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【手乗り】武装錬金萌えスレPart41【チャイナ】より

イヴのロッテリや

(イヴのハンバーガーショップの忙しさは異常)



ロッテリやの12月24日は忙しい。
「クリスマスだから鳥のから揚げを食べたい!」
と短絡的に考える人間が多いので、そふとチキンなる商品が爆発的に売れる売れる。
一般的なロッテリやにおける予算に対する実際の売上高の割合は
平日が90〜120%。土、日、祝祭日が120〜150%。
対する24日は、200〜250%。
こう書けばそふとチキンがどれほど売れているかお分かりになるだろう。
故にこの日に向かうにつれて
一種の緊張感がロッテリやに広がっていき、バイト少女は固唾を飲んで見守っている。
まず11月下旬の頃から、去年の顧客へ地道にDMやら広告やらを送り
12月上旬にもなると、パートのおばさんたちが人脈を駆使して予約を取り付ける。
同じ頃にテンチョーは予約票をひいひい言いながら書き、中旬にはそれを日付別にまとめて
いかに楽してそふとチキンを揚げるか計画を立てている。
その横でバイト少女は、24日の予定表に「9時からラストまで行けます!」と書いた。
別段恋人とかもいないので、いつも通りの予定だ。
そして22日あたりからいよいよ24日の地獄が現実味を帯びてくる。
事務所からキッチンに至るさほど広くない通路にそふとチキンの段ボールが積まれるのだ。
まるで段ボールの山脈が移動してきたみたい。
と、バイト少女が例えるその谷を、従業員たちは肩をすぼめて何度も何度も往復する。
心境たるや、まるで「クリスマスイブ…イラネ」と呟く('A`)だ。
「く」は、平仮名の「く」であって('A`)の手ではない。

そして24日。
いいぞ、ベイべー! 逃げる奴はベトコンだ!! 逃げない奴はよく訓練されたベトコンだ!!
ホント、この日は地獄だぜ! フゥハハハーハァー!!!!!!!
忙しさが臨界点を越えるとバイト少女の脳内に響く言葉である。
50本のそふとチキンがフライヤーに入っている状況はアスランだ。つまりザラだ。
そして50本のチキンが一つのフライヤーに入ってるもんだから
他の揚げ物がひたすら揚がりづらい。普段180℃。この時100℃。
3分で揚がるポテトが6分ぐらいかかる。かかるから怒られる。怒られるけど頑張る。
みんな、死力を尽くして一生懸命頑張っている。

(それなのになんだ来る連中は。いかにも幸福そうにベタベタしやがって)
チキンを揚げるテンチョーの目は濁りまくっている。その手は黒ずんだ油でベタベタだ。
でもねテンチョー。
バカっぽいカップルでもカップルになる為にやっぱり一生懸命頑張っているんだよ。
(ハ! どうせ下らねー末路迎えんだろうが! うだうだうだうだ体触りあうような連中なんざ
なぁ!! 大抵破局するって決まってんだよ、死ねやクズがぁぁあああ!)
もう言葉では止まらないほどテンチョーは怒っている。

LXEがぶっ壊れてからは変態が減ってバイトの人数も10人前後に回復している。
その10人の中にバイト少女もいる。
彼女は相変わらずレジの担当で、新人のフォローをしつつ頑張っている。
色々なお客が来る。
防毒マスクはヤクザにそふとチキンの袋を強引に持たれて
浪人風の男は予約特典の「てり矢くん」フィギュアをその場で食べたり、
作務衣の少女は「おばあちゃんに持っていくんですが、塩分は少ないですか?」とか聞いたり
あとまぁ、なんだ。とにかく色々来る。

気の休まる時などほとんどない。
9時にバイト入って、16時くらいに休憩だ。
バイト少女は30分の休憩を全部睡眠に当てて
そこからまた、休みなしで水の一杯も飲めずに25時まで働く。
揚げ物が多すぎてぴゅちぴゅち弾ける油の音が、地獄の音楽に思える。

ちなみにてり矢くんは生後8ヶ月のタヌキだ。設定もある。
初めて彼が見たのはおかあさん。猟師に撃ち殺されて目玉が飛び出すおかあさん。
だが明るく一生懸命生きている。猟師の目を抉ってドロッドロのタールを注ぎ込むべく。
歌もある。♪ロってり矢、少年はみんなー ロってり矢、明日の勇者ー オゥイヘェー!

で、必死こいてチキンを揚げて揚げて揚げまくって、売って売って売りまくってようやく閉店間際。
閉店作業がまた厄介だ、とバイト少女は泣きたくなる。
床は油まみれだし、フライヤーの掃除をしようにもカスが詰まって油が出せない。
苦慮の挙句、事務所からバラしたハンガーを持ってきて、それで排油口をグリグリしながら油を出す。
油がかかるかもしれない危ない作業な上に、カスもただのカスではない。
営業時間中、ほとんど常にそふとチキンが50本入っていたもんだから、量が半端ではない。
しかも真っ黒焦げで、匂いがヒドい。
フライヤーの掃除に慣れているバイト少女ですら、鼻をつまみながらカスを捨てて掃除する。

もうこれは油カスじゃない、焼けたアレだ。
チキンもアレになるぞ。ガッハッハ。

テンチョーはバイト少女の肩を叩きながら呟いた。彼も疲れているらしい。
床を掃除すると、真っ黒な水が出来上がる。それを水かきで排水溝に入れた所で閉店時間。

ところでコレはどういう類のSSなんだろうか?
分からないままキーボードを叩いていたクリスマスの深夜。実に楽しかった。

救いは一応ある。
まず、テンチョーは太っ腹なので、ハンバーガー類を一つ無料で食べさせてくれる。
次に、カップケーキを貰える。
去年は、従業員全員に幕の内弁当が支給されたが、値が張る上に不評だったのでハンバーガーとケーキになった。
そして最後に、そふとチキンを持ち帰らせてくれる。
注文されはしたが、終ぞ客が引き取りに来なかったモノが毎年必ずある。持ち帰るのはそれだ。
さんざ苦労した挙句、それだけしかないのだ。
バーガーなんて喰い飽きてるし、カップケーキは予算不足で少ないし、チキンもすっかりしなびている。
疲れだけがたまって、苦労が結果に結びつかない。

そしてテンチョーと「忙しかったですね。売上どうでした?」
「あかん、去年より悪くなってる…」
と何の色気もない会話をして、バイト少女は寒空の下を一人で帰る。
それからしなびたチキンをかじって、寝る。

クリスマスイブなんてそんなもん。



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