの幹部として……再生する。


 ただしこの時はまだ錬金術とは無縁なただの褒め屋で──…




 栴檀香美は悩んでいた。


(なんでさ。なんでご主人交代したわけ?)
(そそそその!! お前が前に居る方がもりもり氏の不興を買わないだろうし!!)

 むー。難しい顔のままパンを食べる。いまいるのはファミリーレストランだ。手づかみOKの食べ物をもしゃもしゃ齧りながら
辺りを見渡す。

 丸いテーブルがある。白いテーブルクロスがかかり、その上でいろんな食べ物が湯気を立てている。

 取り巻いてるのは香美以外では3人だ。総角、小札、そして命野(みことの)。
 目下かれと小札だけが昔話に花を咲かせている状況だ。
 総角はというと瞥見の限りではふだん通り、非常に取り澄ましてしている。だが命野が何かの拍子で小札に接近したり、
或いは肩に触れたりするたび非常に不穏な空気を漂わす。まったく微小で一瞬、それこそ動物的直観を持つ香美でなけれ
ば嗅ぎ取れぬほどわずかな殺気。貴信曰く相当の自制心らしいが、香美にいわせれば「ガマンするぐらいなら怒らニャいー
じゃん」である。

(いや!! 男というのはそーいうものなんだ!! 疼くような嫉妬があるのに!! 表に出したら負けなような気がして!!!
一生懸命ヤセ我慢してしまう!!)
(ご主人はそーいうのあんの?)
(ないけども!! ないけれども!!)


 体を共有して以来、彼らは頭の中で会話ができる。もっともいまなぜ貴信が泣いているのかは分からない。そもそもそういう
人間的な複雑な機微に疎いのが香美だ。疎いというかどうでもいい。まどろっこしい。総角を見る。イヤならイヤでちゃんと
いえばいいでしょーが。喉まで出た言葉は貴信の手で押し込められた。

 まったく訳の分からない状況だ。矛先は命野に向いた。

「つかあんたなんなのさ? なんであやちゃんと仲いいのさ?」

「よくぞ聞いた!!」 総角がテーブルの下で拳を握り締めるのを、このとき外にいた無銘は目撃した。


「ママー。ワンたんがレストランを覗いてるよー」
「あら可愛い!! あと仕事の都合でこんな夜更けまで託児所に預けててゴメンなさいねー。決して夜の繁華街に子供連れ出
してるDQNな母親じゃないのよ私。このコが生まれる少し前夫が白血病で死んだから女手一つで育ててるのよー」

『ペットの同伴お断り』。そんな張り紙の下にいる鳩尾無銘、社会のルールは守るタイプだ。

(わ、我は人間だからな!! でもいまの姿がこうだからリードとかつけてちゃんと待ってるのだ! 偉いのだ!!)




「ふーん。じゃああんたさあんたさ、あやちゃんにそのヘンな喋り方ならったわけ?」
「ヘンとはこれまた手厳しい!! いやはや元の口調も混じっておりやすからねー、お師匠ほど滑らかではない訳で、まったく
要精進、芸の道とは険しいすね」

 香美は大いに顔をしかめた。

(聞いたけどまっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっったくよー分からん!! どゆコトさご主人!?)
(えーとだな。要するに)


 命野はもともとカラーコーディネーターを志していたらしい。しかし高校時代、事故に遭い、全色盲になった。


(ぜんしきもうってなにさ?)
(色が分からないってコトだ!! ネコ時代を覚えているか!?)
(んー。そーいえば何かそこらじゅう地味くさかったじゃん)
(彼もそうだ!! つまり世界が灰色に見えている!!)


 サングラスをかけているのはせめて夜の黒を味わいたいため……。


 しかも見ての通り顔に大火傷を負ってしまった。夢破れた彼はしかしこう思ったらしい。

 まだ命はある。世界は広い。何かやれそうなコトを探してみよう。


(小札氏と逢ったのはその時だとか!!)


 水泳、将棋、木彫り……種々雑多な教室を渡り歩くうち、とある話芸の教室に行き着いたという。


(そこにあやちゃんがおった訳?)
(そう!! 当時小札氏は16歳!! まだ人間だったころで)

 総角と出逢う前で。



 そして極度の人見知りだったという。


(よーするになんかオドオドしとったってコト?)
(今からは考えられないが! そうだ!!)




「で、基本的なコト教えて貰ったんすよ。だからお師匠!!」
「いえ! いえいえ!!不肖はその、先達として当然のコトをしたまでで……」

 顔の前で手をバタつかせる小札はまったく恐れ多いという様子だ。



「しかし……。どーしてそんなお姿で?」



 命野は首をかしげた。


「むかしは巫女服でしたのに」






(巫女服?)


 といえば紅い袴のアレである。貴信の想像図はすぐさま香美にも伝わった。

(んー。なんかちっこくて可愛いじゃん)

 目を細めノドを鳴らす。空想上の小札は神社に居る。手水の前で柄杓片手にあどけなく見返り美人を気取っている。
 貴信の母親は可愛い女の子が大好きだった。友人に女児が生まれれば過剰なまでに頬ずりしていた。女のコが欲しい。
生前の口調はそれだ。彼女いわくガチャガチャを粘るような感覚で『いろいろ』頑張っていたらしい。もしサバゲーの最中
事故死を遂げなければ今ごろ貴信はお兄ちゃんだっただろう。

(母さんの血だ!! その血が香美にも出ている!!)

 一体化に伴い使われた貴信の肉片、それに眠る母のDNAが香美の姿かたちを作っているのだ。
 なにかと小札にじゃれつくし、いまは巫女服姿(想像図)にトロトロリンと萌えている。

(とにかくまあ、何となくだが小札氏の過去は分かってきたな!!)
(うん! よーわからんけどアイツと逢えてよかったじゃん)

 もうそろそろお開きだろう。外の無銘に眼で知らせつつ彼らは立ち上がり──…







「あ!! あと一世さん!! 一世さんはお元気すか?」






 店内に凄まじい音が響いた。椅子が倒れたのだ。他の客の視線が集まるなか、香美は見た。椅子の前で立ち竦む総角を。
テーブルクロスの裾を強く掴み、凄まじい形相をしていた。苦渋や哀切、無力感に満ちている。憤激さえ色を添えているの
は度重なる不快感がとうとう決壊──最も触れられたくない部分に触れられたため──したせいか。

 命野といえばギョっとした表情でそれを見ている。




「……行方不明だ」

 もともと低い声音を更に低くしてかれは呟いた。表情は見えないが心なしか震えているようだった。

「はい?」
「アオフなら……数年前から行方不明だ」


 言い聞かせるように呟きながら椅子を直す総角。そこに普段の余裕はない。

 貴信は、首をかしげた。


(一世? アオフ? 誰なんだそれは?)


 文脈からすると同一人物らしいがどういう人物かは見当もつかない。

 香美としては突っ込みたかったが──…




「……すまない」
「い、いえ。こちらこそ知らぬコトとはいえご無礼を」




 謝り合う彼らに思いとどまった。
 栴檀香美、機微は分からぬが悲しい空気を乱すほど低俗でもない。






「……すまなかったな。取り乱してしまって」
「い、いえ。こちらこそ知らぬコトとはいえ」


 やがて彼らは店の前で別れた。



(結局誰なのさ。さっきいってたの?)
(分からない)

 ただ「アオフ」「一世」という単語が出てから小札の表情がめっきり暗くなった。口数も減った。


(さっきの人に聞けば分かるんだろうけど!!)

 振り返る。道の向こうにまだいた。駆け寄ってでも聞きたかったが、どうやら彼は彼で用事ができたらしい。

 バッタリ出くわしたのか。

 身なりのいい女性と親しげに話をしている。どうやら知り合いらしい。眺めるうち彼らは雑踏に消えた。




「アオフ。数年前。盟主と戦った男の名だ」
「え?」

 首を元に戻すと総角がそこにいた。踵を返したのだろう。見栄えのいい長身がすらりと立っている。


「前にも話したと思うが、盟主は武装錬金特性で斃せない」
『あ、ああ!! けれども武装錬金そのものでは斃せるとか!!』

「1つ教えてやろう」

「盟主はその弱点を埋めるため、剣技を磨いた。結果身長57mの自動人形とやり合えるだけの実力を手に入れた」
『剣1本で!? そんな、いくらホムンクルスでも!!』
「無理だと思うだろう。だが盟主にはそれができるんだ」
 俺は見た、そう切り出された話に貴信はあやうく絶叫しそうになった。
「超高速で飛んでくる550tの巨大ロボに真正面からぶつかり──…片腕を斬り飛ばしたのさ。盟主は」
(ぼぼぼぼぼ僕は、そ、そんな男を……!?)
 地下駐車場で襲撃し、義手を斬り飛ばした。どれほど危ない橋を渡っていたのか今さらながらに実感した。
「ちょ。ご主人!? そんな震えて大丈夫!? カゼひいた? カゼひいたの?」
『いいいいいやいやただの恐怖だ!! い、いずれ収まると思う!!』
「情けない。貴様にも盟主を斃せる可能性があるというのに」
 新たな声は無銘のものだ。小札の胸の中にちょこりと抱えられている。
『鳩尾!! やっと貴方のいう意味がわかった!!』
「?」
『つまり!! 特性に頼らず、武技そのもので盟主を上回りさえすれば……斃せるというコトだな!!』
「フ。御名答。お前なら分銅鎖術の秘奥に達すればいい」
 そして日本刀の武装錬金の使い手ならば剣術を……。
『だ!! だが!! それはそれで途轍もないコトなんじゃないのか!!?』
「……その通りなのであります」
 とは小札。いまだ顔は青白い。
「武装錬金の特性が当てにならぬ以上、盟主どのとは純粋に技量を競うしかございませぬ。けれどその盟主どのご自身が
並はずれた剣腕となりますれば、やはり上回るのは至難の業」
『つまり!! 特性にしろ武技にしろ!!』
「盟主は簡単に斃せん」
『…………』
「……フ。ひとつ気付いたが小札を慮り黙ったようだな貴信」
『い!! いや!! 僕は何も気付いていない!! ちなみにピカイチの語源は花札!! 一番点数の高い”光物”にまつ
わる光一(ひかりいち)ってルールがある!! だから略してひか一、それが転じてピカイチだ!!』
 あわてふためく貴信に溜息と微笑が漏れた。この少年はウソがつけないらしい。

「まあいいさ。これから共に闘う以上、隠し事ばかりでもつまらん」

「お前が気付いたのはアレだろう。かつて小札が述べていた『盟主の攻略法』」
『えーと……』
「だが直後小札はこうもいった」

──「ですが…………命を賭したそれは失敗した次第です……」

「フ。さすがに薄々気づくだろう。『誰が命を賭した』のか」
『やっぱりアオフって人なのか? 命野氏が一世と呼んでいた……』
「ああ。そして攻略法は文字通り、命を賭さねばできなかった。なぜなら盟主の武装錬金特性は──…」




 ややあって。貴信の中にあった大きな疑問が氷解した。


『特性合一?』
「そうだ。奴は敵の武装錬金特性と一体化できる」


 好例はあの夜だという。デッドの”ハメ”が破られた直後。


「分解能力……ディプレスのスピリットレス。盟主は無傷でくぐり抜けた筈だ」
『ああ!! どんな物でも分解できるあの能力がまったく通じていなかった!!』
「フ。それは当然のコトさ。何しろ盟主は攻撃されるたび……敵の武装錬金と1つになっている」
『1つに!?』
「ああ。炎を浴びれば炎となり、ガスを撒かれればガスとなる。しかもその合一は決して分かたれない。お前らと違って……
ディプレスの分解能力でさえ切り離すコトはできない。なぜなら」
『攻撃を受けた瞬間、盟主自身が分解能力になる……から!?』
「そう。ヴィクターの話はもうしたな? 奴の重力操作を以てしても……盟主、メルスティーンを斃すコトはできない」
『なのに巨大ロボ相手と生身で戦えるほど強い!?』
 貴信は混乱した。はたしてそんな存在を斃す手段などあるのだろうか。
「フ。だからこそかつて俺たちは攻略法を論じた。無敵に見えるといえ特性は特性。抜け道は必ずある……と」

 はたして結論は出たという。

「それは──…」




 ややあって。貴信はただ悄然と立ちすくんでいた。

『……残酷すぎる!! そんなの! 残酷すぎる結末じゃないか!!』
「それでもアオフ自身が納得して選んだ道だ」
 総角はいう。それでも……「一世」という綽名を持つ彼が犠牲になってなお、いまだ盟主は生きている。
 だから止めなければならない。それがアオフの遺志を継ぐというコトなのだ。
 
 語気には珍しく熱が籠っていた。それだけでどういう存在か……分かるような気がした。

「メルスティーンは常に被害者を加害者に仕立てあげる。幹部連中はみなそうやって育てられた」
『だからデッドは僕に『殺されようと』?! 僕を……新しい加害者にしようと!?』
「その忌むべき循環は断たねばならない……というのが。フ。俺の持論なんだがお前たちは自然にそれをやってのけた」

 だから仲間にしようと思ったのさ。普段通り笑う総角に貴信は頬をかいた。

(正直、香美がいなければ堕ちていたけどな……)


「ちなみに俺は盟主のクローン」
『ああ。だから顔がソックリなんだな……って!! ちょっと待て!!』
「なんだ?」
『初めて聞いたぞ!! てっきり血縁関係か何かと思っていたのに……クローン!? 貴方が!?』
「フ。安心しろ。奴そのものじゃない。ディプレスも言っていただろう」


──「オイラはお前が怖いwwwww だって盟主様の武装錬金の『古い方』を使えるもんなあ〜。ブヒヒwww あれは強いwww
──強すぎるwwww 主税とかいう名前はいつも思うがwwww本当、皮肉籠ってるよなwwwwwwwww」


『古い方!? そーいえば貴方の認識票は!!』
「そう。DNAさえあればそいつの武装錬金を複製できる。で、俺を構成している細胞というのが」
『盟主の昔の細胞からクローニングしたもの!!』
「フ。お前ってときどき鋭くて頭いいよな。またまた御名答」
『!! じゃあその、主税って名前はもしかして!!』
「そ。由来のひとつは力太郎だ。岩手の昔話に出てくるアレな。垢で作られた人形」
 どうやら盟主の垢からクローニングされたらしい。
『というか由来の『ひとつ』? 他にも何か──…』

 疑問が多すぎる。貴信は言葉半ばで考え込んだ。

 そもそも盟主の武装錬金の『古い方』とは何なのだろうか。

(メルスティーン。いまは特性合一という反則技を持つ彼だ。恐らく、昔の武装錬金も相当強力な筈)

(もりもり氏はそれを使える。けど──…)


 DNAを用いた複製は、媒介の消費を伴う。


(自分の体細胞が対象の場合……どうなるんだ?)



(まさかもりもりさん……貴方もまた……犠牲に……?)

 


「あ、そうそう」


 小札を撫でながら総角はぽつりと呟いた。


「俺たちが無銘と出逢ったのは数年前。……アオフが消えた、やや後だ」







『と! いうのが僕たちとみんなの馴れ初めだ!!』
「なるほど……です。謎が……溶けました」

 卓袱台の前で鐶は頷いた。最初貴信が当事者を4人と述べたのは、盟主がどれほど関わっているか分からないためだろ
う。

「旅してる理由も……つまり……盟主さんを……」
『ああ!! 止めるためだな!』

 盟主。鐶の知る幹部たちが折にふれ仄めかしていた存在。
 総角が彼のクローンだという事実は少なからず驚きをもたらしていた。

「てかひかりふくちょー。あんたあまりおどろいてるよーに見えん」
「いえ……これでもかなり…………ビックリ、してます」

 呟く鐶はしかし相変わらず虚ろな瞳のままだ。表情もどこかボーっとしている。
 ネコ少女の胡乱な視線を感じたのか。彼女はそうっと瞳を指差した。

「本当です……ほら、瞳孔が……きゅーーって引き締まっています……」
 香美はその顔をしばらく眺めていたが結局なんの変化も見いだせなかったらしく、癇癪を起こした。

「アオフさん……一世さんと呼ばれていた人は……何者なのでしょうか?」
『分からない!! もりもり氏たちはあまり多くを語ってくれない!!』
「きゅーびの奴も知らんらしいじゃん」

 鳩尾。その言葉が出た瞬間、赤い三つ編みがとくとくと弾んだ。

「……その、無銘くんの…………話は……なにか……ないでしょうか……?」
 貴信は少し考え込んだ。


『彼にもプライバシーがある!! 僕たちがあまり語るべきじゃないけど!!」

『実は僕たちが加入した当時、鳩尾はもりもり氏たちを『さん付け』していた!!』
「え……今は、『師父』とか『母上』とか…………呼んでいるのに……ですか?」



「なんかさ。さっきさ、あいつあやちゃんたちとぎこちなかったよーじゃん」
『僕たちは見た!! 彼がもりもり氏たちと親子になる瞬間を!!』



 特異すぎる出生をした鳩尾無銘。

 葛藤を乗り越えたのはミッドナイトという幹部との戦いの最中。

 やはり運命は皮肉である。

 ミッドナイトが狂ったのは……鳩尾無銘誕生を取り巻く環境のせいなのだから。


                     ──接続章── 「”作り話のM/見たこともない世界へ”〜栴檀貴信・栴檀香美の場合〜」 完


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