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【お帰りなさい】武装錬金総合萌えスレ49【男爵様】より

金城、ヴィクトリアと出会う

(金城の誕生日SSを書く際に誰か女性と絡ませようと思ったのです。
でも桜花だとありきたり、ちーちんだと前やったのでテンション上がらない。
まひろも同じくでさーちゃんもボツ。千歳は動かしづらそう、花房もイマイチ。
と悩んだ末に、歴史小説的IFを盛り込む形でヴィクトリアに決定。
金城も放浪してた時期があったと思うんですよ。で、その時期に……というのが設定)



ある日。
というのは津村斗貴子が70番の核鉄を回収するよりもだいぶ前だ。
ヴィクトリアがひまつぶしに横浜中華街を散策していると

「そこのセーラー服! 犬の病院を知ってるか!?」
「はい…?」

背後から威勢のいい声が掛かった。
無視を決め込もうかと思ったが、騒ぎになったら面倒だ。
そう考えると、ワザと一拍置いてきょろきょろと当たりを見回した。
昼飯の時間はやや過ぎてはいるが、いまだごった替えす観光客の中に
セーラー服は自分しかいない。
(物好きね)
観光名所で犬の病院を訪ねるなど、地元の人間にしろ観光客にしろ、どこか間が抜けている。
頬がひんやりとした笑みに歪むのをヴィクトリアは感じた。
あるいは、”浮いている”という点に共感を覚えたのかも知れない。
「え、えと、私ですか?」
「そーだ」
ようやく気付きました、というしなを作って振り向くと
片手に子犬を抱える男がいた。
いでたちはひどく乱雑だ。
褪せたモスグリーンの上着は、肩口がビリビリに破れていて
そこから見える隆々とした褐色の腕は、ひどく乱暴な印象で
「生える」ではなく「突き出ている」と形容するのが正しそうだ。
ズボンは比較的まともだが、膝をはじめとする至るところに
黒いシミがあり、あまり清潔とはいいがたい。
他に身につけているのは、バンダナと、胸の前で斜めに結ばれた上着、
それから革手袋と革靴ぐらいで、ひどくラフな格好だ。

(……ホムンクルス)
一通り観察を終えると、ヴィクトリアは内心嫌な気分になった。
人型ホムンクルスには不思議とそういう”勘”があり、相手の正体に気付かせる。
あるからこそ合流し、LXEのような共同体を作る。
もっともこの当時においては、ヴィクトリアも、その眼前の男もLXEを知らない。
ただなんとなく放浪している途中だったのだ、2人とも。
「路地裏で見つけたんだがよ、ピクリとも動かねぇ。病院知ってたら教えろ」
見たままの口調で、しかし顔には露骨な心配を浮かべながら
男──金城は子犬とヴィクトリアを見比べながら言った。
眼前の少女の正体より、腕の中でぐったりしている犬をどうするかが重要らしい。
「ゴメン。私もよく知らない。……あ、でも電話帳とかで調べてみれば分かるかも」
小学生じみた返答をすると、「ついてきて」とばかり踵を返す。
(下っ端ね。私と比べても共同体にいたとしても)
一瞬共感を覚えた背後の男に、ヴィクトリアはそう評価を下した。
何しろ警戒心がない上に、核鉄を持っているようには見えないし、雰囲気が若い。
見た目こそ金城が年上だが、実年齢においてはヴィクトリアに軍配が上がるだろう。
しかし、そう評価を下しつつ付き合っている理由はよく分からない。
(だいたい──)
先ほど見た、うす茶色の弱々しい生き物を思い浮かべたその瞬間。
「悪ぃ! サンキューな!」
肩に鈍い衝撃が走った。
「ひあ!?」
叩かれたらしい。
さほど痛くはないが素っ頓狂な声を上げてしまい、ヴィクトリアは慌てて振り向いた。
「おう、痛かったか。悪ぃ悪ぃ」
柄の悪い笑顔が適当に謝っていて、なんだか野良犬に見えた。
別に攻撃されたワケではなく、彼なりの謝意らしい。
普段なら作り笑いで済ますが、珍しく不快感を表しながらこう思った。
(死なせておけばいいでしょ。……それが摂理なんだから)

しばらく歩くと電話ボックスがあり、そこで動物病院の所在を調べてタクシーを呼んだ。
その車中で金城は、「コイツの名前はりんたろうだ。弱そうな名前だがそういう顔だぜ!」
などとはしゃぎ、ヴィクトリアはますます白け、やがて病院についた。
この時驚いたのは、金城がタクシー代を当たり前のように払ったコトだ。
しわくちゃだが、確かに本物の5千円札を出し、
「釣りはいらねェ。小銭はジャラジャラして気にくわねぇ」とまで言ったのだ。
その金の出所が気にはなったが、ヴィクトリアは無愛想な顔で黙っていた。
そして診察の結果、りんたろうは「栄養失調」だと分かり
しばらく点滴を打つコトになった。

獣医の目の前で、りんたろうの命は今にも燃え尽きようとしている。
「死なせるものかっ」
獣医のもっとも無力だった記憶が去来する。
小学五年生の冬のコトだ。
七歳になる金魚のメリーが寒そうだったので、煮えたぎる熱湯に突っ込んだら死んだ。
『メリー! メリー! えぇと、熱を通したから寄生虫とかは大丈夫だよねメリー!』
その晩食べた煮魚は、おいしくなかった。
「二度とあんな思いはしない。して…たまるかァッ!」

一方その頃待合室。
「点滴打てば治るって。良かったね」
などと無垢な笑みを作りつつ、ヴィクトリアはいつ帰ろうかと算段を踏んでいた。
金城の頭越し見るガラス窓は綺麗に掃除されていて
夕暮れらしいオレンジ光をあます所なく採りいれている。
「だな」
握った拳を愉快そうに眺めながら、金城は短く答えた。
ヴィクトリアは冷めた顔で、ちょっとだけ聞こえるようにため息をついた。
礼も言わねば、帰っていいとも言わない。
所詮は下っ端。
などと侮蔑しつつも離れられない何かがあり、所在なげに部屋を見渡してみた。
受付近くに棚があり、そこに置かれた試供品のヘルシードッグフードの袋や
『猫ちゃんの健康を守る四種混合ワクチン』てなパンフレットが
綺麗な夕陽に照らされている。
それを見ているうちに、突飛な考えが浮かんだ。
(コイツひょっとして、私を喰うつもりなのかしら?)
正体に気付かれてない以上、それもありうる。
もっともいざとなればヴィクトリア、例の避難壕の武装錬金で逃げるも撃退するも
思うがままである。
勘違いで襲ってきた金城に攻撃する妄想に浸ってみると、少しばかり愉快な気分になった。
「ところでオマエ、ホムンクルスだろ」
「……ひゃいっ!?」
急に頭をポンと叩かれて、ヴィクトリアの目は文字通り白黒した。
髪に当たる手袋はゴツゴツしていて、ちょっとだけ懐かしい。

「ふーん。よく分かったわね。もっと鈍いと思ってけど」
陽が落ちたといえ、来院する飼い主たちはそこそこ多い。
それらが途切れたのを見計らって、ヴィクトリアは声を潜めて聞いた。
口調を繕う必要は無さそうだ。
「勘に決まってるだろ」
答える声は大きく、色々な意味で癇に障ったが
まぁ、そういうヤツかとため息をついた。
「もっとも、仲間を見たのは始めてだけどな」
「……もう一ついい?」
「細かいコトなら答えないぜ。そういうのは下らねェ」
首の後ろで手を組みながら、金城は胸を逸らした。
どうも”品”というものが薄い挙措を横目で見ながら、
ヴィクトリアはしばらく黙り、口を開くと早口でまくし立てた。

「どうしてああいうコトをする気になったのかしら。いい? 人間から見れば、私たちなんて化
物よ。犬一匹助けた程度で、他の生命に慮っても、……化物になる前、どんなに人間に尽く
してても、結局は矛を向けられ、滅ぼされるしかないじゃない。なのにどうして」
ガチャリ、とドアが開き、新たな来院者が入ってきた。
それを合図にしたように、ヴィクトリアは俯いた。
どうも普段の自分らしからぬ調子で、やり辛い。
黙りこくる二人をよそに、受付に先ほどの獣医が現われ
来院者は彼にお金(何か料金を滞納してたらしい)を渡すと、去っていった。
「犬はヒャッホウだからな」
「は?」
ドアが締まると同時に、金城は口を開いた。
「敵が来ても一切逃げねェ。細かいコト考える前にもう体が動いてて、さっさと倒しちまう。
けどよ、そんなに強いのにいざ飼い主がいなくなると心細そうに何キロも探し回るんだぜ」
「だから?」
パンっ! と金城は膝を叩いて声を大きくした。
獣医は少し目を丸くして二人を見たが、すぐ「犬好き同士の意気投合だ」と笑った。
「ヒャッホウだ。猫みてぇに家で待ち続けるんじゃない。
エサが欲しいから飼い主を探しに行きやがる。へ。わかりやすいじゃねェか。その上、度胸
もある。だからヒャッホウだ。俺とおんなじようにな!」
不敵に笑う顔はひどくさっぱりしていて、ヴィクトリアのくすんだ瞳には少し痛い。
「要は大した当てもなくフラついてるだけでしょ。
だったら、じっと待ってる方がまだ賢明──」
母に意識がない7年も、父が消息を断ってからの100年も、ただそうし続けてきた。
自由とか選択とかの余地はほとんどなくて、後も先も一つどころに留まるだけの生涯だ。
「ひょっとしてオマエ、猫が好きか?」
沈んだ気分の中に突然明るい声が響いて、思わず、細々と答えた。
「…嫌い、ね。露骨に目の色を変えて媚びを売るから。
でも犬よりはマシ。猫はさっさと見切りをつけるけど、犬は未練がましい。
さっさと諦めればいいのに、そうしないから」
「よく分からねェな」
「どうせ分からないわよ。あなたなんかには」
「けどな」
金城は、ヴィクトリアの頭をポンポンはたき始めた。
「鬱陶しいわね。早くやめて」
金城は聞かない。
「いつまでやって──…」
唇を尖らせるヴィクトリアの頭をバシィ!と一撃し、金城。
「まぁ聞けよ。犬は諦めが悪ぃからいいんだ。
うだうだ考えるよりもまず突っ走って、そん時の連中の目は」
「…ヒャッホウなんでしょ。どうせ」
くしゃくしゃの頭を必死に直しながら、恨めしそうに睨んだ。
言わんとするコトは大体分かる。
(まったく。気楽にいってくれるわね。それができたらどんなに……)
気取られないように下唇を噛んだ。
どうにか直った髪には、ホワホワした感覚がしばらく残っていた。

三日後。回復したりんたろうは、親切そうな老夫婦に引き取られていった。
診療費を払ったのは、意外というかやはりというか金城だった。
意を決してヴィクトリアが聞くと「ストリートファイトで稼いだのさ。ヒャッホウ!」
という答えが返ってきた。
そして、彼は街を去った。
別れ際、ヴィクトリアは少しだけ話し掛けてみた。
錬金の戦士のコト、核鉄のコト、ホムンクルスの共同体のコト。
それら全てにいちいち目を輝かせ「じゃあオレはそれを探すぜ」と決めて叫んだ。
「ヒャッッホウゥ!」と。
ヴィクトリアにはそれが、希望やら歓喜やらを目一杯に詰め込んだ
別れの汽笛に聞こえ、しばらく彼の消えた方向を見ていた。
以降、彼はおろかりんたろうにすら、ヴィクトリアは会っていない。
しかし、ほんの時々、誰もいない場所で「ヒャッホウ」と叫んで
「やはり似合わないわね。まぁ別に似合わなくてもいいけど」
と笑うクセがついた。終わり。



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