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【お帰りなさい】武装錬金総合萌えスレ49【男爵様】より

夏休みの宿題 千里編

(さーちゃんの感想文には離婚寸前の両親の話を載せようかと思ってましたがボツに)



戦部が中華街をうろついている頃。
若宮千里、河井沙織、武藤まひろの三名の夏休みの宿題は
もはや読書感想文を残すのみとなっていた。
まだ夏休みが4週間近く残っているこの日のこの状況は
ひとえに、千里のたゆまぬ鞭撻があったからなのである。
何しろ、まひろや沙織はただ遊ぶコトしか念頭になく
普段から彼女らが宿題を片付けないのは珍しいコトではないし
そのつど千里に助けられ、結果、期限ギリギリでようやく提出できて
「あ、ありがとー」と冷や汗交じりの笑顔でお礼を言うのも、珍しいコトではない。
(夏休みも例外じゃないかも。きっと。というか絶対)
千里は終業式の最中、31日にぜーぜー言いながら宿題を片付けている
二人を想像し、それは絶対阻止すると誓った。
手伝うコトより、自分が気付いたコトを是正できない方がイヤなのだ。

「と、いうコトよ。とにかく、7月中を目標に宿題を片付けましょう」
終業式が終わった後、千里はこう言い、まひろや沙織も渋々ながら納得した。
「でも明日からの海水浴は例外よ。幾らなんでもそこまでは…」
「おお、さすがはちーちん」
「頼りになるし、優しいー!」
「や、優しくなんか…」
諸手をあげて賞賛する友人たちに、千里は少し困った顔をした。
そして海水浴が終わると宿題に着手し、現在に至る。

あくせくと机に向かう友人たちを見ているうちに
千里には、夏休みの宿題が呪符のように思えてきた。
夏に遊べない大人が、「我、遊興するガキ共に命ず。禁!」などと
思って送り出しているかどうかは別として、結果としてコレがあるから遊べない。
まぁ、千里自身は絵に描いたような「優等生」であり、遊べなくても気にしない。
遊ぶよりも予習や復習に時間を裂くほうが、何というか安心できるし
今は悪戦苦闘している天然ボケや快活な少女と遊ぶにしても
彼女らのパワーに押され気味で、中心にいるよりは一歩引いて静観し
時には強く宥め、時には小さく笑っている方が、自分らしいと思っている。
要するに、遊んでいても心底から弾けたりは出来ないのだ。
遊び、というのが内に秘めたる衝動の解放ならば
千里にとってのそれは、理性で押さえられるものだし
また、恥ずかしいコトだとも思っている。だから遊ぶのは苦手だ。
ただ一度だけ、衝動を解放したコトがある。
「自分が大笑いした顔」というのがどういうのかつい気になって
色々と苦慮を重ねた末に、鏡の前で大声をあげて笑ってみた。
寄生生物ではないが、気持ちよかった。
が、すぐさま恐る恐ると部屋を見回し、誰も来なくて安堵した。
と同時に、鏡の中にいた自分に多少落胆した。
友人二人に比べると、どうも違う。
千里に言わせれば、光が漏れているような眩しさがない。
まひろも沙織も、そういう無邪気で爛漫な笑みを、
例えば、海水浴では宿題をしないと言った時とかに、よく浮かべているが──…
(やっぱり違う)
眼鏡の奥で、かすかに寂しい目をしつつ、小さく笑った。
彼女たちが羨ましい。そして尊敬している。
まるで性格の違う二人と居られるのは、そういう所に拠るのだろう。
そして、彼女が彼女たちを色々と助けつつ、夏休みの宿題を片付けているのも。

じりじりと鳴きすさぶセミの声の中、沙織は大きく伸びをした。
手元にある原稿用紙は、読書感想文のそれで、まだ半分も埋まっていない。
しかし構わず、と言うかこの子供っぽい少女は単に飽きただけなのか、
「ね、ね、そろそろプールへ行こうよ。もうちょっとだし」
沙織は期待に満ちた目で千里に話し掛けた。まひろが居眠りを始めたのはこの時だ。
「もうちょっとだからこそ頑張る時よ。そういうのは慎みなさい」
千里はわき目もふらず、水色のシャープペンシルを原稿用紙の上で躍らせる。
まるで、答えを知り尽くしたクロスワードパズルを埋めているような速度だ。

それでいて文字は全て丁寧で、積もり積もった原稿用紙の四隅には、少しのズレもない。
はた、と動きが止まりもするが、それは千里が分厚い本をフムフムと読む時だけだ。
「さっきから気になってるんだけど、それなんなの?」
「忍者の歴史を網羅した本よ。
これを参考にして、色々な考察を感想文に描きたいの」
限りなく真剣な目を本から離さず、千里が答えた。
書くだけで苦労している沙織には、そういう挙措が何だかすごくて、少し怯えた。
「プールは冗談だよ、冗談。マジメに描くから怒らないでね。
あ、まっぴー。寝てちゃダメだよ。起きなよまっぴー」
そして困った顔で、机に突っ伏すまひろの肩を揺すってみたが
「むにゃむにゃ…みずのよーぅにやさしぃくぅ、はなのよーぅにはげしくぅ〜……」
幸せそうに寝言を言うだけで埒が開かない。
「ハムスターね」
本をパタンと閉じて、千里が得意げに呟いた。
「え?」
「ほら、ハムスターってびりびりに破いた新聞紙をベッドにすると、喜んで眠るでしょ」
「…あ。原稿用紙がベッドなんだね」
「そういうコト」
でっかいハムスターは幸せそうな顔で、原稿用紙にほおずりしている。
よく見るとヨダレが垂れてて、びしょびしょだ。
そこから乳児のような甘ったるい匂いが立ち昇り、夏の暑気をほんわり和らげる。
沙織と千里はクスクス笑うと、まひろを起こしに掛かったがちっとも起きる気配がない。
やがてどちらともなく、放って置こうという結論を出し、めいめいの作業へ戻った。
戻ると、部屋の音はセミたちに占有され、ひどくやかましい。
時刻は2時を少し回ったところだ。
沙織には期せずしてあくびが浮いて、それもしょうがないよね、とまひろを見ながら思う。
と。
「え! プール行っていいの!?」
突如、まひろが跳ね起きた。
「…あのね」
「全く」
遅れすぎたテンポに沙織は苦笑し、千里は天井を見上げ、軽くため息をついた。
「え、どしたの? プール行かないの?」
丸っこい、それこそハムスターみたいな瞳をぱちくりさせて、まひろは怪訝に聞いてくる。
ひどいものだ。
手入れされてなさそうな栗色の前髪は、寝癖でもっとぼさぼさで
頬は、机の跡とヨダレと原稿用紙のインクで訳が分からなくなっている。
「あはは。ひどい顔ー」
「か、感想文書きなさい」
沙織は指差して爆笑し、千里は原稿用紙に目を這わせながら、笑いを必死にこらえた。
夏休みでようやく4ヶ月に届くかどうかの付き合いは、諸事、こんな調子である。
彼女らはカズキたち4バカと違い、銀成学園に入学してからの友人なのだ。

「書けたー!」
しばらくすると、まひろは勢いよく立ち上がった。
「…ちょっと見せて」
と千里が言ったのには理由がある。
まひろは、作文の類が恐ろしく下手なのだ。
主語も述語もなければ、字数制限もなく、ひたすらに雑然としている。
描くのが原稿用紙でなく色紙ならば、一種の芸として通じそうな妙な気配を千里は感じているが
いま相対しているのは前者であり、不都合に備えチェックをする必要があるのだ。
「ほいほい。何を隠そう私は感想文の達人よ!」
ひょいと渡された感想文は所々にヨダレの跡がついていて、こうだった。

『かんそう。1年C組 武藤まひろ
えぇと、まず、ネバネバしたつばをはく
人とナワをつかう人がたたかってました。
それからおじいさんとおばあさんがしんじゃ
ってとてもかなしかったデス。
もう一人いたおじいさんはなんとゴムゴム。
わーいゴムゴム! 太っちょさんもゴムゴム
ぅー! でもね、ナメクジさんをつかみそこ
ねてしんじゃった…… 
ナメクジさんはなんとエロス! きゃー!

【おへそおへそおへそー おへそをなでるとー】
(↑原稿用紙真ん中にある柱部分への落書き)

でも海におとされてしんじゃった…
どうしてみんな仲よくできないのかな?
仲よくした方がたのしいよきっと!
おしまい』

「まひろ。小学生みたいな文章はやめなさい。
その、一行に二十文字ちょうど書けるようになったのは進歩だけど
あまりに熱くて頭がゆだっているようなら、涼しくなってからでもいいのよ」
「うーん。そう見えるかな。お昼ごはんはかき氷だったからそんなに熱くはないけど」
「…バテるよまっぴー」
「大丈夫だよさーちゃん! おかわりして7杯は食べたから!」
「バテるより前にお腹を壊すから控えなさい! ところで沙織はどれ位進んだ?」
「う、まだ、全体の半分ぐらい」
隠すより早く覗き込むと、こんなのが見えた。

『感想。1年C組 河井沙織
私はこの作品を読んで、まず、蓑念鬼が好き
になっちゃいました。
塩に怯えるんですよ。塩に。
私は塩ラーメンが嫌いなのですごく共感しま
した。やっぱりチキンラーメンがいいなぁ』

「ダメ?」
「駄目!」
「あ、そうか。塩に怯えるのは雨夜陣五郎だもんね」
「そうね。ちなみに蓑念鬼は死に際に踊り狂う役立たずの鼻毛猿よ。
…じゃなくて、何て言うかボリュームが足らないから、もっと長く書くべきよ」
ボリュームと聞いて沙織は何となく、涼しげな作務衣の胸元に視線を這わした。
「うん。今のままでも別にいいけど、頑張って損はないかも。
ところでちーちんは肩コリはあるの? まひろはどーなの?」
「その通り。感想文は作品のテーマさえ分かれば、意外と簡単なのよ。
え、なんで肩コリ…? ………肩は……その、勉強してるだけなら凝らない……」
「私はいつもすっきりしてるよ」
一旦、会話が途切れた。
ちなみに、この本、六舛が「テンポが良くて読みやすいから」と
千里ら三人に、『一冊』ずつ貸した。
どうして同じ本を複数冊所持しているかはともかく
まひろから、この本に対して意見が上がった。
「やっぱ難しい…
漢字ばっかりだから、なんで忍者さんたちはケンカしてるのか分からない」
「だよね。私たちには小説難しいかも」
「じゃあ何がいいの?」
ここで千里の手が、22枚に及ぶ感想文にピリオドを打った。
もはやレポートか何かの類である。
ちなみに千里。この年の読書感想文コンクールで金賞を貰うが、それは別の話。

「プール!」
「そうだよ。プール行こうよちーちん!」
きゃいきゃいと騒ぎ出した二人に、千里の仏心はどうしようもなく動いてしまう。
(確かにもうちょっとだし、二人とも頑張ってたんだから
今から遊んでも別にバチは当たったりはしないよね…)
などと思いつつ、それをどうにかこうにか押し込めて
「ダメ。
ここでダラダラして、31日まで持ち越しちゃ今までの苦労が水の泡よ。
分からないコトがあったら、私に分かる範囲でちゃんと答えるから、頑張ろうよ」
原稿用紙をトントンと整えながら、凛然と励ました。
「じゃあ一つ質問!」
幼稚園児みたいな手が上がった。
「何、沙織」
「この小説の、命の精をそそぎこむ、ってどーいうコト?」
「…え、えーと」
手が止まり、原稿用紙がはらはら滑り落ちる。
「あ、もちろん、分からなかったらいいよ。別の本探して、頑張るから」
「分からなくはないよ、けど………前後の関係とかで分からない?」
「うーん。あまり考えて読まないから。
でも私的にはここがテーマのような気がするから…ちーちん?」
「………」
みるみるうちに上気する千里をみて、まひろはやはりプールへ行くべきと思った。
突如、紺色の柱が起こった。千里が立ち上がったのだ。
そう見るやいなや、彼女は脱兎のごとく駆け出し、まひろの部屋を出た。
「ちーちん? どうしたのちーちん?」
そんな心配声が止むか止まないかのうちに、千里は戻ってきた。
ぜぇぜぇと息を吐く度に胸がふくよかに上下していて、沙織はちょっと羨ましい。
千里、色々な原因で呼吸ができず、声が引きつっているらしい。
「ぐはあ あ」
怪奇な叫びとともに、保健体育の教科書が差し出された。
沙織は困った。
心底から意味が分からないし、霞刑部みたいに叫ばれても反応のしようがない。
でも、千里には意味が通っているらしく、白いうなじに赤味が上がりぱなしだ。
「プールぅ…」
クッションを抱いてぎゅうぎゅうしながら、まひろはつまらなそうに呟いた。

2時間後、まひろと沙織の感想文、完成。
これにより彼女らは残りの夏休みを憂いなく過ごし
2学期からは余裕を持って宿題を提出するコトが多くなった。

つーか六舛、エログロ満載の伝奇小説を女子高生に勧めるなよ。 終わり。



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