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──接続章── 「”光歪む度に新しい空” 〜頤使者・ライザウィン=ゼーッ! 精覈せしは盟主〜」





 100年ぐらい前だったかな。ヴィクターの一件があったころだ。

 ぼくは戦団に対し反旗を翻した。そこまでの事情はいろいろあったが本題でないので省くよ。
 とにかくだ。ヴィクトリアにクローン技術を教えたぼくは、日本を目指し旅していた。

 旅の目的はいずれ語るが……その道中だよ。ディプレス以外の古株と出逢ったのは。

 最後に加入したのはグレイズィングで、それはそれは心身ともにひどい傷を負っていたがやはりここでは省く。
 ただ人外と化すまでは拷問などとはまったく無縁の、清楚だが誰よりも医者の本分に燃えているうら若き女医だった……と
いうコトだけは伝えておこう。ああなったのは錬金戦団のせいだね。ふふ。

 ふ。ここからが本題だ。

 盟主盟主と呼ばれているぼくだが、実は肩書ほどレティクルエレメンツの創成には関わっていない。

 厳密にいえば以前あった時系列……ウィルが正史と呼ぶ「本来の歴史」では一から作り上げていたようだし、そう意味で
はやはり盟主なのかも知れないが──…

 今回の歴史においてレティクル創設を促したのはウィルとイオイソゴだ。
 ぼくは草案をまとめたに過ぎない。言いようはいろいろあるだろうが、『いまこうして生きているぼくの』実感としては……
総角の音楽隊よろしく3人で立ち上げた組織、合弁的なものだ。
 むしろイオイソゴに誘われ加入した感じかな? ふふ。
 そのイソゴにしたってウィルに誘われた結果そこにいた。
 つまりだ。今回の歴史においてレティクルを立ち上げたのは。
 『水鏡の近日点』(マレフィックマーキュリー)たる彼………………………………………………といえなくもない。

 ではなぜウィルはぼくに近づいたのか?

 正史におけるレティクルエレメンツは、ぼくが立ち上げた90年後、つまりヴィクター覚醒の10年前、大反乱のすえ敗北し
消滅した。しかし奮戦ぶりはまったく後世に残るほどだった。
 もちろん戦団に与えた被害はヴィクターに遠く及ばない。されど怠惰にかけて貪婪なウィルだから相棒に据える気などあ
ろう筈もなくだ。ふ。何しろヴィクターときたらホムンクルスさえ糧秣にし、錬金術の産物すべて滅さんとするからねえ。
 数枚劣るとしてもレティクルという組織……とても魅力的だ。力添えさえすれば庇護してくれるし、事実そうなっている。

 正史におけるぼくたちの全滅からさらに310年ほど未来にいたウィル。

 レティクルを知りうる立場にあったのはいうまでもない。
 で、考えた訳だ。
『10年前』からヴィクター覚醒まで乗り切れば、とね。
 ぼくらを下した戦団とて、ヴィクター討伐で疲弊したところを狙えば……そう踏んだ訳だ。
 小細工じみてるし、正々堂々真っ向から相手を壊したいぼくにとってはなかなか不満なやり口だが、仲間たちは概ね賛同
とあらば文句はいえない。

 うまいタイミングだとは思うよ。考えてごらん。ヴィクターの件が落着したあとじゃダメなんだ。何しろ武藤カズキという少年
が月から戻ってきてしまう。イソゴ曰く「マレフィックではぜったい勝てない」彼だ。そういう相手とこそ戦いたいのがぼくだが、
かつて際どいところまで追いつめてきたアオフ……小札零の兄に似たものを感じてもいる。しかも根幹は常に揺らいでい
るマレフィックだ。干戈を交えれば何人か確実に籠絡され改心するだろう。
 武藤カズキは危険だ。だからウィルは、彼が月に消えた時期に蜂起するよう促した。ヴィクター討伐の困憊を踏まえれば
納得の時期といえるだろう。ぼくは彼とも戦いたいけどね。ふふふ。

 イソゴの話が出たが、彼女がウィルに出会ったのはいつだと思う? ぼくと遭遇する400年前だ。つまり今から500年ほど
前というところかな。
 ウィルはのっぴきならない事情によって、自らの手で「4つ以上」時空改竄できなくなった。
 だから手足となる協力者を欲した。未来から過去へ。およそ800年、さかのぼらざるを得なかったのは、武藤ソウヤ、そし
て羸砲ヌヌ行のせいだ。

 イソゴは伊賀の薬師寺天膳の娘だ。そのせいかホムンクルスになる前……要するに人間のときから不老でね。成長が止
まった7つの頃にはもう30人ほど喰い殺していた。これらにどういう関連があるかは冗長になるので避けるけど、生まれなが
らに彼女は食人鬼だった。ホムンクルスにならずして食人衝動を持っていたというから驚きだ。そういう形質や血筋のせいで
忍びとして生きざるを得なかったイソゴは、半世紀もしないうちスゴ腕になった。
 ときは1500年代。ウィルは彼女の協賛を求めた。いかにして出逢ったか……ぼくが語るより彼らの過去を見た方が早い
だろう。

 ……ふ。話があちこちブレている感もあるがコレは敢えてだ。

 リバース、クライマックス、ディプレス、デッド。

 マレフィックの過去はおよそ4割あきらかになった。
 残り6人にもこれまで見てきたような『過去』がある。仄めかせるのはいましかない。

 ブレイクは、人の枠というものに失望した。
 そこでデッドと出逢い、仲間になった。
 小札やその兄の件で少々叛意を催しているのは困りものだが、ま、内部から壊されるのも面白そうなのでそのままだ。

 リヴォルハインは流れの中で自然に転がり込んできた。

 ぼくを勧誘したのは、ウィルにスカウトされたイソゴだ。そしてぼくが見出したグレイズィングはディプレスを誘い、彼の拾っ
たデッドがブレイクを呼んだからこそ、リバースがあのシークレットライブに引き寄せられた。
 クライマックスを呼び込んだのがリヴォルハインといえば……彼を導いたのは誰か、おのずと答えは出てくる。

 リヴォの経歴? ぼくにとってはまあ、「普通」かな。グレイズィングはやや猜疑的だが。



 さて。ウィルに話を絞ろう。


 彼の目的は前述のとおり組織の庇護にあやかるコトだ。ぬくぬくと守られ怠惰を甘受したい……ただそれだけの理念で
時空改変を繰り返してきた。
 正史で負けた筈のぼくたちを永らえさせたのはその具体的一例だ。
 羸砲ヌヌ行のせいで「自らの手では」4つ以上改変できないウィルは、制限ゆえに知恵を尽くした。
 残された数少ないアドバンテージ……歴史を知っているという利点を徹底的に活かしたのさ。
 怠惰なくせに学者顔負けの執念で幾度となく『10年前の決戦』を洗い、分析し、調査に調査を重ねた。
 そして何度もイソゴと出会い、何回も何回も、ぼくにレティクルエレメンツを作らせた。
 ……ふふ。気付いたようだね。
 そうさ。どうやらぼくらのレティクル、繰り返した分だけ負けたらしい。
 敗因はアオフシュテーエン=リュストゥング=パブティアラーと──…
 彼の率いる頤使者(ゴーレム)6体。
 暴悪的な力を律せるかれらにウィルは相当苦戦したらしい。

 負けるたびリセットし、未来から戦国時代へ飛び……やり直す。
 何度も何度も……500年近いサイクルを繰り返し、改変を、ぼくらやイソゴに代行させた。
 L・X・Eのような他の共同体に鞍替えしなかったのは、ほとんどは力量的な問題だ。正史じゃぼくらの全滅以降、際立った
組織は勃興しなかったらしい。L・X・Eが脅威だったのはやはりヴィクターを戴いているためだ。それ以外はまあ普通だ。
考えてもみたまえ。あのレベルならかの再殺部隊でも制圧できそうだろう? 

 ただ、だね。…………ふ。時空改変の影響で、1つ、超強力な共同体が生まれてしまった。
 ぼくらとも、音楽隊ともまるで違うかれらはまったく強かった。
 そしてウィルでさえ加入を躊躇うほど悪辣……っと。話が逸れたね。こちらは機会があれば語るとしよう。

 数えるのも馬鹿馬鹿しいほど負け続けたウィルは、その主因をアオフとみなした。
 小札の兄たるかれは戦団と密なる連携をとりぼくらを追い詰めた。
 よって離間を計り、ぼくを強化し、アオフを討たせんと試みた。


 ……結果。


 総角が生まれた。
 小札がホムンクルス化した。
 鳩尾無銘があんな体になった。



 犠牲者はまだまだたくさんいる。ふ。ぼくらが生き延びたばかりに死んだ人間もいるだろう。

 ウィルはもちろんそれを理解している。だが改変をやめなかった。

 なぜ怠惰に執心するのか? それはバーンアウトに由来する。
 今まで見てきたマレフィックで近いのはブレイクかディプレスだね。

 そんなウィルをホムンクルスにした存在こそが──…

 ライザウィン=ゼーッ!

「光子」「古い真空」を言霊に成り立つ頤使者(ゴーレム)。
 ちなみに「!」も含めての名前だ。変わってるね。ふふ。

『彼女』はウィルの体を怪物に置き換えただけでなく、核鉄とパピヨニウムを与え時空改変者に仕立てあげた。

 のみならず……。

 マレフィックアース。

 その存在さえ吹き込んだ。
 ぼくらがアースを呼び起こさんとするのはつまりウィル経由で知ったからだ。

 ではなぜライザウィンはマレフィックアースを知っていたか?

 詳しいところはウィルにさえ分からない。

 ただ、一説によれば彼女はアースのしもべだという。
 精神生命体と化した核鉄の創造主に作られたとも、人々が閾域下に隠し持つ闘争本能の奔流のなかから生まれいでた
ともいわれている。(ウィルからのまた聞きだが)
 いまとなっては真偽を確かめるべくもないが、戦乱を引き起こすため、ウィルに近づいたのは事実だね。

 といっても世界を愛していない訳じゃない。むしろ大好きだったという。
 が、ウィルの知る「並行世界同士が競合を繰り返し、戦いを起こし、観戦者……”より高次の存在”どもの歓心を買い繁栄
を得る」……説に則ればどうやらぼくらのいる世界はずっと前から死に体だったらしい。
 正史は武藤カズキと津村斗貴子の大団円以降、めぼしい戦いが途切れた。真・蝶・成体こそ生まれはしたがそれさえも
パピヨンパークで小火のうち消し止められ事なきを得た。
 
 ライザウィンはこの世界を愛していた。
 ホムンクルスが人に害を成し、戦士が武装錬金で戦いを繰り広げるこの世界を愛していた。
 特にヴィクターの脅威が存在していたころ、綺羅星のごとく現れた数多くの戦士たちはとみにお気に入りだ。

 にも関わらず、武藤カズキとパピヨンの決着以降、かれらは大きな戦いの場を失くした。
 魔王のいなくなったRPGをいつまでもプレイする人間は少ない。ひたすら日常風景だけを映す映画は例えいかなる大作映画
の続編であろうと大ヒットは見込めない。

 物事を面白くするのはやはり戦いさ。ぼくが引きつけられるのは破壊というメソッドをたぶんに内包しているからだが、
一般的な人達とさほどズレているとは思わない。爆発。殴り合い。吹き飛んでいくビルの欠片。苦戦のすえ打倒される悪。
戦いとその決着はいつだって面白いものだ。

 ライザウィンは戦団の連中が戦うさまを見たかった。ヴィクターの件で緊縮され、攻撃力最強の火渡でさえ地方の一高校
の一英語教師に押し込めてしまう、牙なき馬鹿げた集団になり下がる直前の戦団が、総力をあげ戦う姿を見たかった。

 だからこそ、ウィルを導いたのさ。
 総角はアオフの教導あらばこそ音楽隊を作り上げたそうだが、ぼくらレティクルにとってのアオフはつまりライザウィン。
 彼女はただ、この世界を今一度おもしろくしたい。武藤カズキたちが苦労して掴み取った平穏を破り、無数の人間が死ぬ
コトになっても……武装錬金vsホムンクルスの戦いをただ見たい。

 ゆえに鉱脈的なマレフィックアースをぼくらに教え指嗾(しそう)した。

 結果からいえばライザウィンは武藤ソウヤたちとの戦いで肉体を失った。
 しかしまだ、斃されてはいない。
 彼女にとって体などは重しに過ぎない。舟でいうなら纜(ともづな)であり錨だ。
 「光子」「古い真空」、言霊だけが独り歩きしている頤使者だから護符が損壊しても死にはしない。
 それが幸運であり、不幸だ。

 どこにでもいるが、どこにもいない。

 ライザウィンとはそーいう存在さ。つねに光以上の速さで飛びまわっているから、ぼくらの目には見えない。
 肉体を得さえすれば一時代に停泊し、意思の疎通もはかれるけど、こっちで肉体を用意してもまったく気付かれない。
 速すぎるからねえ彼女は。東京──大阪間の路線脇のどこかに着ぐるみを置き、新幹線の中から見つけろと言われた
らけっこう難儀するだろ? しかも見た瞬間その中へ入れと言われたら反射的な問題でなかなかできない。
 ライザウィンは光をも凌ぐ速さだが、感覚や思考力は人間とさほど変わらない。体がないときはずっとずっとドロドロの景
色が周りを過ぎてゆくのを見ているだけだ。肉体を得られたのは奇跡だ。奇跡だったからこそようやくゆっくり見えた世界を
誰よりも愛し、戦いに感奮し、過剰なまでに求めた。戦いによって錬金術が発展すれば──自らを苛む”光速以上”を克服
する術が現れいでる……そんな期待感もあったらしい。

 ウィルはライザウィンを愛していた。歴史改変を繰り返したのはひょっとすると淡い期待のせいかもね。
 時空の彼方で「飛んできた」彼女とふたたび巡り逢えるかも……という。

 滅しない限り、また何かのはずみで戦乱を引き起こすだろう。
 仮にぼくらが敗北したとしても、ライザウィンがいる限り戦いは終わらない。
 ましてムーンフェイスが彼女の存在を知れば……ふふ。戦士にとってはなかなか厄介な事態が起こる。

 余談だがライザウィンの肉体のモチーフになったのは、グレイズィングの姪の、遠い子孫だ。モデルだったかタレントだっ
たかは忘れたが、とあるラビが造形の参考に用いたらしい。だから顔立ちはグレイズィングにかなり近い。もっともライザウ
ィンの外見年齢は10代前半という感じだし、目つきもグレイズィングほどキツくはない。
「成長したらこうか?」レベルの相違だが面影は確かにある。
 つい関係を持ってしまったのは……ふふ。そういう理由なんだろうねえ。

 ああ、そうそう。

 ミッドナイトの設計を手掛けたのもライザウィンだ。組み立てたのはぼくだが、かの設計思想にはなかなか感嘆した。

 10年前、戦団から逃げ延びるとき用意した偽の死体で、榴弾由貴なる優秀な、戦団お抱えの検死官を欺けたのはミッド
ナイトの能力あらばこそさ。ま、イソゴの尽力とかのお陰でもあるけど、戦団全体を見事だませたのはミッドナイトのお陰。

 そんな能力のせいかな。

 栴檀貴信と例の子猫ちゃん。彼らの加わった音楽隊が壮絶なる大苦戦を強いられたのは。

 結果、鳩尾無銘は実の両親に災禍をもたらしたミッドナイトへ、みごと復讐するのだけれど──…


 これもまた、別のお話。


                     ──接続章── 「”光歪む度に新しい空” 〜頤使者・ライザウィン=ゼーッ! 精覈せしは盟主〜」 完


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